第4章強い会社に変わるための「仕組み・制度・施策」ケーススタディ「FR社の組織変革」
社内には、解決すべき課題が山積み
「ビジネスモデル」を変える──「製造小売業」への脱皮これはFR社がまだ自社商品だけではなく、メーカーや問屋から仕入れていた頃の話だ。
業績の推移に危機感を覚えた経営トップの発案で、新聞にある広告が載った。
「UNQの悪口言って100万円」顧客から寄せられる生の声の重要性を熟知する経営トップならではの施策だった。
当時を知る人に聞くと、おびただしい数の投書が来たという。
悪口をいって100万円もらえるなら、誰だって投稿したくなる。
それを幹部全員で読んで、課題のカテゴリー別に仕分けをしていった。
当時のFR社は、今のように百貨店やショッピングセンターに入居する店舗が中心ではなく、郊外型のロードサイド店が中心だった。
店舗の建物も倉庫のような形態である。
店舗自体を倉庫と見立てて、商品を保管するバックヤードを持たないというコンセプトだ。
商品を低価格で提供するために、当時は接客サービスにもそれほど力を入れていなかった。
1つの店舗に社員もそれほどいなかった。
たとえば、お客様が試着をしているときに、百貨店や専門店のようにカーテンの外で待機するようなことはしない。
お客様から呼ばれてはじめて行く。
お客様も安い商品を手に入れるのが主眼なので、接客についてはそれほど期待していなかったはずだ。
それゆえかもしれないが、広告で集まった「悪口」は、接客に関することよりも、商品に関するものが多かったようだ。
せっかく買ったのに、たった1回洗っただけで、首回りが伸びてしまうなどのクレームだ。
そんな広告の反応を見て、経営トップは、安いだけではダメで、商品の品質にもっと責任を持たなければならないと感じた。
そこから、FR社の「製造小売業」への転換がはじまった。
店舗には、FR社のタグが付いた商品しか置かないと決断したのだ。
すべての商品の品質を、FR社がコントロールする。
小売業界を変える、アパレル業界を変える。
これが大きな転機となった。
これは、当時の日本の「服に対する価値観」を変えることを意味した。
欧米人は、そもそも骨董品や掘り出し物を好む傾向があると聞く。
それは、値段ではなく、自分の目利きで品物を選ぶことを楽しむからだ。
服も同じである。
自分の個性に合う服を自分で選択して、自分で着こなす。
一方、日本人には「安かろう、悪かろう」という価値観が根づいていた。
逆にいうと、高いものは良いものだと盲目的に考えがちだ。
だから、安くて良いものをなかなか信じてくれない。
FR社は、それを打ち破ろうと考えた。
品質に対する責任、商品に対する責任を持つ覚悟を決め、これまのでの「ビジネスモデル」を変え、「製造小売業」への脱皮に舵を切った。
「考える組織」への脱皮当時のFR社は、トップダウン型(上位下達型)の企業だった。
1章で説明したが、企業にはトップダウンのほうがうまくいく段階がある。
企業のトップがやるべきことを正確に認識している成長ステージであれば、意思決定から行動までの速度が重要になる。
そこでは百の御託を並べるより、トップからの指示を、どこよりも速くやり切ることが重要になる。
かつて、FR社の経営トップは社員教育を専門の講師に依頼した。
講師は社員に「もっと自分たちで考えてください」と強調した。
経営トップはそれを見て「何ということをいってくれるのだ」と腹を立て、講師をすぐにクビにしたという。
講師のこのような指導は感謝こそすれ、怒るようなものではないのではないかと思った人も多いと思う。
しかし、FR社の置かれたその当時のステージでは、「もっと自分たちで考えてください」という内容はふさわしくなかったのだ。
どのようにすれば勝てるかが見えているのが経営トップだけの場合は、議論などせず、経営トップの指示を一刻も速く全員でやることに徹したほうが勝てる。
つまり、上意下達のほうがいい状況だったのだ。
研修講師は、このことが理解できておらず、一般的な研修をしてしまったのだろう。
この頃のFR社は、規律性が高く、トップの指示を何としてもやり切ろうとする「企業文化」であり、実際に求められる質の高い仕事を本当にやり切ることで成長していた。
当時のFR社は、まだ売上高が800億円台半ばの頃だ。
前々年600億円、前年750憶円と成長はしていたが、1000億円の壁が立ちはだかっていた。
FR社のさらなる成長のために必要な組織戦略面の方向として、2つ必要だった。
1つ目は、そろそろ、現場が自分たちで考えられる組織に変わらなければならないということ。
これからは、現場で察知した変化をタイムリーに経営に活かしていくことが求められる企業ステージだ。
つまり、現場から情報がきちんと上がり、経営層までその情報がきちんと届き、適切な意思決定ができる。
その意思決定は、背景や理由までふくめて現場に降りていき、その意図を汲んだ行動へと変わっていく組織である。
やがては、現場がその判断基準を会得して、自分たちで考え、一定の意思決定ができるようになる組織への転換だ。
めざすべきは、トップダウンとボトムアップが融合した組織に変わることだった。
2つ目は、「製造小売業」に転換しようとしているが、それに合わせて、「企業風土」や「企業文化」をはじめ、仕事のやり方を変えなければならないということ。
「製造小売業」に変わるからには、新しい「ビジネスモデル」としての強みが強化されるような人事の「仕組み・制度・施策」が必要になる。
1章で「企業理念」「コア・コンピタンス」「仕組み・制度・施策」は三位一体でなければならないと述べたが、まさにこの構造に変えていくのだ。
そのためには、やらなければならないことや解決しなければならない課題はたくさんあった。
たとえば、社員が自分たちの商品に自信を持っていない。
社員ですら「安かろう、悪かろう」の気持ちがどこかにあったのだ。
これも払拭していく必要がある。
多くの社員が、自分の今後のキャリアや求められることが見えていないので将来的なキャリアプランが描けていないという問題もあった。
当時は、非正規社員であるパートやアルバイトの方々が中心となって店舗運営を回していた。
社員は、店長と育成中の社員が数名ということが通常である。
大学を卒業して、数年で店長になる若手店長とベテランのパート社員の方との確執もあった。
それらの解決に向けたものもふくめて、さまざまな取り組みを列挙していく。
とくに人事の面で「仕組み・制度・施策」づくりの取り組みは、課題に対して、一対一で対応するような何かを行うだけではなく、相乗効果を生み出しながら進んでいく。
そのことも念頭に読み進めていただきたい。
情報共有の場としての「店長コンベンション」の活用一般的に、小売業やサービス業の人材マネジメントは、本社や支社のように大勢の人が1カ所に集まっている業態の会社よりも難しい。
なぜなら、全国に店舗網が広がり、1人の店長が店舗という「出城」を1つずつ守っている状態だからだ。
しかも、店舗によっては社員が1人か2人しかいないので、店舗やサービス拠点を簡単に離れられないからだ。
マネジメントサイドが何か新たな方針を打ち出したとき、それを直接伝えることができないという難しさがあるのだ。
対面で伝えたときに顔色を見れば、納得しているかどうかが把握できる。
しかし目の前にいなければ、その反応をつかみにくい。
メールの文字や電話の音声だけではなかなか真意やニュアンスまでは伝わらない。
現在は、ネットを使ったテレビ会議のシステムなども整っているが、その情報を聞いて漏れるため息や、表情が変わってゆく変化まで確認できなければ、どこまで背景や真意を理解してくれたのか、その機微までは把握できない。
また、とかく情報は人づてに伝えられる。
組織なので当然だが、部長から、課長、メンバーへと伝わっていく。
FR社も一般的には、部長からエリアマネジャー、そして5~8店舗ぐらいを統括しているスーパーバイザーに伝えられ、スーパーバイザーが店長に伝える。
その伝達のなかで、中間管理職の解釈や誤解が入り込み、少しずつニュアンスが変わることもある。
その情報が事務的で無機質な内容であれば、人づてでも内容が変わることも少ないので、それで構わないのかもしれない。
だが、考え方や価値観に関わるような微妙な内容は、やはり情報の伝達側と受け手が直接面と向かい合いながら、表情を確認しつつ対話を続け、理解度を高めていくことが求められる。
このコミュニケーションを直接取れる貴重な機会が「店長コンベンション」だったのだ。
「店長コンベンション」は、年に2回、全国の店長、スーパーバイザー、それに本部社員全員が集まる会議で1泊2日で開催される。
また、集まることにはもう1つの価値がある、それは、集まることによって、「グループ・ダイナミクス(Groupdynamics)」が生まれるのだ。
心理学者のクルト・レヴィン氏によって研究された集団力学のことで、集団においては、人の行動や思考は、集団から影響を受け、また、集団に対しても影響を与えるというような特性があるのだ。
同じ情報を共有し、やりとりを共有し、同じ想いになることで、組織集団としての凝集性が高まる。
理念を共有し、理想を共有し、より強固な絆で結ばれてゆくのだ。
組織変革を本当に起こすには、凝集性が高まった状態で、組織の壁を壊し、全社が一体となって動くことの重要性や、今後求められることが変わることを伝え、変革の必要性を痛切に感じてもらう必要がある。
これも、どのような業種・業態でも、社員が一堂に集まらないとダメというわけではない。
FR社の場合、全員にきちんと納得するまで伝えることができるかが勝負となった。
だからこそ、全員が集まれる機会である「店長コンベンション」の機会を最大限に活用した。
ただし、「店長コンベンション」で変革を働きかけても、それはキッカケにすぎない。
その後の具体的な変革は店舗ごと、部署ごとに行っていく必要がある。
また、変革を具現化するには、全体に伝える機会を一度持つだけで済むわけではない。
「店長コンベンション」でも何度も何度も働きかけ、現場でもありとあらゆる働きかけを行って、やっと変化が生まれる。
そして、変化を変革にまで成し遂げるには、そこから先にもやるべきことは山ほどある。
「自部署主義」という組織の壁を壊し、「全社最適」へ
まずは、事実の共有。
自社の商品に対する自信を取り戻す当時のFR社には、自社の商品に自信を持っていない社員が多かった。
当然のことながら、そのような社員は、会社や職場、仕事への満足度が上がるはずがない。
商品を義務感で売っているだけでは、仕事も楽しくないし、業績は伸びない。
商品に自信を持っていないのは、商品を自ら企画して販売までを一貫して行う「製造小売業」としては、とりわけ見すごせない問題である。
そういう状態で競合他社と戦って、どうやって勝っていくというのか。
早急に、自社の商品に自信を持てるようにするための「仕組み・制度・施策」が必要になる。
「なぜ、自社の商品に自信を持っていないのか」。
その原因を探っていくと、自分たちの商品がどのように製造されているか、実際に商品を企画し、製造する側は知っていても、出来上がった商品が送られてきて売る店舗側には、その価値が伝わり切れていなかったのだ。
それを解決するには、まず全員が商品についての事実を知る必要があった。
商品が企画される過程で、企画担当者がどれだけ念入りな計画を立てているか。
デザイナーやパタンナーがプロトタイプの製作にどれだけ試行錯誤しているか。
工場への依頼や品質を管理する製造担当者がどれだけ工夫して商品をつくっているか。
真っ先に手をつけたのは、それらをまとめた「ビデオによる全従業員への情報共有」だった。
これまで知らずにいた商品の製造過程を、隅から隅まで共有したのだ。
たとえば、その具体例の1つに「匠プロジェクト」がある。
かつて、日本の繊維業界は世界を牽引する存在だった。
しかし、人件費の問題などで生産拠点が日本から海外に移り、日本国内では衰退していた。
だが、空洞化が進んではいるが、かつて世界をリードした頃の確かな技術を持った「匠」が日本にはたくさんいる。
すでに60歳をすぎた匠の方たちをFR社が雇用し、中国の協力工場に技術指導者として派遣した。
それが「匠プロジェクト」である。
中国の工場側からすると、当初はありがた迷惑な話だったかもしれない。
取引先の管理を受けるようで、本音としては来てほしくなかったのではないだろうか。
しかし、その技術は、その心配が吹き飛ぶほどだ。
たとえば、ある染色の匠の場合、「朝起きたときの顔にあたる湿度の感じで、染色の成分をどのように変えれば良いかがわかる」という。
染色はとても繊細で難しい技術である。
アパレルの店で、同じ色の靴下の棚のはずなのに、一定数量ごとに微妙に色が違うのに気づいたことはないだろうか。
これは同じ色にしたかったのだが、同じ色に仕上がらなかったのだ。
染色は、窯に布を入れて行うので、その窯が違うと、微妙な色ブレが起きる。
それを起こさないために、染色の匠は、朝起きたときの顔にあたる湿度感で、調整の加減を判断できる能力がある。
このような匠の方々の活躍があってはじめて、たとえばフリースで51色を展開するという前代未聞の企画が実現できたのだ。
同じように、縫製の匠は「歩きながらミシンの音を聞くだけで、誰がミスをしているかがわかる」という。
匠たちが、まさに職人技で中国の工場で起こっている問題を解決してくれるので、現地の現場の人たちは匠を受け入れ、感謝するようになった。
匠の方々も、感謝され、かつてのやりがいを取り戻された。
FR社の社員もこのような匠の存在があって、他社が真似できないような自社の商品がつくられていることを知ると、意識が少しずつ変化してきた。
ビデオによる情報共有の「仕組み・制度・施策」は、製造現場の「匠プロジェクト」の話だけではない。
商品企画は、会社の命運を左右するほど重要な役割だ。
商品を企画する担当者は、単なる思いつきで企画を上げているわけではない。
その企画に必然性と魅力があるか、常に問い続けている。
商品を企画するために、世界中を回り情報を仕入れてくる。
道行く人のファッションを常にウォッチする。
世界中で行われるコンベンションにも足を運び、今後の色やデザインを予測する。
商品を企画するために、考えられるあらゆる情報を集めているのだ。
デザイナーとパタンナーは、企画者の綿密なプランを受けてデザイン画を描き、着心地まで考え抜いて商品に仕上げていく。
素材の調達を担当する人は、たとえばアメリカの「スーピマ」と呼ばれる繊維が長く柔らかい超長綿など、世界各地の素材の情報を集め、低コストで調達するための努力を重ねている。
その他、商品が完成するまでに関わるすべての人の努力を撮影し、全員が見られるようにした。
あの価格でありながら、どれだけ高品質な商品を提供しているかを実感してもらったのだ。
一方の店舗も、買いたくなる売場、美しい売場を保つために、たゆまぬ努力を続けている。
買いやすいように、常に商品を整理し、商品の案内であるPOPの見え方などにも神経を使う。
