自らの事業に専念せよ
F社は、スーパーまがいの食品雑貨店であった。経営不振だから手伝ってもらいたいという紹介者を通してのお話だった。
その紹介者から、F社長はある道徳組織の地区の責任者だということをお伺いしていた約束の日― それは十一月のことであった。朝、そのスーパーの前で店舗を一目見た瞬間に、あきれ果ててしまった。
店に向かって左側に、張出しがあり、そこには園芸用品が並べてあった。右側の張出しには、何と金魚鉢が並べてある。むろん金魚はいない。
そして、正面のガラス張りの壁の内側にはゴザがズラリと並べてあるのだ。十一月だというのに、この季節外れの商品を陳列しているとは何事であろうか。
店の中に入ってみたら、乱雑極まる陳列である。化粧品の瓶には、ホコリがついている。通路にはカートンが放り出してある。そのくせ、バックヤードはガラガラである。
三階の奥に社長室があった。入ったトタンに目についたのは、右側の欄間に貼ってある貼紙の文句である。ク誰が正しいかではなくて、何が正しいかクというのである。
それを見た瞬間に私は頭にきたどころではない、トサカにきてしまった。いきなり初対面の社長をツルシあげた。
「社長、この貼紙の文句は何だ、とんでもない心得違いだ。事業経営では、「何が正しいか、ではなくて誰が正しいか」だ。誰とは、いうまでもなく社長だ。会社は社長一人ですべてが決まってしまうのだ。それが分からず、自らを正そうとしないから会社は赤字なのだ。社長は道徳推進組織の世話役をやっているということだが、それが根本的に問遅‐1)ている
社長業というものは、 一年三百六十五日、 一日二十四時間、すべてを投入しても、まだ十分ではないのだ。その社長業を放り出して何が道徳指導か。こんな汚い店は日本中に無い。そして今、赤字である。このままいったら間違いなく倒産である。社長は道徳指導など止めて、倒産に瀕している会社を再建することこそ道徳の実践ではないのか。
とはいえ、あなたがどうしても道徳指導をしたいというなら、社長は誰かに譲ってからにすべきだ。それならば私はその社長のお手伝いをしましょう。いまは社長のいない会社だから、私はお手伝いをしたくともできない。
道徳指導をやめて事業に専念するか、事業を新しい社長に任せて自らは道徳指導をするか、どちらにするかを次国の私のお手伝いの時までに決めておいていただきたい。そのどちらもできないのなら、私はお手伝いを辞退するより外にない。今日はこれで失礼します」
と会社を辞去したのである。
次回の約束の日に再度訪問し、「どちらに決めましたか」と聞いたところ、「道徳指導の適当な後任者がいないので……」という。道徳指導をしたいのだ。もう何をかいわんや、である。私は何もいわずに辞去したのである。バカにつける薬はないのだ。
数年後、その町を訪れたとき、タクシーの運転手に頼んで回り道をして、店はどうなったかを見た。店のあったところには、ビジネスホテルが建っていた。
某社に参上した時、社長が県会議員に立候補するというお話を伺い、私はお手伝いを辞退したことがある。社長は、政治には関与すべきではない。あくまでも経済的活動で社会に奉仕すべきだという私の信条だからである。
人材待望論の誤りを知れ
M社にお伺いした時に、真先に目に入ったのは、事務所の壁に貼ってある大きな紙に書かれた標語であつた。いわく「一人一人が経営者」と。
これが、社長の搾取思想のあらわれであり、低業績の原因である。社員の待遇しか与えておかずに、経営者の意識を要求する。これが搾取でなく何であろうか。そして、人材待望論も同様である。
M社長いわく、「企業は人なりといわれています。だから、私は人材育成に執念を燃やしています。私の念願とするところは、社員全員が課長の能力を身につけてもらうことです」と、これが搾取の理論なのである。
全員課長の能力を身につけても、全員課長になれるわけではない。大部分の人は平社員のままだ。能力は課長、待遇は平社員、みな会社を去ってしまう。これでは会社はやっていけない。ここに論理の矛盾がある。その矛盾に気がつかないのが「搾取の思想」なのである。
だいたい、人材教育という考え方からしておかしい。人材というのは、誰にも教育など受けなくとも、自分で勉強し、自分で努力して自らを高めてゆくものだ。
教育を必要とする人は、教育を受けても、効果はあるだろうが人材にはならない。人材とは、教育を必要とする人ではなくて、自ら努力し、自らを高めてゆく人なのである。
こういう人材は、いつまでも会社にいない、やがては独立して会社を出てゆく人である。人材は教育でつくることはできず、もしいたら、やがては会社を出てゆくのだ。だから会社の中には人材はいない、というのが社長としての正しい認識である。
