4章 この仕組みで「生産性を3倍にできる」 ──「むくわれない努力」をなくす法
「結果を出せる努力」には方法がある
仕事の労力を一気に五分の一にした「考え方」
原因が見えた途端に問題の八割は解決する
「机の上がきれいな会社は伸びる」理由
「仕事のデッドライン」を見える化する
ホウ・レン・ソウが「人の成長を止める」!
「一八時三〇分退社を徹底する」理由
なぜ、残業をなくせないのか
提案書は「A4一枚」
「形だけの会議」をなくそう
4章 この仕組みで「生産性を3倍にできる」 ──「むくわれない努力」をなくす法
「結果を出せる努力」には方法がある
仕事に向かう姿勢として、まるで少年野球チームの子どものように、漠然と「僕、頑張ります」というのは最悪です。アマチュアの世界では許されるでしょうが、プロの世界では、頑張っても結果を出せなければ、力不足だったと判断されるだけです。たとえ少年野球の世界でも、ピッチャーになりたいなら、人の二倍練習をするのか、ランニングや筋力トレーニングをするのか──方法を考え、そのポジションを取るまでのステップを考えて行動しなければ、レギュラーは勝ち取れません。がむしゃらに頑張るのではなく、どんな方法で頑張るかが大事です。それはビジネスの世界でも同じです。無印良品にも、「わかりました、頑張ります」と答える社員は少なからずいます。そのような人は、努力をすること自体を重視して、「どのポイントを、どのようなステップで努力すれば結果を出せるのか」を考えない傾向があるようです。当たり前の話ですが、結果を出して初めて仕事は成り立つものです。努力しても結果を出せないとしたら……、やはりそれは、努力の方法が間違っているのでしょう。象徴的な例があります。無印良品では、二〇〇一年に自動発注システムを導入しました。それまで売り場の発注担当者は、仕入れの仕事に大きなやりがいを感じていました。自分が「売れる」と判断して仕入れた商品が飛ぶように売れれば、それは嬉しいでしょう。そのため、店を閉めた後も、「ああでもない、こうでもない」と商品を並べ替え、どの商品をどのタイミングで仕入れるかを思案していました。そして終電に飛び乗って帰る毎日だったのです。それだけ自分の仕事に誇りを持ってもらえるのは、ありがたいことです。しかし、そこまで努力しても売れずに、在庫の山は築かれる一方でした。そのうえ、売りたい商品が店頭で欠品している場合も多かったのです。それを「今月は雨の日が多かったから」とか、「予想以上に売れたから」といった曖昧な理由で済ませてしまう。発注の仕事が、〝ギャンブル〟になっていたのです。そこで、自動発注システムを導入したわけですが、稼動しはじめた後、現場からの不満が出てきました。
発注担当者のこれまでの仕事ぶりを見てきた人は、仕事がなくなって落胆している担当者の姿を見て、「かわいそうだ」と同情するのです。また、導入時はしばらく現場が混乱したので、そのつど、「やはり人がやらないとダメだ」との批判も噴出しました。それでも、結果はどうだったか──。発注業務にかける時間は大幅に削減できました。その分新しい仕事にもチャレンジできるので、結果的に仕事の幅を広げ、自分自身の成長にもつなげられているはずです。一生懸命、発注作業をしている姿はたしかに心を打つかもしれませんが、それが結果につながっていないとすれば、やはり努力の方法の見直しが必要です。〝一見、必要な努力〟に目を奪われ、がむしゃらに頑張ってしまう前に、「本当に、この努力の方法でいいのか」を自問するわけです。
仕事の労力を一気に五分の一にした「考え方」努力を成果に結びつける仕組みを、いかにつくり、運用するか。正直にいうと、これは、なかなか難しいことでもあります。自動発注システムを導入したときもそうでした。これまで発注担当者の経験則や勘に頼っていた仕事を、仕組みに置き換えたことで、「人が努力して築き上げたスキルを、機械が代わりにできるわけがない」──そのような不満が現場でくすぶっていたのは、私も重々承知していました。自動発注システムとは、売上げ実績・市場の動き・季節などの情報から、単品の売り上げを予測して、一週間分の仕入れを発注するシステムです。基準在庫を下回ったら発注するというシンプルな仕組みで、勘や経験則は入り込む余地がないからです。それでも少しずつ成果は出始めます。それに私は、元来が批判にひるむような性格ではないので、システムの改善を命じることはあっても、元のやり方に戻そうかと心が揺れることはありませんでした。仕組みをつくるときは、旧来のやり方をしてきた人からの反対は当然あるでしょう。