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第2章実務家による育成論ヒトは「育てる」のか「育つ」のか?

株式会社セプテーニ平岩力

目次

第2章実務家による育成論ヒトは「育てる」のか「育つ」のか?

15秒サマリー文:北野唯我<何が書いてあるか?>この章では極めて包括的に「HRテクノロジーでできること」と「できないこと」が書かれています。

セプテーニというおそらく、日本で一番HRテクノロジーが進んだ会社の事例を把握することで、人事が「どうHRテクノロジーを実務に活用していけばいいのか?」がわかります。

「100人いたら、100通りの人事施策を設計できたらいいのに」と思ったことはないでしょうか。

一概に、人材といっても強みや弱みはバラバラです。

セプテーニ社では、これを入社時に約170項目のデータ、在籍10年間で約800項目のデータを蓄積した結果から、社員を4つのパーソナリティタイプに分類しています。

その結果、たとえばAさんをBさんの下においてはいけない。

Aさんをあの部署においたら「好業績」が見込まれる、という予測を把握可能にしています。また多くの経営者が悩む「退職リスク」もこれらによって可能になるといいます。

これらは、人事や現場の「なんとなくの直感」を強烈にサポートしてくれる武器になりえます。本章にはその具体的な事例が掲載されています。

<どういう人にオススメか?>こ

のパートは幅広く「HRテクノロジー」に興味のある方に推奨します。

主に以下の読者を想定しています。

・経営者→エース人材の退職リスク把握、中間マネジメント層の育成が経営課題である

経営者・人事→広告/コンサル業など、人の組み合わせで組織の成果が大きく変わる産業の人事

目的別!このページを見よ!

2-1「育てる」観点からみたヒトと、「育つ」観点からみたヒト→38ページ

2-2「育てる」と「育つ」を整理して考える→43ページ

2-3人材育成担当の働き方OSをアップデートする→47ページ

2-4未来の人材育成について考える→60ページ

2-5人材育成に関する経営からの問いにロジックで答える→66ページ

2-1「育てる」観点からみたヒトと、「育つ」観点からみたヒト

ヒトは「育てる」のか「育つ」のか?人材育成に関わる方であれば一度は耳にしたことのある問いではないだろうか。ただ、実際に問われると意外と答えに悩んでしまう。

おそらく、多くの方が「育てる」と「育つ」それぞれの実体験があり、いずれかの立場で答えることが難しいからであろう。

上司目線「営業として最低限のことを教えただけで、あとは〇〇さんの行動力とセンスで自然と伸びていったよね」「〇〇さんにはコンサルタントに必要な課題解決能力を叩き込んだ。

時間はかかったが育てた自負がある」部下目線「〇〇先輩は厳しいけど、指導に対しての熱量とコミットメントがすごい。営業として育ててもらった」「コンサルタントの仕事は全て〇〇先輩から学んだ。教えてもらったというよりは、実践から技を盗んだ」なんとなく聞いたことのありそうな会話のイメージである。

主語を「育てる側(上司目線)」と「育つ側(部下目線)」で分けてみたが、それぞれに「育てる」と「育つ」のニュアンスが入っている。

「自然と伸びた」や「技を盗んだ」は、「部下が自然に“育つ”」と言え、「育つ」のカテゴリ。

「育てた自負がある」や「育ててもらった」は、「上司が教育して“育てる”」と言え、「育てる」のカテゴリになる。

冒頭の問い、“ヒトは「育てる」のか「育つ」のか?”を考えてみると、おそらく、“ヒトは「育てる」し「育つ」”といった具合に、共存するものなのだろう。

「育てる側(上司目線)」と「育つ側(部下目線)」で主語も異なるため、「育てる」or「育つ」の二者択一の議論をする類の問いではない。

一方、先ほどのケースのように、現場で起こっている「育てる」と「育つ」は非常にブラックボックスである。

「誰がどんな上司の下でどんな教育を受け、どんな仕事を通してどんな経験をすると育つのか」これらは現場の「暗黙知」であることが多く、人材育成担当の方も掴めていないことが多いだろう。

本章では、人材育成の実務に関わる方向けに、現場で起こっている人材育成の「暗黙知」を「形式知」に変えるアプローチについて考えたい。

具体的には、「育てる」と「育つ」の双方の観点から“ヒトは狙って「育てる」ことで「育つ」”という育成論について考えていく。

また、HRテクノロジー(本章では主にピープルアナリティクス)を活用することで、「育てる」と「育つ」のそれぞれを科学的に紐解いていきたい。

「“人が育つ”を科学する」これは筆者の所属するセプテーニグループ(株式会社セプテーニ・ホールディングス/人的資産研究所)が提唱する人材育成コンセプトである。

このあとに続く23では、ピープルアナリティクスを活用した当社の人材育成の事例を紹介したい。

24で「未来の人材育成」が目指すべき姿を考えながら、25では経営戦略の一翼を担う、「未来の人事担当」の姿についても考えていく。

まずは、“ヒトは「育てる」のか「育つ」のか?”という問いに対し、「育てる」と「育つ」のそれぞれの観点からみたヒトについて、先に挙げた例を基に考えてみたい。

①「営業として最低限のことを教えただけで、あとは〇〇さんの行動力とセンスで自然と伸びていったよね」②「〇〇さんにはコンサルタントに必要な課題解決能力を叩き込んだ。時間はかかったが育てた自負がある」③「〇〇先輩は厳しいけど、指導に対しての熱量とコミットメントがすごい。営業として育ててもらった」④「コンサルタントの仕事は全て〇〇先輩から学んだ。教えてもらったというよりは、実践から技を盗んだ」①・④のケースは、“「育つ」の観点からみたヒト”であるといえる。

①の上司目線では「自然に育った」という感覚を持っているが、ここにはどんな「暗黙知」があったのか。

「部下と性格的相性が良かった」「部下に自分の仕事のスタイルがフィットした」「部下に与えた仕事(業務)との相性が良かった」などが考えられる。

④の部下目線でも同様に、「上司の仕事スタイルを見て真似した」「上司の顧客対応の仕方が最も勉強になる」「上司としてもビジネスマンとしても目標にしている」などがあったのではないだろうか。

②・③のケース、“「育てる」の観点からみたヒト”についても考えたい。

②の上司目線では、自ら「育てた自負」を持っている。

「部下の良い所を理解し地道に教育し続けた」「部下のモチベーションを上げる術が体感的に分かっていた」「部下に必要なスキルを明確にし、スキルUPの具体策を提示していた」などが考えられる。

③の部下目線では、「上司がキャリアの方向性を示してくれた」「上司の薦める本によりインプットが加速した」「上司から営業直後にもらうフィードバックがいつも的確だ」などが考えられる。

これら「暗黙知」は感覚的に理解いただけたであろうか。

おそらく読者のみなさんにも、“「育てる」「育つ」のそれぞれの観点からみた自分”のエピソードを語ることができると思う。

つまり、ヒトの数ほど「暗黙知」は存在する。

さらにいうと、①~④のケースのように抽象的ではなく、上司の名前、仕事内容、オススメの本と、より具体的である。

つまり、“ヒトは狙って「育てる」ことで「育つ」”という考え方を述べたが、これは、「暗黙知」を暗黙知のままでなく「形式知」に変えることで、人材育成の効率(確率)を高めるということだ。

「ヒトが育つ」を偶発的ではなく、戦略的に行うことができれば、ヒトの競争力は飛躍する。

「育てる」と「育つ」が曖昧に共存すると、上司と部下が責任転嫁し合う?「育てる」と「育つ」は共存するものでもあるが、当然上手くいくケースもあればそうでないケースもある。

共存するがゆえに、責任転嫁のような状態が発生していることもあると考えている。

「部下がまったく育たない」「部下のやる気を感じない」というような「育てる側(上司目線)」と、「上司がぜんぜん教えてくれない」「上司から学べることがない」というような「育つ側(部下目線)」とのミスマッチ状態である。

