あなたがいつも忙しい理由・「忙しい」ことはカッコいい?
- 一時間かかっていたことを五分で
- 時間を「消費」する人、「投資」する人
- 労働環境をめぐる二つの変化
- 切羽詰まっている人ほど成果が上がる
- 「忙しい」と言わない、をルールに
- 面倒くさがり屋だから成功する
プロローグ
あなたがいつも忙しい理由
- ◇いつも「忙しい忙しい」と言っている人
- ◇いつも「いっぱいいっぱい」の人
- ◇一生懸命やっているのに成果が出ない人
- ◇コツコツやることができない人
- ◇面倒くさがり屋の人
- ◇怠けぐせのある人
- ◇物事が続かない人
……この本を読んでいただきたいのは、このような人たちです。
「忙しい」ことはカッコいい?「もう忙しくて、毎日がいっぱいいっぱい」――仕事に追われ、そう感じている人は少なくないでしょう。
連夜の残業は当たり前、休日もままならない。でもその割には、思うように成果が上がらない。もっと時間が欲しい、日常にゆとりを持ちたいと考えている人は多いと思います。
その一方で、定時にきっちり仕事を終え、週末ごとに遊びに行ったりしながら、なおかつ人並み以上の結果を残している人もいます。
この差は、どこにあるのでしょうか。持って生まれた「才能」でしょうか。後者の人には、共通する傾向があります。私の知るかぎり、それは才能や能力ではなく、時間に対する考え方です。
結論から先に言えば、彼らは時間を「消費」ではなく「投資」しています。「投資」することで「時間資産」を築き、「不労所得」的に時間を得ているのです。
かくいう私も、かつては時間に追われていた一人でした。大学を出て会社員になりたてのころには、「忙しい忙しい」を連発していました。忙しいことが「できるビジネスマン」の証明であり、カッコいいことだと思っていたのです。実際、周囲の同僚や上司を見回してみても、そう考える人がほとんどでした。
しかし、それではすまなくなったのが、入社三年後にMBA取得を目指してアメリカのビジネススクールに留学したときでした。
そこでは、わずか二年という短期間のうちに、さまざまな経営のセンスを徹底的に叩き込まれます。読むべき本、取り組むべきプロジェクトなど、膨大な課題が与えられました。忙しかったはずの会社員時代など、これに比べれば足元にも及びません。
ところが周囲の同級生は、そうした課題を難なくクリアしている。彼らも私も、与えられる時間は同じ。私は、自分がいかに「忙しい」という言葉に甘えていたかを、イヤというほど思い知らされました。
学生のころからビジネスに関心があった私は、いろいろな経営者の話を聞くのが好きでした。そのなかで、何十年も経営に携わってきた人が、何よりも一番高くつくのは時間コストだとしみじみ言っていたことが、心に強く残っていました。
なくした一〇〇〇万円はいくらでも取り返せますが、今ここでムダに過ごしてしまった一時間は、二度と取り返すことができません。
時間を効率的に使うこと、ゴールに最短ルートでたどりつくことこそ、すべての成功の鍵となるのです。そこで私は、時間効率を上げるために、そのノウハウを書いた本などを手当たり次第に読んでみました。
しかし、なかなか改善しない。でもあるとき、根本的な考え方を変えることによって、しだいに成果が上がってくるようになりました。
それが、時間を「消費」することから、「投資」することへの転換です。
一時間かかっていたことを五分で
時間術に関する本の多くは、節約などのテクニックが中心です。でも時間に対する考え方をあらためないまま、このようなテクニックを使っても、あまり効果がありません。
たとえば一時間かかっていたものを五五分や五〇分にするだけ。これも一つの成果ではありますが、時間を大きく増やすことはできません。
これに対して、時間に対する考え方を根本的に変えれば、一時間かかっていたことを五分で済ませるのも不可能ではありません。
その上で節約術的なテクニックを取り入れれば、より効果は絶大です。時間は、あらゆる人に平等に一日二四時間ずつ配分されています。お金とは違って、貯めることはできません。
しかし、投資によって増やすことはできるのです。成果を上げると同時に、時間の余裕もつくれる。その当然の帰結として、キャリアアップや収入アップも可能になるのです。
といっても、けっして難しい話ではありません。追って詳しく説明しますが、基本的なコンセプトはシンプルな原理・原則を徹底的に追求すること。誰でも簡単に、すぐ始められることばかりです。
世の中の多くの物事は、原理・原則的なものを追求すれば、意外に簡単に解決する。むしろ難しく考えるから、時間がかかったり、成果が上がらなかったりするのです。ぜひ今日から、本書でご紹介する方法論を信じて実践してほしいと思います。
時間を「消費」する人、「投資」する人時間をうまく使えていない人には、共通する傾向があります。一言で言えば、すぐにリターンを求める、ということです。
たとえば「自分の時間を大切にする」とか「家族との時間が欲しい」といった理由で、九時から五時までしか働かないと決めている人がいたとします。
