CHAPTER3→「マネジメントリーダー力」で部下を伸ばす
01部下の力を活かす
キャストと共に考えるディズニーのリーダー
たとえば、ディズニーのショップに新しく着任したユニットマネージャーが、「レジ周りの商品配置は、ハンカチやポケットタオルのほうがいいと思うよ」と言ったとしましょう。
すると、即座に、そのキャストから、次のような答えが返ってくるはずです。
「それは、もう試しました。今置いているストラップのほうが、売上や利益率がいいんです」ディズニーでは、マネジメントリーダーは、だいたい3~6年で異動を繰り返します。
その意味では、ディズニーのマネジメントリーダーは、技術的なメンテナンス部門などを除けば、スペシャリストというよりはゼネラリストに近いといえるでしょう。
だから、新しい職場に着任すれば、当然、そこで何年も経験を積んでいるアルバイトのキャストのほうが、作業的な分野に関しては圧倒的にくわしく、後輩に対しても強い影響力を持っています。
同時に、現場の人間関係などキャスト情報も詳細に把握しています。もちろん、仕事に対する誇りも持っています。
ですから、マネジメントリーダーの発言の度が過ぎれば、「知ったかぶりをするのは、やめてください」と怒られかねません。
そこで、実際には、新しく着任したユニットマネージャーは、次のようにキャストに声をかけます。
「レジ周りの商品配置だけど、テーマ性が出ていていいね。このテーマ性は壊さずに、もっと購入点数を増やすにはどうすればいいか、一緒に考えないか」ディズニーのマネジメントリーダーは、アルバイトたちの作業分野のレベルの高さを知っており、そんなアルバイトたちをリスペクトしています。
ですから、部下のキャストに対して一方的に自分の考えを押しつけることはありません。ディズニーのマネジメントリーダーは、キャストの力を活かそう、もっと引き出してあげようとします。
自分流を押しつけない
マネジメントリーダーのなかには、自分1人で前面に立とうとする人がいます。自分で何にでも顔を突っ込む〝プレイングマネージャー型〟のマネジメントリーダーが少なくありません。
たとえば、以前の職場や分野で大きな成果を上げていたからと、新しい職場や分野でも、自分流を押しつけようとするマネジメントリーダーがいます。
しかし、前の職場や分野で成功しても、新しい職場や分野で成功するとは限りません。場合によっては、部下の能力を殺す結果にもなりかねず、職場の雰囲気も悪くなります。
また、なかには、大口のクライアントだけを、自分1人で担当するようなマネジメントリーダーも見受けられます。これでは職場の雰囲気が悪くなりますし、部下の信頼を得ることもむずかしいでしょう。
このようなマネジメントリーダーのいる職場では、部下のモチベーションが低下し、退職率が上がります。その結果、新人の研修やトレーニングを繰り返すことになって戦力ダウンは避けられず、短期間であればなんとか現状を維持することはできるかもしれませんが、組織の特に中・長期的な成長を阻む要因になってしまいます。
02部下への対応を改善する
対応を変えたとたん、キャストの行動が変わった
私がディズニー在籍当時、後輩のマネジメントリーダーから相談を持ちかけられたことがあります。「部下のキャストから、積極的な意見がほとんど出ない」というのです。
ディズニーでは、珍しいケースです。その原因として、私が思い当たったのは、彼には、「頭ごなし」といえば言いすぎですが、キャストの言うことを十分聞く前に自分の意見を主張する傾向があることでした。
そこで、私は、彼にこんなアドバイスをしました。「自分の意見を言う前に、1回、深呼吸をしようよ。そして、自分の気持ちを落ち着けよう」彼は「うんうん」とうなずきながら聞いていました。
数カ月後、彼はニコニコしながら、私にこう報告してくれました。
「深呼吸で、冷静になれるようになったよ。キャストの話も聞けるようになって、キャストも自分の意見を少しずつ言ってくれるようになってきたんだ」つまり、彼が意識的に部下への対応の仕方を変えたことで、彼に対する部下の接し方も変わったのです。
部下への対応を改善するのはカンタン!
