第6章終身雇用を捨てよう リード・ホフマンリンクトイン共同創業者ベン・カスノーカ起業家クリス・イェ起業家
もはや終身雇用は成り立たないシリコンバレーで始まる雇用協定の見直し新しい雇用形態を実現する3つの方法「雇用期間」を設ける企業の垣根を超えた関係を築く
アルムナイ・ネットワークを築く人材獲得の好循環を生み出す
第6章終身雇用を捨てよう リード・ホフマンリンクトイン共同創業者ベン・カスノーカ起業家クリス・イェ起業家
もはや終身雇用は成り立たない20世紀のほとんどの期間、先進国において雇用者と被雇用者の間で交わされた協定は、要するに安定性が最も重要視された。
大企業では雇用が保障されており、その会社が財務的に問題なく、従業員が自分の仕事をこなしている限り、職が失われることはなかった。
そしてホワイトカラーの世界では、キャリアはある種、エスカレーターのように進むものであり、社内ルールに従う従業員はお約束通り昇進し、企業の側は、従業員の忠誠心と低い離職率を享受できた。
そしてグローバリゼーションと情報化時代の到来とともに、安定性は、急激で予測できない変化に取って代わられた。
適応力と起業家精神こそが、成功を成し遂げ、それを維持するための秘訣となった。
この変化によって米国の民間セクターでは、伝統的な雇用者と被雇用者間の協定、およびそれに伴うキャリアエスカレーターが完全に破壊されたのである。
他の国においても、この変化によりさまざまなレベルの混乱が起きている。
この問題を指摘したり、解決策を示したりするのは筆者らが初めてではない。
だが、いままでに示された新しい対策でしっかり根付いたものは一つもない。
多くの——おそらくほとんどの——企業は、よりよい雇用協定を生み出すのではなく、既存の協定を最小化することで適応力を高めようとしてきた。
コスト削減が必要なら、では従業員を解雇しよう。
新しいスキルが必要か。
なら、では別の人材を採用しようという具合だ。
このレッセ・フェール(市場中心の自由放任主義)の仕組みの下では、従業員は自分を〝フリーエージェント〟と考えるようになる。
成長の機会を求めて他社に目を向け、よりよいチャンスが訪れれば職を変える。
その結果、勝者がすべてを独占する勝者総取り型の経済となり、頂点にいる経営者層はこれを公正だと感じるかもしれないが、その他すべての労働者の間には、あまねく幻滅感が広がることになる。
仮に必要最小限の雇用協定だけで済ますことに成功したとしても、企業は予期せぬ副産物の悪影響を受ける。
というのも、こうした最小限の協定は転職を促し、従業員の生産性を妨害するからだ。
さらに重要なのは職の安定が失われることにより、間接的に、従業員に適応力と起業家精神を高めるインセンティブを与えるということだ。
ところが(最小限の雇用協定のせいで)互恵の精神も同時に失われるため、最高の適応力と起業家精神を持つ従業員は、どこか他の場所でその才能を活かすよう背中を押されるのだ。
これでは企業はいくばくかのコスト削減ができても、イノベーションと適応力に関してはほとんど何も得られない。
いまこそ、雇用者と被雇用者の新たな協定について考えるべき時が来た。
従業員に終身雇用を与えていては俊敏な会社になれないし、そもそも最高の人材は一生一つの雇用者に仕えることなど望まない。
とはいえ、「自分のことがすべてで他者はどうでもいい」と言わんばかりの関係より、優れた協定を生み出すことは可能なのだ。
実際、すでに取り組み始めた企業もある。
シリコンバレーで始まる雇用協定の見直し筆者ら3人は、雇用者と被雇用者の関係がすでに新たな形態を取り始めた世界、すなわちシリコンバレーのハイテク新興企業のコミュニティ出身である。
この世界では、適応力とリスクテイクが成功に不可欠の要素と見なされており、十分に強いネットワークを築くことができれば、個々の起業家でも世界に大きな影響を与えられる。
筆者らのうち2人(リード・ホフマンとベン・カスノーカ)は最近、『スタートアップ!』という本を書いた。
これはテクノロジー業界で成功を収めた起業家たちの習慣を適用して、どの業界にいようと充実したキャリアを構築するための本だ。
当然ながら、すべての業界でスタートアップ事業のように物事が進むわけではない。
とはいえ今日の企業の大半は、急激な変化と破壊的イノベーションという似たような環境の下で操業している。
経営資源と競争上の地位では圧倒的に不利に見えるにもかかわらず、ごく小さなスタートアップ企業が巨大企業をしのぐ成果を上げることは日常茶飯事だ。
スタートアップ企業がこのように成功する大きな理由は、創業者や幹部、そして初期の従業員たちが、適応力に富んだ起業家精神旺盛なタイプであり、努力やネットワークづくり、さらにリスクテイクでも、ライバルを上回ってやろうという気概に満ちているからだ。
