はじめに
私は約 30年間にわたり、内科医として主に腎臓病の患者さんの診療に携わってきました。
腎臓の病気というと腎結石や腎臓ガンを思い浮かべる人が少なくないと思いますが、これらの疾患は泌尿器科の領域で、腎臓内科医である私が診ている領域は、ネフローゼ症候群や腎炎などの尿をつくる装置としての腎臓の病気です。
こうした説明が必要なほど、腎臓内科は循環器内科や消化器内科に比べてマイナーな存在なのです。
さて腎臓内科の説明はこの辺にして、少し腎臓のお話をさせてください。
なぜなら、私がこの本のテーマである「上咽頭炎」という概念に出合ったのも、腎炎の治療がきっかけだったからです。
私の専門は IgA腎症という腎臓病です。
IgA腎症とは、腎臓で血液をろ過して尿をつくる糸球体という装置に異常が起きて赤血球やタンパク粒子が尿の中にもれ出し、少しずつ腎臓の機能が低下していく病気です。以前は不治の病といわれ、最終的には腎不全となって透析が必要になっていました。
ところが、 20年ほど前に多くの医師や患者さんの協力を得て私たちが考案した、「扁摘パルス」という治療法がこの病気に有効であることがわかり、いまでは早期に発見してこの治療を行えば、ほとんどが治るようになりました。
腎炎は原因不明とされているものが多いのですが、その発症のメカニズムには人間の体の免疫システムが関わっていることも少なくありません。
そのため、腎炎を根本的に治療するためには腎臓だけを見るのではなく、その病気を起こしているそもそもの原因を見つけなければならないのです。
その原因とは、免疫システムに関わる細菌やウイルスなどが侵入してくる場所、つまり咽喉や鼻で起こっている感染や炎症であり、これについても注意を払わなければなりません。
こうした視点から IgA腎症の根本的な治療法を思いつき、そして多くの患者さんを根治させる(病気を治す)ことができるようになったのですが、その中でどうしても I g A腎症の特徴である血尿(尿に血が混じること。目で見て異常はなくても顕微鏡で見ると尿の中に赤血球がある状態)が消えない患者さんが 20%ぐらいいることに気づきました。
その原因を探している中で見つけたのが、「慢性上咽頭炎」という概念です。
この「上咽頭」という、鼻の奥の、まさに、のどちんこの裏側に位置する部位に注目し、患者さんに治療を行うと、不思議なことにしつこく続いていた血尿が消えたり、ネフローゼ症候群(大量のタンパクが尿に漏れ出て、むくみが生じる腎臓病)の再発(治ってはまた症状が出ることを繰り返すこと)が起こりにくくなったりと、腎臓内科医として、実際の診療で治療効果に手ごたえを感じる現象が次々と起こりました。
このような経験を積み重ねる中で、世間ではほとんど注目されていないこの部位が、免疫疾患(人間のもつ免疫システムの異常が原因で起こる病気)において極めて重要な働きをしているのだと、私は信じて疑わないようになっていきました。
加えて、患者さんからは、肩こりがなくなった、頭痛が消えた、花粉症が軽くなった、しつこい鼻づまりがなくなった、風邪をひかなくなったなどの話を聞くようになりました。
「上咽頭」には免疫だけでなく、きっと何かほかにも作用することがあるに違いない。
現代の、症状を軽くするだけの医療では決して治せない、治すことが難しい病気を治すことにつながる鍵が隠されているかもしれない。
そのように考え、慢性上咽頭炎について調べ、私なりに新しい治療の形を模索していきました。
私が長年抱き続けている「対症療法ではなく根本治療で疾患の根治を目指す」、つまり痛いときは痛みをとる治療、かゆいときはかゆみをとる治療というような、そのときどきの症状に対応する小手先の治療ではなく、病気を根本から治すという新しい治療の形を、この本でぜひともみなさんに紹介したいと思います。
2011年2月堀田 修
CONTENTS
はじめに
第 1章 慢性上咽頭炎との出合い
予感が確信に変わった慢性上咽頭炎という考え方
IgA腎症は治る病気になった