これが時間投資によってつくりあげたスタイルならいいのですが、時間効率を上げないまま、単に労働時間をカットしているだけなら、時間資産を増やすことはできません。
すなわち、日々の仕事が中途半端になって、どんどんたまっていくだけ。成果が上がらないから、評価もされません。
たしかに「自分の時間」は増えたような気がするかもしれませんが、いつか大きなツケが回ってくることになります。これが、すぐにリターンを求める行動です。
ローンを組んで高級車や高級ブランド品を買うようなもので、その瞬間は楽しいかもしれませんが、借金が増えれば金利も増えて、資産はどんどん減っていきます。言ってみれば、借金を返すためだけに労働しているような状態です。
一方、ファイナンシャル・リテラシーを身につけたお金の使い方の上手な人は、投資によって増えた分で贅沢を楽しんでいます。
たとえば買った不動産からの家賃収入で高級車やブランド品を買うといった具合で、これなら元手は減りません。
自分が遊んでいる間に、お金が勝手に働いて資産を増やしてくれる。「不労所得」をうまく活用している状態です。お金に追われる生活と、お金がお金を生んでくれる生活。どちらが理想の生活かは言うまでもありません。
同じことが、時間についても言えます。時間を浪費する人は、収入も増えないし、自分の時間も持てない。
逆に時間を投資する人は、仕事で大きな成果を上げるだけでなく、そこから不労所得的に生まれた時間を使って、旅行に行ったり、家族とともに過ごしたりして余裕のある生活を送れます。
投資の世界では当たり前、常識のようなことであっても、時間についてはこのような考え方ができない人がまだ多いようです。
繰り返しますが、テクニックで時間を節約しようとするだけでは、ブレイクスルーは起こせません。まして目先の楽しさを求めて「浪費」を繰り返していれば、いずれ「破綻」してしまうのは明らかです。
労働環境をめぐる二つの変化お金の投資と時間の使い方を同じ発想で捉えることに、違和感を覚える人もいるかもしれません。
しかし、労働環境をめぐる二つの大きな変化を前提にすれば、納得できると思います。一つは、労働の中心が肉体労働から知識労働に変わったということです。
肉体労働は、時間そのものが尺度になる場合がほとんどです。九時から五時まで働き、その間にできるかぎりのことをすればよい。
もちろん締め切りやノルマはありますが、達成できない場合には、残業によって労働時間を延ばす。繁忙期には休日操業して、ラインの稼働時間を増やす工場労働も同じです。
しかし知識労働の世界は、時間で労働成果を測ることができません。どこまでやれば終わりという基準もなく、ある意味、永遠にやっても終わりません。
そこで重要なのは、時間の多い少ないにかかわらず、いかに大きな成果を上げるかということ。言いかえれば、限られた時間の中での選択と効率化です。
当然、時間に対する感覚自体も、相応に変えていく必要があります。もう一つの大きな変化は、終身雇用や年功序列のような従来型の制度が消えつつあるということです。
これらの制度の下では、とりあえず会社が決めた就業時間に従って働いていれば、自動的に給料も上がるし、出世も安泰と思っていられました。
しかし、今は違います。就業時間はどうであれ、成果を残さなければ評価されません。単に評価されないだけならいいのですが、下手をすればリストラの対象にもなります。
最近は、いわゆる「ホワイトカラー・エグゼンプション」の導入も取り沙汰されています。
「残業代ゼロ法案」などと批判されましたが、その根本にあるのは、労働時間に対して賃金を支払う仕組みから、成果に対して賃金を支払う仕組みへの転換です。
成果を残さなければ給料をもらえないという社会は、もう目の前に迫っています。時間の長さより、時間をいかに効率よく使いこなすかを、誰もが真剣に考えなければならない時代が来ているのです。
切羽詰まっている人ほど成果が上がるお金に対する感覚は、すでにかなり変わってきたと思います。
かつては定年退職金で住宅ローンの大半を返済し、その後は年金で生活するというファイナンシャルプランが当たり前でした。
だから、誰もが家を買ってローンを組み、余剰資金の大半を預貯金に入れっぱなしにしていれば、予定どおりの暮らしを満喫できたのです。
しかし、今は同じ会社に定年まで勤められる保証はないし、したがって退職金もアテにはできません。年金の減額も覚悟する必要があります。それに、いくら預貯金を積んでも、利息はごくわずかです。
そこで、自分で運用して資産を増やすこと、あるいは少なくとも減らさない方策を考える必要に迫られている。この点は、多くの人が実感しているところでしょう。
時間も同じです。
こうしてお金と時間の使い方について考えてみると、両者が、労働環境の変化という大きな時代の流れをめぐって、コインの裏表のような関係にあることが分かると思います。
お金の投資と時間投資は、危機感やある程度の経験が前提になければ成功しない、という点も共通しています。
資金がすでに十分あって、もうお金なんていらないという人は、わざわざ運用する必要はありません。また、知識も経験もないまま、闇雲に運用すれば損失が膨らむばかりです。
