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第3章クレーマーへの〝しなやかな〟対処法

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第3章クレーマーへの〝しなやかな〟対処法

クレーマー対応で求められるものは〝しなやかさ〟だ。相手の要求をなんとか抑え込もうと力を込めるほどに物事はうまく運ばない。むしろ相手から何を言われても受け流すようにすれば、次第にクレーマーもあきらめてくる。「相手に合わせつつ、さりとて応じない」というのがひとつの完成形のようなものだ。こういった矛盾する対応をいかに実現していくかは、あらかじめ準備して練習しておかないと簡単にできるものではない。そこで本章では、クレーマーからの要求への具体的な対応について説明していく。基本的な姿勢は、「クレーマー対応における自分の意識を変えて、相手からのプレッシャーを逆に利用する」というものだ。相手のプレッシャーを利用することで、こちらに力がなくても受け流すことができるようになる。こういったしなやかな対応をするときには、「相手と議論しない」ということをスタンスとしてはっきりさせておく。交渉に慣れていない人は、相手と議論して打ち負かすことが交渉の目的だと誤解している。打ち負かしてしまえば相手の顔に泥を塗ることになり、かえってヒートアップすることが目に見えている。私が弁護士としてクレーマーに対応する際も、目的は相手に要求をあきらめてもらうことであり、論破することではない。一般の方は、丁寧に説明をすれば相手は納得してくれると考えがちだが、実際は違う。いくら説明をしてもクレーマーが納得することはない。そのうえでどうやって相手の話を受け流していくかがポイントになる。クレーマーと話をする際は、「相手の自尊心をくすぐる」ことが効果的だ。基本的にクレーマーは、自分に対して根拠なき自信を持っている。そういった自信を満たすためにクレーマーになっているという側面もある。相手に対して「それは違います」と言うのは簡単かもしれない。しかし、いっそう相手の自尊心を傷つけることになる。むしろ「あなたのことは大事に考えています。良識のあるあなたがまさか不当なことを言わないですよね」というスタンスで臨むと、クレーマーも自尊心から発言を抑えるようになる。「相手が自分で自分を抑える」という状況をこちらで生みだしていくということだ。ケースによっては、こちらから賠償しないといけない場合もある。そういったときに根拠もないまま金銭を支払うことがあってはならない。さらに要求がエスカレートしていく。とくに担当者は、「慰謝料」という名目で要求された場合、「本当に支払うべきなのか」「支払うとして相場はどうなのか」で悩んでしまうことになる。このように金銭を支払うにしても、根拠と支払方法にこだわり、クレーマーとの関係を明確に断つようにしておかなければならない。具体的な手順について確認しておこう。

クレーマーは最初から相手を理解しようとしないある介護事業所の経営者と担当者が疲れ切った表情で私の事務所に相談に来た。事前に利用者からのクレーム対応で疲弊していると聞いていたが、表情を見れば苦労が滲み出ていた。事案の概要は、利用者家族からの執拗なクレームだった。ある利用者は、他の利用者との折り合いが悪くて、口論になることもしばしばだった。しかも、問題の利用者からは、職員に対する身体的接触などもなされていた。こういった問題行為が続いたため、施設としては、家族にやんわり事情を説明して協力を求めた。しかし、息子は施設からの説明に激高し、「なぜ一方的にうちが批判されるのか。どこに証拠があるというのか。カネを支払っているのは誰だと思っている」とまくしたてるようになった。息子からの苦情は、ヒートアップするばかり。事情を繰り返し説明しても、一向に矛を収める様子がなく、利用者の横暴な振る舞いもさらにひどくなっていった。他の施設への移動も打診したものの、「引き受けたのだから最後まで責任を果たせ」と言われるばかりであった。八方塞がりでどうしようもなく私の事務所へ来所となった。依頼を受けた段階で、直ちに息子と面談した。不当な要求を繰り返すため、「双方の言い分には大きな違いがあります。交渉とは、一方の要求を鵜呑みにするものではなく、双方が譲歩して合意を見出すものです。それが期待できないようですので、司法の場で判断を仰ぎましょう。ご自分の主張が正当だと判断されるのであれば、法廷で同様に話されるといい」と通告した。すると、あわてた息子は一気にトーンを下げて他の施設に移ることを了承した。こういった相談は、医療あるいは福祉の分野においてとくに多い。経営者やスタッフは「なんとかして助けてあげたい」という情熱を抱いているため、相手がクレーマーでも丁寧に説明すれば納得してくれるはずと信じている。しかし、クレーマーは、そういった善意をあえて利用する。繰り返し丁寧に説明しても、一向に納得することはない。担当者は次第に「いったいどこまで説明をすれば終わるのか。説明しても無駄ではないのか」という虚無感に襲われるようになる。「何度説明しても同じことの繰り返し」ということは、担当者であれば経験したことがあるだろう。こういった苦しみの根底には、説明と納得の混乱がある。我々は法的に説明責任を負担するときがある。職業倫理としてもしかるべきことを説明しなければならないと

