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第4章自分を変え、組織を変える──実践のTips

目次

第4章自分を変え、組織を変える──実践のTips

「過去最高の自分を育て、仲間を育て、最強のチームをつくる」要諦10カ条

前章で、ユニクロがいかに『経営者になるためのノート』を起点にしながら「過去最高の自分を育て、仲間を育て、最強のチームをつくる」ことを実践してきたかについて話をしました。

経営の原理原則は古今東西普遍という柳井社長の言葉通り、ユニクロの実践してきたことは読者の皆さんの会社にも、ほぼそのまま通用するやり方だと思います。

それを要諦10カ条として図表4‐1の通りまとめてみました(〝柳井社長に怒られる〟以外は図表3‐10と同じです)。

このWHATの中身については、前章でのユニクロの実践事例でイメージは湧くと思いますので、ここで繰り返し説明することはしません。

本章では、このWHATを皆さんに実践してもらうためのTips(HOW)について、自分を変えるということと組織を変えるという2つの観点から、どんなことに気をつけて実践していけば、うまくいくかについてお話ししたいと思います。

自分を変える4つのTips

静かな時間をとり、ジブン・チェンジ・プランをつくる

自分の志をはっきりさせ、それを実現するんだという覚悟をもつことがリード・ザ・ジブンの出発点ですが、普段目先の仕事に追われていると志なんて考える余裕はないと思います。

筆者は40歳のときにISLの野田さんに脳天をガツンとやられ、それを契機に自分の内なる声を聞こうと思いました。

本書が皆さんにとっての〝野田さん〟になり、皆さんをインスパイアすることがここまで読んでもらい多少でもできたなら、実際に自分の内なる声を聞くアクションを起こしてください。

具体的には、週末などに自分ひとりの静かな時間を半日とり、自分と向き合ってみてください。

第2章のリード・ザ・ジブン方程式「自分事化」編(図表4‐2)の人生曲線とMyAspirationの2つは少なくとも実践してください(EGAKUことにもチャレンジしてもらえたらさらに効果はアップします)。

人生曲線を描く──マクロとミクロのレベルで振り返る第2章の人生曲線のパートで説明した要領で、自分自身の人生曲線を描いてください(図表4‐3)。

そして、筆者の人生曲線を題材に、どう振り返るかの例示をしているので参考にしてみてください。

まずやってもらいたいのは、自分の半生全体を見渡して、マクロレベル・ビッグピクチャーで俯瞰してみると、どんな示唆があるのかを、自分なりに考えてみることです。

筆者の場合は、半生を振り返ってみて、以下の3つの示唆がありました。

これまでは他力本願・結果オーライ人生。

これからシフトしないとヤバい。

走高跳であれだけの情熱をもてていたことを思い出せ。

自分の根っこに熱いものはある(たぶん)。

人生かけてやり遂げたいことを見つけ出せば、前を向いて突っ走るのみ。

人間万事塞翁が馬!そして、ミクロレベルで人生の出来事を振り返り、自分が何を大切にして生きてきたのか、自分は一体何でできているのかを深く考えてみてください。

筆者のミクロレベルでの考察で出てきた、筆者が戦略コンサルタントとして一番大切にしてきたものは、突き詰めると2つでした。

自分事化クライアントの笑顔(=あげまんコンサルタント)このような自分の半生の振り返りを通じて、自分が本質的に大切にしていることは何なのかをディープダイブしてみてください。

MyAspirationとして言語化する自分の人生曲線を通じて、自分が人生において本質的に大切にしていることがはっきりしてきたら、それを第2章で説明したMyAspirationのフレームワーク(図表4‐4)を使って、リーダーシップの3要素と志に言語化してください。

漠然と考えるのでなく、紙に言葉として落とすことにより、自分の思いがより結晶化されてきます。

普段考えたことのないような問いに最初は面食らうかもしれませんが、今まで数多くのワークショップをやってきましたが、書けなかった人はひとりもいません。

それどころか、自分でもビックリするくらい深いところから自分の思いが出てきたという人が多いです。

人生曲線での振り返りが頭の中にインプットされ、熟成され、静かな時間の中で自分と向き合うと自分の内なる声が聞こえてきます。

ジブン・チェンジ・プランをつくる志が定まったら、その志に至るために何をやっていくのかの自分を変えるための基本戦略=ジブン・チェンジ・プランを考えます(図表4‐5)。

ありたい自分まず考えるべきは、ありたい自分です。

自分の志実現のためには、どんな自分でありたいのかを考えてください。

ユニクロの若林さんの〝最高にカッコいい自分〟はまさに、このありたい自分そのものです。

もうひとつ重要なのは、何歳でそんな自分になっていたいかの時間軸を明確に定めることです。

漠然といつかはと考えていては、永遠にそんなものは実現できません。

現状の自分次にそのありたい自分に対して、現状の自分は一体どうなのかを考えてみてください。

人生曲線での振り返りはよい材料を提供してくれます。

また、StrengthsFinder等の自己の特性を分析するツールは世の中にたくさんありますので、そういったツールで自己診断してみるのもよいと思います。

このジブン・チェンジ・プランをつくる上で大切なことが2つあります。

ワクワク感と具体性です。

リトマス紙はワクワク感ここまでのプロセスで、ワクワク感をもし感じられなかったら、志やリード・ザ・ジブン・プランがまだ教科書的・表面的なものにとどまっている証左です。

