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Step.6やりたいことが分からない……「自分中心」というゴミを捨てる

目次

Step.6やりたいことが分からない……「自分中心」というゴミを捨てる

会社を辞めて起業したいのだが、妻が理解してくれない。その話をするたびに猛反対されてケンカになる。小さな子どももいるし、説得するのは無理かな……。

オレのやりたいことって、なんなんだろう?今の会社生活は先が見えていてつまんないし。本気になれるものを見つけたい……。

新しい事業プランを考えているのだが、成功するビジネスモデルが見えてこない。こんな悩みを解決するために、持たねばならない「あるもの」とは?

「have to」が「want to」に変わる秘訣

さて、前のステップでは「have to」「我慢」を捨てることについて話しましたが、賢明な読者は、ここで二つのクエスチョンを感じていると思います。

一つめの疑問は、「やりたくないこと」が、今の仕事の中身そのものだった人や、今の会社そのものだった人。

そんな人たちは、やりたくないことをやめた後、どこへ行き、何をすればよいのでしょうか。

捨てるべきものを捨てた後、私たちは自分に本当に必要な物を、自分のモノサシで選び直すことになります。

しかし、どうすればこれまでと同じ間違いをくり返さずにすむのでしょうか。どうすれば、頭のゴミを二度と感じることなく、新しい自分になることができるのでしょうか。

もうひとつの問題は、「頭のゴミを捨てねばならない」と考えているうちは、それも「have to」であるという問題です。

これまで、ステップ1では「感情」というゴミを、ステップ2では「他人の刷り込み」というゴミを、ステップ3では「これまでの自分」というゴミを、ステップ4では「マイナスの自己イメージ」というゴミを、そしてステップ5では「have to」というゴミを、捨てる方法を説明してきました。

しかし、これらの頭のゴミを「捨てねばならない」と意識して努力しているうちは、本当に捨てることはできません。

それはまだ「ねばならない」(have to)のレベルだからです。

頭のゴミを本当に捨てることができ、やりたいことをやる「なりたい自分」になれるのは、have toがwant toに変わったときです。

例えば、ステップ4で説明した「高い自己評価」や「ポジティブな自己対話」。

もしあなたが「未来の自分」のゴールを設定せずに、「ポジティブな自己対話をせねばならない」「自己評価を上げなければならない」と考えるなら、ストレスを感じてしまうでしょう。なぜなら、ありのままとは異なる自分を演じているからです。

しかし、「将来こうありたい」というゴールを設定し、ゴールに向かって自己イメージを変えているのなら、それはシンプルに「したい」からしているだけ。have toは一つもなく、すべてがwant toになっています。

ゴールを設定し、コンフォート・ゾーンを正しく設定すれば、「やらねばならないこと」はスコトーマに隠れ、見えるものはすべて「したいこと」に変わります。ストレスはなく、体と心はリラックスしています。そして頭のモヤモヤは消え、高いパフォーマンスが発揮されます。

  • 捨てるべきものを捨てた後、自分に本当に必要な物を、自分のモノサシで選び直すため。
  • 「捨てねばならないから捨てる」のではなく、すべてがwant toに変わるため。

この二つのために共通して必要なのが、ゴールを設定することです。

ゴールを設定し、ゴールに向かってホメオスタシスが働けば、これまでのステップで述べてきた各種の「頭のゴミを捨てる」行動が、努力なしに自然とできるようになります。

そして、ゴールを設定すれば、自分のゴールに必要でないものはすべて捨てるべきゴミとなります。

捨てるべきものを捨てた後は、自分のゴールに意味があるものだけを選んでいけばよいのです。

自分中心な本音はゴールにならない

ゴール設定の基本は、ステップ2で述べたように、「かっこつけて本音にフタをしないこと」です。

例えば、あなたの本音の理想の自分が、「社会的に高い地位を得て、みんながうらやましがる会社や家や著名人の友達を持ち、思いっきりチヤホヤされる」で、その姿になるために経営者になりたいのなら、それでよいのです。本音にフタをしてはいけません。

なぜ本音にフタをしてはいけないのか?まず、あなたの本音は、間違いなくあなたのwant toだからです。前のステップで見たとおり、want toでこそ高いパフォーマンスが発揮されます。