美しさを保つという観点であれば、お客様は陳列棚から引き出した商品を、きれいにたたまずに棚に戻してその場を離れることが多い。
そのままにしておくと、後から来店されたお客様にご迷惑がかかる。
乱れた商品をきれいにたたんで美しく陳列していく終わりのない努力を重ねている。
この事実も共有した。
このように部署の垣根を越えて、全員で事実を共有するだけで、自分たちの仕事や商品に誇りを持てるようになっていった。
このような「情報共有」の取り組みは社員だけにとどまらず、パート社員にもした。
休み時間などに映像で見られるようにしたのだ。
まずは社員が自信を持つのが先決だが、実際に現場で店舗運営や販売を担う方々にも自信を持ってもらう。
そういうところまで徹底していった。
こうした活動によって自信をつけていなければ、UNQの商品が大勢の消費者に広まったがゆえに、世間からバッシングを受けたとき、もっと大量の社員とパートが会社を去ったはずである。
しかし、世間から何といわれようと、自分たちが提供している価値を理解し、自信を持っているからこそ、「絶対にこの価値を伝えてやる」という強い気持ちになれたのだ。
組織の壁を薄く、低くする──「ビジネスモデル」の強化・その1仕事をしていて自分のところにバトンが来るまでに、どれだけの努力が積み重ねられているのか。
自分のバトンが渡った先で、何が行われているのか。
それらを理解すると、他の部署への尊敬が生まれる。
そして、それと同時に、自分の部署の役割も再認識する。
自分が価値の連鎖である「バリューチェーン」(マイケル・ポーター氏が著書『競争優位の戦略』の中で用いた言葉で、「価値連鎖」と訳されている。
1つの製品や商品が顧客のもとに届くまでには、さまざまな業務活動が関係している。
その流れに着目して、どの部分に強み・弱みがあるかを分析し、事業戦略の有効性や改善の方向を探ることを提唱)の重要な一員であることを認識するのだ。
これは自社の商品に自信を持たせると同時に、組織の壁を薄く、低くする効果がある。
FR社が進める「製造小売業」を軌道に乗せるためには、組織の壁を極力壊し、全社が一体となることがもっとも重要になった。
まずは自分たちが提供するものの価値、それぞれの部署が生み出す価値を共有することが欠かせない。
そして「製造小売業」には、自らがリスクを取ることで費用対価値の高い商品を提供できる仕組みが必要になる。
自ら商品を企画し生産するので、売り切らなければ利益は出ない。
リスクを最小化するために、全社で情報を共有し、一丸となって売り切ることが求められる。
また逆に、販売の機会ロスを減らすために、現場からの情報発信も重要になる。
追加生産のために必要な潜在ニーズを予測するための情報や、次年度に向けた商品開発に活かせる生の顧客の声を共有できなければならないのだ。
「製造小売業」としての競争優位性を発揮するためには、全社的な情報共有がいかに必要かを理解し、自分の役割を認識すること。
そして、全社が一丸となって価値のバトンをつなぐ仕組みを機能させ続けることの重要性も共有していった。
もちろん、映像を見ただけでこれだけのことを理解してくれるわけではない。
「製造小売業」という「ビジネスモデル」の成功のために、全社が一体となって動く仕組みが必要なことを、手を替え品を替え何度も説明を繰り返した。
理念に紐づいた話や、現場で起こっている値引きの話など、さまざまな次元で腹落ちしやすいように伝えていった。
それらのメッセージをいくつか紹介しよう。
「『いつでも、どこでも、だれでも着られる、ファッション性のある高品質なベーシックカジュアルを市場最低価格で継続的に提供する』。
このミッションは、突き詰めれば、継続的に販売するための『仕組み』をつくることになる。
リスクを取って、良い服を安く提供できる仕組みである『製造小売業』を完成させることだ」「この概念と価値観を定着させるために、『社内規範』を決めた。
『自立・自律した個人がコラボレーションしながら、高い付加価値を創造し、その結果、高
い処遇を実現する企業。
成長しようと努力する人を応援する企業』。
このコラボレーションこそ、『製造小売業』が成功するために求められる行動だ」「『製造小売業』は、工場を自前で持っているわけではない。
ただ、何をつくるかを自分たちで決め、それをどれだけつくるかも決め、発注し、出来上がったものをすべて買い取り、売り切って利益を得る『ビジネスモデル』である。
商品の売れ残りのリスクを抱え、売り切れば利益率は高くなるが、売れ残れば損失が大きくなる。
だからこそ、『製造小売業』で勝つポイントは、全体が一体となって動く仕組みにできるかどうかだ」「一般的にどこの会社も、商品を企画する側と、商品を売る営業側とは、仲が悪いケースが多い。
『いいものをつくらないから売れないのだ』『いいものをつくっているのに、営業力がないから売れないのだ』というのは責任のなすりつけ合いだ。
しかし、『製造小売業』の場合は、そんなことをしている場合ではない。
『製造小売業』で勝つポイントは、いかに売れるものをつくるか、つくったものをどうやって正価で売り切るか。
わかりやすくいうと、値引きをせずに売り切ることだ。
最悪のケースは、商品が売れ残って廃棄せざるをえなくなること。
そうするぐらいなら、価格を下げてでも売り切ったほうがいい。
問題は、どの段階で、どの程度の値引きをするかだが、これは究極のノウハウだ。
ただし、この意思決定は簡単ではない。
さまざまな部署の情報を集めて、最適なタイミングで意思決定を行わなければならない。
そのためには、全社が一体となって動けるようになることが求められる」「『全社が一体となって動く』という言葉だけを見れば、それほど難しくないように聞こえるだろう。
しかし、すべての部署の意思と行動が連動して動かなければ実現しない。
商品を企画する人、商品を工場でつくる人、商品を運ぶ人、商品を店舗に並べて販売する人、工場に素材や資材を納める人、マーケティングや広告宣伝をする人──。
これらすべての息が合わなければうまくいかない。
たとえば、テレビCMの枠を押さえ、新聞の全面広告の枠を取り、チラシにも目玉商品として大々的に宣伝した商品があったとしよう。
にもかかわらず、商品が店舗になければお客様を裏切ることになる。
組織が一体として動けなければ、同じようなことがいたるところで起こる」「売上の『初速』を見て、もっと売れると判断したならばシーズン中でもすぐに素材や資材を調達し、工場の製造枠を押さえなければ間に合わない。
反対に、予想していたよりも売れないと判断したら、すぐにその商品の製造を止め、他の商品の生産に切り替える。
そのためには、情報のスムーズな共有が必要だ」このように概念的なことだけでなく具体的な事象とメッセージを通して、「製造小売業」で勝つための考え方や行動を共有していったのだ。
「製造小売業」というのは、社員が経営トップから褒められることは少ない業態なのかもしれない。
売上が好調で、その商品が売り切れて欠品させれば経営トップに怒られる。
「何しているのですか、何でもっと数量をつくておかなかったのですか」今度は逆に、欠品させてはならないと、つくりすぎて売れ残ると経営トップに怒られる。
「何しているのですか、こんなに商品をつくって、会社を潰す気ですか」売れても、売れなくても経営トップに怒られる。
それほどギリギリのところで、どのように利益を最大化するかを考え続けなければならないのが「製造小売業」なのだ。
そのためには、こうした組織の連動を常に全社レベルで進めていかなければならない。
文字通り、全社が一体として動く仕組みを構築するのだ。
組織間の相互理解の視点で見ると、仕事の前後に関わる部署を体験することは大きな価値がある。
ただ、そこまでの取り組みができない場合、別の部署の仕事をきちんと理解するだけでも組織は一体化する。
いわば社員1人ひとりが「全社的思考」で考えられるようになるのだ。
これらの施策は、一般的には人事がやっても、経営企画室がやっても、どの部署がやってもいい。
問題意識を持ち、解決しなければならないと考える人がやるべきだ。
私は、人事部門は、会社を強くする役割を担うと定義している。
だから、これは人事の仕事だと考え行った。
「求められる人物像」が変わることを明確化する
「求められるコンピテンシー」が変わることを宣言する全社が一体となって動く組織、現場が自分たちで考えられる組織に変わるために、求められる思考や行動が今までとは大きく変わることを伝えた。
「従来の仕入れて売るという形態から、『製造小売業』に舵を切ったからには、みなさんに求められる資質も変わります」社員にそう宣言したのだ。
ここでいう資質とは、「行動特性」のことである。
2章の「人材の『質』と『量』」のところで触れた「コンピテンシー」について思い出していただきたい。
「コンピテンシー」とは、職務や役割で求められる成果に結びつく「行動特性」のこと。
「行動特性」とは、「思考」と「行動」が一体となって表れる特性である。
FR社のこれまでと、今後具体的にどのような「行動特性」を求めたかについて説明する。
それを詳しく説明しているのが次の図である(最初に断っておくと、社員に共有する際には、コンピテンシーという言葉は使っていない。
自分たちはどう変わるべきかを理解してもらうこと自体が大切だからだ)。
本書では変わってほしい「行動特性」が伝わりやすいように、人材の氷山モデルの下側に近い部分、つまり人間性にやや近い部分を「スタンス」、上側に近い部分、つまり知識やスキルにやや近い部分を「スキル」と表現する(読者のみなさまには図を見ていただく際やこの後の文章では、コンピテンシーについての話であることを理解しておいていただきたい)。
まず、「スタンス」についてだが、4象限の縦軸に、「自律指向」と「他律指向」を置いた。
横軸に「革新指向」と「維持管理指向」を置いた。
変わる前に多かったのは、左下の象限に該当する「規律性」と「堅実指向」を発揮している人だった。
自分で考えるより、経営トップの指示を完成度高く遂行する習慣が身についていたからである。
現場では、革新を起こすより、今、取り組んでいることをそのまま続けていこうと考える習慣が強かったのだ。
これは強力な「やり抜く文化」が根づいていたともいえる。
まさに、この点がFR社の強みであり、そもそもこの「企業文化」自体が悪いわけではない。
だから、「求める資質を変える」といっても、「規律性」や「堅実指向」を否定するわけではない。
ただし、これらの資質だけでは、さらに強い会社にはなれない。
「製造小売業」を成功させられる企業にはなれない。
これから必要となるのは、右上の象限である「自律指向」と「革新指向」からなる要素だ。
それらを新たに習慣づけるよう求めた。
具体的には、「主体性」「柔軟性」「奉仕指向」「変革指向」である。
今後は、これらの資質を重点的に身につけてほしいと宣言した。
もっとも重要なのは「主体性」である。
「主体性」を発揮できるかどうかは、仕事をするうえで重要なポイントだ。
「主体性」を言い換えれば、「現場で考えること」になる。
「自分の頭で考えて行動すること」ともいえる。
また、現場で得た情報を適切に上司に伝えることができるのも「主体性」があってこそ行えることだ。
「柔軟性」も重要な資質になる。
「製造小売業」で勝つためには、状況の変化によって意思決定を変えた場合も、柔軟にそれを受け止め、新しい行動を取れるようにだ。
それまでは、少人数のオペレーションで過剰なサービスをしないことを良しとしてきたが、世の中に広く知られるようになり、お客様の期待値が上がると、そうもいっていられなくなる。
よりメジャーになっていくには、今以上にお客様に喜んでいただけなければならない。
スタッフも、顧客に喜んでもらいたいと思う奉仕の気持ちや行動が必要になる。
現状を変える面白さ、誰もやっていないことをやる楽しさにも気づいてほしい。
そもそも、それがFR社の存在意義であり、日本でほとんど行われていなかった「製造小売業」に乗り出すことである。
社員にはそう宣言した。
ただし、スピードが重視されるのは変わらない。
スタッフにかかるストレスは今後も変わらないと予測されるので、「ストレス耐性」は今後も持ち続けてほしいと宣言した。
次の図は「スキル」についてで、これは、縦軸の「自律指向」と横軸の「革新指向」の象限を拡大したものであることをご理解いただきたい。
「自律」し「主体性」を発揮し、新しい「ビジネスモデル」に変革していく際に求められるものだ。
FR社はとくに店長職が人数的にも多く、またビジネスの中核でもあるので、この図は、店長として今後何が求められるのかを伝えている。
それまでは、本部からの指示を聞き、店舗としては顧客に向けるベクトルだけで良かった。
しかし、店舗を牽引する店長が身につけるべきスキルには、「企画構想力」もある。
「こういう取り組みをやれば、もっと売れるのではないか」「こういう商品を売り出せば、もっとお客様に喜んでいただけるのではないか」というように新たな企画を構想し、実現する力が必要になると伝えた。
そして、店長をふくむ社員数人で、数十人のパート社員やアルバイト社員をまとめる必要がある。
そのためには「影響統率力」が欠かせない。
影響力を発揮してはじめて、リーダーとしてみんなを統率できるようになる。
店舗では、日々さまざまな問題が起こる。
そのとき、自分で考えて判断する「思考判断力」も重要だ。
表層的な部分だけを見るのではなく、本質的な部分まで見て判断できるようになる必要がある。
こうして、1人ひとりが本気になって変わらなければならないことを「行動特性」によってきちんと伝える。
正直にいえば、宣言したからといってすぐに変わるわけではない。
しかし、明確に宣言するのは変革の大前提であり、意識改革の端緒である。
「企画構想力」「影響統率力」「思考判断力」の集大成として、「全社に影響を与える」ことを求めた。
新しい企画、革新性のある取り組み、収益性の高い仕組みなどを1人ひとりが考える力を身につけ、それを自分だけに留めるのではなく、全社に広げていくことができれば、大きな変化が顕在化し、会社は強くなる。
そのような存在になってほしいと明言した。
この宣言を表明したときから、新卒採用も中途採用も、「採用基準」を変更した。
この「行動特性」のある人かどうかを判断する方法を極め、それをクリアした人に入社してもらうようにしたのだ。
多様な能力を持ちながらも、共通で大事にしていく「行動特性」をそろえることで「企業文化」まで変わってくる。
「権限委譲」の大前提となる「価値観」と「判断基準」を共有する
「大切にしている考え」「なぜ、そうするのか」という理由や背景を共有する社内で行われている事実だけでなく、その「背景」や「理由」もきちんと共有する必要がある。
何度か触れてきたが、「そもそも会社として何をめざしているのか」「どのような『ビジネスモデル』なのか」、それゆえに「どのような考えや行動が求められるのか」。
それらをきちんと丁寧に伝えることが大事だ。
しかも、伝え続けること。
一度や二度では、本当に理解などしてくれない。
