Step.3変わりたいけど変われない……「これまでの自分」というゴミを捨てる
自分は人見知りで積極性が足りない(と子どもの頃から言われてきた)。もっと明るく楽しい人間になれたらな……。やる気も責任感も能力もない使えない部下がいる。
どうすればヤツは変わるだろうか……。「モテたい!」と思って、服も髪もトレンドでキメているのに、モテない……。モテる人の秘訣を知りたい。
一見関係のないそれぞれの願望。そこに通底する「これまでの自分」とは?
「仮想の自分」と「過去の自分」を捨てる
私たちは、「あのときあのようにしていたら、今はもっと幸せだったのに」という考え方に陥りがちです。
「もしあの大学に合格していたら……」「もしあの会社に入っていたら……」「結婚せずに仕事を続けていたら……」「あのとき、あの失敗をしなければ……」「あのとき、ああしておけば……」今頃はもっと幸せだったろうなあ、という考え方です。
しかし、過去に戻って選択をやり直したり、失敗を取り消したりすることは不可能です。「あのとき、ああしておけばよかった」と考えることになんの意味もありません。
「あのとき、こうしておけば、こうなっているはずの自分」という「仮想の自分」も、頭のゴミの発生源です。これから捨てていきましょう。
過去を悔やむ人は過去の延長線上で未来を考えます。
「昔から自分は気が小さいから、人の上に立つことなどできないだろう」「昔から自分はモテなかったから、高望みしてもムダだろう」という考え方をします。
しかし、もっと活躍したい、もっとモテたいという願望はあるでしょう?願望はあるのに、過去をベースに自分を抑え込むから、そこで葛藤が起きて頭がモヤモヤするのです。
「自分の○○なところを変えたい」と思う。でも変えられない。変われない……。いや、変わることはできるのです。
世界は過去の記憶で成り立っている
脳の話をしてみましょう。
私たちのほとんどは、過去の記憶をもとに「自分はこんな性格だ」「自分の能力はこの程度だ」と考え、自分の未来を過去の延長線上で考えます。
そのように過去ベースで物事を見てしまうのは、単に私たちのマインドの持ち方の話ではなく、脳の機能そのものにも要因があります。
私は長年脳機能の研究をしてきましたが、脳機能の研究が進むにつれて、実は脳は通常の状態では大した情報処理能力を発揮していないことが分かってきました。
ただし、脳は、ものすごい働きをしているように見せかけるのが非常に上手なのです。例えば、私たちは家族の顔、上司の顔、オフィスのオブジェなど、毎日たくさんの同じものを見ています。
しかし、実際は見ていません。実は、脳は毎日、「昨日見たものを今日も見た」とよそおっているだけです。
私たちを、「今日も、アレもコレもちゃんと見てるよ」という気にさせているのです。
といっても、過去の情報がすべて記憶に入っていて、それを海馬がリアルタイムで引っぱり出して意識に貼りつける、ということではありません。脳は情報を引っぱり出すことさえしていません。実際は見てもいないのに、見た気にさせているのです。
一つ、テストをしてみましょう。あなたが昨日会った人の顔を思い浮かべて、絵を描いてみてください。家族でも友人でも同僚でも、昨日会った人なら誰でもかまいません。また、絵の上手下手も関係ありません。
とにかく、昨日会った誰かの顔をできるかぎり正確に思いだし、忠実に絵に描いてみるのです。その人は昨日、どんな髪型で、別れ際にはどんな表情をしていたでしょうか。
3~4分で絵に描いてみてください。そして、できあがった絵を、実際にその人と比べてみます。すると、実物どおりに描けている人はほとんどいません。
どんなに愛している恋人や家族だったとしても、たいていの人が何カ所も間違って描いています。
つまり、私たちは、毎日見ているはずの親しい人の顔でさえ、実際はよく覚えていないのです。見ていると思っていても、実は単に見た気になっているにすぎません。過去に見て、記憶になんとなく入っているから、見ない。
ということは、「私たちが今見ている世界は、過去の記憶によって成り立っている」ということです。
なぜ脳がそんな手抜きをするのかというと、理由は脳の情報処理能力にあります。
