2020年を境に、世界は大転換するでしょう。きっかけは言うまでもなく、新型コロナウイルスです。感染者が世界中に広がり、パンデミック(世界的大流行)が起きました。
各国政府は外出制限やロックダウンに踏み切り、経済活動がほぼ止まりました。
2008年のリーマンショックは、金融セクターが崩壊して世界でお金が回らなくなっただけですが、コロナショックはリーマンショック以上に深刻です。
日本政府は、大型の補正予算を成立させ、約230兆円規模の経済対策を打つことで、個人消費や設備投資の落ち込みをカバーしようとしていますが、日本経済にとって戦後最悪の状況に直面しているのは間違いありません。
業界によっては、巨大隕石によりマンモスが淘汰されたときのような著しい環境変化が起きています。世界の国々が大量に赤字国債を発行するとどうなるのか、という点も気がかりです。
日本のみならず世界規模となると、貨幣価値そのものが問われてくるかもしれません。また、本書の執筆時点では、海外との自由な行き来もいつからできるか、先が見通せない状況です。
第二次世界大戦後に築き上げたグローバル資本主義の行く末が懸念されます。いずれワクチンと特効薬が開発されてパンデミックは収束しますが、以前の経済環境に戻ることはないでしょう。
アフターコロナはニューノーマル(新常態)になります。そして、ビッグチェンジにはビッグチャンスが到来します。
いずれワクチンと特効薬が開発されてパンデミックは収束しますが、以前の経済環境に戻ることはないでしょう。
アフターコロナはニューノーマル(新常態)になります。そして、ビッグチェンジにはビッグチャンスが到来します。
具体的にはテレワークの浸透により、在宅時間はコロナ前よりも確実に長くなる。働き方は元通りにはならず、「巣ごもり消費」は定着・拡大します。
事実、消費者はリアル店舗での買い物から、インターネットでの買い物に急速にシフトしています。ネットの使いやすさを一度味わったら元には戻れません。
これは消費の側面だけを捉えた変化ですが、経済も政治も生活も、あらゆる変化が地球規模で始まっています。
そして、どのように会社を舵取りしていくかというマネジメントの仕方も、ニューノーマルが求められます。
なぜ、マスクの大量供給ができたのか
アイリスオーヤマの業績はどうかというと、園芸用品、LED照明、収納家具、調理器具、各種家電など、ホームセンター向けの売り上げが前期より2ケタ伸びています。
一方、国内のネット通販事業は売り上げが前期の2倍で推移しています。海外でのネット通販は日本以上に好調で、前期の2倍以上のペースで伸びています。
アマゾンや楽天でもアイリス製品は売っていますが、各ECサイトの伸び率以上に、アイリスの通販売り上げは伸びています。
この背景には、アイリスのブランドがここ数年の家電製品強化などにより浸透したこと、加えて、アイリス製品のアイテム数が膨大であることが消費者に好感を持たれているのではないかと分析しています。
自社運営のネット通販サイト「アイリスプラザ」で販売している製品点数は自社製品だけで2万5000点以上になります。
ここまでの点数を一社で扱っている通販サイトは、日本国内ではありません。
アイリスグループのネット通販の売り上げは年1000億円を超える勢いで、2020年12月期のグループ売上高は、前期比40%増の約7000億円を見込んでいます。
2019年12月期の5000億円から一気に2000億円増えるのです。ここで読者の中には、「生産体制はどうなっているんだ?」と疑問に思われた方もいるでしょう。
普通の会社は1割増し、2割増しの急な出荷増には対応できても、5割増しの注文には、工場や物流がパンクしてすぐには出荷できません。
でも、アイリスは大丈夫です。それは生産体制に余裕があるからです。なぜ余裕があるのか。
アイリスでは、あらゆる設備の稼働率を7割以下にとどめています。注文が増えて7割を超えるようになったら、工場を増床するか、工場を新たに建てる。
もちろん、具体的な需要があって増やすわけではないので、普段はただの予備スペースです。
けれど、何かの需要が急に出現したときに、その予備スペースで瞬時に増産できる。他社とは瞬発力が違うのです。
コロナ下で、マスクの大増産ができた理由もそれです。もともと中国の大連と蘇州でマスクを作っており、それを中国国内、そして日本にも出荷していました。
このうち、蘇州工場の工場床面積を2019年初頭に3・5倍に拡大しました。これは「稼働率7割」のルールに沿ったもので、もちろんコロナを見越したのでは全くありません。
その余裕があったから、コロナのまん延後、中国政府の要請に応じて大量にマスクを供給できたのです。