だから、腹の底から理解できたといってもらうまで、何度も何度も伝え続ける必要がある。
めざすものと、その背景や理由をきちんと理解していることは、「価値観」や「判断基準」を共有するための下地のようなものだ。
人が自ら動く組織になるには、「権限委譲が大事だ」とよくいわれる。
日本でもかつて権限委譲がブームのようになった時期がある。
だが、うまく機能しているとは言い難い会社も多いのではないだろうか。
笑い話のような、実話がある。
権限委譲をしたものの、思うようにうまく機能しない企業があった。
思案の末、権限委譲した先の意思決定が正しいかどうかをチェックするために、部署を新設したというのだ。
権限委譲どころか、さらに複雑で無駄の多い仕組みになっていることにも気づかずに。
「価値観」と「判断基準」の共有が大事なのは、「権限委譲」がうまくいくための前提となるからだ。
むしろ、「価値観」と「判断基準」が共有されていないにもかかわらず、権限委譲をするのは、必ず失敗すると断言してもいい。
もちろん、人間である以上、考え方が他の人と100%同じになることなどありえない。
しかし組織には、「こういうとき、うちの会社はどちらに行くのか」という羅針盤のようなものがある。
それを共有することが、「価値観」と「判断基準」の共有ということなのだ。
「価値観」と「判断基準」を共有すると、何か問題や課題が持ち上がったとき、いちいち上層部の判断を仰がなくても、正しい判断をし、自らの権限で決められるようになる。
また、「価値観」と「判断基準」を共有しているからこそ、このケースはどう判断すればいいのかと迷う場合には、今回は上層部に確認をしたほうがいいということに自ら気づけるのだ。
よくわからないのに、勝手な判断をすることがなくなるということだ。
また、既存の判断では答えが出ない場合には、そこから新たな「判断基準」の構築につながることもある。
外部環境の変化により、現場で新しい事態が起きたときなどは、即座に情報が上層部に届き、会社としての新たな「判断基準」が生まれる可能性があるのだ。
「価値観」や「判断基準」の共有によって実現した「権限委譲」が、今度は「価値観」と「判断基準」をより強化する役割を果たすようになる。
「価値観」「判断基準」を共有するためだけの研修「権限委譲」は、中間管理職にはとりわけ必要である。
FR社で、「権限委譲」をとくに意識したのはスーパーバイザー職以上の社員だった。
およそ7店舗ぐらいを管轄するのがスーパーバイザーの役割だが、FR社は500店舗ほど展開していたので、スーパーバイザーは70人規模である。
その上司としてエリアマネージャーや部長、また本部の課長職以上も重要な中間管理職だ。
「価値観」や「判断基準」をかなりのレベルでそろえる必要がある人は100人規模だった。
そこには、中途採用で入ってきた人も大勢いる。
採用の段階で「社外規範」や「社内規範」を伝え、それに共鳴する人材を選択してはいるが、彼らは新たに入ったため会社の具体的な仕事上の意思決定に関わる「価値観」や「判断基準」まで理解しているわけではない。
そこで、それらを理解してもらうための研修を毎月のように開いた。
人数が多いので、いくつかのグループに分けて実施した。
そこでは、経営トップが大事にしてきた「価値観」と「判断基準」の共有を行うことを目的にした。
対象となる管理職が集まり、5~7人でテーブルを囲んでもらってチームのように分かれ、過去に起こったこと、今起こっていることを、FR社だったらどう考え、どう判断し、どう対処するのがいいのかを自分たちで考えてもらったのだ。
その場では、誰もがFRらしいとはどう考え、どのようにすることかを考え抜いて、議論していく。
しかし、各テーブルで判断は異なる。
そのうえで、このセッションの最後には経営トップにも入ってもらって議論する。
過去の事例であれば、経営トップは、そのときどう考えて、どのように判断したのか。
現在の事例であれば、FRらしさとは、どう判断することかを、経営トップの話を聴き、自分たちとの違いをぶつけ、あるときは議論して、それぞれが納得しながら、FR社としての「価値観」と「判断基準」を身につけてゆくのだ。
誰もが、自分ごととして考え、議論のプロセスを参加者全員で共有するからこそ、FR社としての「価値観」や「判断基準」を共有することができるようになるのだ。
ただし、これも一度や二度の研修ですぐに身につくわけではない。
だからこそ、テーマを変えながら何度も繰り返し行うのだ。
「価値観」と「判断基準」の共有は、それぐらい時間とパワーをかけるべきことである。
「判断基準」にまつわる、1つの事例を紹介しよう。
商品を店頭から欠品させるのは、小売業にとっては致命的な失態だ。
基本的には商品の欠品は叱責される事態といえる。
「商品が売り切れて、足りなくなりました」(担当者が営業会議でそう報告すると、当然ながら経営トップは怒る)「中国の工場にはあるのでしょう。
どうしてエアー便で運ばないのですか」(「エアー便」とは、その名の通り飛行機で物品を運搬するので、費用はかなり高くつく。
担当者がそういうと、経営トップは「コストをかけてもいいから入れてください」と怒る)このことを知っている社員が、ある商品が欠品しそうになった段階でエアー便を使って入れたとする。
すると、経営トップはまたしても怒る。
「どうしてエアー便なんか使っているのですか。
あなたは会社を潰す気ですか」(経営トップはそう激怒する)しかし、前回のケースと今回のケースの違いがわからない。
いったいどのように判断すべきなのか、そこを論点に議論したとしよう。
経営トップの真意はこうだ。
チラシや広告を打つと、その商品を目あてにお客様は店舗に足を運ぶ。
その商品を安く売ることを宣言したキャンペーン期間中にもかかわらず、その商品の在庫がないのは、お客様に嘘をついていることになるのではないか。
その事態を避けるためには、たとえ高額の費用がかかるエアー便を使ってでも商品を運ばないと不誠実である。
FRという会社は、お客様に不誠実なことは決してしないという覚悟。
それがあるがゆえに「どうしてエアー便で運ばないのですか」という言葉が出る。
怒った真意はこれなのだ。
一方、安く提供することを宣言して集客している商品でなければ、話はまったく別だ。
商品が欠品した場合は、お客様に「申し訳ございません。
その商品は、ただいま在庫を切らしております」と誠実に謝罪し、そのうえで、いつ入荷予定か、どこの店舗であれば入手可能なのかなど、必要な情報を誠実に提供すれば良い。
それなのに、わざわざエアー便を使って取り寄せるから、「どうしてエアー便なんか使っているのですか。
あなたは会社を潰す気ですか」となるわけだ。
答えを明かしてしまえば簡単なことだが、大切なのはお客様を騙すような真似を絶対にしてはいけないということだ。
その場合は、たとえ多少の赤字になっても約束を守る。
しかし、そのようなケースに該当しない場合には、適正な手続きで入荷するまでお客様にお待ちいただけばいい。
経営トップには当たり前としてある、「商売人」としての鉄則を具体的に実行しているのだ。
しかしながら、FR社に入社したばかりの社員は、そこまで「商売人」としての考えが定着しておらず、その感覚がわからない。
だからこそ、このような議論を重ねることで、FR社としての「判断基準」を理解し、日々の行動に落とし込んでいく必要があるのだ。
会社には、こうした「目に見えない当たり前の基準」が数多くある。
それを顕在化し、それについて議論を重ねることで、徐々に「価値観」と「判断基準」が
共有されていく。
議論の結果より、正確にはそのプロセスによって本当の意味を理解するという感覚だろうか。
もちろん、「価値観」や「判断基準」には絶対的な良し悪しはない。
それぞれの会社特有のもので構わない。
「クレド」を大切にすることで有名な外資系高級ホテルは、宿泊した顧客がホテルに忘れ物をしたとき、すでに空港に着いてしまっていて戻る時間がない場合、タクシーを使ってでも時間内に届けると聞く。
そのつど上司におうかがいを立てなくても、自分の判断で実行できる。
そのホテルでは、そのような対応をしなさいという「価値観」が共有され、そのようなケースで使っていい予算まであらかじめ提示されている。
だが、同じことを低価格のビジネスホテルの従業員が行ったら「あなたは会社を潰す気ですか」と叱責されるだろう。
そのビジネスホテルのサービスが悪いわけではなく、先述の外資系高級ホテルほど高額な宿泊料を設定していないからにすぎない。
「ビジネスモデル」に良し悪しがないように、「価値観」や「判断基準」にも良し悪しはない。
だからこそ、一般的な「良し悪し」ではなく、「わが社だったらどうするか」という共通認識を持つことが大切になる。
「強い会社」になるには、自社の「業種」や「業態」「ビジネスモデル」をも考慮した、自社ならではの適切な「価値観」や「判断基準」を持つべきであり、それが共有されていなければならない。
「中途採用」によって、「ゼロベース思考」を加速させる中途採用には、その任務を任せられる人材を確保できたという以上の価値がある。
一般的に中途入社者は、「従来と異なる視点を会社に入れてくれる」「専門的立場から指摘してくれる」などのメリットがあるといわれている。
しかし、それ以上の価値がある。
それは、会社にあるこれまでの常識や規則、枠組みを疑い、本当に正しいかどうかを考察し、白紙の状態から結論を打ち出していくために必要な「ゼロベース思考」を芽生えさせるからだ。
FR社には、当然ながら小売業の出身者やアパレル出身者が多かった。
ただし、小売業にいた人は、どうしても小売業の発想から抜け出せない。
アパレル業界出身の人も、放っておくとアパレル業界の発想に凝り固まりがちになる。
もちろん、必ずしもそれが悪いわけではないが、過去の成功体験や既存の発想から自由にならなければ、斬新なアイデアは生まれない。
アパレル業界を根本から変えるには、旧来の小売業出身、アパレル業界出身の人材だけではダメだと判断して、メーカーや商社、IT系の企業など、異業種で活躍するさまざま勇士を中途採用した。
新しく中途採用で入ってくれた人たちは、FR社の「価値観」や「判断基準」を知らない。
会社で飛び交う「専門用語」も学ばなければならないし、新たに覚えなければならない知識の量も膨大である。
しかし、それを乗り越えたところで起こったのは「ゼロベース思考」だった。
新しく入社した人たちが、会社のことや仕事の内容だけでなく、「価値観」や「判断基準」を理解していく過程で、従来からの社員に対し素朴な疑問をたくさん投げかけてくれたのだ。
「何でそうするのですか?」「どうしてこれじゃダメなのですか?」「われわれは、いつでも、どこでも、誰でも着られる服をつくっているのですよね?だったら、もっとこうやってもいいのではないですか?」中途入社組は、その会社の「常識」に悪気なく疑問をぶつける。
そうなると、従来からの社員も原点に返って考えざるをえない。
この「原点に返って考える」ということが大切なのだ。
原点に戻って考えるから、新しいことが実現できる。
中途採用は、単に人手不足を補うため、頭数をそろえるためだけではなく、会社や業界を変えようとしているときには、異業種からの人材が新しい何かを生むための起爆剤になってくれる可能性がある。
今までは、どこかで無理だと思っていたことや、やっても無駄だと思っていたことも、もう一度「ゼロベース」で考え直そうという雰囲気が生まれる。
まさに人材が多様化することで、新しいアイデアをみんなで考えようとする「企業文化」が生まれたのだ。
ただし、外から来た人だけで会社を変えるのはうまくいかない。
従来からの会社のことに詳しい人たちも巻き込んで、既存社員と中途入社者によって優れたコラボレーションが生まれるのだ。
「価値観」と「判断基準」の共有が重要なのは、いうまでもないが、同時にこれまでの常識を疑い、あらゆることを「ゼロベース」で考えることで会社はさらに進化する。
「チャンスを与える人事制度」と「キャリアプラン」の提示
人事制度には「価値観」と「判断基準」の体現を織り込む自分の今後のキャリアプランが見えないと、人は閉塞感を感じる。
今の状況が永遠に続くイメージを持ってしまうからだ。
どうなれば昇格するのか、何をすれば上位職になれるのか、やるべきことがわからなければ、頑張る意欲さえ低減する。
そこで、人事制度も「役割等級制度」にもとづいた考え方で再整理した。
「役割等級制度」の発想とは、それぞれの役職や仕事に求められる「役割」の大きさに応じて等級を設定し、その社員がどの役割を担うかで格付けを行い、賃金管理を行う制度のこと。
年齢や入社後の年数に関係なく上がることもある。
また、役割を果たしているかどうかで判断するため、力量不足の場合、等級が下がることもありえる。
会社によっては、等級を下げる運用をしないケースもあるが、もともと備えている能力と違い発揮している役割なので、理論上は上下の変動がありえる。
難易度・期待度の高い役割を担えれば、それに見合う報酬が得られる仕組みだ。
そのあたりが「職能資格制度」(職務遂行能力のレベルによって等級を設定。
一般に能力はなくならないので下がることはない)との違いである。
当時のFR社の人事制度を大胆に変更し、「役割等級制度」にもとづいた考え方で再整理することで、「どんなことができるようになるか」、つまり、「どんな役割を果たせるようになると社内の等級が上がるのか」がわかるようにした。
店長に求められる役割とそれにもとづく行動、その上位職であるスーパーバイザーになるには、どんな役割を果たせるようになる必要があるのか。
同じように、エリアマネージャー、部長も、どんな役割が求められるのか、それにはどんなことができなければならないのかなどを社員にわかるようにしたのだ。
もちろん、期待される役割や、そこで行ってほしいことを文章で伝える以上、多少は抽象的になってしまうが、今の自分が次のステップに上がるためには、何をどのレベルで身につけていくべきかがわかる。
上位職の責任の大きさや大変さもわかる。
それらを理解することで、自らのキャリアプランを考えることができる。
上司もメンバーが何を身につけるべきか指導しやすくなる。
FR社の場合、それぞれの等級で「PDCAサイクル」をどれだけ回せるかという視点で、期待する役割を整理していった。
理由は明確だ。
さまざまなことを「企画(Plan)」し、実際に「行動(Do)」し、自ら「評価(Check)」でき、さらに大きな「改善(Action)」と企画・行動につなげることを確実にできることが重要であり、それを高速で回していくからだ。
成果を出してくれた人への報い方は、2章でも少し紹介したが一般的には大きく分けると2つの方法がある。
それは、「地位」と「お金」だ。
「地位」の変化とは、「昇格」や「昇級」といわれる社内の等級などの格付けが上がることと、「昇進」といわれる課長や部長という肩書きが与えられることがある。
評価が低いと降格や降職ということもある。
昇降格や昇進・降職により、「お金」である給与(月例給与)も増減することになる。
