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第7章|後継社長は労働法をこう使う

目次

❶「すべてアンタ(社長)が悪い」ここからがスタートだ!

日本の中小企業の労働契約には、会社への忠誠心や先代社長と社員の信頼関係に基づく「心理的契約」という側面が多分にあります。そもそも労働契約書が存在しない。

あっても職務内容、役割責任は極めて曖昧です。労働契約の一部である就業規則など、社員も社長も見たことがない、そのような状況は決して珍しくありません。

日本の中小企業は家族のようなものだと言われることがあります。中堅企業においても「大家族主義」を標榜し、会社を社員との共同体として経営している社長も多くいます。労使がお互いを思いやり、協調して働くのです。

しかし、一方で権利と義務を明確にして、弱者を保護するというコンプライアンスの側面も昨今、無視できなくなっています。後継社長は先代社長の時代より、この点を意識せざるを得ないのです。

したがって、まず後継社長には労働契約とは何かをしっかりと理解していただきたいと考えています。後継社長に対して労働契約というものを説明するときに、私はたびたび、伝説の経営コンサルタントである故・一倉定先生の以下の言葉を引用します。

「電信柱が高いのも、郵便ポストが赤いのも社長の責任である」

労働契約とは、社員が会社に雇われて労働し、会社がこの労働の対価として給与を払うことを約束する契約です。会社は社員に対して指揮命令権を得る代わりに、社員に対して給与の支払い義務を負います。

指揮命令権とは「何時に来なさい、あれをしなさい、これをしなさい、何時に帰りなさい」と業務命令を出す権利です。

社員というのは、会社に定刻に出勤し、会社の指揮命令に従っていれば、極論ですが、パフォーマンス(行動と成果)の質は問われないものです。後継社長はこのくらいシビアな認識でちょうど良いと考えます。

つまり、成果責任はすべて会社、つまり社長が負い、社長は社員の体と時間を拘束することにお金を払っている、くらいの認識です。

後継社長からすれば、社員は会社と想いひとつで、指示されたことはもちろん、指示されていないことも率先垂範でやってほしい、ドンドン業務改善の企画提案をして、自発的に成果を出してほしいと考えます。

しかし、労働法が想定する社員(労働者)のイメージは、言われたことを言われた通り定時間内で行う、昔の工場労働者を想定しています。

つまり、最小限の義務を果たすべく指示されたことだけをやる労働者です。現在の労働基準法は昭和22年に施行されており、その前身は工場法なのです。労働法はこう言っています。結果責任はすべて社長です。

社員が働かないのも、社員の成果が出ないのも、ちゃんと指揮命令し、教育指導していないアンタ(社長)が悪いのです。それが労働法の根底の考え方であると思います。

この責任と緊張感を原点に、すべての労務管理(採用、配置、評価、処遇、退職)をやっていく覚悟が必要なのです。(※労働法という法律はなく、ここでいう「労働法」は、労働基準法をはじめとする労働関係および労働者の地位の保護・向上を定める法律の総称のことをいいます。)

❷社長!その解雇は認めません!

日本の労働法・判例・裁判例によると、本人に働く意思がある限り、法的に有効な解雇をするのは極めて困難と言えます。社長がいう、よくある解雇したい理由として、大まかに、

  • ①勤務態度不良
  • ②能力不足
  • ③協調性不足

などがあります。

しかし、これらの理由で解雇して訴えられた場合に、裁判官を納得させる客観的な証拠を提出し、解雇の有効性を主張・立証するのは難しいです。

「能力不足だ!」と言えば「教育指導したのですか?」「営業でダメならなぜ製造へ配置転換しなかったのですか?」と返されるし、「勤務態度不良だ!」と主張すれば「確かに問題はあるようですが、いきなり解雇するのは酷ですよね?」と諭されます。

とにかく、社員が働かない、成果を出さないのはアンタ(後継社長)が悪い、ということなのです。だから、解雇する前に、指導注意を徹底的に行う、懲戒処分により奮起を促す、評価のマイナス査定でボーナスを下げる、配置転換してチャンスを与えるなど、労務施策としてありとあらゆることを実施することが求められます。

