コロナショックの前、マスクの国内販売シェアは3位でしたが、大増産をかけたことで一気にトップシェアになりました。
各メディアにも大きく取り上げられましたが、実はマスクの大量供給はコロナが初めてではありません。
2009年4月。メキシコで発生した新型インフルエンザは世界中に瞬く間に広がりました。
6月にはWHO(世界保健機関)が警戒レベルを最高度の「6」に引き上げ、パンデミックを宣言します。
国内では、5月に神戸市で初めての国内感染者が確認され(検疫を除く)、関西地区ではマスクが飛ぶように売れ、品薄状態になりました。
新型インフルエンザではマスクを20倍増産
アイリスにも得意先からのオーダーが押し寄せ、わずか1週間で7500万枚もの受注がありました。かつてない受注量に工場をフル稼働させましたが、とても対応できません。
アイリス以外のメーカーも、急騰した需要に応えられませんでした。
マスクの主要な生産期は風邪が流行し始める秋口から、花粉症対策の春先までで、5、6月は端境期にあたります。
緊急増産しようにも人手や資材の確保がままならなかったのです。品薄は関西地区から全国へとすぐに広がり、世の中からマスクが忽然と消えました。
このような事態を受け、アイリスは中国の大連工場に加えて、蘇州工場との2工場体制でマスクの生産を始め、一気に生産量を引き上げることを決断します。
その年の秋には年初の10倍に当たる月産6000万枚体制、年末にはさらにその2倍の月産1億2000万枚体制へと生産ラインを増強しました。
世の中があっと驚くほどのスピードで増産が実現できたのは、環境変化に対応する瞬発力があったからです。
世の中にはいろいろな製品の需要が常に変動し、増えたり減ったりしています。時には何かしらの環境変化で急激に需要が増えることがあり、それにすぐに対応できれば、企業は大きな利益を出すことができます。
そうした瞬発力では、アイリスは他社をしのぎます。本章では、スピーディーにビジネスチャンスを取り込む仕組みを考えます。
「見える無駄」と「見えない無駄」
多くの人は「見えている無駄」を省こうとします。ここまで見てきたアイリスの戦略が、実は腹に落ちていないという人もいるかもしれません。
需要創造型の製品開発にしても、マーケットで既に売れている製品を開発したほうが、開発費は少なくて済むし、どのくらい売れるかという目算も立つ。
経常利益の50%を投資に回すという戦略など、投資家からしたら、そんな無駄遣いばかりせず、株主に還元をしなさいと怒られるかもしれません。
そして、新製品比率50%という基準。
オンリーワン商品があるならそこに全力を注いで、取り切っていない顧客を増やしたほうが効率的です。
しかしそれは、目に見える部分の効率でしかないのです。
見えているところのコストダウンばかりを意識する経営と、見えないところの付加価値を意識している経営。この差がもたらす結果は大きく違います。
見えない付加価値とは、視野を広げれば取り込めるビジネスチャンスです。見えているものを合理化する究極が「ジャスト・イン・タイム」です。
受注から出荷までのリードタイムを極限まで短縮し、注文が入ったらものすごいスピードで作り、納品する。
そのシステムは在庫という「見えている無駄」を省くにはとても有効です。けれども、それによって大きなチャンスを逃す場合もあることを、多くの人は理解していません。
目の前で、需要が急拡大しても対応できないのです。
「在庫は悪である」と信じている会社は、設備もギリギリ、倉庫もギリギリ、作業の人員もギリギリ。そのほうが資本効率的には良いからです。半面、大きな需要変動には弱い組織となっています。
キャパシティーを大きく超える注文が舞い込んでも対応できないのです。
「うちの製品は、そんなに注文が急増することはない」という人もいるかもしれませんが、どんな製品でも需要変動は起きています。需要が高まり、値下げせずとも稼げるときには、しっかり稼ぐ。そうした機会を逃していると、儲かるときに儲けられず、逆に需要が減退したときに赤字に陥ると、すぐにキャッシュが枯渇します。
人口増加時代はチャンスを取りこぼしても、既存市場が伸びていたからよかった。けれど今は、チャンスを逃すという選択肢はどの企業にもないはずです。ならば、稼働率よりも瞬発力を優先する経営に力を注ぐべきです。
これから必要なのは、チャンスロスをなくす仕組みなのです。
「この製品を市場に投入すると売れるのはほぼ間違いないが、今の当社には余力がない」という状態をなくすのです。
市場は泡風呂のように、あちらで勃興したり、こちらで勃興したり、そしてしばらくすると市場が突然消えたりする。泡が見えてから、一から準備しても遅いのです。
稼働率は7割以下に抑える
アイリスでは、先に書いたように「稼働率7割」をルールにしています。
需要創造型の新製品についても、収納ケースやマスクのような既存製品についても、設備稼働率は7割です。
そうすれば、何かあったときに瞬時に増産できる。
「需要が急激に増えるかどうか分からないのに、設備を7割しか使わないのはもったいない」と考える人が多いのですが、そういう会社が危機のときに赤字に陥るのです。
主力製品が何かしらの事情で急に売れなくなるリスクがあることは、今回のコロナショックで痛いほど分かったはずです。
