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CHAPTER1人が育つトヨタの考え方

目次

CHAPTER1人が育つトヨタの考え方

〈本書に登場するトヨタ用語解説〉

【班長・組長・工長・課長】

本書で登場するトヨタの職制。「班長」は、入社10年目くらいの社員から選ばれ、現場のリーダーとしてはじめて10人弱の部下をもつことになる。

その後、数人の班長を束ねる「組長」組長を束ねる「工長」工長以下数百人の部下を率いる「課長」という順に職制が上がっていく。

現在のトヨタでは呼称が変えられており、組織長としては「班長」が「TL」(チームリーダー)、「組長」が「GL」(グループリーダー)、「工長」が「LC」(チーフリーダー)となっている。

【改善】

トヨタ生産方式の核をなす考え方。全員参加で、徹底的にムダを省き、生産効率を上げるために取り組む活動。いまでは数多くの企業で行なわれており、日本の製造業の強さの源泉とされる。

【QCサークル】

職場の中で、改善活動を自主的に進める集団のことで、トヨタの場合、4~5人ほどのメンバーで構成される。全員がリーダー、書記などの役割を分担し、職場の問題点の改善や、良い状態を維持するための管理活動を実践していく。

【5S】

「整理・整頓・清掃・清潔・しつけ」の頭文字をとって5Sといわれる。5Sを実践することで、生産性や品質向上、コストダウン、安全、人材育成にもつながる。

【標準】

各作業のやり方や条件であり、作業者はこれにもとづきながら仕事をこなしていく。作業要領書や作業指導書、品質チェック要領書、刃具取り替え作業要領書などがある。現場の知恵がつまった手引書でもある。

【5大任務】

①安全、②品質、③生産性、④原価、⑤人材育成の5つ。トヨタの管理監督者が徹底すべき、仕事の基本。

【視える化】

情報を組織内で共有することにより、現場の問題の早期発見・効率化・改善に役立てること。図やグラフにして可視化するなどさまざまな方法がある。

【インフォーマル活動】

職制ごとの会(班長会、組長会、工長会)、入社形態別の会(豊養会、豊隆会など)などがある。交流会や相互研鑽の場、レクリエーションなどを通じて、縦のつながりである職場以外の横のつながりとして、別の部署、別の工場の社員とのコミュニケーションを図る。

【三現主義】

「現地・現物・現実」のことで、「現場を見ることによって真実が見える」というトヨタの現場で重視されている考え方。

01カリスマはいらない。現場の社員がリーダーになれ

社員は家族のようなもの。だから長い目で育てる

人材育成を何よりも重視することが、トヨタのDNAの中には刻み込まれています。

1935年、トヨタグループの創業者、豊田佐吉(1867~1930年)の6回忌に策定された豊田綱領には、このような一文があります。

「温情友愛の精神を発揮し、家庭的美風を作興すべし」社員は家族のような存在である。まわりの人に対して友愛の精神をもち、家庭的なチームワークを築くことが大事というわけです。

トヨタには、社員を家族のように大事にしてきた歴史があります。豊田佐吉は、こんな言葉を口ぐせのようにいっていたといわれます。

「日本のような貧乏国では、労働者も資本家も心を合わせて働かなければ外国に勝てない」豊田佐吉が創業した頃の日本は、貧しい時代でした。

家族のように一致団結しなければ外国企業と伍していくことはできませんでした。1960年代に入っても、トヨタはまだ地方都市にある中小企業のひとつにすぎませんでした。

愛知県豊田市にあるトヨタの工場では、自動車を大量生産するために、1963年、全国からたくさんの中高卒の若者を採用しました。

しかし、当時は地方の一都市だった豊田市には、彼らを受け入れるだけの環境が整っていませんでした。だから、トヨタは、スーパーマーケットや保育園、独身寮といった施設をつくっていきました。まさに「一企業がひとつの街をつくった」といっても過言ではありません。

当時の経営陣は、全国から大事なお子さんを預かるわけですから、従業員を使い捨てにして、路頭に迷わせるわけにはいかない、と考えるのも当然です。だから、社員を「家族」の一員として預かり、働きやすく、生活しやすい環境を整えたのです。

こうした歴史が現在のトヨタの「大家族主義」の文化のベースとなり、そこから生まれたのが「人を長い目で育てる」という会社の風土です。だから、トヨタでは、一時の結果だけで判断するのではなく、長期的に社員の能力を育てていくのです。

