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第1章エッセンシャル思考と非エッセンシャル思考

目次

推薦の言葉

向上心はときに絶えざるプレッシャーとなってあなたを襲う。あれもこれも試したい、いいことは全部自分の生活に取り入れたい。だが、そんなやり方で人は進歩できない。何事も中途半端に終わるのがオチだ。

この苦境を脱け出すための鍵は、人生を本質的要素だけに絞り込むこと。

本書は、自分にとっての本質的要素を見つけ出す手がかりとなるだろう。

ダニエル・ピンク(『モチベーション3・0』著者)僕は何でもかんでもやりたい性分なのだが、この本には揺さぶられた。人生がより良くなった。

仕事を減らしたい人はもちろん、仕事の質を上げたい人もぜひ読むべきだ。

クリス・ギレボー(『1万円起業』著者)少ない労力でより良い成果を出すにはどうするか、という究極の問題を解くための鍵となる本。

仕事を断るのが苦手な人や、働きすぎて疲れている人は絶対に読むべきだ。私もこの本を読んで優先順位に対する見方が変わった。

このような考え方をする人が増えれば、仕事や人生のストレスは減り、生産性が上がる。今すぐ作業をやめてこの本を読もう。

アダム・グラント(『GIVE&TAKE「与える人」こそ成功する時代』著者)すぐれたデザインは、複雑で無駄に満ちた世界を、シンプルで有意義な世界に変えてくれる。製品のデザインだけでなく、生き方のデザインも同じだ。

本書は生き方をデザインするための極上のガイドである。

ティム・ブラウン(IDEO社CEO)

成功する起業家は、正しいタイミングで正しいプロジェクトに正しく「イエス」と言う。そのためには、正しくないことすべてに「ノー」と言うことが必要だ。

この本は、自分にとっての最重要事項を見定め、最高の結果を出すための簡潔かつ雄弁なアドバイスである。

レイド・ホフマン(LinkedIn共同創業者)

PART1エッセンシャル思考とは何か

エッセンシャル思考とはどのようなものか

エッセンシャル思考は、より多くの仕事をこなすためのものではなく、やり方を変えるためのものである。そのためには、ものの見方を大きく変えることが必要になる。

ただし、それは簡単なことではない。

慣れ親しんだやり方(そしてそれを当たり前と思う人びと)が、つねに私たちを引きずり戻そうとするからだ。

本書では順を追って非エッセンシャル思考の嘘を暴き、エッセンシャル思考の真実を伝えていきたいと思う。

エッセンシャル思考になるためには、3つの思い込みを克服しなくてはならない。

「やらなくては」「どれも大事」「全部できる」──この3つのセリフが、まるで伝説の妖女のように、人を非エッセンシャル思考の罠へと巧みに誘う。

うっかり耳を傾けようものなら、不要なものごとの海におぼれることになる。

エッセンシャル思考を身につけるためには、これら3つの嘘を捨て、3つの真実に置き換えなくてはならない。

「やらなくては」ではなく「やると決める」。

「どれも大事」ではなく「大事なものはめったにない」。

「全部できる」ではなく「何でもできるが、全部はやらない」。

この3つの真実が、私たちを混乱から救い出してくれる。本当に大事なことを見極め、最高のパフォーマンスを発揮することが可能になる。

非エッセンシャル思考の罠から脱け出し、エッセンシャル思考のコアとなる考え方を身につけたとき、エッセンシャル思考のやり方は第二の本能のようにしっくりと体になじむことだろう。

第1章エッセンシャル思考と非エッセンシャル思考

賢く生きる者は、不要なものを排する。──林語堂(作家、思想家)

シリコンバレーで会社役員をしていたサム・エリオットは、最近ある悩みを抱えていた。自分たちの会社が大企業の傘下になってからというもの、仕事にやりがいを感じられなくなったのだ。

