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第1章「最高の職場」をつくる6つの原則

 

はじめにHR(HumanResources:人的資源)、すなわち人材は今日、企業競争力の最大の源泉です。

事業のサービス化や、製品比重のハードからソフトへの移行、急激な技術革新、先進国企業の競争優位の変容、少子化・高齢化など、経営環境の劇的な変化を背景に、人的資源に求められるものは大きく変わっています。

しかし、実際に経営戦略において、こうした変化への対応を的確に実践している企業は多くありません。

既存の人事施策を十分に見直すことなく、踏襲しているのではないでしょうか。

本書は、時代の変化を見据えた、人材の育成や、逸材を的確に活かす人事施策について、第一線の研究者や経営者が書いた論文を集めています。

経営者や人事部のスタッフはもちろん、事業部門のマネジャー、リーダーを目指すすべてのビジネスパーソンの必読書です。

米国の名門経営大学院、ハーバード・ビジネス・スクールの教育理念に基づいて、1922年、マネジメント誌HarvardBusinessReview(HBR:ハーバード・ビジネス・レビュー)が創刊されました。

同編集部とダイヤモンド社が提携し、日本語版『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』(DHBR)を1976年に創刊しました。

以来、DHBRは月刊誌として、「優れたリーダー人材に貢献する」という編集方針の下、学術誌や学会誌のような無用な難解さを排し、「実学」に資する論文を提供しています。

ビジネスパーソンがマネジメント思想やスキルを独学したり、管理職研修や企業内大学、さらにビジネススクールで教材としても利用されたりしています。

その米HBR誌の掲載論文から、同誌編集部が「人材を再開発するうえで必読」として厳選した11本の論文を集めたものが、本書です(各論文執筆者の肩書きは基本的に、論文発表時のものです)。

第1章「『最高の職場』をつくる6つの原則」は、今日、多くの企業や人々が志向している職場を論じています。

「世界で最も働きがいのある会社」、それはいったいどんな会社でしょうか。

筆者らが、数百人の企業幹部に調査を行うと、理想的な組織は「社員に最高の仕事をさせることで、自社の持てる力を最大限に発揮する」という姿が浮かび上がりました。

社員の取り組み意欲が高い企業では、期待を上回る業績を達成する可能性が高く、社員定着率や顧客満足度などでも、他社を圧倒します。

本稿では、そのための6つの原則を挙げ、その職場に近づくためにクリアすべき課題と、それを克服している企業の事例を提示しています。

今日、注目の概念である「企業の存続意義」がキーワードになっています。

フェイスブックのCOOシェリル・サンドバーグが、「シリコンバレーで公開された文書の中で最も重要なものの一つ」と称賛したファイルがあります。

そのファイル作成者で、ネットフリックスの元チーフタレントオフィサー(最高人材責任者)が著した論文が、第2章「シリコンバレーを魅了したネットフリックスの人材管理」です。

同社がなぜ従業員のモチベーションを高め、急成長を持続しているのか、その人事戦略が明かされています。

章末コラムの同社創業者兼CEOリード・ヘイスティングスのインタビューは、同社の凄みを端的に示しています。

第3章「CHROは経営者たれ」は、CHRO(最高人事責任者)の責務と地位をもっと高めることを説きます。

理由は無論、事業の成否が何にも増して人材にかかっているからです。

大勢の執行役員の中の一人になっている現状を変えるべく、CEOが主導して、CFO、CHROとの3者(G3)会合を定期的に持つべきだと提言します。

人材抜擢を進め、長期視点で経営者人材を育成していく新たな方法を詳述していきます。

元ハーバード・ビジネス・スクール教授のラム・チャランやマッキンゼー・アンド・カンパニーグローバルマネージングディレクターのドミニク・バートンらの経験に基づく提言は説得力があります。

第4章「アジャイル化する人事」は、近年の経営において最も重要な概念である「アジャイル」(俊敏さ)が、テクノロジー分野から広がり、製品開発や製造部門、そして人事部門にまで及んでいることを示します。

急激に変わる事業環境に企業が適応していくには、競争力の源である人材においても、採用、育成、管理などで臨機応変、俊敏な施策が必要になるのです。

人事における最先端の動向を分析し、紹介するのが第5章「ピープルアナリティクスで人事戦略が変わる」です。

社員データから抽出した統計学的な知見を用いて、人材管理の意思決定を行う「ピープルアナリティクス」は、近年多くの企業で、取り組む優先度が高い領域だと考えられています。

企業内にはメールの送受信、チャット、ファイルの転送といった膨大なデータが存在し、これらを掘り下げて分析することで、社員に関する理解を深め、組織全体のパフォーマンスを上げることが可能です。

しかし、企業の多くは個々の社員に関するデータしか使っておらず、それ以上に重要な社員間の相互作用に関するデータに目を向けていません。

本稿では、組織の改善につながるピープルアナリティクスを理解するための6つのポイントと、応用のためのフレームワークを提示しています。

第6章「終身雇用を捨てよう」は、リンクトインの共同創業者リード・ホフマンが2人の起業家とともに、雇用者と被雇用者の新たな雇用協定について考えていきます。

従来施策の延長で、従業員に終身雇用を与えていては、俊敏な企業にはなれません。

今日、最高の人材は一生一つの雇用者に仕えることなど望みません。

雇用者と被雇用者の関係がすでに新たな形態を取り始めたシリコンバレーの状況を踏まえ、両者が同盟者としてお互いの成功を助け合い、価値を高める新たな関係について論じています。

第7章「社員の成長につながる人事評価システムをつくる」は、既存の人事評価システムを改善しようとする試みです。

膨大な時間と労力をかけて実施しているのに、将来の業績向上や社員のコミットメント向上に結び付いているか疑わしい人事評価は、実際多いものです。

この問題に、デロイトがマーカス・バッキンガム(ロングセラー『さあ、才能(じぶん)に目覚めよう』の著者)と共同で、新たな評価システムを設計し、その試行錯誤の中で得たことを詳述しています。

