第九章ビジョナリー・カンパニーへの道
付録
付録一A企業の選別過程
付録一B直接比較対象企業の選別
付録一C持続できなかった比較対象企業
付録一D調査過程の概要
付録二ACEOの社内昇進と社外からの招聘付録五A産業の順位付録八A比較対象企業の悪循環付録八B買収分析の要約注解説野中郁次郎
第九章ビジョナリー・カンパニーへの道
人生でなし遂げた点こそが、その人の最大の魅力だ。パブロ・ピカソ(1)
この本の調査をはじめたとき、難題にぶつかった。調査に際して、『ビジョナリー・カンパニー』(BTL)で論じた点をどう扱うかである。
手短にいうなら、『ビジョナリー・カンパニー』は一九九〇年代前半にスタンフォード大学経営学大学院で行われた六年間におよぶ調査の結果をまとめたものであり、「永続する偉大な企業を一から築き上げるには、何が必要なのか」という問いに答えたものである。
調査方法に関する師のジェリー・I・ポラスとわたしの共著であり、偉大さを維持してきた十八の企業を調査した結果に基づいている。
この十八社はいずれも時代の試練を経ており、なかには十九世紀に設立された企業もあり、しかも、二十世紀後半に広く尊敬されている卓越した企業である。
調査対象には、一八三七年設立のプロクター&ギャンブル、一八五〇年設立のアメリカン・エクスプレス、一八八六年設立のジョンソン&ジョンソン、一八九二年設立のゼネラル・エレクトリックがある。
調査対象の一社、シティコープ(現在のシティグループ)は設立が一八一二年であり、ナポレオンがモスクワに進軍した年にあたっている。
もっとも「若い」企業はウォルマートとソニーで、一九四五年に設立されている。今回の調査と同様に、直接比較企業を選んだ。
3Mとノートン、ウォルト・ディズニーとコロンビア・ピクチャーズ、マリオットとハワード・ジョンソンなど、十八対の企業を比較した。
要するに前回の調査では、どちらも数十年から百年以上継続している偉大な企業と凡庸な企業を比較して、決定的な違いを見つけ出そうと試みた。
凡庸から偉大に飛躍した企業を対象とする今回の調査で、はじめての夏の調査チームが集まったとき、「調査を進めるにあたって『ビジョナリー・カンパニー』はどのような役割を担うべきか」とわたしは質問した。
「何の役割も担うべきではない。以前の調査の延長にすぎないのだったら、チームにくわわる理由はなかった」とブライアン・バグリーが主張した。
「同感だ。新しい調査で新しい問いに答えるというから、やる気になっている。前の本の穴を埋めようとすれば、満足な結果にはならないだろう」とアリソン・シンクレアが語った。
「ちょっと待ってほしい。前回の調査には六年を費やしているんだ。前回の調査を基礎にすれば、役立つ可能性はないだろうか」とわたしは答えた。
「今回の調査のアイデアを得たのは、凡庸な企業を偉大な企業に変えるにはどうすればいいのかとの質問に『ビジョナリー・カンパニー』が答えていないとマッキンゼー幹部に指摘されたときだと聞いている。答えが違っていればどうなるのだろう」とポール・ワイスマンが指摘した。
論争は行きつ戻りつ、数週間にわたって続いた。最後にステファニー・ジャッドがこう発言してわたしは納得した。
「『ビジョナリー・カンパニー』の考えは素晴らしいと思うが、だからこそ、心配でならない。
この本を参照して調査を進めていった場合、堂々巡りになって、先入観から抜け出せなくなるのではないだろうか」。
こうして、調査を一から進めていき、以前の調査結果と一致するかどうかにかかわらず、今回の調査で浮かび上がってくるものを見つけ出す方が、はるかにリスクが少ないことがはっきりした。
こうして、調査の初期の段階で、きわめて重要な決定をくだした。『ビジョナリー・カンパニー』はなかったと考えて調査を進めることにしたのだ。
凡庸な企業が偉大な企業に飛躍するときのカギになった要因を、前回の調査の結果に影響されることなく明確にとらえるには、これが唯一の方法であった。
調査が終わってから、「二つの調査の結果に関係があるとすれば、どのような関係があるのか」を考えればいい。
あれから五年たち、調査が終わったいま、二つの調査の結果がどのような関係にあるのかを、一歩下がった位置から見渡せるようになった。
二つの調査の結果をながめていくと、四つの点を結論として指摘できる。
㈠『ビジョナリー・カンパニー』で取り上げた永続する偉大な企業をみていくと、初期の指導者が偉大な企業への飛躍をもたらす枠組みを適用していた事実が、かなりはっきりとみてとれる。
違いはただ一点、これら指導者が初期段階の小企業を率いる起業家であって、既存の企業を飛躍させようとする経営者ではなかったことだけである。
㈡思いもよらなかったことだが、この本(GTG)は『ビジョナリー・カンパニー』の続編ではなく、逆に前編なのだとわたしは考えるようになっている。
GTGで扱った方法を適用して、ベンチャー企業や既存企業を、偉大な業績を持続できる企業にする。
つぎに『ビジョナリー・カンパニー』で紹介した方法を適用して、偉大な企業が偉大さを永続できるようにする。
既存企業またはベンチャー企業+偉大な企業への飛躍の概念偉大な実績の持続+『ビジョナリー・カンパニー』の概念永続する卓越した企業㈢偉大な企業を、永続する卓越した企業に転換させるには、『ビジョナリー・カンパニー』の中心概念を適用する。
つまり、基本的価値観と利益を超えた目標(基本理念)を見つけ出し、「基本理念を維持し、進歩を促す」仕組みを組み合わせる。
㈣二つの調査の結果には、共鳴しあう部分がきわめて多い。
一方の調査で得られた考えが、他方の調査で得られた考えを豊かにし、裏付けている。
とくに、『ビジョナリー・カンパニー』で提起されてはいたが、答えられなかった点に、今回の調査で回答をだせるようになった。
それは、社運を賭けた大胆な目標(BHAG)のうち、良いものと悪いものの違いがどこにあるのかという問いである。
ビジョナリー・カンパニーへ至る初期段階
前回の調査を振り返ってみると、永続する偉大な企業は創業期に、偉大な企業への飛躍の枠組みにしたがって、準備段階から突破段階にいたる道筋をたしかにたどっていると思える。
たとえば、ウォルマートの進化の過程は、準備から突破への弾み車のパターンをたどっている。
一般の見方では、ウォルマートの創業者、サム・ウォルトンが地方のディスカウント店という先見的なアイデアによって突然に登場し、まだベンチャー企業だったときに突破段階に入ったとされている。
しかし、現実はまるで違っている。サム・ウォルトンが事業をはじめたのは一九四五年であり、食品雑貨店一店で出発した。二つ目の店舗をもったのは七年たってからである。
一歩ずつ、一回転ずつ、弾み車を押していき、一九六〇年代半ばになってようやく、大型ディスカウント店の概念が進化の自然の段階として生まれてきた。
食品雑貨店一店舗からウォルマート店三十八店まで成長するのに、ウォルトンは四半世紀をかけている。
その後、一九七〇年から二〇〇〇年まで、ウォルマートは突破段階に入り、店舗数が三千店を超え、売上高は一千五百億ドルを超えた(2)。
そう、一千五百億ドルである。卵から雛が飛び出す話を弾み車の章に記したが、まさにこの話のように、ウォルマートは孵化するまでに二十年以上かかっているのだ。
サム・ウォルトンはこう書いている。ウォルマートはなぜか、……偉大なアイデアによって一夜にして大成功を収めたとの印象をもたれてきた。
しかし……これは一九四五年から続けてきたことすべての結果なのである。
……そして、一夜にして収めた成功のほとんどがじつはそうであるように、ウォルマートの成功も約二十年かかって達成できたものなのだ(3)。
準備段階に針鼠の概念を確立し、その後に弾み車が突破段階の勢いをつけるようになった典型例があるとするなら、ウォルマートはまさにそうだ。
たったひとつ違う点は、サム・ウォルトンが起業家として、事業を一から築き上げており、良好な企業のCEOとして偉大な企業への飛躍を導いたわけではなかったことだ。
しかし、基本的な考えには違いはない(4)。
ヒューレット・パッカード(HP)も、ビジョナリー・カンパニーの創業期に偉大な企業への躍進の概念が使われていることを示す好例だ。
たとえばビル・ヒューレットとデービッド・パッカードがHPを設立したときに考えていたのは、目標ではなく、人であった。
二人で会社を作ることだったのだ。二人は大学院で無二の親友同士であり、優れた企業を築いて、自分たちに似た価値観と価値基準をもつ人たちを集めたいと望んでいた。
一九三七年八月二十三日の設立総会議事録によれば、まず、きわめて幅広くみた電気工学の分野での製品の設計・製造・販売を事業にすると決定した。
しかし、議事録にはその直後に、「何を製造するかの決定は先送りした」と書かれている(5)。
ヒューレットとパッカードはそれから数か月、ガレージから抜け出すための製品を何か、何でもいいから考えだすために試行錯誤を続けた。
ヨット用送信機、空調制御装置、医療機器、蓄音機用アンプなどなどである。
ボーリングのファウルライン表示器、望遠鏡のクロック・ドライブ、減量のためのショック装置などを製造した。創業期には何を製造するかはほとんど問題ではなかった。
技術の進歩に貢献し、ヒューレットとパッカードが志を同じくする人たちとともに企業を築いていけるのであれば、それだけでよかった(6)。
まさに「最初に人を選び、その後に目標を選ぶ」の典型のような出発点だ。後に、会社が発展しても、「最初に人を選ぶ」原則を守り通している。
第二次大戦が終わり、軍の契約が打ち切られて売上高が減少した時期に、政府の研究機関から優秀な人材を大量に引き抜いたが、このとき、何の研究を任せるかはまったく考えていなかった。
第三章で紹介した「パッカードの法則」を思い出してみよう。
「どの企業も、成長を担う適切な人材を集められるよりも速いペースで売上高を増やしつづけながら、偉大な企業になることはできない」。
ヒューレットとパッカードはこの概念を信奉しつづけ、機会があれば優秀な人材を余分に集めている。
ヒューレットとパッカードはともに第五水準の指導者の典型であり、当初は起業家として、後に成長する企業の経営者として、第五水準の姿勢を貫いてきた。
HPが世界的ハイテク企業の地位を獲得してから何年もたっても、ヒューレットはおどろくほどの謙虚さを維持している。
一九七二年に、GPのバーニー・オリバー副社長がIEEE(米国電気電子学会)の創業者賞審査委員会にあてた推薦状に、こう書いている。
当社の成功はうれしいことだが、創業者はうかれてはいない。ごく最近の経営評議会会議で、ヒューレットはこう語った。
「当社が成長してきたのは、産業が成長してきたからだ。ロケットが発射されたときに、運良く先端に乗っていた。自分たちの業績だといえる点はまったくない」。
一瞬の沈黙があって、この謙虚な意見が出席者に浸透した後、パッカードが発言した。
「たしかにそうだが、恵まれた機会を完全に駄目にしなかったとはいえる」(7)わたしは最晩年のデーブ・パッカードを訪問したことがある。
シリコン・バレーのごく初期に十億ドルを超える資産を築いた人物だが、一九五七年に夫婦で建てた小さな家に住んでいた。
質素な果樹園が眼下に広がっている。小さな台所には古びたリノリウムがしいてあり、リビングの家具も質素だ。
「わたしは億万長者だ、重要人物だ、成功者だ」といわんばかりの豪邸を必要としない人柄を示している。
三十六年間、パッカードとともにはたらいたビル・テリーによれば、「楽しい時間といえば、親しい友人とフェンスの修理をしてすごすことだと考えている」という(8)。
五十六億ドルの遺産は慈善基金に寄付した。
パッカードの死後、家族が追悼の小冊子を作ったが、故人の写真は作業服を着てトラクターに乗っているようすを写したものであった。
写真説明は、二十世紀を代表する偉大な産業人であることには触れていない(9)。
「デービッド・パッカード、一九二一~一九九六年、農場主など」と書かれている。まさに第五水準だ。
永続する企業に不可欠なもうひとつの要因
ビル・ヒューレットとのインタビューで、われわれは長い経歴のなかでもっとも誇りに思う点は何かと質問した。
「一生の仕事を振り返ったとき、たぶんもっとも誇りに思っている点は、価値観、行動、成功によって、世界の企業の経営方法に大きな影響を与えた会社を築く一助になれたことだろう」とヒューレットは答えた(10)。
「HPウェイ」と呼ばれるようになった同社の経営姿勢は、同社が深く確信している基本的価値観を映したものであり、どの製品よりも同社の独自性を示すものである。
同社の基本的価値
観は、技術の進歩に貢献すること、個人を大切にすること、活動する地域社会への責任を果たすこと、利益は会社の基本的な目標にはならないとの確信などである。
これらの価値観は現在ではごく普通になっているが、一九五〇年代にはきわめて革新的であった。
パッカードは当時、他社の経営者についてこう語っている。
「全員がそれなりに礼儀正しく反対の意思を示しただけだが、わたしについて、自分たちの仲間ではなく、重要な企業の経営者としては不適格だと確信していることは、どうみても明らかだった」(11)ヒューレットとパッカードは、永続する偉大な企業という卓越した地位を獲得する際にカギになる「追加要因」を示す典型例だといえる。
ビジョナリー・カンパニーへの移行には、この要因が決定的に重要である。
この要因は会社を導く基本理念であり、基本的価値観と基本的目的(単なる金儲けを超えた企業の存在理由)から構成される。
独立宣言(「われわれは、次の真理は自明であると考える……」)に似ており、完璧に実践されているわけではないが、追求すべき目標として、自社の存在がなぜ重要なのかとの問いへの答えとして、つねに意識されている。
永続する偉大な企業は、株主に収益を提供するだけのために事業を行っているわけではない。
