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人に困らない経営~すごい中小建設会社の理念改革~【オリジナル】

はじめに「人に困らない」というと、人のことに関してまったく苦労がないかのような印象を与えるが、もとよりそういうことではない。ただ、辞書によると「困る」とは、「取り扱いがやっかいで苦しむ、困惑する、もてあます、手を焼く」あるいは「迷惑である」などとあるが、そういう意味では確かに三和建設は人に困ってはいない。なぜなら「つくるひとをつくる」を経営理念とする三和建設にとって、ひとは手段ではなく目的そのものだからである。この概念は本書を貫く基盤的な考え方となっている。苦労も喜びも社員の数だけ存在している。本書は、中小企業&建設業という、人に関することにおいて最も「困りそう」な会社における経営の考え方やその実践例を示すものである。業界を問わず、目下わが国の経済や企業経営における最大の関心事は「人」。たとえば、「三和建設さんは採用がうまくいっているらしいが、ぜひそのノウハウを教えてほしい」などと言われることがある。確かに本書では採用に関してそれなりの紙面を割いて説明しているが、その部分だけを読んでこの問題に対する有効な解決案が得られるかというと決してそうとは言えない。採用だけではなく、人材の育成、定着そして活躍に関する、さまざまな具体的事例を列挙しているが、それらすべてが三和建設の採用活動の成否に深く関係しているといってよい。採用の取り組みだけが採用の結果を生むわけではない。重要なことは、個別の取り組みの有効性や独自性ではなく、それらを貫く基本理念にこそある。企業経営における基本理念を明確化し、その経営理念について個別の施策の一貫性を担保する経営手法は理念経営と呼ばれる。経営理念と直結していない取り組みは一つとして本書に掲載されていない。読み進んでいただくなかで、それぞれの具体策から枝葉末節を捨象して経営理念に一言集約されていく抽象化の思考と、経営理念を実現するためにさまざまな取り組みにブレイクダウンしていく具体化の過程、この真逆を向いた双方のプロセスを実感しながら、経営や組織における働き方を考えるきっかけにしていただきたいというのが本書の狙いである。建設業に限らず「人に困っている」会社にとって、その問題解決の一助になれば、幸いである。著者

contentsはじめに私の会社「三和建設」とはこんな会社ですCHAPTER1【経営理念】「つくるひとをつくる」から会社は大きく変わった1会社の進むべき方向を決める2当時は、まるで植民地のような企業だった3反動として「こんな会社にしたい」と思う4経営理念はたった9文字5経営理念づくりには社長の覚悟が不可欠6社長の「願い」を会社の目的にするCHAPTER2【組織活性】社長と社員の心を合わせて会社をひとつにする1社長が社員に約束する〈コーポレートスタンダード〉2経営情報はしっかり公開する〈上位概念の徹底〉3利益で計画を考える〈業績目標〉4組織の風通しをよくする〈社内日報システム〉5誰もを公平に主役にする〈提案公募制度〉6経営理念をみんなで確認し連帯感を強める〈全体会議〉7社長であっても「例外」は許されない〈立場の明確化〉人に困らない会社になる秘けつ1入社まもなく提案公募制度で採用に。CHAPTER3【採用】社員数の成長戦略に舵を切る1大事にするとは一方的に甘えさせることではない2社員が等身大でいれば会社の活力になる3今いる社員が活躍するために新たな社員を迎える4なぜ新卒採用が成功するのか①〈母集団形成〉5なぜ新卒採用が成功するのか②〈選考・育成〉人に困らない会社になる秘けつ2建設業界には、今、女性が増えています。人に困らない会社になる秘けつ3人事に納得性がある会社です。人に困らない会社になる秘けつ4他社に就職したAさんの口コミ!?CHAPTER4【成長・定着】会社の発展はすべて社員次第1相談制度をつくる〈メンター制度と外部相談窓口〉2全社的な教育体制を設ける〈社内大学〉3新入社員の「横のつながり」をつくる〈ひとづくり寮〉4社員の自主性をさらに高める〈若手発信の委員会活動〉5組織やメンバー間の対立をなくす〈交流づくりのしかけ〉6社員の健康にも十分に配慮する〈制度としての取り組み〉人に困らない会社になる秘けつ5お互い会社の中の家族のような存在です。人に困らない会社になる秘けつ6SANWAアカデミーは開催してよかった。人に困らない会社になる秘けつ7普通の会社では体験できません。人に困らない会社になる秘けつ8若手が成長する機会をもらっていると思います。CHAPTER5【ロイヤルティーづくり】「誇り」が社員自らを成長させる1まず仕事に誇りをもってもらう

2ゼネコンの素晴らしさを感じてもらう3施工まで一貫して請け負える魅力4自身のコンプライアンス順守は愛社精神を高める5お客さま対応を通して社員の誇りを高める6支店も本店もないという社員意識7ネーミングにも社内向けメッセージを込める8お客さまとともにある70年の歴史への誇り人に困らない会社になる秘けつ9コンプライアンスに向き合いながら可能性を追求する。CHAPTER6【営業戦略】企業を永続させるために選ばれ続ける存在になる1100年企業に向けての青写真をつくる23大ブランドでカテゴリートップを目指す3積極的なブランディングで自社を覚えてもらうおわりに奥付

私の会社「三和建設」とはこんな会社です◎100年企業となれるのはわずか0・6%日本国内に企業は380万社あるが、社歴70年を超える会社は全体の7%程度にすぎない。これが100年企業となると、0・6%にまで減るという。つまり、三和建設のような70年企業が100年企業として残る確率は10分の1ということになる。この厳しい現実を共有したうえで、三和建設は今後も変わり続けていかなければならない。すべての社員がそう思っていないと、10分の1になるレースは勝ち残れない。ここで三和建設の歴史を振り返ってみたいと思う。三和建設が創業したのは戦後まもない1947(昭和22)年のこと。資本金は15万円、社員は4名でのスタートであった。創業者の森本多三郎は、早稲田大学の建築科を卒業して鹿島組(現在の鹿島建設)に入り、最後は大阪支店担当常務取締役を務めていたと聞いている。サラリーマンとしては十分成功を収めていたと思うが、安定した地位にいるより好きなことを思い切りやってみたいと考え、会社を立ち上げたらしい。◎戦災鉄骨に目をつけたのが始まり創業の1947年といえば、日本国憲法が施行された年であり、日本はまだGHQの占領下にあった。戦後はさまざまな物資が不足しており、なかでも鉄骨資材の不足は深刻な状態であった。大手建設業者ですら容易に入手ができず、木造工事を主体にせざるを得なかったくらいだという。創業者はそこに目をつけたのである。新しい鋼材はないかもしれないが、戦災を受けた工場はある。その鉄骨を再利用できるのではないか。それができれば、資材不足で工場を建てられずにいるお客さまの問題を解決できるばかりか、低価格でお客さまに建物を供給できる。ビジネスチャンスも大きい。すぐに決断を下し、社外取締役のつてで扶桑金属の被災工場約2000坪の建屋を購入したという。成功を見据えていたとはいえ、まさに乾坤一擲の冒険であったことだろう。そして、この古鉄骨を使った日立造船の工場(鋳物工場、精機工場、重軽量品倉庫)の新築工事を受注したのが、三和建設の飛躍の始まりとなった。創業者は私が生まれる1年前に他界しており会ったことはないのだが、ユーモアのある温厚な人だったらしい。ただし、仕事面ではとても厳しかったという。お客さまに対しては、誠心誠意をモットーにし、社員にもその徹底をはかった。結果、「三和の人間はよくやってくれる」という信用ができ、その後のお客さまとの長いお付き合いにつながっている。そして、お客さまに誠実でありたいという精神は、いまの三和建設にも受け継がれている。◎経営者という仕事の重要性を教えてくれた父親1970年に2代目社長となった竹下文武を経て、その7年後、私の父である森本晴夫が3代目として後を継いだ。私は、三和建設がどん底だった2001年に入社し、2008年に4代目の社長となっている。私が小さなころから父はよく会社の話をしてくれた。大変なこともあったと思うが、私の前では決して愚痴めいたことは言わない。価値のある仕事をしているということが父から伝わってきた。子どもが後を継いでくれないと悩んでいる経営者もいると聞くが、それは仕事の価値を伝えてきれていないからなのかもしれない。私が大学生くらいになると、「こういう社員がいるんだけど、どう思う?」と、マネジメントにかかわるような相談も父から受けるようになった。そうなると、自然と後継ぎとしての意識もできあがってくる。ただし、父は私に決して「継げ」とは言わなかった。◎「そろそろ代わりましょうか」と言って4代目にいずれとは思っていたものの、三和建設への入社が人生におけるいちばんの転機であったことは間違いない。継いだのは私が37歳、父親が65歳の時であった。父は34歳で後を継いで以来31年間社長をしてきた。企業30年説があるように、私の感覚として社長を務めるのは30年が限界ではないかと思う。私が入った当時は、業績も厳しく父もかなり苦労していた様子であった。2001年に私が三和建設に入社して以降、実質的な経営上の意思決定は、私に委ねられていた。事実上は司令塔のような立ち位置で、父親は会社の改革など私の意見を取り入れて任せてくれていた。たしか夕食の席だったと思うのだが代替わりは私のほうから提案した。「そろそろ代わりましょうか」と切り出すと、父親はハッとした顔をし、「もう代わるのか」という感じで驚いていたが、社長の地位に縋りつくようなことは一切なかった。父は、おおらかな人柄である一方、慎重なところもあった。一ついえることは、何をおいても会社第一の人だったということ。そこは私も同じだが、ワークバランスなどという概念はなく、公人と私人としての立場は混然一体としていた。業績悪化に伴い、結果的に社員が去っていくことにはなったが、社員を大事にしたいと考えていた人であった。また、人でいう人格と同じように、会社における「社格」というものを大切にしている経営者であった。◎継ぐ前の経験が生きている私は三和建設に入る前、大手ゼネコンで5年ほど現場経験をしている。本当は10年ぐらい勤めていればよかったのだろうが、継ぐのがあと5年遅ければ、会社は現在と違う景色になっていたかもしれない。私のゼネコンにおける価値観、建設業の誇り、建築に携わる者はどうあるべきかといった意識は、この前職時代に固められたといってよいだろう。三和建設を率いている今、社員が「無理だ、できない、こんなの非常識だ」と言ってきても、「そうではない」と断言できるのは、前職での経験があるからでもある。大手の仕事を知らなかったら、社員の言うことにも流されていたかもしれない。大手ゼネコンで見聞きした在りようが三和建設のスタンダードにも取り込まれている。ある意味で目指す姿でもある。決めた目標は必ず守るというのが大手企

業のやり方であるが、中小では流されやすく言い訳を考えることが多い。三和建設も、目標管理は大手にならい、安易に流されるようなことは許さない組織でありたい。前職での経験は、良くも悪くも要求している仕事の高さの水準につながっていると思う。◎三和建設の70年は「挑戦」「お客さまへの誠意」「変革」会社の始まりも、一人の人間の挑戦である。そして、「日本初」が多い会社だとも思う。戦災鉄骨の利用に始まり、1957(昭和32)年には、軽量鉄骨2階建ての事務所を日本で初めて建築した。軽量形鋼建物日本第一号である。同年、やはり日本初の大阪市営の軽量鉄骨共同住宅を完成。これ以降の全国的な軽量鉄骨ブームの先駆けとなった。1970年前後(昭和40年代中ごろ)には、ラック式倉庫を開発。高能率で大量に収納できる倉庫として評価され、サントリーでも、これ以降はラック式が採用されるようになった。全天候型現場仮設屋根ハレルヤボーイは、特許を取得した。エスアイ®ブランドとして建設した集合住宅は、わが国で初めて完成した長期優良住宅認定マンションである。日本初というのは、挑戦の証でもあると思う。また、70年を超えて生き残っているゼネコンはみな誠実なところがある。安易にお客さまのことを釣りの魚にたとえたり、狩りや猟にたとえるような会社は、一時的に業績がよくても長く続かないように思う。お客さまへのリスペクトを前提に、相手への敬意を払い、誠実に仕事をしていくという心のもちようが大切だと考える。そして変革である。会社をよりよくしていくためには、現状にとどまらず去年より今年、今年より来年というように変化させていくことが重要になる。大きな制度変更や方向転換ではなくとも、日々よりよい方向へ変革を行っていくことが大切だ。たとえば、今年は提案公募制度を改善報告制度へ変更した(80ページ)。さらに、SANWAアカデミー(138ページ)が本格的に始まり、ひとづくり寮(146ページ)も完成した。オフィスには、社員がくつろいで集えるスペースも設けて、新しくしているところだ。企業内保育も始めようと考えている。「70年の歴史があるのに、まるで新しいベンチャー系企業のような活気がありますね」と外部の人から言われることもある。変化による新陳代謝が効いているのかもしれない。◎これからの100年へ向けて、本書を著す大事なことは継続してやり続ける。常に改善と新たな改革を繰り返す。この繰り返しがわが社の70年である。100年企業へ向けて、私は三和建設を永続させるだけではなく、どのような会社として100周年を迎えるかを大事にしたいと考えている。今後は人でなくてはできないことにフォーカスしながら、育成や組織力を強化していく。考えてみれば、いかなる存在も突然変異的に発生することはない。どんな会社にもルーツというものが存在する。逆説的な言い方にはなるが、そういった創業以来守ってきた自社の存在意義を再度深く検証し、その本来あるべき姿を追求することで、結果として同業他社とは一味違った存在になれるのではないかと私は考えている。100年まであと30年弱。その30年をどう乗り越えていくかを改めて考えたい。

どんな会社にもその業種・業界から連想されるイメージというものがある。三和建設が属している建設業界やゼネコンは旧態依然、古めかしい品質不良・品質偽装問題が絶えない談合を繰り返している営業マンはごり押し姿勢もしくは慇懃無礼過酷な労働環境で、働く人にやさしくない女性が活用されていないなど、どちらかというとネガティブな印象をもたれる傾向にあるように思う。一方で、私が代表者を務める三和建設は何となくゼネコンらしくないという声をよく耳にする。会社の風土、それぞれの社員がもつ雰囲気、ウェブサイトや名刺デザインなどのビジュアル・イメージ、新卒採用活動の内容、経営の方向性などが醸し出す企業イメージが同業他社と違うらしい。■業界のど真ん中で考えたことよく「業界の慣習を打ち破る」とか、「脱〇〇業」といった経営スタイルを指向する経営者のメッセージを目にすることがあるが、三和建設では意図してこのような方向性を目指してきたわけではない。私自身、大学の専攻は建築工学で、卒業後はゼネコンの施工管理畑を経験したあと三和建設に入社した。業界経験のど真ん中ともいうべき道を歩んできており、良くも悪くも建設業の既成概念に浸ってきた一人である。それこそゼネコンとは何か、建設業としての三和建設はどうあるべきかだけを考えてきた。むしろ建設会社やゼネコンの本質を追求したいという思いがあり、さまざまな取り組みを試行錯誤してきた結果として今がある。そして、最終的にたどりついた結論ともいうべきものが経営理念「つくるひとをつくる®」であった。三和建設で行われるすべての取り組みはこの経営理念と結びついている。2013年に「つくるひとをつくる」という経営理念を定めてから、三和建設は大きく変わった。すべての経営資源を理念の実現のために集中させて、「つくるひとをつくる」を目に見える形で会社のしくみの中に落とし込んでいった。額に飾るだけ、唱えるだけの経営理念ではなく、徹底して仕組みの中に具体化していったのである。たとえば、1人当たり140時間をかける新卒採用選考、新入社員全員が共同生活を送る「ひとづくり寮」、社内大学での教育体制、全社員が書き込み閲覧できる全方向性の日報、提案公募制度、毎年改訂され配付される162ページに及ぶ冊子形式のコーポレートスタンダードなど、すべては三和建設の社員たちのために始めた取り組みである。いわば経営の中心に「つくるひとをつくる」という柱があり、その柱から営業活動をはじめとする、会社のすべての活動や取り組みなどが生まれ、それらがまた柱となって会社が出来上がっているイメージだ。■「働きがいのある会社」ランキング、5年連続受賞社員の働きがいや幸福感は、会社の実態で決まることはいうまでもないが、それでも一つの形として賞をいただけるのは、大変うれしいものである。三和建設は、2015年から5年連続で、日本における「働きがいのある会社」ランキングでベストカンパニーに選ばれた(GreatPlacetoWork®の調査による、従業員100~999人部門)。建設業者では初の受賞であった。また、2017年には、人を大切にする経営学会主催による「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞の審査委員会特別賞を受賞した。この賞は社員などの会社の関係者の幸せを軸として評価されるものである。どちらも「つくるひとをつくる」という経営理念への取り組みなどが受賞理由になっている。これらの賞は社員たちの日頃の努力の成果であり誇りに思いたい。社員のみんなには心から感謝している。■長い時間軸の中で企業の姿勢を注視してほしい私は三和建設がいわゆるホワイト企業であるとアピールしたいわけではない。昨今、「ブラック企業」やその反対語としての「ホワイト企業」という言葉がよく使われているが、いかがなものかと思っている。確かに本当のブラック企業もあるのだろうが、そんな会社はごく一部であり、ほとんどの経営者は社員を大切にしてその幸せを願って日々努力をしている。三和建設においても、幸い重大な事案はないものの労働災害はある。残業もある。仕事のしすぎで体調を崩した社員もいた。経営は結果であるとはいえ、何か不祥事が起こるたびに「ブラック企業」などと安易にレッテル張りをするような風潮には疑問を感じざるを得ない。昨今、厚生労働省の「労働基準関係法令違反に係る公表事案」をマスコミが「ブラック企業リスト」として報道しているのにも違和感を感じる。逆説的にいえば一時期に絶好調な業績でもて囃された会社が数年で経営危機に陥っているのと似たような話だ。企業は瞬間や表面を見るのではなく、長い時間軸の中での姿勢や考え方を注視すべきである。これは就職活動を行う学生諸君にも強く伝えておきたいことだ。三和建設の現状もまだまだ課題山積である。実際に賞の評価プロセスでさまざまな問題もまた明確になっている。理念経営もいまだ五合目ともいうべき状態にあ

る。しかし、三和建設が目指している方向性については確信に近いものがある。

2当時は、まるで植民地のような企業だった■2001年前後の会社の危機三和建設は、1947(昭和22)年に創立された創業70年を超える中堅ゼネコンである。大阪市淀川区に本社をおき、社員数は125名(2108年9月現在)。企業の生産・物流施設、マンションなどの民間建築の設計施工に強みがあり、戦後の高度成長とともに、複数の大手企業から継続的に工事を受注し発展してきた。大阪に本社があるサントリーもその中の一社で、70年にわたるお付き合いをいただいている。ウイスキー「山崎」のCMなどで出てくる山崎蒸溜所は、1950年代以降、三和建設の手によって建設もしくは改修工事がなされてきたものだ。私はこの会社の4代目社長である。建設業にとって追い風といえる経営環境とは何かと問われれば明確な回答は困難であろうが、少なくとも私が三和建設に入社した2001年前後、会社を取り巻く環境は厳しかった。まず仕事がとれない。同業者間における値段の叩き合いも熾烈を極めた。おそらくこの頃に建物を建築した人は、コストという面においてはいい買い物をしたことであろう。業界を問わずリストラの嵐が吹き荒れ、新卒採用も極端に制限された。金融機関の貸し出し姿勢も厳格を極め、多くの同業他社が資金繰りに窮し倒産の憂き目にあっていた。この頃は国内景気の減退に伴い、大手企業でもかつてのように毎年設備投資を行わなくなっていた。民間企業の工場や倉庫建設などに強みをもつ三和建設では、新たな顧客や仕事の発掘に追われる事態となった。しかし、新規開拓には不慣れであったため、思ったようには仕事をとれない。結果として仕事を選ばない、言い換えれば、見境のない営業活動が展開され、ほとんど利益の出ない三次下請けの仕事でも、売上確保のために受注するようになった。コスト面さえクリアできれば参入しやすいという理由で商業施設やマンションなどの受注が自ずと増えていった。■資金繰りに窮し、あらゆる資産を失うこの時代、工事代金の支払条件も厳しいケースが多かった。請負契約の代金支払は、一般的に契約締結時に「着手金」、建設の中途で「中間金」、建物の引き渡し時に、残金が「竣工金」という形で行われる。しかし、着手金や中間金はほとんど支払われず、建物の引き渡し後に一括して工事代金が支払われるケースもあった。着工後は元請けから各仕入先へ、工事の進捗に合わせて順次キャッシュアウトが生じるため、引き渡し後の支払いでは元請けに多くの資金立て替えが必要となる。当時の三和建設にとってこの資金工面が大きなプレッシャーとなった。国内景気は2001年を底に回復基調になったといわれているが、建設業界を取り巻く環境はそれ以降も厳しさが継続し、金融機関の建設業界への融資姿勢は極端に萎縮。経営危機の去った今だからいえることだが、その頃、三和建設は実質的には債務超過の状態であった。財務改善が遅れていた三和建設は、金融機関からの借り入れができなくなり、徐々に資金繰りに窮した。社員寮などの社有施設、収益物件、投資有価証券、ゴルフ場の会員権など、売れる資産はことごとく売って現金を捻出せざるを得ない状況となる。不動産相場価格が底値に近かったときに、父祖が創業時から築き上げてきた資産を相次いで売却した三和建設は、ついに何もない会社となってしまった。■私が経営者になるための幼児体験として受け止めるそのうち、このような状況を見ていた仕入先の取引姿勢も硬化し、先払いを要求する会社さえ出てきた。受注においては下請契約や厳しい支払条件を避けられず、金融機関や仕入先とも対等に取引できない。常に何かに振り回された、まさに自分の両足で立っていられない会社となった。極端な言い方をすれば、私は当時の三和建設は他者による植民地のような企業であったと考えている。個人や国家同じく企業においても、自立性を失うことほど自らへの尊厳や誇りをもてない状況はないであろう。当時はまだ社長という立場にはなかったが、いつか何者にも支配されない真に独立した会社となる、また、そうしなければならない。これが当時の私の悲願となった。もっとも、私が暗澹たる気持ちに陥っていたのかというとそうでもなかった。常に危機感はあったが絶望したことは一度もない。先代である父親の姿を幼少期から見てきて、そもそも会社経営とは厳しいものだと思っていたこともあるだろう。とはいえ徹底的なリストラクチャリングを行った三和建設はあらゆる資産を失い、残ったものは社員・お客さまそして協力会社だけになった。この時期の経験が、その後、私が経営者になるための幼児体験のようなものとなる。残された社員、そして厳しい状態でもご愛顧いただいたお客さまと協力会社といった、顔の見える「ひと」のみが三和建設にとっての真の資産であるとの認識が自身の脳裏に強く植えつけられた。

