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第8章|後継社長の制度改革の要諦は中長期展望にあり

目次

❶「人事制度改革だ!」と拳を振り上げてはいけない

後継社長が先代社長の会社にやってきたとき、愕然とされる方も多いようです。特に後継社長が学校を卒業し、すぐに大手企業や金融機関に入社し、オヤジの会社に戻ってきた場合は、特にその感じるギャップが大きいといえます。

また、先代社長に仕えてきた番頭さん、古参社員は後継社長の幼少の頃を知っていることも多いものです。まだまだ後継社長を見る眼差しが「おぼっちゃん、お嬢ちゃん」ということもあります。

ですから、後継社長は「自分がリーダーであることを示したい」「早急に組織を見直したい」「直ちに給与制度を見直したい」とあせってしまいます。また、一部の社員がとても気楽で呑気に見えます。給与をたくさんもらっている古参の幹部は特に気になります。

「このままでは会社が潰れてしまう」という危機感をあらわにすることもあります。そして、あたかもポチっと「リセットボタン」を押して組織・人事給与を一気にゼロにして作り直したいという衝動に駆られるのです。

自分と同年代か、少し年下の若手を中心にした組織づくりを目指したいのです。そこで、真面目で熱心な後継社長の戦いがはじまります。セミナーに参加し、書籍で勉強して「一般的な人事給与制度のフォーマット」を導入し、一気呵成に変えてしまいたいと考えます。

また、〝優秀な〟コンサルタントと出会い、「私の『人事給与制度のフォーマット』を導入すれば、あなた(後継社長)が抱える問題はすべて解決します」と自信満々に営業されることもしばしばです。

「人事制度改革」という言葉があります。コンサルタントがよく「人事制度改革プロジェクト」と称して、次代を担う若手幹部を参加させて、議論させたりするのです。

しかし、私は「人事制度改革」などと言う言葉は使うべきではないと考えます。人事給与分野はそう簡単に〝改革〟できるものではありません。

また、改革には必ず抵抗がつきもの。「改革!」と叫べば、「改革反対!」という声が上がるのです。日本は人口が減少し、総需要も減少していきます。

企業の1人当たりの付加価値もそれほど上がらず、人件費にも制約があります。よって、改革には必ず「得する人」と「損する人」が出てきます。全員が得をするのは改革でも何でもありません。

中小企業という組織は家族的な経営をしていることも多い。だから、「得する人」と「損する人」の分断を突然目立たせると、組織がおかしくなります。

国家経営でも、企業経営でも改革だといって拳を振り上げて、改革を成し遂げるのは簡単なことではありません。特に一部に痛みを伴うものはなおさらです。

国家経営においても持続不可能にもかかわらず、財政再建、年金改革、医療制度改革など激しい抵抗勢力がいるのでサッパリ進んでいません。これからも進まないでしょう。

制度疲労した社会では改革というのは常に潰される運命にある、といったら言い過ぎでしょうか。

❷まず、「あるべき姿」を〝こっそり〟描きなさい

いま、人事給与問題において、中小企業が抱える問題のひとつに、「あるべき姿がわからない」ということがあります。私が中小企業の支援で意識していることは、「あるべき姿」を頑張ってまず描くことです。

しかし、当事者である社長などはどうしても、人の顔や人の言動が思い浮かびます。現状からあるべき姿にどのように移行するかということが頭をよぎってしまいます。現状にとらわれすぎて思考停止してしまうのです。

ですから、まず「どう移行するか」という移行方法は意識して横に置いておきます。実は人事給与問題において、この移行方法が最も難問だからです。この「あるべき姿」と「移行方法」を一緒に考えると、頭がグチャグチャになり、感情的にも疲れ果ててしまいます。

実際の新制度と旧制度の移行は難問であるがゆえに、まずは「あるべき姿」の構想のみをこっそり描くことからはじめます。「こっそり描く」とは、移行方法はさておき、少なくとも社長のアタマの中はガラッと変わっている状態を意味します。

視点をグッと引いて、あたかも違う会社を見るようなイメージです。これは将来的には変えていきたいという経営の意思にもつながります。ここを曖昧にしないことです。

すぐには変えることはできないので、できるだけ早く社長のアタマの中を変えておく必要があります。あるべき姿として、まず考えたいのが給与カーブです。先代社長の時代は「世間の今年の昇給動向」をみて昇給額(率)を決めている時代が長く続いていました。

