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第1章「賃金」は成長のバロメーター

目次

1「賃金制度」は諸刃の剣「賃金制度」の間違った考え方が組織力の低下を招く

本書を手に取ったあなたの目的はなんでしょうか。

・賃金に対する不満を「賃金制度」で解消したい

・賃金が原因で人が辞めているので「賃金制度」をつくって退職を防止したい

・「賃金制度」で社員のモチベーションをあげたいこのような自社の課題を解決したいという方が多いのではないでしょうか。

結論から申し上げますが、「賃金制度」改革でこれらの課題を解決することはできません。

それどころか、「賃金制度」の目的や役割を間違って改革に取り組んだために、逆に賃金に対する不満が増大し、社員のモチベーションが下がり、優秀な人が辞めて、導入を断念してしまう中小企業は後を絶ちません。

これは「賃金制度」に対する〝3つの誤解〟が原因です。

本章ではこの〝3つの誤解〟をくわしく解説します。

一方、「賃金制度」をうまく活用しながら正しく「人事評価制度」を運用すれば、理想の人材が育ち、成長し続ける強い組織をつくることができます。

本書の最終的なゴールはここにあります。

成長し続ける組織を確立するためには、「賃金制度」を設計する前に、「経営計画」「評価制度」の仕組みを構築し、運用する必要があります。

第5章でご説明いたしますが、まず「経営計画」で会社の将来像とそのプロセスを明確にし、これにそった人材育成を「評価制度」で行ないます。

この中で、評価者であるリーダーが部下の貢献度を適正に評価し、会社が求める人材像に向けた育成ができるようにならなければ、人件費に大きく影響する「賃金制度」は導入できないのです。

それではここで、「賃金制度」を含む「人事評価制度」の全体像と役割を確認しておきましょう。

「人事評価制度」は3つの仕組みから構成されています(次の図1)。

「評価制度」「賃金制度」「昇進昇格制度」です。

まず、「評価制度」にもとづいて給与や賞与を決定します(矢印①)。

また、昇進や昇格を評価結果にもとづいて検討、決定します(矢印②)。

そして、昇進昇格によって給与や賞与もアップすることになります(矢印③)。

この3つの仕組みがそろって、図1の矢印のようにそれぞれの結果を反映しながら運用することで、「人事評価制度」として機能します。

つまり、「賃金制度」は「人事評価制度」の柱のひとつなのです。

本書では「給与制度」と「賞与支給基準」の2つを「賃金制度」と呼ぶことにします。

そして、「月額の給与を決める仕組み」と「賞与の金額を決める仕組み」について、それぞれ解説します。

設計方法から運用方法までを、中小企業でも活用できるように具体的な事例やシミュレーションをご紹介しながらお伝えしていきます。

「賃金制度」以外の仕組みは、拙著『図解小さな会社は「経営計画」で人を育てなさい!』『図解3ステップでできる!小さな会社の人を育てる「人事評価制度」のつくり方』(いずれもあさ出版)でくわしく解説していますので、こちらもあわせてご活用いただくことで組織力を確実に高めることができます。

社長や幹部、リーダーと共有して取り組むことで、改革の成果は確実に高まります。しっかり学んで制度の導入、運用に活かしていきましょう。

2「賃金に対する不満は賃金制度で解決できる」というのは間違い「賃金制度」の誤解その1

「賃金制度」の設計や運用についてお話しする前に、「賃金制度」で成果を得るために重要な考え方を、社長が陥りがちな〝3つの誤解〟を紐解きながらお話ししましょう。

そのためには、まず私自身のしくじり体験からお話ししなければなりません。私が創業する前、まだかけだしコンサルタントだったころのできごとです。

社員三十数人のあるクライアントで、こんなことがありました。その会社でのコンサルティングはスタートしたばかりで、「人事評価制度」の構築に取り組み始めた矢先のことです。ある日、女性社員のAさんが社長室に突然入ってくるなりこう言ったのです。