こうした考え方は、成果主義、個人主義が進む世の中では、時代遅れに感じる人もいるかもしれません。しかし、こうして人材育成を重視しているトヨタが、日本を代表するものづくり企業として成長し、売上台数や利益を伸ばし続けてきたのは、まぎれもない事実です。

トヨタはカリスマに依存しない

トヨタでは、社員を「コスト(人件費・費用)」として考えずに、「人財」と考えています。社長だから偉いとか、現場の従業員だから偉くないということではありません。「上下関係」でなく、「役割分担」と考えているのです。

不良品をつくって、お客様からクレームを受けたらすべては台なし。社長は社長としての役割を、現場の従業員は従業員としての役割を果たす。一人ひとりが役割を果たすことによって、はじめてお客様に良い商品を届けることができるというわけです。

OJTソリューションズの専務取締役である海稲良光は、「大家族主義、役割分担という風土がベースにあるからこそ、すべての社員が主役になれるという雰囲気がある」といいます。

「トヨタには、絶対的なカリスマがいません。アップル社のスティーブ・ジョブズ氏やマイクロソフト社のビル・ゲイツ氏などのように、カリスマと呼ばれる創業者がいるわけでも、スーパー経営者がいるわけでもありません。

強いて言えば、現場の第一線で働いている組長や工長の面々が一種のカリスマになるような会社なのです。

そのような人材を現場で何人も育てられる風土こそがトヨタの強みだといえます」人材教育には「技術教育」と「風土教育」があります。ノウハウや技術を教える「技術教育」は、極端なことをいえば、社外の専門家からでも学ぶことができます。

しかし、「風土教育」は、社外の人ではなかなか教えられません。「これがわが社のやり方だ」という会社の歴史の流れの中で、上司から部下、先輩から後輩へ受け継がれてきたものが、その会社の本当の強みになるのです。

一人のカリスマがいなくなったら、会社がうまくまわらなくなる会社と違って、トヨタはリーダーが現場にたくさんいて、次から次へとその先を担うリーダーを育てる風土がある。

だから、トヨタの現場は強いのです。あなたの会社は、カリスマと呼ばれるトップや、一部のスーパー社員に依存しすぎてはいないでしょうか。現場で綿々と人を育てる会社が、本当に強い組織、会社といえるのです。

02自分の〝分身〟をつくれ

「人を育てる」文化を継承する

トヨタ時代は高岡工場(愛知県)で500人程度の部下を率いる課長を務め、現在はOJTソリューションズでトレーナーとして活躍する中島輝雄は、こう証言します。

「トヨタでは仕事の成果も求められますが、同時に『自分の〝分身〟を何人育てられたか』も評価のモノサシになっていました上司がその組織から去ってもうまくいくような〝分身〟を育てられれば、次のリーダーに「人を育てる」という風土が受け継がれていきます。

トヨタの場合は、自分の〝分身〟を育ててから、上位の職制(部下をもつ立場のリーダーを職制と呼ぶ)に上がっていくので、リーダーが一人抜けても組織が停滞することはありません。

ところが、多くの企業では、こうした〝分身〟を育てることが十分にできていません。自分の実績を上げるのに精いっぱいで、人を育てることをしないまま、昇格や異動をしていきます。

日々の数字や売上ばかりを追っていては、表面的に人が育つことはあっても、「人を育てる」という文化が継承されていかないのです。

真のリーダーとは部下を伸ばす人

トヨタでは、優秀な部下を育てる人が評価されます。トヨタの元社長である豊田英二は、こんな言葉を残しています。

人間がモノをつくるのだから、人をつくらねば仕事もはじまらない」どんなにすぐれた設備があり、効率的に生産するしくみをつくっても、それを活用する社員がいなければ、宝の持ち腐れになってしまうというわけです。

こうした経営トップの考え方からも、人材育成を重視していることがわかります。トヨタでは真のリーダーは、いわゆる「仕事のできる人」ではありません。仕事のできるリーダーは、答えを出したり、自分で成果を出すことが得意かもしれません。