給与の改定時期が4月に多いのは、3月に大手企業が労働組合との春闘を経て、昇給額(率)を決めるからです。その傾向を見て中小企業も昇給額(率)を決めていたのです。

しかし、その決め方は時代遅れですし、〝羅針盤のない航海〟のように場当たり的な給与決定になりがちです。そうではなく、たとえば、長期育成型の「総合職的な人」の初任給はいくら、30代でいくら、40代でいくら、50代で……とゴールを設定しておくべきです。

そうすると、今年いくら昇給すれば良いのかは、自ずと明らかになるはずです。また、年齢・勤続などに関係なく、完全に職務の内容、今年の成果のみで決めるという会社があっても不思議ではありません。IT人材、コンサルタント、高度な有資格者などはその典型でしょう。

私はいま、日本のほぼすべての企業がこのあるべき姿、特に給与カーブの見直しを迫られていると考えています。その要因は2つあります。

「超少子高齢社会」と「職務主義の浸透」です。まずは「超少子高齢社会」です。企業は急速に高齢化しています。特に新卒を定期採用していない中小企業ではその傾向は顕著です。

若い人は相対的にドンドン減少していきます。労働力人口が足らない、年金財政がもたないので、政府は70歳まで働ける社会づくりを目指すともいっています。

最近は新卒初任給を中心に、若手というだけで初任給が上がっています。給与というのは労働市場における価格です。中高年者が増加し、若手は減少していくのですから、若手を獲得する、定着させるために価格が上がるのは当然のことです。

ですから、20代・30代の給与水準を上げるべく、初任給を上げ、昇給額を上げるという傾向はとどまることがありません。その結果、早期に給与カーブが立ち上がります。

これにより企業の労務コストを圧迫することになります。したがって、中高年(40代~60代)の給与を抜本的に見直すニーズが生まれるわけです。

おそらく企業の高齢化と労務コスト上昇に対応するための給与カーブの見直しは、これから社会問題となるはずです。次に「職務主義の浸透」です。

日本では人にお金を払う能力給が一般的なので、定期昇給というものがあります。欧米は仕事にお金を払う職務給が一般的なので、定期昇給はあるにはありますが、それほど大きなものではありません。

したがって、欧米では同じ仕事をしていれば、若手もベテランもそれほど大きな給与・年収の相違は生じないといえます。日本においては、直ちに欧米のような職務主義・職務給へ移行できるとは思えません。そんな組織づくりはしていないからです。

しかし、徐々には年功賃金が崩れていき、職務主義・職務給の方向へ舵が切られる気運があります。

私は、中小企業の人事給与について、職務主義・職務給の要素の取り入れ方のスタンスは、①一定レベルの役職者・高度専門職者、②職務が限定された社員の2つのタイプに分かれると考えています。

①「一定レベルの役職者」とは管理職です。

管理職は年齢・勤続にはそれほど影響されない職務給といえます。35歳の課長と55歳の課長の間にもそれほど差がありません。会社としては35歳の課長に大きな期待をもっていることが少なくありません。

また、ここでいう「高度専門職者」とは、高い専門能力を活かして会社の業績に貢献する人です。市場価値も高い人といえます。具体的には、RPAを操って会社の業務を効率化するIT技術者や、マーケティングに精通してサイト運営できるWeb制作者などです。

この層はもっと年齢・勤続に左右されない層といえます。比較的新しい分野なので、20代・30代に優秀者が多くいると思われます。私はこれらの一定レベルの役職者や高度専門職者の給与はドンドン上がっていくと考えています。いや、上げるべきです。

このような優秀層にしかるべき給与を、従来の慣行・自社の給与制度にとらわれずにドンと出せる会社しか、今後は生き残れないでしょう。

次に②「職務が限定された社員」です。これは「一般職的な社員」ともいえます。具体的には、一般事務職、製造現業職、物流職、電話オペレーターなどがあげられます。幹部(候補)になりえる総合職的な社員と、パートタイマーの中間的な存在です。