ほんとうの意味で偉大な企業にとって、利益とキャッシュフローは健全な身体にとつての血と水のようなものである。
生きていくには必要不可欠なものだが、生きていく目的ではない。
メルクが糸状虫症治療薬を開発し配付する決定をくだしたことを『ビジョナリー・カンパニー』で紹介した。
糸状虫症は寄生虫による病気の一種で、百万人を超える患者がおり、目を侵して失明をもたらす。
患者はアマゾンなどの後進地域の人たちであり、薬を買えないほど貧しいので、メルクは遠隔地の村に薬を配付する組織を作り、世界中の数百万人に無料で提供した(12)。
もちろん、メルクは慈善団体ではないし、自社を慈善団体だとはみていない。
それどころか、きわめて収益性の高い企業として、市場平均をつねに上回る実績をあげている。
いまでは年に六十億ドル近い利益をあげ、一九四六年から二〇〇〇年までの株式運用成績は市場平均の十倍以上になっている。
だが、目ざましい業績をあげながらも、メルクは自社の存在理由が金儲けにあるとは考えていない。
一九五〇年に、創業者の息子のジョージ・メルク二世が同社の理念を確立した。
医薬品は患者のためにあることを忘れない。
……医薬品は利益のためにあるのではない。
利益は後からついてくるものであり、われわれがこの点を忘れなければ、利益はかならずついてくる。
このことを肝に銘じていればいるほど、利益は大きくなる(13)。
基本的価値観について重要な点をあげておくなら、永続する偉大な企業になるための「正しい」価値観があるわけではない。
これだけは必要不可欠だと思える価値観でも、永続する偉大な企業のなかにかならず、その価値観をもたない企業がある。
たとえば、顧客に対する情熱をもっていなくてもいい(ソニーはもっていない)。
個人を尊重する価値観はなくてもいい(ディズニーにはない)。
品質重視の価値観はなくてもいい(ウォルマートにはない)。
社会への責任という価値観はなくてもいい(フォードにはない)。
これらがなくても、永続する偉大な企業への道で障害にはならない。
これは、『ビジョナリー・カンパニー』で紹介した調査結果のなかでも、とりわけ意外な点である。
偉大さの永続のためには基本的価値観が不可欠だが、基本的価値観がどのようなものなのかはとくに重要ではないように思えるのだ。
どのような基本的価値観をもっているかではなく、基本的価値観をもっているのかどうか、基本的価値観が社内で知られているか、基本的価値観を組織に組み入れているか、長期にわたって基本的価値観を維持しているのかが問題なのだ。
基本理念の維持の概念は、永続する偉大な企業の特徴の中心になっている。
ここから出てくる当然の疑問はこうだ。
基本理念を維持しながら、世界の変化に対応するにはどうすればいいのか。
答えはこうだ。
「基本理念を維持し、進歩を促す」考え方を大切にすることである。
永続する偉大な企業は、基本的な価値観と目的を維持しながら、事業戦略や事業慣行では世界の変化にたえず適用している。
これが「基本理念を維持し、進歩を促す」魔法の組み合わせである。
ウォルト・ディズニーの動きが、この二重性を見事に示している。
一九二三年、カンザス・シティでアニメ映画を制作していた二十一歳の元気一杯の若者がロサンゼルスに移り住み、映画会社で職を探した。
どの映画会社も雇ってくれなかったので、ごくわずかな貯金をはたいてキャメラを借り、叔父の家のガレージをスタジオにして、アニメ漫画の短編映画を作ることにした。
三四年には、それまでに例がない大胆な試みとして、長編アニメ劇映画を制作し、『白雪姫』『ピノキオ』『ファンタジア』『バンビ』で成功を収めた。
五〇年代にはテレビに進出して、「ミッキーマウス・クラブ」を制作した。
やはり五〇年代に、ウォルト・ディズニーはいくつもの遊園地に行き、嫌悪感をおぼえた。
「汚く、まやかしばかりで、目つきの悪い連中が経営している」と語っている(14)。
自分ならはるかによいものができ、たぶん、世界一の遊園地を作れると考えた。
そこで、テーマ・パークというまったく新しい事業に進出し、まずはディズニー・ランドを、つぎにウォルト・ディズニー・ワールドとEPCOTセンターを建設した。
やがて、ディズニーのテーマ・パークは、世界中の数多くの家族にとって、忘れられない思い出になっている。
同社はこのように、短編漫画から長編アニメ劇映画に、「ミッキーマウス・クラブ」からディズニー・ワールドに、事業を劇的に変化させてきたが、基本的価値観は一貫して維持している。
創造力と想像力への熱狂的な確信、細部へのあくなきこだわり、皮肉な見方の嫌悪、「ディズニーの魔法」の維持などの価値観である。
また、目的に関してもおどろくほどの一貫性を維持しており、どの事業でも人びとを幸せにし、とくに子供を幸せにすることを目的にする姿勢が浸透している。
この目的は国境を越え、時代を超えて一貫している。
一九九五年、わたしは妻とともにイスラエルを訪問したとき、ディズニー製品を中東で販売している人に出会った。
「この事業は要するに、子供たちが笑顔をみせるようにすることだ。
これは中東ではほんとうに大切な点だ。
子供たちの笑顔が少ないからだ」。
ウォルト・ディズニーはまさに「基本理念を維持し、進歩を促す」考え方の好例であり、基本理念はつねに変わらないが、戦略と慣行は時代とともに変化している。
そしてこの原則を守っている点が、同社が永続する偉大な企業の地位を確保できている基本的理由である。
良いBHAGと悪いBHAG
「本書と『ビジョナリー・カンパニー』概念の関連」の表に、二つの調査で得られた概念の関連を示した。
一般的にいえば、偉大な企業への飛躍をもたらす概念が、『ビジョナリー・カンパニー』の概念で成功を収めるための基礎になっているようだ。
本書では、弾み車を回転させ、準備段階から突破段階に移行するための基本的な考えを扱っており、『ビジョナリー・カンパニー』では弾み車の回転を遠い将来まで加速させていき、尊敬される企業になるための基本的な考えを扱っていると、わたしは考えている。
表をみていけば、飛躍をもたらす要因がいずれも、『ビジョナリー・カンパニー』の四つの基本的な概念を実現する役割を果たすことに気づくはずである。
『ビジョナリー・カンパニー』の四つの基本的な概念は、以下のように要約できる。
時を告げるのではなく、時計をつくる経営者の何回もの世代交代、いくつもの製品サイクルを通じて継続し、環境の変化に適応できる組織を作り上げる。
ひとりの偉大な指導者や、ひとつの偉大なアイデアを中心に企業を作るのとは正反対の考え方である。
ANDの才能いくつもの側面で両極にあるものをどちらも追求する。
「AかBか」を選ぶのではなく、「AとBの両方」を実現する方法を考える。
目的と利益、持続性と変化、自由と責任などである。
基本理念基本的価値観(組織にとって不可欠で不変の主義)と基本的目的(単なる金儲けを超えた会社の根本的な存在理由)を徹底させ、長期にわたって意思決定を導く原則とし、組織全体が力を奮い立たせる原則にする。
基本理念を維持し、進歩を促す基本理念をゆるぎない土台にするとともに、基本理念以外のすべての点では変化、改善、革新、若返りを促す。
慣行や戦略は変えていくが、基本的価値観と目的は維持する。
基本理念に一致するBHAGを設定し、達成する。
本書と『ビジョナリー・カンパニー』概念の関連第五水準のリーダーシップ時を告げるのではなく、時計をつくる──第五水準の指導者は自分がいなくても前進していける企業を築く。
不可欠な存在になって自分のエゴを満足させたりはしない。
ANDの才能──個人としての謙虚さと、職業人としての意思の強さ。
基本理念──第五水準の指導者は会社とその理念に関してはきわめて野心的であり、自分個人の成功を超えた目的意識をもっている。
基本理念を維持し、進歩を促す──第五水準の指導者は目に見える業績と成果を達成するために、たえず進歩を促す。
そのためには自分の兄弟を解雇することもいとわない。
最初に人を選び、その後に目標を選ぶ時を告げるのではなく、時計をつくる──最初に人を選ぶのは時計をつくる作業、最初に目標を選ぶのは(戦略を設定するのは)時を告げる作業である。
ANDの才能──適切な人をバスに乗せることと、不適切な人をバスから降ろすこと。
基本理念──「最初に人を選ぶ」とは、能力やスキルではなく、基本的価値観と目的への適合性によって人を選ぶことを意味する。
基本理念を維持し、進歩を促す──「最初に人を選ぶ」場合、社内昇格を優先させることになり、基本理念を強化できる。
厳しい現実を直視する時を告げるのではなく、時計をつくる──上司が真実に耳を傾ける社風をつくるのは、時計をつくることにあたる。
赤旗の仕組みがあれは、一層そうなる。
ANDの才能──自分がおかれている現実のなかでもっとも厳しい事実を直視することと、最後にはかならず勝つという確信を失わないこと。
ストックデールの逆説。
基本理念──厳しい現実を直視すれば、組織がほんとうに基本的なものとしてもっている価値観と、基本的価値観にしたいと希望しているだけのものを識別できる。
基本理念を維持し、進歩を促す──厳しい現実を直視すれば、進歩を促すために何をすべきかが明確になる。
針鼠の概念時を告げるのではなく、時計をつくる──評議会の仕組みは究極の時計作りである。
ANDの才能──深い理解と、信じがたいほどの単純さ。
基本理念──「情熱をもって取り組めるもの」の円は基本的価値観と目的に見事に重なる。
情熱をもっていて、どんな状況になっても放棄しない価値観だけが、ほんとうの基本的価値観である。
基本理念を維持し、進歩を促す──良いBHAGは理解によって設定されたものである。
悪いBHAGは虚勢によって設定されたものである。
偉大なBHAGは三つの円の重なる部分にぴったりと収まっている。
規律の文化時を告げるのではなく、時計をつくる──強烈な個性によって規律をもたらすのは時を告げることであり、持続する規律の文化を築くのは時計作りである。
ANDの才能──自由と、責任。
基本理念──規律の文化によって、組織の価値観と基準を共有していない人ははじき飛ばされる。
基本理念を維持し、進歩を促す──規律の文化があれば、成果をあげる最善の道を実験し、見つけ出す自由を従業員に与えられる。
促進剤としての技術時を告げるのではなく、時計をつくる──促進剤としての技術は時計の主要部品のひとつである。
ANDの才能──技術の流行を避けることと、技術の応用で先駆者になること。
基本理念──偉大な企業では、技術が基本的価値観に従属するのであって、その逆ではない。
基本理念を維持し、進歩を促す──適切な技術によって弾み車の勢いが加速し、BHAGの達成に向けて前進する。
悪循環ではなく弾み車時を告げるのではなく、時計をつくる──弾み車効果によって勢いが持続するようになり、先見性のあるカリスマ的指導者に依存しなくても従業員の動機付けが可能になる。
ANDの才能──段階的な進化の過程と、革命的で劇的な結果。
基本理念──悪循環に陥れば、従業員は「会社の存在意義と理念は何なのか」とつねに考えることになり、基本的価値観と目的を浸透させることができない。
基本理念を維持し、進歩を促す──弾み車の一貫性と突破段階までの勢いの蓄積によって、基本的価値観を浸透させると同時に変化と過程を促せる完全な条件が生まれる。
*『ビジョナリー・カンパニー』(日経BP出版センター刊)を参照。
表に示した関連のひとつひとつを細かく論じていこうとは思わないが、とくに強力な関連を強調しておきたい。
それはBHAGと針鼠の概念の三つの円との関連である。
『ビジョナリー・カンパニー』では、基本理念を維持し、進歩を促す主要な方法にBHAGがあると指摘した。
BHAG(社運を賭けた大胆な目標BigHairyAudaciousGoals)は、きわめて大きく、むずかしい目標である。
未登頂の高山のようなもの、明確で魅力的であり、従業員がただちに理解できる目標である。
全社の力を結集する目標になり、その目標に向けて全力を尽くす過程で、従業員が鍛えられ、連帯感が生まれる。
一九六〇年代のNASAの月旅行計画のように、想像力を刺激し、人びとの心をつかむ。
BHAGはたしかに素晴らしいアイデアだが、『ビジョナリー・カンパニー』では決定的な問いに答えていなかった。
良いBHAGと悪いBHAGの違いはどこにあるのかという問いである。
オーストラリアからニュージーランドまで泳いでわたろうとすれば、わたしにとってたしかにBHAGではあるが、命を失う結果になるだろう。
飛躍した企業を対象にした今回の調査の結果から、この問いへの答えを直接に引き出せる。
悪いBHAGは虚勢によって設定されたものであり、良いBHAGは理解によって設定されたものである。
三つの円が重なる部分に関する静かな理解に、BHAGの大胆さがくわわれば、魔法に近いとすらいえる強力な組み合わせになる。
この点の好例が一九五〇年代のボーイングだ。
五〇年代初めまで、ボーイングは軍用大型機に焦点を合わせ、B17(空の要塞)、B29(空の超要塞)、大陸間ジェット爆撃機B52(成層圏の要塞)を生産してきた(15)。
民間航空機市場では事実上まったく実績がなく、航空会社もボーイングから旅客機を買おうとは考えていなかった(ボーイングが打診したところ、「シアトルで優秀な爆撃機を作っている会社ではないか。
爆撃機の生産を続けていればいいんだ」という答えが返ってきた)。
現在では、航空旅客のほとんどがボーイングのジェット機に乗るのが当たり前になっているが、一九五二年には軍関係者を除けば、ボーイングの航空機に乗ったものはほとんどいなかった(16)。
一九四〇年代には、ボーイングは民間航空機市場を避ける賢明な方針をとってきた。
旅客機の分野では、ダグラス(後のマクドネル・ダグラス)が中型のプロペラ機ではるかにすぐれた能力をもち、市場を制覇していた(17)。
