はじめに「これが私の最高の教科書だ」僕が最初に「経営には覚悟がいる」と思ったのは、ある日突然、父親から資本金六〇〇万円の小郡商事株式会社の実印と通帳を黙って手渡されたときだった。僕が二三歳になったばかりの一九七二年のことだ。当時、紳士服店とカジュアルウエアのVANショップの二店で年商は一億円程度になっていた。「後戻りはできない」と腹を決め、三年に一店ぐらいの割合で、紳士服店とカジュアルショップの二頭立てのまま多店化を進めた。カジュアルウエアにこだわったのは、僕が苦手な接客なしでも売れ、売れる商品と売れない商品の差が大きいので将来の成長性が高いと考えていたからだ。その思いを実現したのが、八四年六月に広島市にオープンした「ユニーク・クロージング・ウエアハウス」である。「ユニークな服を選べる巨大な倉庫」という意味を込めた店名で、一〇〇〇円と一九〇〇円の二プライスを中心にした「低価格のカジュアルウエアが週刊誌のように気軽に、セルフサービスで買える店」をコンセプトにした。これがユニクロの第一号店だ。開業から二日間は、早朝六時の開店にもかかわらず、終日入場制限するほどの混雑が続いた。一時は、金の鉱脈を掘り当てたような感触を持ったものだ。翌八五年六月には、下関市で初の郊外型店舗をつくり、一〇月には岡山市内の中心部と郊外にも二店をオープンさせた。山陽道中心に店舗展開していく足がかりができた。そう思い始めた頃、僕の運命を変える一冊に出合った。山口県宇部市の書店にたった一冊置かれていた、『プロフェッショナルマネジャーわが実績の経営』(八五年一一月初版発売、早川書房=当時)を僕は手にしていた。米国のコングロマリット(多国籍企業)であるITT(インターナショナル・テレフォン・アンド・テレグラフ・カンパニー、一九七七年以後グループは解体へ)の元最高経営責任者、ハロルド・ジェニーン氏の経営回想録である。この本が何冊売れたのかは知らないが、僕が山口県で唯一の読者だったと思っている。それほど衝撃を受けた。一読して、「僕がやってきた経営は違う」「僕の経営は甘い」「経営するとはこれだ」と思わざるをえなかった。ジェニーン氏は、「三行の経営論」と題して、こう書く。「本を読む時は、初めから終わりへと読む。/ビジネスの経営はそれとは逆だ。/終わりから始めて、そこへ到達するためにできる限りのことをするのだ」この経営論は、自分が考えていた経営概念とは全く異なるものだった。僕は、カジュアルウエアの郊外型店をやったら面白いかもしれないという漠然とした思いを、ゼロから始めて一つひとつ形にしていくことが経営だと考えていた。その努力が大切だと。だが、ジェニーン氏の経営論を読んで、僕の経営概念は一八〇度変わった。「経営はまず結論ありき」で、最終的に何を求めて経営していくかを決め、そこから逆算して、結論に至る方法を考えられる限り考え、いいと思う順からまず実行する。そして、実行の足跡と結論を常に比較し、修正していく。「そうすれば、大概なことはうまくいくんだよ」というジェニーン氏のメッセージを、この本から僕は確かに受け取った気がした。ジェニーン氏は、片親の貧しい家庭に育ち、苦学して公認会計士の資格を取った。第二次世界大戦の影響で経営危機に瀕していたITTに社長兼最高経営責任者として招かれたのは、五九年のこと。そのとき、ITTの売上高は七億六五六〇万ドル、収益は二九〇〇万ドルにすぎなかった。しかも収益の半分以上が営業外収益だった。ジェニーン氏は最高経営責任者として「一株当たり利益を年一〇%増加する」という目標(結論)をまず掲げた。そのうえで、経営陣と組織、人材評価の見直しを断行した。そして結果を出した。四半期単位で五八期連続増益を成し遂げた。一四年半に渡る増益の歩みである。これは凄いことだ。彼が最高経営責任者を辞任した七七年には、ITTは「フォーチュン500」の第一一位にランクされ、売上高一六六億ドル、収益五億六二〇〇万ドルと、売上高、利益ともに約二〇倍になった。