はじめに人事評価制度とは経営者の心を映す鏡のようなもの人手不足や働き方改革といった人事・労務関連のトピックが連日ニュースを賑わすなか、中小企業においても、生産性向上、社員の意識改革、採用力強化・離職率低下といった「人事課題」の解決策として、人事評価制度の導入への関心は高まっているようです。ところが、コンサルタントとして日々相談に乗らせていただいていると、中小企業経営者の方の制度に対する理解や動機には温度差を感じることが多くあります。人事評価制度を導入しさえすれば、社員がもっとよく働くのではないか。制度があれば人事労務管理がもっと簡単なのではないか。さらに制度を武器に、部下に自分の言うことをもっと聞かせられるのではないか……。残念ながら、そうした短絡的な考えで形だけ人事評価制度を導入したところで、うまく機能することはありません。そればかりか、制度の導入をきっかけにして、まるでマグマのように水面下に隠れていた企業の問題点が顕在化してしまうケースさえあります。それを会社を変える好機ととらえて、積極的に活用できる経営者の方なら導入する甲斐もあるでしょう。しかし、そんな残念な企業の経営者に限って、目の前の問題と向き合うこともできず、従業員や制度そのものに責任を転嫁して、時には逃げてしまったりします。私は仕事に着手するに当たり、ご依頼いただいた経営者の方とじっくりと話をさせていただくことにしています。後ほど詳しくご説明しますが、人事評価制度とは、結局のところ経営者の心を映す鏡のようなものであり、その心のありようを伺わなければ、ご依頼通りの制度を構築することはできないと考えるからです。そうしてお話を伺って、先に述べたような安易な考えに基づくご依頼であることが分かると、私はきっぱりとお仕事をお断りすることもあります。プロとして、誰も幸せになれない制度を形だけ整えるようなことはしたくないからです。しかし一方で、人事評価制度の導入によって社員が生き生きと働くより良い組織へと生まれ変わり、業績も伸びた例もまた、たくさん見てきました。正しく設計された制度を正しく運用できれば、それはまるで魔法のように会社全体を変えるのです。目指すべき理念や理想を言語化した道しるべでは、うまく行くケースと行かないケースでは、何が違うのでしょう。それを考察する一つの方法として、本書を著しました。私が手がけてきたこれまでの仕事を振り返ると、成功にも失敗にも、必ず理由があります。どのようなプロセスでどんな制度を設計し、いかに運用した結果、成功したのか、失敗したのか。それを読みやすいストーリー仕立てにすることで、誰もがご自身の会社に当
てはめてシミュレーションするヒントになるのではないかと考えたのです。中小企業の人事制度作りを専門とするコンサルタント、浪野高志が手がけた6つの事例を紹介しています。人生悲喜こもごも、事実は小説より奇なり。会社で実際に起こったドラマの数々をご紹介します。登場する企業や人物像はフィクションですが、すべての事例は著者が実際に制度導入のお手伝いをした、実在する複数の企業をモデルとしており、どこの中小企業でもあり得る出来事を再現しています。ひとつ申し添えておくならば、制度の導入で成功する企業の経営者は、必ず正しいリーダーシップを備え、優れた幹部や管理職に支えられていました。優れた人事評価制度とは、彼らの本来の資質や能力を引き出して、会社が目指すべき理念や理想を言語化した、従業員が生き生きと働くための道しるべなのです。皆さまの会社はいかがでしょう。完成度の高い人事評価制度の元、一体感のある組織で誰もが誇りを持って働き、業績もぐんぐん伸びていく。そんな未来の礎となる制度を、これからも皆さまの話をじっくりと伺いながら、ていねいに作り続けていきたいと思っています。2019年7月吉日著者
目次はじめに人事評価制度とは経営者の心を映す鏡のようなもの目指すべき理念や理想を言語化した道しるべケース1猛獣の逆襲人事評価制度は人を支配する鞭にはならない〜企業統治に自信のない経営者が権力維持ツールとして導入し大失敗地方スーパーマーケット人事制度はついつい後回しになりがち大型競合店進出に備えて人事マネジメントに着手どこかの会社の真似をいくらしたところで根付きはしない導入検討段階ではしっかりとした理念がすでに明文化理想的な人事評価制度が導入できたものの……もう一つの導入動機に気づかなかったことで起きた波乱クライアント社長からかかってきた、1本の電話伝家の宝刀「減給評価」を乱発したのが原因従業員の意識を変革して、真面目な働きぶりが評価される風土を作りたい解説ケース1のポイントケース2溺れる社長がつかんだ間違った藁人事評価制度の設計はプロのノウハウ〜社外専門家の言いなりで、矛盾のある制度に社内幹部から突き上げをくらい、社長がノイローゼになった事例自動車メーカー関連の金属部品製造業20年間、優秀な幹部たちに頼っていた2代目社長幹部から要請された人事評価制度の見直しひな形をベースにした制度では会社は回らない夜中にかかってきた、1本の電話ベストとはいえないものの手直し制度で走り出すことに解説ケース2のポイントケース3「」
~事業承継に向け制度を導入・見直しした例創業30年のシステム開発会社コンピュータ時代の波に乗った新しい産業ここ数年で、派遣先から増えてきた社員へのクレームこれまでとは違ったクレーム内容に社長は危機意識を持つ事業承継を視野に入れて組織体質の変革を目指す手元の既存資料から突破口を開く実践項目を具体的に落とし込む社長の狙いからブレない、本気さを社内に示す反発する幹部たちには、粘り強く説明次期社長を含めて人材育成ツールとしても機能3年の月日が人間力のみならず全社的な技術レベルも底上げに解説ケース3のポイントケース4続ける覚悟が変えた風土高邁な理念を掲げた若社長に襲いかかったのは身内~地場の老舗企業が新時代に対応するために導入した例地方中核都市にある建設工事・解体業成熟した時代にふさわしい企業作りが導入動機他社での自分の経験からの制度設計ではうまくいかない「それでもやらなければ未来はないんだ」「僕がリタイアを考える年齢になる、20年後までに理念を浸透させたい」「腕のいい人」である以前に「人格のある人」であること「覚悟はしていたけれど、キツいなあ」ていねいに、分かりやすく示された「望ましい社員像」評価項目とウエイト付けは社長からの具体的なメッセージ創業者一族も例外ではなく幹部・上司も正しく評価するよい評価制度が構築できれば会社の風土もよりよく変わる解説ケース4のポイントケース5人を育て組織を変えたプロ経営者の仕事人事制度設計とは仕事の無駄の見直し〜評価制度を軸に会社の生産性向上と社員のモチベーションアップを狙う、経営再建中の企業例温泉旅館かつては予約の取りにくい、山奥の秘湯宿として知られる大震災を境にして業績悪化の坂を転げ落ちる
不安のなか、旅館生え抜き従業員の努力が希望の光外部が現場の話を一人ひとり徹底的に聞きまくる意義高い生産性や効率を備えた組織運営術を身に付けさせる制度設計する過程で問題が次々と明らかに経営再建という特別な状況下で仕事を進める「何ができれば」「どんな立場になれるのか」がクリアに評価の具体的な進め方と、その留意点解説ケース5のポイントケース6個人プレーからチームプレーへ人事評価制度が変えた企業の闘い方〜スター販売員頼りから脱却し、組織全体の力で「着物の魅力」を発信するスタイルへ変革和服販売業古い業界のやり方を改めたいと思ったのが導入動機みんなで店を盛り上げるチーム接客へと変えていこう2つのコースに分けることでチーム接客が可能に制度の下地となる等級の考え方を整備し、社員を格付けする定期評価の工夫で会社の運営をより良い方向に評価基準は「社長の想い」を社員に明確に伝えるためのメッセージ「社長の想い」が一気通貫で会社に根付き、結果に結び付く解説ケース6のポイントまとめ自社の理想像を人事評価制度で実現する実態やレベルに合った、使いやすい制度を独自に考える評価制度とは経営者そのものであり、会社のカラーそのもの社長が評価制度をうまく利用した、あるいは利用しきれなかった事例すべては社長次第。制度導入をめぐるドラマ答えはじつはシンプル人事が強い、評価制度が強い会社は中間管理職が強いでは、これからどう取り組むべきなのかおわりに巻末資料資料1人事評価制度導入までのロードマップ例(1年構築パターン)
資料29割の会社が人事評価制度で失敗する理由ポイント解説資料39割の会社が人事評価制度で失敗する理由ケース別サマリー(中小企業の場合)奥付
●人事制度はついつい後回しになりがち経営者なら誰でも、自社をより大きく、強い会社に育てたいと願っているだろう。ただし、願うこととそのための有効な施策を打ち出すことでは、ずいぶんハードルの高さが違う。なかでも人事制度は、どうすれば成果が出るのか、またどのような成果が出るのかが分かりにくい。だから売り上げの増大に直結するマーケティングのための施策には真っ先に手を付けても、人事はよほどのきっかけがないと後回しにされる。しかも、往々にしてそのきっかけは外圧だ。東日本の県庁所在地にあるスーパーマーケットを経営する宇留野大輔社長が人事評価制度の導入を考えたきっかけも、バイパスを挟んだ目と鼻の先に、有名GMS(総合スーパーマーケット)系列の大型ショッピングモールの建設計画が持ち上がったことだった。同社のルーツは、かつてはどの街にでも見られた家族経営の小さな八百屋。90年代半ばに創業者の跡を継いだ息子の宇留野社長が、スーパーマーケットに業態を変更して法人化し、約20年の間に、市内に3店舗を展開するまでに育てた。従業員数も正社員とパートを合わせて、100人近くを数えるまでになっていた。個人商店にルーツを持つ、地方の小売業者としては、まずまずの成功例と言えるだろう。ただし、ご多分に漏れず人事は昭和のままだった。そもそも店のオペレーション自体が、小さな八百屋から、多くの品物を扱うスーパーマーケットへと転身を図った際に、あちこちから連れてきた、その分野出身の責任者に現場を任せる形で回ってきた。野菜は現社長にとっても得意分野だし、八百屋時代には駆け出しの若者だった従業員がそのまま担当して、今では社長の右腕になっている。しかし、肉や鮮魚、乾物、惣菜などの売り場は、それぞれの業種で修業してきた専門家たちを連れてきて任せるしかない。結果、売り場ごとに責任者のやり方や思想が違う、いわば専門店の集合体のような売り場スタイルになっていた。もっとも、それまではそのやり方がうまく機能していたことも事実だった。地場の新鮮な魚や野菜、質と味にこだわった肉と、工夫を凝らしたメニューの惣菜など、大手のスーパーマーケットには望めない個性的な食材が並ぶ店内は、八百屋時代からのお得意様を含む地元の常連客で賑わっていたのだ。●大型競合店進出に備えて人事マネジメントに着手
おかげで当時の経営状況は良好だったが、2年後にショッピングモールが完成すれば、安穏としてはいられないのは明白だ。当時50代後半だった宇留野社長が、今のうちに手を打っておかないと、と考えたのは当然だし、それは正しかった。とくに従業員の待遇や接客などの人事・教育システムに関しては、もとより大手にかなうはずもないが、これまで店を盛り立ててくれてきた従業員がもっと誇りを持って働ける職場を作り、より多くのお客様に満足してもらえる接客を実現するためには、思い切った社内改革も必要と考えた。宇留野は以前から経営戦略とマーケティングに関してはコンサルティングを導入し、事業拡大に向けて一定の成果を上げていた。その担当コンサルタントから「そういう狙いなら、ここがいいでしょう」と紹介されたのが、中小企業の人事制度作りを専門とするコンサルタント、浪野高志の所属する会社だ。同社が主催する人事制度セミナーを事前に受講した宇留野は、人事評価制度が改革の鍵になると確信。自社に合った制度を導入し、さらなる人材の育成と成長を狙う……はずだった。よく知るコンサルタントからの紹介案件ということもあり、当初から熱心に現地に足を運んで宇留野社長の望み通りの人事評価制度をオーダーメイドで作り上げた浪野は、わずか数か月後に苦汁を飲まされることになる。浪野渾身の制度は、ほかでもない社長の勇み足によって機能しなかったばかりか、社員から総スカンをくらうという痛恨の失敗に終わってしまったのだ。コンサルティング契約に当たっては、同業などの参考事例をテキストに、導入の大まかなスケジュール感や効果が出るまでの時間、導入後の運用上の注意点やリスクなどもきちんと説明する。医療で言うところのインフォームドコンセントの段階をしっかりと踏んだうえで契約しているのだ。今回も、契約前に時間をかけてそうした説明をし、宇留野社長の狙いや要望も聞き取って、双方が納得のうえで契約している。人事評価制度導入コンサルティングのコストは内容のボリュームや従業員数、業種などによっても異なるが、導入後の運用のアドバイスも含めたフルパッケージでは、ざっと数百万円のオーダーになる。当時年商が30数億円だった同社にとっては、けっして無理な大金ではないが、支払ったコストに見合った成果を求めたい金額ではあったろう。もちろん、正しく導入・運用すればたちまち元が取れるだけの効果が期待できるからこそ、浪野も胸を張って勧める。しかし、残念ながらそうは問屋が卸してくれない事例も、やはりある。そして、この時がまさに典型的な失敗例になってしまったのだ。
●どこかの会社の真似をいくらしたところで根付きはしない人事評価制度の導入コンサルティング契約を結んだ浪野が最初に手を付けたのは、クライアントである同社の業務内容の特徴や組織の現状はもちろん、理念や、思想などを社長や幹部から聞き取り、理解することだった。それによって、人事評価の基準も変わるからだ。すべての会社に当てはまるような、万能の評価制度などないし、お仕着せのシステムをポンと導入してすぐ成果が出るほど、制度設計は容易ではない。どれほど客観的な評価表を作り、論理的に点数をつけたとしても、評価をするのもされるのも、心を持った人。される側が納得できる評価をするためには、評価をする側にもそれなりの心構えや見識が必要だし、制度の導入自体を社員にリーダーが心から納得させられなければ、やはり機能しない。にもかかわらず、人事評価制度を導入しようという企業のなかには、自社が目指すべき理念も思想もなく、市販の学力テストのように機械的に社員の評価点を記していけば、自動的に制度が機能すると考えているようなケースも珍しくはない。そうした場合には、浪野らコンサルタントは責任者や社長に対して、人事評価制度は導入さえすれば勝手に機能するITシステムのようなものではないことを、契約前からくどいほど説明する。時には社長や幹部自身、さらに組織の現状などをコンサルタントが客観的に評価して、そこを直さなければ話が始まらないと耳の痛い指摘をすることもあるし、そもそも社長はどんな会社にしたいのか、という話を聞き取り、理念を作るところから相談に乗ることもある。それというのも、人事評価制度の要諦は、自社が目指すゴールを示し、そこに向かうために社員に求める資質や行動がいかなるものであるかを明示したうえで、そこから現状がどれほどの距離にあるかを、本人に分かりやすく説明することなのだ。組織が目指すべき目標が存在しなければ、そこからの距離を評価しようがないし、正しい方向に向かって努力をしているかどうかも分からない。しかもその目標はお仕着せのそれではなく、リーダーである経営者自身が考え抜いて掲げた、自社のオリジナルでなければ意味がない。どこかの会社の真似をいくらしたところで、それを越えることはけっしてできないのである。●導入検討段階ではしっかりとした理念がすでに明文化その点では、今回のクライアントは優等生だった。契約前に念を押したそうした注意点も宇留野社長は理解してくれたし、何よりも浪野にコンサルティングを依頼する以前に、しっかりとした理念がすでに明文化されていた。創業の想いと称する言葉には、「地域に貢献し、地域とともに成長する店」と明記されている。それを受ける形で、「素直さ」「謙虚さ」「感謝心」の3つを社員の基本姿勢と
定義していた。お客様に対してはもちろん、取引業者さんや社内の同僚、地域住民の方々など、仕事でかかわるすべての人に対してそれが実践できるようになってほしいという、その願いは、じつに立派なものだ。さらにそれを下敷きに、「顧客第一主義」「適正利益の確保」「仕事を通じた社員の生活と人格の向上」といった理念も作られた。「顧客第一主義」をベースにした、どんな会社になりたいのかという想い。そして、素直さ、謙虚さ、感謝心といった、社員に対して求める基本姿勢。それらを読めば、自社がどのような企業として地域に存在したいのかという目標が明確だったのだ。そこで、浪野はそれらの理念や目標を頂点に、管理職コースと専門職コースに分けて、新入社員が仕事を覚え、それぞれのコースに設定した等級の階段を上っていく、昇進の設計図とも言うべきキャリアパスを作成した。それは「あなたは今、このポジションにいるので、次に進むためにはこれが求められますよ」という指針を明確に言語化することでもある。その作業は、かなり順調だったと言っていい。●理想的な人事評価制度が導入できたものの……大多数の社員が属する専門職コースの等級制度は鮮魚、精肉、青果、惣菜、フロア、レジ、事務といった各職種ごとに1等級から4等級まで4段階に分けられている。役職的には3等級が主任クラスのチーフ、4等級はマイスターと呼び、これが技術職コースの最上位クラスだ。マイスターには、単に技術が秀でているだけでなく、下位者のレベルを引き上げる指導者としての力や、担当バイヤーとして売り場を仕切る経営感覚も求められる。大卒の22歳で入社して、1等級の平社員から始まり、各職場を経験しながら、3等級チーフまでの昇格を一つの目標とする。そこからは、専門スキルをさらに高めてマイスターを目指す道と、部門や店舗全体のマネジメントを行う管理職コースを目指す道とに分かれる。おおよその年齢ごとのステップアップモデルも明確にした。各等級における評価の基準も明確化した。各コース、等級ごとに求められる売り上げ、利益やコストなどの数値成果に応じた業績基準、各職種、等級ごとに必要な専門スキルの内容に加えて、接客姿勢や指導力といった、「人間力」にかかわる独自の基準も設けた。会社の目指す目標や理念を体現するという意味では、じつはこの基準が最も重要だった。報告・連絡・相談、効率の良い仕事の進め方、といった社会人としての基本スキルに始まり、会社が大切にしている接客の基本姿勢についても問う。等級が上がると、後輩の指導や新しいことへのチャレンジといった、より上のレベルを
目指すための心構えや姿勢も評価される。管理職コースの最上級レベルともなれば、経営陣としての自覚や人材育成、社内の活性化への貢献など、リーダーとしての姿勢とスキルが厳しく問われる。それらの評価項目を点数に換算して、給与やボーナスに反映させる基準も、明確に示していた。全体としては隙のない、理想的な人事評価制度ができたのだ。
●もう一つの導入動機に気づかなかったことで起きた波乱ただし、後になって振り返ると、キャリアパスを作成する段階で浪野が聞き取りや相談をする導入プロジェクトチームのメンバーに、社長に対して物申すことができる人物が誰もいなかった。宇留野社長と、経理を担当する奥様、そして家族経営の八百屋時代から在籍し、社長とは年齢的にも兄弟のような、イエスマン的存在の幹部だけで評価基準ができていったきらいがあったのだ。評価によって給与を上げるだけでなく、下げる制度が盛り込まれていたのも、その結果
と言えた。しっかり仕事をしないと給与が下がることもあり得るという緊張感は、組織を引き締める効果をもたらす場合もあるが、伝家の宝刀とも言える減給を本当に適用するのは、よほどのケースにとどめるべきだ。そもそも日本の企業において、懲罰的な処分が下されること自体がよほどのことだ。まして仕事の能力に問題があるという理由で減給という罰が下る事態は、ほとんどのサラリーマンにとっては考えたこともない異常事態だろう。しかし、今回はクライアントの要望もあって入れられたその項目が、最終的には命取りになってしまったことは、後になって気づいた痛恨事だ。後になって気づいたという意味では、宇留野社長が人事評価制度に込めた裏の動機も、当時は気づくことができなかったことが悔やまれる。制度作りが本格化して、浪野と顔を合わせる回数が増えて親密になるにつれて、社長の口から「頑固な職人と給料の話をしたくないんだ」「現場の部長がオレの注意を聞いてくれない」といった社員への愚痴が飛び出していたことに、もっと留意すべきだったのだ。振り返ってみればその愚痴は、社長自身が従業員をコントロールできていないことの証明だった。そればかりか、できれば従業員とのコミュニケーションをしたくないという気持ちの表れだった。従業員との間にそんな心の溝を抱えていた宇留野社長は、減給もあり得る人事評価制度を、有無を言わせずに自身に従業員を従わせるための、権力の武器にしようと考えていたのだ。社長と社員との間にしっかりとした信頼関係とコミュニケーションが成立していなければ、そもそも組織として機能しない。ましてそんな状態で社長が社員を評価しても、納得してもらえるはずはなかった。それでも、評価制度のひな形が順調に完成し、社員に配布するとともに宇留野社長からの説明だけでなく、浪野からも導入の狙いや実際の運用方針が説明された時には、社員からも大きな疑問などは出ず、順調に制度が滑り出すかに見えたのだった。●クライアント社長からかかってきた、1本の電話宇留野社長から浪野に電話がかかってきたのは、同社への人事評価制度の導入から、わずかひと月余り後のこと。100人近い従業員の最初の評価がようやくひと巡りした頃合いを見計らって、浪野が具体的になった運用上の問題点などを聞き取るために足を運ぼうと考えていた、まさにその矢先だ。社長の「浪野さん、まずいことになった」という第一声には、狼狽と憔悴が入りまじり、その深刻さを伝えていた。「制度を導入したら、現場から反発をくらってしまったんだ」