これらの社員は職務内容が限定され、原則として配置転換(特に転勤)が想定されていません。職務内容が10年、20年経ってもほぼ変わりません。最初のうちは一定の定期昇給があるかもしれませんが、早期に昇給は停止となります。

給与が上がらないので気の毒かといえば、そうでもありません。原則としてこの層の社員は新しい仕事、チャレンジ、革新、勉強はそれほど要求されません。

限られた仕事で習熟していきますから、定時で帰ることができ、休日出勤などもありません。ワークライフバランス(仕事と家庭の調和)が実現できる働き方が可能です。

欧米ではこのような層の社員が大多数を占めるので、ワークライフバランスがしっかり実現しているといえます。日本ではパートタイマー(多くは女性)を安く使い過ぎていました。

また、出産・育児でキャリアを中断せざるを得なかった女性の給与も低すぎます。でも、だからこそその裏で、一般社員(多くは男性)の給与を原則として誰でも年功序列賃金で、ドンドン昇給することができたといえます。

これは戦後、高度経済成長期を経て、できあがった特異な社会システムです。そうなると、今後の趨勢として男性の給与はあまり上がらず、逆に下がっていく。

女性の給与は上がっていきます。これは正義であり、公平であると考えます。

しかし、男性の給与をいきなり下げることができない、パートタイマーを中心とした女性の給与はドンドン上がる、70歳まで雇用をしなさいと言われる、などの理由により企業の労務コストが増加の一途を辿ることになります。

その対策としては、給与決定において不合理な差別ではなく、合理的な区別をするほかないと考えます。つまり、先の述べた総合職的な長期育成型の人(企業の幹部層)と一般職的で職務が限定された人を区別して、給与を決めるということです。

合理的な区別というと、またここで「一般的な人事給与制度のフォーマット」で精緻な人事評価制度を導入しようという話になりがちですが、そのようなことではありません。

もっとシンプルに雇用区分を整理するということです。組織として安上りにするためには、総合職的な幹部を育成し、ITや設備投資より省力化し、人力が必用な仕事は職務限定の社員やパートタイマーを雇用することで、能力を分けていくことが必要になります。

今までの日本は「男性」「日本人」「正社員」「フルタイム」で、「終身雇用」「年功序列」でドンドン給与を上げていくことを標準に添えていました。

その代わり、残業や休日出勤、転勤を命じられても断ることはありませんでした。今後、そんな社員ばかりで会社構成することは現実的ではありません。若手の多くは転勤や残業・休日出勤を断りたいと思うでしょう。

今後は、国籍・性別・年齢にかかわらず、職務限定の〝(正)社員〟を雇用し、〝(正)社員〟であっても働き方としてフルタイム(残業の有無を含む)かパートタイムかを選択してもらう、ということになるのではないかと考えています。

企業はこのような雇用のインフラを整備していく必要があります。昨今でも、女性(妻)が長期育成型のバリバリの幹部(候補)で、男性(夫)が職務限定のホドホドの社員、家庭では夫が育児家事に積極的に参加している、という事例は頻発しています。このような社会情勢の変化を見るにつけ、日本も男女共同参画型社会の欧米型に近づいているようです。

❸労働条件の「不利益変更法理」を知っておくとよい!

将来に向けて社員の給与や勤務時間などの労働条件をレベルダウンすることを「労働条件の不利益変更」と言います。労働条件の不利益変更はとても難易度が高く、法的にも心情的にもなかなか実行できないことです。

したがって、常に最も良い時代に設定した、最も良い労働条件(給与、退職金、労働時間・休日休暇など)が引き継がれることになります。経営環境が代わり、求める期待人材像が変わったとしても、一度設定した労働条件だけは変えにくいのです。

後継社長はこのことで、とても苦労することになります。労働条件を不利益に変更するには原則として、変更の必要性を十分に説明したうえで、個々の社員の合意を得ることが必要です。

個別に納得を得て、書面で合意書を取り交わします。この点について、多くの誤解があります。それは従業員代表が合意すれば、全従業員の就業規則や労働条件の不利益変更ができるというものです。