そして結果的にライバルを上回る報酬も手に入れる。
そのようなタイプを採用し、そうなるように社員を訓練して、彼らに頼るようになることは、場合によっては怖いことかもしれない。
自社の従業員に起業家精神を大いに発揮するようけしかけると、結局は会社を辞めてライバル社に転職するかもしれない。
最悪の場合、社員みずからが起業して、自社のライバルとなることもありえる。
シリコンバレーでは日常的に起きている現実である。
しかし、ここシリコンバレーの賢い経営者たちは、組織内の人材との関係を見直すことで、起業家精神旺盛なマインドセットを社員に奨励しつつ社員定着率を高められると気づいている。
それどころか、他のチャンスを求めて離職する社員さえも、自社に役立てられると考え始めた経営者も増えている。
これこそ、いま必要とされる新しいタイプの雇用協定のひな型である。
これが一番はっきりとした形で目に見えるのはハイテク業界だが、その胎動は他の業界——たとえばコンサルティング会社などでも散見される。
そして、この新しいタイプの雇用協定の根底にある一番の原則は、互恵主義である。
つまり両者にメリットのある、自発的な関係を結んだことを、当事者同士が理解し同意するのである。
たしかに、昔ながらの終身雇用契約でも、相互投資は暗黙の了解になっていた。
当事者同士がその雇用関係を永続するものと見なしていたので、両者とも喜んでその関係のために、お金も時間も費やした。
企業の側は研修と昇進、そして口には出さないが雇用を保障した。
一方で従業員側は、忠誠心および慎ましい賃上げ要求でこれに応えた。
新しいタイプの雇用協定では、雇用関係がおそらく永続しないことを認めながら、それでも信頼と相互投資を何とか生み出すことを目指す。
忠誠心というきっちりした絆で関係を結ぶ代わりに、両者は「同盟」による互恵関係を目指すのである。
新しい雇用形態を実現する3つの方法雇用者と被雇用者は、同盟者としてお互いの価値を高めようと努力する。
雇用者側の言い分は、「あなたがこの会社の価値を高めてくれるなら、我々もあなたの価値を高めよう」であり、被雇用者側の言い分は「私の成長と繁栄を手助けしてくれるなら、私もこの会社が成長し繁栄するよう手を貸そう」ということである。
従業員は会社の適応力を高めるために注力し、会社は従業員の雇用される力を高めるために投資する。
ベイン・アンド・カンパニーの前CEOトム・ティアニーが、新入社員やコンサルタントによく言っていたように「これから君たちの市場競争力を高めるぞ」というわけである。
互恵主義の雇用協定は、感情に訴える部分がないかもしれない。
それでも信頼に基づくものであることに変わりはない。
当事者たちは単なる金と時間の交換ではなく、同盟を求めている。
そのため組織内での雇用関係が限りある命だと認めたうえでもなお、この協定で当事者間に、より強い関係を築ける。
そうなれば、雇用者も被雇用者もより大きなリスクを負うことが可能になり、単に局所的なピークを求めるのではなく、全体から見た最大値を目指すために時間とリソースを投入できるようになる。
ネットフリックスが従業員と結んだ協定は、こうした新たな制度がどのような形になりうるかの一例である。
CEOのリード・ヘイスティングは、同社の企業文化を伝えた有名なプレゼンテーションで次のように宣言した。
「我々はチームであって、家族ではない」。
彼は経営陣に次のように助言した。
「うちの社員がもし、2カ月後にはうちを辞めて同業他社で似たような仕事に就くと言った時、私が必死でネットフリックスに居続けさせようと慰留するであろう社員は誰だろう。
それ以外の社員は、いますぐ手厚い退職金を与えたうえで辞めてもらおう。
そうすれば、辞めた社員の代わりにその仕事をこなすスター人材の獲得に向けて、空きスペースができる」新しい雇用協定とは、気持ちよい関係を築くことではない。
会社の本質は優れた人材であり、働きの悪い者は切り捨てられる。
優れた人材を惹き付ける方法は魅力的なチャンスを示すこと、という理解を前提にしている。
筆者らは、新しいタイプの雇用形態を具体的かつ実用的な形で実現した組織を通して、シンプルで簡単明瞭な3つの実現方法を発見した。
❶一定の〝雇用期間〟だけ従業員を雇う。
❷従業員が組織の外にネットワークを築くことを奨励し、場合によっては奨励金すら支払う。
❸従業員が会社を辞めた後も、生涯のキャリアを通じて元の雇い主との関係を維持する助けになるよう、活発なアルムナイ・ネットワーク(元社員のネットワーク)をつくり出す。
では、それぞれ順に見ていこう。