第8章「シニア世代を競争優位の源泉に変える」は今日、日本企業にとって最重要課題の一つでしょう。

社会人口の少子高齢化が加速する中、シニア人材の能力や経験をいかに企業の価値創造につなげていくか。

健康で活動的な高齢者が増える現状を、経営者が認識しないで、顧客と労働者の両方の市場におけるチャンスを見逃している企業がまだまだあります。

高齢者への適切な施策は、実はあらゆる世代の社員たちにとって働きやすい環境をつくるという、多大な恩恵をもたらすことを本稿では示しています。

もう一つ、時代の潮流として見逃せないのが、人工知能(AI)の発達です。

負の面から見れば、いずれあらゆる分野でAIが人間の仕事を奪ってしまうのではないかという懸念が生まれています。

第9章「コラボレーティブ・インテリジェンス:人間とAIの理想的な関係」は、この懸念を正に転換する考え方です。

AIというテクノロジーの本領は、人間の能力に置き換わることではなく、人間の能力を補完し、強化することにあるとして、人間とAIが補完し合う「コラボレーティブ・インテリジェンス」を進めていくためのガイドラインを提示しています。

第10章「差別の心理学:ダイバーシティ施策を成功させる方法」は、米国における昨今の事件が象徴するように、人種やジェンダーの差別が社会にとって深刻な課題であるという事実を直視した論文です。

1990年代末から2000年代初頭の大手金融企業は性差別や人種差別による訴訟騒ぎが注目され、各企業はダイバーシティにいっそう配慮するようになり、さまざまな取り組みが進められました。

しかし、その効果は上がっていません。

その理由として筆者らは、企業の施策がマネジャーのダイバーシティに対する考え方や行動を取り締まるものであり、それがかえって偏見を助長していると指摘します。

本稿では、心理学的・社会学的な観点からこれまでの取り組みの欠点を分析し、有効な施策を提示しています。

そして、「人材の時代」に不可欠な施策を提言するのが、第11章「人材は潜在能力で見極める」です。

変化の激しい時代に、人材に必要なのは「潜在能力」であり、それを見るには採用プロセスで(利己的でない)モチベーションのありようを探ることがまず第一だと提言しています。

そのほか、好奇心、洞察力、愛着心、意志力などを見ることも必要です。

それらを見極めるための具体的な質問例、潜在能力を持つ社員の引き止め方、成長のさせ方、制度設計など、さまざまな人材採用、育成のヒントを見出すことができるでしょう。

本書は、「HBR誌において読むべき10論文」シリーズの一つですが、原書タイトルはHBR’s10MustReadsonReinventingHR(withbonusarticle“PeopleBeforeStrategy”byRamCharan,DominicBarton,andDennisCarey)とあり、全部で11本の論文で構成されています。

また、第11章「人材は潜在能力で見極める」は同じシリーズの既刊書籍『経営者の教科書』にも収録されています。

なお、論文集ですので、掲載順は気にせず、ご関心のあるテーマから読まれることをおすすめします。

DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集部

目次人材育成・人事の教科書はじめに目次

目次

第1章「最高の職場」をつくる6つの原則 ロブ・ゴフィーロンドン・ビジネススクール名誉教授ガレス・ジョーンズIEビジネススクール客員教授

「夢の職場」と呼ばれる条件ありのままでいられる組織にする組織の仕組みを見直す情報の流れを解き放つ社員の長所を伸ばす株主価値を超えるものを支持する日常業務にどんな意味があるのか示す社員が信じられるルールを持つ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第1章「最高の職場」をつくる6つの原則 ロブ・ゴフィーロンドン・ビジネススクール名誉教授ガレス・ジョーンズIEビジネススクール客員教授

「夢の職場」と呼ばれる条件

世界で最も働きがいのある会社をつくりたいとしよう。

それはどんな会社だろうか。

筆者らは3年にわたり、世界中で行った調査やセミナーで、数百人の幹部に理想とする組織とはどのようなものかを説明してもらい、その答えを探ってきた。

この課題に取り組んだのは、「リーダーとして本物であるか」と「リーダーシップの有効性」との関係を探る、筆者らの研究がきっかけとなった。

一言で言うと、「この人は本物でない」と感じられるリーダーに社員はついていかないということだ。

ところが筆者らが調査した幹部たちは、自分がリーダーとして本物であるためには、本物の組織のために働いている必要があると明言したのである。

彼らは何を言いたかったのだろう。

当然ながら、多くの回答は極めて具体的なものだった。

しかしそれぞれの環境や業界、個人的な野心の違いを超えて、次の6つの共通する基本原則を見出すことができた。

この6つを合わせると、社員に最高の仕事をさせることで、自社の持てる力を最大限に発揮する組織の姿が浮かび上がる。

筆者らはこれを「夢の職場」と名づけた。

それは一言で言うと、以下のような企業だ。

❶個人個人のさまざまな違いを尊重して活用する。

❷情報を抑制したり、操作したりしない。

❸社員から価値を搾り取るだけでなく、会社側も社員の価値を高める。

❹何か有意義なことを支持している。

❺業務自体が本質的にやりがいのあるものである。

❻愚かしいルールがない。

これらの原則はあまりにも常識的に思えるかもしれない。

この条件を満たした職場で働きたくないという人がいるだろうか。

幹部たちは間違いなくこれらの原則のメリットを認識しているし、そのメリットは多くの研究によっても確認されている。

その例を2つ挙げよう。

コンサルティング会社のヘイグループによる調査では、取り組み意欲が高い社員は、意欲が最低の社員と比べて、期待を上回る業績を達成する可能性が平均して50%以上高いことが明らかになっている。

また、社員の取り組み意欲が高い企業は、意欲が最低の社員を抱える企業を、社員定着率で54%、顧客満足度で89%上回り、増収率では4倍にもなっている。

ロンドン・ビジネススクールの同僚であるダン・ケーブルが最近行った研究は、職場で本物の自分、ありのままの自分を出すことが歓迎されていると感じる社員は、組織へのコミットメント、個々の業績、他の社員を助ける傾向において高い水準にあることを示している。

