Step.5「なりたい自分」になるためにまずは「我慢」というゴミを捨てる
今の仕事と職場が自分に合ってないのだが、かといってやりたい仕事も特にない……。
毎日「行きたくない」と思いながら会社に行き、「やりたくない」と思いながら仕事をする。オレの人生、こんなはずじゃなかった……。自分の営業成績はけっこういい。今月も部署で2位だった。
しかし、感じの悪い取引先がある。無理難題を言われ、我慢の連続。もうあの連中とはつきあいたくない。我慢しなくても大丈夫!「我慢」を捨てればあなたは……。
我慢は〝危険〟
ここまで本書を読んできたあなたは、頭がモヤモヤしてスッキリしない理由、集中力が続かない理由、発想力や生産性が上がらない理由は、「やりたくないことをやっているからだ」と理解できていることでしょう。
やりたくないことを我慢してやっているから、やる気が続かないし、パフォーマンスも上がらない。
「やりたい」(want to)ではなく、「やらねばならない」(have to)ことばかりして生きているから、毎日、頭の中がモヤモヤする。
とはいえ、こう思う人もいるはず。
「大人になれば、やりたくないことを、我慢してやらないといけないことだって、あるはずだ。人間、やりたいことだけやって、生きていけるなんて、ウソだ」例えば、会社で働いていれば、「やりたい」ではなく「やらねばならない」仕事もたくさんあるでしょう。
しかし、勉強でも仕事でも「やらされ感」でやり続けることは非常に危険です。
なぜなら、「やりたくないけど、やらないといけない」「我慢しないと、食っていけない」という考えが、あなたのセルフ・エスティーム(selfesteem)を深く傷つけることになるからです。
ステップ4で説明した「エフィカシー」は自分の能力に対する評価でしたが、セルフ・エスティームとは直訳すると「自己尊重」で、自分の存在そのものに対する自己評価といった意味です。
「やらされ感」「強制されている感」というものは、あなたのセルフ・エスティームを傷つけ、潜在能力を大きく低下させてしまいます。
「やらされ感」によって、あなたの無意識に、「自分には他に選択の余地がない。なぜなら自分は大した人間じゃないから」というメッセージが刷り込まれるからです。
「あなたは大した人間じゃないのですか?」もしそう聞かれたら、「まあ、そうかもしれないですね」とうわべでは謙虚を装っても、本音では、「いや、自分は大した人間じゃないことなどない!」と否定するはず。本音の声を聞きとることが大事なのです。
「やらされ感」による「自分にはほかに選択の余地がない。なぜなら自分は大した人間じゃないから」という無意識への刷り込みは、じわじわと、しかし確実に、強力に、あなたの自己評価を損なってしまいます。
「やらされ感」がパフォーマンスを下げる
「やらされ感」があって行動しているときは、「~しなければ」「仕方がない」といった自己対話が必ず行なわれています。
「本当はやりたくないけど、やらないと怒られる」「やらないとクビになる」「やらないと食っていけないから仕方がない」という具合です。
このように、外部からの働きかけによる恐怖がモチベーションとなっている場合は、自発的に生じるモチベーション(建設的動機)と区別して、「強制的動機」と呼ばれます。
「やらされ感」と「強制的動機」で行動しているとき、私たちは絶対に高いパフォーマンスを上げることはできません。
「仕方がないから~~しなくちゃ」という自己対話が生まれることによって、無意識がその状況に抵抗するからです。
例えば、「今月中にあと10件飛び込み営業しなきゃ」という自己対話をすれば、無意識は「やりたくない」という本心を実現するように働きます。
その結果、まず仕事の能率が落ちます。次に、あなたは営業に行けないような理由を見つけてしまうのです。
例えば、事務処理の仕事が溜まって時間を取られる。部署のメンバーから急な仕事を頼まれる。あるいは風邪を引いてダウンする……という具合に。
それらは「やりたくない」という無意識の働きの結果です。「やりたくない」と思いながら強制的動機で仕事をしているときは、どんどん仕事ができない状況になっていきます。
