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10瞑想の至福感

前の章で、心の幸福感は常に変化するもので、心によっては本質的な幸福を得ることはできないということをお話ししました。このことは、瞑想をする上でとても重要な理解です。

もし、心が私たちに本質的な幸福を与えてくれるとすれば、瞑想をする必要などないからです。

心を喜ばせることで私たちが本当に幸せになるなら、私は皆さんに、「瞑想をしても幸せにはなりませんよ。座っていないで外へ出て、どうぞ心を喜ばせてください」とお伝えするでしょう。

しかし、そうでないなら、「心が与えてくれる幸福は真実ではありません。あなたの外側に幸福を求めたとしても、それを手に入れることはできないからです。このことに気が付いたなら、どうぞ瞑想によって内的な至福を探究してみてください」と、初めて皆さんに瞑想をお勧めすることができます。

では、内的な至福とは一体どのようなものなのでしょうか。

本当の「私」である意識は、常に至福であるということがヨガの教えでした。しかし、ここで一つ問題が起こります。

私がすでに至福であれば、なぜ私は幸福ではないと思ったりするのでしょうか。瞑想の実践で、私たちの意識はいつも一つのものを映しているというお話をしました。

そして、その一つのものに集中しているとき他のものを感じることはできなくなってしまいます。つまり、私たちの意識は常に心を映しているので、自分自身にある本当の至福に気づくことができないでいるのです。

ですから、私たちの意識が心を映すのをやめれば、私の本質であるアートマンの永遠の至福が現れてくるのです。

つまり、『ヨーガ・スートラ』で「ヨガとは心の働きを止めることである」と言っていることの意味は、「移り変わる心を意識から離して、あなた自身の内側にある至福に集中しなさい」というメッセージなのです。

そしてこれが、ヨガが教えている瞑想の本質的な目的でもあります。

つまり、「私は永遠不変のアートマンであり、永遠に滅びることがなく、常に至福で満たされている」と念想するとき、私は至福であり、あらゆる苦しみから離れています。

この至福は、瞑想によって新しく作り出されるものではありません。私たちが生まれる前からずっと存在し続けています。

しかし、それは部屋にある時計の針の音のように、あなたがそれに注意を向けない限り聞こえない音のようなものでもあります。

ですから、私たちの意識が心を通していつも外界に向いている間は、この至福を感じることは難しいのです。アートマンである意識そのものが至福であるという点については、なかなか理解しづらいかもしれません。

しかし、アートマンである私にとって失われるものは何もなく、私は永遠に存在するというこの教えは、私たちに完全な安心感を与えてくれます。

結局、人は常に自分の存在について心配しているからです。私の体が傷ついたり失われはしないか、私の心の喜びや幸福が失われはしないだろうかと不安になります。

しかし、アートマンである私に不安は何もありません。このように、あらゆる不安や悩みから離れた状態を至福と呼んでいるのです。この至福について理解できれば、好き好んで心の世界にとどまっていたいとは思わなくなるはずです。

目次

瞑想の至福と心の幸福の違い

次に、瞑想が与えてくれる至福の性質について考えてみましょう。

瞑想で心から離れてアートマンである私に集中する至福感と、心が与えてくれる幸福感には根本的な違いがあります。心の幸福には波があり、相対的なものです。

例えば、スポーツの試合に勝つと強い幸福感が起こりますが、これは試合に負けるという要素がなくては起きません。また、どうしても手に入れたい物があれば、そこには失う悲しみも存在しています。つまり、それらは相対的なものであり、そこに喜びと苦しみが両立しているのです。

これに対して、アートマンの至福は絶対的なものであり、心が作り出す苦楽の波はなく、完全に静まっています。

仏教では涅槃(悟りのこと)を寂静と言うことがありますが、これは水面に全く波が立たず、しーんと静まり返った様子を表しています。

この状態にとどまり続けることを、ラージャ・ヨガでは三昧(サマーディ)と呼んでいます。

このように、瞑想によって心の作用が完全に止まった人にとって、世界はただあるがままに存在し、世界がその人に苦しみを与えることはなくなります。

なぜならその人は、世界に苦しみが存在しているのではなく、心がそれを作り出していることを理解しているからです。

また、そのときの瞑想の至福感とは、これまで心によって味わっていた幸福感ではなく、私の存在そのものの至福感なのです。

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