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第2部教科書通りの戦略──難しそうに見えて、実は効果的である

目次

第2部教科書通りの戦略──難しそうに見えて、実は効果的である

StrategyofHoshinoResort│#01

どこにでもある旅館を高級旅館として再生“〝その他大勢”〟から抜け出す

同業他社と同じ戦略を続けても、混戦から抜け出せない。

自社の強みを確認し、ライバルの動向を見極め、「勝てる戦略」を立案し、収益力を高める。

個人客に狙いを絞って客室数を半分に

これといった特徴がない企業は、どうやって“〝その他大勢”〟から抜け出せばいいのか。星野リゾートは旅館の再生を進めるとき、その視点を忘れない。

島根県松江市の玉造温泉にある高級旅館「華仙亭有楽」は、星野リゾートが2007年から運営する。

玉造温泉には約20軒の旅館がある。玉湯川に沿って客室数50~100室の中・大規模な旅館が並ぶ。

同じような旅館が多く、宿泊代の値引き競争も起きている。これに対して、有楽は客室数24室の小さな旅館である。

個人客にターゲットを絞った高級路線を徹底し、収益力を高めている。有楽はかつて玉造温泉のどこにでもある中規模旅館だった。

温泉街の他の旅館と同じく顧客ターゲットを絞らず、団体客と個人客の両方を受け入れた。

そしてライバル旅館との競争から抜け出せないまま厳しい不況に直面し、経営が行き詰まった。星野リゾートは有楽の再生に着手すると、旅館を現在の姿へと変身させた。

新しく打ち出した戦略に従い、客室数を半分に減らして、全客室に露天風呂を備えるなど、高級化戦略を推進した。

そのほかにもさまざまな工夫を積み重ね、顧客満足度を高めた。ターゲットを絞ることで、運営は効率化され、コストも下がった。

長野県松本市の浅間温泉にある「貴祥庵」も星野リゾートが再生した。貴祥庵は旧経営陣時代から個人客にターゲットを絞った高級路線を取っていた。

しかし、その戦略が不徹底で、経営が行き詰まった。星野リゾートは従来の戦略を維持しながら、スタッフの意識改革を進めた。

その結果、同社が運営する全施設中、顧客満足度、利益率はトップクラスに向上した。

有楽、貴祥庵の再生で、星野社長が参考にしたのが、米国の経営学者、マイケル・E・ポーターの著書『競争の戦略』である。

星野社長が参考にした教科書『競争の戦略』著者:‥マイケル・E・ポーター出版社:‥ダイヤモンド社価格:‥5913円(税込み)企業の競争戦略を業界構造、ライバルの動向など幅広い視点から分析する。

競争戦略の基本書として定評がある

【抱えていた課題】Problem二兎を追い収益悪化

星野社長が星野リゾートのトップに就任した1990年代初め、旅館・ホテルを取り巻く経営環境は大きく変化しつつあった。

旅館に宿泊するお客様は、80年代中盤まで、旅行代理店が設定した旅行プランに乗った団体客が多かった。

貸し切りバスで観光地を周遊しながら、名物料理を食べて、旅館に宿泊する。そんなプランが人気を集めた。

ところが80年代後半から90年代に入ると、日本人の旅行スタイルは変化し、自分で旅行プランを考えて、宿泊先を選ぶお客様が増えた。その分、団体客は減った。

同じ時期に円高が進んだこともあり、海外旅行も特別なことではなくなった。日本人の旅行スタイルはどんどん多様化し、従来のような団体客は減り続けた。

旅館の多くは団体客の減少を個人客でカバーしようとした。個人客を増やしてお客様の数を維持できれば、収益に対する影響はないように見える。

だが、二兎を追うそのやり方には、大きな落とし穴があった。

旅館にとって、団体客向けサービスと個人客向けのサービスは違いがある。

例えば、団体客の食事は広い宴会場で、決まった時間内に同じサービスを提供することが重要である。

ところが個人客の場合、スタッフはお客様1人ひとりの好みや要求に応じて、きめ細かい対応をすることがポイントになる。

団体客と個人客の両方に対応することになった旅館は、2種類のサービス体系を準備しなければならなくなった。

旅館の経営者はスタッフの確保やさまざまなコストアップに頭を悩ませた。

やがて不況が続く中で、宿泊代の値引き競争が起き、収益を悪化させる旅館が増えた。

星野社長は強い危機感を持った。

お客様の旅行スタイルの変化に対応するためには、競合する旅館の動向を見極め、競争から抜け出す戦略を取る必要がある──。

業績改善のために戦い方を変えようと発想した。

 

【解決への取り組み】Breakthrough高級化を進めてコストも下げる

星野社長が競争を優位に進めるために参考にしたのがポーターの理論である。80年代の米国留学中、その理論に出合った。

「それまでの経営書はお客様視点に立ったマーケティングを強調するものが多かった。そんな中で、ライバルの動向こそが重要というポーターの理論は目からうろこで、強く印象に残った」

ポーターは、ライバルとの競争環境を踏まえながら戦略を組み立て、徹底する意義を強調する。

そして、企業がライバルとの競争で取るべき戦略を3つに分けて論じている。

コスト競争力で優位に立つ「コストリーダーシップ」、競争相手との違いを前面に出す「差別化」、特定の領域に自社の経営資源を集めてライバルに勝つ「集中」、の3つである。

ポーターはこの中から戦略を選んで、徹底するべきだと主張する。

星野社長はこの理論を参考にして、旅館を再生する戦略の取り方を次のように考えた。

「どんなターゲットに向かって『集中』していくのかをまず明確に決める。そのうえで、『コスト』で優位に立つのか、ライバルとの『差別化』を徹底するのかを二者択一で選び、徹底していく」