こんな志を、こんな自分になって、こうやって実現できたら、どんなに素晴らしいだろうと心底思えるとワクワク感が必ず湧き上がってくるはずです。

もし、ワクワク感が感じられないなら、人生曲線の振り返りからやり直したほうがいいです。

具体性具体性がないものは実践できません。

志の具体的なイメージをはっきりもたない限り、そこに至るプランは具体的なものにはなりません。

ワクワク感を感じ、本当に実現したいと思うなら具体的に落とし込み、アクションを起こせるものにしないと、永遠に絵に描いた餅のままで終わってしまいます。

【コラム】宇佐美家の子供たちのリード・ザ・ジブン

筆者には3人の子供がいます。

28歳(男)、22歳(女)、10歳(男)です。

幸いなことに同じ奥さんです(よく聞かれるので先にいっておきます)。

長男は損害保険会社で企業向け商品開発部門に所属し、娘は戦略コンサルタント、次男(チビ)は、ある世界的な少年合唱団の一員としてヨーロッパに住みながら、1年の半分位は公演で世界を旅しています。

長男と長女は、本当にたまたまなのですが、筆者が昔いた会社にいます。

「親父の真似ばかりしてどないしますねん」といってはいますが、子供たちが三人三様にリード・ザ・ジブンをした結果です。

長男──オープンウォータースイミングに熱中していたら損保マンに長男は、幼稚舎から慶應なのですが、幼稚舎の水泳学校で遠泳をやったときの達成感にプチ・リード・ザ・ジブンしてしまい、「オープンウォータースイミングをやろう!」と思ったらしいです。

慶應の高校・大学では、プールではなく海で長距離を泳ぐ葉山部門に所属し、毎年夏になると家よりも館山合宿所で過ごした時間のほうが多かったですし、家にいるときも、毎朝5時には朝練に出ていました。

そんな長男がなぜ保険会社に入ったのかというと、葉山水泳部の主務と体育会本部の幹事を兼務して超大変だったときに深夜にOB向けに活動報告を送ったら、「頑張れ!」というメッセージを送ってくださったOBがいたそうです。

その方が今いる保険会社の当時のCEOで、こんな人がトップを務める会社ならいい会社に違いないと思い、他に投資銀行等の選択肢もあったのですが、父親がいた会社であるということとは関係なく決めたようです。

数年後にはドーバ

ー海峡を学生時代の同志と泳ぐことを計画しているようで、まさにオープンウォータースイミングが基軸となった人生を歩んでいるのが長男です。

実は、長男はボストンで生まれたのですが、小さい時から腸重積に何度もなり、ハーバード大学の小児外科の世界的権威といわれている教授に、これは何かおかしいといわれ、開腹手術をして見てもらったのですが、何も悪いところは見つからず、盲腸だけとったということがありました。

日本に帰ってきてからも再発し、困り果てていたときに東京大学教授で日本赤十字におられた橋都浩平先生に外科的手術をしていただき、それ以来まったく再発もせず、海でトビウオが口に飛び込んできても何十キロも泳ぎ切れるほどの健康な身体となりました。

橋都先生とオープンウォータースイミングとの出会いに心より感謝をしています。

長女──池の鯉を地下鉄で持ち帰った伝説の小学生が戦略コンサルタントに長女は、小さい頃、相当ユニークな子供で色んなことをやらかしてくれました。

一番強烈だったのは、ある日小学校の池の鯉を何を思ったか捕まえて(食べようと思ったらしいです)、新聞紙にくるんで地下鉄で自宅まで持って帰ってきて家内が悲鳴をあげたという事件です。

成人式に小学校で、同級生が集まるお祝いの会で、小学校の担任の先生が「この中に池の鯉を小学生のときに持って帰った子がいましたが、そんな子も立派な成人になりました」といわれ、長女の友人たちは下を向いて笑いをこらえるのに必死だったそうです。

とにかく興味のあることとないことのムラが大きく、小学校低学年で円周率100桁記憶して周囲を驚かせたと思えば、社会の基本的なことをまったく勉強する気持ちがなく、日本銀行のことを〝闇の組織〟といったりして、どうなることやらと親としてはちょっと心配でした。

そんな長女に高校生のときに転機が訪れました。

家内がある日、NHKの『爆問学問』で共感覚がテーマで取り上げられた回を見たときに、思わずこれはまさに長女のことだと叫び、長女のこれまで理解できなかった言動がすべて腹落ちしたそうです。

共感覚とは文字通り、文字に色を感じたり、音に色を感じたり、形に味を感じたりする、ごく一部の人に見られる特殊な知覚現象のことです。

レオナルド・ダ・ビンチも共感覚だったといわれています。

「本当にそうなの?」と思って、東大の共感覚の権威の横澤一彦教授に無理をいって鑑定をしていただいたところ、間違いなく共感覚とのことでした。

そこから共感覚である自分とこれからどう向き合っていくのかを、将来やりたいことと絡めてかなり真剣に考えたようです。

以来、人が変わったように、いくらすすめても見向きもしなかった社会に関する本も読むようになりました(たぶん、日本銀行がなんたるかは今は知っていると思います)。

共感覚から脳科学への興味が芽生え、さらに脳科学のベンチャー企業でインターンをやったことでテクノロジーの可能性にインスパイアされ、それが前からもっていた世界の貧困問題をなんとかしたいという思いと結びつき、テクノロジーの活用を含んだ、これまでとは違う途上国援助のあり方を考えるようになったようです。

