32〝見えざる契約〟に忠実でいるかつくる人がいて、売る人がいて、買う人がいる。供給者と需要者のあいだには〝見えざる契約〟がなされている。その契約に、はたして忠実な仕事ができているだろうか。 ――松下さんは消費者との関係について、いわば〝見えざる契約〟を結んでいるがごときものとおっしゃっていますが、それはどのようなことでしょうか。松下 それはね、以前、ちょっと本を読んでたんですよ、随筆を。そこには峠にお茶屋があるんです。そこにお婆さんがいて、そのお婆さんが毎朝定刻にその店を開けて、そして食べ物を出し、熱いお茶を沸かして、その峠を通る人に出すわけです。 それが習慣になって、峠を越す人もお婆さんも決まったようにそれをやったわけです。それが一つの約束になったようなもんですな。 峠を通る人は、いついつにそこを通れば、お婆さんがお茶を出してくれるということが習慣になってしまった。これはいわば、長年の習慣をつくったのだから、一つの契約をしたのと一緒ですわ。だから、これは〝見えざる契約〟であると考えられるわけですな。 われわれ一般の商売人や製造業に携わる者も、やはり、買ってくださるだろうことをあてにしてつくっているわけです。また買うほうの人は、つくってくれるだろうと、店に並ぶだろうことをあてにして買いに行くわけです。 これは〝見えざる契約〟を交わしているのと一緒ですわ。それに対して忠実でなけりゃいかん。買うほうも売るほうも忠実でなければいかんという考え方、そこからヒントを得たわけですわ。峠のお茶屋のお婆さんは決まったようにキチンとお茶を出し、それをあてにして山に登る人があるわけです。 そういうことから考えて、われわれメーカーと一般の大衆の方々とのあいだでは、〝見えざる契約〟をしているんだと、そのつもりで仕事をしないといけないということを、自分自身に言い聞かせたんですわ。〔一九七八〕
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