しかし、トヨタで真のリーダーとして評価されるのは、部下を伸ばすことができる人です。

トヨタの名誉会長・張富士夫は、「トヨタは自動車会社ではなく、人材育成会社と呼ばれたい」と述べたうえで、こんなことをいっています。

「私は大野耐一さん(1912~90年)と鈴村喜久雄さん(1927~99年)にしっかり育てていただいた。自分より若い世代を育てることでしか恩返しはできないと思い、人材育成を実践してきたつもりだ」仕事のできるリーダーは、部下に答えを与えて、「このとおりにやりなさい」という指導をしがちです。この方法では、部下は指示待ち人間になり、成長しません。

一方、部下を伸ばすリーダーは、仕事のプロセスにこだわるので、部下に自分で答えを見つけるように促します。部下は「もらった答え」よりも、「見つけた答え」のほうが達成感を得られるので、どんどん成長していきます。

03設備を新しくするより人をつくるほうが早い

成果は機械ではなく人がつくる

「人をつくれば数字もおのずとついてくる」トレーナーの中島輝雄は、こう断言します。

成果を上げたいからといって、高い価格の設備を購入したり、改良したりしても、それを使う人がうまく使いこなせなければ意味がありません。

たとえ新しい機械を導入して生産性が上がったとしても、それは一時的な効果でしかないでしょう。設備をレベルアップするよりも、それを使う人を育てたほうがはるかに早く、確実に効果があらわれます。

なぜなら、それを使いこなす人が成長すれば、さまざまな改善や工夫をして、生産性を上げられるからです。中島は、異動したばかりの職場でこんな経験をしたといいます。

「その部署は、組み立てや車体といった大規模な花形部門とは対極にある職場だったので、作業者の士気が低い点が気になりました。

だから、生産性も上がっていないばかりか、トヨタの生産現場の基本である整理・整頓などといった『5S』もできていない状態でした。

現場で1年間も使われずに放置されていた遊休装置を見つけた私は、休日に設備担当者の協力を得て、真っ黒にほこりをかぶっていた装置をキレイに磨き上げました。上司が率先してそうじをしたことが、心に響いたのかもしれません。それに気づいた部下たちの目の色が変わり、少しずつ私の言うことを聞いてくれるようになりました。

現場の部下たちが成長して、自分たちで考え、行動するようになったことと比例するかのように効率や生産性も向上していったのです」

上司が「本気」で動けば部下もついてくる

トレーナーの清水賢昭も、数字をつくるには部下を動かすのがいちばん早いと実感しています。「『やれ』と命令するだけでなく、上司が自分で率先してやるのです。

たとえば、若い人たちが、『ここを改善してほしい』と言ってきたら、『オレがなんとかする』と言って、すぐに対応してあげる。そうすれば、『すぐに対応してもらえてうれしいです』となります。

そこから先は、あの手この手を使って部下を育てるための方策を繰り出していく。そうすれば、部下の成長とともに、おのずと生産性や効率などの数字も変わってきます」

上司がその気になれば、まわりも変わります。

指示だけ出して自分の評価にしてしまう上司、責任逃ればかりしている上司なら、部下もそれを見習いますが、上司が自ら率先垂範して本気になって職場を良くしようとすれば、必ず部下もそれを見習ってついてきます。部下が育つかどうかは、上司が「本気」になって取り組むかどうかで決まるのです。

4「よい品、よい考え」が育て方の基本

「よい品」は利益をつくり、「よい考」は人をつくる

よい品、よい考(かんがえ)──。トヨタの元社長である豊田英二が大切にしている言葉です。これは、トヨタの人材育成の基本精神でもあります。

トレーナーの中島輝雄は、入社当時から工場内の看板に大きな文字で「よい品、よい考」という言葉が掲げられていたのをいまでも覚えているといいます。

よい品は『利益』をつくり、よい考は『人』をつくるということ。そして、よい品は、よい考えから生まれる……こういう意味だと私なりに解釈しました。つまり、一人ひとりが意識して考えないと、会社の利益は生まれないというわけです。トヨタで日々働いていると肌身でその大切さを実感することができます。とても単純ですが、重みがある言葉です」

トヨタでは、人を育てるうえで、考えること、そして考えさせることを重要視する。それが昔から企業の風土となっているのです。

80万件の改善提案がトヨタの強さの源泉

中島は、課長としていくつかの組を束ねているときに、「3行提案」という提案制度をつくりました。その前に、トヨタの「創意くふう提案制度」について説明しておきましょう。