つまり、このいわゆる「問題社員」に対して会社・上司は逃げずに、やるべきことをやり切り、がっぷりよつで向き合う必要があるのです。

よくある失敗は、問題社員と向き合わず、会社として〝臭いものにフタをしてしまう〟ような対応です。会社・上司が厳しく問題社員と向き合っていない、やるべきことをやっていないので、本人の問題行動が〝熟成〟し、手に負えない、大きな労使トラブルに発展することになります。

これではいけません。特に問題社員は、「自分の好きな仕事」「自分の好きな勤務場所」「自分の好きな人間関係」で「自分の好きなやり方」により、勝手気まま、マイペースで仕事をやりたいという人が多いです。

ですから、すべての責任を負った後継社長の意思と迫力で、徹底的かつ重点的な業務改善指導を実施します。そうすると、「この会社はどうも合わない」と自分から〝居心地の良くない会社〟を辞めていく社員も多々いるのです。

言い変えれば、問題があり、辞めてもらいたい社員ほど、安直に解雇してはなりません。しっかりと労働契約の内容を労使で実現すべく、〝人間と人間がぶつかりあう、ド真剣な労使の努力期間〟が必要なのです。

特に問題社員は自分に問題があるとは思っていません。ですから、少し面倒ですが、丁寧な対応が必要なのです。

もちろん、

  • ①業務上の横領や窃盗などをおかした場合、
  • ②職場で強制わいせつなどの性犯罪をおかした場合、
  • ③著しい勤怠不良や業務命令違反、
  • ④正当な理由もないのに配置転換を拒否した場合

、などは解雇が有効と認められやすいといえます。解雇裁判は会社にとって〝負け戦〟となることが多いので、極力、裁判所のお世話になりたくはありません。

しかし、やむを得ず、成長発展の過程で、裁判所・弁護士の先生のお世話にならざるを得ない局面が必ずあります。そのときにいつも困るのは「客観的な証拠」があるかどうか、ということです。

裁判所において「さんざん指導注意してもダメだった」「とても悪質な社員だった」「サボりの常習者だった」など会社が口先で主張しても、客観的な証拠によらなければ事実として認定してもらえません。でも、残念ながら日常の労務管理においてこのエビデンス(書面)は、中小企業において驚くほど残っていません。

例を挙げれば、以下のようなもので、会社の主張を根拠づけてくれる内容のものです。つまり、指導注意を重ねても、改善の見込みがない、リアルタイムな証拠です。

①指導書・警告文書(客観的に数値や5W1Hで事実が特定できるもの)②メール・ラインなどのチャットシステム③業務日報④面談記録⑤始末書・懲戒処分通知などとは言いつつ、中小企業が日常の労務管理でこれらを残していくことは難しいです。

ですから、少なくとも労働契約の最初に「雇用契約書」は少なくとも書面で残してください、とお願いしています。私の経験から、「雇用契約書」がない、または不十分な会社において、深刻な労使トラブルが起こる確率が極めて高かったからです。労務管理とは、雇用契約書を含め、〝適時適切な書面〟を残すことなのです。

❸一度上げた給与は原則、下げることはできません……

「解雇する」のが難しいことに加え、「給与を下げる」ことも法的に極めて難しいです。日本の労働法制により、労働者は雇用と賃金の2つは厳格に守られており、「二重の保護」が与えられているといえます。

逆に、経営者にとっては「二重の足かせ」となっているといえます。給与を下げるには「高度の合理性」または「本人の同意」が必要とされます。「高度の合理性」は極めて抽象的で曖昧な基準です。人事評価によって基本給などが増減額される制度をときどき見受けます。

しかし、その制度が裁判などに耐えうるかは極めて疑問です。常に人事評価の正当性と処遇の関係には曖昧さがつきまとうからです。法律の世界で「高度の合理性」と言われれば、誰が見ても納得する筋の通った理由だというレベルだからです。

中小企業経営で客観性や合理性を制度上・運用上担保できるかといえば、怪しいところだと言わざるを得ません。また、「本人の同意」についてもそれが本当に真意に基づくものであったのかがシビアに問われます。形式的に同意があっても、それを裏付ける実態の背景が客観的に問われるのです。