過去に見たものを、その後もわざわざ一瞬一瞬すべて認識するとしたら、脳の情報処理はとうてい追いついていきません。だから脳は巧妙に手抜きをするのです。
脳は巧妙に情報を選別する
ステップ2で述べたRAS(網様体賦活系)のカラクリも、脳の手抜きの一つです。
RASは、脳幹の基底部にあるフィルターシステムのこと。脳はRASのフィルターによって、そのとき重要だと思った以外の情報を遮断しています。
ここでRASの働きをもう少しくわしく見てみます。私たちが過去ベースで生きていることとRASが深く関係しているからです。
RASの働きを示す分かりやすい例が、人込みの中で聞くアナウンスです。ショッピングモールなどの人込みで、呼び出しのアナウンスが流れることがありますね。
「○○市からお越しの○○様。お連れ様がお探しですので案内カウンターまでお越しください」というようなアナウンスです。
このようなアナウンスは音声が不明瞭で、人込みの雑音にほとんどかき消されてしまい、よく聞き取れません。
しかも、私たちはショッピングや会話に集中していて、たいていの場合、注意はアナウンスに向いていません。
ところが、「○○市からお越しの」の○○市が自分の住んでいる市である場合は、たとえ誰かとの会話の途中でも耳が反射的にアナウンスの音声を拾います。
脳がRASのフィルターによって誰かとの会話や人込みのノイズをとっさに遮断することで、重要だと判断したアナウンスを聞き取るのです。
あるいは、フードコートで食べ物のでき上がりを待っているとき、たとえ誰かと会話中でも、自分の番号が呼ばれたら反射的に体が反応します。
これも、脳が重要度が高いと判断した番号の呼び出しを聞き取るために、RASが会話の音声情報をシャットアウトした結果です。
家で家族と話している途中でも、テレビが自分の興味のあるニュースを報じたら、ちゃんと耳がその音声をキャッチして注意がそちらに向くというのも、RASの働きのおかげです。
このように私たちはRASによるフィルタリングを日常的に経験しています。
ICレコーダーには背景ノイズをカットする機能がついていますが、内容の重要度で音声を選り分けることはできません。
たとえ高度なコンピュータでも、RASのような機能を与えようとするとそう簡単にはいきません。RASは脳に備わる非常に巧妙な情報選別機能です。
このRASの働きのおかげで、私たちは、自分にとって重要な情報をキャッチできます。
また、RASの働きで重要でない情報をシャットアウトすることにより、寝るときのシーツの衣ずれの音が気になって眠れないなどということもありません。
しかしその反面、私たちは、RASによって選別された情報だけでつくられた世界を生きているのです。
現状維持の罠
私たちはRASのフィルターをかけられた世界を生きています。前に述べたように、同じ場所にいても友達と自分とでは気のつくもの、気になるものが異なるのは、RASの働きによるものです。
あなたの見ている世界は、あなたの脳が重要だと判断したものだけで成り立っています。
それでは、脳は何を基準に重要かどうかを判断するのでしょうか。その基準とは、「これまでの自分」です。
これまでの人生でつくられてきた自分の関心、生活、これまでの現実をもとに、それに対して重要な情報は取り入れ、これまでの自分と関係の薄い情報をRASはシャットアウトします。
脳は、昨日までの自分が重要だと判断していたものを今日も重要だと判断します。
その結果、私たちの目の前の世界は、昨日までの自分が重要だと判断した情報だけで成り立っています。
今、あなたがカフェでこの本を読んでいるとします。
あなたがカフェの中の何を見るか、何を聴くか、どの情報を取り入れるかは、昨日までのあなたの判断によって決められています。
1時間後、あなたは街の雑踏を歩いているとします。
そのときも、あなたの目に入るもの、耳で聞くもの、取り込む情報は、すべて昨日までの自分が重要と判断してきた基準にもとづいています。
考えてみればこれは当然のことですね。
例えば、会社の上司が今日になって、昨日までの方針となんの関係もない別の基準で物事を決めだしたら、困るわけです。
それはそれで面白い新たな事業展開が切り開かれるかもしれませんが、まず組織は大混乱に陥るでしょう。