日々の業務の中で気づいたこと、こうしたほうがいいというものがあったら、A4サイズの用紙1枚にまとめて上司に提案します。

用紙の中には、「現状」「改善案」「効果」などを簡潔にまとめるようになっており、これが改善の種となります。

創意くふう提案制度は、毎月工場単位で優秀な提案が選ばれ、次に工場代表の提案が、トヨタの「創意くふう委員会」で審査されます。

最終的にすばらしい提案だと評価されると相当額の賞金がもらえるしくみになっています。

約6万人の社員から年間70万~80万件の提案が上がってくるということは、1人当たり10件以上の提案をしていることになります。こうしてボトムアップで提案が上がってくるのが、トヨタの強さの源泉ということもできます。

「3行提案制度」で部下に考えさせる

中島がはじめた「3行提案制度」は、「問題」「改善策」「効果」という3つの項目について、A4用紙に1行ずつ書かせたことから名づけられましたが、その特徴は「1行ずつ書けばいい」という手軽さにありました。書くことへの苦手意識が強い現場の人に配慮した結果です。

「3行提案制度は、創意くふう提案制度の簡易版という位置づけです。班長や一般の社員たちに、ひまなときに提案を書いてもらうようにしました。3行で気軽に書けるようにしたこともあり、多くの従業員から提案が上がってくるようになりました。

一方、組長や工長、課長たちは、部下の提案に対して、よく考えて答えなければいけません。チェックするほうは数がたくさんあって大変だけれど、これを繰り返すことによって信頼関係が生まれ、さらに提案する部下、提案を受ける上司も頭を使って、『どうすれば良くなるのか?』を考えるようになりました」

3行提案制度を取り入れることで、「自分は組長だ」とばかりに一方的に命令を出していた組長たちの、部下に接する態度が変わっていったといいます。部下たちの気持ちや要望を汲みながら、一緒に考えるようになり、チームワークも高まっていったからです。

トヨタには創意くふう提案制度や改善活動のほか、QCサークル(こちらを参照)など考えさせるためのしくみがたくさんあります。

「トヨタだからできる」と思う人もいるかもしれませんが、どんな仕事でも考えることが仕事の質を高め、人が育つ基盤となります。

部下にすぐに答えを与えるのではなく考えさせる──。これを意識して接するだけでも、部下は成長していき、最終的には組織や会社の利益に貢献することになるのです。

05人を責めるな。しくみを責めろ

不良が出るのは上司のやらせ方が悪い

トレーナーの山田伸一が若い頃、指導を受けた上司の一人は、大きな失敗をしたときでも怒鳴らなかったといいます。

山田が寸法を間違えたまま、大量に後工程に部品を流してしまったときのこと。当然ながら、後工程からは「不良だ。ラインを止めろ」と言われます。

普通であれば、上司から「山田!何をやってるんだ!ちゃんとやれ!」と怒鳴られるところでしょうが、そのときの上司は責めませんでした。

「いいか、大量に不良が出た理由は、寸法を間違えたからだ。このポイントをしっかり見ておかないといけない」どうしたらミスをしないで済むかを丁寧に説明してくれたのです。

山田は、そのときのことをこう振り返ります。「誰の目から見てもあきらかに私が悪かったのに、上司は私を責めることはしませんでした。自分が間違ったことは、私も理解していたので、ことさら上司の対応は心に響きました。なぜ、この人は私を叱り飛ばさないのだろうか、と。

しばらくしてわかったのは、上司は『オレが部下にやらせるべきことを徹底できていなかったから不良が出た』と考えていたということ。つまり、上司自身のやらせ方が悪かったから不良を出してしまったと。

だから、私が上司になって『標準』(作業の手引書)が整備されるようになってからも、『標準』を守らなかったから起きた不良やミスは、自分に責任があると考えるようになりました」

トヨタには改善のスタート地点となる「標準」がある

トヨタには「標準」という考え方があります。「標準」とは、各作業のやり方や条件であり、作業者はこれにもとづきながら、仕事をこなしていきます。

具体的には、作業要領書や作業指導書、品質チェック要領書、刃具取り替え作業要領書など「標準書」は多岐にわたります。これらは、各職場で少しずつつくられてきたもので、まさに現場の知恵が凝縮された手引書です。

こうした「標準」があるからこそ、作業や品質が一定のレベルを保つことができると同時に、上司が部下に教えるときも、新しい部下が入ってくるたびに一人ひとりに何度も教える必要はなくなります。

