はじめに
「人は“育てる”ものか、“育つ”ものか」と聞かれたら、あなたはなんと答えるでしょうか。人は「育てるべき」と考える人は、こう言うかもしれません。
「組織において、最も重要なのは“制度や教育の仕組み”である」と。つまり、人は意図的に育てる、ということです。
一方で人は自発的に「育つ」と考える人は、こう言うでしょう。
「OffJTは意味がない。ほとんどの会社において、研修は意味をなしていない。実践こそすべてである」と。
さて「人は育てるものか、育つものか」、あなたはどちらの派閥でしょうか。
先に結論を言うとこの本のスタンスは「人は“自然と育つ”ものだが、“狙って育てる”とそのスピードは加速する」です。
言い換えれば、経営や人事責任者が事業をドライブさせる上で重要なのは「“狙って”、人が育つ仕組みや文化をつくること」だということです。
「なにをいまさら。そんなこと、当たり前だろ」と思ったかもしれません。
ですが、本当にそうでしょうか?私はこれまで数多くの経営者や、人事責任者と対峙してきましたが、そのたびに「HR施策(HumanResource)がいかに掛け声だけで終わりやすいか」「理想とすべき組織の姿と現状がほど遠いこと」を痛感してきました。
たとえば、
- 今の自社の事業フェーズを考えると、新卒は今、何人採るべきで、その採用単価はいくらか
- 下位何%までの人材を、いつのタイミングまでに、どう条件交渉し、場合によっては、どう退職を促すか
- 「事業を作る人材」はどうやって育てるべきか
これらの質問に自信をもって答えられる人事責任者がどれだけいるでしょうか。
この国における、ほとんどの人事はファンクション型人事です。言い換えれば「採用だけ」「労務だけ」「研修だけ」「評価だけ」です。
その結果、「組織論」の全てを横断的に語れる、「経営陣の右腕として、経営に寄り添えるレベルの人事」は本当に数えられるほどではないでしょうか。
結果、日本では、Googleなど、本当は“ある特殊な環境でしか役に立たないはず”の組織論が注目を浴びることも多い。
しかし、経営者ならご存知の通り、組織と事業は車輪のように常に「対となる存在」なので、全ての会社で「Google式」を適応させようとする行為は、愚の骨頂です。
では、なぜ、こんなことが起きるのでしょうか。それは「組織が思考停止でも、よかったから」だと私は考えます。
もう少し言い換えると、この問題の根本にあるのは「人事機能と経営の距離が遠すぎたこと」だと思います。
日本ではこれまで、人事部門が経営に食い込んでこれなかった、ということです。でも、これは人事のせいだけはありません。
背景にあるのは、
- 日本は、重工業を代表とする「資本集約型産業」で成長してきたこと
- 「解雇」という、経営上最も難しい意思決定(=人事施策)をしてこなかったこと(しづらかったこと)
- 総合職採用とジョブローテによって、組織施策のフィードバックが人事にこなかったこと
の3つが大きいと私は考えます。(こちら詳しくは、本書で述べます)ですが、今、時代は変わりつつあります。
いつの時代も「企業は人なり」ですが、とくに時代を超えて成長し続けている会社で「人材への投資」を怠っている会社は存在しないといっても過言ではありません。
私は普段、HRテクノロジーの会社で役員をしていますが、弊社では時価総額トップ100社の50%以上のクライアントさまに採用の支援をさせていただいてきました。
その経験から言えますが、「採用と人事が優れている会社は、事業も強い」は100%確信を持っていえます。
なぜなら、仮に事業がピボット(転換)しても、事業を推進する胆力があるからです。
ですが、それを推進するための、組織の力はまだまだ弱い。
データで見ても、日本の伝統的な会社でCHRO(ChiefHumanResourceOfficer:最高人事責任者)を設置している会社は10%~15%と言われ、国際的(35%~40%)にみても低いと言われます。
この状況を変えたい。そう思って、1つのチームを立ち上げました。
この本では、「いったいどうすれば、もっと、経営の中枢に組織や人事が近づくか」これを考えていきます。
具体的には、
- 人事施策を本当に実現させるためには、施策の内容うんぬんより前に「社内広報(信頼)」の視点が必要不可欠である
- 採用でうまくいっている会社は「XXXX」と「XXXX」をうまく活用している
- 組織開発で必要なのは、これまでの「フォーキャスト型人事(積み上げ施策)」ではなく、「バックキャスト型人事(あるべき姿から逆算できること)」である