前の事例と関連するレビン(K.Lewin)という社会心理学者が説いた「行動力学の法則」をご紹介しましょう。
それは、行動(B=Behavior)、性格(P=Personality)環境(E=Environment)には相関関係があり、「B=f(P・E)」という式で表すことができるというものです(次図参照)。
むずかしくなるので詳細は省きますが、要は、人の行動(B)は、自分の性格(P)・取り巻く環境(E)によって決まるということです。
たとえば、前の事例では、マネジメントリーダーの対応が変わった、つまり行動が変わったことにより、キャストの行動が変わった、つまり、それまで消極的だった行動が、積極的な行動へと変わりました。
つまり、マネジメントリーダーは、部下から見れば環境に該当するので、マネジメントリーダーが行動を改善すれば部下の環境に変化を与え、その結果、部下の行動や人格に影響を与えるということです。
言葉を換えれば、マネジメントリーダーが部下への対応をよい方向に変えることで、部下の行動をよい方向に変える、すなわち部下の力を伸ばしていくことができるということです。
というと、「部下への対応をよい方向に変えるって、どうすればいいの?」と思われるマネジメントリーダーも多いことでしょう。
しかし、何もむずかしく考える必要はありません。
たとえば、次のような簡単なことから始めればよいのです。
●「自分は厳しすぎるな」と思う人発言の前に深呼吸する
●「自分は部下に甘いな」と思う人「~すべき」という言葉を入れる
●「冷たいな」と思われている人笑顔を意識して出す
●「自分本位だな」と思っている人人の意見に「はい」「なるほど……」という相づちを頻繁に入れてみたり、意見にうなずいてみたりする
●「いつもガマン」している人
・「人の言うことをいつも聞き入れて」しまう人
●いつもの倍の声を出す。
または意見に「私は……」という言葉を入れてみるこれだけでも、部下は敏感にマネジメントリーダーの対応の変化、つまり環境の変化に気づくはずです。
もちろん、よい方向への環境の変化ですから、部下の行動にも好影響を及ぼします。
ぜひトライしてみてください。
「大丈夫だよ。いちばん責任を感じてるのは、お前だろ」
私は、ジャングルクルーズでワーキングリードという現場の責任者をしていた頃、一度だけ遅刻したことがあります。
ジャングルクルーズのワーキングリードは、午前9時開園であれば(日によって開園時間が異なります)、その1時間半前の7時半までには出社することになっていました。
そして、オフィスのカギなど備品の準備、船の修理状態など前日からの連絡事項の確認、当日の天候、団体客数、予想入園者数、イベント商品の販売状況などの情報の収集、メンテナンスやカストーディアルの責任者との調整など、開園の準備業務を行います。
当然、ワーキングリードがいなければ、さまざまな問題が発生することになり、私もそれは十分自覚していました。
ですから、前夜どんなに深酒をしても、私は一度も遅刻したことがありませんでした。
ところが、その日に限って、朝目覚めて時計を見ると、午前7時半の出社にはとうてい間に合いそうもない時刻。
完全なる朝寝坊で「ゾッ」としましたが、深呼吸をしてなんとか冷静になろうと努めました。そして、すぐに「すみません、30分ほど遅れます」と連絡を入れ、大急ぎで会社に向かいました。
会社に到着し、すぐにオンステージ用のコスチュームに着替え、オンステージに入ろうとしたまさにそのとき、ジャングルクルーズのあるアドベンチャーランドとウエスタンランドの責任者であるスーパーバイザーに、バッタリ会ってしまったのです。
当然、きついお叱りを覚悟してギョッとしましたが、「すみません。遅れてしまいました」と、私は、なんとか言葉を絞り出しました。
すると、彼は、遅れた理由も聞かず、開口一番、「大丈夫だよ。いちばん責任を感じてるのは、お前だろ」と言ってくれたのです。予想外の言葉に、私は驚きました。
同時に、「この人は、ほんとに私のことをわかってくれている」と実感し、「よし、頑張らなきゃ!」という気持ちに切り替えることができました。