いう自覚を有している。我々は、何かを説明するときに「説明を適切にすれば、相手も納得してくれる」ということを当然の前提にしている。しかしながら、説明と納得は根本的に違う。納得するためには、説明している側の話を理解しようという姿勢が求められる。一方、クレーマーの目的はあくまで自分の要求を実現するだけであって、相手を理解する姿勢などない。だからいくら丁寧に説明しても、納得して話が終わるということはない。クレーマーへの説明は、穴の開いたバケツで水を汲むようなものだ。どこかで説明を打ち切る勇気が必要である。クレーマーは「説明責任」という言葉を悪用する。「それでは納得できない。説明責任を企業として果たせ」とよく口にする。我々も「責任」と言われると、硬直して冷静な判断ができなくなる。クレーマーは、いくら説明をしても自分の要求に合致する内容が出てくるまで「説明に納得できない。説明責任があるでしょ」と永遠に批判を続ける。クレーマーにとっては、「説明責任」という言葉は自分の要求を柔らかに、かつ確実に実現するための便利な道具にすぎない。「説明責任」というのは、説明するべきことを説明するものであり、相手が納得するかどうかは別の問題だ。相手の承諾が得られないのであれば、司法の場で判断してもらうしかない。どこかで区切りをつけないと終わりのない旅路につきあうことになる。普通の出来事であれば30分もあれば説明することができる。1時間もあれば十分説明することができる。さらに説明の時間をとっても同じことの繰り返しであろう。むしろ説明した内容にさらに些末な質問が続くばかりということになる。何事もゴールを決めずに始めるべきではない。「ここまで説明したら終わりにする」というのを交渉のはじめの段階で社内の方針として決めておくべきだ。もっとも、事後的に裁判になったときを見越して、説明したことの証拠は確保しておく。いくら口頭で説明しても、法廷ではクレーマーから「そんな説明は聞いていない」と主張されることも予想される。担当者からは「信じられない。あんなに何度も説明してきたのに」と驚かれることがある。信じられない人もいるから裁判がある。証拠としては、説明のやりとりを録音したものが一番わかりやすい。録音が難しいようであれば、口頭で説明した内容を書面にしたものを書留郵便で送付しておくことでもいい。書留郵便にしておくことは、「書類が届いていない」という弁解をさせないためだ。裁判においては、「これほど説明をしたのに納得してもらえず、不当な要求が続いた」と展開していくことになる。クレーマーから執拗に説明を求められたら、逆に説明責任の範囲を明らかにするように指示するのも効果的だ。「さらに説明責任と言われましても、範囲がわからず当社としても責任ある対応ができません。何をどこまで説明をしたらいいのか書面にてお伝えください。社内で協議のうえ改めてお伝えします」と回答する。クレーマー自身に範囲を決めてもらうことで回答の範囲を絞るようにする。さらにクレーマーが「そのくらい自分で考えろ」と反論すれば、「それならば当社とし

ても説明するべきものがわかりません。これについては対応を終わらせていただきます」と言い切って無理にでも終わらせるべきだ。言いにくいようであれば書面で通知してもいい。対応すればするほど終わりがない。「説明」という言葉にとらわれてはいけない。あえて交渉のリズムを崩してみる交渉には一定のリズムというものがある。このリズムを握った側が交渉をコントロールすることになる。クレーマーは、根拠のない要求について自信を持って述べてくる。そのため、クレーマーとのやりとりは、交渉のはじめから相手がリズムを握ってしまっている。担当者が「なんとなくやりにくい」と感じるのは、相手が交渉のリズムを握っているからだ。相手にリズムを握らせていたら交渉は進展しない。そこで、あえて交渉のリズムを崩して、こちらのリズムを作るようにする必要がある。もっとも、いったんできあがったリズムを崩すのは想像より難しいものだ。戦略を練っておかないと、気がつけばもとのリズムで踊りだしていたということになりかねない。リズムを変更するもっともシンプルな方法は、「担当者を替える」ことだ。クレーマー対応では、「クレーマー対担当者」という構造ができあがってしまう。担当者は、「責任」という名のもとで最後までやり遂げることが当然の義務のようになっている。しかし、事業においてやり遂げるということは大事な力であるかもしれないが、「クレーマー対応」という観点からすれば適切ではない。クレーマーは、相手を呑み込みやすいと感じれば、徹底的に個人を追い込んでくる。そういうときは、とにかく担当者を変更することだ。クレーマーは、せっかく構築した関係がつぶれるのを嫌がるので、「なぜ勝手に担当者を替えるのか。おかしいだろう」と言うことがある。なかには前任者の携帯に電話して、「お前も男だったら最後まで対応したいだろう」とプレッシャーをかけてくることもある。しかし、そんなことに応じる必要はまったくない。こちらはあくまでも組織として対応している。相手の同意なくして担当者を変更しても問題ない。むしろクレーマーが前任者にこだわりを持っているのであれば、なおさら担当者を変更する必要がある。それでも話がうまくいかないときには、弁護士に依頼する。窓口を担当者から弁護士に変更することで、リズムをガラリと変えることができる。もっとも、あらゆるクレーマーに対して担当者を変更するというのはなかなか難しいものだ。現実には、担当者を変更できるほどの人員が用意できない企業もあるだろう。そのため、できれば交渉のはじめからこちらでリズムを握りたい。そこでクレーマーのリズムを崩して、こちらのリズムに持ち込む方法について説明しよう。それは〝実体のない謝罪〟だ。クレーマーは、基本的に臨戦態勢で電話なり面談を求めてくる。頭の中では「会社がこう言ってきたらこう切り返そう」というイメージを持っている。そういうときに会社が弁