ジェニーン氏は言う。「〝経営(する)〟とはなにかを成し遂げること」、「達成すると誓ったことは成し遂げなくてはならぬ」と。今も僕の経営のバイブルであり、最高の教科書でもある『プロフェッショナルマネジャー』には、こうしたジェニーン氏が経営者として経験し、体得したことのすべてが書かれている。本書は、第一章の「経営に関するセオリーG」の冒頭の至言、「ビジネスはもちろん、他のどんなものでも、セオリーなんかで経営できるものではない」から書き起こされている。Gはジェニーン氏の頭文字だ。セオリーG、つまりジェニーン理論は、評論家や経営学者、そして時には経営者さえも求めがちな「経営のセオリー」を全否定することから始まっている。多くの経営者、真剣に事業に取り組んでいる経営者であればあるほど、「経営がセオリー通りにいってたまるか!」という思いを抱いているだろう。僕も、そうだ。だが、ここで喜んではいけない。ジェニーン氏は第二章「経営の秘訣」でいきなり「三行の経営論」を掲げ、これ以上はない難題を突きつける。目標を明確に定め、周囲に強烈に示し、成功を目指せと。本書を読んだ当時はバブル期で、アメリカ系企業に勤める友人も、「もはやアメリカに学ぶことはない」と言った。奢りであろう。僕は松下幸之助翁や本田宗一郎翁を尊敬していたが、本当に日本的経営だけでいいのかと悩んでいた。そのとき、本書に出合い、「これが経営だ」と得心するものがあった。『プロフェッショナルマネジャー』を手にした僕は、「わが社を今までにない革新的な企業にしたい」という夢を持ち、語り始めた。そして、試行錯誤を繰り返しつつも、九一年九月一日、宇部市の狭いペンシルビルの本社で、そのときに居合わせた本部社員を集めて宣言した。「社名を小郡商事からファーストリテイリングに変更します。そして、今から本格的にユニクロを全国にチェーン展開します。毎年三〇店舗ずつ出店し、三年後には一〇〇店舗を超えるので、そこで株式公開を目指します」当時、直営のユニクロは一六店、紳士服と婦人服の店が六店、フランチャイズ(FC)のユニクロ店が七店の合計二九店舗だった。社員は誰もが、年間三〇店舗出店など到底無理だと思っただろう。しかし、逆算の発想で綿密な経営計画を立て、着実に実行していけば、決して無理ではないと僕は信じた。事実、九四年四月にユニクロ直営店は一〇〇店を超え、その年の七月に広島証券取引所に上場を果たした。ジェニーン氏唯一のセオリー、「三行の経営論」
は通用したのだ。本書では、第二章以降に、「経営はまず結論ありき」という、〝終わりから始める〟経営を実践するためのノウハウや対処法、心構えが非常に具体的に著されている。組織の活かし方や経営者の条件、リーダシップ、最悪の病としてのエゴチスム(自己中心的な態度)、数字の意味、企業家精神といった大局観に基づく話から、「エグゼクティブの机」(第七章)といった情報の見方の話まで、飽くことなく、一気に読み進められるだろう。そして、随所で、経営者として思い知らされる指摘を発見するに違いない。ジェニーン氏は、経営者の条件とは、「経営者は経営しなくてはならぬ!」ことだと書き連ねる。そのリフレーンを読んで、「事業に常に情熱的にコミットメントするという態度が経営者には不可欠なのだ」と僕は思い知らされた。トップ経営者とは、自分で決断し、目標とやるべきことを明言し、失敗のリスクを一〇〇%背負う人のことなのだ。そして世の中に経営をしていない経営者のなんと多いことか。日本では、個人の努力、目標達成のプロセスを評価する傾向がかなり強い。そのためか、日本の経営者やビジネスマンには「結果を出す」という執念やガッツが足らないように思う。個人の努力やプロセスは、結果を検証するために不可欠な要素だが、ビジネスは結果でしか評価されない。ジェニーン氏は、「マネジメントの良否は、それがみずから設定した目標を達成するかどうかによって判定され、その目標が高ければ高いほど、良いマネジメントだといえる」と言う。