大学では雄弁会に入り、そうしたテーマについて議論を交わしたそうです。

アフリカにボランティアにも行きました。

親の心配をよそにタンザニアに3週間飛んでいってしまい、その村に来たはじめての日本人となりました。

帰りのアブダビでのトランジットで乗り遅れ、明け方に電話がかかってきて新たな航空券を買わされました。

そして成田空港に迎えに行ったら、謝るどころか「あれはアフリカにいろという天の思し召しだった」と開口一番言い放ったのを昨日のことのように覚えています。

具体的な行動を起こしながらいろいろと考えたようです。

そして、将来の志としてアフリカの貧困問題解決に新たなやり方で貢献したいということに定め、そのファーストステップとして、戦略コンサルで課題解決能力を身につけたいと共感できる戦略コンサルファームの門を叩いたら、たまたまそこに父親もいたという訳です。

チビの話──静かなリード・ザ・ジブンチビはある世界的な少年合唱団の団員です。

9歳で渡欧し、予科生として、ドイツ語の環境下、寄宿舎に住みながら、合唱団とその合唱団がもっている学校で勉強をし、1年を経て晴れて正式団員となり、世界ツアーに出ています。

先日はその合唱団としてはじめてのインド公演があるということで、筆者もニューデリーまで追っかけをしました。

おかげでユニクロのインド1号店に行くこともでき、ユニクロがインドの人々の生活を変えるかもしれないとひとりで感動してしまいました。

チビは末っ子で、親はもとより(半分孫みたいなものだろうと周りにはよくいわれます)、歳の離れた兄姉にも可愛がられまくって育ち、甘えん坊で、おっとりとしていて、これといって特徴はないごく普通の子供です。

ところが、家内がある日チビが絶対音感的なものをもっていることを発見し(家内もそうなのでわかったようです)、音楽をやってみることを勧めてみて、(たぶんよくわからないまま)東京のある少年合唱団に入団しました。

最初は自分事化ほぼゼロで、やらされ感満載でいやいや行っている感じでした。

しかし、先生方のご指導で歌が少しずつ上手になり、コンサートで歌ったときにお客さんが幸せそうな顔をしてくれたことがすごく嬉しかったらしいです。

これが転機になりチビは大きく変わりました。

その少年合唱団の練習は平日に1回、週末に1回各2~3時間あり、オペラの出演メンバーに選ばれるとさらに練習がプラスされ、かなりハードなものでしたが、不思議なことに嫌な顔ひとつせずに練習に行っていました。

そんなときに、世界的な少年合唱団の来日コンサートに行って、その歌声に魅了され、この合唱団で歌えたらどんなにいいだろうかという志をもち始めたようです。

そこから、柳井社長のいわれる大法螺クラスの構想が起動しました。

はじめは夢物語でしかなかったのですが、セレンディピティ的なことが起こり、その合唱団のオーディションを受けることになりました。

オーディションの準備のために、少年合唱団の練習以外に、声楽の先生についてレッスンを受けることになりました。

素晴らしい先生でどんどん上達していったのですが、声が思うように出ないときもあり、先生のオフィスのある飯田橋の歩道橋の上で家内と一緒に泣いたことも一度や二度ではなかったようです。

そして奇跡が起こりました。

先生との1対1のオーディションで、チビは何か歌ってみてといわれて、「オンブラ・マイ・フを歌います」と言ったら、先生は「へ~すごい曲歌うね」的な反応で、こっちはもうドキドキでした。

ちゃんと声は出ました。

素晴らしい歌声でした。

歌い終わったら先生が、夏の合宿に来るようにとのオファーをくださいました。

先生と握手した途端、筆者は号泣してしまい、超恥ずかしかったです。

いまだにチビからそのときのことを冷やかされています。

そして、夏の合宿でもホームシックにもならず無事終了し、予科生となる許可をもらいました。

7月末に夏の合宿が終わり、9月の頭から予科生として来いという急な話でした。

これまでひとりで外泊すらしたこともない子供が、親元を離れて寄宿舎生活をし、レッスンも学校の授業もすべてドイツ語の環境で果たして大丈夫なんだろうかと、これまで夢だと思っていたことが現実になり、親としても悩まざるを得ませんでした。

そんなある日、チビと一緒にベッドで寝ようとしていたときに、聞いてみました。

大変なことはこれだけたくさんあるけど、本当に行きたいのかと。

無理に親の期待に応えようとしなくていいから、正直にチビの気持ちを話してほしいといいました。

チビは涙をためながら「ボクは行きたい」といいました。

どうしてかと聞いてみたら、「ボクたちの歌声を聞いてもらって世界中の人たちを幸せな気持ちにさせたいから」だと。

筆者はこれを静かなリード・ザ・ジブンと呼んでいます。

家族ネタで恐縮ですが、宇佐美家の子供たちの三人三様のリード・ザ・ジブンの話でした。

親があれこれいっても押しつけでは、なかなかいうことは聞いてくれません。

親にできることは、子供たちにさまざまな可能性の気づきを与えることくらいしかないのではないかと思います。

脳のクセを逆手にとり、ポジティブ脳に変え、〝根拠のない自信〟をもつ

リード・ザ・ジブン方程式を実践し、ワクワク感と具体性のある志とそこに至るためのジブン・チェンジ・プランを定めることができたら、次はそれを実践し、失敗してもまた立ち上がり挑戦を続け、最後には成果につなげるGRIT的マインドセットをいかにつくるかです。