私は、この体験を通じて、あきらかに責任を感じ反省している部下を、あえて叱る必要はないこと、逆に、部下の気持ちに寄り添うことで、部下の責任感はより強まることを学びました。
今でも、遅刻の夢を見るのは、このときの体験が私の脳裏に深く刻まれているからでしょう。
「やっぱり、カヌーは疲れるんだね。頑張ってくれて、ありがとう」
私には、もうひとつ似た体験があります。私がカヌーに配属されていた頃の体験で、これまた眠りにまつわるものです。当時、カヌーのキャストは、半坪ほどの木製の小屋をオフィスとして事務処理などの仕事に利用していました。
あるとき、オンステージでの仕事の合間にそのオフィスに立ち寄った際、私は、不覚にも眠り込んでしまったのです。──そして突然、後方のドアが開く音がし、びっくりして目を覚ましました。
振り返ると、なんと専務が立っているではありませんか。背筋に悪寒が走りました。ところが、次の瞬間、専務は、「やっぱり、カヌーは疲れるんだね。頑張ってくれて、ありがとう」とひと声かけただけで、ドアを閉めオフィスから出ていきました。
私は、しばらくの間、何も考えることができず呆然としていました。そして、私は、ガックリと頭を垂れ、思いました。「オレの人生、これで終わったな……」と。
私はこの出来事を直属の上司になかなか言うことができませんでした。
しかし、次第に不安になり、ある日、私は上司に、おそるおそることの顚末を話しました。すると、上司は、「そんな話、全然聞いてないよ。専務はそんなこと、人には言わないよ」と言うのでした。
私の胸に専務に対する熱い思いが湧き上がったことはいうまでもありません。ただ、その後、その上司にきつく叱られてしまいましたが……。
私は、このときも、マネジメントリーダーは、部下の気持ちに寄り添い、部下のことを理解しなければならないと実感しました。マネジメントリーダーが、このような姿勢でいれば、部下は必ず信頼し、ついてきてくれるはずです。
もちろん、部下の仕事に対するモチベーションも上がるはずです。
ただし、ディズニーでも、ほかの組織と同じように、同じ失敗を繰り返せば厳しく叱られることはいうまでもないでしょう。
エレクトリカルパレードの誘導法を考案したのはキャスト!
東京ディズニーランドでエレクトリカルパレードが始まったのは、オープンして3年目の1985年のことです。もちろん、アメリカのディズニーランドから導入したのですが、問題がありました。ゲストを誘導する方法が、アメリカの場合、非常に大ざっぱだったのです。
たとえば、アメリカでは、パレードが通行するところと観客席が明確に分かれていませんでした。そのため、ゲストはパレードが始まる前にパレードのルート上にどっと集まり、パレードが始まるとパレードのルートをあけるために動きながら見物し、パレードが終了すると八方に解散していきました。
明確な指示・表示に慣れた日本人の場合、アメリカと同じようにすると混乱が予想され、ケガをするゲストが出る可能性もありました。
そこで、日本人のゲストを安全に誘導する方法を考え出そうということになったのです。その方法を考えるミーティングの中心となったのが、運営部のキャストたちです。
キャストが中心となって、ロープを通行ルートに張ることを提案したり、ロープをどのように、いつ張るか、いつ撤収するのが安全か、ロープはどのくらいの圧力に耐えられるかなど、整備部の協力を得て検証したりして、アメリカの誘導方法を改善していきました。
キャストが参画するメリット東京ディズニーランドのエレクトリカルパレードの誘導法や、そのとき用いられた用具類のほとんどは、一般正社員やアルバイトたちによって考案されつくられたものです。
その後の改善も、彼らが主体となって行われたといってよいでしょう。
①キャストを参画させる
②企画立案段階から参画させる
メリットをまとめると、次図のようになります。
積極的に提案するディズニーのキャストたちディズニーでは、「意見や提案は大いにしてください」と推奨しており、キャストから新商品や新メニュー、新しいナレーション案など多くの企画が提案されます。