有楽の再生に当たっては、市場調査のデータを分析しながら、競合から抜け出す戦略を立てた。

選択したのは「集中」と「コストリーダーシップ」だった。

ターゲットを個人客に集中し、効率を高めてコストを下げ、上質なサービスの高級旅館として再生する。

その戦略を打ち出したのは、2つの理由からだ。

1つは、玉造温泉に個人客向けの高級旅館がなかったことである。

同じ方向を目指すライバルがいないので、有楽は自社のペースで新しい市場に切り込める。

もう1つの理由は、有楽の運営にムダが多かったことだ。

玉造温泉のほかの旅館と同じように団体客と個人客の両方を受け入れていたため、2種類のサービスを用意しなければならず、スタッフの配置や施設の準備に大きなムダが生じていた。

個人客に狙いを絞ることでサービスを一本化すれば、効率はアップして、コストリーダーシップを高めることができる。

高級化を進めてサービスを向上させるとコストが重くなるようにも思えるが、「サービスを2種類用意するロスのほうがはるかに大きい。仕事を兼務するなどの工夫によって、質の高いサービスを効率的に提供することはできる」(星野社長)。

有楽にはかつて団体客向けの建物と個人客向けの建物があったが、新しい競争戦略に合わせ、団体向けの建物は解体し、個人のお客様が楽しむ茶室を作った。

残した全客室には露天風呂を作った。客室数は半分になったが、収益性の高い高級旅館に生まれ変わった。

酒井聖総支配人は「お客様の満足度を高める工夫をさらに積み重ねていく」と語る。

長野県の浅間温泉にある貴祥庵の場合、旧経営陣は、個人客と団体客の両方を狙う方法に限界を感じ、個人のお客様向けの高級旅館を目指した。

建築雑誌に紹介されるほど高級感のある建物を作った。そこまでの戦略は合理的だった。

だがスタッフの働き方にムダが多かったため、貴祥庵は高級化戦略を効率よく実現できなかった。

サービスの質と業務の効率化が追いつかずに、経営が悪化した。

星野リゾートは貴祥庵の運営を引き受けると、効率を高めながら戦略の徹底を図った。

再生を指揮する植田耕司総支配人はスタッフの仕事の兼務を進めた。

同時に、スタッフの意識改革を進め、「自分で考えて動く」ことを伝え続けた。

貴祥庵は星野リゾートが運営するすべての旅館・ホテルの中で、顧客満足度、利益率がトップクラスになった。

【他分野への応用】Exampleユニクロの独自の競争戦略

ライバル企業との競争戦略について、星野社長が高く評価しているのが、「ユニクロ」のファーストリテイリングである。

同社は不況の中で大ヒット商品を次々に生み出し、小売り・アパレルの業界で1人勝ちを続けている。

国内で販売を伸ばすだけでなく、海外進出にも積極的である。

「ユニクロは衣料品市場の中でコスト面のリーダーシップを取っている。だが、お客様に対して、『安さ』だけを訴えているわけではない。そこに大きな特徴があると思う」

ユニクロは広告などを通じて製品の機能やデザインなどの新しい魅力をアピールしている。

「そのうえで、『これだけ魅力のある製品がこれほど安い』と伝える。そこにライバルに勝つ強さがある」(星野社長)。

ポーターの理論は、「競争を避ける環境」についても述べている。

競争相手がいない市場を選べば、価格面での自由度が高くなるため、収益性を高めることができるという。競争を避けることも重要な競争戦略の1つである。

外資系ホテルは旅館経営に参入しない星野社長は旅館業にその可能性を見いだしている。

日本ではこの10年ほどの間に、外資系ホテルが次々と進出してきた。

しかし、旅館の運営を本格的に手がけている外資系ホテルはない。

その理由を星野社長は次のように説明する。

「サービス提供の作業を分業化し、世界中で共通化するのが外資系ホテルのやり方。

だが、日本の旅館は部屋数が少ないため、外資流のサービス分業を導入しても、採算を取るのが難しい。

このため、外資系ホテルは旅館に参入しない」ポーターの理論を踏まえ、星野社長は旅館運営事業に自信を持っている。

2009年12月、星野リゾートは京都市に高級旅館「星のや京都」を開業した。

「星のや」ブランドを冠した旅館は軽井沢に続く2カ所目である。

今後、沖縄の竹富島、富士山周辺にも展開する。

 

教科書のエッセンス『競争の戦略』●企業が競争力を高めるためには、競合するライバルの動向に気を配る必要がある。

●企業の基本的な競争戦略には「コストリーダシップ」「差別化」「集中」の3つがある。

●業界構造の成熟度に応じて競争戦略を考えることで、ライバルに勝つ。

●ライバルの動向を見極めることで、競争を避ける戦略を取ることもできる。

●新規参入の際には、先行するライバルの戦略を見極める。

 

StrategyofHoshinoResort│#02

市場で埋没したリゾートを独自戦略で立て直す他社の追随をやめ、ニッチ市場を開拓周囲のライバルに押され、低迷していたリゾート。

その立て直しのためにターゲットを絞り込んだ戦略へと転換。

こだわりのサービスを積み重ね、不況下でもお客様を増やす。

 