などです。
最後に、この書籍の最大の特徴は、スペシャリティを持った各分野の現役プレーヤーが集結しているということです。学者ではなく、実務家。
しかもその中でもビジネスの最前線で実践し続けているメンバーたちが集まり、過去ではなく「現在進行形で役に立つような話」を繰り広げます。
今回、各章を担当した人は以下の2つの基準で選んでいます。
- 1.組織だけでなく事業づくりも経験してきたこと
- 2.自分なりの理論やデータをもっていること
各章は目的ごとに分かれており、自分の必要な部分を探し、そこを優先的に読むことを推奨します。
さあ、「いかにして、事業と組織を両輪にした、強い人事を作るか」に答える旅に出掛けましょう。
執筆代表・編纂北野唯我
この本の使い方
1.読み飛ばしOK(この本は専門書として各章が独立しています。よって全ての章を読み切る必要は全くありません)
2.各章(第2章以降)には、「まとめ」と「目次」があります(各章の冒頭には、まとめと目次があります。「自分が知りたい部分」を素早く検索できるようになっています)
3.「さらに詳しく」は寄稿コラムで(各章の章末には「コラム」があります。独立した読み物としても楽しめます)
第1章総論──経営と人事はベストパートナー
1-1経営からの問いに答えるために
「組織や人事が重要なのは分かっているが、何からすればいいか分からない」と思ったとき、我々経営陣はまず何をするべきか。
最初に思いつくのは「組織を変える」や、「福利厚生を整える」など、制度や企画の話ではないだろうか。
だが、断言するが、ほとんどの会社にとって人事施策のボトルネックになりえるのは「企画」ではなく、「運用」だと感じる。
より具体的にいうと、
・人事施策を本当に実現させるためには、施策の内容うんぬんより前に「社内広報(信頼)」の視点が必要不可欠である
ということだ。
「社内広報」というとピンとこないが、これを言い換えると、他社の施策を自社でも「企画すること」は、誰でもできるが、最も重要なのはそれを「運用」できるか。
「実行できるかどうか」「実行するかどうか」の視点であるということだ。
そもそも、全てのビジネス上の施策は「企画」と「運用」に分けて考えたほうが分かりやすい。
たとえば、マーケティング部門であれば、大型キャンペーンの内容自体は「企画」であり、それを広告代理店や製作会社、社内の制作部隊を使って動かすのが「運用」である。
あるいは、ファイナンス部門であれば「どの会社をM&Aするのか」「いくらで買収したいのか」が「企画」であり、それを実際にディールとしてまとめるのが「運用」である。
つまり、まとめるとこうなる。
企画→何をするのか。
人事施策でいうと、制度や評価システムの設計の話。
運用→どう実現するのか。
人事施策でいうと、面接や、評価面談など実行の話。
企画と運用。
この2つは当然、両方大事だ。
だが、人事部門の場合、ボトルネックは大体が「運用」にある。
言い換えれば、他社事例をコピーすることよりも、実際にそれを実行し、インパクトを出すことのほうが難しい、ということだ。
なぜなら、人事の「運用」は、マーケティング施策や、ファイナンス施策などに比べても、金で最も代替しにくいからだ。
たとえば、経営陣にとって、もっとも「人事の力を借りたいとき」の1つは、事業の転換期だ。
具体的には、既存の事業の成長に陰りが見え、新しい事業を作るとき。
あるいは、業績が悪化し、間接部門(コストセンター)の人間を、セールス部門などのプロフィットセンターに異動させないといけない例などを想像すると分かりやすい。このとき、経営としては、様々な選択肢が考えられる。
たとえば、採用。
新しい事業を作れるS級人材を採用しないといけないかもしれない。あるいは、部署移動。場合によっては、社内の人材を数百名、数千名単位で大量に部署異動させないといけない。
あるいは、解雇。下位の数%を解雇する必要があるかもしれない。このとき、経営からみて人事に求められるのは、明らかに「企画」より「運用の力」である。
なぜなら、これらのケースの場合、「優秀な人材が必要」「人を何人動かさないと、赤字が出る」という企画自体は、それほど大した難しさではないからである。
たとえば、黒字・赤字の計算であれば、経理財務部などを中心に、一定レベルの数字に強い人間であれば、誰でも計算できる。
むしろ、このケースの場合、最も難易度が高いのは「新規事業に必要な人材を“本当に採ってこられるか”どうか」であり、また「従業員をいかにして、モチベーションを下げず、納得感を持って、新しい事業に動いてもらうことができるか」である。