とするならば、社長は人材待望論を捨てなければならない。人材は一切期待せず、自らが懸命に努力するより外はない。
すると、社長の懸命の努力を見習って懸命に努力する社員が必ず出てくる。そして、人材に育ってゆく。この人材は本物である。社長が絶対に信頼できる人材である。
人材に関する正しい認識は人材は期待しても教育しても得られない。社長自らが懸命の努力をすることによってのみ得られる、というものである。
我社の商品の信頼性とサービスはよいか
0社は小型モーターのメーカーである。
朝、迎えに来られた0社長と会社へ行った。門を入って守衛所を過ぎたところで車を止めた社長は、「一倉さんに見ていただきたいものがあります」と。案内されたところは守衛所の裏手にある小さな建物であった。
入回の扉の上に「拷問室」と書いてある横札があった。扉を開けた途端に、ムッとした熱気だ。その上凄い湿気をおびている。
室内には、テスト中のモーターがたくさん回っていた。水平のもの、垂直のもの、カムを使ってガタガタ振動を与えているものなど多様で、それぞれかなりの負荷をかけた状態で回されていた。すべて無期限の連続運転だという。なるほど拷問室である。故障して動かなくなったモーターは研究室で細密分解してしらべるのだという。定評のある0社のモーターは、こうして生れたのである。寿命試験こそ正しいのだ。
世界の一流品としてお客様に信頼されているキトー製作所のチェンブロックの秘密はどこにあるのだろうか。
チェンブロックは、チェンが切れたら総てパーである。それは、フラッシュバット溶接(電気溶接の一種)で作られるのだが、そのテストは、「引張り試験で溶接の部分が切れないこと」というのが合格の条件であるという。
溶接箇所が切れずに素材の部分が切れたのなら、素材の材質を変えるか太くするかで簡単に解決するからである。見事に急所を押えた試験法である。
この試験法には、実は社長の姿勢が反映されているのである。
品質管理という考え方がある。「品質基準を設定して、この基準にもとづいて検査を行い、合格すれば良品、合格しなければ不良品とし、不良品は使ってはならない」というものである。これは「良品であれば誰からも文句をいわれる筋合いはない」という思想につながっている。
この品質管理の思想は、管理的には正しいが経営的には間違っている。
商品というものは、お客様が使ったり食べたりするものだ。いくらメーカーの検査に合格したものであっても、使ってみて不具合だったら、「こんな物はダメだ」とか「安心して使えない」ということになって商品としては失格なのである。
前者の立場を「作る側の理論」といい、後者の立場を「使う側の理論」という。商品の良否は、使う側の理論によって決まるのであって、作る側の理論ではない。
作る側の理論を「品質理論」といい、使う側の理論を「信頼性理論」という。すべての商品は信頼性が不十分のおそれがある。使ってみなければ分からないからである。
それでは手遅れなので、作る側で事前に使ってみるのが一番よい。もう一つの方法に「虐待試験」というのがある。実際に使われる条件と思われるものより苛酷な条件のもとで試験をすることである。そして、虐待試験の究極は寿命試験(イフ・テスト)である。
本田技研で初期に行った走行試験は、オートバイのことを全く知らない人をテスト・ライダーとして、東京の本社と浜松製作所間の書類の搬送を兼ねてテストを行ったという。
全くの素人…… つまり一般のお客様と同一条件の人が乗った走行試験だから意味があるのだ。その結果、設計時には全く考えられない箇所が故障することが多かったという。
信頼性管理というのは、技術の問題ではない。社長の姿勢の問題である。お客様に対する正しい姿勢なのである。「自分は技術のことは分からないから技術者に任せる」という態度は間違っているのである。自分で使ってみるか、お客様のところへ出かけて教えてもらえばいいのだ。
この姿勢は、クレーム処理の姿勢につながるものであることは、いうまでもない(これは、非常に重要なので別に一項を設けて述べることとする)。
ところで、サービス業(だけでなく、総ての業種で)の信頼性管理はどうしたらいいのだろうか。極めて簡単である。
社長自らがお客様を訪問してもらえばいい。そこには、お客様に教えていただかなければ分からない我社の弱点、盲点がゴマンとあるのだ。これは、我社繁栄の道を教えてくれるものである。
高賃金主義こそ本当
P社は、長野県の諏訪にある優良企業である。