次に、本音にフタをするのは、他人の目を気にしている証拠だからです。

他人のモノサシを当てはめて、「こんな本音だとドン引きされるだろうな」と考えている。

本音にフタをしているうちは、他人のモノサシから抜け出せていません。とはいえ、他人に本音をカミングアウトしろというわけではありません。

本音にフタをしないということは、自分の心の中だけでいいので、本音を解放しておくということです。自分に噓をつかないこと。世間の通念や他人の目を気にしないこと。

自分の本音の願望を頭の中で膨らませ、他人のモノサシではなく自分の本音で生きること。

しかし、本音の中身をそのままゴールに設定してよいのかというと、たいていの場合そうではありません。

なぜなら、多くの人の本音は、かなり抽象度が低く、自分中心だからです。

例えば、「社会的に高い地位を得て、みんながうらやましがる会社や家や著名人の友達を持ち、思いっきりチヤホヤされる」という理想像には、自分だけの幸せしか含まれていません。

今、私はわざと「自分だけの幸せ」という言葉を使いました。しかし、この使い方は正しくありません。

どう正しくないか、分かりますか?まず、「みんなからチヤホヤされる」というのは、単なる優越感であって、幸福感ではありません。

「優越感を感じるのは幸せじゃないの?」と思う人がいるのなら、その人は抽象度が低すぎて、「幸せ」というものを正しく理解していないのです。

また、「自分だけの幸せ」というのは、ある意味では矛盾した言葉の組み合わせです。

どこが矛盾しているのか、分かりますか?おそらく、「幸せ」というものを正しく理解しておらず、「自分だけの幸せ」がどう矛盾しているか分からない読者もいると思いますので、しばらく「幸せ」というものについて話してみます。

ゴールを考えることは「幸福」というものについて考えることになり、幸せについて考えることがゴールについて考えることになるからです。

おいしいものを食べることは幸せじゃない?

あなたにとっての「幸せ」を手がかりに考えてみましょう。あなたは何をしているときに「幸せだなあ」と感じますか?一つ答えを用意してください。

答えは人によってさまざまでしょう。

「食べ歩きが趣味で、おいしいものを食べているときに『幸せ!』って感じます」「ジョギングにはまっていまして、夜、会社から帰って、公園を走っているときに『気持ちいいなあ、幸せだなあ』と思います」「社会人になってからボクシングを始めました。スパーリングでいいパンチが決まった日は、『続けてよかったなあ、幸せだなあ』と思います」この三つの「幸せ」を、本当に「幸せ」と呼んでいいのでしょうか。

私はそうは思いません。

理由は大きく二つあります。

まず、「おいしいものを食べて満腹になる」や「体を動かして気持ちがいい」というのは、ステップ1で説明したとおり、脳でいうと大脳辺縁系の扁桃体の情報処理です。サルやゴリラと変わりません。

自分だけの幸せはありえない

食べ歩きが趣味で、おいしいものを食べているときに幸せを感じるという人が、「ほかの人たちにもいいお店を知ってもらって、この幸せを感じてほしい」と考え、ブログでおすすめの店の情報提供を始めたとします。

そして、ブログを読んでおすすめの店に行った人から「ほんとにおいしかった!」というコメントが来て、嬉しいと感じる。

これは「ゴリラの幸せから、人間の幸せに近づいた」ことだと私は考えます。

なぜなら、この人は、見知らぬ他人にも幸せを感じてもらいたいと思って、手間をかけてブログを書いた。

そして他人がおいしいものを食べて喜んだことが、自分の喜びになっているからです。この幸せは、もう自分だけのことではありません。他人が入っています。

そして、他人が入ったことによって、この人はこれまでに味わったことのない幸せを感じたはずです。

「ジョギングが趣味で、走っているときが幸せ」「ボクシングのスパーリングでいいパンチが決まったときが幸せ」という人たちならば、「自分はもうすぐ60歳だが、今後もマラソン大会に出続けて、同年代の人たちに元気を与えるランナーになる」「ボクシングの試合に出て、観衆に勇気を与えられるような戦いを見せる」ということに幸せを感じるならば、それはゴリラの幸せから、人間の幸せに近づいています。

それはもう自分だけの幸せではないからです。他人に元気や勇気を与えるということが、その人の幸せになっているからです。

もう一度言います。

自分以外の人も一緒に幸せになってこそ、人間の幸せである、それが本当の幸福ではないでしょうか。

先ほど「優越感と幸福感は違う」と言いました。「優越感」では、快感を得るのは自分だけだからです。その気持ちよさに自分以外の人は入っていません。

また、「自分だけの幸せ」という言葉の組み合わせは矛盾していると言いました。どこが矛盾しているのか、もうお分かりですね。

人間の幸せとは、必ず自分以外の人が含まれているもの。

だから「自分だけの幸せ」というものはありえないのです。人間の幸せとは、「みんなが幸せだから、自分も幸せ」と感じるもの。私はそう考えています。

あなたは「人間の幸せ」を感じているか?