3反動として「こんな会社にしたい」と思う■「会社イコール社員」と考える会社に残された資産の中でも社員の存在はとりわけ大きかった。むしろ、何もない会社になってしまったからこそ、その大切さに強く気づかされたといってもよいかもしれない。このことが、後年、「つくるひとをつくる」という経営理念を生む背景となった。企業を構成する要素はさまざまだが、社員はその中でも次元の違う存在である。社員一人ひとりは会社そのものであり、社員一人ひとりの一挙手一投足が会社を代表している。会社イコール社員という構図が自分自身の中に生まれた。どのような社員とどのような組織文化を目指すのかということだけが私の関心事となった。三和建設に入社した当時の反動から、私は次のような方向性を目指すこととなった。■社員の幸福を目的にする経営を行うまずは会社の都合で社員を辞めさせることをしないことを決めた。三和建設では忙しくなれば社員を雇い、仕事がなくなれば社員を減らすということはしない。私の入社当時は業績の悪化もあって、社内の雰囲気がよくなかった。辞めていく社員が絶えず、また会社から辞めてもらう事態も生じた。企業の存続のためにリストラもやむを得なかったのかもしれないが、不安そうな面持ちで去っていく社員の姿を見ながら、会社経営のもっとも重要な目的は、雇用を守り企業を永続させることだと思い知らされた。そこで、それまでとはまったく別の理屈にもとづく基準を決めた。一つは、ひとたび社員として迎え入れたら、その人に能力があろうがなかろうが、なんとしても活躍の可能性を追求するということである。「社員は家族」とは、人を大切にしている会社でよく聞かれる言葉だが、家族であれば、どんな子でも親が見捨てることはなかろう。子の成長を願い、育てていくはずだ。会社もそれと同じことである。ただし、経営理念に真っ向から対立し、不正を働いたり、ほかの社員に悪影響を与えたりする者は別だ。改善しない場合には組織から出て行ってもらうこともある。もう一つは、社員の新規採用は、会社のためではなく、既存社員のために行うということである。三和建設では、社員の新規採用は業績拡大のために行うのではない。新卒採用が行われず、いつまで経っても自分が一番の若手という会社ではやりがいも責任感も成長感も得られないだろう。後述する「つくるひとをつくる®」という経営理念の実現のためには、一人ひとりの社員にとってより働きがいのある会社となる必要がある。■社員にとって誇りに思える会社にする私の入社当時、社員は会社のことを完全には信頼していなかった。自社で働いていることを誇りにも思わない。私が会社に入った頃、同じ世代の社員が話していた。もし友人が建物を新築しようという話を耳にしても自分の会社を紹介したいと思わない、と。腹を割って私に話してくれたのだと思うが、実に悲しい気持ちになった覚えがある。自らの会社に対して誇りをもてない社員はそもそも不幸である。私は、すべての社員が自らのステイタスとして誇れる会社を目指すことにした。本来、どんなに愚痴ばかりを言っている社員であっても、所属している会社には何らかの愛着やロイヤルティーがあるものだ。日本の企業はこの点に依存している面も大きい。三和建設があまり名前の知られていない中小企業であっても、日々さまざまな問題があっても、社員にとって誇りに思える会社にする。この目標も社員のために決めている。■仕事から表裏の使い分けをなくす仕事から表裏の使い分けをなくすという方向性は、私の性格によるところも大きい。私は表と裏、本音と建前の使い分けが好きではない。「本当は赤字の工事案件なのに、原価をほかの工事に付け回してすべての工事に利益が出ているように見せかける」「残業はないといいながらサービス残業や仕事の持ち帰りが横行している」「工事現場で小さなケガが労災として報告されず無事故無災害を実現している」……こういうことは許されなくなった。見つけ次第直ちに解決に乗り出している。三和建設でも、以前は本音と建前の使い分けが横行していた。悪い話はなかなか経営者に上がってこず、必要悪という概念がまかり通っていた。こういった表裏の使い分けがわが業界には多いように思う。しかし、それは一人ひとりの社員が悪いというより、組織や社員間の関係に根本的な問題があると考えている。まずは、経営者自らが表と裏の使い分けを許さないことを宣言して、悪い情報が経営者に上がってくるしくみをつくる必要がある。そこで三和建設では、後述する日報制度なども導入している。以前と違い、カメラ技術やSNSなどによって個人が簡単に情報発信できる時代になった。また、内部通報制度もあり隠し事ができない社会になりつつある。表裏の使い分けがなく、すべてに誠実に対応している組織や個人のみが選ばれる時代になってきていると思う。■風通しのよい組織にするどんな会社にも製販の対立というものが存在する。かつての三和建設も、営業が工事部門の技術競争力のなさを嘆き、工事部門は質の悪い仕事ばかり営業が受注してくることをぼやいていた。組織は縦割りでお互いの立場の主張ばかりをして一体感は乏しかった。こういった生産的でない内部ストレスがあると会社の力が削がれてしまう。

もちろん今でもこのような傾向はゼロではないが、縦割りでお互いの情報交流がない状態をなくして「風通しのよい組織にする」ことを決めた。風通しのよさによって会社にプラスの状態がもたらされることへの理解は広がりつつある。また、風通しという面では、三和建設が導入した日報システムSODAは縦横すべての部門の風通しの確保に大いに貢献している。また、このSODAの活用にあたっては、都合の悪い話こそ正確かつ速やかに報告すべきことも徹底している。■経営の独立性を守る会社としての誇りを維持するためには、誰かのいいなりになるのではなく、すべて自らの意思で選択している……そういう認識が必要であると思う。前に述べたような、他者による植民地のような企業にはなってはならない。「経営の独立性を守る」ことは経営者の基本的役割であろう。社員のためにも経営の独立性は守っていかねばならない。経営の独立性は三和建設の基本理念の中軸をなすものであるが、中小企業経営者の周りには得てしていろんな雑音が多い。たとえば、数年前に会社の組織を大きく変更したときには、社内外の一部から窓口がわかりにくくなったとの批判があり、元に戻してもらいたいとの声も聞かれた。しかし、当初決めた体制を貫き、今はこれがスタンダードとなっている。決めたことを貫き、あとは理解を求めることに集中、というスタイルも経営の独立性に関係している。私が三和建設の社長に就任して以降、紆余曲折は経ながらも基本的には一貫して前述したような志向にもとづいて進んでいる。

4経営理念はたった9文字■私たちがつくっているのは建物だけではない三和建設の経営理念を紹介しよう。「つくるひとをつくる」たった9文字、それだけである。そして、そのあとに解説文が続く。つくるひとをつくる建物をつくる技術をつくる価値をつくるお客さまをつくる信頼をつくる社会をつくる仲間をつくる会社をつくる歴史をつくるすべてはひとがつくります。だからつくるひとをつくります。だからこそ、わが社は「ひと本位主義」。社員とその家族を何よりも大事にします。ひとをつくり続けるため、毎年新しい仲間を迎えていきます。毎年入ってくる新しい仲間のために会社の永続を目指します。社員は会社の存在意義そのものです。会社と社員一人ひとりが、互いにとって真にかけがえのない存在となります。この中でまず確認しているのは、私たちがつくっているのは建物だけではないということである。もちろん建設会社である以上、第一義的には建物をつくっているが、私たちは建物づくりを通じて、あるいは建物づくりのためにさまざまなものをつくっている。また、ほかにも未来をつくる、笑顔をつくる、自分をつくるなどいろいろ考えられる。そして、それらをつくっているのは、最終的にはすべて「ひと」である。■お客さまのために「ひと」をつくるこの「つくるひとをつくる」という経営理念は、内向きでお客さまのほうを向いていないのではないかという指摘を受けることがある。しかし、お客さまの満足をつくるのも、やはり「ひと」である。私たちは、お客さまの満足をつくる「ひと」をつくっている。実は、このような「ひと」依存の考え方は、ゼネコンという業態を考えれば当然のことでもある。お客さまにとって建設発注はこれから建てるものへの投資であり、契約したから無事に出来上がる保証などないのである。万一、建設会社が倒産したり、仕事を放り出したりしたら、すべて終わりである。失った時間もその建物の稼働を前提にしたビジネスチャンスの喪失も、取り返しがつかない。もちろん多くの善良なる建設会社は、このような事態を発生させず約束をきちんと果たしている。しかし、任せるゼネコンの選定については、本当に信頼できるかどうか慎重を期するべきである。くわえていうならば、ゼネコンは建てて終わりではなく、引き渡し後もメンテナンスなど、お客さまの目的が達成されるように寄り添う必要がある。本当のお客さま満足を得るためには、企業の永続が前提になる。「つくるひとをつくる」という経営理念は、人づくりによって企業の継続性・永続性を担保するためのものなので、この意味でも、お客さまの満足に直結している。かつて松下幸之助翁は言った。「松下電器とは人を育てるためにある会社である。そして、そのついでに電器製品をつくっている」と。家電も建物も決して「ついでに」つくることができるほど簡単なものではないが、私たちの精神も同じところに宿っている。建設発注はその会社にいる「ひと」に賭けることでもある。だからこそ、建物をつくる前に「ひと」をつくらなければならないのである。

5経営理念づくりには社長の覚悟が不可欠■シンプルで共感でき、当事者性と普遍性を大切にした三和建設が「つくるひとをつくる」という経営理念を定めたのは2013年のことである。その前から社員とその家族を大事にするという思想はあったが、社長を継いで5年目に前社長であった父が他界したという節目で新たにつくり直そうと考えた。理由は3つある。第一に、「誰もが簡単に諳んじることができるほどにシンプル」な経営理念にしたいと考えた。平仮名9文字から成る「つくるひとをつくる」は、わざわざ覚える努力が必要ないほど単純だ。経営理念を問われて即答できない社員は一人もいない。第二に「全社員にとって共感でき、かつ等距離に当事者性がある」言葉にしたいと考えた。経営理念は、全社員にとって同じくらい自分ごとであるべきだ。他社の経営理念は、事業やお客さまファーストの観点でつくられているものが多い。確かにそれは経営にとって大切なことであるが、「等距離に当事者性」は得られない。営業や生産部門などお客さまや物づくりの現場に直接タッチしている人に比べて、サポートしている間接部門の社員にとっては当事者性が薄いものになりかねない。しかし、「つくるひとをつくる」であれば、全社員が共感でき、かつ等距離に当事者性がある。「つくるひとをつくる」ことに直接関連していない社員は一人としていない。第三に、「時代を超えた普遍性がある」ものにしたいと考えた。ミッション、ビジョンあるいは戦略などは外部環境の変化によって臨機応変に変化させる必要があるが、経営理念は頻繁に変えるべきものではない。長きにわたって価値をもち続ける普遍性のあるメッセージとなるものにしたい。将来、AI(人工知能)をはじめとした科学技術が飛躍的に進化し、あらゆるものをAIがつくる時代がきたとしても、「つくるひとをつくる」ことができるのはひとだけであろうとの未来観にもとづいている。以上が「つくるひとをつくる」が経営理念となった経緯である。この経営理念策定のプロセスは、当然、三和建設独自のものであり、経営理念が会社によってそれぞれであるのと同様に、その策定プロセスも画一的であるはずがない。三和建設の「つくるひとをつくる」は、私自身の潜在意識や三和建設のDNAから生まれた言葉である。■経営理念を会社の隅々まで浸透させる経営理念の策定以上に重要なのは、その運用である。具体的な運用方法は、CHAPTER2以降で説明していくが、重要なことは、①経営理念の意味づけ、②経営理念と実際の取り組みとの整合性確保、の2つである。まず①経営理念の意味づけについてであるが、経営理念は単なる言葉に過ぎないので、そこに意味をもたせ、その概念を広げていく努力が必要である。そのためには、経営者自身の責務として、とにかく理念を繰り返し伝えていかなければならない。同じことを繰り返し伝えることを面倒くさがる人は多いが、誰にどう思われようとも必要なことは何回でも繰り返すべきである。株式会社サトーの元社長・藤田東久夫も著書『たった三行で会社は変わる』(ダイヤモンド社刊)の中で、「企業家は同じことをくり返して言うが、サラリーマンは一度言えば済むと考える」と述べているが同感だ。そして、②経営理念と実際の取り組みとの整合性確保については、経営理念をあらゆる取り組みや事象と無理やりにでもくっつけていく。実際、三和建設の取り組みはすべて「つくるひとをつくる」という経営理念と直結している。■これまでの取り組みとの整合性を確保する三和建設の経営理念を「つくるひとをつくる」としたのは2013年のことであるが、当然のことながら、現在の取り組みのすべてが2013年以降に始まったわけではない。先行していた取り組みの意味づけや経営理念との整合性確保の多くは後付けなのである。多くの経営者が、ビジネスモデルは後付けだといっているが、それと同じことだ。理念が社長自身の言葉であれば経営理念の策定や見直しはいつからでも遅くはないし、すべての取り組みとの整合性も担保される。経営理念が経営トップ自身の言葉ではなく、企画部門のブレーンやどこかのコンサルタントがつくったものであれば、この議論はこれ以上進めようがない。しかしながら、社長自身の言葉であるならば、時系列的には逆転しても因果関係的には理念がインプット、取り組みがそのアウトプットという説明はできる。三和建設の経営理念が「つくるひとをつくる」でなければ、もっと業績重視の会社になったであろう。売上ももっと拡大していたかもしれない。経営理念は社長の行動を制約するものでもある。

6社長の「願い」を会社の目的にする■「ひと」は手段ではなく目的ここで手段と目的の違いについて問いたい。「つくるひとをつくる」という経営理念は何かを実現する手段である以上に目的である。利益が目的、その手段としてひとづくりをするという会社のほうが一般的だろう。しかし、2001年前後の経験を通して、ひとこそが経営の中心であり、ひとの基盤さえあれば、少しのことでは会社は倒れないと実感させられた。自然と目的と手段がひっくり返ったのである。ただし、私は社員を「大切にしたい」と思って経営しているのであって、特段「大切にすべきだ」と思っているわけではない。そもそも社員を大切にすべきだといっても、企業経営上、社員は財産であると同時にコストでもある。三和建設のような受注産業において固定費となる人件費の増大は経営上のリスクにほかならない。こういうと、社員はコストであるべきでない、資産であるべきであるという声も聞こえそうだが、このように「社員を大切にすべき」と考え始めると、「(そうある)べき論」の論争に陥って先に進まなくなる。しかし、「社員を大切にしたい」と考えれば話は簡単である。「したい」というのは経営者の願望であり、目指す目的として議論の余地はなくなる。■組織はトップが求める方向に向かう経営理念はトップの願望や価値観そのものであると私は思う。そして、組織はトップが求める方向に必ず向かう。今、改めてそのように思う。一例をあげると、創業時から三和建設の仕事は元請けが中心であるが、前述したように下請工事をせざるを得なかった時期がある。もちろん下請けが悪いわけではない。わが社も多くの下請けを担う協力会社に助けられている。しかしながら私が不満を覚えていたのは、元請けを志向しながら結果として下請けを行うという一貫性の欠如に対してである。実際には当社がすべて工事を行うのだが、営業の経緯上、間にほかの会社が入ることがあった。それでも当時のわが社の認識は、形式上は下請け、事実上は元請け、なのである。私の嫌う表裏の使い分けの最たるものである。当時は業績が悪く、仕事や手段を選んでいる余裕がなかったのも事実である。しかし私はあるときから下請けをしないことを明文化した。現在は少なくとも新築工事においては一件も存在しない。「今は業績がよいから下請けをしなくてよくなった」と言われるかもしれないが、もし下請けをしないことを決意し明言していなければ、今でも利益の上がる下請工事をいくつか続けていたに違いない。受注を最大目標にする営業の現場とはそういうものだし、そうあるべきだともいえる。経営者が意思決定をあいまいにしておきながら、望まぬ結果が現場に生じることを嘆くのは筋違いである。会社に生じることはすべて、よいことも悪いことも、経営者に100%の責任があり、この結果責任は誰ともシェアできない。会社で起きていることは経営者の願望による結果でもあるからだ。■社長の願望には「大義」が必要三和建設の経営理念は、冒頭でふれたように、「(こうある)べき論」ではなく、経営者の願望である。ただし、単なる願望では当然組織の上位概念として機能しない。すなわち理念に大義があるかどうかが問われるということである。独りよがりでなく大義があってはじめて社員にとって共有すべき概念となる。とくに三和建設のように創業70年を超えるような社歴のある企業では、トップダウンによる演繹法とメンバーの願望の最大公約数を汲みとる帰納法を常に両立させる必要がある。中小企業において、経営理念は経営者の願望と組織の大義を兼ね備えたものであることが望ましいという気がする。会社を船にたとえるなら、大企業は巨大戦艦、三和建設は小舟のようなものである。巨艦は少々の外乱にもびくともしないが、小さな船はそうはいかない。しかし、重要視すべきは船の大きさでなく復原力であろう。船にとっての復原力とは、傾いたときに元に戻る力のことで、復原力が強すぎると少しの波でも横揺れして乗り心地が非常に悪くなり、逆に乗り心地を優先すると復原力が低下し転覆のリスクが高まる。これを会社にたとえると、内外問わず日々会社に降りかかるトラブルに対する会社の対応能力が復原力ということになる。会社の規模はそんなに急に変えられないが、復原力はわれわれの設計で自由に決められる。問題が生じたときにこれを放置したり見て見ぬふりをしたりすることは一見乗り心地を優先することではあるが、組織という船の復原力を低下させる行為である。誰もが問題を直視するのは辛い。しかし問題への直視を怠ることが会社のあるべき道筋を狂わせ、やがて倒産に至らせるのである。次章以降は、経営理念「つくるひとをつくる」にもとづいた三和建設におけるさまざまな考え方や取り組みについて、5つの章に分類しつつ紹介したい。すなわちCHAPTER2社長と社員の心を合わせて会社をひとつにする【組織活性】CHAPTER3社員数の成長戦略に舵を切る【採用】CHAPTER4会社の発展はすべて社員次第【成長・定着】CHAPTER5「誇り」が社員自らを成長させる【ロイヤルティーづくり】CHAPTER6企業を永続させるために選ばれ続ける存在になる【営業戦略】この5つである。これは私が目指している会社のほぼ全容をあらわすものである。それぞれは独立した概念である一方で、相互に関連するものでもある。三和建設のあらゆる取り組みは何らかの形で経営理念と結びついている。

1社長が社員に約束する〈コーポレートスタンダード〉■ルールや規範などは明文化して伝える社員から会社への信頼を勝ちとることは私の願いでもある。一緒に仕事している仲間のことは好きだし、仕事にやりがいを感じていても、会社や経営者のことを信頼できなければ、本当の意味でその社員の働きがいは生まれないであろう。信頼を勝ちとるためには、●経営者やその打ち手を信用している●経営者と社員がお互いの存在を尊重している●会社はすべての社員に公平で仕事や組織運営に公正であると認識されているなどが求められる。経営トップである社長を含めリーダーにとって大切なことは、方向性を示すことである。確たる方向性を示し、その方向性に従って有言実行することこそがリーダーに求められる行動規範だと思う。組織のメンバーにしてみれば、五里霧中のままやらされて、失敗すれば叱責される後出しジャンケン方式がいちばん困る。何らかの見通しにもとづいて方向性を定め、それに沿って物事を進めるように求めるリーダーのほうが信頼できる。もちろん組織においてはすべてのルールや規範が明文化されているわけではない。しかし暗黙の了解を社員の行動に期待するのは間違っている。ルールや規範などの順守を求めるものは明文化し、何回も繰り返し伝える責任が経営者にはある。ルールがあらかじめ共有されていることは、社員のモチベーション維持の大前提であり、組織を組織たらしめているのはルールとそれを守る文化であると思う。■会社の約束事、コーポレートスタンダード三和建設の小冊子「コーポレートスタンダード」は、経営者から社員への約束事であり、文字通り会社標準である。三和建設では、経営理念を定めた2013年から、その浸透のツールとして、コーポレートスタンダードの作成を始めた。このようなツールはクレドなどとも呼ばれているが、三和建設のコーポレートスタンダードは、①手帳型であること、②毎年更新されることが特徴になっている。一般的なクレドは、最上位概念だけをまとめた折り畳み式のカードになっていることが多い。しかし、三和建設のものは手帳形式であり、経営理念をはじめとする上位概念、会社の向かおうとしているビジョンと戦略、仕事における指針やルール、会社や仕事に関わる基本情報、その年度の全社目標など、全社員が共有すべき基本事項が網羅されている。そのため、第73期版(2018年10月発行)は162ページのボリュームがある。次ページは、第73期版の目次だが、新や変の印は、昨年度から内容が変わっているところである。ページ数も年々増え、見直しに伴って内容も充実させてきた。■毎年、更新する理由

「これだけページ数があるものを毎年更新するのは、時間的・コスト的にも大変ではないか」と外部の方からよく言われる。しかし、経営理念をはじめとする組織の最上位概念は別として、経営戦略や個別の方針は随時見直しが求められるものだ。方針や戦略を決めることは大変な労力が必要なことであり、一度策定すると、そのままにしておきたいという心理に陥りやすい。とくに三和建設のような中小企業では、そのような傾向があるように思う。したがって、三和建設のコーポレートスタンダードを毎年必ず改訂することにしているのは、そのような経営側の怠慢を防ぐ目的もある。また、毎年内容を変えることで、社員がコーポレートスタンダードを見直し、会社や自分の在り方を改めて考えるきっかけにしてほしいという思いもある。三和建設のコーポレートスタンダードはドグマ(教義)ではない。その証拠に毎年その内容は改訂される。ちなみに経営者の存在も理念そのものではない。あえていえば理念の預言者である。社長は死んでも理念の精神は消えない。■社内外で必要な基本的情報はすべて網羅されているこのコーポレートスタンダードは、通読するものというより、社員がいざ行動するときなど必要な場面に見ると答えが載っていたり、立ち戻る場所があるといった位置付けでつくられている。部署ごとの会議や勉強会のときに参照したり、新卒採用活動時に学生からの質問に答える場合など、さまざまなケースで活用されている。「教育体制はどうなっていますか」「東京本店はどこにありますか」「経営方針は」など、社外の誰からどのようなことを聞かれても、すぐに自信をもって答えられるだけの情報が記載されており、便利手帳のような意味合いももっている。

