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第2章「企業理念」「コア・コンピタンス」によって、必要な「仕組み・制度・施策」は異なる

目次

第2章「企業理念」「コア・コンピタンス」によって、必要な「仕組み・制度・施策」は異なる

「経営戦略」と「組織戦略」を一体で考える「組織診断7つの視点」

私はいつも経営コンサルティングで「組織」の状況を診断する際に、自分なりの視点を持って臨んでいる。

まず、最初にお伝えしたいのは、企業の戦略に合わせて、商品やサービスは生み出され提供されている。

その商品やサービスは、組織によって生み出されている。

そして、その組織を支える構成員は、1人ひとりの人間だということだ。

「経営戦略・事業戦略」と「組織戦略・人事戦略」は相互に関係し合う。

「組織戦略・人事戦略」とは、人的資源を戦略的にマネジメントしてゆくことである。

「経営や事業の戦略」と「人と組織のこと」は、一体として考えなければならないのだ。

組織を分析する視点はたくさんあるが、ここでその考え方と経験則をもとに多くの人に役立つ代表的な視点を7つ紹介したい。

自社の状況を把握する方法として、次が「組織診断7つの視点」である。

①意思決定の「方法」と「スピード」②「価値観」「方針」の浸透③人材の「質」と「量」④「自由」と「規律」のPDCAマネジメント⑤情報の「共有」と「活用」⑥評価の「仕組み」と「報酬」⑦「主体性」と「モチベーション」それでは、1つずつ見ていく。

①意思決定の「方法」と「スピード」

私が研修や講演で「意思決定のスピード」について尋ねると、大半の人が「速いほうが良い」と答える。

どうやら、それはビジネス界では定説になりつつあるようだが、はたして本当にそうだろうか。

現実には、意思決定のスピードが速いほうが良いかどうかは会社によって異なる。

意思決定が速い代表的な業種はIT系だが、何よりもスピードを優先するため、商品をリリースした後もユーザーからの指摘にもとづき、商品やサービスに改良を加えながら完成度を高めていく。

それがその業界の「ビジネスモデル」である。

また、私が在籍したリクルート、ファーストリテイリング、ソフトバンクの3社とも、意思決定のスピードが速いほうの企業である。

それが企業の強みと関係してもいる。

ファーストリテイリング(FASTRETAILINGCO.,LTD)はその名の通り「速い小売」だから、迅速な意思決定が求められる。

リクルートもソフトバンクも、意思決定の速さと実行力で他社との差別化を図ってきた。

ところが、意思決定が決して速くはないことを良しとする企業もある。

代表的な業種が公共交通機関やエネルギーなどの社会インフラ系だ。

それには理由がある。

たとえば、鉄道や電力などの社会インフラ系企業は、些細なミスでも社会全体に与えるインパクトが大きく、一歩間違うと人命に関わる大事に至る可能性さえあるからだ。

これは良し悪しではない。

日々のオペレーションが人命に影響するから、石橋を叩いたうえで慎重に意思決定せざるをえない。

社会インフラという事業の性質を考慮すると、求められるのは意思決定のスピードではないのだ。

ところが鉄道会社が新規事業として駅ナカでの小売事業をはじめた場合、その新規事業を担当する社員は苦しんだという。

求められる意思決定の速度が違うからだ。

小売業の場合、毎日のように、もっといえば時間帯ごとに変わる顧客にどのようなかたちで満足度を高められるかの勝負である。

現場で即座に意思決定しないと勝負にならない。

事業の種類の違いである「業種」、ビジネスのやり方の違いである「業態」、そして企業特有の「ビジネスモデル」をはじめ競争優位性の発揮の仕方などによって、最適な意思決定のスピードがある。

とにかく速ければいいわけではない。

めざすべきは、その業種や企業にマッチした「標準」の意思決定スピードがあるとすれば、それより速いこと。

思考し検討する深さや広さは保ちながら、意思決定の速度だけ他社より速いことが理想である。

また、速度と同時に問題になるのが、その「意思決定の方法」である。

どのような意思決定がどの階層で行われるのか、そこを確認するのだ。

たとえば、稟議をあらゆる部署と階層に回すので、チェックする人が多すぎて遅くなるケースがある。

その部署や役職者のチェックが本当に必要であればやるべきだが、形式的なものであれば意味がない。

回付する部署や役職者に必然性があるか再検証が必要である。

とくに会社の成長ステージが「成熟期」に入った企業は、意味もなく習慣で機械的に回しているケースも多い。

また、「GO」と「NO」の判断基準が曖昧なまま、個人の主観だけで判断されるケースもあれば、判断者に自信がないので、ただ時間だけを浪費しているケースもある。

これらもかなり問題である。

基本的に、現場で決められることは現場で決めるべきである。

現場で意思決定をしても問題ない内容が上層部まで回付されるから、不要な時間がかかるのだ。

反対に、上層部に確認すべき内容が現場で勝手に決められ、現場と上層部が乖離しているケースもある。

このような場合は、大きな問題が発覚してはじめてそれに気づくことになる。

意思決定のやり方は、会社の有りようを表す。

意思決定の方法やスピードを見直すだけで、会社は強くなる。

②「価値観」「方針」の浸透

そもそも大事にすべき「価値観」や「方針」が明確にされているか、社員にきちんと伝わるように明文化されているか、それも真っ先に確認すべきことである。

組織として大事にすべき「価値観」や「方針」があっても、経営トップが全社員に向けて明確に伝えきれていないことも多い。

何度も何度も理解されるまで、伝え続けようとする覚悟が経営トップに足りないのだ。

「価値観」「方針」が浸透していないのは、経営トップの責任である。

経営トップはかなり伝えたつもりでも伝わらないケースには、大きく2つのパターンがある。

1つは、トップの言葉が、一般の社員の視座とは異なることから、メッセージを受け取る側が言葉の真意を正確に理解できないケース。

もう1つは、中間管理職が十分に機能しておらず、トップの言葉や意図を勝手に変換してしまうケースだ。

たとえば中間管理職が、「トップの方針は理想をいっている。

今のうちはこうすべきだ」と自分の価値観ですり替えたり、「この部署では関係ない、まずはノルマ達成が第一だ」と部下に命令し、大事にすべき「価値観」や「方針」を骨抜きにしてしまったりするような場合である。

中間管理職には悪意がない場合も多い。

しかし結果は、「価値観」の優先順位を勝手に入れ替えてしまっているのだ。

また、「価値観」や「方針」はあるが、それに魂が入っていないケースも多い。

企業規模が大きくなり、創業者から次の経営トップにバトンが渡された後に起こりやすい。

それが何代か続き、経営トップが完全にサラリーマン化してしまうと、さらに顕著になったりする。

会社として大事にする「価値観」や「方針」を脈々と伝えているつもりだが、実際には経営陣の判断基準の軸が微妙にずれてくるのだ。

そうなると、言葉としては伝え続けていても、現場がそれを信用しないということが起こる。

「価値観」や「方針」として明示された言葉と、現場で求められていることの違いを本能的に嗅ぎ取るのだ。

たとえば、「企業理念」に「社会のため」と書いてありながら、現場が利益追求のみに走るケースなどだ。

利益を出すことは、社会のためになる事業を行い続けるという永続性のためには大切なことである。

ただ、一歩間違うと、不正をしてまで目先の利益を追いかけるようになることも多々ある。

創業者の高い志と理念で日本の宅配業界を築き上げた企業が、いつしか不正を働き行政処分を受ける事例や、自動車業界をはじめ名だたる老舗メーカーが、不正な検査を平気で行うようになるような事例もある。

