1章 売上げとモチベーションが「V字回復する」仕組み ──「人を変える」ではなく、「仕組みをつくる」
「赤字三八億円からのV字回復」を実現
〝戦略二流〟でも〝実行力一流〟なら良し
経験主義だけでは「会社は滅びる」
会社の問題を「新しい仕組み」に置き換える
部下の意識が「自動的に変わる」方法
「売れ筋捜査」「一品入魂」のアイデアはどう生まれたか
「お客様の声からヒット作をつくる」具体策
「見せかけだけの突破口」に注意
優秀な人材は集まらない。だから「育てる仕組み」をつくる
人は「二度失敗して学ぶ」
走りながら考える。但し、腹を括って
1章売上げとモチベーションが「V字回復する」仕組み ──「人を変える」ではなく、「仕組みをつくる」
「赤字三八億円からのV字回復」を実現
三八億円の赤字──二〇〇一年の八月中間期、無印良品に衝撃が走りました。無印良品というブランドが生まれて二〇年。母体だった西友から、株式会社良品計画として独立して一〇年ほど経った頃のことです。それまでは、無印良品は右肩上がりの成長を続けていました。当時は〝バブル崩壊後の失われた一〇年〟と言われ、長引く不景気から世の中には閉塞感が漂い、百貨店や大手量販店は軒並み低迷。そのなかにあっても無印良品は、赤字を一度も経験したことがなく、一九九九年には売上高一〇六六億円、経常利益(営業利益と営業活動以外の損益を合計した利益)一三三億円を達成していたのです。その成長ぶりは「無印神話」とまで言われていました。それが、三八億円の赤字です。世間の評価も一転して、「無印良品の時代は終わった」と囁かれるようになりました。社内でも「この会社はもうダメなのではないか」という諦めムードが蔓延していたころ、私は社長に就いたのです。通常、赤字を出した企業がまず手掛けるのは、リストラや早期退職による人件費削減、不採算部門からの撤退、資産売却などでしょう。けれども、私はそれでは根本的な解決にならないと思っていました。無印良品に潜む、根本的な原因とは何か。スタートから二〇年が経ち、ブランドの〝革新的な部分〟が、お客様のニーズに遅れるようになってきたことが一番大きな原因ではないか、と思い至ります。さらに、西友がセゾングループの一員だったことも影響していました。セゾンから、経験と勘を重視しすぎる体質を受け継いだため、社員が上司や先輩の背中だけを見て育つ〝経験至上主義〟がはびこっていました。仕事のスキルやノウハウを蓄積する仕組みがなかったので、担当者がいなくなったら、また一からスキルを構築し直さなければならなかったのです。これでは昨今の、めまぐるしく変化するビジネス環境についていけません。そこで私が考えた解決策が、本書のテーマである「仕組み」です。仕組みづくりとは、会社の風土、社員がつくっている社風を変える試みでもあります。
セゾン色に染まった風土を、無印良品色に、新しく染め直す。それが谷底から這い上がるための方法なのだと、固く信じていました。もちろん、不採算店の閉鎖・縮小や海外事業のリストラなどの大手術も必要でしたが、同時に社内の業務の見直しも始め、MUJIGRAMや業務基準書などのマニュアルを整備し、徹底的に見える化を図りました。結果、二〇〇二年度には増益に転じ、二〇〇五年度には売上高一四〇一億円、経常利益一五六億円と過去最高益になりました。社長として最後となる二〇〇七年度には三年連続して過去最高となる売上高一六二〇億円、経常利益一八六億円を達成したのです。仕組みをつくれば、どんな時代でも勝てる組織の風土をつくりあげられる。それは無印良品だけではなく、どの企業にも通用する法則です。社員一人ひとりのモチベーションを上げ、能力を最大限に引き出し、組織を強くするのは、劇的な改革ではありません。必要なのは、地道な仕事の習慣を根付かせることだと、断言できます。
〝戦略二流〟でも〝実行力一流〟なら良し