しかし五〇年代初めになって、ボーイングは大型機の経験とジェット・エンジンの知識とを組み合わせれば、ダグラスを追い抜く機会があると考えるようになった。
第五水準の指導者、ウィリアム・アレンに率いられて、同社の経営陣は民間航空機市場に参入するべきかどうか、激論を続けた。
その結果、十年前であれば民間航空機で第一位になる力はなかったが、軍の契約で大型機とジェット・エンジンについて経験を積み重ねてきたため、その夢を実現できるようになったことを理解した。
また、民問航空機の方が軍用機よりも経済効率がはるかによいこと、そして無視できない点として、民間航空機を製造するという考えに全員が夢中になっていることも理解した。
そこで一九五二年、ウィリアム・アレンらの経営陣は同社の純資産の四分の一にあたる資金を投入して、旅客機として使えるジェット機のプロトタイプを開発する決定をくだした(18)。
ボーイング707を開発し、世界一の民間航空機会社になる目標を追求したのだ。
それから三十年、同社はジェット旅客機の歴史のなかでとくに成功を収めた五機種、707、727、737、747、757を製造し、世界の民間航空機業界で自他ともに認める偉大な企業になった(19)。
世界一の地位を脅かす競争相手が登場したのは一九九〇年代後半になってからであり、それもエアバスというヨーロッパ政府のコンソーシアムによるものであった(20)。
ここでカギになる点はこうだ。
ボーイングのBHAGはきわめて大きく、むずかしいものではあったが、闇雲に選んだものではない。
三つの円との関連で、しっかりした根拠のある目標であった。
ボーイングの経営陣は静かに落ちついた姿勢で、以下の三点を理解した。
第一に、民間航空機市場にはまったく足掛かりがないものの、ジェット旅客機の製造で世界一になりうる。
第二に、民間航空機事業に移行すれば、一機種当たりの利益を増やすことができ、経済的な原動力を大幅に強められる。
第三に、自社の従業員は民間航空機事業に情熱をもっている。
ボーイングは同社の転換点になった時期に、理解に基づいて決定をくだしたのであり、虚勢に基づいて決定をくだしたのではない。
同社が永続する偉大な企業になった主因のひとつはここにある。
ボーイングの事例に要点のひとつが示されている。
長期にわたって偉大な企業でありつづけるには、一方では、三つの円が重なる部分にしっかりと止まりつづけなければならないが、その一方では、三つの円が重なる部分をどのように具体化するのかは、それぞれの時点で変更していく意思をもたなければならない。
ボーイングは一九五二年に、三つの円から離れていないし、基本理念を放棄してはいないが、興奮を呼ぶ新たなBHAGを確立し、針鼠の概念を調整して民間航空機事業をくわえている。
三つの円とBHAGの組み合わせは、二つの調査がどのように関連するかを示す好例であり、それぞれの組織内で両者の関連を作りだすための実際的な方法として、この組み合わせを提案したい。
ただし、この組み合わせだけで、企業が偉大になり永続するようになるわけではない。
永続する偉大な企業を築くには、二つの調査で得られた主要な概念のすべてが必要であり、これらを結び付け、長期にわたって一貫して適用していかなければならない。
それだけでなく、これらの概念のうちどれかを守らなくなれば、その企業が凡庸に逆戻りするようになるのは避けられない。
忘れてはならない点だが、偉大になることより、偉大さを維持することのほうがはるかにむずかしい。
結局のところ、二つの調査で得られた概念を一貫して適用していき、一方のうえに他方を築いていけば、偉大さを永続できる可能性がもっとも高くなる。
なぜ、偉大さを追求するのかスタンフォード大学のときに教えた卒業生を対象にしたセミナーの休憩時間に、ひとりが眉をしかめてやってきた。
「自分に野心がなさすぎるのが問題なのだろうが、巨大な企業を築こうとは、どうしても考えられない。
それに何か問題があるだろうか」と質問した。
「問題はない。
偉大であることと規模とは関係がない」とわたしは答えた。
そして、わたしの研究所が入っているビルの経営者、シーナ・シマントブについて話した。
ほんとうに素晴らしい建物だ。
一八九二年に建てられた赤レンガの校舎だが、シマントブはこれを改装して素晴らしい施設にした。
装飾とメンテナンスには細部にまでおそろしいほどの注意を払っており、完璧に近いものになっている。
わたしの出身地、ボールダーでとくにすぐれた人たちを引きつけ、地元のビルの質を考える際の基準になり、単位面積当たりの利益がもっとも多い点でみて、この小さな不動産会社は地元でほんとうに偉大な企業になっている。
シマントブは偉大さを規模で考えてはおらず、本人にとってそう考える理由はない。
卒業生はしばしの沈黙の後、もうひとつ質問した。
「偉大な企業を築くには大企業にする必要がないことは分かった。
しかし、そうだとしても、なぜ偉大な企業を築く必要があるのか。
成功を収めればそれで十分だという考え方もあるのではないだろうか」この質問にはおどろいた。
こう質問したのは怠惰な人物ではない。
若くして事業をはじめ、法律学大学院に入り、卒業後に意欲的な起業家になった。
おどろくほど精力的だし、強烈な熱意で周囲に影響を与える。
わたしが長年にわたって接してきた学生のなかでも、とくに大きな成功を収められると太鼓判を押せる人物だ。
ところが、偉大で永続する企業を作るという考え自体が疑問だと言う。
この疑問に対して、二つの点から答えたい。
第一に、偉大なものを築くには、凡庸なものを築くよりむずかしいとはわたしは考えていない。
統計的にみれば、もちろん偉大さに到達できる企業はごく少数だが、いつまでも凡庸さから抜け出せない状態よりも犠牲が大きくなるわけではない。
それどころか、比較対象企業のいくつかの事例をみるかぎり、偉大さへの道を歩むほうが犠牲が少なく、おそらくは仕事の量も少ない。
今回の調査で得られた結論には、仕事を根本から単純にすると同時に、効率を高められる魅力があり、力がある。
明快さを獲得できれば、何が決定的で何が決定的ではないかが分かれば、心から安心できる。
この本全体の要点は、今回の調査で得られた概念をすでに実行している点に「追加」し、働きすぎがさらにひどくなるようにすることではない。
そうではなく、いま実行している点のうちかなりの部分が、せいぜいのところ力の無駄遣いである事実を認識することにある。
仕事時間のうち半分以上をこれら原則の適用にあて、それ以外の点は大部分無視するか、中止すれば、人生が単純になり、実績がはるかに向上する。
この点を示すために、この本の最後の逸話として、経営以外の分野の例を紹介しよう。
ある高校のクロス・カントリー・チームのコーチ陣が最近、二年連続二度目の州大会優勝を祝って、夕食会を開いた。
それまで五年間に、州大会で二十位以内のそこそこのチームから、男子、女子ともに州大会でつねに優勝を狙う優秀なチームに飛躍している。
「どうもよく分からない。
どうしてここまで成功しているのだろう。
他の高校のチームとくらべて、練習量が多いわけではない。
それに、じつに単純な方法をとっている。
なぜ、うまくいっているのだろう」とコーチのひとりが語った。
単純な方法というのは、チームの針鼠の概念のことであり、「最後に最高の走りを」という単純な標語に示されている。
練習の最後に最高の走りをみせる。
レースの最後に最高の走りをみせる。
シーズンの最後に、もっとも重要なレースで最高の走りをみせる。
すべてがこの単純な考えの実現に向けられている。
コーチ陣は州内のどのチームよりも、これを実現する方法をよく知っている。
たとえば、三・一マイル(約五キロ)のレースで二マイル(約三・二キロ)の地点にコーチをひとり配置し、選手のデータを集める。
といっても、ほとんどのチームとは違って、タイム(一マイル当たりのタイム)を調べるのではなく、順位(全体のなかで何位だったか)を調べる。
そして、各選手のペースではなく、レースの最後、二マイル地点からゴールまでの間に、何人を追い抜いたかを計算する。
レースの後に、各選手に記念のビーズを、追い抜いた数だけ贈る。
選手がこれでネックレスかブレスレットを作り、やっつけた敵の数を誇る仕組みになっている。
選手はペース配分をみずから学んでいき、レースのときには自信をもって走れるようになる。
厳しいレースの最後近くに、「最後に最高の走りをみせるのだ。
自分が苦しいんだったら、相手はもっと苦しいに違いない」と考えて頑張る。
もうひとつ重要なのは、コーチ陣が無駄をはぶいたことだ。
たとえば、ヘッド・コーチが前任者から仕事を引き継いだとき、部員の動機付けやつなぎ止めのために、催し物をいくつも開くよう期待されていることに気づいた。
パーティや旅行やナイキ店訪問や感動的なスピーチなどなどが、ヘッド・コーチの役割になっていたのだ。
肝心の点から気をそらし、時間をとられるこれら活動はほとんどすべて、ただちに中止した。
「走るのは楽しい、レースは楽しい、力を伸ばすのは楽しい、勝つのは楽しい。
これがチームの活動の基本になる考えだ。
チームの活動に熱意がもてないのだったら、他に熱中できるものを探すべきだ」と説明した。
結果はどうなったか。
五年間に部員が三十人から八十二人に、三倍近くに増えた。
男子チームが州のクロス・カントリー大会で初優勝を飾る前、ヘッド・コーチは州大会優勝を目標に掲げたことはなく、優勝に向けて選手の「動機付け」に努力することもなかった。
選手が勢いをつけていき、レースごとに、週ごとに力を伸ばして、州内のどのチームにも負けないという自信をもてるようにした。
ある日、練習が終わったあと、選手のひとりが「州大会で優勝できると思う」と仲間に話した。
「おれもそう思う」ともうひとりが応じた。
全員が練習を続け、目標を静かに理解した。
コーチ陣は選手たちがこう考えるようになるまで、州大会優勝を目指すとは一度も話していない。
この結果、考えうるかぎり最強の規律の文化が生まれた。
州大会で優勝を勝ち取る責任が自分たちにあると、七人の正選手が感じるようになった。
コーチにそう言われたからではなく、仲間にそう約束したからなのだ。
州大会の前日には選手のひとりが仲間の全員に、今日は早く寝るんだぞと電話したほどである(このチームではコーチが規律をもたらす役割を担う必要はない)。
最後の一マイルにさしかかり、競争相手を抜き去るとき(「最後に最高の走りを」)、選手は苦しくはあるが、自分ひとりが失敗して仲間に顔を合わせるはめになれば、もっともっと苦しい思いをすることを知っている。
全員が見事に走り抜き、チームは大差をつけて州大会に優勝した。
ヘッド・コーチはチームを作りなおすとき、「最初に人を選ぶ」考え方にしたがっている。
コーチのひとりは体重百四十キロの元砲丸投げ選手で、痩せ細った長距離走者とはまるで印象が違うが、疑いもなく適切な人材である。
価値観が共通しており、優秀なチームを築くために必要な資質をもっている。
チームに勢いがつくと、部員が増え、優秀なコーチも増えていった。
回転する弾み車の動きにくわわりたいと望み、優勝チームにくわわりたいと望み、一流の文化にくわわりたいと望んだからだ。
優勝旗の数が増えるとともに、部員がさらに増え、才能に恵まれた選手が増え、チームはさらに速くなり、優勝回数が増え、部員が一層増え、チームは一層速くなり、弾み車効果があらわれていった。
優秀なチームを築くために、コーチ陣は他のチームのコーチより大きな犠牲を払ったのだろうか。
長時間はたらいたのだろうか。
答えはノーである。
じつのところ、アシスタント・コーチは全員、コーチ以外に専門職の仕事についている。
技術者、コンピューター技術者、教師などで常勤の忙しい仕事を続けながら、暇を見つけ、事実上無給で優秀なチームを築く動きにくわわっている。
コーチ陣は適切な点に注意を集中しており、不適切なことは行わない。
この本で論じた点のほぼすべてを、具体的な状況に合わせて実行している。
不適切なことに時間を使うような無駄はしていない。
単純で、明快で、簡潔で、鮮やかであり、心底楽しんでいる。
以上の要点は、これらの考え方が奏効していることだ。
これらをそれぞれの状況に合わせて適用すれば、毎日が楽になり豊かになり、同時に実績が向上する。
そして、自分が築いているものが偉大になる可能性がある。
そこで、わたしは問いかけてみたい。
これらの考え方を適用すれば、仕事が厳しくなるわけではなく、実績が向上し、その過程がはるかに楽しくなるのであれば、偉大さを目指さない理由があるだろうかと。
もちろん、わたしは偉大な組織への飛躍が容易だというつもりはないし、どの組織もこの飛躍を成功させることができるというつもりもない。
全員が平均を上回ることは、もちろん不可能だ。
しかし、飛躍を目指していれば、退屈なほどの凡庸さが続くのにまかせた場合と比較して、とくに痛みが大きくなるわけでも疲労が増すわけでもないことに気づくはずだ。
たしかに、飛躍のためにはエネルギーが必要だが、勢いをつけていけば、使うエネルギーより入ってくるエネルギーのほうが多くなる。
逆に、いつまでも凡庸さに甘んじていれば、意気消沈させられることになり、入ってくるエネルギーより使うエネルギーのほうが多くなる。
しかし、なぜ偉大さを目指すのかという問いには、もうひとつの答えがある。
それは、大がかりな仕事に取り組むとき、その動機の核心部分にある点だ。
意味の追求、もっと正確にいうなら、意味のある仕事を求める気持ちである。
わたしは、クロス・カントリー・チームのヘッド・コーチに、偉大なチームにしたいと考える理由を聞いてみた。
この女性はしばらく考え込んだ。
「核心に触れる質問だ」と言い、さらに長く考え込んだ。
「答えるのはとてもむずかしいが」と言い、また考え込んだ。
「たぶん……、たぶん、ほんとうに好きなことだからだろう。
競走が好きだし、選手たちの人生に良い影響を与えられると確信している。
