「ありがとう」を引き出す仕組みで、キャストが動き出す
なぜ、ディズニーのキャストはいきいき働いているのか?
「組織やチームに一体感がない」「部下が自分から動いてくれない」「会社に活気がない」読者のなかには、こういったことで悩んでいるリーダーも多いのではないでしょうか。私自身も、講演や研修の先で、よくこんな質問や相談を受けます。
「ディズニーのキャストは、どうしてあんなにいきいきとしているのでしょうか?」デューティーの徹底のために守らなければならないマニュアルは多く、連日販わっているパーク内で働く以上、勤務中はどうしても忙しく立ちまわらなければなりません。
それでもディズニーランドのキャストは、常にいきいきと、積極的な姿勢で仕事に取り組んでいます。
しかも、ディズニーランドで働くキャストは、9割がアルバイトです。それも特別な人材を選りすぐっているわけではありません。
中核となっているのは浦安に通える距離に住んでいるフリーターや学生、主婦のみなさん。いわゆる普通の人たちを大量に採用しているのです。
時給も他社と比べて特段高いわけではありません。その普通の人たちが、ほかの企業の羨むような働きぶりを見せてしまうのですから不思議です。
なぜ、彼らはいきいきとしているのか?その質問に私はこう答えています。
「そこに何か特別な理由があるとすれば、それは『ありがとう』をたくさん言われるからです」すると、だいたいこんな答えが返ってきます。
「まさか。そんな簡単なことで部下が自分から動いてくれるようになるわけないじやないですか」同じことを思った読者も多いと思います。
しかし、これにはちゃんと理由があるのです。その答えは「自己有用感」という言葉に隠されています。
自己有用感とは心理学の世界で使われている言葉です。
ひらたく言えば、「自分は役立っているんだ!」「他人から認められているんだ!」という感覚です。
ディズニーランドのキャストは、ゲストから「ありがとう」と言ってもらえることで、大きな自己有用感を得ることができ、ここで働く自分が好きになれる。だから、自然といきいき仕事をするようになるのです。
ディズニーでは「ありがとう」も仕組みで引き出す
しかも、これは偶然そうなっているわけではありません。
担当や業種に関係なく、ディズニーランドで働くすべてのキャストに共通するマニュアルに書かれた3つの取り決めが、誰であっても「ありがとう」との出会いを作り出すことのできる「仕組み」として機能しているのです。
その3つの取り決めとは、次の「3つのGiVe」です。
「3つのgive」
- ゴミを拾いましょう。
- 写真を撮ってあげましよう。
- 案内をしてあげましよう。
ポイントとなるのは、″”∽一3(一歩)〃と、″一いい”①【(人差し指一本)〃と、″”8口(ひと声)〃。
実行しようと思つたらすごく簡単なことです。ゴミが落ちているのに気がついたら、一歩踏み出して拾い上げる。
カメラやスマホを持って写真を撮ろうとしているゲストを見かけたら、「撮りましょうか?」と声をかけ、人差し指でシャッターを切る。
ガイドブックを片手にキョロキョロしているゲストなど、何か困っている様子に気づいたら、「どうしました?」と、ひと声かけて案内をする。
ディズニーで働く人は所属している部署がどこであれ(もちろん社長であっても)、オンステージであるパーク内で、この3つのGiveを必要としている事柄やゲストを見かけたら、絶対にそのままにはしません。
まるで条件反射のように行動に出ます。なぜなら、全キャストが教わるマニュアルに、この簡潔な3つのルールが記され、周知徹底されているからです。
ただ清掃をしているだけで「ありがとう」と言われる仕掛けとは?