最初の数カ月は、我慢をすることも必要です。無印良品の場合も、新システムは〝徐々に〟現場に浸透していき、一つの仕組みとして根付いたのです。その結果、発注作業は原則なくなり、在庫修正作業も五〇%から一〇%に減少。その分、生産性が上がったともいえます。しかし、それだけではありません。加えて重要なのは、これまで個人の経験や勘に頼っていた仕事が、データとして蓄積されるようになったことです。もっと言えば、個人個人の大切な経験や勘の部分を、仕組みとして共有できるわけです。これこそ、仕事の仕組み──しかも、血の通っている仕組み──によるメリットの一つです。多くの経営陣や部課長は、部下に「努力をしてもらうこと」を喜ぶものです。連日徹夜をしている姿を見て、「頑張っているな」と評価する場面は、いまだに多くの企業で見られます。前項で述べた「努力の方法」を無視した態度です。これではいつまでたっても生産性は上がらず、効率化は図れません。せっかく努力している本人も浮かばれないでしょう。
リーダーは、「努力をすれば結果を出せる仕組み」を考えなければならないのです。
原因が見えた途端に問題の八割は解決するたとえば、営業部の成績が低迷を続けていたとします。なぜ売れないのか原因を考えた時、たいていは「売り方が悪い」という話になり、セールストークや接客態度を見直すということになりがちです。しかし、それらは本当に問題の原因なのでしょうか。営業部員が育たないのは、個人個人のスキルの問題ではないかもしれません。一部のトップセールスマンのノウハウを、部署内で共有していないからかもしれないのです。そのノウハウを共有する必要がない、あるいは共有したくないと思っている人が多いのなら、そこに問題の本質が隠れています。もし、営業部員同士を競争させて売り上げを伸ばそうとしているのなら、ノウハウは共有できず、伸び悩む営業部員はますますやる気をそがれてしまいます。その方法を変えない限り、売れないセールスマンを量産することになるでしょう。問題は、その根本的な原因が見えなければ解決できません。問題の本質をつかんでいなければ、トラブルが発生しても、場当たり的な対応しかできなくなります。まずは、「問題の見える化」が必要です。見える化ができないとしたら、それは個人の問題ではなく、組織の風土や仕組みに原因があると言えます。見える化を避けているとしたら、一人ひとりが「面倒なことに関わりたくない」「与えられた仕事をやっていればいいだろう」と他人事のようにとらえているからかもしれません。でも、そんな意識を持っている限り、根本的な問題は埋もれたままです。誰かが深く踏み込んでいかなければなりません。私が社長に就任した当初、衣服雑貨部門の売上げが低迷していました。それを立て直すためにはどうしたかというと、やはり「見える化」です。売上データを見える化し、それをきちんと分析した上で、対策を練る。文字にすると当たり前のことのようですが、これができていなかったのです。衣服雑貨だけで五つの部門に分かれているのですが、それまでは、部門毎の管理帳票はバラバラでした。それぞれの部門の担当者が独自にエクセルシートをつくって管理していたからです。「衣服雑貨の全部門」のデータを一括で見る仕組みがありませんでした。
たとえば「紳士服」だけでもTシャツ、シャツ、ジャケット、セーター、パンツと何種類もあります。さらにそれぞれのアイテムにはVネック、Uネックとデザインはいくつもあり、色もサイズも数種類あれば、無地かボーダーかなど……一つのアイテムでもこれだけ枝分かれしています。そのうちの何が売れていて、何が売れていないかの詳細を分析し、対策を立てるのは、紳士服の担当者にまかされていました。そのため、どこの工場にどのくらい発注し、仕掛り品(製造途中の商品)はどの程度あって、完成品はいつ、どのタイミングで入荷するのか、処分はいつからどれくらいの割引率で行うのか──などの情報が、担当者しかわからない状態でした。これでは、会社全体として統一された、効果的な対策を打つことができません。個人の能力のレベルが、会社のレベルになってしまいます。また、その人が辞めてしまうと、すべてのデータがわからなくなります。新しい担当者は単品の前年比すら把握できないという事態に陥ってしまうのです。そこを見える化するために、一括で管理できるシステムをつくりました。単品毎の売上動向は三週間目に判断できるようにフラグを立て、すべての人が見られる状態にしたのです。