「みんなが幸せだから、自分も幸せ」という幸福感は、特に現実離れしたものではありません。私たちが日常レベルでしばしば感じているものです。

例えば、自分でおいしいものをつくって食べるのも好きだけど、自分がつくった料理を他人がおいしそうに食べているのを見るのはもっと好き、という人がいます。

また、人にお土産やプレゼントをあげるのが好きという人もいます。純粋にそう感じられる人は、他人の幸せが自分の幸せになることを知っている人です。

ゴリラの幸せではなく、人間の幸せを感じられる人です。自分の快感だけを求める「ゴリラの幸せ」か、他人が幸せであることで自分も幸せを感じる「人間の幸せ」か。

その違いは抽象度が低いか高いかの違いです。

抽象度が高いほど、自分→家族→友人→チーム→社会→国家→人類というように、視界に入る人の数が増えていき、幸せを考えるときに入ってくる他人の数も増えていきます。

そして、その人の幸福のモノサシは、「たくさんの人を幸せにできるほど、自分の幸せも大きくなっていく」というものになります。

とはいえ、他人を幸せにすることは、ときに献身をともないます。

自分が他人のためになんらかの役割を引き受け、なんらかの働きをしなくてはなりません。自分がなんにもせずに勝手に他人が幸せになるということはありません。

例えば、自分がつくった料理を他人がおいしそうに食べているのを見るのが好きという人は、自分の時間と労力を割いて他人のために料理をつくっています。これもいわば小さな献身です。

あるいは、人と人を紹介して結ぶのが好きとか、モメゴトが起きると仲介に入って上手に解決できる人がいます。

そういう人も、他人の間を取り持つために、時間と労力と多大な心配りという献身をしています。そういう人たちは、献身しても幸せを感じているのです。これは一見、矛盾しているように見えます。

例えば、野生のオオカミが、自分の家族でもないオオカミのためにエサを獲ってきて食べさせることなどありません。自分を犠牲にしても幸せを感じるのは人間だけなのです。

自分を犠牲にして感じる幸せ

実は、人間の脳には、自己犠牲しても他人のためになるなら幸福を感じる特殊な機能が備わっているのです。

その脳の部位は前頭前野眼窩内側部と呼ばれる場所です。

人が生き生きとボランティア活動をしているときは、前頭前野眼窩内側部の活性度が上がっています。

ずいぶん前ですが、BBCが面白い番組を放送したことがありました。アップルストアに行列している人の脳の状態をfMRIで見てみたのです。

マッキントッシュやiPodを世に送り出してきたアップルは、その製品の先進性と故スティーブ・ジョブズのカリスマ性も手伝って、熱狂的なファンに支えられてきました。

BBCの番組は、ロンドンにアップルストアの第一号店がオープンしたときの模様を取材したものでした。

アップルの製品を熱狂的に愛するファンたちの長い長い行列。アップルストア第一号店の内装は豪奢で神秘的な神殿のよう。そこにローブをまとったスティーブ・ジョブズが登場。