実際の昇降格や昇進・降職までには、企業の評価期間の関係で、3カ月~1年近くのタイムラグがあることが多く、また、月例給与の変化なので、急激には変わりにくい。
よって、これによるお金の変動は「遅効性」があり、「安定的」といえる。
一方、「お金」の面でわかりやすいのは、「賞与」や「報奨金(インセンティブ)」だ。
こららは、評価されたタイミングで渡されるか、直近の賞与のタイミングで支払われる。
金額も大胆に変動させられるので、かなりのメリハリがつけられる。
よって、こちらは「即効性」があり、安定性はなく「一時的」だ。
この2つの報い方を、上手に組み合わせることが重要である。
わかりやすくいえば、「どんな人を偉くするのか」「どんな人がお金をきちんともらえるようにするのか」、それをきちんと設計していくのだ。
「偉くする」場合、たとえば単純に営業の成果をあげた人を、すぐに「昇格」や「昇進」をさせる会社もあるが、本当にそれで良いのだろうか。
結論からいうと、「役割等級制度」の各等級に求める役割の中に、会社の「価値観」や「判断基準」が理解でき、それに従って自分自身が行動でき、それに従ってきちんと後輩やメンバーを指導できることを入れておく必要がある。
それを入れないがゆえに、会社の「企業文化」がダメになるケースも多い。
会社の「価値観」とは異なる我流で成果を出す人が、我流を後輩やメンバーに伝えるからだ。
我流でも一瞬の成果は出るかもしれないが、長期的にその会社らしさや、その会社の強さは醸成されない。
また逆に、昇格まではさせられなくても、本当に頑張ってすごい業績をあげてくれたのであれば、賞与や報奨金で大胆に還元すべきである。
今の等級のままで良いが、その代わり大胆に還元する。
ただし、大胆に還元しても、極端にいうと一時的にである。
長期にわたって人件費に影響を与えるわけではない。
「昇格」すべきは、業績をあげられるだけでなく、会社が大事にする「価値観」や「判断基準」を体現でき、しかもそれに則って業績をあげる方法を指導できる人である。
そのことが伝わる人事制度に仕上げ、その意味を説明して回った。
「チャンスを与える昇格と降格」の背後にあるのは再チャレンジできる社風日本企業には少ないケースだが、FR社では降格が普通に行われる人事制度を設計した。
降格が珍しいことではないのだ。
理由は、明確である。
昇格のハードルを低くしたからだ。
言い換えれば、チャンスがあれば昇格できるようにしたわけだ。
抜擢に二の足を踏んでしまうのは、一度昇格させると降格させられないからである。
けれども、FR社では昇格、降格が日常的に行われる前提で抜擢した。
会社によっては、その等級や役職で求められることを完璧にできていそうでなければ、昇格や昇進をさせないところもある。
だが、「立場が人を育てる」という言葉通り、チャンスを与えてその地位につけてみることで、伸びる人もいる。
それに、昇格して苦しんでも、どんなことを学び身につけなければならないかを理解できるので、たとえその後、降格したとしても、一度昇格したことで自分の課題が見えてくることも少なくない。
そして、降格しても再挑戦の機会は与えられる。
多くの企業は、一度でもキャリアに傷がつくと実際は再浮上できないことが多いが、FR社では、一度うまくいかなくても、それがキャリアに永久に影響するわけではない。
だからこそ、社員も過剰な不安を抱くことなく積極的にチャレンジができる仕組みなのだ。
たとえ降格しても、もう一度再挑戦し、昇格や昇進がある。
実際に、店長からスーパーバイザーになる際には、自ら希望し、上長からの推薦も得られた人は、昇格試験を受けることができる。
そして、その面接では、可能性を判断した。
役職者が絶対に判断を間違えてはならないような業種や職種の場合には、この限りではないだろう。
しかし、許容される業種や企業の成長段階によっては、上位職に求められるスキルが完璧ではなくても、できる可能性が高ければ抜擢することも大切である。
会社の「価値観」や「判断基準」を一定水準身につけていれば、チャンスが与えられるほうが人は育つ。
その代わり、挑戦したがダメだった場合には、大胆に降格を行わなければならない。
組織上の役割を果たせていないのであれば、実害が生じるからだ。
その場合には、降格、そして再昇格という流れをつくっていかなければならない(それを生み出すための注意点は、この後の「象徴」に関する項目で詳しく解説する)。
「スーパースター店長制度」というキャリアの複線化当時のFR社は「スーパースター店長制度」を導入し、キャリアの複線化を実現していた。
これは、本部スタッフでないと偉くなれないのではなく、店長としての能力を極める専門職として活躍し続けるシステムである。
立候補してもらい、「スーパースター店長(略称、SS店長)」として認定された人は、スーパーバイザーの指示命令系統に入らず、通常の店長よりも多くの権限が与えられた。
SS店長は、本当の意味での「商売人」になってもらう人ともいえる。
だから、自分で考え、自分で判断し、改良し、新たな仕組みを考えてもらい、それを全社に広げる役割を担う。
多様な人がいる会社は強い。
全員が本部スタッフをめざす必要はない。
とくに小売業には多様な人が必要だ。
SS店長は、小売業が強くなるうえで貴重な存在となる。
真の商売人気質の人が自由に「PDCAサイクル」を回せないと、会社としては、官僚的で時代に取り残される判断をしてしまう可能性が出てくる。
現場で高度な実践者として活躍できる道、マネジメントを極める道、本部スタッフとして専門性を高める道などを用意することで、社員は自分の人生やキャリアを考え、主体的に何を身につけなければならないかを考え、変わっていくはずだ。
「人と企業の価値の交換」という視点でいえば、「その人がどのようなキャリア観を持っているか」「どうしたいと思っているのか」を考慮し、個人も企業もWinWinになる「仕組み・制度・施策」を見出さなければならない。
これも、組織戦略として重要なことである。
変わるキッカケとなる「360度評価」の別の意図当時、FR社の多くの店長たちは、パートやアルバイトとして勤務してくれているスタッフのマネジメントに苦しんでいた。
早いと大学を出て、1、2年で店長になる。
当時の郊外型の一般的な店舗では、社員は店長と育成中の社員数名で、何十人ものスタッフをマネジメントしていくことになる。
ただし、すべての領域で店長がスタッフよりも仕事ができるということは現実的にありえない。
現場の作業は、長年店舗を支えてくれているスタッフのほうが速いというケースも多いのだ。
もちろん、商品の発注や在庫調整、スタッフの勤務シフトの作成、地域や近隣との関係づくりなど店長ならではの仕事はたくさんある。
しかし、それらは現場のスタッフからは見えにくいので、店長に対してスタッフには不満がたまる。
店長は若く未熟な部分も多いため、その不満を解消できない。
そうすると、店長とスタッフの間に溝ができてしまい、店舗運営がギクシャクしてしまうのだ。
その現状を打破するために「360度評価」を用いた研修を行った。
「360度評価」の研修では、上司や同僚、部下が、その人をどのように評価しているのかを項目ごとにサーベイ(測定)して数値化し、本人のスコアとのギャップを洗い出す。
その結果から、ギャップが生じている理由を自ら考え、またアドバイスをもらうことで、どのように行動や考えを変えるべきかを学んでもらうための研修である。
FR社には、パートやアルバイトのスタッフふくめて、職場を良くしていこうという気持ちをもってくれている人が多かった。
だからこそ、店長に厳しく、多くの店長のサーベイの結果は低い点数が多かった。
店長たちは項目ごとに、その点数の意味を理解して、自分の言動がどのように受け取られているのか、何が足りないのか、どのように変わるべきなのかを1つずつ考えていったのだ。
このことは、店長たちが変わる大きなキッカケとなった。
これが、「360度評価」を用いた研修の大きな目的であり、この研修の本来の目的を果たしたともいえる。
ところが、この「360度評価」による研修の活用は、これだけでは終わらせない。
多くの店長たちが、深く考え、自分の言動をどのように変えるべきかに気づき、変わることを決意した。
しかし、自ら変わると決めても、急にスタッフとの関係を変えられるだろうか。
溝を埋められるだろうか。
答えは否だ。
自分だけが変わってもうまくいかないのだ。
スタッフとの関係性を変えるためのキッカケも必要になる。
店長とスタッフの関係性を変えるキッカケとしても、この「360度評価」の研修を活用した。
具体的には、各店舗でこの研修のフィードバックを店長自らスタッフに行ってもらうのだ。
スタッフにサーベイに協力してくれたことへの謝意を伝え、何に気づいたか、今後どのように変わっていくつもりか、今後どのような協力をしてほしいのかを本人の口から直接伝える。
サーベイに込めたさらなる真意を語るスタッフもいたり、店長が気づいてくれたことを喜ぶスタッフがいたりと、まさに関係性に変化を生み出すキッカケになったのだ。
人が言動を変えようとするキッカケづくりも大変だが、人と人との関係を変えるためにもキッカケが必要になる。
それなくして、一方が変わっても、なかなか気づかないし、うまくいかない。
店長が「変わる」と宣言することで、スタッフたちにも変わるキッカケを与えたことになる。
店長の想いが理解できると、それまでお手並み拝見や、ただいわれたことをやるだけというスタンスだった人たちも、店長を助けようとする態度に変わっていった。
結局、人と人との関係は、双方が変わらないとうまくいかない。
そのためには、キッカケが必要になる。
店長が現場でスタッフにフィードバックをする際にも、細心の注意を払った。
なぜなら、このフィードバックも一歩間違うと危険だからだ。
「店長はまったくわかっていない。
こりゃダメだ」となれば、関係性が壊れることもありえるからだ。
そこで、店長がスタッフにフィードバックする際には、必ずスーパーバイザー以上の役職者に同席してもらった。
とくにスタッフとの関係性が悪い店舗や、予想以上に低いサーベイ結果だったスタッフの店舗には、エリアマネージャーに同席をお願いした。
このフィードバックで、スタッフが受け入れる状況や雰囲気を何としてもつくってもらうためにだ。
これはスーパーバイザーやエリアマネージャーにとっても、難易度の高い真剣勝負の仕事である。
だが、それぐらいの想いで行えば、良い効果が現れる。
もちろん、いちばん楽になったのは、店舗で四面楚歌の状況に置かれていて孤立し、苦しんでいた店長たちだ。
一方、「360度評価」のサーベイを実際の人事評価に活用する会社もあるが、私はそれには懐疑的である。
人事評価に使うことがわかっていると、サーベイをつける側にさまざまな忖度や逆に悪意の感情が発生し、その恣意性によるバイアスが生じることが多いからだ。
だから、純粋にその人の成長のために協力してもらう形でサーベイをつけてもらうほうが確かな結果が生まれる。
「360度評価」は、用いる会社の状況によってはとても危険なものである。
周囲の大多数が、モチベーションが低く、腐りかけた組織の場合、やる気があり、前向きに取り組んでいる人の評価が悪くなる。
なぜなら、そんなことをされたら迷惑だからだ。
もし、「いわれたことだけをやっていればいいものを、何を1人だけ頑張っているのだ。
あなたがそんなことをしたら、われわれもやらなければならなくなるではないか」という本音がある会社で、「360度評価」を使った研修を行えば、やる気のある社員から辞めていく。
バカらしくて、こんなメンバーとは一緒に働けないと実感するからだ。
これは実際によくある話で、「企業文化」を変えようとしている会社などは、とくに要注意である。
企業変革の協力者から辞めていくことになりかねない。
「360度評価」の本質的な構造を理解できていないと、逆にレベルが低い人に合わせる仕組みになってしまうことすらあるのだ。
自発的な情報発信を生む「フロー型のナレッジマネジメント」
「チェーンストア・オペレーション」を極める──「ビジネスモデル」の強化・その2FR社の組織変革では、「製造小売業」という「ビジネスモデル」と並ぶ、もう1つのポイントが「チェーンストア・オペレーション」としてどう勝つかということだった。
「チェーンストア・オペレーション」とは、小売業や外食、サービス業などで、チェーン本部の主導による標準化された店舗運営を行い、出店、商品計画、仕入れ、宣伝、採用などの大部分を本部で集中的に管理し、効率的に多店舗展開を行う経営手法のことである。
消費者は、その看板がついているお店であれば、そのブランドに期待する価値あるサービスが受けられると信じてやって来てくれる。
勝つためのポイントは、結論からいうと1つの店舗での成功事例を瞬時に全店で実行できる仕組みを構築できるかどうかだ。
1つの店舗で100万円、200万円の売上増となっても、全社への影響は軽微だ。
しかし、同じことを同時に500店舗で実現できたとしたら、5億円、10億円規模の売上増になる。
成功事例をいかに速く、多くの店舗で共有し実現できるかどうかで、まったく異なる業績になるのだ。
ただし、「チェーンストア・オペレーション」における、このポイントの重要性を理解していても、現実に実行できている会社は少ない。
これから、「チェーンストア・オペレーション」を強化するために導入した仕組みを解説していく。
私はそれを「フロー型のナレッジマネジメント」と名づけている。
まず、「ナレッジマネジメント」とは、社員たちが業務を行うなかで得た「知識=ナレッジ」を、会社全体で共有し活かすという経営手法の1つである。
個々の社員の工夫や具体的な思考錯誤とその結果を共有し、それを全員が活かすということだ。
それぞれの経験やそれぞれの技術で培われてきた勘や知恵のようなものを「暗黙知」という。
その「暗黙知」を、文章や図解のように誰もがわかり活用できるような形にしたものを「形式知」という。
「暗黙知」を「形式知」に変えていくと同時に、その両方を組織の財産として活用していけるようにする取り組みである。
一般的な「ナレッジマネジメント」の場合、「ストック型」で設計されることが多い。
わかりやすくいうと、データベースに過去の成功事例やそのときどきの企画書、経緯書、または、困ったことを解決した事例などを保存して、検索機能をつけて探しやすくし、必要なときにすぐに取り出して参考にできるようにしたものだ。
その多くは、組織の誰かが過去に生み出したノウハウを「ストック」するかたちで構築されているパターンである。
しかし、ファッションの流行、季節や天候の影響を受け、商品も顧客の要望も変化するアパレルの小売業や、急激に取り巻く環境が変化している企業の場合、過去の成功体験が必ずしもそのまま参考になるわけではない。
今年戦ったやり方が、来年も通用するわけではないのだ。
とくにアパレルの小売業の場合、常に新しい問題や課題が生まれるので、過去よりも、今困っていることをどう解決するかのヒントを共有したり、うまくいった例を瞬時に共有したりすることのほうがより重要になる。