部下は「標準書」を読めば、ある程度判断ができるからです。どんな仕事にも、こうすれば安全にできる、正確にできる、効率的にできるという「標準」があるはずです。

「標準」をつくるのは、上司の仕事です。「標準」があれば、目指すべきところがはっきりしているので、部下は自分で判断できるようになり、仕事の精度も上がっていきます。

「標準」がある職場は、部下が育つのが早くなるのです。ただ、勘違いしてはいけないのは、トヨタの「標準」は、いわゆる「マニュアル」ではありません。

「標準」から逸脱することはすべて許されないというのは誤解です。「標準」は、「誰でもムダなく仕事ができる」ように決められているものであって、そこから改善を加えていきます。

「標準」がなければ、改善も改悪も判断のしようがありませんが、「標準」があれば、それがひとつの基準になります。だから、「標準」というのは、つねに進化していくものなのです。

「標準」も疑いなさい

トレーナーの中島輝雄は、「部下が『標準』を守れないのは、『標準』そのものに問題があるからだと考えていたといいます。

「特にトヨタの5大任務である『安全』に関わることは、『標準』作業を守れないことがケガにつながるケースもあります。

だから、管理監督者が『標準』をつくり、『標準』で教えたとおりに作業しているか、毎日安全・品質点検をしていました」

「5大任務」とは、トヨタの管理監督者が徹底すべき、仕事の基本です。

  1. ①安全(安全で働きやすい職場をつくる)
  2. ②品質(不良をつくらない)
  3. ③生産性(短い時間で必要数を納期どおりつくる)
  4. ④原価(できるだけ安くつくる)
  5. ⑤人材育成(優秀な人材を育成する)

たとえば、①「安全」の観点から見て、万が一ケガをすることがあれば、その作業の「標準」を決めた上司が悪いということになります。

部下が「標準」を守れないなら、「標準」自体に何か問題があるということです。部下からヒアリングをして「標準」を見直さなければなりません。

コップの水をこぼすのは子どもが悪いのではない

トレーナーの岡村靖は、OJTソリューションズに入社してから、中国の工場で指導をした経験があります。しかし、中国では、日本のようなチームワークの概念が希薄だったゆえに、苦労したといいます。

「中国では自分は自分、他人は他人と分けて考え、まわりのスタッフに協力しようという気持ちに欠ける人が少なくありませんでした。また、自分が身につけた技術は自分の財産であり、それを他人に教えることは技術を盗られるという考え方の従業員もいました。職場で身につけた技術が転職をする際の売りになると考えていたのです。だから、日本のチームワークという概念を浸透させるのは、簡単ではありませんでした」

だからといって、自分の仕事しかやらない従業員を叱っても、意識は変わりませんし、なんの解決にもなりません。そこで岡村が取り組んだのは、人を変えるのではなく、しくみを変えること。

具体的にいえば、仕事のやり方の中で、個人で完結できないような作業をやらせることにしたのです。

たとえば、電気の分電盤で配線作業をする工程があるとします。Aさんの仕事は分電盤のここからそこまで、次の工程のBさんは分電盤のそこからあそこまでと決まっていても、中国人の従業員の中には、後工程のことを考えずに、手を抜く人がときどきいました。

Aさんが最後まできちんと作業をしてくれないと、Bさんの作業に支障が生じるのですから大問題です。

しかし岡村が、「ここまでやってもらわないと困る」と口頭で言ってもなかなか理解してもらえませんでした。

そこで、Aさんが作業を終えたら、名前の入った札を分電盤につけるようにしました。Aさんが仕事を完結したことを示す証拠をつけるようにしたのです。

つまり、責任の所在をはっきりさせ、手を抜いたら一目瞭然になるようなしくみをつくることによって、チームワークの大切さを体感してもらったのです。

岡村は、親子関係にたとえてこう語ります。

「自分の子どもが、テーブルの上に置いてあったコップを倒して割ってしまったとき、子どものせいだと叱るのは簡単です。しかし、それは親である自分が置いた場所が悪かったのかもしれない。あるいは落ちても割れないプラスチックのコップを使わなかったのが悪いのかもしれません」

トヨタには「人を責めずに、しくみを責めろ」という文化があります。こうした環境がトヨタの人材を育てるのです。

自分がしくみをつくっていないことを棚に上げて、部下の失敗を責めているようでは上司失格です。部下がミスをしたり、トラブルを起こすのは、しくみに問題があるからです。

たとえば、「標準」のようなものが職場にないのであれば、自分の職場の「標準」を作成してみてはどうでしょうか。これらを部下と共有することも、ミスやトラブルを防ぐひとつの方法です。