金融業界においても、顧客の利益より自分たちの利益のみを追求する事例が後を絶たない。

「価値観」「方針」がどこまで首尾一貫して企業に根づいているか。

その視点から企業を見るだけで、その企業の有りようは手に取るようにわかる。

経営トップの「価値観」「方針」を末端の社員も大事にしているか。

その事実が企業の健全性を決める。

③人材の「質」と「量」

その企業の「企業理念」や「コア・コンピタンス」などによって集めるべき人材は異なる。

もちろん、すべての会社が優秀な人材をほしがる。

そのとき、「優秀」という言葉の意味が「自社にとって優秀な人」と定義されていれば問題ない。

だが、たとえば学校での勉強ができるという意味での頭の良い人ばかりで、他の要素をきちんと確認しないと、問題の種となることもありえる。

わかりやすいように、サービス業や小売業を例にすると、一般的に頭の良い人はクレームを入れる顧客に対して、理路整然と対応しがちである。

それ自体は、間違っていることではない。

状況を客観的に分析し、こちらの非と相手の非を整理するのは大事なことである。

相手にも非があれば、そのこともきちんと主張することも必要だ。

しかし、その伝え方を間違えると、顧客の怒りはさらに大きくなる。

仮に顧客側に非があっても、すぐに論理的に突き詰めるのではなく、まずはそのお客様の腹立たしい想いを受け止めるとか、感情が落ち着くのを待つとかができなければならない。

広い意味での「心の知能指数」といわれる「EQ(EmotionalIntelligenceQuotient)」で重視される相手の感情の理解や自分の感情のコントロールができないといけないのだ。

学校の勉強ができるだけの人材の集団では、企業は成り立たない理由でもある。

一方で、自社に求められる資質や能力の要素をすべて満たしているという人材など、ほとんどいないだろう。

だからこそ気づいてほしいのは、会社という「組織」における仕事は、1人では不可能でも、チームでやり遂げることができるということ。

会社は「組織」という人の集合体によって機能している。

各部署の各仕事にはどんなタイプで、どんな資質や能力要素が必要か、それを整理するのだ。

「自社に必要な人材」を整理する際のポイントは2つある。

1つ目のポイントは、「求める価値観やタイプ、資質と能力要素といった、人の変わりにくい部分までふくめて焦点をあてて見ているか」ということ。

資質や能力には、後からでも獲得しやすいものと、そうでないものがある。

たとえば、特別に高度な知識やスキルでない限り、知識やスキルは後からでも身につけることができるものも多い。

入社後でも獲得できるのだ。

しかし、価値観や性格、資質のような部分は、一度形成されると変わりにくい。

絶対に変わらないわけではないが、変わりにくい。

また、求める人物像では、よく「コンピテンシー*」という概念が活用される。

詳しくは、図と解説を参照してほしいが、「コンピテンシー」とは、仕事に影響を与えるような「行動特性」のことである。

「行動特性」とは、「思考」と「行動」が一体となって表れる特性のことだ。

これらは変わりにくいからこそ、人としての特徴が出る。

その特徴に良し悪しがあるわけではない。

自社の「企業理念(社外規範・社内規範)」や「ビジネスモデル」、「強み」の源である「コア・コンピタンス」を実現するために必要な「人間性」や「コンピテンシー」を持った人がきちんとそろっているかが最大のポイントなのだ。

ここまで読んでいただいて、よく中途採用で失敗する理由が思い浮かんだ人も多いのではないだろうか。

その業務に求められる知識やスキルばかりを見て採用してしまうから、入社後に期待したほど活躍できないことが起こったり、逆に本人から「合わない」と言い出して辞めてしまったりすることも多い。

知識やスキルも大事だが、変わりにくい「コンピテンシー」や「人間性」までをもきちんと見ていくのだ。

整理する視点の2つ目は、「コンピテンシーなどの行動特性や人間性で、共通で持っておかなければならないものは何か」「共通である必要がないものは何か」を明確にすることだ。

同質の人材ばかり集めていたら会社は脆くなる。

多様性があると強くなる。

だからこそ、多様な価値観や異なるタイプの人材を集めるべきなのだ。

そのとき、決しておろそかにしてはならないのが、共通の価値観やその会社の全員に必ず求められる資質や行動特性を持っていることだ。

「サービス精神」や「相手の感情把握力」「自分の感情抑制力」など共通で持っていたほうが良い「コンピテンシー」や「人間性」「価値観」までふくめて、組織全体を考慮した採用基準や人事制度がきちんと設計されているか、そして実現できているかが確認のポイントとなる。

そのあたりを深く掘り下げていくと、その組織の人材の「質」と「量」は適切かどうか、おのずと見えてくるはずだ。

だからこそ、多くの企業や経営者が陥りがちな「優秀な人を取りたい」という願望に対し、私はあらためて警鐘を鳴らしたい。

自社にとっての「優秀」をきちんと定義し、あるべき姿をイメージできているだろうか。

これができてはじめて、会社は強くなる。

*解説「コンピテンシー(competency)」とは、組織行動学の用語で、ハーバード大学のマクレランド教授が提唱した概念。

その後、研究が進められ定義も人によって多少異なるが、わかりやすく概念を解説すると、「職務や役割で求められる成果に結びつく行動特性」のことである。

「行動特性」とは、先述したように「思考」と「行動」が一体となって表れる特性のこと。

よく、人の特徴を表現する際に海に浮かぶ氷山にたとえたモデルが紹介される。

それを使って説明すると、人には、「変わりやすい部分」と「変わりにくい部分」がある。

氷山のモデルの上のほうにある「知識」や「スキル」は、よほど高度なものでなければ必要に応じて身につけることが可能だ。

つまり、獲得しやすいのだ。

一方、氷山のモデルの下のほうにある「人間性」、つまり「人格的特徴」や「価値観」は、それほど簡単に変わるものではない。

生まれてからの長い間に培われてきたものだ。

獲得しにくく、形成されると変わりにくいものだ。

その中間に位置するのが「コンピテンシー」と呼ばれる「行動特性」である。

わかりやすくいうと、その人が行動したり考えたりする際のクセのような特徴だ。

この「コンピテンシー」をもとにした採用基準や人事制度の評価指標の作成が行われることも多い。

それゆえ、提供するコンサルタントや会社によって、この「コンピテンシー」の言葉と分け方はさまざまである。

実際には、その企業で活躍している人とそうでない人の「行動特性」の差を洗い出し、その企業のその業務を行うのに必要な「コンピテンシー」を整理していく。

ここで再度強調しておきたいのは、企業で働く人には、自社の「強み」や「企業文化」に合った「人間性」や「コンピテンシー」があることが求められる。

そのうえで業務に必要な知識やスキルがあること。

氷山の大部分は海水に沈んで見えないが、その海面の下に隠れている「人間性」や「コンピテンシー」がとても大切なのだ。

④「自由」と「規律」のPDCAマネジメント

企業内で何かが企画され、商品やサービスの提供が開始され、それに改善を加えて進化させていく。

この流れのなかで、きちんとアイデアが出されているか、きちんとチェック機能が働いているか、これらが企業の変化や発展の能力を見る際に重要な視点となる。

現場で自由にアイデアを出し合い、改善のための問題の洗い出しができないと、変化に対応できず、商品やサービスが発展していかない。

結果を冷静に受け止め、「どうして、それはうまくいったのか?」「なぜ、それは失敗したのか?」というような問いに対し、きちんとした仮説を立て、その仮説をもとに変化対応していくことで、「強い会社」へと進化していく。

もともとは品質管理で仮説・検証型プロセスを循環させ、マネジメントの品質を高めようという概念で、ビジネスでよく使われている「PDCAサイクル」がある。

「Plan(計画)」「Do(実行)」「Check(評価)」「Action(改善)」を繰り返すことで、商品やサービスの品質や生産管理などを継続的に改善していく手法のことだ。

この「PDCAサイクル」を回すことができない会社は進化が進まないため、かなり重症な状況といえる。

実際には、多くの会社では「PDCAサイクル」を回すことはできているが、その各過程に問題を抱えているケースが多い。

本来の「Plan(計画)」「Do(実行)」「Check(評価)」「Action(改善)」が機能していないのだ。

たとえば、「Plan(計画)」の段階で、一生懸命アイデアを出し合っているように見えても、よく観察すると、多くの人は発言せず偏った数名だけが発言していたり、影響力がある人の発言を待ってから同じことをいう人ばかりだったりと、本当に議論ができている会社は多くはない。