解や説明を始めてもうまくいかない。むしろ「反省をしていないのか」とさらに過激な発言が続くだけだ。クレーマーに対しては、決して議論を挑んではいけない。議論になった時点で負けだと思っていい。いかにして相手の言い分を受け流して、肩すかしをくわせるかが重要になってくる。肩すかしをくうと相手もリズムを崩す。この肩すかしの技法として謝罪を位置づけていく。あるメーカーの担当者に謝罪を勧めたら「事実を認めることになって不利になりませんか」と質問されたことがある。謝罪をしたからといって、直ちに事実を認めたことにはならない。円滑なコミュニケーションのためには、事情がわからない段階でも謝罪することが一般的であろう。たとえば、交通事故を起こしたら、事情がどうであれ「大丈夫ですか。すみません」と声をかけるのが普通だろう。裁判所も「すみません」と言ったからといって、それだけで「あなたにすべて過失があります」と認定することは考えにくい。クレーマーに対しても同じだ。とりあえずこちらが謝罪すれば、相手の予想は外れる。謝罪されると、むしろ声高に何かを言うことがはばかられるようになる。「自分は尊重されている」と感じてもらえれば、リズムをこちらで握ることができる。ここでするべき謝罪とは、具体的な事実に関するものではない。そもそもクレーマーから一報が入った時点では、事実について不明な部分が多々ある。具体的な事実について謝罪してしまうと、それこそ事実を認めたようにとらえられかねないので、事実についてはあえて言及するべきではない。謝罪のなかには、具体的な事実とは関係のないものもある。「大切な○○様に不快な思いをさせてしまい、申し訳ありません」「わざわざ○○様にご連絡をいただくことになり、申し訳ありません」「○○様へのご連絡が遅くなり、申し訳ありません」こういった謝罪を最初に口にすると、意外と相手のトーンが下がってくる。いずれも意味があるようでない謝罪であるが。ポイントとしては、謝罪の言葉のなかに相手の名前をしっかり入れることだ。人は自分の名前を呼ばれると我に返りやすい。しかも「自分は大事にされている」という印象を与えることができる。そのうえで具体的な事実とは関係のない謝罪を述べることになる。こういった謝罪のフレーズはいくつか事例をまとめて社内で共有しておくといい。ある通販会社では、電話の横に付箋にして貼ってあった。ここにも担当者の判断を要しない工夫がされている。あえて相手に解決策を求める相手と勝負をすることと相手とのトラブルを解決することはまったく意味が違う。それ

なのに、実際は問題の解決を勝利することだと誤解して事に当たっている人が少なくない。とくに弁護士に依頼するとなると、勝負をしかけるという意識がさらに強くなる。ここで深呼吸をしてほしい。誰かと人間関係でトラブルになって、勝ったとか負けたとかで満足して終わったことがあるだろうか。仮に裁判で勝ったとしても、人間関係が壊れてしまって、気まずい感情のしこりが残るだけだ。それはクレーマー対応も同じで、できればソフトランディングで終わらせたいところだ。さりとて、クレーマーは自分勝手な要求を突きつける。上司からは「そんな要求には応じられない」と指示がくる。担当者はどうやって解決策を見出せばいいのかわからなくなる。こういうときは、自分ではなくむしろクレーマー自身に解決策の提案を求めてみるのもひとつの手だ。人は、自分が口にしたことは守ろうとする。問題はいかにして会社が受け入れ可能な解決策を提案してもらうかだ。こちらから積極的に提案しても、クレーマーに拒否されるのは目に見えている。さりとてクレーマーに任せるだけでは容易に受け入れることができない提案しか出てこない。そこで、ちょっとした交渉のコツをご紹介しよう。最初はクレーマーには受け入れがたい解決策を提案する。極端な話、「○○様のご要求にはすべて応じられません」という内容でもかまわない。もちろんクレーマーは憤って、「ふざけているのか」ということになる。これでいい。そこから話を始めていく。ここで担当者には「実は私も困っています。なんとか○○様のお気持ちに添いたいのです。ですが会社からは応じられないと言われています。私も社員ですから上司からの指示には従うほかありません。双方にとって受け入れやすい解決策にはどのようなものがあるでしょうか」と回答してもらっている。クレーマーからは「それくらい自分で考えろ」と言われるが、同じことを続けていると、少しだけ譲歩された提案がなされてくる。このわずかな譲歩こそ、交渉の潮目が変わった瞬間である。いったん相手が譲歩すれば、交渉としてさらに譲歩を求めることが容易になってくる。ダムの決壊のようにひとつ穴が空けば、一気に崩れ始める。ポイントは、担当者が「なんとかクレーマーに寄り添って解決したい」という意思を持っていることを示すことだ。相手とは対立する関係ではなく、問題解決の意味においては同じポジションにいることを明確にする。そうすることで、クレーマーに「担当者個人を責めても問題の解決にはならない」という意識を持たせるようにする。クレーマーに仲間意識でも持ってもらえれば幸いである。このとき会社は、クレーマーと担当者にとって共通の敵のような位置づけになる。人は、共通の敵を設定すると信頼が生まれてくる。信頼が生まれてくるからこそ、クレーマーは、担当者を助けるために譲歩することを考えるようになる。クレーマーにとっては、「自分も解決に協力しなければならない問題」になる。もちろん担当者が本当に会社を責めるわけではない。あくまでも交渉のテクニックである。最初にクレーマーに受け入れがたい提案をするのは、「いったん自分で拒否した」とい

