第4章アジャイル化する人事 ピーター・カッペリペンシルバニア大学ウォートンスクール教授アナ・テイビスニューヨーク大学准教授
人事分野で進むアジャイル化最大の変化は人事のどの領域で起きているか現状の課題
第4章アジャイル化する人事 ピーター・カッペリペンシルバニア大学ウォートンスクール教授アナ・テイビスニューヨーク大学准教授
人事分野で進むアジャイル化「アジャイル」(俊敏さ)は、もはやテクノロジー分野に特化した手法ではない。
製品開発、製造、マーケティングなど他の分野にも浸透し、いまや人材の採用、育成、管理を変えつつある。
人事分野では、テクノロジー分野のアジャイル手法のツールや慣習をすべて取り入れているわけではない。
一般原則だけを応用しており、言わば「簡易なアジャイル化」が進行中である。
ルールと計画に基づく手法から、参加者のフィードバックに基づく簡潔で迅速な手法への移行である。
この新しい手法は業績管理の領域では十分に機能し始めている(デロイトが2017年に実施した調査によると、世界各国のエグゼクティブの79%が、アジャイルな成果管理は組織の優先事項だと回答した)。
ただし、他の人事業務にも変化は及び始めている。
この現象は、全組織の90%超がすでにアジャイル手法を取り入れるIT分野からの波及効果として、多くの企業で自然発生に近い形で徐々に起きている。
たとえばモントリオール銀行では、顧客重視の強化を使命とする職能横断的な製品開発チームに、IT系の従業員が加わったことを機に変化が起きた。
事業部の出身者はIT部門の出身者からアジャイル手法を学び、IT部門の出身者は事業部の出身者から顧客ニーズを学んでいる。
こうしてモントリオール銀行では現在、個人だけでなくチームにも着目して成果管理を実施している。
より意識的に速やかに人事業務のアジャイル化を進める企業もある。
ゼネラル・エレクトリック(GE)がその典型である。
かねてから統制型マネジメントの本家本元と見なされていたGEが、ファストワークスというリーン手法へと宗旨替えをした。
トップダウン型の財務管理をやめ、ニーズに合わせてプロジェクトを管理できるようチームに権限を委譲しているのだ。
人事分野の変革は長きにわたって切望されていた。
第2次世界大戦後、製造業が産業界の主役だった時代には、計画が人事業務の根幹を成していた。
企業は元兵士を雇い、能力向上を助けるためにさまざまな部署を経験させた。
何年もかけて育成してから次第に責任を重くしていき、昇格するたびに、自動的に給与を上げた。
この手法の核を成すのは官僚的な発想だった。
ルールに沿った一貫性のある人事制度を設けて、5カ年計画(場合によっては15カ年計画)を確実に達成しようとしたのである。
これは理にかなっていた。
中核事業から総務まであらゆる分野において、長期的な視点に立った目標設定、予算策定、業務運営がなされた。
人事部はそれを踏まえて支援業務を行った。
1990年代には事業の先行きが見通しにくくなり、新しいスキルを速やかに身につける必要があったため、従来の手法は揺らぎ始めていたが、破綻してはいなかった。
状況に臨機応変に対応する狙いから、社内での育成や昇進は、かなりの程度まで外部からの中途採用に取って代わられた。
包括的な報酬枠の導入を受けて、マネジャーが能力向上や業績を考慮して部下たちに報酬を割り振る余地は広がった。
とはいえ、概して従来の手法が引き続き用いられていた。
他の職能分野と同じく、人事業務も依然として長期的な視点で遂行されていた。
人員や後継者に関する計画も、景気や事業状況の変化によって意味がなくなる場合が多いにもかかわらず、続けられていた。
年末の人事査定はおしなべて不評であったが、廃止されなかった。
現在起きているのは、より本格的な変化である。
なぜいまなのか。
それは、急速なイノベーションが、一部ではなく大多数の企業にとって、戦略上不可欠になっているからだ。
その目的を果たすために、企業はシリコンバレー、とりわけソフトウェア企業に目を向け、アジャイルなプロジェクト管理手法を模倣してきた。
こうしてトップダウン型の計画手法に代わり、その時々の状況への対応に適した、ユーザー志向の機敏な手法が普及している。
