【基本的対応】1非があれば、真摯な態度で謝罪をする2お客様の申し出は、感情を抑え素直に聞く3正確にメモを取る4説明は、慌てず冷静に考えてする5現場を確認する6対応は迅速にする7一般の苦情客を、クレーマーに仕立てない8苦情対応は平等に「誠意ある対応」とはどういう態度か/謝れなかった失敗例/謝り方にもコツがある/「苦情震度」を記録する/心理的変化の察知/苦情でない苦情/「負の勲章」のありがたさ○コラム【百貨店・苦情処理の現場から】1★相手が名前・住所を言わない場合2★店長を呼べ、と言われた場合3★やめさせろ、と言われた場合4★苦情処理は「勝ったら負け」5★相手の狙いを悪いほうに想定して臨め6★「立場の違い」を心得ておくことが重要7★販売当事者が、実は苦情の原因に気づいていない場合8★やんわりと気づかせる工夫9★相手よりわずかに下の位置、が解決のポイント10★大きな声を出された場合11★「誠意を見せろ」に要注意あとがき
第三章クレーム対応の技法
本章では、私の体験から得た、苦情対応、クレーマー対応の基本姿勢を紹介します。百貨店での対応のエッセンスを書いていますが、もちろんどの世界でも、充分応用できると思います。現代社会は「苦情社会」なのですから。まずは、誰もが実践してほしい基本的対応を箇条書きにしてみます。くわしい説明は、その後に行います。【基本的対応】1.非があれば、真摯な態度で謝罪をする。2.お客様の申し出は、感情を抑え素直に聞く。3.正確にメモを取る。4.説明は、慌てず冷静に考えてする。5.現場を確認する。6.対応は迅速にする。7.一般の苦情客を、クレーマーに仕立てない。8.苦情対応は平等に。1非があれば、真摯な態度で謝罪をするクレームや苦情になるということは、だいたいこちらに非があるはずです。そうなると謝罪をしなくてはなりません。謝罪の仕方にも、重要なポイントがあります。対面している場合で説明します。まずは、「言葉」であり、次にお辞儀を含む「態度」、そして「表情」です。言葉は、一つ一つ慎重に選び、決して感情を害さないものを使います。言葉一つで二重苦情に発展することは、よくあります。次は、態度です。やや背を丸めて、頭を少し前に、目はお客様の鼻先辺りを見ます。時々目線をやわらかく合わせることを、忘れないでください。最後は表情です。表情は、本心から「申しわけない」と思ったときは、自然と出ていますので心配ありません。一方、少しでも疑心があるときは、顔に出て、それは見抜かれてしまい、いつまでたっても収束しないことがあるので、注意が肝心です。コラム1百貨店・苦情処理の現場から★相手が名前・住所を言わない場合
「お名前をお聞きしないことには対応ができかねます」と言います。「なんで名前が必要なんだ」と言われた場合は、「ハイ、記録を残さないと、上司への報告ができません。ぜひお名前とご住所をお聞かせください。お願いします」と言いましょう。●お客様は、住所・氏名を名乗ることによって冷静になり、しっかりした話をしていただけて、こちらの対応も充分とれるようになります。2お客様の申し出は、感情を抑え素直に聞くお客様の発する言葉は、大体がきついものです。それは、「私は怒っています」という表示でもあります。しかし、対応の仕方としては、その感情につられてはいけません。その感情をまともに受けると、表情がどうしても強ばり、お客様を見る目が厳しいものになり、時間がたつにつれ睨んでいるような結果になります。その防止策は、ともかく素直に聞くことです。素直に受けることで相手の感情も収まってきます。3正確にメモを取るこれはクレーム・苦情対応の基本です。その割に、これが実行できている人が少ないことに驚かされます。メモは遠慮してはいけません。聞き逃したこと、分からない言葉は、聞きなおして確認します。とくに5W(なぜ、何を、誰が、どこで、いつ)は正確に聞いてください。また、電話番号や住所は必ず最後に復唱しましょう。落ち着いて話すことができる状態なら、内容もすべて復唱します。復唱のさいも、謝罪すべきところでは、謝罪の言葉を挟みながら確認すると、だいぶ和らいだ感情になります。とくに、ヤクザなど怖い人やその筋の人のクレームや苦情は、複数人で記録をして必ず確認してください。4説明は、慌てず冷静に考えてするクレームや苦情を申し入れられたさい、こちらから説明しなければならないことがあります。また、相手の誤解を訂正していただく場面も出てきます。そんなときは、最高に神経をつかうときです。
