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CHOICE5 「自社の強みに絞る」か「自社の強みを絞らない」か

ユーザーインで需要創造型の製品を開発しても、特に新興メーカーが新しい製品を売ろうとするときには、2つの壁が立ちはだかります。

まず、問屋の壁。問屋にしてみれば、売れるか売れないか分からないものはできれば扱いたくない。そこで最初のふるいにかけられます。

次に、小売店の壁。

バイヤーにとって、今まで見たことがない新しい製品を扱うのはリスクです。自分の判断で仕入れた製品のせいで売り上げを落としたくない。そのため、ヒットの可能性を秘めた製品より、確実に売れそうな製品を求めがちです。

この2つの壁を中小企業が突破するのは大変です。

中堅・大手企業であっても、流通の主導権を持っていなければ、新機軸の製品はなかなか店頭に並びません。

私はオイルショックで会社を潰しかけた経験から、会社をメーカーベンダーに転換させました。問屋の機能を持った製造業という意味です。

問屋としての役割も小売店から求められるため、品ぞろえの多さや細かな店舗フォローは必須。メーカーとは違った苦労を味わいましたが、その代わり「問屋の壁」はなくなる。

アイリスの歴史において、メーカーベンダーに転じたことは大きな意味を持っています。本章では、その意味を深掘りすることで、市場を創造する仕組みについて考えます。

目次

ホームセンターとタッグを組む

きっかけは、オイルショックから約10年後、1980年代半ばです。経営危機に陥った会社を一から立て直すため、私は園芸用品に着目し、プラスチックの植木鉢を投入したことは前述の通りです。

しかし、園芸用品にも弱みはあります。季節変動要因が大きく、お客様が欲しい4、5月頃は常に欠品している状態となっていたのです。

当時は、問屋を通して、金物店や生花店に流れるルートが主流でした。問屋は売れ残りを恐れてメーカーへの発注を控え、ピーク時に十分に製品を供給してくれません。

また、これまでにない提案型の新製品を流通させようとしても、嫌がられました。

売れるかどうかが分からない新製品よりも、既存製品を扱ったほうが確実に売れるので、在庫リスクを取ってまで積極的に扱ってくれないのです。

ユーザーインで需要創造型の製品を作っても、店頭に置いてもらえなければ、意味がありません。そこで私は当時、急速な勢いで成長していたホームセンター業界に着目しました。

1980年頃のホームセンターは、郊外に店舗を構え、木材や金物などを品ぞろえし、DIY(ドゥ・イット・ユアセルフ)需要を創造していました。

植物の種に水や肥料をあげて育てるのも、言ってみればDIYです。大量仕入れによる低価格販売を目指していたホームセンターは、商品調達に苦労していました。

園芸用品で新たな道を歩み始めたアイリスにとって、ウィン・ウィンの関係で成長できるパートナーになれると読んだのです。

ホームセンターをメインの販売チャネルとして、問屋を通さず直接取引を始めることで、順調に売り上げは伸び、ホームセンター側も私たちが開発した新製品を喜んで置いてくれました。

例えば、植木や芝生に水をまくために使うホースリール。以前はスチール製が主流でした。アイリスはプラスチック製で軽量、さらに水漏れしない画期的なパッキンを採用した新製品を開発。

販売すると、製品の良さと値ごろ感が消費者に伝わり、品切れになるほど爆発的にヒットしました。このホースリール以外にも、今では当たり前に売られている製品を数多く、アイリスは最初に世に送り出しました。