ところが、この6つの特徴をすべて備える組織は、存在するとしてもごくわずかだ。

いくつかの特徴は、従来の業務慣行や染み付いた習慣に逆行する。

それ以外のものは率直に言って複雑であり、実施するのに手がかかる場合もあるし、お互いに矛盾する特徴もある。

大半のものは、実現しようと思えばリーダーは対立する利害を調整し、自分の限られた時間と注意の配分方法を考え直す必要がある。

そのためほとんどの場合、夢の職場は手の届かない憧れの存在のままである。

そこで本稿では、筆者らの研究から判明したことを挑戦課題として紹介しよう。

考えうる限り最も生産的で、働きがいのある職場環境を生み出したいと願うリーダーおよび組織は、この課題に挑戦してみてほしい。

ありのままでいられる組織にする企業が個人個人の間にあるさまざまな違いを尊重し、積極的に活かそうとする場合、えてして性別、人種、年齢、民族性など従来のダイバーシティ(多様性)の区分だけに限定して考えがちだ。

その努力は立派ではあるが、筆者らがインタビューを行った幹部たちは、それよりとらえにくいものを追求していた。

それは観点の違い、思考習慣の違い、行動や判断のもとになる前提の違いである。

たとえば世界的に優れたある大学の副総長は、研究熱心な研究室を探るために、夜遅くキャンパスを歩き回った。

現実的な考え方をする物理学者でもある彼は、理科系の実験室を予想していた。

ところが大変驚いたことに、古代史、演劇、スペイン語学科など、あらゆる学問分野で夜中まで熱心に研究にいそしむ姿が見られたのだ。

理想的な組織は、組織内の支配的な傾向——企業文化から仕事のやり方、服装のルール、伝統、行動や判断を支配する前提など——を十分に意識しつつも、この副総長と同じように、それを超える努力を意識的に行うものだ。

たとえば、お堅い金融機関が短パンとサンダル姿のIT部門の連中を受け入れることだけではなく、最先端のくだけた組織で誰かがスーツ姿で出社しても、冷ややかな目で見られないということでもある。

あるいは、ほぼ全社員が不規則な時間に出社する組織でも、9時〜5時の定時出社を好む少数の社員に居場所があるということだ。

世界最大の(しかも急成長中の)高級品企業であるモエヘネシー・ルイヴィトン(LVMH)には、さぞかし才気あふれ創造性に富んだイノベーターが揃っていると思うだろう。

たしかにその通りで、マーク・ジェイコブスやフィービー・ファイロがいる。

しかし彼らのような社員だけではない。

ビジネスの観点から見て、アイデアを分析・評価する経営幹部や、専門スキルを持つ社員の割合が予想以上に多いのだ。

LVMHの成功要因の一つは、正反対のタイプの社員が活きいきと共存し、協力し合う文化があることだ。

その秘訣は慎重な人選にある。

すなわちLVMHは、自分のデザインが市場で受けることを願い、そのためには商品としての潜在価値を見抜くスキルの高い人がチェックしてくれるのはありがたいと考えるデザイナーやアーティストを求めているのだ。

社員のあらゆる知識や才能を全面活用することのメリットはおそらく明らかであるが、実際にそれを実現している企業はあまりにも少ない。

これは驚くに当たらない。

理由の一つは、偏見や先入観に気づくことが難しいからだ(前述の勤勉な副総長が、研究が熱心に行われているかどうかは、深夜まで実験作業が行われているかで判断できるという前提に立っていたのが、よい例だ)。

しかしもっと根本的な理由は、社員の個性を伸ばして活用しようとすることが、明確なインセンティブ制度とキャリアパスの構築によって、組織の効率性を高めようとする動きに真正面から逆行するからだ。