2経営情報はしっかり公開する〈上位概念の徹底〉■一兵卒ではなく「士官」を育てる司馬遼太郎の作品に『坂の上の雲』(文藝春秋刊)という歴史小説がある。明治後期における日本について描かれており、その歴史観には賛否両論あるものの、多くの示唆に富んだ名作である。文庫本で8巻もある、この長編小説の後半は日露戦争についての記述になっている。この日露戦争というのは日本が帝政ロシアと戦い奇跡的な辛勝を果たした戦争であり、極東の小国日本が大国であるロシアに勝ったことは世界的には驚愕の事実であった。なかにこんな記述がある。当時、日本軍の単なる一兵卒がロシア側の捕虜になったが、その兵士が戦略や軍事に関して論文に記載されるような高度なレベルのことを喋り出し、大変な驚きをもって受けとられたというのである。このことは、ドイツの雑誌にまで掲載されたという。というのも、ドイツでは一兵卒というものは高度な戦略や軍事的理論など理解しておらず、ただ上官の命令に従って行動するだけだと考えられていたからである。日本の教育レベルの高さを示す、そして日本がなぜロシアに勝てたのかということを象徴するエピソードとしてとり上げられている。私はこの話に、中小企業が大企業に対抗するための基本的戦略、そして中小企業にあるべき人財像を見出す。常々社員にいっていることではあるが、三和建設には兵隊はいない。全員入社したときから士官である。指示や命令を受けてただ動くのではなく、すべての社員に上位概念(理念、ミッション、ビジョンなど)という戦略があり、役割があり、責任があり、仕事を任されている。つまり、全員がリーダーということである。そして、全社員を兵隊ではなく士官にするためには、常に組織の全容に関して可能な限り知る権利を与える必要がある。■月次で会社の数字を共有会社や組織が社員から信頼を得るための要素は数多くあるが、情報とルールの共有はとりわけ重要であると思う。一部の者だけが経営に関する重要情報を独占しているより、可能な限り社員に共有されているほうが、その組織への信頼が高まるものである。

そこで三和建設では、社員が共有する経営情報として、月次で期末の売上、原価、粗利益、販管費、経常利益の着地目標と着地見通しを一覧表(前図参照)にして、社内の共用サーバーにアップして、全社員に共有している。会社によっては財務状況をまったく社員に知らせていないところもあるが、その理由の一つは、知らせる必要性を感じていないからだろう。社員は目標数値を達成するために目の前のタスクに集中すればよいのであって、全社レベルのことなど知る必要などないというものだ。もう一つは、知らせることをリスクだと考えていることもあげられる。しかし、仮に今期赤字の危機を抱えていたとして、ありのままの状況をオープンにしないまま社員に危機感を煽ってもそれこそ空振りに終わるだけである。全員が同じ情報を共有して初めて同じ課題に取り組むチームが結成される。財務部門にいるわけでもない一般の社員に決算書は読めないのではないかという疑問もあるかもしれない。しかし、まずは知らせることが大切なのであり、最初はわからなくても、わかろうとして調べたり誰かに聞いたりすることから成長が始まる。また、三和建設には、あとで述べるように会社が主催する社内大学があり、決算書の読み方もそこで学ぶことができるようになっている。

■決算後の利益配分についても全社員と共有「つくるひとをつくる」という経営理念を実現し、会社が永続していくためには利益が必要であり、その利益は社員全員の努力の結果でもある。そこで、社員に対する決算後の利益配分についても、コーポレートスタンダードに明記して全社員と共有している。一定の利益が出た場合は全社員に決算賞与が支給される。利益が少なければ支給しないこともあり、その旨も明記している。会社にもよるだろうが、不透明な利益処分は利益の株主独占という要らぬ疑念を招く要因にもなる。事前に利益配分ルールを決めることは、人参をぶら下げてモチベーションを高める手口ではないかという指摘も受けそうだが、大切なのは社員の会社への「信頼」を得ることである。事前に利益配分ルールを定めて全社員に公表することは、社員の経営への信頼を高める方法として有効である。一般論として中小企業の経営者は会社のお金をいつ・どのように使うかについて独自の権限を有しており、その分、会社の将来に対して全責任を負う。それだけに、利益をどのように割り振るかについては常に悩む。どれだけの額を将来に備えるために内部留保に回せばよいのか、未来への投資ともいえる社員への決算賞与とするのか、そこには正解がない。であれば、いっそのこと悩まなくていいように、全社員に対してあらかじめ約束しておくほうがわかりやすいというものだ。■誰がどこまで権限をもつのか、決裁基準を公開明確な権限基準がないまま、よかれと思って権限を行使した結果、あとから「勝手なことをするな」などと怒られるようなことが続いたら、誰しも主体的に何かを判断し行動を起こしたりしようとは思わなくなるだろう。前述したように、組織のメンバーが仕事へのモチベーションと組織への信頼を失う典型例が後出しジャンケンである。また、決裁ルールがないために、いちいちおうかがいを立てなければならないとしたら、むしろ機動的な事業推進の妨げとなってしまう。そこで、三和建設では、どういう決裁に関して誰が権限(すなわち責任)をもっているかを明らかにしている。平常時のことや反復性のあることはなるべく「権限を委譲し」任せようという考えによるものである。この点も、コーポレートスタンダードの「決裁基準に関する方針」の中で共有してある。たとえば、見積価格の値決めは、金額がどんなに大きなものであっても、本店長の専権事項であることが会社から保証されている。どのような案件においても、本店長は社長に対して事前におうかがいを立てる義務はない。事後報告で済まされる。決裁基準にない項目は、原則として各人の判断にゆだねられていることになり、その意味で、決裁基準は各人の裁量の余地を確保するためにあるともいえる。このことは社長も例外でなく、決裁基準にない項目は社長が決めることになり、意見は聞いても決めるのは私の独断ということになる(衆知独裁)。

3利益で計画を考える〈業績目標〉■マネジメントの対象は売上ではなく利益同じ売上でも、業種業態によって1人当たりの売上や利益の水準は大きく異なる。ゼネコンは、扱う商品単価(工事請負金額)が高額であるため、他の業種に比べて社員1人当たりの売上は大きい。一般的にゼネコンにおける社員1人当たりの売上高(完成工事高)は1億円が合格ラインだといわれている。一方で製造原価のほとんどが外注費であるため、売上高経常利益率はそれほど高くはならない傾向がある。ちなみに、ゼネコン業界は現在空前の活況を呈しているが、それでも売上高経常利益率が10%を超えるのは、大手ゼネコンをはじめとして一部にとどまっている。どの業種でも売上は確かに大切だが、三和建設では売上至上主義をとってはいない。マネジメントの対象はあくまで売上ではなく利益である。ビジョンや目標設定においても常に利益にフォーカスしている。■経営理念から考えれば利益で見たほうがわかりやすい一般的に売上や利益が良好なときには企業は社員数を増やしたいと考え、逆に業績が悪化すると人員リストラを行う。企業がリストラを行う理由は、受注や販売量が低迷して現存の社員数が生み出すほどの売上が立てられないか、粗利益が低すぎて人件費に代表される固定費を賄えなくなったためである。売上や利益に対して社員数をどのようにするかは経営における基本事項である。商社やメーカーのように商品の利益率が一定であれば、売上を上げるほど利益も増えるため、ただ売上を増やすことにも意味がある。しかし、三和建設ではそれぞれの工事ごとに利益率が異なるため、売上と利益が単純な相関関係にはない。また、売上や利益に対して社員数がどれぐらい必要かという点から見れば、商社や小売業のように人に依存せず売上を生むシステムが確立されている会社では社員数が少なくて済むが、ゼネコンの場合は、工事の内容によって同じ契約金額の工事でも完成までに必要とされる社員数が大きく変わる。工事現場ごとに社員を配置する必要があるため、社員数によって売上が制約され本来は薄利多売ができないのである。したがって、売上高に対して一律に利益を設定することは目安としてはいいものの、追求の対象とするにはそもそも無理がある。そこで三和建設においては利益水準を社員1人当たりという観点で設定することにした。私は、社員1人当たりの利益という概念は、その会社の収益性をはかる指標として業種業態を超えた普遍性があると考えている。社員をモノや手段を超えた存在として位置付けるならば、会社の利益に対する考え方は社員1人当たり利益を軸とするのがベストであると考える。■目標利益額は、対前年比でなく1人当たり適正経常利益で決めるすべての社員が活躍することを求めているため、三和建設では、全体利益は社員数に比例すべきであると考えている。そこで、目標利益は前年対比〇%アップというように設定していない。業績目標については、1人当たり適正経常利益300万円/年に社員数を掛けて計算するという方法をとっている。こうして算出した目標利益額は「つくるひとをつくる」という三和建設の独自の価値観・経営哲学からきているものであり、全員活躍の経営理念の実現という意味で定めた「あるべき目標」である。

ちなみに、1人当たり適正経常利益300万円は、これまでの経験から現段階において目指すべき水準として最も適正と考えるレベルの数字を設定している。当然、さらに向上させていく努力が求められる。また三和建設には、全社として「稼ぐべき利益の上限」という概念も存在している。稼げば稼ぐほどよいとしていないのは、建設投資というのは受発注者間における情報ギャップが大きく、完成品を買うのではない投資的側面を顧客に要求する建設工事の利益は、ある程度供給側の自制心によって安定化されるべきだと考えているためである。三和建設では不当に儲けることはしない。■社員のために利益が必要という考え方松下電器(現パナソニック)は水道理論に象徴されるように、自社のサービスや製品を世の中に広げることによって社会に貢献し、売上や利益も拡大していくという経営哲学をもっていた。そしてそのために働く人の数も増やしていく必要があると考えていた。しかし、三和建設の売上や利益に対する考え方に限っては、これと逆の思考プロセスをたどる。まず社員がいて全員が活躍しなければならない、したがって、その社員数から逆算して、売上や利益はこれだけ必要である、という順序になるのである。したがって、社員数が増えれば上がり、社員数が減れば下がる目標値である。目標利益の達成は、社員一人ひとりの努力の結果である。したがって、利益が出れば、前述したように決算賞与を配分する。全員活躍の原則に立てば一人ひとりに対して目標利益達成が求められる。利益は、企業が永続するための原資になるからである。また利益とは、目的ではなく、「つくるひとをつくる」という目的を体現するためのものなのである。

DairyReportsArchiveの略)」と名付けて運用している。このSODAは既存の規格品ではなく三和建設が独自に開発して運用しているもので、関心をもたれる方も多く、雑誌でも取り上げていただいた。SODAの最大の特徴は双方向性と同時性にある。書き込みができる掲示板あるいはSNSのような設えになっており、社内向け報連相(報告・連絡・相談)の受け皿とSFA(SalesForceAutomation/営業支援システム)の機能を兼ね備えている。しくみとしては、社内のサーバーにデータベースを設け、インターネットを通じてブラウザ環境で使用している。SODAでは、記入した内容が入力次第即時に全社員に公開されるので、情報の双方向性、というよりも全方向性が担保されている。そして、記入した瞬間に全社に共有されるので、報告の伝言ゲームによるタイムロスがなく同時性も確保される。一次情報がそのまま上に上がるので、誰かの考えでバイアスがかかったり、上長によって不都合な情報が隠されたりすることも当然ない。社員にとって発信した声は、いかなるフィルターにも邪魔されず全方向的に、そして直接的に経営トップまで伝わるしくみが備えられている。この安心感ははかり知れないものがあると考えている。■SODAの運用に関して指摘される懸念SODAに対しては、しばしば運用に関して次のような懸念が指摘される。①情報漏洩はないのか1つ目は、全社員に情報を公開して情報漏洩はないのか、というものである。記入内容については次のようなルールを設けている。情報が漏洩しても損害を被るのが当社だけに限られるという情報は、原則として公開(すなわち記述)に制限はない。たとえば、当社が追客している案件情報が万が一競合他社に漏れても施主の機密情報ではなく、損害を受けるのが三和建設だけなのであれば容認されるという考え方である。これに対して、個人情報やM&A案件など漏洩時の被害が当社に留まらない情報についてはノンネームで記載するよう指導している。そもそもSODAは社員を全面的に信頼するという前提にもとづいて運用をしている。経営判断において「前提」というのは重要である。前提を定めないと、コントロールすべき要素が多すぎて何ごとも決められなくなってしまう。②すべて書かれているのか2つ目は、隠し事なくすべてが書かれているのか、というものである。三和建設の行動指針には「誰に対しても、言うべきときに、言うべきことをはっきりと述べ、そして傾聴します」というものがある。この行動指針の大切さについて、私が繰り返し、繰り返し伝えてきたからでもあるが、基本的に何でも正直にオープンにしてくれるという風土はある。

しかしながら、SODAに書かれていることが現場で起こっているすべてだとは誰も考えてはいない。本当に隠し事なくすべて記載できるかといえば、そうではないだろう。書きづらいことや、書くべきでないこともある。ただし、部分を知って全体を推し量るということはできる。すべてが書かれているわけではないという前提に立って、行間を読み、声なき声を拾うアンテナの感度がマネジャーには求められている。私自身もすべての日報に目を通しているが、斜め読みしても引っかかる、いわば異彩を放っている文字列があり、なぜか目に留まるものである。毎日会社の現状を把握することには少なからず役立っている。③全員の日報を読む時間はあるのか第三の指摘として、「そもそも全員の日報を読む時間はあるのか?」というものがある。日々上がってくる日報は大変多いので、役職ごとに読むべき日報の記載者が決められている。私の場合は、基本的にグループリーダー以上の日報はある程度、精読し、メンバーの日報については言葉は悪いが斜め読みとなっている。しかし、必ず全員の日報には目を通している。SODAに書かれた内容を見て、対応をとることもある。以前67歳のある社員が「通勤ラッシュが辛い」と書いていたことがあり、彼に対してフレックス制を採用したこともある。

④社長も書くのか最後によく聞かれるのが、社長も書くのかということである。SODA入力者に例外はないので当然私も書いている。社長の仕事は全社員に共有できない内容も多いので、書くのが難しいのではないかという質問も受けるが、社長の仕事の中にも、全社員や関係者に共有すべきことはいくらでもある。むしろ社員にとって、毎日社長が何をしているかさっぱりわからない会社というのもいかがなものかと思う。

5誰もを公平に主役にする〈提案公募制度〉■会社をよくする提案を誰もが発信できる制度中小企業に勤める醍醐味は何かと問われれば、私は「自分自身の言動が組織へ与える影響力の大きさ」だと思っている。その影響力の大きさが社員のモチベーションをアップさせる重要な要素である。提案公募制度は、会社をよくするための提案や要望を電子メールで直接会社に送り届ける制度である。何を言っても、誰に言っても組織が変わらないとすれば、自分の存在意義も怪しくなり、社員のモチベーションは下がってしまう。また、現在問題を感じていることがあったとしても、自分の提案によって会社もしくは自分が変化し、事態が好転するという希望があれば、簡単に会社を辞めようとは思わないはずだ。これもSODAと同様に組織の風通しをよくするためのものであり、役職とは関係なく、社内の誰もが公平な立場で問題提起や意見を言えることに意味がある。■小さな改善で組織も会社もどんどんよくなる目指している提案の目標件数は年間1000件であるが、社員が1人当たり月に1件提案すれば、無理なく達成される計算である。直近では年間400件程度という達成具合である。提案の内容は、現状では内部プロセスの改善に関わるものが多く、制度やルールの変更を提唱するもの、備品や機器の設置を求めるもの、自分で試してうまくいった例を広く会社に紹介するもの、など多岐にわたる。優れた提案があれば、全体会議の場で表彰する。提案公募制度の運用は次のように行っている。まず、提案は指定の共用メールアドレスに送信され、事務局によって順次共通のオープンデータベースにアップされる。提案者は、自分の氏名、提案内容、その背景や効果、提案先を明確にすることになっている。提案を受けた部署は速やかに対応を回答しなければならず、放置することはできない。そしてすべての提案が検討の俎上に載り、理由をつけてその是非がフィードバックされる。たとえば現在、わが社ではGメールのプロフィール写真欄にそれぞれの顔写真を入れているが、これは「遠く離れた現場でも仲間の顔を確認しやすいよう顔写真一覧をネットに上げよう」という提案から始められたものだ。小さな改善でも、この提案により、地方の現場や大阪本店と東京本店など、社員同士の交流が少ない場合でも顔を確認しやすくなり、組織の一体感を高めることができるようになった。また、お客さまにも顔の画像が表示されるため、親近感や存在感を出すことができるという効果もあった。私からも提案公募制度を活用して、「コーポレートスタンダードに盛り込むべきだと思う内容について自由に意見をください」とお願いしたこともある。■改善報告制度へバージョンアップ組織にとって有効な提案があっても、途中でその有効性を理解できない人が握り潰してしまうと、どんなによい提案も組織のトップまで上がってこなくなる。そこで、徳川吉宗が行った目安箱のような制度を社内に設ければよいのでは、と多くの経営者が思いつくわけだが、いざやってみるとさまざまな問題点も出てくる。たとえば、あがってくる内容は提案というより要望が多くを占め、そのレベルもまちまちである。また、提案を受ける者が対応に忙しくなり、苦労するという面もある。

そこで、来年度からは、提案公募制度を改善報告制度に変えて運用することにした。アイデアを出したり、提案するのではなく、自分から改善活動を行って報告する方式に変えようということである。「自分がやったことを自慢してよ」ということだ。たとえば、役に立つこんなよい商品を見つけたとか、動線を考えて机を動かしてみたなど、些細なことでよい。「楽しみながら」やってほしいと思っている。楽しむということがいちばん大切である。そして、報告されたことはみんなの財産になっていく。また、報告制度に変えることで、リーダーシップを発揮する力を養ってほしいという思いもある。提案して誰かに整備してもらうなら簡単だが、報告制度では自らが周りを動かす必要も出てくる。指示を求めるのではなく、自らがリーダーシップを発揮して人を動かさなければならない。そのために、情報を求め周りとコミュニケーションをはかり行動する。個人の勝手な願望や希望では物事は動かない。その提案には「大義」があるかを考える必要もある。いろいろ問題点が出てきても、三和建設ではこうした制度をやめるつもりはない。この制度の核心は社員の声がトップに通じるルートが確保されている点にあるからだ。

人に困らない会社になる秘けつ1入社まもなく提案公募制度で採用に。畑一成さん設計本部構造設計グループ(経験入社5年目)入社してまもない頃、インターネットを見ていたら、たまたま日経ビジネスの「働きがいのある会社ランキング」という記事が目に留まりました(「働きがいのある会社」ランキングはGreatPlacetoWork®という調査機関が、毎年、世界60カ国以上で従業員の意識調査を行い、その結果をもとにランキングを発表しているもの)。私は経験採用(中途採用)なのですが、入ってみると、社員たちがみな「この会社はいい会社だ」と口をそろえて言うんです。社会人生活が長くなれば、社員がこのようなことを口にする会社がどれだけ少ないかということもわかります。三和建設には「つくるひとをつくる」という理念があり、コーポレートスタンダードも冊子形式にして整えられている。また、理念もしくみの中で具体化され、社員に浸透している。そうした理由から、この会社は、働きがいのある会社としてランクインできるのではないかと思い、ランキングへエントリーすることを、提案公募制度で会社に提案しました。今でこそ、当社の新卒採用説明会にはたくさんの人が訪れますが、私が入った5年前には、参加者はそれほど多くありませんでした。こんなによい会社なのに、なぜ知られていないのか、もっと広く世間に知られてよいのでは、と思ったのも提案した動機の一つでした。毎月、何かを提案するというのは大変な面もあります。でも、それを面倒だと思うかは、その必要性を理解する機会を会社がどれだけつくっているかも関係していると思います。この会社では自分から主体的に動くと採用してもらえます。入社してまもない私の提案を採用し、実行に移してもらえたこと自体が、風通しのよい社風の証になっていると思います。

6経営理念をみんなで確認し連帯感を強める〈全体会議〉■浸透させるための仕組みの一つ経営理念を「つくるひとをつくる」に一新したタイミングで、三和建設では創業以来初めて全社員を集めた全社会議を行った。目的は新しい経営理念や経営方針の共有と浸透、社員同士の連帯感の醸成などである。情報を伝えるだけなら、メールなどの方法もあり、リアルに集まる必要はないと思うかもしれないが、実際にやってみて、全社員が一堂に会して顔を合わせることの効果は、きわめて大きいことがわかった。初年度は年1回の開催だったものが、現在では、4月と10月の年2回、丸1日かけて会議を行っている。さらに、今年から、全社会議は会議の頂点(サミット)に位置付けられるということで、「SANWAサミット(サンワサミット)」と改めて名付け、その重要性を強調した。

また、SANWAサミットを行うための新たなスペースとして、本社1階を改修して「ひとづくりホール」も設けた。全体会議では、冒頭にトップメッセージとして、私が約90分間にわたって話をする。経営理念を全員に再確認してもらい、「つくるひとをつくる」に向けて会社がどのような取り組みを行っているかを話し、全社員に「つくるひとをつくる」に向けて行動を促すためである。私にとってSANWAサミットは1年のなかで最も重要な場である。年2回の会議に向けて、半年かけて社員へのメッセージを考えているぐらいだ。大げさにいうと、社長としての仕事はそれだけしかしていないと言ってもよいぐらい大切にしている会議である。私は会議とは人を動かすための儀式だと考えている。会議を開くことや参加することが重要なのではなく、会議に参加したメンバーが何か一つでも行動に結びつく変化を起こすことができるかが、会議に求められる効果だと思う。

■人を集めることは費用対効果では測れないコスト面を考えれば、社員数が増えたり拠点が分散したりするほど、一堂に会するために必要な時間的・金銭的負担は増大する。三和建設では事業拠点が大阪と東京にあるので、東京から大阪までの旅費の負担もある。さらに、1日現場も止めなければならない。厳しい経営が続く中では、全員を集めるという発想はなくなりがちだ。しかし逆に考えれば、そういう組織ほど一堂に集め、社員同士が実際に顔を合わせることの意義は大きいということでもある。したがって社員を一堂に集めることは、組織の状況にかかわらず一定の費用対効果が得られるという理屈になるのだ。かけたコスト以上の価値がなければ、そもそも会議を開く意味がない。ある新入社員が私にこんなことを話してくれた。会社に入ってすぐの頃、現場に出ると、想像していた以上の困難や苦労に直面し、心身ともに疲れ切ってしまい、数カ月で会社を辞めたいと思ったという。しかし、そんなときにたまたま会議があり、入社式以来、久しぶりに多くの仲間と顔を合わせることとなった。それまで孤独であった環境から、わが社には多くの仲間がいるということの安心感や組織への誇りの気持ちに救われたという。そもそもゼネコンの現場は孤独な職場である。社員の半分近く、あるいはそれ以上が現場に駐在する施工管理職であり、三和建設でも社員全体の6割は常に現場に出ている。さらに、大規模な現場であればともかく、三和建設の現場の多くは常駐する職人が数名の規模であり、孤立していると感じる社員も多い。工事現場のスタートは朝早いため、住んでいる場所から職場へはほとんど直行直帰となる。現場勤務者が本支店に顔を出すのは、月に2~3回、多くて週1回といったところだろう。これではなかなか会社の仲間としての連帯感は生まれてこない。「つくるひとをつくる」という経営理念の実現へ向けて、仲間への連帯感を高める環境づくりも経営の仕事である。このSANWAサミットを頂点として、各種の会議や式典、SANWAアカデミー(社内大学)、飲み会など、今はとにかく事あるごとに人を集めるようにしている。集めることそのものに意味があるといっても過言ではない。

