部下との間に「協働関係」をつくるフィードバックの実践編に入る前に、知っておいてほしいことがあります。それは「そもそも、なぜフィードバックが必要なのか?」ということ。本書では、シーンに応じた様々な具体的な実例を紹介しています。
しかし、その力を発揮するためには、「フィードバックの意義」についての理解が必要不可欠。上っ面だけの言葉では、むしろ逆効果になってしまいます。この序章は、フィードバックを実践する上の「土台」となる章です。
「会社のために」では、部下はついてこない
「給料は我慢料だ!」こんなセリフを言われたことはないでしょうか。私はあります。社会に出て、とある大手銀行で働いていたときのことです。
当時は、滅私奉公(自分を滅して、会社のために命を捧げる)が美徳とされ、自己を犠牲にして「会社のため」にどれだけ頑張ったかで評価されていました。
自分を押し殺し、無理して頑張った結果、私は心身を壊しました。やる気は失せる。仕事でミスをする。脱毛症になり、胃痛で毎日胃薬を飲んでいました。最後にはストレスで倒れ、人生ではじめて救急車で運ばれました。誰しも不幸になりたくて働いているのではありません。
しかし、現実を見ていると、思い描いた幸せなワークライフとはかけ離れた状態の人が大勢います。自分らしさを発揮できて、やりがいも感じられるような「自己実現」できる会社というのは理想でしかなく、実際は会社のために働くことを半ば強要されてしまう。
こんなことが繰り返されると、これからの将来を担うはずの若手部下はどんどん会社から離れていきます。仮に離れなかったとしても、部下の能力を発揮させることは極めて難しいでしょう。だからこそ、「部下に自己実現をさせながら、会社も成長させていく」ことが大切です。もちろん、何でもかんでも部下の好き放題にさせるということではありません。
やや極端な例えかもしれませんが、伝統ある和菓子屋に勤めていながら、「自分は洋菓子が作りたい」と言っても、「なんでうちに来たんだ?」と困惑されるだけです。ですので、部下の自己実現というのは、会社の目指す方向性(ビジョンや目標)と一致している必要があります。
このようにお伝えすると、「部下の自己実現を支援しながら、会社を成長させるなんて本当にできるのか?」と思われる方も多いことでしょう。
結論から言えば、それは「可能」です。そのためには、まず上司が部下をよく理解することが大切です。「理解する」とは「部下が何に価値を感じるのか」「働くうえで大切にしたいことは何か」を知ることです。
冷静に考えればわかることですが、自分がやる仕事に対して「価値」を見出していなければ、「やりがい」も「やる気」も感じることはできません。
ここで注意していただきたいのは、部下の仕事に対する好き嫌いを聞けばいい、ということではありません。仮に、部下が今の仕事が好きではなかったとしても、その仕事に価値を見出すようにマネジメントすることは可能です。仕事に対して自分なりの価値を見出すことができたら、部下は「やりがい」を感じて意欲的に仕事をするようになります。
そのような状態を、上司が部下とのコミュニケーションを通じて作り出していくのです。それが、本書で扱う「フィードバック」です。フィードバックの主たる目的は「相手をよく理解して、相手を成長させる」ことにあります。会社の都合のいいように成長させるのではなく、部下のことをよく理解して、部下が自己実現できるように成長を支援するのです。
部下の「自己実現」が組織を成長させる
ではなぜ、ここまで自己実現にこだわるのか?ハーバード大学ビジネススクールのテレサ・アマビール教授らの35年にも及ぶ研究の結果、「部下やチームにとってやりがいのある仕事が少しでも進むように支援することが、個人と組織の創造性や生産性を高めるのに最も効果的である」ことがわかったのです。さらに、職場における「個人の満足度が高いことが組織の成功につながる」ことも報告されています。
つまり、自己実現のコアである「やりがい」のある仕事が進むように部下を支援し、部下の仕事に対する満足度を高めるほど、会社も発展していくのです。