もちろん、なかには仕事に慣れておらず「自分からなかなか声をかけられない……」という新人キャストも存在します。でも大丈夫。
ウォルト・ディズニーは、キャストとゲストが会話をせざるを得ない状況を作り出しているからです。ディズニーランドには案内板がほとんどありません。
あるにはあるのですが、面積あたりの案内板の数は、ほかのレジャー施設に比べ極端に少ないのです。あれだけ広いパークのすべてを把握しているゲストは少数です。
するとゲストは、パーク内のいたるところで清掃をしている「カストーディアル」に道順を聞くことになります。
キャストはその質問に答えるだけで「ありがとう」と言われます。案内板が少ないのは、こうしたコミュニケーションの機会をあえて増やすためなのです。
じつは、ウォルト・ディズニーはカストーディアルを清掃員として配置したわけではなく、「案内係」として配置していたのです。
東京ディズニーランドでは、1日に約20トンのゴミが出ますが、1日に約400名働いているカストーディアルが集めるゴミはそのうちlo4トン、全体の1割にも満たない量です。
そのかわり、ゲストから質問される回数は、1日平均で100回にも上ります。
彼らは、ただ掃除をしているように見えますが(もちろん、実際にしていますが)本来の仕事は、パークを案内することなのです。
ウォルト・ディズニーは、こういったゲストとキャストのコミュニケーションを「マジカル・チャンス」と呼び重要視していました。
そして、キャストたちの働きはゲストにとって「ディズニーらしいおもてなし」となり、「ありがとう」という言葉につながっていきます。
相手から「ありがとう」と言われることのうれしさについては、改めて説明するまでもありませんよね。誰もが子どものころから味わってきた喜びです。
ちなみに、これを実践している現場のキャストは、これが自らの「自己有用感」を高める仕組みであると、意識しているわけではありません。
あくまで「自然に」感謝の言葉をもらえるようになっているのです。
社員のモチベーションを上げようと給料を上げたり、名刺に肩書きをつけたりしても、数ヵ月で慣れてしまい、モチベーションがまた低下し始めます。
もちろん、能力に応じた昇給や、昇格は必要ですが、それは違う次元の話。それを使って社員のモチベーションを上げるという考え方は間違いです。
しかし、「ありがとう」の場は、作れば作るほど、社員や現場はいきいきとし始めますじ、毎日言われても慣れることがありません。「ありがとう」を引き出し、従業員に「自己有用感」を植えつける仕組み。
それこそがディズニーの考える強固な組織作りの基盤なのです。
「ありがとう」を引き出す仕組みをあなたの職場に取り入れるには?
ここまで、従業員の「自己有用感」を高める仕組みについて解説してきましたが、もちろんこれは、ディズニーランドでなければできないという手法ではありません。
たとえ、あなたの職場がお客様の来訪のないところだとしても、スタッフ同士、上司と部下、先輩と後輩から相互に「ありがとう」という言葉が自然に出てくるような仕組みを作れば、職場の空気はがらりと変わっていきます。
ただし、「積極的にありがとうを言いなさい」というルールを決めても、定義があいまいで、なかなか定着しません。
しかし、簡単なルールを決めることで、「ありがとう」が自然に生まれる仕組みを作ることは可能です。
たとえば、「オフイスにある複合機のコピー用紙やトナーがなくなったら、出力した人でなくても近くにいた人が補充する」「床にゴミが落ちていたら拾う」など些細なことでいいのです。
また、管理職ではない社員にも、「PCでわからないことがあったらITに詳しい○○さんに聞く」「事務作業や書類のことは××さんに相談する」など、スタッフ全員に「担当」を割り振れば、すべてのスタッフが「ありがとう」を受け取ることができ、「自己有用感」を得られるようになります。
これなら、顧客と直接接することのない職場でも、変に意識することなく、自然と「ありがとう」を引き出すことができます。
組織のリーダーは意識して「ありがとう」の声かけを
また、あなたに部下や後輩がいるのなら、意識的に「ありがとう」の声かけを行いましよう。頼んだ作業が完了したとき、担当者に「おつかれさま、ありがとう」と声をかける。
たったこれだけのことを意識するだけで、スタッフの働きに変化が出始めます。何も難しいことはなく、どんな会社のどんな職種でも明日から取り組める試みだと思います。
最初はわざとらしくなってしまいますが、それでもかまいません。私自身も「ありがとう」の効果を実感したことがあります。
以前、オリエンタルランドで経営企画部の管理職と、ディズニーランドに隣接する「イクスピアリ」というショッピングモールのなかにあった「キャンプネポス(2008年に閉館)」という子ども向けの施設の館長を兼任していたときのことです。