7社長であっても「例外」は許されない〈立場の明確化〉■三和建設での「社長」という存在をはっきりさせる経営者は、会社において上限なき責任と権限を有しており、あらゆる意味において例外的存在になりがちである。むしろ例外的であることが容認されているケースのほうが多いように思う。社長が日々何をしているのか、どこにいるのかまったくわからないという会社も多い。社長は特別な仕事をしているのだからそれでよいという免罪符がまかり通っているように思う。しかし、さまざまな取り決めやルールを決めても社長や役員だけは免除されているとなればメンバーのモチベーションは上がらない。三和建設では社長の行動予定は基本的に社員に公開されている。また、社長も社内システムSODAを用いて日報を作成する。水曜日に行う習慣清掃や日替わりで行う玄関の清掃についても社長は除外されない。社内での私の呼び名は「ひさのり(さん)」である。三和建設では「誇りある個人の尊重」を掲げており、お互いを名前で呼ぶことを推奨している。私が「ひさのり(さん)」と下の名前で呼ばれているのは、ほかに同じ苗字の森本がいるからであるが、さすがに「社長」のほうが呼びやすい社員もいるようだが例外は許されない。三和建設ではいわゆる360度評価も導入している(91ページ参照)。会社で定めた「行動指針」を実践できているかに関して、全員が匿名でほかの社員数名からフィードバックを受けるというものだ。人事評価に直結するものではないが、普段自分では気づいていない点を他人から指摘されることで自己評価を促すという目的がある。この360度評価は社長も例外ではない。評価表には自由記述欄もあるが、そこには社長である私に対しても忌憚のない指摘がなされている。■社長だけがしている仕事このように、三和建設では社長も組織の一構成員である。しかし、例外はある。一つは、経営に関する重要な決定権は私以外にはないことである。前に「決裁基準に関する方針」について書いたが、決裁基準にない項目は、社長が独断で決めることができる。もう一つは、毎月1日に社長から全社員向けにメールで送るメッセージである(92ページ参照)。毎週あるいは毎日という社長もいるから月1回という頻度は別に珍しいわけではないが。その内容は社長雑感ともいうべきものであり、「つくるひとをつくる」ことと絡めながら、そのときに私が考えていること感じたことを文章にまとめている。理念浸透の一手段でもある。組織のリーダーの重要な役割の一つは、自らの考えを十分な量で、明確に理解される方法でメンバー全員に伝えることである。年に1回だけ方針を定めて周知して終わり、あとは幹部主導でよろしく、では不十分であろう。社長の考えは、何があっても変わらない面もあれば、日替わりで変わる部分もある。何が変わらず、何が変わっているのかは社員にとっても関心事であるから、伝える努力を怠るべきでない。月初めの社長メッセージは自分の考えを伝える絶好の機会ともなる。また後述するが、誕生日を迎える社員へのお祝いメッセージも感謝の気持ちを込めて書いている。三和建設という会社において社長は、無条件に偉い存在ということではなく、単に個人的にやりたいことをやっているというのでもなく、理念の実現・ビジョンの達成のためにあらゆる意思決定を代表している立場に過ぎない。そして、そのことを社員は理解している。会社において社長が例外的存在であるか否かは、社員の会社や社長に対する信頼に関係性があると思う。

1大事にするとは一方的に甘えさせることではない■「社員の活躍」の意味をはき違えない社員とは何かと問われれば、家族とか仲間と答える会社も多い。たしかにそうだと思う。しかし、それ以上に私にとってふさわしい表現は「同志」である。「つくるひとをつくる」という理念の下で、三和建設は「社員を大切にする」経営に舵を切ったが、それは決して会社が一方的に社員を支え続けるという構図ではない。このことを、社員に対しては繰り返し伝えている。社員を大事にするということは、決して依存させたり、受け身の姿勢をよしとすることではない。たとえば自分の子どもがどんなに可愛くても、猫かわいがりした結果、誰かに支えられないと動けないような人に育ってしまっては、子どもにとっては不幸としかいえない。大事な家族であるほど、強く育ってほしいと願うはずだ。それと同じで、会社も、社員一人ひとりが自立し、生き生きと活躍できる存在になることを願っている。また、そうでなければ会社の永続発展は危うくなってしまう。■最大の権力者は社員一人ひとり三和建設にとって、会社とは、理念体現、ミッション遂行、ビジョン達成のための「同志」の集まりである。「つくるひとをつくる」という同じ志の下、社員一人ひとりの活躍が何よりも求められる。社員活躍については、一部の優秀な社員に依存した経営はリスクがあるから、どんな社員でも仕事が回るしくみにすべきだという人もいる。たしかにそうかもしれない。ベンチャー企業を中心に、確立されたビジネスモデルによって業績を上げている会社はたくさんある。しかし、少なくとも私は、自分が何者でも成果が上がるしくみが整っている組織にいても楽しくない。自らの活躍によって不完全さを補い、しくみをつくることこそが中小企業で働く醍醐味であろう。「組織の権限は上司がもっているのではなく、遂行する部下がもっている」これは権限受容説を説いたチェスター・バーナードの言葉であるが、組織に対する最大の権力者は、社員一人ひとりだということである。三和建設は社員の活躍によって成り立っているのであり、社員一人ひとりがかけがえのない、余人をもって替えがたい存在である。■社員が活躍することを企業目的にするよくある企業経営者の思考プロセスは次のようなものだ。売上・利益を拡大したい(目的)→それを実現するために社員一人ひとりの活躍が必要(手段)これは社員の活躍を、売上・利益という目的を達成するための手段と考える経営の思考プロセスである。もちろん、これが悪いといっているわけではない。しかし、三和建設の場合は、まったく逆の順番になる。すなわち、「つくるひとをつくる」という理念にもとづいて、社員を活躍させる(目的)→すべての社員が活躍するために売上と利益が必要となる(手段)売上・利益を達成するために、より優秀な人材を集めて既存のローパフォーマーと入れ替えるという人材戦略もあるだろうが、三和建設では、ひとたび縁があって入社した以上、何としてもその人なりの活躍のステージに上げることを目的としている。社員の活躍を目指さずして仕事が取れるわけがなく、お客さまに満足な仕事を提供できようはずもない。この点は、どんな理念を掲げている会社でも同じであろう。また、三和建設では社員の活躍を前提としているので、社員の活躍につながらない投資は行わない。たとえば、お金があるからといってむやみに収益物件を購入して利益を出したりするようなことは望まない。利益が上がっても、不労所得が増えるということは、「つくるひとをつくる」という理念にそぐわないからである。何もしなくても利益が上がるのでは、社員にとっては何の学びにも、成長にもつながらない。一方で、社員活躍への投資ならいくらでもする、というのが三和建設の姿勢でもある。どの経営指南書を読んでも、社員の活躍が先、売上・利益が後という順番で経営を考えるべきだとは書いておらず、これは三和建設の独自の発想である。しかし、これは価値観の問題であり、冒頭の章で述べたように、正解も不正解もないと私は考えている。「(そうある)べき論」ではなく、願望の問題だからである。また、この願望や価値観は私の性格や社会人人生初頭の経験を通して生まれた、きわめて個人的なものなので、すべての経営者に適用されるものでもないし、そうはできないはずだと思っている。

経営者)の価値観を反映しているといえる。三和建設の場合は「等身大」である。ポジティブ志向で挑戦志向であっても、無理な背伸びをするのではなく、社員には、ありのままの自分を無理なく見せている姿を望んでいる。高みを目指す姿勢は尊いが、無理な背伸びは誠実さと乖離していき、いずれどこかで破綻をきたす。人は本来それぞれ違う。等身大というのは「個性豊か」と同義語であると考える。楽壇の帝王といわれた指揮者カラヤンはオーケストラ全体のハーモニーを重視するあまり個々の楽器の突出を嫌っていたという。後年の映像を見ると、楽器の奏者の手や楽器のみを写して奏者の顔はなるべく出ないようにしている。確かにカラヤンの音楽は美しい。しかし、私は個別の楽器の個性が埋没した演奏はつまらないと思う。それと同じように、どの社員を見ても同じようなタイプばかりがいる会社よりも、個性豊かなタレントが集っているが核心部分やいざという時の言動は一本筋が通っている会社でありたい。それが会社の活力になり企業を永続させると思うからだ。個別の社員の顔が見えず裁量の余地が小さい会社もあるが、そういう会社は社会環境が変化したときにどう対応していくのか疑問に思うことがある。お客さまのためを思うなら、会社の慣習を逸脱して怒られる社員がいてもよい。みんながお利口さんになる必要はない。いうなれば、正攻法だけに甘んじない、個性による創意工夫に満ちたゲリラ戦ができる正規軍こそが理想の姿だ。■個性を尊重しているからこその風土づくり社員一人ひとりの個性を発揮し活躍してもらいたいのが会社の願いである。そこで、前述したように三和建設では社員に対して役職名ではなく名前呼びを推奨している。個々の社員の名前は単なる識別記号ではなく、誇りある尊重すべき個性の象徴だと考えているからである。社長である私も「ひさのり(さん)」と呼ばれている。役職者を「さん付け」する会社は崩壊すると断ずる識者もいるが、その根拠は明確でない。私は一人ひとりの社員には役職とは別にそれぞれ活躍と成長の権利と責任があると考えている。役職にもとづく力関係とは別に言うべきことは互いに言い合える組織にしたいとの思いがある。三和建設では、行動指針に「誰に対しても、言うべきときに、言うべきことをはっきりと述べ、そして傾聴します」というものを掲げているが、これはお互いの存在や個性を尊重したうえで、誰もが自由に発言し合い、それぞれの発言には真剣に耳を傾ける社風にしたいという思いから、定めたものである。■リーダーとしての存在もハッキリさせる企業は、常に顧客争奪戦という名の戦場にいる。確かに戦う一人ひとりには専門技術が求められている。すなわち射撃や剣術など敵を倒すスキル(武力)を磨く必要がある。武力が高いものがすぐにリーダーにつながるわけではないが、基本的なスキルがなければ部下に範を示すこともできず、誰もついてくることはない。全員が技を磨き続ける必要がある。しかしながら、近代戦においては、ただ射撃や剣術に優れているだけなら、それは兵卒の域を出ない。リーダーには、さらにプラスの能力が求められる。三和建設では、役員の資質についても、コーポレートスタンダードで共有している。

人に困らない会社になる秘けつ2建設業界には、今、女性が増えています。亀田華菜恵さん大阪本店営業グループ(入社5年目)私は、現場監督として工事現場で2年弱ほど勤めたあと、今は営業の仕事をしています。もともと大学も文系で、建設業界に就職しようとはまったく考えていませんでした。就職活動中、たまたま空いていた日に会社説明会があって、面接の練習になればという軽い気持ちで行ったのが三和建設でした。結果、面白そうな会社だと思って就職するということになったのですが。最初のうちは、男性が圧倒的に多い工事現場で監督をすることになるため、固くなっていた部分もありました。でも、実際にやってみると女性のほうが働きやすい部分もあります。かえって職人さんたちが大切にしてくれることもあるのです。また、女性だけが働きづらい環境にならないよう会社が配慮もしてくれています。初めて行った工事現場で、自分だけのために女性専用の仮設トイレが設けられていたり、工事用事務所に女性用の更衣室としてカーテンがつけられているのを見たときは、会社が大事にしてくれているという実感をもつことができました。最近、建設業界でも女性活用が叫ばれていますが、三和建設では男女関係なく、意欲や能力の有無で判断してくれます。「そこまで思うんだったら、やってみたら?」というのが基本的な姿勢です。自分から主体的に動いたり、きちんとした根拠をもって発信したりすれば、必ず会社は応えてくれるという信頼感をもっています。今、三和建設には女性が2割ほどいますが、人数も増えてきたので、女性たちの働く環境整備のために会社は企業内保育を始めようとしています。性別・年齢など関係なく、誰もが生き生きと働ける会社を当たり前のこととして目指しているのを感じています。

3今いる社員が活躍するために新たな社員を迎える■いつまでも新入社員が入ってこない会社にしない今、建設業界は活況を呈している。大手を中心に採用を増やしており、完全に売り手市場である。一方で、経営の安定性を考え、現在の社員数のまま、来るべき不況に備えて身軽で筋肉質な企業にしておくべきだと考えている同業他社も多い。私も不況や倒産の危機を経験し、かつてはそう考えていた。しかし、「つくるひとをつくる」という経営理念を定めてから、三和建設では社員活躍を目指すようになり、大きく考え方を変えた。世の中には、いつまでたっても新しい社員が入ってこず、自分がいちばん若手だという会社も多いだろう。しかし、後輩をもつという責任感、若い人に負けられないというプライド、若い血が入ってくるという組織の成長感は、社員にとって理屈を超えたモチベーションの源泉となる。そこで三和建設は、毎年少しずつであっても社員数の絶対増を目指す成長戦略に大きく舵を切った。今後の仕事と利益見込みから社員数を増やすという「予測の経営」から、社員数を増やす以上、今後も仕事を生み出し続けるという「意志の経営」への転換である。このことは自分の経営者人生の中で最も大きな思考の転換点である。売上や利益のためではなく既存の社員活躍のために、新しい社員を迎えることにした。三和建設では、新卒採用と経験採用の両方を行っているが、主に前者が人財の量的拡大、後者が質的強化を担っている。ちなみに三和建設では、中途採用のことを「経験採用」「経験入社」と呼んでいる。お客さまでもあるサントリーグループの例にならっているのだが、他社で経験を積んで入社する人へのリスペクトを込めてのものだ。また、非正規雇用の社員には、原則として契約更新期に正社員に移行しないかと書面をもって打診している。当然非正規雇用の継続を希望する人もなかにはおり、働き方は自由である。■新たな観点で障がい者雇用に取り組む正直にいって、かつては障がい者雇用というものは余裕のある大企業がやるものであって、自分の会社には無縁なものであると考えていた。企業によっては、障がい者雇用枠をつくって一般の社員と異なるラインにおいたり、障がい者年金受給を理由に給与水準を一般社員よりも低く抑えるところも多いという。あるとき、筑波技術大学という、聴覚・視覚に障がいをもつ人だけが学ぶ日本唯一の国立大学があることを知る。同大学の産業技術学部に建築工学コースがあり、たまたま縁あってそこの学生が入社することになったのである。これまでも軽度の障がいをもった社員がいたことはあったが、重度の聴覚障がい者を迎えることは初めての経験であった。仕事上は大きなハンディである。しかし、ハンディがパフォーマンスにどの程度あらわれるかは、その人の能力と努力次第であるから、他の新入社員と同じ資格で入社してもらうことにした。初任給もまったく同じとした。職種は、積算という設計図などを見て数量を計算して積算書を作成するという仕事である。電話対応など対外的なコミュニケーションは難しくても、積算であれば大学でもそのような分野を専攻していたので問題ないだろうと考えた。彼の場合、マンツーマンの会話ではほぼ読唇で相手の言葉を理解することができる。しかし、職場では文字情報や個別のフォローによって理解を補っているのが現状であり、周りにいる社員は自分の意図が相手に伝わっているのかを丁寧に確認することも求められる。また、会議などになると、すべての発言を聞き取ることはほぼ不可能である。全体会議(SANWAサミット)では、彼のために3人の手話通訳を雇っているが、しかし、すべての会議において手話通訳者を雇って対応するわけにいかない。彼には彼ならではのスタイルで建築のプロとして研鑽を積むことを期待している。いつも、「建築に詳しい聴覚障がい者ではなく、聴覚障がいをもった建築のプロを目指せ」と言っている。そのためには、当然、ほかの社員と同様に彼自身の努力も求められる。ところで、三和建設では、毎週水曜日の朝礼後には彼が講師となって簡単な手話講座を行っている。業務上の会話のすべてを手話で行えるようになるのは難しいだろうが、あいさつやちょっとした意思表明なら手話でできるようになるだろう。

■「業界に将来はないが、(個々の)会社には未来はある」売上のために社員が必要なのではなく、社員活躍のために売上が必要であるというのが三和建設のスタンスである。社員数を増やす以上、それに応じて売上を増やさなければならない。また、そもそも社員数を増やすことはリスクの拡大にほかならない。私が三和建設に入る前に在籍していた大手ゼネコンの先輩が口癖のように言っていた言葉がある。「建設業界に将来はないが、(個々の)建設会社には未来はある」というものだ。どんな時代になっても、建物を建てるという仕事はなくならない。経営努力次第だということだ。営業戦略についてはCHAPTER6で詳述するが、この言葉が私の業界人としての基本スタンスとなっている。会社というものは社員の数だけ問題がある。経営者にとっては、喜びも悩みも社員の数だけあるといえるのである。

人に困らない会社になる秘けつ3人事に納得性がある会社です。松本孝文さん大阪本店次長(入社10年目)私は2~3千人規模の中堅ゼネコンに10年ほど勤めたあと何度か転職を経験しています。三和建設はたまたまホームページを見て応募した会社で、初めから知っていたわけではありません。ただ、採用選考時に印象的だったのは、面接する人間が社長も含めだいたい40歳代くらいで若かったことです。会社を動かしている人たちが自分と同年代で、同じ感覚をもっているということにも魅力を感じました。三和建設は新卒採用に力を入れていますが、新卒採用であっても経験入社であっても、チャンスは平等にあります。そのチャンスを自分からつかみにいけるかどうかだけです。ただ、他社を経験している場合、三和建設の社風になじめるかどうかはあると思います。私自身は、会社にくるのが楽しいので連休になるとがっかりするぐらいですが(笑)。三和建設で特徴的だと思うのは、すべての人事に納得がいくことです。三和建設では、口だけうまくて本当は何もしていないような人が昇進することはありません。〝実〟をつくり続けないといけない。そのプレッシャーはあっても、誰が見ても納得できる人が、平等に昇進していきます。だからこそ、誰もが向上心を持続させることができているんです。また、会社に裏がないということも特徴的です。触れてはならないことや聞かされていないことがないのです。疑問があれば、社長を含めて、何を聞いても必ず答えてくれます。私は10年前に経験採用されましたが、年々会社がよくなり、一体感が高まっているのを実感しています。会社が今後さらにどのように変わっていくか楽しみです。

4なぜ新卒採用が成功するのか①〈母集団形成〉■大企業でもないゼネコンに新卒採用希望者が集まる理由現在、建設業界の採用市場は異常な売り手優位である。とくに新卒採用が取れないと嘆いている同業他社は多い。三和建設の2019年4月入社予定の内定者は15名だが、秋になっても1人も内定者を出せていないという同業他社の話も聞いた。大企業でもないゼネコンがどうやってそれだけの人を採用できるのか、と聞かれることもあるが、とくに驚くようなノウハウがあるわけではない。ノウハウの問題ではなく、経営理念にもとづく経営スタンスが学生の気持ちをとらえているのだと考える。そもそも新卒採用などしたことがないという中小企業も多いが、三和建設では創業後、ほぼ70年近く新卒採用を続けてきた。つい先日も新卒で入社して以来50年近い社歴をもつ社員が勇退した。そして、経営理念を「つくるひとをつくる」に定めて以来、三和建設では新卒採用を徐々に強化している。ここ数年間で段階的に新卒採用の取り組みを改善し、2016年度入社からさらに飛躍的に強化した。その結果、以前は入社後3年以内で半分以上が離職していたのに対し、2016年以降は、過去3年間の新入社員25名中、退職者は1割程度に留まっている。■新卒採用における課題は何か三和建設が新卒採用を行うにあたっては次のような課題がある。一言でいえば学生売り手市場になっているということだが、もう少し丁寧に分析するならば次のようなものがあげられる。・大手企業に比べ学生や大学にとって知名度がない・中小企業であることに対して学生や保護者が漠然とした不安感をもつ・学生が大学や先生から離れて自由に就職活動をするようになった

・学生の価値観が多様化して業種や職種の選択肢が広がり、かつてのように建築や土木系学科を卒業しても建設業界に就職するとは限らなくなった・学生やその保護者が3Kと呼ばれる建設業を敬遠する・好況感から建設業全体が新卒採用を大幅に増やしている・リクルーティングにかかわるサービスを提供する会社が増え、リクルーティングプロセスが多様化したこのことはすなわち営業活動と同様に、学生に認知され学生から選ばれる努力がこれまでとは比較にならないくらい求められる時代になったということにほかならない。■理念共感型と成長型選考を軸にする三和建設における新卒採用のキーワードは、「理念共感」と「成長」である。2016年以降は、「理念共感型・成長型選考」と称して、年々活動を強化している。採用するのは、経営理念をはじめとする三和建設の上位概念や方針を徹底的に理解し、それに心から共感できる学生だけである。毎年採用目標は定めているがこの基準に合わなければ定数を割っても採用しない。数は妥協しても基準は妥協しないことにしている。また、成長も採用の重要な要素である。建設の職能は経験工学ともいわれ、何年もの経験を経て一人前に成長する。したがって、スタート時点の能力というより、経験を重ね、本人がどれぐらい成長できるかという観点が重要なのである。伸びしろというか、成長余力が最も重要視される資質の一つである。そして、成長余力に最も必要な資質は、松下幸之助も重視した「素直さ」にある。■第一プロセスは母集団形成三和建設の新卒採用活動は、大きく次の3段階のプロセスで行われる。①母集団形成②選考③育成まずは、第一プロセスの母集団形成について説明していこう。三和建設では、入社する可能性がゼロではない学生との最初の接点をもつあらゆる活動を「母集団形成」と呼んでいる。やみくもに多くの学生を集めればいいというものでもないが、会社の存在とその魅力を学生に知ってもらう機会を増やす必要性に異論の余地はないだろう。最近の学生は新聞をはじめとした活字メディアにふれることが少ないので、学生に情報を伝える手段は実は限られている。インターンシップ、合同企業説明会、就活ナビゲーションサイトの活用、採用専用ウェブサイトの充実など、インターネットも活用しながら学生の目にふれる機会を増やすことが大事であり、さまざまな努力をしている。しかしながら、それだけでは同業大手の存在に圧倒され埋没してしまう。【作戦1】社会人や学生間の口コミメディアや通信手段が多様化した現在、企業にとって不特定多数の学生にアプローチすることは容易でない。そもそも新聞や雑誌を読む学生は少なく、テレビもあまり見ないという。連絡手段は従来のEメールですらなくもっぱらSNSである。これはもはや企業におけるマーケティングと同じと考えてよい。そのような状況の中で試みているのは、企業広報などを通じてコーポレート・ブランディングの質を上げ、三和建設の魅力や可能性を理解してくれた社会人を通じて学生に情報を伝えてもらうことである。いうなれば、大人を通じて学生に存在を伝える作戦である。ここでいう「大人」とは学生に対する社会人の比喩であるが、活字やテレビ離れが進んだとはいえ大人はまだ既存のメディアを目にすることが多い。