同じく時間についても、特にやりたいこともなく、暇を持て余す人が効率化を図る必要はありません。また、たとえば新卒社員がいきなり効率化ばかりを追求しても、あまり成果は得られないものです。
ある程度の仕事の経験を持ち、さらに切羽詰まった状況に追い込まれてこそ、効率化を図る素地ができるのです。
「忙しい」と言わない、をルールに本論に入る前に、一人一人の新しいルールにしてほしいことがあります。
それは、どんな状況に置かれても、けっして「忙しい」とか「いっぱいいっぱい」などと言わない、ということです。
冒頭にも述べましたが、日常の仕事が「もういっぱいいっぱい」と思っている人は少なからずいます。
しかし、そういう人にかぎって、傍から見ると仕事量は多くないし、さして成果も残していなかったりするものです。
問題なのは、「忙しい」=「これ以上は何もできない」と思い込んでしまうことです。つまり、効率化する努力を放棄して、勝手に自分の限界を引き下げてしまうわけです。
これでは、時間資産はできません。そういう人には、会社としても今まで以上のミッションを与えようとはしないでしょう。評価もそこで止まります。
だとすれば、その人はもう伸びる余地がありません。努力をする必要もなくなります。そうすれば、評価はさらに下がって、「伸びないスパイラル」に陥りかねません。
そこで、もし「忙しい」と自認している人がいれば、ぜひ冷静に自問してみてください。その忙しさは、成功している企業の経営者を凌ぐほどでしょうか。
あるいは一国の大統領や首相より時間に追われているでしょうか。そう考えれば、「自分なんかまだまだ甘い」ことがよく分かります。
世の中で成功を収めている人は、限られた時間の中で、いかに成果を出すかを突き詰めて追求している。だからブレイクスルーができるのです。
これこそまさに、時間に追われる「消費」ではなく、「投資」です。私の感覚で言えば、人が「忙しい」と感じるとき、まだ一〇倍程度の仕事はこなせると思います。
かつて私がアメリカのビジネススクールで経験したように、信じられないほど膨大な課題に直面しても、考え方さえ変えることができれば、誰でも相応にクリアできるようになるものなのです。
だいたい、「忙」という字は「心を亡くす」と書きます。その意味でも、いい言葉ではありません。だから私は、どんな状況に置かれても、「忙しい」とは口にしないことにしています。
もちろんスケジュールが詰まっているときもありますが、その際には「詰まっている」という表現に置き換える。
「仕事が詰まっている」は事実を表しただけで、気持ちの発露ではありません。小さなことではありますが、こういう心構えが時間の使い方がうまくなるための第一歩なのです。
「常に時間はたっぷりある、うまく使いさえすれば」かの文豪ゲーテも、このように言っています。
面倒くさがり屋だから成功するもう一つ、これまでの時間術とはちょっと発想が異なる、本書の前提になっている考え方があります。
「ナマクラ流ズボラ派家庭料理研究家」として絶大な人気を博している奥薗壽子さんの原点は、時間のない中でいかに無駄な手間をかけずに美味しくヘルシーな料理をつくるか、という一点にあるそうです。
そんな奥薗さんの教えの一つに、「面倒くさいという気持ちに素直になろう」というものがあります。
たとえばジャガイモの皮を剥かなければならないとき、マメな主婦なら剥いてしまいますが、面倒くさいと思う主婦は剥かないでなんとかしようとする。
そこに工夫が生まれます。私の時間に対する考え方の根本も、これとまったく同じです。私が、時間の使い方が上手で質の高い仕事をしていると思う人は、概して面倒くさがり屋です。
面倒なことがイヤなので、なんとか面倒ではない方法を考えようとする。だからいいアイディアが浮かびます。
これまで日本の社会では、面倒なことも面倒がらず、根気よくコツコツと積み上げていくことが美徳とされてきました。
したがってさまざまな時間術の本も、そういうことを求めるものが多くありました。もちろん今でも、そういうことのできる人が評価されるべきなのは変わりません。
しかし、昔と今とでは、人・モノ・情報が行き交うスピードがまったく違う上、仕事量も膨大になっています。
「コツコツ」に時間をかけていては、あっという間に追い抜かれかねません。「コツコツ」のスピードを上げていくやり方では、限界があります。
今、求められるのは、選択と効率化によってポイントを絞り込み、限られた時間で最大の成果を上げることです。
ついでに言えば、「コツコツ」が得意という人は少数派のはずです。飽きっぽいし、怠けがちだし、面倒くさいことからは逃げ出したいのがふつうです。
よほどストイックな人でもないかぎり、「コツコツ」の継続は難しいでしょう。本書で述べる考え方は、そういう人にこそ向いています。
時間によって自らを律するのではなく、時間を自由に使いこなすための方法論だからです。全部をコツコツやるのが面倒だという、その気持ちからブレイクスルーは始まる。
誰よりも飽き性で面倒くさがり屋で怠け癖のある私が実践しているぐらいですから、間違いありません。
第一章時間も「投資」で増やす時代
「週九〇時間労働」の何が間違いか?