興奮した〝アップル教の信者〟たちが一人で何個も製品を買いまくる。そうした客の一人の脳をfMRIで調べてみたのです。

すると目の奥の下のあたりの脳の部位の血流量が増加していることが分かりました。そこが前頭前野眼窩内側部なのです。

〝アップル教の信者〟たちは、長い行列に並んで製品を一人で何個も購入するという自己犠牲を払っても、アップルのためなら幸せを感じるのです。

オウム真理教はこの前頭前野眼窩内側部の働きを悪用して、教祖・麻原のための自己犠牲に幸福を感じるように信者たちを洗脳しました。

また、悪徳企業が自社商品を購入させるために前頭前野眼窩内側部の働きを悪用する例も少なくありません。

ですから、前頭前野眼窩内側部の働きを何にどう使うのかを、私たちは自分で選択していかねばなりません。前頭前野眼窩内側部をどう使うか。

その答えは、「抽象度を上げ、より多くの人のためになれるゴールを設定し、そのゴールに向かっていく過程で、前頭前野眼窩内側部を発火させていくこと」です。

人間として生まれた以上は、より多くの他人の役に立つゴールを持ち、この人間にしかない脳の部位を大いに使って生きていこうではありませんか。

「やりたいこと」を見つける近道

「やりたいことが分からない」「自分が本気になれそうなことが見つからない」と言う人がいます。なぜ、やりたいこと、自分が本気になれることが見つからないのか。

その理由をズバリ言うと、「自分中心に考えているから」です。

「自分は何をやりたいんだろう?」「自分は何を本気で好きなんだろう?」いわゆる「自分探し」の人たちの自問の世界には、自分しかいません。他人がいないのです。

「やりたいこと」を探す人たちは、幸福感のようなものを求めて「本気になれるもの」を探しているのでしょう。

しかし、くり返して言うように、人間の幸福とは自分だけのものではありません。他人が幸福になってこそ自分の幸福なのです。

それなのに、「自分は何をやりたいんだろう?」と自分だけの世界で自問していては、本気になれるものが見つかるはずがないのです。

「やりたいことが分からない」と言う人に、私はこんな視点をおすすめします。

「自分が何をすれば他人が喜ぶだろう?」という視点で考えるのです。実は、それが「やりたいこと」を見つける近道なのです。

自分が本気になれるものが分からない人でも、自分がしたことで他人が喜んだという経験はあるはずです。

例えば、もしもあなたが〝スイーツ男子〟なら、いろんな人のためにスイーツを本気で手づくりしてみる。

そうして多くの人に喜んでもらうことで、あなたの前頭前野眼窩内側部が発火して、「みんなの幸せが自分の幸せ」だということを体感できます。

他人を幸せにして前頭前野眼窩内側部が発火するたびに、あなたの抽象度は確実に上がっていきます。

あるいは、「君に話を聞いてもらうと、考えが整理できてありがたいよ」と他人から言われるタイプの人がいます。そのタイプの人は、人の話を聞いて情報整理するのが上手なのです。

例えば、会社の同僚が提案書や報告書をつくるのに手間取っているなら、話を聞いて、情報を整理して、書類作成を手伝ってあげると喜ばれるはずです。

そうして前頭前野眼窩内側部が発火する幸福感を経験していくのです。

もしかすると、社内で情報整理や書類作成のプロフェッショナルとして認められ、果てはその道のプロとして起業するというゴールが見えてくるかもしれません。

「事業プランを考えているが、成功するビジネスモデルが見えてこない」という場合は、自分中心の枠の中で考えているからです。

自分がビジネスをしようとしている業界で、自分が何をすれば人々の役に立てるのか。あるいはもっと身近でもかまいません。

自分と取引を行なう人々は、自分が何をどうすれば喜んでくれるのかを考えます。

自分が何をしたいのかという自分中心の発想を捨て、抽象度を上げ、「自分が何をすれば人々は喜ぶだろう?」という発想に切り替えれば、ビジネスモデルは見えてくるはずです。

ゴール設定の基本条件

このように、「自分中心」というゴミが人々の頭を曇らせています。「自分中心」であることを捨てることにより、やりたいことが見えてきたり、これまでに味わったことのない抽象度の高い幸せ(人間の幸せ)を感じたりすることができるのです。

「自分中心」であることを捨てることは、ゴールを設定する前提条件です。

したがって、ゴール設定の基本は、

  • 自分の本音にフタをしないこと。
  • それと同時に、自分中心であることを捨てること。

ということになります。

例えば、「将来は金持ちになってモテモテになりたい」という本音にフタをする必要はありません。

抽象度の低い本音の欲求はゴールにはなりえませんが、本音は究極のwant toですから、新しい自分へとスタートするためのエンジン・ブースターにはなります。

本音の理想像が「金持ちになりたい、モテたい」というようなものならば、厳しいことを言いますが、その人はまず、自分が極めて自分中心であり、抽象度が非常に低いということを理解しなくてはなりません。