説明は正直にすること。その場限りの対応は、のちに必ずこじれます。訂正に関しては、「あなたが言っていることは違います」ということですから、これを伝えるのは神経をつかうし、できうれば避けたいものです。しかし、そこで避けると、先に行って変更するのはもっと困難になるので、慎重の上にも慎重に言葉を選んで、伝えなくてはいけません。たとえばこんな言い方です。「先ほどおりをいただいた△△の点でございます。確認はしてみますが、私どもでは○○と理解しておりました。改めてご報告させていただきます」このように大量の形容詞を使い、へりくだった言葉づかいで、やわらかく聞こえるようにします。コラム2百貨店・苦情処理の現場から★店長を呼べ、と言われた場合「私が全権をあずかって対応させていただいております」「なぜ店長が出てこない」「私が対応させていただき、店長には報告いたしますので、必要ございません」●ここでは、言葉だけで言ってもなかなか譲歩していただけないことが多いものです。しかし態度・言葉ではっきり表すと、案外話し始めてくれるものです。5現場を確認するこれは、事故や電話苦情のさいには必ず行ないます。現場とは、場所だけでなく、担当した社員やその周りにいた社員が見た事実を確認することです。私は駆け出しの頃、数回、お客様からられました。「責任者として謝罪に来たのに、肝心なことは聞いていないのか」と。とにかく、「早く処置したい」という気持ちが先行し、接客した担当者から些細なひと言を聞き逃したために、逆に苦情が膨らんでしまう例もありました。それ以来、クレームや苦情に立ち向かうさいは、担当者からできるだけ詳細に、経過と状況を聞き、全体像を把握して臨むことで、お客様の不満まではっきり見えてくるようになります。そうなると対応は的を射て、信頼の復活に結びつきます。
コラム3百貨店・苦情処理の現場から★やめさせろ、と言われた場合「お客様のご意向は分かりましたが、社員のことは当社で決めさせていただきます」さらに、しつこく言ってきたら、「お客様のおっしゃることはよく分かりましたが、お客様から指示を受けることではございません」ときっぱり言い切りましょう。●しかし、ここまで言われる販売員は徹底して調べておく必要があります。きっと対応の中で、何か大きな失言をしていることが多いのです。6対応は迅速にする早ければそれに越したことはないのですが、正確さも要求されます。クレーム・苦情にもさまざまなジャンルがあり、なかでも急がなくてはならないものは、事故・食中毒・針混入・指定配送・冠婚葬祭関連などです。どんなクレーム・苦情も迅速が一番ですが、常に正確な対応、そして、その問題の適切な解決策をもって臨むことが基本になることも、忘れないでください。7一般の苦情客を、クレーマーに仕立てないクレームや苦情の対応で、相手をクレーマーに仕立てることは、絶対あってはなりません。顧客の権利は法的にも上昇の一途をたどり、どの業界でも非常に強くなってきています。それに向きあう企業側は、本業があり、苦情対応セクションのレベルは上がっていないと言えます。そのため、お客様のクレーム・苦情に対して、対応が長引くことを避けるため、または、知識の不足を隠すために、つい過剰な反応をしてしまいます。私は、「苦情の対応は、紙一重の満足が顧客の信頼につながる」と感じています。顧客は、自らが望む対応とほぼ同じことをされると、安堵するものです。クレーマーも最初は普通のお客様だったのです。しかし、本物のクレーマーになれば、もはや顧客ではありません。徹底した対応で排除してよいと考えています。