冒頭でお話ししたように、会社員になりたてのころ、私も人並みに「忙しい忙しい」と繰り返していました。でも思ったほど成果が上がらず、ただ時間ばかりが過ぎていく。そんな日々だったと記憶しています。
ところが世の中には、どう見ても自分よりはるかに多くの仕事で成果を残しながら、なおかつ時間に余裕のありそうな人もいます。
たとえば、かのGE(ゼネラル・エレクトリック社)のジャック・ウェルチは以下のように述べています。
週に九〇時間働いている、という管理職がいたら、わたしはこう言う。
「とんでもない。わたしは週末にはスキーに行くし、金曜日には仲間と連れ立ってパーティにも出かける。君がおなじようにできないのなら、仕事のやり方が間違っているのだ。何に九〇時間かかっているのか、二〇個書き出してみるといい。そのうちの一〇個は意味がないはずだ」(『勝ち馬に乗る!』アル・ライズ、ジャック・トラウト著/阪急コミュニケーションズ)
一日二四時間という時間は、生まれたときから、誰に対しても平等に与えられています。それなのに、生活レベルが不平等になってしまうのには、何か理由があるのです。
それに気づかなければ、毎日いたずらに忙しいだけで、自分のための時間も気力も体力もお金も、何も残らないまま人生が終わってしまいます。
GEという世界最強の企業を率いながら週末のスキーを楽しむウェルチと自分とは、いったい何が違うのだろう。
その疑問は、アメリカに留学してから一層強くなりました。私は何を「間違っている」のか。私はそれが知りたくて、まず自分の時間の使い方を徹底的に分析してみることにしました。
「時間度外視」の仕事はありえない
その結果として分かったのは、自分が充実した時間だと思っていた部分に、かなりのムダがあったということ。結局何をしていたのか分からない時間があったり、余計なところに労力を使っていたりしたのです。
たとえばプレゼンテーションの仕事があったとします。このときの目的は、言うまでもなく仕事を取ってくることです。そのためには、相手を信頼させたり、納得させたりする資料をつくる必要があります。
ところが、それに熱中するあまり、資料のデザインやレイアウトに凝りすぎてしまう。こういうものは、やりはじめるとキリがありません。結局、夜遅くまで残業することになりがちです。
もちろん、デザインも大事です。その部分に凝ることを否定するつもりはありません。しかし、そこに没頭しすぎてしまうと、貴重な時間を奪われることになる。
冷静に考えてみれば、本来の目的とは関係のないところまで手を出していることが、ありがちです。
あるいは何かを調べるとき、今はインターネットを使えばいくらでも情報を得ることができます。つい興味のおもむくままに、派生的な情報を調べてしまうこともあるでしょう。
そういうことも知識の幅を広げるという意味では大事ですが、調べること自体が楽しくなって、本来の目的を見失うことがよくあります。
さらにやっかいなのは、仕事の中身とは関係なく、こうして長時間労働することで「よく働いた」とカン違いしてしまいがちなことです。
繰り返しになりますが、知識労働に際限はありません。問われるのは時間ではなく成果。重要なのは、時間の長さではなく、その密度です。
実際、「日経ベンチャー」二〇〇五年六月号によれば、「時間を意識している」経営者ほど、より多くの収入を得ていることが分かります。
「採算度外視」の経営がありえないのと同様、「時間度外視」の仕事もありえないのです。では、いかにして時間の効率を上げていくか。
密度を濃くするか。その答えが、「時間投資によって時間資産をつくる」ということなのです。
時間資産は雪だるま式に増える
たとえば、毎週五時間ずつかかるルーチンワークがあるとします。これが永続的な仕事だとすると、年間五〇週として計二五〇時間を費やすことになります。
しかし、仮にこれを週一時間でこなせば、年間五〇時間で済む。つまり二〇〇時間が新たに生まれます。そんなにうまくいくはずがない、と思うかもしれません。
しかし、これを可能にする方法があるのです。私はこれを「時間にレバレッジをかける」と呼んでいます。
「レバレッジ」という言葉は、本来は「てこの原理」を意味しています。「てこ」を使えば少ない力で大きなモノを動かすことができます。
これを時間に当てはめれば、少ない時間で大きな効果を上げることが「時間にレバレッジをかける」ということになります。
時間は貯めることはできませんが、増やすことは可能です。時間を使って時間を増やす。「時間を投資する」ことによって、「時間資産」をつくることができるのです。
しかも、時間資産はきわめて大きな「複利」で雪だるま式に増えていきます。
どんどん時間投資することによって不労所得的に時間資産が生まれ、その時間を再投資することによってさらに時間資産が大きくなっていく。
時間に余裕が生まれれば、自分のために使える時間が増え、将来的には収入アップにもつながります。
もちろん、最初から大きなリターンが期待できるわけではありません。
しかし、時間投資は「元本保証」です。二四時間がマイナスになることはありません。誰でも平等に持っています。
その意味ではリスクもないわけで、これほど効率のいい投資はないと言えます。
何もしないでいるほうがリスク
では具体的に、「時間を投資する」とはどういうことか。その核は、「仕組み」をつくるために時間を使うということです。
短時間で効率的に同じだけの成果を上げるための仕組みをつくるために、一〇時間なり一五時間なり考えたり、方策を練ったりするわけです。一〇~一五時間というと、驚く人もいるかもしれません。