当時、社内で社員向けの職場アンケートが実施され、そのアンケートのなかに、上司に対する評価という項目がありました。
そのアンケートで、私は非常に高評価を受けました。
当時のことを振り返ると、ほかの管理職と比べて私が、飛び抜けてマネジメントに長けていたわけではありませんでした。
しかし、現場での経験則から、部下に対して「ありがとう」という言葉を積極的にかけることを意識して仕事をしていました。
実際、その内容を見ると「とにかくありがとうと言ってくれる」「ありがとうと言ってくれるから、仕事に前向きに取り組める」といったことが書いてありました。
このとき、私は部下に自己有用感を与える「ありがとう」の力を再認識したのです。
社内で自然発生的に「ありがとう」が生まれる仕組みを作ると同時に、リーダーは「ありがとう」の声かけを意識する。これは、どんな組織でも今日からできる取り組みです。
本書では、ディズニー流のさまざまな仕組みをご紹介しますが、まずここから始めてみることをおすすめします。
誰がやっても同じ結果になるディズニーのマニュアル
パレードを手拍子で迎える演出に隠された意外な理由
プロローグで、ディズニーのマニュアルは「誰がやっても同じ結果になる」とお伝えしました。また、前項で述べたとおり、ディズニーのキャストは特別な人ではなく、いわゆる普通の人たちです。
ディズニーランドでは、そのような人たちが一人残らず求められた基準以上の働きをしています。もちろん、それを可能にするのも、マニュアルと仕組みの力です。
そのことを理解していただくために、ひとつのキーワードをご紹介しましよう。
それは、「0【8L●∞瓢片ro一Sも日∞(グリーティング・ウイズ・クラッピング)」という言葉です。
「0【①のはい”ユ8o一Sも言”」、直訳すると「手拍子で迎えましょう!」という意味です。
ディズニーランドを訪れたことのある人は、きっと一度は耳にしたことがあるはず。では、このキーワード、どんなときに使われているのでしょうか。
答えは、パレードの前。
キャストたちは沿道に集まったゲストに向かって、「0【8由●∞ま,oFoも〓”」を呼びかけます。
すると、ゲストは「いよいよだ!」とフクフクし始め、キャストの手拍子に合わせて、誰もが拍手をし、パレードが近づくにつれてパーク内の雰囲気はぐっと高まっていきます。
と、ここまでを読んだあなたは、「ゲストを巻き込んで盛り上げる参加型、これぞまさにディズニー流のおもてなし!」そう思われたかもしれません。
ちょっと意地悪な言い方になりますが、それは半分正解でもう半分は不正解です。というのも、じつはこのキーワード、ゲストの安全を守るために考え出されたもの。
パレードの際には、必ず呼びかけを行うようマニュアルに記載されているのです。パレードがやつてくるとき、沿道にはたくさんのゲストが集まってきます。
「0【8Lo∞ユ諄o一SもF∞」は、そのすべてのゲストが安全にパレードを楽しめるよう
に始まった呼びかけなのです。
パレードが始まる前、ディズニーランドでは安全対策として、立ち止まって見学できるエリアと、そうではないエリアを事前に分け、沿道の最前列にはロープを張り、キャストはゲストに協力してもらいながら準備を進めていきます。
ところが、ディズニーランドのオープン当初にはパレードの接近とともにトラブルとなるケースがありました。
今ではめったにありませんが、小さな子どもが最前列のロープにぶら下がり、怪我をしてしまうトラブルが多発したのです。
さらに、後方にいたゲストが一団となって前に詰め寄り、人波が揺れ、最前列にいた人が倒されてしまうこともありました。
これではゲストの安全が保てません。
ウォルト・ディズニーは「SCSE」という4つの行動基準を大切にしていました。
24ページで少し触れましたが、「SCSE」とは、∽”おぞ(安心)、08,o∽く(礼儀正しさ)、∽ドoヨ(ショー)、国田のい8oヽ(効率)の頭文字をとつたもの。
この順番はそのまま優先順位になっています。
つまり、キャストの仕事は何よりもまず、ゲストがやすらぎを感じ、安心できる空間を作り出すこと。
そのためにはゲストの安全を守ることが不可欠です。どうすればこうしたトラブルを未然に防ぐことができるのか。
ここで、「ロープにぶら下がらないでください」「押さないでください」「動かないでください」「やめてください」と言って注意を喚起するのは簡単です。
実際、日本ではプールにいくと、「プールサイドを走らないでください」と注意するマニュアルがあり、公園には「芝生に入らないでください」「この公園でキャッチボールはやめてください」という立て札があり、病院には「濡れた傘を持って入らないでください」といったルールがあります。
しかし、「走らないでください!」「押さないでください!」と注意しても必ず破る人が出ます。