諏訪地区は、数々の大企業、有名企業が工場を持っているために、賃金水準は日本で最も高い部類に属する。その中で高業績をあげているから立派である。
諏訪から十キロか十五キロ離れると、賃金水準はガックリ安くなる。それなのに、諏訪に頑張って動かないのである。その理由についてP社長は次のように私に語った。
「賃金の安い田合に工場を移したら、たしかに有利です。だから諏訪市の中の中小企業でそうする企業もいくつかある。しかし私はそうしない。もしそうしたら、その有利さの上にアグラをかいて、私の経営の態度が甘くなるに違いない。
その結果、かえって業績を落すかもしれません。それが恐ろしいのです。高賃金の中で、しかも労働組合の強いこの地区で高業績をあげてこそ、私の経営は本物です」というのである。
P社の高業績は、この社長の態度から生れるのだ。本当に立派な方だと思う。賃金は、企業にとってはコストである。だから安いほうがいい、といえるだろうか。賃金は、社員にとっては生活の源資なのだ。社員の生活を考えるなら、安いほうがいいとはいえないのだ。会社の力のある限り高くしてやるべきである。
少なくとも世間並は……である。安い賃金では、人は決して一生懸命に働こうとはしないものである。これでは安くても何にもならないではないか。賃金が安いということは、別の面から考えればそれは搾取である。搾取の上には決して立派な会社はできないのである。ここなのだ。ここをP社長が言っているのである。
だから、高賃金が正しいのである。といっても、高すぎてもいけない。社員の為にならないからである。
ある会社では、業績がいいので、税金でとられるよりは、 一生懸命会社のために働いてくれる社員の賃金をあげたほうがいい、ということで大幅な賃上げをしたところ、会社にホンワカムードが広がって、モラルは衰え、欠勤が多くなってしまった。それだけではない。ギャンブルにのめりこんで家庭を破壊してしまった社員まで出たのである。
ある日のこと、ある社員の奥さんが子供をつれて会社を訪れ、社長に面会を求めた。そして社長室に入ると泣きだしてしまったのである。
事情を聞いてみると、主人がギャンブルにのめり込んで給料を家に入れないどころか、貯金まで下ろしてのギャンブル狂いである。
明けても暮れても、夫婦ゲンカである。奥さんは親元や知人に金を借り、着物を質に入れてのやりくりも限度にきてしまった。
「以前はいいお父さんで、家庭は平和だった。それが、社長さんが給料を上げて下さったばかりに、家庭はメチャクチャになってしまいました。私は社長さんを恨みます」というのである。
それに対して社長は返す言葉がなかったという。「社員のためによかれと思ってやったことが裏目に出てしまいました。賃金は、ただ高ければいいというものではありませんね。仕方がないから賃金は銀行振込としました。こうすれば、引出す時にいくらかは残してくれるかも知れないからです」と。
では、賃金はいくらくらいがいいのだろうか。私の経験からの現在の考えは、同地区のモデル賃金の十%高である。多くの社長さん方の意見も、ほぼこれくらいである。
ところで、賃金の銀行振込という便利な方法は、単に便利さの反面、社員には情ない思いをさせているのをご存知だろうか。M社長の話を紹介しよう。
賃金の銀行振込を始めて間もなくの頃、ボーナス支給日の数日前に管理職の社員が二人で、「社長にお願いがあります」と申し出てきた。
「ボーナスは今年も銀行振込ですか」という。「そうだ」と答えると、「わがままをいって申しわけないが、ボーナスだけでも現金で支給してもらえないでしょうか」というのである。その理由というのは次のようなことだった。
給料を現金でいただいていた時には、給料日やボーナス日には、奥さんはお化粧をし、ご馳走と冷したビールを用意して待っていてくれた。給料をわたすと「一カ月間ご苦労様でした」とお礼をいってくれた。子供達も「お父さんアリガトウ」という。
一カ月の疲れも忘れ、生き甲斐と幸福感を味わうことができた。ビールの味も一段とうまかった。
ところが、給料が銀行振込になってからは、給料日に銀行の通帳の金額が増えるだけで、ビールもご馳走も出ず、「お父さん、アリガトウ」の妻子の言葉もない。
失望と空しさだけの給料日になってしまった、と。M社長は、「何と心ないことをしていたのか」と深く反省して、給料の銀行振込をやめたのである。
「社長がやらなければならないこと」を部下に押しつけるな
Tスーパーにお伺いした時には、店舗が三つで、業績は順調であった。T社長は積極的に新店舗を展開してゆく方針だった。