上司部下という関係性においてありふれた問題なのかもしれないが、双方に期待がなく諦めているような話はよく耳にする。

これはある種の責任転嫁であろう。

育てる側は自身の経験を頼りにそのスタンスが正しいと疑わず、育つ側の主体性のなさや、やる気のなさを非難する。

育つ側はそのスタンスにマッチしない現実を受け入れるしかないと諦め(場合によっては会社に対しても)、仕事に対する主体性を徐々に失っていく。

ビジネスの急激な変化や働き方改革など、労働環境の変化も著しい昨今、このような責任転嫁は様々な企業で起こっている問題だと考える。

退職との因果関係もかなり強いものがあるだろう。

転職サイト等でよくまとめられている退職理由の本音のような記事を見ると、軒並み1位になるのが「職場での人間関係」である。

特に上司との人間関係が理由になるケースは多く、先ほど述べたような、育てる側と育つ側の責任転嫁の問題も大きく起因するのではないだろうか。

「育てる」と「育つ」を現場の「暗黙知」に依存した状態。それは危険な状態であり、人材育成担当が解決すべき企業課題ともいえるであろう。

では、どうすればいいのか?次項以降では、人材育成に関わる実務担当が持つべき「育てる」と「育つ」の考え方を整理していく。

同時に、現場の「暗黙知」を「形式知」へと変えるアプローチについて、当社のピープルアナリティクス活用事例を紹介していきたい。

2-2「育てる」と「育つ」を整理して考える

ここまで「育てる側(上司目線)」と「育つ側(部下目線)」の二人称を中心に展開してきたが、本項では人材育成担当側の三人称の目線でお伝えしていきたい。

言い換えるならば“ヒトは狙って「育てる」ことで「育つ」”をプロデュースする側の目線である。

【育てる】

ヒトの個性にマッチした武器(スキル、ノウハウ)の提供

人材育成担当の目線では、「育てる」を主にOffJT(OffTheJobTraining:職場外訓練と訳され、通常業務を一時的に離れて行う教育訓練のこと)領域として整理したい。

人材育成担当のメイン業務となることが珍しくなく、おそらく多くの方がこのOffJT領域の施策として、体系化された集合型の各種研修をイメージされることであろう。

組織階層や資格に応じた階層・資格別研修(新人研修、リーダー研修、管理職研修など)や職種や職能に応じたスキルアップ研修などがこれに該当する。

実際に企業の人材育成担当の方と話をすると、メインの業務が体系的なOffJTの企画・運営になっているケースが意外と多い。

各種研修によって得られる効果を否定するわけではない。

しかし、「毎年同時期に各種研修を実施し、満足度アンケートを取得して終了」のようなケースを耳にすることも比較的多くある。

正直、こういったOffJTの企画・運営には少々疑問を感じる。

もちろん、新人研修などにおいては価値観浸透や戦略理解など、企業にとって普遍的な内容も多く含まれることは理解している。

ただ、階層・資格/職種・職能と、対象カテゴリを一括りにした均一的な施策を講じ続けることには疑問を感じている。

先ほど、「育てる」の領域を「ヒトの個性にマッチした武器(スキル、ノウハウ)の提供」と表現した通り、本来、ヒトの個性にマッチしたそれぞれ異なる施策があるはずだ。

当然、ヒトの個性によって「効く/効かない」の施策も分別されることが望ましい。

さらにいうと、育つ側が自らの個性を理解し、自身にマッチした武器(スキル、ノウハウ)を主体的に選択できる状態が理想的である。

OffJT領域で特に重要なことは、「誰に(Who)」「何を(What)」をしっかり設計することである。

「誰に」についてはヒトの個性、「何を」については職種・職能の遂行に必要なスキルやコンピテンシー(行動特性)等、それぞれ可視化することが必要である。

続いて、「どのように(How)」の具体施策と「どうだったか(Check)」の効果検証をセットで考えたい。

特に効果検証については、できる限り定量的に測定できるものが望ましい。

重複になるが、重要なのは育つ側が自らの個性を理解し、自身にマッチした武器(スキル、ノウハウ)を主体的に取捨選択できるための仕組みづくりである。

過去の慣習に従って、ルーチンワークで研修を回すだけでは発展がない。

「誰に」「何を」「どのように」「どうだったか」を、現場ヒアリングも交えながらしっかり考え抜き設計したい。

そうすれば、社員にとって間違いなく魅力的なコンテンツとなる。

さらには、採用候補者にとってもプラスの材料となり、未来の採用競争力にも繋がるであろう。

【育つ】

ヒトと環境(組織と仕事との相性)の最適なマッチング人材育成担当の目線の「育つ」については、主にOJT(OntheJobTraining:現任訓練と訳され、業務を通して行う教育訓練のこと)領域として整理を進める。

OJTと一言でいうと、「育てる側(上司目線)」が「育つ側(部下目線)」に対し具体的な仕事を与えて、その仕事を通して必要なスキルやノウハウを指導・習得させること、となる。

本章の「育つ」として考えるOJTの枠組みは、育つ側と育てる側の二者間でのトレーニング方法の話だけではない。

むしろその前提となる、配置や異動等における組織・チームとの相性や、仕事内容との相性の、環境マッチングこそ大事であり、これは“ヒトと環境が最適にマッチすることで、自然に「育つ」”という考え方になる。

この最適なマッチングを科学することこそが、人材育成におけるキーファクトになると考えている。

ビジネスであれスポーツであれ、明確な根拠はなくとも、“〇〇の下で〇〇を学べば「育つ」”という「暗黙知」はどの世界にも存在する。

企業内においても、“〇〇タイプ(個性)であれば〇〇な上司または組織(配属/異動)の下で○○な仕事(経験)をさせると「育つ」”のような「暗黙知」が必ず存在すると思う。

読者のみなさまも当事者として幾度となく体験してきたことだろう。

これら「暗黙知」による「確からしい」という感覚を、科学的アプローチで「形式知」へと変えていく方法がある。(次項から具体的に説明する)

・「〇〇営業部の〇〇さんのメンバーには即戦力が多くみな優秀だ」

・「職人気質な〇〇さんの下にハマる人は少ないが、ハマったら一気に伸びる」

・「パワーマネジメントで有名な〇〇さんだが、〇〇を育てられたのはすごい」

・「〇〇な性格の人は〇〇職に向いていて、〇〇を覚えたら最強だ」

・「前職が〇〇業界の人は、〇〇職で成果を出すケースが多い」

現場でもよく聞こえてきそうな内容だが、これら現場で起こっている「なぜ育つのか?」を科学的なアプローチで紐解いていく。

「育つ」を偶発的なものではなく、OJTによる「ヒトと環境(組織と仕事との相性)の最適なマッチング」という観点で捉えなおすことが重要である。

【育てる(OffJT)】と【育つ(OJT)】をミックスして考えるこの項では、「育てる」と「育つ」を整理するにあたり、便宜的にOffJTとOJTという括りを使ってきた。

世の中一般的な解釈よりはやや広義なものになったかもしれない。

ただ双方に共通する最も大事なポイントは、ヒトの個性を定量的に捉え、個性にマッチした施策を提供するということである。

その際の目的は「育てる」と「育つ」で、それぞれ下記のようになる。

「育てる」:ヒトの個性にマッチした武器(スキル、ノウハウ)の提供

「育つ」:ヒトと環境(組織と仕事との相性)の最適なマッチングつまりプロデューサーとして、人材育成に関わる実務担当が一番大事にすべきなのは“「育てる」と「育つ」をミックスして考え、ヒトの育成をプロデュースする意志を持つこと”である。

ヒトの個性を共通の物差し(診断等によるタイプ分けなど)できちんと把握し、環境との最適なマッチングによるOJTの推進(環境に関しても共通の物差しが必要)、またヒトの個性にマッチしたスキルやノウハウをOffJTにより主体的に会得できる機会の提供まで、ミックスして考えることが重要である。

2-3人材育成担当の働き方OSをアップデートする

本項では、当社のピープルアナリティクス活用の事例を中心に紹介する。

当社では、「“人が育つ”を科学する」というコンセプトの下、ピープルアナリティクスの活用を積極的に推進している。

AIが全てとは思わないが、人材育成へのデータ活用価値は間違いなく大きい。

同時に、人材育成担当の働き方OSもアップデートが必要だろう。

後半では、ピープルアナリティクス活用に必要な人材育成担当のスキル・役割についても考えていく。

【ピープルアナリティクスを活用する目的】「育てる」:ヒトの個性にマッチした武器(スキル、ノウハウ)の提供。

主にOffJTの領域「育つ」:ヒトと環境(組織と仕事との相性)の最適なマッチング。

主にOJTの領域前項で説明した通り、これらの実現に向けてはAIを駆使したピープルアナリティクスの活用が欠かせない。

ヒトの個性や組織特性、職務に必要なスキルやコンピテンシーなど、これまで「暗黙知」になりがちであったヒトに関するさまざまな因子の可視化・データ化が必要だ。

活用できるデータが整えば、ピープルアナリティクスの活用による「育成モデルの構築」が可能になる。

「育てる」と「育つ」に対しての科学的なアプローチである。

読者のみなさまも既知の通り、採用や配置においてはピープルアナリティクスを活用したさまざまな事例がある。

グローバル展開に注力している企業では、国境を越えた人材育成や登用、幹部育成を下支えするタレントマネジメントシステムの導入が進んでいる。

成長著しいベンチャー企業では、AIによる最先端のピープルアナリティクス活用が進み、新たなサービスも後を絶たない。

ピープルアナリティクスで実現できる人材育成ここで、筆者の所属するセプテーニグループ(株式会社セプテーニ・ホールディングス/人的資産研究所)におけるピープルアナリティクスを活用した人材育成の事例について紹介する。