当然ながら、制度の導入は従業員全員が了解していたこと。その点は、浪野も宇留野社長自身が社員を集めて説明する際に同席して確認している。「この制度は、みなさんの頑張りを正しく評価して、働きに報いるために導入します。目指すのはスタッフのやる気アップ、業績アップ、給料アップの実現による、働き甲斐のある会社。それによって会社をより良い、より強い組織にして、大型店に対抗しようではありませんか」という社長の説明に、従業員全員が頷いた。それを補足する形で、慎重に導入と運用をしていく方針も、浪野自身が説明した。その時点でも、疑問や不満の声は出なかった。それでは何が?押っ取り刀で駆けつけてみると、現場は大混乱に陥っていた。本店の主力部門と言える惣菜部の部長が、「こんな制度はすぐにやめろ」と社長に面と向かって申し入れ、その部下たちもリーダーに従って宇留野社長に詰め寄っていたのだ。部長は「このまま続けるのなら、自分は会社を辞める」と啖呵を切り、主だった部下も同調していた。売り場自体はいつも通りに営業していたが、裏に回れば組織は空中分解寸前という危機的状況だった。●伝家の宝刀「減給評価」を乱発したのが原因何が起きたのかは、話を聞くとすぐに分かった。人事評価制度の導入による成果を急いだ社長は、第一回目の査定が終わるや否や、評価シートに記された査定結果をすぐさま給与に反映、昇給者がいる一方で、減給される者も出た。しかも、売り場を任されている現場の部長、主任クラスに、減給の評価が続出したのだ。販売の現場は、彼らがいなければ回らない。そんなベテラン社員の多くを完全に敵に回してしまったのだから、社長に勝ち目はなかった。いきり立つ社員たちは駆け付けた浪野に「お前がヘンな制度を持ち込むからこんなことになっちまった」と噛みついた。それまで社長をつるし上げていた興奮状態のままで、獲物が来たとばかりに取り囲まれた浪野は、まるでボクシングのサンドバッグのように、罵声の嵐に打たれるしかなかった。事ここに至ると、まずは事態の収拾を図るしかない。浪野は減給の撤回を進言し、社長がそれを受け入れることで、ひとまずその場は収まった。しかし、職人気質の現場のスタッフに屈する形になった社長の権威には、大きな傷がついた。企業統治の上で、社長の統率力に疑問符が付く事態は、大問題だ。ところが、急ぎ態勢の立て直し策を考える浪野に、宇留野社長は「もういい。アンタには頼まん」と宣告したのだ。これもまた後で知ったことだが、社員につるし上げられた社長は、自身の窮地を切り抜けるために、浪野を文字通りの〝戦犯〟にして、『ヤツの言う通りにしただけだ』と言い逃れていた。そのために、今さら浪野の助言による善後策を打ったところで、不信の極みにある社員
は納得するはずがなかったのだ。結局、宇留野社長は現場の従業員からの信頼を失ってしまった一方で、じつは、騒動の1年後に件のショッピングモールが開店しても、彼の店の経営が大きく傾くことはなかった。各売り場の職人たちは大型店に対抗するために、これまで以上に発奮して頑張った。結果、かえって大型店との差別化ができ、常連客がそちらに流れることはなかったのだ。それは会社にとっては朗報ではあったが、宇留野社長にとっては複雑な結果でもあった。今回の顛末は、自身のリーダーとしての力のなさを内外にさらけ出してしまったのだから、それも当然だ。しかし、浪野は彼が人事評価制度の導入で目指した方向自体は正しかったと考えているし、最終的に経営がうまくいっているのも、制度の導入騒動がきっかけと評価している。宇留野が制度に盛り込もうとした会社の理念や理想、思想などは正しかったし、それが実現される未来を熱く浪野に語る宇留野自身も、真面目で好ましい経営者だった。導入の成果を急ぎ過ぎたために大きな反発を招いたものの、導入までに何度も繰り返した説明会を通して、従業員には会社がどこを目指し、どんな働きぶりを求めているのかは、きちんと伝わっているはずだ。結果として、それは従業員自身に働き方への気づきをもたらす研修のような役割をも果たしただろう。●従業員の意識を変革して、真面目な働きぶりが評価される風土を作りたいじつのところ、制度導入以前の従業員は、決してモラルと意識が高いとは言い難かった。鮮魚や肉を始めとする商品の知識や取り扱いスキルは高いものの、遅刻や欠勤、勤務中の喫煙、はては機嫌が悪いと客に挨拶もしないといった素行の悪さも見受けられた。宇留野社長が人事評価制度の導入を考えた狙いの一つは、そうした従業員の意識を変革して、真面目な働きぶりが評価される風土を作ろうということだった。それ自体はまったく間違っていない。それを受けて今回、浪野が作った評価シートには、商品知識や商品の取り扱いスキルなどはそれほど重要な評価ポイントに入っていない。それも、スキル以前の接客業としての基本をきちんと意識させたいという宇留野社長の意向によるものだった。現場の職人たちは大手スーパーの社員には負けないスキルを自負していたが、大手の従業員はたとえ個々のスキルは劣っても、大組織をバックにした仕入れ力や販売力を持っている。その上に、スキル以前の接客マナーや態度といった従業員教育に関してはしっかりとしたマニュアルがある。一方、こちらは大手のような組織戦は不可能だ。その分、個々の従業員の専門性=スキルはあるのが当たり前であり、その上で品ぞろえや接客を通して大手とは異なる価値観や魅力を発信していかなければ、勝負にならないのは明白だ。
その指針を示すものとして、浪野の作った評価制度はたしかに正しく練り上げられていた。技術とスキルはある。商品もいい。足りないのは人間力。だからそこを磨いてほしい。そんな社長の意志が表現された人事評価制度だったのだ。しかし、その制度が狙い通りに機能するためには、もっと組織が組織として固まることが必要だった。すなわち、ピッチに立つサッカー選手のように、すべての構成員が同じ方向を向き、目指すべき目標や理念を共有しながら、足並みをそろえて前に進む状態だ。そうあってこそ、組織の外から見ているコーチの「そこ、足並み乱れている」とか、「ポジションががら空きだ」といったアドバイスも生きる。目的地も競技のルールも示さずに、スパルタ式のコーチだけを招へいしたところで、チームが強くなるはずはない。大手スーパーという外敵の出現によって、危機に直面したチームの選手たちは、一度はこれまで以上の頑張りを見せて健闘している。しかし、これから先も同じゴールに向かって力を合わせて、誰もがやりがいや幸福を感じながら向かうためには、やはりどこかで組織のガイドラインとなる評価制度の導入が必要になるだろう。後味の悪い騒動から数か月後、浪野は宇留野社長から一本の電話を受けた。「今回はアンタを悪者にしてしまって、申し訳なかった」と、電話越しに社長は頭を下げた。その誠実さで従業員ときちんと向かい合っていければ、まだまだこの会社は伸びるはず。浪野は救われた気分になりながら、そう思っていたのだった。
解説人事評価制度の位置づけをはき違えないさて、みなさんはどう思われたでしょう。多くの社長さんは、「自分はこんなヘタは打たない」と思われたのではないでしょうか。しかし、じつはこの事例は、人事評価制度を導入する中小企業ではまったく珍しくはない出来事。コンサルタントへの不信にまで至ってしまったのは本当に残念でしたが、どの企業でもあり得ることなのです。浪野本人も振り返っていますが、今回はクライアントである宇留野社長が、人事評価制度を誤ったツールとして使ってしまったことが最大の敗因でした。制度は企業の理念や思想を社員に敷衍し、それに則った行動を求めるためのツール。けっして、社員を社長や会社の意のままに従わせるための鞭ではありません。契約前の浪野のプレゼン段階では、社長もそれを理解しているように見えましたが、じつは彼には最初から、自分の思い通りに動いてくれない社員を、人事評価という鞭を使って従わせたいという、言わば〝裏の動機〟があったのです。野菜以外の現場を知らない社長にとって、鮮魚や精肉、惣菜などの現場を仕切るリーダーたちは、頼りになると同時に、煙たい存在でもありました。田舎の小スーパーが都会資本の大ショッピングモールに伍していくためには、腕はよくとも客への挨拶もろくにできず、ちょっと手が空くと裏でタバコをふかしているような、けじめのない勤務態度の幹部を放置しておくわけにいかないのも確かです。しかし、職人気質の彼らは、たしかに魚や肉や惣菜のエキスパートではありましたが、「オレはやることはやっている」とばかりに、社長からの接客面や勤務態度などの細々とした査定や指示を無視することさえあったと、後に宇留野社長は説明しました。自身のそんなリーダーシップの弱さを、人事評価制度という〝伝家の宝刀〟によって補い、強権的に現場の社員を従わせようとしたのですから、反発を食らうのも当然でした。評価制度は決して誰にでも使える魔法の呪文ではない人事評価制度は、リーダーの資格がある人が、部下との信頼関係の下で正しく運用してこそ、社員が正しく伸び、結果として会社の業績も伸びていく。そんなツールなのです。私は人事評価制度のコンサルタントとして多くの企業を訪問しますが、じつはそんな勘違いをしている社長さんや幹部の方々は決して少なくありません。「この制度を導入すれば、誰でも簡単に従業員を採点して、働きに見合った給料や肩書を与えることができるんだろ」などという期待には、残念ながら応えられません。
「高い料金を支払うのだから、2か月ぐらいで目に見える結果を出してくれないと」というご要望にも、無理です、とお答えせざるを得ません。それを望み、自己流でやってしまった結果が、今回の事例でした。そもそも、人事評価制度の導入を考えるきっかけが、何らかのトラブルを抱えていたり、将来に向けての行き詰まり感を感じていたりといった、社長の〝焦り〟にあることは珍しくありません。今回も大型スーパーマーケットの進出という問題に対して、どうにか対抗する武器が欲しいという気持ちが、アクションの源でした。そこでコンサルタントは聞き取りや打ち合わせを重ね、社長が考える目指すべき組織像を評価制度を通して提示することはできます。しかし、実際に運用するのも適用されるのも、温かい血の通った、感情のある人間です。評価制度の何よりも大事なピースは、結局のところ人間なのです。そこを忘れて、制度を導入すればすぐに機能して業績をみるみる向上させる、ITシステムと同じように考えると失敗します。評価する側もされる側も不慣れななかでは、評価にも時間がかかるし、それが双方にとってどれぐらいの負担なのかもやってみないと分からないところがあります。料理人さんとか、旅館の中居さんのようなサービス業など、売り上げのような〝正解〟がないために客観評価がしにくく、評価制度がなじみにくい業種もじつはあります。そうした職場で制度をきちんと機能させていくためには、時間をかけて現場に浸透させ、うまく機能しないところは少しずつ修正していくような、長い目で見た取り組みも必要です。時間はコストではなく投資と考える今回の失敗例では、社長は「こんなに分かりやすい制度ができて、従業員も納得して導入したのだから大丈夫。ついてこれない社員は最悪辞めてしまっても仕方ない」と考えていたようです。しかし、どんなに納得しているように見えても、評価される従業員にとっては、始まってみないと分からない不安は最後まで付きまといますし、本当に辞められては組織として困る社員もたくさんいます。そもそも大事な社員のことを、辞めてもいい存在などと考えている社長に、ついてきてくれる部下はいないでしょう。だからこそ、導入から本格的に制度を適用するまでには時間をかけるべきだし、導入後も常に内容を見直してその会社にふさわしい制度へとアップグレードしていく姿勢が必要なのです。感覚としては、〝制度3割、運用7割〟と申し上げています。制度ができた段階では、まだ完成には程遠く、それからの運用を通して改善していく過程でこそ、会社としての業績や社風の醸成といった効果がじわじわと出ていくのが人事評価制度というわけです。コンサルタントとしては、失敗例の紹介は恥ずかしいお話ですが、この事例は私にとってもいい学びとなりました。人事評価制度の導入を目指す多くの方にも、何がいけなかっ
たのか、参考にしていただきたいエピソードでもあります。人事評価制度で最初に評価されているのは、じつは経営者
●ケース1のポイント▼人事評価制度は経営者の心を映す鏡のようなもの→権力として用いたいという心根は評価制度の内容に出るし、確実に会社にとってマイナスに作用する▼社員は経営者が思う何倍も評価制度の実際の運用(とくに結果)に関心があり、敏感である→納得性の高い運用ができない段階から、社員の一番の関心事である給与に評価を結び付けるのは危険▼評価制度は導入しさえすれば組織が良くなるものではけっしてない→経営者の「こういう会社にしたい」「こういう組織にしたい」という想いを浸透させるためのツールであって、そもそも経営者に想いがない状態だと評価制度は活性化しない
●20年間、優秀な幹部たちに頼っていた2代目社長企業の経営者が、自社の業務のすべてに精通している必要はない。小さな個人商店ならいざ知らず、ある程度以上の規模になれば、それぞれの部門出身の幹部たちが得意分野を活かし、知恵を出し合って経営していくスタイルが普通だろう。経営者の仕事はそうして各部門から出た意見や提案を高いところから見て、総合的な判断を下すこと。リーダーシップとは、いかに部下の能力を引き出し、使いこなすかにある。ところが、時には肝心なそのリーダーシップが心もとない経営者もいる。そういう人に限って、いざというときに頼る相手も間違える。ある日突然、浪野にSOSの電話をかけてきた石野冨貴夫もそんな経営者だった。石野が経営しているのは、東海地方にある従業員300名余りの金属部品製造工場。もともとは父が興した事業で、息子の冨貴夫はいくつかの取引先での武者修業的な勤務を経て、20年ほど前に社長の座に就いた。石野の父が会社を立ち上げたのは、ちょうど日本にモータリゼーションが到来したころ。創業当初はほんの数人で、数台の機械を貸し工場に据え付けた典型的な町工場だったと、石野は父から聞かされていた。自動車メーカーに直接製品を納める、いわゆるティア1と呼ばれる業者ではなかったが、大手自動車部品メーカーなどを得意先として時流にも乗り、創業以来ずっと成長を続けてきた。バブル景気の崩壊でも大きな損害を被ることはなく、リーマンショックでも、幸いにして影響は最小限で済んだ。それというのも、現場は父の時代からの信頼できる幹部たちが仕切っており、経済や環境の変化にも、彼らがいち早く、的確に対応してくれたのだ。結果、業績は安定しており、40代後半で社長に就任した石野が、経営上の大きな決断を下す必要は、ほとんどなかった。ところが、そんなのんびりした石野の性格とキャリアが、混乱の引き金になってしまったのだ。●幹部から要請された人事評価制度の見直し企業はその成長の過程で、さまざまな課題を乗り越え、時代に合わせて変化していく必要がある。会社が成長して社員も幹部も育てば、どんなに順調に見えた企業でも、おのずと問題点も見えてくるということもある。金属加工の現場ひとつをとっても、職人の技術と経験だけがモノを言う手仕事の時代と、旋盤のようなシンプルな機械による大量生産の時代、そしてコンピュータ制御の機械
を使った少量多品種生産の時代では、従業員に求められるスキルも違うし、売り込む営業先も違うだろう。そうなれば当然、人事評価の在り方も変わる。じつは石野の会社には、先代社長の時代に作られた人事評価制度があった。しかし、20年以上も前に社内で作られた制度だけに、評価項目は少なく、評価方法も「仕事は正確か」「業務遂行のスピードは速いか」といった簡単なもの。中小企業が見よう見まねで作った制度にはよくある、社員の通信簿的な内容だ。人事評価制度とは、業務を羅列して「できる」「できない」を判定する通信簿ではない。会社の理念や理想を社員の誰もが分かるように明示し、それに照らして個々の働きが正しい方向に向けて、的確な成果をあげているかを評価する。評価の結果は等級などの形で示すことで、社内における自身の立ち位置を見せたうえで、今後はどちらに、どのような努力をすべきなのかを示す。そのような評価と努力の積み重ねで、社員の誰もが目指すべき理念や理想に向かって力を合わせることができ、会社全体の業績やステイタスの向上にもつながるのだ。ところが、中小企業とはいえ300名もの従業員を擁し、さまざまな得意先を抱えて高度な機械を多数稼働させるようになったにもかかわらず、石野の会社には前時代的な「できる」「できない」を基調とした業務の評価制度しかなかったのだ。もっと細やかな評価項目を、より公正・客観的に評価して待遇に反映できるような人事評価制度が必要ではないか……。経営会議の場で幹部からそんな声が出るようになり、社長である石野に善処を求めたのは、ここ数年のことだ。それまではずっと、業績も順調に推移し、人事評価制度であれ、就業規則を始めとする業務上のルールであれ、見直しの必要性が論じられることはなかった。しかし、当時の会社は変化の度合いを増す経済や環境に素早く対応し、さらなる成長を目指すために、もう一歩、階段を上がる時期に差し掛かっていたのはたしかだ。そして何より着任から20年近くが経った2代目社長の石野には、そろそろ真の意味で社長にふさわしいリーダーシップが求められていたのだ。●ひな形をベースにした制度では会社は回らないところが、肝心の石野社長の腰は重かった。じつは当時の会社の体制や規則、ルールのほとんどは、先代社長と現幹部たちが作り上げたもの。他社での修業を経て2代目社長の座に就いた石野は、現場の業務に精通しているわけでもなく、出来上がったレールに乗っているだけで20年も社長が務まってしまったのだ。そんな手腕の社長が現状に見合った改革を部下から迫られても、何をどうしていいか分からなかったのも無理からぬところ。正直なところ、面倒臭いという気持ちも強かったのだろう。
そこで彼が本当のリーダーシップを持ち合わせていたのなら、ある意味で彼の仕事は簡単だった。信頼できる幹部のなかから社内改革担当者を選任し、時代に合ったもろもろの改革案を考えさせればよかったのだ。会社の今日を築き上げてきた、できのいい幹部たちだから、しっかりとした改革案を用意して、最後は石野が承認するだけといったやり方もできただろう。しかし、当の幹部たちから改革を求められた石野には、そのアイデアがなかった。浪野のようなプロのコンサルタントに相談する手もあったが、それもできなかった。じつは浪野が所属するコンサルタント会社では、数年前に石野の会社から幹部向け教育研修を受注する機会があった。それを縁に、浪野が担当する人事評価制度の導入に関しても営業をかけたことがあったが、その時は見送りになっていたのだ。いつもなら、新しいことは周到に練った策を用意して石野に提案してきた幹部たちが今回、白紙の状態のままで改革の検討を申し入れてきたのは、そのような頼りない社長に喝を入れるには、手ごろな課題とでも考えたのかもしれない。しかし、難局を乗り越えた経験のない社長は、たちまち煮つまり、頭を抱えてしまった。そして、パニックになった彼は、間違った相手に頼ってしまったのだ。社内の幹部連に突き放されて孤立無援となった石野社長に救いの手を差し伸べたのは、社外役員でもある社会保険労務士だった。国家資格である社会保険労務士は、従業員の労働社会保険手続きや年金相談、労務管理の相談指導などが本来の業務だ。人事や労務の関連案件が業務範囲に含まれることから、評価・賃金制度などのコンサルティングまで手がける人物も少なくない。弁護士や税理士、司法書士などと同様の、いわゆる〝士業〟ということで、顧問先からは「先生」と呼ばれ、日常業務でも経営者の相談相手になっている人は多いだろう。今回も、人事評価制度の刷新を幹部から求められ、どうしていいか分からないと愚痴った石野に、「それなら私がやりますよ」と軽く請け負った先生は、頼もしく見えたに違いない。あとで分かったことだが、じつは、その先生は評価・賃金制度などのコンサルティングは手がけておらず、経験はないに等しかった。そうして、どこかで見つけてきた人事評価制度のひな形を手に、「こんな感じでいかがでしょう」と巧みにプレゼンした社会保険労務士に、藁をつかむ思いの石野は飛びついたのだった。ひな形をベースに石野の会社に見合った要素も加えて提案した制度案は、一見、理にかなって見えた。理念や背景もそれらしく作られ、文言も立派なもの。それを見てすっかり有頂天になった石野は、まるで自分を試すように、これまでにない難題を押し付けた幹部たちに、「これならどうだ」とばかりに新しい制度を披露した。ところが、切れ者の幹部たちはたちまち問題点を次々と指摘したのだ。新しい制度案はガラス張りの公平性を謳い、業務の内容を羅列して、そのうちどれだけ
できれば昇格できるのかという条件を明記していた。「これができれば○等級」という評価と等級の関係も明快で、その構造自体は分かりやすかった。しかし、たとえば製造部門と運輸部門、管理部門と経理部門で、異なる仕事の内容や求められる技術のレベルの違いがまったく考慮されていなかった。高度な精密機械を取り扱い、熟練するまで何年もかかる製造部門の職人仕事と、運転免許証さえあれば誰でもできる出荷・運輸部門の仕事が、ほとんど同じ条件で評価されるような制度がうまく機能しないことは、少し考えれば誰にでも分かるだろう。同じようにパソコンに向かっていても、片や取引先に認められれば年間数億円の売り上げに結び付く設計図を、高度な工学知識を駆使して作っている開発部門の社員も、汎用の経理ソフトに数字を打ち込むだけで帳票がホイホイ作れる若い社員が、同じように「コンピュータを使いこなせる」と評価されたのではたまらない。かと思えば、「これができれば昇格」と評価シートに書かれている必須項目が、一部の従業員だけが携わる業務だったりもした。その業務を担当していない社員には、いくら頑張っても昇格の機会は与えられないことになってしまう。「これではまともに制度が運用できない」という幹部たちの指摘はもっともだった。ところが、問題点を指摘された石野が、そもそもその案を提案した社会保険労務士の先生に改善策を考えてほしいと頼ると、彼は「それを考えるのが社長の仕事だ」と突き放した。さらに泣きつく石野に、あろうことか先生は「アンタが部下にガツンと言えないのがいけない」と高圧的に言い放ったのである。●夜中にかかってきた、1本の電話問題点を指摘する部下の赤字で染まった評価制度の試案を手に、石野は途方に暮れた。自分よりずっと現場を知り尽くした幹部たちの指摘に、石野は答える術を持たなかった。「次の会議までに、改善案を考えてください」と幹部から言い渡されて困り果てる姿は、どちらが経営者か分からない体たらく。ため息をつくばかりでなんの策もない石野社長は、会議の日が近づくにつれて、夜も眠れなくなった。そうして、明日はまさに幹部につるし上げられる会議という日、ひとり社長室で頭を抱えていた石野が、ふと気づいたのが浪野のコンサルタント会社の営業担当者が、以前置いていった名刺だった。たまたまオフィスでひとり残業をしていた浪野が石野からの外線電話を取ったのは、まったくの偶然だった。以前、教育研修をした担当者は浪野ではなく、石野との接点はこれまでない。しかし、尋常ならざる様子でいきなり電話をしてきた石野は、事情の説明もそこそこ