能力モデルや人事評価制度、目標値を設定したマネジメント、厳密な採用方針などは、いずれも許容できる社員の行動範囲を狭めてしまうことになる。

組織の仕組みを見直すしたがって、個性の尊重と活用をうまく行おうとするならば、組織の規律をある程度放棄する必要があるかもしれない。

おそらく世界で最も独創的なエンジニアリングと設計を行う企業である、アラップを例に挙げよう。

シドニーのオペラハウスやパリのポンピドーセンターから北京の国家水泳センターまで、同社はその土地の象徴となる建物を多数手がけている。

それらの建物にはアラップならではの特徴が際立っている。

アラップは、仕事に対して全体的な観点を優先する取り組み方をする。

たとえば、つり橋の建設を請け負った場合、それを直接依頼した顧客の利害だけでなく、その橋を利用することになる地域一帯にも目を配る。

そのため、アラップの社員は、数学者や経済学者、芸術家、政治家とも一様に協力する。

したがって、アラップは異なるスキルセットと個性を取り込む能力が戦略の要であると考えている。

「完全にぴったりとはこない……、しかし思いも寄らなかったところに我々を導いてくれるような、面白い要素があってほしいのです」と会長のフィリップ・ディレーは語る。

「一糸乱れぬ整然とした姿になってしまうのを阻止すること……、それはいまや私の仕事の一部となっています」このような世界では従来型の評価システムが役に立たない。

そのためアラップは数値で表す方式の業績評価は行わないし、社員のキャリアアップや能力開発に関する企業方針も規定していない。

マネジャーは社員に何を期待しているかを明確に伝えるが、それを実現する方法は個人個人が決める。

「自分で決めるということは、自分が進路を定め、自分の成功にアカウンタビリティ(説明責任)を負うということです」。

ある人事部門の責任者は「自己開発と昇進は社員個々の問題であり、我々が行うのはそのサポートです」と説明している。

昔ながらの企業は、これではあまりに規律がなさすぎだと思うだろうか。

ではウエイトローズを例に挙げてみよう。

同社は市場シェア、収益率、顧客や社員の忠誠心などさまざまな評価指標から見て英国で最も成功している食品小売企業の一つである。

小売りは業務プロセスの効率化が避けて通れない業界である。

しか

し、同社はクリエイティビティのちょっとしたひらめきを育むことで、顧客経験に大きな差を生み出すところに自社の強みがあると考えている。

ウエイトローズは協同組合である。

すなわち全社員が共同所有者であり、同社の年間利益を分かち合う。

したがって社員の忠誠心が高いのも不思議ではない。

しかしそうであるにせよ、同社は社員の個人的関心を引き出してサポートするためにはどんな苦労も惜しまない。

もしピアノを習いたければ、ウエイトローズはレッスン料の半額を支払ってくれる。

料理、工芸、水泳などのサークル活動を盛り立てる文化もある。

筆者らの友人の父親はヨットの操縦を習ったが、それは同社に勤めていたからだという。

このような方法で、社員が安心してありのままの自分でいられる雰囲気の醸成に努めている。

ある上級幹部から「友人や家族が職場に来て私を見かけたら、すぐに私だとわかります」と言われて、筆者らははっとしたものだ。

「優れた小売業者は、他人と少々違ったやり方をする、味のある社員に頼る部分が大きいのです」と別の幹部は説明した。

「長年そんな人たちが大勢、我が社に勤めました。

彼らを大事に育てるように心がけ、我が社の体制が彼らをはみ出し者にすることが絶対にないようにしなければなりません」予測可能性を追求すると、その結果生まれるのは、画一性・同調性の文化、すなわちエミール・デュルケームが「機械的連帯」と名づけたものだ。

しかしLVMHやアラップ、ウエイトローズのような企業は「有機的連帯」から生まれる。

有機的連帯が形成できるかどうかは、個人個人の違いを生産的に活用できるかどうかにかかっているとデュルケームは指摘している。

なぜわざわざそんな面倒なことをするのか——。

筆者らは、相互保険会社であるニューヨーク・ライフを率いるテッド・マーサスの発言が最も的確にこれを説明していると考える。

「CEOに任命された時に一番気になったのは、この任務に就いたら、自分の思うままに発言させてもらえるかどうかということでした。

いい仕事をするためには、ありのままの自分でいる必要がありましたからね。

誰でもそうですよ」情報の流れを解き放つ夢の職場は、「騙さない」「妨害しない」「歪曲しない」「操作しない」。

フェイスブック、ウィキリークス、ツイッターの時代において、夢の職場は誰かに先を越される前に、みずから人々に真実を話したほうが得策だと認識している。

また、自分の仕事をするためには、現在会社で何が起こっているのかを知りたいという社員のニーズを尊重する。

状況の変化が激しいために全員の足並みを揃えるのがすでに難しくなり、上から下まで全社員がもっと戦略的に考えるように指示されている環境では、ことのほかそうである。

それはどのような企業のマネジャーにとっても自明のことだと思われるかもしれない。

ところが現実には、筆者らの言う「徹底的な正直さ」、すなわち「包み隠すことなく、完全で、明確かつタイミングのよいコミュニケーション」を妨げる要素は数え切れないほどある。

たとえばマネジャーによっては、必要なことだけ知らせるというやり方で情報を小出しにすることは、効率性を維持するために重要だと考える人もいる。

情報を伝えて部下を心配させたり、解決策を見出す前に問題を明らかにしたくないという、一見罪のない親心のようなものを発揮するマネジャーもいる。

別のマネジャーは、組織に対する忠誠心から「体面を保つ」べく、最悪の状況にあってもポジティブな印象を与えるように情報操作を行うのは自分の義務だと考えている。

悪い話を伝えることに後ろ向きなのは、極めて人間的なことである。

そして多くの経営幹部は、この傾向が極めて重要な情報の流れを妨げうることを熟知している。

製薬会社ノボノルディスクで1990年代にCEOを務めた、マッズ・オブリセンの例を紹介しよう。

当時、同社がデンマークに持つインスリン製造施設でFDA(米国食品医薬品局)規制違反の問題が深刻化し、規制当局は米国市場におけるこのインスリン薬の販売を禁止する一歩手前まで行ったほどだった。

ところが、いまになって考えると信じられないことだが、当時誰もこの状況をオブリセンに伝えなかった。

というのもノボノルディスクは、悪い話は社内役員の耳には絶対入れないという企業文化の下に運営されていたからだ。

同社は全社的に品質管理システムを見直すことで、この状況を是正するための正式な一歩を踏み出した。

すなわち業務プロセスと手順、そして問題に関連する社員全員の研修を見直したのである。

やがてこれは新製品開発、製造、流通、営業、サポートシステムにも拡大された。

全社的にはビジョン、中核となる価値観、一連の経営原則を「ノボノルディスク・ウェイ」としてはっきりと明文化した。

この危機的状況の根本原因を探り当てるために、オブリセンは「組織円滑化」と命名した、ありのままの情報の流れを促進するプロセスを通じて、正直であることを重視する新たな企業文化の形成に手をつけた。

現在同社では、勤続年数の長い円滑化推進役(社内運営の監査役)を中心とするチームが世界各地に広がる関連会社のすべてを定期的に視察している。

社員とマネジャーを無作為に抽出して面談を行い、ノボノルディスク・ウェイが実施されているかどうかを査定するのだ。

たとえば社員は、問題がある時でさえ現状をできるだけ素早く社内外の全ステークホルダーに伝えなければならないことは認識している。

しかし、はたして本当にそれを実行できているのか——。

多くの社員が筆者らに語ったところによれば、このような現場訪問によってビジネスの根本的な価値と業務プロセスについて正直な話し合いが促されるので、彼らは訪問をありがたいと思っている。

徹底的な正直さはなかなか実践できるものではない。

そのためには多くの異なる情報伝達経路(コミュニケーションチャネル)を確立する必要があり、その維持に時間を取られる可能性もある。

また、それまで情報から隔離されていた幹部マネジャーはいくぶん自尊心を傷つけられることもあろう。

ノボノルディスクでは先頃全オフィスにおいて炭酸飲料の販売を禁止した。

その結果どうなっただろうか。

同社の社内ニュースサイトであるPeopleComには、これに反応した社員から数百もの熱の込もった書き込みがあった。

一部の社員は、個人の自由を侵害するものだと見なした(ある社員は憤慨して、「次にノボノルディスクが私にさせないように『口を出す』のは何だろうか」とコメントした。

「糖分の摂取量を減らすために新鮮な果物を禁止することだろうか」)。

それ以外の社員は、論理的に考えればこの方針は糖尿病予防に対する同社の姿勢の延長上にあるものだとして擁護した(「甘いソフトドリンクを自分で買うことはできるのだから……。

