第2章リード・ザ・ジブン方程式:「自分事化」×「絆づくり」=「飛躍的な成果」
リード・ザ・ジブンというものを考えた背景
筆者は20年以上にわたり戦略コンサルティング業界におり、数十社のクライアントに対して延べ数百のプロジェクトで戦略構築の支援をしてきました。その中で忸怩たる思いを感じていたことがあります。
戦略の質と成果のパラドックス──忸怩たる4割
それは戦略プロジェクトにおいて提言した戦略の質と実行された成果が必ずしも相関していない(ばらつきが大きい)というパラドックスです(図表2‐1)。
「これはこの業界に今までなかったインサイトです!」と自信満々で提言した戦略が、クライアントにうまく腹落ちせず、中途半端な実行しかなされず、あまり大した成果が出なかったケースはそこそこあります。
場合によっては実行されないまま本棚を飾るだけの億円レポートになったりします(最近はクライアントとのすり合わせをかなり密接にやるので流石にこれはレアケースですが、昔の先生指南型コンサルティングの時代にはあったようです)。
一方、戦略の質的にはイマイチ・インサイト不足かなと思いつつも、クライアントの「自分事化」がハンパなく、提言したらすごいパワーで実行され、想定以上の成果をあげるケースもあります。
もちろん、戦略コンサルタントとしての一番の醍醐味・喜びは、渾身の戦略提言をして、それをクライアントが真正面から受け止めてくれ、全身全霊で実行してもらい、大きな成果が出るケースですが、それは自信をもって提言した7割のうち半分に満たない(全体の3割)というのが筆者の経験知です。
一番の問題は、図の右下の忸怩たる4割をいかに右上にもっていけるかです。これができればクライアントにより大きなインパクト=成果を提供できることになります。
ファクト&ロジックだけでは結果は出ません
戦略コンサルティングの定石はファクト&ロジックです。
データ分析や事例研究で徹底的に過去のファクトを分析し、そこから将来の市場・事業環境を想定し、そこでどんな戦い方をすれば、より収益成長できるかの骨太のロジックを組み、提言するものです。この定石は、成果という観点から見てみると2つの問題を抱えています。
ひとつは、前に述べた通り、VUCAという過去の資産が無価値化する中で、「ありたい姿」からの現状の引き算で、解くべき正しい課題設定をしないといけないのに、それがないまま、いくら過去のデータを分析しても、成果につながらない〝クソ仕事〟を増やすだけになってしまいます。
未来指向の視座でリーダーの思い・志を込めて「ありたい姿」を構想し、その実現のための正しい課題設定ができた上でのファクト&ロジックは意味があります。
しかし、それだけでは成果は出ません。
もうひとつの問題は、成果を出す力(実行)の問題です。
図表2‐2にある通り、京セラ・第二電電創業者の稲盛和夫氏は『働き方』の中で、成果を出す力を、「考え方」×「熱意」×「能力」の掛け算であると定義されています。いくら能力のある人でも、熱意がなければ掛け算であるがゆえに成果を出す力はゼロになってしまうことを指摘されています。
この3つの要素の中で「能力」については、スキル研修やコンピテンシーベースの人事評価・処遇の仕組み等ある程度科学されていますが、「考え方」や「熱意」というものは、属人性の強い、いわばアートの世界のものでした。
これを再現性のあるものに科学できると、正しい戦略で、より大きな成果が出る(先の図表2‐1の右下の4割を右上にもっていくことができる)のです。
この忸怩たる4割がリード・ザ・ジブンというものを考えるようになった根本にあります。
BCGのパートナー研修で脳天ガツン──リード・ザ・ジブンとの出会い
BCGでパートナーになれたことは誇っていいことだが……
筆者は40歳でボストンコンサルティンググループ(BCG)のパートナーになりました。中途入社同期約20人のうちパートナーになったのは2人だけでした。
戦略コンサルファームでは、アップ・オア・アウト(UporOut)が原則で、一定期間の中で次のキャリアステージに進めなかったらアウトということになります。
もちろん、途中でやりたいことを見出して辞める人も少なからずいますが、いずれにしてもBCGの経営者・株主・執行役員であるパートナーになるというのは、これまでの昇進とはまったく違う感慨深いものでした。
今でもパートナー昇進祝いの席でプレゼントしてもらったみんなのメッセージが書き込まれたモエ・エ・シャンドンのマグナムボトルはもったいなくて飲めないまま宝物にしています。
しかし、何だかモヤモヤしてるんです。
BCGでパートナーとして一体何をやっていきたいのか?もちろん、既存クライアントの深耕と新規クライアントの開拓を行ない、インサイト×インパクト→トラストの好循環ループを回して自分のコマーシャルベースをつくっていくことが第一プライオリティだということは理解し、クライアントの笑顔・インパクトのために必死になってやってはいましたが、何かバックボーンがないというか、ちょっと「糸の切れた凧」になりかけていたように思います。
当時の部下だったプロジェクトメンバーに「宇佐美さんは、将来何をやりたいんですか」と聞かれ「将来やりたいことをあえて決めていないんだ。自分に力があればどんなチャンスが来てもものにできる。不確実性を楽しむという考え方もあるよ」と今となっては恥ずかしくて消え入りたいようなことを平気でいっていました(汗)。
人生の師、野田智義さんからの問い掛け
そんなときに出会った(正確にいうと再会した)のが、BCGのパートナー向けリーダーシップ研修の講師で来られた野田智義さんです。野田さんとはハーバード留学時代に少し接点があって存じ上げてはいましたが、それっきりになっていました。
野田さんはハーバードでDBA(経営学博士号)を取得後、INSEAD等でリーダーシップの教鞭をとられ(学生の評価ナンバーワンの伝説の授業だったらしいです)、2001年に全人格経営者育成を目指したISL(InstituteforStrategicLeadership)を創設されました。
日本いや世界にも例を見ない非常にユニークな、世界最先端といっても過言ではないすごいプログラムを通じて経営者人材を輩出されています。
BCGのリーダーシップ研修での野田さんの問いはとてもシンプルなものでした。
あなたは一体何者ですか?人生で何を成し遂げたいのですか?BCGという場で何を実現したいのですか?当時の私は、このシンプルな問いに答えられませんでした。