コラム4百貨店・苦情処理の現場から★苦情処理は「勝ったら負け」お客様の苦情を受けた場合、どんな言いがかりでも、ひととおりお聞きします。それも真摯な態度で肯定的にお聞きすることを、おすすめします。当方には非がなくても、お客様は責め立ててくることが多々あります。そんなときもじっと我慢をして、すべてをお話ししていただくことが、お客様の気を収める最初の仕事です。聞く側の態度としては、相づちの打ち方も充分勉強しておきましょう、それによって解決の糸口が見つかることもあるのです。最後は、ニコニコ。「またのご来店をお待ち申し上げております」。8苦情対応は平等に販売時も苦情時も、お客様への対応は平等に、というのは基本的な前提です。百貨店にも常連客はいます。ある売り場に顔見知りのお客様が来店したとします。そこには一見のお客様もいて、販売員の態度が違うことに立腹して苦情になることがよくあります。販売員には大きな落ち度はないのです。なぜなら初めてのお客様になれなれしい態度もとれないし、趣味や好みもまだ知らないのですから。それでもお客様は平等を望みます。それには、売る側の慎重な気づかいを持った接客が必要だということです。クレーム・苦情への対応もまったく一緒です。***◎「誠意ある対応」とはどういう態度か現場で起きたクレームや苦情は、なるべく現場で解決する、という心構えで臨みましょう。決して最初から上司を頼りにしないことです。「私の責任で対応させていただきます」という気持ちを強く持って臨むことで、自ずと慎重になり、敬語や謙譲語も使い分けられるようになります。相手はそこに誠意を感じてくれます。この場合の「誠意」とは、具体的に以下のようなことを指すのだと考えます。
1.謙虚な気持ちで丁寧なお辞儀。2.苦情を聞くときは、「拝聴する」という気持ちで臨む。3.必ずメモを取りながら聞く、聞き逃したら確認させていただく。4.話の腰を折らない、反論はしない。5.苦情を言う心理を教えていただく、という感謝の気持ちで接する。6.記録したことは、必ず復唱・確認する。以上の気持ちが相手に伝われば、解決への道はぐっと近づきます。なお、苦情対応を上手くやるには、「申し出のお客様を絶対に失望させない」、という気持ちを持って臨むことが肝心です。心の中で少しでも「苦情かぁー」と思った瞬間から、相手に対して隔たりができてしまい、それは結局、相手に察知されます。「申しわけないことをした」「大事な時間を台なしにした」「恥ずかしい思いをさせてしまった」これらは、起きてしまえばもう取り返しのつかないことですが、非は非として心から詫びる誠意ある対応が、結局は良い結果をもたらします。詫びる姿は、「謙虚な気持ちで丁寧なお辞儀」と書きました。さらに付け加えれば、「相手だけを意識した姿勢」です。謝罪をする者が、周りのお客様や他の社員の目を気にしながらでは、相手に謝罪の気持ちが伝わるはずもなく、結果として収まらないことになります。周りからどう見られているのか、と心配する意識は、かえって解決を遠のかせます。コラム5百貨店・苦情処理の現場から★相手の狙いを悪いほうに想定して臨めどんな苦情にもいくつかの対応の仕方があります。しかし、基本の対応の仕方は決めておくべきでしょう。日常茶飯事に起こる苦情ならなおさらのことです。基本の対応を決めて、早く改善してしまうことが肝心でしょう。一方で、年に一回あるかないかの特殊な苦情には、基本対応などはないのが常でした。そのさいは、相手の狙いを悪いほうに想定して臨めば、結果として、外れても楽なほうに外れることになります。要は気の持ちようですね。
◎謝れなかった失敗例大阪での出来事です。ある店舗で、常連の顧客から、ゴルフパンツの裾上げの技術に対して苦情になりました。「なんなの、これは!あれほどキチンと直してって言ってたのに。ほつれたり、長かったり。もうあんたのところではパンツは買わない!」あまりに大きい声なので、そこにいた全員がこちらを見ました。対応した責任者は、冷静に対応できませんでした。恥ずかしいのもあいまって、腹立たしさがこみ上げます。部下や後輩の前で、まるで自分が失敗したかのような形にされてしまったのですから。そして、つい言い返してしまったのです。「いきなりそんなデカイ声で言わなくてもいいじゃないですか!私が修理したわけじゃないんで、修理場の人に文句言ってきますから」すると相手は、「そんなんどうでもええねん!