そういう人が一人いると、それがほかの人にも広がり、トラブルが起こります。
また、この方法だと、キャストによって声の大きさや質が違いますから、呼びかける人によって結果が違ってしまいます。
さらに、従わない人を注意するために余計なスタッフを配置する必要もありますから効率も悪い。
そもそも、夢と魔法の王国であるディズニーランドでこうした言葉を聞かされたら、あなたはどう感じるでしょうか。ゲストは一瞬にして現実に戻ってしまいます。
そこで、「ウォルト・ディズニーならこう考えたはずだ」と東京ディズニーランドが考えたのは「ゲストの手を使えなくしてしまえばいい」ということでした。
誰がやっても同じ結果が出ることが大切
パレード混雑時に起きるトラブルを突き詰めていくと、原因は手にありました。ロープにぶら下がってしまう。一列前の人の背中を押してしまう。人混みをかき分けてしまう。
前のめりになって前の人の肩を引っ張ってしまう。だったら、ゲストの手を使えなくしてしまえばいいのではないか。
そういう発想から生まれたのが、「0墨①の一日∞ま,0【SもF∞」でした。「みなさ―ん、ディズニーランドのマジカルパレードがこれからやつてきます。
それでは手拍子で迎えたいと思います」そう呼びかけられて、嫌な気持ちになるゲストはいませんし、たとえ声が聞こえなくても、まわりの人が手拍子を始めれば、ほとんどの人がそれに合わせて手を叩き始めます。
キャストが主導して手拍子をし、ゲストも合わせて手を叩く。すると、手で人を押しのけて前に出ることができなくなりますし、周囲の人と適度な距離が保たれるようになります。
一生懸命声を出しているキャストは、ゲストを盛り上げているようにしか見えません。キャスト本人もそのつもりです。
しかし、本当の狙いは事故防止にあるのです。
この方法であれば、仕事に慣れていない新人のキャストでも、多少声が小さいキャストでも、本来の目的を知っていてもいなくても、少人数のスタッフでゲストを安全に誘導することができます。
「OH8〔日∞■,o,電F∞」は、ムダを省き、誰がやっても同じ効果を得られる、というディズニーのマニュアルに対する発想を、ぎゅっと凝縮したキーワードなのです。
ディズニーのマニュアルはチームの機能を上げるために作られた
一般的なマニュアルとディズニーのマニュアルの違いとは?
ここまで、ディズニーのマニュアルや仕組みのごく一部をご紹介してきました。ポイントは2つ。
従業員に「自己有用感」を植えつけ、いきいきと前向きに仕事に取り組んでもらうことと、勤続年数や経験、個人の能力に関係なく、誰がやっても同じ結果になることです。
しかし、ディズニーのマニュアルや仕組みに秘められた効能は、それだけではありません。
世の中にはさまざまな企業がありますが、どこの会社にもマニュアルや仕組み、ルールといったものがあるはずです。
では、一般的な企業にあるマニュアルやルールと、ディズニーのそれは、何が違うのでしょうか。
一般企業でのマニュアルの定義と、ディズニーでのマニュアルの定義。
両者の最大の違いは、マニュアルが個人向けに作られているかどうかにあります。
一般企業で使われているマニュアルのほとんどは、個人の力を引き上げるために作られています。一方、ディズニーのマニュアルは現場のチーム全体の機能を押し上げることを目的に作られているのです。
それはウォルト・ディズニーのこんな考え方に基づいています。
もともと、ウォルトはアニメ映画の制作をとおして、チームで仕事をするという体験を深めていった人物です。
事実、彼がディズニーランドをオープンさせたのは晩年に差しかかった50代半ばを過ぎてのこと。
それまでの間にウォルトはスタジオのスタッフによるストライキなど、経営者として苦しい経験を何度となく乗り越えています。
そうした経験を踏まえ、ウォルトは組織が乱れるとき、チームが機能しない場合の原因は3つあると定義していました。
逆に、この3つの原因さえ取り除いてしまえば、チームは適切に機能し、たとえそのなかに能力の低い個人が含まれていたとしても、チーム全体で平均以上の結果を出し続けられるということに気がついたのです。
その3つの原因とはいったいどのようなものなのでしょうか。
チームの機能が低下する3つの原因
ひとつめは、チームのメンバーのなかにやるべきことが浸透せず、自分が担う役割がわかっていない人、「ストレンジャー」がいる状態です。
ストレンジャーは取り組むべきことを理解していないので、仕事ができず、それ故にやる気を表に出すことができません。
やるべきことがわからないので自信を持つこともできず、周囲に悪影響を及ぼすことにもなります。
こうした人材を救うためにも、ウォルトはマニュアルの充実を図りました。彼らは働く気や協力する気がないのではなく、やるべきことがわからないだけだ、と。