新たな組織で存在感を示そうと、彼は身を粉にして働いていた。どんなに無茶なスケジュールでも「やります」と答え、とうていやりきれない量の仕事を抱え込む。

朝から晩まであちこちの会議に引っぱり出され、言われるままに山のような仕事をこなす日々。徐々にストレスがたまり、仕事の質は落ちていった。

瑣末な仕事に追われるばかりで、何の成果も見えてこない。あれほど周囲の期待に応えようとがんばっていたのに、まわりの人間まで彼に失望しはじめているようだった。

そんなある日、会社から早期退職プランの説明があった。彼はまだ50代になったばかりで、リタイアするには早すぎる。とはいえ、今の会社に疲れているのも事実だった。

退職して、またコンサルティング会社を立ち上げるという手もなくはない。同じような仕事を別会社でやるわけだ。

あるいはフリーのコンサルタントとして契約してもらおうか?だが、どの選択肢もいまひとつだった。

エリオットは信頼している先輩のところへ行き、どうすべきだろうかと相談してみた。

「辞めることはないさ。今の会社で、コンサルティングの仕事だけやっていればいい。うまくやれば大丈夫だよ」つまり、自分にとって本質的な仕事だけをやれ、というわけだ。

それ以外の仕事は、すべて無視しろと。エリオットはそのアドバイスに従うことにした。翌日から、仕事を減らすことに専念した。

「断る」ことを始めたのだ。最初は恐る恐るだった。

仕事の依頼が来ると、「この仕事をやりとげるための時間とリソースは足りているか?」という基準で受けるかどうかを判断した。

もしも答えがノーなら、その依頼は断った。

断られた人たちは少々残念そうな顔をしたが、意外にもすんなり納得してくれたようだった。

いくらか自信がついてきたので、彼はさらに一歩進んでみることにした。

依頼を受けるかどうかの基準を、もっと厳しくしたのだ。

「この仕事は、自分が今やれることのなかでいちばん重要か?」いちばん重要だ、と言いきれる仕事しか受けないことにした。

周囲の人たちも最初は残念そうな顔をしたが、すぐに彼のやり方を受け入れてくれた。それどころか、以前にもまして彼に信頼を寄せてくれるようになった。

彼はその調子で、あらゆる仕事に同じ基準を当てはめていった。以前は切羽詰まった状況を見ると、助けずにいられなかった。

納期が迫ったタスクや土壇場のプレゼンに、いつも自分から手をあげたものだ。だが、今の彼は違う。人に任せることを覚えたからだ。

社内メールで繰り広げられる議論には口を出さなくなったし、関係のない話し合いにも参加しなくなった。

自分が直接関係することでないかぎり、なるべく会議も断るようにした。

「誘われたからという理由だけで参加するのは、時間の無駄ですから」と彼は言う。

最初はわがまますぎるような気もした。だが、やるべき仕事を選ぶようになったおかげで、時間と気持ちに大きな余裕が生まれた。

今では、一度にひとつのプロジェクトに専念できるし、きちんと計画を立ててから仕事を進められる。

あらかじめリスクを想定し、最善のやり方を選ぶことができる。中途半端にあれこれ手を出すかわりに、やるべきことをしっかりとやりとげられる。

本当に重要なことだけをやると決めてから、仕事の質は目に見えて改善された。

あらゆる方向に1ミリずつ進むのをやめて、これと決めた方向に全力疾走できるようになったからだ。彼は数カ月間、そのやり方をつづけてみた。

おかげで仕事に余裕ができたし、家に帰ってからもゆっくり過ごせるようになった。

「まともな時間に帰れるようになって、家族との時間を取り戻せたんです」以前は家でも仕事の電話ばかりしていたが、思いきって電源を切っておくことにした。

ジムに通う余裕もできた。ひさしぶりに、妻と一緒に外食をするようになった。意外なことに、そうしたやり方を悪く言う人は誰もいなかった。

上司に叱られることもないし、同僚も気にしていないようだ。むしろ、以前よりも彼の評判は上がっていた。

重要な仕事でしっかりと成果を上げ、会社に大きな利益をもたらしているからだ。彼はふたたび仕事にやりがいを感じられるようになった。

会社からも高く評価され、自分でも驚くほどのボーナスを受けとることができた。このエピソードは、エッセンシャル思考の大切さを教えてくれる。

「何もかもやらなくては」という考え方をやめて、断ることを覚えたとき、本当に重要な仕事をやりとげることが可能になるのだ。

自分の生活を振り返ってみてほしい。

よく考えずに仕事を引き受け、「何でこんなことやっているんだろう」と不満に思うことはないだろうか。相手の機嫌を損ねないためだけに依頼を引き受けていないだろうか。