つまり「運用」である。
そして、HR部門が、他の部門よりも「運用の力」が問われるのは、この機能がお金では極めて代替しづらいものだからだ。
というのも、通常、「運用」はアウトソースすることがたやすい。金さえあれば外注できる。
たとえば、マーケティング部門であれば、広告代理店や制作会社に制作を発注することはできるし、ファイナンス部門であれば、投資銀行などに発注することができる。
これらは「金」さえあればできる。
しかし、人事の機能、特に「大量の異動を伴う意思決定」の部分は、どうしても社外にアウトソースがしづらい。これは、イメージしていただければ分かりやすいだろう。
たとえば、会社が命運をかけた新しい事業に突入しようとするとき。
それに伴って、社内で大量の異動が発生するとき、従業員からすると、「社長から、新規事業へ取り組む意義を語られたうえで、異動を通達されるケース」と、「人事コンサルがいきなり現れ、新規事業への異動を説明されるケース」では、明らかに納得感が異なる。
現に、ある日本を代表するIT企業のCHROはこう言った。
「事業をドラスティックに変えるときに必要なのは、“経営クラスの言葉”だ。我々が直接言葉で伝え続けない限り、現場からの納得感は得られない」と。
もちろん、アウトソースできるレベルのHR機能もたくさんある。面接業務の日程調整や、労務管理などだ。
だが、「事業の転換期」における、最高レベルの人事施策の「運用」は、アウトソースできない。
ソフトバンクはなぜ、社長が採用や人事を重視するのか。リクルートはなぜ、自社の新卒採用に力を入れてきたか。
伸びているスタートアップの社長はなぜ、社員を一本釣りで口説くのか。その理由は「経営レベルの人事施策は内製でやるべき施策だから」である。
では、もし、人事における「運用」がキーだとしたら、我々実務家は何を重視すべきだろうか。どうやって「運用」の力を高めるべきだろうか。
結論は意外にも「人事広報(信頼)」「社内広報」の視点だと私は思う。
具体的には「いかにして、経営陣と現場の間に深い信頼関係を築けているかどうか」「経営陣と現場が、どれだけ約束で結ばれているかどうか」だと考える。
ある高明な人事パーソンはこう語っていた。
「普段から、人事と現場がつながっている感覚を作っておくことが一番大事。そうすれば、人事が大ナタをふるったときでも、現場も力を貸してくれる」
この会社は国内だけでも、数千人~1万人の事業規模だが、それでも、CXOポジションの人間が現場の話を聞く機会を今でも持っているようだ。
その際に重要なのは「小さな声を拾い上げること」だというのだ。
たとえば「XX部署の電気のコンセントが壊れています」というレベルのミクロな話まで吸い上げ、その日のうちに、CXOから、人事責任者にそれが共有され、「すぐに実践してくれ」という指示が飛ぶ。
そして、次の日にはそれが改善されている。こうやって「信頼関係」を築いていくというのだ。この様子を見た従業員はどう思うだろうか。
感動した従業員はおそらく、他の社員にも話す。口コミが発生する。こうやって、小さい積み重ねによって「経営は常に現場を見てくれている」という信頼関係が結ばれる。
もちろん、この施策単体では、経営に与えるインパクト自体はほとんどゼロだ。
だが、こうやって現場と経営をつないでおくことで、事業戦略上の重要な意思決定に、現場を巻き込むことができる。
つまり、これが、
- 人事施策を本当に実現させるためには、施策の内容より前に「社内広報(信頼)」の視点が必要不可欠である
と私が述べる理由である。
実際、この話は「エンゲージメント」の話に近い。エンゲージメントとは、人とブランドの間に生まれている、期待感や繋がりをさす。
たとえば、エンゲージメントが高いとは、従業員が企業に対してロイヤリティを感じ、ポジティブに捉えている状態をさす。
たとえば、アップルやザッポスが「消費者からの問い合わせを、期待値以上で返す」ことによって「Wow」を生み出してきて、ファンを作ってきたことや、スターバックスの店舗における洗練されたオペレーション業務によって、ブランドを育ててきた事実に近い。
こういう積み重ねによって、企業と消費者とエンゲージメントを高めたように、経営と現場は小さい積み重ねによって、高いエンゲージメントを築くことができる。
これは冷静に考えてみると当然の話だ。我々、経営が常に向き合っているのは、消費者だけではない。社内の従業員とも向き合っている。