「雇用期間」を設けるもし自分の会社の全従業員が生涯あなたに忠誠を誓うと思っているのなら、考え直したほうがいい。
いずれほとんどの従業員は、新しいチャンスに賭けるため、あなたに背を向けるだろう。
この事実を認識すれば、企業は漸進的な同盟の必要性を理解できるようになるはずだ。
リード・ホフマンがリンクトインを創業した時、初期の従業員との協定は4年間の雇用期間とし、しかも2年目が終わった時点で話し合いをするものとした。
この4年間に従業員が目立った働きをすれば、会社はその従業員のキャリアアップを手伝うことになる。
理屈上は、キャリアアップの結果、もう一度リンクトインで新たな雇用期間を務めることになるかもしれないが、もちろん他の会社で職を得ることもありうる。
この雇用期間方式はうまくいく。
企業は、期間内に目に見える成果を生み出そうと奮闘する熱心な従業員を得ることになるし、そのような従業員は1回もしくは複数回の雇用期間を終える頃にはこの方法の有力な賛同者、そして推進力となっている可能性もある。
従業員の側は、「生涯有効な雇用」自体は得られないかもしれないが、生涯有効な「雇用される力」の向上に向け大きな一歩を踏み出せる。
さらにこれは、一定の「信頼の期間」を確立する。
生涯続く雇用と忠誠心など、もはや現代世界のどこにもない。
にもかかわらず、それがあるかのように振る舞うことは、雇用者側も被雇用者もともに嘘をつかねばならないため、信頼を損なうのだ。
なぜ2年から4年なのか。
この時間の区切りは、ほぼ普遍的な説得力を持つようである。
ソフトウェア業界では、この期間がちょうど標準的な製品開発サイクルと一致するため、従業員は大きなプロジェクトを一つやり抜くことができる。
プロクター・アンド・ギャンブルのような消費財企業は、ブランドマネジャーが一定の職務を2〜4年間続けることになるよう人事異動を行う。
投資銀行や経営コンサルタント業界には、2〜4年間のアナリストプログラム(新入社員の育成コース)がある。
大統領選挙やオリンピックのことを考えてほしい。
この周期はビジネス界の外でも当てはまる。
適切に実施すれば、雇用期間方式は新規採用と社員定着率の両方を強化できる。
その秘訣は、雇用者と被雇用者が協力するための、はっきりとした原則を示すことだ。
両者が事前に、この関係を結ぶ目的とお互いの望むメリット、そして関係の終了予定時期について合意しておくのだ。
大半の社員定着率向上プログラムに見られる問題は、目的が曖昧(〝よい〟社員を残せ)なことと、期間が曖昧(無期限に)なことである。
どちらの種類の曖昧さも信頼を破壊する。
なぜなら会社側は従業員に対し会社への関与を求めるが、その見返りに何も約束しないからだ。
これと対照的に、雇用期間方式は個々人に応じた定着率向上プログラムとして機能する。
大切な従業員に自分の雇用期間を勤め上げる具体的で説得力のある理由を示し、同時に会社との将来の関係を相談するための明確な時間枠も設定できる。
ペンシルバニア大学ウォートンスクールでは、学生たちがこのビジネススクールに来る以前の仕事の満足度についてアンケートを取っている。
そして、「期間の決まった仕事」——たとえば2年間のアナリストプログラム——をしてからウォートンスクールに来た学生は、そうでない学生に比べて、当時の仕事経験により肯定的な評価をしていることを発見した。
2003年、経営コンサルタントのマット・コーラーはベンチャーキャピタリストになりたいと考えていたものの、スタートアップ企業での経験がなかった。
彼はリンクトインのリードの下で働くことになり、2人で2年間の雇用期間について綿密な計画を立てた。
期間が終わると2人とも雇用期間の延長に合意し、同時に次の雇用期間にマットにできることを、はっきりさせた。
6カ月後、マットはフェイスブックの最初の5人の従業員として働くチャンスを得た。
リードはマットを失いたくなかったにもかかわらず、転職を勧めた。
その仕事はマットのスタートアップ経験を豊かなものにし、彼の目的に一歩近づけることになると思われたからだ。
マットはフェイスブックで3年の経験を積んだ後、著名なベンチャーキャピタルのベンチマーク・キャピタルで最年少のゼネラルパートナーとなった。
要点1個々人に合わせた、相互にメリットのある雇用期間を設計することカギとなる従業員とは話し合いによって明確な雇用期間の諸条件を定め、確固とした、しかし期限付きの約束事項——絞り込まれた自分の目標と、明確な相手への期待——を相互に確認する。
「この同盟によって、両当事者はどのような利益を得て、どう進歩するだろうか」と問いかけるといい。
可能であれば、雇用期間の条件として、従業員が起業のチャンスに賭けるため期間途中に抜け出す可能性も残すべきである。