う事実を作るためである。担当者は「拒否したのですから、他の代替案をください」と言いやすくなる。クレーマーとしても、拒否するばかりでは話が進まないため、どこかで代替案を提示してくるようになる。ここは焦っても仕方ないので、時間をかけて様子を見るほかない。提案のボールはいつも相手に持たせるようにしておくべきだ。ある飲食店のクレーマーは、担当者のミスを理由に慰謝料を請求してきた。それに対して担当者は「会社の指針としてお支払いできません。なんとか解決する方法はないでしょうか」と逆に求めていった。最終的には店舗のクーポン券を渡しただけで終わってしまったそうだ。おそらくクレーマー自身もいったいなんで終わってしまったのかよくわかっていないだろう。この方法では「たしか最初に会社からの言い分は拒否したはずなのに」という違和感だけがクレーマーに残る。もちろん、この方法がすべてのケースに適用できるというわけではない。なかには効果のないクレーマーもいる。そういう場合にはあきらめて弁護士に任せることも検討するべきだ。あきらめも立派な経営判断である。クレーマー対応はすべて自分で対処することが正しいこととは限らない。クレーマー対応にともなう精神的な負担や労力を考慮すれば、費用がかかっても弁護士に依頼するほうが手っ取り早いときがある。自社で対応する範囲というものを社内で共有しておくべきだ。

クレーマー対応は結論を急いではいけない現代においてスピードはひとつの価値だ。私の事務所でも、スピード感のある事案の解決にこだわっている。ただし、ことクレーマー対応に関して言えば、スピードを意識しすぎると、かえって問題を複雑にさせてしまうことがある。ある飲食店では、「提供された定食で家族全員の体調が悪くなった。治療費と慰謝料を支払え」という苦情が罵声とともに電話でやってきた。「今夜の午後8時に自宅に謝罪に来い」という指示も一方的になされた。あわてた店長は、社長の指示のもと、菓子折りを手に相手の自宅に謝罪に行った。わけもわからないまま罵声を浴びせられて、3時間以上も帰宅させてもらえなかったそうだ。私への相談内容は「本当に賠償しなければならないのか」というものだった。思わず「問題点の設定が間違っています」と回答した。この事案には、いろんな問題点がある。相手から言われるまま夜にひとりで訪問したことも問題だ。しかも具体的な方針も定まらないまま訪問している。そして最大の問題は「事実関係がはっきりしないまま、賠償の話に及んでいる」点である。クレーム対応の鉄則は「事実の確認から始める」ことである。何が、いつ、どのように発生したのかを確定させなければ、対応のしようがない。そんなあたりまえのことがクレーマー対応では抜け落ちていることがよくある。相手が興奮しているがゆえに、早く手仕舞いにしたいと考えて、事実確認が不十分なまま話を進めてしまう。結果として相手のペースですべてが動きだすようになってしまう。私の事務所は、中小企業の経営者を対象にしたサービスを中心に展開している。中小企業は、大企業のミニチュア版ではなく、独自の強さを持った存在だ。そのため、「社長法務」と名づけた独自のリーガルサービスを提供させていただいている。中小企業の強さは、なんといってもスピード感である。経営者の判断ひとつで組織が同じ目標に向かって動きだすことができる。できる経営者ほどスピード感を大事にしている。しかし、逆に言えば、できる経営者ほど、クレーマー対応でもスピードを意識しすぎて、こけてしまう。クレーマー対応は、相手が独特なのだから、こちらのペースだけで物事を動かすことはできない。スピードを過度に意識すると、即断即決ということになる。冷静さを欠いているときの即断即決ほど危険なものはない。自分の判断が即断であることすら気づかなくなる。

だからこそクレーマー対応には、決裁権限を有する経営者が交渉の当事者として出て行ってはならない。「トップだからここで結論を出せ」と言われてしまうと、「ひとまず帰社して」とは立場上なかなか言うことができない。間違ったことを言ってしまった場合、事後的に撤回することも容易ではない。直接のやりとりはクレーマー担当者に頑張ってもらうほかない。クレーマーからの要求が出たときは、その場で決定してはならない。必ず「自分には最終的な権限がないためにいったん持ち帰ります。ここで了承して事後的に撤回となればかえってご迷惑をおかけしますから」と言って戻るべきだ。なんとなく受け入れやすい提案であっても、当事者であるがゆえに見落としているところもある。事実確認が不十分なまま、解決の方法だけが検討されていることが少なくない。安易に「ではこれで」と回答してしまうと、話が一気に進んでしまい、事後的に撤回することができなくなることもある。最終的な判断については慎重であるべきだ。不安であれば、弁護士に意見を聞いてから判断するべきだ。事実確認の見落とし防止を図るためには、他の社員に状況と方針を説明して意見を求めることだ。クレーマー担当のように過重な負担を強いられる人は、どうしても「できるだけ早く終わらせたい」という意識が前のめりになってしまう。そういうときは自分ではない他の人に客観的な意見をもらうほかない。いくら自分で落ち着いて考えてみても、プレッシャーからいつものように判断できるとは限らない。まずクレーマーの要求内容を固めるある介護事業所からの相談である。「相手のお嬢さんが、いったい何を要求しているのかわからないのです。はじめは謝罪を要求。これに応じたら慰謝料。断ったら態度がなっていないというので謝罪。そして最後はお金の問題じゃないと。もう何を要求しているのかさっぱりわかりません」と施設長が絶望的な表情で来所した。クレーマーの要求内容が定まらず、翻弄される担当者は少なくない。しかも最終的には金銭要求を求める者に限って、「お金で解決できるものではない」と豪語してくる。ある担当者は「それならお金のお話はなかったことにさせていただきます」と答えて、「ふざけているのか」と言われた。もっともなことを指摘して怒られるのだから、たまったものではない。クレーマーは、会社から何を手に入れることができるかわかっていない。わからないからこそ、要求内容を曖昧にしておく傾向がある。自分で「これが要求内容だ」と特定すると、自分で要求の上限を設定してしまうことになる。これがクレーマーには耐えられない。「うまくやれば、あれも手に入れることができたのではないか」という後悔をしたくない。クレーマーは、意図的に曖昧な要求をして、会社の出方を見ることになる。「弱い感じの担当者であれば、もう少し要求内容を高めてみよう」「いきなり弁護士が出てきたら、さらなる要求は控えておこう」などといった判断をしていくことになる。ケースによ