どうやって自分自身の箍を外すのか?前章で、自分自身に箍をはめているのは結局は自分自身だということをロジャー・バニスター現象の話も交えてしました。

この自分自身の箍を外すというのは、相当大変なことに聞こえるかもしれません。

自分自身が長年思い込んできたものを変えないといけないのですから。

しかし、実は案外簡単なのです。

脳科学の研究によると、人のマインドセットをネガティブ・パラダイムからポジティブ・パラダイムに変えることは可能で、しかもかなり短期間で変えられるという調査結果も出ています。

〝根拠のない自信〟をもつ筆者は「大変そうだけど、まあ何とかなるさ」という〝根拠のない自信〟をもつことが自分の箍を外し、未知の沼に足を踏み入れることの鍵であると考えています。

〝根拠のない自信〟をもてるかどうかは、ポジティブ・パラダイムで物事を考えられるかどうかに大きくよっています。

生まれながらの性格の要素もありますが、後天的に育まれる部分も大きいです。

筆者は、先に述べたようにStrengthFinderでPositivityがトップにあがって来るほど戦略コンサルタントとしては珍しい〝能天気〟な特徴があるようです。

おそらくこれは(筆者の人生曲線で言及しましたが)走高跳でインターハイに行けなかった大挫折とその後再起して兵庫県でナンバーワンになり東大にも現役合格できた「人間万事塞翁が馬」的経験が、「お天道様は見ていてくれている」という〝根拠のない自信〟につながっているのではないかと思います。

皆さんも多かれ少なかれ、挫折とそこから立ち上がった経験はあると思います。

そのときに自分は何を考え、何をきっかけにまた立ち上がることができたのかについて人生曲線を通じて振り返ってみると、〝根拠のない自信〟が生まれてきます。

脳のクセを逆手にとるさらに脳のクセを逆手にとるよい習慣を身につけることによりネガティブ・パラダイムからポジティブ・パラダイムへの転換を加速化することができます。

読者の皆さんは、ある車が欲しい、あるバッグが欲しいと強く思っているときに、街中でやたらその車が走っていたり、やたらそのバッグをもっている人がい

るように感じた経験はありませんか。

これは脳の網様体賦活系(RAS:ReticularActivatingSystem)の仕業らしいです。

RASは脳に入ってくる情報のほとんどを中継し、入ってきた情報をふるいにかけ、注意を向けるもの、関心を向けるもの、脳に必要のないものに判断するフィルターの役割を果たすもので、RASのアルゴリズムは自分が強く信じている思い込みによって形成されているらしいです。

先ほどの例でいえば、ある車やバッグが欲しいと強く思うと脳のフィルターが変わって、実はこれまでもその車やバッグをもっている人は同じように存在していたのに、見えていなかっただけなのです。

強く思うことにより今まで見えなかったものが、見えるようになるという現象なのです(図表4‐6)。

ポジティブ・パラダイムにシフトするための習慣このRASによる脳のバイアスをうまく逆手にとると、自己変容をドライブできる可能性があります。

ThriveGlobalの研究によれば、図表4‐7にあるような習慣を毎日実践し続けると、32日間でRASが変わり、ポジティブ・パラダイムにシフトできるという研究結果も出ています。

人間というのはやはり変われるもののようです。

しかも案外短期間に。

【コラム】主婦脳から世帯主脳へ──シングルマザー自立の鍵

筆者は、東京南ロータリークラブの10年来の会員で、2019‐2020年度は社会奉仕委員長を拝命し、東京南としての新たなインパクトのある社会奉仕活動をという尾木徹会長の指示のもと、日本の貧困問題解決を目指しておられるグラミン日本の支援を柱のひとつに据え、活動を再構築しました。

その一環としてグラミン日本の百野公裕理事長と、日本シングルマザー支援協会の江成道子代表理事に日本の貧困問題に関する勉強会をやっていただきました。

その際にシングルマザーをネガティブ・パラダイムからポジティブ・パラダイムのマインドセットにシフトさせるのが経済的自立支援の根幹であるという非常に興味深いお話をうかがいました。

日本の貧困の現状と課題構造日本は先進国といわれていますが、実はもはや後進国ではないかという議論が最近起こっています。

貧困問題はその最たる例です。

2009年までは日本に貧困は存在しないといわれてきましたが、相対的貧困率(可処分所得の中央値の半分以下の所得の人の割合。

2015年では122万円が貧困ライン)という考え方がグローバルで導入され、日本の貧困の実態が浮かび上がってきました。

日本における貧困ライン(年収122万円)未満の割合は15・6%で世界ワースト4位。

約2000万人もの人が貧困に喘いでいるのです。

図表4‐8にあるように、その課題構造は、貧困→高等教育が受けられない→非正規社員化・低年収→子供にも高等教育を受けさせられない→格差の拡大という、親から子へ格差が拡大していく貧困の連鎖という構造になっています。

日本のシングルマザーの過半数は貧困層その中で、日本のシングルマザー約120万人のうち約6割の約70万人が貧困層で、平均年収は約200万円(出所:日本シングルマザー支援協会)にとどまっています。