安定した状態を保つために、現状を維持しようとするのはある意味、理にかなっているのです。
人間の体温が36℃前後に保たれているのと同じです。
そうした機能をホメオスタシス、生体を安定した恒常的状態に保とうとする「恒常性維持機能」と呼びます。
問題なのは、これまでどおりの現状を維持するホメオスタシスの強い力が働いて、現状から抜け出そうとしても抜け出せないこと。
例えば、ビジネス環境が変化しているのに、これまでどおりの判断基準で、これまでどおりのやり方しかできずに自滅していくというのも、ホメオスタシスが悪く働いた例です。
さらに「昨日までの自分が重要だと判断していたものを、今日も重要だと判断する」ことのもう一つの問題点は、昨日までの自分が重要だと思ってきたものの大部分が、他者からの刷り込みでできているということです。
つまり、人間は、これまで刷り込まれてきた親のモノサシ、会社のモノサシ、世間のモノサシをもとに、今後も、その借り物のモノサシで自分を計り続けていくということ。
これまで刷り込まれた基準によって、今後も情報の選り分けを続けていきます。ですから、「これまでの自分」を一度リセットしないかぎり、頭のモヤモヤはずっと続いていきます。
「これまでの自分」を丸ごと捨てる
人づきあいが苦手だったけどちょっと社交性が身についたとか、無口だったけど人並みにはおしゃべりになったというのは、私の考えでは「変わった」うちに入りません。
万物は刻一刻と変化していくものですから、その程度の変化はあって当然です。
私が言う「自分が変わる」というのは、「まったく生まれ変わる」「人生が大転換する」というくらいの劇的な変化です。
見える景色が、世界での立ち位置が、まったく変わるような大変化です。そして、そのような変身は可能なのです。
自分を変えたい、人生を変えたい、心から望むものを手に入れたいというのなら、「これまでの自分」を丸ごと捨てる覚悟が必要です。
なぜならこれまでのあなたは他者から刷り込まれたモノサシでいっぱいだからです。刷り込まれたモノサシはゴミです。ゴミでいっぱいの「これまでの自分」を一度ゼロにする。
そして、自分が本当に望むものを自分のモノサシで選び直す。それが「自分を変える」ということです。
多くの人が「自分を変えたい」「変わりたい」と思っても変われないのは、「変わりたい」と言いながらこれまでの自分を手放そうとしないからです。
なぜ手放そうとしないかといえば、刷り込まれてきた借り物のモノサシに頼っている方が楽だからです。これまでのモノサシを捨てることが面倒くさいからです。つまり現状維持のホメオスタシスが働いているからです。
もう一度言います。後悔ない人生を歩みたいなら、「これまでの自分」を丸ごと捨てる覚悟が必要です。
未来が過去をつくる
では、どうすれば「これまでの自分」を丸ごと捨てることができるのか?まず、時間に関する考え方を反転します。
私たちは一般的に「時間は過去から現在、未来へと流れている」と考えています。
これは、「絶対神がビッグバンを引き起こして宇宙を創造し、そこから玉突きをするように次々と因果を起こして現在に至っている」という古いユダヤ・キリスト教的な考え方にもとづく時間観です。
私たちはその影響下にいるわけです。しかし、この時間観は本当に正しいのでしょうか。この時間観も、古典的な西洋のモノサシにすぎません。
一方、アビダルマ仏教哲学では、「時間は未来から現在、過去へと向かって流れている」とされています。現代分析哲学でもそういう見方があります。私はこの時間観に賛同するものです。
自分が川の真ん中に、上流の方を向いて立っていることを想像してください。上流から赤いボールが流れてきます。
手を伸ばしてそのボールを取るか否かはあなた次第。仮に、赤いボールを取らなかったとしましょう。しばらくすると、次に青いボールが流れてきます。
しかし青いボールが流れてきたのは、あなたが赤いボールを取らなかったこととはなんの関係もありません。
ただ青いボールが流れてきた。それだけです。
つまり、「赤いボールを取らなかった」という過去は、「青いボールが流れてきた」という未来とはなんの関係もなく、過去は未来になんの影響も与えていないのです。