あんたが修理してもしなくても、実際こんなんやねんから謝れ」と。「謝りますけど、修理場の人を呼んでくるから、その人に文句言って」最悪にも、お客さんとマジな喧嘩をしてしまったのです。結局、そのお客さんは怒鳴ったことでストレスを発散したのか、「あんたが悪い訳ちゃうけど、ここの修理はほんまにヘタクソやから客逃がすで、ってゆうといて」と言われ、もう一度やり直してお渡しすることで終わりました。なにを隠そう、この失敗談の「責任者」はのちに店舗のエースとなった人です。お客さんが、さらにでかい声になったのは、彼女の態度がそうさせたのに間違いありません。おかげで、店員はみんなオロオロするばかりでした。この場合、冷静に、「申しわけありません。再度注意しておきます。念には念を入れてチェックしますのでお許しください」と、お答えすればよかったのです。コラム6百貨店・苦情処理の現場から★「立場の違い」を心得ておくことが重要お客様とお店では立場が違います。そこにはすぐ法律が入り込むことはありません。さらに、お客様をつなぎとめることが大前提としてあるわけですからなおさらです。お客様相談室のやり甲斐はここにあったと思います。これほど常時、緊張感を持って仕事にあたったことは他にないでしょう。その意味で、「お客様相談室」の経験は素晴らしいものでした。
でもときとして、「ふざけんな、馬鹿やろう!」と怒鳴りたかったことも数十回ありました。そんなときは、トラブルを法律で解決できる職場は、うらやましく思えました。◎謝り方にもコツがあるあるとき、百貨店で謝罪現場を目撃しました。その担当者は、入り口の受付カウンター脇で、お客様に長時間、何度も何度も頭を下げていました。そのときは、顔がにこやかなまま謝り続けているので、どうしたらあんな顔で接することができるのか、不思議に思ったものです。のちに、その方に話を聞く機会がありました。すると、そのときの記憶はまったくないとのこと、ただ、苦情をいただいた顧客に謝罪をするのに、「周りなどまったく意識しないで行動するのが当たり前」とのひと言でした。これがプロフェッショナルです。苦情を申し出ても、対応がスムーズにいけばどなたも気持ちが収まるはずです。拡大する原因は、初期対応にあります。よくある事例としては、緊張のあまり相手の言ったことを上手く理解できないようなときに起こります。それ以外にも、対応する姿勢、商品の知識不足、常識の欠如、対応に費やす時間等で拡大します。対応技術の未熟さに気づいたら、学び、次回に備えるべきです。普通は、非を素直に認めることと、誠意ある対応でほぼ収まります。なお、以下の行為が事を大きくする場合があるので、注意しておきましょう。1.非を認めない。2.言いわけをする。3.責任を転嫁する。4.苦情を聞く態度でない(言葉、眼つき、しぐさ)。5.反省の色がない。6.対応が遅い、または不充分。コラム7百貨店・苦情処理の現場から★販売当事者が、実は苦情の原因に気づいていない場合
なかなか解決できない苦情の一つに、販売当事者が苦情の原因に気づいていないことがあります。そんなときは、未熟なだけなのか、個人の資質なのかを慎重に見極めることが大事で、それによって指導が変わるはずです。ただし、お客様のほうがおかしい場合も、もちろんありますので、お客様の話だけを聞いて、一方的に指導するのは、その販売員との間に、大きな溝を作る原因にもなります。ご注意ください。◎「苦情震度」を記録する「災いは忘れた頃にやってくる」という諺は、今も生きています。クレーム・苦情の報告を記録している企業が、だいぶ増えてきました。その内容は時間の経過、社員の転勤や移動などで、当時の状況を知る人が徐々にいなくなるからです。しかし、報告書を書くとき、分かりやすくするために、社内用語や専門用語に置き換えて書く傾向があります。それは、顧客の「生の言葉」を変えてしまう結果となり、怒りの度合いが伝わりにくくなります。これを避けるためには、たとえば職場内で、「苦情震度表」というものを作成し数値化しておくことが必要でしょう。