っては、要求すらせず、ひたすら電話や面談で苦情を続けてくる者もいる。ある食材販売店では、店員の軽微なミスからクレーマーの対象になってしまった。クレーマーからは執拗な電話がなされて、担当者も疲弊していた。しかも会社の不誠実な態度を罵るばかりで具体的な要求がない。要求内容を聞いても、「別に何かを求めているわけではない。それではまるでクレーマーのような言いがかりだ。こちらは会社としての誠意ある態度を求めているだけだ。子どもではないのだから、やるべきことはわかるだろう」と言い放つばかりだった。そこで私の事務所に相談に来所した。経営者からは「金銭的な解決をこちらから提示するべきでしょうか」と質問された。「それは相手の期待通りの対応でしょう。たぶん考えられる最低の対応です」と回答した。クレーマーのなかには、具体的な要求はしないまま、「誠意」あるいは「真摯」といった誰も否定できない言葉を繰り返す者がいる。こういったクレーマーは、交渉に相当慣れている。会社が金銭を支払っても、「自分は誠意を求めただけで金銭を求めたことはない。会社が自分の判断で持ってきたにすぎない」と弁解されてしまう。これでは会社としても恐喝されたとは言いにくくなる。あくまで「会社が自分の判断でカネを持参したにすぎない」という外形を作るため、抽象的な言葉に固執する。クレーマーを交渉の土俵に上げるには、まず要求内容を確定させなければならない。抽象的なやりとりを続けるばかりでは、ディフェンス側として反論するべき論点もわからない。相手の要求が判然としない場合には、「申し訳ありません。ご要望の内容を具体的に教えていただけますか」とはっきり質問する。できれば「上司に正確に○○様のご要望を報告したいと考えております。そのため、書面にてご要望を提示していただけないでしょうか」など書面での提出に持ち込むといい。書面で提示してもらえれば、それが相手の主張として固定化するので、対応方法を具体的に検討することができる。あるケースでは「なんで被害者であるこちらが書面を出さないといけないのか。書面を出したら必ず対応してくれるのか」と詰め寄られた。こういうときは、「ご要望を正確に把握しなければ、当社としても対応ができません。ご要望に添うことができるかどうかはいただいた内容によります。この場で即答を求められるようであれば、会社としても対応できません」と明確に断る。なかには「何かを求めているわけではない。誠意を見せてほしいだけだ。わかるだろう」と言い続ける者もいる。こういうタイプには「誠意と言われても内容がわかりません。金銭的要求のことでしょうか」とあえて言い返すことが効果的だ。相手としては、曖昧に回答したいから、具体的な回答に持ち込まれるのを嫌がる。相手が興奮して話し合いにならないのであれば、「こちらとして失礼なことを申し上げたつもりはありません。あくまでご要望を正確に把握したいだけです。それに応じていただけないのであれば、対応しかねます」として交渉を打ち切ればいい。いずれにしても相手の要求内容が曖昧なままで対応をしてはならない。

クレーマーの「訴えてやる」に意味はないある建材店の経営者と担当者があわてて相談に来た。クレーマーの要求を断ったら「そんな不誠実な態度は許せない。企業としての姿勢を疑う。弁護士に相談したらおかしいと言われた。こちらとしては訴えることも考えている」と言われたそうだ。「訴える」という言葉を聞いて、経営者も担当者も冷静な判断ができなくなっていた。それに対する私の回答は「よかったです。問題は終わりました」というものだ。テーブルを挟んで座ったふたりは「何を言っているの」という目でこちらを見ていた。誰しも争いごとがあれば、話し合いで解決したいと願っている。だが、すべての案件が話し合いにより解決できるとは限らない。だからこそ、「訴訟」という強制力を持った問題解決のシステムが社会には設置されている。民事裁判は、あくまで当事者間のトラブルを解決することを目的としている。訴えられることでいい気はしないだろうが、訴えられたからといって、自分が不利な立場になるわけではない。誰が何を求めて訴えるのかは、個人の自由である。こちらが「訴えないでください」と懇願しても、相手は訴えることができる。むしろ「訴えないでほしい」と弱腰になると、クレーマーにつけ入れられる。「○○様が訴えられるかどうかについて、こちらとして意見を述べる立場にはありません。訴えられましたら、こちらとしても粛々と対応させていただくまでです。訴えられるのであれば、これにて話し合いは終了させていただきます」という回答がいい。肩すかしにあわせるのだ。弁護士からすれば、訴訟になれば問題はかなり解決に向けて前進した気がする。クレーマーとの個別の交渉を離れて、裁判のルールに基づいて事案を進展させることができるからだ。クレーマーに直接対応することは、担当する弁護士にとっても精神的負担となるものだ。それから解放されると考えれば、ずいぶん気が楽になる。もしも「訴えてやる」と言われたら、交渉を打ち切ることができるチャンスと考えてむしろ喜んでもいい。問題は、実際にクレーマーから訴えられることはめったにないということだ。少なくとも私は、クレーマーに訴えられて会社が倒産したという話を耳にしたことがない。クレーマーは「訴えてやる」と言いつつも、実際には訴えないところにひとつの特徴がある。クレーマーは、自分の要求が実現することがすべてである。それが法的な根拠に基づくものであるかどうかに興味はない。「訴えてやる」という発言も担当者にプレッシャーをかけて自分の目的を実現するためのひとつの技法でしかない。こういったクレーマーは、いつも「自分」というものを中心に物事をとらえる。訴訟において第三者が何かを終局的に判断するということが耐えられない。安易に訴訟をして敗訴すれば、自ら要求の機会を失ってしまう。敗訴しつつ要求すれば、脅迫や恐喝との批判を受けるリスクも出てくる。クレーマーとしても、「要求することが禁じられる」というリスクをとるわけにはいかない。訴訟になれば、クレーマーは自分の要求内容の根拠を法律に基づいて主張し、かつ具体的な証拠を自ら用意しなければならない。要求は、もともと根拠薄弱なものが多い。しか

