チェーンストアのメーカーベンダーへ
さて、アイリスがメーカーベンダーという業態に転換したことが正解だったか、失敗だったかは明らかでしょう。
本当の意味でマーケティングに立脚した会社をつくろうとすれば、ユーザーインの需要創造に加えて、製品をユーザーに確実に届ける市場創造の仕組みが必要なのです。
その確立が一筋縄ではいかないことは覚悟しなければいけませんが、それによって得られるものはとても大きい。
あなたは、この価値をどこまで理解できるでしょうか。メーカーベンダーは経営効率の面からいえば、非効率と考える人も多いはずです。メーカーは作り手です。自社の思いがこもった、こだわりの製品を多くの人に使ってほしい。
一方、問屋という業態は買い手に近い。幅広い製品をとりそろえておき、小売店のニーズを聞きながら、必要なものを必要なタイミングで納入する。これを一つの会社の中に包含するのは難しい。
「この製品をなぜ小売店に持って行かないのだ」というメーカー側の論理と、「できるだけ幅広い製品を扱いたいのだ」という問屋側の論理が対立するのです。
確かに、経済が高度成長し、外的環境も安定している時代なら、メーカーは、問屋機能は問屋に任せ、自社技術の強みが生かせる仕事に絞ったほうが効率的です。
でも、市場が成熟した今、メーカーにはユーザーインの発想が欠かせません。問屋のほうも探さなければならないのは、納入価格が安いメーカーではなく、売れる製品を作るメーカーです。
「この仕事は手離れがいい」という表現を使う人がいますが、手離れというのは、目先の効率を考えた言葉です。
本当の効率化はその先にあり、むしろ手離れが悪い仕事を志向したほうが、ユーザーインに近づけると思います。どの次元で効率的かを再考する必要があるのです。
アイリスは、問屋機能を持ったことで製品開発の視点が劇的に変わりました。問屋として生き残るには、小売店の棚をいかに押さえるか、です。店舗における製品比率を高めなくてはいけない。1つの製品がいくら売れても、問屋としては成り立たないのです。
仮にアイリスがユーザーのニーズから外れた製品を出すことが増え、小売店から別の問屋に変えられてしまったら、メーカーとしての商品供給経路そのものが遮断されてしまう。
このリスクが、ユーザーインのものづくりを貫く覚悟となっています。メーカーベンダーは、製品開発の目線がユーザーからずれることを防ぐ仕組みでもあるのです。
このことが、オイルショック以降、進めてきたユーザーイン経営を決定的なものとし、製品開発の視点は、メーカー発想から生活者発想へと完全にシフトしました。
時は1980年代半ば、バブル経済が膨張する中でアイリスはユーザーとつながる業態の確立に奔走したことで、その後のバブル崩壊の中でも2ケタの伸びを続けたのです(参考までに1988年度の売上高は66億円、1995年度の売上高は556億円です)。
当初、アイリスはホームセンターの成長と軌を一にするメーカーベンダーでしたが、その後、ドラッグストア、家電量販店、スーパー、コンビニエンスストアと取引する小売店を広げてきました。
スーパーとの取引が本格化したのは、生鮮米を取り扱うようになってからです。以降、調理家電に取引が広がり、コロナ下ではマスクも供給するようになった。
スーパーは、いろいろなジャンルの製品をダイレクトに届けるアイリスを重宝してくれています。アイリスは、製品アイテムを生活者視点で幅広く広げてきたから、あらゆるチェーンストアのメーカーベンダーとなり得たわけです。今、取引先の店舗数は約10万店を数えます。
「縦糸」と「横糸」が強力な布地を作る
プラスチック、木材、金属など、幅広いメーカー機能が「縦糸」となり、ホームセンター、家電量販店、スーパー、コンビニなどの多様な流通ルートが「横糸」となり、それらが無限に絡み合って、頑丈な布地を作り上げている。
アイリスの事業構造はそんなイメージです。このマトリクスで需要創造と市場創造を加速させています。
他業界を見ても、需要創造と市場創造の両方を押さえている企業は強い。典型例は「ユニクロ」。毎年、新しい機能の衣服を開発し(需要創造)、その機能をしっかり店頭でアピールしています(市場創造)。