そこで、担うべき作業とその手順を事細かなマニュアルにすることで、ストレンジャーを戦力に変えていったのです。
2つめは「デイスリガード」する人がチーム内にいるケースです。ディスリガードとは「軽視する」といった意味合いの言葉。
定められたルールを軽視し、手を抜く人がいることで仕事の結果にほころびが生じる状態です。
カストーディアルの清掃ひとつにしても、テーブルの拭き上げ手順のマニュアルの一部を「面倒だから」「見た目に大差はないから」と個人の判断で省略してしまうと、丁寧に積み上げられてきたルールが変わってしまいます。
そして、そのほころびは最終的に、ウォルト・ディズニーが目指した「毎日が初演」というミッションを壊すことにつながっていくのです。
3つめは「マインドレス」なぜこの作業が必要なのか」す。
これは、「なぜ、このサービスを行うのか」「なという本質を理解せず、淡々と作業だけを行う状態で慣れによる手抜き、思考停止とも言えるでしよう。
本人は手順に従ってやることはやっていると考えていますが、割り切りはマンネリとなって、結果的に作業が中途半端になっていってしまいます。
「やるべきことがわからない人」「ルールを軽視する人」「自分の本来の仕事がわからない人」こういった人材を切り捨てるのではなく、シンプルで明確なマニュアルを作り、戦力に変える。
そうすれば、一人ひとりの能力に左右されずに、チーム全体で結果を出し続けることができる。これがウォルト・ディズニーの定義するマニュアルの意味なのです。
マニュアルでチームの「機能」を高める
この3つはそれぞれ個人にフオーカスしたものですが、ディズニーでは特定のキャストだけに再研修を行い、意識を変えようとはしません。
問題を個々人の意欲や能力にあると捉えるのではなく、優先順位をはっきりとさせたマニュアルを用意することで、テーム全体の機能を引き上げることを目指します。
つまり、ディズニーのマニュアルは新人だけが目をとおすものや、問題が生じたときに読み返すものではなく、チームが機能するためのルールブックという位置づけになっているのです。
そのため、ディズニーでは研修のほか、0,S﹇ω【いで解説する「ブラザーシステム」(アニキ制度)というマネジメントの仕組みを巧みに使い、マニュアルの重要性をチームで共有するよう現場に働きかけ、業務をとおして定着させていきます。
その過程で、ストレンジヤー、デイスリガード、マインドレスといつた状態に陥ったチームのメンバーが抱える問題を解消していき、チームを機能させていく。
一人ひとりの人間の能力、個性はばらばらですが、マニュアルによって一体感が生まれることでチームとして結果を出すことができるわけです。
では、具体的にどのようなマニュアルがディズニーの現場で使われているのでしょうか。
次項からは、嘔吐物の処理、急病人への対応などの具体例をとおしてディズニーのマニュアルの役割や効能、設計思想について検証していきます。
個人の能力に左右されずに同じ結果を出し続ける
嘔吐物処理でパニツクにならないための6つの手順
ディズニーランドのカストーディアルが対応の際、思わず慌ててしまう仕事の代表格が嘔吐物の処理です。
ディズニーランドで目にしたことのある人は少数派かもしれませんが、じつは「ビツグサンダー・マウンテン」や「スペース・マウンテン」など、ライド系アトラクションの周辺は嘔吐物トラブルの多発地帯となっています。
また、気温の上がる夏場にはパーク内のあちこちで気分の悪くなった人が、我慢しきれずという場面にも出くわします。
それでも、私たちが、嘔吐物そのものを目にする機会がほとんどないのは、カストーディアルの迅速な対応によるもの。
とはいえ、カストーディアルになったばかりの新人にとって、このデューティーは慌てる仕事の代表格となっています。
ただでさえ汚いものというイメージがありますから、デイスリガードしたい気持ちにもなりますし、処理方法に戸惑い、ストレンジャーにもなりがちです。
しかし、夢と魔法の王国に酸っぱい臭いが漂っていたら、ショーが台無しですから、嘔吐物処理についても厳密かつ、簡潔なマニュアルが用意されています。
マニュアルに記されている処理の手順となるのは、次の6つです。
﹇嘔吐物処理のマニュアル﹈1.(嘔吐物を発見したら)ペーパーナプキンを被せる2.(凝固効果のある)薬剤をふりかける3.待つ仁スイーピングして、ペーパーナプキンごとダストパン(ちりとり)に入れる5.嘔吐物のあった場所に(消臭消毒効果のある)薬剤をかける6.ダストパンを持ってコンテナヘ廃棄に向かう
通常、カストーディアルは集めたゴミをオンステージであるトラッシュカン(ゴミ箱)に捨てにいき、併せてゴミ箱を清掃します。
しかし、嘔吐物だけは衛生上の問題から直接バツクステージにあるコンテナヘ運び込むよう定められているのです。