従業員代表は労働基準法上の手続きのために選出されているに過ぎません。従業員代表が合意しても、不利益変更は必ずしも有効とはならないのです。

あくまで、不利益変更が有効となるには、「社員の個別合意」が必要なのです。(以下、労働組合が社内にないことを想定して説明していきます。労働組合がある場合や、就業規則の他に労働協約がある場合は、別の議論が必要となります。)人事給与制度を変更する際に不利益変更が伴う場合、「合意書がとれなかったらどうするの?」とよく質問されます。会社として生き残っていくためにどうしても人事給与制度の変更をしなければならないことがあります。

しかし、一部の社員が合意せず、その変更ができなければ会社にとって影響は甚大です。ですから、合意がとれない場合でも、人事給与制度の変更が合理的であると判断されれば、その変更は有効とされるケースもあります。

しかし、この不利益変更の判例法理の考え方は、法律論としてとても難解です。「こうすれば合理的な変更だから大丈夫ですよ」とは専門家でも断言しにくいのです。

ですから、できるだけ合理的な変更に〝近づく〟という観点での実務ポイントを述べたいと思います。以下は、倒産回避・経営難の給与カットの場合を除き、人事給与制度改定による、一部の社員にとって不利益変更となる場合を想定したものです。

ポイントその❶総人件費は下げないこと

総人件費は下げないことが重要です。

つまり、企業の競争力・有能な人材の確保のために、分配方法のみを変更するということです。私の感覚では制度移行時において、円滑な運用をしようと思えば、導入当初は総人件費を必ず上げざるを得なくなります。上げる人はすぐに上げることができますが、下げる人をすぐに下げることはできないからです。制度移行時にはしっかりと移行のための原資を確保しておくことが必要です。

ポイントその❷標準的な勤務成績の社員の給与は下げないこと

何をもって標準的な勤務成績とするのかは個々の問題によって異なりますが、私のイメージとしては2割程度の社員の給与は上がる、6割の社員の給与は横ばい、2割の社員は下げるといった感じです。

2割の社員が下がるといっても、制度移行時には既に支給されている給与は減少させません。ここでいう「給与が下がる」とは、旧制度に比して、将来の昇給が抑制または停止されるというにとどまります。

それと、人件費総額を上げて、給与が上がる人がいて、下がる人がいるのだから、そもそも会社として不利益変更といえないのではないかと思われるかもしれません。

しかし、労働法の世界では「下がる人」または「下がる可能性のある人」を不利益変更法理で保護しようとするのです。それだけ、社員の給与は法律で守られているといえます。

ポイントその❸大幅・急激な減額、一部の社員のみの不利益は避ける

月例給与が下がるのは、社員の生活に大きな影響を及ぼします。

懲戒処分であっても月例給与の10%が限度であると先に述べました。人事給与制度の変更で給与が下がる場合でもそれが限界です。私の本音では月例給与の5%ダウンが限界ではないかと考えています。

もし、どうしても下げる場合は2~3年程度の経過措置として、調整手当などの支給により激変を緩和すべきといえます。私が指導している人事給与制度変更の現場では、社員の月例給与を直ちに下げることはまずやりません。

もし制度上の不公平があったり、人件費の問題があったりするのなら、その調整は賞与で行うべきだと考えます。一部の社員のみの不利益とは、典型的な事例として、年齢を基準として、たとえば55歳以上は一律に下げることなどが挙げられます。

そのような特定の層について、能力・成果と関係なく不利益に変更される場合、その変更の合理性を否定される可能性が高くなります。

ポイントその❹社員の9割以上の合意が得られない

制度改定は慎重になる社員の3割が制度変更に反対し、7割は賛成している。

一見、制度変更の合理性ありということで、3割の反対派を押し切ってしまえばいいように思えます。しかし、私の感覚として危険を感じます。2割反対、8割賛成でもスッキリしません。

そもそも提案の人事給与制度の内容が適正なのか立ち止まる必要があると考えます。100人の社員がいたとします。それなりの大きな人事給与制度の変更の場合、100人いたら、必ず反対する人、合意書にサインしない人が2~3人はいるものです。

「制度には反対しないが、合意書にサインはしたくない」という人も現れます。このようなケースであれば、前記のポイント❶~❸を遵守したうえで制度変更を果敢に実行する余地があります。