続けて、こう述べられました。
「これこそがリーダーシップの原点で、これがない人には、人はついては来ません。リード・ザ・セルフ。強い自分の志や思いがあり、それに周囲の人々が共鳴し、この思いを一緒に実現したい、助けてあげたいと共鳴してくれたら、それがリード・ザ・チームとなり、それがさらに大きなうねりとなると社会を変えるほどのインパクトをもつ、リード・ザ・ソサエティになるんです」この言葉に脳天を強烈にガツンとやられました。
私にとって本当に衝撃でした。あかん。俺はリーダーではまったくないやん。「不確実性を楽しむ」?アホかお前は。俺は40歳まで一体何をやっててん?(心の声は関西弁になります)
自分自身の半生の振り返り──リード・ザ・ジブンの原型
野田さんのリード・ザ・セルフの話は脳天をガツンとやられた衝撃であるとともに、BCGでパートナーになってから感じていた、モヤモヤ感、「糸の切れた凧」感の根っこにあるものと大きな関係があるような気がして、野田さんの問いに答えを出すべく自分自身と深く向き合うことにしました。
就職から40歳までの他力本願・結果オーライ人生
まず「俺は40歳まで一体何をやっててん?」という素朴な疑問を起点に、自分の半生を振り返ることから始めました。
その中で自分の思考や行動の特徴、自分が大切にしてきたことを深く内省することの中から、自分が一体何をやりたい人間なのかのヒントをつかみたいと。
半生を振り返ってみて最初に気づいたことは、大学卒業・就職してから野田さんに脳天をガツンとやられる40歳までの間は、ご縁ドリブンの他力本願な半生だったということです。
結果はぼちぼちオーライでしたが。であるがゆえに40歳まで何もリード・ザ・ジブンしていない自分を野田さんに気づかされたんだということがわかりました(くわしくはコラムを参照してください)。
BCGのパートナー研修で野田さんに脳天をガツンとやられなかったら、たぶん他力本願的な人生を今でも送っていたかもしれません。野田さんは人生の師であり今になって思えば救世主でした。
ご恩返しのひとつにでもなればと、今は野田さんの主宰されているISLのゼミ・ファカルティとして受講者の経営構想策定の伴走をしていますが、相変わらず野田さんからは強烈な刺激を受け続けており、ご恩返しどころか、こちらが学んでいる状況です。
【コラム】セレンディピティ(ご縁)──他力本願・結果オーライ人生
セレンディピティ(Serendipity)とは、世紀の大発見といわれるようなものも、当初から狙っていたケースはレアで、ある偶然によりもたらされるというものです。ご縁と私は呼んでいます。
私のこれまでの半生はセレンディピティの連続でかなり特殊なものだと思います。私の名前は宇佐美潤祐ですが、25歳まで駒田誠という名前でした。
家内がひとり娘で義父が手広く事業をやっており、家業をゆくゆくは継いでもらいたいということで養子に入ることになりました。ちなみに私は駒田家本家の長男で、父親からは「アホか!何考えとるんや」と激怒され大変でしたが、幸いにも弟が家を継いでくれるといってくれなんとかなりました。
弟には本当に感謝しています。ちなみに、家内と知り合ったのは私が大学の陸上部4年のときで、家内は女子大の1年生で陸上部のマネジャーをやってくれていました。
現役のときにはつき合ってはいなかったのですが、渋谷でたまたま家内が誰か変な人につけ回されていたのを助けたのがきっかけで、つき合うようになりました(〝お前、それ仕込んだだろう〟と後でよくいわれましたが、仕込んでいないです)。
やっと親の了解がとれたと思いきや、今度は義母が「駒田誠はいい名前だけど、宇佐美誠はダメよ」というすごいボールを投げてきました。義母は姓名判断の権威で多くの人の名前をつけるばかりか、自分も結婚するときに下の名前を変えているのです。
戸籍上の名前を変えるという難易度マックスのことにチャレンジしないといけなくなりました(涙)。
最初は家内の実家のあった芦屋の家庭裁判所に申請したのですがNGで、次に姫路の家庭裁判所に行って、女性の判事さんに泣きついてなんとか許可をもらいました。
同窓会名簿には宇佐美潤祐(駒田誠)と書かれていて、友だちには「どんな悪いことしてん?」とよく聞かれました(していませんので)。やっと結婚・入籍できたと思いきや、今度は「お会社、お会社いっててどうするの!」という異次元からのボールがやってきました。
大学卒業後、当時就職人気ナンバーワンの東京海上に入り楽しくやっていました。ところが、家内の両親の友人で、米国留学経験のあるご夫妻から「潤祐さん、お会社お会社いっててどうするの。もっと世界を見なさい!」といわれ、それに感化された家内の両親から留学を強く勧められ、まったく辞めるつもりなどなかった東京海上を退職し留学することになりました。
大学時代にろくに英語の勉強などしていなかったので、英語には苦労しました。入学に必要なTOEFL、GMATのスコアを上げるために米国のバークレーの語学学校で家内とともに勉強し、なんとかハーバードの大学院(ケネディスクール)に入学許可をもらうことができました。
入学許可を得てから入学するまで時間があったので、当時GMATの予備校的なところで面白い研究をベースに教えていたハーバード・ロースクール出身の元弁護士の方法論(GMATのようなstandardizedtestでは毎回同じような得点分布を多様な人種の受験者間で担保するために問題の内容や出題方法にあるバイアスが働き、それを逆手にとればよい点数がとれるというもの。
たとえば、マイノリティに関するテーマのリーディングの問題は他のテーマのリーディングの問題よりやさしいので、それを解くべしとか)を日本人向けにアレンジし『GMAT完全攻略ストラテジー』という画期的といわれたGMAT本を出して、当時の日本人MBA志願者の間ではバイブルといわれていたらしいです。
BCGで採用インタビューしているときも「あのGMAT本の宇佐美さんですか!」といわれ、もっとコンサルタントとして名前売らねばと思いました。
ケネディスクールでは、BusinessandGovernmentの領域を中心に勉強し、日本と韓国の半導体産業の比較論文を書いたり、のちにクリントン政権で労働長官を務めたロバート・ライシュ教授に師事し、TheWorkofNationsのもととなる講義に刺激を受けたり、ゴルバチョフ大統領の講演を聞いたり、ハーバード・ビジネススクールやMITスローンスクールのMBAの授業をとったりと、なかなか知的な刺激が多い楽しい場でした。