また、「Check(評価)」の段階でも同じようなことが起こっているケースがある。

とくにこの段階は、きちんと客観的に振り返ることが大切なのに、企画が偉い人の発案だったりすると、誰も本当のことを語りたがらない。

少しの成果を誇張し、うまくいかなかった部分に触れようとしないことはよく見られる光景だ。

組織診断のポイントは、この「PDCAサイクル」に、「自由」と「規律」を組み合わせて使えているかどうかである。

「自由」と「規律」のどちらかだけでもダメだ。

多くの会社は、どちらかというと「規律性」を強みとしている会社と、「自由度」を強みとしている会社に分かれやすい。

「規律性」を強みにする会社は、やり切る力があるので、「Do(実行)」と「Action(改善)」の部分はうまくいくが、肝心の「Plan(計画)」と「Check(評価)」の部分が弱いことが多い。

この「Plan(計画)」と「Check(評価)」では、上司の発言を待っており自分では考えようとしない傾向がある。

逆に、「自由度」を強みとする会社は、その逆で「Plan(計画)」では、どんどんアイデアを出し合い、「Check(評価)」でも思ったことをズバズバ発言して、正しい改善の方向を出すことができるのだが、肝心のやり切る力が弱いので、「Do(実行)」と「Action(改善)」が中途半端で終わることが多い。

極端な例だが、アイデアを出して発言するのは好きだが、実際にやり切るのは苦手な人が多い場合、メンバーの中には「Do(実行)」で失敗してもいいように、言い訳を先に考えて動き出す人まで現れる。

「Plan(計画)」のときには、役職や立場に関係なく本来の意図通りに「自由」に発言できることが求められる。

「Do(実行)」のときには、「規律性」が高く、やると決めたことをそれぞれの役割を果たせるように真剣にやり抜くことが求められる。

やり切るからこそ、計画が良かったか悪かったかがわかるのだ。

「Check(評価)」では、また「自由」に議論できなければならない。

たとえば、計画通りに策をやり切っても売れなかったのか。

計画通りやり切ったからこそ、ある属性の人に売れて別の属性の人には売れなかったということがわかったのか。

どの部分がうまくいったのか、どの部分はダメだったのかなど、やり切って見えてきたものについて、「それはなぜだと思ったのか」という理由をふくめて気づいたことを「自由」に発言し、その事実や考えをもとに次の「Action(改善)」に活かさなければならないのだ。

「Action(改善)」では、また「規律性」を発揮して良いと思ったことを手分けしてやり切ることで、成果に結びついていく。

このように「自由度」と「規律性」の両方を上手に使い分けられる会社が、「PDCAサイクル」の価値を最大限に活用できる。

本当にそれができている会社は、じつは少ない。

そして、「PDCAサイクル」のプロセスでは、本音でぶつかり合わなければ、優れたアイデアは絶対に出てこない。

優れたアイデアを出すためには「多様性」と「心理的安全性(psychologicalsafety)」が必要である。

「多様性」については、人材の「質」と「量」のコンピテンシーの部分で説明した通り、多様なバックグラウンドを持ち、多様なものの見方や考え方ができる人がそろっていたほうが優れたアイデアは生まれやすい。

もう1つの「心理的安全性」とは、自分の言動が他者に与える影響を強く意識することなく感じたままの想いを素直に伝えることのできる環境や雰囲気のことである。

具体的には、他者の反応におびえたり、羞恥心を感じたりすることなく、自然体の自分をさらけ出すことができる環境や雰囲気のこと。

グーグルが、成功するチームの構築にもっとも重要な要素が「心理的安全性」だったと発表したことで、日本でも注目を集めることになった。

成長するIT企業やイノベーションを興し続ける企業で、とくに「心理的安全性」が重視されている理由は、最先端のアイデアや思考力、企画力が求められる職場では、自分の頭だけで考えていても、イノベーションを生み出すような斬新な答えが見つからないからだ。

自分とは異なる分野を極めた人、価値観や発想法が異なる人と自由に語り合い、アイデアや意見をぶつけ合い、第三の方法を見つけ出さなければ最高の仕事ができない時代、新しい価値を生み出すためには、他人の脳をも自由に使えることが求められる。

それを実現するには、多少おかしなことをいっても恥をかくことがない、という「心理的安全性」が不可欠であり、自分にないものを持っている人をお互いリスペクトし合い、「多様性」を認めることが求められるのだ。

一方で、これも極論だが、「Plan(計画)」と「Check(評価)」は経営トップがいちばん把握しているので下のメンバーにはそれを求めず、逆に決めたことをやり抜くことが求められる会社の場合には「心理的安全性」が必ずしも必要だとは限らない。

自由に議論していて決定が遅くなるほうが競争に負けるようであれば、良し悪しは別にして、トップが決めたほうが速い。

何より、このような会社においては実行フェーズでの「規律性」が求められる。

ここでも私が伝えたいのは、「心理的安全性」さえも、本当に必要かどうかは、企業の置かれた状況で変わるということだ。

「自由」と「規律」を組み合わせ、短期間で「PDCAサイクル」を回せる会社は圧倒的に強い。

また、企業の状況によっては、「規律」のみを選択したほうが良い場合もあるだろう。

「PDCAサイクル」がどのように回っているかを調べると、その会社の状態がつかめる。

自社のセルフチェックをするときも、その視点で見るとよくわかる。

⑤情報の「共有」と「活用」

情報の「共有」とは、ズバリ社内の「知」がどのように共有されているかということだ。

私の経験上、成功事例、失敗事例をふくめて、情報を活用できている会社と、活用できていない会社のどちらかに二分される。

これらの情報共有が下手な会社は、成功の再現性が低く、成功の頻度を高められず、同じ失敗を何度も繰り返す。

失敗の事実とその理由や背景を共有できなければ、ある拠点で起きた失敗を別の拠点でも同じように起こしてしまうからだ。

一方で、情報を活用できる会社は、同じような失敗を起こさないだけでなく、再現性が高く成功することができる。

個人も組織も成果を重ね、より高い次元で仕事ができるようになるのだ。

リクルートは、この情報の共有が抜群に上手だった。

人に教えることが当たり前の「企業文化」を「仕組み」として植えつけられていたのだ。

社員同士がライバルとして自分のノウハウを開示せず教えない会社も少なくない。

だが、リクルートには、社員同士が手の内を隠すような「企業文化」はない。

部門内で高い業績をあげて表彰された社員に対しては、「どうしてそんな事例が実現したのか?」「どのようにしてそのアイデアを思いついたの?」「営業のプロセスは、どのように進んだの?」など、みんなが自由にズケズケと話を聞きに行くのだ。

聞かれたほうも、惜しげもなく成功のノウハウを明かす。

社内の「知」は共有され活かされるべきものだという共通認識があるので、足を引っ張り合うことはなく、逆に全員で会社の業績を最大化させようとする一体感のようなものが醸成されていた。

私がリクルートで就職活動の雑誌の編集に携わっているときも、独自の編集ノウハウを他の雑誌をふくめたすべての社員に開放していた。

私も、先輩編集者から多くのノウハウを教えてもらった。

そのための勉強会も多く開催されていた。

勉強会を開催して知識やノウハウを伝授しようと思っても、実際には忙しくて会場の準備などができないことが多い。

ところがリクルートでは、開催しようとすると、それを支援してくれる組織があった。

会場の場所取りや社員向けの広報など面倒なことを一手に引き受けてくれるのだ。

伝える側は、中身の準備をするだけで良いのだ。

そのような支援をしてくれる組織があれば、勉強会の頻度は上がる。

共有するという意識付けも大事だが、社内の知恵やノウハウの共有が当たり前に起こる「仕組み」を構築する必要があるのだ。

自社に最適な情報の「共有」と「活用」の仕方を見る視点を持つと、なぜ強いのか、逆になぜ強い会社になれないのかがわかってくるはずだ。

⑥評価の「仕組み」と「報酬」

端的にいうと、「その会社が求める価値を出している人が、きちんと評価されているか、その評価と報酬をふくめた待遇が結びついているか」ということだ。

この評価の「仕組み」と「報酬」を見る視点としては、大きく3つ必要である。

1つ目は「評価すべきものがきちんと設計されているか」。

2つ目は「その評価すべきことがきちんと発見される仕組みがあるか」。

そして3つ目は「その評価を何によって報いようとしているか」だ。

つまり、成果に対する報酬の話である。

これらを1つずつ説明していく。

1つ目の「評価すべきものがきちんと設計されているか」だが、これは1章でも触れたように、どんな人を評価するべきか考え抜かれた人事制度や評価の仕組みが設計されているかどうかということだ。

