叔父のアーサー・ロジンは理解すること、説明することの楽しさを、身をもって教えてくれた本書をアーサーとベティー・ロジンに、そして私の両親シリルとユージーン・ゴリンに捧げる
謝 辞 私の知るマイケル・ポーターは、まず何よりも優れた教師である。
もし本書がポーターの奥深い研究を理解する一助になるとすれば、それはポーターが私を励まし指導しながら、自身の考えについて辛抱強く説明してくれたことが大きい。
本書の執筆を進めるなか、彼は忙しい時間をやりくりして、レーザーのように鋭い注意力をもって一つひとつの章に丁寧に目を通してくれた。
ポーターの考えを説明するためにとりあげた諸企業の事例は、ポーター自身のほか、多くの研究者やビジネス書作家の研究から引用した。
発表された研究を用いた場合は、巻末の「注釈と出典」に掲載した。
またハーバード・ビジネス・スクールの競争戦略研究所( ISC)の優秀な研究員、特にアンドリュー・ファンダーバークにも、未発表の研究を利用させてもらったことをここに記しておく。
多くの同僚や友人が本書の草稿に目を通し、有益な意見を与えてくれた。
次の三人には特に惜しみない協力をいただいた。
ハーバード・ビジネス・スクールで戦略論を教えるジャン・リブキン教授は、私が論理をはしょりすぎないよう、細かく目を配ってくれた。
エリン・マッコルガンは老練な経営者の立場から、ポーターの研究が経営者にとってどのような意義があるのかを、徹底して問いただしてくれた。
高名な出版社オーナーで愛書家のポーラ・ダッフィーは、本書の隅々にわたってかけがえのない助言をくれた。
レジナ・ファジオ・マルカとアリス・ハワードには意見をいただき、ハーバード大学ベーカー・ライブラリーのクリス・アレン、 ISCのリンダ・グレイアム、ハーバード・ビジネス・レビュー・プレスのアリソン・ピーターには力添えをいただいた。
私たちは誰しも賢明な助言や応援をくれる人がいなければやっていけない。
私にはレイフ・サガリンとシリル・ゴリンがいた。
そもそもこの本を書くよう勧め、エンジンを始動してくれたのもこの二人だ。
メリンダ・メリノは有能な編集者としてこの本に関わり、適切な判断と支援を通してよりよい本にしてくれた。
最後に、夫のビル・マグレッタに心からの感謝を捧げたい。
妻から夫への儀礼的な感謝ではない。
私はこれまで、そしてこれからも、ビルほど聡明な読者を知らない。
はじめに
マイケル・ポーターは、小さな獲物を追ううちに競争と戦略の分野の巨星になったわけではない。
彼はまだ駆け出しの研究者だった頃、ビジネスにおける唯一にして最大の、かつ最も重要な問題を追求した──なぜ同じ企業のなかにも、ほかより収益性の高い企業があるのだろう? この大きな疑問が、次々と別の疑問を生んだ。
なぜ一貫して収益性の高い業界が存在するのだろう、またこのことは戦略を立てる経営者にとってどんな意味があるのだろう?なぜ一部の国や地域はほかより繁栄しているのだろう、そしてこのことはグローバル時代の企業にどんな意味をもつのだろう? ポーターは新たな分野を拓いた古典的名著『競争の戦略』( Competitive Strategy, 1980)〔土岐坤・中 萬治・服部照夫訳、ダイヤモンド社、一九八二年、新訂一九九五年〕と『競争優位の戦略──いかに高業績を持続させるか』( Competitive Advantage, 1985)〔土岐坤・中 萬治・小野寺武夫訳、ダイヤモンド社、一九八五年〕を世に問うて以来、競争について、そして競争における成功についての根本的な疑問に、着実に答えを積み重ねてきた。
経営者にとって、これより大切なことがあるだろうか? 古典の厄介なところは、マーク・トウェインの言葉を借りれば、「誰もが読んでおけばよかったと思うが、誰も読みたいとは思わない」という点だ。
ポーターの研究に向き合うのは、厳しい運動療法にとりくむのにちょっと似ている。とてもためになるし、目を見張るような成果を生むことさえある。だがそうでなくても仕事に追われている経営者にとって生易しいことではない。