私はこれまで約 30年間、腎臓内科医として医師や患者さんの協力のもと、治すことが難しいといわれた IgA腎症の治療に携わってきました。
そして、 20年ほど前に「扁摘・ステロイドパルス併用療法(以下、扁摘パルス)」という治療によって、 IgA腎症を治すことに成功しました。
この治療は、炎症を起こしている扁桃を切り取って(扁桃摘出)、さらに炎症を抑える作用があるステロイドホルモンという薬(免疫抑制剤)を大量に点滴する(パルス療法)ことで、腎臓の炎症を抑えるというものです。
扁桃を切り取ることで、炎症を起こしているもともとの原因が取り除かれるため、まだ腎臓の傷みが少ない早期の段階であれば、 IgA腎症を完全に治すことができるようになったのです。
この本は IgA腎症の本ではないので、その詳しい経緯は記しませんが、風邪をひいたことがきっかけで、おしっこに血が混じり(血尿)、 IgA腎症になる患者さんをじっくり見ていく中で、多くの患者さんの扁桃にボールペンの先くらいの小さな白い膿の塊(膿栓)がついていることに気づきました。
そして、扁桃で起こっている炎症が原因となって腎臓の糸球体に炎症を起こしているのではないか、そう発想したことが発端となって扁摘パルスは生まれました。
ここで簡単に IgA腎症が起こるメカニズムを免疫システムの観点から説明したいと思います。少しややこしいので、飛ばしてしまってもかまいません。
扁桃(扁桃腺のこと。正式には口蓋扁桃と呼ばれる、のどの奥の両側にある二次性リンパ器官。細菌などの侵入に対して防御する器官の一つ)に炎症が起きるのは、細菌や風邪のウイルスなどが咽喉に入ると、扁桃の組織(リンパ組織)が細菌やウイルスなどの外敵から体を守ろうと免疫反応を起こすからです。この免疫反応の中心を担うのが白血球です。
ちなみに、白血球は顆粒球(ほとんどが好中球)、マクロファージ、リンパ球からできていて、リンパ球には Bリンパ球、 Tリンパ球、 NK細胞があり、 Tリンパ球はヘルパー Tリンパ球とサイトトキシック Tリンパ球からできています。
扁桃が細菌やウイルスなどの外敵によって刺激を受けると、白血球の中のヘルパー Tリンパ球が激しく反応(活性化)して、ほかの白血球(好中球やマクロファージ、 Bリンパ球)に「戦闘態勢に入れ」という指令を出します。
そして、 IgA腎症の患者さんでは、戦闘態勢が扁桃だけではおさまらず、遠く離れた腎臓で糸球体を標的とした攻撃が繰り広げられ、好中球やマクロファージが実行犯として暴れて腎臓の組織を破壊します。
つまり扁桃に入った病原菌が原因となって、人間のもつ免疫システムに乱れを生じさせて、自分の体、つまり腎臓の糸球体を攻撃し、炎症(血管炎)を起こすのです。これが IgA腎症です。
さて、指令を受けたもう一つの白血球である Bリンパ球は、 IgAという細胞にくっつくタンパク質(接着分子)をつくり出します。そして IgAは血流に乗って体をめぐり、腎臓に到着した IgAは糸球体にくっつきます(沈着)。
この状態を顕微鏡で見ると、正常な人の糸球体にはほとんど存在しない IgAが、 IgA腎症の患者さんの糸球体にはたくさん沈着しているのがわかります。
IgAがべったりと沈着した糸球体の状態から、 IgA腎症と呼ばれるようになりました。
IgA腎症になる多くの患者さんの扁桃に白い膿の塊がついていることに気づいた私たちは、この炎症を起こしている扁桃を取ってしまえば、病気の原因を取り除けるのではないか、そして同時に、戦闘態勢にある免疫システムを、炎症を抑える作用があるステロイド剤を大量に与えることでいったんリセット(解除)すれば、自分の体への攻撃をやめさせられるのではないか、と考えついたのです。
これが「扁摘パルス」という治療法です。
幸いにも、この治療法は IgA腎症で悩み苦しむ多くの患者さんたちの福音となり、早期の段階でこの治療を受けた多くの患者さんが次々と治っていき、「いずれは透析」という将来の不安から解放されていきました。
扁摘パルスをしても治らない血尿が消えた!