売上動向に応じて、アクセルを踏む(増産)、ブレーキを踏む(生産をやめる)ということができるようになり、店の在庫も、売れる店に移動できるようになりました。ネットで先行販売し、売上動向を把握するという改善もできるようになりました。こうした本質的な解決策を導入した結果、二〇〇〇年に約五五億あった在庫が、三年後に約一八億にまで圧縮されました。約三分の一の減少です。売上げはほぼ変わらないので、ムダを減らしただけで生産性は三倍になったとも考えられます。根本的な原因が見えれば、ピンポイントで手を打てます。問題は原因が見えた途端、八割は解決するものなのです。大学の先生や研究者が論文を書こうと思ったら、まずはその分野の過去の研究論文や事例を調べます。その上で、これまでの研究や実験では解き明かされていない事象や事例に対し、自分なりの仮説を立てて、それを実証します。ビジネスの問題の解決方法も、基本は同じでしょう。過去のトラブルや成功例を分析し、自分なりの解決策を考えて、実行する。スタート時点での分析が甘ければ、それ以降の解決策も不十分になります。問題は、意外なところに潜んでいるものです。それを見逃さないためにも、私は組織を丸裸にするような思いで、見える化に取り組んでいます。
「机の上がきれいな会社は伸びる」理由どこのオフィスにも、書類やファイルが積み上げられて今にも雪崩を起こしそうなデスクや、席の周りに段ボール箱を積み上げて砦のようになったデスクが、一つはあるのではないでしょうか。無印良品の本部にも、かつてはそのようなデスクが多数ありました。机の上には資料が積み上げられて、作業をするスペースといえば紙一枚分ほど。机の下には段ボール箱に入れられたサンプルなどが置かれていて、まさに足の踏み場もない状態です。どのように仕事をしているのかが不思議なくらいでした。しかし今は、クリアデスクルールを実施し、すべてのデスクが整理整頓されています。退社時には、私物や進行中の仕事の書類などを残してはいけないことになっており、机の上に載っているのはパソコンと電話ぐらいです。ただし、机の上のものを引き出しに詰め込むだけでは、問題の解決にはなりません。ハサミやホチキス、のりなどの文房具は、部門ごとで共有するようにしています。個人で文房具を所有していると、際限なく所有物が増えていくものです。この活動をスタートさせたとき、普段使っていないホチキスやハサミなどの文房具を集めたところ、山が築かれたぐらいでした。個人所有だとそれだけコストもかかりますし、スペースがいくらあっても足りなくなってしまうのです。さらに、共有文書で仕事をするよう、徹底しました。これには、「紙の資料を減らす」以上の狙いがあります。昔の無印良品は個人で情報を抱えてしまう傾向がありました。これを避けるために、「個人」に「仕事」を紐づけるのではなく、「組織」に紐づけるために、共有文書でやり取りをする習慣をつけているのです。作成した文書は自分で保管せずに、誰もがわかるようなファイルにまとめて、部署ごとにキャビネットに入れています。さらに、キャビネットの扉も取り払ってしまい、見える化を進めました。ここまですると、「三カ月前に会議でもらった資料はどこに行った」という話になっても、誰でもパッと探し出せるようになります。資料が山積みになったデスクや、何がどこに入っているのかわからないキャビネットでは、書類を探すだけでムダに時間がかかります。こうしたムダの積み重ねが、生産性を下げている要因でもあるのです。共有文書にすれば社員同士のコミュニケーションもとりやすくなり、情報の伝達力が上がるというメリットもあります。
担当者が長期休暇をとっている最中や出張で不在のとき、取引先から問い合わせがあり、慌てて担当者に連絡をするというのはよくある話です。共有文書を一括で管理しておけば、ほかの社員が代わりに対応できるようになります。もちろん、担当者が異動になった時も、スムーズに引き継ぎができます。見える化は、やると決めたら徹底してやらなければなりません。無印良品の場合は、クリアデスクを推進するチームをつくり、各部署のデスクやキャビネットをチェックして回り、徹底的に整理をしました。その結果、キャビネットの数を減らすことができ、空いたスペースにはコーヒーサーバーなどを置き、社員が打ち合わせや休憩ができるスペースを設けました。店舗でも同様に見える化を進めました。かつては倉庫に商品を取りに行くときには、婦人服なら婦人服の担当者、文房具なら文房具担当者しか、どこに在庫が置いてあるのかわかりませんでした。そこでMUJIGRAMで在庫管理の仕方を細かく決め、担当者以外の人でも在庫を見つけられるようにしました。これも、情報の伝達力を上げる取り組みだといえます。クリアデスクや倉庫の管理は、単に整理整頓だけが目的ではありません。それに伴って、組織の風土や仕組みを変えることでもあります。オフィスがきれいに整理された企業は、清掃に対する意識が高いだけでなく、情報発信力の高い企業でもあるのです。