どこから手をつければいいのか? 経営者だけでなく研究者向けにも書かれた数千ページの文献を、どうやって読み進めばいいのか? 最も初期の、かつ最も緻密な論文から手をつけるべきだろうか? いや基礎はすっ飛ばして、まず最新の考えに触れた方がよいのか? ポーターの研究のよい点は、壮大で奥深いところだ。
それは厄介な点でもある。
彼の書いたものを読むには、思った以上の労力と集中力が求められるのだ。だが戦略に本気でとりくもうという人には、ポーターの研究こそが土台となる。
本書は彼の研究のエッセンスを、企業の経営者や管理職のためにまとめた。
一冊まるまる要旨などという本があるなら、この本がまさにそうだ。
本書の前提となる基本的な考え方は、実に単純なものだ。
「明晰な戦略的思考は、どんな状況におかれたどんな経営者にも不可欠であり、ポーターの研究が習得すべき基本的な原則と枠組を与えてくれる」。
そこで私はポーターの研究のエッセンスを、原典よりも「消化」しやすく、実践しやすい形で紹介するよう心がけた。
だがこのたとえを続けると、ポーターの重要な考えを本気で消化したいなら、呑みこむ前によく噛まなくてはいけない。戦略はファストフードではないし、ポーターも違う。
「戦略の本質は、何をやらないかを選択することだ」と、ポーターはことあるごとにいう。この言葉をいま一度かみしめてほしい。
なぜなら戦略が失敗する原因として最も多いのが、これを怠ることだからだ。
本書の執筆戦略を立てるにあたって、私もポーターの教えを実践しよう。一言でいえば、本書は次のことを「やらない」本だ。
◎戦略研究者向けの学術的な本は目指さない。
想定読者は経営者と管理職、そして彼らに助言を与え共に働く人たちだ。
◎ポーターの研究のすべてを要約しようとしない。
競争と戦略に焦点を絞り、医療や環境等の社会問題への競争原理の適用や、経済開発などをテーマとする、多くの優れた研究は扱わない。
◎ポーターの研究を拡張するものではない。
ただしポーターがキャリアのさまざまな段階で生み出した考えをまとめたり、初期の研究を改訂して彼がのちに発展させた考えを反映させてはいる。
本書はポーターの全面的な協力のもとに、彼の未発表のスピーチ原稿から講義まで、最新の資料を使用する許しを得ている。
◎ハウツー本ではない。
空気力学や飛行原理の本を読んだだけでは、パイロットにはなれない。
本書はむしろどのように考えるべきか、その指針を示し、優れた戦略とそうでない戦略を見きわめ、まっとうな戦略と一時的な流行に踊らされた戦略とを区別する方法を示す本だ。
なぜいまポーターなのか? ポーターの研究はいつの時代にも流行の先端ではないが、いつの時代にも今日的な意義をもっている。
だが今日ほど民間、公的部門を問わず多くの人にタイムリーなものとして歓迎されたことはない。
いまの時代、世界中の多くの業界や国が、途方もない経済変動に翻弄されている。
この激変のさなか、競争は転機を迎えている。
一方では競争を、成長と繁栄に向かう道、いや唯一の道筋として称える人たちがいる。
その一方で、底辺に向かう破壊的な道筋として、競争を恐れ忌み嫌う人たちもいる。
戦略そのものも非難の矢面に立たされている。
競争で成功する唯一の手段は戦略ではなく、実行だとさえいわれる。
せっかく競争優位を生み出しても、今日の過当競争の世界では維持できないのだから、わざわざ戦略を立てる意味はないというのだ。
これは危険な思い違いだ。
ポーターの研究のエッセンスを学べば、なぜ何十年にもわたって競争優位を持続させる企業があるのか、この混乱した不確実な時代になぜ戦略の重要性が薄れるどころかかえって増しているのか、その理由を理解できるはずだ。
残念なことに、ポーターを受け売りでしか知らず、その結果不十分で不正確な知識しかもたない経営者がとても多い。
この状況をただすために、本書ではポーターの考えのレベルを下げることなく、しかしできるだけ簡潔に説明したい。
またその際、戦略やポーターの研究について世にはびこる誤解をはっきりさせよう。
なぜ私が? 私が初めてポーターの研究に触れたのは一九八〇年代初め、ハーバードで MBAを学んでいたときのことだ。
ポーターが教える「産業と競争分析」は、カリキュラムで一番人気の新しい講座だった。