戦略一流の企業と、実行力一流の企業。この二つの企業が闘ったとき、勝つのは間違いなく後者です。戦略を考えることももちろん重要ですが、実行に移せなければ意味がありません。私が社長になってから何度も読み返した『経営は「実行」』(ラリー・ボシディ、ラム・チャラン著、日本経済新聞社)という本があります。これは、CEOとして実際の経営の中で悪戦苦闘した経験を持つ経営者と、ハーバード・ノースウェスタン大学で教鞭をとりながら世界中の企業リーダーのアドバイザーとして活躍するコンサルタントの二人が、「成功している企業の、成功の本質」を描き出した本です。本のなかには、私が重要だと思ってマーカーを引いた部分がたくさんあるのですが、その中でとくに印象に残っている言葉があります。「議論を重ね、保養地での会議を何度も開くが、行動は起こさない。これが実行力のある企業とない企業の違いの一つだ」との一節です。毎日何時間もの会議を開き、けれども結論は出さずに次回に持ち越す。そのような企業は多いのではないでしょうか。戦略や計画をいくら綿密に練っても、実行しない限り、絵に描いた餅にすぎません。多少の戦略の間違いは実行力で取り戻せます。まずは、第一歩を踏み出す決断が必要です。無印良品を生み出したのはセゾングループです。世の中がブランド志向に走っている時代に、アンチテーゼとしてノーブランドの自社商品を開発しようという発想で生まれました。当時のキャッチフレーズは、「わけあって、安い」。デザインはシンプルに、さらに素材を見直し、生産工程でのムダを省き、包装を簡素化するという方針は時代にマッチし、お客様から愛されてきました。セゾングループはそういった発想力や事業構想力には優れていました。しかし、その発想を実現する実行力が欠けていたのです。私は良品計画に移る前、西友に所属していました。当時、セゾングループ代表の堤清二氏に企画を通すために、西武百貨店、パルコの担当者と一緒に、膨大な提案書を書くことがありました。そのときは一週間ぐらい研修所に寝泊まりして、資料を集めて作成したものです。堤氏は大変なマーケッターですから、その域に達する企画書をつくるのは困難を極めます。現場からのヒアリングだけを材料にしてつくった企画ではとても通りません。構想を
最大限に膨らませ、時には現場のニーズを斟酌することすらできませんでした。したがって、晴れてその企画が通っても、膨大な企画書をつくり上げるだけで疲れてしまい、実行する気力がわいてこないのです。しかも、現場を無視した机上のプランなので、現場に提案しても「これは無理ですよ」と一蹴される始末です。組織は巨大化すればするほど、トップと現場との距離は広がっていくものです。それでは実行力のない、頭でっかちで足腰の弱い組織になってしまいます。私が仕組みづくりを重視したのは、無印良品を実行力で一流にするためでもあります。当時のスローガンは「実行九五パーセント、計画五パーセント」「セゾンの常識は当社の非常識」でした。社内で激しく議論を戦わせただけで、仕事をした気になっていませんか?私は、「会社に議論は似合わない」と考えています。社員同士で丁寧に議論して、方向性を決めるのではなく、方向はトップが決め、方向が定まったら、実行に全エネルギーを注ぐような身軽さを持っていなければなりません(もちろん、実行にあたっての議論は不可欠ですが)。そのスピード感や判断力は、仕組みによって磨かれていきます。卑近な例ですが、たとえば会議をペーパーレスで運営する仕組みにするだけで、会議の準備作業を大幅に省略できます。たったこれだけのことでも、省略された時間の分、他の仕事に注力できるので、組織の足腰が強くなっていくのです。これは企業という単位に限らず、部署レベルにも当てはまります。実行力のあるチームにするには、ムダな作業を徹底的になくし、現場の社員が能動的に動けるような仕組みづくりが不可欠なのです。
経験主義だけでは「会社は滅びる」
私が良品計画の無印良品事業部長に就任したころの話です。千葉県の柏島屋ステーションモールに新規出店することが決まり、開店の前日に現場を訪れました。開店前日はいつもそうですが、店長もスタッフもみな高揚感があり、忙しそうに駆け回ります。夕方の六時ごろには商品を並べ終え、スタッフは「お客さん、たくさん来てくれるといいね」「この商品、私も欲しいな」などと話しながら一息ついていました。その時、他店の店長が応援に駆けつけました。そして売り場を一目見るなり、「これじゃあダメだよ、無印らしさが出てない」と、いきなり商品の並べ替えを始めたのです。新しい店の店長は戸惑っていましたが、ベテラン店長に物申すわけにもいかず、結局スタッフ総出で並べ替えました。ようやく並べ替えが終わったころ、今度は別の店長がやってきました。そして、「ここはこうしたほうがいい」と、直しはじめました。