だから、「ストック」の反意語的な意味を込めて、「フロー型のナレッジマネジメント」なのだ。
具体的には、店長、スーパーバイザー、エリアマネージャー、本部の各セクションの課長以上を1つのグループとして、情報が行き交う仕組みをつくった。
店長は、困ったことや解決したいことを、そこで発信する。
同じような問題で困っている店舗も多い。
だから、同じ状況を経験した店舗の中には、それをすでに解決したところや、まだ解決にまでは至っていないが、解決をめざして試行錯誤しているところがあるのだ。
そこで、「困った」という発信があれば、すでに解決した店長や、思考錯誤中の店長がすかさず情報を発信する。
助けを求めた店長や同じ悩みを抱えた店長は、すぐに同じことをやってみる。
しかし、他店から薦められたことをやってみたものの、なかなかうまくいかないケースもある。
それは、立地や客層など細かな条件が違うからかもしれない。
その場合、その事実をまた発信する。
やがて、解決する方法を考え出す人が出てくる。
それらの情報をもとに、多くの店舗で自店の状況に合わせて実践してみるという具合に進展していく。
本部の課長以上もそのネットワークに入っているのは、全社的な視点で本部として取り組むべきこともたくさんあるからだ。
会社の構造的な問題の場合、すぐに本部が動く必要がある。
また、個別の店舗で行うよりも、本部で一括して行うほうが効率的であれば、本部の該当部署がすぐに取り組むのだ。
本部の人間も、常にこの情報を見ておかなければならない。
実際に、店舗の駐車場が常に満杯で周辺に迷惑をかける事態があちこちで発生したとき、商品がすぐに売れて在庫切れが頻発したときなど、多くの店長が知恵を出し合い、全国に解決のヒントを与えてくれた。
このように、全社をあげて問題を解決する仕組みや、そこで生まれた成功事例を瞬時にすべての店舗に展開できる仕組みこそが、会社の成長を加速させるのだ。
参考までにお伝えすると、現在のFR社は、この瞬時に共有できる仕組みは前提として、さらに強くなるために「脱・チェーンストア・オペレーション」の域をめざしている。
全国で共通で求められることはできたうえで、地域の店舗ごとに特徴を出し、他の地域ではやっていないことをやれるところまで到達するためだ。
「チェーンストア・オペレーション」の価値を維持しながら、その店舗にしか売っていないもの、その地域でしか提供できないものを用意するなどローカライゼーションの価値を出していく。
全社のOSの上に、ローカライゼーションというアプリを乗せているイメージだ。
ここで、「チェーンストア・オペレーション」を機能させるために、もう1つ特筆しておきたいことがある。
それは、本部を「サポートセンター」という名称に変えたことだ。
本書では「本部の各セクションの課長以上を」などと表現し、本部という言葉を使っているが、正確には「サポートセンター」のことである。
本部は「店舗を支える役割」を担っているということを明らかにするためのネーミングであり、組織図の位置も意図的に下に書き、現場で困ったことが起こったら、「サポートセンター」の主要な部署が現場を支えるという位置付けにした。
人のことで困っていたら人事部門、配送のことで困っていたら物流部門というように、それぞれの部署ががすぐに関与し、解決方法を発信する役割にしたのである。
組織として「知の共有」をしていくには、もちろん「ストック型のナレッジマネジメント」も重要になる。
これも自社の「ビジネスモデル」や「置かれた状況」によって、「ストック」すべき情報と、「フロー」で瞬時に共有すべき情報のそれぞれの価値や役割を考えて「ナレッジマネジメント」の仕組みを構築する必要があるということだ。
「ストック」と「フロー」の配分も、業種や会社によって異なるため、適切に判断しなければならない。
その際に大事なのは、「フロー型のナレッジマネジメント」と「ストック型のナレッジマネジメント」、それぞれの特徴を理解して、自社はどのようにそれぞれを使いこなすと情報が共有され、組織としてより強くなれるのかを意識しながら真剣に考え抜くことである。
「評価制度」は経営からの最大のメッセージ
「評価制度」を変更するキーワードは「全社への影響」「評価制度」は、経営からの最大のメッセージとなる。
どんな人も評価されるとうれしいし、評価されるに越したことはない。
けれども、その評価の仕方によっては本人だけでなく会社全体に影響を及ぼし、プラスにもマイナスにも作用する。
人は良い評価をされると、会社は自らを良しと判断したと受け取る。
だが、仮に会社が望むべき考えや行動とは異なるにもかかわらず、目立った売上をあげた人物がいたとしよう。
そこで、売上という結果だけで評価をしてしまうと、下手をしたら会社にとってふさわしくない考え方や行動を容認したこととイコールになってしまうのだ。
しかも、それは評価された本人だけでなく、それでいいんだと会社全体にも悪影響を及ぼす。
だからこそ、「何を評価するのか」、つまり「どんな行動や考えや、その結果、生まれたどんな成果を評価するのか」、そして「それは、なぜなのか」を明確に伝えるのだ。
これが伝わらなければ、その会社ならではの「価値観」や「判断基準」に則って、理想の成果を出すための行動などしてくれないからである。
「評価制度」を設計する側、伝える側は、それぐらい重いテーマを扱っているという認識と覚悟が必要になる。
とりわけ「ビジネスモデル」や「企業文化」を変えようとする際には、新しい「評価指標」を通して、「何をめざして、何をしようとしているのか」「今後は何を重視するのか」を伝えていかなくてはならない。
FR社は「製造小売業」への変化を促すために、「評価指標」も変えた。
ただし、それまでの「評価指標」自体が間違っていたわけではない。
それは営業成績を重視する会社では、当然のように取り入れられている指標でもある。
たとえば、店長であれば、店舗の目標金額の達成率で評価される。
任された売上目標に対して130%、150%の結果を出せば、高い評価が得られる。
それも大事なことだ。
しかし、新しい「ビジネスモデル」である「製造小売業」として勝つには、今までと同じ発想では会社は潰れるといっても言いすぎではない。
「製造小売業」は自社で企画し、生産した商品を売り切らなければならない。
商品ごとに細かく計画して発注するので、すべての商品で、発注した数量を売り切ることが求められるのだ。
そうなると、1つの店舗で200%売り切ることが、必ずしもいいことではなくなる。
もちろん、数字が悪いよりは良いほうが評価される。
だが、商品ごとに細かく計画して、商品ごとに売り切っていかなければならない。
それまでよりも、より緻密に考え、より詳細な販売計画が求められるのだ。
さらに、商品はシーズン前に計画して発注しているが、販売の初期の動きしだいでは、シーズン中に生産を増やすという判断も行う。
各店舗でもそれに対応して販売計画を変えていく必要がある。
そのような販売方法を行いながら、任された売上を達成し、与えられた経費の中で人件費ふくめてやり繰りし、きちんと利益を出せることが評価されるのだ。
これまでとは違う仕事の脳や筋肉を使うようなイメージで、慣れるまでは大変である。
この「評価指標」の変更は、まさに「製造小売業」という「ビジネスモデル」を強化するということに紐づいた変更だった。
また、それと同じくらい大事な「評価指標」として重視することにしたのが、「全社への影響力」だ。
これも、前述した通り、「チェーンストア・オペレーション」という「ビジネスモデル」を強化することに紐づいた変更である。
「フロー型のナレッジマネジメント」のところでも解説したが、きちんと情報を発信すれば、困っていることがあっても、すぐに知見を得ることができる。
また、成功した店舗があれば、自ら全社に共有することで、多くの店舗でもその成果を手に入れることができる。
そのように全社を良い方向に向かわせるためにどれだけ貢献したかを問うたわけだ。
その「評価指標」を説明する際に私が伝えたのは、次のようなメッセージだ。
「全社への影響力は、アイデアや事例を発信するだけではありません。
その店舗、その人が使えるように配慮し、本当に困っている人が問題解決できるところまで徹底的にやってください。
そして実際に話を聞きたい人には、教えてあげてください。
アドバイスしてあげてください。
現場を見たいのであれば、見せて解説してあげてください。
それが本当の意味での、全社への影響力です」「影響力」とは実際に相手や周囲に何かしらの変化が見られて、その結果として認識されるものだ。
だが、よくあるのは「私は教えましたよ」と自己完結で終わるケースである。
ただ単に「教えましたよ」「伝えましたよ」で終わらせず、実現させるところまで手伝い、その人が達成してはじめて評価するとした。
この「評価指標」を満たすのは、決して簡単なことではない。
とくに店舗という遠隔地同士の場合、なおさらだ。
だが、それをやり遂げることで、会社は強くなる。
それゆえ、情報を共有できる「フロー型のナレッジマネジメント」の仕組みが重要視されていったのだ。
「全社最適」のために「決算賞与」を導入評価の高い人、つまり高業績者への報い方は、会社内の格付けの変更である昇格や昇進と、金銭面があると説明した。
ここでは、その金銭面の報い方の変更を紹介したい。
一般的に「賞与」は、「目標管理制度(MBO:ManagementByObjectives)」を活用して、その結果をもとに評価し、各人の賞与額を決めるケースが多い(この「MBO」の結果を昇降格や昇進・降職に使うケースもある)。
FR社でも、そのような仕組みが導入されていた。
「MBO」は、上司と握った目標を達成することをめざす重要な評価の方法である。
丁寧にやる会社は、メンバーがきちんと自分で目標を立て、それを上司とすり合わせる。
また、上司は「全社の目標」と「自分の部署の成果」の関係を把握して、「メンバーの目標」までつなげていく。
「各個人の目標達成」が「課の目標達成」と紐づき、「各課の目標達成」が「部の目標達成」や「全社の目標達成」と紐づくのだ。
まず、「MBO」の特徴として、目標を自ら立てるので押しつけられたものではなく主体性が発揮される。
P・F・ドラッカー氏が提唱した本来の「MBO」の思想も、まさに「ManagementbyObjectivesandSelfControl」だ。
つまり、各人が自ら目標を設定し、その目標を通して自らの仕事のやり方や進捗をマネジメントするということであり、それを自らコントロールすることの重要性をふくんでいる。
だが、日本語で「目標管理制度」という訳で普及したがゆえに、言葉が独り歩きしてしまい、立てた目標を管理するというニュアンスが強いことが残念でならない。
目標というものを通して、育成的視点をふくめながらマネジメントしていくという視点が欠かせないのにだ。
そこで、真の意味での「MBO」を定着させようと、FR社では、夏と冬の賞与は「MBO」と「業績評価」をもとに算出したのだ。
それに加えて、「決算賞与」の仕組みも大胆に導入した。
「決算賞与」とは、年度末にその年の業績にもとづき、社員に還元するタイプの賞与だ。
これをふくめると、夏、冬の賞与と合わせて、賞与が3回あることになる。
賞与を、一部の企業に見られるような保障された生活給という側面からではなく、本当に業績に合わせて出るものであると定義し、その趣旨を伝えた。
そのため、次のようなことを何度も説明した。
「賞与をあてにしてローンを組むのは、最低限にしてください。
できれば組まないほうがいいです。
とくに決算賞与は、業績によって大きく変動するので注意してください。
仕組みを理解しておいてください」もちろん、夏と冬の賞与は、よほどのことがなければ一定額が支給される。
しかし、3つの賞与に占める「決算賞与」の比率を大幅に高めたのだ。
だから、「決算賞与」を見込んだ多額のローンの支払いは危険だと伝えたのだ。
「決算賞与」は業績と連動するので必ずしも出る保障があるわけではないからだ(業績が良かった場合は、それに見合った金額となる)。
そして、同時に伝えたことがもう1つある。
「なぜ、決算賞与を導入し、その比率が高いかというと、われわれは、各組織が一体となり動かなければ利益が出ないビジネスの仕組みです。
ですから、全社で協力すればするほど、業績も良くなり、みんなの決算賞与も増えるのです。
個人のMBOと半期の業績にもとづいた夏と冬の賞与も大切なものですが、全員で
協働して利益をあげて、高い決算賞与を実現させましょう」これは、全社で一体となって目標に向かう歩みを進め、それを達成すれば相応の報酬を得られるという、全社最適を実現させるための仕掛けでもあった。
この仕組みは、店舗だけではなくサポートセンター(本部)でも同様に取り入れた。
結果、部門や立場ごとにいがみ合うことなく、同じ目標に向かうことで組織の壁も低くなった。
協力体制を構築するための施策の1つとして機能したわけだ。
そして、実際に成果に見合った「決算賞与」が出ると、全社で協力したほうが、損得勘定からも合理的であるという実感がわく。
それまでは、自店の数字にしか興味がなかった店長たちも、全社の数字に関心を持ち、全社の方向に関心を持つようになっていった。
「何を評価するのか」、そして「その評価をどのように反映させるのか」、その思想や背景、理由をきちんと共有することこそ、仕組みの要となる詳細まで把握していないと歯が立たない「評価会議」人事評価のプロセスで、大きなウェイトを占めるのが、部長会議でのメンバーの評価のすり合わせだ。
「製造小売業」の場合、全社が一体となって価値を生み出す。
前の部署からバトンをもらい、次の部署にバトンを渡すようなイメージだ。
他部署との連携が欠かせない。
情報共有だけでなく、実際の業務での共同作業も発生する。
だから、たとえば関連する部署のメンバーの仕事ぶりは、案件によっては直属の上司と同じくらいかそれ以上に他の部長が詳しいケースもある。
「評価会議」では、部長クラスが集まり、自分の部下の評価を表明する。
そこでは、えこひいきした下手な評価はできない。
関連する部署の部長が詳しいだけに、すぐに物言いがつくからだ。
「評価会議」に臨む部長間では次のような言葉が飛び交う。
まさに真剣そのものだ。
「あなたは、〇〇さんの評価を低くつけているけれど、われわれにとってはすごく良くやってくれる人です。
だから、もう少し高い評価でもいいのではないですか?」「あの人がどうしてそんなに評価が高いのですか?あの人のせいで、うちはどれだけ迷惑を被っているか、あなたはわかったうえでその評価をつけているのですか?」この仕組みにはもう1つ効能がある。
部長自らが、評価対象者の言動や成果を細かく理解するようになるのだ。
通常、直接の評価者である課長がいる場合、部長は課長が査定した評価を鵜呑みにする。
評価対象となるメンバーを直接見る機会は限られるので仕方がない。