そもそも、会社という組織は一人ひとりの個の集まりです。個の成長が組織の成長につながるのは自明の理なのです。では、ここで「成長とは何か?」を考えてみましょう。
つい先日のことですが、私が主催しているコーチング講座で「人生や仕事において大切にしていることは何か?」についてじっくりと考えてもらう機会がありました。その際、参加されていた某企業の人事担当の方がこんなことを話してくれました。
「私達はこれまで、社員にこんなふうに成長してほしいと、会社側の都合を押し付けていたことに気づきました。社員一人ひとりの『自分はどう成長したいのか?』という視点が欠けていたのです。
働くというのは、単なる労働時間の切り出しではなく、自分の価値観や自分らしさを追求していく中で、何が社会に提供できるのか、ということなのではないかと」利益や生産性を追い求め過ぎるがあまり、会社は人を人としてではなく、組織の歯車(機械的な存在)として扱ってきた。
組織優先の会社経営が個の成長や可能性を奪ってきた、と人事を長年担当してきた彼は悟ったのです。「成長」とは会社都合の成長ではなく、社員一人ひとりの自己実現そのものなのです。
「未知のやりがい」を引き出すマネジメント
さて、ここまでお読みいただいて、「部下の自己実現が重要だという理屈はなんとなくわかったけど、たとえば、本人が希望しない部署に異動させなければならない場合はどうするのか?」といった疑問を抱く人はいるかもしれません。ここで、とある面白い研究結果を紹介しましょう。
インドのラージャスターン大学が「恋愛結婚」と「お見合い結婚」の満足度について比較しました。
その結果、結婚1年以内では恋愛結婚のほうが満足度が高かったのですが(恋愛結婚は70点、お見合い結婚は58点)、長期的な満足度では、お見合い結婚のほうが高い数字が出たのです(恋愛結婚は40点、お見合い結婚は68点)。
「夫婦の愛は最初から存在する(恋愛結婚)」という考え方と、「夫婦の愛は徐々に育まれていく(お見合い結婚)」という考え方の違いが表れたのではないか、とのこと。
この逆転現象は、仕事でも同じ捉え方ができます。仕事のやりがいは「最初から存在する」もしくは「徐々に育んでいく」という2つの考え方です。最初から仕事にやりがいを感じられたとしても、慣れるにつれて満足度が下がる可能性があります。
反対に、最初はやりがいを感じられなくても、徐々にやりがいを見出して満足度が上がってくる可能性は十分にあり得ます。つまり、希望しない部署に異動させられたからといって、仕事にやりがいを見出すことができない、ということにはなりません。
もちろん、最初は、希望しない部署での仕事にやりがいを見出すのは難しいでしょう。そんなときこそ、上司によるフィードバックが大切なのです。部下が仕事で大切にしたいこと(価値観)は何なのか?そのことを理解して、部下が成長できるように支援する。
希望どおりでなくとも、今まで気づかなかった新しいやりがいを見出した時にこそ、部下は大きく成長を遂げていきます。かくいう私も、まったく希望していない部署に異動させられた経験が度々ありました。
JICAでは、事業部を希望していたにもかかわらず、官房部署の総務部や企画部などに異動させられたことが3度もあります。ですが、上司のフィードバックによって、官房系の仕事のやりがいや重要性について理解が深まりました。
その結果、組織全体を見渡すことができ、経営的センスが身についたり、マネジメント能力が高まるなど、自分の可能性がさらに広がっていったのです。
「既知」のやりがいは、自分の知る範囲でしかなく、期待値を超えることはありませんでした。他方で「未知」のやりがいは自分の想像の枠を超えて、「自己実現している!」という実感値を高めてくれたのです。
未知のやりがいは、既知のやりがいを超えるのです。「会社のために」と言われても、頑張れないのはある意味当然です。滅私奉公で頑張るには限界があります。
会社都合の短期的視野で部下を働かせることは失策でしかありません。部下の自己実現を支援することが、部下の能力やパフォーマンスを高め、成長を促し、そしてそれが会社の成長にも直結するのです。