そのような調子で、応援に来た店長がそれぞれ売り場を変えてしまうので、夜の一二時を回っても、まだ作業は終わりません──。当時は、店長の数だけ、店づくりのパターンがあったのです。その光景を見ながら、私は「まずいな。このままでは無印良品の未来はないんじゃないか」と感じていました。悪い予感は的中しました。無印良品の母体であった西友の業績が悪くなったとき、希望退職を募ると、優秀な社員から抜けていってしまったのです。その中には多くの店長も含まれていました。店長がいなくなると、その店で今まで築き上げてきたノウハウがすべてなくなります。売り場づくりのノウハウは店長の頭の中だけにあったので、スタッフには何も残されなかったのです。当時のお店づくりは、個人のセンスや感覚に頼っていました。たしかに素晴らしい感性を持つ店長がいて、その店長のもとではいい売り場ができていました。ところが、そういう〝一〇〇点満点〟のような店長は、一〇〇店舗のうち、二~三店舗ぐらいの割合でしかいません。半数以上の店は、標準以下の〝六〇点の店づくり〟をしている状態だったのです。
これでは、お客様に満足いただける環境や商品を提供できません。それなら、一〇〇点の店がなくてもいい。すべての店が及第点の〝八〇~九〇点の店〟になったほうが、チームとしては強いはずです。そうするには、今まで個人のセンスや経験に頼っていたことを企業の財産にできるように、合理的な仕組みをつくることが有効でしょう。これが、MUJIGRAMをつくろうと思った瞬間でした。社長就任直後は、赤字で瀕死の状態になった会社の止血をするためにドラスティックな改革も手がけましたが、業績が上向きになったころ、仕組みづくりに本腰を入れて取り組みました。その一環として、MUJIGRAMの構築にも着手しました。仕組みづくりは社長時代だけではやりきれず、会長になった現在も続けています。組織の改革は一朝一夕ではできません。リーダーに必要なのは徹底力であり、組織の向かうベクトルをまとめる、それをできるまでやる、やり遂げるしかないのだと、私は社長になった時に覚悟を決めたのです。
会社の問題を「新しい仕組み」に置き換える
無印良品にあった問題は、読者の方の会社にある問題と共通している部分が多いかもしれません。そこで、本項からは、無印良品で行われた改革をなぞり、仕組みの重要性に触れながら、会社のV字回復の方法を模索します。無印良品で〝危機的な状況〟に直面したとき、まず会社の業績が悪化した原因はどこにあるのか、さまざまな角度から分析してみました。そして、次の六つの「内部要因」を挙げました。①社内に蔓延する慢心、おごり、②急速に進む大企業病、③焦りからくる短期的な対策、④ブランドの弱体化、⑤戦略の間違い、⑥仕組みと風土をつくらないままの社長交代。これに加え、ユニクロやダイソーなどの競合他社が台頭したという「外部要因」もあります。しかし、そこで思考を停止しては、問題の本質を見極めることはできません。「内部」に潜む問題の本質がわからなければ、適切な手を打てないのです。そのため何度も店に足を運び、社内の意見も聞きました。自分の目で見て、耳で聞いて、問題点を見つける。それが問題解決の第一歩です。とはいえ、ここまでは、どこの企業でもできるでしょう。問題は、それを解決する実行力です。問題点を特定したら、その構造を探ります。必ずどこかにその問題を生む構造があるからです。「景気が悪くなったから」「社員のやる気が足りないから」といった漠然とした理由で問題が起きるのではありません。そこで問題を探るのをやめてしまったら思考停止しているのと同じです。問題の構造を見つけたら、それを新たな仕組みに置き換える。そうすることで組織の体質は変わり、実行力のある組織になるのです。たとえば、バブル崩壊後、日本では終身雇用や年功序列は悪しき慣習だという風潮になり、多くの企業が人事制度を見直しました。欧米型の成果主義を導入した企業も多かったのですが、いち早く実践した富士通で、うまく機能しなかったのは周知の事実です。社員が自分だけの目標に固執してチームの成果
をないがしろにした、あるいは適正な評価をもらえなかったといった理由で内部がガタガタになり、業績が悪化しました。これも本質からずれた改革をしてしまった結果でしょう。トップを代える、リストラをするといった対処法だけでは組織の体質を変えられないので、景気が悪くなったらまた同じような危機に陥ります。根本的な原因を探り当て、新しい仕組みに置き換えないと、組織の体質は変えられないのです。