それができたのも、ホームセンターと直接取引をして、需要創造型の製品を店頭に並べることができたからです。ところが取引額が拡大すると、ある問題が生じました。

ホームセンターから「取引額が問屋を上回る規模になった。問屋と同じサービスをしてほしい」と求められたのです。

ホームセンターは商品配送や店頭陳列、売り場の改装や新店の開店準備など、ありとあらゆる業務を問屋に任せていました。

アイリスはプラスチックの加工技術を強みにする製造業です。問屋業務などやったことがない。

決めかねていると、「同じサービスができないなら問屋を通してほしい」とプレッシャーをかけてきました。

問屋の機能も持つとなれば、全国に営業所や物流センターを配置し、ホームセンターの各店舗をきめ細かくフォローできる体制を整えなければなりません。

営業コストの上昇を吸収できるのか。そもそも、宮城のローカル企業が全国各地で必要な人員を採用できるのか。不安要素はたくさんありました。

当面の効率だけでいえば、問屋経由の商売を選択したほうがはるかにラクです。社内で意見を求めると、皆、問屋経由のほうがいいという。

しかし私は、メーカーベンダーへの業態変更を推し進めます。決め手になったのは、やはりオイルショック時の反省です。

オイルショックのとき、もともと問屋に200円、300円で売っていた育苗箱が、100円を切りました。

「利益が出ないのでその値段では無理です」と問屋に伝えても、「それならば、他メーカーから仕入れます」と言われました。

ユーザーは100円を切る育苗箱が欲しいわけではないはずなのに、マーケットの供給過剰により、値段が切り下げられていく。

味方と思っていた問屋との信頼関係が失われ、一瞬にして利益や販路が消え去ってしまいました。

あの時代、問屋自身も生き残るためにそうせざるを得なかったのですが、経営において、何かに依存することは極めて危険であり、主導権を持つことの重要性を痛感しました。

問屋を中抜きするメーカーや小売店は、最終価格を下げることを狙うケースが多いようですが、アイリスの場合は、問屋に依存することによる販路消失リスク、問屋に依存しないことによる市場創造力が第一義でした。

消費者が求めるものを、流通の都合で欠品することはしたくない。消費者が潜在的に欲しているものを開発して届けたい。マーケティング重視の経営を貫くには、自らの業態を変えるしかないと判断したのです。

また、店頭活動にまで責任を持つということは、生活者の目線がますます大切になります。

消費の最前線である売り場の状態を把握し、得意先と信頼関係を築き販売情報を受け取ることにより、生活者のニーズを迅速に製品開発や販促提案に反映できます。メーカーベンダーとは、マーケティング力を強化するための仕組みでもあると考えました。

素材・技術を限定しないメーカー

アイリスはいくつものオンリーワン商品を持っていたので、メーカーベンダーへの転換はほとんどのホームセンターに好意的に受け止められました。

メーカーベンダーが、いかなる時代環境でも利益を出すためには必要であるという確信の下、必死に経営のあり方を変えていきました。

「必死に」という言葉をあえて使ったのは、そのマネジメントがメーカーの常識から完全に外れたものだったからです。

通常、メーカーは素材や技術、製品群ごとに存在しています。

鉄鋼メーカー、石油化学メーカー、衣料メーカー、自動車メーカー、家電メーカーといった具合です。

それはメーカーが自社の強みを重視するからです。アイリスもその時点ではプラスチック加工メーカーでした。

しかし、ベンダーになると、それは認められません。

なにしろ、小売業は問屋に品ぞろえを求めます。ベンダーはその要望に応えなければならない。

メーカーに加えて問屋機能を持つと、プラスチック製品だけというわけにはいきません。

金属製品でも木製品でも紙製品でも、小売店から求められれば納入しなければならない。

さまざまな素材・技術を組み合わせるメーカーに変貌することが求められるのです。そんなことが可能なのか。また、営業の現場では産みの苦しみを味わいます。

「本当に問屋同様のサービスができるのか」と懐疑的に見る他の小売店のバイヤーも少なくありませんでしたし、取引が消滅する問屋との交渉は、当然ながら穏やかには進みません。

問屋外しは日本の商道徳に反すると非難され、痛烈な言葉や大量の返品に営業社員は苦しい思いをしました。

それに、問屋相手の取引であれば、製品は「ケース単位」の出荷でいいけれど、ベンダー機能を持ち、大きなバックヤードを持たないホームセンターとの直接取引となると、売り場で売れた分だけという「製品1個単位」の発注形態になります。