そして、マーケティング施策を実施するためには、顧客と自社の間に「信頼関係」があったほうが強いように、経営レベルの人事施策を行うためには「社内との信頼関係」も極めて重要である。
見落としがちであるが、これは重要な視点である。言い換えれば、経営の意思決定に耐えうる人事にとって、まず大事なポイントは2つである。
- 1.金で代替できない、最高レベルの施策の「運用力」をもつこと
- 2.そのためには「経営と現場とのエンゲージメント」を構築しておくこと
1-2エンゲージメントとは、約束。
ではいったい、このエンゲージメントとは、根本的には何によって構成されるのだろうか。どうやって高めていけばいいのだろうか。一言でいうとキーワードは「約束」だ。
より具体的にいうと、経営は人事を通じて、従業員に何を約束するのか、を示し、それを守ることだ。
これはマーケティングの例えを使うと分かりやすい。そもそも、マーケティングの世界において、ブランドとは「消費者と企業との約束である」という定義が使われることが多い。
これは分かりやすくいうと、「スターバックスにいくと、きっとXXというサービスが受けられるだろう」という頭の中のイメージである。
そして、このイメージは「過去の約束の結果」でできている。
スターバックスで良いサービスを受けてきた人は、スターバックスに対して「きっとXXである」というイメージを持つ。
これが「約束」の意味である。同様に、経営と現場をつなぐ、人事のエンゲージメントの正体とは「約束」だと考えると分かりやすい。
具体的には、経営は「人事に対して何を約束できるか。そして、何を約束できないか」のイメージを湧かせることだ。
この関係が明確であれば、「エンゲージメント」は高くなる傾向にあるし、明確でなければエンゲージメントは低くなる。
大事なのは、
- ①従業員が求めるものは何で、
- ②経営が約束するものは何で、
- ③その約束はこれまで果たされてきたかどうか、
である。
実際の例をみてみよう。
たとえば、上述の数千人~1万人の会社の例であれば、現場と経営陣は強い「約束」で結ばれている。エンゲージメントを持つことに成功している。
このケースの場合、約束は「現場が働きやすい環境を、経営陣は最優先してくれる」ということである。
このとき、約束しているものは「働きやすい環境」である。そして、経営はその約束を果たしてきている。したがって、エンゲージメントは高いのだ。
別のケースをみてみよう。
たとえば、私がかつて働いていた外資系戦略コンサルティングファームでは、経営陣が従業員に対して約束するのは「知的好奇心をそそるような、エキサイティングな仕事内容」と「成果に対する報酬」だった。
その分、約束できないものは「雇用」「労働時間」だった。
UPorOUTという言葉に代表されるように、多くのコンサルティングファームでは、「雇用」は確実なものではない。
そして、この約束に違和感を感じる人は会社を去るし、好きな人は残る。大事なのは約束を明確にし、嘘をつかないこと、である。
つまり、勘違いしてはいけないことは、最初から「約束できないこと」を明示することは必ずしもマイナスではないわけだ。
実際、私はこれまで100社近い有名企業の採用マーケティングを手伝わせてもらってきたが、重要なのは①王者の戦い方と、②王者以外の戦い方は、全く異なることだ。
王者とは、業界1~2位で、誰もが知るような会社をさす。
王者はたしかに「約束できること」が多い。したがって順当に「約束できること」を押し出していけばいい。だが、王者以外は違う。
重要なのはきちんと「約束できないこと」が明示されていることである。
まんべんなく「なんでも約束できます」という会社ではなく、「うちはXXXに関しては約束できないが、XXXに関しては強く約束できる」という会社の方が、採用はうまくいくことが多い。
なぜなら、採用でうまく騙せたとしても、その後、約束が守れず、早期離職につながるからである。これが「約束できるものと、約束できないもの」が明確であることの重要性である。
あるいは、他の例もある。
世界的に有名な消費財メーカーのマーケティング出身で、ハーヴァードMBAを経由して起業した経営者はこう語っていた。
「うちの会社では、雇用は約束できない。ただし、成長は約束できる」と。この際、経営が約束するものは「成長環境」である。
このように「何を約束し、何を約束できないのか」にはいくつかのパターンが存在しているし、事業内容と経営者の思想によるところが大きい。
ただ、思考の刺激材料として、網羅的ではないが、一例としてリンクアンドモチベーション社の4P(左図)を紹介しておきたい。