当社では、データ活用構想の下、2009年より社員データの蓄積を開始し、2012年には専門チームを立ち上げ、ピープルアナリティクスに関する本格的な研究を開始。

2014年頃からは、この研究結果の採用活動への応用を行っている。

読者のみなさまは、『マネー・ボール』(著:マイケル・ルイス)という本をご存知だろうか?同書は、基本的にはエンターテインメント仕立ての物語で描かれる小説である。

アメリカのメジャーリーグを舞台に、資金力のない弱小球団が、独自の野球理論により豊富な資金力をもつ強豪チームを打ち負かし、リーグを制覇するという実話が基になっている。

その勝ち方は、強豪チームの作ったルール、つまり「スター選手を高年俸で集める」というルールには参加せず、自分たちの独自の指標で選手を目利きするというものだ。

その代表的な指標は、「出塁率※」である。

スカウト、すなわち採用においては、アマチュア時代に際立った成績を残した選手ではなく、メジャーリーグでの試合で勝てる選手をスカウティングすべきである、ということが書かれている。

当社のピープルアナリティクス活用の起源となる一冊である。

『マネー・ボール』の野球理論を採用の世界に応用すると、日本の採用市場が定義しているルールには参加せず、内定を複数取るような採用市場で人気のある人ではなく、自社でプレーヤーとして活躍する人を事前に目利きできるようになろうということだ。

当時のセプテーニグループは、事業は非常に速いスピードで成長する一方、ヒトの供給もマネジメントのレベルも追いつかないという苦しい時期であった。

『マネー・ボール』に着想を得た当時の人事担当役員がピープルアナリティクスの活用を構想し、ヒトに関する研究が本格スタートした。

※出塁率野球で打者を評価する指標の一つ。

打者の打撃機会あたりの出塁割合を表し、高いほど良いとされる。

当社は常に「育成方程式」という概念に基づき研究活動を行っている。

「育成方程式」とは、ヒトが生まれ持った個性とその人をとりまく環境が相互作用することで、成長に影響を及ぼすという法則性を表した考え方である。

当社では、職場にある「環境(E)」を「チーム(T)」および「仕事(W)」と定義し、その2要素と本人の「個性(P)」との相性が高いほど、大きな「成長(G)」を生む可能性が増加すると考えている。

また、「成長(G)」については、「営業成績等の定量的な評価が可能な情報」との相関が確認できており、それは常に正規分布がとれていることも実証できている。

この育成方程式では、個性と環境の「相性」という定性的な情報を定量化することが肝要となる。

また、成長の測定においては、社内に蓄積された膨大な当社独自運用の360度評価結果を活用。

そこから得られるスコアには、直接的に業績には反映されない裏での献身的な働きや、周囲との関係性等、業績のみからは測れない「評判」という情報が抽出される。

人材育成の成果が定量化された情報として有用性は高いと評価し、活用を続けている。

新卒採用での合否判断からデータ活用をスタート最初は500名近い社員の人事データをExcelなどで整えるところから始め、大きなデータベースが構築された後にAI(統計技術や機械学習)を取り入れていく流れで拡張していった。

最初に着手したのは、採用の合否判断におけるデータ活用である。

社内の人事データと定量的な360度評価のスコアで表されるパフォーマンスの関係性の研究をし続け、2016年には人事データを専門に研究を行う人的資産研究所を設立。

その過程で、新卒採用においては、学生の「個性」「取り巻く環境」「行動」を中心とした情報から、入社後のパフォーマンスを予測することが可能になった。

具体的には、パーソナリティ診断やエントリー時のアンケート、過去の行動履歴など約100の項目から、過去の社員のパフォーマンスを参照して、応募者の活躍度の予測を行っている。

逆に、予測には定量的な情報が必要であり、採用の合否判断において、志望動機や自己PRなどの定性的な情報やエントリーシートの編集は必要ないという前提にたっている。

学生の方々の過度な就活対策や負担を軽減したいという意図もあり、採用コンセプトとしても伝えている。

もう1つポイントになるのが、4タイプに分類したヒトの個性(パーソナリティ)を定量的に把握することである。

現在の選考フローでは、基本的に面接は役員面接の1回のみで、その他の選考は定量的なデータを取得する目的で行っている。

ステップとしては、通常の選考フローでは、エントリー後にWEB上でパーソナリティ診断を受検してもらい、その後グループワークを2回実施する。

ここでは、「人事の目による行動確認」と、「学生同士の他者評価(360度評価)」から行動情報を取得している。

現在のグループワークの内容は、「自社の業績ポイントを一番高くする」というビジネスシミュレーションゲームや、自分のキャリア観に関するディスカッションなどである。

そしてグループワークを通じた印象から、同じグループメンバーのパーソナリティを表す項目について、学生同士で0~5点の6段階から360度評価をしてもらっている。

4タイプに分類したパーソナリティを、選考過程で本人のタイプやその傾向についてフィードバックし、自身のパーソナリティについて理解してもらえるように努めている。

「どのタイプだと良い」という判断ではなく、360度評価のスコアからパーソナリティがどのように発揮されていたかを定量的に把握し、その他の情報と合わせて選考通過の合否判断をしている。

そして、グループワーク選考を通過した学生には、役員面接へと進んでもらうことになる。

役員面接では、学生時代などの過去における環境や行動について話を聞きながら、パーソナリティの情報をもとにした「行動確認」を中心に実施している。

このように、定量的なデータから選考基準を設けて、一般的な選考に見られる「複数の主観的な判断の連続」を防ぎながら、学生への負担が大きい面接回数を最小限にとどめた採用活動を実現している。

活躍をKPIにしたデータによる配置/異動、育成プラン配置や異動については活躍をKPI(重要業績評価指標)に行っており、この判断にもデータを活用している。

特に新入社員時の配属は非常に重要である。

具体的には「チームメンバー」「上司」「トレーナー(OJT担当)」との相性スコアを算出し、配属先との総合的な相性をスコア化している。

研究の結果、当社ではチームメンバーとの相性の良さが最も重要であると分かってきている。

新入社員の早期戦力化は組織のパフォーマンスを上げるうえでも重要な課題である。

早期戦力化にあたって重要な要素となってくる環境への適応は、本人の個性と配属された職場の特性によって異なってくる。

同じ仕事、同じチームメンバーであっても、新入社員の個性が異なれば環境適応の方法は全く変わってくるため、100人いれば100通りのヒトの個性と配属先の特性にマッチした育成プランが求められる。

これを当社では、データに基づいた新入社員の「環境適応プログラム」と称し、実施している。

本人と配属先の特性にマッチした「オン・ボーディング施策※」のようなイメージで捉えてほしい。

各個人のプログラムの進捗を定量的に検証し、早期にPDCAを回し、適宜補正(異動や仕事内容の変更)を加えていくことで、新人の早期戦力化を実現することを目指している。

※オン・ボーディング(onboarding)組織の一員やサービスのユーザーとして新しく加入したメンバーに手ほどきを行い、慣れさせるプロセスのこと。

企業人事の領域では、新規採用した人材の受け入れから定着、戦力化までの一連の流れをいう。

2016年に実施した「環境適応プログラム」の検証では、実施した26名の社員と、未実施の38名の社員の「戦力化率※」に違いが出た。

入社して半年時点では同じであったが、1年後の時点では実施者が85%、未実施者が74%と、実施者の戦力化率が11ポイント上回る結果となった。

また、直近では「環境適応プログラム」だけではなく、その後もパーソナリティに合わせ、最適なタイミングで最適なトレーニングを提供する「個別育成プログラム」の開発も進めている。

※戦力化率当社として便宜上活用している、人材育成における戦力化の一指標。

当社が20年以上にわたり実施している「360度評価のスコア」が、一定以上を戦力化したと定義した場合の比率。

潜在退職率の可視化およびリテンション(離職・転職を防ぐための施策)

また、AIによるデータ分析で、潜在退職率の可視化も可能になっている。

潜在退職率は、直近5年間の在籍・退職に関わるデータとそれらを説明し得る因子をAIで関連づけさせることで算出でき、たとえばタイプによっては「社内の特定のイベントに参加するか否か」が潜在退職率に関連することも分かってきた。

また、プレーヤータイプで個人の業績はいいけれど人を育成するのは苦手な人や、「この人はこの環境に異動することでパフォーマンスがこれくらい上がる可能性がある」というようなことも分かるようになってきている。

意外な分析結果が出ることもある。

ある時、社内でもハイパフォーマーと呼ばれるような社員が潜在退職率ランキングの上位にあがってきた。

そこで、AIにその社員への異動や職務転換など、リテンション施策となるようなさまざまな変数を与えてみたが、どうシミュレーションしても潜在退職率が下がらなかった。

結局、その社員は半年以内に辞めてしまった。

ただ退職理由はとても前向きで、誰も予想していなかった内容であった。

リテンション施策は機能しなかったが、事前に分析結果が明確に出ていたため、データの精度に納得感を持てる事例の1つになった。

つまり、退職は現場マネジメントの責任というようなイメージもあるかもしれないが、実際はそうでない場合も多々あると考えられ、定量的に分かることがその後のマネジメントを考えるうえで重要になるわけだ。