春節の旧正月休みも工場を稼働してマスクを生産し、チャイナファーストで中国政府に供給しました。
さらに、宮城県角田市にあるアイリスの主力拠点、角田工場でも、月1億5000万枚のマスクを生産できる設備を増設しました。
これも倉庫として使っていた3割のスペースをクリーンルームに改造できたからです。
今回のマスク大量供給と似ていると世間から言われているのが、2011年の東日本大震災の後に、アイリスがLED照明を一気に拡販したことです。
あのとき、私は震災発生の2週間後に大連に飛び、現地の工場で大増産を指示しました。それができたのもマスク同様、工場のスペースに余裕を持たせていたからです。
結果、大手家電メーカーを抜き去り、LED電球で国内トップシェアになりました。
ビジネスチャンス優先の経営
震災ではLED照明の増産、コロナではマスクの増産。ここに来て、次のように言われることがとても増えました。
「アイリスはいつも世の中がピンチのときに業績を伸ばしますね。もともと作っていた製品が追い風を受けて儲かる。運がいい」。
申し訳ないのですが、運だけではありません。経営の仕方が他社と違うのです。
危機のときに必ず業績を伸ばせる経営をしているからであり、戦略によるものです。
「ピンチをチャンスにする経営」ではなく、「ピンチが必ずチャンスになる経営」の結果です。アイリスの経営は、ビジネスチャンス優先です。
いつ何どき、目の前にチャンスが出現してもすぐに対応できるように、常に準備をして待っています。
そのために、自社の強みに特化する「選択と集中」戦略と、目先の効率は下がるかもしれないが、決して機会損失を起こさない「選択と分散」戦略の両方を追求してきました。
それぞれの戦略の違いについては後で詳しく述べますが、集中戦略は、目先の効率は高めますが、外部環境の変化には弱い。
環境変化を自社の成長に取り込むためには、目先の効率をあえて下げ、資本を分散させる戦略も必要です。
「稼働率7割」はその一つです。
ピーター・ドラッカー氏は、環境にただ対応するのではなく、環境を自ら変えることの重要性を指摘しています。私はそれを実践してきたつもりです。
景気が悪くなったら経費削減に取り組み、影響を軽微に抑えるだけでは不十分なのです。
これまでのアイリスの歴史を振り返れば、およそ10年ごとに起きる環境変化のたびに大きく成長しています。
具体的には1991年の土地バブル崩壊、1997年の金融危機、2008年のリーマンショック、2011年の東日本大震災、そして2020年のコロナショックです。
そうしたピンチが来たときに慌てるのでもなく、嵐が過ぎ去るのをただ待つのでもなく、確実にチャンスに変えて、業績を伸ばしてきました。
もっとも、最初からそのような経営ができていたわけではありません。
2020年でアイリスは創業して62年になりますが、最初の環境変化は1973年の第一次オイルショックでした。
オイルショックのリバウンドで私は会社を潰しかけています。
あんなにみじめで、悲しい経験は二度としたくないと思い、どんな環境でも利益の出せる仕組みを確立すると誓ったのです。
オイルショックで倒産の危機
アイリスオーヤマの「経営の原点」は、1964年です。
会社の原点は、私の父が大山ブロー工業所を創業した1958年ですが、父は独立してからわずか5年で、がんに侵されていることが分かり、程なくして他界しました。
8人きょうだいの長男だった私は大学進学を望んでいましたが、母と7人の弟妹を食べさせなくてはならない。
1964年、19歳で社長を継ぎました。工場はプラスチック製品の下請け加工で、孫請け以下の零細企業です。5人の従業員がいて、機械はどれも中古。
当時の年商は500万円でした。ここが経営の出発点です。ただし、経営の相談がしたくても、父はもうこの世にいません。
もちろん、「こうしたほうがいいよ」とアドバイスをくれる上司もいない。誰にも頼れず、白紙状態で経営者人生を歩き始めました。なぜ、うまくいかないのだろう。どうすればうまくいくのか──。
毎日が「なぜ」「どうすれば」の繰り返しでした。あの頃の会社の強みは何だったのかというと、それは結局、自分の若さでした。
寝ずに働いても、大丈夫な体力がありましたから、昼は営業に出て、夕方から配達をこなし、従業員が帰った夜中に機械を動かす……。
その合間に、従業員とご飯を食べながら、語り合う。こんな毎日を過ごしていました。そして、来る注文は断らない。すべて「イエス」で対応していました。
断らずに引き受けていると、「あそこに相談すれば何とかしてくれる」と信用力が得られます。難しい仕事をこなしていると、技術力が高まってきます。