つまり、給与の減額に同意する背景事情がなければ、その同意は真意ではないとみなされかねないのです。昨今の判例法理を前提にすると、「同意書の書面をとりました」というだけでセーフかというと、必ずしもそうではありません。

同意をとるときに、「あなたの不利益は〇〇や××があるが、それでも良いですか?」という十分な説明があって、本人もそれを十分に理解して意思決定したというプロセスが求められているといえます。

「先生、給与はいくらまで下げることができるのですか?」と聞かれることがあります。これに対する答えは「原則、1円も下げることができません」です。

仮に合法的に減額が可能である場合でも(会社の合理的な人事評価システムの存在や、本人が納得し、同意書がある場合であっても)、マイナス10%が限度ではないかと思われます。

労働基準法では、懲戒による減給処分は給与総額の10%を超えてはならないとしています。本条の趣旨は仮に懲戒処分であっても生活に影響が出てしまうレベルには引下げるべきではないというものです。

そうすると、懲戒処分ではない一般的な給与減額(人事評価による給与減額など)の場合においても、10%を超えて減額することは極めて慎重になる必要があります。

また、本人の同意書があっても10%超の減額は先に述べた判例法理の考え方からすると、労働者の真意に基づいた同意があると客観的に認められないと言われる可能性が高まるといえます。

年俸制なら毎年給与のアップダウンが自由にできる、と考えている社長が少なくありません。また、年俸制なら残業代が要らなくなると思っている社長もいます。

しかし、これは共に大きな誤りです。

年俸制は年単位で給与を決めるという意味しか持ちません。また、残業代についても労働基準法に規定される、いわゆる〝管理監督者〟でない限り、支払いが必要です。

私は、特に中小企業にとって、年俸制は最悪の給与体系ではないか考えています。よくある中小企業の事例をあげます。X社のX社長は大手企業に勤めていたAさん(48歳)を面接で気に入りました。

年収720万円がAさんの希望です。X社長はそれに応え、わかりやすく「年俸制」とし、月額60万円×12=720万円とし、課長候補として採用しました。

しかし、X社長は入社してからのAさんの仕事ぶりがどうも気に入りません。働く時間だけが長く、パソコンの前にいつも座っているだけに見えます。期待ハズレなので辞めてほしいと、社長は早々と思うようになりました。

1年目が終わり、X社長は期待した成果が見られないとし、Aさんの年俸を600万円に一方的に減額しました。Aさんは猛烈に抗議しました。そうこうしているうちに1年が過ぎました。

X社長はもう我慢ならず、Aさんを解雇しました。それから1か月後、Aさんから以下のような趣旨の内容証明郵便が届きました。

「未払いの時間外労働手当合計260万円を払え!」「未払いの給与(減額分)合計120万円を払え!」「不当な解雇を撤回せよ!」X社とAさんの争いは結局、裁判所に行きました。

2年間争った結果、X社は合計1800万円をAさんに和解金として支払い、退職合意で決着しました。このX社の失敗から、以下のことが学べます。

その❶年俸制であれば残業代が要らないというのは間違い

年俸制というのは、年単位で給与を決めるという意味しか持ちません。ですから、別途残業代が必要となります。月給と賞与に区分されていれば、確定されない賞与は残業代の基礎にはなりません。

しかし、年俸で決まっていればその確定額を基礎として残業代が算出されるので、年俸制のほうが、残業代の計算が割高になると言えます。

X社の事例ではAさんを課長候補として迎えました。X社は課長候補でこれだけ給与を払うのだから、当然残業代は要らないだろうと考えていました。

しかし、残念ながら、〝労基法上の管理監督者〟の要件はとても厳しいので、本件では認められることはなかったということです。

その❷年俸制であれば一方的に給与が減額できるというのは間違い

X社の事例では、年俸を12ケ月で割って毎月支払っています。つまり、基本給一本で毎月支払っているのと同様です。基本給はまず下げることができません。多くの社長はプロ野球の年俸をイメージされているのではないかと思います。

プロ野球の年俸の決まり方は実に細かく年俸決定ルールが決まっています。ヒット1本いくら、盗塁1回いくら、犠打でいくら……などです。一方、会社の年俸制はそのようなルールはありません。