一方、人材育成担当の目線では、「どうすればもっとパフォーマンスを発揮できるようになるか」をAIによりさまざまな変数で試し、リテンション施策として、配属や労働条件などに適用することを検討していきたい。

「石の上にも三年」とよく言われるが、当社の事例をみるとその考え方はあやしいと言わざるをえない。

入社当初に何らかのつまずきがあった人のデータを追いかけてみると、3年以上環境変化のないまま在籍し続けている人は少数であった。

すでに退職していたり、異動して成果を出している人が多数だったのだ。

一般論としても、一度落ちてしまった評判を同じ組織で上げるというのは非常に難易度が高い。

先ほどの「環境適応プログラム」の話に戻るが、新人時代は3カ月ごとにデータを分析し、もし思うような結果が得られない場合は異動やチームを変える提案を積極的に行っている。

人材育成担当に求められるスキル・役割の変化ヒトと環境(組織と仕事との相性)の最適なマッチング、「育つ」を中心に、当社の事例から、ピープルアナリティクスで実現できる人材育成ソリューションの一部について触れてきた。

ピープルアナリティクスの活用価値は、ある程度感じていただけたことと思う。

次に、ピープルアナリティクスを活用するうえで人材育成担当に求められるスキル・役割について触れたい。

22で整理した「育てる」と「育つ」について、それぞれに必要なスキルを考えてみる。

結論でいうとこうなる。

【人材担当者に必要なスキル・役割】「育てる」:ヒトの個性にマッチした武器(スキル、ノウハウ)の提供。

主にOffJTの領域⇒必要なスキル:個性にパーソナライズ化された武器を提供する、「コーディネート力」「育つ」:ヒトと環境(組織と仕事との相性)の最適なマッチング。

主にOJTの領域⇒必要なスキル:「育つ」を科学しソリューションへ導く、「テクノロジー&クリエイティブ力」「コーディネート力」はこれまで人材育成担当が磨いてきたスキルの延長にある。

代表的なスキルとしては、企画力や運用調整力、コーチング力や関係構築力など。

プラスして伸ばしていきたいのが、「どんなタイプには、何が効くのか」の理解だ。

具体的には、「ヒトの個性」と「数多あるソリューション」をマッチさせるスキルだ。

「ヒトの個性」を理解するうえでは、世にある診断ツールの把握、場合によっては心理学的な知見が一部必要になるかもしれない。

「数多あるソリューション」については、社内社外問わず、育成ソリューションの引き出しを多数用意できる情報収集力と言えるだろう。

次に、「テクノロジー&クリエイティブ力」である。

まずはベースとして、HRテクノロジーに関する全体把握は必要になるだろう。

世にあるサービスや仕組みをある程度はカバーしたいし、分析に関する基礎知識も兼ね備えておけるとよいだろう。

自ら手を動かす必要はないが、統計分析やAI(マシンラーニング/ディープラーニング)についても学びを深めたい。

予測モデルの構築など、プロダクト開発においてはデータサイエンティストやAIエンジニアとの協業が必須になるからだ。

クリエイティブ力も欠かせない。

「どんなデータから、どんな仮設を立て、どんなモデル構築を行うか」の初期設計において、データを根拠にクリエイティブに発想する力が極めて重要である。

データの量と質が揃っていたとしても、初期設計の当たりのつけ方を誤ると、付加価値の低い情報しか出てこないことが想像できる。

さらには、KKD「(経験(Keiken)、勘(Kan)、度胸(Dokyou)」と言われるような、日本の高度成長期に製造業を中心に根付いたとされる感覚的スキルも必要な要素であろう。

成長産業の分野でも、事業運営での経験から過去の事例をもとにした判断は必要だ。

何かトラブルが起きたとき、「経験・勘」により打開策を見つけ、「度胸」でその策を推進するようなことは多くの方が経験しているのではないだろうか。

特にお伝えしたいのは、これまで感覚的に磨いてきた「KKD(経験・勘・度胸)」を大切にしながら、「コーディネート力」や「テクノロジー&クリエイティブ力」のスキルを高めていきたいということだ。

見方を変えれば、「暗黙知」である「KKD(経験・勘・度胸)」をAIによって「形式知」にする、とも言えるだろう。

結果、AIでは代替のきかない人材育成担当としての付加価値は高まり、「ヒト×AI」による最強の人材育成ソリューションの提供が可能になる。

今こそ、人材育成担当の働き方OSをアップデートするときではないだろうか。

2-4未来の人材育成について考える

「ヒト×AI」により、人材育成はどう変わるのか。

と聞かれたら、あなたはどう答えるだろうか?肝要なのは、技術的観点でテクノロジーを極めることではなく、会社やマーケットの未来を予測しながら、自社の人事戦略を設計できることである。

感覚的ではあるが、日本のHRテクノロジー関連の市場が急速な盛り上がりを見せる一方で、ピープルアナリティクスの活用はまだまだ遅れているように感じる。

労務管理や採用管理と比較して、費用対効果が可視化しにくい点、成果がトラッキングしにくい点など、人材育成領域に特有な「暗黙知」が多いことが要因として考えられる。

前項の当社事例でお伝えした通り、科学的に、“ヒトは狙って「育てる」ことで「育つ」”というアプローチは可能である。

地道ではあるが、PDCAを回し続けることで必ず精度の高い示唆がAIによってもたらされると信じている。

本項では、ピープルアナリティクスにおけるデータ管理、および未来の人材育成について考えていきたい。

HRテクノロジーにより劇的に変わるヒトのデータ管理未来の人材育成を考えるにあたって、ヒトにまつわるデータ管理方法について触れる。

HRテクノロジーによる業務効率化が最も進む分野と思われるのは、人事データの管理である。

社員名簿に必要な基本情報、給与計算のための情報、勤怠管理情報、紙で提出された情報など、多くの情報管理業務が発生する。

こうした労務管理業務は、当社はもちろん、これまでExcelやシステムごとに多重管理しているケースが一般的であったと思うが、HRテクノロジーにより「API※」や「RPA※」などのテクノロジーを駆使することで情報の一元化が可能になった。

また、人手のかかる業務である労務手続きにもすでにHRテクノロジーが活用されている。

企業はもちろん、公的機関でも電子申請が進み、インターネットを介して申請書類を提出できるため、所轄窓口まで出向く必要は少なくなっている。

今では、従業員の申請から所轄窓口への届出まで、全てクラウド上で完結することも可能であろう。

※API(ApplicationProgrammingInterface)ソフトウェアの機能を共有する仕組みのこと。

よく使う機能がAPIとして用意されていれば、一からプログラムを組む必要なく、必要に応じてAPIを利用し、効率的に開発を進めることができる。

※RPA(RoboticProcessAutomation)ソフトウェアロボットによる業務プロセスの自動化を指す。

複数のアプリケーションを連携して操作したり、表示した画面の内容を確認して入力する作業など、今まで人手で行っていた事務作業を、ソフトウェアロボットが代行する。

当社でも人事データの一元管理を進めている。

前項でお伝えしてきた各人材育成ソリューションの統計解析に活用する社員一人あたりのデータ量は、入社時に約170項目あるものが、在籍10年間で約800項目の情報量となる。

履歴書や職務経歴書、パーソナリティ診断やアンケートなどのエントリー時の情報はもちろん、査定結果や経験職種、異動履歴、社内制度への応募履歴など、さまざまな情報を活用している。

当社として重要視しているのは、活用するデータは全て「事実情報」ということである。

年齢、学歴、前職、360度評価のスコア(定量値)、のような情報である。

例えば、面接などの際の「コミュニケーション能力が非常に高い」といったような面接官による主観的な判断情報は一切含んでいない。

逆に、事実情報に即した判断をAIが与えてくれることで、勘や経験など、なんとなくの好みや感覚で行っていた「暗黙知」に根拠を持つことができるようにもなる。

そうすることによって、人間ではどうしても排除することができないバイアスをできる限り除くことができ、AIとの共存によりこれまでにないソリューション提供を行うことが可能になると考えている。

すでに多くの企業が人事データ管理の一元化を進めていることと思うが、ピープルアナリティクスの観点では、蓄積されたデータの「何を、どのように」活用していくかが非常に重要になる。

そういった意味でも、まずはHRテクノロジーの導入により、人事データの一元管理を行うことを最初のステップとして考えていきたい。

では、具体的に人事データにはどんなものがあり、一元管理をするにあたりまず何から収集をすべきか。

ピープルアナリティクスを実践するにあたり、データの整理および活用の優先度を考えてみる。

〈人事データ/ピープルアナリティクス活用の優先度(★1~3)〉

※順不同①社員情報★★★:社員番号、氏名、生年月日、性別、顔写真、住所、家族構成、学歴、職歴②組織情報★★★:所属組織、異動歴、職位、職能・資格③給与情報★☆☆:給与、給与履歴、社会保険④賞与情報★★☆:賞与、受賞歴⑤査定情報★★★:査定結果・評価、昇進・昇格履歴⑥勤怠情報★☆☆:出勤・遅刻・欠勤・有給休暇、36協定などの労務協定情報⑦研修情報★★☆:研修種別、研修履歴、スキル