この6つの手順の狙いは「とにかく嘔吐物をゲストの目に触れさせない」ことにあります。だからこそ、最初の手順は「ペーパーナプキンを被せる」となっているのです。
私がカストーディアルを経験したときに先輩から言われたのも、「とにかくまず、被せろ」というアドバイスでした。
そして、一度も嘔吐物の近くに屈み込むことなく、何事もなかったようにてきぱきと作業を進めていく。
先輩からは、凝固剤が作用している間は、被せたペーパーナプキンをまたぐような形で待ち、すみやかにスイーピングしていくよう指導されました。
これもまた、ゲストに気づかせない、不快なものを見せないための気づかいです。
ディズニーのマニュアルの特徴は、前述の「0【8L●”ま諄oFもヽ日¨」と同じく、そのデューティーにとって何が最も重要か、優先順位を練りに練っている点にあります。
だから、マニュアルの手順の先頭に「被せる」がくるわけです。そして、現場のアルバイトキャストはその意味を知らなくても、優先順位を間違えることはありません。
もし、マニュアルがあいまいで「嘔吐物はすみやかに清掃しましょう」とだけ指示されていたら、カストーディアルによって作業手順が変わってくるでしよう。
直接、凝固剤をかけてしまう人、水で流してダストパンに収めようとする人、屈み込んで処理を進め、意図せず「ここに何か汚いものがあります」と周囲にアピールしてしまう人……。
いずれにしろ、ゲストは見なくてもいいものを目にしてしまうことになります。
こうしたバッドショーを避けるための最優先事項が、「被せて見せないこと」なのです。
この狙いがマニュアルを通じてカストーディアルヘ徹底されているからこそ、ディズニーランドでは嘔吐物がゲストに気づかれないはやさで処理されていく。まさにキャストが慌てない仕組みが用意されているのです。
具合の悪いゲストに出会ったら何を最優先に考えるのか
「最優先事項は何か?」ということを追求し、マニュアルに載せるべきルールを絞り込んでいく手法はほかのケースでも徹底されていました。
たとえば、パーク内で具合の悪くなってしまったゲストと出会ったとき、キャストはどのような行動を取ればいいのか。
マニュアルには、たった2つの対処方法だけが記されていました。
﹇急病人対処のマニュアル」1.放置しない2色がない
ここで優先順位の上位となっているのは、「一人きりにさせない」ことです。
具合の悪いゲストを目の前にしたとき、経験豊富なキャストでも内心、焦ってしまうもの。というのも、パークで働いているのは普通の人たちだからです。
もし、優先順位が「一人きりにさせない」と定められていなければ、心細くなり、「少々、ここでお待ちください。救護スタッフを呼んできます」と駆け出してしまうといった対応を取ってしまいがちです。
しかし、これでは具合の悪いゲストを一人で残すこととなってしまいますので、その間、ゲストを不安にしてしまいます。
そこで、こうしたケースでは「放置しない」「急がない」という2点が大事になります。放置しないためには、その場に留まり、ほかのキャストを呼ぶこと。
必ずサポートしてくる仲間を見つけてから、救護を担当するナースキャストヘ連絡します。この際、今度は「急がない」ことが求められます。
なぜなら、キャストの急ぐ姿が具合の悪いゲストだけでなく、周囲にいるゲストまでも不安にさせるからです。急いでいても走らない。
それでも対応が後手にならないためには、どういう準備が必要になるでしょうか。応援がすぐにやってくればいいのです。
そこで、対応したキャストが慌てずにすむよう、パーク内には常に多くのキャストが動きまわっています。
たとえば、カストーディアルはカストーディアル部門の「ワンマンデイテイール」「タイムスタイル」というマニュアルに従い、15分に1度同じエリアを清掃しています。
これは前述した「案内係」としての役割を果たせるようにするだけではなく、パークが汚れる前にきれいにする役割、そして、パーク内のあらゆる状況に目を届かせるという役目も担っているのです。
トラブルを発見したキャストが慌てず、ゲストを一人にしないですむようすぐに別のキャストが通りかかる。
それは偶然の産物ではなく、そうなるような仕組みが用意されているのです。
ディズニーランドのレストランを動かすマニュアル
ゲストの来店が途絶えることのないパーク内のレストラン。
ディズニーランドではフアストフード形式やビュッフェスタイル、テーブルサービスのレストランまで、さまざまな店舗を揃えています。
なかでもテーブルサービスの店舗の特徴は、明確な役割分担が行われていることです。
ホールでゲストの応対を担当するキャストの役割は「ウェルカム」「ガイド」「オーダー」「ランナー」「バスマン」「キャッシャー」という6つものポジションに分かれています。