ただし、提案したことを自分勝手に実行に移すことはできません。
必ずルール化してから実行に移されます。
提案のルール化は、「①安全→②礼儀正しさ→③ショー→④効率」というディズニーの行動の優先順位の規定にもとづいて行われます。
提案を受容する3つのステップ提案したキャストのなかには、「すぐにでも自分のやり方を実践したほうが効率的なのに」と言うキャストもいます。
たとえば、キャストから、「パレードルートを確保するロープ張りがなくても、ゲストの安全は保たれるのではないでしょうか。アメリカでもそうしていると聞いています」という意見が出たとしましょう。
このキャストへの対応を通じて、ディズニーでは、どのような手順で提案を受容するかを見ていきましょう。
[ステップ1]提案に感謝する
キャストから提案が出た場合、ディズニーのマネジメントリーダーは、まず「提案をありがとう」と「感謝」の言葉を述べます。
[ステップ2]提案内容を検証する
ディズニーのマネジメントリーダーは、提案に感謝した後、次のように続けます。
「どうしてこのようなコントロールの方法をしているのか、話を聞いてくれるかな。パレードを始めるとき、当然アメリカの方法は知っていたけれど、日本人が明確な指示や表示に慣れていることなどから、『ここはパレードルートですよ』とゲストにはっきりわかるほうが安全に誘導しやすいと考えたんだ。ほかにもいろいろ考えたよ。
早くからパレードルートで待たれると、ほかのゲストの通行の妨げになり、安全面でも問題があるから、待ち始めてもよい時間を設定したり、車椅子を利用しているゲストとそのご家族のために、専用の鑑賞エリアを設けたりしたんだ。
ルートの反対側に通行されるゲストのためにクロスオーバー(パレードルートを横断する通行路)を設けたのも、すべて最優先すべき安全のためなんだ。
ステージショーでの椅子席の導入や、ステージショーの抽選システムも同じように安全を第一に考えて決められたんだよ。そして、その次に大事な礼儀正しさについて考えたんだよ。
たとえば、パレードルートの前列にいらっしゃるゲストにはシーティング(後ろのゲストが鑑賞できるように座ること)をお願いするとか。
それは、後ろの列のゲストへの礼儀正しさであり、後ろのゲストにもショー(行動優先順位の3番目)を楽しんでいただく配慮だよね」
というように、キャストの提案について検証し、問題点があれば、その理由を説明します。
[ステップ3]提案を受容する
次に、「その上で、あなたが提案してくれた行動優先順位が4番目の効率を考えていこうよ。決して、この提案を受け容れないわけではないんだ。どうやったら提案した方法が実行できるか、一緒に考えてみよう」とキャストの提案を「受容」します。
このように、ディズニーのマネジメントリーダーは、キャストの提案に対して、まず「感謝」して、ディズニーの行動の優先順位を押さえながら、過去の経緯や理由を説明し検証します。
決して一方的に却下せず、その提案を受け入れる「受容」というステップを踏むよう心がけています。
「部下に十分な時間を与えなければ損をする!」
ディズニーのマネジメントリーダーは、キャストが計画を練ったり、目標を立てたりするときは、その時間を確保するために上司に相談し許可をとります。
このとき、マネジメントリーダーは、キャストたちが、きちんと計画や目標を立てられるよう、できるだけ多くの時間を捻出しようとします。
実際のところ、十分な時間をとることはなかなかむずかしいのですが、決して中途半端な時間にならないよう配慮します。いうまでもなく、時間はコストです。
あまりにも時間が短いと結局、何も決まらずコストだけを費やすことになりかねません。それよりは、しっかり時間を与えてきちんと計画や目標を立てさせたほうが、かけたコストが生きる、つまり、有益なコストになります。
だから、ディズニーのマネジメントリーダーは、キャストのミーティングにできるだけ十分な時間を与えようとするのです。