この場合に新店舗の立地条件が戦略的に重要である。用地情報をどうやって手に入れるかをお伺いしたところ、専任の課長に任せているという。方針を示さずに、である。
私は社長に直言した。
「方針も示さずに課長に任せたらどういうことが起るだろうか。方針がないのだから、課長は自分の考えでやるしかない。恐らくは、手に入れた情報の取捨選択を行うだろう。その選択基準は自分で決めることになる。それは、社長の基準と同じとは限らない。いな、違うのが当り前だ。とすると、大切な情報が捨てられて社長のところに報告されない、ということが起る。それでいいのだろうか。
事業の将来に大きな影響を及ぼす新店舗の立地だ。社長自ら取組むのが当り前だ。といって、社長が物件探しをしているわけにはいかない。だから、専任の課長を任命するのはよい。この場合に、方針を示して任せなければならない。
例えば、探す範囲は本社を中心として半径何キロ、広さは何坪以上を全部(ここが大切、分割してもらえるかも知れないからだ)更地でなくとも上物があってもよい。売地でも貸地でもよい。その条件に当てはまる物件は全部、情報が入り次第報告、というようにである。
報告を受けたら、社長はすぐに現場を見てどうするかを指示する。というようにすれば、有望な物件をとり逃がすようなことはなくなる」と。
社長とは、会社の将来に関することに手を打つ人種である。これには社長自ら取組む。もし自ら取組めない時には任せるより外はないが、この場合には、「必ず方針を示して任せる」のである。
日本人は「任せる」という時に方針とか条件、希望をいわずに、「無条件で任せる」という傾向がある。
小さなことならいいが、事、会社の将来に関する限り方針を明らかにしないと、社長の意図と食い違った結果が出てしまうことを心得ていなければならない。
S社は、炉材の石粉を製造していた。私がお伺いした時は、新たな発展を目指して新鋭工場を建設したが、それがもう半年も故障続きでうまく稼働せず、 一日も早くこの問題を解決しなければならない状況だった。
社長は「一倉さん、あの工場がうまく稼働するように指導してください」という。「冗談じゃない。それは社長の仕事だ」と断わろうとしたが、「まて、とにかく実態をつかんでからにしよう」と思いなおして、一人でその工場に行ってみた。
社長は用事があってダメだという。
工場長に、社長はいつごろ来られたかを聞いてみると、何と半年前の開所式の時だけだという。あきれ果てた社長である。とにかく、工場を見せてもらった。
開所以来機械の故障続きで、やっと何とか動くような状態になったところだという。そこには私の目を疑うような光景があった。
まず目についたのは、粉砕機の能力に比較して、箭選別機のシュートに搬送する垂直バケットコンベアの能力が足りないことである。粉砕機はコンベアの能力に合わせて休み休みの運転である。
シュートは傾斜が足りないために品物がうまく流れず、作業者つきっきりでカキ棒で品物を送ってやらなければならない。
メーカーに交渉しても、言を左右にして来てくれないという。聞いてみると機械がうまく機能するかも確かめずに、代金を全額払ってしまっているという。これでは無責任な会社は逃げの一手なのだ。このような事態を引き起した全責任は社長にある。
第一には、引渡し時に立会試運転をし、社長が自分の目で確認するのが当り前である。
第二には、もしも故障を起した時に、社員に任せておくか、自分で乗りださなければならないかの判断をしなければならない。この場合はプラントの設計不良と加工不良が重なっている厄介なものだ。社長自ら乗り出してメーカーに交渉して直させるべきである。
第二に、プラントが順調に稼働するまで、社長が工場に居据わるか、そこまでの必要がなくとも、しばしば足を運んで自分の日で確かめるべきである。
本社工場の方は、何も問題ないというのに、自分は問題のないところにいて、トラブルで困っている新工場に半年も顔を出さないとは、もう何をかいわんやであるc
本社工場の報告を兼ねての社長への苦言は、社長の機嫌を損ねただけで、何の効果もなかった。その後二回お伺いしたが、二回とも社長は不在だった。社長不在ではどうしようもない。仕方ないのでお手伝いを辞退した。
「社長は、社員のできないことをやる人だ」と、ある社長が私に語ってくれたが、私もその通りだと信ずるのである。
社長室は質素でなければならない
N化学の経営計画発表会にお招きいただいた時のことである。
発表会における社長のお話が、あまり立派なのでビックリしてしまった。こんな立派な社長の本社工場を拝見したくなった。