「仕事のデッドライン」を見える化する「締め切りを設定していない作業」は、仕事とはいえません。チームのリーダーの立場にいれば、自分の仕事だけではなく、部下に割り振った仕事にも必ずデッドラインを設けているはずです。しかし、往々にして「デッドラインを設定した」だけで満足してしまう場合があります。そういう人は、自分の仕事のデッドライン自体を忘れてしまうこともあるでしょう。また、デッドラインを守れない部下も必ず出てきます。傍から見るとそれほど仕事量が多くない社員でも、締め切りを守れないのはよくあるケースです。理由を尋ねると、「他の仕事で忙しくて」「急に頼まれた仕事があるから」と答えるはずです。デッドラインを設けても、守れない場合がある。これも仕組みで解決できる問題です。デッドラインを見える化するのです。無印良品では、二つの仕組みによって、すべての業務のデッドラインを見える化しています。一つ目の仕組みは、「デッドラインボード」です。これは部門単位で管理され、部門長のデスクの近くに置かれています。部門長は部下に仕事の指示をした場合、デッドラインボードに担当者と指示の内容、デッドラインなどを書き込みます。それがデッドラインまでに守れれば○、守れなければ×をつけます。これにより、誰がどのような仕事を行っているかが見える化でき、その進捗も把握できるのです。締め切りを社員全員がチェックできるので、いい緊張感も生まれます。二つ目の仕組みは、社内ネットワーク上にあるDINAというシステムです。DINAとは、DeadLine(締め切り)、Instruction(指示)、Notice(連絡)、Agenda(議事録)の頭文字を取ったもので、パソコン上で全部門の業務の指示や連絡事項などが共有できるものです。たとえば会議の後は企画室の担当者が議事録をつくり、DINAシステムに投稿して、全社員で閲覧できるようにします。「本日、テレビでこの商品が紹介されます」という連絡事項があれば、ここに投稿して、情報を共有するのです。部署内で済むような小さな仕事はここには投稿しませんが、出店計画のように他の部署も関係するような案件については必ずアップします。一例として、会議で生活雑貨部に対して「商品の組み立て説明書の質を上げる」ように指示が出たとします。会議ではデッドラインも決めるので、その指示の具体的な内容をD
INAシステムに投稿し、いつまでに実施するのかも入力します。投稿内容を部署全体で把握できているかのチェックも重要です。部署で誰かが閲覧していないときは、画面には×がつきます。誰が見ていないかもわかるようになっているので、上司は確認して見ていない人に指示を出すことができます。これで会議に出席していなかった人にも、情報が漏れなく伝わるのです。そして、その業務が締め切りまでに完了した場合は、指示を出した人が完了のチェックを入れます。万一締め切りまでに完了しなかった場合は、指示の内容や期日を再度見直し、改めてデッドラインを設定します。こうすることで、業務の進捗はすべて見える化できるようになりました。このシステムは、広島にある病院で導入されているシステムを参考にし、無印良品流に開発したものです。
これらの仕組みには、二つの効果があります。一つ目の効果は、PDCAサイクルの実行です。PDCAサイクルとは、計画(Plan)、実行(Do)、評価(Check)、改善(Act)のプロセスを順に実施するマネジメントの一つです。上司が「企画を考えておいてよ」と指示を出すとき、急ぎでないならデッドラインを設定しない場合もあるでしょう。デッドラインがないと計画がどこまで進んでいるのかわからないので、実行、評価、改善とつながっていきません。デッドラインを必ず設けて、さらにそれを見える化すれば、あらゆる仕事が計画倒れにならず、実行に結びつくのです。そうやって、PDCAサイクルは回るようになります。二つ目の効果は、上司が指示の内容を忘れなくなるという点です。多忙な上司は自分が出した指示をつい忘れてしまうので、見える化して全員で情報を共有するようになれば、それを防げます。無印良品では、デッドラインを見える化した結果、生産性は格段に向上しました。業務が漏れなく遂行された結果でもありますが、同時に見える化することで、何が何でもそれまでに完了させなくてはいけないという緊張感も強くなったからでしょう。