「今のオレの抽象度は低すぎるけど、そこから出発するしかないな」というくらいの厳しめの目で自分を見てください。

そして、本音のwant toをスタートのブースターにして、抽象度を上げていきます。出発点は本音でいい。でもそこから抽象度を上げる必要があるのです。

「金持ちになりたい、モテたい」というのなら、その本音を満たすと同時に、より多くの人たちの役に立てるゴールを考えます。

例えば、あなたが食品メーカーでのキャリアを生かしたゴールを設定したいなら、「食品添加物を一切使わない和食ベースのインスタント食品を開発販売する会社を立ち上げ、ジャパニーズ・フードの素晴らしさを新しいスタイルで世界に発信し、飢餓に苦しむ貧しい国々には自社のインスタント食品を無償で提供する」というようなゴールが考えられます。

あるいは、あなたが自動車メーカーでの経験を生かしてゴールを設定したいなら、「製造過程でも環境を汚染しない究極のエコ・カーを開発販売する会社を起業し、世界中の後進国に工場をつくり雇用を増やし、地球環境保護と貧困撲滅に貢献する」というゴールが考えられるでしょう。

ここで、私の著書をはじめて読む読者は、「ゴールが壮大すぎる!自分には実現不可能だ!」と思うかもしれません。

しかし、●ゴールは必ず現状の外に設定する。これもゴール設定の重要な条件なのです。

自己啓発の通説に騙されるな

ゴールというと、ボードゲームのゴールのように、今の生活や仕事の延長線上にあるゴールを思い浮かべる人が多いでしょう。

また、自己啓発書や自己啓発セミナーでは、「ゴールは実現可能な目標でなくてはならない」という主張が散見されます。

しかし、私は、ゴールは現状の外に、つまり現在の日常的現実の外側に設定しなくてはならない、といつも強調しています。

なぜなら、現状内にゴールを設定するなら、それは現状肯定になり、あなたの現状は何も変わらないからです。

例えば、会社員のあなたが「社内で一番出世して社長になる」ことをゴールにするとします。

これはある見方では立派な目標かもしれませんが、私の言う「ゴール」の意味では悪いゴールです。なぜなら、それは理想的な現状だからです。

自分の会社で出世して社長になることは、物理的に不可能ではありません。むしろ現実の理想的状態と認識できます。

そうすると、あなたの脳は、ますます現状維持を選択します。

もしもあなたが、これまでどおりの人生がこの先も続いていけばいいと考えるなら、現状内のゴール設定で満足してよいでしょう。

しかし、あなたがこれまで溜めてきた頭のゴミを捨てて、スッキリしたクリアな新しい自分で生きていきたいのなら、ゴールは現状の外に設定しなくてはなりません。

現状の外に設定することによって、そのゴールに向かってホメオスタシスが働き、コンフォート・ゾーンが移動するからです。

今の会社で社長になることをゴールにしてしまうと、あなたのホメオスタシスに変化はなく、コンフォート・ゾーンも「今の職場でモヤモヤしながらいろんなことを我慢している自分」という現状のゾーンから移動しません。

したがって、あなたの生活も人生もなんら変化しません。ですから、自己啓発で一般的に言われている「ゴールは実現可能なものにすべき」という説は誤りであり、かつ危険です。

現状内にたとえ可能性だとしても実現可能なゴールを設定してしまうと、現状維持のホメオスタシスが働き、あなたは現状内に縛りつけられてしまうからです。

スコトーマがはずれる快感

一方、ゴールを現状の外に設定するとどうなるでしょうか?脳の絶妙な機能によって、非常に興味深いことが起きるのです。

仮に、今は平凡なビジネスパーソンのあなたが、昔は「日本を代表するような俳優になる」という夢を持っていたとします。

そして、その夢の実現にもう一度チャレンジしたいと考え、「観る人に勇気と元気を与えられるような日本を代表する俳優になる」というゴールを設定したとします。

すると、あなたは、映画の撮影現場でラブシーンやアクションシーンを演じている自分をイメージするでしょう。

そうして「俳優として活躍している自分」のイメージの臨場感が強くなると、我慢しながら会社員をしている自分という物理的現実世界との間にギャップが生まれます。

これを現代認知科学では「認知的不協和」と呼びます。

自分は映画の撮影現場にいるはずなのに、会社でパソコンを叩いているなら、脳はその認知的不協和を解消しようと働きはじめます。

その際、脳は臨場感が高い方を「現実の自分」として選び、その自分に合わせてコンフォート・ゾーンも移動します。

つまり、会社員の自分よりも「俳優として活躍している自分」のイメージの臨場感が高いなら、その「俳優の自分」に対してホメオスタシスのフィードバックが働き、コンフォート・ゾーンが「俳優の自分」側に移動するのです。