⑧申請情報★☆☆:ワークフロー、各種申請書のフォーマット、申請手順⑨診断情報★★☆:面接評価、性格診断これら人事データが一元管理されている状態が望ましいが、情報量が多くアクセス先も異なるケースが多いことが想像できる。

そんなときは、まずは優先度「★★★」とした「①社員情報」「②組織情報」「⑤査定情報」を優先的に収集することを推奨したい。

特に「⑤査定情報」については、「事実情報」を中心に、誰にでも善し悪しの判断がしやすいノイズの少ないデータを入れることが望ましい。

「①どんな社員が」「②どんなキャリアを経て」「⑤どんな評価を得ているか」といった具合に、人材育成に重要なポイントを可視化できる。

Excelの「列」に氏名を、「行」に①②⑤の情報を入れるようなイメージだ。

ピープルアナリティクスへの着手を検討するにあたり、一助となれば幸いである。

AIによる人材育成の「パーソナライズ化×オートメーション化」未来の人材育成は、「パーソナライズ化×オートメーション化」が実現できると考えている。

全社員にAIキャリアアドバイザーがついているようなイメージだ。

AIを活用したbotでのコミュニケーション等はすでに実現されており、人材育成にも転用は可能だろう。

AIにより、ヒトの個性に合った人材育成ソリューションがキャリアステージに合わせてレコメンドされる。

また、本人が主体的に必要な武器を選択し、実務でのトレーニングを通したフィードバックや、推奨する異動先ポジションが提示される。

「育てる」と「育つ」が必要なタイミングでレコメンドされることで、成長実感やキャリアアップを実現することができる。

このサイクルが自走している状態を「オートメーション化」と捉えている。

「育てる」と「育つ」のソリューション以外にも、「相談する」のような機能も実装できるだろう。

「成長実感がない」「キャリアパスが見えない」など、キャリアに対する悩みにも、AIキャリアアドバイザーの即時性の高いアドバイスが効きそうだ。

AIがゆえに、人間よりも圧倒的に多くの情報からアドバイスを提供できることも強みになる。

24時間営業の優秀なキャリアアドバイザーが常駐しているような状態だ。

もちろん、AIキャリアアドバイザーでは対応できないような、高度なコミュニケーションが必要になるケースもあるだろう。

そんな時こそ人材育成担当の価値が発揮されるタイミングだ。

AIキャリアアドバイザーが「かかりつけの医師」だとしたら、人材育成担当は「腕の立つ外科医」といった役割だろうか。

まさに、「ヒト×AI」による最強の人材育成ソリューションとなるであろう。「ヒト×AI」の総力戦での人材育成は、社員エンゲージメントの向上にも繋がる。

ビジネスの生産性の向上はもちろん、人材獲得競争にも優位に働きそうだ。

最適なタイミングで最適なトレーニングを提供する「個別育成プログラム」について、23の当社事例で触れた。

現在開発中(検証中)のものだが、上記のような「AIキャリアアドバイザー」のイメージになる。

当社では「キャリアコーチ」という位置付けだが、すでにモデルケースも何件か出てきている。

テスト対象の社員が、クラウド上の人事システムでレコメンドされる育成プログラムを受けるといったものだが、実施後の360度評価のスコアが上昇するという結果に繋がっている。

また、AIによる「キャリアコーチ」が存在することで、管理職は「ビジネスコーチ」への比重を高めることが可能となり、組織の生産性が上がることを期待している。

2-5人材育成に関する経営からの問いにロジックで答える

「ヒトの競争力が企業成長の源泉である」ということに異論はないと思うが、ヒトの競争力を定量的に可視化することは非常に困難である。

したがって、ヒトの競争力を高めるための施策を講じる人材育成担当のKPIも常にブラックボックスなものとなり、効果測定が難しい。

結果、何か新しい取り組みに対しての予算捻出のロジック(費用対効果を示すもの)がなく実現不可能になったり、そもそも実施した方がいいと思っても提案すら躊躇するような経験を、実務担当の方であれば誰もが一度は経験したことがあるだろう。

逆に経営目線で考えると、費用対効果の見えないものに投資するハードルが高いのは当然であり、例えば業績低迷下におけるコストカット施策において、まずは人材育成予算(研修費等)から削るようなことも、ある種定石として理解できる。

しかし、「ヒトの競争力が企業成長の源泉である」という前提に立てば、ヒトに投資をしてこそ未来の利益に繋がることも間違いない事実である。

本項では、ピープルアナリティクスを活用して、経営者と人材育成担当のギャップ(定量判断できる共通言語)をできる限りクリアにすることを目的に、「人材育成に関する経営からの問いにロジックで答える」ことについて考えていきたい。

人材育成に関する経営からの問いとは?では実際に、人材育成に関する経営からの問いにはどんなものがあるだろうか。

企業のステージや課題感によっても変わってくると思うが、よくありそうな問いとしていくつか考えてみた。

①効果測定はどうすればよいか?ROI(費用対効果)はどうみるべきか?②マネジメントの得手不得手をどう見極めたらいいか?③人員配置によって組織の生産性を高めるにはどうすればよいか?④コア人材の退職防止に効果的な施策は何か?いかがだろうか?人材育成の実務に関わる方であれば、おそらく同様の問いを受けた経験があるだろう。

いずれも回答に詰まるような難易度の高い問いである。

これらの問いに対して、定量判断可能な情報とともに、経営と共通言語で議論できるような状態になれば、人事目線から経営戦略の一翼を担うことが可能になり、人材育成担当としての価値(社内外におけるプレゼンス)は飛躍的に上がる。

では、それらの問いにどんなロジックがあれば答えることができるのか。

ピープルアナリティクスの活用によってどんな答えを出せる可能性があるのか。

ピープルアナリティクスを万能薬とは思っていないが、実際にいくつかの問いに対して答えになりそうなロジックを考えてみる。

ただ注意してほしいのは、あくまでロジックであり、実際に導くことは簡単ではないということである。

地道にデータを集め効果検証をし続ける根気が必要ということは、事前にお伝えしておきたい。

①効果測定はどうすればよいか?ROI(費用対効果)はどうみるべきか?まずは効果の定義から考えたい。

最も分かりやすいものが社員のLTV(LifeTimeValue)ではないだろうか。

「顧客生涯価値」と訳され、社員に置き換えると、「生産性×在籍年数」を企業への貢献利益として算出できる。

企業ごとに社員一人あたりの「生産性」の定義は異なるが(職種による難易度も異なるが)、おそらく定量化は可能であり、「在籍年数」と掛け合わせることで算出できるのではないだろうか。

次に「在籍年数」を1年、3年、5年などの一定期間で区切ることで、「在籍〇年経過時点でのLTV」の評価も可能になる。

続いて、「在籍期間に応じたLTVの高い社員」に共通する因子を見つけていく。

パーソナリティ(社員基本情報、性格診断等)や入社からのキャリアログ(異動履歴、査定結果、業績推移、受講研修など)を調べることで一定の因子が見つかる可能性が高い。

ここまでくると、理論上、LTVの高い社員と近いパーソナリティの因子を持つ社員に、同様のキャリアログを辿らせればLTVが高まる確率が上がるといえそうだ。

例えば、5年目(パーソナリティタイプ:A)のLTVの高い社員と同様のキャリアログを、2年目(パーソナリティタイプ:A)の社員に辿らせるようなイメージである。

具体的には、LTVの高い社員と同様のOJT(組織と仕事との相性)とOffJT(スキル/ノウハウ)を育成施策として提供することが必要である。

結果、LTVの定点観測が可能になり、育成施策における「before→after」によりROIの輪郭も見えてくるものと考える。

②マネジメントの得手不得手をどう見極めたらいいか?「管理職の育成に課題がある」という企業はかなり多いのではないか。

もちろん当社でも同様の課題を感じている。

いわゆる日本型雇用の「総合職」ではよくあることだが、ある職種で高い実績(スペシャリティー)を発揮する人からマネジメント層に昇格していく。

マネジメントスキルの有無に関係なく、実績の有無が判断軸の上位となる。

全ての企業でそうとは思わないが、大雑把にいえば、「マネジメントをあまり分からない人がマネジメント職に就く」ということだろう。

結果、もともとマネジメント適性が高く活躍するケースもあれば、スペシャリスト適性が高く上手くいかない場合もある。

上手くいかない場合、当人が嫌になってしまったり、部下が疲弊してしまったり、組織の生産性が低下してしまう。

おそらく、こういったキャリアアップ時のねじれが、管理職育成の課題の一因になっていると想像できる。

本題である「マネジメントの得手不得手をどう見極めたらいいか?」には、どんなロジックが最適だろうか。

当社の一例ではあるが、「マネジメント適性が高く活躍するケース」の社員の共通因子として、性格診断のある項目が高い傾向にあった。

「受容性」である。

「物事を受け入れること。

受け入れ(取り込み)やすいさま」、「外部の状況を受け入れようとする力」といった意味になる。

ビジネスに置き換えると、市場の変化や人の流動性の高さなどを柔軟に受け入れ、適応する能力とも言える。

イメージしやすい項目かとは思うが、当社における分かりやすい共通項であり、マネジメントの得手不得手を見極めるロジックの1つである。

ポイントは、それを事前に把握できており、適性を考えたキャリアアップおよび配置を検討している点である。

もちろん、「受容性」が低いからといってマネジメントを任せないのではなく、適性にマッチしたマネジメントスタイル(またはマッチした部下の配置)を推奨することで、キャリアの選択肢を広げようという考え方が前提である。