具体的には、ラピッド・プロトタイピング、反復フィードバック、チームベースの意思決定、タスクを基本とする「スプリント」などである。
モントリオール銀行の最高変革責任者リン・ロジャーの言葉を借りるなら、「スピード重視が産業界における最近の潮流」なのである。
最近の事業環境の下では従来の人事慣行が正当化されない一方、アジャイル手法という模範が存在するため、人事管理もついに、待望久しい全面見直しに至ったのである。
本稿では人事分野で進む重要な変化をいくつか取り上げ、アジャイル人事への移行に伴う課題を紹介する。
最大の変化は人事のどの領域で起きているか組織のあらゆる側面と全従業員に関係する人事分野においては、アジャイル変革は他の職能分野の変革よりもいっそう広範囲に及び、しかも難易度が高い可能性がある。
人事慣行の見直しは具体的には以下の分野で行われている。
業績査定基幹業務にアジャイル手法が導入された際に、プロジェクトの進行方法や終了時期を1年以上も前に計画しようとする間違ったやり方は、廃止になった。
したがって、多くの場合、年次の業績レビューが従来の人事慣行の中で真っ先に不要とされた。
それとともに、事業領域や事業ユニットの目標をもとに毎年、個人目標が「上から降ってくる」こともなくなった。
プロジェクト周期が以前より短くなったほか、各人が携わる複数のプロジェクトは期間がまちまちで、往々にして別々のリーダーの下、チーム単位で遂行されるため、一人の上司が年次で業績へのフィードバックを行うという発想はほとんど意味を成さなかった。
より手厚いフィードバックを大勢が頻繁に行う必要があった。
このような潮流が生まれた当初、CEBが実施した調査では、年次業績レビューを廃止した企業では従業員へのフィードバックと支援は、むしろ減ったという結果が出た。
代替策を講じない企業が多かったからである。
マネジャーたちは新しいフィードバック手法を取り入れる必要性を強く感じず、他の優先課題に注意を向けた。
言うまでもなく、代替手段を用意せずに業績査定を廃止するのは、失敗を招く悪手だった。
多くの組織はこの苦い教訓を学んで以降、業績査定を頻繁に行うようになり、プロジェクトごとに実施する例も多かった。
この変革は、小売り(GAP)、大手製薬(ファイザー)、保険(シグナ)、投資(オッペンハイマーファンズ)、消費財(プロクター・アンド・ギャンブル〈P&G〉)、会計(4大会計事務所)など、多くの業界に広がった。
最も有名なのは、多様な事業分野に導入したGEと、IBMである。
全体として、年間を通して速やかにフィードバックを行い、主なアジャイル原則(俊敏性の向上、走りながらの軌道修正、業績改善、反復による学習など)の実践をチームに促すことに重点が置かれた。
顧客中心主義の下、マネジャーと部下たちは新手法の構想、試行、改良に取り組んできた。
たとえばジョンソン・エンド・ジョンソンは、実験に参加する機会を各事業部に与えた。
同僚や上司とリアルタイムで意見交換ができるカスタマイズアプリを使って、従来とは異なる継続的なフィードバックプロセスを試すことができるのだ。
この新しい仕組みは、重要な出来事に合わせて実施する「年5回の面談」(主なテーマは目標設定、キャリア相談、年央の業績レビュー、年末の査定、報酬レビュー)を廃止して、対話を継続的に行う手法を導入しようとする試みだった。
参加者には実験の成果や問題点などについて意見を求めた。
期間は3カ月だが、当初、積極的に参加したマネジャーは20%にすぎなかった。
年次査定への長年の慣れから抜け出すのは容易ではなかったのだ。
そこで、会社は研修を実施して優れたフィードバックとはどういうものかをマネジャーに伝え、チーム内で模範的な行動を取る「変革の推進者」を指名した。
3カ月の実験期間が終了する頃には、マネジャーの46%が熱心に参加し、3000件ものフィードバックを交わしていた。
成長著しいバイオテクノロジー企業リジェネロン・ファーマシューティカルズは、さらに踏み込んだ査定の見直しを行っている。
人材開発部門の責任者ミシェル・ワイツマン=ガルシアは、医薬品開発部門、製品供給グループ、現場のセールス部隊、本社職能部門の査定を、同じ周期で同じように行うのは望ましくないと語った。
