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Chapter3 マニュアルを定着させる デイズニーのアニキ制度とは?

目次

アニキ制度とは?

新人と先輩がマン・ツー・マンで徹底的に向き合う

前章の最後で述べましたが、どんなにすばらしいマニュアルを作っても、全従業員に定着、浸透させることができなければ絵に描いた餅になってしまいます。

これは、ディズニーの現場でも同じ。そうならないための仕組みが用意されているのです。

ディズニーランドで使われているマニュアルが、キャスト一人ひとりに浸透しているのは、「ブラザーシステム」と呼ばれる制度があるからです。

私は親しみを込めて「アニキ制度」と呼んでいますが、これは一般企業で行われている指導社員制度を充実させたもの。

新人キャストには、必ず専属の先輩キャストが教育係として配置され、指導する仕組みです。ここまでは、一般の会社と同じ。

このアニキ制度の特徴は、アニキに任命された先輩が、担当の新人キャストに、ほぼマン・ツー・マンで、しかも公私にわたって、徹底的に教育するところにあります。

ペアとなった先輩と後輩が、まるで兄弟のように成長していくことを目指したディズニー独自の仕組みなのです。

私は、このアニキと後輩のつながりを、「上司でも親友でもない、ナナメの関係」と呼んでいます。マニュアルの浸透という意味で言えば、現場のアニキたちはコーチのような存在でした。

すでに述べてきたとおり、ディズニーランドのマニュアルは作業手順についてしか定められていません。

もちろん研修でひととおりのことは学びますが、ディズニーのキャストは即戦力としてすぐに現場に出されます。ですから、最初は当然わからないことだらけです。

前述した「フラッシュ3333」というセーフティーネットはありますが、やはり不安です。

しかし、いつもそばにいて、わからないことがあればすぐにアドバイスしてくれるアニキのおかげで、「何をすればいいかわからない」「不安が先行してまともにサービスを提供できない」ということはありません。

アニキに遠慮はいらない

アニキたちは後輩キャストたちがマニュアルから外れたことをしたり、ディズニーの基準(スタンダードライン)に満たない行動をすると、遠慮なく後輩を叱りつけます。

髪型や服装に乱れがあるとなれば、オンステージ(パーク内)に出す前に髪を切ってしまうアニキもいました。

私も新入時代、ユニフォームのズボンの裾に「ヒールマーク(靴のかかとの内側が反対側のズボンの裾にあたってついた汚れ)」が少しついていただけで、「大住、ズボンの裾が汚れているから、今すぐ着替えろ」と指示されたのを覚えています。

カストーディアルはパーク内を歩きまわっていますから、どうしてもヒールマークがついてしまいます。

しかし、どうしてもついてしまうから見逃すということなく、アニキは「1日に何度でも着替えるのがゲストヘのもてなしとして当然のことだ」と教えてくれたのです。

ディズニーでは、こうやってマニュアルを現場に浸透させ、厳しいスタンダードラインをキャスト一人ひとりに植えつけているのです。

一方、ミッションの部分、いかにゲストをもてなすかに関しては、キャスト一人ひとりのやり方を尊重し、ヒントを与えながら一緒に考えてくれます。

ディズニーランドには、笑顔の作り方のマニュアルはありませんし、練習もしません。それでもキャストがニコニコと明るいのは、本気でゲストをもてなすことの意味をアニキから教わるからです。

これがファミンスやコンビニのように、サービスそのものにマニュアルを活用している企業との大きな違いです。

チェーン店のマニュアルでは、接客時の笑顔や声かけのタイミングなど、ディズニーの「ミッション」にあたる部分まで画一的に定められています。そのおもてなしではゲストは感動しません。スタッフもこれだけやれば問題なしと考え、それ以上成長しません。

しかし、ディズニーには一緒に考えともに成長する口うるさいアニキたちがいる。だから、キャストが成長するのです。

マニュアルの根っこにある本質を伝えるのがアニキの役割

マニュアルが浸透しないのはモチベーションのせいではない

マニュアルがあるのに浸透しない。マニュアルがあるのに作業の質が保たれない。マニュアルがあるのに顧客の満足度が上がらない。そんなとき、多くの企業は従業員のモチベーションに要因があるのではないかと考えます。

先日もある会社の研修内容に関する打ち合わせの席で、担当者から「コミュニケーションとモチベーションアップ」という表題を出されました。

そこで、私がはっきりと伝えたのは、「モチベーションを上げる研修なんてありません」ということ。モチベーションは誰かに習って、誰かに焚きつけられて、アップするものではありません。