成果目標も曖昧ですし、その成果目標の未達が個人の責任なのかどうかも不明です。中小企業において、年俸のアップダウンの合理性を担保した客観的な処遇ルールを導入・運用することは事実上不可能なのではないかと思います。ですから、売上歩合制でも導入しない限り、年俸制であれ、月給制であれ一方的に給与減額は難しいのです。

その❸能力成果不足の解雇はまず認められない

そもそも、会社によって「課長としての役割・成果とは何か」を定義することなど極めて曖昧です。さらに能力成果不足の解雇はとても認められにくいと先に述べました。中小企業ではそれなりに優秀な人でも社長とウマが合わない、社風と合わない人はやっていけません。

X社長はAさんのプライドを傷つけることなく、頭を下げて、「ウチには合わないので辞めてほしい」とお願いして辞めてもらうべきだったのです。

その際、退職届と引き換えに、一定の「退職一時金」を渡すのです。そうすれば、社長のストレス、余計に裁判に費やされる時間、弁護士用、結局支払った和解金1800万円などを考えれば、随分ダメージが少なく済んだといえます。

失敗から学ぶとすれば、以下のように「月給+賞与制」にするべきだったのです。

①基本給30万円、役職手当5円、定額時間外手当10万円(超過分は別途支給)(課長に昇進できなかった場合、役職手当・定額時間外手当は不支給とし、時間外手当は実際の残業時間に応じて支給)

②賞与は180万円とし、初年度のみ全額保障として、翌年以降は会社業績・本人業績により決定する。

このようにすれば、1年目の働きぶりを見て、賞与部分については減額の余地はあります。また、課長職として適格性がなければ、課長職を降ろし、業務の内容や責任を軽減した場合、役職手当などを減額するのは合理的だと思われます。

そして、当然ですが、このような契約関係は、課長職に求められる能力・成果を含めて、入社当初からしっかりと説明され(規程化され)、合意されていることが必要になるでしょう。

月給は原則減額できないからこそ、賞与や手当の活用がとても重要となります。年俸制のように実質的に基本給一本では説明がつかないのです。

このように、労働者が賞与の減額の余地、役職手当などの減額の余地が認識できることが重要です。この認識があれば、X社のAさんに対する退職のお願いも、退職一時金などを添えれば、よりスムーズにいく可能性も出てくるのではないかと思います。

❹労働時間に関するオヤジの意識は通用しない

先代社長は「社員は家族」「会社は共同体」と意識で経営をされてきました。特に先代社長を支えたベテラン社員は、会社というのは自分の居場所であり、心の拠り所でもあったと思います。

しかし、時代が変化し、昨今はよくも悪くもプライベートを重視する、自分は自分、他人は他人という意識が強くなっているようです。

この「自他分離」(自分と他者をくっきり分ける)という発想は西洋的で、東洋にはあまりなかった考え方です。オヤジの時代は実に東洋的な発想の経営だったといえます。「令和貴族」と「昭和ワーカー」については第1章で述べました。「平成令和貴族」は以下の特徴が鮮明です。

①自分と他人の境界線を明確にする

②自分の権利と義務を明確にする

特に「令和貴族」は会社に対する意識はとてもドライです。一方、「昭和ワーカー」は、会社というのは賃金を稼ぐ場所という以外に、「帰る場所」「心の拠り所」となっている人がいます。

ですから、会社から「早く家に帰れ!」「休日に来るな!」と言われても、なぜか会社に遅くまで居残り、休日に私服で会社に出てきてしまいます。残業代が欲しいというわけではありません。

こんな、人間的でせつない「昭和ワーカー」が日本にはまだたくさんいるのです。私は労働時間管理や働き方改革の指導をさせてもらう際に必ずこの「意識格差の問題」に突き当たります。

これは投入時間に比して付加価値が低い、日本の生産性が低いと言われてしまうひとつの原因だと思います。先代社長の時代では、タイムカードなどの客観的記録はつけない対応というのが許されました。

いや、法的には許されていないが有耶無耶にできたともいえます。それは、このような〝大人の事情〟があることも大きいです。また、管理監督者にタイムカードの打刻はさせてはいけない、と強く信じている社長もまだ存在します。

しかし、昨今の法令では管理監督者も含めて、それが許されません。つまり、役員を除く全従業員に対して、原則としてタイムカードなどによる労働時間の状況の客観的記録が求められるようになっています。