ここから一〇〇〇人もの戦略コンサルタントが巣立ち、私もその一人となった。
私が入社し、のちにパートナーに昇格したベイン・アンド・カンパニーでは、誰もがポーターの本を棚に飾るだけでなく、隅々まで読みこみ、書きこみ、読み返し、実践していた。
私はこれまでのキャリアで、バイオテクノロジーから製薬大手、アパレル、重工業にいたる、さまざまな業界のクライアントと仕事をしてきた。
どんな業界や企業も、営利、非営利にかかわらず、その実態を理解するうえでポーターの研究が欠かせなかった。
なぜこの企業がこの市場で繁栄または衰退しているのか? なぜあの組織は低迷に甘んじているのか? もっとよい結果を出せるはずだし、出すべきなのに、どこがいけないのだろう? また私がここ三〇年間で目を通した優れた戦略研究のほとんどが、意識的であろうとなかろうと、ポーターの築いた礎に立脚していた。
一九九〇年代初めにはポーターを主要執筆者として擁している『ハーバード・ビジネス・レビュー』( H B R)の戦略担当編集者となった。
私の現場での実務経験は、それまで学術界や出版業界で経験を積んだ編集者と仕事をすることが多かったポーターの研究に、新たな一面を加えたはずだ。
私は理論に通じており、また H B Rの戦略担当編集者としてこの分野のきら星たちとも仕事をしてきた。
その一方で、現実世界の経営者がどんな難題に頭を悩ませているかも承知していた。
こうした視点をポーターと行なった多くの共同プロジェクトにもたらしたと自負している。
そうしたプロジェクトのなかには、ポーターの HBRへの寄稿論文のなかでも、特に大きな影響をおよぼしたものが含まれる。
うち二つが、本書と特に深く関係している。
H B Rの全論文のうち最も多く引用され、最もよく売れている「戦略の本質」( What Is Strategy?, 1996)と、ポーターの名を一躍知らしめた歴史に残る一九七九年の名論文を全面的に改訂した、「競争の戦略」( The Five Competitive Forces That Shape Strategy, 2008)である。
またポーターが論文や著書、論評、プレゼンテーションでさまざまな時事問題をとりあげた際にも協力してきた。
たとえば医療における競争、環境政策、都市中心部の再活性化、競争におけるローカルとグローバルの力学、日本企業の成功と衰退、戦略におけるリーダーの役割といったテーマである。
私はその後、経営者の困難きわまりない仕事に関する本を書くために、 HBRを辞した(『なぜマネジメントなのか──全組織人に今必要な「マネジメント力」』)。
だがそれ以降もポーターとの共同作業は続いている。
ポーターは自身の主宰するハーバード・ビジネス・スクール競争戦略研究所( ISC)に、私をシニア・アソシエート(上級研究員)として招いてくれた。
これは二〇年近く前に始まった協力関係から続く提携だ。
ここで率直に申しあげておくが、私はポーターに雇用されてもいないし、いかなる実質的な金銭的支援も受けていない。
私が彼の研究に対してもっている多大なる敬意は、純粋にその真価を評価してのものだ。
大いなる飛躍 ビジネス書の読者ならよく知っているように、マネジメントの権威と呼ばれる人たちは、次々と現れてはあっけなく消えていく。
ではなぜポーターの研究は輝きを失わないのだろう? 彼の研究をこれほど際立たせ、重要たらしめているものは何だろう? ポーターは経済理論とビジネス上の実践の隔たりを巧みに埋める、希有な知性の持ち主だ。
おきまりのジョークで、経済学者がこんなことを言い合う。
「たしかに現実はそうだが、理論にあてはまるだろうか?」 ポーターの研究が時の試練に耐え、しかもこれほど広く引用、実践されているのは、理論と現実、どちらの世界にもあてはまるからにほかならない。
「隔たりを埋める」とは、ポーターのキャリアを端的に表す表現だ。
ちょっと思い浮かべてほしい。
ハーバード・ビジネス・スクールは、チャールズ川のボストン市街側に堂々とそびえ立っている。
対してハーバード大学の誇る経済学部は、「川向こう」のより伝統的な知性の集うケンブリッジ側にある。
歩道橋を使えば、ものの数分で川を渡れる。