ノボノルディスクはセブン-イレブンであってはならない」)。

これらのコメントすべてに本人の名前が入っていたことは、正直であることがどれほど社内文化に行きわたったかを示すものである。

正直であれといっても、企業秘密の厳守は必須である。

また筆者らは、正直であれば問題の発生は必ず防げると言うつもりはない。

特に規制が厳しく、定期的に監視下に置かれるような業界においてはそうである。

それでも、企業の経営幹部は、本能的に必要と感じる水準よりもはるかに透明性を重視したほうがいいと筆者らは考える。

とりわけ現在は、従業員の間でも顧客の間でも企業への信頼感が低下し、真実を見えにくくするバックグラウンドノイズがことのほか高まっている時代である。

組織は自社の意見を人々に聞いてもらい、信用してもらうために、現状を包み隠さず伝えるよう一生懸命努力しなければならない。

社員の長所を伸ばす夢の職場は、社内トップレベルの社員でさえも、さらにいちだんと優れた人材に育てる。

そして社内で最もできない社員たちを、本人が想像もできなかったほどのレベルに伸ばす。

好景気で人材獲得合戦が熾烈な時代であれば、新たな人材の獲得コストと比べて、既存スタッフを育成するメリットが大きいことはわかりやすいだろう。

しかしそのような状況でも、社員がより有望なチャンスを求めて他社に移ると、投資が無駄になったといって企業は不満をもらす。

好景気であれ不景気であれ、マネジャーは、社員を有能に育てるという長期目標を達成するよりも、人件費を最小化したほうがはるかに報われることが多いのが現状だ。

人材育成の価値が広く認識され、よく理解もされているのに、実現されていないケースが多いのは、おそらくそれが理由である。

一流の大学や病院、ゴールドマン・サックスやマッキンゼー・アンド・カンパニー、そしてアラップのような設計会社はいずれも、はるか以前から価値ある人材にさらなる価値を与えている。

最近ではグーグルやアップルも挙げられる。

このような組織はネットワークを提供し、創造性を刺激するような同僚との対話を促進し、ストレッチした目標を与え、研修を行い、社員がエリートと思われるようなブランドを構築するなど無数の手段を通して、価値ある人材にさらなる価値を与えているのだ。

このいずれもが難題ではないし、誰から見ても目新しい内容でもないだろう。

しかし、優秀な人材を探し出し、研修を行い、定着させることの難しさは、専門性の高い業界やハイテク産業、あるいは高度な金融業界だけに留まらない。

雇用主と社員の関係は多くの業界で、「社員からどれだけ価値を搾り取ることができるか」から「社員にどれだけの価値を注ぎ込むことができるか」に変わりつつあると筆者らは考える。

実はこれこそ、生産性向上が本来意味するものである。

コスト効率を第一に掲げて創設されたマクドナルドを例に取ろう。

求職者があふれる経済状況下であっても、マクドナルドは第一線に立つ社員の育成に焦点を合わせている。

しかもその取り組み規模は巨大だ。

英国での同社の従業員は8万7500人いるが、彼らが働きながら全国的に認められた学位を取れるよう、年間3600万ポンド(約56億円)を投資している。

研修制度を取り入れている企業の中で同国内最大手であるマクドナルドは、2006年にプログラムを導入して以来、3万5000人にこのような学位を取得させている。

毎週教室6つ分の生徒数に相当する社員が、数学および英語の正式な資格を得ており、さらに毎日20人の社員が研修制度の利用資格を得ている。

多くの大企業と同じように、マクドナルドも幹部向けに広範な管理者研修プログラムを揃えているが、同社は対象を店長、部門長、シフトマネジャーにも拡大している。

彼らは第一線で日々リーダーとして、店員のモチベーションを高め、自分が担当するシフトの売上目標を達成するのに必要なコミュニケーションやコーチングのスキルを学ぶ。

同社のこの投資に対するリターンは、増収額や増益率で測るのではなく、時間給で働く店長や店員の退職率が低くなったかどうかで評価される。

このプログラムが開始されてから退職率は確実に下がってきている。

それは2007年以降、グレート・プレース・トゥ・ワーク・インスティテュートが発表する「働きがいのある会社」ランキングの上位50社に、毎年マクドナルドが選ばれていることにも反映されている。

人材育成をどこまで拡大できるかを示すために、ロンドン五輪組織委員会による「ゲームズ・メーカーズ」(ロンドン五輪でのボランティアの呼び方)のトレーニングを例に挙げよう。

同委員会は、平時としては英国史上最大の人員、すなわち10万以上の契約職員、7万人以上のゲームズメーカー(ボランティア)、8000人以上の有給スタッフを集め、活動を取りまとめる必要があった。

そこで、大胆でアイデア豊かなプログラムを通じて、それまで働いたことがない人やボランティア経験のない人を採用し、研修を行ったのである。

たとえばトレールブレーザー(先駆者)というプログラムでは、有給スタッフに対して、多様な社会的背景を持つボランティアたちとうまく働く方法を教えた。

パーソナルベストというプログラムでは、地方官庁と協力して、恵まれない境遇にある長期失業者7500人以上——その中には、身体障害や学習障害を持つ人もいる——が仕事に必要な資格を取れるようにした。

スクール・リーバーズ・プログラムは、オリンピックの主催区である東ロンドンにおける中卒者を対象とし、3カ月の仕事を2回与え、それを問題なく完了した場合にはオリンピック終了までの雇用契約を結ぶというものだった。

同委員会が採用したこの方式に刺激を受けて、英国の政府機関や民間職業あっせん所は、これまで雇用可能とされていた以上に幅広い種類の人材を活用し、彼らの生産性を高めるべく、業務取り組みガイドラインを書き換えることになった。