イエスと言うことに慣れすぎて、思考停止していないだろうか?また、忙しすぎてすり減っていると感じることはないだろうか。

働きすぎなのに成果が出なかったり、どうでもいい作業に追われて仕事ができないと感じたことはないだろうか。

つねに走りつづけているのに、どこにもたどり着けないような気がしないだろうか?ひとつでも思い当たることがあるなら、エッセンシャル思考を試してみたほうがいい。

より少なく、しかしより良く

商業デザイン界の巨匠、ディーター・ラムス。

電気器具メーカーのブラウン社で、長年にわたりデザイン部門のトップをつとめた人物だ。

彼に言わせると、世の中の大半のものはノイズである。本質的なものはほとんどない。彼の仕事は、そうしたノイズを丁寧に取り除き、貴重な本質を取り出すことだ。

弱冠24歳のとき、ラムスはレコードプレイヤーのデザインを担当することになった。

当時のレコードプレイヤーといえば、重厚な木の覆いがついたものが一般的で、なかには立派な家具調度品の扱いを受けているものもあった。

ところがラムスは、無駄な装飾をすべて排除してしまった。

透明なプラスチックのカバーがついているだけの、シンプルすぎるデザインだ。

当時は誰もそんなものを見たことがなかったので、絶対に売れないだろうと思われていた。

会社をつぶすつもりかと言われたこともある。不要なものを取り除くには、いつだって度胸が必要なのだ。

ラムスのデザインしたレコードプレイヤーは、世界中に大きな反響を呼び起こした。

まもなく他社も同じような製品を出すようになり、やがてレコードプレイヤーの標準デザインとなっていった。

ディーター・ラムスは、自らのデザインに対する考え方を、きわめて簡潔に言い表している。

ドイツ語で「Weniger,aberbesser」、すなわち「より少なく、しかしより良く」。

エッセンシャル思考とは、まさに「より少なく、しかしより良く」を追求する生き方だ。

ときどき思い出したようにやるだけでは、エッセンシャル思考とは言えない。

新年の抱負で「もっと仕事を断ろう」と宣言してみたり、たまに思い立ってメールボックスを整理したりするだけでは駄目だ。

そうではなく、「今、自分は正しいことに力を注いでいるか?」と絶えず問いつづけるのが、エッセンシャル思考の生き方である。

世の中には、ありとあらゆる仕事やチャンスが転がっている。その多くは悪くないものだし、かなり魅力的な話も少なくない。だが、本当に重要なことはめったにない。

エッセンシャル思考を学べば、そうした玉石混交のなかから、本質的なことだけを見分けられるようになる。

エッセンシャル思考は、より多くのことをやりとげる技術ではない。正しいことをやりとげる技術だ。

もちろん、少なければいいというものでもない。

自分の時間とエネルギーをもっとも効果的に配分し、重要な仕事で最大の成果を上げるのが、エッセンシャル思考の狙いである。

エッセンシャル思考とそうでないやり方の違いは、次のページの図のとおりだ。どちらも同じだけのエネルギーを使っている。

けれども左側は、あらゆる方向に努力が引き裂かれている。だからどの方向にも、ほんの少しずつしか進めない。

それにくらべて右側は、努力の方向が絞られている。だから、とても遠くまで進むことができる。

エネルギーの使いどころを必要最小限にすることで、いちばん重要なものごとにおいて最大の成果を上げているのだ。

エッセンシャル思考の人は、適当に全部やろうとは考えない。トレードオフを直視し、何かをとるために何かを捨てる。

そうしたタフな決断は、この先やってくる数々の決断の手間を省いてくれる。それがなければ、うんざりするほど同じことを問いつづけるはめになるだろう。エッセンシャル思考の人は、流されない。

たくさんの瑣末なものごとのなかから、少数の本質的なことだけを選びとる。不要なものはすべて捨て、歩みを妨げるものもすべて取り除いていく。

要するにエッセンシャル思考とは、自分の力を最大限の成果につなげるためのシステマティックな方法である。

やるべきことを正確に選び、それをスムーズにやりとげるための効果的なしくみなのだ。エッセンシャル思考は、自分の選択を自分の手に取り戻すための道のりである。

それはあなたに、これまでとはくらべものにならないほどの成功と充実感を与えてくれる。

結果だけでなく、日々のプロセスを心から楽しめるようになる。ただし、エッセンシャル思考を邪魔しようとする力が数多くあることも事実だ。そのせいで、多くの人は非エッセンシャル思考へと迷い込んでしまう。