だがマイケル・ポーターは若い大学院生だった一九七〇年代前半に、まず川の片岸で MBAを取得し、続いて反対岸で博士号を取得することで、通り抜け不能と思われた隔たりを埋めた。
ありていにいえば、それまではどちら側も、相手側にほとんど利用価値を認めていなかった。
当時を振り返って、ポーターはこう述べている。
「H BSには、企業を途方もなく複雑な存在と見なす伝統があった。考慮すべきことは山のようにあった。どんな状況も、それを構成する個人、市場、製品が異なるため、同じものは二つとして存在しない。したがって経営を研究するには、綿密なケース・スタディや現場調査を行なうしかないとされた。
……経済学の伝統は、まったく勝手が違った。
経済学は現象をモデル化する。
そのモデルは……現象を再現したり、その全貌をとらえようとはしない。
経済学のモデルは現象の本質を抽象化し、それを数学的に表すのだ」 両方の「学派」に学んだポーターは、どちらも競争で実際に起きることを十分説明していないと思った。
ケース・スタディは個々の状況の複雑な要因をとらえるが、そのせいで「木を見て森を見ず」になっている。
個々の事例を一般化する手法はなかった。
業界を分析するための枠組も、コストを総合的に把握する手だてもなかった。
他方、経済モデルは逆の極端に振れていた。
形式的モデルは、競争の数学的に解明できる側面しかとらえられず、その結果競争の奥深さや多面性をそぎ落とし、現実とはかけ離れた役に立たない抽象概念になっていた。
たとえば経済学者のモデルは、すべての企業をほぼ同等と仮定することで、競争を「単純化」する。
経営者の参考になるとはいいがたい仮定である。
ポーターはどちらともまるで違う道を歩み、彼のいわゆる「フレームワーク」を生み出した。
彼自身の言葉によれば、「私のフレームワークは、このうえなく基本的な論理的関係を示す。
いわば物理法則のようなものだ。
収益性を高めるには、価格を上げるか、コストを下げるか、その二つの方法しかない。
業界内でどのような競争が繰り広げられるかは、五つの競争要因によって決まる。企業は活動の集合体である。
これらのフレームワークは、競争の『本質』についての基本的で根本的、かつ不変と思われる関係を示しているのだ」。
ポーターは川の各岸が最も得意とする手法を駆使した。
大量のデータを扱う分析的調査を行ない、業界組織論( IO)と呼ばれる経済学の一分野の概念を検証、拡張した。
また数百の事例を子細に調べ、どんな業界にも共通する競争の定義要素を抽出しようとした。
こうした要素は、経営者の直感に訴えるものでなくてはならないとポーターはいう。
つまりどんな経営者がフレームワークを見ても、自社が属する業界の状況で「意味をなしている」と思えるものだ。
ポーターのフレームワークは当初どちらの岸からも批判された。
だが特にすさまじい非難を浴びせたのは、ビジネススクールの同僚たちだ。
フレームワークは「抽象的に過ぎる」とされた。
いまでこそ信じられない話だが、当時彼のキャリアの前途には暗雲が立ちこめていた。
ポーターが最初に生み出したフレームワーク「五つの競争要因」は、いまでこそ本格的なビジネスプログラムの必修となっているが、当時は大いなる飛躍だった。
そしてポーター自身こう回想している。
「あれは実に気づまりな飛躍だった」 しかしそれはきわめて重要な一歩でもあった。
ベストセラーを引っさげた、経営学の自称「権威」たちが現れては消えていく世界で、ポーターの研究は当然のごとく時の試練に耐えている。
「すべて」を説明するというふれこみの「画期的コンセプト」が、経営者に雨あられと降り注がれている。
だがこうした概念は、その時々の一部の現象だけにしかあてはまらないものが多い。
有用な手法もあるが、効果は持続しない。
最悪の場合、流行に飛びついた経営者を破滅に追いやることもある。
これに対してポーターは、一貫して時を超えた原理だけに目を向けてきた。
ポーターの理論は、どんな事例にもあてはまる一般理論だ。
ポーターの世界に足を踏み入れたが最後、わかりやすいたとえに頼らずにやっていかなくてはいけない。
そこにはブルー・オーシャンもなければ、踊る象も、どこかへ行ってしまうチーズもない。