そんなシングルマザーを中心にした貧困問題解決・経済的自立支援を行なおうと設立されたのが、グラミン日本(ノーベル平和賞受賞者のユヌス博士のグラミン銀行の日本版。

2018年3月設立。

理事長百野公裕氏。

5人組による相互の助け合いによる経済的自立支援を、お金の教育、就業支援、起業支援とともにマイクロファイナンスもかませて実施)であり、日本シングルマザー支援協会(2013年7月設立、代表理事江成道子氏)であるのです。

シングルマザーの経済的自立支援の鍵江成代表理事の話によると、シングルマザーが経済的自立をして年収を400万円程度にアップできると子供になんとか高等教育を受けさせることができ、先に述べた貧困の連鎖から脱却できる糸口になるそうです。

このシングルマザーの経済的自立支援の最大のボトルネックになっているのは、実はスキルとか能力の問題ではなく、主婦脳というマインドセット・自己肯定感のなさにあるという話には驚かされました。

求職状況を見てみると人手不足を背景に年収400万円クラスの求人は結構あるにもかかわらず(例:営業職等)、主婦脳のシングルマザーは、「自分にそんな仕事は無理、営業なんてやったことない、事務職しかない、子供がいるからパートくらいしかできない、近所でないとダメ」等の低年収に陥らざるを得ないマインドセットが年収アップを阻んでいるというのが江成代表理事の見方です。

必要年収(たとえば400万円)から逆算して考え、どんな求人があるのか(シングルマザーの多くはどんな求人があるかさえも知らないそうです)、どうすればその職に就けるのかという世帯主脳で考えられるように寄り添った伴走を日本シングルマザー支援協会は行なっており、主婦脳から世帯主脳にシフトし経済的自立を果たす事例が増えているそうです。

近い将来、リード・ザ・ジブンの手法によって、シングルマザーの主婦脳から世帯主層へのシフト、そしてグラミン日本の5人組の絆づくり、グラミン日本のボランティアチームの絆の強化に貢献し、経済的自立支援、日本の貧困の連鎖を打ち破ることのお役に立ちたいという思いを強くしています。

いつかどんな成果が出たのかをお話しできるようになればと思います。

脱内弁慶する

日本人が変わる、脱皮する上でクリティカルなのが、学卒で入社しどっぷり会社色に染まり、視野狭窄に陥っている自分を脱内弁慶することです。

脱内弁慶のやり方はいろいろあります。

さまざまな業界や会社の本を読むことから始まり、講演を聞きに行ったり、勉強会に顔を出したり、異業種交流に参加

したり、留学、最近は留職というのも増えてきています。

一番の脱内弁慶は転職することです。

筆者は、人生曲線のパートで話したように、東京海上でキャリアをスタートし、留学を経て、戦略コンサルの業界に入り、ファーストリテイリングという事業会社で柳井社長に怒られまくりながら経営執行を経験し、そしてまた戦略コンサル業界に戻り、ついには無謀にも57歳で起業したという普通の日本人とはかなり違う経験を積んできました。

読者の皆さんにこんな変なリスクの高いキャリアを積んではどうですかというつもりはありませんが、本当に一皮むけたいのなら、真剣勝負で互いに切磋琢磨する場に身を置くしかないというのが筆者の見方です。

もちろん本を読んだり、さまざまな人に会うのは大切で、ベースとしては必要ですが、本当の意味で脱内弁慶することはそれだけではできません。

転職はしないが、それに近い経験をできるということでは留職は有効なオプションかもしれません。

また、異業種交流研修も仕立て方によっては切磋琢磨して脱内弁慶の場になります。

リード・ザ・ジブン・キャンプその端的な例が、第2章で述べたリード・ザ・ジブン・キャンプです。

キャンプの卒業生にアンケート調査を行ない、キャンプを卒業して1~2年経ち、自分自身がどこでどう脱内弁慶・成長したと思うか、キャンプで学んだ何がキーレバーになっていると思うかということを聞きました。

図表4‐9はある女性参加者の回答を本人の許可を得てそのまま掲載したものです(「休職願」を最終報告で出したチームメンバーのひとりです)。

他の回答者のアンケートも表現こそ違え、自分の志を深く内省し、それを仲間と共有し、強い絆をつくり、それがベースとなって切磋琢磨しながら、脱皮し、一生の友を得たというような内容のものが大半でした。

このキャンプの言い出しっぺは大学の陸上部の先輩で、サントリーで人材育成責任者を務めています。

その方が「これらのアンケートのコメントにあふれているすごい熱量は一体なんだ。

どうやら我々は、すごい場をつくってしまったようだね」といわれるほどの熱い回答がたくさん寄せられました。

たった2カ月間の1泊2日の合宿を3回やるだけのプログラムです。

最初にリード・ザ・ジブン・ワークショップをやり自分事化し絆をつくり、それを土台に2カ月間相当濃密な時間を各社のエースクラスのマネジャーが、腹を割って真剣勝負でかんがく議論をし、ラウンドロビンでいちゃもんをつけ合い、自分たちがいかに現状の延長での発想しかできないのか、狭い世界に閉じた発想しかできないのかを思い知り、悔しがり、奮起し、互いにBrutallyHonestフィードバック(FRMICの副学長の竹内ハーバード・ビジネススクール教授に教えていただいた言葉を使っています)をしながら切磋琢磨するプログラムです。