どの社員からも最良のものを引き出すと約束することは、リスクも大きいが見返りも大きい戦略だと認識している。

評判という資産の価値は高まるが、その価値は破壊されやすいものだからだ。

たとえばゴールドマン・サックスは何年もかけて、投資銀行の中で最も刺激的な銀行という評判を構築した。

グレッグ・スミスが同社を辞める際に、ゴールドマン・サックスはみずからの基準を満たしていないと激しく批判する手紙を新聞に投稿したことがあれほどの打撃になったのは、それゆえである。

したがって企業は、いったんこの方向に向かって歩み始めたら、その歩みを止めてはならない。

株主価値を超えるものを支持する人は自分自身より大きなもの、何か自分で信じられるものの一部でありたいと望む。

「これまで私が働いてきた複数の組織では、組織のブランドを信じるよう、みんなが私を洗脳しようとしました」と、あるセミナーの参加者は語った。

「しかし私は、組織のブランドとともにあるために、その組織の原点や支持するものに心から共感できるような組織で働きたいのです」組織が共有すべき存在意義を持つ必要がある、と認識されるようになってきた。

それは間違いなく正しいことである。

しかし存在意義の共有は、ただミッションステートメントを実行するのとはわけが違う。

それは、個人の価値観と組織の価値観との間に強力な結び付きを生み、それを維持することを意味する。

これを実現すれば、社員の個性を尊重して活用しつつ、同時に強力な文化を育むことができる。

これについて一部の企業にはもともと備わった強みがあるとの指摘もあるだろう。

大学の教授仲間がかつて筆者らに、どこか面白い企業と仕事をしているかと尋ねたことがある。

ノボノルディスクのことに触れると、彼はかばんからインスリン注射に使う「ノボペン」一式を取り出して、わかりやすい言い方をした。

「毎日あの会社に命を救われているよ」と。

BMWの「ミニ」のサイドバー(安全性向上のためボディ側部に渡す横棒)を設計するエンジニアたちは、朝の4時に目を覚ましてミニの安全性を高めるアイデアを書き留めることで知られている。

「究極のドライビングマシン」を構築するというアイデアに惹かれた人材に期待されるのは、このようなことなのかもしれない。

しかしこのような強みは、その企業の属する業界によるものではない。

彼らの強みである社員との結び付きは、むしろどのように業務を行うか、その方法によってつくられるのだ。

その仕組みをより一般的に理解するために、マイケル・バリーの例を紹介しよう。

彼はかつて教師だったが、国の支出削減により解雇された。

それから30年経っても、その経験は生々しい傷として残っていた。

「解雇は『後入れ先出し』、すなわち若手から先に切っていくというやり方で、実績とは何の関係もありませんでした。

二度とあんなふうに仕事を失いたくはないと決意しました。

そこでさまざまな点をじっくり調べて、社員に何を求めるかが明確な職場を探しました」理想を追求したこの男は、結局どこに落ち着いたのだろうか。

彼はニューヨーク・ライフの保険の販売員になった。

会社に対してどのような結び付きを感じるか尋ねると、彼は、「この会社は、上から下まで、まったく違っています」と話し始めた。

そして次のように説明した。

「当時、保険会社はどこも相互会社から株式会社に転換し、百貨店のように各種金融サービスを販売し始めた最中でした。

一方、ニューヨーク・ライフは、今後も生命保険が我が社の中核業務であるとはっきり打ち出したのです。

当初販売員たちはそれをよく思いませんでした。

より稼ぐチャンスを失うことになると感じたのです。

しかし当時のCEOであるサイ・スターンバーグは、販売員と公開討論会を開き、臆せず言い切りました。

『うちは生命保険会社であり、生命保険が我々の得意分野なのです』と——」これは単なる事業戦略以上のものであるとバリーは言う。

「それは、我々が日々どのように業務を行うかにも反映されています。

この会社では、うまく保険金の支払い請求をかわそうなどとはしません。

たとえばこんな話があります。

ある男性が生命保険に入ることにし、帰宅後、必要額を記入した小切手を切りました。

その晩彼は急死し、その小切手は机の上に置かれたままでした。

入金されなかったのです。

しかし我々は保険金を支払いました。

販売員たちはこの話に心の底から賛同してくれます」現在のCEOであるテッド・マーサスは、ニューヨーク・ライフが相互会社の形態であることも、利益がすべてでないと言い切れる一因だと認める。