おのおの、必要なフィードバックも業務スケジュールも異なるというのだ。
そこでリジェネロン・ファーマシューティカルズは、多様な部門のニーズに合わせて4つの異なる査定制度を設けた。
たとえば、リサーチサイエンティストや博士研究員は評価尺度に関心があり、能力水準の把握に熱心であるため、能力評定と節目ごとの査定のために年に2回上司と面談する。
顧客と接する部門に関しては、法人顧客や消費者からのフィードバックを査定に反映させる。
4つの異なる査定制度に対応しなくてはならず面倒ではあるが、継続的にフィードバックを行うという新ルールの徹底にはつながる。
ワイツマン=ガルシアによれば、会社にとっての恩恵は人事部の負担を補って余りあるという。
コーチングアジャイル人事手法の導入に最も成功しているのは、マネジャーのコーチング技能向上に力を入れる企業である。
シグナのスーパーバイザーは、多忙なマネジャー向けのコーチング研修を受ける。
空き時間を使って、90分間のビデオを週に1本のペースで観るのだ。
アジャイルプロジェクト管理分野の「スプリントについて学ぼう」など、テーマ別の手短な座学もあるため、新たなスキルについてじっくり考えて実務で試すこともできる。
同僚間のフィードバックもマネジャー研修に盛り込まれている。
同僚同士がともに学ぶ仲間として意見を交わしたり、戦術を共有したりするのである。
彼らが交わすのは、上司が直属の部下にかけるべき言葉だが、当人たちは「評価」への不安に囚われずに、失敗を互いに忌憚なく明かす。
SaaS(ソフトウェア・アズ・ア・サービス)のインフラに特化したニューヨークの新興企業デジタルオーシャンは、全マネジャーのフィードバック力を高めるほか、広く社内のコーチング力を向上させる狙いから、コーチングのプロに常駐してもらっている。
「素晴らしいコーチングを受けた人は、よりよいコーチになるだろう」という発想からである。
優れたコーチになることを全員に期待しているわけではなく、コーチングよりもプログラミングを好む人材は、技術者としてのキャリアパスを歩めばよい。
とはいえ、マネジメントの道を歩む人にとって、コーチングスキルは必須と見なされている。
P&Gも、マネジャーのコーチング力向上に熱心に取り組んでいる。
これは、スーパーバイザーを対象とした研修や育成を立て直し、社内における彼らの役割を拡大するための大きな施策の一環である。
P&Gは業績レビューのプロセスを簡略化し、評価を能力育成の議論から切り離して、人材評価会議を廃止することで、従業員を成長させるための潤沢な時間を確保した(人材評価会議はスーパーバイザー間の恣意的な駆け引きの場であり、えてして主観的で政治色の濃い順位付けが行われる)。
ただし、部下の評価から日常業務におけるコーチングの実践へとスーパーバイザーの役割を改めるのは、P&Gのように伝統ある企業文化においては容易ではない。
このためスーパーバイザーを対象とした研修に大いに力を入れている。
具体的なテーマは、部下の優先課題と目標をどう決めるか、貢献に対してどうフィードバックを行うか、キャリアに関する本人の希望を事業上のニーズや学習・育成プランとどう整合させるか、などである。
従業員の能力を高め、スーパーバイザーとの関係を充実させると、熱意がみなぎり、会社のイノベーションや俊敏性の向上に寄与するだろうという狙いがある。
全社的な社風変革についての評価はいまだ定まっていないが、P&Gはすでに、上述の分野での改善がすべてのマネジメント階層で見られると報告している。
チーム従来の人事は個人の目標、業績、ニーズに重点を置いていた。
しかし、現在では多くの企業がプロジェクト単位で業務を遂行しているため、マネジメントと人事制度はチーム重視の傾向を強めつつある。
新しい情報が入ると、それに速やかに適応するためにチームレベルで瞬間的にスクラムを組んで目標と任務を定め、実行し、軌道修正していく(「スクラム」は最も有名なアジャイル用語だろう。
もともとは、選手たちが肩を組んでプレー再開に備えることを意味するラグビー用語である)。
彼らはまた、自分たちで進捗を把握し、障害を突き止め、リーダーシップを分析し、成果を向上させる方法についての知見を生み出している。
このような状況下、組織は以下の諸点に取り組む術を身につけなくてはならない。