それは新製品の開発や立ち上げ、既存の事業プロセスの再設計、組織的イノベーションの考案などの場合に起こりえる。
このような方法は、本社の人事部門にやらせることはできない。
これは協定を結ぶ作業であって、契約書を書き上げるわけではないからだ。
筆者らは、すべての細目まで規定した履行保証付きの取り決めを、交渉によって作成するように提案しているのではない。
堅苦しいやり方は、起業家のマインドセットの対極にある。
従業員の実際の仕事を出発点にして信頼関係を築くのだから、この話し合いは直接関与するマネジャーが仕切らなければならない。
企業の垣根を超えた関係を築くヘンリー・フォードは、かつて次のような不満を述べた。
「両手を貸してほしいだけなのに、必ず頭脳も一緒についてくるのはなぜだ」。
しかし今日では、言うまでもなく頭脳は両手の価値を劇的に増強する。
しかも、会社の外にある頭脳と関わることができれば、その両手の働きはよりいっそう強まる。
あなたの会社にどれだけ賢い人材がいようとも、会社の外には常により多くの賢い人々がいる。
これは、従業員一人のスタートアップ企業から、世界中のグーグル並みの大企業まで、あらゆる企業に当てはまる。
そして会社の外にいる賢い頭脳とは、自社の従業員のネットワークインテリジェンス(ネットワークを通して得られる知識・情報)を通して関わることができる。
ネットワークが広ければ広いほど、その従業員はいっそうイノベーションに貢献できるようになる。
デューク大学のマーティン・ルーフによれば、多様な友だちを持つ起業家は、イノベーションの面で3倍の成績を収めたという。
多様性を、ひいてはイノベーションを最大化するためには、自社の内部と外部の両方にネットワークが必要なのだ。
したがって、雇用者は被雇用者に対し、社外の世界を含めた専門家のネットワークを構築・維持するよう促すべきである。
実際には、従業員に次のように言えばいい。
「会社として、あなたがネットワークを築くための時間を与えます。
ネットワークを広げることができるイベントに、参加するための費用も払いましょう。
その代わり、会社のプラスになるように、そのネットワークを活用するよう頼みます」。
これは、お互いに信頼と投資を与え合う素晴らしい例である。
すなわち、従業員にネットワーク構築のリソースを提供することで、あなたは彼らに信頼を与えたことになり、従業員の側は、自分のネットワーク資本の一部を会社のために役立てることで、あなたのビジネスに投資したことになるからだ。
こうしたネットワークは、会社の操業環境すべて——顧客も競合他社も等しく——をくまなく取り囲み、新技術やその他のトレンドに関する情報のプラットフォームとして機能すべきである。
たとえばリードがパートナーを務めるベンチャーキャピタル、グレイロックにおいて、メンバーが投資の専門家としての社外ネットワークを利用することは、プロダクトレビュー会議で重要な役割を果たしている。
そこではたとえば誰かがこんな質問をする。
「最近、どんな新技術の噂を聞いているかな。
よく調べてみるべきものはあるかい」。
ここで得られた知見によって、より優れた意思決定がなされ、結果的にグレイロックの投資先企業の価値を増大させる。
また、別のトップレベルのベンチャーキャピタル、アンドリーセン・ホロウィッツのパートナーたちには、創造力を高めるための独自のやり方がある。
会議の最初には必ず、誰かが聞き付けてきた業界の噂話の中で、最高のものに賞金を贈るのだ。
ベンチャーキャピタル業界でなくても、このようなテクニックを会社に持ち込むことはできる。
社外との関係はどれほどの威力を持つか。
それを理解することは、シリコンバレーのハイテク企業の歴史をひも解く際に役立つ。
そのあたりの事情は、技術の地域的集積に関するアナリー・サクセニアンの年代記、『現代の二都物語』に詳しい。
1970年代、世界最大級の技術系企業の何社かは、ボストンの高速道路「ルート128」周辺地帯(当時は米国最大のハイテク企業の集積地だった)に本社を置いていた。
いま、技術系企業のトップ10社は一つもそのエリアにいない。
ボストンの優位はシリコンバレーに奪われてしまったのだ。
何がこのような変化を可能にしたのか。
外部のネットワークである。
マサチューセッツ州の企業は一般に、オープンさよりも秘密主義を好み、競合禁止条項(一定期間、自社と競合するビジネスを行わないと従業員に約束させる)を厳格に適用することで、従業員がライバル社に移ったり、みずから起業することを防ごうとする。
一方、シリコンバレーは昔からよりオープンな文化を持っており(強制力のある競合禁止条項はない)、そのおかげで人々は、はるかに密度が濃く相互関連性の高いネットワーク——これがイノベーションを容易にする——を生み出すことができたのである。