実際、アルバイト先の上司や社会人の大学の先輩に、建設業への就職に興味があるのなら、とりあえず三和建設の説明会に行ってはどうかと勧められたという学生が少なからずいる。また、後述するようなユニークな選考のやり方をを人づてに聞いて関心をもってくれた学生もいる。【作戦2】出張講義そのほか、独自の取り組みとして各大学への寄附講座(出張講義)を積極的に行っている。私や役員などが大学の建築系学科へ出向き、主に建設業界やゼネコンにおける働きがい、社会に出たときに大学の知識がどのように生かせるかといった話をしている。

大学の教員だけでは伝え切れない実学の観点から学生に情報を提供する単位の対象となる講義であって、決して採用目的の会社説明会ではない。したがって講義の内容に企業PRは一切含まれない。これまでも、「建築職能論」といったテーマで、京都工芸繊維大学、京都精華大学、京都橘大学、神戸大学、摂南大学、帝塚山大学、奈良女子大学などの大学で講義を実施した。興味深い講義さえ行えば、自然と講師の所属会社に関心が行き、就職活動のときは門をたたいてくれるものである。それにしても、実際に講義を行ってみて感じることは、建築系の学生にとってもゼネコンは縁遠い存在だということである。しかもゼネコンに対しては、冒頭にも述べたように不透明でどちらかというとネガティブなイメージをもっていることが多い。講義の内容はゼネコンに特化したものではないが、業界への関心を底上げしている効果も実感する。仮に三和建設に入社してくれなくても、建設業界やゼネコンで働くことへの興味をもってくれる学生が増えれば、業界への貢献という意味においても出講の意義は大きいだろう。

【作戦3】学生向け公開フォーラム2018年11月に「匿名建設フォーラム」と銘打った学生を対象とした公開フォーラムを開催した。11名の中小建設会社の社長が一堂に会し、公開型の討論会を行うというものだ。コロシアムという名前の通り、中央に11名の社長、そのまわりを40名ほど集まった学生が観客のように取り囲むというスタイルである。事前に学生から集めたテーマごとに討論を行うほか、その場で挙手にて、もしくはツイッターを通じて匿名で質問を受け付け社長たちが回答していく。学生からは、「社長の年収はいくらか」「建設業は本当にブラックなのか」「大手か中小か悩んでいるがどう思うか」「建設業のやりがいは何か」など積極的な質問がなされる。特定の企業による説明会ではないので企業PRは一切必要がなく、社長らも本音で語る。終了後の学生らのアンケートでも「面白かった」「もっと聞きたかった」と好評を得た。昨今のような採用市場であるから各社もさまざまな手を打っている。したがって、学生にとってもそれを取り巻く「大人」たちにとっても、企業が発信する採用情報には食傷気味という傾向がある。売り手市場であればなおさらのことだ。したがって学生を送り出す大学においても、採用に関して特定の一社に便宜をはかる、たとえばどこか一社の会社説明会を学校で開催するといったことは公平性の観点において慎重にならざるを得ない。

そこで複数の会社が合同でイベントを企画すれば特定の一社の色に染まることもなく、ある種のパブリックなイベントとして受け入れられるのではないかと考えたのである。そもそも大企業でもない三和建設が単独でイベントを開催しても学生を集めることは常に限界がある。似たようなイベントとして従来型の合同企業説明会があるが、会場内では各社のブースに分割されているため、まったく似て非なるものである。このフォーラムは決して採用のためのイベントというわけではなかったが、間接的には企業と学生をつなげる機会にはなったであろう。何よりも学生の業界理解や職業観を高める機会になれば、仮に自社の採用に直接寄与しなくても大いに意義があったと自負している。【作戦4】社員からの紹介さらに、社員からの人材紹介制度もとっている。コーポレートスタンダードの冊子の中にも「人財紹介シート」を設けており、積極的な紹介をお願いしている。

5なぜ新卒採用が成功するのか②〈選考・育成〉■採用活動における中核となる選考プロセス三和建設では1次選考から5次選考まで行っており、内容もユニークなものにしている。【作戦1】1人140時間かける5段階選考面接は、第4次選考となる社長とのマンツーマンの面接だけであり、ほかはすべてグループか個人単位のワークやプレゼンテーションである。途中には、宿泊先を準備して1泊2日で行う選考過程もあり、1人の学生が1次選考から内定までに三和建設と接触する時間は最も多い学生で述べ140時間ほどになる。一方、会社側でも、2019年4月入社年度の採用選考活動では、社員の延べ投入工数は722人、社長の出動は23日間に及ぶ。三和建設の採用活動は、経営理念にもとづいて全社的に行う活動であり、社員総動員によるお祭りのような位置づけでもある。これだけの時間で会社と触れ、たくさんの社員と接するので、よい点も悪い点も含め、お互いに等身大の姿を見せ合うことになる。しっかり本人と向き合い、時間をかけることで、入社前の認識とのギャップを感じて新入社員が離職するようなことも防ぐことができる。

【作戦2】職業観を考えるワーク選考時に行われるワークでは一貫して三和建設への理解と自らの価値観・職業観・人生観への自己評価をテーマにしている。自分が本当にやりたいこと、働くうえで大切にしたいことなどを、三和建設の社員や学生同士のコミュニケーションを通じて自らつかんでもらうようにしている。もはや選考というより社会人となるための研修といってよいかもしれない。こうしたワークを通して、会社が選ぶというより、「自分たちで考えて自分たちで結論づけて」、選考から抜けていくようなイメージだ。最初に三和建設に来たときはいかにも自信なさげで、「働くことへの恐れすらある」と言っていた学生が、選考プロセスを通じて自己を確立し、終盤で行われるプレゼンテーションでは自信をもって「管理職として成長していきたい」と言うようになったときは、われわれもとてもうれしかった覚えがある。

【作戦3】メンター兼リクルーターを公募採用活動に際しては、社内から立候補制でメンター(132ページで後述)を公募し、リクルーターとして活動してもらっている。リクルーターといっても、決して入社を促す役割ではない。学生に対して最終的にはマンツーマンに近い体制でかかわりをもち、学生が自己評価を行うためのサポートを行う。【作戦4】内定の際は「確信」をもってもらう三和建設では内定を出す際に、他社への就職活動を終了し入社を確約することを条件としている。マスコミなどからオワハラともいわれているが、人生において決断すべきときに決断する勇気、相手の直球に対して逃げずに真正面から打ち返す誠実さが、入社後の人生においても求められると考えるからだ。2~3社ならともかく5~10社もの会社から内定を受けること自体が、薄い付き合いを重ねている結果だろう。結婚にたとえるなら、濃い付き合いをしていないのに大勢からプロポーズを受けて決めるのか、特定の人と真剣に深く付き合ってプロポーズを受けるかの違いといえる。私は常日頃、学生に言っている。会社選びにおいて求められることは、「多くの思考ではなく、一つの確信」であると。選考の際は、会社が学生を見極める以上に学生が会社をどう見極めるのかという観点を重要視している。学生が自ら答えを見出し、決意を固めるサポートをするだけのことだ。単に入社したいという「意欲」と、活躍するという「決意」とでは言葉を超えた大きな違いがある。このような選考プロセスを敷いているので、三和建設に入社しなくても、学生にとっては自己評価の機会となり、自らの仕事観や業界で働くこと(あるいは働かないこと)への意義を明確化できる。実際、他社へ就職が決まった学生がわざわざその旨を感謝とともに連絡してきてくれることも多い。この一連の選考プロセスが口コミで評判となり次年度以降の母集団形成に生きてくるのである。このように、採用活動そのものの価値をブランド化する取り組みを、私は「リクルーティング・ブランディング」と勝手に呼んでいる。■入社まではリクルーター社員が内定者のメンターとして担当昨今、内定辞退は企業の採用担当者の悩みの種になっている。内定辞退を防ぐためには内定後のかかわりが大切だ。そこで三和建設では、選考プロセスでリクルーターを務めた社員がメンターとなり、内定者一人ひとりを担当している。採用活動は内定を出したら終わりではない。次は入社までの育成がテーマとなる。新卒で入社した学生が早々に離職する理由として自信の喪失もあげられよう。とくにゼネコンでは、工事現場に配属されると、そこで働く協力会社の職人から容赦のない質問や要求が投げかけられる。たとえ新入社員であっても、職人から見れば「現場監督さん」である。そういった職人とのやりとりの重圧に耐えきれず会社を辞めたいと思う社員が出てきたりするのである。そこで三和建設では内定を出した学生に対して、卒業から入社までの間、会社でのアルバイトを勧めている。もちろん任意であり、個人差は当然あるが4月に入社してまもなく工事現場に配属されたその日からすでに測量機器が扱える新入社員も多い。即戦力化という目的もあるが、それ以上に入社までに本人の自信を醸成し、入社したときから三和建設の一員として活躍し、組織に貢献できているという自己肯定感を植え付けるための取り組みである。■新卒採用自体が既存社員教育の場になる三和建設では新卒採用は社員教育および理念浸透の一環であると考えている。前述のようにリクルーターとしてのメンターは社内で公募するわけだが、メンターとなった社員を中心に、新卒採用を通じて得られる社員の成長にははかり知れないものがある。メンターを担当することで得られること、高められることはさまざまである。第一に、絶好の自己成長の場となる。学生へのかかわりを通じて人財育成の価値を直接実感でき、理念経営やビジョンを分かち合うことでより会社への理解が深まる。第二に、4つの自信が高まる。すなわち、①三和建設に対する自信、②自社の成果物・サービスに対する自信、③業種や職業に対する自信、④自分自身に対する自信である。学生とのかかわりを通じて三和建設の強みを再認識できる。第三に、将来の後輩を自ら育てることができるため、自分自身のキャリアアップに必要な後輩育成にいち早くチャレンジできるというメリットがある。学生を育てることは社員としての部下を育てることよりも取り組みやすい。部下育成という、三和建設の社員である以上、将来避けることのできないスキルのトレーニングになる。第四に、自分の将来像を考える機会が得られる。学生と共に真剣に会社と自分の未来を考えていくことになる。第五に、会社の未来戦略に参画できることが大きい。新卒採用は企業として重要な未来戦略である。■全社員が出席する入社式は会社の将来がかかるほど重要このように、ただならぬエネルギーを投入して採用した新入社員を迎える入社式も大きく見直し、前述した4月の全体会議と同時開催することにした。新入社員にとっては一生に一度しかない入社式を、三和建設の全社員が出席して祝うのである。そして入社式と全社会議を終えたあと、懇親会がそのまま新入社員歓迎会となる。実は、この入社式が感慨深いのは新入社員より私たち既存の社員なのである。既存の社員たちは入社までの選考プロセスの過程で多くの時間をかけて新入社員たちと接してきている。新入社員も多くの社員とすでに顔なじみであるため、内定期間でもすでに同じ会社の仲間というような感覚でいるかもしれないが、やはり内定期間と正式に社員になるのとではわけが違う。新入社員たちは数多くの会社の中から三和建設を選んで入社してくれた。そして無限の可能性を秘めた彼らが順調な社会人生活をスタートさせ、技術的にも人間的にも成長し、少なくとも定年まで(そのような概念は将来なくなるかもしれないが)三和建設で活躍し続けられるようにする責任を、私自身を筆頭に既存社員たちも新たに自覚する。つまり、入社式は私たちの使命が「つくるひとをつくる」ことにあることを再確認する絶好の機会なのである。いかなる困難に直面しようとも、彼らの頑張っている姿を見ると元気をもらう。彼らは希望の光であり、会社永続の原動力である。

人に困らない会社になる秘けつ4他社に就職したAさんの口コミ!?森本尚孝代表取締役社長三和建設のリクルーティング・ブランディングの成果の一端を示すエピソードがある。例によって来年4月の新卒採用に向けた合同企業説明会の会場にいた。その会場で突然、私のもとに「社長、私のこと、覚えていますか?」と若い男性が駆け寄ってきた。私はすぐにわかった。去年三和建設の選考を受けてくれた学生だったのである。最終的には三和建設とはミスマッチになり、他のゼネコンに就職していた。仮にAさんとしよう。Aさんは私に言った。「その節はお世話になりました。その後、就職して現場監督をやっていますが、入ったばかりのときは正直つらくてやめようと思いました。でも三和建設の選考を通じて現場監督として成功すると心に決めたことを思い出し、思いとどまって頑張っています」と言うのである。また、こんなこともあった。別の年の会社説明会に参加してくれた学生に「どうやって三和建設の存在を知ったか?」と尋ねると、別のゼネコンにインターンシップに参加したらその会社の社員が「実際に就職するかどうかは別として三和建設の選考会には参加することをすすめる」と言われたというのである。同じAさんであったかどうかはわからないが。まるでウソのような話であるが、いずれも私が直接目の当たりにした光景である。新卒採用ではすべての社員が三和建設に入社するわけではないが、このように他社に進んだ学生の活躍や成長にも寄与できているのである。

1相談制度をつくる〈メンター制度と外部相談窓口〉■入社3年目までの若手社員が対象の制度メンター(Mentor)とは、指導者・恩師・支援者などと呼ばれるものだが、三和建設のメンター制度は、入社3年までの若手社員一人ひとり(メンティー)に、専属の相談役としてメンター(先輩社員)が張りつくというものである。入社後数年間は社員にとっては、その組織に馴染めるかどうか不安定な時期であり、常に誰かに見守られている、相談できるという状態をつくっておくことが望ましいと考えているからである。メンターは、月1回メンティーと面談し、公私にわたってあらゆる相談を受ける。職場内の人間関係、上司や先輩からのセクハラやパワハラがないか、仕事の環境、業務を進める上で困っていること、わからないことなど、仕事における悩みや困りごとだけでなく、プライベートの話を聞くこともある。メンティーは、隠し事なくすべてをメンターに話さなければならないということではなく、聞きたいことや話したいことだけをメンターに伝えればよいことになっている。原則として、メンティーとは別の職場(部署)の社員がメンターを担当する。もし、今の職場の直属の上司や同僚に不満があったとき、メンターがその上司であったら相談のしようがないからである。面談ですべての本音を引き出すのはなかなか難しい面がある。メンティーから本音を引き出すにはメンターの技量も必要であろう。また、話しやすい雰囲気も大切である。そこで、メンターとメンティーの面談は食事しながら行うことも推奨しており、一対一の面談であれば(飲み会の補助は別の制度がある)、その費用を会社が補助することにしている。月1回の面談が仮に単なる飲み会や雑談になったとしてもそれはそれでいい。■月1回、必ず定期的に会う機会をつくることがいちばん大切何を、誰に、いつ相談すべきかということは実に難しいテーマである。会社にたくさんの人がいても、困ったことや問題を抱えているときにタイムリーに相談できる人はあまりいない。メンター・メンティー面談に限ったことではないが、最も重要なことは、月1回というように定期的に面談することなのである。何か困ったことがあったら言ってこいということでも悪くはないのだが、タイムリーかつ的確に相談できることは、むしろ相談力ともいうべき能力の一つである。入社まもないメンティーにその能力を要求するのは酷であろう。したがって定期的な面談に意味がある。■メンター自身の成長にもつながるこのメンター制度は、前述したように新卒採用選考の段階から始めている。入社後は、同じ組合わせでメンターとなることが多く、新卒採用活動におけるメンター(リクルーター)の役割は極めて大きいといえる。メンターは公募によって募集しているが、その狙いは次のとおりである。●より主体的に採用活動へ参加できる機会とする●メンターのリーダーシップにより全社を巻き込む●学生へのかかわりを通じてメンター自身の成長につながるつまり、メンター制度は、既存社員の成長のためのものでもある。■セクハラ・パワハラにもきちんと外部相談窓口を設置する相談制度ということでは、三和建設では、万一社内でセクハラやパワハラ問題が発生したときのための外部相談窓口も設けている。相談したいことがあれば、社員が直接会社の顧問弁護士事務所に電話を入れ、必要に応じて面談の機会をつくるということになっている。女性の弁護士もおり、女性社員でも相談しやすいよう配慮している。制度導入して以降まだ相談が入ったという前例はないが、どの会社でも常に危険の種は潜んでいるものだ。社内でセクハラやパワハラの予兆を事前に拾って、何とか対応できている面もある。ハラスメント問題は主観と客観の入り混じるデリケートな問題だが、会社と社員、そして社員同士の真の信頼関係を構築し、大人の組織として成長していかなければならない。

人に困らない会社になる秘けつ5お互い会社の中の家族のような存在です。[メンター制度]冨川祐司さん(入社11年)・田中泰輔さん(入社2年)機動貴之さん(入社25年)・松浦健人さん(入社1年)―メンティーにとってメンターはどんな存在ですか?田中私は入社2年目で、冨川さんが採用選考時からメンターについてくれています。自分にとってメンターは〝会社のお兄さん〟のような存在。プライベート・仕事関係なくアドバイスをもらったり、相談に乗ってもらったりしています。話を聞いてもらえるだけで気持ちが楽になりますし、会社にそういう存在があることが心強いです。冨川さんを会社で見かけると、うれしくて自然と笑顔がこぼれます(笑)。松浦私は入社1年目で東京会場での選考で採用されましたが、「ひとづくり寮」に入っているので、大阪のメンターとして機動さんがついてくれています。東京には別に採用時からのメンターがいます。自分にとって、機動さんは入社歴も長く、年が離れているので、〝会社のお父さん〟のような存在です。先輩や上司には話せない、同期でも言えないようなことも話せています。東京から大阪に出てきて不安なときも、機動さんの存在が大きな安心感につながりました。―メンターのやりがいは何ですか?冨川やはりメンティーが成長していく様子を見られることです。彼のことは学生時代から見ているので、上司と話をしている様子や、専門用語を使って工事の説明している様子などから、小さなことでも成長を感じています。ただ、メンターから積極的にかかわりすぎると自発的な成長の妨げになると思うので、そこは気をつけています。メンティーが自分で考えて何かアドバイスのほしいことがあったら、連絡してもらえるような立場でいようと心がけています。機動私もまったく同じで、メンティーの成長を見守るのを楽しみにしています。メンティーの日報には必ず目を通して、何か悩んでいることがないかなど、いつも気にかけています。―月1回の面談はどのような形で行っているのですか?松浦メンター・メンティーによって違いますが、私たちはだいたい居酒屋で飲みながら、が多いです(笑)。―採用選考時のメンターの役割はどのようなものですか?冨川メンターは合同説明会のときからかかわり、第2次の宿泊選考時にも同行します。2次選考からは学生たちは5~6人ずつグループに分かれてワークを行うので、そのグループごとに必ずメンターが1人つきます。その後、選考が進むにつれてマンツーマンの状態になっていきます。選考の最後は、毎回学生がプレゼンテーションを行うことになっているため、そのやり方などの相談にも乗ります。ワークでは、自分が将来どうなりたいのか、職業を選ぶにあたって軸にすべきことは何かなど、表面的なことではなく深く考えてもらい、自分で答えが出せるまでフォローします。田中就職活動中に会社を絞るにあたって、メンターの方々の存在は大きかったですね。冨川メンターというのは学生にとって、会社を代表する存在です。ですから、メンターとしては話すことも自分の中で整理して学生たちに伝えなければなりません。メンティーを気にかけるだけではなく、そうした作業も自己成長につながっているとも感じています。メンティーだけ成長して、自分が成長しないというわけにもいかないですしね。田中2020年の採用ではメンターを務めます。昨年、立候補したときはまだ早いと却下されたので(笑)、楽しみです。

2全社的な教育体制を設ける〈社内大学〉■「教えるのが、邪魔くさいから、とりあえずやっといて…」の罪採用活動をやっていると、「教育体制はどうなっているか?」という質問が多く出る。何事もきちんと教えてくれる会社というのは、よい会社の条件であるらしい。中小企業での企業内教育は、OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)と呼ばれる、職場での実践を通して学んでいくケースが多い。とくに建設業では、手取り足取り教えるより、先輩の動きを見て学ばせることも多いが、OJTに依存した育成には限界があると感じていた。以前、ある人からOJTとは、「O=教えるのが、J=邪魔くさいから、T=とりあえずやっといて、ということだ」という冗談を聞いて思わず頷いてしまった。これはシャレにならない現実である。人にものを教えることは実に面倒で難しい。また、教育体制が体系的に整っていないというのもよくあることだ。足元の業績がよいからお金を使って研修を行う、面白い人材教育会社と出会ったので社員で試してみるなど、要するに、社長の思い付きや気分で決まってしまう。プログラムも対象メンバーも場当たり的であらかじめ定められた計画はない。実をいうと、三和建設でも以前はそういうところがあった。しかし、それでは、「つくるひとをつくる」という経営理念を実現できるはずはない。会社には社員一人ひとりをしっかりと教育して成長させる責任がある。■半年ごとに教育体系を見直すそこで、社内研修制度として社内大学を始めようということになったのである。社員の成長を支援し、働きがいを日々実感できる会社となるのが目的である。名前も「SANWAアカデミー」とし、わざわざ専用のロゴまでつくった。形からも経営理念の中核をなす取り組みとして本気度を示したいと考えたためである。SANWAアカデミーは2016年10月にプレオープンし、2017年4月から本格的に開校した。半期ごとに年間の教育体系(シラバス)をつくり、講師、受講社員、講義の開催日時もあらかじめフィックスする。次ページにあるのは、社員に配付しているA4判のカラー冊子だが、講座体系図、開講スケジュール、今後の展開などが22ページにわたって記載されている。このアカデミーには、60の講座が設けられており、第3と第5土曜日と第3水曜日に1コマ60分で、1人年間6~36講座を受講する。受講講座は、個々の成長段階に応じて上長が選択して指定する「必須講座」と「任意講座」の2つがある。任意講座は、自分の問題意識に応じて受けてもらうものだ。たとえば、設計部署の人間が決算書の読み方についてもっと深く学びたいと思えば、該当する講座を選んで受講できる。■社員を講師にして講師自身の成長もうながす