も証拠は、客観的なものはなく、自分の言い分しかないということも珍しくない。これでは訴訟に耐えられず、敗訴になる可能性が高い。そのため「訴えてやる」と言いつつも実際に訴えることはしない。仮に会社が訴えられたら、あとは弁護士に任せるなりして粛々と対応していけばいい。訴訟のなかで会社にミスがあるとして損害が認定されたのであれば、その認定された損害を支払うだけのことである。しかも実際には、相手に対する支払いも加入している保険でカバーされることも少なくない。裁判所が相当と判断したものであるから、会社として支払うことに抵抗もないだろう。クレーマーのなかには、「この件で弁護士に聞いてみた」というフレーズを利用する者もいる。一般の人からすれば「弁護士」という言葉を耳にするだけでなんとなく緊張するかもしれない。しかし、それこそクレーマーが意図する効果である。クレーマーが「弁護士に相談した」といっても実際には怪しいものだ。「どちらの弁護士ですか。正式に依頼されたのですか」と質問してみるといい。たいていの場合、名前は出てこない。実際には無料相談で話を聞いてみただけかもしれない。あるいは実際には相談していないのかもしれない。あたりまえのことであるが、弁護士に依頼すれば、その費用はクレーマーが負担しなければならない。弁護士費用をかけて敗訴することは、クレーマーとして受け入れがたい。弁護士からしても、明らかに不当な要求をしている者の依頼を受けることは普通はありえない。安易に受任して事件がうまく進展しなければ、自分にクレーマーの矢が飛んでくる可能性もあるからだ。仮にクレーマーに弁護士がついたとしても、何もあわてる必要はない。むしろ弁護士がついて冷静に話し合いができると前向きにとらえるべきだ。「訴えてやる」と言われたら、「どうぞ」というくらいの気持ちでとらえてほしい。「訴えられないためになんとかしないといけない」と感じた時点で、相手の思うように動いている。

金銭による解決は本当の「解決」ではないクレーマーは執拗に関わってくるため、担当者としても「どうにかしたい」と考える。もっとも手っ取り早い解決方法は、金銭的解決である。しかし、「いくらか支払って、この地獄から逃れることができるならば」と安易に考えることは危険だ。もっとも簡単な方法は、もっとも危険な方法でもある。「クレーマーをカネで解決させる」のは最悪な選択であって、本質的な解決にはならない。いったんカネで解決してしまうと、あらゆるトラブルをカネだけで解決する社風が次第にできあがってくる。そんなことをしていたら、あっという間に会社の資産がなくなる。しかも「うちの社長はいつもこれだ」と社員のモチベーションも次第に下がってくる。カネとはおそろしいもので、いったん使いだすと「使うこと」があたりまえになってくる。カネに頼らないクレーマー対応のノウハウも蓄積されない。クレーマーは、会社がカネを出すことがわかれば、できるだけ多く手に入れようと知恵を絞る。いったんカネを受け取っても、「あれも損害だ」と事後的に指摘して、さらなる要求を突きつける。会社としても「カネで解決した」という後ろめたさがあるため、言われるがまま支払いに応じることになりかねない。ある建材メーカーの営業担当者は、納品されたものがイメージと違うとクレーマーから指摘された。担当者は事前に確認しており、間違いはなかった。上司からは「クレーマーからの賠償要求など断れ」と指示されていた。しかし、何度断ってもクレーマーは、担当者個人への攻撃をやめなかった。上司も相手にしなかった。担当者は「カネで離れることができるなら」と自分のポケットマネーから支払った。これが運のつきで、クレーマーからの要求はさらに過激になって、担当者は一層苦しい状況に追い込まれた。どうしようもなくなった担当者は、上司にありのままを報告した。あわてて私の事務所に相談ということになった。その上司は「会社のルールとして金銭的解決はしないと言っていました。彼が勝手に自分で支払ったのはルール違反です」と言った。その指摘は正しいが、問題の本質を理解していない。担当者は、会社のルールに反して行動したのだから、もちろん批判されるべき立場にある。しかし、その上司も具体的な指示をすることなく、漫然と会社のルールを語るだけだったのであれば、同じく批判されるべきである。誰だって袋小路に至れば、安易な解決策

