2024年11月– date –
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八、わが子がかわいいのは分かるが
大学卒業と同時に社長にする 大学卒業と同時に社長になったL氏は、二人兄弟の総領である。つまり、大学卒業と同時に社長になったのではなく、親父に社長にさせられたのである。 会社は三つの事業をやっており、一つはまあまあの業績であるが、もう一つは... -
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七、間違い社長列伝
店舗拡張社長 K市にMという大衆料理店があった。旦那さんが庖丁を握り奥さんがお客サービスをしていて、あとは皿洗いのおばさん一人だけだった。 献立も味も、サービスも雰囲気も値段もすべて庶民的で気楽に呑み喰いできる店であった。 だから、いつもお... -
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六、この努力を見よ
重傷の身で経営計画を 三紅印刷の古川社長が名神高速道路で交通事故に遇って救急病院に入院したという知らせを受けた。不幸中の幸いは右手首の骨折と、肋骨に軽いヒビが入っただけだということである。 翌日お見舞に参上した。病院が分らないので、会社を... -
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五、陣後に立って督戦す
セールスマンの情報で新商品を K社は、食品の某商品の専門メーカーで同業百数十社のうち、ベスト・テンに手が届こうとしている。しかし、届きそうでいて、なかなか届かない。それは、現在の主力商品三種類で売上げの八〇%以上を占め、それ以外の十数種で... -
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四、陣頭に立てど指揮せず
動いて働かず T産業の社長S氏は、物すごいスタミナ社長で、毎朝早く自宅を出て、一〜三社を訪問して所用をすませた後、十時頃には営業所に顔を出す。そして、昼頃まで約二時間大奮闘である。引きもきらずに、社長当てにかかってくる電話に応対して、商談... -
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三、不平不満の生産者
カウンセラー・システムまでとりながら B社社長の悩みの最大のものの一つは、社員の勤労意欲が低く、不平不満が充満していることであった。社員のくだらない個人的な悩みというよりは、むしろわがままな要求や相談が、入れかわり立ちかわり社長の許に持ち... -
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二、我が社の未来を語る
我が社の未来を語る 我が社の未来を語る S精密(株)を一五人程の仲間と見学させていただいたのは、たしか昭和四十一年のことであった。当時の従業員は六五〇名程であった。創立以来、二十有余年、ただ一期の例外もなく三割配当を続け、躍進を続けている... -
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一、顧客のために
ま え が き 会社というところは、人間というやっかいな動物の集団である。このやっかいな人間の集団を管理し、自分の思うように働かせようとする社長の悩みは深刻である。その悩みを解決してくれるはずの伝統的な人間関係論は、働く人々の立場を尊重し... -
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十、社長とは決定を下す人である
使命感から出発する未来像をもて 会社は絶対につぶしてはならない。いつ、いかなる場合にも利益をあげて存続させなければならない。これが経営者の最低限度の社会的責任である。そこに働く人々の生活を保障するという社会的責任である。 次に、社会に貢献... -
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九、わが社の将来の青図をえがけ
一〇年後のバランス・シートが決まっている D精密は創立以来二〇年、高収益、高成長を誇る超優良企業である。近く株式が第二部上場されるであろう。 同社は、一〇年間の長期経営計画をもっている。その計画には、 一〇年後のバランス・シートが決まって...