もちろん、合意書にサインをしない人には再度説明の場を設けて納得を得る努力は必要です。労働条件の不利益変更問題で、裁判所には行きたくないからです。

ポイントその❺制度変更の必要性の説明に加え、就業規則の適正な変更を忘れずに労働組合がない場合、まずは社員全員を集めて、新しい人事給与制度について説明会を開きます。

説明会の内容は、「なぜ、いま人事給与制度を変える必要があるのか」「なぜ、この内容なのか」「給与は上がるのか、下がるのか」「給与が下がる場合にはどのような緩和措置があるのか」などを説明し、理解を求めます。

個別の質問にも時間をとって丁寧に答えることです。その後に不利益がある場合、個別社員の合意書をとるように努力します。新しい人事給与制度の変更が合理的であれば、一部の社員の合意が得られない場合であっても、就業規則を変更することで一方的に変更を行うことになります。

就業規則を変更する場合、従業員代表を選出し、所轄の労働基準監督署に届け出ることになります。ポイントとなる流れをまとめると【図1】のフローチャートのようになります。

❹時間を味方につけて改革するとはどういうことか?

昭和の最も良い時代にその原型ができた退職金、平成バブル期の最も良い時代にその原型ができた給与制度。

これらが未だ世の中に多数存在しています。つまり、先にも述べたように後継社長はもっとも良かった時代の労働条件、給与や退職金を引き継ぐことになります。

なぜなら、給与・退職金などの賃金関係の不利益変更のハードルは心理的にも、法的にも極めて高いからです。しかし、後継社長は経営の外部環境、内部環境の変化に対して、何も変えずに会社を存続させることはできません。

ところが、改革、改革と声高に叫べば、必ず激しい抵抗があります。だから、改革と言わずに改革したい。それはどうするか?理想は〝いつの間にか変わっている状態〟です。

そうなると、一定の時間が必要になります。ただ、ボーっと時間を過ごすだけではだめです。必ず長期展望が必要になります。長期展望の下でジックリと進めていきます。

これが時間を味方につけるということです。この点、政府の増税などの改革のやり方が大変参考になります。税金や社会保険料を一気にたくさん上げると猛烈な反発があります。

しかし、数年~10年単位でジリジリ上げるといつの間にか国民の負担が増えている、ということになります。私が総理大臣なら、消費税を毎年1%ずつ上げて、長期的な視点で消費税を20%~25%にまで引き上げるプランをつくります。

そして、役所の天下り先である外郭団体の整理を含め、痛みのある歳出改革も少しずつやります。このほうがロシアやギリシャで起こった財政破綻による国民の激しいショックを和らげることができるからです。

また、厚生年金の減額も同様です。年金がドンドン減らされているのは皆さんもご存知の通りです。昔は確実に60歳から満額もらえていた年金が、今では原則65歳からになっています。

早晩、これが70歳から支給になるともいわれています。この減額は国民にとってすさまじい減額です。国民の暴動が起こっても不思議ではありません。

しかし、この「年金改革」の減額について国民の暴動などは起きておらず、仕方のないこととして国民は受け入れています。これは数十年の時間をかけて、減額しているからです。国の財政改革も年金改革も待ったなしなのです。

絶対に必要な改革なのです。したがって、国民の期待をできるだけ裏切らないように、痛みが大きくならないように改革する、政治的な配慮が必要になります。

ですから、穏やかな改革となるように一定の時間をかけているのです。必要な改革は果敢に早期に着手する、痛みが伴うなら十分に間をとる、配慮措置を講じる、そして必ず時間をかけてやり遂げる。

これが「治に居て乱を忘れない経営」です。私は経営の本質は、国家経営も企業経営もまったく同じだと考えています。既得権や期待権を一定程度保護しながら、長期のモノサシで仕組むのです。

簡単な一例を挙げます。A社は社員120名の老舗印刷業です。従来の印刷業ではやっていけないので、後継社長はITを駆使したデザイン企画・コンサルティング会社に業態転換しようとしています。

そのときに問題となるのは給与です。社長はもっと実績に応じて給与にメリハリをつけたい、初任給を高く提示し、有能な若手を採用し、一律に上がる定期昇給制度も廃止したいと考えています。