自社の「コア・コンピタンス」を強くするためには、どんな行動やどんな成果を出す人を評価しなければならないか、自社の「企業理念(社外規範・社内規範)」を実現するには、どんな行動やどんな成果を出す人を評価しなければならないかを考え抜く。

そのうえで設計されていなければ、人は理想の行動などしてくれるはずがないからだ。

2つ目は「その評価すべきことがきちんと発見される仕組みがあるか」ということだが、これが意外とないケースがほとんどである。

たとえば、営業パーソン向けには、営業目標である売上や利益の数値は把握されている。

最終的な売上や利益の目標を達成するための重要な「評価指標」である「KPI(keyperformanceindicator)」として、訪問件数や商談件数が把握管理されていることも多い。

しかし、顧客満足度を高めてリピートしてもらうことが大事な場合、顧客の商談の満足度や取引後の満足度まで把握できているケースは少ないのではないだろうか。

結果としてのリピート率は把握できるだろうが、結果が出てしまってからでは遅い。

どんなに素晴らしい行動や結果を求めても、それらをきちんと会社が発見し把握できなければ、誰も続けはしない。

3つ目は「その評価を何によって報いようとしているか」で、これは求める行動や成果を本気で起こさせるための肝の部分だ。

評価の結果は、良い評価と悪い評価に分かれる。

それを待遇として反映させるものとして、①お金として月例給の変更や賞与額、報奨金、②昇降格などの社内序列である等級やグレードの変更、③課長への昇進や降職などの役職の変更、④インセンティブ旅行や食事券などお金以外のものなどがある。

その「報酬の与えられ方」は適切かを見ていくのだ。

とくにお金や等級、グレードの変更の場合、評価の差に対して、金額差や昇降格の開き具合が妥当かも確認する必要がある。

相当に難易度が高いことを成し遂げたので高い評価が与えられたとしても、賞与額が普通の評価の人とあまり変わらなければ、本人ふくめてそれを知った人たちは、難易度の高いことに挑もうとは思わないだろう。

実際に、評価はしても待遇に差をつけない会社は多い。

最近は、新卒採用においても評価で初任給を変える企業も出はじめたので変わりつつあるが、この現象はとくに古い体質の会社において多く見られる。

結局差をつけないので、いつしか難易度の高いことに挑戦する人はいなくなる。

いくら経営トップが「難易度の高いことに挑もう」と朝礼で叫んでも、実際に行動する人が出てこないのは、仕組みが機能していないからだ。

たとえば、新規事業の立ち上げは難易度が高いことの1つだ。

どの会社も提案しろというが、なかなか手を挙げる人はいないのが実情だろう。

それは、新規事業を考えて会社に認めさせるだけでも大変なことであり、しかも新規事業がもし失敗すると、責任を取らされて減給や降格、左遷などになりかねないことを多くの人が知っているからだ。

しかし、たとえば新規事業を考えること自体を評価する仕組みが取り入れられている会社だとどうだろうか。

新規事業の提案をして、役員会でOKが出れば、2段階昇格する。

そして、実際に新規事業がはじまり成功すれば、さらに昇格をする。

万が一、失敗すれば降格するが、その幅は1つだけ。

この仕組みであれば、新規事業がうまくいけば3つ以上昇格、そして新規事業にたとえ失敗したとしても1つ上がっていることになる。

このような昇降格の仕組みであれば、挑戦者は絶対に増えるはずだ。

評価をきちんと待遇に反映させる仕組みこそが、人の行動を促進させるうえで大切になる。

このように「評価の仕組み」を見れば、その会社がさらに強く、さらに伸びそうかがわかる。

「報酬」との関係を見れば、社員のモチベーションの有りようが想像できる。

「その評価の仕組みが、本当に自社にとって適切かどうか」は非常に大きなポイントである。

⑦「主体性」と「モチベーション」

社員に「主体性」があるか、言い換えると「当事者意識」があるかは、会社の基礎的な力に大きく影響する。

たとえば、会社の入口にゴミが落ちていた場合、「当事者意識」が高い人は積極的に拾う。

自分の家にゴミが落ちていたら拾うのと同じ原理である。

しかし、表現は過激だが、腐りかけている、あるいは、すでに腐っている会社の社員は拾わずに通りすぎる。

社内の壁に期限がすぎたポスターが貼ってあってもそのままで、入口に置いてある観葉植物が枯れていても放置したままだ。

「当事者意識」の程度は、そうした小さなことに表れる。

極端にいえば、もし目の前で火事が起こっても、「当事者意識」の低い社員の場合には、せいぜい「火事が起きています」と上司や総務に報告に行くくらいで、火が目の前で燃えていても、自分ですぐに消そうとはしない。

「当事者意識」がない人材ばかりの会社は、決して強くなれない。

何かが起こっても、上のせいばかりにして自分たちで解決しようとはしないからだ。

社員が自社に対して、自社のビジネスに対して、どれだけ「当事者意識」を持っているか、「主体性」を発揮するかは、会社や商品・サービスの近未来に影響する。

組織診断をする場合も、この「当事者意識」や「主体性」を測る項目を見てみると企業の近未来が予測できる。

「当事者意識」が低ければ、変化を感知するアンテナの感度も鈍い。

顧客から新たな要望が持ち出されたとき、そうした人材はこんなひと言を発するだろう。

「申し訳ございません。

それは弊社ではできないのです」ところが、「当事者意識」がある人材は、まず「おや?それを要望されるのはなぜなのだろう?」と考える。

主体的に問題解決をしようとする意識が働き、次のような応対につながる。

「申し訳ございません。

現状、弊社では難しいのですが、今後のためにどのようなご事情かお聞かせいただけませんか」「前例がないので認められない可能性もありますが、一度社内で検討させてください。

わかりしだい、共有させていただきますので、少しお時間をいただけますか」顧客の要望をあらためて社内に確認したり提言したりすることで、新たなビジネスチャンスが広がる可能性がある。

顧客の要望に応えられなくても、「当事者意識」や「主体性」の有無が顧客との関係を強固にすることも少なくない。

ここで付け加えておくと、その社員が顧客と話した後に、実際に社内で上司に伝えたとする。

「前例がないので実現できないかもしれませんが、〇〇製作所さんからこんな要望がありました。

確かに今後同じようなニーズが他社からも出てくる可能性があると思いますので、一度社内で検討しませんか」その際に上司が、「社内のルールで認められていないことをやるな」といったとすれば、その瞬間にその社員は「当時者意識」をなくし、二度と「主体性」を発揮しなくなるだろう。

「ダメとわかっていて、それでもわざわざいってきたのには深い理由があるのだよね」「確かに、その要望はこの顧客だけではなく、他にも同じような要望を持った会社があるかもしれないな。

よくいってくれたね」このように上司が評価したら、「当時者意識」は高まり、「主体性」はさらに発揮される。

制度やルールのようなかたちのある組織戦略の仕組みだけでなく、上司の意識をふくめたコミュニケーションの在り方によっても、人の「主体性」や「モチベーション」は大きく影響を受ける。

「当事者意識」を持たせるという意味では、報酬の形態も少しずつ変わりつつある。

たとえば、幹部向けの報酬も、ストックオプション中心から現物株に変えるところも出はじめている。

経営状態が良く株価が上がったときにだけ利益を手にすることができるストックオプションではなく、上がることも下がることもある現物株のほうが、よりリアルに個人の利害と一致するからだ。

