❶給与制度で自社の独自性を出せるか?
私は人事給与制度について、会社の独自性は出しにくい、いや出さないほうがいいと考えているくらいです。なぜかというと、人事給与制度というのは社会性が求められるからです。
ここでいう「社会性が求められる」とは、「一般的な社会の常識から外れた給与体系・給与水準は通用しない」ということです。
私もいろいろユニークな給与の払い方を実践しましたが、社会的に見てどうかと思われる制度は今ひとつ、定着しませんでした。私が言う社会性とは、大きく2つに分けられます。
給与に求められる社会性❶社長の本能を取り締まる法律の縛り
給与というのは会社にとっては、「人件費」という経費です。また、人件費は未来をつくる投資的な費用という側面もあります。ですから、ありとあらゆる払い方で人件費を有効に使いたいというのは社長の切なる想いです。
しかし、給与をもらう側にとっては生活費です。日本で暮らす人間の生活水準や安定を求める心はおおむね同じです。この理解が大切です。誰もが健康で文化的な最低限度の生活を送れるように、労働基準法などの「労働法」が労働者を守っています。
日本の労働法は給与(賃金)を極めて厳格に保護しています。賃金は高度な必要性と合理性がない限り、減額などはまず認められません。だから、安易に上げることがためらわれます。
一度上げてしまうと下げることが極めて難しいからです。また、原則として1日8時間または1週40時間を超えて労働させると、割増賃金を払わなければなりません。
割増賃金(残業代)の支払いが必要であるため、残業代が支給されない管理監督者と、残業代が支給されるその部下の給与の逆転現象を防ごうとすると、管理監督者の給与水準・社内相場も自然と決まってくるのです。
「アイツは生産性が低いので、残業代は払いたくない」というような「社長の本能」は法律の世界ではバッサリ否定されます。残業代をきれいさっぱり払う前提で給与制度を組み立てる必要があります。
給与に求められる社会性❷社員の感覚と相場感
相場感というのは「この程度の支給額はもらえるはずだ」「このような手当はあるはずだ」という世間一般の認識に合わせた感覚です。この相場感は、常に相手(社員)の立場に立って考えることが重要です。
たとえば、「新卒初任給なら、おおむね20万円以上は必要だ」などの認識です。また、日本ではまだまだ家族手当や住宅手当を払っている会社も多いです。通勤手当などは大半の会社が払っています。
賞与についても、夏季賞与と冬季賞与があることが一般的です。仮に大卒であっても、スキルはパートさん程度なのだから、時給1000円とします。そうすると、まず大卒新卒の採用ができません。給与をそれなりに払うので、「通勤手当は不支給」とします。
すると、社員は「通勤手当くらいは欲しい」と文句を言うはずです。また、たとえば、賞与が年2回(10月と3月)に支給されていたとします。
社長としたら、結局、同じじゃないかと思うのですが、社員からは「賞与は7月と12月に欲しい」などと声が上がるのです。それが多くの日本企業の慣例、つまり相場だからです。
❷定期昇給額は熟練すればするほど高額に?