ホウ・レン・ソウが「人の成長を止める」!新社会人の多くは、報告・連絡・相談、いわゆる〝ホウ・レン・ソウ〟が仕事の基本であると教わります。確かにホウ・レン・ソウは大切な業務なのですが、多忙なリーダーがすべての部下から報告を受けたところで、対応できません。自分の仕事だけで手いっぱいなのに、細かい報告を受けて指示をするところまですべて引き受けていたら、リーダーの仕事の生産性が落ちてしまいます。無印良品では、ホウ・レン・ソウの代わりに、前項で紹介したDINAシステムで仕事の進捗状況を確認します。デッドラインの日付になった時点で上司が成果を確認し、できていなければ、どこで問題が起きているのか、そこで確認すれば充分対応できます。基本的には、小さな問題は部署で解決を図ります。ただし、万一重大なトラブルが起きた場合は、速やかに経営トップまで情報を上げ、経営レベルでの解決を行う仕組みを整えています。ホウ・レン・ソウはまんべんなく行うのではなく、要所要所で行うようにすれば、仕事のスピードを緩めずに済むのです。ホウ・レン・ソウは、部下が上司に逐一報告することでコミュニケーションをとれるのと同時に、トラブルやミスを小さいうちに発見して、後々大事になる前に解決できるというのが一般論です。しかし、行き過ぎたホウ・レン・ソウは人の成長の芽を摘んでしまう行為だと、私は考えています。常に上司が仕事に絡むので、部下の自主性や自分自身で創意工夫しようとする意識が育たなくなるのです。「今朝、指示のあったこの仕事とこの仕事は終わりました」「A社に企画書を送ったのですが、反応が鈍くて。どうしましょう」部下がこのような報告をするたびに、上司の判断を仰ぐことになります。すると、自分で考えて動くという判断力も実行力も育ちません。こうなると、段々と上司の指示だけを聞いていればいいと考える人ばかりになり、自分で考え、自ら動き出す人間が育たなくなってしまうのです。上司の指示を受けてから動くようになると、上司が外出や打ち合わせで不在のときに、仕事が滞ります。その結果、仕事のスピードが落ち、生産性は落ちます。
また、ホウ・レン・ソウを過度に行うと「縦のつながり」が中心になってしまい、「横のつながり」がおろそかになります。上司への報告と相談ばかりが重視されると、他部署との連帯を考えなくなるのです。私はよく、「部分最適の累積は、全体最適にはならない」と社員に話しています。たとえば、総務人事部が組織改定のため、各部門から人員の要望を聞いたとします。海外事業部からは海外出店数の増加に応じ、増員の要請が上がってきます。品質保証部からは品質レベルの向上のための増員要請が上ってきます。すべての部門の要望を聞いていると際限なく人員はふくらんでいくでしょう。一方、売上げの伸び率以下に人員は抑えなければいけません。無印良品では、社長がこの問題の決裁をします。なぜなら、〝全体最適の視点〟を一番持っている人だからです。行き過ぎたホウ・レン・ソウは社員の意識を自分の部署に縛り付けてしまうので、内向き思考になり、〝部分最適〟の温床となります。全体最適の視点を養うためにも、リーダーは手綱を握りすぎないことが大切なのです。
「一八時三〇分退社を徹底する」理由無印良品はフランスやイタリア、スペインといったヨーロッパにも出店しています。開店するときは現地に行って視察するのですが、ラテン系の国の人たちと、日本人の生き方はつくづく違うものだと実感します。日本人は食事をするのもタスク(仕事)のようになっているのか、仕事が終わった後にレストランに行くとしても、メニューは三分ぐらいで決めて、翌日も仕事があるからと早々に帰宅の途につきます。食事は空腹を満たすための行為という感じです。一方、ラテン系の国の人たちは、ランチに二時間とるというのは有名な話です。さすがにワインを飲むということはありませんが、おしゃべりを楽しみ、エネルギーをたっぷり充電してから午後の仕事に取り掛かります。その分、仕事が終わるのは遅くなり、八時を過ぎると今度はディナーです。ワインを何にするか、何を食べるかを三〇分ぐらいかけて、仲間とワイワイ話し合いながら決めます。そしてとことん飲み、料理はしっかり食べ、会話はつきることなく、深夜一時ぐらいまでディナーを楽しむのです。「そんなに遅くまで遊んでいて、明日の仕事は大丈夫なのか?」と思っていると、翌朝九時にはきちんと出社しています。人生を楽しむというのは、こういう生き方をすることなのだな、と思います。