少しでも長期的に株価を上げようと、当事者にならざるをえない。

ただし、報酬をニンジンとしてぶら下げないと「当事者意識」が生まれないようでは、組織として機能しているとは言い難い。

大事なことは、ここでも「企業理念」である「社外規範」「社内規範」への共感である。

まず「企業としてこういう価値を出す」「こういう働き方を求める」ということへの共感がないと、「主体性」は生まれない。

そのうえで適切な報酬があることで、人は本当のやりがいを感じ「当事者意識」を持つようになる。

「価値観」や「方針」が社員に浸透しているか。

「企業理念(社外規範・社内規範)」が社員を熱くさせているか。

そして、そのような行動を行えばきちんと「評価される仕組み」になっているか。

これらがそろってはじめて、「当事者意識」が芽生え、「主体的」に動き出すようになるのだ。

これら7つの視点は、自社の現状を振り返る際の判断基準となる。

自社のどの点に改善が必要か、また伸ばすべき点はどこかを見極めることができる。

とくに注意して検証してほしいのは、大事にする「企業理念(社外規範・社内規範)」と自社の「強み」の源泉である「コア・コンピタンス」を強化する方向に向かっているかどうかだ。

リクルートの成長を支えた「仕組み・制度・施策」から見えてくること

「組織診断7つの視点」で紹介したポイントが機能している事例として、私が在籍していた頃のリクルートの「仕組み・制度・施策」を見ていきたい。

ケースとして参考にしやすいように、「人が自ら動く組織戦略」の例として普遍性の高い内容にしたつもりだ。

とくに、企業や事業が成長しているステージでは参考になるはずだ。

「仕組み・制度・施策」の効用と導入する際の設計の仕方のヒントとしても活用していただきたい。

①ベストプラクティス発表会

「ベストプラクティス発表会」とは、成功事例を発表し合って共有する大会のことである。

リクルートでは、「シーガルコンテスト(ガルコン)」と呼ばれていた。

毎年、全社員が参加する「知の共有会」のことで、基本的には事業部単位で行われる。

1年間でもっとも自信のある仕事、全体で共有すべきノウハウが詰まった仕事をレポートにまとめて発表し合うイベントだ。

優勝賞金も本気にさせるだけのかなりの額が出た。

優れた事例を聞くことで、みんながそこから学べる。

真似ることができるのだ。

リクルートの「企業文化」は「教えることは良いこと」「学ぶことは良いこと」なので、ナレッジを共有する仕組みとしては最高のイベントだ。

この発表会が生み出す価値は主に5つある。

1つ目は、当然ながら「ナレッジの共有」になるということ。

ビジネスをするうえでのノウハウや知識が少ない若手には、大いに勉強の機会になる。

ベテランには、ベテランならではの視座の高い取り組みや、顧客である経営者の懐に入り込んだ深い仕事が紹介されるので、全員にとって刺激的な場所となる。

そこで入賞した作品と最終審査に残った作品は読みものとしてまとめられ、全員に配られる。

現在であれば社内のサーバーに置いて全員で見られるようにしても構わないだろう。

また、自由に聞くこともできるので、興味のある事例や自分が抱えている課題を解決した事例などにはレポートに書かれていないようなことまでヒアリングをして自分の仕事に活かす人もいる。

この「仕組み・制度・施策」によって、経験の浅い人もベテランも、1人ひとりの提案力が全体に底上げされ研ぎ澄まされるのだ。

そのことだけでも会社は相当強くなる。

さらに効果があったのが、若手、とくに新入社員や入社数年目のスキルやノウハウが未熟な人たちへ、良い影響を与えているという点である。

ここで少し、リクルートの祖業である新卒採用支援事業の「ビジネスモデル」について考察する。

就職活動をする学生に企業の情報を紹介する情報誌『リクルートブック』が競合他社と違ったのは、単に広告の枠を売るだけではなく、相手の立場に立って一体となって考え、広告の中身に踏み込むコンサルタントのような立場を取ったことだ。

だからこそ、圧倒的に高い料金でも顧客が増えていったのである。

企業イメージをどう変えるか、学生にどのように興味を持たせるか、最後の口説き文句はどうような表現が学生に刺さるかなど、あらゆることを考えて提案する営業のスタイルだった。

その提案の内容が相手の企業に刺されば大きな仕事をいただける。

それだけに、営業の相手も役職者のケースが多い。

中堅中小企業であれば社長や役員、大企業であれば役員や部長だ。

その人たちを相手に新入社員が営業するのである。

常識から考えると、一見、無謀に見えないだろうか。

ところが、ここに絶妙な「ビジネスモデル」の設計がある。

新卒採用で採用される学生側の気持ちは、昨年まで学生であった新入社員がもっとも詳しい。

通常、新入社員はすぐには価値を発揮できないと考えられがちだ。

それゆえ、教育費を3年とか5年かけて稼げる人材に育て上げる。

入社直後は仕事を知らないから当然なのだが、新卒採用支援の場合にはそこが逆に利点となる。

新入社員や入社数年目の若手が、営業先の業界がどのように思われているか、その企業の魅力はどこに感じるかなど、思ったことを自由に語れば語るほど、先方は乗り気になってくるのだ。

それぐらい実体験にもとづくリアルな意見は的を射たものともいえる。

つまり、企業の中では人件費がいちばん低い新入社員でも、十分に通用する「ビジネスモデル」を開発したことが秀逸なのだ。

そこで、問題が起きる。

若手社員は学生の気持ちには詳しいが、ビジネスの知識や営業の方法など、それ以外のことは詳しくないのだ。

だからこそ、このベストプラクティスを共有する場が大いに価値を生む。

「自分が思っていることを適切に伝えるためには、どのような調査をすると明確化できるのか」「経営者に納得してもらうにはどのようなプレゼンテーションが効果的か」「提案後のクロージングまでには、どのようなフォローをするとうまくいくのか」など、この大会でさまざまな知恵が共有されるからだ。

この「ベストプラクティス発表会」という「仕組み・制度・施策」は、「ビジネスモデル」を強化するように機能しているのだ。

2つ目は、さらにもう1つの「ナレッジ共有の価値」だ。

それは、「トランザクティブ・メモリー(Transactivememory)」としての価値である。

「トランザクティブ・メモリー」とは、社会心理学者のダニエル・ウェグナー氏が唱えた組織学習に関する概念で、組織の記憶力(経験によって学習した情報の蓄積)において重要なのは、組織全体が同じ知識を記憶することではなく、「組織内で『誰が何を知っているか』を把握すること」である、という考え方である。

「What」ではなく「WhoknowsWhat」を共有していることの価値を説いており、組織の学習効果やパフォーマンスを高めるためには重要というわけだ。

わかりやすくいうと、集団において「誰がどのような情報に詳しいか」を共有し、わからない問題に直面したら、その問題に詳しい人に尋ねることで、その人の情報を自分のものとして活用できるということである。

一般的に、「情報の共有」というと、組織のメンバー全員が同じことを知っていることが重要だととらえられがちだ。

しかし、人間の記憶量には限界がある。

全員が同じことを覚えていても効率が良いとはいえない。

一方、組織の各メンバーが何らかの分野に詳しい専門家のようになれば、「この分野のことが知りたいときは、この人に聞く」ということを組織で共有できる。

そうすれば、組織全体のナレッジはどんどん広く深くなるのだ。

リクルートでは社内で、調査を使った企画が得意な人、中堅中小企業の採用の成功に詳しい人、大手企業で社内の説得がスムーズにいく企画提案が得意な人、インタビューのノウハウを持った人など、誰がどんなナレッジを持っているかが、この発表会で共有されるのだ。

当然、誰もがその知恵を借りることができ、自分の仕事に活かすことができる。

個人を強くし、会社を強くする仕組みとして機能しているのだ。

3つ目は、「自分の成長を感じられる機会になる」ということ。

高いモチベーションで走り続けるためには、自分の存在をきちんと認めてくれて尊敬し合えるような仲間と働きたいという周囲との「関係性」が重要である。

また、自分でもさまざまな難易度の高いことができるという「有能感」と、ものごとを自分で決めることができる「自律性」や「自己決定感」が必要だ。

それにもう1つ「成長感」が加わると、人のやる気は高まる。

そのような意味でも、「ベストプラクティス発表会」のために、年に一度、自分の行った仕事の棚卸しをすることは大きな意味がある。

「どんな成功体験を積めたのか」「なぜ、成功したのか」「どんな失敗をしたのか」「なぜ、失敗してしまったのか」「この1年で何ができるようになったのか」「なぜ、できるようになったのか」を冷静に内観し自己分析することは、とても重要な経験になるのだ。