さらに、退職金で後払いするのではなく、毎月の給与で清算していきたいとも考えています。既存の社員にこの提案をしても、まず通ることはありません。

しかし、新規採用者から適用であれば、また合意できる若手であれば、原則的に自由に社長の望む新しい労働条件を提示し、労働契約を締結することができます。

定期昇給を廃し、退職金制度の適用はなしにして、その代わり月例給与を上げることなどができます。古参の社員はいずれ定年を迎えることになります。

よって、離職率が一定の程度であれば、時間がたてば新しい労働条件(制度適用)の社員が大半を占めることになるわけです。

もちろん、社内の公平感の問題があるので、別会社にして採用する、チャレンジしたい人は配置転換の希望を受け付けるなどの措置がありえます。

本書も終わりに近づいてきました。最後に改革の根本姿勢を述べておきます。会社を潰す後継社長の特徴には、以下のようなものがあると私は思います。この3拍子が揃った後継社長が率いる会社には、未来がありません。

①無知

②怠慢

③見栄

①「無知」とは勉強不足です。経営に熱心ではなく、財務や労務の勉強を一切しません。経営のプロであるにもかかわらず、あまりにもお粗末です。

②「怠慢」とは知っていてもやらない、つまり、意思決定しないのです。業績が悪い会社の後継社長はこちらのほうが多いように思えます。

私はリストラや倒産処理にも随分かかわってきましたが、いつもその場面で思うことがあります。「なぜ、こんな状態になるまで放置し続けたのか?」「打てる手はたくさんあったにもかかわらず、なぜ打たなかったのか?」ということです。

過去の資料、議事録、メールなどを見ると、後継社長に対して、幹部社員、銀行、税理士、コンサルタントなどのブレインが具体的な提言をしていることがわかります。

しかし、なぜかその意見を取り入れて実行していない。あと1年早く着手していたら、半年早かったら……。その無念さは言葉では言い表すことができません。

最後に③「見栄」です。

この「見栄」、「プライド」も後継社長には特に大敵です。地元の有名人として取り上げられる、マスコミに報道される、社内外に持ち上げられることを最重要視される方がいます。また、どうしてそうなるのか、変な〝潔さ〟があったりします。

しかし、目先のかっこよさを取り繕うことは危険なのです。このような社長は自分かわいさに戦場から逃げます。やるべき戦いを回避します。

私は逆に、泥臭く、カッコ悪く、執念深く、潔くよくない態度が運命を切り開くと信じています。それがとりもなおさず、時間を味方につけた、根気のある改革の根本姿勢なのです。

私たち経営者はそのプランが、動機善なる夢(ユメ)なのか、単なる己かわいさの見栄(ミエ)なのか、常に自分に問うことが求められるのです。ユメとミエを混同してはならないのです。

コラム❺評価制度の〝合理性の追求〟はホドホドに

人事給与制度において、給与の分配に格差をつけて成果主義的に運用したいというニーズがあります。そうなると、「評価に納得がいかない!」と争いになれば「評価制度のそのものの合理性」がシビアに問われることになります。

法的に大丈夫なように、顧問の弁護士の先生に相談すると、以下のようなアドバイスがあるかもしれません。

・人事評価項目の内容の合理性(客観的な点数化が原則)・人事評価者訓練の徹底(評価の重要性の徹底、評価の公平性のための目線合わせなど)・評価の適正なフィードバックの実施(評価結果についての十分な説明)・評価に対する不服申立制度の創設(不満な社員から評価結果について不服を申立て、再評価の道をつくる)確かに右に挙げたことを完璧に実施できれば社員の納得を得られるかもしれません。

しかし、客観性・合理性を追求すればするほど、さらなる疑義や不満が生まれます。社員からの反論もキリがなくなります。また、会社は本業で忙しく、ジャッジを専門にする裁判所ではありません。

評価制度にはできるだけ深く立ち入りたくなく、教科書的な運用は難しすぎるのです。真面目に一生懸命、評価項目や点数をこねくりまわしても、その時間に見合う成果を得られる保障はまったくありません。

この面からも成果主義的な格差を強調した制度より、「穏やかなシグナル方式」による給与分配が良いということがわかっていただけると思います。

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