仕事以外の自分の時間を楽しむ彼らの生き方のほうがよほど人間らしいでしょう。一〇年間ぐらいラテンの国に赴任させていた社員に、日本に戻ってくるよう命じても、「もう日本の企業文化には戻れない」と、会社を辞めて現地に住むのを選ぶ人が数名いました。「ラテンの国には一〇年以上赴任させないようにしよう」と、暗黙の異動基準も考えられたぐらいです。冗談みたいな話ですが、ラテン系の国で働くと、それほど価値観を変えられてしまうものなのです。翻って、日本のビジネスマンの生活を見てみると、対照的です。早朝から夜遅くまで働きづめで、週末は仕事の疲れから出かける気力も起こらない。そんな会社人生を何十年も送り、定年を迎えた頃、自分には何が残っているのでしょうか。無印良品の社員もみな仕事に熱心で、残業するのは当たり前という風潮がありました。とくに商品部の社員は毎日終電まで仕事をし、週休二日のうち、一日は洗濯や掃除で追われ、もう一日で何とか休めるという状況でした。こういう生活を送っていては、生産性は上がらないし、仕事のアイデアもなかなか生まれません。
そこで、私は社員の残業をなくそうと決意しました。とはいえ毎日の残業をゼロにするという目標は、いきなり掲げて達成できるものではありません。まずは週に一日、「ノー残業デー」をつくることから始めました。毎週決まった曜日に、全社員で定時退社をしたのです。これは、意外とすんなり達成されました。そこで、半年後からはノー残業デーを週二日に増やしました。さすがにはじめは少し混乱もありましたが、これもそこそこ達成されました。そして、いよいよ完全に残業をなくす取り組みを始めました。全社一斉に、「一八時三〇分退社」を徹底したのです。ここからが大変です。定時になると社内の電気を消して回らせていたのですが、いったん帰ったフリをして、時間をおいて戻って来る社員もいました。家に仕事を持って帰る社員もいて、これでは残業をなくす意味がありません。残業をする人は、たいてい同じ人でした。そういう人に共通しているのは、非常にまじめだという点です。仕事には太い幹の部分もあれば、些末な枝や葉のような部分もあります。たとえば、会議で新商品のプレゼンをするとき、太い幹は「企画を通す」という部分です。しかし、まじめな人は時間をかけてプレゼンの資料を用意し、枝葉も徹底してやりたがるのです。だからといって、残業をなくすために仕事の質を落とせばいいという話ではありません。時間内に終わらせることの重要性を認識させ、工夫してもらわなければ生産性は上がらないのです。たとえば、会議で必要な資料をパワーポイントでつくるにしても、そのフォーマットを部署で決めておけば、集めた材料を当てはめていけばよくなるので余分な手間が省けます。情報の共有化によって、仕事の質を落とすことなく生産性は上げられるのです。また、八時間きっちり働いているようで、遊んでいる時間は結構あるものです。無印良品でも、社員のインターネットの使い方を調べてみると、二五%は仕事とは関係のないサイトを見ているという人もいました。このように、仕事の仕方を見直してみると、やらなくてもいい仕事や、ムダな時間が結構あるものです。仕事の本質を見定められるようになると、格段と生産性は上がります。同じ八時間労働でも、今まで以上に仕事量を増やせるようになるでしょう。
なぜ、残業をなくせないのか残業をなくすために一番有効なのは、デッドラインを設けることです。限られた時間内で仕事を済ませようとすると、集中力が生まれますし、仕事に優先順位をつけて取り組めるようになります。ただし、デッドラインだけでは、残業をなくすには不十分です。もし仕事量を減らせないのなら、社員を増やすか、時間を増やすかのどちらかしか対処法がないのも、また事実です。しかし、社員を増やす方向に、本当の改善策はありません。同じ質の仕事を社員の数を増やして対応しようとするのですから、進歩はない訳です。従って、やはり仕事量を減らす方向に本質があるのです。私は残業をなくすための提案を、全部門から出してもらいました。たとえば、商品部からは「今使っているデータでは必要な情報が取れないので、自分で加工して資料をつくっている」という声が上がってきました。そこで、システム部と相談して、必要なデータをすべて打ち出せるようにしました。こうした積み重ねで、全社の「人時(作業量)」を二〇%以上減らすことができたのです。しかしながら、残業を完全にゼロにするのは難しいので、途中で「一〇%ルール」を設け、一八時三〇分以降に残っている人数は各部門で一〇%以下にするように決めました。