仕事は、通常終わりなく続いていく。

よほど大きなプロジェクト型の仕事でない限り、小さな終了はあるが、次の仕事がまたはじまり、延々と日常が続いていくように感じられる。

そのような日常であれば、意外と「成長感」を感じる機会は少ない。

だが、「1年」という時間は短いようで長い。

ちょうど自分を振り返るのに良い期間となる。

多くの人は、何かしらの成長をしている。

できることが増えたことを実感すると、次の目標もおのずと自らで考えるようになる。

逆に、成長が少なかった人は、そのことにハタと気づくだろう。

そうすれば、今の延長ではダメなことや、自分がやるべきことを自覚するはずだ。

「ベストプラクティス発表会」という「仕組み・制度・施策」がうまく機能すると、成長を実感し、次の目標までおのずと決めさせる原動力になりえるのだ。

4つ目は、「自分たちの仕事が顧客や社会に役立っていることの実感」である。

とくにベテラン社員の仕事の話を聞くことで、まだ高いレベルでの仕事ができていない若手も自分たちの仕事の価値をあらためて認識する。

そして、いつかは先輩たちのように、顧客や社会に大きな影響力のある仕事をしたいと思うのだ。

自分たちが行っている仕事に自信を持たせる効果がある。

これは1人ひとりを本気で仕事に向かわせるための前提となる。

5つ目は、「人事評価に関する課題を解決していること」である。

多くの人は、この価値にまでは気づきにくい。

どの会社も、人事考課の際に、その評価のフ

ィードバックで苦労している。

とくにフィードバック面談の際に、次のように詰められて苦労した経験のある管理職の人も少なくないのではないだろか。

「なぜ、私の評価がそんなに低いのですか?これだけやっているのだから、もっと高く評価されてもいいはずです」そのとき、困るのは評価したものさしを的確に伝えられないからであろう。

「ベストプラクティス発表会」は、そのものさしとなる「仕事の相場」を全員で共有する効果があるのだ。

たとえば、入社3年目の社員が「自分の評価はおかしい」と不満を訴えてきたとしたら、次のようにいえる。

「ベストプラクティス発表会のレポートは読みましたか。

同期の彼の仕事をどう思いましたか。

私はきみがあのレベル以上にできると思っている。

でも、今回はそこまでいっていない。

だから評価はBなのだ。

次こそは、もっと頑張ってほしい。

期待しているよ」すると、仕事の質や量といった各世代の仕事のレベルの相場感がおのずと共有されるのだ。

一般的には評価の場合、他人と比較するのは良くないが、周知の事実となっていることであれば、比較されても心理的な抵抗感は弱まるので伝えやすくなる。

このものさしとなる仕事のレベルの相場感がないと、社員が評価に不満を持ちやすい。

人間は誰もが自分に甘いから「自分はこれだけやったのに、どうしてC評価なのか」と思いがちである。

相対的に部下を見ている上司には感覚的にわかるかもしれないが、それを言語化して部下に伝えるのは意外と難しいものだ。

このとき、指標となる仕事のレベルの相場感が全社で共有されていると、上司と部下の共通認識になり、合意を得やすくなる。

「ベストプラクティス発表会」は、「知の共有」を行うことで仕事のレベルの底上げをすると同時に、自分の成長を実感させ、自分たちの仕事に誇りを持たせ、評価されるときの基準をも与える。

これが重要な価値になっている。

「仕組み・制度・施策」を設計する際には、ここまで価値や効能を考え抜くのだ。

②新規事業提案制度

リクルートでは新しい事業や、既存の事業に関する新しいやり方などを、年に一度、自由に提案できる制度があり、「RING(Recruitinnovationgroup)」と呼ばれていた。

今も続く事業がいくつもここから生まれた。

どの企業も、1つの事業だけではさらなる成長や永遠の繁栄はありえないので、新規事業を検討する。

また、既存の事業も新しいやり方などのアイデアを投入して活性化させれば、さらに強い事業になり、ビジネスの寿命も長くなる。

しかし、いくら「新しい商品やサービスを生み出そう」と経営トップがいってもなかなか出てこないのが実情だろう。

それは、そのための仕組みがないからである。

リクルートの新規事業提案の仕組みの特徴は2つある。

1つは、「新規事業を提案し、実際に会社に認められ提案が通ったら、その提案をした人が実際に事業の立ち上げを行うことができる」ということ。

すなわち、提案することが目的となるのではなく、本当にやりたい新規事業を提案するわけだ。

おのずと、何をやるかのアイデアも、事業計画の内容や資金プランもリアリティを持つ。

現実感が違うのだ。

だから、実際に多くの新規事業が生み出される。

もう1つの特徴は、「非日常の推奨」である。

自分が属する課や部といった既存のチームのメンバーで取り組んでも構わないが、できれば部署や組織を越え、さまざまな人とチームを組むことが推奨される。

既存の事業を行っている同じメンバーだけで話し合っても、アイデアは既存の延長になりがちだ。

もちろん、無理矢理知らない人同士を結びつける仕組みまではないが、極力、他部署の人と一緒に取り組むことで、社員の異なる価値観や視点を融合させることができるという効果が生まれる。

組織の壁を越え、さまざまな知を共有することで、社会に新たな価値を提供するイノベーションが起こしやすくなるのだ。

この制度は進化して、最近では社外の人を巻き込んでも良いというルールにまでなっているようだ。

じつは、この新規事業の提案のために集まった他部署のメンバーが、日常の仕事を助けてくれるなんてこともよく起こる。

新規事業を通じて真剣に話し合えば、コミュニケーションも深まり濃密な人間関係ができる。

これも大きなポイントで、イベント的な新規事業提案という「仕組み・制度・施策」を利用して、日常の仕事の底上げも同時に行わせるような仕掛けになっているのだ。

③目標達成報奨金制度

「目標達成報奨金制度」とは、組織として目標を達成した際に、特別な報奨金が出る制度のことである。

リクルートでは「GIB(Goalinbonus)」と呼ばれていた。

当時は、「プロフィット・センター」と呼ばれる利益に責任を持つ部署単位で競争し合っていた。

同じ商品を売っている課単位で競争していたのだ。

そして上位に入ると、定期ボーナスとは別に、かなりの額の臨時ボーナスがもらえる。

目標を達成すれば報奨金が出ることはよくあることだ。

ただ、リクルートが変わっていたのは、臨時ボーナスの「お金のもらい方」のルールである。

それは、組織単位の社員旅行に参加すると全額もらえるが、参加しなければ半額しかもらえないというルールなのだ。

このルールに込められている想いは、チームで仕事をするときには、オフィシャルな公式のコミュニケーションだけでなく、プライベートをふくめた非公式のコミュニケーションも必要であるということだ。

チーム内で濃密な人間関係を構築するには、仕事だけでなく、飲みながら人間関係を深めたり、運動会でチーム一体となって盛り上がったり、職場単位で旅行に行ったりすることも効果的である。

しかし、仕事のオフのときまで職場の同僚と一緒にいることを嫌う人もいる。

社員旅行を強制して、反発が出た会社もあるのではないだろうか。

実際、社員旅行は、「オフの日まで拘束されるのは嫌だ」「会社に強制されるのが嫌だ」などと訴える若い社員の意見が強くなり、一時期下火になった。

しかし、今再び社員旅行が見直されている。

同じ理由で、運動会も下火になったが、また復活している。

それらの背景にあるのは、チームとしていい仕事をするには、ベースとなる人間関係がなければうまくいかない、とあらためて実感しているからである。

オンのコミュニケーションとオフのコミュニケーション、公式と非公式のコミュニケーションが必要になるのは、もはや説明の必要はないだろう。

社内のメンバーは、同じ目標を持って協力し合う仲間である。

仕事を遂行するうえで「これをやってください」「はい、わかりました」だけの付き合いだけでは、ここいちばん、本当に信頼し合って踏ん張れる関係は構築できない。

チームビルディングの研修が増え、「心理的安全性」を実現する取り組みが増えたのは、良好な人間関係をつくり、今まで以上に強固な組織にするベースづくりであり、会社がコストをかけてまで力を入れるのは、そのほうが明らかに成果が出るためだ。