同級生には企業と役所両方からの派遣が多く、斎藤健・元農林水産大臣や国会議員になった人も結構いて、ビジネススクールとはひと味違う人のつながりもできました。
留学を終え、日本に帰るころバブルが弾け、当時不動産事業も手広く手掛けていた義父の事業は大変なことになり、芦屋の六麓荘という日本有数の高級住宅地にあった自宅も、たくさんあった関西の名門ゴルフ場の会員権(潤祐君にみんなあげるからねと義父はいってくれていたのですが)もどこかに吹っ飛んでしまいまじめに働かなければならなくなり、今日のコンサルタントの私があるというわけです。
渋谷で変な奴に家内が追いかけられていなかったら、家内と結婚することも、名前が姓名両方変わることも、留学することも、コンサル業界で働くこともなかったのかもしれません。
セレンディピティのなせる業です。
ファーストリテイリング代表取締役会長兼社長の柳井正さんがセレンディピティに通じる話をよくされていました。
「幸運の女神には前髪しかない」という話です。運は誰にも平等にめぐってはくるが、運がよいといわれる人は、運が来たときにそれに気づき、その場でつかめる人である。普段から努力をしていないと幸運の女神には気づかないという意味です。
ファーストリテイリングのセッションで柳井社長がこの話をされたとき、「すみません、私には後ろ髪しかなくて」といったら柳井社長にちょっとだけ笑ってもらえたのが、ファーストリテイリングでのよい思い出のひとつになっています。
走高跳と向き合った15年間で学んだこと
こんな他力本願な人生を送っていた筆者ですが、走高跳に関しては相当リード・ザ・ジブンしていました。小学5年生から社会人3年まで15年間陸上競技をやりました(大学では2m01の東大新記録をつくったり、社会人ではオール三菱3連覇しました)。
陸上を始めたきっかけは、小学校で、学校代表として走幅跳で地区の大会に出場し優勝したことです。ジャンプ力が他の人より多少はあったようで、中学校で走高跳を本格的に始め、中3で1m84の地区新記録を出し(40年以上経った今でも大会記録として残っているらしいです)、兵庫県大会でも優勝しました。
高校(姫路西)では、インターハイに行くことが夢でした。今では考えられないくらいストイックに練習に励んでいました。
走高跳の理論書を読み漁り、背面跳の研究とトレーニング法を独学で学び、それを身につけようと練習を積んでいました。結果、高1で兵庫県ジュニア大会を1m88で優勝、高2では1m98まで記録を伸ばし、近畿ジュニアで4位、インターハイ(近畿大会で6位以内に入ると出場権獲得)に手が届くところまで来ていました。
忘れもしない高3の6月20日。近畿大会の会場だった神戸の王子陸上競技場は雨でした。午前中の予選で1m90をクリアーし、午後の決勝に臨みました。かなりの雨で冷えて思うように身体が動きません。
1m90はなんとかクリアーしたものの、次の1m95では重い身体と跳ばねばという気持ちが空回りしてしまい、インターハイへの道は絶たれました。
濡れたマットで見上げた、雨と涙が混じって霞んで見えた6月20日の神戸の雨空は、今でも鮮明に記憶に残っています。その後しばらくは何をする気も起きず茫然自失の状態が続きました。
周囲のインターハイへの期待もかなりあったので(進学校でインターハイ目指す超レア種でしたので)学校に行くのもつらかったです。近畿大会直後にあった中間試験では成績が30番近く落ち、浪人という文字が浮かんできたり、かなりドツボ状態でした。
湖底の泥沼の中に潜んでいるような数週間が過ぎた日、学校から帰ろうとしているときに陸上部の顧問の先生に呼び止められ7月末の国体予選にエントリーしているがどうするのかと聞かれました。
近畿大会ですべてが終わったと思い、完全に忘れてました。ちょっと考えさせてくださいといって、その夜いろんなことを考えました。陸上競技を始めたころのただ跳ぶこと自体が楽しかった記憶。
身体中に不思議な力が漲り、静かな心でバーに向かって助走していくとふわっと身体が浮いて新記録を出したときの記憶。インターハイへ行くことに固執しすぎて、前のめりになりすぎて自分を見失ってしまっていたのではないかと。
結果はどうであれ(数週間練習してませんでしたし)、あと1試合だけ出て、走高跳を楽しんでみよう。そして部活を引退しようと。
7月末の国体予選では、1m99の自己新記録を出し優勝することができ(国体には記録的に行けませんでしたが)、その記録で兵庫県の高校生ランキングで1番になり有終の美を飾ることができました。それからは何かモヤモヤが吹っ切れたように、勉強のほうも集中できるようになり、東大に現役合格もできました。
人間万事塞翁が馬
ここでの原体験が「人間万事塞翁が馬」という私のひとつの人生訓になっています。人生何事も思うように必ずしもなるとは限らないが、諦めないで一生懸命努力をしていれば、お天道様は見ていてくれていると。
以来この「お天道様は見ていてくれている」、人生何が幸いし、何が災いするかわからない、とにかく前に向かって進んでいくしかない、どうせ生きるなら何事もポジティブに捉えて進んでいこうというマインドセットが筆者の原点になっていることに気づきました。
ちなみに、StrengthFinderという自分の特性を診断するツールがあり、筆者の上位2つの強みはPositivityとStrategicでした。コンサルタントはクリティカルに物事を捉える特性をもっているケースが多くPositivityが上位にきている人はかなりレア種です。
「髪の毛が後退しているのではない。私が前進しているのである」というソフトバンクグループの孫正義さんの言葉は私の座右の銘です(孫さんと割と似たヘアスタイルでして)。
40歳までの半生を振り返ってわかったこと
これまでの半生の振り返りで出てきた示唆は以下の3つで、何か人生をかけてやり遂げたいことを見出せれば、それをやり切る素養はあるのではないかという〝根拠のない自信〟でした。
これまでは他力本願・結果オーライ人生。これからシフトしないとヤバい。走高跳であれだけの情熱をもてていたことを思い出せ。自分の根っこに熱いものはある(たぶん)。人生かけてやり遂げたいことを見つけ出せば、前を向いて突っ走るのみ。人間万事塞翁が馬!