「そんな時間は取れない」「ただでさえ忙しいから無理」という人もいるでしょう。しかし、たしかに最初に時間はかかりますが、その後はできあがった仕組みを利用すればいいだけ。新たな労働時間は発生しません。
しかも「複利」で「元本保証」ですから、時間投資は、早くに着手すればするほど、得をする度合いが大きくなります。むしろ、何もしないでいることのほうが、大きなリスクを抱えるとも言えます。
ルーチンワークというものは、ほうっておけばどんどん増えていきます。
ただ漫然と、それまでと同じ時間をかけていたら、重要な仕事や自分の楽しみのために使える時間は削られていきます。一日二四時間の枠は変わらないので、当然、仕事の成果は減っていきます。
いわば資産がマイナスになって、負債が雪だるま式に増えていくようなものです。
時間投資の基本は「仕組み」づくり
私がアメリカへ留学したときのことです。アメリカの学生は当時からすでにパソコンを使いこなしていましたが、私はそれまで触ったことすらありませんでした。
おかげで、当初はちょっとしたキーボード入力にも非常に時間がかかりました。
そこで私は一念発起して、五日間の集中トレーニングを受けることに時間を投資し、ブラインドタッチを完全にマスターしたのです。
もしこの五日間がなければ、私は未だにブラインドタッチができなかったかもしれません。パソコンがこれほど身近になった今、それは生涯にわたる致命的な時間のロスです。
たとえば毎日三時間、キーボード入力をする仕事があったとします。これがブラインドタッチによって二〇分短縮できたとすれば、三日で一時間という時間資産を生み出すことができます。
一生涯で考えれば、この時間資産はさらに膨大な量にのぼります。プロローグでも述べたように、会社で働くビジネスパーソンも、昔と違い、労働時間の長さではなく、成果が問われるようになりました。
遅くまで残業すれば自動的に給料が増えるという時代ではありません。いかに時間効率を上げるかは、すべての職種に共通する至上命題だと言えます。
冒頭の例で言えば、一〇~一五時間の投資によって週五時間のルーチンワークが一時間になれば、年間二〇〇時間を生み出すことができるということです。仕組みづくりのための一〇時間を差し引いても、残りは一九〇時間。
しかも翌年以降は、まさに「不労所得」のように、毎年二〇〇時間が丸々生まれることになります。
このようにして「仕組み」をつくったり、仕事の段取りを考えたり、スケジュールのつくり方を工夫したりすることで、時間資産を増やす。これが「時間投資」の基本なのです。
やりたいことの時間を「天引き」する
時間資産を増やすうえで、もう一つ重要なのは、「天引き貯金」の発想です。お金を貯めるための、最も確実な方法は、収入のうちの一定額をあらかじめ貯蓄に回し、残ったお金で生活をするという方法です。
無計画に使うだけ使ってしまって、残ったお金を貯蓄に回そうという考え方では、まずお金は貯まりません。
また、月収五〇万円の人が、そのうち一〇万円を貯蓄に回すと最初から決めれば、月々四〇万円で生活することになりますが、その生活スタイルが確立すれば、月収が六〇万円に増えたとき、毎月二〇万円の貯蓄ができることになります。
しかし、余ったら貯蓄に回すという方法では、月収が六〇万円に増えたら、六〇万円の生活をしてしまうでしょうから、収入が増えてもお金は一向に貯まらないという事態になります。
時間の使い方も、これとまったく同じなのです。
暇ができたら本を読もう、時間が余ったら新しい事業について勉強しようと思っていても、「いつか」「そのうち」というときはやってきません。
重要なのは、やりたいこと・やるべきことのための時間を、あらかじめスケジュールから「天引き」してしまうことです。
時間の「天引き」には、時間資産を増やすということのほかに、もう一つ意味があります。「天引き」をするためには、そのことにどれだけの時間をかけるかを決めなくてはなりません。
そうすると、いわゆる「締切効果」が生まれて、その時間内で成果を出すことを考えるようになります。つまり、時間の使い方が効率的になって、時間密度が高まるのです。
このような発想に基づいたスケジュールのつくり方については、次章以降であらためて解説します。
増やした時間は「再投資」に回す
投資によって生まれた時間をどう使うかは、もちろん本人しだいです。ただ、単に休んだり遊んだりなどに使ってしまうと、すぐに底を突きます。これでは「資産」とは呼べません。
現状維持で、そのときそのときを、楽しく過ごせればいいという選択もあり得るし、そういう人を否定するつもりはありません。
しかし、もっと上を目指したいと思っているなら、自分の力をつけるために有効活用すべきでしょう。
また、現代はさまざまなことがものすごいスピードで変化しており、いったん身につけた知識やスキルであっても、絶えずブラッシュアップしていかなければ、すぐ古くなってしまいます。
そうして成果が上げられなくなれば、終身雇用や年功序列といった慣行が崩れつつある今、アメリカと同様、即リストラされかねません。
空いた時間は遊んで過ごしたい、現状維持でいいと思っていても、成果も収入もダウンしてしまうリスクはとても大きいのです。
お金の投資の場合も、たとえば株の売買で上げた利益を、旅行や趣味、飲み代に使ってしまえば、それきりです。
継続的に資産を増やしていくには、上げた利益を元手にして、さらに買い増したり、新しい銘柄に投資したりして運用していくことが必要です。
時間投資も同じこと。
増えた時間は原則として、新たな仕組みづくりや新しい事業、さらには自分の能力を高める自己投資など、再投資に回すべきだと思います。