個人の力も大事だが、チーム間の助け合いや結束や一体感があったほうが、仕事のクオリティとスピードが上がる。

その価値は、今再び見直されている。

リクルートの「目標達成報奨金制度」という仕組みは、そのような行事に自然と参加したくなるようにうまくできているのだ。

誰だって臨時ボーナスは満額もらいたい。

その金額が少なければ、旅行だけで使い切ることもあるが、多くの場合には旅行代を上回る。

旅行に参加せずに半額になるぐらいなら、気持ちよく参加して全額をもらうことを選ぶ人は多いだろう。

この制度によって、よほどの用事がない限り、みんなが参加した。

強制ではなく、あくまでも自由意志での参加である。

このちょっとしたことだが、旅行に不参加だと報奨金を半額にするという仕組みは、会社が強制することなく、ほぼ全員を職場旅行に参加させる方法として、非常に効果的だったのだ。

もちろん、リクルートの社員がオフの非公式のコミュニケーションの重要性も理解していたからこそだが、人が自ら動くための仕組みとは、このようなことも指す。

隣に座っている人とさえメールやSNSでやりとりする時代、自然と組織の一体感が生まれるための「仕組み・制度・施策」は重要性が増している。

④長期休暇制度

この長期休暇制度は「ステップ休暇」と呼ばれていて、3年間働くと4週間の休暇が取れるというものである。

これは有給休暇扱いだが、それに加えて、ステップ休暇手当として、1カ月分の基本給と同額の手当がもらえる。

至れり尽くせりの制度である。

実際には、誰もが相当忙しいので、きちんと3年に一度のペースでは取得できないが、それでも気合いを入れて準備をすれば、4、5年に一度は取得できた。

当時のリクルートは平均年齢が低かったこともあり、この休暇を活用して海外に行く人が多かった。

ボランティア活動を行う人、自己啓発としてふだんではできない勉強を集中的に行う人もいる。

この制度を通して、日常ではできない経験をして、見聞を広めることが推奨されていたのだ。

中堅中小企業が4週間の有給休暇に加えて1か月分の給与相当額を支給するのは、莫大な負担になる。

しかし、この制度は、その後の会社の発展に寄与する。

当時のリクルートの各事業の「ビジネスモデル」は、ほとんどが日本国内で閉じたものが多かった。

リクルート自体、ドメスティックな企業だったのだ。

もちろん留学生向けの採用情報誌を海外で出していたので、海外展開をしていなかったわけではない。

しかし、圧倒的に国内比率が高かったのだ。

国内中心のビジネスをしていると、海外事情や新しいビジネスの潮流に目が向かなくなる。

その意味では、この長期休暇制度は、社員に世界へ目を向けさせるために、とても有効に

働いた。

1989年にベルリンの壁が崩壊したが、私もそれからしばらくして東欧諸国を回った。

現地での経験は、とても勉強になった。

多くの西側企業が生産拠点として東欧諸国に進出したのは、労務費の安さが大きな理由だったが、その経済格差を目のあたりにすることができた。

アメリカに行った社員たちは、アメリカで見た新しいものを持ち込んだ。

とくにインターネットの勃興期だったので、アメリカではいろいろなサービスが生まれていた。

そうやってさまざまな人がさまざまな場所に行って見聞を広めて帰って来たことは、この制度のために莫大なお金をかけても、十分に元が取れる以上の何倍もの価値に結びついたはずだ。

さらに、この制度には、もう1つの狙いがある。

それは、下の人間の育成につながることだ。

当時はインターネットで自由にメールをやりとりして仕事を進めるような時代ではなかったので、海外に行くと今のように簡単には連絡が取れなかった。

そこで、この長期休暇に入る上司や先輩の仕事を引き継いだメンバーや後輩がたくましく育ったのだ。

事前に4週間不在にすることがわかっているから、その間に起こりそうな事態を上司とメンバー、先輩と後輩で必死に考え、丁寧に準備してから休暇に入る。

仮に不測の事態が起こっても、そう簡単に連絡が取れないから、残った次の若手が自分の判断で対応しなければならない。

その4週間を乗り越えた若手は、明らかに成長していた。

現在では、世界中ほとんどの場所で連絡がついてしまうが、上司や先輩不在のなか、メンバーや後輩が自分で考え、必死に課題を解決する体験は、人を大きく成長させる。

上司や先輩に依存するクセがある人も、自立し自律できるようになっていく。

今のような時代でも、人を育てるためには、これと同じような状況をつくり出せる仕組みが必要なのかもしれない。

⑤40歳定年制度

当時のリクルートでは、40歳で定年退職する制度があった。

今でこそあまり驚かれなくなったが、以前は講演やセミナーでこの話をすると、「40歳で定年とは何とひどい会社なのだ」とよく驚かれた。

正確にいうと、40歳で絶対に辞めなければならないわけではない。

無理矢理追い出されるわけではなく、優遇された退職金をもらい定年退職することを選択できたのだ。

通常の賃金テーブルに紐づけられた規定の退職金の他に、1000万円の加算金が支給された。

なぜ、1000万円なのか。

それは、制度が成立した当時、株式会社を設立するには資本金として1000万円が必要だったからである。

退職して会社を興す人のために、資本金として活用できる金額が想定されたのだ。

そして、「40歳」という年齢にも理由がある。

自分で事業や、何かをはじめるには、気力も体力も必要である。

40歳は、20歳すぎから働きはじめ、当時の一般的な定年退職の年齢である60歳までのほぼ真ん中、まさにビジネス人生の中間点に近いのだ。

何より、もともと当時のリクルートに入社してくる人たちは、いつかは自分で何かをやりたいと考えている人が多かった。

私もその制度ができたときに、喜んだうちの1人だ。

いつかは自分で何かをしようと考えていたからだ。

じつはこの制度が成立した前提には、リクルートの社員のマインドの特徴がある。

リクルートは採用時から「自分で何かをやりたい」と考えている人を数多く集めていた。

「自走型」と呼んでおり、自分で勝手に走り出すようなタイプの人を好んで採用していたのだ。

あえてこのことに触れているのは、「仕組み・制度・施策」は、どんな社員がいるのか、つまり社員の価値観や傾向とセットで考えないといけないからだ。

独立など怖くてできず、1つの会社で一生勤め上げたいと考えている社員が多ければ、この制度はなじまない。

しかし、当時のリクルートでは、この制度に賛同する人が多く、正式にこの制度ができてからは、多くの社員が40歳からの自分の第二の人生を考えるようになった。

つまり、40歳に向けて起業の準備や転機を迎える心の準備をはじめる人が増えたのだ。

この制度は、きわめて合理的に設計されている。

具体的には38歳~42歳までの間に制度を使って退職すると、加算退職金は満額もらえる。

42歳をすぎると加算退職金は一気に減額される。

そして、数年で通常の退職金と同じ扱いになるのだ。

仮に、40歳を起点に1000万円の加算退職金が毎年100万円ずつ減り、最終的には49歳まで使える制度設計にすると、40歳前後で退職する人はそれほど多くはないだろう。

しかし、その5年間しか満額は受け取れない仕組みにすることで、この期間に退職する人が圧倒的に多い状態をつくり出せる。

これこそが、制度によって行動を促す典型的なケースである。

「40歳定年制度」の会社にとってのメリットは、従業員の新陳代謝が図れることだ。

結果、常に若いエネルギーを中心とした会社に保たれる。

社員としても、加算退職金を手にすることによって第二の人生にチャレンジできる。

また、制度自体が大きなメッセージを発している。

「40歳以降は、自分で生きていく道を探しなさい」と。

これが認識されれば、早くから40歳以降の人生について余裕をもって考えることができる。

私も入社したときから、いつかは自分の腕で生きていきたいと考えていた。

この制度ができたことで、自らの意思が明確になり、結果として行動が変わった。

実際に、私の場合はさまざまな研修を受けるときでも、研修の内容だけでなく、常に教える側のノウハウも吸収するように心がけた。

具体的には、ノートの左右の片方には実際の研修の内容を、もう片方には明日から同じ研修ができるように講師が話す小ネタや呼吸を置くタイミングまでメモをした。

研修を教える側に立つ覚悟で研修を受けるので、同じ時間でも吸収度合が何倍にもなった。

「仕組み・制度・施策」は、人の生き方や心構えまで変える効果があるのだ。

「仕組み・制度・施策」は、それを実行すると社員の心理に何が起こるかまでを考えなければならない。

逆にいえば、心理的な変化を起こすには、どのような「仕組み・制度・施策」を取り入れればいいかを考え抜く必要がある。

「仕組み・制度・施策」はそこまで深く考えてつくらなければならないのだ。

カタチだけ整えても、人の動きは変わらない。

「組織」は「戦略」に従う、「戦略」は「組織」に従う

この章では、「今、自社が置かれた状況はどうなのか」、それを理解したうえで、リクルートの事例も交えて最適な「仕組み・制度・施策」を設計しなければならないということをお伝えしてきた。