❶多角的なフィードバックアジャイル環境において軌道を修正して従業員の能力を高めるうえでは、同僚によるフィードバックが不可欠である。
なぜなら、各人の貢献を誰よりもよく知るのは、同じチームのメンバーたちだからである。
同僚によるフィードバックはほとんどが非公式なものであり、一般にスーパーバイザーではなく本人に向けられる。
したがって、建設的な意見が出され、競争の激しい職場で時として見られる足の引っ張り合いは起きない。
ただし、「同僚によるフィードバックを業績評価に反映させるべきだ」と考えるエグゼクティブもいる。
IBMで人事を統括するダイアン・ガーソンは「上司と部下の関係性は、ネットワーク、つまり部下が関与する複数のプロジェクトとの関連で変化します」と説く。
アジャイル環境では、業績を従来のように「測定」するのは実質的に不可能であるため、IBMのマネジャーは課題を早めにつかんで対処するために、他者に意見を求める。
そのような意見は慎重に扱うべき内容でない限り、立ったままで行う毎日のミーティングでチームに紹介し、アプリに記録する。
同僚に意見を伝える際には、上司や他の同僚を宛先に含めるかどうかを選択できる。
同僚に関するスーパーバイザー宛の意見もチームメンバーに伝わるため、悪意ある行動は抑制される。
同僚の足を引っ張ろうとすれば、必ず露見するだろう。
部下がチームリーダーやスーパーバイザーに行う「上方への」フィードバックも、アジャイル組織においては非常に尊重される。
マイター・コーポレーションの非営利の研究センターは、この種のフィードバックを奨励する方向へ踏み出したが、重点的に努力する必要があると気づきつつある。
まずは従業員を対象に匿名のアンケートとフォーカスグループを定期的に行い、どのようなテーマについて上司と話し合いたいかを探った。
次に人事部はそのデータを抜粋して、部下との面談に役立ててもらうためにスーパーバイザーに渡した。
ところが従業員たちは、匿名でしかも利用目的が育成に限定されているにもかかわらず、当初は上司へのフィードバックに消極的だった。
マネジャーの行動について、意見を述べる習慣がなかったからである。
マイター・コーポレーションはまた、部下から率直な意見をもらううえで最も重要なのは、上司が「意見を望み、尊重する」という趣旨を明言することだと学んだ。
さもないと部下たちは「リーダーは本心では、フィードバックを前向きに受け止めたり、それを活かしたりする気がないのではないか」という、無理からぬ心配をするかもしれない。
従業員調査全般に当てはまることだが、上司へのフィードバックを求めておきながら、それを行動に反映させずにいると、フィードバックの意欲を削ぎ、苦労して培った部下とマネジャーとの信頼関係を傷付けてしまう。
マイター・コーポレーションで業績管理とフィードバックの新制度が始動した際、CEOは、研究センターは反復を通して改善を行う必要があると明言した。
上司へのフィードバック制度の改善版は、2018年に導入される見込みである。
四方八方にフィードバックが行き交う状況を受けて、多くの企業がテクノロジーを活用して、膨大な量のフィードバックを管理しようとしている。
アプリを活用すれば、上司、同僚、顧客がどこからでもすぐにフィードバックを行うことができる。
特筆すべき点として、スーパーバイザーは後日、評価を行う際にすべてのコメントをダウンロードできる。
アプリによっては、担当者とスーパーバイザーが、目標に向けた進捗をスコア化する機能もある。
マネジャーがスラックのようなプロジェクト管理プラットフォーム上でのやり取りを分析して、協働状況に関するフィードバックを行うのに役立つアプリも、皆無ではない。
シスコは独自技術を用いて、同僚の仕事ぶりに関する従業員たちのコメントの生データを週ごとに収集している。
このようなツールがあると、マネジャーは各人の業績の時系列推移を把握でき、チーム内の業務に特化した推移をつかむことさえできる。
言うまでもなく、アプリが提供するデータは正式な業績記録とは異なる。
ダウンロード可能なファイルに問題点が記録されるのを避けたい従業員は、上司と差しで話し合おうとするだろう。