ところが、その中の 20%くらいの患者さんは「扁摘パルス」を行ったにもかかわらず、 IgA腎症の特徴である血尿が消えないのです。
血尿が消えないということは、糸球体にある毛細血管で炎症が続いていることを意味します。
それは、扁桃以外のどこかに、まだ糸球体の炎症をひきおこすような原因が残っている可能性を示しています。
その原因を探していたところ、扁摘パルス治療後も尿に血液とタンパクが混じる I g A腎症の患者さんが、大阪から私が勤務していた仙台社会保険病院に転院してきました。
2004年のことです。
この方は腎症としてはまだ比較的早期で、尿から血液とタンパクが消えて、その状態を持続する状態、医学用語でいうところの寛解・治癒が目指せる段階でした。
扁桃を摘出しているので、まずは扁桃以外で炎症を起こしている原因を見つけなければなりません。
「せっかく仙台まで来てくれた患者さんの願いをなんとしてでもかなえなくては」という思いから、私が以前から IgA腎症の原因の一つと考えていた慢性上咽頭炎を疑ってみることにしました。
上咽頭とは咽喉の一番上の部分で、鼻の奥の、のどちんこの裏側にある部位(次ページイラスト参照)です。
左右の鼻の孔(鼻孔)から入った空気は、ここで一つに合流し、進行方向を下向きに変えて、その後、中咽頭、下咽頭、気管、気管支を経て肺に入ります。
上咽頭とは、鼻を通過して体の中に取り込まれた空気が最初に通る場所で、空気中に混じっているウイルスや細胞など、さまざまな外敵が侵入する重要な経路です。
慢性上咽頭炎とは、この上咽頭部分が慢性的に炎症を起こしている状態です。
あとで詳しく説明しますが扁桃炎と同じように、その炎症が原因で上咽頭から遠く離れた体のほかの部分にも炎症などをひきおこす原因となります。
この慢性上咽頭炎をどうやって治療するのかといえば、塩化亜鉛という薬を鼻の孔とのどから直接塗るという簡単なもので、本来は耳鼻科で行う治療です。
塩化亜鉛は収斂剤といわれる薬で、この薬を炎症を起こしているところに塗ることで、直接炎症を焼いて治療します。
さて、本来は耳鼻科で行う治療を内科医の私がすることに若干の抵抗を感じつつも、この患者さんの上咽頭に綿棒を使って 0・ 5%に薄めた塩化亜鉛の溶液を塗ってみました。すると患者さんはたいへん痛がって、さらに綿棒には真っ赤に血液が付着したのです。
「ここが病気の元(原病巣)だ!」と判断した私は、さっそく日ごろからお世話になっている信頼する耳鼻科医に「慢性上咽頭炎の治療をお願いします」という紹介状を書きました。
ところがその患者さんを診察した耳鼻科医からは、「上咽頭に異常は認められません。出血したのは強くこすりすぎたためだと思います」というクールな返事が届いたのです。
その時点では 100%の信頼をおいていた耳鼻科医からの返事は、私にとっては絶対的な回答であり、いきなり冷や水を浴びせられたようなものです。
耳鼻科領域では素人である私が出すぎたまねをして、患者さんに苦痛を与えしまったのです。そうそうに患者さんに謝罪しました。
ところが患者さんに謝罪してまもなく、以前からインターネットを通して買い求めていた古書『 Bスポットの発見─現代医学が取り残した「難病」の震源地』(光文社カッパ・サイエンス)が私のもとに届きました。
これは 1980年代に出版された鼻咽腔炎(いまでは慢性上咽頭炎といいます)について書かれた本で、鼻咽腔炎について精力的に研究した堀口申作氏の著書です。
さっそくこの本を読み始めると、ほどなくして本の中に、「一見、正常に見える粘膜に塩化亜鉛を塗布すると強い痛みと出血が認められることこそが重要な診断所見であり、塩化亜鉛塗布を続け炎症が治まると出血しなくなり塗布の時の痛みもなくなる」という記述を見つけました。