「私の冬の賞与がBさんより低かったのですが、なぜでしょうか」その質問に、社長は即答できませんでした。

Aさんは、入社5年目の女性で事務職の正社員。Bさんとは同期です。2人には、新入社員時代から夏冬合計8回の賞与で、まったく同じ金額を支給してきました。

それを現場のリーダーの報告をもとに判断してはじめて差をつけた結果、このような〝事件〟が起きたのです。いわば、「社長がえんぴつなめなめ」賞与を決めた結果起こった〝事件〟でした。しかも、その金額の差は、わずか〝100円〟だったのです。

では、この〝事件〟を解決するためにはどうしたらよいでしょうか?「賃金制度をつくって賞与の基準を明確にすること」でしょうか?しかし、この考え方こそ「賃金の不満を増大させる」結果につながる危険性があるのです。

もっとも、Aさんのように社長に直接賞与や昇給について質問する社員は少ないものです。Aさんの場合も、私が客観的な立場でコンサルタントとしてかかわっていたことが彼女の背中を押したのでしょう。しかし、なにも言わないから不満がないのかというと、実態は違います。

不満をもったまま社員同士で給与明細を見せあい、「どうせウチの会社は改革に取り組んでもいつも立ち消えになってしまうから」などと言いながら働き、限界を超えた時点で会社側には相談もせずに退職届が提出されるのです。

しかも、優秀な若い社員から先に辞めていきます。重要なのは金額より評価結果

では、そうならないためにはどのような考え方でどこから手をつければよいのでしょうか。それは、先ほどのAさんの言葉に答えが含まれています。

Aさんは、Bさんとの賞与額の差100円について、社長に質問してきました。Aさんは賞与額の差、「100円」に不満や疑問があったのでしょうか。そうではないことは容易に理解できます。

金額面で100円程度の差があったとしても、それが原因でBさんはほしいものが買えて、Aさんは買えないなどと、生活面に差を生むことはないからです。

Aさん自身も、「……低かったのですが、なぜでしょうか」と社長に対して質問しています。Aさんが知りたかったのは、「なぜ100円の差がついたのか」、その根拠です。

実際、私が直接Aさんに話を聞くと、「なぜ差がついたのか、自分の仕事のどこがBさんに劣っていたのかわからず、社長に聞くかどうか悩みながら悔しくて夜も寝られなかった」と打ち明けてくれました。

これに対して、賞与支給の基準を示し、「この賞与のルールにもとづいてあなたの賞与を決めた。ルールの上で100円の差をつけることになっているから差をつけた」と説明してもAさんは納得することはないでしょう。

もうおわかりでしょう。まず手をつけるべきことは、Aさんに100円の差の根拠を「評価結果」ではっきり示し、納得してもらうことです。

つまり「賃金に対する不満」を解消するには、「賃金制度(賞与支給基準)」ではなく「評価制度(評価とその納得度)」が必要なのです。

ところが、賃金の不満に対しては「賃金制度」をつくれば解消できると考えてしまう。これが1つめの「賃金制度」に対する誤解です。

3「社長がえんぴつをなめて賃金を決めるのはよくない」というのは間違い「賃金制度」の誤解その2

前項の事件のあと、私は「評価制度」の必要性を社長に訴え、理解してもらい、早速「評価基準」と「賞与支給基準」の設計に取り掛かりました。

約3カ月で完成させ、評価者となるリーダーへ研修を行なったうえで社員全員の評価をしてもらい、なんとか次の賞与支給に間に合わせることができました。

評価結果も明確になったので、賞与額にもこれまで以上に差をつけて社長や幹部社員と確認し、支給しました。

私は、「これでAさんも納得してくれるだろう。ほかの社員さんたちも評価結果が明確になったうえで賞与額も決まっているので、きっと喜んでくれるはずだ」と期待していました。

ところが、結果は期待を大きく裏切るものでした。多くの社員から、抑えきれないくらいの不満が噴出したのです。その結果、社長の判断で評価制度と賞与支給基準の適用をやめることになってしまいました。