「変化に強い組織」のつくりかた
私が外交官としてフランスに駐在していたときの話です。自己紹介の際、日本人とフランス人とでは顕著な違いがあると知りました。
日本人はほとんどの場合、「◯◯社の田中と申します」と所属組織名で自己紹介するのに対し、フランス人は「システムエンジニアです」と職種で自己紹介することが多いのです。
長年フランスに駐在している知人にこの話をしたら、フランス人は、自分が所属している会社ではなく、自分のやりたいことやできることを常に考える傾向が強いとのこと。
一昔前は、自分が何をやりたいかよりも、どの企業で働けるかが重要でした。年功序列の終身雇用が当たり前。転職すると不利。起業や副業は例外中の例外でした。今は明らかに違います。
転職は当たり前。より自分に合った職場があれば、転職を重ねてどんどんキャリアアップしていく。さらに理想を追い求める人は、独立起業していきます。
いわゆる人材の流動化に伴い、雇う側の企業にとっては、優秀な人材を確保しやすくなるというメリットがある反面、人材を活かすことができなければ、どんどん流出していくのです。
「あなたはA社の社員なのだから、A社の言うことに従いなさい」という狭い発想では社員はついてこない。会社中心の考え方では、時代に取り残されるのです。こうした背景の一つには、若者の労働に対する価値観の変化があります。
戦後の何もなかった時代は、衣食住といった物欲を満たし、国の制度や社会基盤を整えることが何よりも重要でした。しかし、物質的に恵まれた今の世代は、国や社会のために自己を犠牲にして働くというよりも、自分のやりたいことや個性を活かせる「自己実現」のほうに働く目的が変化しています。
もちろん、若者全員がそうというわけではありませんが、若手世代の労働に対する価値観が変化していることを、上司は認識しなければなりません。
フェイスブックのCEOであるマーク・ザッカーバーグ氏は「世界一プアなお金持ち」と言われているのをご存じでしょうか?何兆円もの資産を持つ大富豪でありながら、普段着はジーパンとTシャツ、車は庶民的であるなど、質素な生活をしています。
また、娘が生まれたのを契機に、プリシラ・チャン夫人と保有する資産の99%を寄付すると発表しました(当時の相場で5・5兆円!)。
彼はまさに、「物欲」よりも、「やりがい」を大切にする世代の代表のような存在でしょう。また、労働に対する価値観が変化したことに加え、働き方にも大きな変化が起こっています。
政府が1億総活躍社会の実現を掲げ、2019年に「働き方改革」を打ち出したことは記憶に新しいでしょう。働き方改革とは、「働く人々が、個々の事情に応じた多様で柔軟な働き方を、自分で選択できるようにするための改革」と定義されています。
このような概念は、これまでの会社中心の考え方にはなかった発想です。背景には、少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少や、働くスタイルの多様化への対応が急務であることが挙げられるでしょう。
個々の事情に応じて働き方を選択できる。それにより、社員の満足度アップや労働生産性の向上につなげていく。待ったなしの状況に、政府は大胆な改革に乗り出したのです。
会社中心の考え方からすれば、「働き方は、会社の都合に合わせてくれ!」と言いたくなるところでしょう。しかし、これからの時代はそうはいかないことを理解すべきです。
「人中心」でなければ、生き残れない
「会社中心」という考え方の最大の落とし穴は、柔軟性を失うことです。柔軟性を失えば、変化に適応することが困難になります。
進化論を提唱したダーウィンが言ったように、強いものが生き残るのではなく、環境変化に適応したものが生き残るということです。
適者生存(survivalforthefittest)です。「変化への適応」は極めて重要です。ITや人工知能の発達により、変化のスピードは以前とは比べものにならないくらい加速し、市場ニーズも多様化しています。いち早くニーズの変化を捉え、そのニーズに応えることができないと生き残れません。一説によれば、日本企業とシリコンバレーの企業とでは、決断と行動のスピードに100倍の差があるといいます。