このように、時間は川の上流という未来から、あなたが立っている現在へ、そしてあなたの後方の過去へと流れているのです。
「そうは言っても、自分は努力しなかったから三流大学にしか入れなかったし、今も三流企業でこき使われているのだ」と言いたくなるかもしれません。
では、こんなケースを考えてみてください。会社の帰り道にサプリメントを買うためにドラッグストアに寄ったとします。しかし、たまたまレジの前に行列ができていました。
あなたは行列に並びしばらく待っていましたが、なかなか前に進まないので面倒になり、サプリメントを棚に戻し、「ついてないなあ」と思いながら、わざわざかなりの遠回りをして別のドラッグストアに行きました。
すると、その店では先ほどの店よりも同じサプリメントが2割も安く売っていました。あなたは「ラッキー」と思いながら足どり軽く帰宅しました──。
この例では、1軒目の店の行列をあなたは「ついてない」と思いました。しかし、2軒目の店で目当ての品が安く売っていたことで、1軒目の「ついてない」が「ラッキー」に変わりました。
ということは、「未来によって過去が変わった」ということ。過去が未来をつくるのではなく、「未来が過去をつくる」のです。
気をつけて見てみると、未来によって過去が変わるという右のような例を、私たちは日常的に体験しています。
未来が最高なら、過去も現在も最高
「未来が過去をつくる」のは、自分のことだけでなく、他人のことでも同じです。やる気も責任感もない部下がいるとします。はたから見ていると、どうにも使えない。一人前になるとは思えない。
しかし、それは「過去の延長線上に未来がある」という前提で部下を見ているからです。
また、ステップ2で説明したように、私たちは自分にとって重要なもの、自分が見たいものしか見ていません。
部下のことを「デキない」と忌々しく思って見ていれば、デキないところしか見えてきません。
さらには、「昨日会った人の顔を思い浮かべて絵を描く」という例で見たように、私たちは、ちゃんと見ていると思っていても、実は単に見た気になっているにすぎません。
他人のことも、「こいつはこういうヤツだ」という過去の信念にもとづく記憶でとらえているにすぎません。ですから、部下に優れたところがあっても見逃している可能性が大です。
部下を伸ばしたいという場合、まず自分が部下に対して「過去ベースで接している」ということに気づかねばなりません。
そして見方を変えて、「未来が過去をつくる」という見方で部下を見ます。
部下が立派に成長したという未来から見れば、「デキない時期があったからこそ、大きな学びと成長があった」という過去に変わります。
「よい未来」から逆算して見れば、どんな現在も過去も、「よい未来」をつくるために必要な出来事なのです。
「時間は未来から過去へ向かって流れている」「過去は自分の未来に影響を与えない」「未来が過去をつくる」「未来は最高だと確信すれば、過去も現在も最高である」これが万人に共通する時間の原則です。
この原則を自分のものとして、この原則のとおりに時間を理解する人だけが、過去にも現在にもとらわれず、望む未来をつくることができます。
「ラクでいたい」と「変わりたい」の狭間で
未来ベースの時間観に立ち、ホメオスタシスを利用すれば、これまでの自分をリセットし、自分を新しくつくりかえることができます。
前述のとおり、ホメオスタシスとは、生体を安定した恒常的状態に保とうとする機能のこと。
人間では、このホメオスタシスの機能が、体温など物理空間での生体安定だけでなく、情報空間に対しても働いています。
例えば、私たちはアクション映画を観て心臓がドキドキしたり、手に汗をかいたりします。
しかし、人物が闘ったり爆発が起きたりしているのは、物理空間の出来事ではなく、映画という情報空間での出来事です。
それなのに動悸や発汗があるのは、情報空間に対してもホメオスタシスが働いているからです。
「自分は人見知りで初対面の人が苦手だ」と考えている人は、初対面の人を前にすると緊張して動悸がします。それも、「自分は人見知り」という情報に対するホメオスタシスです。
