❶人口ボーナス期と人口オーナス期の経営判断の違い
人口ボーナス期とは、総人口に占める「生産年齢人口(15歳~64歳の人口)」が増え続ける、もしくは「従属人口(14歳以下と65歳以上を合わせた人口)」に対しての比率が圧倒的に多くなる状態を指します。
一方、人口オーナス期とは、人口構成の変化が経済にとってマイナスに作用する状態です。オーナスとは、「重荷、負担」という意味です。
働く人よりも、その働く人に支えられる人のほうが多くなります。日本では、少子高齢化が顕著になってきた1990年頃から人口オーナス期に入ったと言われています。
これから日本は先進国が経験したことのない、激しい人口オーナス期を経験します。特に働く人よりも支えられる人(高齢者)が急増します。これは大変なことです。
税金や社会保険料を上げども上げども、足りない状況となるでしょう。人にかかる社会保険料は現状でも国税収入のなかで「最大の税金」です。これからこの傾向は顕著になるはずです。
有能な人材を確保し、定着させ、賃金を払い続けることがとても難しくなります。後継社長はこの認識が重要となります。
そこで、人口ボーナス期と人口オーナス期の経営判断の違いをの【図1】にまとめました。オヤジの会社を引き継いだ後継社長がどのような労務政策の転換にせまられるか、その判断基準はこれが土台になります。
特に重要な点は、人を使って収益をあげるためには「高・労働生産性」経営への意識的な移行が必須になるということです。ここでいう「高・労働生産性」経営とは、人口ボーナス期の延長線にはありません。ガラッと発想を転換する必要があります。
❷人を10%減らして、10%賃金を上げる経営が求められる!?
「高・労働生産性」経営とは、言い方を変えれば、賃金を上げることができる経営のことです。そのためには一人当たりの付加価値をアップさせるほかありません。
大きな売上の増加が望めない会社が大半ですから、より少ない人数で業務をこなす体制をとらせざるを得ません。
私は中小企業の賃金研究を行っていますが、そこで感じることは大半の中小・零細企業は、最低でも、まず人を10%減らしても大丈夫な体制にして、そのうえで10%賃金を上げられるようにしなければ、人材の採用・定着はままならないということです。
大手や中堅企業に比べて極端に見劣りするような賃金・初任給ではとても採用に至らないのです。
いま、若手を中心した「人材流出」が止まりません。そして、その企業規模による企業間格差は年を追うごとに開いています。
もちろん、人を10%減らして、10%賃金を上げるといっても、既存社員をリストラするわけではありません。
省力化投資・ビジネスモデルの変革・顧客折衝などをしながら、今後の自然退職や新規採用に備えていくという未来のイメージです。
私は近い将来において、最低賃金が1500円程度になり、人を20%減らして、20%賃金を上げる経営が必要となると考えています。
または、現状では残業が月間80時間前後あっても、将来的には原則1日8時間(定時)で帰ることができるような経営もマストになるでしょう。
そうなると、大半の中小・零細企業が「脱落組」となります。大ピンチです。しかし、もうこの道しかないのです。「高・労働生産性経営」をいかに実現するか?ビジネスを考えるうえでの欠かせない課題です。
❸悩ましいワークライフバランスと若手の価値観の変化
日本の労働環境では安易に解雇や賃金カットができません。ですから、社長はなるべく少人数で経営をまわしたいと考えます。受注の波は既存社員の時間外労働や外注で対応するのが理想です。
しかし、適正に残業代を払っていても【図2】のように労働基準法による規制が始まりました。つまり、いざとなったら残業で乗り切っていくという発想に大きな制約が出てきたのです。
しかし、私は法律よりも、配慮すべきは社員の価値観の激変と考えています。【図3】で挙げている「令和貴族」とは「ゆとり教育を受けた世代以下」の若い社員です。
これより上の中高年層の社員を「昭和ワーカー」としますが、企業もまだまだ40歳以上の「昭和ワーカー」が多いです。
しかし、世代交代が世の常ですから、「令和貴族」が次第に「多数派」になっていきます。企業全体が「令和貴族」の価値観を持った人たちばかりになるということです。
「令和貴族」は「自分の時間」を極めて重視します。若手が望む福利厚生の第1位はワークライフバランス(仕事と私生活の調和)です。つまり、プライベートの時間を十分に確保できることが、会社に求める最重要事項なのです。