日本企業が一つの完璧なプロダクトを世に送り出している間、シリコンバレーの企業は20%程度の完成度のモノを5つ出して、ヒットしたものだけを改善して売りさばくと言われるほど、決断と行動のスピードが速いのです。
たとえれば、時速3キロのカメと時速300キロのF1ほどの差があるということ。致命的な差です。柔軟性を持たない会社中心の考え方は、時速3キロのカメと同じ。ビジネスの世界は「うさぎとかめ」の童話とは違います。
変化のスピードについていけないと確実に衰退します。今、将来を担う若者の労働観は確実に変化しています。会社を動かしている経営層や中間管理職の世代の価値観とは大きく異なります。
その変化にどれだけ機敏に対応して、若い世代の人材を活かしていくか?これからは、会社中心の考え方から、人を中心とする考え方にシフトしていくべきです。
人を中心とする考え方とは、人を大切にするという考え方です。人を大切にするとは、人を理解するということ。その人がどのような可能性をもっているのか?何にやりがいを感じるのか?それを深く知ることです。
会社中心の考え方で「こうするべき」を押し付けるのではなく、社員の個性や可能性を引き出しながら、いかに成長させていくか。そのために、フィードバックというコミュニケーションが必要になってくるのです。
「やらせる」のではなく、「やりたい」状態をつくる
中国に古くから伝わる諺があります。鳥には空気が見えない。魚には水が見えない。そして、人間には自分が見えない。
グーグルの元CEOエリック・シュミット氏、マイクロソフトの共同創業者ビル・ゲイツ氏、フェイスブックの創業者マーク・ザッカーバーグ氏、GEの元CEOジャック・ウェルチ氏などといった超一流のビジネスパーソンがわざわざコーチを雇い、コーチからフィードバックをもらうのは、なぜでしょうか?
その理由は、自分では自分のことは見えないことを理解しているからです。鏡を見なければ、自分が今、どんな顔をしているかわかりませんよね?同じように、どんなに凄い人であっても、自分の背中を見ることはできません。
一流のビジネスパーソンであるほど、そのことを理解しています。なので、自分の見えない部分を知り、自分をさらに高めるため、第三者からのフィードバックを欲しがります。
彼ら彼女らは、自分が見えていない部分を映し出してくれる鏡のような存在を大切にしているのです。自分には見えないけれど、自分以外の人には見えることを「盲点」といいますが、これは対処するのが非常に難しい。
盲点は、第三者からのフィードバックでしか発見できません。また、第三者からの指摘によって、自分の長所や才能に気がつくことがあります。
それが大きな成長のきっかけになることもあります。それゆえ、フィードバックは、特に人材育成の場面でその威力を発揮します。
フィードバックは「ダメ出し」ではない
これまで、フィードバックの具体的な内容について触れてきませんでしたが、ここから少しずつお伝えしていきます。フィードバック(feedback)とは、もともとは工学系の用語であり、「フィード(feed)=送る」と「バック(back)=戻る」で「帰還」という意味です。
ビジネスシーンで用いられるフィードバックの定義は明確ではないですが、「アドバイス」、「説教」、あるいは「ダメ出し」など、人事においては「評価」や「改善事項」のことを指す場合もあります。
とかく日本人は、フィードバックと聞くと、ダメ出しのようなネガティブなイメージを感じてしまう人が多いようです。今や世界一の資産家(19兆円、2021年1月時点)で、スペースXやテスラを率いるイーロン・マスク氏。
そんな彼は「フィードバックはビジネスの成功に不可欠であり、原動力である」と、その重要性を指摘しています。世界的なビジネス誌『ハーバード・ビジネス・レビュー』(2016年)によると、米国における大企業の10~15%がパフォーマンス評価を廃止し、インフォーマルなフィードバックを頻繁に行っているだけの企業も増加しているとのこと。