素晴らしい経験をしてもらいたいし、これこそ一流といえるものに参加した経験をもってもらいたい」興味深い点をあげておこう。
このコーチは名門の経営学大学院で経営学修士号(MBA)を取得しているし、世界有数の大学の経済学部を最優等で卒業し、最高の卒業論文に贈られる賞を受賞している。
同級生のほとんどは、ウォール街の投資銀行につとめたり、インターネット企業を設立したり、経営コンサルタント会社ではたらいたり、IBMに勤務したりしているが、これらの仕事に意味があるとは思えなかった。
勤め先を偉大な企業にしたいと望むほど、好きではなかったのだ。
これらの職には意味のある目的があるとは思えなかった。
そこで、自分にとって意味のある仕事を探すことにした。
自分が情熱をもてる仕事、「なぜ偉大さを追求するのか」という問いに、そんなことは自明ではないかと思える仕事を探した。
心から好きなことをしており、その目的を深く信じているのであれば、偉大さを目指さないことは想像すらむずかしい。
まったく当然のことなのだ。
わたしは、調査対象企業の第五水準の指導者が「なぜ偉大さを達成したのか」という問いにどう答えるのを想像してみた。
もちろん、大多数は「当社は偉大な企業ではない。
まだまだ改善すべき点がある」と答えるだろう。
だが、「なぜ偉大さを追求するのか」と、もう一度質問すれば、おそらく、このコーチのように答えるだろう。
ほんとうに好きなこと、強い熱意をもつことを行っている。
ビル・ヒューレットのように、価値観と成功によって世界の企業の経営方法に大きな影響を与える会社を築くことに、何よりも関心があるのかもしれない。
あるいはケン・アイバーソンのように、抑圧的な階層制度を破壊して、労働者と経営者がどちらも堕落する原因を取り除くことに使命感をもっているのかもしれない。
あるいはキンバリー・クラークのダーウィン・スミスのように、何であれ、自分たちが行うことは最高のものにしたいという内部の動機に突き動かされていて、偉大さの追求それ自体がきわめて重要な目的になっているのかもしれない。
あるいはクローガーのライル・エベリンガムやウォルグリーンズのコーク・ウォルグリーンのように、その事業をみて育ち、事業がほんとうに好きなのかもしれない。
自分の仕事が好きなとき、自分の仕事が大切であるとき、大上段に構えたような理由は必要としない(もちろん、明確な理由がある人もいるだろうが)。
重要なのは、好きだという事実、大切だという事実だけだ。
したがって、「なぜ偉大さを追求するのか」という問いは、ほとんど意味をもたない。
理由はなんであれ、自分が好きな仕事、自分にとって大切な仕事をしているのであれば、この質問に対する答えは必要としない。
問題は「なぜ」ではない。
「いかにして」である。
ほんとうに問題なのは、「なぜ偉大さを追求するのか」ではない。
「どの仕事なら、偉大さを追求せずにはいられなくなるのか」だ。
「なぜ偉大さを追求しなければならないのか。
そこそこの成功で十分ではないのか」と問わなければならないのであれば、おそらく、仕事の選択を間違えている。
何か偉大なものを築く動きが、自分の仕事の範囲ではみあたらない場合もあるだろう。
その場合は、仕事以外の場で探せばいい。
会社では無理でも、自分が通う教会を偉大にすることができるかもしれない。
教会もだめなら、非営利団体や地域団体、あるいは自分が教えるクラスで偉大さを追求できるかもしれない。
自分がほんとうに好きだからこそ、可能なかぎり偉大なものにしたいと望むもの、それによって自分が何かを得られるからではなく、それが可能だから偉大さを目指したいと思えるものに関与すべきだ。
そのような活動に関与すれば、第五水準の指導者への道をかならず歩むようになる。
この本の第二章では、第五水準の指導者になる方法はあるのかという問いに対して、この本で論じた他の要因を実行することからはじめるのがいいと示唆した。
しかし、どのような状況があれば、他の要因を実行していく動機と規律が得られるのだろうか。
おそらくは、自分の仕事がほんとうに好きで、自分の責任が自分個人の三つの円が重なる部分に収まっている場合なのだろう。
すべての要因が組み合わされていけば、仕事の面で偉大さへの道を歩んでいけるだけでなく、人生も偉大なものになっていくだろう。
最終的には、意味のある人生をおくることができなければ、偉大な人生にはならない。
そして、意味のある仕事をしていなければ、意味のある人生にするのはきわめてむずかしい。
意味のある仕事をしていれば、ほんとうに素晴らしく、社会に寄与できることに関与しているとの認識から、めったにない心の安らぎを得られるかもしれない。
どんな満足にも勝る最大の満足すら、得られるかもしれない。
この地上ですごす短い時間を有意義なものにしているという満足、そして、重要なことをなし遂げられるという満足である。
おわりに──頻繁に受ける質問
調査対象の候補になる飛躍した企業は当初、十一社以上あったのか、あったとすれば、調査対象にしなかったのはどういう企業か調査対象の十一社は、フォーチュン誌のアメリカ大企業五百社に登場した企業のうち、調査対象の基準を満たした企業のすべてである。
十一社は全数であって標本ではない(選別基準については付録一Aを参照)。
選別基準を満たした企業のすべてを調査対象としているので、調査結果の信頼性は高いとみられる。
フォーチュン誌のアメリカ大企業五百社に登場した企業のなかに、飛躍にあたって今回の調査結果とは違う方法を使った企業があるのではないかと心配する理由はない(少なくとも、われわれが使った選別基準のもとでは、そう心配する理由はない)。
わずか十一社しか選別されなかったのはなぜか主要な理由が三つある。
第一に、傑出した実績をあげた企業を選ぶ際の基準を、きわめて厳しく設定した(十五年間にわたって、株式運用成績が市場平均の三倍を超えていることとした)。
第二に、十五年間にわたる持続性の基準を満たすのは容易ではない。
五年から十年であれば、大ヒット商品やカリスマ的リーダーによって、実績が急上昇している企業が少なくないが、十五年間にわたって傑出した実績を維持できる企業は少ない。
第三に、特異なパターンを描いてきた企業を探した。
傑出した実績を持続する以前に、市場平均並みかそれを下回る時期が続いていた企業を探したのだ。
偉大な企業を見つけ出すのは簡単だが、凡庸から偉大に飛躍した企業ははるかに少ない。
この三つの要因を組み合わせれば、わずか十一社しか基準を満たさなかったのも不思議とはいえない。
しかし、ここで強調しておきたいが、「わずか十一社」しかなかった事実に落胆するべきではない。
どこかに基準を設定しなければならず、われわれは基準をきわめて高く設定した。
基準を若干緩めて、たとえば株式運用成績が市場平均の二・五倍以上、継続期間が十年以上とすれば、基準を満たす企業ははるかに多くなる。
調査を終えた後、この本に紹介した教訓を実践すれば、飛躍への道を歩んでいける組織はきわめて多いと確信するようになった。
問題は、飛躍を達成できる確率がどれだけあるかではない。
間違ったことに時間と資源を無駄遣いしている点こそが問題である。
飛躍した企業がわずか十一社しかなく、比較対象企業をくわえても、わずか二十八社しか調査していないことから、統計的な有意性に問題はないのかこの問いに答えるために、コロラド大学の二人の優秀な教授に応援を求めた。
統計学を教えるジェフリー・T・ラフティグ教授は、この問題を検討し、統計的な問題はないと結論付けた。
「統計的有意性」の概念は、母集団の一部を標本として選んだときだけに適用されると指摘した。
「標本を抽出してはいない。
しっかりした目的にしたがって選別し、フォーチュン誌のアメリカ大企業五百社に登場した企業のなかから、基準を満たす十一社を選びだした。
この十一社すべてと十七の比較対象企業を比較したのだから、この調査で得られた概念が偶然のものである確率は、事実上ないといえる」と教授は語った。
もうひとり、応用数学のウィリアム・P・ブリッグズ教授に調査方法を検討するよう依頼したところ、教授は問題をこう設定した。
調査対象の十一社がいずれも、今回の調査で得られた基本的な特徴を備えている一方、直接比較対象企業がすべてその特徴を備えていないわけだが、これが偶然の結果である確率はどれぐらいあるのかという問題である。
このように問題をたてると、確率は一千七百万分の一以下になるという。
要するに、十一社に本書で論じた特徴があらわれていたのがまったくの偶然の結果であった可能性は、ほとんどないといえる。
調査で発見された特徴は、偉大な企業への飛躍に強く関連したものであったと確信できる。
調査対象を株式公開企業に限定したのはなぜなのか株式公開企業には、調査にあたって二つの利点がある。
第一に、実績に関して幅広く同意できる基準があり、したがって調査対象企業を厳密な基準で選択できる。
第二に、容易に入手できる情報が大量にある。
株式非公開企業は公開されている情報が少なく、比較対象企業ではとくにこの点が問題になる。
株式公開企業の良さは、会社の協力がなくても情報を入手できることだ。
会社側が望むと望まないとにかかわらず、大量の情報が公開されている。
調査対象をアメリカ企業に限定したのはなぜか選別を厳密に行える利点が、調査対象企業を国際的なものにする利点より大きいと判断したからだ。
アメリカ以外の証券取引所には運用成績をまったく同じ基準で比較できるデータがないので、選別過程の一貫性が保てなくなる。
比較対象企業と比較する方法を使ったので、企業、産業、規模、設立からの年数などの類似による「ノイズ」を排除できたし、調査の対象を地理的に分散するよりも、調査結果が基本的な性格のものだとの確信を強められた。
アメリカ企業に限定した調査ではあるが、その結果は、どの国の企業にも有益なものなのではないかとわれわれは感じている。
調査対象のうち何社かはグローバル企業であり、進出先のどの国でもおなじ概念が使われている。
また、今回の調査結果の多くは、たとえば第五水準の指導者、弾み車など、文化背景が違う人たちにとってより、アメリカ人にとって学ぶのがむずかしいものだとも考えている。
調査対象にハイテク企業がないのはなぜかハイテク企業の大部分は、設立からの年数が短く、偉大な企業への飛躍を示すまでになっていないことから、対象に入らなかった。
この調査の対象になるには、設立から少なくとも三十年を経ていなければならない(十五年にわたる良好な実績と、その後十五年にわたる偉大な実績が必要だ)。
ハイテク企業のなかには、設立から三十年以上を経た企業もあるが、良好から偉大への飛躍のパターンを示してきたものはなかった。
たとえばインテルは、十五年にわたって実績が凡庸であった時期がなかった。
つねに傑出した
実績をあげてきている。
今回の調査を十年から二十年の後に繰り返す機会があれば、ハイテク企業が対象になると予想される。
既存の偉大な企業に、今回の調査結果はどのように適用できるのか今回と前回の調査結果は、偉大な企業になった理由を理解し、今後も正しい動きをとれるようにするのに役立つと考えている。
スタンフォード大学経営学大学院でもとくに素晴らしい教授のひとり、ロバート・バーゲルマンから何年も前に、こう教えられた。
「ビジネスでも人生でも、完全な失敗以外でもっとも危険なのは、成功を収めているが、なぜ成功したのかが分かっていない状態だ」飛躍した企業のうち何社かに最近問題があることをどう説明するのかどの企業も、いかに偉大な企業であっても、困難な時期にぶつかる。
永続する偉大な企業のなかにも、一点の傷もない完璧な実績を誇れる企業はひとつもない。
どの企業も、浮き沈みを経験してきている。
決定的な点は、困難にぶつからないことではなく、困難にぶつかった後、それをはねかえしてさらに強くなれるかどうかだ。
さらに、今回の調査で得られた概念のいずれかを実践しなくなれば、その企業はいずれ凡庸に逆戻りするようになる。
企業の偉大さをもたらしているのは、これら要因のうちどれかひとつではない。
すべての要因を組み合わせた全体を、一貫して、長期にわたって維持してきたことだ。
この点を示す例が、現在二つある。
現在、懸念される企業のひとつはジレットだ。
十八年にわたって異例なほどの実績をあげており、一九八〇年から九八年までの株式運用成績が市場平均の九倍以上になったが、九九年からは低迷している。
問題の根源は、針鼠の概念の三つの円の内部にしっかりと収まる事業に止まる規律が、若干緩んでいることにあるとみられる。
それ以上に懸念されるのは、社外からカリスマ的なCEOを迎えて、社内の改革を進めるべきだと、業界のアナリストが強く主張していることだ。
第四水準の経営者を招聘すれば、ジレットが永続する偉大な企業になる確率は大幅に低下するだろう。
もうひとつ、心配なのはニューコアだ。
株式運用成績は一九九四年までの市場平均の十四倍がピークになり、その後、ケン・アイバーソン引退後の経営陣の混乱で、かなり低迷している。
アイバーソンが選んだ後継者は短期間しかもたず、経営陣のみにくい内紛によって更迭された。
取締役会での反乱を主導した取締役のひとりは、ノースカロライナ州シャーロットのニューズ&オブザーバー紙(一九九九年六月十一日付けD一面)で、アイバーソンが高齢になるとともに第五水準から後退し、自己中心的な第四水準の特徴を示すようになったと示唆している。
「最盛期には、ケン〔アイバーソン〕は偉大な人物だった。
しかし、会社を墓場にまでもっていこうとしている」という。
アイバーソンはまったく違った見方をとっており、現在の経営陣が針鼠の概念から離れて事業を多角化したいと望んでいることに問題の根があると主張している。
「アイバーソンは首を振り、ニューコアは事業多角化の道を捨てて、焦点を絞った鉄鋼製品会社になったのではないかと語った」とニューズ&オブザーバー紙は伝えている。