本質を見失うことの代償は大きい

よく晴れた冬の日だった。私は病院にいる妻のもとを訪れていた。妻ははつらつとしていたが、やはり疲れは隠せなかった。

3300グラムの元気な赤ちゃんを産んだばかりなのだ(1)。本当なら、人生のなかでも最高に幸せで満ち足りた時間になるはずだった。

ところがそんなときに、私は仕事のことばかり考えていた。クライアントとの会議の時間が迫っていた。同僚からのメールには、こう書いてある。

「金曜に出産とは間が悪いね。○○さんが会議室で待っているよ」冗談半分なのはわかっていたが、それでも私はプレッシャーを感じずにいられなかった。

もちろん、今やるべきことはわかっている、はずだった。人生の大仕事をやり終えた妻と、産まれたばかりの娘のために、そばにいてやらなくてはならない。

そのとき電話がかかってきて、会議には来られそうか、と訊かれた。私は反射的に、こう答えていた。

「はい、行きます」そして妻と子供を病院に残し、会議に出かけたのだった。そんな私に、同僚はこう言った。

「大変なときに来てくれて、クライアントも喜んでいると思うよ」だが、クライアントの顔色は微妙だった。まさに私と同じことを考えていたのだろう。

「こんなときに、いったい何をやっているんだ?」私は相手の機嫌を損ねないためだけに「イエス」と言い、それによって家族と自分を傷つけ、肝心な顧客の信頼さえ失おうとしていた。

結局、何ひとつ得るもののない会議だった。

仮に何らかの成果があったとしても、妻と子供を置いてまで行く価値があるはずもない。私はみんなの機嫌をとろうとして、もっとも大切なものを犠牲にしたのだ。

そのときの経験から、私は大きな教訓を得た。自分で優先順位を決めなければ、他人の言いなりになってしまう。

人の決断、というものに私が強い興味を持ったのも、これがきっかけだった。どうして人は、大事な場面で決断を誤ってしまうのだろう。なぜ自分の能力をもっと発揮できないのだろう。

自分や周囲の力を最大限に引き出すような生き方をするには、どうしたらいいのだろう?この問いに突き動かされるように、私はイギリスのロースクールを辞めてアメリカへ渡り、スタンフォード大学の大学院で研究に身を投じた。

その縁でリズ・ワイズマンと共にリーダーシップに関する本を書き、ベストセラーになった。

それから私はシリコンバレーで戦略とリーダーシップに関するコンサルティング会社を立ち上げた。

現在私はこの会社で、非常に優秀な世界的リーダーたちにエッセンシャル思考を指導している。私はこの仕事を通じて、世界中のビジネスマンを見てきた。

忙しさに疲れはて、プレッシャーに押しつぶされそうになっている人。大きな成功を手に入れながら、すべてを完璧にこなそうとして苦痛にあえいでいる人。高圧的な上司のもとで、何も断れなくなってしまった人。

どうしてこんなに優秀な人たちが、本質を忘れ、どうでもいいようなものごとに絡めとられてしまうのだろう?私の行き着いた答えは、意外なものだった。

あるとき私のところへやってきたのは、一見とてもエネルギッシュな会社役員だった。若い頃にコンピュータの魅力にはまり、熱心にスキルを磨きつづけてきた。深い知識と情熱が評価され、どんどん大きな仕事を任されるようになった。

それでも成功にあぐらをかかず、さらに上をめざすために勉強をつづけてきた。私と出会った頃には、彼の努力は少々度を越していた。あらゆることを学び、何でも自分でやろうとしていたのだ。

毎日新たなことに興味を持ち、数時間後にはもう別のことを学んでいる。

あまりに興味の対象が多すぎて、大事なものとそうでないものの区別がまったくつかなくなっていた。

「すべてが大事」だと思い込んでいたのだ。その結果、彼のやることはどんどん散漫になっていった。

無数の方向に1ミリずつ進んでいたわけだ。ものすごく努力しているのに、どこにも成果が見えてこない。

私はそんな彼に、前掲の図を描いてみせた。まず、左側の丸。エネルギーの矢印が無数に分散している状態だ。彼はしばらくのあいだ、じっとその図を見つめていた。そんなに長く黙ったのは初めてかもしれない。

それから、取り乱した声で言った。「まさに、今の僕そのものじゃないですか!」それから私は、右側にもうひとつの丸を描いた。

一方向にエネルギーが集中し、大きく前に進んでいる。「もっとも大事なことを、ひとつだけ選んでみてはどうでしょう?」と私は言った。

彼は弱々しく頭を垂れた。

「それが、自分でもわからないんです」彼だけでなく、多くの優秀な人びとが、自分にとって大事なことを見分けられなくなっている。

理由のひとつは、断ることを極端に嫌う世の中の風潮だ。何でも引き受けるのがいいことで、断るのは悪いことのように思われている。こうした風潮のせいで、優秀な人は「成功のパラドックス」に陥ることになる(2)。