その理由の一つは、パフォーマンス評価に多大な時間と労力がかかること。他方で、フィードバックが人材育成にポジティブな影響を与えていることも理由に挙げられています。
このように最近では、フィードバックの有効性に注目が集まってきていて、とりわけ人材育成の場面でフィードバックを活用する組織が増えてきています。
「考えさせる選択肢」を与える
子どもの頃、宿題をやろうと思っていたのに、「宿題をしなさい!」と親から命令されたことで一気にやる気を失った経験はないでしょうか?人は、自分の行動を他人に決められると、「選択の自由」が奪われたと感じます。
そして、「やれ」と言われた行動をやりたくなくなります。これを「心理的リアクタンス」と言います。リアクタンスは「抵抗」を意味します。
無理やり行動させても、パフォーマンスは上がらないどころか、心理的リアクタンスによって行動する気すら起こりません。鍵は、「やらせる」のではなく、「やりたい」状態をつくることです。
自ら行動を起こせるための「主体性」を発揮させるのです。人は生まれながらにして「自分の行動を自分で選択したい」という欲求を持っています。専門用語では、自己決定感などといわれますが、自己決定感は、仕事のパフォーマンスにも大きな影響を与えます。
玉川大学の松元健二教授の研究によれば、「なにかの物事にチャレンジするとき、自己決定感が強い状態だと、失敗を成功の糧に変えられるのに対して、自己決定感が低い場合には、失敗がネガティブに意味づけされる」とのこと。
部下の「やりたい」という状態をつくるには、指示命令的なフィードバックはしないことです。「指示どおりに、とにかく仕事をやり遂げてください」この言い回しは、指示する上司も、指示された部下も、考えずに済むので楽かもしれません。
ですが、部下は自分の行動を自分で選択できないので、受け身の姿勢となります。また、考えないで言われたとおりのことだけをやるのは、成長の機会を失っているに等しい。
◯「君なら、どうやってこの仕事をやり遂げますか?」部下は考えます。何がベストな方法か?どうすれば時間内に成果をだせるか?指示もせず、答えも与えず、部下に考えさせる。
主体性を発揮させるとは、こういうことです。部下を成長させる鍵は、考えさせる選択肢を与えるということなのです。
フィードバックを機能させる「5つの原則」
フィードバックが効果を発揮するための原則についてお話しします。先日、とある企業の若手リーダーの方からこんな相談を受けました。
「転職することが珍しくなくなった今、少しでも厳しく指導したら、部下が会社を辞めてしまうのではないかと考えて、指導を躊躇するリーダーが増えているように感じます。
どうしたらいいんでしょうね……」部下が転職することを恐れて、機嫌を取ったり、優しくしすぎる上司は多いものです。その結果、部下を甘やかして成長を妨げてしまうことがままあります。
部下を育てるには、色々と判断に迷ったり、悩んだりすることも多いでしょう。そんなときは「原則」に従って対応するのが正解です。
リンゴは高いところから低いところへ落ちます。その逆は地球上ではあり得ません(万有引力の法則)。パレートの法則(2対8の法則)なども有名ですね。
科学的根拠のある物理法則と異なり、仕事上の原則には例外もありますが、まず「指針」とすべきであることは間違いありません。
迷ったときは、原則に従って行動するのが最良の選択なのです。では、フィードバックが機能する最初の原則についてお伝えします。
【第1の原則】セキュアベースをつくる
セキュアベースとは、安心安全な(セキュア)基地(ベース)のことです。近年、「心理的安全性」が仕事の生産性を上げる重要な鍵として注目を集めていますが、セキュアベースとほぼ同じ意味と理解していただいて大丈夫です。
要するに「他人の反応に怯えたり、不安や恥ずかしさを感じることなく、自然体の自分をさらけ出すことのできる環境(場)」のことです。