06人を育てるとは、「モノの見方を伝える」こと

「これがいいこと」を現場で教える

トヨタの名誉会長である張富士夫は、次のような言葉を現場に投げかけています。

「人材育成とは、価値観の伝承にあり、モノの見方を伝えること」「これがいいこと」「これが大切」ということを現場できっちりと教えることが、部下の成長につながる、というわけです。

上司は発想や考え方といったモノの見方を伝えなければ、部下は判断や行動の拠り所を見出すことができませんし、個人の能力や裁量に依存した組織になってしまいます。

「こういうケースは、こんな考え方や行動をする」という価値観が部下の間で浸透していくことにより、良いアイデアが出てきて、問題にも正しく対処できるようになります。

重視するのは「結果」ではなく「プロセス」

トヨタでは、「これがいいこと」「これが大切」といったモノの見方を現場の仕事のプロセスの中で教えていきます。

もちろん、「プロセス」の先にある「結果」も大事ですが、トヨタでは結果だけを見て、部下を責めることはありません。トレーナーの岡村靖はアメリカへの赴任経験から、次のような感想を抱いたといいます。

「日本とアメリカの教育のスタンスは大きく異なるように感じます。たとえば、子どもが100点満点のテストで80点をとってきたとき、日本の親は、『まだ100点に20点足りない。もっと勉強をがんばれ』と責めがちです。一方、アメリカの親は60点の点数が80点になったら、『すごいね!20点も上がったね』と上がり幅を褒めてあげる。日本の親は、100点という絶対的なハードルの高さを求めるから、子どもが挫折してしまうのではないでしょうか」

トヨタの場合、いきなり100点をとれなくても、部下を責めることはありません。あくまでも結果に至るまでのプロセスを重視します。

だから、結果が出ていなくてもプロセスが間違っていなければ、「このやり方は良かった」と評価してあげます。

「標準」でも、安全についてはパーフェクトでないといけませんが、それ以外については100%に達していなくても、「標準」の状態に近づいているのであれば、そのプロセスは評価してあげます。

トレーナーの村上富造も、「結果が間違っていても、プロセスが正しければ頭ごなしに叱るようなことはしない」と断言します。

たとえば、組立ラインで働く部下が、ある部品を「標準」で決められた所定の位置に置いていなかったとします。ここで「なんで決まった場所に置かないんだ!」と叱りつけたら、部下は渋々従うとしても、納得はしないかもしれません。

「標準」のとおりに行動しないのには、必ず理由があるはずです。だから、部下に質問して、「標準」を守れていない理由を尋ねていきます。

上司「どうしてここに、この部品を置くんだ?」

部下「先輩は『標準』を教えてくれたのですが、それよりも手前に部品を置けば手で持ち替えなくて済むからです。このやり方のほうが効率的に作業できると思います」

上司「すごいな。よく気づいたな。たしかに、こっちのやり方のほうが良い面もある」

部下なりに効率的になると考えて置き場所を決めていたプロセス自体は褒めてあげます。そのうえで、「標準」どおりの場所に部品を置く意味を教えてあげます。

「なぜ先輩は、『標準』の場所に置くように言ったのだろう。キミは生産性だけを考えているよな。でも、品質の面から考えれば、キミの場所に置くと、部品を取りつけるのを忘れてしまう可能性があるだろう。だから、この場所に置くことが『標準』になっているんだよ。でも、キミの考え方は悪くないから、生産性も品質も両立するような方法ができないか考えてほしい」

こうしてプロセスを肯定された部下は、モチベーションが上がり、「ほかにより良い方法はないか」と自分の頭で考えていきます。

こうした現場のやりとりの中で、改善や「標準」の考え方、モノの見方を教え込んでいくのです。上司は、部下の結果だけを見て、どうしても「なぜできないんだ!」と叱ったり、自分で仕事を片づけてしまいがちです。一時的にはその場をしのぐことはでき、上司は成果を得るかもしれません。

しかし、これでは部下は一向に育ちません。結局上司は、自分の首を絞めるだけになります。トヨタでは、どういう思考にもとづいて、どういう行動をとったかというプロセス管理が大事にされているのです。