これを繰り返していけば、年間で何百時間も時間資産を生み出せることになり、しかもそれは複利で雪だるま式に増えていくので、投資効果がどんどん大きくなります。
効率的に労働時間を減らせば減らすほど、大きな成果が上がり、最終的には収入のアップにつながります。
「再現性」を持たせなければ意味がない
仕組みをつくることについて、もう少し説明しましょう。「仕組み化」とは、別の言葉で言えば、再現性を持たせることです。
たとえば、いつもは五時間かかっていた仕事が、たまたまその日だけ、ラッキーなことが重なって一時間で終わってしまうこともあるでしょう。
しかし、その日だけで終わってしまい、後に続かなければ、浮いた四時間は時間資産とは言えません。
体系立ったやり方を考え、その後もずっと一時間で終わらせられるようにすることが、再現性を持たせるということなのです。
アメリカに留学して分かったのですが、アメリカ人はこういうことが非常に得意です。彼らは常に物事を体系立てて考え、再現性を持たせようとしている。
再現性を持たせられれば、人に教えることも可能になるので、単に個人レベルでなく、チームのメンバーの時間資産を増やすことにつながります。
だから、アメリカ企業の組織の効率性はきわめて高いのです。
一方日本人は、再現性のあるやり方を体系立てて考える習慣があまりなく、仕事ができる・できないといったことも、個人の資質のみに負っている部分が多く見受けられます。
日本の組織がよく非効率的と言われるのも、このあたりに原因があるのかもしれません。
「節約」でブレイクスルーは起きない
また、やり方を知っているだけでは、「仕組み化」したことになりません。
ビジネス書などを読んで、「こんなやり方、自分だって知っているよ」と思ってそのままにしていたり、気まぐれにちょっとやってみたりする人がいますが、それでは当然のことながら成果につながりません。
新しい方法を、自分の仕事や生活のサイクルの中に組み込み、ずっと実行しつづけられる再現性を持たせることが、「仕組み化」なのです。
それとの関連で言えば、いわゆる「節約」も、再現性があるとは言えません。スーパーの安売り日にモノを安く買ったとしても、それは一時的なものです。
いつも安売りしている店を見つけるとか、定期的に購入することで安くしてもらえるように交渉するとか、そういう自分なりの工夫によって、常に安く買えるようにすることが、再現性を持たせるということです。
会社での経費節減も同様です。
使用済みのコピー用紙のウラを使うとか、使っていない部屋の電気を消すといったことももちろん大事ではありますが、抜本的なコスト改善はできません。
仕事のマニュアル全体を見直すとか、さらに言えば、収益の上がっていない事業を見直すなど、根本的な仕組みから考えないと、ブレイクスルーは起こりません。
時間に対する考え方も同じです。
節約的なテクニックばかりに目を向けるのではなく、常に、今やっている仕事を半分の時間で済ませる方法はないかと考えることで、さまざまなブレイクスルーの可能性が開けてくるはずです。
リサーチ→スクリーニング→利益確定
時間投資には、いくつかの基本的な手順があります。まず重要なのは、事前リサーチ。
自分の仕事全体を見渡して、何が面倒なのか、何に時間がかかっているのかを、自分で把握するということです。
次が、その中でどれについて効率化を図るかを検討するスクリーニングです。成果につながること、成果につながらなくても、どうしてもやらなければいけないこと、人に頼めないことなど、ウェイトの大きいものから順位付けをしていきます。
その上で、仕組みづくりのために実際に時間を投資して、効率化を図っていきます。このとき、思うように効果が上がらなければ無理に続ける必要はありません。成果の上がることだけを続けることで、時間資産がストックされていくのです。
もうお気づきだと思いますが、これらは株式などの投資のノウハウと同じです。
リサーチをし、スクリーニングをかけ、実際に投資して利益が出ないようなら早々に損切りし、目標どおりの利益が出れば確定する。投資で一般的に行われている方法を、時間に当てはめればいいのです。
言い方を変えれば、投資には明確なルールや、うまくいくための鉄則があります。この世界では、多くの企業や機関投資家が、昔からさまざまな投資手法を試してきました。その中から検証にたえ、確実に成果を上げられる優れた方法だけが今日まで残っているのです。
一方、時間はお金に比べればずっと曖昧なので、効率的な使い方についての、普遍的で体系立った方法を考えるのはとても困難です。複雑に考えても、結局労多くして功少なし、ということになりがちです。
そこで、投資のいい方法を時間に応用してみれば、意外とシンプルに考えることができるのではないかというのが、私の基本的な考え方なのです。
新人の時間投資、経営者の時間投資
投資の世界では、投資額によって方法を変えていくのが常識です。投資額が一〇〇万円の場合と一〇〇億円の場合とでは、投資スタイルも方針も変わってくるものです。
同様に、時間投資も自分のポジションやステージによって方法を変えていく必要があります。
新人のころは、自分で仕事の時間をコントロールしにくく、仕事の内容も、どうしても自分の手でやらざるを得ないルーチンワークが中心でしょう。しかもそれらは、直接には成果につながりにくいものがほとんどです。
そのような場合は、まずルーチンの部分を仕組み化し、かかる時間を極力カットすることが、時間投資の第一歩になります。
その上で、得られた時間を、わずかでも成果が上がりそうなところに再投資していけばいいのです。
たとえ思ったほど成果が上がらないとしても、どうすれば仕事を効率的に進められるかを徹底的に考えるということは、ぜひ若いうちに体験しておくべきです。