残業が多い、休日が少ない、年次有給休暇が取れない、そのような会社は「令和貴族」から回避されますし、定着もされません。
特に土日が休みの会社でいきなり、「土曜日に出勤しなさい」という業務命令が日常化する会社もすこぶる不評です。
でも、ソコソコの給与は必要です。「ソコソコの給与」とはワークライフバランスを犠牲にした残業代で稼ぐ給与ではありません。「ホドホドの労働」でもらえる「ソコソコの給与」のことです。
この「ソコソコ」と「ホドホド」のバランスがとれた労務管理を実現しなくてはならないのです。もちろん、労働時間短縮、ワークライフバランスが実現しにくい業種もまだまだあります。
なぜ、ワークライフバランスを実現しにくいかといえば、ズバリ労働生産性が低いからです。具体的にいえば、多くの運送業、建設業、飲食・サービス業などが大変な状況です。
これらは時間当たりの労働密度が低く、手待ち・移動が多い業種です。また、職種としては料理人などの〝職人〟の世界も一筋縄ではいかないようです。
まだまだ月間80時間~100時間を超える時間外労働が散見されます。そして、3K(きつい・汚い・かっこ悪い)業種・中小零細企業にはますます人が来なくなります。
一方、カッコいい仕事、大企業、公務員は若い人の人材に困らないでしょう。令和・平成に生まれ育った人は貴族です。
貴族だけに、きつい、汚い、かっこ悪い仕事はやりません。この分野は外国人の方に担ってもらうか、ロボットがやるしかないのでしょうか。
❹「非正規」という言葉がなくなる?消滅する正規と非正規の区別
「この国から非正規という言葉を一掃する」。これは日本の総理大臣が働き方改革・同一労働同一賃金を実現する文脈で語った言葉です。現在の政府の雇用政策となっています。簡単にいえば、政府が目指しているのは、職務給の世界です。
職務給とは、仕事に賃金の値札を貼ることです。職務給では理論上、その職務に従事している限り、時間給は同じになります。
あとは無期雇用か有期雇用か、フルタイムかパートタイムかの違いだけです。「正規/非正規」という区別の必要性がなくなります。
同じ仕事(同じ業務の内容、責任の程度、配置変更の範囲他)をしているのなら、有期やパートであることをもって不合理な処遇差別をすることが禁じられます。
もちろん、その社員の能力や成果により賃金に格差を設けることはできます。現在、政府が目指しているのは政策的な「格差是正」です。
たとえば、契約社員や派遣社員として10年以上頑張っているけれど待遇が改善しない40代の男性、社員以上になんでも仕事をこなすベテラン主婦パート、こんな人たちは日本中にゴロゴロいます。
正社員というだけで、昇給・諸手当・賞与・退職金などがある一方、有期契約であること、パートであることをもって、それらは一切ない、または極小というのは不合理ではないか?という問題意識です。
昭和のモデルは、男性が正社員として働きに出て、女性は専業主婦、またはパートとして働きに出るというものでした。
女性は男性の扶養の範囲(年収103万円や130万円未満)で家計を補助的に支えます。しかし、今の政府はこの昭和モデルを否定します。
女性も社会にドンドン進出し、働きながら子どもを産み育ててもらわないと、労働力が足りないからです。
政府は家族手当のうち、配偶者手当を望ましくない手当と見ています。できたら廃止してほしいのです。
配偶者手当は一般的に扶養の範囲を条件としています。奥様が働きに出て一定の収入を得れば、ご主人の配偶者手当がなくなります。
これによる収入減が、女性が社会に進出し、バリバリと稼ぐことにブレーキをかけてしまう結果となるのです。
社会としての方向は「主婦=パート」ではありません。子育てや家庭を重視したい女性は、「短時間正社員」や「在宅勤務者」(主にパソコン作業)となります。
いま、パートの求人に人はなかなか集まりません。それは女性も正社員として就職し、そこで育児休業を取得し、復帰後も短時間勤務で正社員として働くからです。
最低賃金の上昇、パートへの社会保険加入適用拡大も見逃せません。求人費用・離職率を考えると、パートの人件費はもう安くはありません。
残念ながら、賃金が安い「昭和型パート主婦」を使ったビジネスモデルは大きな曲がり角にあります。
❺70歳までみんな元気に働きましょう!いや75歳か?