優秀な人ほど成功のパラドックスに陥りやすい

第1段階目標をしっかり見定め、成功へと一直線に進んでいく。

第2段階成功した結果、「頼れる人」という評判を得る。

「あの人に任せておけば大丈夫」と言われ、どんどん多様な仕事を振られるようになる。

第3段階やることが増えすぎて、時間とエネルギーがどんどん拡散されていく。疲れるばかりですべてが中途半端になる。

第4段階本当にやるべきことができなくなる。成功したせいで、自分を成功に導いてくれた方向性を見失ってしまう。なんとも奇妙な話である。

極論すれば、成功を求めることによって、人は失敗してしまうのだ。成功した人は何でもやろうとしすぎて、そもそも何をやっていたかを忘れてしまう。そういった例はどこにでもある。

たとえばジム・コリンズは、著書『ビジョナリーカンパニー3衰退の五段階』のなかで、成功した企業がいかにして衰退するかを分析した(3)。

コリンズによると、失敗の主な理由は企業が「規律なき拡大路線」に陥ったことだと言う。つまり、やたらと多くを求めすぎたのだ。

このことは企業だけでなく、そこで働く個人にも当てはまる。いったいなぜ、そんなことになるのだろう?

人はなぜ方向性を見失うのか

人が方向性を見失うには、いくつかの理由がある。

・選択肢が多すぎるここ10年ほどで、私たちの選択肢は急激に増えた。そのせいで、大事なものが見えにくくなってしまった。

あのピーター・ドラッカーも、こう述べている。

「数百年後の人びとがわれわれの時代を振り返るとき、歴史家の目にとまるのは技術やインターネットよりも、人びとの状態が大きく変わってしまった事実だろう。

歴史上初めて、大多数の人びとが選択肢を持つことになったのである。ただし社会はいまだ、そのような事態に対応できていない(4)」

私たちはこれまでになく多くの選択肢を持つことになり、その数に圧倒されている。何が大事で何がそうでないかを見分けられなくなっている。

心理学で「決断疲れ(5)」と呼ばれる状態だ。選択の機会が増えすぎると、人は正しい決断ができなくなるのだ。

・他人の意見がうるさすぎる選択肢が増えただけでなく、他人からの口出しもあらゆる方向からやってくる。

つながり過剰や情報過多などとよく言われるが、問題は他人からのプレッシャーが大きすぎることなのかもしれない。

インターネットを通じて他人の意見がなだれ込み、私たちにああすべきこうすべきとうるさく指図するのだ。

・欲ばりの時代「全部手に入れよう、全部やろう」という考え方は、世の中のすみずみにまで浸透している。

テレビのCMはあらゆるものを手に入れろと叫び、会社の求人広告には「何でもできる人求む」という意味のことが書かれている。

大学入試でさえ、たくさんの課外活動経験があるほうが高く評価される。こうした考え方自体は、新しいものではない。ただし、その弊害はますます大きくなっている。

選択肢が増え、世の中のプレッシャーが大きくなった現代にあって、人びとは忙しい日々にもっと多くの活動を詰め込もうと奮闘している。

企業は「ワークライフバランス」などと言いつつ、24時間いつでもスマートフォンで社員を呼び出せると考えている。

仕事の優先順位を決めるミーティングでは、最優先事項が10個も同列に並んでいる。最優先事項とは、ほかの何を差し置いてもいちばんにやるべきことであるはずだ。