代わりに手に入るのは、自社の戦略と財務業績との厳密で明快な対応関係であり、非営利組織なら、戦略と社会的目標の達成度との対応関係なのだ。
ポーターは特異な位置を占める存在だ。
学術界では、経済学と経営学で最多の引用回数を誇る。
それでいてポーターの考えは、世界中の実業界、政界のリーダーによって最も広く実践されている。
彼のフレームワークが、戦略という分野の基盤を築いたのだ。
各章のロードマップ このロードマップは、これから先の内容を大まかに把握していただくためのものだ。
本書は二部構成になっていて、第Ⅰ部は競争、第Ⅱ部は戦略を扱う。
第 Ⅰ部 競争とは何か? 第 Ⅰ部でまず競争をとりあげるのは、「競争があるからこそ戦略が必要になる」という、単純な理由による。
既存企業間の競争は、優位を見出し維持する能力を企業から奪う、過酷なプロセスだ。
第 Ⅰ部では戦略を考えるための重要な下準備として、競争が起きるしくみをくわしく説明するとともに、競争と競争優位についての最もありがちで、企業を誤り導く思いこみを解く。
第 1章 競争──正しい考え方 競争の本質としくみに対する思い違いは、戦略の誤りを招く。
なかでも最もよくある誤解が、競争に勝つには「最高を目指す」のが一番だというものだ。
これは直感的にわかりやすい考え方だが、実は自己破壊的で、底辺に向かうゼロサム競争をあおりかねない。
組織は独自性を目指して競い合うことでこそ、卓越した業績を持続させることができる。
第 2章 五つの競争要因──利益をめぐる競争 この章では競争が、売上をめぐる競合企業間の直接対決にとどまらない、より幅広いものであることを見ていく。
競争とは利益をめぐる広い意味での攻防であり、業界が生み出す価値の分配をめぐる駆け引きである。
ポーターの最も有名なフレームワーク「五つの競争要因」を使えば、どんな業界にも作用している利益をめぐる競争を、わかりやすく表すことができる。
競争環境に関する分析はどんなものであれ、これを出発点としなくてはならない。
五つの競争要因分析のねらいは、業界が魅力的か否かを判断することではない。
これもよくある誤解だ。
このフレームワークは、業界の業績と自社の業績について理解を深めるために使ってほしい。
第 3章 競争優位──バリューチェーンと損益計算書 「競争優位」という言葉はあまりにも漫然と使われており、いまや組織が得意と自負するほとんどすべてのことを指すようになってしまった。
ポーターの定義は、経済の基本原理にしっかりと軸足を置いている。
競争優位を正しく理解すれば、自社の創造する価値(価値創造)と、それを創造する方法(バリューチェーン〔価値連鎖〕)、そして業績(損益計算書)とのつながりをはっきりたどることができる。
一般に競争優位は、競合他社を負かすために使われる武器と理解されている。
だがポーターのいう競争優位は、つきつめれば価値創造に関わる問題であり、それを競合企業とは異なるやり方で行なう方法のことである。
この意味で競争優位とは、他社と異なるバリューチェーンをいかに構築し、業界平均を上回る業績を確保するかということに尽きる。
第 Ⅱ部 戦略とは何か? 第 Ⅱ部では「戦略とは何か」という問いに答える。
どんな計画やプログラムも「戦略」と呼ぶことはできるし、実際ほとんどの人がそういう使い方をしている。
だが優れた戦略、つまり卓越した経済的業績をもたらす戦略となると、話は別だ。
大まかにいって、戦略とは競争から身を守るための防御手段である。
具体的には、以下にあげる五つの基本的条件をクリアするものを、堅牢な戦略という。
第 4章 価値創造──戦略の核 特徴ある競争上のポジションを獲得するとは、いったいどういうことだろう? 答えは当然、企業が顧客に独自の価値提案をすることにある。
実際これがポーターのいう、戦略の第一の条件になる。
だが第二の条件はわかりやすくもなければ、直感に訴えるものでもない。
独自の価値提案が有効な戦略になり得るのは、それを実現するための最良の活動の組み合わせが、競合他社の行なう活動と異なる場合に限られる。
競争優位の源泉は活動にある。