第五水準のリーダーシップが失われたのか、針鼠の概念から離れたのか、その両方なのか、問題の根源がどこにあるにせよ、ニューコアが今後も偉大な企業の位置を維持できるかどうか、いまでは不確かになっている。
とはいえ、飛躍した企業の大部分がいまでも強さを増していることを強調しておくべきだろう。
十一社のうち七社は、転換の時点から二十年以上にわたって異例の実績を続けており、十一社でみたこの年数の中央値は二十四年である。
どのような基準で考えても、目ざましい実績だといえる。
「偉大」な企業とされているフィリップ・モリスが、タバコを製造販売している事実をどう考えるのかおそらく、フィリップ・モリスほど反感をもたれている企業はないだろう。
タバコ会社がほんとうの意味で偉大だといえるにしても(そうはいえないと主張する意見が多いが)、訴訟の脅威が高まりつづけ、社会的な制裁が強化されつづけているので、タバコ会社が永続できるどうかは疑わしいとみられている。
だが皮肉なもので、フィリップ・モリスは転換点以降、異例なほど好調な実績を持続してきた期間が三十四年間ともっとも長いし、二つの調査のいずれでも対象になった唯一の企業である。
この実績は、習慣性があり粗利益率が高い商品を製造販売していることだけによるものだとはいえない。
同社は直接比較対象企業のR・J・レイノルズをはじめ、他のタバコ会社のすべてを圧倒している。
しかし、フィリップ・モリスが生き残っていくには、社会とタバコの関係、タバコ業界に対する社会の見方の厳しい現実にしっかりと対応しなければならない。
アメリカ国民のうち、タバコ業界のすべての企業が消費者をあざむく組織的な動きに同じようにくわわってきたと信じる人の比率はかなり高い。
公正かどうかは別にして、たいていの罪は許しても、嘘をつかれたと感じた場合には忘れないし、許さない人が多く、アメリカ人にはこの傾向がとくに強い。
タバコ産業について個人的にどういう感情をもっていても(調査チーム内には感情にかなりの幅があり、激烈な議論になったことが何度かあるが)、フィリップ・モリスが二回の調査のいずれでも対象になったために、重要な点を学ぶことができた。
実績を左右するのは、企業がもつ価値観の内容ではなく、内容がなんであれ、価値観に対する確信の深さなのだ。
この点は、わたしにとって納得するのがむずかしい点のひとつであったが、データによって完全に裏付けられている(くわしくは、『ビジョナリー・カンパニー』第三章一〇七~一一五ページを参照)。
針鼠の概念を確立し、しかも事業を広範囲に多角化することは可能だろうかわれわれの調査の結果をみると、事業を広範囲に多角化した企業やコングロマリットが偉大な実績を持続することはめったにない。
この点で明らかな例外のひとつはGEだが、GEがきわめて異例で微妙な針鼠の概念をもっていて、これによって多数の事業を統一している点から、十分に説明がつく。
GEが世界のどの企業よりも秀でている点は何だろうか。
一流の経営幹部を育てる点だ。
これがGEの針鼠の概念の核心なのだとわれわれはみている。
GEにとって最重要な財務指標は何だろうか。
一流の経営幹部一人当たりの利益だ。
このように考えてみればいい。
二つの事業機会があり、どちらも予想される利益が同じだとする。
しかし一方は他方とくらべて、同じ利益を稼ぐために必要な一流の経営幹部の数が三倍になると想定する。
一流の経営幹部の数が少なくてすむ事業は針鼠の概念に一致し、もう一方は一致しない。
最後に、GEが何よりも誇りにしている点は何だろうか。
世界のどの企業よりも経営幹部が優秀な点だ。
この点にこそ、GEは情熱をもっており、電球やジェット・エンジンやテレビ番組など以上に情熱を燃やしている。
GEの針鼠の概念を適切に理解すれば、広範囲な事業に関与しながら、三つの円が重なる部分につねに焦点を合わせることが可能になる。
飛躍にあたって取締役会はどのような役割を果たすのか第一に、取締役会は第五水準の指導者を選ぶ点で、中心的な役割を果たす。
最近、カリスマ的なCEO、とくにロック・スター並みの知名度のある経営者に夢中になる取締役会が増えているが、この傾向は、企業の長期的な健康にとくに大きな打撃を与えかねない。
取締役会は第五水準の指導者の性格を熟知するよう努力し、そのような指導者を責任ある地位につけるべきである。
第二に、取締役会は株式の価値と価格の違いを認識するべきである。
取締役会は短期売買の株式投機家に儲けさせる責任を負う理由はない。
偉大な企業を築いて、長期投資の株式保有者にとっての価値を生み出すことに、エネルギーを振り向けるべきである。
五年から十年に満たない期間で株式について考えていくと、価格と価値を混同することになり、株式の長期保有者に対して無責任になる。
飛躍の道を歩む際に取締役会が果たす役割については、リタ・リカード‐キャンベルの著書『敵対的買収に抗する』(一九九七年)を読むように勧めたい。
著者はコールマン・モックラーの時代にジレットの取締役をつとめており、株式の価格と価値の複雑でむずかしい問題に、責任ある取締役会がどのように取り組んだかを詳しく描いている。
もてはやされている若いハイテク企業で、第五水準の経営者が活躍できるのかジョン・モーグリッジをみてほしいと答えたい。
モーグリッジは生き残りに必死だったサンフランシスコ地区の小さな企業を、一九九〇年代を代表する傑出したハイテク企業に転換させた。
謙虚で知名度もそう高くない経営者であり、弾み車が回転を速めていくとともに舞台裏に退いていき、次世代の経営者に引き継いでいった。
ジョン・モーグリッジの名前は聞いたことがなかった人が多いだろうが、会社の名前は知っているはずだ。
シスコ・システムズである。
傑出した人材が不足しているいま、「最初に人を選ぶ」規律をどうすれば実行できるのか第一に、組織の最上層部については、適切な人材が見つかるまで雇用しない規律を絶対に守らなければならない。
偉大な企業への道を歩むとき、最大の損害を及ぼす誤りは、不適切な人を主要なポストにつけることである。
第二に、「適切な人材」の意味を見直し、個人の性格をもっと重視して、専門知識への偏重をあらためていくべきだ。
技術は学べるし、知識は獲得できるが、その組織に適した基本的な性格は学ぶことができない。
第三に、これがカギだが、景気が悪くなった機会を利用して、優秀な人材を雇用すべきであり、雇った後に任せる具体的な仕事が思い浮かばなくてもそうすべきだ。
この部分を書く一年前には、人気のハイテク企業やインターネット企業と競い合って最高の人材を引きつけるのはむずかしいと、ほとんどだれもが嘆いていた。
いまではバブルがはじけ、何万人もの優秀な人材が失業している。
第五水準の指導者なら、二十年来の好機だとみるはずである。
市場の機会でも技術面の好機でもなく、すぐれた人材を集める好機だ。
この好機を活かして、最高の人材を可能なかぎり集め、その後に、その人材で何をするかを考える。
「適切な人をバスに乗せ、不適切な人をバスから降ろす」規律を実行に移そうとしても、教育・研究機関や政府機関など、不適切な人をバスから降ろすのがきわめてむずかしい組織の場合、どうすればいいのかおなじ基本的な考え方を適用するが、達成までに時間をかける。
たとえばある大学の医学部は一九六〇年代から七〇年代にかけて、飛躍的に充実した機関となった。
教授陣を全員入れ換えたが、それには二十年かかっている。
終身教授を解雇するわけにはいかないが、ポストに空きができるごとに適切な人を雇用し、徐々に雰囲気を変えて、不適切な人が居心地の悪さを感じるようになり、引退するか余所に移るようにした。
また、第五章で紹介した評議会の仕組みを使うこともできる。
評議には適切な人だけを集め、不適切な人は無視する。
不適切な人を降ろすことはできなくても、評議会にくわえない方法をとって、事実上、後部座席に集めることは可能だ。
小さなベンチャー企業の起業家の立場で、この本の概念をどう適用すればいいのか直接に利用すればいい。
小企業、ベンチャー企業への適用については、第九章で論じている。
CEOではない立場で、これらの概念に基づいて何ができるのかじつにさまざまなことができる。
最高の答えとして、第九章の終わりに、高校のクロス・カントリーのコーチについての逸話を紹介しているので、再読してほしい。
どこからどのようにはじめるべきか第一に、この本で紹介した概念のすべてをよく理解する。
どれかひとつを実行しても、偉大な組織にはならないことに留意すべきだ。
すべての概念を組み合わせて総合的に実践しなければならない。
つぎに、「最初に人を選ぶ」から順に、主要な概念をひとつずつ実行していく。
その一方で、第五水準の指導者になれるよう、つねに自分を磨いていく。
この本では、飛躍した企業にみられるのとおなじ順序で概念を紹介している。
偉大さを目指す旅で、読者が幸運に恵まれるよう祈りたい。
付録一A企業の選別過程
調査チームのピーター・バン・ゲンデレンが中心になって選別基準を設定し、「金融情報分析の死の行進」によって、この基準を満たす企業を探し出した。
企業の選別の基準㈠「良好」な実績の後に転換点があり、その後に「偉大」な実績をあげている。
「偉大」な実績とは、転換点から十五年間にわたって、株式運用成績が市場平均の三・〇〇倍を超えていることと定義した。
「良好」な実績とは、転換点まで十五年間にわたって、株式運用成績が市場平均の一・二五倍を超えていないことと定義した。
さらに、転換点から十五年間の株式運用成績が、転換点まで十五年間の株式運用成績の三・〇〇倍を超えていることを基準にした。
㈡偉大な企業への飛躍が、企業に固有のものであり、産業全体に共通したものではない。
言い換えれば、市場平均に対してだけでなく、産業の平均に対しても前記のパターンになっていなければならない。
㈢転換の時点で、社歴のある安定した企業であり、ベンチャー企業ではない。
具体的には、転換の時点で設立から二十五年以上を経過している企業を対象にした。
さらに、転換の時点で、株式公開から十年以上を経過し、株価動向のデータが入手できる企業でなければならない。
㈣転換点が一九八五年以前である。
転換の持続性を評価するために、転換点から十五年間にわたる株価データが必要だからである。
一九八五年以降に転換点を迎えた企業のなかにも、飛躍を達成する企業があるだろうが、調査終了の時点では転換点から十五年間の株式運用成績は算出できない。
㈤転換点がいつであっても、選別が終わって調査がつぎの段階に進む時点で、独立して営業を続けている大企業である。
具体的には、一九九六年に発表された一九九五年のフォーチュン誌アメリカ大企業五百社に入っている企業を対象にした。
㈥最後に、選別を行った時点で、実績が向上を続けている企業である。
転換点から十五年経過した時点が一九九六年より前の企業については、転換点から一九九六年までの間、市場平均に対する株式運用成績の比率が、基準一を満たすために必要な十五年間で三・〇〇倍の比率を上回っていなければならない。
段階的に企業を選別段階的に基準を厳しくして企業を絞り込んでいく方法をとった。
分析は四段階に分けて行った(次の図を参照)。
第一段階‐全企業から一千四百三十五社に選別の第一段階として、フォーチュン誌のアメリカ大企業ランキングに登場した企業を、ランキングが開始された一九六五年にさかのぼって選んだ。
まず、一九六五年、七五年、八五年、九五年に登場した企業をすべて選んだ。
合計一千四百三十五社あった。
このランキングは通常、「フォーチュン誌五百社」と呼ばれているが、同誌は何度かランキングの規模や形式を変更しているため、多い年には一千社が入っている。
分析の対象としてフォーチュン誌のアメリカ大企業ランキングに登場した企業を選ぶことには、二つの大きな利点がある。
第一に、規模が大きい企業だけが入っている(年間の売上高か営業収益を基準に選ばれている)。
したがって、ほぼすべての企業が「転換の時点で社歴のある安定した企業」という基準を満たしている。
第二に、フォーチュン誌のアメリカ大企業ランキングに登場するのは株式公開企業だけであり、株価データを用いてもっと厳密な選別と分析を行うことができる。
株式非公開企業は、株式公開企業とおなじ会計基準や情報開示基準を満たす必要がないので、実績を直接に比較分析することができない。
選別の対象をフォーチュン誌のアメリカ大企業ランキングに登場した企業に絞ることには、あきらかに不利な点がひとつある。
調査対象がアメリカ企業に限定される点である。
しかし、アメリカの株式公開企業に絞ることで、株式運用成績を直接に比較でき、選別を厳密に行える利点の方が、選別対象を国際的にする利点よりも大きいと判断した。
第二段階‐一千四百三十五社から百二十六社につぎの段階は、シカゴ大学証券価格研究所(CRSP)のデータを使って、飛躍した企業を選びだす作業である。
しかしそのためには、作業が膨大になりすぎないように、分析対象企業を絞り込んでおく必要があった。
そこで、フォーチュン誌が報じた株式運用成績データを使って、候補企業を絞り込む方法をとった。
フォーチュン誌は一九六五年までさかのぼる大企業ランキングで、各社の過去十年間の株式運用成績を算出して掲載している。
このデータを用いて、候補企業数を一千四百三十五社から百二十六社に絞り込んだ。
一九八五~九五年、一九七五~九五年、一九六五~九五年の株式運用成績が平均を大きく上回る企業を選んだ。
また、株式運用成績が平均を上回る時期の前に、平均以下の時期がある企業を探した。
具体的には、百二十六社は以下の四つの基準のうち、いずれかを満たした企業である。
基準一‐一九八五~九五年の株式運用成績が、フォーチュン誌鉱工業・サービス業ランキング企業の平均株式運用成績を三十パーセント以上上回っており(つまり、運用成績が平均の一・三倍以上であり)、しかも、それ以前の二十年間(一九六五~八五年)の株式運用成績が平均以下である。