しかし、この仕組みだと、「評価会議」で部長は質問攻めに合い、もしメンバーの仕事の中身を知らないとなると、責務を果たしていないことになり恥をかく。
だから部長たちはみんな、一生懸命メンバーの仕事を課長からヒアリングし、必要であればメンバーから直接聞いて、仕事内容を把握したうえで会議に臨むのだ。
実際のマネジメント上でもプラスに働く仕組みとなっている。
評価対象者も、その仕組みがあると思うと、直属の上長だけを見ずに、関連する部署のために、おのずと正しい方向の努力をするようになる。
会社のために、求められることをしようとするのだ。
直属の上司だけでなく、「評価会議」に参加する部長という評価者の存在価値は非常に大きい。
これも、仕組みとして評価が確定するまでのプロセスそのものを考え抜いてこそのものだ。
ただし、1つ留意していただきたいのは、ここでも紹介したやり方が絶対的に優れているといっているわけではない。
この評価の仕組みは、全社が一体となって動く必要がある「ビジネスモデル」だからだ。
評価についても、その会社に適した決め方がある。
絶対的な正解があるとしたら、「企業理念(社外規範・社内規範)」を実現し、「コア・コンピタンス」を強化するためには、どのような評価の仕組みやプロセスにするのがもっとも効果的か、それを計算しながら構築する必要がある、ということである。
「評価制度」で忘れられがちなのは「見える化」の仕掛け「評価制度」には、必ず「見える化」が必要である。
2章で述べた「発見の仕組み」のことだ。
「評価制度」をつくる際に、何を評価すべきか、それを一生懸命に議論し、「評価指標」を固めていく会社は多い。
しかし、それと同じぐらい大切なのが「見える化」だ。
「評価指標」が「メジャラブル(Measurable)」なもの、つまり測定可能なものは「見える化」を意識しなくても、たいていは結果が数値として出てくる。
営業目標の達成率や人件費比率などもそう。
新規営業の場合などは訪問件数を、商品企画などの場合は提案件数などを「評価指標」にする場合もあるだろう。
これらは、数字できちんと把握しやすい。
ところが、数字だけでは測りにくいものの場合、「見える化」がおろそかになりがちになる。
いくらどんなに考え抜いて「評価指標」をつくっても、その指標で求められることをやったのかやらなかったのかが周囲に見えなければ、誰も本気で取り組みはしない。
取り組んだとしても、結局誰も気づかずに評価されないことがわかれば、人は徐々にやらなくなっていくものである。
だからこそ、必ず「見える化」が必要なのだ。
評価すべき人を、的確に評価する。
評価制度の設計の際には、「見える化」まで一緒にやらなければならない。
これは人事制度をつくるときの1つの大きなポイントになる。
では、たとえば前述の「全社への影響力」を評価する場合、どのようにすればいいのか。
ここで、「フロー型のナレッジマネジメント」の仕組みが、それを可能にしてくれる。
困っている人は、それを発信する。
すると、誰かがアドバイスをする。
発信した人は、すぐに誰かのアドバイスや、うまくいった店舗の事例を得ることができる。
それを使って解決に動く。
うまくいけば、「ありがとうございます。
うまく解決できました」とすぐに反応が出る。
仮にアドバイス通りにやってみたとしても、店舗の立地、客層など、さまざまな条件の違いによってうまくいかない場合もある。
その場合は、その結果を受けて、うまくいかなかったことを発信する。
すると、別のところから「私の場合、こういう形で解決しましたが、どうでしょう」と新たなアドバイスが流れてくる。
それを試した店舗がさらにノウハウをプラスしてゆく。
こうやって知見がどんどん広がっていく。
そうしたプラスのスパイラルが構築されていくのだ。
このようなかたちで、発信と結果を共有し続けると、誰が全社に良い影響を与えているのか、誰もが認識することができる。
この仕組みを見ていると、全社的な価値を出している人が一目瞭然になる。
これも、まさに「見える化」である。
結果が継続して出るための「評価指標」も大切「見える化」と同様に、「評価制度」を設計する際のポイントをもう1つ紹介したい。
それは、成果の結果として現れる「評価指標」だけではなく、結果を継続的に出し続けるための「評価指標」も織り込ませることである。
成果の結果として現れる「評価指標」とは、たとえば店舗であれば、売上額やその達成率、人件費や人件費比率などのように最終的に示されるものだ。
もちろん頑張ったうえでの結果なので、これらは評価されるべきだが、それだけではダメで、その良い結果が持続的に生まれるための行動も評価しなければならない。
たとえば、店舗の業績のためには、パートやアルバイト社員との円滑なコミュニケーションが欠かせない。
そのための行動である店舗でのスタッフミーティングの質と量や、従業員満足度なども「評価指標」として織り込むのだ。
また、「組織が一体として動くようになること」をめざすのであれば、それが実現するためには、どんなことが起こるとそれが加速されるかを考えていく。
店舗から、顧客の生の声や近隣の競合情報などを商品企画をする部署に伝える行動、商品を企画する部署が店長たちにきちんと商品の企画意図や狙いを伝える行動、このような行動が頻繁に起これば、組織の一体化が加速するわけだ。
つまり、このような行動をきちんと評価すれば、めざしている姿へと近づくのだ。
実際には、そのような行動をきちんと行ってもらうために、最初は店長やスーパーバイザーたちと商品企画部との定例のミーティングを強制的に開催した。
そして、そこでの言動も評価した。
すると、やがて店長とスーパーバイザーの間に、自然とコミュニケーションが生まれるようになった。
強制的に会議を開かなくても、情報を伝え合う行動が自発的に起こったのだ。
そうすれば、「見える化」の仕組みを利用して、組織が求める行動をした人をきちとんと発見し、評価する。
これも「自社がめざす強い組織」という観点からの「評価制度」という仕組みを導入した効果である。
「表彰」は効果の最大化を考える
「そもそも表彰制度は、何のために行うのか」から考える「表彰制度」を実施している会社は多い。
とくに営業系の部署では必ず行われる。
ところが、表彰の効果を最大にすることまで考えている会社は意外と少なく、業績が長期にわたって好調で、成長を継続している会社ほど、このことを常に考えている。
表彰する際、わざわざ壇上に上げて褒め称えるのはどの会社でもしていることだ。
そうするのは、それなりに重要な意味があるからだ。
本人のモチベーションを上げ、チームのモチベーションを上げ、さらに頑張ってほしいという想いも当然ある。
見ている観客席側からは、次こそは私があの舞台に上がるぞ、と思わせる刺激にもなるだろう。
しかし、もっと重要な「表彰制度」の狙いがある。
良いお手本として、他の人にも表彰された人と同じ行動をしてほしいというのを暗に伝えることだ。
だが、多くの会社の表彰イベントでは、壇上に上がった成績優秀者がコメントを求められ、どこかで聞いたようなお決まりの挨拶をするケースばかりだ。
「みなさんのおかげで、この賞がいただけました。
とてもうれしいです」「ご指導いただいた○○さんのおかげです。
本当にありがとうございました」もちろん、これらの感謝の発言を否定するつもりはまったくない。
しかし、もっとも語ってほしいのは、「その成果を上げるためにどのような行動をしたのか」である。
それを共有するのが表彰の目的なのに、なかなかそれが出てこない。
当時のFR社の表彰も「指導していただいた上司や、店で働いてくれているスタッフのおかげです。
ありがとうございます」というパターンばかりだった。
感謝の言葉だけの挨拶を打破するため、事前に表彰される人の店舗に映像を撮影しに行った。
撮影を担当するビデオクルーのスタッフ、とくにディレクターには、FR社の標準的なやり方を理解してもらった。
そうしなければ、何がすごいのかわからないからだ。
わからなければ、その部分を撮影できない。
たとえば、パート社員のチームワークのつくり方が絶妙な店舗がある。
一例として、朝礼のちょっとしたやりとりを見るだけでも参考になる。
店長がパート社員に仕事を任せるときのやり方が非常に上手なケースもある。
そのような場面を撮影し、その店舗のすごさがわかるように編集したうえで表彰のイベントで見せるのだ。
表彰の映像は参考になるだけでなく、映像を流した後に成績優秀者にスピーチしてもらうと、触発されてプラスアルファの内容まで語ってくれる。
それが全員にとって参考になり、これだけで表彰の価値がまったく違うものに変わるのだ。
しかし、「表彰の効果の最大化」はそれだけでは終わらない。
当時のFR社は、現場で自分たちで考えるという習慣がまだ弱かったので、表彰の映像の視聴と成績優秀者のコメントだけでは「良い話を聞いた」だけで終わってしまう可能性も高かった。
そこで、映像と表彰者のスピーチから学ぶべきことを、自分の店舗でどのように導入し、応用するかについて考えてもらうために、7人ほどのグループに分かれて気づきや思ったことを共有するセッションを設定した。
その仕組みを取り入れたことで、映像を自分の店舗に置き換えて見るように変わった。
当事者として見ると、質問したくなる。
「表彰の映像にはなかったけれど、こういうことが起きたらどうしているのですか?」「そうするのはわかるが、こういう問題は出ないのですか?」多くの質問が出て、それに対する答えがあり、さらに突っ込んだ質問が出る。
そのプロセスのなかで、「知の共有」が進んでいく。
同じ表彰でも、そこまでやってはじめて表彰の意味がある。
この取り組みも、最初は7人ほどのグループに分かれても、気づきや思ったことを共有することが下手であった。
「指示を聞き、やり抜く」という習慣が強く、「自分で考えて、自分の意見をいう」という習慣が弱かったからだ。
詳しくは5章でお伝えするが、情報の共有の仕方、情報の伝え方、会議のやり方なども共有して、自分で考え、自分の意見を人前でいえるような支援も必要である。
それを行いながら、表彰者が取り組んでいることの中で、自分が応用すべきことを考える、そしてそれを仲間と共有し、「なぜできるのか」「自分の店舗と何が違うのか」を深めていく作業が習慣化することで、自ら店舗に取り入れるということが実現していったのだ。
ここまでやらないと、会社は変わらない。
「表彰」という施策ひとつを取ってみても、「何のために行うのか」「その目的を最大化するためにどんな工夫をすべきか」という視点で自社を分析してみてほしい。
そうやって、どうしたら会社が良くなるかを考え抜いた「仕組み・制度・施策」によって、人が自ら動く組織に進化していく。
「仕組み・制度・施策」を定着させるには、「象徴」をつくる
「象徴」を見て、はじめて人は「仕組み・制度・施策」の成果を信じる「強い会社」になるために、さまざまな「仕組み・制度・施策」を取り入れても、急に、一気にすべてが変わるわけではない。
1つひとつの「仕組み・制度・施策」が全社的な変化として認識されるようになるためには、「象徴」をつくることが大切である。
つまり、わかりやすい事例としての「象徴」があれば、変革が加速するのだ。
たとえば、「全社に影響を与えた人を評価する」といっても、言葉だけではなかなかピンとこないだろう。
「全社の業績に貢献した人には、決算賞与で報いる」といっても、どこまで本気なのか、誰もすぐには信じないだろう。
そこで、こんな「象徴」となる事例があったとしたら、社員はどう思うであろうか。
店舗の駐車場は常に満車で、商品が飛ぶように売れ、店頭の商品はすぐに底をつき、バックヤードから補充しようとすると、売り場に運ぶまでの間に商品がなくなる。
FR社のUNQは郊外型の店舗の場合、そもそもお店そのものが洋服の倉庫というコンセプトの店づくりになっているので、裏に商品を置く場所もわずかしかない。
だから店頭の陳列棚が天井に届くほど高く、そこにぎっしりと商品が陳列されているのだ。
ありがたいことに、商品が飛ぶように売れたため、十分な在庫を置いておけるはずの棚がスカスカになってしまった。
だが、その状態が続くのは、小売業としては失格だ。
このままではいけない。
1人の店長が行動を起こした。
幸いに、郊外型の店舗の場合、駐車場が広かった。
それを利用して、鉄道輸送やトラック輸送に使われる荷台(コンテナ)を駐車場に置こうという発想だ。
そうすることで翌日販売するための商品を準備し、店頭から在庫がなくなれば、そこから速やかに補充する。
これは駐車場が広い店舗であれば、どこでも可能な方法である。
そのノウハウは他店舗にも瞬時に広がり、トラックの荷台の要望が各地の店舗からあった。
そうなると、1店ずつ借りるのは手間とコストが高くつく。
サポートセンター(本部)が一括して借りたほうがいいという話になる。
ある1人の発案だが、全社に影響してゆく。
この店長が、スタッフのマネジメントの問題や店舗で起こっているさまざまな課題に対してもアイデアを出し、実行し、課題を解決してゆく。
そしてその手法を全社に広める。
もしも、この店長が全社の業績に貢献したとして決算賞与を1000万円与えられたとしたら、他の社員にはどのように映るであろうか。
その事実を知れば、社員の誰もが「全社に影響を与えた人を評価する」「全社の業績に貢献した人には、決算賞与で報いる」という言葉を信じるだろう。
社員は常に、経営陣の本気度を見ている。
何か新しいことをはじめ、それを徹底したいときには、経営陣も本気度を見せなければならない。
たとえば、従来の「評価指標」をあらため、新たな「評価指標」を定めても、その評価した報酬が1万円程度だったら、誰も動かない。
名実ともにその仕組みを広げる側の覚悟を見せるのだ。
そのための方法はいくつかあるが、お金にしても地位にしても「報い方」が大胆でなければならない。
通常の制度設計では、たとえば原資が1000万円と限られている場合、一番手に500万円、二番手に200万円、三番手に100万円とするなど二番手以降にもかなりの額の報酬を与える仕組みにしがちである。
しかし、原資が限られている場合でも、一番手に1000万円、二番手以降はわずかな金額でもいいのだ。
インパクトという点では、最高の額がどれだけなのかが重要である。
原資が1000万円で、10人に100万円ずつ手渡すくらいなら、本当に評価したい人に1000万円払ったほうが効果的だ。
なぜなら、組織変革をうまくいかせるための最大のポイントは、「象徴」をつくることだからだ。
つまり、「象徴的な事実」をつくることが何よりも重要になる。
インパクトのある金額の「決算賞与」を受け取った人が「象徴」となり、本当に起こりえることを知った社員が「象徴」を追って実行しようとする。
その人がまた評価されれば、実行する社員が増えて全社に定着する。
そうやって「象徴」の事実を通して、経営の本気度を社員は見ているのである。
経営陣の本気が伝わるからこそ、社員1人ひとりも真剣に変わろうとするのだ。
「象徴をつくる」というのは、何かを広める際に普遍的に作用することを覚えておいてほしい。