リード・ザ・ジブンの実行
自分の半生をこうやって振り返った後、静かな時間をとり、「自分は一体何を人生で成し遂げたいんだろうか」ということを深く自問自答しました。
行きついた結論は、〝人〟でした。
先に述べた「戦略の質と成果のパラドックス」は戦略コンサルとして一番忸怩たる思いをもっていたところであり、これを打破できるのは戦略実行の担い手である人を変革するしかないという結論に至り、それをライフワークにしようと思いました。
成果を出す力を、属人的・アートの世界のものから、再現性あるものに科学することによってもっと大きなクライアント・インパクトを出したいと。
これは戦略コンサルタントの世界での志でしたが、自分に何だかしゃきっとしたバックボーンができたような気がしました。
BCGの組織プラクティス責任者に
以来、BCGでは人と組織の変革をミッションとする組織プラクティスに積極参画し、日本の責任者を務めました。
当時はBCG全体としても戦略特化からもっと広範な経営トップアジェンダに対応できるファームに変革する”GoNorth”のディレクションにしたがい機能軸を強化していました。組織プラクティスはその新たな基軸のひとつでした。
これまでBCGになかった戦略構築とその担い手である次世代リーダー育成・役員意識行動改革を組み合わせたプロジェクト(これは4年間継続し、当時のマネジャーだった門下生の何人かが今では役員になっています)が契機となり、いろいろな人と組織を変革するプロジェクトを主導し、グローバルでもユニークな取り組みをしていると注目され、BCGを卒業する少し前のワールドワイド・プラクティスミーティングではOrganizationPracticeAwardという名誉ある賞をもらいました。
ファーストリテイリング/ユニクロの人材育成機関の責任者に
元BCGの同僚パートナーで当時ファーストリテイリングの人事担当役員をやっていた友人が、ある日へろっとやって来て「FRMICやってもらえない?」と割と軽いノリでいってきました。
FRMICというのはFastRetailingManagementandInnovationCenterの略で、ファーストリテイリングが2020年に5兆円(今は3兆円になっていますが)を達成しグローバルナンバーワンになるために必要な経営者200名をつくることをミッションとした経営者育成機関です。
柳井正社長が学長でハーバード・ビジネススクールの竹内弘高教授が副学長というなかなかシビれる体制です。
筆者は当初メディアでの報道等の印象から「勘弁してよ」といっていたのですが、一度だけダマされたと思って会ってみてという友人の言葉にほだされ、柳井正という人への好奇心も手伝って会ってみることにしました。
お会いしてみて電流が走ったようにビビッときてしまいました。
「服を変え、常識を変え、世界を変えていく」というファーストリテイリングのミッションを達成しようとする柳井正という人の本気度がひしひしと伝わり感動してしまい、コロっとやられてしまったのです。
グローバルナンバーワンを目指すファーストリテイリング/ユニクロでその担い手となる経営者人材育成にチャレンジすることは自分の志のど真ん中の仕事であり、柳井社長の下でちゃんとやっていけるんだろうかという不安はもちろんありましたが、志実現に向けて前に進むしかないと戦略コンサルを離れて、「経営者を育成する経営者実務」を行なうポジションに就くことにしました。
以降、柳井社長に怒られまくりながらも、4年間非常に濃いいジェットコースターのような日々を過ごし、人生の宝となるような多くのことを学びました。くわしくは第3章「ユニクロで人材育成機関の責任者をやってみた」で述べています。
アクセンチュアの人材組織変革プラクティスのジャパン全体の責任者に
筆者の志のど真ん中のファーストリテイリングでの4年間の経験は得難いものでした。
しかし、仕事のスタイルとしては、柳井社長がどんどん投げまくってくるボールを、柳井社長の後を追ってあたふたと拾いまくる、リード・ザ・ジブンとはいささか逆のスタイルでした。
こっちが先にボールを柳井社長に投げねばとトライはするのですが、返り討ちにあったり、何倍ものボールが投げ返されてくることもあり、柳井社長のすごさ・パワーを実感しながらも、もっとリード・ザ・ジブンできる環境に身を置きたいというモヤモヤがありました。
そんなときに、ご縁あってアクセンチュアの戦略コンサルティング本部で人材組織変革プラクティス(T&O:Talent&Organization)の責任者を務めることになりました。
入社4カ月後には戦略コンサルティング本部を超えて、アクセンチュア・ジャパン全体をT&Oという機能で横串を刺す組織の責任者を務めることになり、それをOneT&O、、。
アクセンチュアではデジタル・トランスフォーメーションにおける人材組織変革という最先端で刺激の多いプロジェクトを多く経験できました。その中の肝・差別化要因となったのが「リード・ザ・ジブン」でした。
デジタルビジネス・組織の立ち上げ、デジタル人材戦略(獲得・育成・リテイン)、デザイン思考の導入、RPA(ロボティクス・プロセス・オートメーション)を使った新たなBPR(業務改革)等そしてそれらの変革を主導するための経営トップチーム/ボードの意識・行動改革等において、自分事化(脱やらされ感)をいかにするか、変革をリードする強い絆をもった強いチームをいかにつくるかにおいてリード・ザ・ジブンをプロジェクトに組み込み、自分でも驚くような成果とクライアント・バリューを創出することができました。
このようなアクセンチュアでの経験を通じて、リード・ザ・ジブンの方法論がブラッシュアップされ、成果のたしかな手応えを感じるようになり、これこそが自分がやりたいと40歳のときに定めた人の変革の具体的な解ではないかという思いを強くしました。
異業種交流リード・ザ・ジブン・キャンプ
特にその中でも私の背中を押す経験となったのが、これまで各日本企業の中で育ち、内弁慶になってしまっている将来を担うマネジャークラスを、異業種交流を通じて真剣に切磋琢磨させ、脱皮させようという〝脱内弁慶〟を標榜した異業種交流研修「リード・ザ・ジブン・キャンプ」です(これについては後でくわしく述べます)。
たまたま大学の陸上部の先輩がサントリーの人材開発の責任者を務めておられ、マネジャークラスの異業種交流研修を今度はじめてやるので、手伝ってもらえないかといわれました。
〝研修〟という形で単独でやることはこれまでなかったのですが、先輩のいわれることに、NOとはいえませんので(笑)、お引き受けしました。
先輩と二人三脚でプログラムの構築と参加企業の獲得に真夏に奔走し、日本を代表する10社(2019年参加企業はKDDI、サントリー、JTB、資生堂、東京海上日動、東急、日本航空、パーソナルキャリア、パナソニック、みずほフィナンシャルグループ〈五十音順〉)に参画いただき、第1回異業種交流研修をスタートさせることができました。