ゴール側にコンフォート・ゾーンが移動すると、スコトーマがはずれ、見える風景が変わります。そうして日本を代表する俳優になるための道筋が見えてくるのです。

ですから、現状の外にゴールを設定したとき、そのゴールへの道筋は見えていなくてもかまいません。

現状の外にゴールを設定するなら、ゴール側にコンフォート・ゾーンがずれ、スコトーマがはずれ、それまでは見えていなかった道筋と方法がバーンと浮かび上がってきます。これは真に鮮やかでワクワクするような体験です。

その新しいコンフォート・ゾーンでゴールをイメージすれば、臨場感はさらに高まります。

そうしてまたゴールに向かってホメオスタシスが働き、コンフォート・ゾーンがゴール側に移動し、スコトーマがはずれます。

このように「現状の外にゴール設定→新しいコンフォート・ゾーンを高い臨場感でイメージ→ホメオスタシスが変化→コンフォート・ゾーンがゴール側に移動→スコトーマがはずれる」をくり返すことで、最初は実現不可能と思われたようなゴールに向かって、着実に近づいていくことができるのです。

これはアメリカで発展したコーチング理論では広く知られており、クライアント達がことごとく経験していることです。日本でもコーチング理論の導入以降、多くの方から同様の報告を受けています。

脳の判断基準は臨場感

以上の話は、なじみのない読者には突拍子がなく聞こえるかもしれません。しかし、「リアル(現実)とは何か?」を理解すると、これまでの話が腑に落ちるはずです。

私はかつてバーチャルリアリティ分野の最前線で研究に没頭していました。

当時の「バーチャルリアリティ(仮想現実)」の定義は、例えば観客が座っている映画館のシートは物理的現実世界であり、スクリーンの世界はバーチャルリアリティである、というものでした。

私は、当時、光や音や映像を駆使してバーチャルリアリティの臨場感を上げ、現実世界のリアリティに近づける方法を模索していました。

しかし、バーチャルリアリティの臨場感を上げるのに、実は光や音や映像などは必要ではありませんでした。想像してみてください。

あなたは小説を読んでいて、波瀾万丈なストーリーと感動的なシーンの連続に、思わず涙が溢れてきました。小説とは、光も音も匂いもない、文字情報だけで構築された世界です。

にもかかわらず、あなたは小説を読むとそのバーチャル世界に深く入りこみ、主人公と同じように感動し、驚き、ハラハラしたり涙を流したりします。

つまり、そのときあなたは臨場感が上がっているのです。小説世界に音や光や映像はありません。

それでも人間は、「小説の文字情報だけで臨場感を感じる」のです。

つまり、物理的な手触りや光や音や匂いがなくても、本人の脳がリアルだと感じていれば、それがその人にとっての現実なのです。

現代認知科学でも、「リアル」とは「今、自分が臨場感を感じている世界」という定義がなされています。

小説の世界も、映画の世界も、そしてあなたのイメージの世界も、そこに入り込んで臨場感を感じていれば、現実世界と変わらないといえます。

むしろ、イメージの臨場感が高ければ、物理的現実世界がバーチャルであり、イメージの世界の方が現実だといえるのです。

ですから、ゴールを達成するのに必要なコンフォート・ゾーンの世界を臨場感を持ってイメージするなら、あなたの脳はそのイメージの世界を現実だと判断します。

そして新たなコンフォート・ゾーンのイメージに対してホメオスタシスのフィードバックを働かせます。

また、スコトーマがはずれるという経験も、小さなレベルなら私たちは日常的に経験しています。

例えば、ある課題について、あなたは解決が難しいと考えています。それに対して、Aさんは解決できると確信しています。

あなたとAさんの議論は白熱します。二人とも解決の道筋は分かりません。しかしAさんは解決を前提に熱弁をふるいます。

すると最初は消極的だったあなたも、Aさんのペースに巻き込まれます。

そしてある時点で、あなたの頭に、それまで思いもよらなかった解決方法がひらめくのです。

これは、Aさんの熱弁によって、「絶対に解決できる」というイメージのリアリティに対してあなたのホメオスタシスが働き、コンフォート・ゾーンがずれ、スコトーマがはずれたからです。