子供連れファミリー客の満足度を高める「アルファリゾート・トマム」は、北海道のほぼ真ん中にある大規模な総合リゾート施設である。

広大な敷地内には4棟のタワーホテル、スキー場、ゴルフ場、レストランなどを備える。

スキーシーズンの客室稼働率は高く、最近は初夏から秋までの「雲海テラス」が新しい北海道の風景として人気を集めている。

トマムのメーンターゲットは、子供連れのファミリー客である。

その満足度を高めるために、きめ細かいサービスを展開している。

例えばスキーシーズンにゲレンデの一画に開設する「アドベンチャーマウンテン」は、小さなジャンプ台や迷路など、子供がスキーで遊ぶアトラクションを集めたゾーンだ。

親子で楽しみながら滑り、スキーが上達するという仕掛けだ。

ファミリー客の重視は冬だけではない。

敷地内のゴルフ場は子供のプレー代金が無料である。

ゴルフ歴のある親が同行すれば、全くゴルフをしたことがない子供もいきなりコースを回ることができる。

全室スイートの「ガレリア・タワースイートホテル」には、乳幼児連れのファミリーを対象にした「赤ちゃんスイート」がある。

スイートルーム内にベビーベッドがあり、絵本やおもちゃを多数置き、小さな子供を飽きさせない。

独自の家族向けサービスを積み重ねた結果、ファミリー層の顧客満足度は上昇し、集客力の向上につながっている。

リーマンショックをきっかけとして「100年に1度」と言われる不況が襲った直後、2008年末から09年初めの時期も、トマムの宿泊客数は前年に比べて10%も伸びた。

トマムがファミリー重視を打ち出した背景には、米国の経営学者、フィリップ・コトラーの「競争地位別戦略」という理論がある。

星野社長が参考にした教科書『コトラーのマーケティング・マネジメント基本編』著者:‥フィリップ・コトラー出版社:‥ピアソン・エデュケーション価格:‥3885円(税込み)競争地位別戦略などマーケティングについての基本的な理論を体系的に解説している

【抱えていた課題】Problem北海道の5大リゾートの中で埋没していたトマムはバブル前夜の1983年に会員制リゾートとしてオープンした。

会員権の販売を軸に施設の運営・整備を進めるビジネスモデルだった。

だが、90年代に入ってバブル経済が崩壊すると、そのビジネスは破綻した。

そして04年、星野リゾートがトマムの運営を引き継いだ。

北海道には、いずれも名前がカタカナ3文字の大規模リゾートが5つある。

トマムのほか、ニセコ、サホロ、キロロ、ルスツである。

北海道のリゾートでくつろぎたいと考える人は、これらのリゾートを比較して滞在先を選ぶ。

だからこそトマムを立て直すには、ライバルであるリゾートの動向や特徴をしっかり把握する必要がある。

そう考えた星野社長は調査会社を使い、トマムが北海道のリゾートの中でどんな地位にあるかを調査した。

その結果、浮かび上がったのは、「売上高、集客数などで、トマムはトップでも2番手でもない」という姿だった。

トマムは北海道のリゾートの中で埋没していた。

トマムが埋没してしまった理由はいろいろと考えられる。

例えば、トマムのスキー場は本州の多くのスキー場と比べた場合、規模が大きい。

しかし、北海道内には、トマムよりもさらに大きなスキー場を持つリゾートがある。

交通アクセスでも、トマムは有利と言えなかった。

北海道の空の玄関口である新千歳空港からのアクセスがトマムよりも便利なリゾートがあるし、ついでに観光することが多い札幌に行くうえでも、トマムよりもアクセスしやすいリゾートがある。

こうした条件を克服し、トマムを再生するために有効な戦略は何か。

それを考えるうえで星野社長が参考にしたのが、コトラーの競争地位別戦略である。

市場でのシェアに基づいて企業活動の方向を決め、収益を高めるという戦略である。

80年代にコトラーが提唱し、マーケティングの世界では幅広く知られている。

星野社長は80年代に米国に留学しているとき、この理論に出合った。

 

【解決への取り組み】Breakthroughフォロワー戦略を捨てニッチャー戦略へコトラーの競争地位別戦略論では、市場での企業の地位は4つに分かれる。

リーダー、チャレンジャー、フォロワー、ニッチャーである。

そして、それぞれの地位に応じて打つべき戦略の定石があるというのだ。

リーダーとは市場でトップシェアを持つ会社である。

チャレンジャーは市場シェア2番手の会社で、シェアを拡大するためにリーダーを攻撃する。

フォロワーも市場シェア2番手だが、市場に波風を立てずにリーダーを追走する。

ニッチャーは大きな市場でフォロワーになるのでなく、小さな市場でトップに立つことを目指す。

星野リゾートが実施した調査データは、北海道のリゾート市場でトマムがフォロワーとなっていることを示していた。

フォロワーの戦略は「リーダーをどのように追走するか」がテーマである。

ただし、市場で得られる利益は限られている。

このため「フォロワーの戦略は報われない場合も少なくない」とコトラーは指摘する。

かつて米ゼネラル・エレクトリック(GE)を世界最強と言われる企業に育てたジャック・ウェルチが、「自社の事業が当該市場で1位か2位にならなければ撤退させる」と言ったのも、このためである。

 