当時、これに一つ一つ対応していかなくてはならない営業や物流部門からは悲鳴が上がり、「問屋経由に戻すべき」「出荷単位を大きくしてもらうべき」など、社内はちょっとした騒動になりました。業態転換は経営のあらゆる側面を変えることを意味したのです。

誤解されやすいのですが、メーカーベンダーは「メーカー直販」とイコールではありません。

メーカー直販は問屋を通さずに、小売店に売ることであり、問屋機能を持つという意味ではありません。

大手メーカーがグループ内に販売会社を持っていることがありますが、これもメーカー直販とほぼ同じです。

小売店にとって、問屋として機能している会社なのか、それとも単に直接納入するメーカーなのか、この2つは全然違います。

「製造卸」という言葉もありますが、多くの場合はメーカー直販の意味で使われていると思います。

180度変わった営業社員教育

問屋の役割を社内に取り込んだアイリスは、ホームセンターとの新たな信頼関係を構築するためにも、月間で最低100店以上の訪問をしようと営業方針を決めました。

当時、ホームセンターが取り扱う品目は3万~5万点に上り、すべての品目をホームセンターの限られた人員で管理することはもはや不可能でした。

売れ筋商品の品切れやアピール不足があっても気づかずにいれば、販売チャンスを逃してしまいます。

そこでアイリスの営業が足繁く臨店し、製品の売れ行きや在庫、売り場や販促POPの状況をチェックするとともに、欠品や発注漏れなど、売り場の乱れを防ぐための支援をしたのです。

一般の問屋は自前配送ですが、アイリスの配送機能は外部の運送会社に任せています。配送のついでではなく、サポート目的で営業部隊が全国を回りました。

問屋営業をしていたときの営業社員の教育方法と、メーカーベンダーになってからの教育方法は180度変わりました。

以前の優秀なセールスマンは生産された製品を計画通りに販売し、小さな発注を避け、アイリスの適正ロットに合わせることが腕の見せどころでした。

それがメーカーベンダーになった途端、たとえ一品の注文でも受けて、いかに数を増やすかという考え方に変わりました。

もちろん、受け身で注文を取るようなことはしない。大事なのは新製品の紹介・提案です。

毎月、新製品が出るので、それをしっかり売る。採用してもらうだけでは駄目です。

例えば、1000坪のホームセンターがあり、そのうち20坪にアイリスの製品の売り場があったなら、「この20坪はうちの店と考えよ」と営業に指示します。

営業社員が売り場づくりの提案をし、品出し応援をし、売れ筋チェックをし、フィードバックをする。

アイリスでは製造・問屋・小売りが一体となっています。たまたま資本が違うが、売れるまでの間は最後まで私たちが面倒を見る。ですから、押し売りは一切しません。

2002年からはセールス・エイド・スタッフ(SAS)という仕組みも始めました。

十分な商品知識を持ったスタッフを店舗に派遣し、店頭で接客し、販売支援を行うのです。

私たちの売り上げはレジを通って初めて、本当の売り上げです。店の在庫も流通在庫という考えを営業社員に根づかせました。

消費者の利用シーンに合った素材展開

さて、プラスチック加工以外の技術をどのように身につけていったのか。外部企業と提携し、製品を融通してもらう選択肢もあるでしょう。

あるいは下請けに発注する方法もあります。

アイリスではそうした選択は極力せず、社内に新しい製造機械を入れていったのです。理由は、内製化したほうが、売れる新製品を効率的に出せるからです。

外部企業といちいち交渉していたら、ユーザーニーズを取り逃がします。

あちこちの下請けにその都度発注していては、技術の融合が進まず、ユーザーニーズの対応に限界が生じます。

3章でも触れますが、アイリスでは今もビス1本から内製しています。

初めて作る製品でも、試行錯誤を繰り返しながら社内で作り上げる。

最初のうちは、すぐに対応できない素材の製品もありましたが、経常利益の50%を投資に回しながら、プレゼン会議でPDCA(企画・実行・確認・改善)を週単位で高速で回し、着実に品ぞろえを増やしていったのです。