一般的な「人事給与制度のフォーマット」は、定期昇給制度があります。そして、その定期昇給制度は若い頃は昇給額が少なめで、ベテラン、つまり上位の職責や等級に上がれば多くなっていく仕組みになっています。
昭和に考案された人事給与制度のフォーマットは必ずといっていいほど、等級ごとに号数・ピッチがあり、昇給ピッチが上位等級に上がれば上がるほど大きくなっています。
たとえば、1等級の1ピッチが1200円、3等級(係長職)の1ピッチが2000円と規定されていたとします。
仮に「B」評価(標準)であれば4号アップする規定とすると、1等級(多くは若年者)は年4800円(1200円×4号)、3等級は年2000円×4号=8000円となります(【図1】)。
これは、本人の支給されている基本給などに合わせた昇給率(%)、という考えが背景にあることによります。現に支給されている給与額が高いほど昇給額が高くなるのが通常だとしています。これは昭和の発想です。
しかし昨今は超少子高齢化、同一労働同一賃金の流れ、新卒初任給や若年労働者の給与相場の上昇が顕著です。割増賃金(残業代)による上限の逆転現象も悩ましいところです。
したがって、従来のように50代のピークに向けて、年功序列賃金制度による定期昇給で昇給金額を加速させていく給与カーブ(山型)は不向きとなっていきます。
今後は初任給を上げ、若年層の昇給ピッチを上げながら、中高年の昇給ピッチを抑制、または停止する給与カーブ(台形型)でなければなりません。
一方で、やっている仕事に対して給与を払う職務給的な発想で、一定のスキルのある人は、若くても採用当初から給与が高くなるはずです。
これまでのように勤続し、熟練すれば定期昇給額が高額になるような設計は労務コストを大きく圧迫し、経営として、しかるべきところに給与を配分できなくなります。
❸評価(SABCD)を分布させて昇給額を決めるのが正解?
評価ごとにS(5%)、A(20%)、B(50%)、C(20%)、D(5%)という相対分布を厳格に貫いている会社があります。上司が点数化して社員を並べ、部門及び全社の調整を経て昇給額・賞与額が決まります。
SABCDごとにいくら昇給するかのルールは、S(とても優秀)、A(優秀)、B(標準)、C(やや劣る)、D(とても劣る)です。私はこの手法に大いに違和感を覚えます。
理由は2つあります。1つは、既に述べた人事給与制度の目的に資するかどうかという問題です。人事給与制度の目的は「社員のパフォーマンスの総和が向上すること」です。
前述したように中小企業では、「1人の100歩より100人の1歩」が大切なのです。現有勢力で戦わなければなりません。前述の相対分布で仮に「C」や「D」の評価がつく人でも、退職してもらっては困ります。
もっといえば、「C」や「D」の評価をつけられた人にも、それなりにやる気をもって気分よく働いてもらいたいのです。社内の4分の1に「C」や「D」がつく、それが言明され、給与・賞与に反映されるというのは、理屈は合っても中小企業ではうまくいきません。
もう1つは、そもそも一般的に正しいとされる「262の法則」(人間が集団になると「優秀な人2割:普通の人6割:あまり働かない人2割」になるという法則)が企業経営にあてはまるかどうかということです。
その分布を取ることに合理性はあるのでしょうか。社員100人の製造業があったとします。皆さんの感覚でS(5人)、A(20人)、B(50人)、C(20人)、D(5人)という分布はなじむでしょうか。
また、その評価結果を100人に告知したいでしょうか。私が経営者なら違和感がありますし、そのようなABC評価をことさらに告知したいとは思いません。
仮に「SABCD」をつけたとしても、以下のような感じではないかと思われます。
S(0~2人)、A(15人)、B(77人)、C(6人)、D(0人)感覚的な話で恐縮ですが、ここで申し上げたいことは「262」の相対分布を厳格に貫くことが適正かどうか、ということです。
ちなみに、社内の能力・成果の評価の分布も「262の法則」のように正規分布になるという証拠はまったくないと言われています。
❹客観的評価による処遇格差にこだわるべき?