ここまでをまとめると、つまりエンゲージメントが高い状態というのは、1.経営が従業員に対して「約束」を明示していること2.加えて、それを守ってきた事実があることこの2つがあることが必要不可欠である。
経営に耐えうるレベルの人事が企画を設計するうえで、まず前提となるのはこの「高いエンゲージメントの状態」を保つことである。
重ねてとなるが、運用の力がない状態で、いかに、組織論や新施策を導入してもそaれは失敗する可能性が高い。企画より「運用の力がまず大事」だと述べる理由はここにある。
1-3経営レベルに必要な、人事の「企画力」とはなにか
では、「高いエンゲージメントの状態」を保てた状態で次に人事が考えるべきことはなんだろうか。言い換えれば「企画」の話である。
たとえば、他社で成功した人事施策を自社に適応させる、新しい給与制度を導入する、こういう話だ。
「運用」は極めて重要であるが、「運用だけ」している人事は、決して経営の中枢にはなれないのも事実だ。重要なのは「経営の意思決定に必要なレベルの、人事施策」である。
では、いったい、人事に必要とされる「企画力」の正体とはなんだろうか。結論からいうと、2つだと考える。
1つは「一気通貫で人事施策を設計できる力」と「中期経営計画から逆算でやるべきことを設計できる力」だ。
これまで数百社近い企業の人事と仕事をしてきた中で、明らかに人事にはレベルがある。
これをまとめると以下のように整理できる。
・人事1.0:ファンクション型(機能)の人事。
採用や育成、配置、評価、労務など、単発の機能をバラバラに担う人事・人事2.0:一気通貫型の人事。
採用から、配置、評価、育成など、人事施策の全てを横串、一気通貫でプロジェクトとして練ることができる人事。
戦略人事に近い・人事3.0:バックキャスト型人事。
中期経営計画上の3~5年先のあるべき姿から逆算し、現場の積み上げベースでは出てこない施策の計画をできる人事そして「経営の意思決定に耐えうるレベルの人事」は、事業規模によって異なるが、数百人~数千人単位ではレベル2.0から、数千人~数万人以上の会社ではレベル3.0が必要なレベルだと感じる。
順に見ていきたい。
まず、人事1.0のレベルでいうと「採用ができる人」や、「育成ができる人」をイメージしてもらえると分かりやすい。
人事の現場において、これらの得意技を持っている人事は力強いし、エースとして活躍する。
しかし、ある程度の事業規模の経営者からすると、それは「営業のエース」と同じ存在であり、あくまで現場の一要素だ。
事業規模が数十人のレベルでは、経営の中枢に近い。
2つ目が、人事2.0のレベルだ。
ここまでくると、事業上重要なKPIにヒットする可能性がある。たとえば、「全社の離職率」や「生産性」が分かりやすい。
離職率が高くなる原因の1つは、採用から配置、評価までが一気通貫でできていないことから来ることが多い。
たとえば、採用では「尖った人材」を欲しがっているが、現場では彼らを扱いきれない。あるいは、「年功序列で給与が決まる会社」なのに、「実力主義の人間」を採ってしまうという例だ。
これは、人事の事業部長クラスが担うケースが多い。
このとき、必要な能力は、採用から評価、育成、組織開発までを一気通貫で設計できる力である。
3つ目が、人事3.0のレベルだ。
これは「中期経営計画達成に向けて必要な施策」を、あるべき論から逆算して考えられる人事だ。たとえば、売上1兆円規模の会社が今後、アジア展開を行うとしよう。新しい企業を買収し、PMIを行う。
こういったケースの場合、そもそも、その施策を実施する上で必要な組織施策は、経営の命運を握るレベルになる。
他国展開を行うなら、社外も含めて、「子会社の経営をできる人物」を世界中から集めてくる必要があるだろうし、企業買収のあとのPMIを成功させるためには、社内にPMIができる人材を事前に育成しておく必要がある。
これらは数ヶ月で準備できるような短期的なレベルの施策ではない。
経営が施策を欲する、数年前から事前に準備しておかない限り、「運用」のフェーズに乗ることはできない。
その意味で経営に対して、2~3年先に起こりえるシミュレーションを理解し、あるべき姿からの今やるべきことを提言できる「バックキャスト」の能力が必要である。
これが経営の意思決定に耐えうるレベルの人事だと考える。
では、なぜ、これらの機能はCHROが担うべきなのだろうか……?結論から言うと、どんな経営者でも必ず、「人に関する部分」で迷いが生じることがあるからだ!