ビジネスはシビアなもので、経営者の評価は、結果を出したか、出さなかったかで決まる。僕も、そうありたい。といって、失敗を恐れてはいけない。ジェニーン氏は言う。「過失は恥でも不面目でもない。ビジネスにつきものの一面であり、重要なのは自己の過失に立ち向かい、それらを吟味し、それから学び、自己のなすべきことをすることだ。唯一の本当の間違いは、間違いを犯すことを恐れることである」僕はずっと失敗してきた。今までのビジネスも一勝九敗ぐらいである。唯一成功したのがユニクロだ。僕はもともと商売はうまくいかないものだと思っているが、「失敗しなければ成功はない」とも信じている。大事なことは、その失敗で会社を潰さないことだ。同時に、失敗の問題点を摘出し、失敗する前に対処するように心がけている。これは、イトーヨーカ堂の創業者で、名誉会長の伊藤雅俊氏が語る「前始末」から学んだことだ(付録の2部下の報告で詳述)。同じことをジェニーン氏は、「二つの組織」(第四章)で、「ノー・サプライズ!(びっくりさせるな)」という言葉で表現している。ジェニーン氏は、各ゼネラルマネジャーが提出する月次レポートの最初の部分に〝赤信号〟、つまり問題点を挙げさせ、月一度のゼネラルマネジャー会議で、全員で解決法を考えたという。問題を経営者全員で共有し、乗り切り、成功に変えていく。経営はチームワークだという考え方に、僕は共感する。「エゴチスム」(第八章)でも指摘されているが、人材を自分の手足
に使うワンマン経営は、うまくいっているときには最大の効果を発揮するが、時間がたつと必ずツケが回ってきて、経営のマンネリ化が早まる。僕は、経営者は自らの限界を知るべきだと思う。確率で言えば、経営者が一番優秀である確率のほうが低い。優秀な人とチームを組めば、自分の欠点をカバーしてもらえる。しかし、チームを組むには、達成すべき目標が「努力するに値すること」だという認識と情熱をチーム全員に共有してもらわなくてはいけない。そこで重要なことは、できそうもない目標、努力したらできるギリギリの目標を掲げることだ。そして、経営トップとメンバーが対等の立場で議論を重ね、合意したうえで、仕事を進める。高い目標を示さない限り、誰も熱狂的に仕事をしない。これは、ジェニーン氏の仕事の進め方でもある。彼は最後の章で、「マネジメントには目的が、献身がなくてはならず、その献身は情緒的な自己投入でなくてはならない」と書いた。「情緒的な自己投入」とは、経営者の熱情やガッツだ。ロジカルシンキングが得意なMBA(経営学修士)取得者が、こうしたガッツを持てば、とてつもなく優秀なプロフェッショナルマネジャーになるだろう。もう一つ重要なことは、数字を読む力だ。ジェニーン氏は、貸借対照表や損益計算書は体温計みたいなもの、と言う。「経営はまず結論ありき」という〝逆算の発想〟で経営を行うには、ちょっとした数字の変化で会社や現場の状況がわからなければいけない。僕は、過去の貸借対照表や損益計算書を記憶し、常に現在の数字と比較してきた。最後にジェニーン氏は、こう結論づけた。ビジネスにおける最大の偉業は、人生のほとんどあらゆる場面におけると同様、天才によってではなく、平凡な普通の男女によって成し遂げられる、と。僕はこの本を読んで、『国富論』を書いたアダム・スミスをはじめ、名だたる思想家が「夢想」と呼んだ「株式会社」を成功させたアメリカ、その民主主義の根深さを感じた。自由に意見を言い合える公正さや透明さである。ITT再建のために外部から招聘された経営者が全権を握り、世界中の子会社トップと一緒に、高い目標に向かって前進し、コングロマリットを再建していく姿に感動を覚えた。ジェニーン氏は、現在の日本で言えば、日産自動車を再建したカルロス・ゴーン社長兼CEOのような存在である。こういう経営者が次々と登用されれば、日本の経営風土は劇的に変わるだろう。僕は、そう思いたい。最後になったが、コングロマリットとしてのITTには、国防と密接に関わる通信事業をメーンとしてきたため、南米のチリ政変への関与など国際社会の裏舞台との関係も過去に取り沙汰されてきた。本書には、そうしたことへの言及は一切ない。しかし、僕は、それも経営の一面であると思う。そのことが本書の価値をいささかでも損なうことはない。さて、ご一読あれ。二〇〇四年五月株式会社ファーストリテイリング代表取締役会長兼社長柳井正