のちに誰が見ても苦情の強さ(大きさ)が分かり、分類や活用が容易くできます。震度の測定項目は、顧客の発する言葉、表情、態度を五段階に分けて捉え、職場ごとに決めます。また、クレーム・苦情を活用するということは、苦情事例そのものでなく、その原因の点検ができるように突き止めて記録しておくことです。点検すべきポイントを抜き書きしておくことで、新人が見ても簡単に確認できるようにしましょう。コラム8百貨店・苦情処理の現場から★やんわりと気づかせる工夫お客様が指摘したことでも、間違いは間違いです。これをやんわりと気づかせることが大事です。決して頭ごなしに「間違っていますよ」という感じを与えてはいけません。
そのうえで、失礼のない謝罪をするのが、正しい対応だと思います。賢い消費者なら、自分の間違いに気づいていただけます。私のいた会社には、謝るだけで解決しようとした上司や部下がおりました。それはお客様をダメにしてしまう最悪の処理法です。◎心理的変化の察知非を認めたら、ただ謝罪することが解決への一番の近道です。謝罪の仕方によっては、逆に相手に気に入られて、後に顧客になってもらえることは少なからずありました。ただし、「ただ謝罪する」という手法は、新人かせめて二年目くらいの未熟な販売員のみに許される行動です。では、ベテランはどうするか?こちらはスマートに解決したいものです。「お客様の気持ちになって」解決することです。それは、よりくわしくは、「不満発生から現在に至るまでの、相手の心理的変化を察知する」という難しい技なのです。この技法さえあれば、クレーム解決、苦情解決の確率はぐっと高くなります。たとえ、商品の瑕疵が原因の苦情でも、隣り合わせに心理的不満が存在するものなのです。対応力のある人は、短時間でそれを突き止めることができます。コラム9百貨店・苦情処理の現場から★相手よりわずかに下の位置、が解決のポイント苦情の対応にたくさん当たるなかで気づいたことですが、お客様との会話では、へりくだりすぎてもいけません。もちろん対等もいけません。どんな場合に一番解決が早いかというと、相手よりわずかに下の位置にいたときが一番早かったように、記憶しております。きっとお客様に本気でお応えしているという気持ちが、心地よく伝わったものと思います。◎苦情でない苦情
クレーム・苦情が発生するときは原因があり、それを伝える手段として言葉があります。その対応は、原因を突き止め説明をすることになります。クレーム・苦情を申し入れる側は、「嫌な思いをした」「損をした」「差別された」等の被害を感じており、対応としては、補償の問題に発展するもの、弁償するもの、謝罪で済むもの、に分かれます。なかには、お客様が納得せずに物別れもありますが、これはまれです。どちらにしても、苦情の申し入れには真剣に対応することが基本で、なんらかの解決策はあるものです。ところが最近、世の中にはもっと別の苦情があることが分かりました。「苦情でない苦情」です。前出した苦情例を使って、説明しましょう。●「なんで、あんな、やぶ医者に診せたんだ」校内でけがをした生徒の手当てを校医がして、帰宅させたところ、保護者からこんな苦情が来ました。この問題を、読者のみなさまはどう受けとめますか。お断りしておきますが、学校でも正常な苦情やご意見はたくさんあります。それらの多くは解決されているのです。ここに、例題として出したものは、普通の苦情と違い、教師が判断に困るものを提示しております。この申し入れを受けた担任の先生は、どう説明するのでしょうか。また相談を受けた副校長は、担任の先生にどうアドバイスするのでしょうか。この苦情を受けても、何を言いたいのか、どうしてほしいのか、判断に困ります。たとえ訴えると言われても、謝りようもありません。このときはまず、「これから、どうしたらよいかご意見をお聞かせください」と応じます。意見を聞くに留めておければ、それに越したことはありません。。クレーム・苦情対応にはいつも、相手の心理を読む必要があります。この場合に考えられる心理はたくさんあると思いますが、ここでは極論を掲示します。*この家庭は、ここの校医となんらかのトラブルがある、またはあった。*この保護者と校医の夫人の仲が悪い。*保護者の噂では評判のよくない校医となっている。*同じ地区に近しい関係(たとえば親戚)の医院が存在する。*そこの医者は、校医になりたがっている。とこんな具合でしょう。では、その対応です。しつこく苦情をくり返す相手に毅然として臨むなら、こうなります。「それは申しわけございません。○○医師がやぶだとは知りませんでした。ところで、よろしかったらどんなところがやぶなのか教えてください。学校医として問題があるようなら、しかるべき委員会に掛け検討したいと思います。できる限りくわしく教え