あいにく日曜日で会社は休みだというのに、ムリにお願いして庶務課長さんのご案内で拝見させていただいた。
正門を入った右手に、事務所があった。二十坪くらいの粗末な木造で、かなり古いものであった。中央部から奥に廊下があり、右側が湯沸室とトイレ、左側が社長室であった。
社長室の大きさは四坪で床は木だが、敷物はない。社長の机は古い型の普通の大きさで、天板は波打っている。椅子は薄っぺらな肘掛のついたものである。
応接セットは団地サイズの安物で、肘掛の部分は塗装がはげて木地が出ているという代物である冷暖房設備はない。何とも粗末極まる社長室である。
案内の課長さんは「一倉さん、社長室がこれですから、私たちは机が古くなりましたとか、新型の椅子ができましたので、という口実をもうけて什器類を更新できません。こわれたものは修理しています」とおっしゃる。
では、ケチ社長かというと、そうでない証拠を見せていただいた。それは、研究所の建物である。
一フロア七〇〜八〇坪もある鉄筋四階建で冷暖房完備、エレベーター付きである。
社長室よりはるかに立派な建物に入っている社員は、 一生懸命やらなければ社長に申し訳ない、という気に自然になってゆくだろう。私は大きな感銘をうけて辞去した。
この時の社長は亡くなられて、現在はご子息が社長である。この社長がまた立派な方である。
現在は、立派な新工場に移っているが、その本館の一室に、前社長が使っておられた社長室の什器類を記念品として大切に保管されているという。
前社長の遺徳をしのび、「初心忘るべからず」と自らを戒めておられるのである。
親子二代、何と立派な社長であろうか。N社の繁栄はゆるぎないものであることを、私は信ずるのである。
市場の断層に対して正しい態度がとれる
いつのことだったか忘れたが、梅雨末期の集中豪雨で、長崎市に大災害が起った年である。期を一にして奈良市にも集中豪雨で床上浸水になる程であった。
水浸しになって動かなくなった自動車の修理で、メーカーの営業所や整備工場には修理や整備依頼が殺到した。
この時、Nオートでは、きめられた修理代以外はビタ一文とらずに良心的な仕事をした。姿勢の悪い整備工場では、高い修理費をとったところもあったという。
このために、Nオートはお客様の大きな信頼をかちとり、同社の自動車の売上げは急増した。
瀬戸大橋の開通によって、四国に観光ブームが起った時、高松市であったことである。どこの旅館も予約は早くから殺到し、たちまち満員になって、それでも予約の申込みはあとを断たなかった。いくら満員だからと断わっても旅行社は承知せず、何とかせよと無茶をいう。中には、「とにかく頼む」ガチャンと電話を切ってしまう旅行社もある。どうにも収まりがつきそうになかった。
このような状況の時に立ち上がったのが高松市の旅館組合であった。 一人のお客様といえども宿泊できずにご迷惑をかけてはいけないというのである。
旅館組合では、市の観光課と相談して、高松市とその周辺の寺院に、臨時宿泊所としての協力を要請した。寺院側も受けて立った。
以下は私の想像だが、婦人会、青年会、飲食店組合から、警察署、消防署、保健所、JR、観光バス、タクシー会社なども協力したことだろう。恐らくは高松市あげての大プロジェクトではなかったろうか。
そして、このプロジェクトは立派に成功をおさめたのである。
公害防止の姿勢は正しいか
Z社は、化学薬品の製造販売と、メッキ加工を行っている。
ある時、化学薬品の製造工程のミスから、排煙公害を起してしまった。それは、ただ一回だけであり、直ちに排煙公害防止の処置をとったのである(それ以後、排煙公害を全く起していない)。
それにもかかわらず、このただ一回のミスに世間の非難が集中し、テレビで名指しによるつるしあげを食ったのである。
Z社長は、すべては自分の不徳と、その非難を甘受した。そして、今後絶対に公害を起すまい、と固く心に誓った。
そして、非難を受けた化学薬品のみならず、メッキ廃水についても、徹底した公害防止の手を打ったのである。
メッキ廃水には、クロームという重金属の酸化物が多量に含まれていた。メッキの最終工程で、クローム酸液から引上げた品物を、水槽を数個ならべて、順次にその中につけて、洗溝を行っていた。その水槽の水は、たちまちクローム酸によって黄かっ色によごれ、水槽に絶えず注がれる水によって、タレ流しにされていたのである。
このような高濃度の廃水を処理することなど、現実には不可能といってよい。
(従来のメッキエ場の実態がこれであり、それを、多量の水で薄めて流すか、申し訳程度の処理装置でお茶を濁しているのだ。だからメッキエ場の廃水には、クローム、ニッケル、カドミ、銅、亜鉛などの重金属や、猛毒性のシアンなどが多量に含まれているのである)