「象徴」をつくるためには、見えないところで支援する何かを広め定着させるためには「象徴」となる事実をつくる必要がある、という話をこれまでしてきた。
「象徴」に関して、別の事例を共有したい。
FR社では、若い人を抜擢し、難易度の高い職位にチャレンジする機会を与える仕組みにしたことは、「チャンスを与える昇格と降格」の部分で述べたが、それを定着させるための方法についてである。
1つ上の等級や役職にチャレンジするために昇格したが、求められる役割を果たせない場合は降格や降職してもらう。
ただし、そうなっても再挑戦の機会は与える。
けれども、降格や降職した人に本当に再挑戦の機会が与えられ、本当に返り咲けるのか、そのような人が出てくるまでは信用されない。
それを証明するのも、「象徴」である。
当時、陰で支援して再昇格の「象徴」もつくった。
そのときには細心の注意を払った。
人事が中心となり、上司にも働きかけ、再び昇格できるよう支援したのだ。
それは、俗にいう「下駄を履かせる」ことでも、不正を働くことでもない。
降格した人のモチベーションが下がらないように支援し、日常の業務のなかで上司が再び昇格するに見合うように育てたのである。
対象者が実績をあげられるように、ときには人事や上司が間接的にヒントを与え、ときには直接指導して成長を促した。
しかし、支援した事実は誰にも知られてはならない。
そのように気にかけて支援したことが知られてしまうと、「象徴」としての存在感が弱くなってしまうからだ。
もちろん、本人も1つ上の仕事に挑戦したからこそわかる、自分の課題を必死に改善し強化した。
それに、もともと能力が高かったゆえに抜擢された人材だ。
次のような程度のヒントでも十二分に活かすことができる。
「あの件は、九州の〇〇店の店長に相談してみたらどうかな」再昇格後は、その人には抜擢、降格、再昇格に至る一連のストーリーを語ってもらう。
「スーパーバイザーになってはじめて、自分では当たり前のようにできていたことが、すぐにはできない店長もいることを知りました。
その場合、指示するだけでは人は動いてくれない。
そして、なぜそうするのかを教えることの難しさもわかりました。
期待に応えられず一度は降格しましたが、私はそれを克服するために努力を重ねました。
その結果、再び昇格することができました」そのような事実をつくり、それを上手に共有する。
「象徴」になりえる事実が、人の気持ちを動かすポイントとなる。
「FR社はチャンスを与える会社だ」「一度トライする価値がある。
仮に失敗して降格しても恥ずかしいことではない。
永久のバツなどつかず、また上がれるチャンスがある」それらが当たり前の「企業文化」になってしまえば、チャンスを与える昇格も、降格もやりやすくなる。
社員の間に「降格は恥ずかしいことではない」と認識される。
その状態をつくれないから、降格させられずに組織全体が淀んでいく。
もちろん、ここでもすべての企業で降格があったほうがいいわけではない。
「業種」や「企業文化」によっては、降格する可能性があるとミスを怖がってチャレンジしなくなるところもあるだろう。
むしろ、降格しないことを売りにしたほうがいいケースもあるかもしれない。
ただし、多様性が求められ、かつ変化が激しい今の時代、チャンスの門戸は年齢や性別、国籍を問わず開かれていたほうがいいのも事実だ。
ここでも、どんな「企業文化」が本当に自社にとってプラスになるのか、ゼロベースで吟味する必要がある。
そして、そのときに覚えておいてほしいのは、「象徴」をつくることで、変革が事実として伝わるということ。
そしてもう1つ、「象徴」を意図してつくったことは決して知られてはならないということだ。
あえて違うタイプの「象徴」をつくる「象徴」をつくるうえで、もう1つポイントがある。
良い成果をあげる人は、毎年のように成果をあげる。
結果として、表彰を受ける人は、毎年固定されがちになる。
だが、毎年のように同じ人が表彰され賞賛されるとしたら、他の社員はどう思うだろうか。
とくに、その人とタイプが違う人であれば、どう思うであろうか。
「自分のようなタイプは、この会社では評価されない。
自分は、この会社には向かないのかもしれない」もしかして、そのように思う人もいるかもしれない。
もちろん、他の人と明らかな差があった場合には、同じ人を評価するべきである。
そこに恣意性を入れてしまうと、公平さが担保されないからだ。
しかし、ほぼ同じ成果だったら、あえて違うタイプの人をクローズアップする。
「象徴」となる人を異なるタイプにしたほうが、現場のモチベーションは間違いなく上がるのだ。
「うちの会社は、もともと強力なリーダーシップを持っているタイプで、パート社員への指示の出し方も上手な人しかヒーロー・ヒロインになれないのだな」このようなイメージが定着してしまうより、口下手で人前に立つのが苦手なタイプの人であっても、きちんとパート社員との信頼関係を築き、高い業績をあげることができ、表彰されることを見せてあげたほうが、多くの人が夢を持てる会社になる。
だからこそ、さまざまなタイプの人が、そのタイプの特徴を活かして活躍し、ヒーロー・ヒロインになれるという事実を見せたほうが、多くの人のモチベーションが上がる。
ただし、お金が絡むことに恣意性を入れすぎると、仕組みが破綻する恐れがある。
だから、それらのリスクも勘案し、全体を俯瞰したうえで、「象徴」としてクローズアップする対象は慎重に選ばなければならない。
「象徴」をつくる場合は、そうやって会社にはさまざまなタイプの社員がいることを前提に、さまざまなタイプの社員にスポットライトがあたる工夫をする。
そして、それを社員に気づかれてはならない。
気づかれた瞬間に、「象徴」をつくる価値は毀損する。
仕組みが機能しない場合は、「うまくいかない本当の原因」を突き止める
マニュアルを進化させる側へ──「仕組み・制度・施策」が機能しないケース・その1「仕組み・制度・施策」は、良かれと思って実施してみても、なかなかうまくいかないことも少なくない。
「明らかに効果があると思われるのに、なぜやらないのだろう」となることも起こる。
そのような事態には理由を解明し、解決していかなければならない。
とくに人事に関する施策は、人の気持ちの有りようが影響するだけに、想定通りには進みにくい。
また、想定通りに進んだと思っても、それが実現してはじめてわかる新たな課題が、浮き彫りになることもある。
あくなき改善への取り組みをやり続けるうちに、元いた場所よりも、気づけばいつしか高みに登っていたというのが、「仕組み・制度・施策」を実践していくリアルな実感かもしれない。
たとえば、FR社ではこんなケースがあった。
良い事例や取り組みを、全店で活用できるようにすべく、高い業績をあげている店長に「ぜひ、そのやり方やノウハウを発信して広げてください」と頼んだ。
しかし、その店長は「はい、わかりました」といったはずなのに、なかなか発信してくれない。
その店長はなぜ発信してくれないのか不思議になり、あるとき店舗出身で運営に詳しい人事部のスタッフにその店舗を見に行ってもらった。
すると、発信できない理由が確かにあったのだ。
チェーンストアである以上、どの店でも一定のサービス内容やサービスレベルを維持しなければならない。
そうするために、必ず全店共通のマニュアルが存在する。
しかし、その店長はマニュアルから少しはずれた店舗運営をしていたのだ。
不正などではなく、成果を出すために工夫して、臨機応変に対応するために、マニュアル通りではなくなっていたのである。
だから、業績をあげても、マニュアル通りの店舗運営ではなかったので、堂々と発信できなかったのだ。
知られると上層部から怒られるかもしれないという恐怖感さえ持っていたのかもしれない。
だから、当然いえるはずはなかったわけだ。
このことがわかったので、全店舗の店長が集まる「店長コンベンション」で次のように伝えた。
「われわれは、チェーンストアです。
お客様は、UNQの店舗のどこに行っても、期待する商品があり、期待するサービスを受けられると思われています。
だから、勝手なことをすることは認められません。
でも、考えてみてください。
現在のマニュアルを守るだけでなく、進化させることもできるのです。
それができたら、大きな価値になるのではないでしょうか」マニュアルは、変えることができる。
本当に良いことであれば、変えた人こそがヒーローやヒロインだ。
店長の発想をそのように変えようとした。
さらに、こうも。
「みなさんがマニュアルと異なることをやりたいと思ったときには、スーパーバイザーと相談してください。
許可が出れば、ぜひそれを試してください。
そして、うまくいったら、それを共有しましょう」決して店長の独断ではやらせない。
店長には場数を踏んだベテランもいるが、大学を卒業して間もない若い店長もいる。
若い店長が勝手に行動するのを許してしまうと、本当に間違えるケースもあるからだ。
だから、必ずスーパーバイザーと相談してやってもらうようにした。
マニュアルを守ることは大切だが、マニュアルをより良いものへと進化させることの価値を伝え、良いと思うことがあればトライする。
結果につながり再現性が高いと判断できるものであれば、全社で行えるようにしたのだ。
そして、1つの足かせがはずれると、情報は流通しはじめた。
経営者やとくに人事部門の人間は、何かを試みてうまくいかないときに、「なぜだ。
うちの社員は意識が低いのではないか。
やる気がないのではないか」などと憤慨しがちである。
そうではなく、まず、そうさせている「何か」があるかもしれないと立ち止まって考えてみたほうがいい。
「うまくいかない原因」や「奥底に潜む本当の理由」を追求し、解明しようとすることが大切である。
理由がわかれば手を打てる。
やってほしい行動をしてくれるようになるまで、心のストッパーになっているものは何かを徹底的に考え抜くのだ。
交通費と宿泊代は人事持ちに──「仕組み・制度・施策」が機能しないケース・その2全店に影響力を発揮している店舗があると、他店の店長はその現場を見に行きたくなる。
話を聞くだけよりも、実際に見たほうが勉強になるからだ。
実際に、「店長コンベンション」で「表彰した店舗へ視察に行きたいですか」と尋ねると、ほぼ全員がうなずいた。
そこで、表彰された店長に確認すると、次のような返答があった。
「集中すると困りますが、調整していただければ問題ありません。
受け入れ可能です」けれども、店舗を見に行くことを会社として公式にOKし、視察される店舗の受け入れ態勢を整えたのに、肝心の視察者が現れない。
あれほど見たいといっていたのに、実際には誰も行かないのだ。
そこで、視察したいといっていた店長のところまで行き、本音の話を聞いた。
「あれほど実際の運営場面を視察しに行きたいといっていたのに、どうして行かないのですか」そこで明らかになったのは、経営側からすれば些細なことだが、現場側からすると重要なことだった。
それは、店舗の視察に関わる交通費と宿泊代の問題だった。
店長は、売上と利益の責任を任されており、コストについては、日常から敏感になっている。
いくら勉強になるからといっても、交通費や宿泊代を使えば店舗の利益に多少なりとも影響を及ぼしてしまうために躊躇していたのだ。
実際に、視察対象の店舗は遠方にあったため、エリアの離れた店舗から行くにそれなりのコストがかかる。
そこで、視察に行く交通費、宿泊費を店舗の経費にしなくて済むように、その予算を人事部で確保することにした。
これは店舗の経費にしたとしても、人事部の予算にして全社の経費にしたとしても、経営的視点で見れば経費の総額に変わりはないからだ。
そのルールを変えただけで、視察の勢いは増した。
この事例から伝えたいのは、あらためて「人の気持ちを汲み取ることの大切さ」である。
視察するための交通費や宿泊代が、1つの店舗の支出の大きな割合を占めるわけではない。
にもかかわらず、表彰された店舗の視察の大きなボトルネックになっていた。
もしかして、交通費と宿泊代を躊躇なく使うような店舗経営をしていて、利益目標に達成することができなかったら、ふだんからのお金の管理の仕方によって自分の評価が下がってしまうと思ったからかもしれない。
それだけでなく、スタッフ全員に迷惑をかけるからかもしれない。
だからこそ、このような店長の責任感を理解し、その気持ちを理解したうえで、人の行動を阻害している要因が何かを特定することが重要になる。
目の前の経費をどの部署で負担するかという、一見些細と思えるところまで目を向けて施策を行う。
そこまでやって、はじめて「人が自ら動く仕組み」となるのだ。
「進化する組織」への変革
「上司」「同僚」「関連部署」「外部」という4つの評価がモチベーションを高める一般的に、人事評価は上司から部下に伝えられる。
しかも、一方通行のケースが多い。
とくに会社という組織で働く人にとっては「上司が最大のリスク」とよくいわれるように、もし上司とソリが合わないと評価もそれなりになりがちである。
もちろん、上司からの適切な評価は大事だが、同僚、関連部署、社外からの評価をふくめた4つのフィードバックが重要である。
それが社員のモチベーションを変える。
評価が、①上司から、②同僚から、③関連部署から、④社外から伝わると、本人は客観的に自分の強みや課題を知ることができ、今後を考える参考にもなる。
そして、マイナス面の評価だけではなく、プラス面もしっかりと評価する。
そうやって多面的に仕事に対する感謝やプラスの評価が伝わると、社員のモチベーションはさらに上がる。
FR社では、上司からの仕事に対する評価は、必ず上司と本人が目標を立てる面談を行い、評価のフィードバックも面談形式で行ってもらった。
面談ではきちんと面と向かって、良かったところ、改善すべきところ、今後の成長目標、今後のキャリアの可能性などを話す。
同僚からの評価も、「360度評価」の実施で赤裸々となった。
まず、ここでは良い部分に焦点をあて、それをさらに強化してもらう。
一方、改善すべき部分では、率直に振り返って、どのように行動を変えるべきかを考えてもらう。
その際にメンバーからの温かい直筆のメッセージは、日常の業務のなかではなかなか伝えきれない感謝や期待を教えてくれる。
関連部署からの評価は、日常の業務での感謝の言葉や、ミスをした際には叱責という形でフィードバックされる。
そして、「評価会議」での関連部署の部長からの評価も間接的に伝わることにより、本人に刺激を与える。
そして、とくに大切なのが、社外からのフィードバックだ。
これを上手に活用するケースとしてよく挙げられるのが、夢と魔法の王国のディズニーである。
誰かが実際に行ったおもてなしに対し、感激したお客様から感謝の言葉が送られると、それを誰もが読めるように公開している。
当時のFR社でも、感謝の手紙が届いたり、マスメディアにFR社をたたえる記事が載ったりすれば、それらを共有した。
外からのフィードバックで、自分たちの仕事の価値を再確認できるからだ。
そのような刺激があってはじめて、現状維持ではなく、個人でいえば成長へ、組織でいえば改善や改革につながってゆく。