一方、経営者になると、自分の手でやらなければならない事務的な仕事は、まずなくなります。仕事のプロセスなどはどうでもいい。
極端なことを言えば、会社に来なくても、きちんと成果さえ上げていれば、経営者としての責任は果たしたことになります。そのような場合、どこに時間投資をするのか。
たとえば、経営者は会社の数字を定期的に見て、状況の善し悪しを即座に判断する必要があります。
このとき、多くの数字をいちいちチェックしなければならなかったり、その数字を分析するのに時間がかかったりしていては、それ自体が大きなロスになります。
そこで、一目見て状況がつかめるようなデータ整理の仕方を考えるとか、すばやく分析するためのマニュアルをつくるために、時間投資をする必要があります。
企業勤めか自営業者か、営業職か事務職か、平社員か中間管理職かといった違いによっても、時間投資の方法は違います。
重要なのは、どこを効率化して時間資産をつくり、それをどこに再投資するかについて、それぞれ自分の状況に合わせて判断するということです。
スピードだけ上げてもムダになる
以前、ある人に仕事を頼んだら、ものすごいスピードで仕上げてきたことがありました。ところが確認してみると、中身はボロボロ。乱雑だし、ポイントもズレまくっている。仕方なくやり直しを命じると、彼はこう反論してきました。
「でも、効率的にやれって言ってましたよね」こういうカン違いをする人は、少なくありません。私が述べる「時間効率を上げる」ことと、単にスピードを上げることとは違います。
重要なのは時間密度を濃くすることによって時間を短縮することであり、時間密度が薄いまま速く仕上げることとはまったく別のことです。
読書法を例にとって考えてみましょう。世の中には、いわゆる「速読」という方法があります。しかし私には、少なくともビジネスにおいては、あまりリターンが多くない方法に思えます。
たしかに、トレーニングをすれば、一冊の本を速く読めるようになるかもしれません。しかし、同時にそれは、必要のない部分まで読んでしまうことを意味します。
また、重要なポイントで立ち止まって読むこともないでしょう。それでは、全体の内容がある程度は記憶に残ったとしても、実際のビジネスにすぐ応用できるほど詳しくは理解できていないことがほとんどでしょう。それをちゃんと理解するには、もう一度読む必要が生じます。
つまり、どれほど速く一冊を読み通しても、その時間がムダになる可能性があるわけです。
私が前著『レバレッジ・リーディング』(東洋経済新報社)で紹介したのは、最初に決めた目的のために、役立つ部分だけを引っ張ってくるという、ビジネス書の多読法です。
一冊丸ごとを速く読むのではなく、重要なポイントはローギアでじっくり読み、飛ばせるところはトップギアで読み飛ばす。こうして緩急をつけて読む方法です。
仕事も同じです。
スピードを上げても中身が伴わなければ、むしろムダが大きくなります。あるいは意味のないところでスピードを上げても、労力のムダです。
かのP・F・ドラッカーも「まったくするべきではないことを能率的にする。これほどむだなことはない」と述べています(『3週間続ければ一生が変わる』ロビン・シャーマ著/海竜社)。
必要な同じ成果をより短い時間で上げること、そのために最短ルートはどこかを考えて行動することが重要なのです。そして、単に最短ルートを見つけて終わりではありません。
次からも常に同じルートを通れるようにすること、すなわち再現性を持たせることができて初めて、「仕事を効率化できた」と言えるのです。
「ワークライフバランス」をめぐるカン違い
最近、「ワークライフバランス」という言葉をよく耳にします。生活(ライフ)と仕事(ワーク)のバランスを取り、仕事一辺倒ではない、豊かな人生を送ろうという意味のようです。
しかし、これを「働く時間を減らして、プライベートの時間を増やせ」というメッセージとして受け止めるのは、大きなカン違いだと思います。
本書で目指す「労働時間の短縮」は、単に働く時間を減らすということではありません。
時間投資によって、短時間で同じだけ、さらにはそれ以上の成果を上げることが大前提で、そこから生まれた時間資産を、プライベートの時間にあてたり、再投資にあてようというものです。
知識労働社会で求められるのは成果です。
その積み重ねが評価の対象になるわけで、労働時間の短縮に比例してアウトプットも減ってしまうのであれば、仕事を失って、プライベートな生活までが脅かされる恐れがあります。
それでは「ワークライフバランス」どころではありません。
豊かな生活に必要な時間的余裕は、十分な収入が得られる仕事のベースの上に成り立つものです。
仕事のベースもないのに、プライベートの時間を増やすことを優先していたら、莫大な時間負債を背負うことになって、その返済のための労働に追われる人生になるのは必至です。
私は、本来の「ワークライフバランス」とは、まず遊びや休養などプライベートの時間を確保して残りの時間で働く、ということではないと思います。
効率的な仕事をして成果を上げつつ、自動的に時間資産が増えるシステムをつくり、その不労所得的な時間資産によって、仕事と生活とのバランスを取っていくのが、あるべき「ワークライフバランス」だと考えています。
モチベーションの低さこそ問題
現にアメリカでは、「ワークライフバランス」はあくまでキャリアサポートの一環として位置づけられているようです。
有志によって立ち上げられた日本ワーク/ライフ・バランス研究会の第一回講演会(二〇〇四年四月)では、日米を比較しつつ、以下のように警告を発しています。