てください。また、充分に注意はしますが、今後ご子息に事故が発生した場合は、そちらで医院を指定してください。そのため、常にご連絡が取れるようお願いします。そして、連絡が取れない場合は、どのようにしたらよろしいのか、できれば書面にていただければ、今後の引き継ぎにも役立ちます」この程度の対応をしないと、イチャモンのような「苦情」を言ってくる保護者には、効果はないでしょう。実はこれは、苦情ではないと私は思います。なぜなら、先にも書いたとおり、対応する手段がなく、何もしないでも収まるものだからです。真剣に取り組まないことも、苦情対応の一つの手法だといえます。こんな「苦情でない苦情」は、世の中にはたくさん転がっているようです。大事な点は、その申し入れに返事をすべきか否かを判断できる能力をつけておくことです。コラム10百貨店・苦情処理の現場から★大きな声を出された場合大声に驚き慌てて謝罪をしないことが大事です。時と場合によっては、お客様より大声を出すことも必要でした。たかりや恐喝の場合です。(本書第一章の事例のなかでも紹介しました。)「お客様、そんなに大きな声でなくとも聞こえております」これは案外効果がありました。相手は、百貨店のお客様相談室の係員が大きな声を出すとは、まったく予測していないのでしょうね。◎「負の勲章」のありがたさ残念ながら、苦情対応の技法は「失敗」して初めて身につくようです。ですから、苦情が発生したら力まず、肩の力を抜いて臨むことで理性が働き、相手の言葉もよく理解できるようになります。また、いっときは対応が成功したように感じても、数日、数か月経つと対応の細かな失敗に気づくものです。この気づきこそが、成長のあかしです。これは人間同士の付き合いが基本の社会において、あなた自身の大きな財産となります。苦情対応の多さや大きさは競うものではありませんが、その事実は消すことのできない「負の勲章」なのです。でも、せっかくいただい
た勲章ですから、正しく記憶して生かして使いましょう。苦情を減らすことはできても撲滅するということは不可能です。しかし、減らす努力は継続すべきです。そのためには、なにより苦情というものの本質を知ることが欠かせません。苦情は言うほうだって、「できるなら言いたくない」のです。それでも、我慢できない不満や被害があったときに、申し出てくるわけです。だから、相当なレベルのものだと考えなくてはいけません。発生した不満もすべて申し出があるわけではなく、ごく一部が声となって届きます。ということは、一つの苦情の裏には苦情にならない苦情がたくさんあり、顧客は意を決して問題提起してくれたのです。その対応をおろそかにすることはできません。有名な「グッドマンの法則」によれば、一人の苦情を言う人の背後には、二六人の同じ苦情を持つ人がいるそうです。たった一人からの苦情だといって、蔑ろにしてはいけません。そして、どんな些細な苦情にも全身全霊を注いで対応を図らなくてはならないし、記憶しなくてはいけないのです。コラム11百貨店・苦情処理の現場から★「誠意を見せろ」に要注意よく言われる言葉に「誠意を見せろ」というのがあります。そんな場合は、どういう答えをしても、「それだけか」という言葉がついてきます。そんなときは、遠慮なく、「誠意」の見せ方を、逆にお客様にお尋ねしましょう。自分からは「何々をする」などと絶対言わないことです。だいたい「誠意を見せろ」とは、本来ヤクザが使う言い方です。この頃は素人も平気で使います。いやな時代になりましたね。