原因を確かめるべく社員へのヒアリングなどを行なったところ、ほとんどの社員が自分の評価結果に納得できていませんでした。

また、それをもとに決まった賞与額も到底受け入れられなかったということがわかりました。評価結果に納得できない理由をあげてもらうと、次のようなものでした。

「自分の行なった仕事をきちんと見てくれていない」「甘いC課長の部署にいる人たちはみんな評価が高い」「勤務年数が長いだけで役職者となっているような人に評価されたくない」つまり、評価者であるリーダーが、適正に評価を行なえるスキルを身につけていない状態のまま評価を決め、賞与に反映してしまったことが原因でした。

評価者を育てて賃金を決めるこの事件をきっかけに私は、2つの仕組みを新たに導入しました。「トライアル評価」と「納得度アンケート」です。

まず、クライアントには「トライアル評価」を必ず行なってもらうことにしました。

「トライアル評価」とは、評価者(リーダー)が部下を納得させ、やる気を引き出せる評価が行なえるようになるために実施する練習評価です。

実際の評価基準にもとづいて、四半期ごとの評価期間を設けて面談や目標設定も行なってもらいます。このトライアル評価を通じて、評価者を一定のレベルになるまで教育するのです。

私のクライアントには、「トライアル評価」を基本的に最低3回は実施してもらっています。

多いところでは、6回、7回と徹底して行なっている会社もあります。

そして被評価者の納得度をアンケートで見える化し、賃金に反映する本番評価に移行するタイミングを判断します。

「賃金制度」を導入する前に次の流れの2のステップをじっくり行なうのです。

  1. 「評価制度」の設計、導入
  2. 「評価制度」の運用を通じた評価者の教育(トライアル評価)
  3. 「賃金制度」の構築、導入2のステップで評価者=リーダーが適正に評価ができる

ようになるまで、3のステップに進むべきではありません。これをスルーしてしまうと、前述のように社員の不満が噴出し、逆効果になってしまうからです。

私はこの実体験を通じて2のステップが完了するまでは、中小企業は「社長の判断で賃金を決める」=「社長がえんぴつをなめて賃金を決める」ほうが、社員の納得度は高いことを確信しました。

適正な評価ができないリーダーの評価トップが決めた評価あなたなら、どちらの評価で賃金を決めてほしいですか?当然、トップが決めた評価結果ですよね。

ところが、「『社長がえんぴつをなめて』賃金を決めている状態はよくないから早く改善しなければ」と「人事評価制度」導入と同時にリーダーに評価をまかせ、その結果で賃金を決めたほうが社員の納得度が高まると考えてしまう。

これが2つめの「賃金制度」に対する誤解です。

4「『賃金制度』で社員のモチベーションをあげることができる」は間違い「賃金制度」の誤解その3

「『賃金制度』で成果をあげた人とそうでない人の給与に格差をつけて、やる気を出させよう」と考える社長がいます。結論から申し上げます。

そのような考え方で「賃金制度」を導入するのは改めたほうがよいでしょう。

理由は次の3つです・賃金によるモチベーションアップは一時的なもので終わってしまう・お金で動く社員をつくってしまう・モチベーションをあげるための要素は賃金以外のほうが多いそれぞれご説明しましょう。

誰しも、賃金の額は、低いよりは高いほうがよいでしょう。当然、大きく昇給したとき、賞与額がアップしたときには社長に感謝し、やる気を出す社員が多いはずです。

しかし、一旦もらってしまうとその額が当たり前になって、感謝とやる気が長続きしない人も多いものです。

たとえば、あなたの会社が決算期に利益が確保できたので、はじめて決算賞与を全社員に支給したとしましょう。

社員は喜んでくれ、あなたも出したかいがあったと実感できるかもしれません。

しかし、次の年度は業績が芳しくなく、目標の利益にはほど遠かったため決算賞与を支給しなかったらどういうことが起こると思いますか?「今年は決算賞与が出なかったので、年収が減ってしまった」「利益は出ているのになぜ決算賞与がないのか」などの不満をもらす社員が大抵出てきてしまいます。