つまり、競争優位は競合他社と違う方法で活動を行なうか、競合他社とは違う活動を行なうという選択から生まれるのだ。
したがって特別に調整されたバリューチェーンをもっていることが、優れた戦略の第二の条件となる。
第 5章 トレードオフ──戦略のかすがい 戦略の第三の条件は、おそらく最も厳しいものだ。
トレードオフを行なうとは、すなわち制約を受け入れることをいう。
たとえば一部の顧客のニーズによりよく応えるために、ほかの顧客に対してノーという。
トレードオフは、選択肢が両立しないときに生じる。
成功した戦略は模倣を招くため、模倣されにくい選択を行なうことが欠かせない。
いまや競争優位を持続できない時代になったといわれるが、トレードオフはそれが誤っている理由を明らかにする。
トレードオフは、次の二つの理由から、戦略の要となる経済的かすがいといえる。
第一に、トレードオフは競合他社との価格やコストの差を生み出す重要な源泉だ。
第二に、トレードオフが存在するとき、競合他社に戦略を模倣されにくい。
なぜなら他社はそれを模倣することで、自らの戦略を損なうことになるからだ。
第 6章 適合性──戦略の増幅装置 戦略の第四の条件は適合性だ。
適合性は、バリューチェーン内の活動間の相互関係に関わるものだ。
適合性の考え方は、ある面では実にわかりやすい。
ビジネスでの競争に必要な職能分野を連携させることの大切さ──と難しさ──は、経営者なら誰でも知っている。
だが適合性には単なる連携を超えて、競争優位を「増幅」させ、その持続性を高めるはたらきがある。
戦略における適合性の役割を考えると、別のありがちな誤解が浮き彫りになる。
それは、競争での成功が一つのコアコンピタンス、つまり会社が非常に得意とする一つのことによって説明がつくという考えだ。
優れた戦略は多くのものごとのつながりによって成り立っており、それには相互依存的な選択を行なうことが欠かせない。
一般に企業は核となる活動に専念し、それ以外はアウトソーシングすべきといわれる。
適合性は、この一般通念に異を唱える。
第 7章 継続性──戦略の実現要因 競争は動的である。
かつての誇り高き企業が変革を怠り、衰退した例は枚挙にいとまがない。
だがあたりまえに聞こえるかもしれないが、継続性もまた大切だ。
変化に乏しい企業が批判されがちだが、ポーターの第五の条件は、これより大きいとはいわないまでも、同じくらい大きな間違いに光をあてるものだ。
企業は変化しすぎる、または誤った方法で変化することがある。
真の競争優位を築くには、つまり自社の生み出す価値を理解し、バリューチェーンを調整し、トレードオフ、適合性を実現するには、時間がかかる。
戦略における継続性の役割を理解すれば、変化そのものに対する考え方が変わるだろう。
矛盾しているようだが、組織は戦略を継続することでこそ、適応力とイノベーション能力を高められるのだ。
終章 本書の実践的な意味 ここまで説明したことと、ポーターの核となる考えを現実に適用する方法のおさらいとして、厳選した教訓を列挙する。
本書では本文だけでなく、普通とはちょっと違う結びの部分も重要だ。
よくある質問‥マイケル・ポーターインタビュー マイケル・ポーターの必読インタビュー。
ポーターはこのなかで、競争と戦略に関して経営者から最もよく聞かれる質問に答えている。
戦略を阻む最大の壁は、また企業が犯す最もよくある間違いは何だろう? 戦略を損なわずに成長する方法は? 破壊的技術や新しいビジネスモデルについてどのように考えればよいのか? など。
ポーターを読み解くための基本用語集 本書を読み解くための基本概念をわかりやすく説明し、本書で説明したエッセンスをさらに掘り下げたい読者のために参考文献をあげた。
本書でとりあげる事例に関する注意書き
本書ではポーターのフレームワークを説明するにあたって、ビジネスの事例を幅広くとりあげる。
この方法は諸刃の剣だ。
一方では、ポーターの考えが「血の通った」現実の組織でどのように活用されているかを示すことで、彼の考えを生き生きと描き出すことができる。
だが事例は血肉と同じで、古びるのも早い。
本書が印刷またはダウンロードされるや否や、事例を超えるできごとが必ず起きるだろう。