はじめての試みで手探りの中、自分事化をより深めるためにEGAKUワークショップを組み込んだり、日本独創経営コンセプトというわけのわからないハイレベルなことを考えろという無茶振りの球を投げたり、ラウンドロビンというデザイン・シンキングで使っている参加者同士が建設的ないちゃもんのつけ合いをするというフィードバックのやり方を入れ込んだりと、いろいろな新しいことにトライしました。
この私の思いに、リード・ザ・ジブンで自分事化と強い絆をつくった参加メンバーが超前のめりの真剣勝負で応えてくれ、各グループでもがき苦しみ、紆余曲折しながらも驚くほどの熱意で経営構想の立案を行なってくれました。
最終報告では、スポンサーの人事部門の方がこんな提言見たことないといわれるくらいの質の高い経営構想が魂込めてプレゼンされました。
あるグループは人事担当役員や部長がいる前で、自分たちは本当にこの構想を実行したいので休職させてくれと「休職願」を出すほどの自分事化をしてくれました(図表2‐3)。
実質たった2カ月の1泊2日×3回の合宿研修でここまでの自分事化ができるのかと感激で涙が出てしまいました。
この研修は現在ではリード・ザ・ジブン・キャンプという名前に進化し、3年目を迎えています。
リード・ザ・ジブンアゲイン──起業してみる
このような手応えある経験を積み重ねていたある日、朝シャワーを浴びていたら、「組織を離れて自分の本当にやりたいことにフォーカスしてみたらどうか?」ということが、天啓のようにひらめきました。
マザー・テレサが「すべてを捨て、最も貧しい人の間で働くように」という天啓を受けたように、筆者にも突如降りてきたのです(大袈裟ですみません)。
朝シャワーを浴びているときは私にとって〝Aha!モーメント〟がたくさん起きる時間なのですが、これは人生最大の「Aha!」かもしれません。
起業というのはキャリアの選択肢としてはほとんど考えたことはなかったのですが、キャリアの最後の仕上げに、組織の制約から離れて自分のやりたいことだけをやるのも悪くはないかもしれない、自分の内なる声に正直に生きよう、と思い立ち57歳にして起業という無謀な挑戦をしようと決めました。
会社の名前はUNLOCKPOTENTIALにしました。
リード・ザ・ジブンを通じて、日本企業のもつ人と組織のポテンシャルを解き放って、日本企業が再び世界に輝くことに少しでも貢献したいという思いを込めました。
UNLOCKPOTENTIALLeadYourself,UnlockPotentialofTalent&Organizationこのように40歳で野田さんに脳天をガツンとやられて、半生を振り返り、大学卒業してからの18年間がいかに志をまったくもたない他力本願・結果オーライ人生だったかを思い知り、リード・ザ・ジブンをしてから、奇しくもちょうどまた18年目にもう一度リード・ザ・ジブンをしてしまったことになります。
次の18年後は75歳に3度目のリード・ザ・ジブンするかもしれません(笑)。
リード・ザ・ジブン方程式
これまで述べてきたように、リード・ザ・ジブンというのは、筆者が40歳で野田さんに脳天をガツンとやられて半生を振り返り、その中から自分が人生で大切にしていることや自分の根っこにある考え方・価値観を深く洞察して、そこから自分が本当にやりたいことは何なのかという志を紡ぎ出した原体験がベースになっています。
ここからは、リード・ザ・ジブン方程式として、具体的なリード・ザ・ジブンするためのアプローチについてお話しします。
図表2‐4にある通り、リード・ザ・ジブンを行なうための2つの要素は「自分事化」と「絆づくり」です。
自分事化
自分事化とは深い自分自身への内省(ディープダイブ)を通じて、自分が一体何者で、何を人生において成し遂げようとしているのか、会社・チームにおいて何を実現しようとしているのかを明らかにし、それに向かう覚悟をもつことです。
普段忙しい日々を送り、目の前の仕事をやっつけることで汲々としていると、なかなか自分自身を内省する時間はありません。ふと気づくと自分の志が何かもわからないまま10年、20年の時間が経ってしまっていたという筆者の40歳までの人生のようになってしまいます。
絆づくり
「絆づくり」とは、チームメンバーの間に強いエモーショナルな絆をつくることです。自分ひとりだけがリード・ザ・ジブンをして自分事化できたとしても、ひとりでできることは限られています。チームぐるみでリード・ザ・ジブンする必要があります。
深い相互理解と互いのリスペクト、そして明確なチームとしての志があり、その実現のために犠牲を払ってでも邁進していけるONETEAMとしてのマインドセットをもった状態です。
ラグビーのワールドカップの日本代表チームのようなチームがつくれたらすごいと思いませんか?すごい成果が出せると思いませんか?どうやってエモーショナルな絆をつくるかというと、チームメンバー各人の人生とその背後にある価値観、心の深層にある思い、志といった、かなり気恥ずかしい、時には青臭いものを共有します(飲みに行ってもこんな話はしないと思います)。
人は気恥ずかしいものを共有することで、一気に心理的な距離が縮まり、互いのためになんでも言い合える切磋琢磨の関係性を築くことができます。
これまで互いに相手のことがよくわからず遠慮していたのが、この人のためになるならとあえて厳しいこともいう、自分の領分ではないことでも、ここをこうしたらもっとよくなるというアドバイスをするというような関係性ができます。
自分事化と絆づくりを行なうための三種の神器
それを行なうためのツールとして、「人生曲線」「EGAKU」「MyAspiration」の3つがあります(これを筆者は勝手に三種の神器と呼んでいます)。
最高にがっつりやる必要がある場合には、この3つをすべて同時にやります。丸一日かかりますが、自分事化してチームとしての絆をつくる効果は絶大です。
先に紹介した異業種交流リード・ザ・ジブン・キャンプでは、初日にこの3つをガツンとやります。
たった1日で初対面同士のメンバーが夕方の懇親会では「なんなんですかこの人たちは?うちの社員以上に仲がいいです」と研修センターを提供してくださったサントリーの人にいわれるほどになります。
それが起点になり、かんがく・切磋琢磨をしながら、魂のこもった経営構想の提言につながっていきます。
時間的に制約があるケースでは、「人生曲線」+「MyAspiration」でスタートし、最後の実行決起大会で「EGAKU」ワークショップをやり、メンバー各自が実現への思いを絵にして、それを共有することで改革実行に向けた大きなうねりをつくるパターンもあれば、最初に「EGAKU」+「MyAspiration」でスタートするケースもあります。
この三種の神器「人生曲線」「EGAKU」「MyAspiration」についてもう少しくわしくお話しします。
人生曲線
人生曲線とは、横軸に幼少期からの現在までの時間軸、縦軸にモチベーションのレベルをとり、自分のモチベーションが人生のさまざまな局面で、どんな変化を遂げてきたのかをプロットし、モチベーションのアップダウンの要因となったイベントや出来事を書き込んだものです。
描き方たまに、縦軸のモチベーションレベルはどんなモノサシではかればよいかという質問をしてくる人がいますが、あくまで自分の主観で結構です。絶対的なモノサシはありません。