このように、賃金によるモチベーションに対する効果は維持できない場合が多いのです。決算賞与を出したことがなかった時期と比較すると違いは明らかです。

当時は、決算賞与は支給されない状態が当たり前だったので、不満をもらす社員は誰もいなかったはずです。ということは、決算賞与に関心のなかった社員を、決算賞与を気にする人にしてしまったということになります。

さらに、毎月の給与が大きく変動する仕組みなどを導入してしまうと、いつも給与を気にしてしまい、もっと高い賃金を出す会社があるとすぐそっちに行ってしまうという、お金で動く社員をつくってしまう恐れもあるのです。

こうした末路を見てきた私は、賃金で社員のモチベーションをあげようとする社長に対しては、「賃金以外で社員のやる気につながる要素を考えられませんか」とお尋ねしています。

「会社の理念やビジョンへの共感」「自己成長の実感」「目標達成の充実感」「良好な人間関係」「成果やスキルアップに対する称賛」「お客様からの感謝」「仕事を通じたまわりへの貢献」など、多くの要素が考えられるでしょう。

しかも、これらの要素でモチベーションをあげる仕組みは、ほとんどお金をかけずにつくれるのです。賃金のみで高いモチベーションを維持しようとすると会社の利益を人件費に投じ続ける必要があります。

原資が限られている中小企業では限界があるでしょう。つまり、「賃金」でやる気をあげようとしても、社員も組織も疲弊してしまうだけなのです。

ところが、「賃金制度」で社員のモチベーションがコントロールできると考えてしまう。これが3つめの「賃金制度」に対する誤解です。

一方、「評価制度」を効果的に運用すれば、「目標達成の充実感」をもってもらいながら「成長を実感」でき、「仕事を通じた貢献度」を社員一人ひとりに伝えることができるのです。

さらに「経営計画」の作成と実践を通じて「会社の理念やビジョン」を社員と共有し、「お客様や社会への貢献度」をあげ、まわりの人たちが会社やそこで働いている社員を応援してくれる組織づくりをする。

こうした取り組みを通じて社員に働きがいをもってもらうことで、組織も発展していくのが、私がお伝えする「ビジョン実現型人事評価制度」です。

5「賃金」で社員の成長度を可視化する「賃金制度」の本当の役割は、「貢献度」と「成長度」を見える化すること

ここまでで、中小企業が陥りがちな「賃金制度」に関する〝3つの誤解〟について解説してきました。

本書の冒頭の3つの課題

・賃金に対する不満を「賃金制度」で解消したい

・賃金が原因で人が辞めているので「賃金制度」をつくって防止したい

・「賃金制度」で社員のモチベーションをあげたい

について、なぜ「賃金制度」だけで解決できないのかご理解いただけたと思います。

正しい対処法は賃金に対する不満を「評価制度」で解消し、「経営計画」と「評価制度」で社員のモチベーションアップと成長をはかりながら働きがいを実感してもらえる組織づくりを推進することです。

それでは、「賃金制度」は社員のモチベーションや組織の発展には関係ないのでしょうか?もちろん、そんなことはありません。では、「賃金制度」にはどのような役割があり、どういう効果が得られるのでしょうか。

「はじめに」で「ビジョン実現型人事評価制度」は「経営計画」の達成に向けてまい進できる人材を育て、成長し続ける強い組織をつくることが目的だとお伝えしました。

その中で、賃金の役割は2つあります。ひとつは、「経営計画」に対する社員の貢献度を金額にするという役割です。

社員がお客様や会社に対してどれだけ貢献したかが、評価結果で明確になります。

この貢献度を金額にしたものが賃金だといえるでしょう。

もうひとつは、社員の成長度を見える化する役割です。

のちほどくわしくご説明しますが、評価制度で「経営計画」の実現に向け社員を育成していきます。

この評価を通じた一定期間の成長を昇給や賞与の増加額として社員に還元するのです。いわば、「賃金」は社員一人ひとりの〝成長のバロメーター〟なのです。

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