長期的視点に立てば、理想をめざして組織をつくり、それに合わせた「仕組み・制度・施策」を設計するべきだ。

しかし、短期的視点では「今、存在する人材」でどこまで戦えるかを最大限に考えて、その意図に合うような行動を促進させる「仕組み・制度・施策」を設計していく。

そこには「組織は戦略に従う」「戦略は組織に従う」という永遠の命題を整理して把握しておくことが重要になる。

アメリカの経営学者アルフレッド・チャンドラー氏は、「(経営)戦略」によって必要な「組織」は異なると説き、「組織は戦略に従う」という。

ゼロから組織をつくれる場合は、まさにその通りだ。

既存の組織でも、中長期的に見れば「組織」は「戦略」によって変化するといえる。

「戦略」の上位概念である、世の中をこうしたいという「企業理念(社外規範・社内規範)」を実現するために「戦略」があり、その「戦略」の実行のために組織構造を設計し、人材を集め、それが機能するような「仕組み・制度・施策」をつくることが求められる。

一方、ロシアの経営学者イゴール・アンゾフ氏は、「戦略」は現状の「組織」の力量に左右されるので、「戦略は組織に従う」と提唱した。

現実には、ゼロから組織をつくる余裕などなく、短期的に会社を変化させる必要に迫られるケースがある。

たとえば、スマートフォンの普及で小型カメラの需要が一気に縮小したカメラメーカーのようなケースだ。

何か手を打たなければ会社が消滅してしまうような局面では、既存の「組織」の能力をもとに新しい「戦略」を立てなければならないのだ。

今、存在する人材や組織の能力は急には変えられない。

だからこそ、このような局面では、人材や組織の能力を最大限活用しながら大きく舵を切るための「仕組み・制度・施策」をつくることが求められる。

「仕組み・制度・施策」を設計する人間は、「戦略によって組織は変化する」「組織によって戦略は変化する」という2つの命題を常に頭に入れて使い分けながら、会社の現状を冷静に判断していくことが求められる。

そして、経営に関する名著として知られるジム・コリンズ氏の『ビジョナリーカンパニー2飛躍の法則』の中では、「誰をバスに乗せるか」が重要であり、最初に人を選び、その後にどこに向かうべきかを決めると説かれている。

「何をするか」よりも「誰をバスに乗せるか」のほうが重要になるのだ。

それに私の考えを加えると、「企業文化」にふさわしくない人には降りてもらい、「企業文化」にふさわしい人だけが乗っているバスにするということである。

そこにいる人たちのモチベーションを高め、持てる能力を最大限に発揮させるような「仕組み・制度・施策」が加われば、バスは必ず成功に向かって走り続けるはずだ。

コラム2ファーストリテイリング・柳井正さんから学んだ「成功と失敗の分水嶺」

ファーストリテイリングでは、頻繁に役員、執行役員で会議を開き、さまざまな意思決定をしていた。

そのような会議では、経営トップの柳井さんが最初に答えをいうことはない。

先にいってしまうと、参加者が同じような意見を述べるからだ。

それぞれが本音で思っていることを俎上に載せ、議論し、そのうえで意思決定されるケースが多かった。

あるとき、多くの役員が反対している案件があったが、最後に柳井さんの「やりましょう」のひと言で実行されることが決定した。

私は会議が終わった後、柳井さんにその理由を尋ねた。

「あれだけ反対が多かったのに、最終的に、やると決めたポイントは何なのですか?」すると、次のように教えてくれた。

「同じ失敗をするなら、誰よりも早く失敗したほうがいいのです」趣旨は、こうだ。

何か新しいこと、今までにやったことがないことをやる際には、多くの人が賛成し出したら、時すでに遅し。

他の誰かがやりはじめている可能性も高い。

だからこそ、誰よりも先に挑戦して、誰よりも先に小さい失敗をしたほうが良いのだ。

そして、その失敗の中から、成功するポイントを誰よりも早く見つけることこそが大事だ、ということである。

柳井さんのこの考えを、私は「成功と失敗の分水嶺」と名づけた。

柳井さんは最初の著書『1勝9敗』の中で、「誰よりも早く、致命傷にならない範囲で失敗する価値」の重要性を説いたが、実際、柳井さんはさまざまな失敗をしている。

たとえば、かつて「ユニクロ」の姉妹ブランドとして「ファミクロ」「スポクロ」を立ち上げるが、うまくいかないと見るや、すぐに撤退した。

それ以外にも、さまざまなトライアルと、失敗をしながら現在の「ビジネスモデル」にたどりついた。

海外への出店も、何度も失敗している。

私がファーストリテイリングに在籍していたときにも海外初進出として、英国に21店舗まで店舗網を広げたが、いったん6店舗まで縮小した。

しかし、そのような失敗を繰り返し、「PDCAサイクル」を繰り返すなかできちんとノウハウをつかんだからこそ、海外の売上が日本国内の売上を抜くところまで成長させることができたのである。

真剣にやり続けた結果としての失敗は、すべて何らかの果実になる。

失敗があるからこそ成功するといえるのは、うまくいかなかった理由を真剣に考え抜き、試行錯誤を繰り返し、何としても成功させるという覚悟で、そのコツをつかもうと努力した人だけだ。

そのような覚悟のうえで、「成功と失敗の分水嶺」の見極めが命運を握る。

「分水嶺」とは、雨が降ったときに山脈のこちら側に流れるか、あちら側に流れるかの境目のことをいう。

重要なのは、その「分水嶺」、つまり「成功のポイントはこれだ」という核心を見つけることである。

それに気づき、検証し、見極めて、さらに見極めて、最終的に確信を得る。

そして、確信が得られたら、大きく張って勝負する。

これが柳井さんの勝ちパターンであり、ファーストリテイリングの勝ちパターンなのだ。

いわゆる「一発屋」と呼ばれる存在のように、ある商品やサービスを一度だけ当てることはできたとしても、ヒットする商品やサービスを継続的に出し続けることができる企業はそれほど多くはない。

一発屋は、なぜそれが受けたのか、なぜ売れたのかがわかっていないからだ。

「成功と失敗の分水嶺」を見極めることなく、勘を信じ、次を大きく張ってしまうから、大きく失敗して立ち直れなくなる。

ファーストリテイリングが利益を出し続けているのは、「分水嶺」を確信するまでは、致命傷にならない程度に小さな失敗を繰り返すからである。

そして、「分水嶺」を見つけた瞬間に、大きく張る。

大規模に勝負するからこそ、利益が出る可能性が高まるのだ。

せっかく「分水嶺」を見つけても、小規模な勝負では大きな利益は出ない。

下手をすれば、大手に気づかれ、真似されてしまう恐れすらある。

あらゆるヒット、あらゆるイノベーションは必ず、強い「当事者意識」を持った人が試行錯誤を繰り返しながら「分水嶺」を見極め、ブレークスルーすることで成し遂げてきたはずだ。

「リスクを取らないと、利益は出ません」これは柳井さんの口癖だ。

リスクを最小化する努力は当然しなければならないが、リスクを許容しなければ利益は出ない。

「成功と失敗の分水嶺」を見極めたら、リスクを許容し、勝負をかける。

ユニクロは「成功と失敗の分水嶺」を見極め続けてきたからこそ、世界中の人から愛されるブランドになったのだと思う。

 

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