フォロワーのトマムは上位のリゾートに利益を奪われ、どんなに頑張っても今のままでは儲からない状態に陥っていた。

星野社長は「これ以上フォロワー戦略を続けるのは無理だ」と判断した。

だからといって、破綻したトマムが突然、リーダーやチャレンジャーになることはできない。

そこで小規模な市場でトップに立つニッチャーとして、トマムの戦略を練り直すことを決めた。

ターゲットとなるお客様を絞り込み、そのニーズに合ったサービスを充実させることで顧客満足度を上げる。

リピーターを増やしながら売上高を伸ばし、利益率を高める。

それがトマムの新たな戦略だった。

かつてスキーを楽しんだ人を狙うニッチ市場のターゲットとして注目したのがファミリーである。

星野リゾートの独自調査によると、日本ではスキー経験者が85%に達している。

スキーを楽しんだことのある人の比率は欧米と比べて非常に高い。

スキー経験者85%の内訳は、「現在スキーを楽しんでいる人」が25%で、若者が中心である。

北海道をはじめ、ほとんどのスキーリゾートは「現在スキーを楽しんでいる人」の取り込みに力を入れていた。

残りの60%は「かつてスキーを楽しんだが今はスキーをしない人」である。

この層の中心は87年の映画『私をスキーに連れてって』が巻き起こしたスキーブームの真っただ中に学生時代を過ごした人である。

多くの人が結婚し、子供が産まれ、仕事が忙しくなり、スキー場に足を運ばなくなっていた。

星野社長は、かつてスキーを楽しんだ親を持つファミリーにスキー場に来てもらおうと考えた。

ほかのスキーリゾートは積極的にアプローチしていない市場である。

そこに狙いを定めて、家族向けのサービスを充実させる。

星野社長はそう発想した。

スタッフはすぐに動き始めた。

綿密な調査データと明快な理論に沿って、スタッフはニッチャー戦略の実行に動き出した。

ファミリー客の満足度を高めるという戦略に合致したサービスを積み重ね、競合するリゾートとの差別化を図った。

近藤真弘総支配人は、「少しずつだが、ファミリーに対する取り組みが形になってきた」と語る。

ニッチ戦略にはスピード感が大事そこにはスタッフのアイデアが生かされている。

例えば、「アドベンチャーマウンテン」は、スキー場の大宮啓伸パトロール隊長を中心に、敷地内の地形を隅々まで知るスタッフの知識を動員して完成させた。

企画・広報を担当する山岸奈津子ユニットディレクターは、旅先でもストレスの多い母親がくつろげるように「ままらくだ委員会」を立ち上げた。

「赤ちゃんスイート」のサービスを練り上げたほか、15分単位で利用できる託児コーナーなど、新しい挑戦を続ける。

アクティビティユニットの星宏聡氏は親子で楽しめるイベント作りに知恵を絞る。

ターゲットを明確にしたサービスの充実で、トマムの集客力は向上した。

しかし、北海道の他のリゾートも最近、ファミリー向けサービスの充実を図っている。

星野社長は「ニッチ戦略を進めるにはスピード感が大事。

これまでにないファミリー向けサービスを投入し、ニッチ市場を早く押さえる」と語る。

 

【他分野への応用】Example同じスキーリゾートでも福島県では別の戦略星野リゾートは、市場での競争地位に基づいて、運営施設ごとに戦略を組み立てている。

福島県の「アルツ磐梯」はトマムと同じスキーリゾートだが、集客数では地域トップである。

このため採用すべき戦略はトマムと異なり、リーダー戦略である。

すなわち「需要の拡大」のほか、「価格競争に陥らないこと」「同質化(ニッチャーの打ち出してくる独自のサービスをすぐに取り入れる)」に取り組むことが大切になる。

この戦略に基づいて、アルツ磐梯は割引券の乱発による価格競争をやめた。

同時に、周囲のニッチャーのスキー場がそれぞれ打ち出していたサービスをすべて取り入れて、同質化対応をした。

この戦略で、旧経営陣の下で赤字が続いていたアルツ磐梯は黒字化した。

競争地位別戦略は幅広い分野で利用されている。

コトラーは著書の中でさまざまな事例を紹介している。

例えば、米国のテクノル・メディカル・プロダクツはトマムと同じニッチャーの戦略で成功している。

同社は病院用のフェースマスクを専門的に扱うメーカーである。

同社のマスクは医療関係者を感染から守る特殊な仕様のため、製造に手間がかかるが、利幅が厚い。

同社はこのニッチ分野にターゲットを絞った結果、マスク市場全体で大きなシェアを持つ2つの会社を抑え、米国の病院に最も多くのマスクを供給する会社になった。

この戦略を実現するため、同社は従来の一般用マスクの製造ラインを、病院用のマスクに切り替えた。

ニッチャー戦略がヒットし、ほとんど無名だった同社は、この分野でトップに立つ。

ニッチャー戦略で成功するためのカギを握るのは、市場と戦略の選び方である。

コトラーが挙げている例としては、製品を顧客ごとにカスタマイズする「注文製品専門化」、最高品質にこだわる「品質・価格専門化」、1つの流通チャネルのみに集中する「チャネル専門化」などがある。

教科書のエッセンス『コトラーのマーケティング・マネジメント基本編』●自社の戦略を立てるには、競合する他社との関係を知ることが重要である。

●企業は市場での地位に基づいて、「リーダー」「チャレンジャー」「フォロワー」「ニッチャー」に分けられる。

●市場での地位によって、企業の戦略は異なる。

●リーダーは、トップシェア企業として、「市場規模の拡大」「市場シェアの保持・拡大」などが重要な戦略となる。

●チャレンジャーは市場シェア2番手の企業として、シェアを拡大するためにリーダーや同規模の会社を攻撃する。

●フォロワーも市場シェア2番手だが、波風を立てずに「リーダーをどのように追走するか」がポイントになる。

●フォロワーの戦略は報われない場合も少なくない。

●ニッチャーは大きな市場でフォロワーになるのではなく、顧客、品質、価格、サービスを絞り込んだ小さな市場でトップに立つ戦略を立てる。

 

StrategyofHoshinoResort│#03「予約しやすさ」で他社と差別化するコモディティ化した市場で勝つ製品やサービスの品質による差別化が難しいとき、値下げではなく、「アクセスしやすさ」を向上させる──。

電話とネットの予約体制を見直すことで、宿泊客を増やした。

 