それによってさらに頭の中はモヤモヤし、ストレスが増えます。
このように、「ねばならない」(have to)は、セルフ・エスティームの観点でも、モチベーションの観点でも、私たちに何一ついい影響を与えません。
「我慢」は頭のモヤモヤと生産性ダウンの大きな要因の一つなのです。
「have to」で組織力もダウンする
あなたの職場の人たちを思い浮かべてみてください。「やらされ感」と我慢で毎日働いている人が少なくないのではないでしょうか。その人たちの頭の中を想像してみてください。
「人生とは我慢の連続だ」「やりたくないことをやってこそ、辛抱を覚えてこそ、人間は成長できるのだ」「大人とはそういうものだ」そんな考え方が〝常識〟となっていて、あなたも上司からそんなセリフを言われたことがあるかもしれません。
しかし、本当にそうでしょうか?やりたくないことをやって、人間は成長できるのでしょうか。
「成長」の定義によって答えは異なるところですが、「その人の潜在能力を最大限に発揮していく過程が成長である」と考えるなら、「やりたくないことをやって成長できる」なんて大ウソです。
強制的動機でパフォーマンスを上げられないのは先ほど見たとおり。「人間は我慢で成長する」というセリフをあなたに言う人がいたら、その人自身がやりたくないことをやって人生の大半を浪費してきたからです。
自分の我慢だらけの人生のモノサシを、あなたに強制しているだけです。あなたの会社を思い浮かべてみてください。
社員の大半がやりたくないことを嫌々やっていて、組織のパフォーマンスは良好でしょうか。
日本の組織を見ていると、「やりたくないことを嫌々やる代わりに、責任はとらないよ」とみんなが言っているように見えます。
日本の組織について「責任の所在が不明確」といわれる理由の一つは、「我慢してやる代わりに責任は取らない」という考えが〝常識〟になっていることです。
「オレだって安月給で我慢してやってんだから、責任まで取らされてたまるかよ!」というマインドです。
みんなが嫌々仕事をやり、誰も責任を取ろうとしないのですから、組織のパフォーマンスが下がって当然です。
「ねばならない」(have to)は、個人のみならず、当然ながら組織のパフォーマンスも低下させます。
やりたくないことをやめる思考実験
「やりたくないけど、やらねばならない」ことばかりを我慢してやっていきながら、「頭をスッキリさせて勉強・仕事のパフォーマンスを上げたい」と言ってもそれは無理な話です。
頭がスッキリし、パフォーマンスが上がり、潜在能力が引きだされるのは、やりたいことをやっているときだけ。
にもかかわらず、自分の行動を「やりたいか、やりたくないか」で判断して選別するという習慣をもたない人がほとんどです。
「やりたくないけど、仕方がないからやる」がいつのまにか無意識レベルでスタンダードになっているはず。自分は何がやりたくて、何がやりたくないかが分からなくなっている人が多いのです。
また、仕事や面倒な人づきあいなど、やりたくないと分かっていても、いきなりそれをやめるなんて無理だと考える人も多いはず。そういう皆さんは、次のような思考実験をしてみてください。
①まず、「やりたくないこと」を書きだします。数は5個から10個。それ以上書きたい人はいくつ書いてもかまいません。中身は家庭のことでも仕事のことでもなんでも結構です。
②次に、その「やりたくないこと」リストの中で、あなたがいちばんやりたくないことを選びます。
③そして、その「いちばんやりたくないこと」をやめてみる、ということがすぐにできればよいのですが、多くの人はそこで躊躇してしまいます。
ですから、まず思考実験の中で、いちばんやりたくないことをやめてみるのです。
もしあなたが「行きたくない」と思いながら会社に行き、「やりたくない」と思いながら仕事をしているなら、会社の何があなたの我慢のもとなのでしょうか。
まず①と②で「やりたくないこと」を特定します。