シリコンバレーでは、ライバルと協力することが相互に利益となる場合もあるという事実を反映して、「コーペティション」(coopetition)という言葉さえ生まれている。
もう一度、ネットフリックスを例に挙げよう。
同社は、アマゾン・ドットコムが「インスタント・ビデオ」という直接競合するサービスを提供しているにもかかわらず、自社のビデオのストリーミング配信サービスを提供するのに、アマゾンのクラウドプラットフォームを利用しているのだ。
要点2ネットワークの開発を促すべし筆者らは著書『スタートアップ!』で「あなたのキャリアが成功するかどうかは、自分個人の能力と、その能力を拡大する自分のネットワークの能力との両方によって決まる。
これを〝IのWe乗〟と考えてはどうか。
一個人の力は、チーム(ネットワーク)の助けによって指数関数的に引き上げられるのだ」と述べた。
そして、ちょうど個々人の力がその人の持つネットワークの強さに応じて引き上げられる(IのWe乗)と同じように、会社の力も従業員の持つネットワークの強さに応じて引き上げられる。
個々人のネットワークとそれを情報収集に利用できる能力を重視すべきだ。
そして、それを会社の資産として、みんなにはっきりわかる形で認めるのである。
自分のリンクトインのプロフィールを最新に保っている従業員や、個人のツイッターで多数のフォロワーを集めている従業員は、会社を裏切っているのではなく、会社にとって正しいことをしている。
そして従業員を採用する際は、候補者のネットワークの強さと多様さを重視する。
強いネットワークを持つ人材を、会社に引き入れるのはよいことだ。
そして、既存の従業員の持つネットワークとかぶるのではなく、足りない部分を補完するネットワークを持つ人を採用するのはさらによい。
筆者らが個人に勧める一つのテクニックは、「注目すべき人貯金」を始めることだ。
これは、自分のネットワークにいる人々をお茶に誘い出すための貯金だ。
会社でこれと同じ役目を果たすのは、従業員が利用できる「ネットワーク基金」である。
会社がその成果を確実に得るためには、ネットワーク基金の利用ルールとして次の2つを求めることだ。
1つ目は、従業員が基金を利用する際は、会社の影響が及んでいる範囲から離れること。
なるべく多様な外部ネットワークを築くには、従業員に「建物の外」に出てもらうべきだ。
2つ目は、社内で成果を共有できるよう、従業員は自分の得た知見を報告しなければならないことだ。
大半の企業は社員のビジネスランチを経費として認めるが、ネットワークランチを経費として認める企業はほとんどない。
とはいえ、もしあなたがトップエグゼクティブなら、おそらくその類のランチを始終しており、結果的にそれは自社の役に立っているだろう。
自社の従業員が同じようにネットワークランチをすることをただ認めるだけではなく、当然そうするように求めるのだ。
マサチューセッツ州に本拠を置くマーケティングソフトウェア企業のハブ・スポットは、彼らの言葉を借りれば、すべての社員の「個々人の習熟と市場価値に投資する」価値を信じているという。
実際にはその言葉より、さらに物事が簡単に済むようにしている。
社員が何かの本に興味を持てば、社内ネットのウィキ・ページにそう書くだけでいい。
本はその社員のキンドル端末に現れるだろう。
頭の切れる誰かをランチに誘いたい時はどうだろう。
「使っていい。
経費の承認は不要」が同社の方針である。
会社に流入してくるネットワークインテリジェンスには、経営トップ層が関心を持ち、それを強化・拡張するための具体的なプログラムを用意する必要がある。
高度なネットワークを持ち、起業家精神に満ちた被雇用者にとって、これは雇用者側の魅力を判断する最重要指標の一つだ。
アルムナイ・ネットワークを築くもしも得がたい社員から会社を辞めると告げられたら、最初にすべきは考え直すよう説得を試みることだ。
しかし、それでダメなら次にすべきはその人の転職を祝い、アルムナイ(元社員)・ネットワークに快く迎え入れることだ。
一つの雇用が終わったからといって、自社とその従業員との関係まで終わらせる必要はない。
会社のアルムナイ・ネットワークを築くことは、その会社にとって最高の人材と長期間関係を維持するには最善の方法である。
これは、シンディ・レウィトン・ジャクソンがベインでキャリア開発およびアルムナイ・リレーションズ(元社員関係)担当のグローバルディレクターだった時に指摘した言葉通りである。
「目的は従業員のつなぎ留めではありません。
終生の協力関係を築くことが狙いなのです」この点を昔から理解していた業界や企業もある。