ところが近頃では、最優先という言葉の「最」という意味が消えようとしている。

ある企業で働くマネジャーは、つねに最優先事項を5つ抱えているのだと嘆いていた。

これでは、何も優先していないのと同じだ。

「全部手に入れよう、全部やろう」とするうちに、私たちは知らず知らず何かを失っている。

自分の時間とエネルギーをどこに注ぐか決められずにいるうちに、誰か(上司、同僚、顧客、家族等々)が私たちのやるべきことを決めてしまう。

そうして思考停止に陥り、自分にとって何が大事なのかわからなくなる。自分で選べない人は、他人の言いなりになるしかないのだ。

オーストラリアのホスピスで看護師をしていたブロニー・ウェアは、死を迎える患者たちが最後に後悔していることを聞き、記録しつづけた。

その結果、もっとも多かった答えは「他人の期待に合わせるのではなく、自分に正直に生きる勇気がほしかった(6)」。

自分に正直に生きるというのは、単にわがままになることではない。不要なことを的確に見定め、排除していくことだ。

そのためには、無意味な雑用を断るだけでなく、魅力的なチャンスを切り捨てることも必要になる(7)。

やることを減らし、人生をシンプルにして、本当に重要なことだけに集中するのだ。本書は、あなたの人生をすっきりさせるための片づけコンサルタントのようなものだ。

クローゼットを片づけないで放っておくと、どうなるか想像してみてほしい。着たい服がすぐに見つかる状態だろうか?いや、そんなわけがない。

普段から片づけをしていないと、クローゼットはぐちゃぐちゃになり、着ない服でパンパンにふくれ上がってしまう。

いっそのこと、全部捨てたらすっきりするだろうか?クローゼットを整理する方法を確立しないかぎり、全部捨てたところでまた同じことの繰り返しだ。

何が必要で何が不要かを判断できないので、なくてはならない服をうっかり捨ててしまったり、二度と着ない服がたまっていったりする。

何をどうしていいかわからないのだから、うまくいくわけがない。人生も仕事も、クローゼットと同じだ。

必要なものと不要なものを区別できなければ、どうでもいいことで埋めつくされてしまう。

捨てるしくみをつくらないかぎり、やることは際限なく積み上がっていくばかりだ。そうならないために、エッセンシャル思考のクローゼット整理法を紹介しよう。

1評価する

「いつか着る可能性があるだろうか?」という考え方はやめよう。

そのかわりに、「大好きか?」「すごく似合うか?」「しょっちゅう着るか?」と考えよう。もしも答えがノーなら、それは不要なものだ。

人生や仕事に置き換えると、こういう問いになる。

「これをやったら、ほかの何よりも重要な成果が得られるだろうか?」本書のPART2で、その問いに答える方法を考えていこう。

2捨てる

クローゼットの洋服を「いるもの」と「いらないもの」に分けたとしよう。

さて、「いらないもの」を今すぐ捨てる勇気があるだろうか?「やっぱり、もったいない」と感じるのも無理はない。

心理学の研究によると、人はすでに持っているものを、実際よりも高く評価する傾向があるという。一度買ってしまうとなかなか捨てられないのはそのせいだ。そんなときは、こう考えてみよう。