あるいは、友人がふと見せた表情の曇り。

そのときあなたはその曇りの意味が分からず、なんとなく心に引っかかっていたとします。それが、映画を観ていたとき、突然、あのときの友人の心の動きが分かった。そんな経験を持っている人もいると思います。

それも、映画の臨場感に対してホメオスタシスが働き、コンフォート・ゾーンがずれてスコトーマがはずれ、あのとき分からなかったことが突然分かったのです。

このように、私たちは、「高い臨場感→ホメオスタシスが変化→コンフォート・ゾーンが移動→スコトーマがはずれる」ということを日常的に経験しています。

ただし、私たちが日常的に経験しているのは、映画や小説や他人との会話など、外から与えられた臨場感に対するホメオスタシスのフィードバックの変化です。

しかし、ゴールに向かっていくためには、つくりあげたイメージに対して、自分でホメオスタシスのフィードバックを変えていかねばなりません。

自分の脳の認知機能に対して意識的に介入していくのです。そのためのカギとなるのが、「臨場感」です。

臨場感で体が変わる

私たちの脳は、臨場感が高い脳内の仮想的世界を「現実」と認識します。

新たなコンフォート・ゾーンの臨場感が高ければ高いほど、脳はそれを現実と認識し、その現実に向かってホメオスタシスを働かせていきます。

臨場感が高いとは、映画や小説でいえばドキドキの度合いなどが高く、感動が大きいということ。感情移入と没入の度合いが大きいほど、臨場感が高いということです。

臨場感が高いほど、ホメオスタシスのフィードバックは強くなり、コンフォート・ゾーンの移動も、スコトーマのはずれ方も大きくなります。

ですから、設定したゴールを達成するためには、前提として、コンフォート・ゾーンのイメージに対して臨場感を高く持つことが重要となります。

イメージの臨場感によってホメオスタシスが働くことは、簡単に体感できます。一例として、前屈実験をしてみましょう。

まず、上体をどこまで前屈できるか試します。指先はどこまで行くでしょうか。足首までか。床に指先が着いてもまだ前屈できるか。体の柔らかさを覚えておきます。

次に、体が、骨も筋肉もないぐにゃぐにゃの柔らかいゴムであるとイメージします。その後、もう一度前屈をしてみます。すると、最初より深く前屈できるはずです。

イメージの臨場感によってホメオスタシスが働いたからです。ゴムの体をリアルにイメージできた人ほど、効果が大きくなります。

「瞑想のときには頭の上のバターが溶けていくイメージをするとよい」などといいますが、それも心身をリラックスさせるためにイメージの臨場感を利用しているのです。

臨場感を高める未来の記憶

新たなコンフォート・ゾーンのイメージに対して臨場感を高めることが重要といっても、ゴールは現状の外に設定してあるのですから実際には難しいのでは?と思う読者もいるかもしれません。

しかし、ゴールそのものの臨場感はなくてかまいません。

ゴールは現状の外に設定するのですから、スコトーマに隠れて臨場感がないのは当たり前です。

臨場感を高めるのは、あくまでゴール達成に必要な、新たなコンフォート・ゾーンの方です。

また一つ有効な手段として「記憶」を利用する方法があります。

新たなコンフォート・ゾーンのイメージの世界の記憶を、自分の過去の記憶と合成してつくるのです。

例えば、ゴールの世界で各国を飛び回る経営者になっているのなら、自分がこれまでに接した人物、これまでに観たテレビや映画などの記憶を合成して、新しいコンフォート・ゾーンのイメージの記憶をつくります。

そして、それをあたかも現在起きているかのように、臨場感を持って体感します。

どのような場所で、どのような人々と会い、どのような話をし、人々はどのような表情をしているか。

これまでの記憶を合成して、ゴールを達成するコンフォート・ゾーンの世界のイメージを細かく描きます。

それと同時に、自分の過去の記憶の中にある情動を、新しいコンフォート・ゾーンのイメージに貼りつけます。

過去に成功したときの感動や興奮を思いだし、その感情を味わいながら新しいコンフォート・ゾーンをイメージするのです。

例えば、学校を出てはじめて会社で働き始めたときは、あらゆるものが新鮮でやる気に満ちていたのなら、そのときの高ぶる感情を思いだしながら、経営者として成功している新しいコンフォート・ゾーンの自分のイメージに重ね合わせるのです。