基準二‐一九七五~九五年の株式運用成績が、フォーチュン誌鉱工業・サービス業ランキング企業の平均株式運用成績を三十パーセント以上上回っており(つまり、運用成績が平均の一・三倍以上であり)、しかも、それ以前の十年間(一九六五~七五年)の株式運用成績が平均以下である。
基準三‐一九六五~九五年の株式運用成績が、フォーチュン誌鉱工業・サービス業ランキング企業の平均株式運用成績を三十パーセント以上上回っている(つまり、運用成績が平均の一・三倍以上である)。
フォーチュン誌は一九六五年まで十年間の株式運用成績を発表していないので、株式運用成績が三十年間でみてすぐれている企業はすべて、次段階の分析の対象にした。
基準四‐一九七〇年以前に設立されており、一九八五~九五年または一九七五~九五年の株式運用成績が、フォーチュン誌鉱工業・サービス業ランキング企業の平均株式運用成績を三十パーセント以上上回っているが(つまり、運用成績が平均の一・三倍以上だが)、それ以前のデータがフォーチュン誌のリストにないために、上記の基準一、基準二を満たせない。
この基準によって近年には好調な実績を残しているが、それ以前にはフォーチュン誌のランキングに入っていなかった企業を対象にできる。
一九七〇年を基準にしたため、社歴が短すぎて、飛躍したとはいえない企業を除外できる。
第三段階‐百二十六社から十九社につぎに、シカゴ大学証券価格研究所のデータベースを使って、候補企業それぞれの株式運用成績の市場平均に対する比率を算出し、株式運用成績が飛躍している企業を探した。
第三段階の除外基準のうちいずれかを満たしている企業は、この段階で候補から外した。
第三段階の除外基準以下の基準のうちいずれかを満たす企業は候補から外した除外基準の用語T年──転換点の年。
実績が向上をはじめた年であり、株式運用成績が目に見えて上昇しはじめたことを基準にするX期間──T年までの期間であり、市場平均に対する運用成績の比率が「良好」である期間Y期間──T年の後の期間であり、運用成績が市場平均を大きく上回る期間除外基準一──CRSPデータの対象期間全体にわたって、運用成績が市場平均に対して上昇傾向にある。
X期間がない企業除外基準二──運用成績が市場平均に対して横ばいか小幅上昇している。
実績があきらかに飛躍した事実がない企業
除外基準三──転換点はあるが、X期間が10年に満たない。
つまり、転換前のデータの期間が短すぎて、基本的な転換があったことを実証できない企業。
転換点までのX期間がもっと長かった可能性もあるが、株式がナスダック、ニューヨーク証券取引所、アメリカン証券取引所のいずれかに上場・公開された時点がX期間にあたっていて、X期間が十分にあったことをデータで実証できない除外基準四──運用成績が市場平均に対してきわめて悪い状態から並みの状態に転換した企業。
この基準によって、経営再建に成功し、低落傾向を脱して市場平均並みに戻った企業を除外した除外基準五──転換点が1985年以降である。
1985年以降に転換点を迎えた企業のなかにも、偉大な実績への飛躍を達成する企業があるだろうが、調査終了の時点では転換点から15年間の株式運用成績は算出できない除外基準六──株式運用成績が向上する転換点があるが、向上を持続できない。
当初の上昇の後、選別の時期には市場平均に対して横ばいか下落に戻っている除外基準七──運用成績の変動が大きく、大幅な上昇や大幅な下落を繰り返している。
X期間、Y期間、T年がはっきりしない除外基準八──1975年以前のデータがCRSPになく、X期間が10年以上あったことを実証できない除外基準九──転換はみられたが、X期間前に市場平均の20倍を超える目ざましい実績を示した期間があり、良い企業あるいは凡庸な企業が偉大な企業に飛躍したのではなく、偉大な企業が一時的に苦しい時期を経過していたことを示す事実がある。
典型例はウォルト・ディズニーである除外基準十──第三段階の選別の時期に、買収されるか、合併するなどの理由で独立企業の地位を失っている除外基準十一──転換はしているが、運用成績が市場平均の3倍に達しない
第四段階‐十九社から最終的な十一社に選別の目標は偉大さへと飛躍した企業を探し出すことであり、飛躍した産業を探すことではない。
ある産業が飛躍した時期にその産業に属していただけの企業は、調査対象にならない。
産業の飛躍によるものを取り除いて、企業の飛躍を選びだすために、第三段階で残った十九社を対象に、CRSPのデータによる分析を繰り返した。
分析の方法は同じだが、比較の対象は市場平均ではなく、産業別の指数にした。
それぞれの産業のなかで飛躍した企業だけを、最終的に調査対象として選んだ。
残った十九社のそれぞれについて、当時のS&P業種別指数構成銘柄を調べ、転換の時点(前後五年間)に同じ産業に属していた企業を選んだ。
つぎにこれら各社のすべてについて、CRSPの株価データを入手した。
候補企業の事業が複数の産業にわたる場合には、上位二つの産業で検証した。
こうして選ばれた同じ産業の企業全体の株式運用成績と、候補企業の株式運用成績を比較した。
これによって、産業平均と比較したときに転換のパターンを示していない企業を見つけ出し、調査対象から取り除くことができた。
産業分析によって、八社を除外した。
サラ・リー、ハインツ、ハーシー、ケロッグ、CPC、ゼネラル・ミルズは、一九八〇年前後に株式運用成績が市場平均に対して目ざましく飛躍したが、食品産業の平均と比較した場合にはいずれも、株式運用成績が転換したとはいえなかった。
コカ・コーラとペプシは、一九六〇年前後と一九八〇年に市場平均に対して劇的な飛躍をみせたが、どちらも飲料産業の平均と比較して転換点になったとはいえなかった。
この結果、第一段階から第四段階までの選別過程を通過して、調査対象になった企業は十一社になった(調査対象企業を当初に選別した時点では、サーキット・シティ、ファニーメイ、ウェルズ・ファーゴの三社は転換後の年数が十五年に達していなかった。
これら三社についてはその後、転換点から十五年を経過するまで株式運用成績を調査し、十五年間にわたる運用成績が市場平均の三倍以上という基準を満たすかどうかを確認した。
三社ともにこの基準を満たし、調査対象として残された)。
付録一B直接比較対象企業の選別
選別の過程直接比較分析の目的は、「比較実験」にできるかぎり近い分析を行うことにある。
考え方は単純だ。
偉大な実績へと飛躍した企業と、設立からの年数が近く、転換の時点で同じ機会にぶつかり、同じ事業を行い、成功の度合いも似通っていた企業を見つけ出せば、直接比較分析を行って、転換にあたって違いをもたらした要因を探し出せるだろう。
飛躍した企業と同じことができたはずだが、そうできなかった企業を見つけ出し、どこに違いがあったのかを考えるのが目的である。
飛躍した企業のそれぞれについて、比較対象になると思える企業をすべて選び、点数をつける作業を組織的に進めていった。
その際には以下の六つの基準を用いた。
・事業の類似‐転換の時点で、製品とサービスが類似している。
・規模の類似‐転換の時点で、規模が類似している。
転換の時点での売上高を用いて、飛躍した企業に対する比較対象候補企業の比率を調べ、点数をつけていった。
・設立時期の類似‐設立された時期が類似している。
設立からの年数を用いて、飛躍した企業に対する比較対象候補企業の比率を調べ、点数をつけていった。
・株価動向の類似‐市場平均に対する株式運用成績の比率の動向が転換点まで類似しており、転換点からは飛躍した企業に大きく遅れをとっている。
・慎重性基準‐転換の時点で、比較対象企業の方が飛躍した企業より成功を収めており、規模が大きく、利益が多く、市場での立場が強く、評価が高かった。
これはきわめて重要な基準であり、転換の時点で飛躍した企業より有利な立場にあった企業を選択する。
・表面的妥当性‐二つの要因を検討する。
第一に、選別の時点で類似した事業を行っていること、第二に、選別の時点で飛躍した企業ほどの成功を収めていないことである。
表面的妥当性と慎重性基準は関連している。
この二つを組み合わせることで、転換の時点には飛躍した企業より強力だったが、選別の時点には、飛躍した企業より力が劣っている企業を、比較対象企業として選んだ。
以上の六つの基準のそれぞれで、比較対象候補企業に四段階の点数をつけた。
四‐基準をきわめてよく満たしており、問題や留保条件はない。
三‐基準をほぼ満たしている。
若干の問題や留保条件があって、四はつけられない。
二‐基準をあまり満たしていない。
大きな問題か留保条件がある。
一‐基準を満たさない。
付録一C持続できなかった比較対象企業
付録一D調査過程の概要飛躍した11社、直接比較対象の11社、持続できなかった比較対象の6社の合計28社を選別した後、以下の過程をたどって分析を進めた。
資料の収集と分類それぞれの企業について、以下の記事と刊行物を収集した。
A設立から現在までのすべての期間にわたって、フォーブス誌、フォーチュン誌、ビジネスウィーク誌、ウォール・ストリート・ジャーナル紙、ネーションズ・ビジネス誌、ニューヨーク・タイムズ紙、USニュース誌、ニュー・リパブリック誌、ハーバード・ビジネス・レビュー誌、エコノミスト誌といった一般紙や経済誌に掲載されたその企業に関する主要記事のすべてと、業界紙や専門誌の主要な記事。
B調査対象企業から提供された資料。
とくに書籍、記事、経営陣の講演記録、社内文書や年次報告書などの会社文書。
C業界、会社、経営者をテーマとする書籍で、会社か外部の論者が執筆したもの。
D経営学大学院の事例研究と産業分析。
E企業と産業に関する事典や年鑑など。
たとえば、『アメリカ経営者伝記事典』『国際企業史事典』『フーバーズ企業ハンドブック』『アメリカ産業発達史』など。
F調査対象企業の年次報告書、議決権行使勧誘書類、アナリスト・レポートなど。
とくに転換期のもの。
つぎに、すべての資料に組織的にコードをつけて、以下のように分類し、設立から現在まで、古い順に整理した。
分類1‐組織。
組織構造、政策と手続き、システム、報酬と報奨、株主構造などの「ハード」項目分類2‐社会的要因。
企業文化、人事方針と人事慣行、規範、儀式、言い伝え、集団力学、経営スタイルなどの「ソフト」項目分類3‐企業戦略と戦略策定過程。
企業戦略の主要な要素、戦略策定の過程、大型の合併・買収分類4‐市場、競合他社、事業環境。
競争環境と外部環境のうち主要な側面。
主な競争相手、競争相手の大きな動き、大規模な市場の変更、国内外の劇的な動き、政府の規制、産業構造、劇的な技術変化など。
ウォール街との関係を含む分類5‐リーダーシッブ。
主要な経営幹部、CEO、社長、取締役などの経営陣。
経営陣の交代、リーダーシップのスタイルなどに関する興味深い点分類6‐製品とサービス。
会社の歴史のなかで重要な製品とサービス分類7‐施設と立地。
工場と事務所のレイアウト、新施設など、会社施設に関して重要な点。
主要な施設をどこに置くかに関する重要な決定を含む分類8‐技術の利用。
情報技術、最先端のプロセスと機器、先進的な生産方式などの利用方法分類9‐理念、基本的価値観、目的、BHAG。
確立されているか。
確立されている場合、どのようにして確立されたのか。
これらをもっていた時期ともっていない時期があったか。
これらがどのような役割を果たしたのか。
過去に強い価値観と目的をもっていた場合、その後も維持されているのか、それとも薄れてきたのか分類10A(直接比較対象企業のみ)‐飛躍した企業の転換期に取り組んだ変革と転換の動き。
飛躍した企業の転換点の前後10年間に、会社を変革し、転換を促すために実施した主な試み分類10B(持続できなかった比較対象企業のみ)‐転換を試みた時期。
転換を試みた時期までの10年間に実施した主要な改革・転換の動きとそれを支える活動分類11(持続できなかった比較対象企業のみ)‐転換後の転落。
転換を試みた時期の後の10年間に、転換の持続を妨げたと思われる主要な要因
財務分析それぞれの企業について広範囲な財務分析を行い、28社について延べ980年、1社平均35年のすべての財務指標を検討した。
まず、損益計算書と貸借対照表の数値を収集し、転換点の前後を対象に以下の指標を分析した。
売上高(名目ベースとインフレ率調整後の実質ベース)売上高伸び率利益伸び率粗利益率売上高利益率従業員1人当たり売上高(名目ベースと実質ベース)従業員1人当たり利益(名目ベースと実質ベース)固定資本配当性向売上高販管費比率売上高研究開発費比率売掛金回収日数在庫回転率株主資本利益率負債比率株主資本長期負債比率売上高金利費用比率株価収益率‐最高株価収益率‐最低株価収益率‐平均経営陣のインタビュー転換期に在任していた人を中心に、経営陣と取締役にインタビューを行った。
インタビューの記録はすべて文書化し、内容分析結果としてまとめた。
インタビューの質問事項●在任期間と役職などの会社との関係を、手短に話していただけますか●転換点の前後10年間に起こったか実行した点のうち、実績の向上をもたらした要因としてとくに重要なものを5点あげてください●実績向上への寄与という観点から、この5つの要因のそれぞれに点数をつけ、点数の合計が百点になるようにしてください●上位2つか3つの要因について、くわしく説明していただけますか。
それぞれの要因について典型的な具体例をあげてください●転換点の前後10年間に、会社は大きな変革や転換を開始するとの決定をくだしていますか●意識的な決定をくだしている場合には、転換にいたる主要な決定を最初にくだしたのは、何年ごろですか●意識的な決定をくだしている場合には、方針を大きく転換する決定をくだした背景は何ですか●転換期に主要な決定をくだし、戦略を策定する際に、どのような過程を経ていますか。