部下の意識が「自動的に変わる」方法
成長を続けていたはずの無印良品が、初の減益に転じた──その大きな原因は、大型店の相次ぐ出店で投資コストが想定以上にかかったこと、また、店舗の大型化に伴って商品数を増やしすぎたことです。四年半で商品数が二倍になるほどの勢いで開発したため、一つひとつの商品の力が落ち、ヒット商品が生まれなくなっていたのです。その背景にあるのは、〝無印神話〟によりかかっていた経営陣や社員の姿勢です。右肩上がりの時代に、無印良品は徐々に内部から蝕まれていったのでしょう。店を出せば売れる、商品をつくれば売れるのだと、無印良品のブランドを過信したのです。業績が好調なその時期、ホームセンターのニトリや一〇〇円ショップのダイソーは、無印良品の商品を買い込んで、あれこれ研究していました。そして、同じ質の商品を三割安く仕上げて売るような企業努力をしていたのです。ところが、無印良品にはまったく危機感はなく、それまでのやり方を変えようとしませんでした。当時、取引先のほうが危機感を抱き、「ニトリさんでこういう商品が売れているから、無印さんでもつくったらどうですか」と提案してくれたこともあったようです。それを聞いて担当者はありがたがるどころか、「無印は今のままでも売れているのだから、このままでいいんです」と一蹴する始末。社内には、おごり・慢心が蔓延していたのです。これは大企業や老舗の企業、業績のよい企業でよく見られる光景でしょう。「うちの企業は大丈夫」と高を括り、危機感を抱かないのです。現在、日本の家電メーカーはどこも危機的な状況だといわれていますが、当の社員は「さすがに倒産はしないだろう」といまだに思っているという話も耳にします。無印良品も、赤字に転落してもなお、おごりは拭いきれずにいました。問題点を洗い出し、解決案を募っても、過去の成功体験の延長線上の考えしか出せなかったのです。社員、あるいは部下の意識をどう変えればいいのか。これは多くのリーダーが直面する問題でしょう。たいていは教育から変えようとして、外部からコンサルタントを招き、社員に研修を受けさせて、意識改革をしようとします。
しかし、それでうまくいく試しはありません。私が西友で人事を担当していたときの話です。業績が悪化していくにつれ、社内でも段々と危機感が生まれました。まずは幹部の意識改革をしようということになり、取締役から部長まで三〇〇人ぐらいの幹部が二泊三日の研修に参加することになりました。これは、参加者をグループ分けし、同じグループになった人から、一人ひとり長所や短所を指摘されるという〝三六〇度評価〟をする研修でした。幹部になるくらいの人たちは、それなりにプライドや実績を持っているので、他人から思ってもいない短所を指摘されるのは不愉快なものです。研修の夜の懇親会の席で、私は幹部に呼び出され、「お前、なんだってこんな研修をやろうと思ったんだ!」と叱責を受けたりもしました。そこまで苦労して行なった意識改革の研修──その効果は、どれほどだったと思いますか?成果は、まったくありませんでした。結局、このショック療法も効かず、意識改革も進まず、西友は持ち直せませんでした。その後、西友はウォルマートに買収されています。このことからわかるのは、いきなりの意識改革は難しいということ。そもそも、ビジネスモデルが世の中のニーズと合わなくなっているから業績が悪化しているのであり、社員の意識だけを変えようとしても根本的な解決にはなりません。ビジネスモデルを見直して、それから仕組みをつくっていく。その仕組みに納得して、実行するうちに、人の意識は自動的に変わっていくものなのです。この順番が間違っていると、せっかくの改革もムダに終わってしまいます。本質的な部分から着手しないと、抜本的な改革は実現できないのです。
「売れ筋捜査」「一品入魂」のアイデアはどう生まれたか