セキュアベースをつくるうえで最も重要なことは、「ラポール」です。ラポールとは、フランス語で「架け橋」を意味します。心と心がお互いに通じ合い、安心安全な信頼関係ができている状態のことを言います。
お互いに初めて会った人のことを容易に信頼することはできませんが、お互いのことを徐々に理解できるようになると、信頼し合えるようになります。
つまり、お互いの理解が深まれば深まるほど、ラポールは強くなります。さらに重要なことは、人はラポールの度合いに応じたコミュニケーションしかできないということです。
ラポールの度合いとコミュニケーションの影響力は正比例の関係にあります。部下とのラポールが深ければ深いほど、上司の言葉は部下に対して強い影響力を与えます。
信頼できる上司とそうでない上司が同じ言葉を発した場合、どちらの言葉がより強い影響を与えるかは言うまでもありません。それゆえ、ラポールというのは、フィードバックにおいても極めて重要な鍵となります。
ラポールは、セキュアベースをつくるうえで最も大切な要素であることはお伝えしたとおりですが、次に大切なのは、「相手をありのまま受け入れる」ということです。
人はジャッジ(評価判断)されることを恐れます。人前で話すのが苦手な人が多いのは、大勢の人からジャッジされるからです。
セキュアベースをつくるには、相手をジャッジしないで、ありのままを受け入れてあげることが大切です。人はありのままを受け入れてもらったときに、相手に対して心を開放します。
相手の話を一方的に解釈(ジャッジ)しないこと。たとえあなたの解釈が正しいと思っても、それを手放して、相手に意識を向けて相手の立場で傾聴してあげることです。
部下に安心して話をしてもらうためにも、できるだけ解釈を挟まずにありのままを聴いてあげましょう。
【第2の原則】相手の可能性を信じる
私が学んだコーチングの基本原則に「人は生まれながらに創造的で欠けていることのない完全な存在である」という考え方があります。
人の可能性を最大限に引き出すためには、「人には無限の可能性がある」と相手の可能性を信じることが最も大事なのです。この「信じる」という行為には、実はもの凄いパワーが秘められています。
偽の薬を本物の薬だと言って患者に投与すると、ある程度の割合で病気が治ることが証明されています。「プラシーボ効果」といいますが、信じることのパワーを示す事例の一つです。
そもそも、信じることができなければ、何事も起こすことはできせん。自社の商品を信じていなければ、その商品をお客様に売ることはできないでしょう。信じるからこそ、0が1に変わるのです。上司が部下の可能性を信じることができなければ、部下の可能性を引き出すことはできません。
【第3の原則】結果よりもプロセスを重視する
フィードバックの効果を高める上で大切なことは、「結果よりもプロセスを重視する」ことです。こんなことを言うと、「いや、ビジネスでは結果が全てでしょう?」と反論される方もいます。
もちろん、ビジネスでは結果はとても重要です。だからこそ、結果よりもプロセスを重視することが、結果を出すうえで鍵となるのです。
どういうことでしょうか?結果を生み出すのは、プロセスだからです。ビジネスにおいて重要なことは、成功確率を高めるための「正しいプロセス」を踏めるかどうかです。
間違ったプロセスでは、予期した結果を得ることはできません。ここで注意すべきは、常に100%正しいプロセスは存在しないということ。
正しいプロセスでなくても、たまたま運良く結果が出てしまったというケースはあります。あるいは、本来支払うべき環境配慮のコストをかけずに売上目標を達成した場合はどうでしょう?(社会的制裁を受けるでしょう)それゆえ、結果だけにフォーカスしてしまうと、間違ったプロセスを正しいと思い込み、結果的に会社に損失を与えてしまう可能性があります。
そもそも、結果は変えることができませんが、プロセス(行動)は変えることができます。だからこそ、プロセスに着目してフィードバックする。プロセスは常に改善することができるのです。
ビジネスにおいて結果は重要だからこそ、結果につながるプロセスを改善し続ける。上司は部下の結果を見てフィードバックするのではなく、プロセスにフォーカスすることが極めて大切なのです。