どのような決定をくだしたかではなく、どのような方法で決定をくだしたかを話してください●主要な決定をくだす際に、外部のコンサルタントや顧問が何らかの役割を果たした場合、どのよう役割を果たしたのか話してください●決定の時点で、つまり結果がでる前に、決定についてどれほどの確信をもっていたか、1点から10点までで点数をつけてください。
10点は素晴らしい決定であり、成功の確率が高いと確信していたこと、1点はリスクが高い決定で、結果は運次第だとみていたことを意味します●6点以上の場合、そこまでの確信をもった理由は何ですか●決定をくだしたとき、従業員の意欲を引き出し、力を結集させるために、どのような方法をとりましたか●その具体例を示してください●転換期に試したが、うまくいかなかった点は何ですか●短期的な業績向上を求めるウォール街からの圧力をどのように管理して、長期的な改革と将来への投資を進めていったのですか●多数の企業が変革のための計画や取り組みを実行していますが、長期的にわたって持続する成果を達成できていません。
〔偉大な実績に飛躍した企業〕の転換でとくに目ざましい点のひとつは、その成果が持続していて、短期的な業績向上ではないことです。
これはめったにない偉業だと思います。
〔飛躍した企業〕の違いをもたらした要因は何ですか。
転換の勢いが当初の数年間をはるかに超えて持続しているのは、主にどのような要因があったからですか●われわれは、〔飛躍した企業〕と〔比較対象企業〕を比較する計画です。
〔比較対象企業〕は転換期に同じ産業に属していましたが、大幅で持続的な実績向上を達成できていません。
〔飛躍した企業〕にはどのような違いがあって、転換を達成できたのですか。
同業他社も同じ動きをとれたはずです。
同業他社とどのような違いがあったのですか●〔飛躍した企業〕でのこの飛躍の神髄を示す典型的な例か場面を、ご自身で体験するか見聞きした点のなかからあげていただけますか●インタビューをするよう強く推薦する人をあげてください・転換期かその後の時期の経営陣・社外取締役などの社外の重要人物●以上の質問以外に、是非とも質問してほしいと思われる事項はありますか特別分析いくつもの特別分析を行った。
この分析は、偉大な実績への飛躍をもたらした要因をあきらかにするために、飛躍した企業と比較対象企業との間で主要な要因を比較し、可能な場合には数量化することを狙いとしている。
企業買収と部門分離・売却いくつもの特別分析を行った。
この分析は、偉大な実績への飛躍をもたらした要因をあきらかにするために、飛躍した企業と比較対象企業との間で主要な要因を比較し、可能な場合には数量化することを狙いとしている。
目的は以下の通り。
1飛躍した企業で、転換前と転換後を比較したとき、企業買収と部門分離・売却にどのような数量的な違いがあるのか2飛躍した企業と直接比較対象企業との間で、企業買収と部門分離・売却にどのような違いがあるのか3飛躍した企業と持続できなかった比較対象企業との間で、企業買収と部門分離・売却にどのような違いがあるのかこの分析のために、各社について年ごとに以下のデータベースを作った。
1買収した企業と財務指標2買収件数3実施した買収の総額4分離・売却した部門とその財務指標
5部門分離・売却件数6実施した部門分離・売却の総額以上のデータを用いて、以下の8つの分析を行った。
1飛躍した企業──転換前と転換後2飛躍した企業と比較対象企業──転換前と転換後3持続できなかった比較対象企業──転換前10年間と転換後10年間4転換前10年間と転換後10年間の比較の要約──飛躍した企業、直接比較対象企業、持続できなかった比較対象企業5飛躍した企業──転換点から現在まで6飛躍した企業と比較対象企業──転換点から1998年まで7持続できなかった比較対象企業──転換点から1998年まで、飛躍した企業の転換から1998年までと同じ分析を行う8転換点から1998年までの分析の要約──飛躍した企業、直接比較対象企業、持続できなかった比較対象企業この分析ではさらに、企業買収と部門分離・売却の質的な側面を取り上げ、以下の点を検討している。
1全体的な買収戦略2買収後の統合の全体的な戦略3大型買収の成功と失敗4全体的な買収戦略の成功と失敗産業動向分析飛躍した企業の実績と産業の実績を比較した。
この分析の目的は、転換の時点で、飛躍した企業がきわめて魅力的な産業に属していたかどうかを判断することにある。
企業と産業の実績を数量的に比較するスプレッドシートを作成し、両者の関係を調査した。
飛躍した企業のそれぞれについて、各々が属する産業とその他の産業とを、転換点から1995年までを対象に比較した。
産業分類は『S&Pアナリスツ・ハンドブック』のものを用いた。
分析の手順は以下の通り。
1飛躍した企業のそれぞれについて、転換点から1995年まで、『S&Pアナリスツ・ハンドブック』に掲載された全産業のリストを作る2それぞれの産業について、転換点から1995年までのそれぞれの年の運用成績を調べ、転換点から1995年までの期間の運用成績を算出する3この期間の運用成績の順に、各産業に順位をつける経営陣回転分析調査対象各社について、決定的な時期に経営陣がどれほど交代したかを調べた。
ムーディーズの『会社情報レポート』を使って、経営陣の回転率を、飛躍した企業と比較対象企業との間で比較した。
以下の比較を行った。
・転換前10年間の平均離職率・転換後10年間の平均離職率・転換前10年間の平均就任率・転換後10年間の平均就任率・転換前10年間の平均回転率・転換後10年間の平均回転率・1998年までの期間を対象にした同じ分析この分析の目的は以下の通り。
1飛躍した企業の転換前と転換後の間に、経営陣の回転と継続に数量的な違いがあるか2飛躍した企業と直接比較対象企業の間に、経営陣の回転と継続に数量的な違いがあるか3飛躍した企業と持続できなかった比較対象企業の間に、経営陣の回転と継続に数量的な違いがあるかCEO分析合計56人のCEOを対象とした。
飛躍した企業、直接比較対象企業、持続できなかった比較対象企業の3種類の企業について、転換期のCEOを対象に以下の定性分析を行った。
1経営スタイル2経営者としての個性3生活のスタイル
4CEOの立場で優先事項にしていた上位五項目また、飛躍した企業、直接比較対象企業、持続できなかった比較対象企業のそれぞれについて、CEOの経歴と就任期間を調査した。
転換の10年前から1997年までのCEOを対象に、以下の点を調べた。
1外部から招聘され、ただちにCEOに就任したのか(つまり、CEOとして雇用されたのか)2CEOになるまでの勤続年数3CEOに就任したときの年齢4CEOに就任した年と退任した年5CEOの在任期間6CEOになる直前の地位7CEOに選ばれたときに重視された要因8学歴(とくに法律、経営などの分野と学位)9入社前の職歴とその他の経歴(軍隊など)経営陣の報酬調査対象企業全体にわたって、経営者の報酬を分析した。
調査対象の28社のそれぞれについて、転換点の10年前から1998年までのデータを集め、広範囲な分析を行った。
1役員と取締役の俸給とボーナスの合計(転換年の株主資本に対する比率)2CEOの現金報酬総額(転換年の株主資本に対する比率)3CEOの俸給とボーナスの合計(転換年の株主資本に対する比率)4CEOの俸給とボーナスの合計と、経営陣上位5人の俸給とボーナスの合計の平均との差(転換の年と転換後10年の株主資本に対する比率)5その他の役員と取締役の俸給とボーナスの合計の平均(転換年の株主資本に対する比率)6役員と取締役の俸給とボーナスの合計(転換年)7役員と取締役の俸給とボーナスの合計(転換年の売上高に対する比率)8役員と取締役の俸給とボーナスの合計(転換年の総資産に対する比率)9上位4人の役員と取締役の現金報酬(転換年の株主資本に対する比率)10上位4人の役員と取締役の俸給とボーナスの合計(転換年の株主資本に対する比率)11役員と取締役の俸給とボーナスの合計の平均(転換年)12CEOの俸給とボーナスの合計(転換年の純利益に対する比率)13CEOの俸給とボーナスの合計と、経営陣上位4人の俸給とボーナスの合計の平均との差14CEOの俸給とボーナスの合計と、経営陣上位4人の俸給とボーナスの合計の平均との差(売上高に対する比率)15CEOの俸給とボーナスの合計と、経営陣上位4人の俸給とボーナスの合計の平均との差(純利益に対する比率)16役員と取締役の俸給とボーナスの合計の平均(転換年の売上高に対する比率)17役員と取締役の俸給とボーナスの合計の平均(転換年の純利益に対する比率)18役員と取締役の俸給とボーナスの合計(転換年の純利益に対する比率)19CEOの現金報酬(転換年の純利益に対する比率)20CEOのストック・オプションの価値(転換年の株主資本に対する比率)21経営陣上位4人のストック・オプションの価値(転換年の売上高に対する比率)22経営陣上位4人のストック・オプションの価値(転換年の総資産に対する比率)23経営陣上位4人のストック・オプションの価値(転換年の株主資本に対する比率)24CEOの俸給とボーナスの合計(転換後10年の売上高に対する比率)25経営陣上位4人の俸給とボーナスの合計(転換後10年の売上高に対する比率)分析の目的は以下の通り。
1飛躍した企業で、転換前と転換後に経営陣の報酬に数量的な違いがあったのか2飛躍した企業と直接比較対象企業との間に、経営陣の報酬にどのような違いがあるのか3飛躍した企業と持続できなかった比較対象企業との間に、経営陣の報酬にどのような違いがあるのかレイオフの役割飛躍した企業、直接比較対象企業、持続できなかった比較対象企業のそれぞれについて、業績向上を狙った意識的で重要な戦術として、レイオフがどのように使われているかを分析した。
以下の点を調査した。
1年ごとの従業員数、転換点の10年前から1998年まで2業績向上を狙った重要な戦術として使われたレイオフ、転換点の前後10年間3レイオフが実施されていた場合、その総数と従業員数に対する比率株主分析
飛躍した企業と直接比較対象企業の間に、株主構成に顕著な違いがあるかどうかを調べた。
以下の点を分析した。
1大株主2取締役の持ち株比率3経営陣の持ち株比率マスコミ報道分析飛躍した企業、直接比較対象企業、持続できなかった比較対象企業のそれぞれについて、マスコミ報道の程度を調べた。
転換点の前後10年間を対象に、以下の点を調査した。
1転換前10年間と転換後10年間、その合計の記事数2転換前10年間と転換後10年間、その合計の特集記事数3転換前10年間と転換後10年間、その合計の記事のうち、「転換」「回復」「再建」「変身」を取り上げたものの数4転換前10年間と転換後10年間、その合計の記事のうち、「きわめて高い評価」「中立的」(若干高い評価から若干低い評価まで)「きわめて低い評価」の数技術分析技術の役割について、主に経営陣のインタビューと資料から、以下の点を調査した。
1技術の先駆的応用2技術採用の時期3技術の選択と利用の基準4比較対象企業の経営悪化で技術が果たした役割比較分析の枠組み最後に、以上の分析にくわえて、調査の過程でいくつもの比較分析の枠組みに基づく調査を行った。
以上の分析ほど詳細にわたるものではないが、すべて収集した事実から直接に導き出したものである。
調査には以下がある。
大胆な動きの利用企業の動きのうち進化と革命エリート主義と平等主義かつて偉大だった企業の没落をもたらした要因3つの円の分析と基本的価値観・目的との適合突破段階に入るまでの準備期間の長さ針鼠の概念の獲得時期と転換点中核事業と針鼠の概念の比較後継分析と後継者の成功率かつて偉大だった比較対象企業の没落をもたらしたリーダーシップ
付録二ACEOの社内昇進と社外からの招聘以下の表は、調査対象各社のCEOについて、社内からの昇進と社外からの招聘の人数を調べたものである。
飛躍した企業では、転換点の十年前から一九九八年までのCEO全員を対象にした。
直接比較対象企業では、それぞれに対応する飛躍した企業の転換点を用いて、同じ分析を行った。
持続できなかった比較対象企業では、持続できなかった転換点の十年前から一九九八年までを対象期間にした。
入社してから一年未満で就任したCEOは外部からの招聘と見なした。
付録五A産業の順位飛躍した企業が属する産業とその他の産業とを、転換点から一九九五年までを対象に比較した。
産業分類は『S&Pアナリスツ・ハンドブック』のものを用いた。
分析の手順は以下の通り。
㈠飛躍した企業のそれぞれについて、転換点から一九九五年まで、『S&Pアナリスツ・ハンドブック』に掲載された全産業のリストを作る。
㈡それぞれの産業について、転換点から一九九五年までの各年の運用成績を調べ、転換点から一九九五年までの期間の運用成績を算出する。
㈢この期間の運用成績の順に、各産業に順位をつける。
以下の表をみると、偉大な企業に飛躍するには上位の産業に属していなければならないわけではないことが分かる。
付録八A比較対象企業の悪循環直接比較対象企業A&P戦略をつぎつぎに取り替え、問題を一気に解決できる策をつねに求めた。
従業員の士気を高める催しを開き、さまざまな計画に取り組み、流行の経営理論に飛びつき、CEOを更迭し、新CEOを雇い、またしても更迭した。
長期低落期の記事には、「変革へのファンファーレ」「巨人の覚醒」「A&Pの経営刷新」「大きな期待」などの見出しが踊った。
こうした期待はすべて裏切られた(1)。
アドレソグラフ中核事業が低落をはじめたとき、天が落ちてくると騒いだチキン・リトルのようにパニックに陥った。
ドン・キホーテのような「全社的再活性化」を目指して、OA市場に参入し、IBM、ゼロックス、コダックに戦いを挑んだ。
これが失敗すると、新CEOが「戦略転換」をはかりOA市場から撤退。
だが、「脳外科医が手術中に手術室を飛び出すように」一年もたたない時期に辞任した。
つぎのCEOはふたたび「百八十度の転換」をはかろうとオフセット印刷企業を買収したが失敗に終わり、特別損失を計上した。