米国は文系の修士取得者は日本が一・三万人に対して二〇万人と、約一五倍強の社会人がエンプロイアビリティを高める努力をしている。
九〇年代の大量リストラで終身雇用が崩壊した米国では、「不確実性の時代」へのキャリアデザインのサポートの為の「ワーク・ライフ・バランス」施策が不可欠となっている。
しかし日本の現状は未だ長時間労働から抜け出せなく、周囲の目(上司・同僚)に拘束され、早く仕事を片付けてもやる事を見つけられないというモチベーションの低さが、九〇年代からの長期不況(一三年)から好転できない遠因となっていると考えられる。(日本ワーク/ライフ・バランス研究会HPより)
「周囲の目」も変わる必要がありますが、ここで一番問題なのは、「早く仕事を片付けてもやる事を見つけられないというモチベーションの低さ」ではないでしょうか。
たとえば、アメリカのビジネススクールは全部で約八〇〇校、年間MBA取得者数は約七万人であるのに対し、日本のそれは約三〇校、一五〇〇人にすぎないというデータがあります(朝日新聞「beReport」二〇〇三年六月二八日付)。
少し前のデータなので、現在はもっと増えているかもしれないし、MBAさえ取ればいいというものでもありません。
しかし、この文字どおりケタ違いの差は、そのまま時間投資に対する意識の差であるとも考えられます。
あまりに短い、日本人の「自己投資」時間
実際、三〇~五〇代の平日の自由時間の使い方は、「趣味・娯楽」が二〇~三〇分程度、「テレビ・ラジオ・新聞・雑誌」が一時間三〇分~二時間三〇分程度、「休養・くつろぎ」が一時間程度で、「学習・研究」は一〇分未満だそうです(総務省統計局「社会生活基本調査」二〇〇一年)。
このうち、明らかに投資的な使い方と言えるのは「学習・研究」くらいでしょう。
「テレビ・ラジオ~」は投資と考えられなくもありませんが、あとでお話しするように、テレビの見方にも「投資」としてのアクティブな見方と、「消費」としてのパッシブな見方があります。
大半の場合はパッシブな見方だと思いますので、投資と呼べるのは、そのうちせいぜい一時間弱ぐらいでしょう。
自由な時間ができたら、もちろん娯楽や休養にあててよいのですが、一部は必ず再投資に回すことを忘れてはいけません。
たとえば四分の一の時間で仕事ができるようになったとしたら、残り四分の三も仕事にあてれば、四倍の成果が上げられます。
さらに効率化を図れば、八倍の成果を得ることも不可能ではありません。そうやって、誰にでも平等に与えられた時間を使って、より大きな成果を上げることを目指すのが、「時間にレバレッジをかける」という発想なのです。
日本人はもはや「働きすぎ」ではない
高度経済成長の時代から、「日本人は外国人と比べて働きすぎ」と言われてきました。
だからもっと仕事の時間を減らし、家族サービスをしたり、長期休暇を取ったりしましょうとも言われてきました。
「ワークライフバランス」もこの延長にあります。しかし、少なくとも最近について言えば、これは大きな誤解のようです。
「世界競争力ランキング」の二〇〇六年版(スイスのビジネススクールIMD〈国際経営開発研究所〉発表)によると、日本の年間労働時間は一八六四時間。中国やアメリカよりも少なく、なんと世界第三四位。トップは香港の約二四〇〇時間で、日本の約一・三倍です。
サービス残業など、統計に反映されない労働時間もあるので、一つのデータだけで判断するのは適当ではありませんが、海外のビジネスパーソンに接する機会の多い私の印象から言っても、日本人はけっして働きすぎではないように思います。
低い労働生産性、その果てに……
もちろん、会社に長くいればいいというものではありません。日本マクドナルドを創業された故・藤田田さんは、かつてこんな話をされていました。
アメリカ人のホワイトカラーは、一二月になると長期のクリスマス休暇を取ることが少なくありません。あるいは「バケーション」と称して、いきなり一カ月も休んだりする。
そのため、日本から連絡しようと思っても、つかまらないことがよくあります。そんなアメリカ人の一人が、藤田さんに向かってこんなことを言ったそうです。
「アメリカ人は会社にいなくても高い成果を上げている。日本人はいつ連絡しても常に会社にいるが、大した成果は上げていない」日本人の労働生産性についても、興味深いデータがあります。
「労働生産性の国際比較」の二〇〇六年版(社会経済生産性本部発表)によると、日本の労働生産性は先進主要七カ国中最下位。OECD三〇カ国中でも一九位と低迷しています。
ただし、製造業だけで見れば、先進七カ国中アメリカに次いで二位です。
裏返せば、日本の場合、知識労働が中心となるサービス業などの労働生産性がきわめて低いということです。労働時間が減って、生産性も上がっていない。
これは時間投資的に見れば、日本社会全体が、時間資産を食い潰し、借金を返すために働く状態に陥りかけていることを意味しています。
経済のグローバル化が進み、どんな産業も、世界市場での競争に勝たなければ生き残れない中で、これはとても深刻な事態です。私はよく、社員に対して「ゆでガエル」の話をします。
ぬるま湯にカエルを入れ、少しずつ温度を上げていくと、カエルはその変化に気づかず、ついにはゆで上がって死んでしまうという話です。
今、日本の企業の中で優秀だと評価されている人、また、自分は高い成果を上げていると思っている人も、実はこの「ゆでガエル」になっている可能性があります。
そうならないためにも、自分の仕事の進め方やライフスタイルを、常に時間投資の観点から見直すことが重要なのです。
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