大企業病に陥ると、現場とリーダーの意識が乖離していきます。それを埋めるには、リーダーが現場に出向いてスタッフの声を聞くしかありません。私が社長に就任してまず行ったのも、全国の店舗を行脚して回ることです。当時常務の金井政明をつれ、直営店一〇七店を一軒ずつ回りました。ただ視察して回るだけでは、表面的なことしかわかりません。夜は店長らスタッフと共に飲みに行き、そこで腹を割って話す場を設けました。最初は警戒して他人行儀なことしか話さなかった店長らも、こちらが話を聞く態勢でいるとわかると、徐々に本音を話しだします。そうして、本社にいるだけでは決してわからない現場の問題点が色々と見えてきました。過剰在庫の問題も、店を見て気づいた点です。救いだったのは、本社は意気消沈していたけれども、店は元気だったこと。無印良品は店長もスタッフも、もともと無印ファンだった人が多いので、店を愛する思いが強かったのです。「消費社会や旧態依然とした商習慣に対するアンチテーゼ」という創業時のコンセプトが人を惹きつけていたのでしょう。スタッフも元気に声を出して接客していましたし、店ごとにあれこれ工夫して売ろうとしていました。そして現場のスタッフたちの「自分たちが頑張らないと!」という思いから、さまざまな知恵が生まれました。後述しますが、無印良品では、前年のデータをもとに、売り場の在庫管理と自動発注を連動させる仕組みをつくりました。ただし、コンピュータだけに頼っていると、キャンペーンや特売をしたときや、気温の変化が激しかったときなどに対応しきれず、売り場に穴が開くという事態も起こります。すると売り場から、売れ筋の商品を多めに仕入れたほうがいいのではないかという意見が寄せられました。このようなアイデアに耳を傾け、それを仕組み化することで、現場とのコミュニケーションを図れます。このときは、この意見を精査したうえで、「売れ筋ベスト一〇の商品を常に店で把握し、その商品は目立つ場所に陳列する」という仕組みにしました。これを「売れ筋捜査」と呼んでいますが、この仕組みのおかげで、在庫管理がさらに円滑にできています。また、「一品入魂」という制度も、現場から生まれたアイデアです。これは「店のスタッフ一人ひとりが売りたい商品を一つ決めて、お試し価格として二割
ほど安くして売る」という手法です。なぜその商品がお勧めなのか、スタッフが自分でコメントを書いてアピールするので、自然と力が入ります。このような自発性があったため、厳しい業績の間でも、現場サイドは非常に前向きでした。だから無印良品は立ち直りが早かったのだと思います。業績が低迷している現場で、いくらリーダーが売り上げアップを説いたところで社員は動かないでしょう。まずは現場との溝を埋めて、不満に耳を傾け、一緒に解決策を考える──今の時代のリーダーに必要なのはカリスマ性ではなく、現場でも自由にものを言えるような風土をつくり、その意見を仕組みにしていくことです。そうして現場の自発性が育てば、自ずと実行力のある組織になっていきます。
「お客様の声からヒット作をつくる」具体策
よく「クレームは宝」といわれていますが、お客様の声を活用する具体的なシステムを整えている会社は少ないのではないでしょうか。「お客様の声を集める」仕組みは大事です。無印良品にも、電話やメールなどで、お客様からの要望が毎日のように寄せられます。「商品がほつれている」「前に買ったものよりゴムが緩い」といったご指摘もありますし、「キャスター部分の交換はできるのか」という問い合わせもあります。こうしたご意見は、「声ナビ」というソフトに入力し、毎週一回、関係者でチェックし、商品に反映するかどうかを決めています。同時に、「くらしの良品研究所」というサイトを立ち上げ、お客様とコミュニケーションをとりながら商品開発をしていく仕組みを整えました。くらしの良品研究所には、「蒸れない帽子をつくれませんか」「このサイズの机をつくってほしい」など、さまざまなリクエストがあります。それも週一回、関係者で吟味し、商品化するかどうかを決めます。お客様の声から生まれた商品の代表例は、「体にフィットするソファ」でしょう。四角いボックス型のソファの中身に微粒子ビーズを使用し、伸縮性の異なるカバーをかぶせることで、よりかかっても上に寝転んでも身体になじむ仕様になっています。これは、「部屋が狭くてソファが置けないならば、大きなクッションにソファの機能を付けたらどうだろう」というお客様のリクエストから生まれました。今でも年間一〇万個も売れる大ヒット商品です。くらしの良品研究所では、自分の声がどう商品に反映されているのかがわかるので、お客様も積極的に参加してくれるのでしょう。こうした仕組みも無印良品の商品力を強化することに役立っています。クレームもリクエストも、実際に役立ててこそ、本当の宝になります。そう考えると、どの企業にも、アイデアの宝が山ほど眠っているのではないでしょうか。