1-4経営の右腕になりえる、CHROの必要性
経営には、どうしても感覚的な部分がつきまとう。
同様に経営の意思決定に耐えうるレベルの人事施策は、定量的に証明できるものばかりではない。
したがって、どれだけ頭脳明晰な経営者であっても「判断に迷う」タイミングが必ず現れる。
たとえば、創業期から支えてくれていたメンバーが「事業の展開スピードに追いつけなくなった」とき。
最も信頼していたメンバーが、小さな不正を起こしたとき。誤った人間を採用し、重要なポストにおいてしまったとき。どんな経営者であっても「人に関わる部分」には迷うタイミングが来る。
そのとき、誰が彼らの右腕になりえるのだろうか?COOだろうか、CFOだろうか。私はそう思わない。本来はCHROであるべきだ。
あるいは、その機能を持ち合わせた事業部長であるべきだ。
COOは往々にして、既存の事業に追われていることが多いし、彼らは本来、事業推進に注力しているべきだ。
一方で、CFOになるような人間は必ずしも「人への造詣」が深くない。そもそも、人事の業務というのは本来、極めて専門性が高い。
なぜなら、それは人間の感情や、人と人との間に発生する「有機的な力学」をみているからである。
そして、有機的な力学は無機的なものに比べて全体像を理解することが難しい。
私はかつて、売上1兆円グループのグループ経理財務としても働いていたが、経理財務の業務は「無機的な要素」が大きい。
必要なのは、①数字に関する嗅覚であり、②高度に見える理論モデルでも、使っているのは「四則演算」程度であることが多い。
また、数字は分離させ、統合させることがたやすくできる。一方で、人事の業務はそうではない。たとえば、一度、分解した事業部を、元に戻したとしても、同じ働きをするとは限らない。これは人事機能の難しさである。
一度分離したことで、新たな力関係が生まれていたりするからだ。
たとえば、元々は、Aさんがこのチームをまとめていたが、事業部を分解したことで、Bさんが台頭するようになった。
結果、事業部を元に戻しても、AさんとBさんの関係は以前のものではなくなった。こういうことが多々起きる。一般的に「有機的である」ものは、分解したら元には戻らない。一度ちぎれた枝を、木に付け直すことは難しい。
あるいは、一度、コップに入っていた水を地面にこぼしてしまうと、そのあと、同じコップに水を戻すことは不可能に近い。
つまり、「不可逆」なものなのである。
人事は本来「有機的」で「不可逆」なものなのだ。
より分かりやすい例を使うのなら、一度別れた夫婦がもう一度、付き合った当初のカップルに戻るのは相当な努力を要すること。これを想像すると分かりやすいだろう。人間関係とは不可逆でありえるのだ。
したがって、本来、人事に関わる部分というのは、繊細にかつ、大胆に進める必要がある。その会社の有機的な関係を一番よく知っている人がやるべきだ。それは当然、社長であり、役員クラスである。
彼らは、歴史を知っており、そして誰が誰と仕事をしたことがあるか、相性がいいかを最も理解している。
だが、事業規模が大きくなればなるほど、世代が変われば、忙しい社長が、全ての有機的な関係性を理解することは不可能に近い。
そこで、必要となるのがCHROだ。
彼らは単に「採用ができる」「育成ができる」「組織開発ができる」だけではなく、経営のディスカッションパートナーになりえる。
優秀な若手~中間層が離職するリスクを把握し、警笛を鳴らす。あるいは、スポークスマンとなり、社内広報や、社外へのPRも行う。会社の顔として「あの会社はいいよね」というブランドを作りあげる。
そうやって「優秀な人材が勝手に集まり、定着する流れ」を作る。だが、この「守り」とも呼べるだろう、人事の業務は往々にして軽視されている。
(本来は極めて重要な要素なのに、だ)その理由は簡単である。
「数字に見えにくいから」だ。
事業の売上や、マーケティング施策などは、数字によって分かりやすく成果が見える。たとえば、売上XX円、予算対比でXX%などだ。だが、人事は成果が見えづらい。もちろん、離職率や、有給消化率などは数字で見える。