に、初めて会話した浪野に「明日の会議の席に同席してもらえないか」と泣きついたのだ。切羽詰まった石野の様子に、浪野も無下にはできず、上司と営業担当者に急ぎ許可だけを取って、翌朝の新幹線に飛び乗ったのである。とりあえずオブザーバーとして参加した会議は、混乱を極めた。幹部たちの理詰めの問題点の指摘に、石野社長と社会保険労務士は納得のいく返答ができず、社長は絶句したまま立ちつくし、社会保険労務士はふてくされた態度で「私は社長に頼まれて案を出しただけだ。問題を解決する責任はそちらにある」と突き放すだけ。実際のところ、空回りする会議の末席に控えて目を通した人事評価制度の試案は、経験豊富な浪野の目から見ると、どう見ても未熟で運用は難しい代物だった。かといって、その場にいる誰も善後策を持ち合わせず、互いに責任を擦り付け合うだけ。時に怒鳴り声さえ発せられる子供のケンカのようなやりとりは、とても建設的な会議ではなかった。●ベストとはいえないものの手直し制度で走り出すことに人事評価制度の設計は、浪野のようなプロであっても最初から完璧なものができることはない。仕事に着手すると、浪野は社内のすべての部署の仕事内容をヒアリングし、社員からの取材を繰り返し、それぞれの仕事の難易度や必要性、効率や生産性、あるべき姿などを洗い出す。それだけでも地道な努力とノウハウを必要とする作業だが、そうして作った初期の評価項目と評価基準を提出すると、今回のように問題点が次々と指摘されるのが常。それをいかに改善し、誰もが納得のいく評価項目や評価基準に落とし込んでいくかこそがコンサルタントの手腕なのだ。最近では、ネットなどでもさまざまな業界で使われている人事評価制度のひな形が手に入るし、書店に行けば評価シートの見本もついた書籍もある。それを参考に形だけ整えることは、労働の現場に精通している社会保険労務士にもできないことはなかっただろう。しかし、それを本当に使える形に改善・洗練することは、素人には難しい。石野社長に社会保険労務士が逆ギレしたのも、頼られた彼自身が制度を完成させるためのノウハウを持ち合わせていないことに気づいてしまったからかもしれない。彼には「提案はした。あとはそちらの問題」と開き直るしかなかったのだ。会議の現場では社会保険労務士の顔を立て、黙って現状把握に努めた浪野は、散会後、疲れ果てた顔の石野社長と社長室で二人だけになると、改めて彼の希望を聞き、現状案をなんとか手直しして、運用が可能なレベルに仕上げる仕事を請け負った。本当は白紙から取材して制度設計の大本から始めるほうが効率的かつ理想的であることは明らかだったが、その時の石野には、現状のこう着状態をなんとかすることしか見えていなかった。白紙からのやり直しでは社会保険労務士の顔も潰すことになるし、幹部連中にも改めて
根回しや稟議が必要になる。そんなエネルギーは、もはや彼には残っていない様子だったのだ。石野の命を受けて、浪野は、制度案の改善に取りかかった。当初案では、昇格条件として「現グレードの職務に対応する遂行能力レベルが原則80%以上満たしていること」と単純に決められていたのに対して、浪野は、職種・部署ごとの難易度の違いによる調整を加えた基準を設けた。マネジメント職の評価に関しては、専門スキルによる昇格基準の差は設けない一方、業務管理者としてのパフォーマンスを求める。くわえて、評価の対象に現グレードにおける直近2年間程度の業務遂行状況を成果と取り組み姿勢で評価することとし、現時点での保有能力だけではなく、複数年度での成果や姿勢をも問うことで、評価が年功だけに偏ることを避けた。さらに現グレードだけでなく、上位のグレードの業務を遂行するための適性と能力の評価項目を加えた。これは能力だけではなく、意欲や会社の理念・方針へのロイヤルティ、仕事を遂行するうえでの問題意識、改善意識、責任意識、人間性(立ち居振る舞い、コミュニケーション)、将来性等を本人との面談を通して総合的に判定するとした。そのうえで、とくに昇格が役職への任命を伴う場合には、要件を満たしている場合でも、組織の状況により昇格を見送る場合があることを明記した。社会保険労務士が作成した最初の案は、ガラス張りの人事制度を売りにしていた。昇格の要件を明確にした、透明で公平な制度と謳ったが、現実問題として、本当にガラス張りの「これができたらこのグレード、この役職」という簡明な人事制度の運用は不可能だ。どんな組織にもその時に置かれた状況があるし、たとえ能力がある人間でも、組織の都合で不本意な仕事を与えねばならないことも、その人間を活かすポストが用意できないこともある。人事評価制度とは、そうした〝大人の事情〟をも呑み込んで、なるべく多くの従業員が納得できる、そして何より会社の理念や理想を明確に示し、会社がそれに向かうための力になれる人材像を示すことが求められるのだ。その点で、社会保険労務士が最初に提案した制度は、あくまでも理想を大雑把に示した案でしかなかった。浪野はそれに手を加えてなんとか形にしたが、やはり完成形とは程遠い。本来は仮運用の形でスタートし、数年間試行するなかで問題点を抽出・改善して、完成に近づけていくのが望ましい姿だ。しかし、今回はたたき台を作った社会保険労務士の顔を立てる必要があり、早期の制度導入を求める幹部の意見も聞かねばならない。くわえて予算もないとあっては、浪野の経験を活かしてこれならなんとか運用できるという評価シートと制度にこぎつけ、運用は彼らに任せるしかなかった。石野社長は最後まで、声が大きく高圧的な態度の社会保険労務士に抗弁できず、彼と対峙すると手が震えるほど精神的に追い詰められていた。幹部たちも彼と対立しながらも、
一度は信頼して仕事を頼んだ社長の意を無視することもできず、浪野が手直しした制度案を了承して走り出すことになったのだった。
解説頼むのであれば、実績のある、信頼できるプロにコンサルタントという仕事は、スポーツにおけるコーチに似ているかもしれません。より上の成績を目指すために、練習法やフォーム、時間配分や身体のメンテナンスなどを客観的に見てアドバイスしたり、指導したりする。そう考えれば、たとえば似たような大きさのボールを使うからといって、サッカーとバレーボールとバスケットボールの指導を同じコーチに頼むことはありません。同じ水泳でも、競泳とアーティスティックスイミング(かつてのシンクロナイズドスイミング)も、まるで別物でしょう。今回の事例は、そのように一見、似た業務に携わる人物に、畑違いのコンサルティングを依頼して失敗してしまったという例です。ひと口に人事評価制度といっても、業種が違えば評価項目も評価基準も違います。等級制度などの待遇も、業種や会社の規模によっても千差万別です。プロのコンサルタントはそうした違いを知り尽くして、クライアントの業種や規模や要望にかなう制度を白紙からオーダーメイドで作り上げるのが仕事なのです。実務経験を重視、耳が痛いことを言ってくれるくらいがよい参考までにコンサルタントが独り立ちするまでのプロセスをご説明すると、最初は先輩についてさまざまな業種のコンサルティングの実例を学び、評価シートの作成などの補助的な業務をしながら、具体的な仕事の手順を身に付けていきます。アシスタントとして、ひとつの業種で最低2~3社の実例を白紙から経験して、なんとなく、基本が見えてくるといったところでしょうか。そこまでで最低でも2~3年はかかるのが普通でしょう。そうして小規模な案件を先輩の指導を受けながらまっさらから手がけ、仕事の肥やしとなるべき失敗も一通り経験して、4~5年で小規模な企業の定型の人事制度・賃金制度がなんとか作れるようになります。企業のすべての業務を取材して、独自性のある人事評価制度の評価項目と評価基準を作れるようになるのはさらに先。今回のように200~300人規模の企業の人事評価制度をひとりで作れるようになるには、よほど優秀な人でも5~6年はかかるはずです。ちなみに、この案件のような製造業とサービス業は、新人コンサルタントにとっては必ず経験しておくべき業種です。どちらも社内の職種が数多いですし、とくにサービス業のなかでも小売業ではBtoCのノウハウも学べます。プロのコンサルタントでさえ、それだけの修業を経てようやく独り立ちするのですから、本来は畑違いの社会保険労務士の先生が、見よう見まねで作った制度が、最初からう
まく運用できるはずがありません。じつは最近、この案件のようにコンサルタントもどきの人物が作った制度が機能せず、後始末を依頼される例は増えています。とくに社会保険労務士さんは、ふだんから人事にもタッチしており、社内事情にも通じていることから、やりやすいと考えるのでしょう。しかし、制度の設計はそうは簡単な仕事ではありません。コンサルタントには、まず社長である自分がどうしたいのか、何を目指すのかをきちんと説明するところから始めるべきです。その段階で「そのやり方だとここで失敗します」といった耳の痛い指摘もしてくれる人を選ぶべきです。そのためには、自社の事業に近い業種や規模の企業での人事評価制度構築経験があるほうが望ましいでしょう。部下同様、外部のプロを上手に使いこなすのも社長の仕事とくに、制度導入後の運用面でのコンサルティング経験が豊富であるかどうかはコンサルタント選びのポイントです。ケース1の解説編で「制度3割、運用7割」と申し上げましたが、人事評価制度はスタートしてからのほうがむしろ問題が起きやすいものです。ところが、じつは運用面まで突っ込んだ指導をしているコンサルタントはあまりいません。今回の社会保険労務士のように、人事評価制度のデザインだけして終わりというケースが少なくないのです(そのほうが作業量に対する単価は高くなるからということもあります)。したがって、可能な限り、運用面でよく起こる問題についても熟知しているコンサルタントに依頼することを勧めます。逆算して運用で問題が起きにくい制度設計のアドバイスを受けることができるため、スムーズに評価制度を導入できることでしょう。今回の事例では、部下をうまく使えなかった社長が彼らから突き放され、途方に暮れた挙句に、間違った助っ人を頼ってしまいました。こう言ってはなんですが、そもそもリーダーシップに欠ける社長が、馬脚を現してしまったということもできます。部下を育て、上手に使うことは、経営者の資質です。同様に、コンサルタントのような外部のプロをうまく使うことも、優れた経営者の要件かもしれません。いささか手前ミソですが、経験豊富な、本当に頼りになるプロに依頼すれば、自社にぴったりの人事評価制度は必ず導入できるのです。プロを使いこなすことも優れた経営者の資質
●ケース2のポイント▼人事評価制度は社員にとって透明であればあるほどよい、は間違い→完全にガラス張りの運用は不可能だし、経営者視点では柔軟な運用ができずかえって苦しむ→幹部、社員から矛盾を突っ込まれた時に納得のいく返しができなければ不信感を生む。社長の権威を失墜させる最悪の結果を生むことに(組織には知らなければ別に気にならなかったようなこともたくさんある、寝た子を起こさない)▼経営者は人事制度のプロである必要はないが、人事制度についての最低限の知識・勉強を行い、少なくとも設計された制度が自社にどんな作用(または反作用)を及ぼすかについて具体的にイメージできるようにしておくことが必要→人事制度の課題について定期的に幹部と話すなど、常に関心を寄せておく姿勢が重要▼人事評価制度設計時、外部アドバイザーへの丸投げは絶対にしてはならない→すべてに責任を持ってくれるアドバイザーは残念ながら存在しない▼外部アドバイザーを雇う際には、経営者としての自身が抱えている課題、実現したいビジョンと評価制度をきちんと結び付けてくれる人を選ぶ。選ぶ側の責任もある→同規模同業他社かつ自社が抱える課題に対しての解決事例を有しているか、質問に対してきちんと答えられるか、など細かくチェックする→人事評価制度を「設計」しただけではなく、「運用」まで面倒を見たことがある人なのかどうかは存外大切(運用してから出てくる問題も多いのが評価制度、そこでの経験がどれだけ豊富かは使いやすい評価制度づくりのアドバイスができるかどうかと直結。作ってから問題が起きにくい)▼経営者自身に「確固たる想い」「軸」がないのであれば評価制度は作らないほうがよい→幹部や現場責任者からの、評価制度に対する問題点の指摘に耐えられず、制度が長続きしない
●コンピュータ時代の波に乗った新しい産業世の中の進化や変化が、企業や人事評価制度の在り方に影響を与えるのは当然のことだ。とくに近年の変化は加速度を増し、新しい職業や働き方も出現させている。社会のデジタル化、IT化の進展や人材派遣という業態の定着も、そうした時代を反映したこの20~30年の大きな変化だろう。内野時雄が率いるのは、まさにそのふたつを兼ねた企業。さまざまな用途の業務用コンピュータシステムを開発・運用・管理するシステムエンジニアやプログラマーを、得意先のニーズに合わせて派遣する人材派遣会社である。創業は約30年前。まだウインドウズと呼ばれるオペレーションソフトは存在せず、パーソナルコンピュータが個人に普及する以前の時代だ。多くの文系サラリーマンはキーボードに触れたこともない一方で、企業への会計・在庫・顧客管理などのコンピュータシステムの導入が進み始めており、専門知識を持つ技能職のシステムエンジニアやプログラマーは不足していた。おかげで、多少なりともコンピュータがいじれるというだけで彼らは引っ張りだこの状態で、内野の会社も創業以来、順調に売り上げを伸ばしてきた。数人の仲間とともに創業した当時は、全員が営業マン兼エンジニアとして得意先を駆け回ったが、現在の社員数は120名余り。営業専門の部署も擁し、エンジニアは本来のプログラミングやシステム構築に集中することができる。中小企業ではあるが、新興のこの業界では既に老舗であり、まさに時代の波に乗っての成功だった。しかし、じつは内野社長は20年近く前から人事評価制度導入の必要性を感じながら、決め手を欠いていた。創業当時は社員である仲間の全員が経営者であり、営業マンであり、エンジニア。それぞれが得意先を開拓しては、自身の技量と才覚で結果を出せばよかったから、評価制度などいらなかった。言ってみればフリーランスの職人集団のようなもの。依頼された仕事をきちんと仕上げるだけの技術があり、会社としての売り上げが満たされていればそれでOKだ。だが、100名を越える社員を抱えるとなると、そうはいかない。エンジニアやプログラマーとひと口に言っても、今やそのレベルや仕事の内容はさまざまだ。新規の専用システムを白紙から構築する大規模で高レベルの仕事もあれば、汎用のシステムに定型のデータを入力し、出力するまでのオペレーター的な仕事や、他社が納めたシステムの運用管理やメンテナンスまで幅広い。社員の多くはそれらを担う現場の技術者だが、組織として考えると、単純に技術力の高低だけで評価するのは、もはやそぐわない。しかも、将来的に内野社長は、社員数400名程度までの成長を目指していた。それだ
けの社員を適材適所に配置して、持てる能力を最大限に発揮させるためにも、客観的で公正中立な評価制度が必要なことは明らかだ。●ここ数年で、派遣先から増えてきた社員へのクレームところが、それでは何をもって評価するのか、と考えると、誰もが納得する制度を構築するのはなかなかに難しい。何しろ内野社長以下、幹部も社員も専門知識と技術を武器に、今日までやってきた負けず嫌いの職人気質の集団なのだ。人材派遣という業態柄、上司は常に部下の仕事ぶりを見ているわけではなく、客観的な評価が難しいという事情もある。部や課の単位で何人ものスタッフをまとめて得意先に送り込む大規模な仕事もあるが、多くは専門分野ごとに分かれた課から、仕事の内容に応じて選抜した技術者で構成されたチームをその都度組み、得意先に常駐する形。なかには遊軍のようにその日によって仕事先が変わるスタッフもおり、すべての現場で上司が仕事ぶりをチェックすることは物理的に不可能だ。そうした事情を鑑みると、IT系人材派遣業という業種や規模に合った汎用性の高い人事評価制度は、意外とみつからなかったのだ。内野社長が人事評価制度の導入を考えながら、長くアクションが起こせずにいるうちに、問題が顕在化した。ここ数年で、社員の派遣先からのクレームが目に見えて増えてきたのだ。どの企業でも社員が各自のパーソナルコンピュータを使いこなすようになった現代では、コンピュータを扱えること自体は特殊技能ではなくなった。得意先のニーズに応じて、パーソナルコンピュータの一般的な知識を越えるオリジナルのシステムを構築したり、その運用を効率的にできる技術はもちろん必要だ。しかしそれ以上に、顧客の要望を的確に聞き出したり、先方のメリットとなる、より高度なソリューションの提案を分かりやすくできるような、技術以外の要素も重要になっている。●これまでとは違ったクレーム内容に社長は危機意識を持つところが、寄せられたクレームには、派遣した社員の専門技術面での問題と、派遣先でのコミュニケーションや態度といった、言わば〝人間力〟にかかわるものの双方があった。それも、古株の社員にも問題が起きたのだ。技術面に関するクレームの原因は、エンジニアが専門家として重宝がられた時代の技量と感覚のままで、研鑽を怠っていた勉強不足だった。IT技術は日進月歩。ほんの数か月前に持て囃された最新技術が、瞬く間に陳腐化することは珍しくない。まして10年前の技術に精通しているからと言って、顧客がネットなどで調べた最新技術に関する質問に的確な対応ができないのでは、不安がられるのも当然だ。
一方、コンピュータがこれだけ社会に普及し、ソフトやシステムの組み合わせも複雑になると、顧客のニーズを満たす提案もまた、膨大な選択肢のなかから説得力を持った最適解を示さねばならない。ところが、やはり自身の古い技術に拘泥し、職人的な頑固さで顧客に自分のやり方を押し付ける古株もいた。かと思えば、コンピュータとシステムに関する専門知識と技術は卓越しているのに、社会人としての普通の会話がきちんとできないオタク系エンジニアも今なおいる。競合するライバルも増え、顧客のさまざまなオーダーにきめ細やかに対応することが求められる時代に、相手の話をしっかりと聞けず、先方のニーズを満たすサービスが提供できないのは大問題だ。そうした問題点を個々の社員に自覚させ、改善・向上を目指させるためにも、いよいよ人事評価制度の導入が喫緊の課題となったのだ。●事業承継を視野に入れて組織体質の変革を目指すさらに内野社長にはもうひとつ、懸案事項があった。大学卒業後に入社して、現在は取締役の任にある自身の息子に、近代的で統率のとれた組織としてから社長の座を譲りたいのだ。もともとが専門技術者集団としてスタートした内野の会社には、どうしても、技術の優劣を人材の優劣と見る前時代的な風土がある。大工や鳶、電気工事士などの技能職や専門職の社員を抱える建設会社などでも見られることだが、肩書や組織内での上下関係より、腕のいい者の声が大きく、ともすれば管理職の指示より、ベテラン技術者の意見のほうが現場では尊重されることさえあった。しかし、現在の規模の組織を統率するには、それを許してはならないことは明らかだ。本当に優れた技術は評価されるべきだが、チームのリーダーは自身が活躍することよりも、部下が最大限の力を発揮できるよう気を配ることも大事な職務だ。会社という組織で仕事をしている以上、特定の個人の技術に頼るのではなく、人格や性格、リーダーシップなど、さまざまな持ち味の社員が適材適所に配置されて力を発揮してこそ、組織の潜在能力を最大限に引き出すことができるのだ。そこで内野社長はつねづね、「技術で負けても人間力で負けるな」と社員に訓示していたが、なかなか浸透はしなかった。創業以来の社長の仲間でもある幹部にさえ、技術がある者が偉いという価値観の者がいたのだから、それも当然だ。人事評価制度の導入によって、その風潮を正し、技術的にはまだ若輩であることを認めざるを得ない息子が、リーダーとしてきちんと統率力を発揮できる組織にすることが、自身の社長としての最後の仕事と彼は考えていたのだ。●手元の既存資料から突破口を開く
内野社長が浪野高志を知ったのは、ちょうどそんな折だった。たまたま読んだ書籍で、浪野が中小IT系企業の人事評価制度を多数手がけた実績があることを知り、さっそく自社への制度導入のコンサルティングを相談したのだ。コンサルティングの契約前に、浪野はまず依頼者である社長とじっくりと話をして、制度導入の狙いや目的、予算や導入時期などはもちろん、社長自身の性格や人格、掲げる理想などまで聞いた。そうした話をするなかでは、しっかりと時間をかけて制度を導入することも、強くアドバイスした。内野社長と話して分かったことは、彼が自社に人が育っていないという危機感を抱いていることだった。新しい技術を学ぼうとしない技術者、逆に技術しか視野になく、社会人としての常識や教養を持ち合わせない技術者、自身のやり方や都合だけを優先して、組織の利益を考えない技術者。彼らがそのまま育たなければ、この先の会社の成長はない。内野社長は人事評価制度の導入を通して、彼らに学ぶ姿勢を持ち、教養や常識を身に付けた、組織や社会全体に目配りできる社員になってほしいと思っていたのだ。それは浪野にとっても望ましい目標だったが、それを本当に達成するには時間がかかる。なぜならそれは、会社の体質自体を変えていくという大きな仕事だからだ。人事評価制度とは、学校の通信簿のように社員の能力に優劣の点数をつけて、支払う給料を決める道具ではない。会社の「あるべき姿」や理念、理想像を明確にし、そのために社員が発揮すべき能力や思考を、役割ごとに定義する。そして、そこへの「到達度」を評価という形で見せることで、現在の社内での自分の立ち位置を知り、会社全体をより高みへと向かわせるためには、何をするべきかを社員自身が考えるきっかけとする。それが本来の在り方だ。ところが、同社の現状はそれには程遠かった。「技術で負けても人間力で負けるな」という訓示は、難しいトラブルやシステム構築を鼻歌交じりにやりとげるが、派遣先で挨拶もできないエンジニアには伝わらなかったし、口下手で部下に得意先での態度を注意することすらできない部課長もいた。それを変えていくためには、人事評価制度を導入するだけでなく、それを運用しながらの、根気強い体質改善への努力が必要だったのだ。幸いにして、内野社長の目指すところは明確だった。浪野はそれを、社員に対して評価制度を説明するための冊子の表紙に、社長メッセージとして掲げた。それは以下のようなものだ。▼企業間競争に勝ち残るための人事制度激しさを増す企業間競争に勝ち残るためには、現状のままではいけない。個人の力、組織の力の双方が不十分であるという危機感を全社的に共有する必要がある。得意先から言