【第4の原則】アドバイスはしない
「フィードバックって、要するにアドバイスでしょう?」このように思われる方が多いかもしれません。部下の立場からしても、アドバイスがなければ、フィードバックを受けたことにならないと思っている人が多いのは事実です。
私はアドバイスそのものを否定するつもりはありません。状況によっては、アドバイスが有効なこともあるでしょう。他方、お伝えしたようにフィードバックの効果を高めるには、「今後の改善や成長につながるための行動を自ら起こせるようになる」ことです。
すなわち「主体性を発揮させる」ということです。では、どうすればよいのか?上司は部下に対して安易にアドバイスをしない、教えないということです。
教えないでどうやって部下を育てるのか?それは部下に質問を投げかけて、考えさせるのです。途中で話を遮ったり、ジャッジしてはいけません。セキュアベースが壊れます。
部下の考えを聞いて、仮にその考えが正しくないと思ったら、「その考え方は間違っているよ」とアドバイスするのではなく、「なぜ、その考え方が正しいと思うのか」について見守る感じで丁寧に聞いてあげるのです。
このプロセスを何度か繰り返していくと、部下は話しているうちに、自らの矛盾点に気がついたり、考察が足りなかったことを理解できるようになります。
はじめは少し面倒に感じるかもしれませんが、すぐにアドバイスして答えを与える育て方では、部下は自ら考えるようになりません。
上司のアドバイスどおりに動けばいいと思って、受け身で消極的な指示待ち社員になる可能性があります。「ローマは一日にして成らず」部下の育成は、長期的視点で行うことが何より大切なのです。
【第5の原則】わかったと思ったら終わり
「君が言おうとしていることくらい、聞かなくてもわかる」私が会社組織に勤めていた頃、某上司に言い放たれた言葉は今でも忘れません。私が説明しはじめて、5秒も経たないうちに私の話を遮って、とうとうと持論を展開し始めたのです。
その上司は、某省庁からのエリート出向者でしたが、往々にして頭が切れる上司や仕事ができる上司に限って、部下の話を聞こうとも、理解しようともしない傾向があります。
さらに厄介なのは、部下の言うことは聞かずに、自分の成功パターンを押しつけるタイプです。
そういったタイプのリーダーのやり方についていけないと、「仕事ができない部下」としてレッテルをはられ、部下が精神的に参って全く動けなくなってしまうこともあります。
部下の話を聞かない、あるいは、「仕事ができないダメな部下」とレッテルを貼るのは、その部下の可能性を真っ向から否定する行為です。
お伝えしたように、人には「無限の可能性」があります。だからこそ、部下のことを「わかっている」などと、おごり高ぶらない姿勢が大切です。試しに部下に聞いてみるといいでしょう。
「あなたは私に十分理解してもらってると思いますか?」と。人は人のことを簡単に理解できるものではありません。思い返してもらえればわかると思いますが、最も信頼を寄せるべき夫婦、恋人、長年の親友でさえも、実はお互いに理解しているのはほんの一部です。
職場の上司と部下の関係なら、なおさらです。だからこそ、ラポールを深めるために、少しでも相手のことを理解しようと努めることがとても大事です。
「わかったと思ったら、終わり」わかったと思った瞬間から、相手に対して理解しようという行動が止まります。人に対して理解しきるということはありません。
だからこそ、できる限り、部下のことを理解しようとする姿勢が大切なのです。部下のことを理解し続ければ、部下の可能性が閉ざされることは決してないのです。
フィードバックは「一方通行」にしない
「先日、部下にフィードバックしたんですが、のれんに腕押しって感じで、ちゃんと受け取ってくれたのか不安なんですよ……」このような相談を管理職の方々からよく聞きます。
一見するとフィードバックを与える側のリーダーに問題がありそうですが、実は必ずしもそうではありません。フィードバックにおいて、与える側の「与え方」はもちろん大事です。