電話対応とウェブサイトを改善旅館やホテルの宿泊予約を取ることは、多くの旅行者にとって手間のかかる作業だ。

宿泊日や人数のほか、部屋のタイプ、食事の有無などさまざまな情報を伝える必要があるからだ。

伝える内容は思いのほか多く、予約を終えるまでにそれなりの時間がかかるケースが少なくない。

星野リゾートは宿泊予約時のお客様の負担を減らすため、電話とインターネットの両面から予約プロセスの改善に取り組んでいる。

電話による予約については、専用のコールセンター「統合予約センター」を那覇市に持っている。

この統合予約センターは「星のや軽井沢」(長野県)、「リゾナーレ」(山梨県)、「アルツ磐梯」(福島県)など、星野リゾートが運営する旅館・ホテルの電話予約を一括して受け付けている。

統合予約センターでは約20人のスタッフが働く。

予約を希望するお客様の電話を受け、専用システムを使ってスピーディーに対応をする。

会話などのトレーニングを積んだプロがそろっている。

このシステムでは、旅館やホテルごとの予約状況が詳細に画面表示される。

各施設の最新のサービス内容などが分かるシステムも用意されている。

スタッフはお客様の要望を聞きながら、最新状況を確認して、予約内容を入力していく。

インターネットからの予約に関しては、サイトの使いやすさの向上に力を入れている。

約100項目のチェックポイントを設定し、サイト作りに生かしている。

例えば、旅館やホテルの写真をサイトに掲載するときには、「イメージカット」でなく、実際の施設の内容をできるだけ具体的に伝える写真を選ぶなど、細かな点にもルールを決めている。

星野リゾートがお客様のアクセス改善に力を注ぐ背景には、米国の経営コンサルタントであるフレッド・クロフォードとライアン・マシューズが著した『TheMythofExcellence』がある。

星野社長が参考にした教科書『TheMythofExcellence』著者:‥FredCrawford,RyanMathews出版社:‥CROWNBUSINESSコモディティ化から抜け出す戦略を解説。

写真はハードカバーだが、ペーパーバックもあり比較的簡単に入手で

【抱えていた課題】Problemサービスだけでは差別化が難しい時代に星野リゾートは1990年代から経営改革を進め、社員の自主性を重視することでモチベーションを高め、サービスの質を向上させた。

ハードの整備も着実に進んでいた。

その過程で星野社長が気づいた大きな経営課題があった。

それは「コモディティ化」だ。

サービスや製品の品質による差別化が難しくなることである。

業種を問わず、成熟した市場では避けられない現象だ。

「一昔前なら、一流ホテルはロビーに入った瞬間から素晴らしい雰囲気で、サービスの良さも際立っていた。

しかし多くのホテルがサービス水準を引き上げたため、どのホテルも大きな違いがなくなってきた。

その中で、お客様に星野リゾートの施設を選んでもらうためにはどうすればいいのか」こう悩み始めた星野社長は、ある日、経営学者フィリップ・コトラーの講演会を聴き、コモディティ化を抜け出すヒントを得た。

コトラーはこの講演で、高い評価を得てきた自著『マーケティング・マネジメント』について、「長く通用してきたが、大きな環境変化が起きた。

もう通用しない。

変化に合った新しい理論が必要だ」と語った。

そして「今後のヒントになる本」として数冊の書名を挙げた。

悩んでいた星野社長はコトラーが紹介した本をすべて読んだ。

その中にあったのが、『TheMythofExcellence』である。

お客様は手間をかけずに手に入る製品を選ぶそこにはコモディティ化を乗り越える戦略が具体的に書かれていた。

星野社長は「これこそ探し求めていた教科書だ」と飛びついた。

特に感銘を受けたのは、製品・サービスへのアクセスについての記述である。

製品やサービスの質に差がなくなったとき、お客様は買いやすい会社、手間をかけずに安全に早く欲しいものが手に入る会社を選ぶ──。

星野社長は同書のこんな指摘に衝撃を受けた。

「コモディティ化が進んでも、アクセスを高めることで他社に差をつけて勝つ。

そんなビジネスモデルがあることを知った」。

 

【解決への取り組み】Breakthrough「片手間」でなくプロの手で抜本的改革旅館・ホテルを経営する会社では、施設ごとに専門の電話予約受付スタッフを置くケースが多い。

しかし、このやり方は予約スタッフの待ち時間が長く、非効率である。

星野リゾートは、各施設ごとにフロントや客室清掃など複数の仕事を兼務することによって業務効率を上げてきた。

しかしアクセスの重要性を知った星野社長は、予約受付業務を施設別に行うのではなく、統合する形で抜本改革する必要を感じ、手を打った。

まずは電話で宿泊予約するお客様のアクセスを改善するために、統合予約センターを新設し、日本各地に持つ旅館・ホテルの電話予約を一括して受ける形に変えた。

そこで働くスタッフは会話のトレーニングなどを積んだ電話対応のプロである。

統合予約センターは1カ月に約1万件の宿泊予約を扱う。

情報システムの整備やマニュアル作りを一歩ずつ進めた結果、お客様が宿泊予約までに必要な電話の時間は短くなった。

例えばリゾナーレの場合、ホテルで電話を受けていたときに約3分30秒かかっていたのが、センターへの移行後は約2分30秒へと短縮された。

野口伸治センター長は「宿泊を希望するお客様の質問にすぐに答えられるように、常に最新情報が分かる仕組みをつくっている」と語る。

 

サイト画面の改良へ「視線の動き」を測定インターネットの宿泊予約ページの見直しも進めた。

予約ページの使いやすさをチェックするために、外部の専門会社を使い調査を実施する。

調査では、お客様が予約ページを見るとき、「画面のどこを見るか」をアイトラッキング(視線追跡)という手法で測定する。

使いやすさだけでなく、サイトを訪れた人が実際に予約してくれる確率を高める改善も実施する。

「画面のどんな点に注目したのか」「注目した点が予約につながったのか」「予約してもらえなかった場合、その理由はなぜか」を分析し、改善につなげる。

「ホームページ内での予約ボタンの置き方や写真の使い方を変えるだけで、宿泊予約の件数は大きく変わる」。

旅館運営事業を担当する黄日錫WEBディレクターは、こう説明する。

「業界の常識」を捨てるアクセスを改善するために、「業界の常識」からも抜け出した。

旅館・ホテルは「自社の電話予約」「自社のホームページ」「インターネットの旅行サイト」「旅行代理店」など、さまざまな販売ルートを持ち、それぞれバラバラに売るケースがほとんどである。