このように、まずはマネジメントの得手不得手を見極めるための共通となるロジック(判断軸)を持つことが重要だ。

すでにあるパーソナリティデータを活用したり、新たなツールで診断したり、選択肢はいくつかあると思うが、一度決めたものをころころ変えずに効果検証を継続的に行うことで見極めの精度が高まっていく。

結果、経営に対してもロジックを持って提案することが可能であり、意思決定が加速する。

なお、見極めることと同時に、マネジメントの得手不得手の特性を踏まえた配置や仕事も重要であるが、これについては③の問いで説明したい。

③人員配置によって組織の生産性を高めるにはどうすればよいか?「G=P×E(T+W)」※G:成長/P:個性/E:環境/T:チーム/W:仕事当社で定義する「育成方程式」を改めて紹介したい。

「育成方程式」とは、個々人が生まれ持った個性とその人をとりまく環境が相互作用することで、成長に影響を及ぼすという法則性を表した考え方である。

蛇足になるが、あくまで考え方であり、数学的にこの方程式を解くことはもちろん不可能である。

当社では、職場にある環境(E)をチーム(T)および仕事(W)と定義し、その2要素と本人の個性(P)との相性が高いほど、大きな成長(G)を生む可能性が増加すると考えている。

成長(G)の測定には当社独自運用の360度評価のスコアを活用するが、「育成方程式」のロジックで配置された結果、方程式の通り「評価が上がる」という結果が定量的にも証明されている。

当社の好業績プレーヤーの360度評価のスコアが総じて高いということを考えると、「育成方程式」の配置ロジックで組織の生産性を高められる可能性は高そうであると考えている。

ピープルアナリティクスを活用した地道なプロセスはもちろん必要だが、人員配置によって組織の生産性を高めることは可能であり、経営に対して指針となるロジックを提供することは間違いなくできる。

当社で活用する4つのパーソナリティのマトリックスを使って、実際の配属イメージを紹介したい。

まず、配置におけるチーム(T)の相性という観点では、基本的に同タイプのマッチングレベルが最も高い。

「攻め/デジタル」の上司の下には「攻め/デジタル」のメンバーを配置する、といった具合である。

仕事のスタンスや進め方などの考え方のクセが近く、メンバーは上司の良い所(武器)を真似しやすい。

結果、成長スピードも早い傾向にある。

逆に、「攻め/デジタル」と「守り/アナログ」や「攻め/アナログ」と「守り/デジタル」など、斜めの関係の相性はあまり良くない。

イメージしやすいと思うが、「物事を感覚的に判断し即座に行動するタイプ(攻め/アナログ)」と「物事を合理的に判断し慎重に判断するタイプ(守り/デジタル)」とが上司・部下の関係になった場合、お互い本質的に理解し合えず上手く仕事が進まないケースが多い。

一方、「攻め/デジタル」と「守り/デジタル」の縦の関係の相性は比較的良いケースが多い。

「物事を合理的に判断し即座に行動するタイプ(攻め/デジタル)」と「物事を合理的に判断し慎重に判断するタイプ(守り/デジタル)」といった組み合わせになり、「デジタル」という思考型が共通するため、攻めと守りが上手く相互補完し合う関係を築けるのだ。

仕事(W)の相性という観点でも紹介したい。

例えば「営業職」の場合であるが、「営業職」という一括りにはせず、まずは「営業職」の仕事を因数分解することからはじめていきたい。

「新規開拓型」「課題解決型」のような、実務において求められる営業能力に近いイメージである。

当社でも同様の分解で「営業職」における仕事との相性を調査した結果、「攻め/デジタルには“新規開拓型”」、「守り/デジタルには“課題解決型”」の相性が良く、360度評価のスコアとパフォーマンス(業績)との正の相関が出た。

実際の配置では、AIにより導き出された、チーム(T)および仕事(W)の相性データを根拠とするが、考え方の大枠はイメージしてもらえたものと思う。

結論、科学的な人員配置によって組織の生産性を高めることは可能であり、経営に対しデータとロジックで答えることはできる。

まずは大枠からでも、最初の一歩が重要である。

④コア人材の退職防止に効果的な施策は何か?23の「潜在退職率の可視化およびリテンション」というパートで事例を説明した通り、当社では退職予測モデルを活用している。

もちろん当社以外にもAIによる退職予測モデルを開発・活用する企業は増えており、人材獲得競争の激しい昨今、退職防止のリテンション施策の重要性は高まっているといえるだろう。

各社ロジックは異なると思うが、過去からの在籍・退職に関わる人事データと、それらを説明できるさまざまな因子をAIで関連づけさせることで退職予測の可視化が可能である。

因子になる人事データには、パーソナリティ(社員基本情報、性格診断等)や入社からのキャリアログ(異動履歴、査定結果、業績推移、受講研修など)を活用する。

基本的に、過去退職者と近しい因子を持つ在籍社員には退職予測フラグが立ちやすくなる。

退職予測による可視化をファーストステップとして、重要なのはリテンション施策である。

当社においては、23の事例でも説明したように、まずはAIによりフラグの立ったリスク因子に変更を加えることを試みる。

AIシミュレーションの結果に応じて、具体的には、当社「育成方程式」で定義する、チーム(T)および仕事(W)に変更を加える。

人事異動または役割変更(職制変更も含む)がこれにあたる。

もちろん、AIの判断に応じてドライに変更をするわけではなく、上長や役員、人事担当からの1on1ミーティングは並行して実施する。

ただし、これまでのものと異なるのは、「なぜリテンションが必要となったか」「どうすればリテンションが効くのか」が予測できている状態で1on1ミーティングを行えることである。

さらに別の角度からは、エンゲージメントスコアの可視化をツールにより行っている。

AIよりも現場からのダイレクトな情報を定点観測できる利点があるためだ。

ポイントは、「退職予測」・「エンゲージメントスコア」の定量情報取得と、1on1などの人によるコミュニケーションを適切なタイミングで活用することである。

全ての退職を防ぐことは困難であるが、複数の網から早期に退職リスクを発見し、先手でリテンション施策を打つことが非常に重要だ。

経営への定期フィードバックも必ず行い、経営サイドと一体になってリテンション施策を推進していくことが望ましい。

サーバントリーダーシップでビジネスの牽引役へ「経営からの問いにロジックで答える」について考えてきた。

「ヒト・モノ・カネ」の「ヒト」は、最も重要かつブラックボックスであるがゆえ、経営の問いにロジックで答えることの価値は非常に高い。

ピープルアナリティクスは万能薬ではないが、ロジックを構成するための重要なファクトになることは間違いない。

さらには、ピープルアナリティクスを活用した科学的な人材育成スキームは人材獲得競争にも有利に働く。

社内の人材競争力を高めるための施策が、社外の優秀な人材を呼び込むという好循環を生み出すのだ。

人的資源が企業成長の源泉であり、その重要性が日に日に高まっている現状を考えると、人事担当が担う役割は企業経営の要になるといっても過言ではない。

経営者の傍らで、人材をベースにした短期・中長期の事業戦略まで描ける人事を目指したい。

事業環境の思わしくない状態においては、最適な労働分配率や採用計画を経営に示唆できるような役割も担っていきたい。

「サーバントリーダーシップ」ご存知の方も多いと思うが、比較的新しいリーダーシップの概念である。

「組織のメンバーの力を最大限に発揮するための環境づくりに奉仕するリーダーシップのスタイル」という考え方になる。

サーバントは「奉仕者」や「使用人」といった意味合いになるが、けして経営者のイエスマンになれということではない。

環境の変化がめまぐるしい、現代のビジネスに柔軟に対応するためのリーダーシップスタイルである。

今、人事担当にこそ必要なリーダーシップの姿であると考える。

ヒトのプロフェッショナルとして、人的資源を競争力に。

サーバントリーダーシップで、あなたがビジネスの牽引役へ。

コラム①人事の歴史がわかれば日本の社会がわかる!