人口オーナス期の深刻な社会課題は、働く人よりも支えられる人が多くなることです。4000万人を超える高齢者を支えるというのは大変なことです。
だから、働ける人はできるだけ働いてもらい、税金や社会保険料を収めてほしいのです。早晩、政府は70歳までの雇用義務を課すことになるはずです。
意欲と能力のある人は75歳までになるでしょう。これは労働力人口の減少、年金・医療財政の実情からして、不可避だと思います。企業の側からすると、働く意欲と能力のある方は受け入れることができます。
しかし、なかには働く意欲も能力もない方もいます。いわゆる「働かないオジサン」です。特に高齢になれば、一部に口先ばかりで実質的な仕事をせず、挑戦もしなくなり、独善的になる方も出てきます。
一方で日本は簡単に労働者の解雇を許してはくれません。私は戦う企業の構成員は常に若くなくてはならない、という持論があります。
この若さは実年齢のみを指しているのではありません。心の若さです。希望、勇気、チャレンジ精神、日々新たな活動に取り組む意欲です。
これがないと労働生産性が低くなり、変化に対応できず、しかるべき賃金が払えません。「働かないオジサン」問題にどう対応するかは、企業にとって極めて大きな課題となっています。
❻多様な労働力をきめ細かく管理する必要性が高まる
「男性」「日本人」「正社員雇用」「フルタイム雇用」を中心に、新卒一括入社から定年まで均質な労働力を管理するのが昭和モデルです。
しかし、これからは多様な労働力を個別に、きめ細かく管理する要請が高まります。具体的には以下のようなものです。
(1)女性
前述したように女性社員を短時間正社員・フレックス社員として、社員起点で、社員の都合をふまえた労務管理をするということです。
女性の賃金は日本の女性の社会的地位・役割から低く抑えられています。今後は雇用形態にかかわらず、女性の賃金をどのように決めるかが、中小企業の賃金管理の重点課題になります。
(2)高齢者
65歳以上の方が総人口に占める割合は、令和18年で33・3%、令和47年で38・4%といわれています。
70歳まではしっかり働き、70歳から75歳までは何らかの形態で働き、75歳以上になって多くの方が引退します。
つまり、さらなる企業の高齢化が進むので、企業においては社員の健康に配慮しながら、高齢者の活用方法が問われます。
(3)在宅勤務
社員子育てや介護、ご自身の病気その他の事情により、会社に通勤することなくIT機器を使いながら、在宅勤務で仕事をします。
この場合、雇用契約となるか、請負契約となるかは個別契約によります。最近は通勤や移動自体が生産性を低下させる行為だという風潮が高まっています。
もちろん、全部が在宅勤務となれば業務上の支障が大きいので、一部が在宅勤務になる社員が激増するはずです。
(4)外国人
これまでの政府の入国管理政策は単純労働に従事する外国人は受け入れないというものでした。しかし、その政策を大きく転換し、国内の人出不足が深刻な業種に限り、単純労働力を受け入れることにしたのです。
まだまだ理念と実態が乖離した外国人技能実習制度の改革などの問題は山積みですが、外国人雇用が今後進んでいくことは間違いありません。
問題は外国人が日本で働くことに魅力を感じて、日本に来てくれるかどうかです。国家間で外国人労働者の獲得も競争となっているからです。
(5)副業社員
政府が副業を推奨しています。厚生労働省のモデル就業規則も原則副業容認、例外禁止に書き換えられました。中小企業の社員も「副業していいですか?」と会社に打診する人が随分と増えています。
特に働き方改革で残業代が減ってしまった企業においては、そのニーズは高いといえます。逆に人出不足の中小企業が副業者を受け入れるケースも増えています。
もともと、副業は法律上規制されたものではなく、企業が就業規則上で禁止していたにすぎません。余暇を使って何をしても本来自由だからです。
つまり、原則として副業は自由なのですが、例外として、①本業への労務提供上の支障がある②企業秘密が漏えいするなど企業秩序に影響が生じる③信頼関係を破壊する行為がある④副業・兼業が競業に当たるなどの場合に限り、禁止することができるといえます。
(6)業務委託者
業務委託者とは会社と雇用契約ではなく、請負または委託契約で働く人のことです。最近は案件単位で仕事を請け負うフリーランスに加えて、ギグワーカーという形態も増加しています。ギグワーカーとは案件単位ではなく、空いているスキマ時間で可能な仕事をする人のことです。
ギグワーカーは副業社員であることが大半です。育休中の主婦が短時間だけ働きたい、給与に加えてもう少し収入をアップしたいなどのニーズをかなえることができます。
❼コンプライアンス(法令遵守)がより一層シビアになる
コンプライアンス(法令遵守)の変化のスピードが加速しています。世界的に見てもその判断基準としての価値観の変化(CSR、SDGsなど)のスピードが速すぎます。
しかし、ついていけないと大きなしっぺ返しをくらいます。私が主に取り扱う労働問題の分野でもその傾向は顕著です。
極端な言い方ですが、専門家としてある年まで堂々と指導していた内容について、その翌年にはそれが違法不当となるため、180度指導内容を変えなければならないこともあります。
人権保護や格差解消政策を実現しようとする法令が実に細かく設定されるようになっています。
社長などが不用意な発言や経営判断をすると、直ちに厳しい指摘をされ、会社における立場が弱くなるように感じています。
また、そのような法令について、社長より社員のほうがより詳しく知っている環境になっています。スマホで「残業代」「有給休暇」「パワハラ」などの単語を検索してみてください。
弁護士などにより実にわかりやすい懇切丁寧な解説がアップされています。近頃は学生時代から社会人になるための労働法を勉強していたりもします。
先代社長の時代なら機能していた「煙に巻くような対応」はもうダメです。会社と社員の情報格差はほぼなくなっているのですから、「知らしむべからず、寄らしむべからず」という対応は通用しなくなったといえます。
コンプライアンスに穴があれば、社員やその家族はそこを追及してきます。また、コンプライアンスに穴がある会社がどんな立派なビジョン、人事給与制度などの労務政策を語っても、説得力がなくなってしまうのです。
「社員満足」というのは、コンプライアンスがあってこそ成立します。会社から大切にされないと感じた社員との信頼関係の構築は困難です。会社から大切にされないと感じた社員が顧客を大切にするのは、さらに困難といえます。
「人事評価を行って、頑張った人には給与・賞与を上げます!」と言われても、36協定に違反していたり、残業代や休日出勤手当が適正に払われていなければ、制度以前の問題で、すべての説得力を失う、怖い時代なのです。
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