この場合、お客様は空室を持つ販売先にたどり着くまで、何カ所もアプローチしなければならないことがあり、不便である。

星野リゾートは販売ルート別の宿泊予約を一括管理するシステムを導入した。

「自社の電話予約」「自社のホームページ」「インターネットの旅行サイト」などの予約管理を一体化し、それらの分については「どの日が空いているか」がすぐに分かる。

「星のや軽井沢」の場合、宿泊予約件数のうち8割は新しいシステムを経由している。

グループ情報システムを担当する久本英司ユニットディレクターは「お客様にとって便利な仕組みをつくるために、ITをフル活用している」と語る。

星野社長は「お客様にとっての理想は、泊まりたい施設の希望する部屋を瞬時に予約できること。

その実現に向けてアクセスを良くすることが競争力になると確信している」と語る。

新しく運営を開始した施設の顧客満足度向上に直結統合予約センターは、星野リゾートが新しく運営を委託された施設のサービス向上でも大きな役割を果たしている。

ウトコディープシーテラピーセンター&ホテル(高知県室戸市)はフランスの海洋療法「タラソテラピー」と17室のホテルの複合施設である。

タラソテラピーに室戸沖の海洋深層水を使い、女性のお客様の人気が高い。

星野リゾートは施設の所有会社から委託され、2009年から運営している。

客室数が多くないため、それまではスタッフが予約業務を他の仕事と兼務していた。

だが、どうしても片手間になりがちで、ときにはお客様からの問い合わせに対して、スタッフが迅速な対応ができないこともあった。

星野社長はこの問題点を見抜き、ウトコの運営を開始すると間もなく、予約業務を統合予約センターに移した。

その結果、お客様の利便性が高まり、予約件数が増加しているだけでなく、顧客満足度の向上に結びついている。

スタッフは予約の仕事がなくなったことで、別の業務に注力できるようになった。

日生下和夫総支配人は「星野リゾートの持つさまざまな仕組みを生かすことによって、施設の魅力をさらに高めていく」と語る。

 

【他分野への応用】Exampleマクドナルドはアクセスで他社を圧倒コモディティ化はホテル・旅館業界だけでなく、市場が成熟したさまざまな分野に共通する大きな課題である。

アクセスを強化することによって大きな成果を上げた事例として、『TheMythofExcellence』が挙げているのが、ハンバーガーチェーンのマクドナルドである。

マクドナルドの店舗は世界中を網羅するかのような勢いで増えてきた。

「マクドナルドは、どんなところにある店舗であっても、全く同じように、すぐに、手軽にハンバーガーを買うことができる。

アクセスという面では、マクドナルドは他のハンバーガーチェーンを圧倒している」(星野社長)同書はアクセスを強みにする製造業の事例として、パソコンメーカーの米デルの事例も紹介している。

デルはインターネットを経由した販売手法を磨くことによって、競争力を高めた。

同書はほかにも多数の企業の事例を紹介している。

しかし、日本であまりなじみのない米国企業のケースが少なくない。

このため、星野社長は社内の研修でこの本の理論を紹介するとき、独自に日本企業の事例を当てはめた資料を作り、社員に説明している。

「内容を理解したうえで、どんな企業がその理論に当てはまるのかを自分なりに考えると、さらに理解が深まる」同書のユニークな点は「アクセスの重要性」を指摘したことだけではない。

他社との競争戦略について、オリジナルな視点に基づいた実践的なアドバイスが目立つ。

星野社長は「論理が非常に明快であり、経営の参考になる点が少なくないと思う。

あまり知られていない本で、日本語訳はない。

しかし、英語でも読んでみる価値は非常に大きいと思う。

それほど面白い本だ」と強調する。

教科書のエッセンス『TheMythofExcellence』●サービスや製品の品質で差別化ができないとき、「アクセス」を高めることによって、他社と差別化ができる。

●アクセスを高めるためには、お客様との関係を3段階に分けて考える。

●第1段階では、お客様が急いでいるときに、スピーディーに買うことのできるサービスと情報を提供する。

●第2段階では、「ボタン1つで買える」など、お客様が使い勝手よくアクセスができるようにする。

●第3段階では、お客様に対して「今こういうものを買ってはいかがですか」などの提案をする。

 

StrategyofHoshinoResort│#04「変えない」でお客様の心をつかむ長期的な視点で売上高を伸ばすブームが去って売上高が落ち込んだ商品にどうテコ入れすべきか──。

商品のラインアップを広げず、じっくり業績を伸ばす戦略を守った。

味をしっかり覚えてもらうことで、リピーターを増やしている。

 