予定調和の綺麗な優等生的な経営構想ではなく、粗削りでもよいので、志を込めた、ワクワクする構想をつくってくださいとだけいって、あとは自分たちの頭で考え抜くことを求めるファシリテーションを心がけています。

まずは、本を読んだり、いろいろな社外の人に会うことから始めて、土台ができたら、真剣勝負で互いに切磋琢磨できる場にぜひ身を置いてみてください。

やり続ける、失敗してもやり続ける

よい習慣を身につけ、やり続け、積み重ねていくことは、時間とともに驚くほど大きな差を生み出します。

図表4‐10は筆者が講演でよく使うスライドですが、たとえば1年を例にとって考えてみると、同じこと(1・00)を毎日繰り返しても1・00ですが、ちょっと頑張って(1・01)を365日やり続けると37・78、毎日ちょっとさぼれば(0・99)その差は1453倍にもなるという単純な算数です。

読者の皆さんも、「過去最高の自分を育てる」ために、自分自身にフィットする「よい習慣」を見出し(例:ユニクロの若林さんの毎晩寝る前に最高にカッコいい自分と対話する習慣)、毎日やり続けてみてください。

組織を変える4つのTips

これまで自分を変えるためのTipsについて話してきましたが、自分だけが目覚めても組織としての結果は当然のことながら出ません。

ひとりでできることはたかがしれています。

本パートでは、組織を変える(リード・ザ・チーム)ためのTipsについてお話ししたいと思います。

可燃性人材をターゲットに──2:6:2の法則

組織を変える上で、まず最初に理解しておかないといけないのは、2:6:2の法則です。

図表4‐11にある通り、人間には自燃性、可燃性、不燃性人材の3つのタイプがあり、その比率は2:6:2になっているというものです。

筆者の経験値では、自燃性、不燃性人材は2割もいないので(不燃性人材の比率は筆者のプロジェクト経験では15~10%です)、正規分布で1σ(標準偏差)で区分した場合の16%、68%、16%のほうが感覚値に合いますが、ざっくりいうと2:6:2くらいだと考えていただければよいかと思います。

ターゲットは可燃性人材この図を見て明確なように、組織を変える上でターゲットすべきは可燃性人材です。

組織に6割以上はいるボリュームゾーンであり、かつ心に火がつく素養をもっている人たちです。

ではどうやって可燃性人材の心に火をつけるのかについてお話しします。

自燃性人材を火つけ役(チェンジエージェント)にする可燃性人材の心に早く効果的に火をつけるには、火つけ役をつくることが一番の近道です。

自燃性人材は、リード・ザ・ジブン方程式の実践をしても、追加の効果はそう大きくはありません。

普段からある程度、志・思いをもち、自分の頭で考え、自律自走しているからです。

彼らに適しているのは、火つけ役です。

可燃性人材の心に火をつけることを通じて、彼ら自身も学び、教え教えられる、教育連鎖の風土をつくることができます。

自燃性人材はチェンジエージェントと言い換えることもできます。

火つけ役・チェンジエージェントをつくるやり方は、火つけ役養成のワークショップを行なうことです。

筆者の経験で、具体的にいうと、チェンジエージェントを集め、リード・ザ・ジブンのワークショップを行ないます。

ワークショップでもちろんリード・ザ・ジブンの基本ワークはやってもらうのですが、通常のワークショップと違うことは、それは可燃性人材の心にいかに火をつけるか、先生役としてどうやればよいかを伝授することに力点を置いたワークショップに仕立てることです。

可燃性人材にリード・ザ・ジブン方程式を実践させるその次に、自燃性人材を先生・ファシリテーターにした、可燃性人材を対象にしたリード・ザ・ジブンのワークショップを実施します。

リード・ザ・ジブンは可燃性人材には驚くほど効きます。

海外であるクライアント向けにリード・ザ・ジブンのワークショップをやったときに、ある受講者の外国人女性がワークショップの最後にこんなことをいってくれました。

「私はこれまで、会社には給料をもらうために来ていると思っていましたが、今日のワークショップをやってみて、自分が本当にやりたいことは、周りの人を助けることで、その中で自分が一番幸福感を感じられるということがわかりました。

今自分がやっている仕事の意味が違って思えるようになりました。

本当にありがとうございました」可燃性人材の心に火がついた瞬間でした。

彼女は組織風土変革タスクフォースに志願し、大活躍をしているそうです。

「同床異夢」と「タコツボ」を打破する

組織を変えていく上でやっかいなのが、「同床異夢」と「タコツボ」です。

同床異夢とは「同じチームでも目指すものが実はバラバラ」ということで、タコツボは「部門の利益最優先で、全体最適化できず大きな成果が出ない」ということです。

これらの問題の根源にあるのは、本当の意味での信頼関係ができていないことです。

「同床異夢」では、組織の「ありたい姿」が提示されていても、その本質的意味の解釈がバラバラか、それがお題目としてしか捉えられておらず魂が入っていないからです。

チームの中で本当に腹を割って話すことができれば解決できるはずです。

「タコツボ」はもう少しやっかいです。

互いに自分の部門のことを超えて全体最適を考えることに意味があるということが腹落ちしていない状態です。

自部門利益最大化が働くインセンティブの仕組みと他部門への遠慮・忖度が相まってかなりの岩盤となって各部門の間に立ちはだかっています。

このタコツボ岩盤を打ち砕く最初の一歩は、部門トップ間の信頼関係をいかに築くかにあります。

経営トップチームの「同床異夢」と「タコツボ」を打破筆者が手掛けた、経営トップチームの信頼関係を再構築し、「同床異夢」と「タコツボ」を打破する契機となった例を紹介したいと思います。

