2025年– date –
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三 部下を思う心
部下を思う心が強ければ、部下が主を思う心も強くなる。主従一体の力は思い、思われる間から生まれてくるといえるだろう。 もし、部下を思う心が乏しければ、心よく命に服することはない。思う心が強ければ令を下さずとも従うことになる。 そこでいえるこ... -
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部下への歓心、関心、感心
常に部下に関心をもって、最後の一兵までよく知ることは統率の第一歩といえる。 そして、各所でのべたとおり、部下に感謝し、長所を見いだして、それを伸ばすことに努め、善行を褒めることも欠かせないことである。 しかし、いやしくも、上司といわれる者... -
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五 部下に甘くみられるな
最高の職にある社長が、部下から、くみしやすいと甘く見られるようでは統率者としての値打ちはない。 少々のことは見のがして、おおらかな態度であることが好ましいが、時にはピリッとしたところを見せないと威令も届かなくなる。 昔、大きな農家では、常... -
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六 厳、慈の使い分け
部下を率いる要領は、厳しすぎては萎縮し、慈愛にすぎても、緩み怠る懸念もでてくる。時と場合によって、厳、慈の用い分けが必要ではないかと思う。 また、厳しさに片寄らず、厳しさの中に、部下を思う心がなければならず、部下への慈愛に片寄らず、その中... -
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七信賞必罰
部下を統率する術は、権力、威厳を振る舞うだけが能ではない。 これを妙手とするなら、飯場の親方か夜盗の頭目で足りることになる。孫子の兵法に、「百戦百勝は、善の善なる者に非ず。戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり」とあるが、部下を自然... -
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八 下にゆずってはならない権限
韓非子に「明主のその臣を道制する所は、二柄のみ。二柄とは、刑徳なり。何をか刑徳と謂う。曰く殺象これを刑と謂い、慶賞これを徳と謂う。人臣たる者は、誅罰を畏れて慶賞を利とす。故に人主、自らその刑徳を用うれば、則ち群臣その威を長れてその利に帰... -
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九 賞の与え方
人間ほど名利に聡いものはない。 他の動物は飢えれば食を求めるが、それ以上望むことはない。人間はまさに足るを知らず、である。ことに利につながることとなれば、無限といえるだろう。 芋虫と蚕は同じ形をしているが、蚕は手でつかみ、芋虫には手を触れ... -
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十 名統率者とは
賞にからんだこんな話がある。 西漢の劉邦が天下を得た後、論功行賞を行ない、「吾しようかれ爺何に如かず」と、第一等の賞を内政担当の爺何に与えたことは前にのべた。その話何につづいて、当初大功のあった二十余人については、すぐ褒賞の決定をみたが、... -
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十一 統率の失敗はこの一点にある
ことにあたって恐ろしいことは、以外なところに、抜け穴があったり、落し穴があることで、穴のあいた風船に空気を吹きこむように、いくら努力しても膨らまない。部下の統率もこれと同じように、万全をつくしたと思っても、いっこうに効き目がない。 いった... -
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十二 トップの若さ
社長の若さは会社の若さに比例する、とは私の自論のひとつである。ここでの若さとは、戸籍上のものではなく、心の若さ、頭脳の若さである。 「二十の翁、六十の青年」という言葉がある。人生の半ばを越えても身心ともに健全、進歩的、柔軟な頭脳をもち、意...