「1つだけの味」にこだわる長野県軽井沢町の地ビールメーカー、ヤッホー・ブルーイングが好業績を続けている。

ビール消費量の長期的な低迷、「100年に1度」と言われる不況という悪条件にもかかわらず、ヤッホーは業績を伸ばしているのだ。

同社の2009年11月期の売上高は8億円に達した。

営業利益は4期連続で伸びている。

ヤッホーは星野リゾートの子会社である。

ビールの製造から販売までを一貫して行う。

ホテル・旅館運営を手がける星野リゾートのグループ内では異色の存在である。

1996年に設立され、2008年まで星野社長がヤッホー社長を兼務していた。

地ビールメーカーは国内に約240社あると言われる。

その中でヤッホーは売上高がトップクラスで、営業利益は群を抜いて高い。

ヤッホーのビールはすべて「エールビール」である。

大手メーカーのラガービールとは発酵方法が違う。

エールビールは香りとコクの深さが魅力である。

売上高の5割を占める大黒柱「よなよなエール」は350ミリリットル缶入りで1本260円(税込み)。

花札など日本的なモチーフを使った缶のデザインが印象的だ。

主な購買者は40代のビール好きの男性であり、リピーターが多い。

現在は業績好調なヤッホーだが、製品の個性が市場に受け入れられるまでには時間がかかった。

長らく販売が低迷し、赤字が続いた。

同社がピンチを乗り越えて成長軌道に乗った背景には、マーケティングの専門家として知られるアル・ライズらによる『マーケティング22の法則』という教科書がある。

星野社長が参考にした教科書『売れるもマーケ当たるもマーケマーケティング22の法則』著者:‥アル・ライズ、ジャック・トラウト出版社:‥東急エージェンシー出版部価格:‥1529円(税込み)マーケティングにまつわる理論を22の法則で解説。

やや古い事例が多いが、基本的な考え方は現在でも通用する

【抱えていた課題】Problemブームの終焉で売上高が減少星野リゾートはヤッホーを設立すると、10億円をかけて、本格的な醸造所を整備した。

その投資額は当時の星野リゾートの年商の半分近くに当たる。

地ビール事業に対する意気込みはそれだけ強かった。

星野社長は1980年代の米国留学中、規制緩和によって全米各地に誕生した小規模なビール会社(マイクロブルワリー)が、大手メーカーは手がけないエールビールという分野で成長する姿にインパクトを受けた。

日本で90年代に地ビール製造が解禁になると、すぐに参入を決めた。

旅館・ホテル運営の星野リゾートがビール製造という異業種に進出することには別の狙いもあった。

星野リゾートは当時、軽井沢だけで事業を営んでいた。

集客数は季節によって大きく変動し、近くの浅間山が噴火した場合、お客様が減少する不安もあった。

星野社長は事業の内容や地域を広げてリスク分散を図ろうと考えた。

大手メーカーとは違う。

他の地ビールメーカーとも違う星野社長はヤッホーの設立に当たって、「少数でも『この味が好きだ』という層をつかまえればビジネスになる」と発想した。

それまで日本になかった味のエールビールを全国の家庭に販売する戦略を立てた。

大手メーカーと競争するのではなく、最初から新しいニッチな市場のトップに立つことを目指したのである。

他の地ビールメーカーは、醸造所付設のビアレストランを持つなど、「町おこし」の延長線上にある会社がほとんどだった。

これに対して、ヤッホーはレストランを持たなかった。

販売ルートは星野リゾートの施設に頼らず、スーパーなどが中心だった。

全国の家庭に売るために、配送しやすい缶入りに絞り、価格はナショナルブランドを意識して決めた。

ヤッホーはナショナルブランドのビールと差別化するために、商品のイメージづくりでも独自性を出した。

製造方法の違いを印象づけるために商品名に「エール」という言葉を入れた。

家庭でビールをよく飲む40代男性の好みに合わせて、缶に日本的で個性的なデザインを取り入れた。

満を持して97年に発売した「よなよなエール」は大ヒットした。

だが、ヒットの理由は戦略の正しさではなかった。

地ビールブームに乗っただけだった。

99年をピークにブームが去ると、「よなよなエール」は他の地ビールと同じく急速に売り上げが落ち込み、ヤッホーは2000年の決算で売上高の減少に直面した。

 