たとえば、あなたがディズニーランドのワールドバザールにある「センターストリート●コーヒーハウス」を訪れたとしましよう。
最初に「こんにちは」と出迎えてくれるのは、ウェルカムを担当するキャストです。
入口で来客の人数と構成を聞き、待ち時間があるようならばどのくらい待つのかをお知らせし、入店可能なら「お待ちしておりました」と店内に案内。
「大人2名、お子様2名の4名様です」と、ガイドのポジションのキャストに引き継ぎます。
ガイドの仕事はゲストを「こちらへどうぞ」と席まで案内し、メニューを出すことです。
その後、ゲストがメニューを決めた頃合いを見計らい注文を取って、キツチンに伝えるのがオーダーの役割。
できあがった食事を席に運ぶのがランナー、食べ終えた食器を下げるのがバスマン、会計を担当するのがキャッシャーとなっています。
ゲストの来店数の少ない時間帯は、ランナーとバスマンを兼務するというシフトも組みますが、基本的には常にこの6つのデューティーを担うキャストが店を動かしています。
ちなみに、センターストリートoコーヒーハウスのメニューは一般的なファミリーレストランと変わりません。
ところが、かけている人件費は段違いです。なぜ、ここまで作業を分解し、6つものポジションを作っているのでしょうか。
ここにもまた、ディズニーのおもてなしの根本である「何が最も重要で、何を優先すべきか」という考え方があります。
パーク内で最も来店数の多いレストランのひとつであるセンターストリート・コーヒーハウスにとって重要なのは、「ゲストに対してすみやかに食事を提供すること」です。
そのためには、まずミスインフォメーションをなくし、誰が何をしているのか、どのゲストがどの状態にあるのかを把握することが欠かせません。
しかし、一人のキャストが案内、注文取り、客席への提供などの複数の業務をこなしている場合、繁忙時になればなるほど、どうしても注文の間き取リミスや提供ミス、あるいは席についたゲストを放ったらかしにしてしまう、といつたトラブルが起きてしまいます。
だからこそ、ディズニーでは、レストランのキャストが担うべきデューティーを6つに分解し、ひとつにつき、ひとつのポジションを作ちているのです。
客席でオーダーのキャストがゲストと話しているのを見れば、あの席はこれから注文だなと、バスマンが「お下げしてもよろしいですか?」と声かけをしていれば、向こうの席はもうすぐ空くなと、ひと目でわかります。
つまり、人件費をかけて人手を増やし、役割を分担することで、ミスインフォメーションを防ぎ、いかなるときでもゲストがすみやかに食事を楽しめる環境を整えているわけです。
そして、このマニュアルにはもうひとつ重要な役割があります。それは、「マインドレス(自分の本来の仕事がわからない人)」をなくすことです。
これがしっかり機能しているから、ディズニーランドでは、ゲストに感動のサービスを提供することができるのです。
それは、いったいどういうことなのか。次項ではその理由を見ていきましよう。
「センターストリート・コーヒーハウス」の名エピソードはなぜ、生まれたか?
デューティーの徹底が感動のサービスを作る
ここまでご紹介してきたとおり、ディズニーのマニュアルは、シンプルなうえ、作業の順番と内容が明確なので、一度覚えてしまえばキャストが考えなくても自然とそれが達成されるよう工夫されています。
こう聞くと、「それってマインドレス(思考停止)ではないの?」と感じる人も多いことでしょう。
しかし、マニュアルに支えられてデューティーが滞りなく行われると、現場にはある変化が生じます。
これが、ウォルト・ディズニーがキャストの行う作業をマニュアルで管理した真の狙いでした。
ある変化とは、キャストが自分の本当の仕事である「ミッション」を果たすチャンスをうかがうようになることです。
簡潔なマニュアルによってデューティーが進む結果、一人ひとりのキャストの心に余裕ができます。
そこで、ヒマだからサボってしまおう……、とならないのは、ウォルトの時代から脈々と受け継がれたミッションがキャストの間に浸透しているからです。
そのミッションの源流は「ギブ・ハピネス」。
「ディズニーランドが存在することの意味は『ギブ・ハピネス』を行うことにある」このブレることのない原点が共有されているから、ディズニーランドで働くキャストは社員もアルバイトも関係なく、マニュアルで決められた作業はあたり前と捉え、それ以上の働きを見せようとチャンスをうかがうようになるのです。
しかも、ミッションを実現するための方法についてのマニュアルは、いっさいありません。日の前にいるゲストに「ギブ・ハピネス」を届けるためには何が最適か。
キャストは自分の頭で考え、行動するのです。これを可能にしているのが、デューティーであり、それを支えるマニュアル。
仕組みによって作られた余裕が、ディズニー・マジックの源泉となっているのです。