クライアントは、厳しい経営環境に直面し、痛みを伴う大きな変革を乗り切ることを求められていました。

経営ビジョンはあるにはあるのですが、お題目にとどまり、役員にインタビューをすると目指している方向はかなりバラバラだということがわかり、役員同士で縄張り争いをしていて、全社最適という言葉からはほど遠い状況にあり、業績は低迷していました。

そこでトランスフォーメーション・プロジェクトにリード・ザ・ジブンを組み込み、経営トップ含め全役員が参加する終日のワークショップを実施しました。

各役員のMyAspirationの共有、それを踏まえた経営トップチームとしての根源的価値観の討議を全体で行ない、非常に深い議論となりました。

ワークショップの最後に社長が、「最初は正直半信半疑の部分もあったが、まさか『人間愛』などという言葉が我々の根源的な価値観として出てくるなんて思いもよらなかった。

経営チームとして腹を割って話ができ、結束を強くするよい機会となった。

本当にやってよかった」といわれ、各役員からも、これまで知っているようで知らなかった各役員の思いが聞けてよかった。

もっと全社のことを考えて、皆で一丸となって臨んでいきたいというようなコメントが続出しました。

このワークショップ1本だけで、「同床異夢」と「タコツボ」が打破されたとは思っていませんが、大きなうねりをつくる第一歩になったことは間違いありません。

難易度の高い経営チームでこういったインパクトがあるのですから、部、課の単位のチームではもっと効果が出ます。

リード・ザ・ジブンで紡ぎ出した各自の志を共有し、チームとしての根源的価値観がどのあたりにあるかの深い議論ができると、「同床異夢」を打破し、皆が同じベクトルをもちながら、「タコツボ」を割って、互いのやっている仕事にも口を突っ込み合いながら、切磋琢磨して互いに成長できる組織に変えることができます。

経営・人事・教育の三位一体で、若手を抜擢し、試練を与え、脱皮させる

日本企業が若手の抜擢をなかなかできない理由若手の抜擢が必要であることは、多くの経営者が認識しています。

ところがなかなかそれができていません。

筆者は、「ユニクロに学ぶ経営者人材の育て方」(『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2017年4月号)で日本企業のもつ固有風土として、エリート集団の強烈な同期・年次意識、エース護送船団方式、失敗性悪説、会社のプロ育成の4つがあると指摘しましたが、この最初の強い同期・年次意識の壁が若手抜擢の最大の難関になっています(図表4‐12)。

筆者は、その論文の中で、年次意識から訣別し、若手を抜擢することを提言していますが、日本企業はまだまだ模索の段階で、内密に各年次の一部のトップ人材をマーキングして一定のキャリアパスを経験させるやり方では、VUCAという不確実性の高い事業環境下、変革をリードできるレベルの経営者人材は育たないと思います。

ある伝統的名門企業の副社長がこんなことをいわれていました。

「これまでの競争力の源泉だったのは、優秀な学生を採用し、皆が自分はいつかは役員になれるかもしれないという期待感・野心をもちながら、馬車馬のように働き、キャリアの最後のステージが近づいてきて、やっと役員になれるかどうかがわかるという仕組みだった。

若手の抜擢が大切だということはたしかにわかる。

しかし、そうすることによってこの競争力の源泉が失われるかもしれないことが正直怖い」その副社長は、数々の変革を主導してきた改革派の筆頭のような方だったのですが、その人をしてもこのように捉えられており、日本企業にとっての壁の高さを痛感しました。

今こそ、若手の抜擢を!しかし、今までの日本企業の人材競争力モデルはだんだん成り立たなくなってきています。

これまでの終身雇用を前提にした働き手の就業意識も、ミレニアル世代の台頭によって大きく変わってきています。

ミレニアル世代は、その企業が世の中にどんないいことをしているのかを重視し、従来の1社にずっと「就社」する意識は大きく薄れ、自分のやりたいことができるチャンスがあれば、そこに移っていきます。

また、VUCAの不確実性の高い環境下、勝ち残っていくためには、会社の論理を超えて柔軟に発想・行動し、変革をリードできる若手のリーダーを大量に育成していく必要があります。

試練を与える若手を抜擢したら、試練を与えて育成します。

ユニクロで〝大きい服を着せる〟ということをお話ししましたが、ストレッチした試練を与え、苦労させ、脱皮させてください。

試練としては、たとえば以下のものがあります。

大きな責任を任せ苦労させる土地勘のない仕事をさせ苦労させる海外に出し苦労させる部門横断のプロジェクトで苦労させる社外人材と切磋琢磨させ苦労させる留職をさせ苦労させる留学をさせ苦労させるこれまで述べた通り、従来の日本企業の人材競争力モデルは通用しなくなってきており、若手を抜擢し、試練を与え、脱皮させるモデルへの変革が求められています。