【解決への取り組み】Breakthrough見込み客にただ1つの言葉を植えつけるブームの終焉で地ビールメーカーはいずれも青息吐息になった。

ヤッホーも販売の落ち込みが止まらなかった。

広告宣伝費の削減や販売体制の縮小で01年の決算は黒字を確保したが、売上高は下げ止まらず、02年の決算は赤字になった。

販売の落ち込みをカバーしようと、多くの地ビールメーカーは製品のラインアップを広げた。

1つのブランドの下に、やや軽い飲み口の「ライト」、味わいの異なる「黒」などのビールを作った。

「味を増やす」ことで新しい需要を掘り起こそうと考えたのである。

ヤッホーのスタッフも同じことを考え、会議で星野社長に提案した。

「ウチでもやりましょう。

取引先から『よなよなエール』はラインアップを増やしたほうがいいという声が来ています」「お客様はもっといろいろな味を楽しみたいのではないでしょうか。

『よなよなエール』の新タイプを作りましょう」しかし、星野社長は首を縦に振ろうとしなかった。

「よなよなエール」のバリエーションはいつになっても増えなかった。

売上高がさらに落ち込んでも、星野社長は考えを変えなかった。

よくあるマーケティング上の誤解このとき、星野社長の頭にあったのが、ライズらによる経営書『売れるもマーケ当たるもマーケマーケティング22の法則』である。

ライズは同書で、よくあるマーケティングの誤解を指摘し、効果的な製品作りに必要な法則をまとめている(『教科書のエッセンス』参照)。

企業は売り上げを増やそうとして、製品のラインアップを増やそうとすることが多い。

しかし、ライズによると、「短期的に見ると、製品ラインの拡張は常に売り上げを増大させる」が、「長期的な効果は無残」で、結果として売り上げが大きく落ち込む。

そして、「マーケティングにおける最も強力なコンセプトは、見込み客の心の中にただ1つの言葉を植えつけることである」と主張する。

「この味」というメッセージを送り続ける星野社長はこう振り返る。

「1つのブランドでいろいろな味を出すのは絶対にマイナスになる、とこの本で確信した。

売り上げが落ちていても、『よなよなエールはこの味だ』という同じメッセージをしっかり伝えることのほうが大事だと考えた。

だから味を増やさなかった」ヤッホーのスタッフの多くは星野社長の薦めで同書を読んでいた。

ライズの理論は社内で「共通言語」になっていた。

しかし、なかなか売り上げが回復しない状況を前に、スタッフの中には、「本当に大丈夫なのか」と不安を感じる人もいた。

それでも星野社長は考えを変えなかった。

ライズは同書で「マーケティングの効果は、長い時間を経てから表れる」と指摘しているからである。

ヤッホー設立直後からのスタッフの1人で、現在はヤッホーの経営を任されている井手直行社長は、「とにかく信じてやっていこうと思った」と語る。

ヤッホーは味のバリエーションを増やす代わりに、製造工程を見直すことなどによって品質を向上させる工夫を続けた。

同時に、インターネット販売など新しい取り組みをスタートさせた。

地道な努力の積み重ねによって「よなよなエール」は固定ファンを少しずつ増やした。

03年の決算には売上高はわずかながらプラスに転換した。

この勢いは次第に確かなものとなり、業績は伸び続けた。

味の魅力を知ったリピーターが増えるとともに売上高は伸び、05年に黒字に戻った。

ヤッホーはエールビールというニッチな分野を確実に切り開いた。

「よなよなエール」はラインアップを拡張せず、たった1つの味を守り続けることで、淡々とファンを増やした。

その分かりやすさが今の好業績につながっている。

変えないことは正解だったのである。

 

【他分野への応用】Example1つのターゲットに1つのブランドを使うホテル業で星野社長が注目しているのが、世界中に施設を持つインターコンチネンタルホテルズグループである。

同グループは最高級のラグジュアリーブランドとして「インターコンチネンタルホテル」を持ち、ハイグレードなサービスを共通化することによって、お客様の高い評価を得ている。

同グループはそのほか「クラウンプラザホテル」「ホリデイ・イン」「ホリデイ・インエクスプレス」というホテルチェーンも持つ。

それぞれが明確にターゲットを定めて、サービスメニュー、建物や内装、価格帯などを設定し、違う顧客層を引きつけている。

全体としてさまざまなお客様を増やすことに成功している。

世界的なホテルグループには、このほかマリオットやハイアットなどもあるが、インターコンチネンタルグループのほうが客室数はずっと多い。

星野社長は「インターコンチネンタルの成功の背景には、ブランディングの成功があると思う」と語る。

星野リゾートにとってブランディングは、ビール事業だけでなく、旅館・ホテル事業でも重要なテーマだ。

星野リゾートはこれまで、運営施設の名称を統一してこなかった。

もともと他社が運営していた旅館・ホテルが多いため、建物やサービスの中身、価格帯などは施設によって違う。

だから、「星野リゾート○○」という共通名称をつけても、統一したブランドイメージを形成することはできないと判断していた。

一方、同一ブランドによる施設の展開にも取り組み始めた。

高級旅館「星のや」である。

星野社長は、「星のやという名前は、圧倒的な非日常感があり、世界のトップクラスのリゾートと同じサービス水準を提供する旅館だけに使う。

安易に星のやという名前はつけない。

それもこの本から学んだ」と説明する。

ところが近年、新しい課題が発生している。

施設数が急速に増加し運営効率は高まっている一方で、グループ全体として集客面でのスケールメリットを活かせていない点だ。

星のやブランドの展開は理論通りではあるが、欠点として他の施設との相乗効果が図れていない。

この経営課題に対応するための教科書として、星野社長は『ブランド・ポートフォリオ戦略』(『星野社長が参考にした戦略の教科書』参照)を見つけ、現在、この本を持ち歩いて熟読中であるという。

教科書のエッセンス『売れるもマーケ当たるもマーケマーケティング22の法則』●ある市場に最初に参入することで、他社よりも優位に立つことができる。

●あるカテゴリーでトップになれない場合、カテゴリーを見直し、トップに立てるような新しいカテゴリーをつくる。

●見込み客の心をつかむためには、焦点を絞り込んだ販売戦略が重要になる。

●焦点を絞り込んだ販売戦略が効果を発揮するまでには、時間がかかる。

●製品ラインアップの拡張は短期的にうまくいっても、長期的にはマイナスに働く。

 

星野社長が参考にした戦略の教科書教科書を使う留意点を教える『戦略サファリ』著者:‥ヘンリー・ミンツバーグ、ジョセフ・ランペル、ブルース・アルストランド出版社:‥東洋経済新報社価格:‥3990円(税込み)経営学の戦略論を10学派に分け、ユニークな視点から分析する戦略の重要性を説き刺激的『ストラテジック・マインド』著者:‥大前研一出版社:‥プレジデント社価格:‥1890円(税込み)日本の経営に欠けていた戦略的な思考の重要性を伝える。

「大前氏の代表作」ブランド展開の方法を知る『ブランド・ポートフォリオ戦略』著者:‥デービッド・A・アーカー出版社:‥ダイヤモンド社価格:‥3990円(税込み)星野リゾートは高級旅館から団体客の多いカジュアルなホテルまでさまざまな施設を運営している。

多様な施設をどうブランディングしていくか。

その課題を解決するために星野社長はこの本を読み込んでいる日本有数の教科書の書き手『競争優位のブランド戦略』著者:‥恩蔵直人出版社:‥日本経済新聞出版社価格:‥2243円(税込み)星野社長は恩蔵氏のマーケティング関連の著書をいずれも高く評価社員との勉強会で読み込んだ『マーケティング戦略』著者:‥恩蔵直人、和田充夫、三浦俊彦出版社:‥有斐閣価格:‥2100円(税込み)マーケティングの入門書。

「取っつきにくそうな本だが、内容は非常に優れている」

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