われたことだけをしていればいいという姿勢では、到底生き残れない。そこで、社員一人ひとりが自身に求められる役割を理解し、責任を持って仕事に当たれる組織体制を確立するために制度を導入することを宣言した。▼給与処遇を引き上げていくための人事制度社員の生活を維持向上させていくためには、会社が適正な利益を確保し、成長することが必要だ。そのうえで、賃金は生活保障の考え方を中心に、会社の成長に応じた分配の仕組みを人事制度で構築すると定めた。▼頑張った人が認められる人事制度会社が生き残っていくためには、社員一人ひとりが責任感を持って、主体的に仕事に取り組む姿勢が不可欠。そのために、会社の理念・経営方針に共感し、成長する意欲を持って頑張る社員を手厚く処遇すると説明した。会社がどこを目指すかという大きな目標を示し、そのために新しい制度が必要であることを社員に納得させる序文だ。冊子のページをめくると、次にはより具体的に制度を構築・導入する目的と方針が述べられている。▼キャリアパス、評価基準、給与決定基準の明確化による人事制度の「見える化」▼社員のモチベーションやスキルアップにつながる、「人材育成型」の人事制度の実現それは裏を返せば、評価や給与決定、社内でのキャリアアップの基準が明確でなく、上司が部下を育てることができず、社員のモチベーションやスキルが向上していないために、会社の成長につながっていないという現状を示していた。人事評価制度を構築することは、自社を客観的に評価し直し、時には目を背けたくなるような弱みも直視して、改善を誓うことでもある。すなわち、人事評価制度の前に、会社の再評価が必要なのだ。内野社長は、そうした事実を冷静に受け止め、正しい処方箋を提示することができる賢明な人物だった。●実践項目を具体的に落とし込むそのうえで、社員の主体性・責任感を引き出すというコンセプトで、重点的に取り組む項目が示された。▼期待役割・責任範囲を明確にした等級・役職制度
一般職、管理職、プロフェッショナル職を明確に区分し、とくに役職者の責任範囲と期待役割を明確にした。そして等級制度と評価制度・賃金制度を効果的に連動させるとした。▼社員の主体性を引き出す育成型評価制度の運用評価内容は「成績・業績」と「職務プロセス(技術力・人間力・マネジメント)」の2本立て。結果のメリハリのある評価制度であることを前提に、人材育成を主眼とした運用も行う。具体的には、非管理職は大卒・修士卒新入社員並みの1等級から始まり、現場リーダークラスの4等級までが設定されている。管理職・プロフェッショナルコースはその上に位置する。プロフェッショナルコースでは3つの等級段階が設定されており、自身の技術が優れているだけでなく、クライアントとの交渉など営業的な側面や、部下を育成する技術講師などの役割も期待される。管理職コースはプロフェッショナルコースのP2等級レベルに当たるL1等級から、最上級のM2等級まで。役職で言うと、L1、L2は課長クラス、L2は早ければ部長も任される。M1~M2等級が部長・本部長クラスとなり、以後は執行役員への道も開かれている。特徴的なのは、管理職コースからプロフェッショナルコースへの転換もあることが明記されていたことだ。総合職の正社員は原則として管理職コースを歩むが、なかには組織を牽引する幹部より、現場で尊敬される技術者として上を目指すことを望む者もいる。そうした多様な生き方や働き方に応えた制度となっているのだ。●社長の狙いからブレない、本気さを社内に示すもちろん、等級によって、評価のポイントとなる期待役割は異なる。評価点は大きく分けて実務能力にかかわる職務プロセス評価と、その結果として得られる成果・業績評価。職務プロセス評価には、全等級の社員に共通する項目として基本的なビジネススキルや責任感、協調性など、仕事に対する姿勢なども含む「人間力の項目」と、システム設計力、開発力、システム言語習得など、業務に関連した具体的な知識や技能、企画提案力なども含む「技術力」の項目が問われる。役職者にはそれに加えて、部下の指導や部門活性化、労務管理、庶務管理等のマネジメント能力の評価が加わる。一方、成果・業績評価は、最初から非管理職の3等級までと、それ以上では異なる。非管理職組はスキル系と、人間力系その他業務全般に関して、研修の積極的な受講や資格の取得、新技術の学習、社内業務改善提案なども含まれる自己啓発的内容が評価の対象だ。それが4等級以上になると、売り上げや利益といった、直接的な最終業績指標が問われ
る。幹部級の社員には現場レベルの取り組みだけでなく、業績という企業活動の根幹に対する責任をも求めるのは当然のことだ。それらの制度を設計する過程では、実際に制度を運用する役割も果たす導入プロジェクトチームのメンバーは、「この業界は特殊だから」と言いたがり、技術面での評価項目を重視したがった。しかし、浪野はそれを拒んだ。技術系の会社である以上、技術はあって当然のこと。もちろん、必要最低限の評価要件としては制度に盛り込むものの、そのウエイトは決して大きくない。むしろ社長の狙いとする「人間力の向上」につながる、技術以外の項目こそ、充実させるべきと主張したのだ。腕一本の技術屋気質の古株社員たちは、その方針に口々に不満を述べた。技術力なら正確に判定できるが、人間力などというあいまいな指標を評価することなどできないと言う。しかし浪野は、組織の中で人の上に立つためにはそれが必要であり、管理職としては当然の評価ポイントなのだと説得した。上司が常に部下の仕事ぶりを見ているわけではないという派遣業ならではのハードルも、彼らは口にした。それに対しては、見る努力もまた、管理職の評価のポイントであると説いた。仕事ぶりを見ていないことを評価できない理由にするのは、そもそも管理職としてのコミュニケーション不足だ。部下本人から派遣先での自身の仕事の進捗状況や成果・問題などの報告・連絡・相談をきちんと受けることは、上司としての責務のうち。同じ得意先に派遣される別セクションの社員から仕事ぶりを聞くこともできる。さらに客観性を高めるために、得意先から社員の評価に関する意見を聞くヒアリングシートを営業部門経由で記入してもらう制度も整えた。「できない」という理由を一つひとつつぶして、できる方法を考えたのだ。そうした新しい仕事の負担に対しては、新たな手当を盛り込むことも、浪野は内野社長と相談して決めた。それは不満の声を静める薬であると同時に、「そこまでする社長は本気なんだな」と社内に思わせる意味もあった。本気の覚悟がなければ、会社を変えるような本格的な制度の導入など不可能なのだ。●反発する幹部たちには、粘り強く説明じつは、管理職からのそうした反発は、浪野にとっては想定された事態だった。制度導入を考えた内野社長が正式に社内での検討を始めた初期の段階から、浪野は幹部たちの会議にオブザーバーとして参加した。すると30分もしないうちに、社内が同じ方向を向いて
おらず、ばらばらであることが分かったのだ。経営も含めた議題を諮る会議中は、幹部たちはあまり発言せず、社長らの提案を受け流すように同意する一方で、技術の話になると声が大きくなった。それも、より高度な技術や難易度の高い問題の解決手段を持つ幹部の話に、会議が流されていく。そのままの状況で社長の望む人間力重視の評価制度を導入しても、うまくいかないことは明白だった。エンジニアたちは幹部も含めて、システムやプログラムを扱う専門家としてのスキルで優劣を決めたがっている一方で、それこそが、内野社長が危機感を抱いている根本的な理由だったのだ。もしも、彼らの望むような技術力を重視した評価制度を構築してしまったなら、社内は個々の社員が知識や技能を競い合う競争のようになってしまい、チームとしてのパフォーマンスはかえって下がってしまうだろう。優れた知識や技術を持つ社員が現在の地位を守るために、自分のノウハウを同僚や部下・後輩に開示したがらず、社内で継承されていかない可能性もある。浪野は、そうした姿勢が企業の衰退のきっかけにすらなりかねないことを、根気強く説明した。内野社長からも、折々に自社が求める人間像を発信してもらい、それに合った人間が評価されるシステムであることを強調した。浪野のそうした地道な行動には、人事評価制度と言うよりも、組織改革のコンサルティングをしているような側面もある。人事評価制度を導入するということは、会社が求める人材像を明確にし、彼らが活躍できる組織に社内を作り変えるという作業でもあるからだ。技術系の企業にもかかわらず、技術による評価にあまり重きを置かないのは、浪野が過去に経験した同業種の企業へのコンサルティング経験から学んだポイントでもあった。技術者たちの意見をすべて聞き、彼らが満足するような技術重視の制度を自分たちで作らせた結果、膨大で細かいチェックポイントが並んだ評価シートができてしまい、結局、運用が不可能になってしまったのだ。浪野と社長が目指した人間力重視の評価シートでは、技術の枝葉にこだわるあまり、かえって効率的な業務を阻害する制度を作るような人間は、逆に評価されない。求められるのは、誰とでも円滑にコミュニケーションできる常識や知性を備え、最新の技術を常に学ぶ向上心を持って、得意先に安心して送り込める技術者。部下をそのような人材に育て、自身も研鑽を怠ることなく、より良い組織運営のために幅広い目配りや情報収集ができるリーダー。そして多くの社員を束ねて、彼らから愛され、信頼されて正しい経営判断ができる幹部だ。そうした基準で現在の幹部を評価すれば、大幅にランクが下がってしまうような人物も、当時の会社には存在していた。社長とともに創業に参加し、成長期の同社を支えはしたが、今日の技術にはついていけず、学ぶ気もなく、なおかつ、部下に対する目配りや組織運営、経営についての見識もない。
そんな〝いるだけ幹部〟にイエローカードをつきつけることもまた、人事評価制度の役割の一つとして内野社長は期待していたし、それもオーダーに含まれることを、浪野も理解していた。●次期社長を含めて人材育成ツールとしても機能その幹部のなかには、じつは社長の息子も含まれていた。自身がエンジニアでもある彼は、入社から比較的短期間で取締役の地位に就いたものの、技術者としてのスキルは社内でも上位ではなく、さりとて次期社長としてのリーダーシップが発揮できるような自覚もまだなかった。
内野社長は浪野との打ち合わせや雑談のなかで、人事評価制度の導入によって自社をより効率的で強い組織にしたいという希望とともに、息子にも組織を率いていくのだというリーダーシップを自覚させ、そのためにはどのような能力を身に付けるべきかを自身で学んでほしいと語った。創業社長の優れたリーダーシップを息子に継承することもまた、今回の制度の狙いなのだ。事実、人事評価制度は、人材を育てるツールにもなる。会社が掲げる理念や理想を実現するために、社員はかくあれかし、というメッセージを伝える教科書としても、評価制度は役割を果たすからだ。しっかりとした見識を持ち、長い目で会社を強く、大きく育てていくことができる制度を導入・運用していこうと考える社長の想いが込められた制度を作ることは、浪野にとってもやりがいのある仕事だった。逆にありがちな失敗例が、創業者の時代に急成長を遂げたものの、後継者が育っていなかった企業が、社長交代と同時に人事評価制度の導入や組織改革を急いだ結果、長年現場を支えてきた部下からの不信を買って失敗してしまうというものだ。中小企業には、血縁者が代々経営権を受け継ぐ同族企業が多い。しかし、街の商店レベルの数人の企業ならいざ知らず、100名を越える規模ともなれば、後継者にもそれなりの人格や人望、実力がなければ、スムーズな権力の移譲は難しいだろう。たしかに、その〝帝王学〟の教科書としても、人事評価制度は機能する。しかし、制度さえ導入すれば無能なリーダーでも組織を率いていけるというのは大いなる勘違い。制度を運営するうちに、必ず発生する問題や課題を解決しながら、社員とともに育っていくような気構えを自分自身で持った人物だけが、誰もが認めるリーダーに成長していくことができるのだ。●3年の月日が人間力のみならず全社的な技術レベルも底上げにそうして、浪野が作った人事評価制度は走り出した。浪野に対して、時間をかけて制度を育てていくことを約束していた内野は、社員に対しても、制度を導入後もすぐには給与などには反映せず、最低でも数年をかけて評価の在り方、求められる人物像などを理解してもらったうえで本格的に適用すると説明した。それでも、導入早々から自身の期待よりも低い評価を突きつけられて愕然とする幹部や、より上を目指すためには現状のままではいけないことを宣告されて凹むエンジニアも続出した。内野社長が偉かったのは、そうした部下の一人ひとりにきちんと目配りをし、今後は評価制度で明示された目標に向かって研鑽すれば、より良い評価が得られることをていねいに告げるといったフォローを惜しまなかったことだ。浪野もまた、訪問するたびに現場の管理職やエンジニアの声にていねいに耳を傾け、必要なら評価シートを改定することも躊躇しなかった。
社長と浪野のそんなやり方は、まもなく社員にも理解され、社内の声がこれまで以上に社長に届くようにもなった。エンジニアには職人気質の気難しいタイプも多いが、いざ話してみれば素直な人が多かった。技術ひと筋で生きてきた幹部たちも、浪野に本音をぶつけながら試行錯誤するなかで、「部下の管理や評価なんてやったことがないし面倒くさいけれど、いい会社になるためには必要なんだろうね」と理解してくれたのだ。制度が本格的に走り出してから3年ほど経つと、いよいよ効果が目に見える形で表れた。それまで、部下の育成などやろうとしたこともなかったマネジャーやリーダーが、月に一度でも部下とミーティングをするようになり、社内のコミュニケーションがよくなることで、社員の仕事へのモチベーションも向上した。古い技術にしがみついていた幹部のなかにも、部下とともに定期的に最新技術を学ぶセミナーなどに通う者が出てきた。そうして、会社全体としての技術レベルも底上げが図られたのだ。一方、なかには管理職としては不適格との評価が続き、管理職コースからプロフェッショナルコースへと転換される幹部も出た。内野社長にとっては創業当時からの仲間でもある彼は、転換当初は社長が心配するほど落ち込んだ表情を見せていたが、やがて現場で頼りにされて、生き生きと働く姿が見られるようになった。管理者として人を束ねることより、自身が得意な技術で評価されるほうが好きな生き方であることを、自覚するに至ったのだ。親しい仲間との飲み会の席で、彼は「現場で働く今のほうが自分らしい」と語り、ホッとした表情さえ見せたという。人事評価制度には、人を本来あるべきポジションに導くという効果もある。懸案だった社長の息子も、順調にリーダーへと育った。制度の導入当初は次々と寄せられる社内からのクレームに対応し、制度を改善する役割を内野社長自身が引き受けていたが、それが落ち着いてくると、徐々に息子を矢面に立たせるようにした。彼はその期待に応えて制度の改善と円滑な運営に尽力し、社内でのコミュニケーションを重ねるなかでリーダーとして認知されていった。同時に息子自身にも、この会社をこれからもっとよくしていくのは自分なのだという自覚が生まれ、自分が責任を持ってやるのだ、という当事者意識がひと目で感じられるまでになったのだった。
解説すべては社長のリーダーシップや見識があってこそ人事評価制度の導入で、社長の狙い通り人が育ち始めたこの会社は、順調に成長を続けています。しかし、制度はまだ完成したわけではありません。運用開始から3年が過ぎ、すっかり定着した一方で、社内からは評価ポイント改定の要望も出続けています。評価の結果を給与に反映する運用を始めたのも3年目から。これから評価結果がより待遇に反映されるようになると、さらに不満の声は出るかもしれません。そうした声をていねいに拾い上げながら、よりよい制度へと完成度を高めていくのがこれからの仕事であり、それなくして本当にいい制度は完成しません。改善を求める声のなかには、やはりもっと技術を評価してほしいという要望が強くあります。人間力を重視した評価制度という社長の意向もあり、技術は評価ポイントとしてはあまり高くありませんが、それが技術者たちにはやはり不満なのです。そうした声をどこまで聞くかは、ケースバイケース。ガス抜きという意味でも現場の声を取り入れることは必要ですが、そのすべてを聞いていては結局制度の目的が壊れてしまいます。そうした決断を下すためにも、社長のリーダーシップや見識は大切です。この会社への制度の導入がうまくいき、効果もしっかりと現れたのは、ひとえに社長がしっかりとした人物だったから。後継者の息子さんもその資質を受け継ぎ、善きリーダーへと成長しつつあります。若者気質にひびく制度構築は十分に可能それ以外の部分で今、問題になりつつあるのは、会社の体質や制度の内容ではなく、最近の若者気質です。じつは20代の若手社員のなかには、給料を上げることや出世することよりも、自分の時間や暮らしを大切にしたいという人がいて、スキルアップのための勉強や努力に関心がないのです。この事例ではIT系の会社ということで、いわゆるコンピュータオタクが多いのは確かですが、それだけではなく、これは最近の若者全体に当てはまる現象かもしれません。これからも会社が成長していくために、そうした社員に仕事のやりがいを持たせ、全体としてのレベルアップにつなげていけるよう、評価制度をうまく結び付けていくことが課題になっています。それも、5年、10年のスパンで制度を育てていきたいとおっしゃる内野社長となら、うまく解決していけるでしょう。人事評価制度の導入は、会社の組織風土自体を変えていくようなインパクトのあるイベント。それを理解して使いこなす経営者とともに、コンサル
タントもまた、遠いゴールを目指して走り続けるのです。人を育てる評価制度は会社の体質をも変えていく
●ケース3のポイント▼人事評価制度は人材育成のためのツールにもなる→査定の機能だけで使うのはもったいないし、それが会社の評価制度のカラーになってしまう危険も→技術者の意識改革をしたい、というような目的にも使える▼細かい評価基準(たとえばスキル表)なら良い評価ができるわけではない→技術系の会社の評価者はそれを望むが、実際にやると運用に手間がかかってしまい、かえっておざなりな評価になることも→細かいところまで評価者は見切れない(中小企業はプレイングマネジャーがほとんど)▼人事評価制度を導入してすぐ成果が出るというのは間違い→「設計3割、運用7割」の気持ちで臨むことが大切→まともに使えるようになって、徐々に成果を実感できるまで最低3年、定着・浸透するまで5~6年は手入れを怠らないようにすべき(以後も同様)→ていねいに運用できたあかつきには、技術者の意識改革のような成果も得られる可能性がある▼人事評価制度は経営者にとってスムーズな事業承継のための準備的な側面もある→後継経営者の育成、意識改革に人事評価制度の導入/見直しのプロセスを活かすことができる→ただし評価制度の構築・運用のすべてを後継者に任せるのではなく、事業承継が完了するまでは経営者自身が矢面に立つことが必要(そのほうが幹部を納得させやすくスムーズに制度を運用できる)
●成熟した時代にふさわしい企業作りが導入動機戦後から高度経済成長の時代までの日本社会は、今よりずっと弱肉強食の世界だったのかもしれない。仕事といえばデスクワークよりも、汗水たらして働く現場が主役。そこでは頑健な肉体や我慢強さが求められ、学力よりも手先の器用さや、機械や道具を扱うスキルが評価された。当時はどこの会社でも常識だった年功序列の賃金体系も、それらの高い技術を持つ現場のベテランが厚遇される、ある意味で合理的なシステムだったのだろう。ホワイトカラーの職場でも、高邁な理念や理想を掲げるインテリの若手は、時に年長者からは「つべこべ言うな」と叱り飛ばされたもの。たとえ理不尽であっても、上からの命令を黙々と遂行する体育会系の学生が、大学生の就職戦線でも強かった。とにかく体を動かして、がむしゃらに働けばそれに見合った報酬が得られた右肩上がりの成長期。だからこそ、日本人はひたすらまじめに仕事に取り組み、時には自分を殺してでも組織に従っていれば、今日の繁栄を築けたのだろう。そこではたしかに、これひと筋の職人気質の経験則や腕一本の実力が、働き手の優劣を決する分かりやすい指標だったのだ。しかし、新しい時代には、新しい価値観が求められる。強さが正義だった昭和の時代とは違う、成熟した令和の時代にふさわしい企業像を目指して、人事評価制度を導入しようという若い経営者もいる。ただし、ご多分に漏れず成功のためには乗り越えなければならない壁がいくつもある。力が正義の時代を生きてきた古参幹部はその代表だ。舞台は日本海沿岸の中核都市。社員数200名余りを数える建設工事・解体業者は、半世紀前に裸一貫から身を起こした先代社長が育て上げた、地元では知られた企業だ。農漁業が盛んで昔から食うには困らなかったが、これといった産業がなかった土地が戦後に工業化される過程で、先代社長は時には荒っぽい実力行使も交えて仕事を取り、部下を率いて今日を築いた。反社会的勢力とは無縁ながら、現場の多い仕事柄もあり、夜道で出会ったなら思わず道を譲りたくなるような、逞しい身体つきの無愛想な男たちが肩で風を切って歩く、そういう社風だった。高度経済成長の時代には、それが武器にもなったのだろう。たとえ猛吹雪の最中でも気合と根性でダンプカーのハンドルを握り、現場を一回でも多く往復した社員が賞賛された。受け入れた資材の山を、重機を手足のように操ってあっという間に正確に仕分けるオペレーターが神様だ。彼らは得意先への挨拶ひとつできなくても、性格が少々粗野でも、やることはやっていると胸を張れた。仕事帰りの酒量が過ぎて警察沙汰になっても、身柄を引き取りに行った
社長が丸く収めておとがめなし。明日はまた元気よく働けばそれでよかった。社員はみんな家族のようなもの。家長たる創業社長はオヤジと呼ばれ、荒くれた男たちも彼が一喝すれば逆らえない。就業規則さえろくになかった当時を、いい時代と振り返る社員も多いだろう。しかし、今の時代にはそれでは通用しないのは明らかだ。その一方で、ずっとそんなやり方がまかり通ってきた社内を、一朝一夕に変えることは難しいこともまた、明らか。生え抜きの社員にはまず難しい、その改革を、人事評価制度の導入によって進めようと考えたのは、大手企業での勤務を経て創業社長の後を継ぎ、社内では「若社長」と呼ばれる息子の浅野毅だった。●他社での自分の経験からの制度設計ではうまくいかない10年ほど前に40歳そこそこで父から社長の座を受け継いだ浅野社長は、当初はコンサルタントに頼ることなく、自身で人事評価制度を構築できないかと試みた。彼は東京の有名私立大学を卒業後、外資系大手企業に20年近く勤務していた。そこでは、年度初めに自身の能力の分析や本年度の目標を上司との面談で設定・申告し、年度末にはふたたび上司との面談で当初目標からの達成度を査定して、翌年度の待遇が決まった。外資系を始めとする大手企業では、いわゆる目標管理制度を軸とした人事評価制度を取り入れて、うまく機能している例も多い。浅野社長は自分自身の経験を参考にしながら、自社に見合った制度を設計できないかと考えたのだ。しかし、残念ながらそのときは、狙い通りの制度を作ることはできなかった。人事評価制度は、その企業が目指す目標や理念を社員全員に敷衍し、それに対する各人の到達度を問うことで、組織としてのパフォーマンスを最大限に引き出しつつ、社員の働きを公正に待遇に反映させるためのシステムだ。当然、業種が違えば評価項目は異なるし、たとえ同業種でも、目指す目標や理念が違えば、やはり評価の項目も点数配分も違ってくる。まして評価シートは、単に上司が部下を採点する通信簿ではない。評価する側にとって、好き嫌いなどの感情を排して公正に、公平に記すことができることはもちろん、評価される側にとっても、納得のいく評価の基準が明示されていなければ、うまくいかない。素人の若社長が見よう見まねで作った評価制度は、かつて在籍した大手企業の様式をまねたおかげでそれらしい形にはなっていたが、似て非なるものだった。そもそも評価項目に、彼の会社独自の歴史や理念、目標などが反映されていなかったし、評価の在り方も、毎日の業務を列挙したうえで、それに携わる社員になんとなく順位を付けた、気分や相性まじりの通知表以上のものにはなっていなかった。