具体例を挙げましょう。

1980年代のアイリスは、園芸商品が売り上げの7割前後を占める主力商品でした。園芸商品での成功を足がかりに、1987年にはペット商品に進出します。

実は犬小屋はアイリスが市場創造した商品です。

ひと昔前、犬小屋といえばベニヤ板製の市販品、あるいは飼い主が手作りでこしらえた簡素なものばかりでした。

ベニヤ製の犬小屋は水に弱く、梅雨時にはカビが生えて不衛生になります。

手作りの犬舎も雨漏りがしたりすきま風が入ったりするなど、犬にとって快適とは言いがたいものでした。

飼い主にとっても掃除がしにくく、抜け毛や悪臭が残りがちでした。そのような空間に大切な愛犬を閉じ込めるのはかわいそうです。

アイリスはそこに、ユーザーのニーズがあると考えました。

まず自社の技術を生かして、水に強く、汚れても水洗いができるプラスチック製の犬小屋(商品名「ボブハウス」)の開発に着手。

製品化には多額の金型投資が必要でしたが、「ペットはファミリー」という思想が愛犬家に受け入れられると信じ、リスクを恐れず市場創造に挑戦したのです。

赤や青のカラフルな屋根と清潔感のある白を組み合わせたデザインも高く評価され、ボブハウスは発売当初から爆発的にヒット。

ボブハウスの登場で、世の中の犬小屋の主流は一気に木製からプラスチック製に置き換わっていきました。

ボブハウスはプラスチック製ですが、そこにとどまることなく、消費者の利用シーンに適した素材の犬小屋を開発していきます。

エクステリアとしての質感を重視する人には、木製のログハウス風、室内用には布を使ったクッションハウスと、素材の枠を超えて製品を展開しました。

こうして蓄積した、多様な素材を使った開発ノウハウを収納用品や園芸用品など、カテゴリーの枠を超えて生かしていくことで、製品開発の速度は年々スピードを上げたのです。

ホームセンターからのアイリスに対する期待はさらに高まり、ペット用品市場での成功後、1988年には収納・工具部門、1989年には文具・事務用品と、次々に新しい分野の製品開発が進みます。

「ホームセンターと共に成長する」ことを経営戦略の第一に掲げ、両者の経営には明らかに好循環が生まれていました。

デパートメントファクトリー

こうした製品展開は、経営の常道から外れるものだったといえます。製造業は技術に立脚し、自社の強みとする技術を軸に展開するものとされてきたからです。

確かに、多様な素材や技術を使うのは一見非効率です。けれど、アイリスは消費者目線で作り続けました。

その象徴が中国・大連の工場です。自称「デパートメントファクトリー」。

生活シーンに基づいてトータル提案をすることが重要な経営戦略になると考え、1990年代半ばから中国工場に積極的に設備投資をし、製品の品ぞろえをさらに強化してきました。