つまり慢性上咽頭炎というのは、目で見るだけでは診断ができず、塩化亜鉛を塗って出血したということが、そこに慢性の炎症があることの証だったのです。
この記述に自信を取り戻した私は、患者さんの了解を得てもう一度、上咽頭に 0・ 5%に薄めた塩化亜鉛溶液を塗り、これを毎日繰り返しました。
すると本当に塗布した際の痛みはどんどん軽くなり、 2週間程度で血液の付着もなくなったのです。
腎臓の糸球体の炎症を抑えるためにステロイド治療も併せて行っていましたが、血尿の程度も次第に軽くなっていき、最終的には尿からタンパクも血液も消えました。
最初は治療に伴う痛みで顔をしかめていた患者さんが、最終的には寛解(血尿とタンパク尿が消えた状態)になり、喜んで笑顔で仙台をあとにしたことは言うまでもありません。
予感が確信に変わった慢性上咽頭炎という考え方
こうして慢性上咽頭炎治療に手ごたえを感じた私は、扁摘パルス療法を行ったにもかかわらず血尿が消えない患者さんたちはもちろん、治りにくいほかのタイプの腎臓病患者さんの上咽頭に、塩化亜鉛を塗り始めました。
すると驚くことに、ほとんどの患者さんに慢性上咽頭炎が認められたのです。
ところが、その治療をしばらく続けていくうちに、さらに興味深いことが次々と起こりました。
IgA腎症のしつこく続いていた血尿が消えただけでなく、長年、再発を繰り返してきたネフローゼ症候群の患者さんが再発を起こさなくなったり、さらには頑固な肩こりが軽くなったり、片頭痛がなくなったり、腎臓病だけに留まらずさまざまな症状が改善したという患者さんの声を頻繁に聞くようになったのです。
またある年の春には、慢性上咽頭炎治療を続けていた何人もの患者さんから「先生、今年は花粉症が楽だよ」という思いがけない言葉を聞くことになりました。
世間では、花粉が大量飛散しているという報道が連日なされているころでしたので、意外に感じたことを覚えています。
というのも、私は腎臓病の治療に加えて上咽頭に塩化亜鉛を塗る治療を続けていただけで、何か新しい花粉症の治療をしたわけではなかったからです。
もちろん、本来の腎臓病の症状については、さまざまな効果を実感していました。
「こうした効果の現われは、上咽頭という部位が免疫システムに関係するとても重要な役割をしているからに違いない」 次第に私はそんな確信をもつようになりました。
そこで私はこの上咽頭という場所(部位)に注目して、数年にわたり私なりに過去の文献をいろいろ調べ、そして日々患者さんを診療する場で、患者さんの了解を取りながら、この治療を実践していきました。
その結果、この治療は大変画期的なもので、これまで薬でなんとか症状を抑えてきたような患者さんたちに、薬を飲まなくても済むような状態にまで症状を回復させることもあるということがわかってきました。
アレルギー疾患や慢性の皮膚炎、関節炎、片頭痛、自律神経の調節障害など、治すことが難しく、つねに薬を飲んでいなければならない慢性病に苦しむ人は、いま日本中にたくさんいらっしゃいます。
この本で紹介する慢性上咽頭炎の治療は、そのような人たちにこそ、ぜひ試していただきたい治療です。
この治療には人間のもつ免疫システムと自律神経のシステムが深く関わっていますが、そのことについては第 3章で詳しく説明しますので、その前に、まず、この治療で元気になった患者さんたちを紹介していきたいと思います。
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