を模索するものだ。担当者が袋小路に至らないようにフォローするのが上司の役目だ。それができないなら上司とは言えない。この事案では、担当者が自分から「助けてほしい」と口にしてくれたから、まだよかった。そうでなければ、担当者がより重い批判を受ける行動に出ていた可能性も否定できない。損害賠償を請求するには、あたりまえのことだが、具体的な根拠が必要である。クレーマーが単に「自分は被害にあった」と主張するだけでは、損害賠償を求めることはできない。いかなる加害行為があったのか。それは誰かのミスによるものであるのか。本当に損害が発生したのか。そういったことを緻密に確定していかなければならない。これはクレーマーから損害賠償を要求された場合においても同じである。いかなる事実が発生したのかもはっきりしないまま、相手に金銭的給付をするべきではない。それはかえって相手につけ入るスキを与えることになる。しかも損害額について、クレーマーの言われるまま支払ってはいけない。本当に損害が発生したのか、その損害は会社のミスと因果関係があるのかを根拠に基づいて確認してからの支払いということになる。会社として支払うべき賠償額は「損害として妥当なもの」であって、「クレーマーが損害として主張するもの」ではない。慣れない経営者は、相手から領収書の提出もないまま、治療費やクリーニング代を支払ってしまう。これでは相手が本当に負担したものであるのかわからない。支払うときには、根拠をきちんと押さえておかなければならない。そうしないと、言われるがまま負担することになる。金銭的要求を目的とするクレーマーに限って、「お金の問題ではない」と口にすることが多いから不思議だ。まるで「自分はお金のために話しているのではない」と自分で自分を慰め、納得させているのだろう。そのようなときは「金銭的な解決は一切求めないということでいいでしょうか」とあえて念を押してみるといい。そのときの反応で相手の本心もわかる。もちろんケースによっては、金銭的解決がやむを得ない場合もある。ただし、金銭的解決ありきの解決方法には十分注意していただきたい。慰謝料は言った者勝ちではないクレーマーが金銭的要求をする場合、「慰謝料」という言葉をチラつかせてくることが多い。「慰謝料」という言葉は珍しいものではなく、誰しも知っているだろう。交通事故の慰謝料、離婚時の慰謝料、ハラスメントの慰謝料など、様々な場面において慰謝料は交渉の対象になってくる。もっとも「慰謝料とは何か」と踏み込んだとき、明確な説明ができる人はそれほど多くない。我々は、このように定義が曖昧な言葉を「あたりまえの言葉」として利用していることが少なくない。正確な意味を把握しないまま利用しているがゆえに、かえって間違っ

た影響を受けることがある。クレーマーから「慰謝料を払え」と指摘されると、それだけで「自分に非があったのではないか」と考えるのは拙速にすぎる。これでは慰謝料は言った者勝ちということになってしまう。そういうものではない。慰謝料は、ある行為によって受けた精神的苦痛を金銭的に評価したものである。クレーマーが慰謝料を請求するには、以下の3つのプロセスを経る必要がある。①会社として何らかのミスがあったこと②会社のミスで精神的な苦痛を受けたこと③精神的苦痛を金銭的に評価することクレーマーの特徴は、思考のプロセスを経ることなく、とりあえず慰謝料を要求してくるところにある。たとえばクレーマーから「慰謝料を支払え」とプレッシャーをかけられたとしよう。こういうときにはたいてい具体的な金額の提示はない。ひたすら「慰謝料を支払え」というものだ。弁護士が慰謝料を請求するときには、一般的に行為を特定したうえで慰謝料として「○○円を支払え」と明示する。クレーマーから具体的な金額の指摘がないことこそ、内容について精査していないことの表れだ。では、実際にクレーマーから慰謝料を要求された場合の対応について検討していこう。まずは「当社のいかなる行為によって精神的苦痛を感じられたのでしょうか。恐れ入りますが、具体的な行為を整理して書面にてお伝えください。社内にて確認させていただきます」という反論から始めてみるといい。クレーマーは、自分の満足感を得ることが目的であるため、体系的に何かを要求し、説明することが苦手だ。時間の経過によって主張が変わってくることも珍しくない。クレーマーは「いかに自分を有利にできるか」という観点から、担当者の様子を見ながら場当たり的な要求を実施する。「全体としてどうか」ということに興味はなく、「この場で有利になればいい」という判断が先行する。担当者にとっては、主張が変化していくことがストレスの要因にもなってくる。だからこそ、「何をもって慰謝料を主張しているのか」を確定させるといい。しかも発言内容がぶれないよう、書面で提示してもらうべきだ。おそらくクレーマーからは「これまでのいろいろな経過だ。わかるだろう」と反発を受けるかもしれないが、気にすることはない。訴訟において、慰謝料を請求する際には具体的な行為を特定する必要がある。行為を特定しなければ、反論する対象が設定できないからだ。単に「これまでの一連の流れで辛い思いをした」というのであれば意味がない。たとえば、パワハラが争われた場合でも、「長年にわたって上司から不適切な発言を受けた。だから200万円を慰謝料として求める」というだけでは不十分だ。具体的に、いつ、誰が、どのような発言をしたのかなどの特定を要する。クレーマーは、行為を特定することがなかなかできない。ひたすら「これまでのやりとり」という抽象的な発言にこだ