たとえば、都市伝説のように語られている、ディズニーランドのレストランでの感動エピソードがあります。
若いご夫婦がレストランに入り、最初は2名用のテーブルに案内されたものの、2人はお子様ランチを注文。
お子様ランチは子どもにしかお出しすることができず、困ったキャストが事情を聞くと、その日が亡くなった娘さんの誕生日だったと言うのです。
これを聞いたキャストはご夫婦を4名用のテーブルに案内し直し、お子様用の椅子をセツテイング。お子様ランチをお出ししたというエピソードです。
ほかの書籍やメディアでも紹介されている有名な話なので、ご存じの読者もいらつしゃるかもしれませんが、この話を聞き「できすぎだ」と感じられた人も少なくないことでしょう。
しかし、このできすぎたエピソードは、多少尾ひれがついていますが、ほぼ実話です。しかも、こうしたシーンは一度だけでなく、何度も繰り返されています。
じつは、このエピソードは、私がディズニーランドで働いていたときに起こったことなのです。実際はこうでした。
ディズニー・マジックの源泉はすべてのキャストのなかにある
ある日、30代のご夫婦が「センターストリート●コーヒーハウス」に来店しました。
旦那さんが「懐かしいなぁ」と呟かれたので、応対していたガイドは「以前もいらしたことがあるんですか?」と聞いたそうです。
そこからテーブルまでの間に短い会話が交わされました。「ここね、娘が好きだったんですよ」「今日、お嬢さんは?」「病気で亡くしたんです。以前、いつも娘と一緒に来ていたんですよ」それでもガイドはご夫婦を2名用テーブルに案内しました。
しかし、メニューを出す段になって気づいたわけです。これでは「ギブ・ハピネス」になっていない、と。
ガイドはいったんテーブルを離れると、4名用テーブルに子ども用の椅子をセッティング。
再び先ほどのご夫婦のところへ戻り、「もしよろしければ別の席にご案内させていただけないでしょうか?」と伝え、4名用テーブルヘと案内したのです。
「こちらでお食事をお楽しみください。まもなく係の者がご注文をうかがいにまいります」私はこの話を終礼の場で聞きました。
ご夫婦からは後日、ガイドのキャストにあてて礼状が届いたそうです。
このエピソードにいくつかの別のエピソードが重なり、先ほどのお子様ランチをお出ししたという感動エピソードになったのだろうと想像しています。
いずれにしろ、そこに「ディズニー・マジック」があったのは間違いありません。
ちなみに、ガイドのキャストは終礼時に受けた「どうしてそんな対応ができたんだ?」という質問に、「私の本当の仕事は、『ギブ・ハピネス』を行うことですから」と答えていました。
この心構えがあるから、ゲストをすみやかに席へと案内するという、ガイドのデューティーを超えた対応があたり前のようにできてしまう。
マニュアルで管理されたデューティー、そして、ミッション、この2つが密接につながっているからこそ、ディズニー・マジックが生まれるのです。
マニュアルの徹底が「余裕=ミッション」を可能にする
ディズニーにはデューティーを支えるマニュアルがあり、だから、キャストは余裕を持っていきいきと働くことができます。
そして、余裕があることでミッションを果たす機会を得るのです。キャストはデューティーにおいて独創は許されません。
一方、ミッションを達成させるのはキャストの独創です。
この一見、相反する要素を結びつけているのが、マニュアル.ウォルトは、ディズニーランドの開園の際、キャストに向けて「H〓”容∽も8も二と言っています。
「結局は、人がいちばん大切である」と。
その大切な一人ひとりの力を東ね、ひとつの方向へと力を発揮してもらうために用意されたもの。
それがディズニー流のマニュアルであり、顧客に感動を与えるサービスを支えているのです。
ここまで、嘔吐物の処理や急病人への対応、レストランのオペレーションを例に、ディズニーのマニュアルの効果、効能を解説してきましたが、読者のなかには「うちの会社は接客業ではないし……」「オフィス業務が中心だから、うちには関係ないや」と感じた方もいることでしょう。
もちろん、すべての職場で嘔吐物の処理や急病人への対応が必要なわけではありませんじ、お客様と直接対面することのない職場もたくさんあります。
しかし、ここで大切なのは、ディズニーのマニュアルや仕組みに対する考え方、設計思想です。これは、どんな職場にも応用することができます。
もちろん、そのまま取り入れる必要もありませんし、職場の特性に合わせて一部を応用するだけでも効果を得ることができます。
次章では、ディズニーのマニュアルを自分の職場に取り入れるための方法やコツを解説していきましよう。

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