決算や商品の展示会などで、どうしても残業しなければならない仕事があるからです。これを二〇一三年は七%にし、さらに生産性を上げようと取り組んでいるところです。今では、経理の決算期や商品の展示会などがあっても、全社では七%以下になっています。残業を減らせないのは、個人の仕事の仕方だけではなく、会社の仕事の仕組みも関係します。無印良品では、まずは「夕方には新しい仕事を人に頼まない」というルールをつくりました。上司が夕方の五時に、作成に二時間程かかりそうな資料をつくるよう部下に指示すれば、当然そのために残業することになってしまうからです。さらに上司からだけでなく、他部署からの依頼ごとも、午前中の早めの時間に済ませるようにしました。これで指示を出すほうもデッドラインを早めに逆算して、仕事を割り振るようになるので、生産性が上がります。
ノー残業を試みる企業は多いですが、たいていは週一回実施するぐらいですし、毎日残業をなくそうとした企業のほとんどは、失敗しているようです。それは、仕事量を減らさず、人員も増やさず、しかし時間は減らすという不可能なことをやろうとしているからでしょう。デッドラインを設ければ残業が減るというわけではなく、上司が仕事の頼み方を変えたり、常に業務の改革改善を行って「人時」を削減する(仕事をなくす・効率化する)等の工夫をし、ようやく実現できるものなのです。ところで、私は何事も徹底しないと気が済まないので、自分が残業するときは残業申請を人事部に提出するようにしています。上がやっていると、部下も従わざるを得なくなるので、残業を減らそうという意識が強まります。もし、残業を仕事に対する熱意の表れだととらえているのなら、まずは上司がその考え方を改めなければなりません。仕事への貢献度は時間で測るものではなく、結果で測るべきではないでしょうか。
提案書は「A4一枚」国会中継を見ていると、しばしば居眠りをしている議員の姿を見かけます。自分は発言せず、他の議員のやり取りを聞いているだけでは、眠くなっても仕方がないでしょう。学校の授業と同じで、一方的に話を聞いていると、集中力はどうしても途切れてしまいます。多くの企業では連日会議が行われていますが、無印良品でもその点は同じです。とはいえ、時間を浪費するだけの会議では意味がありません。議論をするのも大事なのですが、あくまでも「決めて、実行する」ための会議でなければならないのです。会議の後が本番であり、そこに至るまでは準備段階です。「実行九五パーセント、計画五パーセント」の企業にするには、会議の準備にかける時間は最小限にとどめて、実行に時間をかけなければなりません。そのために、無印良品では会議の時に使う提案書はA4一枚(両面)と決めてあります。新規出店のような大型の案件でも、提案書はA4一枚です。この仕組みも、最初から社内ですんなり受け入れられたわけではありませんでした。A3で作成した資料をA4に縮小コピーをかけるという悪あがきをする者もいれば、パワーポイントのスライドを数枚割り付け印刷して、「一枚です」と提出する者もいました。こういうことに関しては、みな知恵を絞るものです。提案書のフォーマットはとくに決まっていませんが、必要な数値や重要な情報が入れてあるかどうかがカギになります。新規出店の提案の場合は、候補となっている土地の周辺情報、売り場の面積、賃料や保証金、周囲に無印良品はあるのかどうかといった基本的なデータや売上げ目標のほか、五年分ぐらいの損益計算書(どれだけ利益を得られるかを表す財務諸表の一つ)も予測を立てて入れます。これを会議でプレゼンする際は、建物の外観写真や出店場所のフロア図面、周辺地域の地図などをプロジェクターで投影しつつ、説明するのです。ここまで一枚の紙に内容を絞り込むためには、事前のマーケティングや調査が必要になります。そのための指標となるのが、業務基準書です。たとえば周辺に住んでいる客層を調査したり、候補地周辺の通行量を調べたり、周辺の商業施設の調査をしてどれだけの売上げが見込めそうなのか分析したり、調べるポイントはすべて決めてあります。郊外でファミリー層が多く、車や自転車で来店できそうな場所
