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15  社員の働きを殺していないか

15社員の働きを殺していないか商売は真剣勝負である。その勝負のときに、社員が汗水流して働いてくれている姿が見える人、その成果を無にできないと思える人は、強い。松下  ぼくは今まで、もう会社が小さいときから、ちっとも変わっていないんです、ぼくの考え方は。最近は、こっちで定価をつけますわな。そしてお得意先に「この値段で売りますから」と言うても、値切る人は一人もないですよ。素人の方は値切るかわからんけどね、問屋さんとか小売屋さんは値切らないですよ。だから非常に責任が重いんです。  値切ってくれるのであればね、高くつけたって安心です。値切ってくれるから適当に値段が成り立ちますわな。値切ってくれないようになると、高ければ買わんということです。買うか買わんかという境目で値をつけるのやから、これは非常にむずかしいです。それが今、私が自分で感じることですわ。  しかし小さいあいだはね、こっちが値をつけても、「何を言うとる、そんなもの売れるか、相場はこうやで」と、こうなりますな。したがって、小さいあいだは自分で値をつけられません。そうすると、むこうにつけてもらわないとしょうがない。まあ買う人は安くつけますわね。「松下さんこれ高いな、よそはもっと安いで」と、こう言う場合があります。そのときにぼくはね、「しょうがおまへんなあ」と言うて、まけなかったんです。  そのとき、ぼくの目に浮かんだのは従業員の姿ですわ。原価が一円のものを一円十五銭と言うて、高いとおっしゃる。すると自分の働きが悪いのかということですね。自分の働きが悪ければ、これはしかたない。しかし顧みて、自分の働きは悪くない。一所懸命働いている。よそよりコストが高くついているはずがない。またそのとき、十人なら十人の者が朝の七時から晩の七時まで一所懸命働いて、汗水流しているのをこの目で見ていますわな。  ぼくは、その人たちの成果というものを、無にすることはできないと思ったんです。だから「高いからまけろ」と言われても、「私のほうは一所懸命に働いております。それでそんなに下手なつくり方もしていない。あなたが高いとおっしゃれば、これはもうやむをえない。まかりませんから、どうぞよそをお買いください」とこうです。「そうか、そう言うならしょうがない、買ってやる」と、こうなるわけです。  そのときにぼくが、それはしょうがないなあ、よそが安うするのやったら、うちも安うしないとしょうがないなあと思ったら、あきまへんのや。ぼくはそのときに、一所懸命働いておったかどうかということを自分で考えた。また従業員の十人なら十人が、汗水たらして働いているその成果を、自分の意思によって無にすることができない。そう考えると、非常に強いものが出てくるわけです。そうすると通るんですな。  むこうは駆け引きしているわけです。一円二十銭のものを一円十五銭にまけろと言うているわけですね。こっちは初めから十五銭と言うている。こっちは値段ちっともまけない。けれど、結局はぼくのほうが安くなっとるのやね。だから、だんだん信用がついてきて、しまいにはちっとも値切らない。こっちが言ったら、「よろしい」というようなもんです。勝負が速いです。それなら儲かりますわ。そういうことですね。  何ごとにもやっぱり自分で正しいと思うことには強い。自分に誤ったところがあれば弱くなりますわ。それといま言うたように、従業員が一所懸命にやっているのに、自分が簡単に当を得ない値段をつけることは、その十人の人の働きを殺すことになります。これは自分として許されないことやと私、思うんですね。常に頭に従業員のことがあるんです。だから、強みが出てくるんですね。  ぼく個人は実際いうと弱い男ですよ、ほんとうは。けれどぼくは、そういう強いものをつかむわけですわ。この十人の成果を無にしてはいけないということがぐっと出てくるから、強くなるわけです。〔一九六七〕

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