この難問をどうするか。社長は社内の衆知をあつめて、必死に取組んだ。
そして、ついに突破口を見つけたのである。それは、発想の転換である。廃液にクローム酸が含まれているから厄介なのであって、クローム酸を排出しなければいいのだ、ということである。つまり、「クローズド・システム」という発想である。
それは、水洗を「噴霧洗滸」に切換えるということである。幸いなことに、高性能の噴霧ノズルが見つかった。噴霧洗鞣槽を二つならべて、二回の噴霧洗淮を行った後に、水洗をするのである。その水槽の水は長時間使っても肉眼ではほどんど色がつかない程であった。
噴霧洗滸槽の底にたまった少量の高濃度の液は、メッキ槽への補充用にするのである。もう一つの工夫は、六価クロームと二価クロームの変換装置である。さらに、排水処理装置をつくり、専従者をおいて、厳重な管理を行うようにしたのである。
その結果は、定時測定によってチェックするのであるが、県の排水基準よりも、はるかにきれいになっているのである。
社長は、この結果にもまだ満足していない。BOD (水がどの程度汚れているかを示す基準値)がまだ不十分だというのである。現在、その研究を続行中である。
ところで、この公害防止装置の損益計算書はどうであろうか。
まず、支出増は、装置の減価償却と金利、専従者の人件費、操業費の一切が、年間一千万円である。
支出減は、材料費(クローム酸)節約が何と年間二千五百万円にのぼるのである。差引一千五百万円の黒字を計上できたのである。まさに見事な「一石二鳥」である。
Z社長いわく『公害防止はペイする」と。こうして、かつての公害企業が、公害防止優良企業に生れかわり、県の公害課の絶大な信頼を得てしまった。そして、公害課の紹介で、見学者が殺到し、見学者は一様に舌を巻いて感心するのである。
その上、公害防止のセミナーの講師依頼があとを絶たず、社長はこれには閉口しているのである。いちいち応じていたら仕事にならないのである。
それでも、県の公害課の依頼など、のっぴきならない事情で講師を引受けることもある。その時の、社長の結論をご紹介しよう。それは、『公害防止の基本は、社長の姿勢である』というのである。
公害防止が、企業の社会的責任であることはいうまでもない。しかし、問題は社長がこの責任をどのように受けとめ、どのように実行するかである。
公害防止は、Z社のように、いつも引合うとは限らない。そのために、どうしても消極的になりやすい。その気持はもっともではあるけれど、そこを、 一歩実行に踏みきってもらいたいのである。
S社の廃液は、石粉が混じっている。本当は実害は大きくないといってもよい。
それにもかかわらず、澄んだ廃液にするという社長の方針により、「公害防止委員会」をつくり、社長自らその委員長になって公害防止に取り組んでいる。
そのために、廃液は見る間にきれいになり、排水溝に魚の姿が見られるようになった。社長は、『その魚が廃液で死ぬようなことが絶対にあってはならない』と自らをいましめ、社員にもいいきかせている。
ハンコとギンコーは大丈夫か
0社の倒産は、業界そのものの不振が、直接の原因ではある。
しかし、真因は全く違う。それは、社長が銀行印を経理担当の常務にあずけていたということである。
その常務が、ゴルフ場の建設をサイド・ビジネスとしてやっており、その支払いのために、常務が勝手に振出した手形が、不渡りを引起したのである。
恐らく、会社の金で一時立替えておき、ゴルフ場からの収入で、埋めていけばいいという腹づもりであったのだろうが、折からの不況のために、すべての目算が外れてしまったのであろう。
G県のある会社で、次のような、「まさか」と思われるような事件が実際に起っている。
その会社の専務(社長の長男)が、銀行から手形帳を二冊もらってきて、社長の机の引出しにあった銀行印を押し、それをもって会社をとび出してしまった。
数日後に、ある銀行から、『あなたの会社の手形の割引を持ちこまれたが、不審の点があるから』という照会があった。会社としては、そんな手形など振出した覚えはない。しかし、調べた結果、その手形番号から、それは専務が銀行からもらった手形だということが分かった。
社長はガク然とした。しかも、何枚振出され、総額いくらで、決済日がいつなのか、全く分からないのである。社長は、これで不渡りを起したら生きていられない、といいだす。
銀行とて同じであった。次代社長ときまっている専務が、そんなことをするなど、常識では考えられないからである。