ただし、企業は実際の業績に加えて向上度合いも評価と報奨の対象にするのだから、問題点を隠すのは必ずしも当人にとって得策ではない。
❷現場での判断権限個人主体からチーム主体への根本的な変化は、意思決定権をも左右している。
意思決定権を現場に下ろし、自主的に業務を遂行する権限を従業員に与える動きが生じているのだ。
ただし、これは大きな行動変化であり、うまく対応するには支援が必要である。
再度、モントリオール銀行の事例をもとに説明したい。
同行が新規の顧客サービスを設計する目的でアジャイルチームを設けた時点では、上級リーダーは管理を緩める準備ができておらず、チームメンバーも権限を持つことに慣れていなかった。
そこで銀行は各チームにアジャイルコーチを加入させた。
コーチたちはまず、上級エグゼクティブを含む全員に「振り返り」を実践させた。
反復を終えるつど、省察とフィードバックを行わせたのである。
これは活動後レビューのアジャイル版であり、プロセスを改善し続けることを狙いとしている。
実際にやってみると、具体的な成功と失敗、およびその根本原因がたちどころに見えてきたため、上級エグゼクティブは振り返りの意義をすぐに悟り、アジャイル手法全般を取り入れて意思決定権を委譲するようになった。
❸複雑なチーム力学最後に、スーパーバイザーの役割が各部下のマネジメントから生産性の高い健全なチーム力学の促進へと変わり、中身が格段に複雑化したため、これについても助けが必要になる例が多い。
シスコのチームインテリジェンスという特別組織は、このような支援の提供を使命とする。
社内で最も成果の優れたチームを見つけ出し、その運営手法を分析し、同様の成果を上げるための手法を他のチームが体得できるよう、手助けをするのだ。
チームインテリジェンスは、事業部内外でのチームの取り組みを測定、改善するために、プロジェクト、ニーズ、成果に関するデータを追跡するチームスペースという全社プラットフォームを用いている。
報酬変化の波は給与にも及んでいる。
メイシーズなどの小売企業は年度末の昇給だけに依存するのをやめ、従業員の貢献にその時々で報いるために臨時ボーナスを支給するという簡単なやり方で、アジャイル業務に適応している。
従業員が望ましい行動を取ったらすぐに報奨を与えるのが、モチベーション向上に最も役立つことが、研究と実務の両方からわかっている。
すぐに報奨を与えると、速やかなフィードバックの効果が著しく高まる。
年間の実績に基づいて昇給を決めるやり方では成果と報奨のタイムラグが大きすぎて、効果が限られるのだ。
実際、パタゴニアは知識労働者を対象とした年次昇給の廃止に踏み切った。
代わりに、労働市場の実勢賃金を調べて、それをもとに職種ごとの賃金を頻繁に調整している。
加えて、難しいプロジェクトを引き受けたり、さまざまな方法で平均をはるかに超える成果を上げたりした従業員も、昇給の対象とする。
上位1%以内の高業績者を対象とする報酬枠があり、スーパーバイザーはこれに値する貢献例(チームへの貢献も含む)を推薦することができる。
学習や知識共有のようなアジャイル理念を徹底する目的にも、報奨制度が使われている。
衣装レンタルサイトを運営する新興企業レント・ザ・ランウェイは、
ボーナスを廃止してその分を基本給に組み入れた。
CEOのジェニファー・ハイマンは、ボーナス制度は同僚間の正直なフィードバックを妨げていたと指摘する。
「同僚のボーナスが減りかねない」という理由により、建設的なフィードバックが控えられていたのである。
新しい制度は「フィードバックとボーナスの関係を断ち切る」ため、率直なフィードバックがなされないという問題の回避に役立つという。
デジタルオーシャンは、公平な処遇と協働の文化を促進する狙いで報奨制度を改めた。
現在では年に2回ずつ、労働市場、職務、業績の変化に応じて給与を見直している。
類似職務間の給与格差を縮小するという、さらに重要な改変も実施した。
(マイクロソフトやアマゾン・ドットコムのような)激しい社内競争の弊害を痛切に感じており、意図的に競争を防ごうとしているのだ。
個別に給与を決めるために、各人が何に貢献しているか、どの分野で能力向上が必要かを分析している。
給与に関する話し合いで焦点になるのは、事業への貢献に関する個人データである。