マッキンゼー・アンド・カンパニーは1960年代からアルムナイ・ネットワークを運営している。
いまや同グループのネットワークには2万4000人を上回るメンバーがいる(この中には、年間売上げ10億円を超える企業のCEOも230人以上いる)。
ブーズ・アレン・ハミルトンのネットワークは3万8000人だ。
アルムナイ・ネットワークのもたらす明らかな恩恵の一つは、以前の従業員を再雇用するチャンスが広がることだ。
コーポレート・エグゼクティブ・ボード(CEB)によれば、「CEBアルムナイ・ネットワーク」を本格的に立ち上げたところ、わずか2年間で再雇用率が2倍になったという。
だが、このネットワークの真価はそれ以上のものだ。
元社員たちは、社外関係において最も有効な資産なのだ。
彼らは競争情報や効果的なビジネス手法、業界内の新トレンドやさらに多くのことを会社に伝えてくれる可能性がある。
彼らはあなたの会社で物事がどう動くかを理解しているうえ、概して、可能であれば前にいた会社を助けたいと考える傾向がある。
ベインのトム・ティアニーは「我々が質の高い新ビジネスを生み出す一番の情報源は、我々の元社員である」と述べている。
コンサルティング業界で企業アルムナイ・ネットワークの先駆けが生まれたのは、もしかすると業界の組織慣行(2年間のアナリストプログラムや〝アップ・オア・アウト〟の昇進システム、自社コンサルタントにクライアント企業への転職を勧めることなど)が、この考え方にあまりにもぴたりとマッチしたからかもしれない。
だが、アルムナイ・ネットワークを築く慣行は他業界にも広がりつつある。
リンクトインはいまや、数千もの企業アルムナイ・グループに場所を提供している。
フォーチュン500の98%も、リンクトインにアルムナイ・グループを持っている。
これらは、会社公認ではなく非公式なものが多い。
元社員が、お互いに連絡を取り、助け合いたいという動機に動かされた結果、こうしたグループが勝手に出現したのである。
オランダのトゥウェンテ大学が行った調査によれば、調査対象のうちわずか15%の企業しか公式なアルムナイ・ネットワークを持っていなかったが、67%の企業には、勝手に運営される非公式のアルムナイ・ネットワークがあったという。
会社がアルムナイ・ネットワークを運営することは、失敗を認めることになるという心配があるかもしれない。
すなわち、最も優れた社員を自社に留めておけないことの表れであると。
しかし、いずれにせよ元社員たちはみずからネットワークをつくる可能性が高い。
そうであれば、本当に考えるべき問題は一つしかない。
あなたの会社は、自社のアルムナイ・ネットワークに対して影響力を持ちたいかどうかである。
アルムナイは、あなたに利用されるのを待っている休眠中の資産である。
利用しない手はあるまい。
要点3退職時面談を活用すべし従来の退職時面談は、失われたチャンスを示すためだけのものだ。
どうせ残った社員に無視されるであろう形式的なフィードバックを退職者から聞き取るよりも、退職時面談に臨む管理職には、会社が退職者と長期的関係を維持していくのに役立つ情報を集めさせるべきである(さらに退職者をアルムナイ・ネットワークに勧誘すべきだ)。
すべての元従業員に関する情報を集めたデータベースを構築するといい。
個人のメールアドレスと電話番号、リンクトインのプロフィール、ツイッターのハンドル名、ブログのURL、専門分野などである。
退職時面談はまた、信頼を得るためのチャンスでもある。
多くの従業員は会社を去る際、不快なほどよそよそしく、時には怒りさえ感じるほどの別れ話にじっと耐えている。
だからこそ、あなたの会社と退職者との関係が今後も続く性質のものであると強調すれば、自社を際立った存在として印象付けることができる。
もちろん、退職時面談はまた、あなたや会社がどうすればよりよいやり方をできるか学ぶ機会でもある。
辞めていく社員は、在籍中の社員より正直に物を言う可能性が高いし、会社の事業や組織慣行の欠点を気にかけている場合もあろう。
退職者の話によく耳を傾けるべきである。
去りゆくのが自社のスター社員だった場合、退職時のサービスを一段レベルアップすべきだ(その社員がきちんとしたプロとして離職を行い、組織ごと引き連れていくのでなければの話だが)。
そうした連中は次も素晴らしいことを始め、それぞれ自分のネットワークの中でハブとなる可能性が高い。
それはあなたにとっても非常に利用価値が高いという結果になることもある。
そして、雇用期間と同じように、双方向に価値をもたらす関係を目指すのだ。
相手からメリットを受けることを期待するなら、相手にメリットを与える必要がある。
あなたが提供するメリットは、どの業界にいるかによって異なるだろう。