「見せかけだけの突破口」に注意
どこの企業でも、どんなチームでも、業績が低迷すると、商品やサービスを見直します。今までにない商品を開発して心機一転を図ったり、流行を取り入れてみたりと、思いつく限りのことを試してみると思います。それでヒット作が出るならいいのですが、たいていは不発で終わります。貧すれば鈍するの典型で、目先の利益に飛びついてしまうからです。無印良品も、業績が悪化したころは混迷を極めました。たとえば、一時期、赤やオレンジなど華やかな色合いの衣料品を販売していたことがあります。もともと商品づくりでは、自然界にある色と天然素材でつくることをコンセプトとしてきました。そうすると、衣料品も自ずと色合いは白やベージュ、グレーなどのベーシックな色が中心になります。時折、お客様から「モノトーンだけでは飽きるから、もっとカラフルな服があったらいいのに」という要望が寄せられることがありました。そして、商品を開発している人が、「そこが、業績回復の突破口になるのではないか」と飛びついたのです。社員も必死になっているので、新しいタイプの服が出来上がると、懸命にPRして売り出します。すると、いつもの無印良品とは違う新鮮さがあるからか、確かにしばらくは売れました。しかし、それも長続きはしません。多くのお客様は他店にはないものを求めてお店に来ているのに、「他店にはない、無印らしさ」を失ってしまったら、無印良品で買う意味がなくなってしまうのです。自然界にある色と天然素材を使い、シンプルなものをつくるというブランドの根幹に当たる部分を変えてはいけなかったのです。業績が悪化したときに戦略や戦術の見直しを図るのは必要ですが、ぶれてはいけない軸がぶれてしまうと、お客様は離れていきます。日本の多くのものづくりのメーカーが低迷している理由も、そこにあるのではないでしょうか。これはたとえば、寿司が売れないからと客の要望を聞いてツマミを増やした結果、居酒屋と大差なくなり、結局ほかの居酒屋に負けるのと同じです。流行に流されるほうが楽なのですが、流行は文字通り一過性であるケースが大半です。お客様第一で要望を聞き入れるのは大事ですが、どこまでも聞いていてはブランドのコンセプトが揺らいでしまいます。
足元を固めるために、自社が目指してきたコンセプトをしっかりと再確認したうえで、それを進化させる形で経営戦略を立てるべきなのです。
優秀な人材は集まらない。だから「育てる仕組み」をつくる
超優秀でスター性のある社員が一人いれば、低迷している部署でも一気に巻き返しを図れるような気がします。どこの企業も、どこの部署でも、優秀な社員は喉から手が出るほど欲しいものです。外資系の企業では、ヘッドハンティングされるような優秀な人材が、待遇のいい企業を求めて渡り歩くのはよくある話です。確かに、そういう社員は組織のカンフル剤になるかもしれません。しかし、その社員が抜けた後はどうなるのでしょうか。そのような社員はノウハウを組織に残すことなく去るので、業績が一気に悪化することもあり得ます。優秀な人材はどこかから引っ張ってくるのではなく、組織の中で地道に育て上げるべきなのです。無印良品の衣服雑貨が不振になった時、責任を取らされる形で何人かの社員が辞めていきました。そこで人材を補うために、新聞の求人広告でアパレルの経験者を募りました。すると、有名ブランドで開発を担当していたような立派な肩書の人が集まりました。これで何とかなると思っていたのもつかの間、却って混乱しただけでした。前項のように無印良品のそもそものコンセプトからは逸脱した商品が生まれたり、他社の商品をコピーしたりと、それまでの無印良品の風土が軽視されたのです。なかには、取引先にリベートを要求するような人もいました。こういった経験から学んだのが、「優秀な人材は簡単に集まってくるものではない」という事実です。そもそも優秀な人材なら、その会社が手放そうとしないでしょう。優秀な人を採用するためにコストをかけるのではなく、優秀な人材を育てるべく社内に人材育成の仕組みをつくるほうが、時間はかかっても組織の骨格を丈夫にします。無印良品では、「人材委員会」「人材育成委員会」という二つの機関をつくっています。