形だけ評価制度を名乗っても、社長からの一方的な目線で社員の見える範囲の働きを査定しているだけ。それでは、父である創業社長がすべてを仕切っていた時代の「お前よく働いたから、明日から課長な」といったどんぶり勘定人事と変わりなかったのだ。それでも、それが間違った制度であることに気づいただけでも、若社長は聡明な人物であったと言えるだろう。見よう見まねで導入した人事評価制度はうまく機能しないばかりか、社長と社員の関係や、社員同士の信頼関係さえ傷つけて、結果として企業を存亡の危機に追い込んでしまうリスクさえあることを、彼は独力で理解したのだ。それでも諦めることなく情報収集に努めた浅野社長が、人事評価制度を解説した浪野高志の著書に出逢い、「この人なら」と見込んでコンタクトしてきたのは、それから5年ほど経った後のことだ。じつは最初の制度が導入前に頓挫して以来、浅野社長はずっと、自身の率いる会社がどうあるべきかを考え続け、改めて改革の必要性を痛感していた。実力主義と言えば聞こえはいいが、そのじつ、社会人としての常識や教養より、現場での経験や腕力のほうがモノを言う、それまでの社風は、地方の小さな地場企業で良しとするならなんとかなった。しかし、大手企業や中央省庁なども視野に入れて営業活動を展開するには、もはや無理があった。事実、社長就任後の5年間で、浅野社長は大手企業勤務時代の人脈などを活かしてトップ営業を展開し、誰もが知る大手企業や官庁を得意先として開拓していた。創業社長時代の同社は下請けの仕事が中心で、取引先からは建設業やエンジニアリング業といったハイテクの技術者集団というよりは、肉体派の現場が気合と根性でどんな仕事でも受け入れる、便利屋的な解体業者というような見られ方をしていた。しかし、若社長は思い切った投資で最新設備を整え、ISOと環境認証も取得。ハード面に関しては、循環型社会に適応したエコ企業として、建設副産物対策やグリーン調達等にも地元企業に先駆けて取り組んだ。その結果、大企業と対等に付き合える要件を満たしていくことができた。そこまで自身で会社を育ててきたからこそ、彼はさらなる高みを目指すための社内改革に挑む決意を、より強く固めることもできた。まさに機は熟したのだ。●「それでもやらなければ未来はないんだ」相談を受けて、さっそく足を運んだ浪野に、浅野社長はそうした経緯と目標を熱っぽく語った。彼が目指している方向性をひと口に言えば、理念による経営だった。創業社長の親族が幹部の多くを占め、現場のスキルと年功だけが評価の対象となる古い経営では、未来はない。腕がよければ人格に問題があっても許されるような社風ではなく、得意先からも尊敬
されるような人格を備えた社員たちが胸を張って働けるような、社会価値創造企業を理念に掲げる近代的な組織へと、自社を作り変えたいのだという。「新しい時代に合った理念を作りたいんだ」という若き2代目社長の熱弁には、浪野も大いに感銘を受けた。ただし、聡明でロジカルな若社長に、創業社長時代から従ってきた中核社員たちとの温度差があることはひと目で分かった。高い理想や理念を掲げた経営は、少人数で立ち上げたばかりのベンチャー企業ならいざ知らず、すでに半世紀もの歴史を持ち、現場を支える200名もの社員の力技で成長してきた企業が新たに導入するにはハードルが高い。しかし、それを指摘した浪野に、浅野社長は「そんなことは分かっている」と頷いた。そして、「それでもやらなければ未来はないんだ」と続けたのだ。そこまでの覚悟があるのなら、浪野にも断る理由はなかった。現実問題として、浪野が数多く見てきた地方の中小企業の現場は、今もなお前近代的なことが多いものだった。血縁関係と年功で社内での序列が決まり、経験とスキルのある者が順送りでリーダーになる。そんな組織は老舗と呼ばれるような名門でも珍しくはない。それで何十年、時には何百年も続いてきた組織に、改めて理念や理想を持ち込むと、かえって混乱することもある。これまでうまくいってきたものを、なんでわざわざ変える必要があるのだ、という抵抗勢力は、いつの時代のどんな組織にもいる。明文化されていなくとも、長く続いた企業には、暗黙の裡に理念に近い概念が醸成されていることもあるだろう。それを別の言葉で表現したのが伝統であり、家風や社風だったりもする。そこに誇りと愛着を持った幹部や従業員ほど、少しでも今までのやり方を変えようとすることに抵抗するのだ。しかし、それが通用するのは家族経営の小さな商店レベルまで。「頑固に守り抜いた伝統の製法で、昔ながらの味をお届けします」という和菓子屋の謳い文句も立派な理念のひとつだが、それが数百人規模の組織に成長すると、餡の作り方にも練り方にも、包み方にも接客術にも、より具体的に明文化された指標や基準が必要になるだろう。味は昔ながらだとしても、その商品を通じて社会にどのように貢献するのか、という理念を掲げることで、さらなる成長という高い目標を目指すこともできる。そうして明確に定められた理念や目標が、どれだけ実践できているかを公平に判定するのが人事評価制度。そして、これまでは誰もが暗黙の裡に了解していたはずのチェックポイントを、誰にでも分かる形に整理することが、制度設計のポイントということになる。●「僕がリタイアを考える年齢になる、20年後までに理念を浸透させたい」
ところが、浅野社長の会社には、これまではそうした明文化されて受け継がれた規範が何ひとつなかった。現場の仕事はすべて、創業社長の時代から見よう見まねで先輩から後輩へと受け継がれたスキルに支えられ、改善や効率化を推進するメカニズムもない。現場の要である整理・整頓・清掃の3Sですら、経験則か法令によってそうしているだけで、なぜそのやり方なのかを誰も知らないし、どうすればよりよくなるかを考える者もいない。現場のリーダーが代々伝承してきたやり方を、忠実にやることで仕事が回っていたのだ。もしも若社長が望むのなら、そうした現場の事情に合わせた実務や技術を整理して、その到達度で評価する、スキル重視の制度も作ることはできる。おそらく現場はそのほうが分かりやすく、より従いやすいだろうと浪野はアドバイスした。しかし、浅野社長はそれに満足しなかった。「スキルでは評価しない」と言い放ち、「エクセレントカンパニーを目指すには、高い目標を掲げて、まず社員の人格を高めるところから始めなければならないのだ」と断言したのだ。その意気やよし。ただし、言うは易いが行うは難い。浪野にとっては幸いなことに、彼はその難しさを理解していた。浪野が指摘する前に、「制度を導入しても、いきなり給与などの待遇にも評価を反映させるのはムリだろうね」と見通しを判断したし、「明日やあさってではなく、僕がリタイアを考える年齢になる、20年後までに理念を浸透させて、会社を理想の姿に変えていきたいんだ」と長いスパンを見据えた目標を語った。彼の冷静な口調は、浪野に「この人は冗談で言っているわけではないな」と思わせたし、その本気度は、制度の導入後に現場を納得させ、従わせていくためにも必須だった。「それならやりがいもあるな」と引き受けた浪野の仕事は、そうして本格的に始まったのだ。●「腕のいい人」である以前に「人格のある人」であること高い理念によって近代的な企業を目指すという浅野社長の姿勢を受けて、浪野が考えた評価制度の基本姿勢は、「腕のいい人」である以前に「人格のある人」であることを求めることだった。現場で成り立つ企業である以上、現場のスキルが高いことは当然だが、だからといって非常識で粗野な人間であることは許さない。その理由として、「私たちは、人と社会の発展に貢献する価値を創造することを使命とする。」という経営理念をまず第一に掲げた。解体業としての業歴が長かった同社では仕事柄、社員にはそれまで、何かを作っているという意識はなかった。不要になったモノを砕いて捨てる、それが仕事だというのが暗黙の了解だったのだ。けれど、若社長はそこからの脱却をまず目指した。自社の培ったノウハウをベースに、地場企業を対象にした施設保全あるいは改修工事の
仕事を受注したり、建設副産物のリサイクルなど先進的な取り組みも精力的に展開した。経営理念に続く事業理念には、「私たちは循環型社会の形成に貢献するモノづくり企業です」と明記した。いらないものを捨てているのではない。地球が生み出したモノを最後まで大切に使い切るために再び作り出すという、価値ある仕事をしているのだと、社員に宣言したのだ。自分たちがしているのは、汚ない日陰の仕事ではなく、誇れる仕事なのだという意識改革こそ、近代的な組織へと生まれ変わる第一歩という想いが、そこには込められた。さらに続けて、人事・組織の理念も作られた。そこでは、会社と社員が互いに理念を共有することが、自分たちの目指す「誇れる会社」を作る源泉になると述べている。具体的な項目として、①全社員の人格を尊重する、②仕事を通じて達成感を得ることのできる環境を作る、③公平で透明性のある人事評価を実施する、④社員の能力を最大限に引き出す教育を行う、と謳った。また賃金に関しては、安心して働ける安定した給与と、頑張ればそれが公平に報われる賞与。その組み合わせで、評価を形にするとしたのだ。基本的には慣れ親しんだ年功序列を守りながら、頑張った人が報われる制度を目指した。ただし、評価の結果を給与に反映させるのは、最低でも導入から2年以上の試行期間を経てからにすることも社員には説明された。その間、評価シートの記入や上司との面談などの運用はしながらも、そこで浮き彫りになった問題点をしっかりと洗い出し、必要なら改善して誰もが納得のいく形に制度を完成させたうえで、待遇にも反映する本格運用に移ることが約束されたのだ。●「覚悟はしていたけれど、キツいなあ」長年、公正な評価や高邁な理念とは無縁の状態で、それでも成長してきてしまったこの企業は、浪野が手がけた多くの人事評価制度導入事例のなかでも、最も慎重な導入が求められる案件であることを、彼は予感していた。だから制度の設計には通常以上に手間をかける必要があり、それでもなお、導入後もしばらくは混乱の可能性があることを、浅野社長にも折々に念押ししながら仕事を進めた。実際に、通常なら月に1回程度の訪問を繰り返しながら制度を煮詰めていくところを、今回は月に2~3回は足を運んだ。評価シートの作成などの実際の作業でも、現場の声をていねいに聞き、評価項目や評価基準などの検討には、現場の管理者にも入ってもらったのだ。さらに出来上がった評価シートを使い、管理職やリーダーが実際に部下を評価する研修も、しつこいほど実施した。そうして手間暇をかければ、当然時間も予算もかさむ。短時間で成果を求めるクライアントには、理解してもらえないこともある手法だ。しかし、浅野社長はそれを了解し、浪野を信頼してくれた。
それというのも、仕事を始めるにあたって浪野が全社員を対象に実施した会社に対する満足度調査が、散々な結果だったからだ。会社に満足していないと回答した者が想像以上に多く、自分が公平に評価されているかという質問にも、NOという回答が圧倒的に多い。社員が現社長を信用していないことを如実に表したその結果に、若社長は「覚悟はしていたけれど、キツいなあ」と唸った。今のままでも満足はしていない一方で、社長が会社を変えようとしていることにも懐疑的。そんな忠誠心の低い社員をまとめていくためには、時間をかけて、誠実に、みんなのためになる制度をみんなで作るという姿勢を理解してもらうしかない。だからこそ、若社長は浪野がたっぷりと時間と手間とコストをかけて仕事を進めていく様子を、信頼してくれたのだった。●ていねいに、分かりやすく示された「望ましい社員像」そうした異例ずくめの作業を経て出来上がった評価シートは、他にはないスタイルになった。評価シートの最上段に記されている表題では、「成長目標~より良い社会人としての人格形成のために~」。会社が何よりも重視するという項目で、「誠実」「プロ意識」「感謝心」という会社の理念を体現する3つのマインドからなる。スキルではなく、マインドを重視するのだという、この構成こそ、若社長が本当に目指した部分だ。だから評価シートに記されているだけでなく、制度の導入にあたって社員に配布した制度のガイドブックにも、なぜマインドを重視するのかが、繰り返し説明されている。それぞれについて、具体的な内容と考え方、それによる行動のイメージはこうだ。▼誠実「人のため」を行動基準にできる人でありたい。それは自分を押し殺すことではなく、他人の利を自分の利として考えることができること。難しいことだが、日々意識できるようにしていきたい。
▼プロ意識社内外で、常に周囲から「見られている」ことを意識し、社会人として好ましい立ち居振る舞い(言葉遣い、態度)を徹底しよう。また、仕事では常に「期待以上」を顧客に対して提供できるよう、プロ意識を持ってチャレンジしよう。▼感謝心人間は常に「足りていない」ことに目を向けるものだが、そうではなく、普段は気づかない「感謝すべき人」に対して当たり前に「ありがとう」が言えるようにしていこう。まるで小中学校の教科書のように、あきれるほどていねいに、分かりやすく、社員に社長の想いを伝え、目指すべき会社の方向と姿を決するのはほかでもない社員であることを
訴えているのだ。●評価項目とウエイト付けは社長からの具体的なメッセージ評価シートの冒頭にある「誠実」「プロ意識」「感謝心」という「成長目標」の評価欄は点数の記入ではなく、期初に社員自身が考えて記すそれらへの取り組み目標と、期末に1年間を振り返って上司が記すコメントからなる。この項目は直接的には給与処遇などの決定には使わないが、それぞれの成果が認められないと、次のランク(昇進昇格)に進めないという大前提だ。浅野社長は「本当はここを定量化したいんだ」と望んだが、残念ながらそれらを点数で査定するのは難しいことだった。マインドは目に見える物ではない。掲げられた高邁な理念を社員自身が考え、消化し、達成のために自身を律して努力するなかで成長する、その内面を上司や社長が客観的に点数で評価することは、到底できないのだ。一方、その下に連なる「基本動作の徹底」と題した主題の評価項目は、取り組みに対する意識が低く、仕事でたびたび問題になるレベルを表す1点から、周囲に良い影響を与える模範的レベルの5点まで、査定の基準も明確に示されている。現場の多い職種らしく、最上段に「5S」を据えたうえで、続けて「安全」「報告・連絡・相談」が、比較的大きなウエイトを占める評価項目として並ぶ。その他にも、「責任感」や「チームワーク」など、社会人としてできて当然の項目が設定されており、社内で最も幅を利かせてきた「知識・技術」の評価項目は評価全体に占めるウエイトが非常に低いのが特徴的だ。上位に並ぶのは一般的な企業の人事評価制度において当たり前の項目だが、それでも、今回の事例では社内での波乱を呼ぶことは必至と思われた。実際、評価シート作成の過程でも、「現場のスキルの評価がなんでこんなに低いんだ」という不満が聞かれたのだ。それに対して浪野は、世間ではあって当たり前でありながら、この会社ではこれまでないがしろにされていたことが上位にあると説いた。それこそが、若社長が目指す「普通の会社」の条件なのだ、と。それに対して、出席していたリーダー格の社員には、なるほどと納得する者と、最後まで不満げな者がいた。それは浪野が予想した通りの反応だった。●創業者一族も例外ではなく幹部・上司も正しく評価するなお、これらの評価の結果は一定程度、昇給や賞与などの賃金へ反映されることが想定されている。ただし、賃金への反映は最低でも2年の試行期間後であり、その間に、評価者、被評価者の双方が納得のいくまで項目や制度を手直しし、評価という業務そのものも円滑に進められるようにしていくことが社長から直接説明された。そうして、ようやく走り出した人事評価制度は、予想通り、最初は反発も生んだ。正確
に言えば、本格的に走り出す前の段階で「こんなことやってられない」と会社を辞めてしまう幹部まで現れたのだ。実際の評価は、期初に一次評価者である直属の上司と面談しながら評価のポイントを話し合うことからスタートする。「成長目標」に関しては「誠実」「プロ意識」「感謝心」のそれぞれについて具体的な目標設定を行うし、「基本動作の徹底」の評価項目に関しても、大まかに本人の課題が伝えられる。半年後の秋には取り組みの進捗状況を再度面談で確認。そして期末に期初に記した成長目標や基本動作の部分がどれだけ達成できたかを上司が評価し、面談で確定させて二次評価へと送る。とくに、評価点が付けられる「基本動作の徹底」部分については部門ごとの仕事の状況を加味しながら採点を調整。最終的には役員会でその内容が承認されて評価は確定する。そうした作業は、腕一本で生きてきた職人気質の現場の社員にとって面倒であっただけでなく、一人ひとりの部下と対面して、時には耳の痛い注意や指導もしながら、公正・公平に評価する上司にとっても大きな作業量になる。しかも、創業者一族という理由だけで入社して、ろくに現場に足を運んだこともないような名ばかり幹部には、高いスキルを身に付けたベテラン社員をきちんと評価することも、指導することも難しかった。結果、若社長に不満をぶつけた挙句に、それが受け入れられないと見るや悪態をつきながら席を立つ、若社長の親族に当たる幹部もいたが、じつはそれは若社長が狙っていたことでもあった。これまで、社員を客観的に評価する制度がなかったのと同様に、幹部の評価もまた、正しくなされてはこなかった。創業社長の親族というだけで高給を得ていた名ばかり幹部や、かつては活躍したものの、今はもう通用しないスキルだけをよりどころに先輩風を吹かす部下のいない役職者もいた。若社長の掲げる理念と方針に照らして、浪野が公平、公正に作った制度で客観的に評価すれば、働いていなかった人物も、いらないポストも見えてくる。結果として、本当に仕事をしている幹部だけが、残ったのだ。これまでと違う基準で評価をされる社員にも、これまでになかった手間暇をかけて評価をする幹部にも、浪野はていねいに研修を重ね、運用が始まってからも、納得のいくまでコミュニケーションを続けた。●よい評価制度が構築できれば会社の風土もよりよく変わるそれから2年が経ち、いよいよ賃金へも評価結果を反映させる最終導入が近づいた。それを前に実施した、社員の満足度評価の結果は導入以前の初回当時と比べると平均点がだいぶ上がっていた。社長の目指す道が社員に理解され、信頼してついて行こうという社員が目に見えて増えていたのだ。その成果は、現場にも着実に表れた。それまで、他の部署とは会話も成り立たないほどピリピリとした雰囲気だった、ある部門が、改善についての提案を話し合い、他の部署も巻き込んで積極的に発信するようにもなってきていた。
同時に、社内だけでなく、社外からの同社への評価も、高まりつつあった。無愛想だった職人気質のベテラン社員が、得意先できちんと挨拶をするようになった、応対が優しくなったという声が担当部署の管理職に届くようになっていたのである。そうした変化が人事評価制度の導入を通して社員に伝えられた、社長が目指す会社の姿であることは、間違いない。もちろんその結果として、顧客満足度の向上も成果として得られたことは言うまでもなかった。一流のクライアントが対等の取引相手として認めてくれているという誇らしさは、社員の普段の勤務態度や物腰、言葉遣いにも表れた。粗野なふるまいやパワハラ、セクハラまがいの言動も、社内外で聞かれることはなくなった。いい評価制度が構築でき、社員の意識が変われば、会社の風土もよりよく変わることを実証できたのだ。もっとも、そこまでの道のりはけっして平たんではなかったし、じつは今もなお、社内には隙あらば制度をつぶそうと目論む抵抗勢力がいる。制度が仮導入され、実際の評価などが始まると、早々に「こんなことやってられない。無理だ」と泣き言を並べる幹部や管理職が続出した。マインドや意識、言動のようなきれいごとではなく、仕事に必要なスキルや経験をもっと評価してくれという声も、現場の人間からは強かった。もちろん、そのどちらも浪野にとっては想定内のことだった。彼は導入後もまめに足を運んでは、不満を述べる人々と膝づめで話し合い、社長がなぜ、こうした制度にさせたのかを納得いくまで説明した。社長からも、泣き言をいう社員をただ叱るのではなく、期待の言葉をかけてもらうといった協力を得た。部下の指導が難しいという管理職のための研修もしたし、必要ならその彼の部下との面談に同席してフォローしたり、マンツーマンで評価のポイントを指導することもした。それらの教育研修を通して、管理者としての意識を育てることも、コンサルタントの仕事のうちだ。そうした粘り強い努力を続けるうちに、いつしか制度の趣旨を理解し、積極的に会社をいい方向に変えようとする中核社員やリーダーが増えて、評価制度も半ば自動的に回るようになりつつある。評価シートに書かれている項目とは、社長が、ひいてはこの会社が目指す理想の姿。評価の基準は、それにどのようにして近づいているか、近づこうと努力しているかが問われているのだということが社員の意識に浸透すれば、評価シートは共通言語として上司と部下を結びつけ、互いの関係をよりよくする媒体ともなり得る。当初は社長の立派さに現場がまったくついていけていないというムードがあったが、現場をまとめるリーダーが育ったことで、会社全体のレベルが着実に底上げされたのだった。今でも、「こんな制度意味がない。やめちまえ」などと息巻く社員が時にいるが、それでも、やり続けることが会社の総意として定着しつつある。腹を決めて高い理想に向けた意識改革に取り組む姿勢が定着したのだ。20年かけて会社を変えたいという若社長の言葉通り、この案件は今なお継続中だ。社員のひとりひとりが良い人格を育てる努力を続け、結果として、誰からも愛される良い会社、強い会社になるその日まで、人事評価制度は会社の未来像を示す道しるべとして機能