一九八四年まで六年間にCEOが三回交代。
後に事実上の倒産を二回繰り返した(2)。
バンク・オブ・アメリカ規制緩和に対応しようとあせり、経営の革命をはかる。
ATMと情報技術で後れを取り、後に挽回のために巨額を投資。
カリフォルニア州で後れを取り、後に緊急計画で挽回をはかる。
「毛沢東主席の文化大革命の企業版」を目指して企業変革のコンサルタントを雇用し、「企業集団療法」と「愛社精神発揚運動」を試みる。
チャールズ・シュワブを買収したが、企業文化の違いで後に売却。
セキュリティ・パシフィックを買収して、ウェルズ・ファーゴのクロッカー統合を真似ようとしたが、失敗し、十億ドルを超える特別損失を計上(3)。
ベスレヘム・スチール事業多角化をはかり、鉄鋼に絞り込み、ふたたび多角化に乗り出し、鉄鋼に戻って、右往左往を繰り返す。
技術と設備更新で後れを取り、緊急計画で挽回をはかる。
経営陣と労組が反目と反発を繰り返す。
その間に外国企業とニューコアに下から市場シェアを奪われていった(4)。
エッカード針鼠の概念を欠いたまま、成長のために本業と関連性のない買収を行って悪循環に陥る。
製菓会社、デパート・チェーン、警備保障会社、食品サービス会社を買収。
最大の失敗はアメリカン・ホーム・ビデオ買収であり、三千百万ドルの損失を計上し、簿価を七千二百万ドル下回る価格でタンディに売却。
その打撃から立ち直れず、LBOの後、J・C・ペニーに売却された(5)。
グレート・ウェスタン・フィナンシャル経営方針に一貫性を欠く。
銀行事業と多角化事業の間を揺れ動く。
保険会社を買収し、後に売却。
リースと移動住宅に進出し、後に金融と銀行に戻る。
「当社を何と呼んでもかまわない。
銀行でもいいし、貯蓄貸付組合でもいいし、縞馬でもいい」。
CEOのビジョンによって統一を保っていたが、引退後は事業が不格好で統一を欠くために低迷。
リストラで業績建て直しをはかったが、ワシントン・ミューチュアルに買収された(6)。
R・J・レイノルズ市場シェアが低下し、反タバコ勢力からの攻撃も受けるようになって、シー・ランドなどの無分別な買収を行い、二十億ドル以上をつぎ込んで成功させようとしたが(その間、タバコ工場が投資不足で混乱したが)、五年後に売却。
CEOが変わるごとに戦略を変更した。
後にフィリップ・モリスに第一位の座を奪われた後、すぐれた企業を築くことではなく、何よりも経営陣が金持ちになることを狙ったLBOを押し進めた(7)。
スコット・ペーパー中核事業でプロクター&ギャンブルとキンバリー・クラークとの競争に直面して、事業多角化に逃げ道を求めた。
CEOが変わるたびに新たな道、新たな方向、新たなビジョンを掲げた。
一九八〇年代後半には派手な宣伝とともに抜本的な変革を開始したが、世界一になれるものは何かという問いに答えることがなかった。
リストラを繰り返すようになり、チェーンソー・アルと呼ばれるアル・ダンロップを招聘。
従業員の四十一パーセントを一気に削減し、会社を売却した(8)。
サイロシドニー・クーパーの死後に戦略の空白が生まれた。
次世代の経営陣は成長のための成長を追求。
サーキット・シティが地域ごとに進出する方針をとり、物流センターを設けて周囲のすべての町に店舗を築いていったのに対して、サイロはこの都市に一店舗、あの都市に一店舗と無計画に出店し、店舗網がまったく無秩序な寄せ集めになって、地域ごとの数量効果を生み出せなかった。
店舗の概念やレイアウトでも一貫性をもたせていない。
サイロはサイクロップスに買収され、サイクロップスがディクソンズに買収され
た。
経営陣は新たな親会社によって解雇された(9)。
アップジョン「いまほど将来が明るくなったことはない」と主張して、新製品の将来性を売り込もうとしたが、そのたびに業績が期待を裏切る。
株価は変動性が大きく、思惑によって動くようになり、上昇と下落を繰り返した。
期待をあおるだけで、実績が伴わなかったからだ。
後に、ラスベガスで賭でもするように、養毛剤のロゲインなどの一発狙いの製品に巨額を投資。
ハルシオンなどの欠陥製品問題が頻発し、業績の振れがさらに大きくなった。
最後にはリストラ病が深刻になり、ファーマシアに買収された(10)。
ワーナー・ランバート消費者向け製品から医薬品に事業の焦点を移し、逆に医薬品に注力し、両者を同時に追求し、一方に戻り、両者に戻り、また一方に戻り、つぎに逆の方に戻って、前進と後退を繰り返した。
CEOが代わるたびに新たなビジョン、新たなリストラで前任者が作りだした勢いを止め、弾み車を逆方向に回そうとした。
大胆な買収で突破の勢いをつけようと試みたが、失敗に終わって数億ドルの損失を計上。
長年にわたって方針が揺れ動いた後、ファイザーに買収されて独立を失った(11)。
持続できなかった比較対象企業バローズ実績が上昇した時期には、優秀だが他人を苛立たせるCEOが徹底したリストラを実施。
コスト削減で従業員の士気が低下し、優秀な人材を失った。
弱い後継者を指名。
業績悪化で更迭された後に登場した新CEOは「優秀で自信家、極端に攻撃的」で、新たな方向を目指し、旧経営陣を非難した。
大がかりなリストラにより、一気に四百人の幹部を解雇。
新たな方針を宣伝するポスターが社内の壁に貼られた。
ふたたびリストラに取り組む。
つぎのCEOがまたリストラを実施し、新たな方向を打ち出す。
業績はさらに悪化し、またCEOが交代した(12)。
クライスラー五年にわたって目ざましい業績をあげた後、経営危機に逆戻りした。
「心臓病患者によくみられるように、数年前の手術で生き延びたのに、またも健康に悪い生活習慣に戻ってしまった」と同社経営幹部が書いている。
イタリアのスポーツカー、ビジネス用ジェット機、防衛といった事業に注意を分散させた。
一九九〇年代に二回目の経営再建で復活したが、結局、ダイムラー・ベンツに買収された(13)。
ハリス実績の上昇をもたらしたCEOは針鼠の概念を獲得し、弾み車効果を生み出しはじめていた。
だが、この概念を経営陣に浸透させなかった。
このCEOの引退後、経営陣は針鼠の概念に代えて、成長のための成長を目指した。
OA市場に参入したが悲惨な結果になり、本業と関連性のない買収をつぎつぎに行った。
期待をあおるだけで、実績が伴わない状況に陥り、弾み車の回転は止まった(14)。
ハスブロ偉大な企業への飛躍にあと一歩まで近づいた。
G・I・ジョーなどの定番の玩具を復活させる針鼠の概念を一貫して追求し、目ざましい実績をあげた。
ところが、この転換を組み立てた指導者が若くして死亡。
後継者は第五水準の指導者ではなく、第三水準の有能な管理者に近かった。
弾み車の回転は遅くなった。
CEOはリストラに頼って業績回復をはかり、やがて社外から経営者を招聘して勢いの回復をはかるようになった(15)。
ラバーメイド準備段階を飛び越えて突破段階に入った事例があるとすれば、ラバーメイドがそれだ。
転換を率いたCEOは「会社の完全な再構築、きわめて劇的で悪夢のような動き」をはじめた。
成長が最優先され、弾み車の長期的な勢いを犠牲にしても成長がはかられた。
CEOが引退すると、弾み車をひとりで押していて、しっかりした針鼠の概念に導かれた強力なチームが形成されていなかったことがあきらかになった。
弾み車の回転は遅くなり、リストラの病に陥って、将来性を売り込むばかりで実績を示すことができなかった。
フォーチュン誌の「もっとも尊敬されている企業」で第一位に選ばれてからわずか五年で、ニューエルに買収された(16)。
テレダイン「スフィンクス」と呼ばれた天才的経営者、ヘンリー・シングルトンとともに勃興し、没落した。
同社の針鼠の概念は要するに、「シングルトンの頭脳に頼れ」であった。
電子から希金属まで百を超える企業買収を行った。
問題が起こったのは、シングルトンが引退し、その頭脳に頼れなくなったときだ。
業績が低落傾向をたどり、アレゲニーに買収された(17)。
付録八B買収分析の要約
解説一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授野中郁次郎『ビジョナリーカンパニー2飛躍の法則』(GoodtoGreat)は、一九九四年に出版され経営書としてベストセラーになった『ビジョナリー・カンパニー』(BuilttoLast)の著者であるジム・コリンズが、六年の歳月をかけて「良い企業」と「偉大な企業」の違いを調べ上げ、そこから得られた知見を偉大な企業の法則としてまとめたものである。
本書の出発点は、あるコンサルタントに「ビジョナリー・カンパニーは素晴らしい本だが役にたたない」と批判されたことに始まる。
ビジョナリー・カンパニーと評価された企業は、いずれも偉大な創業者によって創りあげられたもともとグレートな会社なので、グレートに飛躍できない企業の手本にはならない。
このような指摘から、本書の基底にある「どうすれば、グッド・カンパニーはグレート・カンパニーになれるのか」という新たな問いが生まれた。
本書で取り上げられたグレート・カンパニーは十一社。
われわれ日本人には馴染みのない企業が少なからず含まれている。
コリンズらは、グレート・カンパニーの選定に際し、過去三十五年に遡って膨大な資料を集め、さらにこれらの企業に共通する要素を競合する企業との比較を通して丁寧に分析している。
厳しい選別基準に対する批判を考慮にいれても、このことが本書の内容に厚みを与え、読者に納得を促すだけの根拠となっている。
まず、彼らが最初に指摘するのは、「第五水準のリーダーシップ」と呼ぶ、優れた経営幹部の存在である。
グレート・カンパニーのリーダーたちは、強烈な個性の下で指導力を発揮し大胆な経営手法を駆使するジャック・ウェルチ型の経営者ではなく、むしろ控えめで物静かで謙虚でさえあった。
しかし、逆説的ではあるが、彼らには自社を偉大な企業にするために真理を追究し続けるという職業人としての強い意思とそれを愚直にやりぬく粘り強さがあった。
彼らは、異なる意見に耳を傾け、従業員とじっくり対話し、リアリティの持つ多面性を総合化していった。
コリンズたちは、このようなリーダーたちのことを「パットン将軍やカエサルというよりもリンカーンやソクラテスに似ている」と描写している。
グッド・カンパニーからグレート・カンパニーに飛躍した企業では、例外なく転換期にこの種の指導者が指揮をとっていたという。
第五水準のリーダーたちが行った経営の本質は、「適切な人材」の選別、確信と現実直視、世界一戦略、「規律の文化」の醸成に集約される。
第五水準のリーダーたちは、まず適切な人材として規律ある人々を慎重に選り抜き、その後で目標を立てた。
規律ある人々で構成される組織は、外部環境の変化に適応しやすく、従業員の動機づけや管理の問題からも解放される。
彼らの戦略は「どんな困難にぶつかっても最後には必ず世界一になれるのだという確信をもつと同時に、自分がおかれている現実を直視する」ということと、「規律ある人々との徹底的な対話を通じて自分たちが世界一になれる分野となれない分野を見極め、なれる分野にエネルギーと情熱を傾注する」という2つの原則を軸に構成されている。
そして同時に、事業の原動力として最も重要な数値をわかりやすく指標化し、それを基に事業展開する体制を作り上げている。
規律ある適切な人材がいなければ、偉大なビジョンがあっても意味がない。
未来を信じると同時に現実を直視し、自らの強みと弱みを熟知した上で、単純で実行可能な戦略を地道に行動に移す。
そのことを、第五水準のリーダーたちは着実に実践した。
さらに、コリンズらは、グレート・カンパニーの特質として規律の文化を強調している。
どの企業にも文化や規律はあるが、規律を文化の域まで高めている企業は多くない。
規律ある考えが浸透していれば、事細かな決めごとは必要なくなり官僚制組織は不要になる。
また、規律ある行動が常にとられていれば過剰な管理も不要になる。
規律の文化と起業家精神を併せ持つことが、偉大な業績の原動力となるのである。
彼らのいう規律の文化とは、規律ある人材、規律ある思考、規律ある行動のことを指しているが、私には「規律の文化」とは「型」であるように思われる。
日本には古くから理想の行動プログラムとしての「型」があった。
型は人を枠にはめるが、すぐれた型を体得すれば、動きに無駄がなくなり自由が保証される。
さらに「型」は獲得するだけで終わりではない。
「型」には不断のフィードバックを通じて革新しつづける「修・破・離」という自己超越プロセスが組み込まれている。
このような意味で、グレート・カンパニーに飛躍した企業では優れた「型」が共有されていたということには納得がいく。
コリンズは、アメリカのインターネット・バブルに対し「企業や経営者にとってカネ(利益)は目標ではなく結果であるという原点が少なからず揺らいでいる」といち早く警鐘を鳴らした。
彼が指摘するように、偉大な企業を創業した経営者はカネ以外の社会的な使命感によって経営を行い、その結果資産を得たのでありその逆ではなかった。
アメリカ型の経営というと、われわれは、全てを分析的に捉え「競争に勝つ」という相対価値を飽くことなく追求する経営スタイルを連想しがちであるが、グレート・カンパニーになった企業の指導者たちからは、一貫して「社会に対する使命」という絶対価値を追求する強い意志力が伝わってくる。
日本企業の原点も、本来は絶対価値の追求というところにあったのではなかろうか。
ここで取り上げられたグレート・カンパニーの事例は、グローバルに通用する企業の本質を示唆していると同時に、われわれにアメリカ企業の懐の深さを改めて認識させてくれる。
「使命感」、「気概」、「情熱」といった言葉が死語となりつつある時代にあって、本書はわれわれの進むべき道を考え直すよい機会を与えてくれたように思われる。
二〇〇一年十一月
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