もちろん、ここで「はい、わかりました」とお応えしていれば、研修の仕事が1件増えたのだと思いますが、研修を受けてやる気になるというのは、なった気になっているだけのこと。

けっして長続きしません。なぜなら、モチベーションをアップさせることができるのは本人だけだからです。どんなチームにも必ず仕事の覚えの悪い人はいます。

やるべき作業がうまくできないことを自覚していれば、萎縮することもあるでしよう。そこへまわりが「やる気を出せ」と言っても効果はありません。

そうした人の眠っている力を引き出すには、その人の活躍できそうな仕事を作り、小さな成功体験によって自信を与えることが大切です。

簡単なことでもきちんとできたら大げさなくらいに褒めていく。これが仕組み化されているのが、アニキ制度です。

大切なのは、フェイス・トウoフェイスのコミュニケーション

アニキたちは経験の浅いキャストがスムーズに仕事を進められたら、その働きに注日し、「よくやったな」と声をかけます。

そのひと言でモチベーションがアップするわけではありませんが、「見てくれている」という印象は胸に残るわけです。

この「自分を認めてもらえた」という感覚は自信を育み、アニキヘの信頼感にもつながっていきます。

こうした成長のきっかけとなる簡単な仕事にぴったりのアイテムが、マニュアルです。そこに書かれている作業の目的と簡潔な手順に沿っていくと、誰もが平均点以上の成果を出せる。

問題はアニキが、それを「できてあたり前だ」と見ているか、「よくできたな」と褒めるかどうかです。

ディズニーランドのキャストのモチベーションが下がらないのは、チーム全体で一人ひとりの気持ちを上向きに保つ仕組みがあるからです。

それが、本章のテーマである「アニキ制度」であり、次章で述べる「クロスコミュニケーション」。共通しているのは、どちらも「フェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーション」であるということです。

アニキが褒める。アニキが認める。だから、「やろう」と思う。最初はこれでかまいません。それを続けていくと、キャストは必ず次のステージに上がります。

「なぜ、こうするとアニキは褒めて、認めてくれるのか」と考え始めるのです。後輩がそのような段階になったら、アニキはマニュアルの本質について教えます。

このマニュアルがあるのはなぜなのか。デューテイーのためであり、その先にあるミッションのためである。実現させたい理想を実作業に分解したものが、マニュアルなのだ」と。

そして、そのつながりに気づけたとき、キャストは一人前になるのです。

マニュアルに従うことで小さな成功体験を積み、それをアニキが評価することで本人のやる気にスイッチが入る。アニキはそこで満足せず、マニュアルの背景にある本質を語っていく。

アニキと若手の間には前提となる信頼関係が構築されているので、語られた側はミッションの大切さを受け入れてくれるのです。これがアニキ制度によってマニュアルがチームに浸透していく流れです。

マニュアル以上のことを教えることに意味がある

私が新人としてカストーディアル課に配属されたときのアニキは、身体が熊みたいに大きいコワモテの男性でした。

しかも、コフモテなだけでなく、音は本当に暴走族のリーダーだったという経歴の持ち主。

そんな第一印象から心のなかで「クマさん」と呼ぶことにした私のアニキは、最初に「おまえはひたすら歩いてひたすら掃け」と教えてくれました。

クマさんの迫力にびびっていた私は、来る日も来る日も教えどおり、せっせとパーク内を掃除し続けました。

すでにお気づきかと思いますが、クマさんの指示は「継続多重清掃」と「ゲストとのマジカル・チャンスを増やす」という、カストーディアルのマニュアルに沿ったものです。

しかし、しばらく経つと私は、どうしてひたすら歩き、掃くのか、いまいちよくわからなくなってきました。

そこで、クマさんに「なんでもっと意味のある仕事をさせてくれないんですか?」と聞きました。すると、アニキはこう答えたのです。

「ゲストは、おまえの本気の姿に感動するんだ」ここで「マニュアルに書いてあるからだ」と言わないのが、アニキ制度のすごいところ。

クマさんをはじめ、アニキとなる先輩キャストたちは基本的にデューティーではなく、ミッションに紐づけてアドバイスしてくれるのです。

このときも私がきょとんとしていると、クマさんはこう続けてくれました。

「ディズニーランドは、ミッキーマウスがいるから、アトラクションがすごいから、というだけでお客様がたくさん来てくれるわけじやない。

ここで働いている人たちがみんな一生懸命だからなんだ」たしかに、小さなゲストから「トインにいきたい!」と言われたら、クマさんをはじめ、先輩のキャストは持ち場を離れて一緒に手をつないで連れていっていました。