し続けるのだ。
解説近代的な組織に生まれ変わった好事例高度経済成長期に生まれ、時代の勢いに乗って成長してきた企業が、今の時代にふさわしい近代的な組織に生まれ変わる必要に迫られている。今回の事例のような企業は、全国に少なくないと思います。しかし、それは容易なことではありません。組織が生まれ変わるためには、従業員のマインドが変わる必要があります。実務をマニュアルで定義するのとは違う、より深いところで社員を育て、人格者が集うことでよい会社にする。そんな志の高い理念による経営を目指して、この企業は人事評価制度を採り入れ、ようやく成功の芽が見えてきたところです。じつは、現場のスキルや能力を中心に評価することで、働いた成果がこれまでより公平・公正に待遇に反映され、働き手のモチベーションを高めるような制度を作ることは可能です。それなら、現場からも大きな不満の声は出ず、会社から自分の仕事ぶりを正しく評価してもらえていると感じさせることで、社員の忠誠心を引き出すこともできたでしょう。事実、今回の案件でも、浪野は社長にそれを提案してもいます。しかし、若社長は未来の会社の「あるべき姿」を考えて、より高い理想を掲げ、より困難な道を選んだのです。ならばそれに応えるのがコンサルタントの務めであり、それはそれでやりがいのある仕事でした。会社が求める人材像、会社が目指す将来像をしっかりと示すところが、それまでなあなあでやってこれた現場の従業員にとっては、難しい理念や理想を掲げて、マインドや人格といった高邁な言葉を並べられても、それだけで拒否反応を示す人が出てくるのも分かります。その一方で、大手企業や官庁との取引を広げ、エクセレントカンパニーを目指したいという夢を抱く従業員には、誇りを持って働ける会社の実現は、ぜひ目指したい目標になるでしょう。人事評価制度の設計と導入は、社員の一人ひとりが、自分たちの会社がどこに向かうべきか、どこに向かいたいのかを改めて考えるきっかけともなるのです。それを通じて、今回退職に至った、名ばかり幹部のような、会社のためにならない人をあぶりだし、整理するきっかけともなります。ただし、人事評価制度を導入しようとする多くの社長さんが間違えているのは、評価制度というルールを導入すれば社員の統率が簡単になるのではないか、人事の仕事が楽になるのではないか、と考えがちだということです。今回の事例からも分かる通り、それは完全に誤解です。それどころか、制度の導入当初は、さまざまな軋轢や混乱を来し、社内がギクシャクすることも珍しくありません。しか
し、それを避けて通ることはできないし、簡単に解決する特効薬やウルトラCもありません。会社が求める人材像、ひいては会社が目指す将来像をしっかりと示し、それに沿った働きぶりを制度の運用を通して実践することで、会社全体が少しずつ、制度が目指した方向性へと変わっていく。結果としてそれが顧客満足や業績にも実を結ぶ。人事評価制度導入の狙いと成果とは、そういう地道なものです。長い目で組織を再生していこうとする覚悟じつは今回の事例の社長は、制度が無事に本格運用に入ったことで、少し安心して目を離し、営業などの本業に力を入れていました。するとてきめん、現場のスキルなどを重視する評価項目に制度を変えていこうとする勢力や、制度自体を撤廃させようとする抵抗勢力の動きが出てきました。中小企業といっても200名もの社員がいれば、内部の派閥争いやセクション間の温度差も珍しくはありません。それを埋めるためには、各職場などのリーダー格を中心とした、制度運用の中心層がしっかりと育ち、制度の狙いや主旨を折に触れてたしかめながら、社内をまとめていくような流れが必要でしょう。幸いにして、今回の事例の若社長はコンサルタントも信頼してくださり、そうした問題の芽があれば、いち早く研修をしたり、社内の声を聞く機会を作ったりして後押しをしてくれています。そうした手間と時間をかければ、コンサルタント費用もかさみますが、組織を生まれ変わらせることの難しさを理解し、長い目でそれをしていく覚悟を決めた社長だからこそ、その必要性を認めてくださるのです。コンサルタントにとっても、依頼者である社長や、社内からの信頼関係を築いて、じっくりと腰を落ち着けて仕事ができることはありがたいことです。人事評価制度を通しての社内の改革は、まだようやく五合目あたり。それでも、目指すべき頂上はしっかりと見えてきたところです。社長の負託に応えて、この企業とは長いお付き合いが続くでしょう。評価制度は長い時間をかけて企業風土を変える取り組みのひとつ
●ケース4のポイント▼人事評価制度は会社の風土をも変える→経営理念をも浸透させる有効なツールになりうるが、最もハードルは高い10、15、「」▼人事評価制度は企業の実態に合ったもの、オーダーメイドでなければいけない→肌に合わない制度を使い続けることは苦しいだけでなく、会社・組織を蝕んでいく→極端に言えば、大手企業の仕組みは中小企業では使えない、と認識すべし▼古い体質の企業に人事評価制度をなじませるには幹部クラスの意識改革が最重要→経営者が優秀すぎることも問題、その場合は彼らの目線まで下りていって対話を繰り返す必要あり→幹部クラスが評価制度に共感し、動かすことができるようになれば、格段に制度の質が上がる→評価制度の運用はそのまま「管理者教育」としての側面もある
●かつては予約の取りにくい、山奥の秘湯宿として知られる企業が置かれた環境や状況が変わったタイミングは、さまざまな規則やルールを見直すチャンスでもある。なかでも最大の機会は、業績不振に陥った企業を立て直す経営再建時。新しい経営陣や方針の下で、新会社が目指す方向を示した人事評価制度を導入することで、社員や施設はそのままに、崩壊しかけた組織を生まれ変わらせることもできるのだ。九州地方の温泉旅館運営会社が浪野に人事評価制度導入のコンサルティングを依頼してきたのも、まさにそうした事例だった。クルマが通れる道路もなかった明治時代から、さまざまな病に効く名湯として知られた山深い温泉を、地元の名士が湯治場として整備したのは昭和初期のこと。日本でも有数の個性的な泉質は、科学的にも高い効能が認められて、全国から湯治客が訪れた。高度経済成長期にかけても、周囲にめぼしい観光地がないなかで、山奥の秘湯というロケーションがかえって受けて、客足を伸ばした。最初に建てられた旅館は質素な施設だったが、自炊しながら長期にわたって療養する湯治客でいつも賑わっていたという。さらにバブル景気の時代には、リゾート法の施行をきっかけに再開発に着手。20年ほど前には、昔ながらの湯治客向けの旧旅館とは別の場所に、2つの新館が建設され、快適に過ごせる秘湯としてさらに人気が高まった。秘境の小さな湯治場の温泉旅館は、そうして3館合わせて100名を超える従業員を抱える規模になったが、その経営実態は規模に見合っていなかった。新旧の旅館は当地を開発した一族がオーナーの別会社の傘下にあった。高度経済成長からバブルへと向かう流れのなかで、旅館は長く安定した利益をあげていた。ところが、オーナー一族はその利益をリスクの大きい別の商業施設の開発に流用するなど、放漫とも言える経営を続けた一方で、旅館の運営にはノータッチだった。戦前から続く老舗旅館と言えば聞こえはいいが、いわゆる一流の観光旅館ではない。3館合わせて100名の従業員を抱える規模ではあるものの、業務の手順を定めたマニュアルも存在せず、いつどのような経緯で定められたのかも分からない仕事のやり方が、歴代の従業員の間に経験則として伝承されるのみ。労務管理もどんぶり勘定なら、指揮命令系統もあいまいだった。言ってみれば、大家族が手分けして家事をこなすようなやり方で、業務が回っていたのだ。宿泊客の7~8割を占めるリピート客でいつも大入りだった頃には、それでも地元では優良企業と言えた。しかし、その終焉は唐突にやってきた。●大震災を境にして業績悪化の坂を転げ落ちる東日本大震災をきっかけに観光客が激減。一気に経営が悪化してしまったのだ。
その一方で今回の案件では、経営危機から立ち直り、本格的な経営再建に向けて従業員のモチベーションを高めていくためにも、彼らが納得できる人事評価制度の導入が必要であることも確かだった。再建中とはいえ、ずっと営業を続けてきた旅館には、もともとの旅館の従業員と、今は切り離された親会社に所属していた従業員が混在しており、それぞれの給与体系が違っていた。待遇は親会社のほうがいい一方で、浪野が見ても必ずしもそれが働きに見合っているとは思えなかった。しかも、旅館生え抜きの従業員は経営が傾いて以来、ボーナスや昇給も止められ、これからどうなるのだろうという不安を抱えたままで、精いっぱい質の高いサービスを提供し続けてきた。それは東京のファンドから送り込まれた会長を含むプロの経営陣が、投資に値すると判断する決め手にもなった。魅力的な観光資源である温泉の、名の知られた宿泊施設という武器を最大限に活かして再建していくためには、彼らの働きにきちんと報いてやる気を引き出す評価制度の導入が不可欠だったのだ。●外部が現場の話を一人ひとり徹底的に聞きまくる意義そんな温泉旅館の新しい人事評価制度を作るにあたって、浪野が目指したのはなるべくシンプルな制度を、現場を巻き込み、自分たちで作った制度として構築することだった。もとより人事評価シートの項目や評価基準は業種や方針によって違う。制度の設計にあたっては、その企業の業務内容や、目指すべき方針、理念をトップはもちろん、現場の人々からも十分にヒアリングしたうえで、原案を作っていく。くわえて今回の案件では、再建中の企業ということもあり、今現在できていることだけで評価するのでは足りない。これから先、目指すべき企業としての目標と、本人が「できるようになるべき自身の成長目標」を入れる必要があると考えた。実際には、業務の内容などを現場の人々に聞きながら項目を立てていくが、ただ聞いただけでは今できることしか出てはこない。社内だけで制度を作ろうとすると、今できることの範囲でそれらしいものを作ろうと業務の内容を深掘りした結果、Aというひとつの作業を10の手順に分けて一つひとつチェックするような、項目だけは多いがレベルアップにつながらないような評価シートになってしまう。この企業がかつてやろうとして失敗したのもそこだ。浪野は旅館に足繁く通いながら、スタッフ一人ひとりと話し込み、業務の一つひとつを見せてもらいながら、目指すべき理想を盛り込みつつ、現実的に客観的な評価が可能な項目を作り込んでいった。難度の高い部署とそうでもない部署の評価基準のバランスにも気を配り、今すぐ盛り込むのは難しいがいつかは実現させたい高い目標は「3年後の目標にしませんか」などと妥協案も示しながら現場を巻き込み、多くのスタッフが、自分の意見が取り入れられた制度
だと感じられるように設計を進めたのだ。そのようにして現場の話を聞く過程では、多くの問題点も見つかった。じつはそれは人事評価制度を導入することによる、メリットの一つでもある。一見、うまく回っているように見える現場にも、第三者の目で客観的に見れば、おかしなところは見つかるものだ。そうして発見した問題点を、どうあるべきかを検討して評価項目に盛り込めば、より効率的で生産性の高い職場に改善することもできる。現状をきちんと把握したうえで、それを改善してレベルアップを果たすための評価項目を設けるのだ。人事評価制度の設計とは、仕事の在り方を客観的に見直す作業でもあるというわけだ。●高い生産性や効率を備えた組織運営術を身に付けさせる今回の仕事で明らかになったことの一つは、部門が違えば求められるスキルも大きく違い、その到達度のレベルもばらばらなことだった。くわえて業務の手順には無駄が多く、それを見直して効率化を図るシステムもない。なかには現状を経営陣に報告すると「そんなこともできてなかったのか?」とビックリすることもあった。忙しく立ち働いているように見えた人物が、慣習として長年受け継がれていた無駄な手順が多いだけで、実際にはあまり働いていなかったことが判明するケースもあった。これまで人員不足だと思われていた部署が、段取りを工夫すれば半分の人員でできる業務内容だったこともある。その原因となっていたのは、この企業が良くも悪くも〝緩い〟組織だったことだ。組織図のうえでは、支配人の下で各部署の部長がスタッフをまとめている形式だが、その下のスタッフはほとんどフラットなプレイヤー集団。入社順や、優れたスキルなどでなんとなく一目置かれるような上下関係はあり、リーダーやマネジャーなどの肩書は与えられているものの、各人の権限やスキルに明確な定義がなく、できる人がやる、といった適当さで業務が回っていたのだ。それは管理者層も同様だった。とくに旧親会社からやってきた者のなかには、経営再建中にもかかわらず危機意識がほとんどない、のんびりした幹部もいた。彼らに現状をきちんと理解させ、高い生産性や効率を備えた組織運営術を身に付けさせることも、評価制度の導入を通して浪野に期待された仕事というわけだった。●制度設計する過程で問題が次々と明らかにじつは地方の中小企業では、大なり小なり、そうしたのんびりした傾向はある。乾いたぞうきんを絞るような業務改善など誰も意識しないし、むしろそんなことを提案したら職場がギスギスすると考える。実際に現場は和気あいあいとやっているのだし、これまでそれでうまくいっていたのだから、余計なことはしないでくれ……。
ましてこの旅館では、従業員同士も寮で共同生活している家族のようなもの。肩書や権限を振りかざすような上司は煙たがられるし、誰かがほかのスタッフより頑張ってあくせく働くと、かえってみんなに迷惑がられて白い目で見られるような風潮さえあった。旧経営陣はなまじ繁盛していた分、そうしたスタッフの気質にも甘えてきちんと組織を律することもせず、なあなあの経営を続けていたことが、人事評価制度を設計する過程では次々と明らかになったのだ。「マネジャーの仕事はなんですか?」と尋ねて、当のマネジャーから「うーん、話をすることかなあ」という答えが返ってきたときには、さすがに浪野ものけぞった。旧経営陣の親族がついていたポストが、よくよく話を聞くと何も仕事をしていない名ばかり部長だったこともある。人事評価制度を設計することは、そのようにして企業の、そして組織が抱えている問題点をあぶり出し、正しい姿に矯正することでもある。●経営再建という特別な状況下で仕事を進めるそんな緩い組織にきちんとした指揮命令系統を取り戻し、各人がなすべき仕事をしっかりとこなして評価される土壌を作る。現場とのコミュニケーションを繰り返して、浪野はその仕事にどんな意味があるのかを、評価される本人たちにも理解してもらい、制度設計に参加意識を持たせながら作業を進めた。それは手間のかかる仕事ではあったが、理想的なやり方でもあった。経営が行き詰まり、すべてをリセットしてやり直すタイミングだからこそ、現場もより良い職場にするためという大義名分のある制度を受け入れざるを得ない。新しい事業を立ち上げるのは大変な仕事だが、経営再建とは、すでにあるインフラや強みを活かしながら、新たな企業を生み出していくようなもの。考えようによってはこれほど面白い仕事はないはずだった。当の従業員たちも、やがてそれに気づき、自分たちの仕事の意義や価値を一つひとつ確かめては評価シートに落とし込んでいく作業に参加していった。評価される者自身が法を作る。それは、ある意味でとても民主的な作業でもあった。トップが合理的な経営のプロであることも、浪野にとってはやりやすかった。優れた組織とは何か。従業員のやりがいを引き出し、生産性を高めるためには何が必要か。現状にどのような問題があり、それを解決するためには何をすべきか。それを知り尽くしたプロ経営者は、浪野の仕事を理解して、阿吽の呼吸でアシストしてくれたのだ。浪野は現場の声を聞くことと並行して、ファンドから送り込まれた会長を始めとする新経営陣ともしっかりとコミュニケーションし、必要なら現場の立場に立つこともいとわず議論もした。そうした場面では、さまざまな組織から送り込まれた経営陣は、理解力も判断力もレスポンスも、申し分のないプロ集団だった。自身の体面を取り繕うこともないし、義理やし
がらみで話を混乱させることもない。求められた成果を出すために、私情を挟むことなく、合理的にベストを尽くす。その点では、優しく温かい人柄ではあるが、義理やしがらみや体面や私情だらけの現場のスタッフとはまったく正反対の経営陣である。現場と経営陣の間に立つ浪野は、いつしかその両者の利害を調整するような役割をも担うようになっていた。浪野に仕事を依頼した会長は、制度を仕上げ、現場だけで運用できる体制を整えるところまでを仕事と申し渡していた。現場が制度の内容をしっかりと理解し、納得したうえで、評価する側もされる側も満足できる運用ができるためには、十分な研修も欠かせない。逆に言うと、制度が浪野の手を離れた後で、問題が起きたり不平不満が出てくるようでは失敗なのだ。じつは長年なあなあで現場が回ってきた今回のような案件は、そのリスクも高い。それを知る浪野は、とにかくていねいに仕事を進めていった。●「何ができれば」「どんな立場になれるのか」がクリアにそのようにして、約1年をかけて完成にこぎつけた人事評価制度の要となるのは、部長級までの社員に適用される等級制度だ。現場の仕事を担うプレイヤー層が対象となる1~3等級、マネジメント層に与えられる4~6等級の、全6等級が定められた。いわゆる肩書に当たる役職は等級とは別に定められ、支配人や調理長といった幹部になるためには6等級であることが求められる。その下の現場の部長・マネジャークラスは4~5等級の社員から任命されることになる。今回の制度の導入に合わせて、新たに2~3等級のプレイヤー層から任命される主任という役職も設けられている。等級と役職の双方に、期待される役割や能力が明確に記され、等級が上がることが昇格、役職に就く、または役職の位が上がることが昇進と分かりやすく位置づけられた。これまであいまいだった、「何ができれば」「どんな立場になれるのか」がクリアに示されたのだ。「明確な基準」と「クリアな制度」は、全社員に配布された制度を説明するガイドブックの冒頭にも記された、今回の制度の柱だった。
▼各等級に期待される役割も明文化1等級では、「担当部署における基礎的かつ定型的な業務を、主任クラスの上位者の指揮命令の下で確実に遂行することができる」。2等級となると「担当部署における応用的かつ幅広い業務をマネジャークラスの指揮命令の下で確実に遂行することができる」ことに加えて、「下位者に日々の業務を教えることができる」という能力と役割が求められる。以下、等級が上がるほどに求められる役割は高度で複雑になり、4~5等級であれば「部門の労務管理(勤怠管理、過重労働の抑制)」といった重要な役割が課せられるし、最上位の6等級ともなれば、「事業所全体に関して、経営上の業務目標達成、適切な業務管理体
制の構築・運用、社員教育に関して中心的な責任を負う」といった、事実上経営陣に近い役割が問われるようになる。各役職に関しても、それぞれの部署ごとに役割と権限を定義し、業務を円滑に進められる能力が求められている。▼給与も等級・役職と連動する明確なものに給与制度も等級・役職と連動する明確なものに改められた。1~6等級のそれぞれに、1000~2000円刻みのピッチで分けた50段階の基本給テーブルを設定、年に2回の人事評価の結果を受けて、昇給段階が決定される。年齢その他でも昇給はしていくが、等級内の上限に達すると、等級が上がらない限り昇給は頭打ちとなる。実際には、各等級の中央値より下のラインが次の等級の最低給ラインとなっており、そこに到達するまでに次の等級への昇格が期待される状況にあることが、本人にも分かるテーブルになっている。ほかに役職手当や子ども手当なども設定。さらに調理職や設備保全職などの資格を必要とする職務に関しては技術手当も支給される。全体として、何に貢献・努力すれば、どこで給与が上がるのかを明確にしている。●評価の具体的な進め方と、その留意点実際の人事評価に使われる評価シートは、大きく分けて3つの要素で構成されている。1・仕事の能力や役割の発揮度及び取り組み姿勢を評価する職務プロセス評価2・仕事の結果として数値化される成果・実績で評価する成果業績評価3・個人あるいは組織でチャレンジする目標の達成度で評価するチャレンジ評価職務プロセス評価では言葉遣いや身だしなみ、報連相などの仕事の基本から、問題発見と改善、主体性、協調性、自己研鑽など。等級が上がると、そこに経営管理や労務管理、業務改善、コスト管理などの管理者としての評価軸が増えていく。成果業績評価とは、等級や職種に応じて会社が割り当てた項目による評価。売り上げや利益といった直接的な業績指標と、お客様から直接いただくアンケート、あるいは「じゃらん」等のWEBサイト上でのアンケート等の評価指標で構成される。評価基準は目標達成率や改善度合いなど、あらかじめ設定された数値だ。それぞれの項目には素点に対する加算点の割合を示すウエイトが定められ、部署ごとの業務内容の難易度や貢献度の違いによる評価のバラツキを調整するようになっている。チャレンジ評価は、業績アップのために必要な新しい取り組みや業務改善等を個人または部門単位で個別に設定し、その達成度を評価するもの。人事評価制度によって、会社が目指す方向性を示す項目でもある。
半期に一度の評価は、被評価者の直属の上司である1次評価者と、さらに上位の2次評価者の2段階チェックによって公平を期す。1~3等級の無役者と主任はマネジャーが1次、その上の部長が2次評価者。マネジャーは部長が1次、支配人が2次評価者という具合だ。さらに部門間の評価のバラツキを補正するために、各部の部長クラスは支配人を交えた調整を行ったうえで、役員を含む評価調整会議に提出する。そうして評価調整会議が承認した結果が最終評価だ。最終的な評価結果は、後日、2次評価者によるフィードバック面談を通して各自に通知される。それは単なる成績の通知ではなく、そこで明らかになった課題や目標を今後の行動に反映させ、スキルアップ、ひいては人材育成につながることを目的としている。給与などの待遇への反映は評価制度の一面でしかない。結果を受けて働く者が成長し、より生産性と効率の高い組織へと生まれ変わっていくために、人事評価制度は存在するのだ。成長するのは評価される側だけではない。評価する上司も、より公平で客観的な部下への目配りや指導の能力が求められる。浪野は彼らのために、ていねいな評価者研修資料も作り、導入前には実践的なロールプレイングも開催した。たとえば評価者が面談でやってはいけないことだけでも、「性格に関する批判」「本人を押さえつける発言」「本人に迎合する言動」「目的と関係のない話」「日常と異なる言動」「制度そのものに対する批判」など、多岐にわたる。部下のモチベーションと信頼関係を損ねず、上司と部下、互いの成長につながる制度となるように、浪野はすべての制度を仕上げ、契約通り、導入と同時に現場を離れた。浪野を信頼し、理想的な環境で仕事を任せてくれたプロ経営者の期待に、彼は制度の完成度で応えることができたのだ。