「町工場のおやじで終わりたくない」「下請けではなく、自社ブランドを世に送り出したい」という思いが強くなってきました。
そして21歳のときに作ったのが、養殖用のブイ(浮き球)。
それまでのブイはガラス製が一般的でしたが、私はブロー成型の技術を生かしてプラスチック製のブイを開発しました。これが「軽くて、壊れにくい」と評判になります。
当時はプラスチックの勃興期で、他の素材に代替することで市場が開けました。次に開発したのが、田植えで使う育苗箱です。
1960年代半ばから普及し始めた田植え機に取り付ける、苗を育てる箱なのですが、こちらはもともと木製が主流でした。しかし、木製では寸法の誤差が生じやすく、耐久性が低いという問題がありました。それをプラスチック製に変えることで、ヒット商品となったのです。
やがて、水産業・農業のメインマーケットである東日本からの受注が増えると、需要に近いところで製品を供給する生産拠点が必要になってきました。
そこで、物流網が発達し、降雪が少ない宮城の地を選び、1972年、仙台工場(現・大河原工場)を新設します。
19歳で社長に就いたときに年間500万円だった売り上げは、宮城県に進出した27歳のときには7億6000万円にまで伸びていました。
その後の私の経営理論を決定づけるオイルショックが起きたのは、そんなときです。1973年のオイルショック直後は石油製品の需要が高まり、モノを作ればどんどん売れるという状態でした。
トイレットペーパー同様、市場はプラスチック製品の買い占めに動き、ブイや育苗箱を作る大山ブロー工業所も設備を増強して需要に応えていました。
最新設備を入れた仙台工場では150人ほどの社員が働いていました。しかし、混乱が収束すると、仮需要のリバウンドで1975年を境に需要は急減。壮絶な値崩れが始まったのです。
大山ブロー工業所の売り上げはたった2年間で、14億円から7億円に半減。工場の稼働率が下がり、売価が原価を下回ります。
直前に仙台工場を造って規模を拡大したことで、借り入れは膨らんでいた。大量生産で効率化を図ろうとしたことが仇となったわけです。
どのメーカーも在庫が山積みになり、売れば売るだけ赤字になる事態に陥ってしまいました。大山ブロー工業所も、10年間で築き上げてきた会社の資産をたった2年で失うことになったのです。
東大阪の工場を閉める
特定の製品でヒットを飛ばしても安泰ではない。
わずか1、2年で会社は簡単に駄目になる。オイルショックのような環境変化が数年後に再度起きたら、もう会社は持ちません。
競合他社に追随されて価格競争になれば、やはり利益率は大きく落ちるかもしれない。どんな時代環境においても利益を出せる経営とは、どのようなものか。
二度とリストラをしないという強い思いを胸に、私は会社を抜本的につくり直すことにしたのです。
このときに誓った「いかなる時代環境においても利益の出せる仕組みを確立する」という言葉を、1991年に、大山ブロー工業所からアイリスオーヤマに社名変更したときに制定した経営理念の第1条に掲げることになります。
これは、いわばアイリスにおける〝憲法第1条〟です。
企業理念というと、多くの会社では「顧客第一」や「社会貢献」の文言が最初に来るのではないでしょうか。
利益を出すためには顧客や社会に貢献しなければならず、それらを後回しにするつもりはありません。
ただ、二度とリストラをしないよう、利益を出し続けることが私の中で絶対条件でした。仕組みという言葉にこだわったのは、個々の製品は重要ではないことをオイルショックで学んだからです。
ヒット商品に頼っていると、製品開発力が弱まり、時代の変化に適応できなくなるというリスクも生じます。
それを防ぐのが、仕組みです。
利益を出し続ける仕組みを確立
宮城の地に移り住んでからの私は、利益を出す仕組みづくりを来る日も来る日も考えました。
経営者人生をかけて、今に至るまでその仕組みづくりに没頭していると言ってもいい。
その一つが、ユーザーインの仕組みです。
需要と供給のバランスで動く市場経済と一線を画すためには、自ら需要を生み出す市場創造型の製品が必要です。
それを「ユーザーイン」という言葉に昇華し、経営の軸に据えます。その考えの下、1980年代にはガーデニングブーム、ペットブームを仕掛け、会社は大きく息を吹き返します。
ただし、需要創造型の製品は過去の実績を示せないため、確実に売れるものを求めたがる問屋は取り扱いに難色を示しました。
そこで私は新興勢力のホームセンターとの直接取引を狙い、問屋機能を包含した「メーカーベンダー」という業態を確立します。
需要創造の仕組みであるユーザーイン、市場創造の仕組みであるメーカーベンダー。