ただし、それらはKPIにはなっても、経営のKGIにはなり得ない。離職率や有給消化率は、経営にとってはKGIではないのだ。
言い換えれば、人事とは「KPI」はあるが「KGI」が設定しづらいのだ。では、人事のKGIとはなんなのだろうか?この本では、人事のゴールを2つに設定している。
1つは「事業をスムーズに推進するための人材リソース確保」。もう1つは「個人の自己実現のサポート」だ。
ここで、あえて2つ目の個人の自己実現のサポートをいれているのは、これをゴールに置かない限り、「人材の長期定着は厳しい」からだ。
冷静に考えると、人はあなたの会社で働くために生まれてきていない。ほとんどの起業家は仕事に熱中している、仕事人間だ。私もそうだ。
したがって、あたかも従業員が自分の会社で働くために生まれてきたかのように扱うことがある。だが、それは幻想だ。より具体的にするため思考を深めよう。
全ての人はその人なりの自己実現の方法があり、その過程としてたまたま自社にいるだけである。
したがって、CHROのKGIは本来「人材リソースの確保」と「個人の自己実現のサポート」を両立することなのだ。
だが、これらは数字で定量的に表すことができない。また、成果を客観的に測ることが難しい。
たとえば、事業が多国籍に展開したとしよう。
あなたの会社は、今回、新たに中国で子会社をつくることになった。
あなたはすぐさま、現場の営業エースであるAさんをアサインさせ、その下には、マーケティングに詳しいBさん、管理業務役としてCさんをアサインさせた。
現地採用も行い、30名の現地メンバーを雇用することにした。結果、事業の立ち上げはうまくいき、一年目から予算の大幅達成となった。
さて、このとき、Aさん、Bさん、Cさんの3名をアサインさせ、成果を出せたのは、誰の貢献が大きかっただろうか?もちろん、まずはこの3名自身の成果である。
だが、その背景には、Aさんを育てた元上司の存在がいるかもしれないし、快くエースを排出した事業部のメンバーがいるかもしれない。
あるいは、元はと言えばAさん、Bさん、Cさんという人材を採用した人事の貢献が大きいかもしれない。
実際は全てが有機的につながった結果である。だが、この時、難しいのは「説明能力の差」があることである。言い換えれば、人事施策は最も「成果を定量的に説明しづらい」のである。
たとえば、上述のケースの場合、「Aさんは元々の事業部でも予算を3年連続で大幅達成していて、彼はエースだから」というのは、一番説明しやすい。
あるいは、マクロ環境も説明しやすい。
そもそも、中国マーケット自体がXX%で伸びているから、売上が出て当然だよ、という人もいるかもしれない。言い換えれば「色んな方向から説明できる」のだ。その中で人事施策による貢献は極めて定量的に説明しづらい。
このケースの場合、人事の貢献とは、①そもそも、Aさん、Bさん、Cさんを採用したこと②3名を適切な部署に配属し、エースとして育つ環境を整えていたこと③彼らを異動しても、既存事業部が成り立つように人的リソースを確保していたこと④それぞれのキャリアプランを考慮し、納得感を持って異動させられたことなどが想定される。
だが、これのどれか1つでも「定量的な成果」で説明することは難しい。全体感をもって会社を見ている経営者しか、彼らの価値を適切に評価できない。だから、企業が人事を重視するかは、その経営者の感覚にしたがってしまうのだ。
そもそも、人事とは「攻め」でもあり、「守り」でもある。スポーツで例えるのであれば、2点取ったとしても、3点取られれば負けだ。どれだけ人を採ったとしても、それ以上に人が辞めれば組織は崩壊する。
あるいは、単年で事業を加速させたとしても、組織が崩壊していれば、それは長続きしない。どこかのタイミングでボロが出る。2点とっても3点とられたら試合には勝てないのだ。
私がこのテーマで書籍を書くきっかけはまさにここである。つまり、「本来は重要であるはずの人事が軽視されていることへの危機感があるから」だ。だから、私はこのマーケットを変えたい。
1-5HRテクノロジーは、経営を変えるのか?