経営・人事・教育の三位一体これを実践していく上で重要なのが、経営と人事と教育が三位一体で取り組むことです。

若手を抜擢しようとすると、タレントパイプラインに誰を入れるかを、経営・人事だけでなく教育部門が入り込んで決める必要があります。

また、どんな試練を与えるかについても、座学研修だけでなく、どんな経験を抜擢した人材に積ませるのかを、育成異動も含めて人事と教育が密接に連携しながら人材育成プランをつくり、そこに経営のビューも入れ込んでいく必要があります。

多くの企業では、教育は〝研修屋〟、人事は〝人事屋〟として、結構バラバラのベクトルで仕事をしているケースが散見されます。

また経営は人材育成は任せたスタンスで、あまり関与しないケースもあります。

経営と人事と教育の三位一体は、強い人材育成の必要条件です。

敗者復活ありの挑戦風土をつくる

若手を抜擢し、試練を与え育成を図る上で、最大の鍵が敗者復活ができるかどうかということです。

これがないと、抜擢して、試練を与えて、失敗したらそれで終わりとなりますし、誰も変革を起こすような難しいこと、リスクのあることにチャレンジしなくなります。

失敗の責任をとることの本質的意味『経営者になるためのノート』の「変革する力第4項リスクを恐れず実行し、失敗したらまた立ち向かう」に失敗の責任をとることの本質的意味について以下のように書かれています。

ユニクロの根源的な強みになっている金言です。

失敗をすると、責任をとって途中でやめると言い出したり、謝る人がいますが、失敗の責任をとるというのは、そういうことではありません。

失敗の責任をとるというのは、「最後まで試行錯誤を尽くす」ということ、そして、「これは失敗だというときは、その原因を徹底的に探究し、学びを得る」ということ。

そして、「それを次に活かして、結果を出すこと」これが失敗の責任をとるということです。

こうしたことができるのであれば、何回でも失敗していいと思います。

なぜならその分、必ず成長しているからです。

読者の皆さんの中で、こんな考え方で「失敗の責任をとる」ということを捉えて組織マネジメントをしている人が何人いるでしょうか。

こんな考え方でマネジメントするとすごく強い組織・チームができると思いませんか?「日本企業において出世をする人は、変革をした人ではなく、リスクをとらなかった人である」という笑えないジョークがありますが、失敗した人をどう扱うのかは、非常に重要です。

周りはその失敗した人がどういう扱いを受けるかに注視し、それが積み重なって組織風土が醸成されてきます。

変革や挑戦を掲げる企業は多いですが、変革に挑戦し必ずしも成功するとは限りません。

大きな変革に挑戦すればするほど、失敗の確率は高まるものです。

前述したように、柳井社長は柚木さんが野菜事業で失敗して辞表をもってきたときに「倍返し」を求めました。

それが、今のジーユー事業2400億円につながっています。

潘さんが中国事業で失敗した後、日本でしばらく臥薪嘗胆させて、香港事業を任せ、そこでの成功が今の中国事業・グレーターチャイナ事業5000億円の出発点になっています。

敗者復活ありの挑戦風土に企業の風土を変えるというと、どえらく大変なことに感じるかもしれませんが、組織風土というのは一つひとつの出来事がどう対処されたという積み重ねで形成されています。

一人ひとりのリーダーが「失敗の責任をとる」ということの本質的な意味を理解し、自分の組織・チームで実践していけば、そこで生まれた成功事例が組織の他の組織にも伝播し、やがては企業風土を変えることにつながります。

やってみなはれ、みとくんなはれサントリーの「やってみなはれ」は有名です。

2000年代前半ウィスキー事業は需要の低迷で苦境に喘いでいて工場の操業もままならない状況でした。

そんなとき、サントリーのある人がハイボールというもののポテンシャルに着眼し、ハイボールのサーバーを〝だまてん〟で大量発注し、〝とりあえずビール〟の世

界を変え、今のジャパニーズ・ウィスキーブームにつながったという有名な逸話があります。

筆者は、その人も偉いですが、〝だまてん〟を黙認し、決して梯子を外すようなことをしなかった上司とサントリーという会社はもっと偉いのではないかと思います。

サントリーの方に教えてもらったのですが、〝やってみなはれ〟は、本当は〝やってみなはれ、みとくんなはれ〟のセットになっているとのことです。

部下に〝やってみなはれ〟と任せて、リスクをとること、失敗から学ぶことを奨励しながら、〝みとくんなはれ〟と自らも率先垂範する上司。

ぜひ読者の皆さんはそんなリーダーになってもらいたいです。

一人ひとりのリーダーの意識変革・行動変革が新たな〝敗者復活ありの挑戦風土〟を醸成していくのです。

本章では、リード・ザ・ジブンを通じて「過去最高の自分を育て、仲間を育て、最強の組織をつくる」ための10の要諦をどのように実践していけばよいかの実践上のTipsを自分を変える(自分事化を起点に)、組織を変える(絆づくりを起点に)の2つの観点からお話ししました(図表4‐13)。

経営=実践と耳タコになるほど柳井社長がいわれていましたが、実践しないと結果は出ません。

自分を変えないと、何事も始まりません。

自分だけ目覚めても結果は出ません。

組織も変えていかないと結果は出ません。

読者の皆さん一人ひとりが、自分を変え、組織を変え、結果を出すことを実践すれば、日本企業は、日本は大きく変わると思います。

 

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