しかし彼は、相互会社と同じ理屈が株式会社にも当てはまると指摘する。

すなわち利益とは、別のもっと意義深い目標を追求した結果である(または、そうあるべきだ)と。

やはりこれも、目新しいとはとてもいえない考え方だ。

「ところが多くの上場企業は、会社の方向性を見失い、それとともに自分たちは何なのかという感覚さえも失ってしまった」とマーサスは指摘する。

筆者らも同意見だ。

日常業務にどんな意味があるのか示す筆者らが面談した幹部たちは、存在意義の共有以外にも何か別のものを欲していた。

それは、日常の業務に意味を見出すことだった。

それをかなえるには、業務を充実させるような取り組みを全社に導入するだけでは足りない。

まさに個々の社員が、自分の業務について熟考を重ねて見直すことでしか実現できないのだ。

「これらの任務に意味はあるのか」「なぜこれらの任務はこういうやり方をするのか」「いま以上に興味深い任務にできないだろうか」という具合である。

これは膨大かつ複雑な課題だ。

先に紹介したウエイトローズおよびデパートのピーター・ジョーンズの親会社である、ジョン・ルイスを例に取ろう。

同社は2012年に全社で2200以上ある職務を見直し、10段階に分類する作業を終えた。

組織内のどこにいても、社員がチャンスを活かせるようにするためだ。

このように言うと全社的な均質化を狙う動きのように思えるかもしれないし、従来型の企業であれば実際にそうなったかもしれない。

しかし株主である社員のために会社経営を行っているジョン・ルイスでは、社員とやりたい仕事とをマッチさせるための、よく練られた取り組みだった。

もう一社、ラボバンク・ネーデルランドの例を紹介しよう。

同行はオランダで最大の金融機関であるラボバンク・グループの銀行部門である。

同行は、開発に数年間かけた「ラボ・アンプラグド」を導入・展開した。

これは全社的な技術インフラで、これにより同行の職員はほぼどこからでもお互いにつながれるようになった。

しかも、銀行システムに必須である厳格な暗号化基準も守ったままでつながれるのだ。

固定したオフィスも、硬直的な職務記述書もなくなったため、ラボバンクの職員はアラップの社員と同じように、業務の成果に対して責任を負うことになる。

けれども、いつ、どこで、誰と、どのように、その業務を遂行するかは自分で自由に選べる。

このようなやり方の場合、マネジャーは部下に並々ならぬ信頼を置かなければならない。

そして部下の側は、より起業家精神旺盛で、かつ協力的になることが要求される。

仕事をやりがいのあるものにするためには、個人レベルの職務見直しという次元を超えて、会社経営のやり方を見直す必要が出てくる場合もある。

〝究極のシームレス経営〟とも表現できるアラップの組織は、その一つの解答例である。

究極のシームレスゆえに、多少の慣れは必要となる。

アラップの取締役会のメンバー、トリストラム・カーフレイは、アラップの関連部門でこれがどのように行われているかを次のように説明する。

「一つの部屋に、建築家、エンジニア、建築積算士、プロジェクトマネジャーたちが集まっています。

彼らは、全体の利益のために自分自身の利己心を抑えることを心から望んでおり、昔ながらのやり方で方向性を示されることを望まない人たちです」構造工学技術者であるカーフレイにとって難問だったのは、機械学や建築学の見地に偏ったソリューションではなく、なるべく構造工学の見地によるソリューションに近づけるよう、いつ自分の意見をチームに押し付け、チームをその方向に向かわせるかという点であった。

これほど対等で相互依存的な環境に参加する

のは極めて骨の折れることだ。

彼は「うまくいった時は信じられないほどのやりがいがあり、うまくいかない時は信じられないほどイライラさせられた」と語った。

この課題の難しさを軽く見ないでほしい。

しかし、これに挑んだ場合のメリットは非常に大きい可能性があると指摘したい。

仕事に意義がある場合、それは通常大義となる。

BMWのエンジニアやニューヨーク・ライフの販売員のケースがそれである。

またこれにまつわるリスクの要素も筆者らは認識している。

伝説的なゲームクリエーターであるウィル・ライトにインタビューを行った際、彼は、自分が第一に忠誠心を感じているのは自分の勤める会社であるエレクトロニック・アーツ(EA)ではなく、プロジェクトであると語った。

そのプロジェクトとは、最初は記録破りの売上げを達成したシムシリーズ(シムシティやシムピープルなど)であり、最近ではスポアを指す。

ウィルは最終的にEAを辞めて自分の会社を設立し、その会社にはEAが共同出資した。

これは、人材育成にまつわる課題と似ている。

それに取り組まなければ最良の人材は会社を去っていくかもしれないし、そもそも入社を検討すらしないかもしれない。

あるいは見落とした人材をライバル会社がさらっていき、その潜在能力を開発するかもしれない。

一方で、実際に人材育成に手間暇をかけると、社員は自分の会社だけでなくライバル社にとっても価値の高い存在となる。

したがって秘訣は、会社に居続けることがスタッフにとって意義深くなるようにすることである。

社員が信じられるルールを持つ多くの人々が心に描く夢の職場とは、無制限の自由裁量が許される組織だと聞いても、誰も意外に思わないだろう。

しかしだからといって、あらゆるルールを撤廃することにはならない。

アラップでも、エンジニアは決まった手順や厳格な品質管理に従わなければならない。

さもなければ、彼らが建設する建物は崩壊することになる。

組織には、構造が必要だ。

マーケットと企業には、ルールが必要である。

新興企業が成功して成長を遂げると、新たに複雑な業務プロセスが必要になるが、それによって企業文化が損なわれてしまうと思い込むケースは多い。

しかし、組織化は必ずしも官僚主義につながるわけではない。

何のためにルールがあるのかを社員が理解し、ルールを正当なものだと社員が見なす限りはそうならない。

その一例としてベスタガード・フランセンを紹介しよう。

ベスタガード・フランセンは発展途上国向けに蚊帳をつくる新興のソーシャルエンタープライズ(社会的企業)だ。

同社は、企業文化を犠牲にすることなく、拡大する一方の業務プロセスを組織化するための、行動規範の使い方を身につけつつある。

採用(および解雇)の決定は意図的に簡単にしてある。

各役職の採用・解雇は、その一段階上の役職者の同意があればできる仕組みになっている。

地域ごとのディレクターは、はっきりと定められた期日および売上げ・収益の目標値さえ守っていれば、相当な自由裁量が与えられている。

ナレッジマネジメントシステムは、社員がメールではなく電話でやり取りするよう促し、またメールで誰かがCCに入っている場合はその理由を説明するよう設計されている。

これらの簡単なルールは、創業時の価値観を脅かすものではなく、逆にそれを守るものであるとベスタガードは見なしている。

組織階層のフラット化が起き、それに続いて組織の境界が崩壊し、キャリアパスが見えにくくなっているにもかかわらず、企業や団体は依然として、マックス・ウェーバーの言う「命令に基づき協調する集合体」——すなわち、組織構造を構築し維持するためには権威の尊重が不可欠な組織——のままである。