講師の多くは、グループリーダークラス以上の社員が担当する。最大で45名が受けもってくれた年度もあり、三和建設の社員数は125名なので、実に3分の1強が講師を務めてくれた計算になる。講師となった社員は、事前に講義の運営方法を学んだり、役員と相談したりしながら内容を決め本番に備える。実は、SANWAアカデミーの目的の半分は講師自身の成長や全社的な知識・経験・技術の体系化にもある。もちろん現場でも上司や先輩が部下や後輩に実務を教える機会は数多くある。しかし、そのほとんどは教える側の経験則にもとづいたものであり、本当に正しいものなのかどうかは確証がないこともある。いかに社内向けとはいえ「講座」として数十名のメンバーの前で教える以上、これまで正しいと思ってきたことも改めて書籍やインターネットなどを使って再確認するし、相手が理解できるように伝えるためには情報を体系的・論理的に整理することも必要になる。社内講師への負担は大きいが、講師自身の知識の棚卸しの機会になり成長へのきっかけとなるはずである。■求める人財像と成長プロセスも再定義した開校にあたって、求める人財像とあるべき成長プロセスを再考した。三和建設では次の2つの能力を社員に求める能力として定義している。専門技術力…自分一人でも発揮できる専門分野に関する能力統合力………他者と協働して成果を上げる能力さらに、この2つの能力を伸ばすため、講座も次の4つの区分で実施している。①専門系講座…設計図の見方、プレゼンテーションなど専門技術力を高める②統合力系講座…マナー、仕事の進捗管理など人間性を磨き、統合力を高める③入門系講座…新入社員向け講座や各専門分野の知識を広く習得するための講座④資格支援講座…一・二級建築士、宅建(宅地建物取引士)など業務に必要な資格取得を支援する若手および新入社員は入門系講座を中心に受講することになる。三和建設では、上の人財成長曲線のように入社直後は建設現場に対応すべく「専門技術力」を高めることを重視し、その後は人間力といわれる「統合力」をゆるやかに高めていくことを目指している。アカデミーの狙いは、社員が成長し続けることであり、学び続ける文化が醸成されつつある。

人に困らない会社になる秘けつ6SANWAアカデミーは開催してよかった。[社内大学]谷直人さん常務取締役設計本部長。SANWAアカデミー担当―そもそもSANWAアカデミーを始めたきっかけは?もともとは散発的あるいは社員が自主的に行っていた単発の勉強会を、会社で体系化して年間通して全社員に受けてもらおうということから生まれた取り組みです。たとえば私自身、社内に一級建築士を受験する文化をつくりたいと考え、資格取得へ向けた勉強会を2年ほど続けていました。とはいえ、われわれには講座運営のノウハウがありません。どうせやるなら本格的に始めたいと考え、準備段階から外部のコンサルタント会社に講座の体系化についてのアドバイスを受けたり、講義の仕方といった講師トレーニングをしたりして開校への体制を整えました。―社内の意識づけはどのようにされたのでしょう?真っ先に行ったのはインナーブランディング、つまり社内向けのブランディングです。私は本書のCHAPTER6にある〝リソウコ〟など、ずっと外部向けのブランディングをしてきました。不思議なもので、ロゴやツールをつくったりすると、そこに向かって社員の意識が統一されて、自然と「できる」とか「やろう」という雰囲気ができてきます。そこで、社内向けでも同じようにロゴをつくり、講座内容を書いた冊子(ツール)をつくり、周りを巻き込んでいくことにしました。社内向けの取り組みであっても、しっかりお金をかけて会社の本気度を示すことは大切だと思います。―講義体系はどのようになっているのでしょう?本文にも書いてありますが、入門系講座には、たとえば営業の人が工事の仕事を知るなど、ヨコのつながりを深めるための講義も入っています。専門系講座は、たとえば工事現場の課題などを現場監督から受けて共有するなど、内容も高度でピンポイントなものになっています。資格支援系講座については、資格予備校に通って一級建築士に合格したら受講費用を全額会社が負担するという制度があるため、いまでは試験勉強の内容そのものより、勉強方法をレクチャーする社内講座を開催したりしています。―講師になると、負担も大きいと思いますが講師に選ばれた人間は、選ばれたからにはちゃんとやろうという意識が高いので、「忙しい」と口にしつつも意外と不満は出ていません。この取り組みが会社の方針だということが理解されていることも大きいと思います。また、講師自身からも、「知識の棚卸しができてよかった」という前向きな声をよく聞きます。講師を務めることを通じて、自身の成長も実感できているのだと思います。会社としては、今後は、講師のステータスを上げることも必要だと考えています。SANWAアカデミーの講師になること自体が社内で憧れの的になるようにしたいですね。―始めてみて、実際のところデメリットはありましたか?やって悪かったことは、ないです。講師は負担が増えたと思いますが、会社としてはやってよかったことのほうが多いです。外部へのブランディング効果もあります。とくに新卒採用での効果が高いですね。学生は学ぶ環境が会社にあるかを見ています。自分でもスキルをつけて成長したいと考えているのです。意欲的な学生の採用にもつながっていると感じています。たしかに建設業は今、活況ですが、あと10年もしたら、過去に経験したような厳しい時期がくるはずです。そのときに三和建設が〝選ばれる存在〟であり続けるためには、SANWAアカデミーでの取り組みが必ず生きてくると思っています。

3新入社員の「横のつながり」をつくる〈ひとづくり寮〉■もう一歩進んだコミュニケーションづくり離職する人の大きな要因として人間関係をあげることが多い。社員の離職を防ぐためには、仲間との連帯感を高めることが最も効果的であり、そのことはほとんどの経営者が理解していることだろう。自分を取り巻く人間関係や組織風土がどのようなものかという面は、働きがいという観点において大きい。三和建設では、2016年から採用を含めた新入社員への取り組みを強化してきたが、その一環として、2018年に「ひとづくり寮」を完成させた。寮のコンセプトは「つくるひとをつくりあう、みんなの寮」である。新入社員は全員がこの寮に入り、1年間共同生活を送る。そして1年たつと次の新入社員と入れ替わる。これまで新入社員は、それぞれの自宅から建設現場に直行し、同期とほとんど顔を合わせる機会がなかった。仕事などで悩みが生じたときに、身近に相談できる相手がなく、孤立感を覚える社員も多かったようである。もちろん、メンター制度をつくったり、SANWAサミット(全体会議)やSANWAアカデミー(社内大学)などで事あるごとに人を集め、孤立感を防ぐようにはしてきたが、もう一歩進めて、新入社員同士のコミュニケーションも活発にし、「横のつながり」を強くしようということである。離職を防ぐためには、社員同士が打ち解けるしくみが必要である。■プロジェクトチームを立ち上げ社員もかかわるひとづくり寮をつくる際は、入社4年目の女性にプロジェクトリーダーを任せ、土地の選定からコンセプトの決定など、社内でのプレゼンも行いながら、社員主導で決めていった。「つくるひとをつくる」という経営理念の下で、社員同士がかけがえのない存在になるための寮になるよう、社員たちの提案で1階には広い共有スペースを設け、みんなでテレビを見たりゲームを楽しんだり、自然と人が集まるようにレイアウトされている。毎晩、帰ってきて、共同生活を送り、仲間同士で今日あったことなどを話し、気楽に悩みを相談し合える場になっていることを願っている。

清水貴美子さん設計本部建築設計グループ(入社4年目)杉井麻衣さんアシスト本部ひとづくりグループ(入社1年目)―社員寮に入ることに、抵抗感はなかったですか?杉井私は入寮1期生ですが、事前に説明は受けていましたし、抵抗感はまったくなかったです。この会社では、選考過程で将来の同期とのかかわりも多いので、入社前には、それなりに親しくなっています。仕事から帰ってくると誰かがいる空間があるというのは、うれしいことですね。同期と住む生活なんて、普通はできない体験をさせてもらっていると、むしろ感謝しています。寮生活に対しては不安のある人もいたようですが、いざ生活してみると意外と楽しい。同期だけの生活なので気楽ですし。それに、この社員寮にはみんなが集える共用スペースがあります。床も天井も木で、窓からはオリーブの樹が見えてとても落ち着きます。居心地がいいんですよ。清水私は「ひとづくり寮」を建てるときのプロジェクトリーダーをしていたのですが、共有スペースの居心地は、チームメンバーがとくにこだわったところです。建材も本物志向でよいものを使っています。当の私は社員寮に抵抗感があるタイプで…(笑)。ですから、プライバシーに配慮しつつ、各人が部屋にこもりすぎにならないようなつくりを心がけました。たとえば、部屋にキッチンは設けず、共用スペースで料理をつくるようにしたり、各部屋へ向かう階段の動線からキッチンが見えるようにするなど、レイアウトも工夫しています。そうすれば、誰かがキッチンにいれば声をかけにいくこともできますからね。―共有スペースにはダイニングもあるそうですが杉井入寮後しばらくすると、同期も仕事を任されて残業することが増え、食事もバラバラにとることが多くなりました。ただ、それではせっかくの寮生活がもったいないので、最低でも月に1回は集まってゆっくり話をしようよ、ということになり共有スペースを使って食事会を開いたり、同期の誕生月には誕生会をしたり……。会社からは月1回、社長や幹部が来て勉強会をしてくれます。テーマは、お酒のことや(笑)、ロジカルシンキングについてなど、社長や幹部が話したいことを話すことになっていて、勉強会のあとはケータリングをとり、ワイワイと食事会をしています。清水同期同士がお互いの状況をよく把握しているのは、端からもわかります。寮が助け合いの場にもなっているようです。協力意識が自然と出来上がっています。社長の目論見はわかっていましたが、実際そうなるものなのだなと(笑)。杉井やはり1年も生活すると、同期との絆は深まりますね。うれしいことも大変なことも共有して……。寮生活は1年限りなので、すぐ出なければならないですが、みんなまだ出たくないと言っています。名残惜しいので、寮生活が終わる3月になったら、毎月みんなで積み立てたお金で旅行に行くか、美味しいものを食べに行こうかと計画を立てているんですよ。

4社員の自主性をさらに高める〈若手発信の委員会活動〉■企業ブランディングの一環として行う三和建設では、若手社員による2つの委員会活動を実施している。一つは「日本で一番社員の対応が気持ちいいゼネコン」を目指す活動、もう一つは「日本で一番きれいな現場」を目指す活動である。どちらのテーマも会社に無関係な社員は一人もいない、一人ひとりのテーマとなりうるものだ。これらの活動は企業ブランディングの一環としての位置づけもあるが、若手社員が、自分より目上の上司も含めた全社員を巻き込みながら成果を出していくことで、成長していってほしいという思いで行っている。委員会は若手有志で構成され毎年少しずつ新たなメンバーが加わり、今ではそれぞれ十数名が活動している。活動テーマはトップダウンで決めたが、その取り組みや活動内容は完全に若手社員の自主性に任せている。■まなぶき委員会―「日本で一番社員の対応が気持ちいいゼネコン」を目指す「日本で一番社員の対応が気持ちいいゼネコン」を目指す活動をしているのが「まなぶき委員会」である。「まなぶき」という名称は、マナーを武器にするというコンセプトから名付けられた。ゼネコンの社員の対応は、ぶっきらぼうもしくは慇懃無礼のどちらかであるといった印象をもたれがちである。これを払拭していくことが企業イメージの向上、つまり企業ブランディングにつながると考えている。実際に、この取り組みを始めてから、「気持ちのよい対応ですね」と外部の人から言われることが増えたように思う。まなぶき委員会では、マナー向上のための啓蒙活動やトレーニングのための取り組みを次々と繰り出している。■美i場a!!向上委員会―「日本で一番きれいな現場」を目指す「日本で一番きれいな現場」を目指す活動は、「美i場a!!向上委員会」が担っている。美i場a!!は「ビバ」と読む。工事現場の美観を向上させることは、企業イメージのアップになるだけでなく、品質や安全レベルの向上、無駄なコストの削減、工程の短縮など、さまざまな効果をもたらす。現場の美観を保つといっても、単に掃除をすればよいというものではない。現場を日々綺麗に維持しようとしても、なかなか思いどおりにならないものだ。しかし、成り行きに任せる、業者さんの言うなりになるなど、コントロールを手放すのは現場監督としては恥ずかしいことである。自分のコントロールのもとに現場を維持し、自分事として美化に取り組んでほしいと考えている。美i場a!!は、現場という生き物のマネジメントそのものでもある。いずれの委員会もキーワードは、「強制」ではなく「しかけ」である。若手社員が組織を動かし、状況をつくり出していく難しさを学び、メンバーが成長することこそが委員会活動の本当の目的である。とくに委員長にはリーダーシップと継続する力が求められる。この委員会活動に限らないが、どんな取り組みも立ち上げ同様に継続がむずかしいものである。

人に困らない会社になる秘けつ8若手が成長する機会をもらっていると思います。[!!]杉本雅義さん大阪本店見積グループ(入社14年)渡部千種さん東京本店営業グループ(入社11年)―プロジェクトはどういう形で始まったんですか?杉本社長からの「若手が主体となって2つの委員会を始めます」という一斉メールが始まりです。私は「まなぶき」のリーダーをしていますが、面白そうだなと思いました。お祭り人間の血が騒ぎましたね(笑)。せっかくの機会なので、自分にも何かできることがあればやりたいという思いが湧きました。それで立候補したというのが経緯です。「まなぶき」も「美i場a!!」も、20歳代を中心に若手の約半数の社員が入っています。―「まなぶき」の活動のよいところは?杉本委員会の活動としては、曜日ごとにあいさつの練習や手鏡を見て表情をつくる練習、2人1組で行うマナーカルテのチェックなどさまざまなことをしています。水曜日の手話講座も「まなぶき」が発端です。「まなぶき」では社会人としての基本であるビジネスマナーを学ぶことができ、メンバーは自身のレベルアップにもなっています。分科会のような形で、若手がみんな集まって1つのことをやるような機会はなかなかありません。若手が共に成長できる機会を会社が与えてくれていると思っています。―「美i場a!!」はいかがですか?渡部美しい現場からはメリットしか生まれません。現場がきれいになると、安全性や作業効率が高まりますし、近隣さんから「きれいですね」と声をかけられることがあります。事故を防ぐ、モノが整理され作業が進む、ご迷惑をおかけしがちな現場周辺の方とも良好な関係まで築けます。また両委員会とも、若手一人ひとりが前に立って、「こうしませんか」ということを会社に向けて発信するよい機会になっていると思います。委員会活動を通して、上下関係や部門、年齢などは関係なく、普段会話をしないような人とも話をする機会が増えました。私は委員長を務めていますが、この活動を通してひとをまとめる力がついたように思います。メンバーも主体的に物事に取り組むようになるなど、成長を感じます。―大変な面はありますか?杉本こうした委員会活動では、成果がすぐにはあらわれません。定着するまでに時間がかかります。活動は今年で4年目になりますが、1年目はミーティングばかりでほとんど実行ができていない状態、2年目に少しずつ動き始め、3年目になると、活動が定着するもマンネリ化してきました。メンバーのモチベーションも下がってきて悩んでいたところ、4年目に社長が全社目標として設定してくれ、そのことによってメンバー含め全社員の意識が変わり、さらに協力が得やすくなったと思います。―2つの委員会が主催して賞を出しているそうですが?杉本はい、「まなぶき委員会」は「ベスト挨拶賞」「ベスト身だしなみ賞」「ベスト電話応対賞」の3賞を創設しました。創設した背景は、目指すべき姿のイメージをより具体的にもってもらうことと、全員で切磋琢磨し、よりよい会社にしたいという思いからです。今年の賞品は図書券とメンバー手づくりの手書きカードでした。どうせやるなら楽しくやろう!が合言葉です。たしかに大変なこともありますけれどね。渡部「美i場a!!」では、社員の投票により協力会社さまを選出し、6月に開催される安全大会で「美i場a!!賞」として表彰することで、協力会社さまにも美i場a!!を意識していただいています。「美i場a!!賞」は、サントリーのウイスキー、グラス、コースター、マドラーと豪華ですよ(笑)。

5組織やメンバー間の対立をなくす〈交流づくりのしかけ〉■仲間の連帯感をつくるそもそも人間関係は個人の好みにかかわることであり、コントロールしにくいものだ。しかし、会社としてできることはたくさんある。理念やビジョン達成のために、組織やメンバー間の無益な対立をなくし、常に関係性を改善する方向に投資することは無意味ではない。また、「社員数=仲間の数」という構図を実現しやすい中小企業は、仲間の連帯感を醸成するのに有利であり、これに取り組まない手はないであろう。本来、会社というプロ集団においては、仲が悪いから仕事でうまく連携できないといったことは単なる言い訳にすぎず、誰と誰の仲がよいとか悪いとかいう話題が仕事に持ち込まれる時点でそれは大人の組織とはいえない。同じ理念やビジョンに向かうためには、合うかどうかではなく、合わせるかどうかである。楽しいかどうかではなく、楽しむかどうかだといった話と似ている。したがって仲がよいとか悪いとかいう概念は、「状態」ではなく「行動」であると考えるべきだ。■部署を超えた交流や社内イベントを活発にするどんな会社にも製販の対立など、部署間の対立というものが存在する。こういった内部ストレスがあると会社の力が削がれてしまう。お互いがコミュニケーションをとって、「つくるひとをつくる」の実現に向けて連帯感を育んでもらえるよう、三和建設では部署を超えて食事会を行う場合に限り、月1回まで1人当たり3000円を補助する制度を設けている。ここでは、「部署を超えて」というのがポイントである。この制度は仲のよい人と飲む制度ではなく、仲がよくなるために飲む制度である。ただし、本制度を用いた場合は日報に参加メンバーと主な話題(詳細は不要)を載せて、公開することがルールになっている。ほかにも社内のクラブ活動やイベントへの補助制度もあるが、原則としてすべての社員に参加の機会が与えられることが条件になっている。たとえば、東京エリアで何かスポーツイベントをやるのであれば、東京本店に在籍するすべての社員に案内が告知され、希望者は全員参加できることが必須条件である。三和建設は旧来より派閥的なものはあまり存在しない会社であったが、そもそも組織は派閥化する傾向がある。これを防ぐ努力も惜しむべきではないと思う。■社長メッセージでお祝いをする経営者と社員を互いに対峙する存在だととらえると、あらゆる不幸が訪れる。経営者と社員との連帯感や信頼感を育むには、感謝を伝えることも必要である。他者から尊重され感謝されることに喜びを感じない者はいないだろう。前述したように三和建設では毎月、メールで社長メッセージを送っているが、このメールの末尾には、その月に誕生日を迎える社員の名前と誕生日を列挙して私からのメッセージとお祝いの言葉を載せるようにしている。対象は正社員だけでなく、派遣社員やパート勤務者も含まれる。そして、その日が休日であっても必ず毎月1日の早朝(午前6時頃)に送ることにしている。もし翌日2日の月曜日でもよいとすると、前日1日に誕生日を迎える人がいたときに、誕生日のあとでお祝いのメッセージを送ることになるからだ。些細なことでも、全員同じにしたいと考えている。感謝の一つの形として書いているので、たとえ一言でもその人だけを想定した言葉を入れるようにしている。「最近、頑張っていると思うこと」「苦労をかけていると思うこと」「成長したと思うこと」などに言及するようにしている。人はその人だけに用意されたものに、相手からの思いを感じ取って、特有の価値を見出すものだと思う。問題は、私がその人のことを頭に思い浮かべてメッセージが思いつくかということだ。顔と名前くらいは一致するものの、現在どこの部署にいて、この1年間主に何をしていて、最近どういうことを考えているかさっぱりわからなければ、その人のことを思い出して何か書こうにも言葉が浮かばないであろう。つまり経営者自身が、社員の顔と名前が一致していることはもとより、誰がどこで何をして、最近どんな状況なのかをおぼろげながらでも自分の目や耳で把握していることが前提となる。それは、先に紹介した社内日報システムSODAであったり、事あるごとに社員を集めて接する機会があってこそ実現可能なのである。社員には、SODAをはじめとしてあらゆる場面で自らの存在を社長にアピールしてくれるようお願いしている。■誕生会や配偶者への花のプレゼントで感謝を伝えるまた、誕生日メッセージを送った社員には、その月に開く誕生会に招いている。パートや派遣社員も対象になるので、招かれる方がたまに驚く場合もある。大阪と東京でそれぞれ毎日行っているので、年24回開催している計算になる。メンバーは社長とその月に誕生日を迎えた人に限られる。1回あたりの参加者は7~8名までとし、その人数を超えたときは、2回に分けて行っている。人数が多いと会話が分散して、対話を深めることができないからである。また、本人だけでなく社員の配偶者の誕生日にも手紙を添えて花を贈っている。何事もそうであるが、花そのものよりも気持ちに対して喜んでもらえる。前社長も、かつては社員の子どもが小学校に入学するとお祝いとして鉛筆削りを贈っていた。しかし、お礼とともに今後も会社で頑張るといっていた社員が後に会社を退職することになったとき、前社長がそのことに言及しながら嘆いていたのを思い出す。当時の私も前社長の気持ちは痛いほど理解できた。経営が厳しくなるとともに、いつの間にか、そのプレゼントを贈ることもなくなってしまった。この誕生日会で楽しく熱く語り合っていた社員が辞めてしまうことがあるかもしれない。参加しない人も出てくるかもしれない。しかし、たとえ参加者が一人になってもこの取り組みは続けたい。ただし、誕生日会も配偶者への花のプレゼントも、始める前はやろうと思えば誰でもできる他愛のない取り組みだと思っていたが、実際にやってみるとそれなりに段取りが必要で意外なほどに手間がかかることなのである。

誰がその月の誕生日なのか一人も漏らさず特定しなければならない。欠席の場合は翌月に繰り越すのかどうか、店の手配はどうするのか、花を贈る際も結婚している社員は誰か、配偶者の生年月日はいつか、など確認すべきことは多い。花もどうせならセンスのよいものにしたいということで、秘書と一緒に花屋さんを実際に見に行ったりもした。そう考えると、やはり社員に感謝の気持ちをあらわしたいという強い気持ちがないと始められなかったと思う。

6社員の健康にも十分に配慮する〈制度としての取り組み〉■会社の手厚いサポートを準備し、活用を積極的に促す健康経営という言葉を耳にするようになった。その意味するところは、会社が社員の健康増進を支援するとともに健康を害したときにはサポートするというものである。会社が健康経営にしっかりと取り組むことは、三和建設で働くうえで、社員にとっては大きな安心になると思う。これまでも健康保険組合への加入や、社員の定期健康診断などはしていたが、ひとを最大の資産とする現在の方針においてはこれだけでは当然足りない。そこで、まずはコーポレートスタンダードに「社員の健康に関する方針」を定め、社員の健康問題は会社の問題そのものであると定義することにした。以前はどちらかといえば自己責任であった健康管理にも会社側が関与し、たとえば健康診断で思わしくない結果が出た場合の再検査も会社から積極的に促すようにしている。■健康配慮だけでない、その他の取り組みここで3つほど、三和建設が行っている取り組みを紹介する。【取り組み1】おすすめ医療機関のデータベース社員間で医療機関に関する情報を共有するデータベースをつくった。次ページにあるのが、社員で共有しているものの一例だが、親戚や知り合い、もしくはこれまでかかったことのある専門医で他者にも薦めたい医者や医院を書き込むしくみとなっている。健康や医療というものは個人の価値観が入るため、絶対というものはないが判断の一材料にはなるだろう。【取り組み2】最大2カ月の有給休暇を別途付与病気にかかったときのサポートもかつてより大幅に手厚いものにした。業務に起因するものはもとより、業務と関係ない傷病であっても連続休業になる場合には、原則として2カ月間の有給休暇を別途付与することにした。以前は有給休暇を使い切ったあとは欠勤扱いとなっていたのに比べると、社員が安心して療養に努めることができるようになったと思う。【取り組み3】先進医療を受ける場合、300万円まで給付2018年6月からは先進医療費助成給付制度も設けた。健康保険組合の保険制度では、高度先進医療の費用については保険が適用されず自由診療になるが、いざという事態になれば誰でも最高の治療を受けたいと思うはずである。そこで、300万円を上限に、会社が先進医療にかかる費用を肩代わりすることにした。高額医療費については、自己負担分が実質ゼロになるよう、健康保険から賄われない分を会社が負担する。また、健康診断の結果が前年より改善した場合の報償制度もある。