また、「オレはモテる!」と思い込んでいる男性は、好みの女性を見つけると声をかけずにはいられません。それも、「オレはモテる!」という情報に対するホメオスタシスです。
私たちは自分では意識せずに、「自分がラクでいられる範囲」の中にとどまっています。
「自分は昔から目立たない地味な人間だ」と思っている人は、知らず知らずに目立たないように行動し、目立ちそうになると冷や汗が出て思わずその場を立ち去るなど、強力なホメオスタシスが働きます。
「目立たない」ということが、その人にとって「ラクでいられる範囲」だからです。この「ラクでいられる範囲」のことをコンフォート・ゾーンと呼びます。
コンフォート・ゾーンは非常に強固で、ホメオスタシスは非常に強力です。
あなたを「ラクでいられる」コンフォート・ゾーンの中にとどめて安定させるために、強力なホメオスタシスが働きます。
「変わりたい」と願い、「オレは変われる」といくら口で言っても、すでにできあがっているコンフォート・ゾーンからはずれないように、ホメオスタシスが思考と行動を制限します。
人が変わろうとしても変われないのは、コンフォート・ゾーンとホメオスタシスが原因です。
しかし、ホメオスタシスの働きを逆に利用することができるのです。
「自分」は書き換え可能な「情報状態」
「自分は人見知り」と思っている人は、知らない人と会うと緊張します。
これまでの経験から、「人と会うと緊張する」というホメオスタシスのフィードバック関係をつくってしまっているのです。
そして、その後ろ向きのフィードバックにより、緊張せず、安定を維持できるように、なるべく人と会わないように生活します。
「オレはモテる!」と信じている人は、過去の成功体験から、「狙った相手は必ず落とす」というホメオスタシスのフィードバック関係をつくっています。
彼はその前向きのフィードバックによって、うまくいく自分の姿をリアルに想像でき、果敢にアタックできるのです。
つまり、ホメオスタシスのフィードバックが後ろ向きか、前向きかで、あなたの思考と行動が大きく変わってくるのです。
人間の思考と行動には、常にホメオスタシスのフィードバックが働いています。そのフィードバックをよい方向に転換すれば、「自分を変える」ことができるのです。
一人ひとりの脳と心が認識しているもの、それが一人ひとりにとっての世界です。
一人ひとりの脳と心が認識しているこの世界すべてのことを、私は「内部表現」と呼んでいます。内部表現には自分自身も含まれます。私たち一人ひとりが別々の内部表現の世界の住人です。
一人ひとりの内部表現が何で成り立っているかというと、他者との関係性で成り立っています。
ステップ2を思いだしてください。「自分」という存在は、物理的な実体もなければ、独立して存在することもない、情報の網の目の一点です。
「情報」ということは、パソコンのハードディスクの中身と同じです。いくらでも書き換えることができるのです。
ホメオスタシスのフィードバックを変える詳細はステップ6で説明します。
その前に、次の段階で、今この瞬間から簡単に変えられること、変えるべきことがあります。
このステップ3では、「過去の自分に関係なく、未来の自分を思いのままにつくることができる」ということを理解しておいてください。
過去ベースの考え方を捨て、未来ベースの考え方に切り替える。
自分の未来は最高であると確信して生きている人は、過去の自分も今の自分も、最高の自分になります。
三つの悩みへの回答過去は未来に影響しない。本気で変わりたいならば、「これまでの自分」というゴミを捨てよ。そうすれば人は誰でも思い通りの未来をつくれる。
Step・3のポイント
●目の前の世界は、昨日までの自分が重要だと判断した情報だけで成り立っている。
●変われないのは、コンフォート・ゾーンにとどまるように、ホメオスタシスが働くからだ。
●しかし、ホメオスタシスに意識的に介入し、フィードバックの向きを変えれば、誰でも変わることができる。
●時間は未来から過去へ流れている。
私たちは「これまでの自分」を捨て、「なりたい自分」に変わることができる!
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