悩ましいのがタイムカードやICカードなどの客観的記録は出るところに出ると、それが労働時間であったと推定されてしまうことです。

不明瞭な点はあるが、まずはそれをいったん正しいものと見るということです。正しくないと会社が主張するのであれば、それより正しいことが証明できる根拠書類を提示しなければなりません。

お気づきのように、タイムカードなどの客観的な記録があることそれ自体が、長時間労働が蔓延する会社にとってはリスクとなります。この分野については、まっとうにありとあらゆる手段を使って、解決していく他ありません。

❺会社(社長)の裁量は果たしてどこにあるのか?

労働法は社長という人種が本能的に踏みそうな地雷を上手に埋め込み、労働者を保護しています。最近の労働者は本当によく労働法を知っています。

社長もしっかりと法律を勉強して労務管理を実践しなくてはいけません。というのは、近頃、「自己責任なき権利主張社会」に突入しているように、私には見えるからです。

一部の労働者は権利を最大化し、義務を最小化する向きがあります。そのようなときに社長は自らにどのような権利があるのか、裁量の範囲はどこまであるのかを理解していることが求められます。

この理解は社長が果たすべき義務を知ることにもつながります。この理解のもとで、労働法に違反しないように、また経営がうまくいくように適時適切な権利行使をしていかなければなりません。

極めてシンプルに申し上げれば社長(会社)の裁量は以下のように限られると考えます。だからこそ、この範囲でしっかり慎重かつ確実に意思決定をしてほしいのです。

これは「自己責任なき権利主張社会」における、会社に与えられた数少ない手持ちカードといえます。

  • その❶採用
  • その❷人事異動
  • その❸指揮命令・教育指導・懲戒処分
  • その❹昇給の有無・金額
  • その❺賞与の有無・金額

ひとつずつ、説明していきます。

その❶採用

経済活動の一環として、会社が人を採用するかしないか、また誰を採用するか、どのような条件で採用するかは原則として自由です。

特定の思想や信条を持った人をそのために採用しないという場合でも当然、それが違法というわけではありません。採用の自由があるからこそ、採用候補者の調査についても原則自由であるとされています(法律その他による特別の制限により限界はあります)。

ここで言いたいのは、安易に解雇や給与カットはできないので、しっかりと採用候補者を調査し、見極めてほしいということです。その際にはしっかりと自社をPRし、面接官自身も自己開示しながら、リラックスした話しやすい雰囲気の面接を行うことです。

そのうえで、聞くべきことはすべて聞きます。提出された書面との矛盾点はすべて聞きます。そうすると、顔の表情、その言動、履歴書等の提出書面の整合性から「あれ?」という違和感をおぼえることがあります。

対話を続けてもその違和感がどうしても解消しない場合は採用するべきではないと考えます。残念ながら、人出不足で選考のハードルを下げて(特にパートなど)、ミスマッチな人を入社させてしまう事例が散見されます。

人事では採用に始まり、採用に終わるといわれるくらい、採用は重要です。社長もより、適正な採用プロセスに意識を向けてほしいと考えています。

その❷人事異動

一定の職務以外はさせないという特別な労働契約がある場合を除き、原則として会社は人事異動を自由に行うことができます。

会社はこの点は非常に広い裁量権があると言って良いでしょう。人事異動とは具体的には昇格・降格、役職への任命・解任、部署・職務・勤務場所の変更などです。

なぜ、広い裁量権があるかというと、労働法が想定する労働者は会社が使用するロポットのようなものだからです。社長はとにかくこの人事権を使って、会社がうまくまわるようにする責任があります。

パフォーマンスが悪い社員がいたとします。労働法はその社員の適性にあった仕事を与え、雇用をできるだけ維持しなさい(解雇はどうしようもなくなったときの最後の手段)、与えた仕事ができるように指導・教育しなさい、と促してきます。大手企業なら異動させる部署がたくさんあるかもしれません。

しかし、中小企業には働く場所が限られています。そんな場所ではやってもらう仕事がなくなるので、やむなく解雇したとします。ところが、裁判所に行けば、「解雇したアンタ(社長)が悪い」と言われてしまうことがしばしばですから、苦しいところではあります。