人によってはアップダウンが超激しい人がいますが、話を聞いてみると他のゆるやかなアップダウンの人と経験した内容的には大して変わらないケースもあれば、本当に大変な経験をしてそこから大逆転復活をしているケースもあります。
無理に各人のスケールを合わせる必要はありません。中に書き込むイベント・出来事は、自分の人生の節目になったことをプロットします。特に人生曲線の頂点とボトムの部分でどんなことがあったのかがポイントになります。チームで共有せず自分だけで人生曲線を描く場合は洗いざらいすべてを出し切って書いてみてください。
チームで共有する場合は、可能な限り自己開示・カミングアウトしてもらうのが相互理解・リスペクトを醸成する上では有効だと経験的に感じていますが、大きな精神的負担になると感じることについては開示する必要はありません。
内省のポイントそして一番大切なのは、こうやって描いた人生曲線を眺めてみて、それぞれの変曲点における自分を思い出すことです。そして、その状況における自分の気持ち、「何をモノサシにして、どうしてそのような意思決定・判断をしたのか?」「モチベーションが上がった理由、下がった理由は何か?」を振り返ってみます。
そうした振り返りの中から自分は一体何でできているのか?人生で何を大切にしてきたのか?が浮かび上がってきます。浮かび上がってきたことをノートに書き溜めて言語化しておきます。ここで無理に、では自分のやりたいこと、志は一体なんだろうということまで考える必要はありません。頭の中で寝かせておきます。
外山滋比古氏が『思考の整理学』でいっているように人生を振り返ってわかったこと・気づいたことをインプットしたら脳の中でしばらく寝かせておけば、脳内でシナプスがつながり、「Aha!」という天啓みたいなものが、そのうちにやってきます(たぶん)。
たとえばどのように人生曲線を使って考察するのかを、筆者の人生曲線を例にとって解説します。図表2‐5がここまで説明してきた要領で描いた筆者の人生曲線です。
まず、マクロ・ビッグピクチャーでの振り返りを人生曲線をまず俯瞰してみて、前述したように筆者の人生は、大学卒業から40歳までの他力本願・結果オーライ人生と野田さんに脳天をガツンとやられてからの志ドリブン人生の2つの大きな塊があり、その前にインターハイ出場を目指して走高跳に没頭した少年期の3つがあることがわかりました。
個々の事象にとらわれすぎると全体像が見えなくなるので、いったん、このように全体として大きくどんなステージを経て今の自分があるのかを考察するのが大切です。
40歳のときに描いた人生曲線は40歳以降の右半分がないものでしたが、そのとき出てきた示唆は前に述べた通り、以下の3つでした。これまでは他力本願・結果オーライ人生。これからシフトしないとヤバい。走高跳であれだけの情熱をもてていたことを思い出せ。自分の根っこに熱いものはある(たぶん)。
人生かけてやり遂げたいことを見つけ出せば、前を向いて突っ走るのみ。
人間万事塞翁が馬!ミクロレベルでの振り返りいったん大きな自分の半生をこのようにビッグピクチャーレベルで振り返り、その上で各ステージにおけるイベント・出来事を振り返る中で、自分の大切にしているものを考察・抽出します。
筆者はミクロレベルで、自分が戦略コンサルタントとして何を大切にしていたかを振り返りました。最初に思い浮かんだのは自分事化ということです。
私がコンサルとして駆け出しのころに一番大きく成長したなと実感したのは、アーサー・D・リトル(ADL)で梅田望夫さん(『ウェブ進化論』『シリコンバレーは私をどう変えたか』の著者で、当時ハイテク業界コンサルの第一人者)のプロジェクトでした。
当時駆け出しコンサルで、プロジェクトではいわれたロールをこなすことに汲々としていました。労働時間が長い割には、考えることにはあまり時間を使っておらず、これがコンサルタントの仕事なのかと疑問を感じたこともありました。
そんなときにアサインされたのが梅田さんのプロジェクトでした。当時米国のゴア副大統領によって提唱されていたNII構想の日本版提言というかなりデカいテーマだったのですが、無責任というくらい任されました。
論点も仮説も自分でつくり梅田さんのところにもっていって議論・ブラッシュアップ。ひとりで米国に行って政府の要人にインタビューもしました。
梅田さんのプロジェクトではなく、「自分のプロジェクトだ!」というオーナーシップを強くもって、自分の後ろには誰もいないんだというマインドセットで挑みました。
最終報告も私メインでプレゼンさせてもらったのですが、非常に高い評価を得て、はじめてコンサルタントとしての醍醐味を感じました。
今リード・ザ・ジブンなどという本を書いていますが、私の原体験はこの梅田さんとのプロジェクトでの成功体験があったことに振り返りを通じて気づきました。
もうひとつはクライアントの笑顔です。プロジェクトでは楽しいこともたくさんありますが、つらいこともたくさんありました。
BCGのコンサルタント時代、〝これはごみです〟と某パートナーにスライドを破られてゴミ箱に捨てられたこともあります(昔は〝焼かれる〟という言葉がありました。今はこんなことはないと思いますが)。
つらいとき私はクライアントの笑顔を思い浮かべることにしていました。
「これは面白いね!」と提言に乗ってきてくれる笑顔。成果が出てともに喜び合う笑顔。出世されて少し照れながらの笑顔。そして、一番心を動かされたのは、あるクライアントの信頼回復プロジェクトだったことを思い出しました。
あるクライアントはコンプライアンス問題で行政処分をくらい会社存続の危機に直面していました。
数度の役員合宿で徹底反省と真因の抽出を経て、最終合宿では役員全員が今後2年間で同様のことが起こったら責任をとって辞めますという辞表を社長に提出するほどの真剣勝負のプロジェクトでした。
社員全体会議で数千人の社員を前に私も話をさせてもらい、思い余ってちょっとエモーショナルに話してしまったのですが、その夜にプロジェクト責任者だった部長から電話がかかってきて「宇佐美さん、ありがとう。これでうちは本当に変わると思う」と泣きながらいわれていました。
こっちも泣いてしまいました。こんな瞬間がコンサルタントをやっていて本当によかったと思える瞬間です。ちなみに、このクライアントは無事信頼回復を果たし、再び攻めのステージに入っています。
上司のために仕事をしているのではなく、クライアントのために仕事をしているのだという思いは、働き方自体を変える原動力にもなりました。
クライアントのために本当になるかどうかのレンズで自分のやっている仕事を見るようになると、そう思えるものはどんなに大変でもやり切り、そうでないと思うものは上司と戦うようになりました。
クライアントの笑顔は仕事の優先順位を決める軸にもなったのです。ちなみに、私は自称、あげまんコンサルタントです。これまでプロジェクトをご一緒したクライアントがたくさん出世されています(優秀だからプロジェクトリーダーやメンバーに選ばれているという要因ももちろん大きいですが)。
お手伝いをしたプロジェクトでクライアントが成果をあげて出世されるのを見るほどうれしいことはありません。