07「できる人」をえこひいきしない

機会は平等に与え、評価で差をつける

トレーナーの清水賢昭は「評価で差をつけることはあっても、仕事の機会に関しては〝えこひいき〟はしません」といいます。

上司の立場になると、仕事ができる部下に仕事を与えたくなります。そうすると仕事は早くまわるし、成果も出ます。

しかし、一部の人が伸びるいびつな組織になってしまう。そのできる人が会社を辞めてしまったら、途端に困ることになります。

もちろん、能力やスキルの差があるので、部下によって育て方は異なりますし、出世のスピードにも差が出てきます。優秀な社員はきちんと伸ばしていくべきです。

ただし、トヨタでは、平等に機会を与えることを原則としています。清水はこう証言します。

「2人の部下がいても同じようには育ちません。同じような仕事を与えても、5しかできない部下もいれば、10できる部下も出てくる。だからといって、できる部下ばかりに仕事を与えていると、できないほうの部下は『どうせ自分なんか』と腐ってしまうでしょう。しかし、機会が平等に与えられれば、成果とそれによる評価の差は部下たち自身も認識できます。そうすると、与える仕事に差がついても、お互いに納得できるはずです」

トレーナーの岩月恒久も、トヨタの社員時代、機会を平等に与えられることを体感した一人です。20代の頃、岩月は上司にとって、いわゆる〝扱いづらい部下〟でした。指示をされても、「そうは思わない」とよく反発していました。

だから、てっきり上司に嫌われていると思っていたのですが、ある日、本社で行なわれる「技能専修コース」というリーダーシップ研修に参加するように、上司に言われたのです。

この研修は、6カ月くらい本社に缶詰になって行なわれるもので、本来なら将来有望なリーダー候補が抜擢されるのが慣例。それなのに研修参加者中、最年少で選ばれたことに驚いたといいます。

「上司からは『頭を冷やしてこい』と言われて送り出されました。私は反発ばかりしていましたが、自分なりに不合理だと感じていたことにかみついていたので、その点は認めてくれていたのでしょう。

この出来事をきっかけに、私は上司に目をかけてもらったことに感謝し、心を入れ替えました。

それ以来、私も『部下に平等にチャンスを与える上司になりたい』と思うようになりました」平等に機会を与えれば、その中から「できる人」が出てきます。

一部のできる人に仕事を振ったり、自分で仕事をやってしまっては、部下は育ちません。部下に機会を与えるのは、上司の役割なのです。

ライン作業が向いていないなら運搬作業に

トヨタでは、他の人よりも生産性が低いからといって、見捨てることはありません。そのための方策のひとつが、職場を変えてあげることです。

ラインでの組立作業が苦手であれば運搬作業にまわす、運転が得意であれば社員を送迎する大型バスの運転手に配置転換する、といったこともあります。

機会を平等に与える一方で、配置転換を柔軟に行なうのもトヨタの特徴的な考え方のひとつです。

トレーナーの山田伸一は、「社内団体活動やレクリエーション活動で才能を発揮して引き上げられる社員も多い」といいます。

たとえば、トヨタには「QCサークル」という小集団活動があります。同じ職場の中で、改善活動を自主的に進める集団のことで、だいたい4~5人ほどのメンバーで構成されます。

全員がリーダー、書記などの役割を分担し、職場の問題点の改善や、良い状態を維持するための管理活動を実践していきます。

QCサークルに参加していたAさんは、仕事はあまり得意ではありませんでしたが、ずば抜けてイラストが上手でした。

QCサークルでは活動の結果を管理監督者たちの前で発表する機会があるのですが、ここではわかりやすいビジュアルを用いて発表するスキルも求められます。そこで、Aさんのイラストを活用して、説得力がある報告となりました。

その後、彼はイラストの才能を評価されて、QCサークルの全社大会のメンバーに選ばれたほか、工場のラインからは外れて事務系の仕事でその能力をいかんなく発揮しました。

現場での評価が低かったBさんもまた、社内団体活動やレクリエーション活動の中で頭角をあらわしました。

Bさんは作業のスキルは、いまひとつでしたが、話すことやモノマネが得意だったので、横のネットワークが広がって、顔が利くようになり、まわりからも認められるようになっていきました。

すると、本人も性格が明るくなり、積極的に仕事に取り組むようになったのです。Bさんのように、レクリエーション活動を通して、他の部署に抜擢されていく人は少なくありません。