さらに、エレベータを利用せず階段による昇降を促す(60歳以上の人、体調が悪い場合、荷物が多い場合などを除く)など、ささやかな取り組みも続けている。これらの取り組みが評価され、経済産業省が制定した健康経営法人認定制度で「健康経営優良法人2018(中小規模法人部門)」の認定を受けた。

1まず仕事に誇りをもってもらう■建築に不可能なし自らの仕事や会社を誇りに思えることは人間の本質的な生きがいにつながる。誇りの醸成は会社のためである以上に社員一人ひとりのためである。「建築に不可能なし」という言葉がある。誰の言葉かは知らないが、私が大学卒業後すぐ入社した大手ゼネコンの先輩社員がこの言葉を語っていた。なんとかっこいい言葉であろうか。私が建築という分野にかかわるようになって30年近くになろうとしているが、この言葉の意味が年々身に沁みるようになってきた。建築ビジネスに携わっていると、たまにとんでもない難しい仕事に出合うことがある。こんな狭い敷地に建てられるのか、こんな難しいデザインの造形が実現できるのか、こんな短い工期で完成できるのかなど、一見すると不可能としか思えないような案件がある。建築には多くの困難が伴う。不確実性との戦いである。建築主の要望や役所からの指導にもとづく設計変更、納期の変更、価格相場の変動、近隣からの要望など、こちらでコントロールできないさまざまな要素への対応が求められる。なかでも最たるものは人である。人は常に合理的かつ予測可能な通りに動くとは限らないため、最もマネジメントが難しい対象である。■誰もが不可能だと思った工期2カ月半の仕事かつて、延べ面積約5000坪、基礎杭あり、地上2階建の店舗の建設工事を請け負ったことがある(次ページ参照)。大学で講義を行うときに、学生に店舗の完成写真を見せながら、「この建物はどれくらいの期間で建築されたと思う?」と尋ねると、半年だとか1年だと答える人が多い。しかし、実際の工期はわずか2か月半であった。基礎杭の打設から始まり、建物の建設、内装、外構の整備までの一連の工事である。文字通り昼夜兼行の仕事とはなったが、何とか所定の工期で終えられた。当初、三和建設の中でもこの仕事が2カ月半で終わるといった者は一人もいなかった。■不可能が可能になるために必要なことこのエピソードは何も三和建設の自慢をしたいために紹介しているのではない。大事なのは、一見不可能と思われるミッションであっても、ひとたびやると決めたらあらゆる資源や情報を集約してやり抜くのが建築という世界であるということだ。不可能が可能になるのかどうかはやってみないとわからない面もあるが、不可能と決めてかかっているものを可能性の世界に引き上げるのは、かかわる人の姿勢次第である。人工知能が発達する今後の世界の中で人が果たしうる重要な役割がこういうところにあるのではないか。「建築に不可能なし」は新卒採用などの場面でも私は好んで使うようにしている。社員にも繰り返しメッセージしている。それに応えて日々チャレンジを繰り返

す社員のことを誇りに思う。なにも不可能を可能にしろと約束を求めているのではない。可能が保証できなくとも、可能性を追求することは誰にでもできる。自分たちが取り組んでいる仕事への誇りを高めることは不可能を可能性の領域に引き上げる。その努力は惜しむべきではない。

2ゼネコンの素晴らしさを感じてもらう■顧客からするとパートナー選択には迷うところ建設工事というのは、通常ゼネコンがその工事を一式で請け負い、そこから専門工事会社が再下請負する形で契約がなされる。元請けのすぐ下で請け負う立場を一次下請けと呼び、さらに二次、三次と続く。わが国には50万社以上の建設業者が存在するが、そのうち元請けを中心とするゼネコンは2万社以上といわれる。ほとんどは下請負を中心とした専門工事会社であり、個人事業主を含めた中小企業である。基本的に日本国内にある建物のほとんどはこの2万社以上あるゼネコンのどこかによって建設されていることになる。事業主にとっては、2万社以上あるゼネコンのどこをパートナーとして選べばいいのかは非常に大切なことであるが、その判断は難しい(ここについては前著『「使える建物」を建てるための3つの秘訣』にて詳述)。■民間建設で鍛えられてきたという誇り三和建設はBtoB(企業間取引)を中心とした民間工事を主としているが、その事実にも誇りをもっている。以前、ある監督官庁の担当者から「民間工事ばかりやっている建設会社は品質管理体制が甘いことが多い」と言われたことがある。なぜなら、官庁工事は設計と施工が分離され、さらに工事監理者(成果物が設計図面通りつくられているかを確認する立場の人)が専任されており、品質管理がきちんと行われているが、民間工事ではそうとは限らないからだという。しかし、それで官庁工事は完璧だと考えているなら、大変な思い違いと思わざるを得ない。私たちは、たまたま隣の工区で行われていた官庁工事で平然と手抜き工事が行われている現場を目の当たりにしたこともある。昨今のさまざまな品質偽装問題の根本的要因が、この担当者の見当違いな発言に集約されているといえよう。建設工事の品質というのは、基本的に請け負っている者の良心と責任感が大前提である。その大前提を醸成する基盤は民間工事にこそあると私は考えている。民間工事では選ばれ続ける努力が必要であり、お客さまとの長期にわたる信頼関係がさらにその大前提を加速させるからだ。建設工事の品質を高めるためには、かかわる人の働きがいを高めることもまた大切である。■「誇り」を大切にしたいから「元請け」にこだわる前述した通り、三和建設では元請けの仕事を原則としている。それは、元請けの重要性と責任の重さ、これに従事する社員の仕事への誇りを大切にしているからである。多くの企業にとって設備投資は社運をかけたものであり、失敗は許されない。その一大事業の成否を左右する戦略パートナーが元請ゼネコンである。元請けはその仕事の最終責任を負い、お客さまに対して契約通り、図面通り、指示通りという概念を超え、もっと大きな包括的満足を追求することが求められる。お客さまからの声に真剣に向き合い、お客さまから学び、選ばれ続けなければならない。さらに、元請けの責任はお客さまに対してだけでなく、下請けとなる協力会社に対しても発生する。建設工事は元請けにとってもあらゆるリスクを伴う事業である。契約の履行、お客さまへの説明責任、工事代金の立替や回収、安全の確保、引き渡し後のアフターフォローなど、元請けが協力会社の前面に立ってお客さまに向き合う責任がある。そうした困難で厳しい民間工事を担当する社員こそが三和建設の強みであり誇りでもある。また、その仕事の重要性を醍醐味だと感じる者が三和建設に入社してくるのである。■ゼネコン不要論たまにゼネコン不要論を唱える人がいる。「私はゼネコンの世話にならずに本社を建ててみせた、それもゼネコンの見積もりよりも安く上がり、品質上も何の問題もない」というものだ。別にその人の言うことを否定はしない。しかしその人がゼネコンをできるかというとそうではない。私たちは再現性という現実世界に生きている。たまたまうまくいった、いかないという一過性の議論とゼネコンの社会的役割は本来かみ合わない。専門工事会社でゼネコンが不要だという主張をする人もいる。ゼネコンはピンハネをしているだけで何もしていない。実際に手を動かすのは専門工事会社の職人であると。この主張をしている人はゼネコンが何をしているか理解しないだけである。それほどまでにゼネコンという仕事は一般に理解されにくい。一時期、わが国においてコンストラクション・マネジメントがもてはやされたものの、いまだ広く浸透しない。私たちの仕事は苦労も多く、重大事故などの可能性もありリスクも高い。死と隣り合わせといっても過言ではない。そのような仕事であるからこそ、社員にはこだわりと誇りをもって臨んでもらいたいと考えている。

3施工まで一貫して請け負える魅力■建物の品質は設計施工一貫方式のほうが高いという立場建築物をつくる場合、①建築家や組織設計事務所による設計とゼネコンによる施工と分離する方法(設計施工分離方式)と、②ゼネコンが設計と施工をまとめて行う方法(設計施工方式もしくは設計施工一貫方式)の2つがある。どちらがよいのかは一概に言えないものの、三和建設では建築主の総合的な満足度は設計施工一貫方式のほうがより得られるという立場をとっている(この点は『「使える建物」を建てるための3つの秘訣』で詳述)。建築の品質を、建築が提供される一連の過程、説明責任、アフターフォローなどを含めた全体プロセスのクオリティとするならば、設計施工一貫方式に軍配が上がることが多いと考えるからである。工場を建てようとする事業主は、工場そのものがほしいのではなく、工場という設備投資を通じて行う生産活動の成功を求めている。マーケティング学者のセオドア・レビットのいう通り、人は製品やサービスのためにカネを払うのではなくて、買おうとしているものが自分にもたらすと信じる価値の期待値にカネを払うのである。人の期待値をより高いレベルで実現させるのは設計施工一貫方式が最もふさわしい。■言い訳の余地を残さないようにするもし三和建設が施工だけを請け負っていたら、別途の工程となる設計という制約の範囲内でしかお客さま満足を実現できず、お客さまの満足が達成できなかったときには、「それは設計の問題だ」という言い訳の余地を残してしまう。たとえば、自動車を買ったあとに不具合が見つかり、購入したディーラーに持ち込んだところ、その不具合は設計上の問題か製造上の問題かわからないので責任がはっきりするまで対応できないといわれたら納得できるだろうかという話である。購入側にとっては設計も製造も関係ない。これが建築生産の世界では起こり得るということだ。つまり、設計施工分離方式では、建築主は設計者と施工者それぞれに、契約当事者としての責任を負わなければならなくなるのである。ここでは、設計施工のあり方が建築主にどのような影響を与えるのかということが本題ではなく、そこにかかわる職業人としての認識の問題である。設計施工一貫方式は、供給者である社員にとって仕事の難易度は高い。問題を他人事にはできない。しかし、それが職業人としての責任感とプライドを高める。これは紛れもなく自分たちでつくったと誇りをもって宣言できるのである。簡単な仕事や責任が限定された仕事では社員の真の成長は見込めない。最も高いレベルで「つくるひとをつくる」ことができるのは設計施工一貫方式である。これはひとの成長とともに永続を目指すための試練でもある。

4自身のコンプライアンス順守は愛社精神を高める■不正を許さないことは仕事の誇りにつながるコンプライアンスは社員の活躍、幸せ、誇りなどにも直結している概念である。制約条件ではなく、仕事をするための基本条件といえる。世間の認識では、建設業は不祥事の宝庫である。もちろん結果として生じたミスもあるが、意図的なものとしか考えられない事案も多い。手抜き工事、品質偽装、違法工事、労災隠し、談合、贈収賄などは、多くの場合、意図的なものである。世の中の意図的不正は、行う者にとっては、押しなべて「必要悪」という概念によってかろうじて正当化されている。業績のため、納期を守るため、価格を抑えるため、ノルマのために仕方がないということである。「それをやるな」と言えない中間管理職が存在し、それを見て見ぬふりをするトップがいる。まして担当者でなく、トップ主導(もしくは黙認)による組織的不正であれば、この論理は経営トップの心理そのものである。■コンプライアンスへの順守度はほぼ満点の評価不正が発覚するたびに、第三者を含めた組織の管理体制を強化すべきだとか、ルールを厳罰化すべきだとかいう議論がなされる。そして「その不正が明るみに出た場合の損害の大きさを考えると、トップは不正を断ち切る賢明さと勇気が必要だ」などと専門家がコメントしていたりする。しかし、すべての悪事は「ばれないという前提」で行われるのである。三和建設では毎年組織診断を行っている。全社員にアンケートを取る形でさまざまな質問を行い、仕事や組織に対してどのような認識をもっているかを質問し結果を集計するというものである。その中に、「会社はコンプライアンスを順守していると思うか」という質問があるのだが、毎年ほかの質問に比べてとくに点数が高い。ほぼ満点であり、全社員が自分の会社は法令順守やコンプライアンスについては、とくに徹底していると思っているということだ。たしかに私はコンプライアンスにはうるさい。軽微な違法工事も一切許さない。そんなことは当然だと思うかもしれないが、実際のところ、世の中には顧客からの要望で建物と建物の間を勝手に通路でつなぐとか、後付けで庇を取り付けるなどの違法工事はいくらでも行われている。池井戸潤の『鉄の骨』という小説がある。中堅ゼネコンの若手社員が談合にかかわる業務を担当し、談合が必要悪かどうか悩みつつ苦悩する日々を描くというものであった。法律論や社会全体における善悪の問題とは別に、社員の働きがい、仕事への誇りという観点で談合の是非を考えるという内容である。もちろん小説の世界ではあるが、同じ業界の者として、この小説の視点は私にとって実に興味深いものであった。私たちは社員に後ろめたい仕事をさせない。それは、社員の仕事に対する誇りを高めるためである。本当はしたくないけれど、会社のために仕方ないから不誠実なことをする、こんなことが仕事の誇りになるかといえば決してならない。社員は自分たちが受注・設計した工事を、担当した建物を家族や友達に自慢したいだろう。もし不正なプロセスによって完成した建物を心から自慢できるだろうか。法律で決まっているからというだけではなく、誠実に仕事に向き合うよう、もっとコンプライアンスを積極的にとらえる必要がある。誇りにつながるように。お客さま満足や品質レベルを担保しているのは、技術力以上に誠実さである。決してシステムだけではない。

人に困らない会社になる秘けつ9コンプライアンスに向き合いながら可能性を追求する。谷直人さん常務取締役設計本部長私たちはトップから新入社員まで徹底してコンプライアンスを意識し、かつ実践しています。このような文化は、実務上の法的判断をする局面で上司が易きに流れない姿勢を示し続けてきたからこそ醸成されたものだと思います。まさに、先人たちが築いてきてくれた文化です。しかしながら、一口にコンプライアンスといっても、建築実務の世界においては法令の解釈や実際の対処方法には幅があります。つまり、「法令を順守するかしないか」というような単純な選択ではないということです。複数の建物群からなる工場を所有する新規のお客さまから増築の相談を受けた場合を例としてあげます。既存の建物が法に適合していない場合、確認申請という建物を建てるための手続きを受けつけてもらうことができません。したがって既存の建物群を法に適合させる必要があるのですが、通常その方法は複数あります。ロジカルに法解釈のストーリーを組み立てて、これまで培ってきた知識・経験とあわせて、コスト・将来性も加味したベストソリューションを導き出す必要があるのです。その業務はとても難しくリスクも伴います。私は会社のメンバーに「プロの第三者に整然と説明できるストーリー(法解釈)が必要だ」と話しています。では、なぜそのような困難な業務に取り組むのかというと、そこに実際に困っているお客さまがいらっしゃるからです。当社にとってのコンプライアンスだけを考えると、このように判断が難しく手間のかかる仕事を断ることが最善になります。しかし、私たちは挑戦し続けます。それはお客さまのコンプライアンスに向き合いながら可能性を追求することが、建築のプロである私たちの真の社会的責任だと考えるからです。

5お客さま対応を通して社員の誇りを高める■クレームではなく「ハートコール」建設業はクレーム産業と言われる。ビジネスの構造上、お客さまからのクレームが避けられない。いわば宿命的な課題である。その最も大きな理由は、買うものの金額が巨大だからであろう。安価なものはその商品やサービスに、ある程度の不満足があってもあきらめがつくかもしれないが、高額なものだとそうはいかない。さらには工場生産と違って建築生産の品質が安定しないこと、一連の提供プロセスにおける説明責任が不足しお客さまと提供者との間の情報の不均衡が存在することなども理由として考えられる。三和建設ではクレームのことを「ハートコール」と呼んでいる。お客さまだけでなく、協力会社、近隣住民の方、その他関係者、そして同じ会社の仲間からのクレームも含まれる。「ハートコール」と名付けたのは、そうした方々へのリスペクトが前提としてなければならないと考えているからである。相手への敬意、心のもちようを、言葉として表現したいということである。クレームという言葉自体がそれを発している相手への敵意を想起させるため、まず自分たちの責任を回避できないのかという防御の視点で考えるようになる。それに対して、誰が悪いのかという前に、何が問題になっているのかを相手と一緒にまず考えるべきだという社員へのメッセージでもある。ハートコールは発生した時点で速やかに関係者間にて共有し、誰が・いつまでに・何をするのかを明確にし、上長は決めた通りに実行するために組織内に横たわる障害の除去に全力を尽くさなくてはならない。大事なことは、まず「相手の立場に立って」きちんと聞くことであって、判断はそれからでよいとしている。■「ハートコール」はお客さまに寄り添うことへの誇りハートコールとは、文字通り「心の声」である。クレームは円滑な業務遂行の妨げとなり私たちを悩ませる。しかし、お客さまをはじめとした利害関係者の本音が反映されており、プロセス改善のための絶好の機会を提供してくれる。会社の対応次第では、かえって信頼を深めてくれるケースも多々ある。クレームは社外からの天の声、関係者の心の声としてとらえるべきである。以前、竣工後40年以上経ってから施工不良が発覚した案件があった。契約上は瑕疵担保責任をはじめとして、三和建設が対応すべき法的義務は必ずしもない状況であったが、本件については施工不良は紛れもない事実だと認められたため、法的責任とは別に無償で対応し、かえってそのお客さまからさらに信頼をいただく結果となった。当然対応はケースバイケースではあるが、契約上の責任を超えて、まず道義上の責任を考えること、そして自らの仕事への誇りという観点からどのように対応すべきかと考えることを促すために、ハートコールという言葉を用いているのである。もちろんいわれなき言いがかりともいうべきものもあり、都度適切に対応する必要はある。わが社はいわゆる「ゴネ得」を許すことはしない。いわれなき要求に対して、その場を丸く納めたいという理由だけで安易に応じることはない。これは社員の仕事に対する誇りを高めるという意味でも大切なことではある。クレームは改善の源泉だとよく言われる。この考え方を徹底するためにはクレームを、ハートコールととらえることは有効だ。つくるひとをつくるためにはお客さまのお叱りの声からも学習できる組織でなくてはならないと思う。

6支店も本店もないという社員意識■東京支店を本店に格上げ、意識が好転近年ますます拍車がかかった東京一極集中や2020年の東京オリンピック・パラリンピックを機縁とする建設投資拡大などに伴って、地方のゼネコンが東京に進出するケースが増えている。三和建設は創業後間もない1956年に東京事務所(その後、東京「支店」に昇格)を開設、以来60年以上にわたって首都圏でも建設事業を行ってきた。そして、2013年に「つくるひとをつくる」という経営理念を定めたのに合わせ、この東京支店を東京本店に昇格させた。単なる名称変更ではあるが、そこに込められた思いは、支店・本店などは関係なく全員が会社の一員としての「誇り」をもって活躍してほしいという願いが込められている。その意味合いは大きいと考えている。支店という呼称は、主としての大阪本社に対して、東京支店は従というイメージが際立つ。さらにいえば、支店=従というイメージは社内の意識にも強く影響を与えていた。支店には独自の文化が生まれる。本社からは業績に関するノルマが与えられ、業務の改革や改善も常に本社主導となる。支店は受け身の状態である。しかし、支店サイドとしては、過大なノルマが課せられないようにしたい、また干渉されず自由にやりたいという思惑が働く。ともすれば本社主導の変化からも逃れたいと思う。赤字を出して会社に迷惑をかけられないというプライドもある。こういった心理が支店独自の文化と業務プロセスを醸成していく。あくまで主は本社、支店は従という認識が全社に浸透し、極論すれば別の会社のような様相を呈することになる。したがって支店は保守的になりがちである。■本店昇格後、売上が倍増することもこのような主役とわき役ともいうべき構図ではなく、東京も支店もともに主役として全員活躍を目指したい、切磋琢磨してもらいたいとの思いから東京支店を東京本店に改称した。本社から専務を本店長として差遣したのをはじめ、数名の幹部級人材を送り込んだ。本店昇格以降、社員数や売上規模が全社に占める割合は、かつての1~2割程度から倍近くに拡大し、年によっては貢献利益が大阪本店をしのぐこともあるようになった。三和建設において東京本店は名実ともに両翼の一角となった。毎朝の朝礼もテレビ会議システムによる中継を使って一緒に行っており、かつてはほとんどなかった東京・大阪間の情報や人の交流も活発になった。60年間かけて醸成された文化や慣習を、東京において数年で一気に転換するのは難しい面もあるが、同じ会社で同じ志を共にする仲間としての意識は共有されつつある。今後は、東京本店発の改善やイノベーションが起きることも期待している。事実としては単に支店から本店という名称変更かもしれないが、最も大切なのは、社内にいる社員の意識を変えたことである。そこに込められた思いと全員活躍という理念との一貫性が単なる名称変更を超える変化を巻き起こす契機になる。それぞれの拠点が会社を支えているのはわれわれだという「誇り」をもってほしいと思っている。

7ネーミングにも社内向けメッセージを込める■誇りを演出する三和建設では自社のソリューション、社内施設、イベントや制度などに独自のネーミングを施し、ロゴマークまでつくっているものもある。それは、かっこよく見せたり楽しむためだけに行っているのではなく、会社や仕事にかかわるさまざまな要素に対して、世界に一つしかないと思えることで愛着や誇りをもたせるためのしかけである。社内施設もネーミングにこだわっている。全社会議などを行う本社1階のホールは「ひとづくりホール」、2階の応接間はウイスキーの商品名を模して「HIBIKI」「YAMAZAKI」「OLD」、設計本部の入っているオフィスは「SANWADESIGNLABORATORY」、新入社員を最初の1年間入居させる教育寮は「ひとづくり寮」である。イベントや制度にも名前をつける。年2回全社員を集める全社会議は「SANWAサミット」、社内大学は「SANWAアカデミー」、通常の会社における管理本部に相当する総務・経理・人事等を担う部門は「アシスト本部」である。管理より支援を意味するアシストのほうが、アシストする側もされる側も意識が変わるだろうという思惑がある。若手社員の委員会活動も、「まなぶき委員会」「美i場a!!向上委員会」などの名前をつけて運用している。また、CHAPTER6で後述するソリューション・ブランディングでは、食品工場の「ファクタス®」や専用機能倉庫の「リソウコ®」あるいはスケルトン・インフィルマンションの「エスアイ®」などがある。経営理念「つくるひとをつくる®」を含め、一部の名前には商標登録を行っている。これは言葉を独占的に使用したいというよりも、他社が登録して私たちが使用できなくなるということがないよう防衛的観点から行っていることである。次ページは、三和建設で使っているロゴだが、ネーミングだけでなくロゴもつくっているのは、何事も形にして「見える化」することに意味があるからである。