詳細は省きますが、人材委員会は異動や配置を検討し、人材育成委員会は研修などを計画します。このような仕組みをつくったのは、人材は適材適所で育つからです。営業が向いていない社員に対して、何年も営業を経験させていては、いたずらに消耗させてしまうようなものでしょう。人には得手不得手があるのですから、すぐれたパフォーマンスを引き出せる部署に配置するのも、リーダーの役割です。人の適性を見極めるときにも、個人的な感情には頼らないのが基本です。無印良品では「キャリパー」という性格判断のツールを使って、社員一人ひとりの適性を判断しています。
妙にシステマティックに思えるかもしれませんが、直属の上司だけの判断に任せていたら、好き嫌いの感情が入ってしまい、冷静な判断ができなくなるでしょう。また、店舗のスタッフも、アルバイトから正社員へとステップアップできる制度があります。なかには、一八歳でアルバイトから始めて二二歳で正社員になり、二三歳で店長を務め、二五歳でマーチャンダイザー(仕入れ担当者、以降MD)になったケースもあります。実力がある人にはチャンスがある、という仕組みを整備しているのです。もちろん、人材育成はそれぞれの組織に合った方法があると思います。いずれにしても重要なのは「組織の理念や仕組みを身体にしみこませた人材」を育てることです。一般的な「できる社員」を育てても、自社に貢献するわけではないと考えておくべきです。
人は「二度失敗して学ぶ」
二〇〇一年三月、私は新潟県の小千谷市にある焼却処理場にいました。目の前には段ボールが山積みになっていました。その段ボールの中にあるのは、長岡にある物流センターの衣料品の在庫です。無印良品の社員にとっては、〝わが子〟のようなものです。それを大きなクレーンがわしづかみにし、次々に炎に投げ込んでいきます。炎で焼かれる商品を見る社員の目がうるんでいたのは、煙のせいではないでしょう。私は煙突から上がる煙を見て、「これが無印良品が置かれている状況なのだ」と自分に言い聞かせました。これで膿を出し切ることができるはずだ、と──。社長に就任して間もないころ、私はこのように大ナタをふるったのです。全国の店舗を歩いて回っていたとき、店頭が汚いことに気付きました。汚いといっても掃除をしていないという意味ではありません。その年の春物の商品が置いてある一方で、売れ残った昨年や一昨年の春物や冬物を値下げして置いてあり、処分のためのPOPが林立していたのです。もったいないから売り切りたいというスタッフの気持ちもわかりますが、売れ残りに手を伸ばすお客様は少ないでしょう。無印良品の衣料品がベーシックなデザインであるとはいえ、やはりその年ごとに好まれる商品の傾向があります。売れ残りの商品は、帳簿では三八億円。売価では一〇〇億円にもなります。普通は、もっと値下げをしてすべてを売り切ろうと考えるかもしれません。しかし、私は不良在庫を商品開発担当者の前で焼却しました。在庫対応の時間的な期限も切迫していました。これがショック療法となれば、「過剰な在庫」の問題もなくなるだろうと思っていたのです。ところが半年後……、また在庫がたまりました。人は一度の失敗からは学ばない、二度失敗してようやく学ぶものなのだと、私はこの経験から学びました。一度失敗して改善されなかった場合、多くの場合はそこで直らないものなのだとあきらめるのかもしれません。けれど、二度失敗して初めて問題の深刻さに気付き、原因が何なのかを探れる姿勢になれるものなのでしょう。では、在庫が過剰に築かれる原因は何か。
第一に、「欠品を恐れる」という理由がありました。右肩上りの時代は、一〇〇売るためには一五〇ぐらいつくっておかないと欠品していました。しかし二〇〇一年には衣服・雑貨の既存店昨年比は七五%でした。一五〇つくると半分売れ残る割合です。第二は、一〇〇の売上げにするには、処分等で売らないと売上げが稼げないので、余計につくっておかないと目標に届かないということです。それならば、MD(マーチャンダイザー)に、仕入れを抑えるように指導すればいいと、普通は思うかもしれません。しかし、言葉でいくら言っても、人は納得しないと動かないものです。また、別の問題もありました。調べてみると、MDは商品の販売情報を〝独自に作成した帳票〟で管理していました。