人事には、トップをもコントロールする覚悟が必要組織戦略を実行していくうえで、とりわけ人事担当者の心構えとして持ってほしいのは、「人事の仕事をする人は、経営者もコントロールするぐらいの覚悟で職務に臨まなければ変革を完遂することなどできない」ということだ。
このことにまつわる、ある1つのエピソードを紹介したい。
FR社の経営トップは、極めて厳しい人だ。
自らのポリシーも明確である。
仕事の基準も高い。
だから、おのずと厳しい言葉が多くなる。
「まったくダメですね。
全部やり直してください」これは、トップがよく発する言葉だ。
何ごともゼロベースで考えて、本質を突いたものでなければ納得しない。
常に高みを目指すがゆえの発言でもある。
そのようななか、トップダウンで規律性の高い「企業文化」から、情報が上下や左右を行き来し、現場でも考えられる「企業文化」に変わろうとするタイミングの「店長コンベンション」ではかなり気をつかった。
経営トップによる店長たちへのちょっとした発言で、変革の行き先を左右しかねないからだ。
「店長コンベンション」では、まず店長たちが小さいグループに分かれて議論し、その結果を発表してもらうことからはじめた。
急に「これからは、自分たちで考えて発言しよう」といわれても、すぐにできるわけではないからだ。
そのとき、的外れの意見も出てくる。
おそらく、聞いている経営トップは頭にくるはずだ。
「何をレベルの低いことをいっているのですか。
まったくダメですね。
もっと真剣に考えてください」だがそこで、いつものように経営トップがそういってしまうと、店長たちが萎縮し二度と発言しなくなる。
その結果、結局、自分たちで考えようとしなくなるのだ。
そうなると、そこから先の変革は進まない。
だから私は、経営トップに常にこう伝え続けた。
「これは自分たちで考えられるようになる練習です。
スタートしたばかりなので、期待しているレベルの発言はおそらくないでしょう。
でも、怒らないでください。
しばらくは耐えてください」私は「店長コンベンション」の司会進行をしながら、経営トップが店長の発言を急に遮らないように、常に表情の変化を観察し、全方位に気を配っていた。
このようなことを行うのも人事の仕事である。
経営トップをもコントロールするぐらいの覚悟がなければ変革などできない。
もちろん「コントロール」といっても、経営トップを上から動かそうとする意味ではない。
本質がわかる経営者は、理に適っていることは理解してくれる。
それを納得してもらうまでが人事の役割だと腹をくくらなければならないということである。
理想の方向に変えるためのシナリオは、社員に対することだけではなく、経営トップをコントロールすることもふくめて描いていくことが求められるのだ。
3つの時間軸で進化する会社。
それを支える「仕組み・制度・施策」FR社は、3つの時間軸を大事している。
1つ目は、「週」単位の時間だ。
私が在籍していた当時のFR社では、毎週月曜日の朝から営業戦略の会議が行われていた。
日曜日までの売上状況を踏まえて、どのような商売の方向にしていくのかを確定させるためだ。
「うまくいった要因は何か」「売れなかった商品と、その理由は何か」を徹底的に議論し、次の土日の戦い方を考えるためだ。
その分析結果を踏まえて、火曜日には全国からスーパーバイザーが集まり、本部と一緒に会議を行う。
そこでは、月曜日に考えた本部の意向と、現場の意見とのすり合わせが行われ、具体的に土日の戦い方を決めていく。
そうして店舗の土日のレイアウト変更や、その後のチラシで打ち出す商品などが決まる。
この「PDCAサイクル」を1年間52週のマーケティングとして愚直に回し続けていく。
2つ目は、「シーズン」という時間軸だ。
春夏、秋冬というそれぞれのシーズンに突入すると、商品の売れ行きの兆候が見えてくる。
初期の動きからシーズン全体の売れ行きを予測するのだ。
生産数が多いので、簡単ではないが、追加生産できるものは大急ぎで追加をかける。
この場合、商品企画部門と現場の店舗との連携が重要になる。
数値の具体的な動きから読み取れること、数値には現れない現場でのお客様の反応、それらをトータルに考慮して判断してゆく。
3つ目は「来シーズン」という、いわば未来に向かう時間軸だ。
UNQの商品は、毎シーズンごとに進化する。
白が黄ばみやすいという声があれば、翌シーズンには改良して出す。
個別の商品も保温性を高めたり、速乾機能やデオドラント機能を付加したりと、毎シーズン進化させ続けている。
そのため、FR社の強さの秘密を聞かれた際には、いつもこう答えている。
「FR社は、アパレル業でもあり、製造小売業でもあるが、マーケティングの会社に変われたことが強さのポイントです」ここでいっている「マーケティングの会社」とは、顧客の声を聴き、新しい商品を生み出し、愚直に商品を改良し続けることができる会社であり、顧客の変化
を察知して販売方法まで変革できる会社ということだ。
そのように進化を続けられる会社になったことが強さの秘密ともいえる。
これらの3つの時間軸で共通していえるのは、どれもが全社が一体となって動く組織でなければ、高い次元では実現できないということだ。
ただし、「全社」という表現を使ってはいるが、結局は1人ひとりが同じ方向を向き、影響力を発揮した結果、全体が強くなる。
「強い会社」に変わるには魔法のようなものなどなく、それを実現させるための「仕組み・制度・施策」を設計し、導入までのシナリオを描いて、1つひとつを着実に行うのみである。
コラム3「人と企業の価値の交換」を具現化すべく、日本企業ではじめて導入された施策「ユニクロ型401k」
「人と企業の価値の交換」ができる社会をつくりたい、というのは私が「仕組み・制度・施策」を考えるうえでも原点となっている考え方だ。
それは、人も、企業もそれぞれの価値を大事にしながら、WinWinが実現できる関係である。
そんな私の理念を具現化した1つに、厚生労働省と何度もかけ合って実現させた「ユニクロ型401k」という年金制度がある。
これは日本の企業の年金史上、エポックメイキングな出来事となった。
「ユニクロ型401k」ができたことによって、企業型の年金といえども個人の自由度が大幅に向上したからだ。
「ユニクロ型401k」は、私がファーストリテイリングに在籍していたときに、年金制度の見直しを担当することになったことがきっかっけだった。
当時の中堅中小企業で主流だった適格退職年金が、政府の意向で実質廃止されることが決まり、新しい年金制度への変更が求められていた。
そこで、ファーストリテイリングでは、当時スタートして間もない企業型401kといわれる確定拠出年金に移行することにしたのだ。
しかし、当時の401kは、企業型なので当然だが、その年金への掛金の額を企業が一方的に決める方式しか存在しなかった。
そのときの私の想いは、「会社が年金を払うとしても、老後の生活は個人のもののはずだ。
今の生活も老後も個人のものなので、それを会社がコントロールするのはおかしいだろう」というものだった。
もちろん、その人の働きを評価して、年金ふくめて、年間にいくらを払うかを決めるのは会社であっていい。
だが、その人が会社からもらえる金額の中から、いくらを年金に回すかというのは個人が決めるべきではないか。
たとえば、親が倒れて病院の費用がかかるとしたら、将来の年金が大事なのはわかるけれど、やっぱり今、現金が必要なはずだ。
そんなときは、将来への備えである年金を、今のために割いても良いのではないか。
だから、私が主張したのは、「掛金の金額を個人が決められること」と「掛金を、極端にいうと一時期止められ、また再び掛けられるようにできるものでないと、ダメなのではないか」ということだ。
それこそが「人と企業の価値の交換」という理念にもとづいた制度である。
とくに私が具体的にこだわったのは、次の4つである。
①企業型401kでありながら、掛金の額を社員個人が決定することができること②そのときどきのライフスタイルや将来に対する考え方の変化に応じて、掛金の額を社員個人が変更することが可能であること③旧来の退職金制度の延長ではなく、ファーストリテイリング独自の人事思想にもとづきゼロベースから発想されたものであること④社員個人のライフデザイン、キャリアデザインを全面的にバックアップするプランであること4つのこだわりを実現するために、まず、企業が支払う年金額を全員一律とし、当時の税制優遇の満額とした。
その金額の中から、401kの掛金として老後のために積み立てる分と、退職金の前払い制度として今現金で受け取る分の比率を、個人が選択できるようにしたのだ。
ただ、この仕組みを導入するまでには、紆余曲折があった。
前例のない新しいスキームなので、厚生労働省と何度も協議を重ね、やっと承認されたという経緯がある。
厚生労働省は私が主張した掛金をゼロ円にまで減らせる案に対して、「拠出ゼロは掛金の中断を意味するものであり、これを認めれば確定拠出年金は年金制度ではなく貯蓄と変わらなくなる」という見解を示した。
何度も話し合い、最終的には掛金の最低額の「ゼロ」を「100円」にあらため、災害や疾病、多重債務といった非常時に資金が必要になった場合は、この額を選択できるという内容となった。
実質的には、私の想いを理解していただけたのだ。
このまったく新しいスキームの401kは、業界紙でも記事になり話題になった。
やがて、「ユニクロ型401k」と呼ばれるようになり、その後、多くの企業で導入されている。
確定拠出年金に対しては、確定給付年金と違い、運用の責任が個人にあるので、デメリットが大きいという人もいる。
だが、私は逆に、所有権が明確に移動するので、将来の企業の業績の影響を心配する必要がないことは、個人にとって良いことだと考えている。
組織変革の話を中心にした本書で、なぜここで年金制度の話をと思う読者もいるかもしれない。
個人の人生は、個人のものであり、企業はあくまでそれをサポートするという考えを貫くための実例として紹介した。
そして、「ユニクロ型401k」のように、理想の「仕組み・制度・施策」というのは、企業内だけではなく、社会の仕組みもふくめて実現すべきであるということを伝えたかったからだ。
コラム3「人と企業の価値の交換」を具現化すべく、日本企業ではじめて導入された施策「ユニクロ型401k」「人と企業の価値の交換」ができる社会をつくりたい、というのは私が「仕組み・制度・施策」を考えるうえでも原点となっている考え方だ。
それは、人も、企業もそれぞれの価値を大事にしながら、WinWinが実現できる関係である。
そんな私の理念を具現化した1つに、厚生労働省と何度もかけ合って実現させた「ユニクロ型401k」という年金制度がある。
これは日本の企業の年金史上、エポックメイキングな出来事となった。
「ユニクロ型401k」ができたことによって、企業型の年金といえども個人の自由度が大幅に向上したからだ。
「ユニクロ型401k」は、私がファーストリテイリングに在籍していたときに、年金制度の見直しを担当することになったことがきっかっけだった。
当時の中堅中小企業で主流だった適格退職年金が、政府の意向で実質廃止されることが決まり、新しい年金制度への変更が求められていた。
そこで、ファーストリテイリングでは、当時スタートして間もない企業型401kといわれる確定拠出年金に移行することにしたのだ。
しかし、当時の401kは、企業型なので当然だが、その年金への掛金の額を企業が一方的に決める方式しか存在しなかった。
そのときの私の想いは、「会社が年金を払うとしても、老後の生活は個人のもののはずだ。
今の生活も老後も個人のものなので、それを会社がコントロールするのはおかしいだろう」というものだった。
もちろん、その人の働きを評価して、年金ふくめて、年間にいくらを払うかを決めるのは会社であっていい。
だが、その人が会社からもらえる金額の中から、いくらを年金に回すかというのは個人が決めるべきではないか。
たとえば、親が倒れて病院の費用がかかるとしたら、将来の年金が大事なのはわかるけれど、やっぱり今、現金が必要なはずだ。
そんなときは、将来への備えである年金を、今のために割いても良いのではないか。
だから、私が主張したのは、「掛金の金額を個人が決められること」と「掛金を、極端にいうと一時期止められ、また再び掛けられるようにできるものでないと、ダメなのではないか」ということだ。
それこそが「人と企業の価値の交換」という理念にもとづいた制度である。
とくに私が具体的にこだわったのは、次の4つである。
①企業型401kでありながら、掛金の額を社員個人が決定することができること②そのときどきのライフスタイルや将来に対する考え方の変化に応じて、掛金の額を社員個人が変更することが可能であること③旧来の退職金制度の延長ではなく、ファーストリテイリング独自の人事思想にもとづきゼロベースから発想されたものであること④社員個人のライフデザイン、キャリアデザインを全面的にバックアップするプランであること4つのこだわりを実現するために、まず、企業が支払う年金額を全員一律とし、当時の税制優遇の満額とした。
その金額の中から、401kの掛金として老後のために積み立てる分と、退職金の前払い制度として今現金で受け取る分の比率を、個人が選択できるようにしたのだ。
ただ、この仕組みを導入するまでには、紆余曲折があった。
前例のない新しいスキームなので、厚生労働省と何度も協議を重ね、やっと承認されたという経緯がある。
厚生労働省は私が主張した掛金をゼロ円にまで減らせる案に対して、「拠出ゼロは掛金の中断を意味するものであり、これを認めれば確定拠出年金は年金制度ではなく貯蓄と変わらなくなる」という見解を示した。
何度も話し合い、最終的には掛金の最低額の「ゼロ」を「100円」にあらため、災害や疾病、多重債務といった非常時に資金が必要になった場合は、この額を選択できるという内容となった。
実質的には、私の想いを理解していただけたのだ。
このまったく新しいスキームの401kは、業界紙でも記事になり話題になった。
やがて、「ユニクロ型401k」と呼ばれるようになり、その後、多くの企業で導入されている。
確定拠出年金に対しては、確定給付年金と違い、運用の責任が個人にあるので、デメリットが大きいという人もいる。
だが、私は逆に、所有権が明確に移動するので、将来の企業の業績の影響を心配する必要がないことは、個人にとって良いことだと考えている。
組織変革の話を中心にした本書で、なぜここで年金制度の話をと思う読者もいるかもしれない。
個人の人生は、個人のものであり、企業はあくまでそれをサポートするという考えを貫くための実例として紹介した。
そして、「ユニクロ型401k」のように、理想の「仕組み・制度・施策」というのは、企業内だけではなく、社会の仕組みもふくめて実現すべきであるということを伝えたかったからだ。
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