ところが社員の側は、純粋に階層的な権威に対してますます懐疑的になっている。

それは立派そうな肩書きや、年齢・役職といった昔ながらの正当性の根拠に対する懐疑である。

また、カリスマ的リーダーが馬脚を現すような事件が続いた結果、社員たちはカリスマ性というものにもいっそう疑いを持ち始めている。

労働者が必要としているのは、道徳から生まれる権威の実感である。

それは手段の効率を重視することから生まれるのではなく、自分たちが達成しようとする目的の重要性から生まれる。

夢の職場は目的達成を支える仕組みになっているので、従業員はすすんで協力しようとする。

そのような企業では、リーダーの権威は何から生まれるのだろうか。

その答えは、英国のアーンスト・アンド・ヤングのマネージングパートナーであるスティーブ・バーリーの、問いかけに対する回答の中にある。

彼は就任あいさつで、同社の利益とパートナーの収入が最高記録を更新したことを報告した後、シニアパートナーたちに問いかけた。

「大事なのはこれだけですか」と——彼はこの問いへの回答として、抜本的に新しい方向性を提案した。

「見事に成長し、違いを生み出す」と命名したプログラムで、財務的な成長と社会的変革の両方の達成を目指すものだった。

この30年間で筆者らは、多くの組織において以下のような会話を耳にしてきた。

「今日は帰りが遅くなる。

偏頭痛の治療薬の開発に取り組んでいるからね」「まだ仕事中。

U2のニューアルバムの発売を明日に控えているんだ。

素晴らしいアルバムだよ」「インスリンを東アフリカに導入する計画で大忙しだ」——。

しかし、「今日は帰りが遅くなるよ。

株主価値を高めているところだからね」という会話は一度も耳にしたことがない。

***社員はいい仕事をしたがっている。

それは、社会を変えるような組織において、自分が重要な存在であると実感したいからだ。

彼らは、自分の短所を拡大してみせる職場ではなく、長所を伸ばしてくれる職場で働きたいと思っている。

そのためには、社員によるある程度の自治と、そのための組織構造が必要であり、組織は一貫性があり、正直で、オープンである必要がある。

しかし、これには対立する多くの要求をバランスよく成り立たせる必要があり、一筋縄ではいかない。

ダイバーシティのメリットを十分に発揮させることは、気の合う人々に取り囲まれて仕事をする居心地のよさを捨てて、多種多様な人材、業務習慣、思考習慣を活きいきした文化に合致させるべく努力することを意味する。

マネジャーはそのまま前進すべき時と、立ち止まって話し合い、妥協すべき時とを常に見極めなければならない。

本稿の目的は、現代社会のビジネスの仕組みを批判することではない。

しかしここで取り上げた組織の多くは、企業の所有形態や目的の点で、通常とは異なっていることに気づかざるをえない。

目立つのはパートナーシップや共済組合、公益信託、ソーシャルエンタープライズなどの形態である。

本稿で取り上げた組織のいずれもが、収益を上げることを望んでいる点では共通しているものの、従来型の大型の資本主義的企業は、ほとんどこの中に含まれていない。

これらの組織がすべて似ているというのは間違いであろうが、際立った共通点が2つある。

第1に、どの組織もどんな業務が得意であるかをしっかりと把握している点だ。

たとえばノボノルディスクであれば糖尿病患者の生活を改善することであり、アラップであれば美しい環境を形成することである。

第2に、実業界を席巻するブームや流行には、背を向けているといってよいほど懐疑的である点だ。

仕事は、人を解放することもある。

しかし仕事は、人を疎外し、搾取し、操作し、均一化する場合もある。

新技術と新世代の人々によりもたらされた変化にもかかわらず、株主資本主義や見過ごされたままの官僚主義の底流にある種々の力は依然として強力だ。

本物の組織を生み出し、人々の潜在能力を十二分に発揮させようと努力する際に、その課題の困難さを見くびってはならない。

そうでないと、そのような組織が例外ではなくなり普通の存在になる日は来ない。

大半の人にとって、単なる夢物語のままで終わってしまうだろう。

「夢の職場」度診断あなたの会社は、理想像にどれだけ近いだろうか。

各々の項目が自社に該当するかどうかをチェックすると、その結果がわかる。

該当する項目の数が多ければ多いほど、夢の職場に近い。

ありのままの自分でいられる□職場でも、家庭にいる時と同じ自分でいられる。

□安心してありのままの自分でいられる。

□人と違うことを臆せず表現するよう全社員が促されている。

□この職場では、大半の社員と違う意見の人でもうまくやっていける。

□熱意は、それが摩擦を生み出す場合でも、奨励される。

□この職場に馴染むのは単一のタイプだけに限らない。

実際に何が起きているかを知らせてくれる□全員に状況の全貌を知らせてもらえる。

□社内の情報は操作されない。

□否定的なことを口にしても、会社に対する裏切りではない。

□私の上司は悪い情報も知りたがっている。

□上層幹部は悪い情報も知りたがっている。

□社員が使える情報伝達経路はたくさんある。

□コメントに安心して、自分の名前を添えることができる。

私の強みを見出して、伸ばしてくれる□私には成長するチャンスが与えられている。

□どの社員にも成長するチャンスが与えられている。

□この職場では最も優秀な人材が自分のいいところを披露したがる。

□成果の低い社員には改善の道が示される。

□報酬は組織全体で公正に配分される。

□私たちは他者の価値を高めることにより、自分たちの価値を創造している。

ここで働くことに誇りを感じさせてくれる□私はこの会社が、何を支持しているか理解している。

□この会社が支持するものには価値があると私にも思える。

□現在の職務を軽々こなせるようになりたい。

□私たちが最優先する目的は利益ではない。

□私は何か意義のあることを達成できそうだ。

□私は自分がどこで働いているかを人に話すのが好きだ。

私の仕事を有意義にしてくれる□私の仕事は私にとって有意義だ。

□私の職務は理にかなったものだ。

□私の仕事は、私にエネルギーと喜びを与えてくれる。

□私の仕事がほかの人たち全員の仕事とどのように噛み合うのかを理解している。

□どの人の仕事も必要なものだ。

□職場には私たちが共有する存在意義がある。

馬鹿げたルールに仕事のじゃまをされない□私たちは、物事を単純にしている。

□職場のルールは明確で、誰にでも同じように適用される。

□私は、職場のルールが何のためにあるのかを理解している。

□みんなも、職場のルールが何のためにあるのかを理解している。

□私たちは組織一丸となって、お役所仕事に抵抗する。

□権威が尊重されている。

【注】ゴールドマン・サックスのバイスプレジデントだった同氏は2012年に退社する際、同社の企業文化は顧客を裏切っているとの批判を『ニューヨーク・タイムズ』に投稿し、大きな話題となった。

 

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