たとえばコンサルティング業界の場合、クライアント企業に転職していった元社員に対し、無料で知見を提供する例がよく見られる。
消費財メーカーなら、通例の社員割引よりさらに値引した価格を元社員に提供すればいい。
かかるコストは最小限であり、得られる信頼と好意はかなりの価値を生むこともある。
辞めた元社員に「謝礼」を与えるなんてやりすぎだと思う人もいるかもしれないが、そのような見方はピントがずれている。
ほとんどの従業員は、不誠実だから辞めたわけではない。
他の会社が彼らに示したほどのチャンスを、あなたが提供できなかったから辞めたのだ。
もし会社として公式なアルムナイ・ネットワークを設ける経営資源がないなら、リンクトインやフェイスブック上で立ち上がった非公式なネットワークを支援すればいい。
自社の助けになった元社員に金銭報酬を与えることから、会社の記念品を提供したり、同窓会のピザ代を持つことまで。
アルムナイ・ネットワークに関するあらゆることが支援の対象になる。
ネットワークの会報を配布するだけでも、実質的なコストをかけず、今後の関係を心のこもったものにするのに役立つ。
人材獲得の好循環を生み出す
ネットワークづくりに精を出し、自分のリンクトインのプロフィールをきちんと更新し、常に新たなチャンスを検討しているような社員は、問題社員ではない。
それどころか、おそらくあなたの会社にもっと必要なのは、そのような起業家タイプで、外向き志向で、前向きな人々だ。
会社はそのような社員を必要とするが、彼らの多くは長く会社に留まらないのも事実だ。
この事実と会社のニーズとの折り合いをどうつければいいのだろうか。
まず、この事実を受け入れることが第一歩となる。
CEBは、雇用者から「将来有望な人材」と見なされている従業員2万人を対象に調査を行い、彼らの4人に1人が1年以内に転職を予定していることを明らかにした。
この恐ろしい事実を何とか受け入れることさえできれば、社員の野心を後押しする誠実で生産的な関係を築くのは簡単だと気づくだろう。
会社とそのような関係を築けば、結果的に社員はいまの仕事をより効率的にこなせるようになるし、いまの会社により長く留まらせることにもなりうる。
筆者らが心に描く、新しい雇用者と被雇用者間の協定のカギは、それが忠誠心を基盤としないながらも、取引にのみ徹した関係でもないという点にある。
お互いの成功を助け合うことを目的とした、一組織と一個人との同盟関係なのだ。
企業間の人材争奪戦において、このような同盟関係は秘密兵器となりうる。
社内の主要ポストを、みんながほしがるクリエイティブかつ適応力のあるスーパースターで埋めるための助けになる。
起業家精神に満ちた従業員は事業の成功の原動力となる。
そして事業の成功により、あなたの会社はこうした起業家タイプの人材をますます惹き付けるようになるだろう。
この好循環こそが、シリコンバレーの企業に、人材における競争優位をもたらしたのだ。
あなたの会社にも、この好循環が働くはずだ。
起業家タイプの従業員を怖れるな新しい協定があれば、起業家精神旺盛で適応力の高い人々を惹き付けることができる。
しかしこのようなタイプの従業員を頼りにするのは場合によっては恐ろしく感じられるだろう。
なぜなら、彼らは学びの多い新たな仕事に転職する機会を絶え間なく探しており、他社も常に、こうした人材を引き抜こうと狙っているからだ。
それでもなお、こうしたタイプを――たとえ短期間であっても――社内に置くことは極めて重要である。
それゆえ、このタイプへの恐怖心は忘れるべきなのだ。
その理由を説明しよう。
起業家タイプの従業員は本当に会社の役に立つのかジョン・ラセターのケースが実証したように、このタイプの従業員はこの上ない利益をもたらす可能性がある。
1980年代初頭、当時はウォルト・ディズニーの若きアニメーターであったラセターは、自分の上司たちにコンピュータが生み出すアニメーションの新技術を売り込んだ――そして、即座に解雇された。
彼は結局ルーカス・フィルムのCG部門に落ち着くが、その部門は後にスティーブ・ジョブズが買収する。
ジョブズはラセターの力を借りて、この部門をコンピュータ製アニメの王国、ピクサーへと変身させた。
2006年にディズニーは74億ドルでピクサーを買収し、ラセターをピクサーとウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオの両方のチーフクリエイティブオフィサーに任命した。
ディズニーは高い授業料を払って教訓を得たわけだ。
もし当初、クリエイティブで起業家精神に満ちたラセターの才能を、ディズニー社内で自由に発揮させていたら、はるかに安い費用で同じものを手に入れられたのである。