人というのは、そんなふうに本気で対応してくれる相手を見ると、感動し、放っておけなくなるんだ。だから、また遊びに来てくれる。俺たちが本気の姿を見せることには、そんな意味がある

ディズニーランドのアニキ制度のいいところは、師匠と弟子の間に越えられない壁のある徒弟制度とは異なり、「なんでも相談せえ」という自由闊達な雰囲気にあります。

アニキは各々のキャラクターによって違いはあるものの「おまえのまわりで起きている出来事、疑間に思うことはなんでも言え。聞いてこい」という姿勢で後輩キャストをサポートしていきます。

叱り方にもコツがある

また、私が若手社員としてディズニーランドで働いていたときのことを思い返すと、とにかくよく叱られていた場面が浮かんできます。

しかし、それは嫌な思い出ではありません。

その場でむっとすることはあっても、必ず自分の成長につながる叱咤であり、激励となっていたからです。アニキたちは理不尽な叱り方はしません。

こちらがマニュアルどおりにデューテイーができていないとき、「ギブ・ハピネス」というミッションに照らし合わせた行動ができていないとき、想像力不足でパークの雰囲気を壊しそうになっているときなど、その場そのときに指摘しなければならない言動があったら、見逃さずに「ちょっといいか」とバックステージに呼ばれます。

そして、アニキたちは叱り飛ばす前に、なぜ、呼び出されたのかを考える時間をくれました。

たとえば、私がアドベンチャーランドにある「カリブの海賊」の担当者だったときのこと。

マニュアルに規定されたとおり、きちんとユニフォームを着て、パーク内を同僚と歩いていると、アニキから直後にバックステージヘ呼び出されたことがあります。

直属のアニキは「なんで、呼び出されたかわかるか?」と聞き、私たちが小首を傾げていると「おまえら、パーク内を3人、横並びで歩いていただろう」と指摘しました。

マニュアルには、「3人以上で横並びになって歩いてはいけません」などといつた記載はありません。

しかし、アニキはこう言って、おまえらの行動は「SCSE」に適っているのか?と問いかけてきました。

「パーク内には小さなお子さん連れのゲストが多いだろう。

男性のキャストが3人、横並びになって向かってきたら、小さなゲストたちはどんな気持ちになると思う?」しばし、私たちに考えさせた後、アニキは「数的圧迫感を与えるから、改めろ」「並んで歩いていいのは、2人までだ」と告げました。

私は、そこまで考えなければいけないのかと思う一方で、理由に納得がいったのですんなりと反省することができました。

また、相手の言葉が真剣であればあるほど、こちらの心にもぐさりと刺さるものです。ディズニーランドのキャストたち。

それも若いアルバイトたちがいきいきした表情で働いているのには、こうしたアニキたちの気持ちの込もった叱咤激励があるからです。

それも頭ごなしに「ボケ、ナス、おまえはダメだ」と叱責するのではなく、「なぜ、叱るのか」を考えさせる叱り方。

麦は踏まれて伸びていくと言いますが、常に本気で叱りつけてくれる存在が現場にマニュアルを浸透させ、同時に若手を成長させていくのです。

アニキ制度を一般の会社に取り入れること自体はそれほど難しいことではありません。新人が入ってきたとき、アニキとなる教育係を決めてしまえばいいだけだからです。

難しいのは、その教育係と新人の距離感や接し方、コミュニケーションの取り方。次項からはそのコツを、私が新人だったころ教育をしてくれたアニキを例に挙げて、説明していきます。

あなた自身が職場のアニキになってもいいですし、若手のスタッフから適性のある人をアニキにしてもいい。ブラザーシステムの導入を進めていきましょう。

教育の成果はコミュニケーションで決まる

あえて公私の「私」にコミットする

前項で、私の最初のアニキ、クマさんの話をしましたが、より具体的にアニキ制度に大切なコミュニケーションの要諦をお伝えするため、さらに、私が若手キャスト時代にお世話になった2人のアニキたちに登場してもらうことにしましよう。