ミーティングを支援するときのポイント時間をより有効に活用するための支援も、ディズニーのマネジメントリーダーに課せられた大切な役割です。
たとえば、アルバイトたちだけでは、ミーティングを進めることがむずかしいケースがあります。ここでは、商品販売部の「アルバイトからアイデアを求めるミーティング」のケースについて見ていきましょう。
ユニットマネージャーが、このミーティングをアルバイトたちだけで進めるのはむずかしいと判断した場合は、ミーティングの進め方の上手な部下のスーパーバイザーを選んで、次のようにアドバイスし、ミーティングに同席させます。
「まずは、全体の意見をできる限り聞くこと。熱心に聞いてもらっているというので、キャストのミーティングへの参画意識が高まるからね。その後、出た意見をまとめること。まとめるときは、反対意見も肯定的にとらえ、何か問題が生じたときは、その反対意見も参考にすると伝えること。意見をまとめたら、それをより具体的にするため、そのまとめた意見に関してさらにいろいろな意見を聞くこと。そして、また、まとめる。そして、また、より具体的な意見を出してもらうこと。アイデアを求める会議は、〝拡散→集約→拡散→集約〟の繰り返しだよ」
もちろん、ユニットマネージャーは、どのスーパーバイザーがミーティングを進めるのが得意か、部下のスーパーバイザーについてよく知っておくことが必要です。失敗を財産に変えるディズニーのキャストディズニーのマネジメントリーダーが、キャストに十分な時間を与えて行動計画を立てさせ、それにもとづいて行動させたものの、よい成果が得られなかったというケースもあります。
ただ、よい成果が得られなかったとしても、マネジメントリーダーが精いっぱい努力して時間を捻出してくれた場合であれば、キャストは「マネジメントリーダーに申し訳ない」という気持ちを抱くでしょう。
また、キャストたちは、「どうして、うまくいかなかったんだろう」と素直に反省し、「どうすれば、うまくいくんだろう」と自分たちで改善点を考えます。
つまり、キャスト自ら失敗を〝財産〟に変えていきます。ただ、失敗の責任は、マネジメントリーダーがとるべきです。
もし十分な時間を与えられていなければ、どうなるでしょう。
きちんとした計画が立てられないのはもちろん、「あんな短い時間しか与えられないんだもの」と十分な時間をくれなかったマネジメントリーダーへの不平・不満を口にする部下が出てくることも考えられます。
マネジメントリーダーは、部下のための時間を惜しんではなりません。ミーティングに勇気を持って参画し考える部下のために、できる限りの時間を捻出してあげましょう。
ディズニーでは権限委譲が当たり前!
ディズニーに限らず、すべての組織において、それぞれの社員にそれぞれの役割・業務が与えられています。ここでいう「権限の委譲」とは、本来はマネジメントリーダーに与えられているはずの役割・業務を部下に任せることです。
もともと部下に与えられている役割・業務を、マネジメントリーダーが部下を指定して任す、つまり仕事を割り振るケースとは異なります。
ひと口に「権限を委譲する」といっても、マネジメントリーダーにとっては、なかなか勇気のいることです。無責任と非難されるリスクもあれば、部下が失敗するリスクもあります。
一般的にいって、権限の委譲に二の足を踏むマネジメントリーダーが多いのも、当然といえば当然でしょう。ところが、東京ディズニーランドでは、マネジメントリーダーが部下に権限を委譲するケースが少なくないのです。
たとえば、東京ディズニーランドのマネジメントリーダーには、次図のような権限が与えられています。この図を参考に、マネジメントリーダーが部下に権限を委譲するケースについて見ていきましょう。
ところで、「ワンマンワンボイス」という考え方があります。
指示・命令系統が分散していれば、統率がとれず、組織がバラバラになってしまうので、指示・命令は1人の人間から発するべきだという考え方です。
たしかに、「ワンマンワンボイス」が理想ですが、たとえば東京ディズニーランドで2~3店舗の責任を任される商品販売部のユニットマネージャーは、部下に100~300人ものキャストを抱えています。