では、何が必要なのだろうか?私は2つあると考える。1つは「理論」である。
理論の価値とは、「再現性をもたせること」と「説明能力を高めること」である。
これまで暗黙知的に語られた人事の施策を、理論化していく。結果、CHROが、CMOやCFOと対等に「議論できる土壌」を作ることである。
もう1つは「データとテクノロジー」だ。まず、時代は確実に「論理的に人事施策をやりやすい方向」には進んでいる。こう語るその背景にある1つは、「HRテクノロジー」の進化である。
マッチングの最適化や、エンゲージメントスコアの可視化、労務サービスの拡充など、様々なHRテクノロジーが勃興しているが、この変化の本質とは、「これまで感覚的に行われていた人事施策を、形式知化すること」にある。
たとえば、どんな会社でも人事なら「なんとなく、この人に部下を充てたら伸びやすい」「この人の下だと新人が潰れやすいから注意しないといけない」という感覚値に近いものがある。
このとき、その理由は往々にして「チームの雰囲気」や「上司のマネジメントスタイル」というざっくりとした言葉で語られることが多い。
だが、現実にはその理由の確からしさは検証しづらい。
上記の例であれば、たとえば、「Aさんが伸びている」理由は、実は上司の能力より、その部門が担当している事業セグメントが好調であることや、クライアントとの関係性が優れているがゆえに、素早い成長ができている、などといったケースは多々ある。
「あの人は部下を育てるのが上手らしい」というのは、噂ベースでしか検証できなかった。
HRテクノロジーの本質とは、この「組織の暗黙知」を「形式化」し、客観的に検証を行えるようになることにある。
詳しくは、第2章で紹介しているが、今、最新のHRテクノロジーを使えば・Aさんが、事業部BのCさんの下についたとき、活躍できる可能性は平均よりXX%高い・Xさんを、このまま今の部署に置いていた場合、1年後の離職率はXX%であるといったことが分かるレベルまできている。
こういった人事施策の多くは、これまでは天才的な感覚を持つビジネスマンだけが持っている、「組織への嗅覚」のようなものだった。
一方でマクロ環境からの要請により、事業の多国籍化が進み、人事部は、全体を把握することがさらに難しくなった。
現場の状況を把握するコストは上がった。
反対にいえば、人事部が現場の施策に対する「違和感」を持っていたとしても、現場より遠い距離にある人事部は、それを論理的に説得する術を持ちづらかった。
人事部は、「このまま行くと組織が崩壊し、事業は衰退する」ということを理解しながらも、抜本的な改革は、数年後に赤字転落するまで待たざるを得なかったわけだ。
だが、HRテクノロジーによって、人事部は1つの武器を持つことになる。
たとえば、企業の事業成長率と、社員の働く意欲はある程度、相関しつつあることが分かっている。
言い換えれば、従業員がイキイキしている企業は、事業も伸びやすい、ということだ。これらはデータでとれるようになった。
また、将来のエース人材の早期退職という危機も、事前に予測できるようになった。
この世界が進めば、人事部は「数字やファクトベース」に基づき、経営の意思決定に絡むことができるようになる。
そうすれば、これまでのように天才的な経営者の鶴の一声による人事施策ではなく、CHRO主導による民主的で、再現性を持った人事施策ができるようになるかもしれない。
そのための強力な武器となりえるのが、「理論」と「テクノロジー」、この2つなのだ!
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