いまの職場ではリーダーになれなくても、意外なところで良さが引き出され、他の場所でリーダーになれる例はたくさんあります。

上司は、常にアンテナを張っておいて、部下の良いところ、得意なモノを探す。そしてそれが活かされる場を探してあげることも大事な仕事です。

08評価基準は、成果プラス「人望」

「人望」も重視されるトヨタの人事考課

管理職の評価は、目に見える数字やノルマ達成などの「成果」であることがよくあります。だから、「部下を育てても評価されないのだから、成果を上げるのが先決だ」「せっかく部下を育てても、どうせよそに行ってしまうのだから、まずは成果だ」と考えている人も少なくないでしょう。

トヨタでも成果を上げることは基本任務ではありますが、それだけで評価されるわけではありません。部下の育成をしながら、同時に成果を上げていくことが求められているのです。トヨタで求められるリーダーシップのあり方は、その評価方法に如実にあらわれています。

トヨタの管理職の人事考課要素には、「人望」を評価する項目があります。そのほかに、「課題設定力(20%)」「課題遂行力(30%)」「組織マネジメント力(20%)」「人材活用力(20%)」といった項目があり、「人望」には10%の比率が割り振られています。

もともとトヨタでは、入社1年目から「人望」を育むような人材教育をしています。1年目はそれこそ「あいさつができているか」「提出期限は守れているか」「言われたとおりに仕事ができるか」といった「人望」につながる点が評価対象になっています。

そんなトヨタでは、職制が上になればなるほど、メンバーの人望をいかに集めているかが問われるのです。比率は10%とはいえ、他の企業ではあまり見受けられないトヨタ独自の評価項目といえるでしょう。

では、トヨタにおける人望とは、どういうことを指すのでしょうか。

管理職向けの職能考課表には、「人望」の欄に「メンバーの信頼感・活力」という記載がありますが、具体的な人望のとらえ方は、リーダーによって微妙に差があります。

トレーナーの山田伸一は、こういいます。

「ひと言で言えば、部下から信頼されているかどうかではないでしょうか。あの人のような仕事をしたい。あの人のように信頼できる人になりたい。そう素直に思わせる人が、人望が厚い人として評価されていましたし、自分もそうなりたいと思って、先輩の背中を追っていました」

ラインが止まったのは「上司の責任」

トレーナーの岡村靖は、人望のある上司を「自分の責任をわきまえていて、その責任をとることを恐れない人」と表現します。

「私が工長(係長)の頃、長時間ラインが止まったことがありました。それを課長に報告し、『これから部長に報告しに行きます』と言うと、課長はこう言いました。

『おい、待て。それは俺の仕事だ。おまえはラインが止まった原因を調べて、早く措置しなさい』と。普通なら『問題を起こしたのはおまえのラインなんだから、おまえが部長に報告して謝れ』と言う人が多い。ラインを止めたと報告すれば、厳しく叱られますから。しかし、その課長は自分の責任をわきまえていて、自分で責任を負った。こんな上司に自分もなりたいと思ったものです」

トレーナーの中島輝雄は、「人望のある上司は、最終的には〝オヤジ〟と思ってもらえるかどうかだ」と表現します。つまり、どれだけ部下に対して情熱をもって接し、どれだけ行動で示せるか。

一人の上司ではなく、オヤジ(父親)、あるいはアニキと付き合うような感覚を部下にもってもらえるリーダーこそが、人望があるというのです。

人望を高めることは自分のためでもある先輩や上司の役割はきわめて重要です。

部下を目先の目標で追い立てて仕事をさせている上司は、短期的には職場の成果を上げられたとしても、部下から評価、感謝されることはありません。

そうすると、いざ困難な課題に取り組もうとしたとき、「あの上司にはもうついていけない」と言われ、見捨てられてしまいます。

とことん部下の面倒を見て、仕事の面白味を伝え、常に自分が率先垂範し、背中を見せる。こうすることで、はじめて部下はついてくるのです。

部下を育てられる上司は、経営陣の評価もおのずと高くなっていきます。人を育てることは、部下や会社のためであると同時に、上司自身のためでもあるのです。

「人望」という評価項目がある会社はまれかもしれません。たとえ「人望」の評価項目がない会社に勤めていても、個人的に人望を意識することで、自分の行動も部下の反応も変わってくるものです。

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