「もしもこれを持っていなかったら、今からお金を出して買うだろうか?」すると、知らず知らずバイアスがかかっていたことに気づくはずだ。

人生や仕事においても、いちばん重要ではないとわかっているのに、なかなか捨てられないことがある。捨てるには、努力が必要なのだ。

本書のPART3では、不要なものを捨てるテクニックを紹介する。ただ捨てるだけでなく、捨てることで自分の評価が高まるようなやり方を身につけよう。

3実行する

クローゼットをきれいに保つには、日頃から整理整頓できるしくみが必要だ。

いらないものを入れるための特大サイズの袋を用意して、どうしても必要なもの以外はそこに入れよう。

定期的にその袋を持って古着屋に行き、買いとってもらう習慣をつけよう。人生や仕事でも、選び抜いた行動を実行するためには、やりやすい習慣をつけることが必要だ。

意志の力をふりしぼらなくてすむように、行動をしくみ化しよう。本書のPART4では、挫折知らずのしくみづくりについて検討する。

もちろん、ものごとはクローゼットのように単純ではない。服は置いたところにとどまっていてくれるが、仕事や用事は勝手にどんどん増殖していく。

せっかく午前中にすべて片づけたと思ったのに、午後にはもうやることがあふれ返っている。悲しいことに、世の中そんなことばかりだ。

注意深くスケジュールを立てても、数時間後にはすっかり予定が狂っている。1日のTODOリストは片づくどころか、気づけば朝より長くなっている。

週末くらいは家でのんびりしようと思っていたのに、雑用やらトラブルやらで結局つぶれてしまう。

だが、希望を失うことはない。そこから脱け出す方法はある。

エッセンシャル思考とは、人生のクローゼットを整理するしくみのことだ。思いきって一度やれば終わりというものではないし、月に一度のイベントでもない。

クローゼットをきれいに保つには、そもそも散らからないしくみづくりが不可欠。

つまり、仕事や用事を頼まれるたびに、イエスかノーかを正しく決めることが必要だ。そのための確固としたルールが、エッセンシャル思考なのである。

本書を読めば、他人の期待に振りまわされず、自分に正直に生きる方法が見つかるだろう。

より効率良く生産的になり、仕事もプライベートもこれまでよりずっと充実するはずだ。

大事なものを知り、不要なものを捨て、決めたことをスムーズにやりとげる。人生のあらゆる場面で、仕事や用事を正しく「減らす」。

そのためのやり方を紹介しよう。

本書の使い方

本書は4つのパートに分かれている。まず、このPART1で、エッセンシャル思考の考え方を紹介する。

つづくPART2〜4では、正しく「減らす」ためのしくみを、順を追って紹介していく。各パートの概要は以下のとおり。

PART1エッセンシャル思考とは何かまず、エッセンシャル思考の基礎となる3つの考え方を紹介する。

エッセンシャル思考を身につけるには、これらの基本を理解することが不可欠だ。

1選択

私たちは、時間とエネルギーの使い道を選ぶことができる。だからこそ、トレードオフを引き受けることも必要になる。

2ノイズ

世の中の大半のものはノイズである。本当に重要なものはほとんどない。だから、何が重要かを正しく見極めなくてはならない。

3トレードオフ

すべてを手に入れることはできない。何もかもやるなんて不可能だ。何かを選ぶことは、すなわち何かを捨てること。

「どうやって全部終わらせようか」と考えるのをやめて、「どの問題がいちばん重要か?」と考えよう。

これらの基本を十分に理解したなら、エッセンシャル思考を理解することは難しくない。

以降の章で紹介する考え方やテクニックも、自然に覚えられるはずだ。

PART2見極める技術エッセンシャル思考の人は、そうでない人よりも多くの選択肢を検討する。

逆説的だが、それが事実だ。何でも無批判に引き受ける人は、何も検討しない。

だがエッセンシャル思考の人は、あらゆる選択肢を検討したうえで、重要なことにイエスと言う。

軽い気持ちでなく、本気でとことんやるからこそ、最初の見極めに力を入れるのだ。選ぶ基準を明確にすれば、脳のサーチエンジンは厳密な結果を返してくれる(8)。

「良いチャンス」で検索すると、なんとなく良さそうな情報が延々と出てくるだろう。そこで検索オプションとして、次の3つの問いをつけ加える。

「自分は何が大好きか?」「自分は何がいちばん得意か?」「世の中の大きなニーズに貢献できるのは何か?」すると、検索結果は絞られてくるはずだ。

なんとなく良さそうなことを眺めている暇はない。考えるべきは、どうすれば最高の成果が出せるかということだ。正しいことを、正しいときに、正しい方法でやる。そのためには、基準を厳しくするしかない。

エッセンシャル思考の人は、たっぷりと時間をかけて選択肢を見くらべ、意見を聞き、話し合い、熟考する。無駄に悩んでいるわけではない。

大量のどうでもいいことのなかから、少数の本質的なことを見極めようとしているのだ。

PART3捨てる技術

周囲に認められたいという思いから、何でも引き受けてしまう人は多い。

だが最高の成果を上げるためには、断ることも必要だ。

ピーター・ドラッカーはこう言っている。

できる人は『ノー』と言う。『これは自分の仕事ではない』と言えるのだ(9)」不要なことを捨てるためには、誰かにノーを言わなくてはならない。

しかも、頻繁に。なるべく相手を傷つけず、うまく頼みを断るためには、勇気と思いやりが不可欠だ。頭で考えるだけではうまくいかない。上手に気持ちを動かすにはどうするか。

PART3「捨てる技術」では、そうした面についても考えてみる。すべてを手に入れることが不可能なら、何かを捨てるしかない。

では、誰がそれを決めるのか?もしも選択の権利を放棄するなら、他人があなたの人生を決めることになる。

自分で「これを捨てる」と決めなければ、誰かがあなたの大切なものを捨ててしまうだろう。不要なものを捨てれば、必要なことをするための余裕ができる。

実際にどうやって必要なことを実行するかは、次のステップで考えていこう。

PART4しくみ化の技術

何かをやりとげるには、強い意志が必要だとよく言われる。仕事のプロジェクトを終わらせるにしても、夫や妻の誕生日パーティーを開くにしても、がんばらなければ実現できないと考えられているようだ。