昇給交渉をしようという意識はくじかれる。
金銭的報奨の対象となる上位1%を別にすると、能力給の入り込む余地はない。
ボーナスは全員に支給されるが、金額は個人の貢献ではなく会社の業績をもとに決まる。
デジタルオーシャンは協働をいっそう促進する狙いから、CEOの「厳選お薦め本」が入ったキンドルのような有意義な非金銭的報奨を用意するなど、報酬の多様化を図っている。
金銭的報奨を増やさずに、最大限の力を発揮しようというモチベーションを引き出すために、デジタルオーシャンはどのような方法を用いているのだろうか。
人事担当バイスプレジデントのマット・ホフマンは、目的意識と創造性を引き出す文化の醸成に注力していると語る。
これまでのところ、狙い通りの効果が生まれているようだ。
従業員アンケートツールのカルチャーアンプを用いた最新の従業員熱意調査によると、デジタルオーシャンの従業員の報酬満足度は業界の基準値を17ポイント上回っている。
人材の募集と採用世界的な金融不況が終息して以降の景気改善を受けて、人材の募集と採用が差し迫った課題となり、アジャイル化も進んでいる。
GEが新たに設けたデジタル事業部は、2015年、人員を早急に増やすために採用面でいくつか革新的で興味深い試みをした。
職能横断的なチームがすべての採用案件に一体となって取り組むのは、その具体例である。
空きポストに速やかに適材を充てたい社内の人々の利害を、「人員担当マネジャー」が代表する。
スクラムマスターが採用プロセスを監督し、案件を抱える採用責任者だけがチームに加わる。
チームは足踏みを避けるために、望ましい候補者の条件に関する議論が決着するまでは採用活動に乗り出さず、懸案がすべて解決した案件を重点的に扱う。
空きポストに優先順位をつけ、優先順位の高いポストが埋まるまではそれら案件に注力する。
「この候補者はむしろ別のポストに向くのではないか」といった情報をメンバー間で共有できるように、複数の採用案件を同時並行で進める。
チームは、ポストを埋めるのに要する期間を記録するとともに、全採用案件の状況を掲示版に表示して、ボトルネックや膠着したプロセスの把握に努める。
最近ではIBMも類似の募集・採用方法を用いている。
アジャイル環境に適した採用候補者の発掘や勧誘といった活動も、テクノロジーへの依存を強めている。
GE、IBM、シスコは、この目的に合ったソフトウェアを開発するために、アセンディファイというベンダーと組んでいる。
IT人材の募集・採用を支援するハッカーランクも、同様の目的に沿ったオンラインツールを提供している。
学習と能力開発新しいスキルをより迅速に組織に取り入れるには、人材の募集や採用と同じく、学習や能力開発の分野でも変革が必要とされた。
たいていの企業はすでに、従業員向けにオンデマンドの学習コースを設けている。
これは明確なニーズを持つ人材にとっては有益だが、学生に図書館の鍵を渡して「どのような知識を得るべきかを探り、その分野を学びなさい」と伝えるのに似ている。
最近では、データ分析に基づいて具体的な職務や昇進に必要なスキルを特定し、当人の経験や興味関心を踏まえて、どういった研修や職種が適しているかを各人に提示している。
IBMはAI(人工知能)を使ってこのような助言を行っている。
参考にするのは本人のプロフィール、すなわち現在と過去の職務、予想されるキャリアパス、これまでに完了した研修コースである。
アジャイル環境に対応する特別研修も開発した。
たとえば、いくつもの「ペルソナ」(具体的なユーザー像)を使った動画アニメーションを通して、役立つ行動(例:建設的な批判をする)を紹介している。
学習と能力開発は従来、後継者育成を含む。
これはトップダウンによる長期的な発想の典型である。
要職を担うべき人材に何年も前に目星をつけて、必要な時期までに特定の能力を伸ばすよう期待するのだ。
しかし往々にして、物事はこの種の計画通りには運ばない。
上級リーダーのポストが空く頃には、必要とされる要件が変化している例がままあるのだ。
対策として最も多いのは、計画を白紙にして一から後継者を探すというものだ。
それでもなお、長期の後継プランを立案する例は少なくない(大企業のおよそ半数は経営幹部の後継者育成プランを持っている)。