あとはもうテンヤワンヤであった。それでも銀行と会社の必死の努力で、ほとんど全部が回収されたのは、むしろ奇跡であった。その総額は何と二億円だったのである。
以上二つの例は、事を起した本人が悪いのはいうまでもない。しかし、私にいわせたら本当に悪いのは社長であり、その責任は社長にある。社長がハンコを常務にあずけたり、机の引出しに入れておくというようなことをしなければ、こんな事件は起らないからである。
銀行印というものは、社長の責任において、外部への支払いを保証するという意思表示のために押されるものである。企業間信用は、この銀行印によって供されるという重要な意味があるのだ。だから、社長自ら押すものであると同時に、他の誰に任せてもいけないものなのである。
昔、使用人がたくさんいた大問屋の主人でも、戸締りと火の始末だけは、主人自らやったという。使用人がたくさんいるから、任せることはできるし、火の始末や戸締りなど、誰にもできることである。
それにもかかわらず、主人自らやるということは、行為自体の問題ではなくて、その意味こそ大切なのである。
戸締りと火の始末こそ、自らの家にとり、世間に対して最も大切なことであり、自らの責任なのである。だから主人が誰にもまかせずに自分でやったのである。銀行印も全く同じである。社長以外の誰にやらせてもいけないことなのである。
だから、経理担当は僕の弟だからとか、長年やっていて絶対信用できる人間だから、というような理由で、ハンコをあずけておくのは、まったくの間違いなのである。事は経理担当者のことではなくて、社長自身のことなのだ。
別の反論では、社長がいろいろそんなことをしていたら、忙しすぎて仕事にならない、というのがある。冗談じゃない。社長がどんなに忙しかろうと、日本一の大企業の社長であろうと、アメリカ大統領より忙しいことはない。
そのアメリカ大統領は、われわれから見たら、とても考えられない程の膨大な数の書類に、いちいちサインをしているのだ。
忙しいというような社長は、社長が見る必要のないような、全く下らないたくさんの書類に目を通して、いちいち捺印しているのを私は知っている。それをやめてしまえば、銀行印を押して、なおかつ、多くの時間が生みだせることを知らなければならない。
当然のこととして、銀行印は必ず身につけておくか、又は金庫に入れて鍵をかけておかなければならない。とにかく、銀行印は社長以外は手にふれさせることさえしてはいけないのだ。
もしも、仕事上や、営業用に社長印が必要ならば、営業用のハンコを別につくればいい。
ところで、社長が長期に出張などする場合はどうしたらいいのか、ということになる。
T社の社長は、出張の時は銀行印だけでなく、金庫の鍵まで会社におかない。三週間の欧米出張というような時でさえも例外ではない。
T社長いわく、僕がいなければ金庫もあかないし、手形や小切手も切れない。しかし心配はない。社長がハンコを押したためにつぶれた会社はたくさんあるが社長がハンコを押さなかったためにつぶれた会社は一社もない」というのである。けだしク名言クである。
銀行について、まず第一に、しかも絶対的に大切なことは、メインバンク(主力銀行)を持つ、ということである。メインバンクとは、「我社の金融の七〇%以上を依存する」と考えればよい。
残りの三〇%は、いろいろないきさつや、つきあいもあることなので、いくつ持ちてもかまわないのだ。
メインバンクに対しては、社長自らが、ハッキリと意思表示をしなければならない。そして、ウソやかくし事はしてはいけない。何事も打明け、何事も相談をもちかけるべきである。
事業の経営というものは、長年の間には、いろいろな困難やピンチに出会うものである。
その時に、もしもメインバンクがなかったら大変なことになる。会社のピンチに、助けてくれるのはメインバンク以外にないのである。私は、もしもメインバンクがあったなら、つぶれずに済んだであろうと思われる会社をたくさん見てきている。
メインバンクの重要性を知らずに、ご都合主義で銀行取引をしている会社は数多い。
気軽に貸してくれるとか、うるさいから敬遠するとか、集金にきてくれるとか、金融がゆるんだ時につき合いを始めたとか、理由はいろいろある。だからといってメインバンクを決めなくていいという理由にはならないのである。どのようなことがあれ、メインだけは、ハッキリさせておかなければいけないのである。
しかし、メインの資金力だけでは足りない、という事態が起ってくる場合がある。信用金庫をメインに持ったり、預金支店(銀行には、預金を主とする預金支店と、貸出を主とする貸出支店の二つの性格の支店がある)の場合などである。