「電信柱が高いのも、郵便ポストが赤いのも社長の責任である」とはこのことです。でも、この人事異動を命じる権利は絶大なので、人材の再活性の有力な手段となります。これは積極的に行使しなければなりません。

一方、転勤などを命じることで、労働者にあまりにも大きな不利益が発生する場合や、辞めさせようとするなど嫌がらせの目的で異動を命じるのはダメです。その権利を濫用したとしてその異動命令は無効になってしまいます。

その❸指揮命令・教育

指導・懲戒処分指揮命令・教育指導・懲戒処分はそれぞれ定義が異なります。しかし、社員のパフォーマンスの向上の手段として共通する部分が多いので、以下にまとめます。「指揮命令」とは業務の遂行全般について必要な指示や命令をすることです。これは会社の権利です。

しかし、解雇問題などでは意外と会社がこの権利を行使していません。つまり、適時適切に行うべき必要な指示や命令を怠ってしまっているのです。問題社員の協調性のなさ、反抗的な態度により会社がその社員に配慮しすぎてしまうのです。それではいけません。

そうではなく、是々非々で具体的にしっかり働いてもらうように指示・命令を出すべきです。「教育指導」とは、業務の過程内におけるもの(OJT)のことを意味しています。ですから、先の「指揮命令」の範囲の問題と整理しておきます。

「懲戒処分」とは、就業規則に定める服務規律や企業秩序違反に対する制裁罰です。懲戒解雇、出勤停止、減給、けん責(始末書提出)などの処分が会社ごとに規定されています。

なぜ、懲戒処分が業務命令・教育指導と同じ土俵で語られるのか、疑問を持たれる方も多いと思います。懲戒処分の目的は、この制裁罰を課すことで、企業秩序の維持回復を図るとともに、問題社員に反省・改善の機会を与えることです。

それによって社員のパフォーマンスの改善を促していきます。ですから、社員を会社の外へ追いやる「懲戒解雇」は別次元の話となります。

懲戒解雇は、言ってみれば「社員にとって死刑判決」となるため、実施する場合は必ず専門家に相談したうえで実施されるべきです。以上、指揮命令・教育指導・懲戒処分は会社の権利です。特に問題社員に対しては重点的・集中的に、手を抜かずに権利を行使すべきといえます。

その❹昇給の有無・金額

昇給の有無・昇給をするとしてもその金額は原則として自由です。しかし、昇給を権利として会社に求めることができる場合があります。それは賃金規程に定めてしまっている場合です。

たとえば、「昇給は毎年4月に原則2号棒は最低昇給する」などの記載です。

そうではなく、「会社は業績及び本人の勤務成績により昇給することがある」との記載であれば、昇給をしてもしなくても自由ですし、昇給をする場合でもその金額も自由です。

給与というものは上げるのは簡単ですが、一度上げてしまうと下げることができません。会社の裁量の余地を残すためにも、業績や本人の勤務成績にかかわらず昇給しなければならないような記載は避けるべきです。また、問題社員は昇給停止などの措置をとることが必要な場合があります。

その❺賞与の有無・金額賞与制度は任意の制度です。

その設計は会社の裁量の問題です。社員から法的な権利として賞与を支給しろといわれることはありません。

しかし、賞与も昇給と同様に賃金規程に「夏1ケ月・冬1ケ月分支給」などが記載されていれば、それは最低保証額として支給する必要があります。

ですから、賃金規程に余計なことは記載せずに、あくまで「会社は、業績及び本人の勤務成績により賞与を支給することがある」程度の記載で十分です。

会社にとって、規定を具体的に定めれば定めるほど「得をするもの」と、具体的に定めれば定めるほど「損をするもの」があります。昇給や賞与の規定化などは具体的に定めれば定めるほど「損をするもの」の典型なのです。

解雇と給与カットが大幅に制限されている日本の労働法制下では、会社がやってはいけないことと同時に、会社が切れる〝カード〟を十分に認識しておくことがとても大切です。

これらの5つの事項を社長が念仏のように唱え、潜在意識に透徹させ、日常の労務管理で活用し、信賞必罰の「強い会社」をつくる糧にしてもらいたいと考えています。

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