ペプシは時間軸を短縮するという単純なやり方により、従来の手法との決別を図っている。
通常の1年ごとではなく半年ごとに後継者候補の育成状況を簡潔に報告し、後継指名は交代時期が近づいてから初めて実施するのである。
現状の課題たしかに、すべての組織や集団が急速なイノベーションを追求しているわけではない。
一部の業務は従来通りルール重視で進めなくてはならず(会計士、原子炉制御室のオペレーター、外科医の仕事を考えるとよい)、そのような業務分野ではアジャイル人事は意味を成さない可能性がある。
たとえ業務に適している場合でも、アジャイル人事は反発に遭いかねず、特に懸念されるのが人事部内での反発である。
計画に基づく「ウォーターフォール手法」(順応性の高い臨機応変な手法ではなく、あらかじめ決まった工程を踏む手法)と決別するには、多数の業務プロセスを変更しなくてはならず、それら業務の一部は情報システムや職名などと密接に関連している。
ITのクラウドベース化という独立事象により、アプリベースのツールを導入しやすくなったが、それでも、人事関連の課題は依然として手強い。
人材の募集と選抜、新人研修、人事プログラムの調整など、人事業務の多くは廃れ、この分野のスキルも時代遅れになっていくだろう。
その一方で新しい業務も生まれている。
判断に代えてコーチングを行うよう、スーパーバイザーを後押しするのは、一筋縄ではいかない仕事である。
スキル面の課題があるだけでなく、彼らの地位や正式な権限を弱めることにもなるからだ。
マネジメントの重点対象を個人からチームへと切り換えるのは、いっそう難しいだろう。
なぜなら、個人のコーチングにいまなお苦慮する人々にとって、チーム力学は雲をつかむようなものかもしれないからである。
これらの任務すべてを引き受けてそこに価値を見出すよう、会社がマネジャーを支援できるかどうかは、大問題である。
人事部は新たなスキルも身につけなくてはならない。
ITサポート分野の専門性を強化するほか(この裏には特に、新しいアプリから膨大な業績データが得られるという大きな事情もある)、ハンズオン型管理やチームに関して知見を深める必要がある。
ライン業務と比べると、それを支える人事業務は過去数十年間、さほど大きな変革を迫られなかった。
しかし、いまでは変革への圧力は強まっている。
しかもそれは業務運営上の要請であるため、従来の人事慣行に固執するのは非常に難しい。
インテュイットのアジャイル化はなぜ挫折しかけたかインテュイットの金融サービス事業部は、2009年にアジャイル化に着手したが、それが全社の標準的な業務手法として定着したのは4年後だった。
なぜそれほど長い期間を要したのだろうか。
リーダー層は、最も馴染み深い「ウォーターフォール」手法を用いてマネジメントの変革に乗り出したのだが、これは機能しなかった。
中間管理者層による支援が足りず、変革推進チームへの関与が片手間になり、総務管理系のリソースが乏しく、計画策定がなかなか完了しないなどの要因が重なり、本格展開が大幅にずれ込んだのである。
アジャイル手法の全社展開に弾みがつく前に、変革推進チームみずからがアジャイル化して変革をマネジメントする目的で、アジャイル手法を取り入れる必要があった。
インテュイットの戦略的変革リーダーの一人、ジョウマナ・ユセフは当時を振り返り、変革の方針転換と加速につながった貴重な発見をいくつも挙げている。
初期採用者に焦点を合わせ、否定的な考えを持つ人々の説得に無駄に時間を使うのを避ける。
3S(小さい〈small〉、安定している〈stable〉、自主管理型〈selfmanaged〉)を特徴とするチームをつくり、当事者意識を植え付け、責任を持って関与させる。
全階層のリーダーを対象に、アジャイル手法の短期研修を行う。
現場管理者や中間管理者は、部下の監督よりもコーチングや支援を主に行う「サーバントリーダシップ」にすぐには慣れないため、彼らを変えるのは容易ではないと覚悟しておく。
諦めずに続ける。
アジャイル流の変革はウォーターフォール型手法よりも短期間で済むが、組織の発想や考え方を変えるには粘り強さが求められる。
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