しかし、どんな危機下でも経済活動がゼロになることはない。消費者向けではマスクや備蓄食品が売れています。ネット販売の市場は急伸し、物流業界は人手が追いつかない状態です。
伸びる製品、伸びる市場に足がかりがあれば、その製品を増産すれば赤字になるどころか、増益を実現できるのです。
こうしたリスクヘッジをすることは、経営の基本です。しかし、多くの会社は資本効率を高めようとし、上場企業に至っては株主対策として目先の利益しか興味がないようです。
それで、危機のときには「想定以上に環境が悪化し、赤字になってすみません」と謝罪する。
稼働率を7割にとどめることは至極まっとうな理屈だと思いますが、そのような発想が持てないもう一つの理由は、カテゴリー単位で仕事を見ているからです。
ある製品、ある部署、ある工程、ある工場、ある店舗、ある事業……。そうした、あるカテゴリーにおける個別最適の効率論を追求し、全体最適で物事を見ないのです。
一般論ですが、創業経営者はこのチャンスロスを気にするタイプが多い。
何かのミスで製品が売れなくなるよりも、取れるはずのニーズを取り逃がすことのほうが悔しく感じます。新しいチャンスを取りこぼすことなく、すべてを手にしたいというのが、起業家の思考回路。
新しいチャンスはそこそこ取り込めればいいと、既存のビジネスをスムーズに回すことに重きを置くのが、サラリーマン経営者の思考回路。
前者は瞬発力を上げる経営を、後者は稼働率を上げる経営を志向する。
私はどちらかだけではなく、どちらも重視しています。稼働率は高めますが、最大7割までとバランスを取る。では、なぜ稼働率は6割でもなく、8割でもなく、7割なのか。
需要5割増→稼働率7割
7割以下に稼働率をとどめる理由は、売り上げが予測の150%になっても対応できるようにするためです。
他社のまねではなく、需要創造型の製品を作っていると、発売してみなければどれくらい売れるかはよく分かりません。
さらに、マスクにしてもそうですが、天候要因や経済要因などの外的環境の変化によって5割変動する可能性は十分にある。
ならば、7割の稼働率にしておけば、「いざ拡販」というときに、「100%÷70%=1・42」で、5割増に対応できる。
もちろん可能性としては5割増を超えて2倍、3倍に需要が膨れることもあるかもしれませんが、そこまで対応しようとするのは、さすがに過剰です。
これで環境変化を確実にチャンスに変えられます。
アイリスは稼働率7割ルールに従い、工場は常に3割の空きスペースを持っていたから、東日本大震災後のLED照明の拡販も、コロナショックのマスク拡販もでき、一気にトップに躍り出たのです。
アイリスは国内外のグループ全体で32工場を有し、総床面積は東京ドーム30個分に相当する約140万㎡と非常に広大です。その3割を常に空けておくのは非効率に思われるかもしれません。
しかし、工場を常にフル稼働させていては、設備を増強しようにも用地取得や工場建設に時間がかかり、即座にラインを新設することができません。稼働率7割のルールを意識し始めたのは1980年代です。
園芸商品に参入し、プラスチックの植木鉢などの新製品をホームセンターでたくさん売っていた頃です。ホームセンターは需要の変動リスクを問屋に委ねます。
例えば大型連休のゴールデンウイークは園芸用品がよく売れる時期ですが、もしかしたら雨が続いて、植木鉢があまり売れないかもしれない。
そこで天気予報が雨模様なら、仕入れを控えめにするという判断をする。けれど、予報が外れて好天の連休になると、問屋に急いで注文をかける。
アイリスはメーカーベンダーにシフトしていましたから、需要変動に対応する体制整備は必須だったのです。
そこから稼働率は7割にしようという発想が生まれたのですが、1980年代に7割稼働ができた時期はわずかでした。
ホームセンターと共に大きく成長していましたから、稼働率が下げられない。下げようとしても、次から次へと注文が舞い込むからです。
工場を建設するのが仕事のような状態で、需要を追いかけてばかりでした。
1990年代に入り、中小企業から中堅企業になって余裕が出てから、ようやく稼働率を7割以下に抑えられるようになりました。
どの製品需要が急に伸びてもいいように、瞬発的な供給力を担保したことで、欠品を嫌がる小売店も安心してアイリスと取引してくれます。
工場のスペースならば3割の余裕を持たせておいても、何かしらの使い道は出てくるものです。皆さんが二の足を踏むのは、設備稼働率のほうでしょう。
多くの会社は安全策を取り、設備を無駄にしたくないからとぎりぎりの投資をする。
稼働率を7割にとどめておいたのに、需要が急激に増すことが一度もないまま製品寿命を終えたら、「目いっぱい使えば、機械を1台余計に買わずに済んだかもしれない」と後悔する人もいるでしょう。
できるだけ稼働率を上げたほうがよい局面は、ある条件下ではあり得ます。
製品寿命が短く、設備の転用も利かない場合は、稼働率を上げる必要がある。
あるいは、製品が古くからあるもので利益率が低く、稼働率をできるだけ上げたいというケースもある。そのあたりの投資バランスをどう考えればいいのでしょうか。
実は、このような逡巡は、寿命が過ぎた製品の機械は使えなくなる、という前提に立っています。そこに経営の盲点があります。
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