そのため、いつも自分1人ですべての指示・命令を出すことは不可能です。
そこで、どういう対策がとられるかといえば、自分の直近の部下で、1店舗単位の責任者であるスーパーバイザーにユニットマネージャー不在時の代行はもちろん、日別売上の責任などの仕事の権限を委譲します。
しかし、スーパーバイザーも、1人で70人前後のキャストを担当しており、すべての仕事を1人でこなすことは不可能です。たとえば、70人のアルバイトの契約更新期間は平均3カ月です。スーパーバイザーは、アルバイトの契約満了前までには、必ず30分以上の契約更新・人事考課のための面談をします。
1人のスーパーバイザーが1年で280回以上(70人×年4回)面談を行っている計算になります。この例ひとつを見ても、スパーバイザーがすべての業務をこなすことは不可能だということがおわかりいただけるでしょう。
そこで、スーパーバイザーも、場合によっては、アルバイトリーダーにキャストの勤務スケジュールの作成やイベントの企画立案などの権限を委譲します。
なぜディズニーでは権限委譲がスムーズに行えるのか前述したように、権限委譲にはさまざまなリスクが伴います。ですから権限委譲はむずかしいと考えるマネジメントリーダーがいても当然でしょう。
なぜ、そんなリスキーな権限委譲をディズニーのマネジメントリーダーは行うのでしょうか。
その理由のひとつは、前述したようにマネジメントリーダーが時と場合によっては権限委譲をしないと自分のほかの業務に支障を来すほど多くのキャストを部下に持っていることがあげられるでしょう。
しかし、もっと重要なのはマネジメントリーダーと部下との間に信頼関係があることです。
つまり、マネジメントリーダーは、この部下なら間違いなく自分に代わって役割を果たしてくれると考え、権限を委譲された部下はマネジメントリーダーの期待に応えるために最善を尽くしたいと考える関係ができているのです。
また、見方を変えれば権限を委譲できる人材を育てているということです。一方、部下もマネジメントリーダーから権限を委譲され、その役割を果たすことで大きな自信を得ることになり、自分の能力アップにつなげることができます。
仕事への士気が高まることはいうまでもありません。もうひとつ忘れてならないのが、ディズニーでは、たとえ失敗しても、それを成長につなげようと考えることです。
つまり、ディズニーには失敗を必ずしもリスクとはとらえず、キャストを伸ばすチャンスととらえる風土があります。
以上のような理由で、ディズニーでは、マネジメントリーダーによる権限委譲が積極的に行われています。それは、まさにディズニーの〝強み〟といえるでしょう。
ただし、ディズニーといえども、部下にすべての権限を委譲できるわけではありません。当然、ユニットマネージャーでなければできないこともあります。
たとえば、組織の長期・中期計画に沿って予算を考慮した目標を立てる、商品開発をする、そのための予算を組む、あるいは、そのためにどのような人材が必要か、どのようにその人材を創るのかといった業務は、ユニットマネージャーとしての立場や能力がなければできません。
そういう権限まで部下に委譲しようとすれば、「無責任だ」と逆に部下の信頼を失うおそれがあるので注意しましょう。部下に権限を委譲するときの3つのポイント前述したように、権限委譲には部下が自信を持ち実力を伸ばすというメリットがあります。
ですから、部下を伸ばすために意識的に権限を委譲してみることも必要になります。ただし、権限を委譲するときは、次の3つのポイントを押さえておかないと、よい成果は得られないでしょう。
[ポイント1]積極的に仕事に取り組む
部下に委譲するマネジメントリーダーが部下に権限を委譲すると、委譲された部下に次のような遂行責任と結果責任の2つが必ずつきまといます。
①委譲された権限にもとづいて行動・実行する(遂行責任)
②その行動・実行した結果に対して責任を負う(結果責任)
の2つです。
そのため、委譲される部下の反応が2つに分かれることがあります。