知り合った当時課長だった方が、経営企画担当役員や常務になったり、2年間の〝フルモデルチェンジ〟のプロジェクト道中、取締役だった方が常務、そしてプロジェクト終了時には社長になられて、お祝いの宴席の場で、これもBCGさんのお陰だといっていただいたことは今でも心に残っています。
また、2年がかりで問題事業の筋肉質化・黒字化を達成した事業トップの専務から「思ったよりも時間はかかったけど、これも宇佐美さんのお陰やで」といっていただいた言葉も私の宝物のひとつになっています。
クライアントの笑顔と一緒に成長できることはコンサルタントとしての最大の喜び・醍醐味だったというようなことも振り返りの中で鮮明に蘇ってきました。
振り返りを脳にインプットし熟成このようにミクロレベルでの鍵となった出来事を思い出し、振り返るプロセスの中で、自分の根底にある価値観があぶり出されてきます。
これで一足飛びに〝志〟までいくのでなく、前述したように、脳にインプットし熟成する時間をとるほうが有効(より深いものがアウトプットされる)だと経験的に感じています。
リード・ザ・ジブンのワークショップにおいても、人生曲線のワークは事前の宿題として、静かな時間をとって事前に自分自身と向き合うようにしてもらっているのも、脳にインプットして熟成する時間をとるためです。
人生曲線の共有・相互フィードバックこのように人生曲線を通じて自分自身と向き合い深く内省したら、次のステップとしてチームメンバーで人生曲線のシェアをします。
5~6人のグループをつくり、その中でシェアするのが一番時間対効果が高いように思います。シェアの要領はシンプルです。
ひとりが自分の人生曲線の説明を行ない、それに対して他のチームメンバーが説明を聞きながら感じたこと(「この人はこんな人だ!」「こんなことを大切にしている!」等々)をポストイットに書き込んでいき、説明が終わったらポストイットをその人の人生曲線に張りながらコメントしてフィードバックします。
実際にやってみないと実感するのは難しいかもしれませんが、他者に自分の半生を共有し、フィードバックをもらうことのチームビルディングへの効果は絶大です。
まず、知っているつもりだった同僚や部下がこんな人生を歩んできたのかということに対する驚きと、それを自分が大して知らなかったという自省の念です。
飲みに行ってもその人が幼少期からどんな人生を歩んできたのかなんて話はまずしないですし、聞いてはいけないのではないかという遠慮も手伝って、知っているようで知らないのが同僚や部下なのです。
心理学の調査に、相手のことを知れば知るほど相手に対する好感度は高まるという調査結果がありますが、まさにその通りの効果があり、心理的な距離があっという間に縮まります。
たとえば、ファーストリテイリングで人生曲線のシェアをやったときに、同僚役員が実は大学院の博士課程でサルの研究をしていて、ビジネスの世界に入ることなんて考えていなかったのに、ある事情でグローバルトップの消費財メーカーで働くことになり、ご縁があってファーストリテイリングに来ることになったという話や、音楽が好きでこっそりYouTubeに自分の演奏をアップしていたことがカミングアウトされ、役員全員でそのYouTubeを見たりということがありました。
その人の人生の物語・エピソードを知ることを通じて、単に仕事におけるその人を超えて、多面的にその人を理解できた気になり親近感が一気に高まります。
今では2人ともファーストリテイリングを卒業してしまいましたが、いまだにおつき合いをさせていただいています。人生曲線のシェアを通じたその人に対するリスペクトと興味が根底にあるような気がします。もうひとつはフィードバックによる自己肯定効果です。
ワークショップで実際にやってみてどうだったのかを聞くと必ず出てくるのが「こんなに自分の人生に対してポジティブに元気づけられることを真剣にいってもらったことはこれまでなかった」というコメントです。
ポジティブなことを探すようにというインストラクションは一切しませんが、その人のこれまで歩んできた人生を知り、それに対するリスペクトがあると、自然にフィードバックコメントはポジティブなものになります(もちろん中には建設的な厳しいフィードバックもありますが)。想像してみてください。
自分自身でさえちゃんと振り返ってこなかったちっぽけで平凡だと思っていた自分の人生に対して、他人が真剣に耳を傾け、真摯にフィードバックをしてくれる、しかも元気づけられるポジティブなコメントをしてもらえたら、自分がどう感じるかを。
人生曲線のシェアを通じて自己肯定感が高まり、夢物語だと思っていた〝志〟も実現できるのではないかという〝根拠のない自信〟(これは非常に重要だと筆者は考えています)が醸成されることにつながります。
EGAKU
EGAKUは、アートの新たな可能性を模索して2001年にアーティスト谷澤邦彦氏(邦さん)とプロデューサー長谷部貴美氏(貴美さん)によって創立されたホワイトシップの提供するユニークなコミュニケーション・アートによる人材・組織変革手法のことです。
邦さん、貴美さんに出会ったのは2008年、倉重英樹さん(元日本IBM副社長、元日本テレコム社長、現シグマクシス会長)の今まで日本になかったコンサルティングモデルを立ち上げるビジョンに共鳴し、筆者がシグマクシスに参画したときでした。
パートナー合宿ではじめてEGAKUワークショップを体験し、これは人のかなり深いところ(深層心理)までディープダイブする面白い手法だとビビッと来ました。
邦さん、貴美さん、そしてシグマクシスサイドでは、斎藤立さん、木川瑞希さん(現春水堂の社長)たちと試行錯誤を重ねながらオファリングをブラッシュアップし、ついに初のEGAKUプロジェクトが売れました。
一部上場企業の経営チームで起こったこと初クライアントになってもらったのは関西の一部上場企業でした。
当時の厳しい経営環境を生き残るためにはタコツボ化している(部門の利益代表になっている)役員の意識行動改革を行ない、全社視点での新たな改革の打ち手が必要だという社長の問題意識を背景にEGAKUワークショップを実施することになりました。
「しらふでパンツ脱がされましたわ」ワークショップ当日、経営会議メンバー全員が集まりましたが、ナンバー2の専務の顔がもう怒っています。
ワークショップ開始前には、「何でこの歳になって絵描かなあかんねん」と聞こえよがしの大きな声で空気がピリピリした中、初の企業向けEGAKUワークショップが始まりました。
貴美さんの巧みなファシリテーション(別名おじさんあしらい)と邦さんのユーモアあふれるEGAKU手法の説明で場の雰囲気がこなれてきて、全役員がすごい集中力でEGAKUワークに取り組み、私も一緒に描きました。
各役員の作品をシェアし、各役員が相互にフィードバックし合い、その作品を描いた背景にある思いを吐露しました。
役員一人ひとりが会社のことを心底思い、愛情をもっていること、この人がこんな思いをもっていたのかという驚きとリスペクトが入り交じり、会場にはすごいエネルギーが満ちあふれてきたのを肌で感じ鳥肌が立ちました。