このような場合には、メインに我社の事情を話して、メインの了解をもとに他の銀行から融資をうけるか、思いきって、資金力のある銀行にメインをかえるか、を社長はよくよく考えて決めなければならないのである。
我社の安全のために、メインバンクは絶対に決めなければならないことをよくよく認識してもらいたいのである。
後継者をどうするのか
P社長には息子さんが二人ある。しかし、どちらの息子さんにも社長をゆずることはしないというのだ。
理由は簡単である。二人とも、それぞれ優れたところを持ってはいるが、どう見ても経営者としては不適だというのだ。永遠に存続しなければならない会社の社会的責任を考え、ましてや自分で営々として築きあげた会社をつぶすような経営者は絶対に後継者にしてはならない、というのである。
だから、後継者は社内だろうと社外だろうと、そんな事はどちらでもよい。要は会社を立派に存続させる経営者であればよいというのである。
そして、そのことは片時も脳裏をはなれたことはないという。しかし、まだその候補者を見つけだせずにいる。自らも探し、人にも頼んでいる。早くこの願望を達したい、と私に語るのである。
大企業なら、後継者選びは易しいとはいわないが、その難しさは選択の難しさであっても、適任者がいないということはあまりないであろう。
しかし、中小企業ではそうはいかない。適任者それ自体が見出せない場合が多い。しかも、ほとんどがオーナー社長であるだけに、自ら築いた会社は自分の息子に継がせたい、と思うのは人情である。
人情は分かるが、自分の息子の資質を考えずに、息子であるというだけの理由で、適不適を全然考えない社長は決して少なくない。
そういう社長に対しては、何でもズケズケという私も、この問題だけにはなかなかふれられないのである。
しかも、私から見たら、どう見ても不適だと思われるケースはかなりある。本シリーズ『社長の条件』の中に、「我子が可愛いのは分かるが」というタイトルで、いくつかの例を紹介しているのはその一部である。これらは、親馬鹿ではなくてク肉親エゴ″とでも呼ぶべきものである。
N社長の如きは、息子が全く不適任と知りつつ、なおかつ後継者と決めているのである。この時は、さすがに私もN社長の気持をきいてみた。
N社長は、その息子では会社を経営できないことはまず間違いない、とハッキりいうのである。それでも、なおかつ後継者にしようというのである。息子さんを次代社長にしたら会社をつぶすことになるが、それでもいいのか、と問いつめると、それでは困るという。では他に適任者を見つけてはどうですかというと、何の返事もない。N社長が悩んでいるのは分かるが、本当は悩む問題ではなくて、ハッキリと結論を出すべきものなのに、それができないのだ。ク肉親エゴクというのは他人が手をつけられないものだと、つくづく思うのである。
企業の社会性を考えれば、後継者は適任という尺度しかないことは論をまたない。肉親であろうとなかろうと、そんなことはどうでもいいのだ。といっても、社長も人間であるかぎり、できれば自分の息子に継がせたいと思うのは人情である。どうしても我が子を後継者にしたいのなら、それもいいだろう。ただし、社長が徹底的にしごくという条件つきである。
まず第一には、学校を卒業して、すぐに自分の会社に入れてはいけない。これでは、初めから次代社長候補ということで、甘やかされてしまう。とにもかくにも、まず他人のメシを食わせることから始めるべきであろう。
そして、それは中小企業がよい。大企業の経験は中小企業にとっては、害になることの方が圧倒的に多いからである。それも二年や二年ではダメだ。少なくとも五年、いや十年くらいは必要である。手もとに引取るのはそれからでも決して遅くはない。社長の年齢の許す限り長い方がいい。できればその経験は三社以上がよい。違った考え方を学ぶことができるからである。
手許に引取ってからは、徹底的に「帝王学」を叩き込むことである。帝王学の核心である「決断」に焦点を合わせてである。
夕肉親エゴクについて、もう一つ気をつけなければならないのは、ク同族経営″についてである。
同族なるが故に、不適格者、無能力者が重要な地位を占めるのは、明らかに企業を私有物視しているのだ。
そして、このような会社は結局のところ、うまくいかなくなるのは、まず間違いないのである。企業の経営とは、そんな甘いものでないことを知らなければならないのである。
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