プロフェッショナルマネジャー目次はじめに「これが私の最高の教科書だ」柳井正第一章経営に関するセオリーGビジネスはもちろん、他のどんなものでも、セオリーなんかで経営できるものではない。Gはいうまでもなくジェニーンの頭文字。したがってセオリーGは〝ジェニーン理論〟の意味である。第二章経営の秘訣《三行の経営論》本を読む時は、初めから終わりへと読む。ビジネスの経営はそれとは逆だ。終わりから始めて、そこへ到達するためにできる限りのことをするのだ。第三章経験と金銭的報酬ビジネスの世界では、だれもが二通りの通貨──金銭と経験──で報酬を支払われる。金は後回しにして、まずは経験を取れ。さらに、ビジネスで成功したかったら上位二〇%のグループに入ることが必要だ。第四章二つの組織どの会社にも二つの組織がある。そのひとつは組織図に書き表すことができる公式のもの。そしてもうひとつは、その会社に所属する男女の、日常の、血のかよった関係である。第五章経営者の条件経営者は経営しなくてはならぬ!経営者は経営しなくてはならぬ!〝(し)なくてはならぬ〟とは、(それをやり遂げ)なくてはならぬということだ。それはその信条を信条たらしめている能動的な言葉だ。第六章リーダーシップリーダーシップを伝授することはできない。それは各自がみずから学ぶものだ。ビジネス・スクールで編み出された最新の経営方式を適用するだけでは、事業の経営はできない。経営は人間相手の仕事なのだ!第七章エグゼクティブの机机を見れば人がわかる。トップ・マネジメントに、いやミドル・マネジメントにでも、属する人間にとって、当然なすべき程度と水準の仕事をしながら、同時に机の上をきれいにしておくなど、実際からいって不可能である。第八章最悪の病──エゴチスム現役のビジネス・エグゼクティブを侵す最悪の病は、一般の推測とは異なって、アルコール依存症ではなくエゴチスムである。自分の成功を盾にエゴチスムを撒き散らす社員、全体最適を考えず、自己最適に走る社員をどうすべきか。第九章数字が意味するもの数字が強いる苦行は自由への過程である。数字自体は何をなすべきかを教えてはくれない。企業の経営において肝要なのは、そうした数字の背後で起こっていることを突きとめることだ。第十章買収と成長難点はただ、大作戦にはいつもつきもののことだが、他のだれもが彼らと同じものを見、まったく同一の戦略を思いつくことだった。その結果として、彼らはみな、巨大市場をめぐって、トップメーカーと戦うことになる。第十一章企業家精神企業家精神は大きな公開会社の哲学とは相反するものだ。大企業を経営する人びとのおおかたは、何よりもまず、過ちを──たとえ小さな過ちでも──犯さないように心がける。第十二章取締役会勤勉な取締役会は、株主のために、この基本問題に取り組まねばならぬ。その会社のマネジメントの業績達成の基準をどこに置くか。去年または今年、会社がどれだけの収益を挙げたかではなく、挙げるべきであったか。第十三章気になること──結びとして良い経営の基本的要素は、情緒的な態度である。マネジメントは生きている力だ。それは納得できる水準──その気があるなら高い水準──に達するように物事をやり遂げる力である。第十四章やろう!付録「創意」と「結果」7つの法則柳井正これが「プロフェッショナルマネジャー」の仕事術だ
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