なら、手堅く利益をあげられるのではないか、などと調査結果をもとに判断するわけです。その調査自体は「実行」に直接つながるので、時間をかけてやらなければなりません。でも、提案書はただの文書ですから、その作成に時間をかけるのは仕事の本質から外れているというわけです。パワーポイントを駆使し、イメージ画像やイラストを多用したり、複雑な図を入れたりと、凝った企画書をつくる人がいます。しかし、それは仕事の本質ではありません。企画を通すのが目的であり、見栄えのいい企画書をつくるのが目的ではないでしょう。私自身、以前は数十ページに及ぶ提案書を何日もかけて作成していました。数十枚の提案書だと、つくるのに時間がかかるうえ、会議で一時間以上かけてプレゼンしなければならなくなります。話す側も聞いている側も労力を使いますし、他の議題を話せなくなるので、いくつもの生産性を奪っているようなものだったのです。そもそも数十枚の提案書でも、重要なポイントはA4一枚でおさまるほどしかないものです。どの段階の作業に時間をかけるかを見定めないと、いたずらに時間を費やすだけです。さらに、何よりも情報量の多すぎる文書ではコミュニケーションがとれません。お店にはかなりの日報や指示書が届きます。A4一枚程度にしておかないと読むことすらできません。たくさん書いてあると、ポイントを理解するのも大変です。とくに「経営」はコミュニケーションの量とスピードで決まります。コミュニケーションを阻害する大量の企画書は、経営の実行力を著しく落としてしまうのです。ちなみに、パワーポイントを禁止にしている企業もありますが、無印良品ではそこまではしていません。プレゼンの時に必要な情報を伝えるという目的を果たすために、パワーポイントやエクセルを使うのは問題ありません。しかし、それがあくまでも手段であることを意識すべきです。伝えるべきポイントを自分で把握しているかどうかは、A4一枚で要約できたときに初めてわかるでしょう。
「形だけの会議」をなくそうその企業の「実行力」は、会議を見ればわかります。以前は、無印良品の会議は形骸化していました。いわゆる根回しがまかり通っていたのです。たとえば新しいお店を出すことになったとします。店舗開発部長が責任者として、役員や各部門長が一堂に会した場でプレゼンを行います。ところが、その説明の内容を理解できる人間はごく限られた人です。その案件が妥当なのかどうかは、開発部長と社長ぐらいしか判断できません。それにもかかわらず、他の部門の部長も、出席したからには何か言わなければならないと思い、適当な意見を述べます。「その付近の通行量はどうなの?」「どんな人が住んでいるの?」といった質問を投げかけ、答えられないと再調査となります。担当者は調査し直し、再び議題にかけても、また重箱の隅をつつくような質問をされ、数カ月間かけてリサーチをしたにもかかわらず、あっさりと否決されることもありました。こうなると、担当者としてはたまったものではありませんし、何より経営の効率が著しく落ちます。その結果、社内に蔓延したのが根回し主義だったのです。その案件に対して影響力のある役員などへの根回しは、とくに重視され、事前に案件を内諾してもらうように働きかけていました。こういう風潮は官僚主義の最たるものです。根回しによる会議の効率化とは名ばかりで、次第に自分一人が責任を負うのを避けるようになり、共同責任の人を増やしたいという心理が働くようになっていきます。こうなってしまうと、もはや会議は単なる儀式です。重要な案件は事前に結論が出て、些末な議題だけ話し合うような状況でした。活発な議論ができないので、組織の活性化など望めませんでした。実行より手続きが大事な会社は、衰退していくばかりです。私が社長に就任した頃も、そのような状況は変わっていませんでした。何かあるたびに、部長や担当者から「会議の前に説明をしたいので、時間をいただきたい」と言われる。そこで、根回しを禁止しました。担当者が自ら決断して、自分の責任でもって実行しなければならない仕組みに変えていったのです。
また、提案書は役員か部長から提案するということにしました。その部門の責任者がすべてを把握し、リスクを取って実行するということにしたのです。「当事者意識」が実行力に大きな影響力を持つためです。今ではビビッドな会議になり、それこそ「英知を集められる場」になってきました。会議ではどうしても発言する人は二~三人と決まってしまうので、私が議長を務めているときはあちこちに話を振るようにしています。すべてのデータが頭に入っていないとパッと答えられないので、出席者は緊張感を持って会議に臨むようになります。会議は、参加者が能動的になる環境づくりも大切です。会議が形骸化するかどうかは、仕組み次第です。仕組みを変えれば、会議は組織の成長エンジンとして機能するようになるでしょう。
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