解説経営のプロと手を組んだ経営再建という仕事制度の導入に際して、コンサルタントがどこまでの範囲・期間で関わるかはクライアントの要望や関係によって違います。この事例では、約1年をかけてじっくりと現場の実情を取材し、従業員との信頼関係も築きながら彼ら自身が納得できる内容の評価制度を構築できた一方で、制度の導入と同時に私は手を離し、後はクライアント自身による運用が始まっています。制度の内容には自信を持っているものの、実際に走り出してからの反応や効果は気になりますが、今回はそれが契約だったのです。それというのも、今回のクライアントである温泉旅館の会長は、東京のファンドから派遣された経営のプロ。ホテル業も含めて、多くの企業を成功に導いた経験があり、現場のやる気を引き出し、成長させていくために何が必要なのかを知り尽くしていました。だからこそ、私は彼が納得できる制度を、ていねいに作り上げて手渡すことができたのです。彼は私が設計した制度を子細に点検し、「これなら大丈夫」と判断したからこそ、納品完了=契約終了となったのです。多くの地方の中小企業では、なかなかこうはいきません。現場を取材して出てきた問題点を報告しても、どうしていいか分からず、問題点を残したままでは評価制度を導入しても意味がない、という段階で足踏みしてしまう。社長自身が現場を知らず、にもかかわらず時間をかけて現場の話を聞くことに焦れた挙句に労使間の信頼関係をぶち壊す。出来上がった制度の評価ができず、にもかかわらず導入を急いで後から問題点が噴出してしまう。どれもよくある失敗例です。そもそも、人事評価制度を設計・導入するためには、現場と経営陣の信頼関係が不可欠な前提です。上下の信頼関係がなければ、新たに自分たちが評価されることに納得することも、その評価を信頼することもできません。そうした企業では、現場のヒアリングをしていると、いつのまにか経営陣への批判が噴出してしまい、話が進まなくなったりします。今回の事例では、創業者でもあるオーナー一族が散々放漫経営をして会社を傾かせたことに対する不信感が従業員側にはあったはずです。この先どうなってしまうのだろうという不安もあったでしょう。そうしたなか、東京から乗り込んできた経営のプロの下で再建されるというのは、従業員にとってはむしろ希望でした。
そしてやってきた会長は、コンサルタントが現場の声をじっくり聞けるよう配慮し、現場を巻き込んだ、現場が一緒に作った人事評価制度にするようにと指示しました。自分たち自身が参加して作り上げた制度なら、スタートしてからもうまく運用していけるでしょう。逆にうまく行かない時には、何が問題なのかを自分たちで見つけ出し、改善する能力も、評価される仕組みになっています。自分たちの職場をより良くし、会社の業績を伸ばして自身の待遇も向上させるために、何が求められ、何をすべきかがすべて書き込まれた人事評価システムを、自分たち自身で作らせたのです。その段階で、さすがプロ経営者という采配をしたと言えるでしょう。スリムで効率的な組織へと生まれ変わるきっかけにそれだけではありません。人事評価制度の導入によって、次のことが可能になりました。・これまであいまいだった従業員の役割や権限を明らかにすること何ができればどうなるのかという自身のキャリアプランのロードマップを示し、モチベーションを引き出すこと・自分が上を目指して頑張れば、結果として会社の業績も伸び、待遇にも反映されることを確信させること・上司がきちんと自分の仕事ぶりを見ていてくれるという信頼感を醸成し、上司は自身が部下を指導しているという自覚を持たせることで、それぞれが成長していくことその過程では、無駄な業務や非効率な手順、意味のないポストなども洗い出され、スリムで効率的な組織へと生まれ変わるきっかけにもなりました。それらすべてが、プロ経営者が狙った通りの結果だったのです。まったくもって、人事評価制度の意味や価値、使い方を熟知した、お見事、と言える事例でした。評価制度は従業員に夢や希望を持たせる経営ツールである
●ケース5のポイント▼業績不調時、人事評価制度の見直しが業績回復のカギになることがある→人事評価制度を軸に会社改革の方向性・目標を明確にすることで会社全体のムードを明るくしたり、一体感を醸成する効果も期待できる▼人事評価制度を用いて組織の指揮命令系統の明確化、仕事の進め方の統一など、経営の合理化、効率化に役立てることもできる→社員の側も「評価につながるなら」という意識で前向きに取り組みやすい▼人事評価制度はオーナー経営者が設計・運用するより、プロの経営者に任せたほうがうまくいくこともある。ただし、棲み分けは必要→オーナー経営者は理念の部分を評価制度に織り込む→プロ経営者は権限役割、実務遂行のあるべき姿を評価制度に織り込む、など
●古い業界のやり方を改めたいと思ったのが導入動機営業社員の人事評価は簡単だ。たくさん売り上げて会社に貢献した者を手厚く遇すればいい。そんなふうに考えている経営者はじつは珍しくない。たしかに、ひところ日本では大企業を中心に、いわゆる成果主義人事評価制度が流行した時期があり、浪野の所属するコンサルティング会社でも、求められればそうした制度の提案もしていた。しかし、今ではそのような弱肉強食型の人事評価制度は、日本の企業経営風土には必ずしも合わないと考えられている。企業活動のなかで、個人の働きだけで成果が左右される割合は決して大きくはない。たとえ年間売り上げの大きな割合を一人で稼ぎ出すやり手の営業マンがいても、実際には、彼一人でそれを成し遂げられるわけではない。ロジスティクスやアフターサービス部門などの連携も必要なら、そもそも彼の信用の元になっている会社の看板は、構成する全社員によって支えられている。にもかかわらず、ごく一部のスター営業マンだけを厚遇するような人事評価制度では、他の社員のモチベーションは下がるし、成果だけで評価される制度は、不正の温床にもなりやすい。近年、いくつもの大企業で明らかになった不正事例も、多くは成果という果実を重視するあまり、そこに至るプロセスにおける問題の隠ぺいにつながったということもできるだろう。逆に、上手に設計された人事評価制度が機能すれば、頭打ちだった業績に良い刺激を与えて、さらなる成長を実現させることもできるのだ。北関東で和服販売店チェーンを経営する上野泰三が10年近く前に、20代後半の若さで父から社長の座を譲り受けたとき、真っ先に考えたことが、一部のスター営業マンの業績に頼る営業手法を改めることだった。和服販売業界はごく少数の圧倒的な大手と多くの中小企業で構成されている。上野の会社は当時10店舗ほどの支店を擁するとはいえ、企業としては明らかに中小規模だったが、営業手法は業界に共通していた。来店した見込み客をつなぎ留め、百貨店の催事場などでの展示即売会に招待して、高価な商品を販売するスタイルだ。ほとんどが女性である和服の購買層と親密になり、高価な商品を惜しげもなく買ってもらえる関係を築けるのは、ある種の才能とも言えるコミュニケーション能力を備えた女性販売員だ。どの店舗にも天才的な接客術を持つプロの女性販売員がおり、彼女がいなければ店が成り立たないほどの売り上げを誇るのが通例だった。店長以下の他のスタッフは、もっぱらお客様と彼女の商談を盛り立てるのが仕事。時には客よりも身内の販売員のご機嫌を損ねないことのほうが、店のメリットになることさえあった。上野はそんな古い業界のやり方を改めたいと思ったのだ。それというのも、上野は大学
卒業後、全国に支店を展開していた業界大手の和服専門販売会社に入社して修業したが、その大手は上野が自社に帰ってしばらくすると潰れてしまったのである。破綻の引き金となったのは、まさにそのスター営業マンに依存した営業スタイル。人事評価や給与システムも、数字を出した者が大きな割合を占める歩合を総取りする制度だった。どの家にも着物があるのが当たり前で、娘がいれば成長に合わせて七五三に始まり、入学や卒業、成人式に嫁入りと、折々に和服をあつらえるのが当然だった時代には、顧客とべったりとした関係を築くやり方には、それなりの勝算があったのだろう。しかし当時、すでに業界は斜陽産業と言われて久しかった。事実、最大手でさえ、売り上げはピークの2分の1程度。そんななかで、一握りのエリートだけが果実を得る制度は、ついに行き詰まった。業界が長く慣れ親しんだやり方は、もはや時代に合わないことが明らかになっていたのだ。●みんなで店を盛り上げるチーム接客へと変えていこう勉強熱心な上野は、業界での修業をしながらも、他業種・他業態の研究も積極的に行った。旧来型のいわゆる「呉服店」モデルに限らず、振袖専門店やカジュアル着物ショップなどの別業態の展開、あるいは専属モデルを起用して行う着物ファッションショーの運営に至るまで、若い経営者らしいアイデアで、「着物を着ること」の新しい魅力を顧客に伝えていくことにも挑もうとしていた。こうしたブランディングの取り組みは、社長就任後、同社の新しい顔を形作っていくことになる。じつは浪野が同社の人事評価制度導入のコンサルティングを受注した理由も、上野のそうした姿勢にあった。当時から古い業界の体質を改めたいと語っていた上野は、新しい組織に適した人事評価制度を取り入れるうえで、あまり業界に精通していないコンサルタントを起用したいと考えていた。自分たちの業界の当たり前は必ずしも世間一般の当たり前ではない、と上野は考えており、いろいろな業界の事例を熟知したコンサルタントから、自身の業界の問題点を指摘してもらうことすら望んでいた。父の世代から付き合いのあった業界の重鎮的なコンサルタントではなく、まだ業界に染まっておらず、年齢も近かった浪野に人事評価制度のコンサルティングを依頼した上野の狙いは、そこにあったのだ。「新しい経営方針と人事制度を導入して、会社を生まれ変わらせたいんだ」と熱く語る若社長と浪野は、真剣で有意義な、しかし楽しい議論を繰り返した。そうしたなかから、これから目指すべき方向性や理念、理想が、少しずつ形になっていった。上野が掲げた新しい理念は「温故知新」。社員向けのガイドブックの中ではさらに具体的に、「伝統的な着物の文化を継承しつつ、新しい魅力・価値を再発見、提案し、新たな着物の文化を創造していくこと」が謳われている。また、組織や販売に関する方針も明確に打ち出された。「今のような個人接客に頼るやり方では未来がない。力のある者が独り勝ちするのではな
く、みんなで店を盛り上げるチーム接客へと変えていこう」とする上野の方針に対しては当然、これまで大きな果実を独占していたスター販売員からの反発も予想された。しかし、先細りの未来ではなく、希望と夢のある業界にするために、今、体質改善が必要なのだという決意を、上野は固めていた。必然的に人事評価制度も、こうした理念、経営方針に基づいた仕組みであることが求められる。売った者勝ちのスター選手への依存から脱却し、若い社員を計画的に成長させることも含めた総合的な人事評価体系の導入が、浪野に与えられたミッションになったのだ。●2つのコースに分けることでチーム接客が可能にそうした上野の意を受けた浪野はまず、これまでのようなプロ販売員の「営業職コース」と、店舗とスタッフを管理して適切に運営する「管理職コース」を人事制度上、明確に切り分けた。これまでは、数字を残した販売員が昇格して店長、マネジャーになるのが通例だったが、元々販売は得意だが組織管理や人材育成には不向きな者も多く、販売にかかる最低限の事務手続きさえ覚えていない者もいた。それだけならまだしも、「とりあえず売れればいい」との意識から、会社の規定で認められていない値引きを行ったり、あるいはクレジットカードの分割方法を認めたり、といった不正も起きていた。また、自身のセンスでやってのけている販売手法を画一的に部下に押し付けるなど、無理な指導を強行して将来のある部下を潰してしまったことも1度や2度ではない。しかし、ほぼ売上中心の人事評価制度を運用するなかでは、そのような組織になってしまうこともやむを得ないところだった。
新しい評価制度では、「営業職コース」と「管理職コース」で明確に期待役割を差別化し、評価基準も変えた。イケイケの伸び盛りの産業ではなく、成熟した呉服業界では、この先の成長には個人に依存するのではなく、組織として伸ばすことが必須。だから評価の在り方も変わるべきだと若社長は説いたのだ。管理職コースの社員にとっては、売り上げの数字が評価に占めるウエイトが相対的に小さくなる。それによって、自身の目先の販売の数字に汲々とすることなく、店舗の運営や販売員の管理に胸を張って邁進でき、お店全体の売り上げや部・課単位の売り上げなどをも意識する、経営者としてのセンスも涵養することができる。一方で営業職コースを選べば、得意な接客・販売に専念できる。もちろん、営業コースと言えども、たんに販売実績だけで評価するのではなく、評価基準のなかには販売員としての手本になる人格的な要素も入れ、たんなる売り手ではないことも意識させた。売るた
めにはなりふり構わないのではなく、人品骨柄に立ち居振る舞いなども含めて、スタッフからも顧客からも「あんな人になりたい」と思われる人物像を、評価の基準に据えたのだ。●制度の下地となる等級の考え方を整備し、社員を格付けする出来上がった人事評価制度のガイドブックの冒頭には、この制度の目的が記されている。1・社員同士の健全な競争意識を高めること2・組織全体の業績に対する意識を高めること3・透明性があり、公平感のある処遇を行うこと和服販売会社のような営業主体の企業においては、販売技術とそれによる営業実績はやはり従業員にとっての大きなプライドであり、競争自体は否定していないし、成長を望むことは強く奨励している。しかし、そこに「健全な」と、つくところがミソだ。続く項目で求められている通り、周囲を蹴落としての独り勝ちではなく、自身が活躍することで組織全体をも牽引していけるような、高い目線をも求めている。それらを下敷きに、自身の残した結果と評価に納得できるような、公平な制度を目指すと宣言したのだ。たとえばそれは、これまでのように歩合給部分に重きを置くのではなく、固定給部分を厚くする一方、他の手本となるような振る舞いを積極的に評価するような給与・評価制度に表れている。誇り高きプロ販売員たちに、これまでのような売り上げの数字だけではない、新たなステイタスを付与する工夫をしているのだ。そのうえで、社員のキャリアについて、店長からブロック長、部長を経て将来的には経営幹部への登用もある管理職コースと、販売のプロである営業職コースを設けたことが説明されている。たとえば営業職コースの上位等級ではスペシャリストやマイスターといった肩書が付与される。これは着物のあらゆる知識や技能を身に付けた専門職としての位置づけだ。評価制度の柱となる等級は1~6等級までが定められ、それぞれに求められる業務や役割、能力レベルなどが大まかに定義されている。たとえば管理職コースの新人1等級であれば、「上長の指導を受けながら日常の店舗業務を補佐できる」となっており、等級が上がっていくごとに、2等級「通常の店舗業務を一人で完結でき、また課のメンバーをまとめる主任を任せられる」、3等級「副店長を任せられる」といった具合にレベルが上がっていく。さらに詳細な職種ごとの評価基準は、別途人事評価シートにまとめられている。詳しく見ていくことにする。
▼管理職コースの特徴店長の等級が2段構えになっていることが挙げられる。小売・販売業では比較的多いケースだが、通常はキャリアの早い段階で店長を経験させ、ある程度店長としてこなせるようになった後はエリアマネジャーないしブロック長といった形で、複数店舗のマネジメントを担わせることになる。この場合、1店舗だけの少数精鋭組織であれば抜群にパフォーマンスを発揮する店長がいる反面、複数店舗、複数組織を任せると成績が途端に落ちてしまう者もいる。このあたりは各社とも適性を見ながら配置することになるのだが、上野の会社では「5等級=S級店長」として、1店舗を管理する店長のままでもう1ランク等級が上がれる仕組みを設けることで、キャリアとしての店長の位置づけを押し上げることに成功している。ただし、求められる業績や役割は当然従来の店長よりも重く、会社全体の稼ぎ頭となっている基幹店の店長として、さらに店舗のクオリティを高めていくことや、激戦が予想される地域の新店舗立ち上げ、あるいは長期不採算店舗の立て直しなど、フレッシュな店長では難しいミッションを与えられることになるのだ。▼営業職コース一方、プロ販売員である営業職コースにおいても、3等級=スペシャリスト、4等級=マイスター、といった形で新たな役割が設定されている。営業職としてステップアップしていくためには高いレベルの販売成績が求められることは言うまでもないが、新しい組織ではたんに売れればいいということだけではなく、販売に至るプロセスについてもさまざまな要素が求められることになる。具体的には個人としての販売成績はもちろんのこと、「チーム接客」の重要性を理解し、中心となって動いているか、後輩・若手の接客指導をしているか、着物に対する知識を深める努力をしているか、といったことが総合的に評価されるのだ。スペシャリスト、マイスターともなれば、お客様を招いた着物パーティ等のイベントにおける役割も重要になる。現場では自分自身がアイコンとして、同僚やお客様から憧れられる存在になれているか。言わば「着物文化の伝道者としての立ち居振る舞い」ができているかどうかをも、問われることになるのだった。●定期評価の工夫で会社の運営をより良い方向に制度の下地となる等級の考え方を整備し、社員の格付けを行った後は、定期で行う評価を通じて会社の運営をより良い方向にもっていくことが大切になる。上野の会社の評価制度は、①成果・業績と、②職務・プロセス評価の二本柱で運用される。どちらも等級・役職ごとに求められる能力レベルや責任内容によって評価基準が設定されており、その到達度を年に2回評価されることになっている。これらの総合評価の結
果、昇進や昇格の判定、あるいは昇給や賞与の処遇が決定されることになる。上野は全体として、会社が社員に求める日々の仕事の進め方、現場での判断の仕方、あるいは求める成果に対する考え方など、「思想」の部分も含めてできるだけ人事評価シート1枚に集約することを目指した。たとえばそれは、評価の際のウエイトを等級や職務によって変えている、といったことにも表れている。店長クラスの評価シートは成果・業績評価60%、職務・プロセス評価40%の割合にしているのに対して、それ以下のスタッフ職の評価ウエイトは逆にしているといったところが典型的な部分だ。ここには、「上位の等級になっても結果第一主義ではなく、仕事のプロセスを会社として大切にしていること(いくら店舗の業績がよくても仕事のプロセスが会社の期待とずれている店長は評価されない)」「上位の等級になるほど結果を出すことが求められていくが、逆に下位等級としての育成期間中は結果が問われる割合を少なくし、会社が求める仕事のプロセスを徹底すること(たまたま成績がよかっただけでは高く評価はされない)」といった会社のベースとなる考え方が埋め込まれているのだ。●評価基準は「社長の想い」を社員に明確に伝えるためのメッセージ一方で、人事評価シートの内容だけではすべてをカバーしきれない部分もあると上野は認識していた。そこで、管理職コース、営業職コースともに、一定等級以上への昇格には、着物にかかる検定試験の取得を義務付けたり、振袖も含む着付け技術の習得も義務付けるなど、人事評価シートだけでは表現できない部分を補うことも怠らなかった。従来型の販売員像を刷新し、あくまで「着物に携わるプロ」として求められる総合的なスキル、立ち居振る舞いを評価制度として明確にすることを上野は目指したのだ。こうした基準は同時に、会社がこれからどのような戦略で成長を目指すのか、という上野の想いを社員に明確に伝えるためのメッセージにもなったのである。それらの評価制度を、浪野は上野から聞かされた理念や方針、求める人物像や理想的な販売の在り方などを元に「それを具体化するとこういうことになりますよ」と分かりやすくチャートや実際の規定文に言語化することでどんどん形にしていった。上野の目指す理念や理想は明快で、導入による軋轢や反発も自身が受け止めながら、なおかつ揺るぎなく進める決意にも満ちていた。おかげで着物業界に対しては知見の少なかった浪野にも、理想的とも言える環境とプロセスで制度を設計していくことができた。もっとも、スター選手への依存から脱却し、部下を育てることも含めた総合的な評価体系へ移行することをよく思わないスター販売員も存在した。彼女らは「他人に売り方を教えているヒマがあったら、自分で売っていたいわ」と言い、いかに売っても部下の指導や協調性などが伴わなければ低評価がつく可能性があることに、反発する声を上げた。
それだけではない。管理職コースに属する店長クラスからも、スター販売員のご機嫌を損ねることで、当面の売り上げが減少する可能性から新しい制度の導入に否定的な声は出た。マネジメントという概念が存在しなかったこれまでのやり方では、スター販売員を抱える店長にとっては、彼女たちを機嫌よくアテンドしていさえすれば安定した業績が叩き出せる状況は、それなりに居心地が良かったのだ。しかし、そうした不満の声を、上野はきっぱりとはねのけた。聞き入れられないと知った一部のスター販売員が実際に辞める事態になっても、上野の決意は揺るがなかったのだ。制度の導入後も、折々に上野の元に足を運び、必要な制度の改正に手を貸していた浪野には、数年後にその成果が表れてきたことが目に見えて分かった。導入後しばらくは、制度の運用に現場の手間を取られたり、スター販売員が抜けるなどで売り上げは減少したものの、まもなく回復するとともに、スター販売員がいない店舗でも、売り上げが伸びるケースが出てきたのだ。店長を始めとするマネジメント層が人材育成に本腰を入れるようになり、接客のロールプレイングや着物ファッションショーの開催、着物を着て街に出るイベントなどの新しい試みが次々と軌道に乗ると、若いスタッフが生き生きと愉しげに仕事をするようになった。それが結果にきちんと結び付いてきたのだ。評価を重ねるにつれて、その後の業績と照らし合わせることで、どのような項目の評価が高いスタッフの多い店が好調なのかといった経営データもそろってきた。それを受けて、店長に「次期はこの項目の点数が上がる方向で人材を育てるように」といった具体的な指示もできるようになった。これまではご機嫌を取ることしかできなかったスター販売員に、店長が制度の評価基準をもとに「この部分に気を付けていただければパーフェクトですよ」と直言できるようになるなど、マネジャーとプロ販売員の役割分担も明確になった。数字を残した個人が絶対勝者ではなくチームでベストを目指すという目標が明確になったことで、評価シートを客観的なツールとして使いこなすことができるようになったのだ。じつは人事評価制度導入以前には、「売り手としてはすごいが、こういう人にはなりたくない」と言われるようなスター販売員がいたが、彼女たちの多くは、そうした態度がマイナス査定の対象となる制度の導入とともにリタイアした。今では制度が目指したような、たんにモノを売るのではなく、「こういう人になりたい」と社内外から思われるような、いわばファンに支えられたプロ販売員を輩出するようになったのだ。●「社長の想い」が一気通貫で会社に根付き、結果に結び付く上野の会社が人事評価制度を導入してから、早8年が経とうとしている。導入当時新卒