起業家タイプの従業員がもたらす利益を定量化するのは難しいが、企業内での起業家精神を調査研究しているグローバル・アントレプレナーシップ・モニター(GEM)はいくつか興味深い発見をしている。
GEMが2011年に行ったある調査では、「自分が勤める組織のために新しい事業活動を創造・開発」する頻度を、各国の個人ごとに比較した。
その結果、「会社の従業員による起業家的な活動の普及度合いを、その国の成人人口で割って求めた普及率」は、イノベーション主導型経済において、要素主導型経済(資源など投入要素に大きく左右される段階の経済)の10倍以上も高く、効率主導型経済と比べても2倍以上高かったという。
換言すれば、起業家タイプの従業員とその企業のイノベーションとの間には密接な関連があるということだ。
社員に起業家精神を発揮するよう促すと、いずれ会社を去ることにならないか会社を去る社員もいるだろう。
だが、仮に短い期間でも、そのようなタイプの社員を持つことは会社に莫大な利益をもたらす可能性がある。
アマゾンがクラウドコンピューティング分野でもトップ企業の一社となれたのは、アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)のおかげである。
これは企業に記憶装置とコンピュータパワーを貸し出すサービスで、これにより企業は自前で設備を購入・管理する必要がなくなる。
AWSのアイデアを思い付いたのは、アマゾンのウェブサイトエンジニアリングマネジャーのベンジャミン・ブラックと、彼の上司クリス・ピンカムであった。
彼らは2003年、アマゾンが効率的な小売業者になれた運用ノウハウは、コンピュータパワーの一般市場にも再利用できることに気づいたのである。
彼らはこのアイデアをジェフ・ベゾスに売り込み、何回かのやり取りを経たのち、ベゾスはピンカムを将来AWSとなるプロジェクトの責任者に任命した。
最終的にブラックとピンカムはアマゾンを辞め、それぞれ起業することになる。
しかし彼らは、2012年だけでざっと20億ドルの売上げをアマゾンにもたらした事業部門を同社に残していったのである。
「雇用期間」を導入すると社員の在職期間が短くなるのではないか雇用期間には、はっきりと定められた終了期日があるが、それが必ずその社員の在職期間の終わりになるとは限らない。
一回の雇用期間が成功裏に終われば、次の雇用期間へとつながる可能性が高い。
雇用期間を重ねるごとに、信頼と互恵の結び付きは強まっていく。
そして変化を求める社員には、魅力的条件の新たな雇用期間を用意すれば、ライバル社でなく自社がその社員に変化を与えることができる。
これは、忠誠心という曖昧な概念に訴えるよりも効果のある社員引き留め戦略である。
自社の従業員の全員が起業家タイプになるべきかあなたの会社の従業員の100%が筋金入りの起業家タイプである必要はないし、そもそもそんなことを望みもしない人もいよう。
シリコンバレーのスタートアップ企業は〝ロックスター〟のように華やかなスター社員を雇ったと自慢するのを好むが、全員がロックスターでは悪夢のようなめちゃくちゃな会社となることだろう。
すべての企業は、自社の競争環境にふさわしい、社員タイプの適正な組み合わせを実現する必要がある。
たとえば比較的安定した業界の企業なら、起業家タイプの社員は少なめなのが最適かもしれない。
とはいえ、あなたの組織が「起業家精神が旺盛すぎる」状態になることは、まずめったに起きないので心配する必要はない。
【注】(1)ReidHoffmanandBenCasnocha,TheStartupofYou:AdapttotheFuture,InvestinYourself,andTransformYourCareer,CrownBusiness,2012.(邦訳『スタートアップ!――シリコンバレー流成功する自己実現の秘訣』日経BP社、2012年)(2)AnnaLeeSaxenian,RegionalAdvantage:CultureandCompetitioninSiliconValleyandRoute128,HarvardUniversityPress,1994.(邦訳『現代の2都物語〜なぜシリコンバレーは復活し、ボストン・ルート128は沈んだか』日経BP社、2012年)(3)競合他社とある段階までは互いに協力(cooperation)しながら、途中から競合(competition)すること。
2つの言葉を合わせた造語。
(4)「人材育成:6つの過ち有望な社員が会社を去る時」(DHBR2010年12月号)を参照。
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