1997年に、ガーデニング用の木製ラティス、その廃材を生かした木製猫砂、さらにペットサークルやプランタースタンドといったワイヤー製品の生産を始めました。

2000年には、木製組立家具の生産をスタート。

その後もペットフードやペットシーツ、培養土やマスクなど、さまざまな製品のラインを加えています。

現在、大連工場では61種類の製造原価明細書があります(蘇州・広州工場を含めると68種類)。

非製造業で働いている人のために説明しますと、損益計算書の製造原価の内訳を記したものが製造原価明細書です。

ジャンルが異なる製品を一緒にはできないので、その場合は別々の明細書を作ります。

例えば食品を作るときの原価の明細と、家電を作るときの原価の明細が一緒になっていると意味をなさないからです。

つまり、アイリスの大連工場には、実質的にその中に、全く別々のものを作る61種類の工場があるということです。

これは他社ではまず例がない。

61のラインごとに分業しているわけではないので、働いている社員は多能工です。

そして、工場内の生産設備・ラインの立ち上げを担うのが生産技術部の自動化ライン専門のスタッフ200人です。

別業種のラインを立ち上げるときは、常に手探りでの挑戦です。

猫砂のラインを立ち上げたときには、研究所でのシミュレーション通りに粒が固まらず、多額の資金を費やした第一号機は「失敗作」として解体されてしまいました。

ワイヤー製品の加工を始めた頃には、金属の反発現象への対応が難しく、曲げ加工に大苦戦。

ペットシーツのラインを立ち上げた際には接着の不良が出て、小売店からコンテナ数十本の返品を受けたこともありました。

設備の設置認可を受けるための行政とのやり取りなど、設備そのもの以外の苦労も数多くありました。

誇張でも何でもなく、本当に失敗の連続でした。けれど、どんなに失敗しても方針は変えません。

「知らないことをなくしなさい」と、中国人・日本人のエンジニアを、世界各国の展示会に行かせてきました。

そうして新しい技術を覚えさせて、中国の大連工場をデパートメントファクトリーへと導いたのです。

さまざまな素材の加工技術を蓄えることで、今では応用力を利かせて、どんなジャンルの製品でもスピーディーに生み出します。

ペットシーツの案件で学んだことが、マスクのラインに生かせますし、何か新しいことを始めるとなったときにも、社内の誰かが何かしらの経験・ノウハウを持っていることがほとんどです。

2017年から、アイリスは建築内装事業を始めました。

建装事業を目的に商品群を広げてきたわけではありませんが、LED照明を見学に来られたゼネコンの担当者から「金属製品も木材製品も作っているなら、まとめて供給してほしい」と言われたのがきっかけです。

床材や壁材などは自社で作れますし、照明などを含めて家の中のものはほぼ提供できます。

建築・住宅分野は産業のすそ野が広いといわれますが、それはアイリスがメーカーベンダーとして手掛けてきた設備・製品の幅広さが全部生きてくる市場です。

物流拠点の中に工場がある

問屋機能を持つには、小売店への配送網も必要です。

そこで、メーカーベンダーに切り替えた翌年から、東北エリア以外にも拠点を広げていきました。

1987年には兵庫県・三田工場、1990年には佐賀県・鳥栖工場、1992年には既存の大河原工場とは別に宮城県内に角田工場を、1994年には北海道工場と、2、3年おきに工場を新設。

そして1997年の静岡県・富士小山工場の完成により、主要地域のホームセンターを半径300キロ以内でカバーする日帰り圏内に収めたのです。

その後、2000年からの3年間で滋賀県・米原工場、埼玉工場を加え、2018年には9つ目となる茨城県・つくば工場を建設し、関東・関西の大市場の配送網をより強力なものに進化させました。

アイリスの工場は、生産拠点であると同時に物流拠点を担っています。

メーカーであれば、「いかに効率よくものづくりができるか」を考えて、工場立地を決めるのが一般的です。

生産効率だけを考えれば、全国に9つもの工場を持つ必要はありませんでした。

しかし、メーカーベンダーとして顧客ニーズに応えることを考えると、必要な拠点数が異なります。

小売店の立場で考えれば、売れたもの、欲しいものを迅速に供給してほしい。そのため工場建設地は、物流立地の視点で選定。

高速道路のインターチェンジ、それも四方に道が分かれるジャンクションへのアクセスを意識して場所を探しました。

また、各工場には大規模な自動倉庫システムを導入しました。コンピューター制御された機械が自動で入出庫する倉庫です。

現在では54万パレットを超え、最大規模の自動倉庫を運用する会社に成長しました。

この自動倉庫を生かすことで、各工場では取り扱いアイテムを限定せず、すべてのアイテムが在庫できます。

そして、配送エリア別にトラックを停車できるスペースがあり、9工場合計で1日600台のトラックが製品を小売店に向けて運搬します。

アイリスでは、工場に物流機能が付いているのではなく、物流センターの中に工場をつくるという考え方をしています。

この全国をカバーする強力な物流体制があるからこそ、ネット通販が拡大して、通販事業者への商流が急増しても、素早く対応できたのです。

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