一人は、ジャングルクルーズの時代にお世話になった豊田さん。

もう一人はオリエンタルランド本部の開発事業部で「東京ディズニーシー」を立ち上げるプロジェクトにいたとき、お世話になった大塚さんです。

アニキ制度は現場のシステムであって、厳密には本部での上司、部下の間にはあてはまりません。

しかし、新たなパークとしてディズニーシーを建設するというミッションのもと、大塚さんと動いている間、私は彼を頼れるアニキとして慕い、大いに助けてもらいました。

クマさんを含めた、3人のアニキの振る舞いやコミュニケーションの取り方はそれぞれでしたが、共通している点もいくつかあります。

それは、後輩や部下に責任を持たせ、仕事をまかせてくれることです。実際の業務のなかで個々の力を発揮させ、失敗したら原因を一緒になって考え、対処策を講じて、フォローしてくれる。

こうした面倒見のいい先輩はどこの会社にもいるものです。そして、そういった先輩を慕う後輩が仕事を覚えていくという流れはめずらしいものではありません。

しかし、アニキ制度のポイントはそのような先輩後輩の関係を強制的に作ってしまうところにあります。

若手は配属されると「○○さんがアニキだ」と言われ、好むと好まざるとにかかわらず、ペアとなります。そこで、想像されるのは相性が合わないといつた問題です。

「あの人は生理的にムリ」「どうもこの人の言うことは納得がいかない」など、仕事以前の部分でコミュニケーションがうまくいかず、先輩後輩の関係がうまく築けない。現実にはごろごろしている問題です。

ところが、アニキ制度ではこの手のトラブルはほとんどありませんでした。同じ組織のなかで、個性の異なる複数のアニキが一定水準以上の結果を出せてしまう不思議。そこには、やはり暗黙のルールのようなものがありました。

アニキたちはマニュアルに精通しているのはもちろんのこと、後輩とコミュニケーションを取るとき、あえて公私の「私」に入つていくようにしていました。

彼や彼女がどんな人間なのかを見るため、「おまえ、どうしてディズニーランドで働きたいと思ったの?」と、あえて人間性の見える質問をぶつけて、距離を縮めていく。

私もアニキの立場となったとき、その姿勢を見習い、意図的に後輩の両親に関する話を聞くようにしていました。私たちは自分の親族の話になると、つい本音が出てしまうものです。

彼や彼女が親をどういうふうに思い、どんなふうに日々接しているかを聞くことで、個性が見えてきます。

そして、コミュニケーションを重ねることで後輩の感情は「この人の話なら聞いてもいいかな」「この人にならなんでも話せるな」と変化していきます。

ディズニーでは、アニキ一人ひとりがこういった工夫をすることで、師弟の相性にかかわらず後輩が成長していくのです。

すべてを管理しようとしない

日常の業務で言うと、適度に放っておくのもアニキたちのやり方でした。まかせて、見守り、口を挟まない。特に私の2人めのアニキである豊田さんの問合いは絶妙でした。

転んだ子どもが自分で立ち上がるまで見守り、「えらいね」「強かった」と褒めてあげる。そんなかかわり方で後輩たちを育てていました。

たとえば、私が何かミスをして落ち込んでいても、あえて放置するわけです。そして、休みの前日になると、声をかけてくれる。こちらは見ていてくれたのかと安心します。

でも、アニキはそのとき、「こうすればよかったんだよ」という答えは教えてくれません。なぜかというと、考える時間を与えるためです。

休暇の前にぽんと声をかけられることで、次に出勤するまでの間、頭の片隅に「どうしたらよかつたんだろう?」という疑間が残る。すると、人は無意識のうちに問いかけを続け、成長していきます。

アニキたちがすごいのは、自分たちの通常業務をきちんとこなしながら、弟分、妹分への日配りを忘れないことです。

その日、はじめて顔を合わせたときには必ず、「元気?」と声をかけるアニキもいれば、ぼんと肩を叩くだけのアニキもいました。

いずれにしろ、そのわずかなコミュニケーションで「俺は見ているよ」「気にかけているよ」「何かあったら言ってこいよ」というメッセージを伝えているのです。

だから、弟分、妹分のキャストは安心していられる。ディズニーランドには、そんな先輩後輩の関係が何千組もあり、互いに刺激を受け合いながらデューテイーに、そして、ミッションの実現に取り組んでいるのです。