あらゆる報酬の払い方には2つの側面があります。1つは、私は「馬ニンジン方式」と呼んでいます。皆さんがイメージしやすいのは、「車を1台売ったら〇万円」「家を1軒売ったら〇万円」という歩合給制度です。
「こうなったら、これだけ賞与が増える。だから頑張りなさい」というのは「馬ニンジン方式」になります。稼いだ社員にはその稼ぎに見合う分をしっかり還元したいと考えます。
ですから、成果や稼ぎ高を測り、それに見合う給与・賞与を払おうとします。この発想に近づけば、結果として、「馬ニンジン方式」になっていきます。
もう1つは、私は「シグナル方式」と呼んでいます。成果を上げている優秀な社員に「あなたを会社として評価していますよ」「あなたは優秀ですよ」というシグナルを送る側面を重視します。
ですから、客観的に測定した成果と連動させて、給与を分配するという目的は劣後します。シグナルなので、できない人との大きな格差をつけることは消極的になります。
いわゆる〝成果に見合った、客観的な分配〟にこだわらないからです。中小企業の社長から、よく「(優秀な人とそうでない人で)賞与ってどのくらい差をつけたらいいですか?」という質問を受けます。
処遇格差に関する問題です。企業には、人件費の何倍も稼いでいる社員がいる一方で、自らの給与分を稼げてない社員もいます。
それは本人の資質や努力によるものもあれば、そうでない部分もありますが、「馬ニンジン方式」であれば、賞与が200万円の人もいれば、0円の人も出るでしょう。
しかし、中小企業の現場ではまずそのような采配はしません。冒頭の質問に戻れば、同一の職責での平均支給額が50万円であったとすれば、それをもとに評価格差をつけたとしても、最大でプラスマイナス30%程度です。
つまり、上は65万円、下は35万円くらいが〝限度〟といえます。実際の中小企業の現場ではもっと格差に謙抑的な事例が圧倒的です。
つまり、中小企業は「馬ニンジン方式」ではなく、「シグナル方式」を採用するほうがいいのです。
❺上昇キャリア志向の社員がほとんどいないのが中小企業の特徴
私は人事給与制度の説明会を担当することがしばしばあります。まず、社長が趣旨を説明し、詳細はコンサルタントが説明するという流れで依頼されます。社長が期待することは、社員に「これを機にもっと頑張ろう!」と思ってもらうことです。
したがって「皆さん、頑張れば給与・賞与が上がります、だからもっと頑張りましょう」と説明することになります。こんな説明は一般的だと思います。
しかし、説明会の場はもとより、制度導入により、やる気が向上する機運が感じられません。特に一部に不利益な変更が伴う場合はなおさらです。これは社員と会社の信頼関係の問題として片付けられない問題があります。
一般的な「人事給与制度のフォーマット」は、仕事が大好きで、上昇キャリア志向の人をメインユーザー(主要な対象者)として設計された制度になっていると考えられます。
しかし、中小企業の社員には上昇キャリア志向の社員はほとんどいません。中小企業の社員の特性は大手企業の社員のそれとは異なると考えています。
セミナーなどでよく引き合いに出す例なのですが、夏休みの宿題をほぼ7月中に終わらせ、8月中には次の課題に取り掛かる人が大手企業やお役所に行きます。
一方、夏休みが終わる8月末日になっても宿題が終わらず、提出前に〝裏技〟を使って切り抜ける人が中小企業にやってきます。
私もよく〝裏技〟を使っていたほうです。しかし、中小企業の社員は、その気になれば無限の能力を発揮します。
多忙なときは意気に感じ、休日出勤、深夜労働をいとわず働いてくれるパワーを持っています。また、一つの専門技能を身に着け、周囲を驚かせたりします。
でも、「気が向いたら、それなりに頑張ってもいいですよ」という、消極的な側面をもっています。そのような社員の心に火をつけるのは一般的な人事給与制度のフォーマットではありません。もっと他の手段をとる必要があります。
社員100人の中小企業の社長に「貴社には上昇キャリア志向の社員は何人いますか?」と聞くと、「先生、ウチにそんな人間いないよ」と答えが返ってくることもしばしばです。
会社にもよりますが、中小企業では上昇キャリア志向のある人は5%もいないと思います。社長の悩みは「なぜ、もっと頑張って課長や部長になろうとする奴が出て来ないのだろう」です。上昇キャリア志向の社員がほとんどいないのが中小企業の特徴です。
「頑張ったら課長にも部長にもなれる!役員にだって夢ではない、給与も上がるよ!」と殊更に打ち出すことは、逆に8割以上の社員の「シラケ」さえ誘発してしまうといえます。
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