衣料を作るか、売るか、どちらかをしていたほうが経営としてはラクです。けれど、それでは今のユニクロはなかった。
アイリスと対照的に、ユニクロはもともと小売店でしたが、大手繊維会社などと組んで次々に需要創造型の衣料を開発することで、成長軌道に乗りました。
しかも、全世界に出店している店舗を通じ、どんな製品が売れるかというデータが入りますから、ヒット商品を開発できる確率も高くなるのです。
自社が位置する流通ポジションに永久にとどまるのではなく、上流か下流ににじみ出ることで、需要創造と市場創造を両立する業態が出来上がるのです。
それはなぜかというと、ユーザーのニーズに対して、ゆがみの少ないマネジメントができるからです。流通経路が複雑であればあるほど、ユーザーのニーズが流通の都合でゆがみます。
それをできるだけ少なくするには、上流か下流に手を広げ、ユーザーのニーズをダイレクトに拾い、開発に生かす仕組みを作る。
さらに、これまでの自社の強み以外のところにも進出し、ユーザー目線でリスクを取って製品展開をする。そうすれば、流通における主導力がますます高まり、外的環境に左右されにくい会社になります。
「業界の中の蛙」にならない
業界の常識に凝り固まって、ユーザー目線で考えられないことが、日本企業の弱点です。
製造業を経営している読者の皆さん、「日経MJ」を読んでいますか。「日経産業新聞」や業界紙ばかり読んで業界事情に詳しくなって、どうするのですか。
ユーザーインの開発をしようと思えば製造業の経営者こそ、小売店の考え方を知る必要があります。BtoB商品を作る会社も同じ。消費者の動きを知ろうとせず、技術や価格の競争ばかりをしていると、市場変化でたちまち仕事を失う。
多くの社長がしていることは逆なんです。同じ理屈で、流通業の経営者は日経産業新聞を読んだほうがいい。皆さんは同業者との集まりは好きでしょうか。私は極力参加しません。
同業者間で情報交換をするのは悪いことではありませんが、ややもすると仲間内の利益が優先され、ユーザーの期待に応えることができません。
何より同業者のほうばかりを眺めていると、考え方が横並びになってしまう。経営者に必要なのは「多長根」の考え方。多面的、長期的、根本的(本質的)に物事を捉えることです。
小売店やその先の消費者の目線に立ち、多面的な思考で経営判断をしなければならない。同業者の集まりにうつつを抜かし、視野を狭めている場合ではないのです。
実は、最近の私は視察目的では小売店に行きません。40代、50代の頃はホームセンターやスーパー、量販店、百貨店に足しげく通い、どんな製品が消費者に求められているのかを調べました。
でも今は、社員に任せています。もちろん新聞やネットで小売店の情報は集めますし、プライベートでは買い物にも行きます。
ただ、売り場をあまり見すぎると、他社がいい製品を出していれば「うちも出さなければ」と横並び意識になりかねない。私は生活者視点を損ないたくないのです。
例えば、コメ事業。
コメは、数キロという大きな袋で売るのが普通ですが、それでは食べ切るのに1、2カ月もかかり、その間、味が劣化していく。そこで当社では、小分けした3合パックで売り出しました。
品質が劣化しないよう、摂氏15度以下の低温倉庫でコメを保管し、精米工場全体も15度以下に保ちます。こうすれば新米のおいしさがずっと味わえます。この事業は、小売店を視察したからといってひらめくものではありません。
不便や不満を解消しようという、生活者目線の発想から出てきたアイデアです。一人当たりのコメの消費量が減っている大きな理由は、これまでのコメがまずいからですよ。
食品の場合、生活者視点は「簡単、便利、おいしい」に尽きる。今、コメの販促をどんどんかけています。
スーパーでもアイリスのコメは並んでいますが、まだまだ、お客様は慣れ親しんだ大きなコメ袋を買っていく。
そこで、ホームセンターに「米蔵」というアイリス専用の売り場を作って、製品の魅力をしっかり伝えています。
これがすごく売れている。2030年頃には間違いなく、コメの流通は変わっていると思います。