ワークショップの最後の振り返りで、怒っていたナンバー2の専務がこんなことをいわれました。
「いやあ参りました。しらふでパンツ脱がされましたわ。今まで何十回と経営会議で議論はしてきた人たちですけど、知っているようで実は何も知らなかったということがよくわかりました。みんながこんなに強い会社への思いと情熱をもっているとは。皆で力を合わせたらこの難局も乗り切れると思います」
後日、社長からこんなコメントをもらいました。
「経営会議の議論の質が抜本的に変わった。以前は部門の利益代表として部門の利益を守るために汲々としていた役員が、全社経営者の立場で発言することが多くなった。またこれまで遠慮して他部門のことに口出しする役員はほとんどいなかったが、結構よその部門のことに口出しをするようになった。EGAKUは、正直いうと最初は海のものとも山のものともわからず半信半疑だったが、やってみて本当によかった」
そしてEGAKUワークショップ後にとりまとめられた新たな戦略を中期経営計画(中計)として浸透させるために社長自身も行動変革をし、全社を行脚し社員との直接対話を通じて中計の社員への腹落ちを図りました。
その社長の傍らにはEGAKUワークショップでの役員の作品のポスターがいつも置かれ、EGAKUワークショップで起こったことを話の起点に経営の本気度が伝えられました。
同社は厳しいリストラを乗り越え、グローバル戦略、M&A戦略を含む新たな基軸で再び輝きを放っています。
EGAKUワークショップEGAKUワークショップは半日4時間程度のワークショップで、最初に邦さんの作品の鑑賞ワークをやり、普段アートになじみがない人たちの心理的なバリアを取り除きます。
そして、実際にEGAKUワークを通じて、あるテーマについて、自分の内なるものをディープダイブし、折り紙の大きさの紙にパステルで絵にします。
そして互いの作品を相互に鑑賞・フィードバックするという比較的シンプルなものです。絵に上手いも下手もありません。右脳で自分の深いところにあるものを心のおもむくままに描くことがポイントです。左脳で考えてしまうと、浅い予定調和的な絵になってしまいます。
筆者が最初描いた絵は、矢印や星が入ったかなり左脳的ないかにもコンサルが描いた的な絵で、思いはこもってはいたのですが、もっとディープダイブが必要でした。
こういう絵は描かないほうがよいですと反面教師的にワークショップではいっています。作品を共有し、相互フィードバックする際の学び・気づきとしてよくあげられるのは、自分の知らなかった一面を他者が発見してくれたということです。
右脳で深層心理まで潜って描いた作品には、自分でも気づかない自分が含まれていることが多く、「あー、たしかにそういう一面あるかも」と新たな自分の発見があります。
もうひとつの作品の共有・相互フィードバックの効果は、人生曲線のときと同様の自己肯定感の増幅・チームとしての絆構築効果です。
自分の思いを込めて描いた絵を他者が真剣に鑑賞し、そこから見出される意味を真剣に洞察してくれるプロセスにおける相手への感謝・リスペクトの念、そしてフィードバックされたポジティブな前に進む勇気を与えてくれるコメントを通じて、ありのままの自分をベースにしたリーダーシップ(=オーセンティックリーダーシップ)でいいんだという自己肯定の増幅効果が確実にあります。
MyAspiration
リード・ザ・ジブンの最後の仕上げはMyAspirationへの結晶化・言語化です。「いきなりあなたの志は何ですか?」と聞かれてもなかなか答えられなかったり、ふわっとした表面的なものになりがちです。
アリストテレスの3要素そこで、志を考えてもらいやすいように、アリストテレスが人を説得する3要素といっていたものをリーダーシップの3要素として再編成し、ETHOS(信念)、LOGOS(専門性)、PATHOS(共感)の3つについて、まず考えてもらいます。
ETHOS(信念)あなたは何が自分の人生のゴールへ導くと信じていますか?信念を教えてください。
LOGOS(専門性)あなたならではの基軸はなんですか?どのような人物として覚えてもらいたいですか?
PATHOS(共感)あなたは他の人・世の中にどのような価値を提供したいと考えていますか?
人生曲線、EGAKUからの示唆も掛け合わせるそれまでに人生曲線、EGAKUで自分の半生や深層心理にまでディープダイブして感じ取った自分が大切にしているものが、脳内にインプットされ熟成していますから、そこで考えたこと、感じたこともフルに踏まえて考えてみてください。
普段の生活でほとんど考えたことのないものばかりですから、時間はしっかりとってください。
志・アスピレーションに落とし込む
そして最後にMyAspiration(志)を言語化します。
あなたが人生で実現したいことは何か?あなたが会社という場で実現したいことは何か?ETHOS(信念)、LOGOS(専門性)、PATHOS(共感)の考察、そして人生曲線、EGAKUの示唆するもの。
それらを脳にすべてインプットして、静かに自分の心の声を聞いてみてください。左脳だけでなく、右脳も使い、全身全霊で自分と向き合ってみてください、答えはそこにあります。
MyAspirationの共有・相互フィードバックプロセスの進め方は基本的に人生曲線、EGAKUでの共有・相互フィードバックと同じです。
ホワイトボードに人生曲線を上に、MyAspirationを下に貼って、各メンバーがMyAspirationの説明を行ない、各メンバーがポストイットにコメントを書いてフィードバックしていきます。
MyAspirationの共有・相互フィードバックにおける効果は、人生曲線、EGAKUと同様の自己肯定感の増幅効果もありますが、Aspiration(志)にまで結晶化されてくると、Aspiration(志)そのもののレベルはそれでいいのかという切磋琢磨効果と、志を実現するんだという覚悟の後押し効果が大きいです。
これまで人生曲線とEGAKUを通じてその人の内面理解が進んでいるので、単に志を肯定するというよりも、あなたはこんな人なんだからこんなちっぽけな志ではいけないのではないか、というような建設的なフィードバックが出てくるようになります(切磋琢磨効果)。
さらには、志の実現に向けて勇気・激励をされるコメントで、これを本気でやり抜こうという覚悟にもつながってきます(覚悟後押し効果)。
二重螺旋構造で自分自身と仲間を触発し合うこれまで解説してきたように、「自分事化」×「絆づくり」を人生曲線、EGAKU、MyAspirationの三種の神器を使って行なうのが、リード・ザ・ジブン方程式です。
この3つを重層的に行なうことで、図表2‐6に示したようにDNAの二重螺旋のようにスパイラルで、自分と仲間・チームメンバーが相互触発しながら「過去最高の自分を育て、仲間を育て、最強チームをつくる」のです。
それでは次に実際にユニクロの人材育成機関の担当役員としてどのように「過去最高の自分を育て、仲間を育て、最強チームをつくる」ことに取り組んだのかをお話しします。
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