責任ある仕事をまかせることで、成長を促す

こうした出来事は何もパーク内だけで起きているわけではありません。私にとって3人めのアニキだった開発事業部時代の先輩、大塚さんとの間にも忘れられない思い出があります。

東京ディズニーシー開業のプロジェクトを進めるにあたって、地域の住民のみなさんをはじめ、千葉県警、警視庁、道路公団(当時)など、あらゆる関係団体から、交通問題の改善を求められていました。

私はアニキについて関係各団体との調整を続け、最後の最後、千葉県から工事許可の書類に押印してもらう段階を迎えました。

押印のその日、アニキは私に「大住、一緒についてこい」と声をかけてくれ、千葉県庁とオリエンタルランドの双方が1枚ずつ書類に押印していくという重要な役目を私にまかせてくれたのです。

作業としては誰でもできることに違いありません。

しかし、そこに至るまでの苦労と経緯を横で見てきただけに、まるで会社を代表して押印しているような気持ちになりました。

職位を考えれば、上司であるアニキが押すべきところを若手の自分にまかせてくれたといううれしさ。

一緒にがんばってきたことを認めてもらつたような想いがして、この仕事をやってきて本当によかったと感じました。

もちろん、県庁側の担当者からしてみれば、なんでこんな若造が判を押しているんだろう?という程度のことです。

それでも私の手は震えていましたし、アニキが演出してくれたシチュエーションによって、今後、着工となれば発生するはずのさまざまな困難に対しても立ち向かっていこうというモチベーションをかき立てられました。

そして、こうした経験は自分がアニキとなったとき、若手と接していくなかで役立っていきます。

どういうふうに状況を演出していけば、若手の心にぽっと火が灯るのか。

自分自身がアニキからかけてもらった言葉、うれしかったひと言、そんなものを思い出しながら、マニュアル+αの想いを伝えていく。

つまり、アニキ制度は個々にマニュアルを浸透させるだけでなく、ミッションに向かう個の力を伸ばし、それがまわりまわって結果的にチームカをアップさせるわけです。

本気で向き合うから部下が育つ

アニキから問われた「土下座問題」

再び、ジャングルクルーズの時代にお世話になった豊田さんの話です。彼には、見守ることだけでなく、アニキとしての厳しさを教えてもらいました。

よく覚えているのは、「大住、おまえはゲストに上下座できるのか!」と問われたことです。

きっかけはちょっとした会話のなかで、私が「本当のサービスとはこうなんじゃないか?」と深い考えもなく、サービス論を語り出したことにあります。

しかも、若い私は自分の考えるやり方……、ディズニーランドのマニュアルから外れた方法をまわりのキャストにすすめようとしたのです。

それを知ちた豊田さんは私をバツクステージに呼び出し、「おまえはゲストに土下座できるのか?」と叱りました。

しかし、こちらはこちらで「よりよいサービスをしようとしたのだ」という気持ちがあるから収まりません。

「土下座なんてする必要ないでしょう」と言い返しました。すると、アニキは「おまえは軽々しく最高のサービス、サービスと言うけどな。サービスというのはゲストの前で土下座するのと同じことだ。よく考えろ。わかるまで、考えろ」と言い残して、その場を離れてしまったのです。

ふざけるなと思いつつも帰宅した後、辞書で土下座について調べました。

1.昔、貴人の通行の際に、ひざまずいて額を低く地面にすりつけて礼をしたこと

2.申し訳ないという気持ちを表すために、地面や床にひざまずいて謝ること

どうもピンときません。そこで、さらに語源なども調べていくと、すべてを目の前の相手にさらけ出す。差し出す、と。

そんな行動なのだということがわかりました。言わば、煮るなり焼くなり切るなりなんでも好きにしてくださいという気持ちを本気で示しているのです。

豊田さんが伝えたかったのは、まさにこの「本気」という部分でした。別に頭をペコペコ下げて、ゲストに奉仕しろということではありません。

私なりに翻訳すると、「おまえは最高のサービス、サービスと言っているけど、本気でゲストに向き合っているのか?」「目の前のゲストに対して、今できることをすべて全力で出し切っているのか?」「マニュアルに支えられたデューテイーを完璧にこなしているのか?」となります。

つまり、やることをやりましたと言い切れるだけの覚悟があって、「最高のサービス」と言っているのか?ということです。

フェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションだから心に届く

もしこれがアニキ以外の人から「ゲストサービスとは土下座することである」と言われたら、完全に解釈を間違っていたところだったでしょう。

とにかく目の前のゲストにペコペコ、「はい。かしこまりました」「すぐにやります」と、コメディ映画に出てくる安いホテルの支配人のように振る舞うのがサービスだと勘違いしていたかもしれません。