そうすると、「やりたくないことだらけだ!」と思い込んでいたのが、実は我慢のもとが1個から数個の原因に集約されることがほとんどです。それだけで頭のモヤモヤは少し減ります。
次に、③でそれを「やめたらどうなるか」「やめるにはどうするか」を考えます。例えば、「感じの悪い取引先がある。もうあの取引先とはつきあいたくない!」ということが最大の我慢のもとならば、その取引先とのつきあいをやめてしまえばどうなるでしょうか。
その取引先があなたの売り上げノルマのうちの25パーセントを占めているとすれば、取引をやめたらあなたの売り上げの4分の1がなくなります。ならば、その4分の1をほかの取引先でカバーすることはできないでしょうか。あるいは、取引先を新規開拓すればどうでしょうか。
一気に25パーセントを挽回するのは難しくても、1社5パーセントずつで計算すれば、例えば既存の取引先2社から10パーセント増、さらに3社を新規開拓して15パーセント増で、合計25パーセント。
そうすれば、嫌な取引先と手を切ることができます。
そう決心することで、既存の取引先との取引の可能性を広げ、新規の取引先も開拓できる、という魅力的なオマケもついてきます。
あるいは、ダウンする25パーセントの売り上げ相当額を、業務改革のコストダウンで取り戻して、プラマイゼロ。
となれば、コストダウンの面白さにも目覚め、あなたの業務改革は社内で高く評価されるかもしれません。
我慢しなくても、本当は大丈夫
このように、「やりたくないことをやめる」思考実験をしてみると、やめても意外となんともないことに気づきます。これはどんな「やりたくないこと」で思考実験してみてもそうなります。
今の職場が合っていないという人も、今の職場でやりたくないことをリストにして、それを思考実験でやめてみると、意外とやりたくないことをやらなくても大丈夫なことに気がつくはずです。
例えば、人間関係が複雑で、毎日同じ人たちとランチを食べに行くのが憂鬱ならば、そのつきあいをキッパリやめて、昼食は一人でとることにする。そういうことを思考実験の中で行ないます。
そうすると、「やりたくないけど、やらねばならない」と思い込んでいたものが、実は「やらなくても問題ない」ことだったと気づきます。
実際に昼休みを一人で過ごすことにしても、周囲はすぐにそのことに慣れて、なんの問題にもならないはずです。
「やりたくないことをやめる」思考実験をすると、自分の仕事、自分の生活の中に、「嫌々やっていたけど、本当はやらなくてもよかったこと」がたくさんあることに気がつきます。
それは、あなたにとって「やりたくないことを、我慢してやる」ということがコンフォート・ゾーンになっていて、「やらなくても大丈夫」ということがスコトーマに隠れて見えなかったからです。
先ほどの「嫌な取引先と手を切る」という例でいうと、「嫌な取引先と我慢してつきあう」ことがコンフォート・ゾーンになっていたため、「嫌な取引先と手を切れば、そのほかの会社と取引が広がる」という可能性がスコトーマに隠れて見えなかったのです。
やりたくないことをやめる思考実験によって、コンフォート・ゾーンがずれて、スコトーマがはずれ、これまで見えなかった可能性が見えたのです。
思考実験で「やらなくても大丈夫」であることが分かれば、次は思考実験の中身を実際の行動に移してみます。
そうすることでまたコンフォート・ゾーンが移動して、新しい可能性が見えてきます。
三つの悩みへの回答やりたくないことは、思い切ってやめてみる。「我慢」というゴミを捨てれば、新しい可能性が見えるはず。
Step・5のポイント
●「やらされ感」は、「自分は大した人間ではない」というメッセージを無意識に刷り込むため危険である。
●強制的動機による行動ではパフォーマンスは絶対に上がらない。
●思考実験で、やりたくないことをやめると、やめても実は大丈夫なことが分かる。
●「やりたくないことを、我慢してやる」がコンフォート・ゾーンになっているため、「やらなくても大丈夫」がスコトーマに隠れている。
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