実際、私がある企業の競争上のジレンマについて書いている最中に、その企業は破産を申請した。
だがこの話はそのまま残してある。
私のいいたいことをよく表しているからだ。
ただし忘れないでほしいのだが、本書のねらいは時を超えた原理を伝えること、たとえ事例の「事実」が変化しようとも変わらぬ考えを伝えることにある。
競争とはとかく厳しいものだ。
どんなに優れた企業でも間違いを犯すことはある。
優れた戦略には長く通用するものもあるが、永遠に続くものは一つとしてないのだ。
それに、どの「事実」をとりあげるかという問題がある。
ポーターは本書の草稿に次から次へと目を通しては、「もっと数字を」含めるよう、いつもハッパをかけてくれた。
だがこの本は教科書ではない。
分析演習を求める読者には、それ用の優れた文献を紹介するつもりだ。
とはいえ、ポーターがいおうとした大切なことは、戦略には精密で分析的な思考が欠かせないということだ。
もちろんロケット工学ほどではないが、ものごとをつきつめて考えようとしない人には向かない。
数値に表すことで、いやでも緻密に考えるようになる。
だが特に企業や市場に関するデータでは、例の「事態がデータを追い越す」問題がしょっちゅう生じる。
いろいろと逡巡したが、ポーターの論点を明確にするに足る数字を泥沼に陥らずに何とか盛りこむことができた。
たとえば企業の相対的なコスト優位性や顧客数など、具体的な数字を用いた箇所は、本書が読まれる頃には事情が変わっていると、ほぼ断言できる。
なぜ確実に変わるとわかっている数字をあげるのか? それは、戦略が事実を基にしていること、あるいはそうすべきことを示すためだ。
これをご了承いただきたい。
Ⅰ競争とは何か?
戦略は、競争にさらされた組織がどうすれば卓越した業績を実現できるのか、その方法を説明する。
だがそもそも競争とはいったい何だろう? 競争はどのように作用するのだろう? どのような競争が繰り広げられるか、その競争で勝つにはどうすればよいかを経営者が理解するには、何が必要だろう? 卓越した業績を正しく定義すると、どのようになるだろう? 第Ⅰ部ではこういった基本的なことを説明する。
第一に、正しい考え方について。
一般に経営者は競争を、戦いの一形態と見なしている。
つまり競争とは企業が支配をかけて戦うゼロサムの戦いであり、頂点に立つ者だけが勝利を得るという。
だが第1章で見ていくように、これはおそろしく誤った、破滅を招く考え方だ。
企業であれ、非営利組織であれ、組織が競争に勝てるかどうかは、独自の価値を生み出せるかどうかにかかっている。
ポーターは、一位を目指すのではなく、ユニークな存在になれと諭す。
競争の本質は、競合他社を打ち負かすことではなく、価値を創造することにある。
第二に、適切な分析手法について。
卓越した業績はどこから生まれるのだろう? ポーターの答えは、二つの部分に分けられる。
一つめは、競争の舞台となる業界の構造である。
これが第2章の主題だ。
ポーターの議論がなぜ業界から始まるかといえば、独自性を目指して競争するという選択が、あくまで特定の適切な競合他社に対して下される選択であり、業界の生み出す価値の配分は業界構造によってきまるからだ。
ポーターの五つの競争要因のフレームワークは、業界構造と、業界内の「平均的」な企業が期待できる収益性を説明する。
二つめは、企業が業界に占める相対的なポジションだ。
戦略的ポジショニングには、企業が創造しようとする価値やそのための手段に関して、それまで企業が下してきたさまざまな選択が反映されている。
ここで役に立つフレームワークが、競争優位とバリューチェーンである。
第 3章では企業の競争上のポジションとバリューチェーン、そして損益計算書とのつながりをたどろう。
これらの主要なフレームワークが、戦略の土台となる。
なぜ業界によって収益性が大きく違うのか、その違いがなぜ長期にわたって持続するのか、またなぜ業界内で突出した業績をあげる企業が存在するのかを、これらのフレームワークは説明してくれる。
競争に関する経済の基本原理をしっかり理解することが、戦略の基盤となる。
コメント