一方で、受け取る側の「受け取り方」次第でフィードバックの影響度は全く異なります。たとえば、「佐藤さんは、これまで時間内に仕事を終えたことが一度もないですね」と上司から客観的フィードバックを受けたとします。
そのとき、「確かにそうだ。仕事の効率化をもっと進めていこう」と前向きに解釈する部下もいれば、「こっちの事情も知らないで、そんな厳しいことを言わないでほしい」と後ろ向きに解釈する部下もいます。
声のトーンや顔の表情などでも相手に伝わる印象は異なりますが、どんな場合においても、受け取る側の解釈が、与える側の意図と異なってしまうリスクは常にあるということを知っておくべきです。
極端な話をすれば、どんなに厳しいフィードバックを受けたとしても、常に前向きに解釈できる変幻自在な人も実際にはいます。
全く同じ教え方をしても、成果を出す人と出せない人がいるのは、与える側の問題ではなく、受け取る側の問題である、という見方もあります。
つまるところ、フィードバックは「与える側だけで成立するものでは決してなく、受け取る側との協働関係がなければ、効果は発揮されない」のです。
現場のリーダー層や部下の方々の話を耳にすると、フィードバックが「上から下」への一方通行になっていて、双方向のコミュニケーションになっていないことに気がつきます。一方通行の状態を改善しない限り、フィードバックが効果を発揮することはありません。
部下との間に「協働関係」をつくる
では、何から始めたらいいのか?まず大切なことは、上司と部下との間で「意図的な協働関係を構築する」ことです。
意図的な協働関係とは、「上司と部下がお互いに協力し合いながら、お互いが合意する目標に向かって、お互いに積極的にコミュニケーションを取ること」をいいます。
意図的な協働関係を構築することは、ラポールを深めることにもつながるので、フィードバックの効果はさらに高まります。
ここで「お互いが合意する目標」とは、上から下におりてきた単純なノルマではなく、部下がベストパフォーマンスを発揮できるよう、上司が部下の思いや考え方を理解し話し合ったうえで、お互いが満足のいく目標を設定することを意味します。
また、上司と部下の双方が合意した目標達成に向けて、積極的なコミュニケーションを取ることがとても大切です。
前項でお伝えしたように、「結果よりもプロセスが重要」ですから、目標に向かって行動していくプロセスにおいて、適宜必要に応じて、お互いにコミュニケーションを取りながら、軌道修正していくなどの対応が大事です。
結果だけ見て、「何をしていたんだ、お前は!」と言うような最悪なフィードバックだけは避けましょう。次に大切なことは、上司と部下との間で「フィードバックの目的について共通理解を持つこと」です。
そもそも何のためにフィードバックを行うのか?その目的は何なのか?曖昧な理解のまま「上からやれと言われたのでやっています」では、フィードバックの効果は著しく損なわれます。
フィードバックの主たる目的は「相手をよく理解して、相手を成長させる」ことにあります。上司は、部下を理解し続け、部下の成長をサポートし続ける。簡単なことではありません。
一方、部下は上司まかせにするのでなく、意図的な協働関係のもと、自ら改善意識と成長意欲を持って、取り組んでいくことが大事です。上司としても、部下には「成長の鍵を握るのは自分自身だ」ということを十分に理解しておいてもらう必要があります。
仮に上司が部下のことを理解していない、あるいは部下の成長につながらないようなフィードバックをしていると感じたのであれば、部下は自分が正直に感じたことを上司にフィードバックすることです。
その際、上司は「部下からのあらゆるフィードバックに対して心を開いて傾聴する」こと。セキュアベースをつくることが大切です。フィードバックは、一方通行では成り立ちません。
意図的な協働関係のもとで行われる双方向のコミュニケーションによって真の効果を発揮するのです。
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