だった社員も、そろそろ店長に手が届こうとしている。その間、導入直後の一時的な落ち込みはあったものの、それ以外は一貫して、上野の会社の売り上げは伸び続けている。当時10店足らずだった店舗数は、今では40店を狙う。業界全体が斜陽と言われるなか、上野は全国展開ではなく、本社を中心としたエリアに集中的に出店する、いわゆるドミナント展開することで、地元にしっかりと根付いたチェーンを作り上げたのだ。地元ローカル局でテレビCMも打つなど、商圏における知名度は高く、着物ファッションショーを始めとするイベントも、同社の恒例行事として定着している。そうして、毎年成長が続く同社の店頭には、もはやたった一人で権勢をふるうスーパー販売員の姿はない。それぞれの店に、トップの売り上げを誇るプロ販売員はいる。しかし、彼女もまた、スタッフとのチームで働いていることを自覚している。店を代表するある種の看板役であり、誰からも「あんなふうに着物が着こなせる人になりたい」と思われるモデルであり、「あんな立ち居振る舞いを身に付けたい」と感じさせるお手本でもあることを、自分に課して日々精進に励んでいるのだ。スタッフもまた、彼女を敬いながらも店の業績が決して彼女一人によるものではなく、サポートする自分たちも貢献していることを理解している。そうしたスタッフが育った理由のすべてが、浪野が上野社長とともに作り上げた人事評価シートには凝縮されている。評価シートが明示した、会社が求める理想の人材像や、その人材の力をフルに引き出す営業の在り方や、目指すべき目標や理想、理念が、社員の一人ひとりに根付いたからこそ、結果に結び付いたのだ。
解説企業の背骨がしっかりしていることが前提人事評価制度の導入について書かれた書籍には、「制度の導入で営業利益○倍!」といった景気のいいタイトルを見かけることがあります。さすがにそれは誇大広告というものでしょう。しかし、正しく設計された人事評価制度を正しく運用することで、業績アップを実現することは可能であることを、この事例は示しています。もちろん、そのためには多くの前提条件があります。まずは、社長自身が明確な理念や理想、そして営業方針をきちんと持っていること。企業の背骨とも言うべきそこがしっかりとしていなければ、どれほど立派な評価制度を作ったところで、足元があやうい張りぼてになってしまいます。この事例では、理想に燃える若き社長は早くから高い理想と理念を掲げ、自分より若い私に向かって熱くそれを語りながら、仕事を任せてくれました。私は彼の想いのこもった言葉を受け止め、咀嚼しながら、その想いを実現するための制度設計を、現場の方の話もじっくり聞きながら進めていきました。人事評価制度の導入という青天の霹靂に見舞われた現場には、「そんな手間のかかることを始められてはかなわん」とか、「そんなヒマがあったらお客様に電話の一本もかけるほうが売り上げになる」といった反発もありました。しかし、社長は彼らに自身の狙いを根気よく説明し、私も制度の導入によって何ができるのか、どう変わるのかを折に触れてお話しました。社長の想いが熱く、なおかつブレのない高い理想や理念があったからこそ、若い私も意気に感じながら、足繁く彼の元に通い、少しでもよい制度を設計しようと頑張れたのです。心からのコミュニケーションは不可欠そうしたクライアントとコンサルタントとの信頼関係も、よい制度を作り上げるためには大切な要件です。それぞれの業態や規模、理念や理想ごとに異なるオーダーメイドの人事評価制度を作り上げていくうえでは、時にはクライアントにとって耳の痛い忠告をしなければいけないこともあるし、「それはできません」ときっぱりと申し上げなければならないような局面もあります。仕事をいただいている身としては、お客様の要望は100%満たして差し上げたいところですが、人事評価制度の構築は人間が相手の仕事です。評価されるすべての人にとって100%満足できる制度の設計は困難ですし、従業員の立場に立てば、経営者の横暴を押し付けるような制度設計には協力しかねることもあります。
そのような場面で信頼関係がしっかりと築けていないと、心からのコミュニケーションができず、経営者も従業員もコンサルタントも、本当に納得できる制度を設計することはできません。人と組織を育てる仕組みにするためにもちろん、古くからごく一部のスター販売員と、それを盛り立てるスタッフという関係が続き、それに甘える形で実績をあげてきた営業中心の企業が、チーム営業を掲げて組織を変えていくことは、大きな冒険でした。従業員はもちろん、社長にも私にも、そうすれば必ず業績が伸びるという科学的なエビデンスがあったわけではありません。しかし、社長は他業種の研究分析などの広い目での考察から「これからの時代はそうあるべきだ」と確信し、相談された私も、さまざまな業界の実例などを調べて、社長の目指す方針や理念の実現が、業績向上に寄与する制度を懸命に考えたのです。営業系の企業でひところ流行した成果主義人事制度は、結局のところ「結果主義人事制度」であり、人と組織を育てる仕組みにはなりませんでした。ストーリーにもあるように、成果は個人プレーで出すものではありません。組織を構成する一人ひとりが、自分のやるべきことを自覚し、日々成長を目指して研鑽する。そのチームプレーを通して、初めて業績になるのです。その点で、結果を出すための、定量指標をも含めた「正しい業務プロセス」を徹底させるための管理ツールとして、初めて評価制度は機能すると言えるでしょう。とはいえ、とくに営業会社であれば「数値を意識しなくてもよい」という方針もまた間違っています。「数値、結果を出すためにはどのように行動すればよいか、どういう指標を意識すればよいか」を評価制度で表現し、人材育成に役立てることが、本来あるべき手法なのだと思います。正しく構築された評価制度は個人だけでなくチームをも育てる
●ケース6のポイント▼成果主義人事制度(評価制度)は行き過ぎると会社を滅ぼすことは歴史が証明している→過去には富士通、近年では東芝(短期成果主義型の人事制度が現場の行き過ぎを助長)→本件事例との関係では、過去に着物業界最大手クラス企業が倒産している(悪質な販売手法、背景に売り上げに対する過大な歩合制度の仕組み)▼成果主義人事は「結果主義人事」であり、人・組織を育てる仕組みにはならなかった→いわゆる目標管理制度とは相性がよかったが、好ましい使われ方はされなかった▼結果を出すための「あるべきプロセス」を管理するツールとして評価制度は機能する→業績は最終結果だけで評価せず、KPI指標を用いて業務プロセスとして意識させる▼評価制度の活用で業績が上がる!ということは断言できる→ただし、他所の書籍にあるように「営業利益〇倍」などというと誇大広告
実態やレベルに合った、使いやすい制度を独自に考える人事評価制度という概念は、昨今になって急に登場してきたわけではありません。ただ、その内容や傾向には、時代によって大きな違いがあります。高度経済成長の時代には、職能資格制度といった形で評価がなされていました。主に職務遂行能力をランク付けするこの制度は、本書にもたびたび登場した、従業員の通信簿に近いやり方です。それでも通用したのは、当時はまだまだ年功序列が人事の基本であり、この評価の結果で大きく社員の序列や給与が変わることがなかったから。せいぜい、「評価が良かった人には少しボーナスをはずみ、悪かった人には次回までに頑張りましょうね」と奮起を促して終わりだったのです。日本中が働けば働くほど豊かになれる時代の、終身雇用と年功序列に支えられた家族的な企業風土のなかで、従業員のモチベーションを育て、仲よく前に進みましょうという平和な制度だったと言えるかもしれません。ところが、バブルが崩壊し、低成長の下で企業がなりふり構わずパイを奪い合う厳しい競争時代を迎えた00年代になると、成果主義と呼ばれる人事評価制度が脚光を浴びたのです。それはもともとは米国の大企業が採用していた手法で、四半期などの短期目標を従業員自身が上司と面談しながら定め、期末になるとその達成度合いを査定して、会社全体の業績も加味したうえで、評価に見合った報酬で応えるといったシステムです。ただ、このシステムはすでに社風が確立されていた大手にはそこそこマッチし、社員のモチベーションアップにつながった実例もあるし、大きな報酬を手にした成功者も出ましたが、短期利益に走った結果、社内がギスギスしたり、不正のきっかけにもなるという弊害もやがて見えてきました。自身が決めた目標に向かって頑張っているときに、何か問題を発見したとしても、未達を恐れるあまりにそれを過小評価し、最後までやりきって成果を出せば不問に付されると考える。そんな態度で解決を先送りした結果、大きな社会問題に発展してしまう例が、大手企業でも相次いだのです。同様に米国の企業から輸入された評価制度の例として、最近では、高い業績・成果を上げている社員の行動や思考の特性を言語化して評価基準に取り入れる、コンピテンシー評価といった手法があります。しかし、もともと米国の大手企業のホワイトカラーを対象とするそれらの制度が、日本の、まして中小企業のブルーカラーの現場にそのまま適用できるはずがありません。私たちコンサルタントも、そうした〝流行の〟人事評価システムの導入をクライアントから望まれ、応えた時期もありましたが、とくに中小企業に関しては、正直なところうまく機能しない例も少なくありませんでした。
そうした失敗も経て、現在のようにご依頼いただいた中小企業様の実態やレベルに合った、使いやすい制度を独自に考え、クライアント様と一緒に設計・運用していくというスタイルに行きついたのです。評価制度とは経営者そのものであり、会社のカラーそのものさまざまなクライアント様と仕事をさせていただくほどに、人事評価制度は難しい、単純ではない、完璧ということはないとつくづく感じます。しかし、それは当たり前かもしれない、とも思うのです。ストーリー仕立てでお読みいただいた本書の事例からもお分かりの通り、人事評価制度、ことに中小企業における評価制度とは経営者そのものであり、会社のカラーそのものでもあります。経営者の目指す理想の会社像を示して、その実現のために必要な資質や能力、努力の到達度が現在どの位置にあるのかを客観的にマッピングするのが人事評価制度の本質だからです。そして、多くの企業を訪問し、多くの経営者にお会いするほどに、こう思うのです。完璧な経営者などいないし、完璧な会社もまたない、と。である以上、私の理想とする単純で完璧な評価制度などというものは、永遠に実現できないのかもしれないとも思うのです。社長が評価制度をうまく利用した、あるいは利用しきれなかった事例多くの中小企業は人事評価制度の設計や導入、運用のそれぞれの局面で、さまざまな失敗や混乱を経験します。本書のケース1(15ページ)でご紹介したスーパーマーケットの社長は、人事評価制度を自分の権力を強めるためのツールにしようとして社員から総スカンを食らいました。人事評価制度とは、会社が求める人材像の提示。中小企業においては、それが社長の心を映す鏡でもあるということを示す事例です。その鏡が最初から曇っていたのでは、部下は安心してついていけません。まして、社員は経営者が思う何倍も、評価制度を適用されることに不安を抱き、その結果に敏感に反応します。評価制度の設計では、経営者の「こういう会社にしたい」「こういう組織にしたい」という想いを明確に表現したうえで、それを浸透させるツールとして評価制度があると考えるべきでした。評価制度を武器にして、社員を思い通りに動かせるわけではないし、そもそも想いのない状態では評価制度は活性化しません。この社長は一見、立派な理念や想いをお持ちでしたが、それ以上に、裏の動機とも言うべき企みが、せっかくの制度をつまずかせてしまったのでした。一方、ケース3(71ページ)で登場した企業では、時代に合わなくなった技術者集団の意
識改革を促し、人材を育成するために、社長が巧みに人事評価制度を利用しました。現場のエンジニアたちは自分たちの得意分野である技術をもっと評価してくれと訴えるなか、社長は「エンジニアである以上、技術はあって当然のこと。それよりもコミュニケーション力や向上心などの、人間力を重視したいのだ」というメッセージを明確に送りました。結果、そこを柱に据えた人事評価制度の導入によって企業風土は着実に変わり、組織としての練度も高まって、後継者となる息子のリーダーシップも育ってきています。ここで大切なのは、現場の不満の声をきちんと社長が受け止めながら、納得のいくまで制度によって会社をどのように変えていきたいのかを説明していることです。結局のところ、その信頼関係やコミュニケーションがなければ、どのような制度を導入してもうまくいかなかったでしょう。それはケース4(107ページ)の企業でも同じでした。荒くれた現場の風土を変えて、わが社を一流企業とも対等に付き合える、エクセレントカンパニーに育てていこうという若社長の真摯な態度は、やがて新しい制度の導入や運用を面倒くさがっていた現場にも通じて、社内外からの評判も上がったのです。もちろん、そのためには社長一人が奮闘してもダメです。制度を実際に運用する中堅の幹部たちが納得してこそ、制度はうまく回り始めるし、そうでなければ会社全体の風土も変わっていきません。歴史ある中堅企業の風土を芯から変えるには、まだまだ時間がかかるかもしれません。しかし、10年のスパンで評価制度を育てていく覚悟のあるこの社長なら、きっと制度も企業風土も、立派に理想通りに花開かせてくれるでしょう。すべては社長次第。制度導入をめぐるドラマそういう意味では、ケース5(143ページ)の企業はちょっと毛色が違いました。プロ経営者による経営再建の最中、先行きに不安を抱える従業員たちに進むべき道を示すためにも、人事評価制度が求められました。制度設計のための取材過程では、それまでの非効率的な仕事の進め方や無駄な人員配置なども発見されました。それらを改善したスリムで効率的な組織で、希望のある未来を築こうというプロ経営者の意思は、人事評価制度を通じてしっかりと従業員にも伝わったはずです。人事評価制度の導入は、業績がどん底のなかで、向かうべき方向性や目標を明確にすることで、会社全体のムードを明るくしたり、一体感を醸成する効果も期待できます。つまりいい意味での企業風土のリセットにも使えたのです。プロではない経営者と外部専門家が手を組んでしまうとどうなるかという見本が、ケース2(47ページ)の事例です。優秀な幹部に頼り切り、自身がリーダーシップを発揮してこなかった社長が、ついに幹
部から突き放され、自身で人事評価制度の導入に挑まねばならなくなったとき、彼はよりによって間違った相手に頼ってしまいました。困ったことに、頼った相手は実力はともかく口八丁手八丁の〝先生〟。見よう見まねの内容ながら、一見、理にかなった理想的な制度に見えるプレゼンをしたのです。「社員にとってガラス張りの公平な制度」を謳いましたが、完全にガラス張りの人事制度の運用など不可能なことは、ちゃんと仕事をしている社長ならご存知でしょう。そうした大人の事情も含めてハンドリングするのが優れたリーダーというものです。結局、幹部連中からさまざまな問題点を突っ込まれて社長の威厳を台無しにし、頼った先生からも逆に恫喝された社長は、ほうほうの体で浪野の元に駆け込んだのです。アマチュアの〝先生〟は論外にしても、プロのコンサルタントであっても、すべてを丸投げにして完璧な人事評価制度が設計できる人は残念ながら存在しないでしょう。まず、自社が抱えている課題や実現したいビジョンなどを包み隠さず説明し、それをきちんと制度に採り入れて有効な解決策に結び付けてくれるプロを選ぶこと。たとえそのような人物に依頼できたとしても、制度の設計、導入、運用のすべての過程で何度も見直しや改定を繰り返して、完成に近づけていく必要があります。それが分かっている社長なら、ケース6(173ページ)のように、長年続いてきた業界の慣習とも言うべき組織風土も革新して、近代的な企業へと生まれ変わらせることができるのです。ちなみに彼の会社が人事評価制度を導入して、すでに8年近くが経とうとしていますが、今なおそれは完成ではなく、毎年のように手を入れ続けています。それだけの覚悟を持ち、それだけの効果を認めてくださった社長だからこそ、成果に結び付けることができたと言えるでしょう。答えはじつはシンプルこうして、これまでの私が手がけてきた事例のほんの一部を振り返ってみるだけで、人事評価制度の導入とは本当に一筋縄ではいかない仕事なのだと実感します。しかしその一方、正しく評価制度を運用するための筋道はあるように感じています。ここ数年は、「働き方改革」「人手不足」などが話題になり、多くの経営者が人事労務問題で悩みを抱えています。もしかしたらその規模は、過去最大クラスかもしれません。この流れが続けば、今後は「人事倒産」に陥る企業も少なくないでしょう。しかし、そんななかでも強い企業は確実に存在しています。そうした企業は今社会が直面している問題に対して、堂々とした対応ができているのです。万全とまではいかなくとも、人手不足は解消されており、働き方改革も進み、社員の満足度は高く、業績も好調。そんな企業はなぜそうなっているのでしょうか。その問いは、結局はシンプルな答えにいきつくように思われます。著者の経験的な見立てでは、何も特別なことは行っていません。「組織」「人」の問題に経営者自身が強い関心を持ち、理念を謳い、具体的な方針を打ち立てて愚直に人事問題に取り組んできた。そ
れだけです。それは数年という単位の世界ではありません。10年、20年、いやもっと前からそうしてきているのです。だから今になって慌てる必要のない、骨太の組織が出来上がっているのです。人事が強い、評価制度が強い会社は中間管理職が強いしかし、こうした経営者の多くが強烈なリーダーシップを持っていたかというとそうでもありません。みんなが松下幸之助ではないし、孫正義のようにもなれません。彼らは、「評価制度」という機能に自身の想いを乗せて、リーダーシップを補強する材料としてうまく使いこなしているように思われるのです。そういう方々は、コンサルタントなど外部のパートナーも、効果的に使えているように見えます。また、そうした経営者を下から支えているのは経営幹部、とくに中間管理職です。人事が強い、評価制度が強い会社は中間管理職が強い。数多くの企業とお付き合いしてきて、これは間違いないと認識しています。経営者は評価制度で理念を語り、管理職はそれを受けて現場で熱心に評価制度を運用する。当初は苦労もあっただろうが、長い時間をかけてそれを乗り越えてきており、確かな成果を感じている。人材育成、組織開発に不可欠な仕組みとして、当たり前のように評価制度の重要性を認識している。そうした風土が出来上がっているということが、成功企業の最大の強みではないでしょうか。では、これからどう取り組むべきなのか先を行く企業に追いつくことは容易ではありません。すでに10年、20年単位の差がついているのです。しかし、人事評価制度に想いを込めて愚直に運用していけば、確実に成長していくことはできると思います。あるいは成功企業の多くも、最初からそうであったわけではなく、本書にあるような失敗も繰り返して組織の強度を高めてきた経緯があります。そうした意味では、これから取り組む企業にとっては本書のような事例を「転ばぬ先の杖」として利用することで、より確実に、効率的に評価制度を活かしていくこともできるのではないかと考えています。これからの時代には、人事評価制度もないような会社は学生さんからも選ばれなくなる。それは確かなことでしょう。今現在、制度がある会社でも、常に見直して、時代に合った内容へとバージョンアップしていくことも求められています。もちろん、「ウチの会社もそろそろ100人だから、評価制度くらい作っとこうか」というノリではダメなのはお分かりいただけるでしょう。初めに理念や理想ありき。それを社内にメッセージし、全員に進むべき道のりを示す道しるべとして、評価制度はあります。言ってみればそれは、人材育成の手段でもあります。
ならばその設計と導入、運用には、たっぷりと時間をかけるべきです。本当に理想の人事評価制度を設計するためには、私は本格的な着手の前に、経営者や幹部、管理職の方々と酒でも酌み交わしながら半年、1年をかけてじっくり話を聞きたいと夢見ています。そうして、同じ温度観を共有し、会社が本当に目指すべき崇高な目標や理念、越えるべき課題や現有戦力などをしっかり把握したうえで、それを言語化した、最小限の評価項目で構成されたシンプルな制度を設計するのです。真に優れた企業のために考え抜かれた制度は、そうあるべき。いつかそんな仕事ができるといいなと、願っているのです。
おわりに最後までお読みいただき、誠にありがとうございます。執筆の締切りに追われるなか、幸運にも本業では多くの引き合いをいただいています。しかしながら、各社にお伺いするたび、本書でご紹介してきた「失敗の典型例」に、無自覚に突き進んでいるように思える例が少なくありません。じつは、そのような負のスパイラルに陥った会社を数多く見てきたため、著者はどのようなことができるのかという問題意識から本書を執筆することにしたのです。コンサルタントとして直接ご支援できる先にはどうしても限界があります。それだけに、本書が一人でも多くの経営者の方々の参考になることを願ってやみません。最後に、本書はあさ出版の佐藤和夫社長、編集担当の清水典夫さんを始めとして、亀谷敏朗さん、横田晃さんに企画段階から多くのご協力をいただきました。また、日々我々のコンサルティング業務に対してご理解・ご協力をいただいているクライアント先の経営者の方々に、この場を借りて御礼申し上げます。そして、日々支えてくれる妻の早苗、長女愛理にも最大限の感謝を。ありがとう。森中謙介
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