人事の歴史経済産業省経済産業政策局産業人材政策室課長補佐堀達也(1)人事の歴史概観日本企業の人事システムや人事機能に求められてきた役割は、時代に応じて変化してきた。

その背景には、戦後から現在に至るまでの経済成長率の変化・サービス経済化に代表される産業構造の転換などといった日本や世界を取り巻く経済情勢の変化や出生率低下、平均寿命延伸などを背景とした少子高齢化やインターネットの普及を背景とした個人が保有する情報量の増加など社会情勢の変化が挙げられる。

また、近年急激にその進化のスピードが加速化してきているAIを中心とする技術進歩も無視できない影響を与えている(第2章にて詳述)。

本コラムでは、第二次世界大戦以降の経済社会情勢を背景として概観しつつ、その中で日本企業の人事システムや人事機能の役割がどのように変遷していったかをざっくりと眺めてみたい。

また、こうした歴史を踏まえて、これからの人事の在り方はどうあるべきか考えてみたい。

1945年の第二次世界大戦における敗戦は、まさに日本経済を一から立て直す契機であった。

GHQによる日本の戦後改革は、いわゆる「五大改革指令」からスタートしたと言われているが、その際に挙げられていた5項目は「秘密警察廃止」「婦人解放」「学校教育の自由化」「経済の民主化」、そして「労働組合の結成奨励」であった。

折しも戦後経済の復興期、ドッジ・ラインによる緊縮財政を受けたハイパーインフレの状況下において、労働運動が急激に盛り上がり、1946年10月の「産別十月闘争」を機に、日本で最初の代表的賃金体系と言われる「電産型賃金体系」が確立した。

これは、賃金決定にあたって、①経営者による査定権の介入を排除し、勤続年数や家族数などの客観的指標に求めること(年功的平等主義)、②仕事のためではなく最低限の生活を保障するという観点から、賃金総額の約8割を「生活保障給」とすること(生活給思想)、③個々の企業毎ではなく同じ産業の所属する企業が連携して決めること(産業別横断賃金論)を特徴とするものであった(1)。

「」「」「」、。

その後、朝鮮戦争を背景とした特需景気後の不況期には、企業による人員整理等が行われ、再び労働運動の高まりが見られた。

この際に確立されたのが、いわゆる「春闘」である。

1955年に始まった「春闘」は、我が国で一般的な企業別労働組合の産業毎連合体(単産)が連携して、毎年2月に労働運動を行うものである。

「春闘」は、終身雇用や年功序列賃金を維持しつつ、経済成長に応じた賃金上昇や賃金格差の縮小を実現するため、長きにわたり重要な役割を果たしてきた。

1960年から1973年のオイルショックまでのいわゆる高度経済成長期は、右肩上がりの経済成長が実現していた時期であった。

好調な企業収益を背景に、労使双方の取組を背景とした雇用維持や賃金上昇が一段と進み、いわゆる「日本型雇用システム」が確立されていった。

給与体系は、年功序列型の賃金体系を維持しつつ、能力ベースの職能資格制度が導入された。

また、賃金・処遇における職・工の区分撤廃などの一体的な従業員制度の確立、就職協定に裏付けられた新卒一括採用の形成、配置転換・OJT等による能力開発手法の確立、終身雇用制度を支える解雇権濫用法理(2)の確立など、現在の日本の雇用システムの基礎をなす制度・慣行が、次々と形成されていった。

戦後の混乱期から高度経済成長期に至るまでの企業経営における人事部の役割を振り返ってみよう。

企業は高い経済成長に支えられながら、収益を着実に挙げていくことができたため、人事部の主要ミッションは「誰もが一定の昇給や昇進機会を得られる仕組みを通じた組織全体の集団的管理」が主眼にあったと考えられる。

すなわち、人材をいかに低コストでコントロールしつつ、収益事業をますます大きく育てていくかが主要な経営課題とされている中、「強い人事」が効率的な人事管理や労務管理を進めることが最重要視された。

「春闘」の発展・定着もそうした目的と合致しており、労使間の緊密な連携に基づく取組として機能してきた。

戦後確立された「終身雇用」「年功・序列賃金」「企業別労働組合」を特徴とする「日本型雇用システム」は、高度経済成長を実現する一つのドライブとなっていた。

1973年のオイルショックとそれに伴う世界経済の混乱で、日本の高度経済成長は終焉を迎えた。

原燃料価格の高騰は「狂乱物価」と呼ばれる急激なインフレを引き起こし、成長を支えてきた企業の投資も大きく落ち込み、政策的な総需要抑制策もあって、1974年には戦後初のマイナス成長を経験、その後の成長も緩やかなものになっていった。

しかし、これまで確立されてきた労使間の緊密な協力関係や強力な政策支援(3)によって、失業率の上昇・賃金水準の低下を抑えることができたため、欧米諸国と比べて経済への影響は比較的軽微であった。

1980年代には、プラザ合意を背景とした円高不況にも見舞われたが、その後のバブル景気を背景に「世界第二位の経済大国」になるまで成長を遂げた。

こうした劇的な成長の背景にあった「日本型雇用システム」は、諸外国からも高く評価され(エズラ・F.ヴォーゲル『ジャパンアズナンバーワン:アメリカへの教訓』1979年)、急激な景気後退期における労働市場への影響を小さくする点でも一定の優位性が認められていたと言えよう。

(3)1990年代:バブル崩壊後の低成長期に生じた変化1990年代の初頭のバブル崩壊以降、経営と人事をとりまく環境は大きく変化した。

右肩上がりの経営状況は一変し、低成長の経済環境の中で、経営の立て直しを求められた日本企業は、リストラや早期退職を始めとした構造改革を余儀なくされることとなり、従来型の「終身雇用」「年功序列賃金」を維持することが困難になった。

賃金制度については、戦後ベビーブーマー世代の高齢化により、人件費が経営に与える影響が大きくなってきたことから、一定の社内公平性を確保しつつも、社員の貢献やコンピテンシーによって賃金差をつけ、人件費を抑制することが求められた。

具体的には、正社員の処遇制度として「職務等級制度」「役割等級制度」を導入する企業が見られるようになった。

「職務等級制度」は個人の職務を課業(タスク)単位で細かく整理して、それに対価を付けていくという方式であったが、実際にはあまり多くの企業で導入されなかった。

他方で、「役割等級制度」は、「職務等級制度」を日本型にアレンジした制度ともいえるもので、職務のとらえ方を大括りに捉えて(課長や部長などといった役割)、職務毎に対応した基本給と成果給を支払う制度であり、日本企業では受け入れやすく、広く普及していった。

また、採用や人材育成の考え方も変化がみられた。

人材が人的資源、すなわち「投資価値を持つ生産資源」として捉えられるようになった。

新卒一括採用が中心であった採用については、経営環境の変化などに対応することができる即戦力を採用するため、中途採用・経験者採用を増加させる企業が出てきた。

また、「一律方式の人事管理」に基づき、同一的・画一的な教育手法(横並び研修)が中心であった企業内教育の在り方も変化した。

経営体質の改善・強化を図るために、従業員の非正規化も含めてリストラを進め、将来の経営幹部育成のための人材育成やキャリア開発を導入するようになった。

経済大国として急成長した日本では、個人の生活の質がかつてなく高まっていたことから、働き手の「個の確立」「自己責任」の重要性が高まり、個人がキャリアを考えて行動することが社会的に普及していった。

こうした背景もあり、育児・介護休業法の制定(1995年、育児休業法の改正)や男女雇用機会均等法改正(1997年、差別的取扱いの禁止)などの制度的措置も行われた。

このような企業と働き手の変化は、「人事・労務管理システムインフラ」の在り方にも影響を与えた。

経済成長を前提とした強い人事による均一的な人事・労務管理ではなく、変化に柔軟に対応し、現場ごとの個別対応が可能な人事システムが求められるようになる中で、これまでのような汎用的なシステムではなく、使い勝手がよい柔軟な対応が可能なオープン系システムを導入する企業が増えた。

ERPと言われるパッケージソフトが一般化したのもこの時期である。

しかし、人事システムの機能は、あくまでも人事部門が業務効率化やコスト削減のために利用する「人事・給与システム」がメインであって、採用・配置や評価、人的資源管理などへの活用は限定的であった。

(4)2000年代:「失われた20年」で起こり始めた変化バブル崩壊以降、「失われた20年」とまで言われ、長らく低成長のままであった2000年代前半、人事の役割に大きな変化が生じる。

その社会的背景としては、我が国で特に深刻化してきた「少子高齢化」やグローバル化の進展に伴う「グローバルな人材獲得競争」、デジタル化を背景に、個人がより多くの情報を得ることが可能となったことで、より一層「個の確立」が進み、「ワーク・ライフ・バランス」「ダイバーシティ」が重視されたこと等が挙げられる。