わる。そういうときは「具体的な行為が不明のままでは慰謝料と言われましても、検討しかねます」と断ればいい。仮に会社にミスがあって慰謝料を支払うことになったとしても、金銭的評価については慎重な判断を要する。慰謝料は、「精神的苦痛」というカタチなきものを金銭的に評価するものであるため、明確な評価基準がない。同じ行為を受けたとしても、強く傷つく人もいれば、さして気にしない人もいる。同じ行為なのに被害を受けた人にとって金銭的な評価が大きく異なるというのも違和感がある。そのため、慰謝料といっても相場観というものがある。これは過去の類似した裁判例から集積されたものだ。類似した事案で過去に慰謝料として認定された額を基本にしてしかるべき慰謝料を検討していくことになる。たとえば、不貞が原因で離婚となった場合の慰謝料は、だいたい150万円から200万円といったところであろう。300万円を超える慰謝料というケースはあまり目にしない。もちろん、実際には行為の内容や被害の程度によって異なるが目安というものがある。たいていの場合、クレーマーの想定する慰謝料の相場は裁判所の相場を大幅に超えている。言われるがまま支払っていたら、クレーマーをさらに助長することになる。いっそ訴えられて適切な損害を確定してもらうのもひとつの手だ。慰謝料を支払う場合には、事前に弁護士に相談して、事案の内容から適切な賠償額なのか確認することをお勧めする。押さえておくべき賠償交渉のプロセスそれでは、賠償金を支払うとなった場合の具体的なプロセスについて要点を押さえておこう。ポイントになるのは「事実の確認とカタチの確保」である。損害については、事実の確認から実施していく。相手の主張する損害が本当に発生しているのかということである。あたりまえのことと感じるかもしれないが、クレーマーを目の前にすると、緊張してあたりまえのことができなくなる。たとえば、飲食店で、顧客から「(食事後)体調が悪くなったので、医者に行こうと思うから、いくらか支払え」との苦情が出されるときがある。経営者としては、身体のことであるから心配になり、すぐに「わかりました」ということになる。だが、本当に体調が悪くなったのかどうかはまだ確認していない。しかも、相手が実際に病院に行くのかもわからない。したがって、この段階では「病院に行く」ことを前提にして話を進めるのは必ずしも適切ではない。まずは病院に行ってもらう。カネを支払うには、その根拠をはっきりさせなければならない。治療費についてもいったん立て替えてもらって、領収書と引き替えに支払うべきだ。治療費を用意できないというのであれば、病院に事情を説明して会社が病院に支払うということでもいいだろう。領収書もない状況で相手に治療費を支払うのは避けるべきだ。ケースによっては、通院が不必要にいつまでも続く可能性もある。こういった場合の慰

謝料は、通院期間がひとつの基準になるため、通院期間が長くなると治療費のみならず慰謝料も不必要に高くなることが懸念される。不必要に治療が長引く場合は、いずれかの段階で治療費の負担を停止することもある。治療費の負担を打ち止めすると、「被害者の意向に反して打ち切るなどおかしい」と言ってくる人もいる。そういうときは「治療の範囲について争いがあるのであれば、裁判所で判断してもらうほかないです」と答えるのもひとつの手である。訴訟においては、被害者とされる者が要求する治療費のすべてが損害として認定されるとは限らない。認定されるのは、あくまでも会社のミスと因果関係があるものである。その他のクリーニング代、あるいは交通費といった損害についても、同様に領収書などの客観的な資料があることを確認したうえで支払いに応じるようにする。クレーマーのなかには、実際には損害が出ていないのに「将来において損害になる」ということでまとめて請求してくることもある。そもそも損害が発生していないのに、発生したと請求してくる者もいる。根拠もなく支払うことがないよう、社内で支払基準を定めておく。いったん支払ってしまうと、クレーマーは「ここはカネが出やすい」として、より多くの請求をしてくることが懸念される。賠償をするときには、事実の確認ができてからという姿勢を徹底していただきたい。損害が確定して支払いということになったときは、「これで終わり」というカタチをできるだけ作るようにする。具体的には、合意書や示談書といった書面を作成する。こういった終わりのカタチは、想像しているよりも大事だ。「このくらいのことで書面のやりとりはわずらわしい」「署名を求めるとかえって相手の感情を逆なでするかもしれない」といった考えもあるかもしれない。しかし、そういった心理的負担などを考慮したとしても、できるだけ作成するべきだ。それが社員と企業を守ることになる。クレーマーは流動的である。いったん収まったと安堵していたら、しばらく時間をおいて再度要求してくることもある。そういった繰り返しを法的に縛るためにもなんらかの合意書面は作成しておくべきだ。書面には、支払うべき金額や「今後の請求を一切しない」ということを明記しておく。そうしないと、当事者双方に「終了した」という自覚が生まれないのみならず、法的にもさらなる要求ができる余地が出てくる。最近は、こういった合意において「SNSなどへの書き込みを削除し、今後においても掲載しない」などといった取り決めを入れることがある。ケースによっては、「第三者に交渉の経緯や内容を口外してはならない」という取り決めまで含めることもある。会社として困るのは、「あの会社からいくらもらった」という一部の事実だけが周囲に広まることである。「あそこは言えばお金が出てくる」という印象を広めるわけにはいかない。こういった書面の作成において、クレーマーは「金銭の支払いがある」という点に意識を集中している。だからこそ、書面を作成する際には、できるだけ会社にとって有利な条項を盛り込むようにする。クレーマーも柔軟な姿勢を見せやすい。

ここは将来においてのポイントになるので、事前に弁護士に合意内容を確認してもらうべきだ。せっかく書面を作成しても落ち度があれば意味がない。相手に対する支払いは、できるだけ現金の授受を避けて本人名義の口座への振込みとする。現金の授受の場合には、相手が受け取るだけ受け取って領収書を用意していないことがある。訴訟になっても「もらった覚えがない」と言われたら終わりである。振り込んだ証拠が残るように振込みにしたほうがいい。クレーマー対応の終止符には、それなりのこだわりを持つべきだ。

 

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