このほかにも、いかなる時代環境でも利益を出すための仕組みを、アイリスの中にはいくつも埋め込んでいます。
これらの仕組みにより、オイルショック以降もたびたび襲ってきた逆風に、ただ耐えるのではなく、自らの力で追い風に反転させ、アイリスは飛躍的に発展してきました。
日本のみならず米国、欧州、中国、韓国でも現地生産・現地販売するグローバル企業になった会社の経営を、2018年、長男の大山晃弘に渡し、アイリスは第2ステージに入りました。
2022年に売上高1兆円を目指して積極的に先行投資し、家電を中心に新製品開発を加速させていたさなかに、パンデミックが発生したというわけです。
目先の効率追求からの脱却を
アイリスの経営が注目されるのは、コロナショックの中でも成長しているということもありますが、底流としての時代変化もあるでしょう。
人口増加時代は、キャッチアップのビジネスでも何とかなる時代でした。他社と比較して少し頑張れば、会社は回ったのです。
不況が来ても、いずれ好景気がやってくるから、それまでの辛抱と、静観を決め込んでいた経営者がほとんどでした。
しかし、人口減少時代はそれでは会社は全くもって回りません。大きな市場が短期間のうちに縮むことが当たり前に起きるのです。
さらに、米中対立に見るように、国際情勢は予断を許さず、グローバル資本主義には暗雲が垂れこめ、気候変動による天災も増えています。
10年に一度ではなく、もっと高い頻度で外的環境に大きな変化が起きる時代です。その中で勝ち抜くには、自らの手で環境をコントロールする力が必要です。
それこそがニューノーマルのマネジメントです。
これからの経営のスタンダードは、目先の利益を最大化したり、資本効率を極大化することではなく、どんな時代環境においても利益を出すことのできる仕組みをつくることです。
要となるのは、経営効率の考え方です。
目先の効率を優先するなら工場を1カ所に集約して、設備の稼働率も高いほうがいいに決まっています。製品群も広げず、得意なものに絞れば効率がいい。
しかし平時はそれで強かったとしても、有事のときに受けるダメージは半端ではありません。
コロナにより、マスクを着ける文化がなかった国でもマスクの需要が急拡大しています。アイリスでは、中国と日本以外、具体的には米国、フランス、韓国でも現地生産を進めています。
中国でまとめて作って輸出したほうが効率的ではないか、という見方には同意しません。各消費地に拠点を分散することで、ビジネスチャンスを確実に捉えられるからです。
オンリーワン商品は危ないと言っているのではありません。1つではなく、たくさんのオンリーワン商品を持つのです。
「いくつも持つなんて無理だ」と言わないでください。
最初は2つ。次に3つ。一歩一歩です。私も中小企業だった頃、時間をかけながら製品を増やしてきたのです。本書を読んでいる皆さんにできないわけがない。
ただ、そのためには「仕組み」が必要です。
私は社長、会長として経営者の経験が56年になりますが、私一人の力で、環境変化に動じない会社ができるほど経営は簡単ではありません。
仕組みに落とし込まなければ、利益を出し続ける保証、長期にわたって成長を続ける保証はないのです。
私に言わせれば社長の仕事は、長期視点に立った事業構想と、それを実現するための仕組みの確立・改善です。
アイリスは「仕組み至上主義」の会社です。仕組みをつくらない社長は、自分で何でも決めたいだけなのでしょう。そんな会社は、社長が引退した途端、傾きます。
では、皆さんよりも一足早く、ニューノーマル時代の経営を実践してきた私が、その仕組みを開発力、創造力、瞬発力、組織力、管理力の5つの分野ごとに説明していきます。
各項目には経営の選択肢を示しました。
どちらを選ぶかは皆さん次第ですが、その選択に確信と覚悟を持てなければ、新しい経営には変わりません。この序章では「環境変化に対応する」か、「環境を自ら変革する」か、という選択肢を掲げました。
前者がこれまでの経営で、後者がこれからの経営だということはご理解いただけたと思います。では、いよいよ本題に入りましょう。
本書は、アイリスオーヤマの成功物語ではありません。ニューノーマル時代に向けて、あなたの思考を軌道修正するものとお考えください。
顧客に必要とされる製品やサービスを継続的に送り出すことが、いかなる時代環境でも利益を出すための第一歩です。
売れる製品をたくさん出していれば、粗利は拡大しますし、あるジャンルの製品が売れなくなっても、他のジャンルの製品がカバーします。
利益を出し続けるためには、顧客を中心に経営を組み立てる必要があるのです。私が、顧客を経営の中心に据えたのは、オイルショック以降でした。
コメント