だが、エッセンシャル思考のアプローチは違う。努力と根性でやりとげるのではなく、すんなり実現するようなしくみをつくるのだ。

無駄な作業に費やす時間が減る分、じっくりと計画を立てて、事前に障害を取り除くことができる。

これら3つの技術(見極める、捨てる、しくみ化する)は、ひとつの輪のようにつながり合っている。

日頃からこのサイクルをまわしていけば、得られる成果はどんどん大きくなっていくだろう。

自分で選ぶという最強の武器を手に入れる

「時にかなった思想は、軍隊よりも強力である」これは『レ・ミゼラブル』の作者、ヴィクトル・ユーゴーの言葉だ。

「より少なく、しかしより良く」という考え方も、まさに「時にかなった思想」だと言えるだろう。

行動を取捨選択できるようになると、すべてが変わる。ひとつ上のレベルの生き方が手に入る。

不要なものを捨てる生き方は、自由だ。もう誰かの思惑に振りまわされることもない。自分で選べるのだ。

この最強の武器があれば、仕事や生活で最高のパフォーマンスが出せる。それだけでなく、世の中に最高の貢献ができるようになる。

もしも学校のつまらない課題をやめて、もっと世の中の役に立つことをやったらどうなるだろう。

世界を良くするために何ができるかを考え、不毛な競争のかわりに未来を見据えた大人になるとしたら(10)?もしも仕事から無駄なミーティングが消えて、その代わりに重要なプロジェクトを前に進めることができたらどうだろう。

どうでもいいメールのやりとりや無意味な作業がなくなり、会社の利益と自分のキャリアにとっていちばん役立つ仕事に専念できるとしたら?もしも世の中が、無駄なものを買えと急き立てる代わりに、じっくりものを考える余裕を与えてくれたらどうだろう。

好きでもない人のためにいやなことをやったり、いらないものを買ったりすることが、馬鹿げたことだと言われるようになったら(11)?もしも「たくさん」よりも「少し」のほうが評価されるようになり、忙しいことが有能のしるしでなくなったら?その代わりにじっくりと話を聞き、思索し、心を静め、大切な人たちと時間を過ごすことが評価されるようになったら?もしも世の中がむやみに多くを求めることをやめて、より少なく、しかしより良いことを選ぶようになったらどうだろう?そんな世界が、目に浮かぶ。

他人の期待に合わせるのではなく、自分に正直に生きる勇気を手に入れた人びとの姿。

子供も大人も、社員も経営者も、誰もが自分の能力を最大限に生かし、有意義な生活を送っている。

そこでは誰もが自分の本当にやるべきことをやっている。意味のある会話が生まれ、やがて大きなうねりになっていく。

まだ迷っているなら、人生がいかに短いかを考えてみてほしい。残されたわずかな時間を、いったいどのように使いたいのか。

メアリー・オリバーの有名な詩の一節を引用しよう。

「教えてください、あなたは何をするのですか/その激しくかけがえのない一度きりの人生で(12)」いったん読むのをやめて、この問いをじっくり考えてみてほしい。

そして、今ここで、エッセンシャル思考の生き方を選ぶと決意してほしい。ためらう理由があるだろうか。

あるとき目を覚まして、「ああ、自分に正直に生きるより、どうでもいい仕事を押しつけられる生活のほうがよかったなあ」と後悔する可能性があるだろうか?たくさんのどうでもいいことより、数少ない本質的なことを全力で追求しようではないか。

そのためのしくみを学び、もっと研ぎ澄まされた生き方をしようではないか。私は別に、古き良き生活に戻ろうと言っているのではない。

メールもインターネットも断ち切って隠遁生活を送ろうと言っているのではない。そんな後ろ向きな生き方なんてお断りだ。

エッセンシャル思考とは、「より少なく、しかしより良く」を貫く生き方だ。それは未来へ向かうイノベーションである。

もう誰にも、娘が産まれたときの私のような間違いを犯してほしくない。いつだって、本当に大事なことを選んでほしい。

そうすれば世の中はもっと良くなるはずだ。誰もが無難な行動のかわりにもっとも重要な行動を選ぶようになれば、世界は今よりずっといい場所になる。

いつかあなたの人生が終わるとき、いくつかの後悔は残るかもしれない。だがエッセンシャル思考を選んだことは、けっして後悔しないはずだ。

たとえば今日この瞬間に戻れたとして、別の選択をしたいと思うだろうか。

人生の終わりから振り返ったとき、あなたはどちらを選ぶだろうか?自分の心に答えを求めたあなたは、エッセンシャル思考の道を歩む準備ができている。

さあ、一緒に踏み出そう。

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