そのようにして、過去の成功の感情を、新しいコンフォート・ゾーンのイメージに貼りつけ、それを詳細に何度もくり返していくことによって、「新しい現在の記憶」が無意識に刷り込まれていきます。

「新しい現在の記憶」が鮮明になるほど、新しいコンフォート・ゾーンのイメージの臨場感も高まっていきます。

そしてゴール達成に向かって新しいコンフォート・ゾーンに対してホメオスタシスのフィードバックが働き、そのイメージにふさわしい自分に変わっていきます。

例えば、これまでは知らない人に会いにいくのが苦手だった人も、「各国を飛び回る経営者」という「新しい現在の記憶」がつくられていくと、自然とフットワークが軽くなり、ネットワークが広がっていきます。

しかも、have toの感覚で努力して人に会いにいくのではなく、want toで楽しくて会いにいくのです。

新しいコンフォート・ゾーンのイメージに臨場感を持てば、ゴール実現に必要なすべてがwant toになり、努力なしにゴールへと近づいていくことができるのです。

そこが前向きなホメオスタシスの働きのすごいところなのです。

ドリーム・サポーターを増やす方法

加えて、新しいコンフォート・ゾーンのイメージの臨場感が高まれば、自分が変わるだけではありません。

周囲の人たちもあなたの臨場感に対してホメオスタシスが働き、あなたを応援する「ドリーム・サポーター」へと変わっていきます。

「会社を辞めて起業したいのだが、妻が理解してくれない。

その話をするたびに猛反対されてケンカになる」そういう人は、新しいコンフォート・ゾーンのイメージに対して臨場感が高まっていないのです。

もし自分の中で十分に臨場感が高まっていれば、妻も、周囲のほかの人たちも臨場感に同調して、新しいコンフォート・ゾーンに向かってホメオスタシスが働き、応援してくれるようになるはずです。

夢への挑戦を周囲から猛反対されているという人は、その人の中で新しいコンフォート・ゾーンのイメージへの臨場感がまだ低いということですから、そのまま挑戦しても成功する見込みは薄いでしょう。

もし本人の中で本当に臨場感が高まっていれば、周囲からのドリーム・キラー的な雑音は減り、それどころか人々が支援してくれるようになるはずです。

あなたに対する周囲の人たちの反応は、臨場感が十分に高まっているかを計る一つの指標となります。

新しいコンフォート・ゾーンのイメージに対して臨場感が高まるほど、ドリーム・サポーターが確実に増えていくからです。

ゴールがあればゴミはなくなる

新しいコンフォート・ゾーンのイメージに対して臨場感が高まれば、ゴール達成に必要のないものは捨て、ゴール達成に必要なものだけを選ぶということが自然とできるようになります。

ザワザワとした感情も、他人のモノサシも、これまでの自分も、マイナスの自己イメージも、have toの勉強や仕事も、ゴール達成に意味のない「頭のゴミ」は、ホメオスタシスの働きで自然と捨てられるようになります。

そして、ゴール達成に意味のあることであれば、ハードルが高くても、自分から望んでそれを乗り越えようと挑戦するようになります。

ゴール達成に意味のあることはすべてwant toになるのです。

頭のゴミを捨てるためにいちばん重要なのは、「現状の外に設定したゴールに向かって新しいコンフォート・ゾーンの臨場感を高めていく」こと。

ステップ1~ステップ5を実行するために、このステップ6のゴール設定が重要だったのです。

心から望むゴールがあれば、頭のゴミの大半がなくなるのです。

三つの悩みへの回答「自分中心」というゴミを捨て、抽象度の高いゴールを達成せよ。

そして新しいコンフォート・ゾーンのイメージに臨場感を持て。

Step・6のポイント

●ゴール設定の基本条件は、

・本音にフタをしない。

・自分中心を捨てる。

・現状の外にゴールを設定する。

●「ゴール設定→高い臨場感で新しいコンフォート・ゾーンをイメージ→ホメオスタシスが変化→現状のコンフォート・ゾーンに代わり、新しいコンフォート・ゾーンが選ばれる→スコトーマがはずれる」のサイクルをまわしていく。

●新しいコンフォート・ゾーンのイメージに対して臨場感が高まるほど、ドリーム・サポーターが増える。

●心から望むゴールがあれば、頭のゴミはほとんどなくなる。

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