8お客さまとともにある70年の歴史への誇り■社歴と同じ長い付き合いのお客さまが存在する会社の信用性をはかる指標には、売上高・収益性・社員数・シェア・株価などいろいろあるだろうが、重要な指標として社歴というものもある。一般的に会社の寿命は30年といわれており、社歴を重ねることはそれ自体が試練であるといえる。もちろん単に社歴を誇っても何も生まれないし、それだけをアイデンティティーにした経営ではいずれ行き詰まることだろう。しかし、私は社員に対して三和建設が70年以上の歴史があることを誇りに思ってほしいと、常日頃から言っている。そして100年企業を目指すことを目標として掲げている。三和建設には社歴と同じ年数取引が続いているお客さまが存在する。つまり創業当時からのお客さまがいるということだが、これは会社にとっては大きな誇りである。長いお付き合いを大切にするのはこの仕事への誇りのあらわれでもある。昨年、ゼネコン業界は空前の活況を呈している。大手を中心に仕事を選ぶことができる状況であり、儲かる仕事を選べば業績はいくらでも向上する。しかし、三和建設がそうであるように、心あるゼネコンは長くお世話になった得意先の仕事を優先的に請け負っている。利益率を抑制する結果となっても供給責任という概念があるからだ。ゼネコンでは、永続責任と供給責任は相互に関連する概念である。仮に忙しいことを理由に誠実できめ細かいメンテナンスを怠れば(すなわち供給責任を果たさなければ)、発注者にとってそのゼネコンは倒産したのと同じことだからである。■すべてのお客さまを誇りに思う多くの新興企業の姿勢を見ていつも思うことがある。それはお客さまに対するリスペクトがあるのか、つまり誇りに思っているのかという点である。優秀なビジネスモデルほどお客さまとなりうる候補は膨大である。数打てば当たるの法則で業績を上げていくが、個別のお客さまへの対応は丁寧さを欠くものになりがちだ。いかに成果が上がろうが、このような営業姿勢は取りたくない。すべてのお客さまに敬意を払い誇りに思う、この営業姿勢も、お客さまとの長いお付き合いの歴史の中で育まれたものである。一過性の流行や補助金などをあてにしたビジネスモデルも違和感がある。再現性のある仕事を追求したいと考えている。会社も社員個人も一朝一夕でノウハウやスキルは身につかない。社員の継続的な成長を求めるビジネスのあり方こそが真にその職業への誇りを生むのではないか。

1100年企業に向けての青写真をつくる■ガリバー企業でないからできること三和建設では企業の規模を大きくすることより永続性を重視している。そのために、「つくるひとをつくる」という経営理念を定め、新たな人財を増やし、それぞれの社員の成長と全員活躍によって企業の永続を目指している。「つくるひとをつくる」という経営理念を掲げて以降、社員数の絶対増を目指す成長戦略に大きく舵を切った。売上のために社員が必要なのではなく、社員のために売上が必要であるという方向性への転換である。社員数の絶対数を増やしていくということは、利益も社員数に応じて増やしていくことが絶対的な条件になる。たとえば、ビール系飲料で30%近い市場占有率をもつ大手ビール会社は、そのシェアを1%増やすのに熾烈な争いを繰り広げている。業界のガリバーであれば、どれだけのシェアをとれるかは死活問題である。また、マーケット全体の盛衰と運命を共にしたり、まったく新たな市場開拓に努力しないといけないのもガリバーである。2018年現在、国内建設投資規模は約50兆円である。それに対して、三和建設の売上は100億円程度、そのシェアは0・02%と事実上ゼロに近い。売上を倍にしてシェアを0・04%にしたところで、三和建設は巨大な建設市場という大海における一滴にすぎないのである。わが業界においては大手ゼネコンですらシェアは5%に遠く及ばない。つまり、ガリバーでないわれわれは、選ばれる努力さえすれば事業を継続拡大することが可能なのである。経営努力次第だということだ。ただし、選ばれる存在になるという道は簡単ではない。■差別化を考えるゼネコンの会社案内やウェブサイトを見ると、これまでの施工実績が多数載っているものが多い。建物の規模や建物用途が多様なほど見栄えも華やかであるため、ほとんどのゼネコンはできるだけ多くの実績を載せたい心理に陥る。しかし、これが違いをわかりにくくしていた一番の要因であった。全国で元請けとなり得る建設会社は2万社以上あり、建築主も協力会社も限られた情報の中で膨大な選択肢の中から相手を選んでいる。したがって、私たちが選ばれる存在になるためにはもっと違いを明確にすべきである。■紹介を受けるときでも特色が必要三和建設がこれまで請け負ってきた仕事のほとんどはリピートか紹介によるものだ。たとえば、取引金融機関などに紹介をお願いしたときにまず聞かれるのは、どういう建物が得意かということである。そのときに、「何でも建てられます」と答える会社が金融機関にとっては実はいちばん紹介しにくい会社なのだという。何でもできるゼネコンとは何の特徴もない会社と同じことなのである。三和建設の差別化戦略は第一義的にはお客さま向けではあるが、実は紹介者に対しても威力を発揮する。このように、紹介チャネルとなりうる人々へのブランディングを、私はチャネル・ブランディングと勝手に呼んでいる。こうしたことから、三和建設では差別化戦略に舵を切ることにした。いわゆる選択と集中路線である。総花的な実績ではなく、特定のジャンルに対して他社と違う独自のノウハウと実績を説明できる会社となることを目指している。

23大ブランドでカテゴリートップを目指す■選ばれる存在になるために必要なこと建設会社の最大の経営リスクは受注ビジネスだという点にある。今年、多額の受注があったとしても、来年も同様に仕事があるとは限らない。売上や利益は毎年、ゼロにリセットされてしまうのである。常に選ばれる存在であり続けるには他社との差別化をはかり、「この分野なら三和建設がトップカンパニーだ」という強みをもたなければならない。価格は市場や顧客が決定するといわれる。利益率が低いのは商品競争力や付加価値が不足しているからであるという。この理屈にもとづけば、他にない独自の付加価値を生み出せばゼネコンでも経常利益率10%を大きく超える経営が可能であろう。価格競争に巻き込まれずに、利益を上げていくためには、付加価値も考えなければならない。他社と差別化ができ、付加価値をつけ、強みを発揮できる分野はどこなのか。その絞り込む分野を決めることがいちばんの課題であったが、3つのソリューション・ブランドを立ち上げることになった。■食品工場を中心とした、第一の柱「ファクタス」一つ目は、「食品工場を中心とした食品関連施設」である。食品工場の建設ソリューション全体に対するブランディングを目指す戦略である。独自のブランドネームも定めた。(食品)工場を表す英語「ファクトリー」に独自の価値を「足す」ということで、「ファクタス®」という名称にし、商標登録も行っている。なぜファクタス(食品工場)なのか。第一に、国内消費向けの食品工場は、鮮度や日本産への信頼性の点から、比較的海外進出しにくく、今後も国内で生産拠点が維持・増設される可能性が大きい。第二に、食品関連の製造業事業所は全国に約2万カ所を超え、ターゲットとすべきマーケットとして一定の規模を有する。第三に、三和建設には、古くからはサントリー、近年ではニチレイフーズなど大手食品メーカーとの取引実績があり、新規営業において信用を得やすい。第四に、食品マーケットは、たとえば自動車・半導体・工作機械のように景気の波に左右されにくいため、業績の安定に寄与する。第五に、食品工場は、他の生産施設に比べて施設に求められる要件が複雑かつ多様であり、知見や実績を集積することで差別化できる可能性がある。三和建設はそもそも顧客視点によるオーダーメイド志向をもっているので、この点をさらに伸ばそうとしている。この戦略によって、食品業界でも、同業界に関係するベンダー業界や紹介者となりうる人々(たとえば前述の金融機関)にとっても、食品工場の建設や改修なら三和建設にも声をかけるべきだという認識ができつつある。SEO(検索エンジン最適化)対策の結果もあるが、「食品工場_建設」などのキーワードでインターネット検索すると最上位に三和建設が表示される。ホームページを見て問合わせがくるなどということもこれまでには経験のなかったことである。■特殊な用途をもつ、第二の柱「専用倉庫リソウコ」このような特定の領域に対するソリューション・ブランディングでは、食品工場「ファクタス」に続いて、危険物倉庫や冷蔵倉庫といった特殊な用途をもつ専用倉庫「リソウコ®」も打ち出した。これも「理想の倉庫」を想起させる造語である。危険物倉庫・冷蔵倉庫・自動倉庫などは、法律や物流などの専門性の高い知識と経験が必要とされる。これも、一言でいえば、従来からの強みを生かしやすく、将来性があり、集中して強みにする価値がある分野であるという判断である。

■独自のマンション建築を提案する、第三の柱「エスアイブランド」三和建設のソリューション・ブランドには、独自のマンション建築のあり方を提案する「エスアイ®」もある。「エスアイ」は、建物のスケルトン(柱・梁・床等の構造躯体)とインフィル(住戸内の内装・設備等)とを分離したスケルトン・インフィルの略称である。三和建設の集合住宅建築は、一度建てたらずっとその場所で必要とされ愛され続ける建物を目指している。長期志向あるいは本物志向を大切にしているのである。国土交通省が定める住宅のあり方として長期優良住宅というものがある。「つくっては壊す」スクラップ&ビルド型の社会から、「いいものをつくって、きちんと手入れをして長く大切に使う」ストック活用型の社会への転換を目的として、長期にわたり住み続けられるための措置が講じられた優良な住宅と定義されている。耐震性、耐久性、維持管理・更新の容易性などが必要要件であり、さらに集合住宅においては可変性などが求められている。三和建設は、2010年に長期優良住宅の認定を受けた集合住宅を、わが国で初めて大阪府豊中市に完成させた。長期優良住宅はそもそも戸建て住宅が念頭にあるため集合住宅とは整合性が低く認定をとるためのハードルは高いが、画一的で短寿命な集合住宅の大量供給に対するアンチテーゼとしての問題提起とはなったであろう。

■「つくるひとをつくる」ための挑戦ファクタスにしろ、リソウコにしろ、これは儲かるブルー・オーシャンがあったから参入した、などという話とはまったく違う。何よりも社員には大変な苦労をかけている。しかしこの点こそが、「つくるひとをつくる」の本質である。とりわけ工場というものは、いざ取り組もうとすると実に難しい。ニーズも課題も多種多様で常に現場では苦労を重ねている。稼働後にうまく機能せずに試行錯誤を繰り返したこともある。ご迷惑をおかけしたお客さまにはお詫びしかないが、まさにこういった苦労や失敗から学んだ結果として強みを積み重ねてきている面もある。取り組む分野が総花的であるとノウハウは体系的に蓄積されない。担当者ごとにばらばらに経験が積み重なり、強みが属人化してしまうからである。その人だけのノウハウになってしまっては、ほかの働ている人の成長にはならない。しかし、分野を絞ることで実績や失敗による学びが組織全体で体系的に蓄積される。社員の専門性もより高まる。経験による知識の習得が暗黙知から形式知に変わる。「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」とはビスマルクの言葉であったか、すべての仕事が組織にとっても社員にとっても強みの蓄積につながることが理想的である。また、社員もこの分野については他社に負けられないという自負心が生まれる。勉強もするしチャレンジもする。そのことが社員を育て、つくるひとをつくる。こうしたブランディング戦略へ舵を切る際、社内の一部からも反対意見はあった。特定の分野に注力することは他の分野からの受注を失うきっかけとなりかねず、結果として売上も利益も下がるのではないかという懸念である。この種の機会損失に対する根拠のない恐れは経営革新に対する障害の典型であろう。業界はかつてない好況である。今だけを見れば特別なことをしなくても当面の受注には困らずこれほど苦労しなくてよいのかもしれない。しかし企業は短期的な収穫と長期を見据えた種まきを両立させなければならない。ソリューション・ブランディングは将来へ向けての強みの蓄積であり、100年企業へ向けての試練でもある。

3積極的なブランディングで自社を覚えてもらう■三和建設で行っているブランディング手法三和建設のようにBtoB(企業間取引)を主体とするゼネコンや建設会社はこれまで広報や企業ブランディングにあまり熱心ではなかった。しかし大手ゼネコンを中心に広報や企業ブランディングに取り組む会社が増えてきた。ゼネコンが建てる建物もそれを使う個人の存在があり、その意味においてBtoBtoC(消費者)ビジネスであるとの考えや、人材採用という観点からである。三和建設においても、近年、この分野にも力を注いでいる。「あなたの会社は何によって覚えられたいか。その問いかけが会社の未来を変える。」このピーター・ドラッカーの至言になぞらえて考えれば、この言葉が三和建設でも、ブランディングの基本になっている。三和建設はブランディングに注力しているが、ソリューション・ブランディング以外の三和建設のさまざまなブランディングの手法について紹介したい。ただし、正式な用語というより私が勝手にそう呼んでいるものもある。①コーポレート・ブランディングコーポレート・ブランディングとは、商品やサービスではなく会社名そのものがブランドとなっている状態を目指すものである。ゼネコン、まして中小建設業にはコーポレートブランドなど必要ないと思われてきたが、建設発注は発注先への投資であり会社への評価は避けられない。この傾向は年々強まってきているように思う。また人材採用という点でも重要である。コーポレート・ブランディングはあらゆる企業活動の結晶である。②ローカル・ブランディングローカル・ブランディングとは、限られたエリアの中におけるブランディングという意味である。考えてみると、ほとんどの地域建設業は自然とローカル・ブランディングが成り立っている。官庁工事であれ民間発注の工事であれ、「この地域で何か工事をお願いしようとするなら何々建設」と思い浮かぶことがブランドである。エリアというのは場所の概念にはとどまらない。たとえば三和建設は古くより大手企業をお得意先にしているが、その企業内において「こういう仕事を頼むなら三和建設」という共通認識がトップから現場にまで浸透していれば立派なブランディングの成果といえる。③ソリューション・ブランディングソリューション・ブランディングについては前述したとおりだが、この概念を重視している同業他社はまだ珍しいように思う。食品メーカーなら食品工場建設のノウハウといったように、お客さまは自分にとって特別なソリューション(解)をもっている相手に大きな関心をもつ。④チャネル・ブランディング前述したように、三和建設はほとんど紹介によって受注が成り立っている。紹介者、すなわちお客さまに至るチャネルにおいて「食品工場なら三和建設」「どこか就職先として紹介したいと思ういい会社は三和建設」という状態がつくられれば、営業活動や採用活動の大きな武器となる。⑤タレント・ブランディングタレント・ブランディングとは、そこで働いている社員(タレント)を前面に出してブランド化することである。「三和建設の社員はいい人ばかりだが、名前は覚えていないし、特徴がない」ではなく「三和建設の何々さんは素晴らしい」と言われる会社でありたい。しかし、社員が載っている媒体を見たヘッドハンティング会社の人にいわせると社員の顔や氏名をホームページや、ましてメディアなどに出すのはリスクなのだそうだ。昨今、建設業界は好況もあり、人材採用に関しては空前の売り手市場である。そのため、大手ハウスメーカーによる中小建設会社からの中堅・若手技術者の引き抜きが横行しているから、会社のメールアドレスを氏名と連動させるのもやめたほうがいいという。そうしておかないとメールでスカウトの誘いがきてしまうというわけだ。事実、三和建設の一部の社員にも勧誘のメールがくると聞いている。したがって、これを防ぐには社員の顔や名前を出さない。メールアドレスならば、たとえば、01@***.co.jpなどといった番号や記号にするほうが安全だという。あながち軽視できない話であるが、私はこういう理由で社員の個性を前面に出すのをためらいたくはない。引き抜き防止は、まさに本書で述べているような総合的かつ本質的な取り組みによって行うべきであると考える。したがって本書のコラムにあるインタビュー記事を実名とすることに何の抵抗もない。⑥リクルーティング・ブランディング新卒採用活動そのものをブランド化することを目指している。新卒採用の項でも述べたが、三和建設の説明会に行くことで業界や働くことへの理解が深まった、三和建設の選考プロセスに参加したことで自分がやりたいことが見つかったり、自分の思いを伝える技術に自信がついた、などのメリットが得られれば、たとえ三和建設に入社することにならなくても門をたたく意義はあるという認識が広がるかもしれない。口コミで新たな学生を紹介してくることにもつながる。⑦インナー・ブランディング社内向けのブランディングという意味である。社員にとって三和建設が単に「給料をもらっている相手」ということにとどまらず、人生においてかけがえのない存在として認識されること、これが会社に対する信頼や誇りに他ならない。インナー・ブランディングはアウター・ブランディング(これまで紹介した社外向けのあらゆるブランディング)と表裏一体である。社内にとって誇れる会社が自分にとって誇りに思える会社となる。

■メディアを使って積極的に発信する建設において発注者は請け負う建設会社に投資するのであるから企業の信頼性や企業イメージの重要性は軽視できない。そこで、テレビコマーシャルを打つというわけではないが、さまざまな取り組みや出来事を定期的に発信し、メディアからの取材にも積極的に応じることにしている。社長は有名でも、働いている人の顔はまったく見えないという会社もあるが、三和建設では社員にも大いに前に出てもらいたいと考え、社員の名前や顔写真も積極的に出すことにしている。そのことが、「自分は会社の顔である」という社員の自負心の醸成にもつながると思うからである。

おわりに私が社長に就任してから三和建設に、売上が倍増したり上場を果たしたりといった特筆すべき成果がもたらされたというわけでは決してない。昨今の景気を追い風に売上や社員を増やし、低金利をもとに借入をして積極的な投資に打って出れば、業容を大きく拡大していくことも可能であろう。現にそのような積極路線を歩む建設会社の経営者仲間が周りにいたりする。その経営者仲間の一人に対して私が敬意と称賛をこめつつ、「私には到底実現できない」と言ったところ、次のように回答された。「それは森本社長が(拡大を)求めていないからだよ」まさしくその通りなのである。本文でも述べた通り、会社はトップが求めた方向に向かう。そこには正解も間違いもない。浅く広げることよりも、大事だと思うことを深く掘り下げていく。それは、性格でもある。土を掘る作業と同じく、一点を深く掘り下げていけば穴は自然と広がっていくが、ただ浅く広く漉き取るだけならどの部分も一向に深くはなっていかない。企業は環境に適応していかなくてはならず、常に進化が求められるが、そのために必要なことは深化だと私は考える。それは真実ではなく単なる私の価値観にすぎない。しかし、トップの価値観が組織の真実を決定する。三和建設では先日、社内の会議において今後の三和建設の方向性を考えるための議論を行ったが、みんなが口をそろえて言うのは「ゼネコン(あるいは建設会社)らしくない会社にしていきたい」というものだ。それぞれ直近のタスクをこなすことに日々奔走し、中長期的な課題にとりくむ余裕などないだろうに、このような発想に立つことができるわが社の幹部社員を誇りに思う。しかしながらすでに述べたとおり、建設業らしくない会社になることと、建設業の本質を追求することは同じことなのではないかと私は思う。本来、建設業とは限りなく「ひと」が中心となる仕事である。したがって、ひとに関してこだわることは本業の本質を追求することに他ならない。しかしながら、たとえば人材の採用数や教育投資を足元の景気や業績に応じて決定してしまうなど、私を含め多くの経営者の判断は得てして本質から外れてしまう。本書でとりあげた取り組みには、とくに目新しかったりユニークなものがあるわけではない。むしろ当たり前のことばかりだ。そもそも私は保守的な人間であり、何を始めるにも何かを変えるにも合理的な理由を求めるタイプである。私がもっと先進的でクリエイティブな経営者であれば三和建設はもっと飛躍的な成長を遂げていたことだろう。建設業の本質を追求することで、建設業っぽくない会社になる。深化することによって進化する。本質とは常に基本であり、基本であるがゆえに退屈でもある。奇をてらうことで見た目を差別化しても、時代の試練を乗り越えることはできない。長い目で見れば本質は何かを必ず見抜かれることを70年の歴史を通じて我々は知っている。経営に関しては、世の中にさまざまな知見が提供されているが、いうまでもなく正解はない。「人生いろいろ、会社もいろいろ、社員もいろいろ」なのである。今、改めて理念経営とは何かと問われたら、「その会社らしさを貫くこと」と答えることもできる。本文でも等身大と個性について触れた。個性は出すものではなく、自然に出るものである。これからもゼネコンに求められる本質とは何かを、真の三和建設らしさとは何かを考え、そして追求していくことで、100年企業への道を歩んでいきたい。最後に、期せずしてお声がけいただき、このような機会を頂戴したあさ出版には感謝申し上げたい。平成31年2月森本尚孝

〈参考文献〉●『いい経営理念が会社を変える』2018年坂本光司(著)坂本光司研究室(著)ラグーナ出版●『クオリティ・カンパニー』2013年青木仁志(著)アチーブメント出版●『松下幸之助「最後の言葉」』2011年秋葉賢也(著)角川マーケティング●『たった三行で会社は変わる—変化と行動の経営』2007年藤田東久夫(著)ダイヤモンド社●『決定版ドラッカー名言集』2010年P.F.ドラッカー(著)上田惇生編訳(翻訳)ダイヤモンド社●『人を大切にする経営学講義』2017年坂本光司(著)PHP研究所●『「いい会社」のつくり方―人と社会を大切にする経営10の方法』2016年藤井正隆(著)坂本光司(監修)WAVE出版●『完訳7つの習慣人格主義の回復』2013年スティーブン・R・コヴィー(著)フランクリン・コヴィー・ジャパン(翻訳)キングベアー出版●『坂の上の雲』2010年司馬遼太郎(著)文藝春秋●『「使える建物」を建てるための3つの秘訣—価値ある工場・倉庫・住宅を建てるためのパートナー選び』2014年森本尚孝(著)カナリア書房●『「設計施工」の効率性研究』2012年登坂敏晴(著)白桃書房●『鉄の骨』2011年池井戸潤(著)講談社●『会社の寿命―盛者必衰の理』1989年日経ビジネス(編集)新潮社●『マーケティングの革新―未来戦略の新視点』2006年セオドア・レビット(著)土岐坤(翻訳)ダイヤモンド社●『[新版]ブルー・オーシャン戦略―競争のない世界を創造する(HarvardBusinessReviewPress)』2015年W・チャン・キム(著)レネ・モボルニュ(著)入山章栄(翻訳)有賀裕子(翻訳)ダイヤモンド社

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