あとがき脳科学者・茂木健一郎さんの『すべては脳からはじまる』(中公新書ラクレ)のなかに、人間が成熟したかどうかの一つの目安は、どのくらい人の話を聞けるかにあり、人間の心の機微が分かり、相手を思いやることができなければ、人の心をつかむ話し方もできない、というくだりがありました。まさに、苦情対応の世界にもぴったり当てはまることです。苦情学は、緊張を強いられる攻防戦のなかで、相手の話を充分に聞いて、攻撃してくる相手を逆に思いやりながら、相手の心の機微をつかんで解決するまでのプロセスそのもの。それが人間学といわれるゆえんでしょう。本書は二〇〇六年一〇月に刊行した『苦情学』(恒文社)に続く、二冊目の書き下ろしとなります。『苦情学』が百貨店勤務のプロ向けの専門技術を扱った本だったのに対して、本書『となりのクレーマー』は一般の方にも興味を持って読んでもらえる本、という位置づけです。そのため、前著にて紹介したエピソードの一部、内容の一部が本書にも紹介されています。本書を読んだうえで、より専門的に知りたい読者は、ぜひ『苦情学』のほうもひもといてみてください。なお、本書に登場した事例はすべて、実際にあったものですが、プライバシーに配慮して若干の脚色をほどこしていることをお断りしておきます。前著『苦情学』出版後、多くのメディアから出演や原稿執筆の依頼をいただきました。それに取り組んでいくうちに、それまで言葉として記録するには至らなかったクレーム・苦情対応の方法が数多くあることに、改めて気がつきました。あるいは、前著では、書いてしまうことを無意識のうちにためらっていたのかもしれません。これらは本書で、踏み込んで紹介されています。また、前著を書いたときは、私自身、クレーム・苦情対応の極意をひととおり身につけているものと、勝手に思いこんでいました。しかし、その後の活動で、まだまだ未熟であったことを知ったのです。それまで私がクレーム・苦情対応を経験し、その技法を学んできたのは百貨店の世界です。確かに百貨店はクレームや苦情が日常的に襲ってくるところでした。ありとあらゆるクレーム・苦情に対応し、ときにはクレーマーとの対峙をしなければなりません。百貨店のクレーム・苦情対応では、現場でさまざまなことを学び、諸先輩や同僚からも教えを受けてきました。その後、私は、百貨店の世界から離れて、さらにクレーム・苦情の内容と質が多様な世界で、新たな仕事をするようになりました。そこに導いてくださったのは、歯科医師や教
師の方々でした。「苦情」を言われて困っている人は、今の時代、世の中にたくさんいる。苦情解決の方法を身につけなければならないのは、必ずしも百貨店の世界だけではない。──そんなあたりまえのことから、学び直すことになりました。たくさんの業界の方々が、クレーム・苦情解決の処方箋を求めていることがわかりました。そこでクレーム・苦情対応を経験するうちに、「現代的な人間関係」がたくさん見えだしました。これらの体験を重ねることで、現在では、クレーム・苦情対応で、いわば「応急処置をする医師」のような立場に立たされていることも、珍しくなくなったのです。こうした経験によって得た知見は、そのエッセンスを本書に書き記しています。なお、ここで、私を新たなクレーム・苦情対応の世界に導いてくれた一人一人のお名前を連記して、感謝の意を示したいところですが、あまりにも関係された方々が多く紙幅を越えてしまうので、失礼させていただくこととします。新書にて著書を刊行しないか、と声をかけてくださり、原稿の構成等にご指導をいただいた横手拓治編集長には、この場を借りてお礼を申し上げます。ありがとうございました。「苦情学は人間学」だと本書「はじめに」の副題にも記しましたが、クレーム・苦情対応は、人間の把握ということが前提となり、まだまだ奥が深いところのあることを感じます。「人と人だからこそ、いつかは分かり合える」という未踏の地を求めて、クレーム・苦情対応の世界を、私はさらに前へ前へと進むつもりです。「苦情で悩むことなかれ!」平成一九年五月著者
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