個人の勘や経験が蓄積されていたものの、その情報を抱えているのはMDだけなので、上司のチェック機能が働かないのです。ここにも見える化が必要だったのです。さっそく、本社で販売情報を管理するフォーマットをつくり、それを使うように各MDに指示を出しました。当然のように、MDからの抵抗はありました。自分なりの方法で築き上げてきたやり方を変えるとなると、それまでの自分の苦労を全否定されたように感じるものです。しかし、私は社長直轄のチームをつくり、MDから古い帳票を没収してしまいます。強制的に本社のやり方に従うようにしたのです。さらに、商品開発の仕組みも整えました。新商品を投入して三週間後に販売動向を確認し、計画の三〇%売れていれば増産し、そうでなければデザインを変更して素材を使いきるようにしたのです。これをコンピュータで管理し、今まで「何となく」やっていた商品開発や仕入れの作業を、一つの仕組みにしたのです。こうして、二〇〇〇年度末に五五億円あった衣服・雑貨の在庫は二〇〇三年には一七億円にまで削減できました。仕組みがうまく機能するようになれば、現場のスタッフの抵抗もなくなります。丁寧に説明し、わかってもらうようコミュニケーションをとるのは重要ですが、それでも理解してもらえない場合は、思い切った行動をとらなければなりません。そこで社員やスタッフの顔色を窺っていたら、改革は骨抜きになります。断固としてやり遂げる勇気もリーダーには求められているのです。
走りながら考える。但し、腹を括って
二〇〇一年は出血を止め、構造改革をスタートする、二〇〇二年は社風を変えて次の成長へ向けての準備をする。そのように年ごとにテーマを決め、あらゆる方向から無印良品の改革を進めました。改革にはスピード感が重要で、戦略が間違っていても、実行力があれば軌道修正ができます。社内のITシステムを構築するときも、「七割できていればよし」とし、後は使いながら機能を変更したり追加するようにしました。とくにITの分野は変化が激しいので、開発に数カ月かかっていたら、その間に、求められる機能が違ってしまいます。走りながら考えないと間に合わないのです。不採算店を整理したり、過剰な在庫を減らすなどのドラスティックな改革をしたこともあり、赤字に転落してから二年で業績は上向きはじめました。しかし、そこで改革の手を緩めては、元の木阿弥です。MUJIGRAMをつくり始めて業務の標準化を図り、社員が個々で管理していた文書を共有させるなど、担当者がいなくなったとしても情報が残る仕組みをコツコツつくりあげました。それでも経営には波があるものです。二〇〇八年には増収減益に転じ、二〇一〇年まで減益が続きます。これは二〇〇八年に起きたリーマンショックの影響で、世界的に景気が悪化したという外部要因があります。さらに、細身のデザインの流行を追いすぎた結果、競合のユニクロなどと同じ土俵に立ってしまっていたという内部要因もあります。このとき商品力をつけるためにどうすべきかと考え、素材を見直しました。インドやエジプトから有機栽培のコットンを調達して商品を開発したところ、安全性を求める消費者のニーズと一致して、再び業績は上昇し始めます。一度V字の底を体験しているので、社員は業績が悪化しても悲観せず、すぐに解決策を探るという風土がようやく固まりつつあります。このような組織の風土になれば、この先どのような危機に見舞われたとしても乗り越えられるでしょう。これこそ実行力のある組織です。経営にまぐれはない。これは私が経営者になってから、つくづく実感していることです。
業績が好調なのは景気がよかったから、ブームが起きたから、といった〝たまたま〟ではなく、そこには何かしらの理由があるはずです。そして業績が悪化したのも時代の流れなどの漠然とした原因ではなく、たいていは企業や部署の内部に問題が潜んでいます。それを掘り起こして対処できれば業績に反映されるでしょうし、そうでなければ対処法が間違っているのです。実行してみて、結果が出ないのであればまた改善するという繰り返しで、組織は骨組みをしっかりと固めていけます。安易な成功法則などありませんし、痛みを伴わない改革もありません。リーダーが腹を括れば、必ずV字回復を成し遂げられるものなのだと、私は信じています。
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