私は毎朝5時に目を覚ますと、市場変化に対し「なぜ、どうすれば」と考えを巡らせます。
製品についても生活者の立場で、利便性や「なるほど」と思える機能があるかどうかを考えます。そうした「思考の反復連打」から、マーケティング力は高まるのです。
そしてプレゼン会議を通じ、そうした開発思想を浸透させてきました。最終消費者にとって本当に買いたい、使いたい製品かどうかを考える習慣を会議で育んできました。
繰り返しますが、「ユーザーの立場で物事を考えなさい」と言うことは簡単です。しかし、それを仕組みに落とし込んでいる会社はごく一部です。
アイリスでは、メーカーベンダーという業態を生かして、ユーザーを起点に開発を始め、プレゼン会議という会社の心臓部で全員注視の中、ユーザーインのアイデアを形にしていく。
会社を潰さないためには、世の中に役に立つものを提供し続けなくてはならない。独りよがりにならない仕組みが必要なのです。
「○○業」と言える会社は変化に対応できない
プラスチック部品から始まったアイリスの事業は、こうしてコメの企画販売まで手掛けるに至り、「○○業」とくくれないほど幅が広いものになりました。
生活者の不便や不満を解消するために、顧客起点で次々に事業を広げた結果ですが、資金的にも技術的にもリスクをコントロールできる範囲にとどめていたとは思います。
当初はプラスチック製品という軸はぶらさず、園芸用品を展開し、販路もむやみに広げるのではなく、むしろ成長業種のホームセンターとがっぷり四つで組みました。
その後、メーカーベンダーに転じ、プラスチック以外の加工技術にも手を広げますが、顧客はホームセンターが主体であることは変わりませんでした。
そうして企業体力とブランド力を高めてから、家電やコメなど大きく離れた分野にも進出し、ホームセンター以外にも販路を拡大します。
リスクはしっかり取り続けますが、無茶はしないのが、アイリスの事業展開の歴史です。一つのジャンルの製品で何千億円と売っているのではなく、ペット用品や園芸、LED照明など、一つ一つの事業を積み重ねて大きくなってきました。
これだけ幅が広いと、どんな外的変化があっても、すべての製品が駄目になることは考えにくい。私はここにマネジメントの変質があると見ています。
一般に、従来の会社の事業展開は、自社の技術に強みを置いていたため、どうしても商品群の拡大に限界があったのです。
家具メーカーなら家具作りに、飲食店なら調理技術に、という具合です。
その結果、「○○メーカー」「○○卸」「○○販売店」という呼称が当たり前のように付いていた。業界、業種の枠を飛び越えていくことに、高いハードルがあったのです。
しかし、それではコロナショックで都市部の飲食店が壊滅的な被害を受けたように、いかなる時代も利益を出し続けることはできないのです。
食品のネット販売に力を入れていた飲食店は影響が軽微で済んだように、業界・業態を広げるほどリスクヘッジが利く。
では、技術的な強みのない分野での勝率をどう上げるか。それが仕組みです。勝率を上げる仕組みをつくれば、もともと強みではなかった分野でも勝てる製品ができるのです。アイリスの場合はそれができている。
毎週のプレゼン会議でPDCAを高速で回す仕組みに加え、4章で詳しく説明しますが、開発した後も改善のPDCAを回す月次会議の仕組みなどを整えている。
そうした数ある仕組みの中でも、メーカーベンダーは流通の主導権を握り、ユーザーのニーズをダイレクトに収集し、市場を自ら創造できるという核となる仕組みです。
アイリスは、自社固有の技術ではなく、自社固有の仕組みをブラッシュアップしているから、多様な業界で、過去の延長線上の技術でなくても強い製品を生み出し続けられるのです。
自社の強みに絞ることは絶対条件ではない。
強みに縛られず、ユーザーが求めるものに絞る戦略が、ニューノーマル時代の経営です。
「○○業」と端的に表現できる会社は、自社の強みを極めてはいるが、ユーザーのニーズに柔軟に応えられていない可能性があります。これからは「仕組み力」が企業の競争力を左右するのです。
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