しかし、豊田さんが教えてくれたのは、「おまえは目の前のゲストにすべてを出し切つているのか」と自問自答することでした。

すると、最高のサービス云々を言う前にまだまだ取り組めることがあることに気づくわけです。また、土下座の本質についても考えさせられました。

たぶん、豊田さんは必要があれば、見事な土下座を見せられる人だったと思います。なぜなら、全部を出し切ってゲストと向き合っているからです。

それでもまだ、謝罪を求められるような状況になったとしたら、それはもう常識的な状況ではありません。そんなときの最後の意思表明として、土下座がある。

胸を張って自分はできることをすべてやったという自負があって、本気でゲストと向き合い、すべてを出し切ったサービスを提供していれば、土下座することもできる。

「大住、おまえはそこまでやつているか?」と。できていないのに、マニュアルから逸脱するのは100年はやい。そんなふうに教わつたように思います。

ディズニーランドのブラザーシステムについて考えるとき、私が思い出すのはこうしたアニキたちとの強烈なやりとりの思い出です。

何十年も前の出来事が、つい昨日のことのように感じられます。それはフェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションだったからこそ。マニュアルによって現場のデューテイーをコントロールしながら、個々人への浸透をアニキが担う。アニキ制度をとおして学んだことは、それだけ心の深いところに刺さっていくのです。

アニキ制度導入の5つのポイント

アニキ制度はチームの力を高めるためのものであって、縦割りの関係性を作るものではありません。自分のアニキは○○さんだから、○○派。

俺のアニキは××さんだから、××派、と、小さな派閥がいくつも作られてしまっては、本末転倒です。

実際の運用にあたつては、アニキ役となるスタッフ、指導を受ける立場の若手スタッフにもこの点をよく理解してもらいましよう。

これまでのディズニーランドでの実例を踏まえて、実際にあなたのいる職場にアニキ制度を導入するにあたり、アニキ役となる人が気をつけるべきポイントは、次の5つです。

ポイント一1アニキはマニュアルの内容を把握すること

アニキは後輩に、職場のスタンダードライン、常識を示す立場にあります。そのアニキがマニュアルから逸脱していては、問題外。

現場の古株の人間が「俺の経験どおりにやっていれば間違いない」「マニュアルにはこう書いてあるけど、こっちのほうがはやい」と言い始めたら、マニュアルは意味をなさなくなります。

ですからアニキはスタッフの誰よりもマニュアルに精通し、そのメリット、デメリットを把握していなければなりません。理解しているからこそ、教えることができるのです。

そのレベルに達するには自らマニュアルを何度も読み返し、現場での実践をとおしてマニュアルの優れている点、実際の作業にはあてはまらない点を見極め、自分のものとしていくしかぁりません。

ポイント一2アニキは情報を全員に周知徹底すること

マニュアルに記載されていることはもちろん、日々の連絡事項なども含め、一人の漏れもなく、テーム全員が同じ情報を把握していることが大切です。ディズニーランドでは朝礼、終礼時に必ず必要な情報の発表がありました。

それも1日で終わり、読み上げて終わりではなく、2日、3日と全員に共有できるまで同じ内容を伝達。ときにはプリントにまとめて配布することもありました。

とにかく全員が知っているという状態をキープする。「自分は知りませんでした」という人を作らない。

誰々はアニキから聞いて知っていたけど、誰々は知らなかったというばらつきが生じると、そこからチームの関係性が崩れていきかねません。

区ポイント一3アニキの仕事は責任を取ること

教えている若手スタッフの言動に対して、責任を持つこと。彼らから出たいいアイデアを実行するときも、何か失敗が生じたときも、アニキは最初の相談窓口となって組織との橋渡しを行います。

仮に若手スタッフがお客様からクレームを受けるようなミスをしたら、フォローするのがアニキの役日です。

それも若手スタッフから仕事を取り上げるのではなく、なぜ、ミスに至ったかの原因を一緒に考えていけるような対処をします。

すると、若手スタッフの間に「アニキの顔に泥は塗れない」的な責任感が醸成されていく。そして、責任感を持つということは仕事に対して真剣に向き合うこととつながっていきます。だから、アニキは責任を取る必要があるのです。