それまでは業務効率化、コスト削減こそが経営への最大の寄与と考えられていたが、少子高齢化や人材獲得競争を背景に、希少化した人的リソースをいかに最適運用するかが重視され、人事の役割は、より積極的に経営戦略の実現に貢献することが求められるようになってきた。

いわゆる、HRBP(HumanResourceBusinessPartner)と言われるように、人事が「経営判断のパートナー」として位置づけられるようになってきた。

企業における最大の付加価値の源泉は「人材」とみなされるようになり、企業が持続的な競争優位を形成するための「戦略的人材マネジメント(SHRM)」が重視されるようになった。

すなわち、経営ビジョンと連動し経営戦略を実現するために、人材をどう戦略的に育成・活用し、成果を上げるかということが、最大の関心事となった。

その際、採用・評価・育成・活用・処遇などの一貫したプロセスの下、希少な人材資源をいかに見いだし、開発するかという観点から、「タレントマネジメント」を導入する企業も増えてきている。

(5)2010年代:新たな時代の人事の在り方2007年のリーマンショック、2011年の東日本大震災を経て、2012年以降、長期的な景気回復期が訪れる。

少子高齢化の進行も相まって、地方の人手不足感が強まる中で、今まで以上に女性・高齢者・外国人の活躍に目が向けられるようになってきた。

そうした中で、多様な人材が活躍し、発揮する付加価値を最大化する観点から、「エンゲージメント(個人の自発的な貢献意欲)」が注目されるようになった。

エンゲージメントは従業員満足度とは異なる概念であり、より企業と個人の志向性のすり合わせが重視されるものであり、企業業績と

の正の相関関係を指摘する分析も存在する。

なお、米国ギャラップ社の調査によれば、日本企業の「エンゲージメント」は世界でも最低ランクにあるとされており、日本企業における大きな課題の一つであるかもしれない。

近年では、更に「エンプロイー・エクスペリエンス」という概念も登場しており、企業がいかに従業員の立場に立った視点で環境整備を整えられるかという視点が強まってきている。

こうした新時代の人事システムを支えるインフラは、従来型の「人事・労務システム」とは一線を画しており、人事部のみならず、現場管理者・経営者・従業員自身が使用するインフラへ進化してきた。

また、いわゆる「HRテクノロジー」と呼ばれる、人事分野へのAI等のテクノロジー応用が進んでおり、米国など諸外国と比べるとまだ遅れているものの、我が国でも徐々に導入企業が増えてきている。

こうしたシステムは、従来型の「コスト削減・効率化」を実現する、いわば「守り」のシステムではなく、企業の戦略的人事を推進する最適運用を支える「攻め」のシステムである。

また、こうしたシステムに集約された人事情報をデータとして活用すること(ピープルアナリティクス)によって、更に高度な戦略的人事を推進することが可能となる。

(6)20XX年:これからの人事の在り方とは新たな時代に対応した人事システムの導入は、現状、一部の先進的な企業に留まっており、大企業でも依然として多くの企業は「日本型雇用システム」の枠組みから抜け出せていないのが現状である。

しかし、今後の経済社会情勢は特に以下の3つの要素において、大きな変化が生じることが見込まれており、その対応は日本企業の人事機能において急務となっている。

(ⅰ)グローバル化:経済活動のグローバル化を通じた国内外企業との競争激化(ⅱ)デジタル化:あらゆる事業領域、業務プロセスにおけるテクノロジーの活用(ⅲ)少子高齢化:シニア人口が増加し、若年人口が減少するグローバル化の進展は、これまでは輸出主導型産業など一部の業種に限られていたが、インターネットを通じた情報共有スピードの加速化は、あらゆる分野においてグローバルな市場の一体化を促していくことが想定される。

特に、シェアリングビジネスの急激な進展は、サービス業など内需型産業においてもグローバル化の影響を受けることが不可避であることを示唆している。

こうした中で、グローバルな動向を踏まえた経営判断や組織運営を支える高度人材の重要性がますます増してくることが想定される。

デジタル化の進展も、あらゆる分野において「破壊的イノベーション」を引き起こしており、従来の競争環境を変質させている。

「データ」がビジネス環境に与える影響が急激に拡大、AIの機能も日々加速的に進化している。

こうした中で、IT人材など時代に対応したスキルを持った人材の重要性がますます増大している。

少子高齢化の進展は、マクロの経済環境や個人の意識を大きく変容させた。

人口減少社会で労働供給量は減少トレンドにある中でも、経済成長を実現していくためには、多様な人材の活躍が不可欠となってくる。

また、健康寿命の延伸は、就労期間の長期化を促し、これまでのような単線型キャリアを維持することが、ますます困難になってくることが予想される。

加えて、新たな時代のスキルは日々進化を続けており、まさに「スキルの賞味期限の短縮化」が進んでいる中で、高付加価値スキルを身に付け続けるためのリカレント教育の重要性が高まっている。

こうした中で、日本企業の人事は今後いかにあるべきであろうか。

まずは、付加価値の源泉が「モノ」から「ヒト」に変わってきている中、「人事」の持続的な価値創造を担う戦略的な機能としての役割の重要性がより一層高まってくると考えられる。

企業競争力を支える人材確保や、働き手の生産性を最大化するためには、働きがいのある職場の実現などの人材施策が不可欠である。

また、そうした取組が持続的な企業価値向上に直結するため、経営者にとって労働市場(働き手)や資本市場(投資家)への発信や積極的な対話を図ることが、今後ますます重要になってくるであろう。

また、こうした取組と並行して重要になってくるのは、「HRテクノロジー」を活用した人材データの「見える化」である。

当面は人事業務の効率化などの取組が先行することが想定されるが、企業の競争力を真に引き出すためには、多くの企業が自社の人材データを再度見直し、蓄積し、分析する、そうした在り方が定着していくことが望ましい。

他方で、我が国経済において、いわゆる「日本型雇用システム」がもたらしてきたメリットを忘れてはいけない。

新卒一括採用・終身雇用が支えてきた雇用慣行や年功的な賃金制度は、働き手にとっては失業回避、企業にとっては一定規模の新規採用を担保する点で予見可能性を高める役割を果たしてきた。

また、企業内部での柔軟な人材配置が可能であるため、危機時における雇用の安定を確保することが容易な点なども挙げられよう。

こうしたメリットは、高い経済成長や安定的な労働供給を前提とすれば、一定の合理性を持った仕組みであったと考えられる。

しかし、先に述べたように、グローバル化・デジタル化・少子高齢化などの新たな時代の変化を見据えると、現状維持のまま経営競争力を保つことは難しく、今後は、「現代型の日本型雇用システム」にバージョンアップしていくことが求められているだろう。

こうした問題意識を踏まえて、2019年、経済産業省は「経営競争力強化に向けた人材マネジメント研究会」を開催した(マーサージャパン株式会社への事業委託)。

本研究会では、企業の人事担当役員や有識者等を委員メンバーとして、これからの人材マネジメントのあり方について議論を実施し、2019年3月6日(水)の研究会において「人材競争力強化のための9つの提言~日本企業の経営競争力強化に向けて~」と題して、以下のような提言案が示された(4)。

<3つの原則>①経営戦略を実現する重要な要素として人材および人材戦略を位置づけること②多様化する個人のあり方をふまえ、個人と企業の双方の成長を図ること③経営トップが率先して、VUCA時代におけるミッション・ビジョンの実現を目指し、組織や企業文化の変革を進めること<6つの方策>④経営に必要な多様な人材確保を可能とする、外部労働市場を意識した柔軟な報酬制度・キャリアパスの整備⑤変革や人材育成を担う経営人材、ミドルリーダーの計画的な育成・支援⑥個人の挑戦や成長を加速させ、強みを活かした企業価値の創出に貢献する企業文化や評価の構築⑦個人の自律的な成長や学び直しを後押しし、支援する機会の提供⑧個のニーズに応え、経営競争力強化を実行する人事部門の構築⑨経営トップ自ら、人材及び人材戦略に関する積極的に発信し、従業員・労働市場・資本市場との対話を実施経営環境が激しく変化する中、日本企業が経営競争力を発揮するためには、人材競争力の強化がカギとなる。

そうした中、企業における「人事」の役割・重要性は今後もより一層高まってくるであろう。

経済産業省としても、「現代型の日本型雇用システム」へのバージョンアップに向けて、強力に施策を推進していきたい。

【コラム①注】(1)世界大百科事典第2版(2)解雇権濫用法理:「使用者の解雇権の行使は、それが客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当として是認することができない場合には、権利の濫用として無効になる。

」とする判例(厚生労働省のホームページより)(3)失業給付を中心とする失業保険のみならず、雇用対策に関する事業を実施可能な雇用保険制度の創設などが挙げられる。

(4)3月6日(水)の研究会では、事務局による「提言(案)」が示されており、提言の最終版は追って公表される予定。

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