ポイント一4アニキは全部聞くこと

公私にわたって、若手スタッフが話してくれることに耳を傾ける。話を途中で遮り、アドバイスという名の持論を展開するようなことは厳禁です。

とにかくまずは間くこと。最後まで聞くこと。これこそアニキの最も重要なミッションです。

組織論的に言い換えれば、新人のあいつ、若手スタッフのあいつのことは、アニキのあいつに聞けば全部知っている。そんな状態が理想です。

よくリーダー向けの研修を行うと、「若手が何を考えているかわからない」「年上のスタッフばかりで扱いづらい」といった声を聞きます。

これはまさに、聞くことの不足からくる問題です。アニキ役となるべき、現場のリーダーが自分から話しかけていない。スタッフの話に耳を傾けていない。

その結果、コミュニケーションが不足し、チームがうまく機能しなくなるわけです。アニキは自ら声をかけ、相手が話し始めたら徹底的に耳を傾ける。これがチームの力をアップさせることにつながります。

区ポイント一5アニキは現場で役立つマニュアルの本質を伝えること

ディズニーランドでは、先輩の仕事を見て盗んで覚えなさいという教育はいっさい行っていません。

デューテイーに関しては事細かなマニュアルがあり、「ギブ・ハピネス」というミッションについてはアニキたちが日常的に言葉で伝えていきます。

マニュアルの内容を伝えるため、スタッフに数時間のトレーニングを行い、「覚えたもの」として放ったらかしにするのは最悪の教育方法です。

いかにディズニーランドのマニュアルが実践的に作り込まれていると言っても、一読してすぐに再現できるキャストはいません。

そこで、アニキが手助けしていくわけです。最初はマニュアルの手順どおりに進めていきます。しかし、ある程度身についてきたところでプラスαの要素を加えていきます。それは現場で培われた精神であり、マニュアルが取りこぼしている部分を補うような作業です。

たとえば、カストーディアルの嘔吐物処理に関しても、雨の日にはマニュアルどおりにやつても嘔吐物が固まらないといったケースが出てきます。そんなときは薬剤の量を少し増やすといった細かなノウハウをアニキたちが伝授していくわけです。

また、その現場なりのこだわりを引き継ぐのもアニキの仕事です。

私がディズニーランドのウエスタンランドで仕事を始めたとき、現場のアニキから「うちは寒くてもコートは着ない」というこだわりを叩き込まれました。

「メインストリートやワールドバザールのヤツらは、寒くなったらすぐにPコートを着やがるけど、俺らは着ねえ」「西部開拓時代を再現したウエスタンランドのキャストがPコートを着ていたら、ショーが台無しになるだろう」と。

「それでも寒い日はどうしたら?」と聞いたら、「寒かつたら、動け」と言われました。

少々無茶なこだわりかもしれませんが、当時、そのアニキを中心にウエスタンランドで働くキャストはたしかにPコートなしで仕事をしていました。その妙なこだわりが団結感を醸成し、チームカがアップしていたのです。

導入のコツは、とにかく始めてしまうこと

ここに挙げた5つのポイントのすべてを満たしている人がアニキとなって、あなたの会社なりのブラザーシステムを始められれば最高ですが、適任者がいないなど、現実にはなかなか難しい部分もあると思います。それでもあきらめないでください。

ウォルト・ディズニーは「ディズニーランドは永遠に未完成である。現状維持では後退するばかりだ」という言葉を残しています。未完成のままでもいいですから、まずは始めることです。

適任者がいないから始めないという現状維持では、可能性は広がらず、マニュアルの定着など叶いません。むしろ、私の経験からすると、アニキが完璧である必要などないとも感じています。

本章で紹介したアニキたちは、全員どこか偏っていて、こだわりがあって、人間臭い人たちでした。

そんなアニキたちが、現場の経験を踏まえてマニュアルを語ってくれたから、何十年と経った今でも記憶に残っているのだと思います。

「昔さ、ここでこんなことあったんだよ」一こんなことやつたら、ゲストに喜んでもらえたよ」こんなふうに具体的な現場での出来事を話せる人なら、誰しもアニキになる素質を持っているのです。

人は自分が扱われたように、相手を扱います。

ですから、アニキが愛情を持ってスタッフを扱えば、そこで育ったスタッフはアニキになったとき、次のスタッフを温かくもてなすはず。こうした好循環が生まれることで、マニュアルは精度を増しながら浸透していくのです。

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