ひとつは、「オレにはムリムリ」「なぜオレがやらなきゃいけないんだ」という拒否的な反応、もうひとつは「よし、頑張るぞ」という肯定的な反応です。
いうまでもなく、前向きな後者の人間に権限を委譲したほうが、成果も大きくなるでしょう。嫌々仕事をする人間よりは、積極的に仕事に取り組む人間のほうが、あきらかに生産性も高いはずです。ただし、前述したように部下にやる気を持たせることもマネジメントリーダーの重要な役割のひとつです。
そこで、やる気のない部下にあえて権限を委譲し、部下を育て伸ばすことも選択肢のひとつとして考えておくべきでしょう。
[ポイント2]好き嫌いで権限を委譲しない
マネジメントリーダー自身は、やる気のある部下、能力のある部下に権限を委譲しているつもりでも、実際には、自分が相手にしやすい、あるいは好き嫌いで部下を選び、権限を委譲していることがあります。
こういう場合は、ほかの部下の反感を買い、職場内の空気が悪くなるので注意しましょう。
[ポイント3]部下の情報を積極的に収集する
ディズニーで権限委譲がよく行われる背景のひとつには、マネジメントリーダーが部下をよく知っていることがあります。
ディズニーのマネジメントリーダーが部下をよく知っているのは、もともと風通しのよい職場風土に加え、
●ミーティングなどを通じてコミュニケーションを密にとっている
●定期的に面談を行っている
●日頃からよく相談にのっている
●日常業務の様子を堂々とよく見ている
●よく声かけをしているなど、部下のさまざまな情報を得る機会を数多く持っているからです。
ディズニーの例からもわかるように、権限委譲するには、権限委譲しても大丈夫な部下がいることが必要です。
言葉を換えれば、権限委譲できる人間が多い組織ほど、有能な人間が多いといえます。当然、組織が成長する可能性も高くなります。
そのため、マネジメントリーダーには、部下が失敗を怖がらず、積極的にチャレンジできる環境をつくり、権限委譲できる人材を育てることが求められます。
ディズニーには失敗を未然に防ぐ「しくみ」がある
キャストも人間です。気持ちが落ち込んでいたり、集中力が散漫になることもあります。このようなときには、うっかりミス(失敗)を犯してしまいかねません。
当然、ゲストにハピネスを提供するためには、そういったミスを未然に防がなければいけません。ミスを未然に防ぐには、日頃から、キャスト同士が声をかけ合ったり協力し合ったりするチームワークの維持・強化や技術レベルの向上に努める必要があります。
実は、それを実践しているのがディズニーのキャストたちなのです。たとえば、ゲストパーキング(駐車場)のキャストは、1時間当たり2000台以上の車を誘導しなくてはなりません。
そのため、キャストのちょっとしたミスが事故につながり、ゲストの楽しい思い出を台無しにする可能性があります。
そこで、私が在籍した当時、ゲストパーキングのキャストたちは、ディズニーの行動の優先順位(101ページ参照(※こちらを参照))を踏まえたうえで、チームワークや作業技術のレベルを上げるためのコンテストを実施していました。
そのひとつに、軽トラを運転するキャスト、カラーコーン(通行する車を誘導する赤い円錐形の標識)を渡すキャスト、カラーコーンを置いていくキャストの3人が1組となり、カラーコーンのパーキングへの設置と回収を競うコンテストがありました。
車の速度、カラーコーンを渡すタイミング、カラーコーンが等間隔で置かれているかなどについて、安全・効率面を基準に審査されます。
軽トラックを走らせながら3人のキャストが連携しなくてはいけないので、当然チームワークを強化するトレーニングになります。
また、カラーコーンの設置・回収技術のレベルアップにもつながりますディズニーでは、このようなコンテストを通じて、作業の間違いを正したり、間違いや失敗を犯しやすい作業の改善にも役立てています。
実は、これらのコンテストはキャストが提案したものがほとんどです。ディズニーのマネジメントリーダーは、キャストの提案を積極的に受容し活用しています。まずは、このように失敗を未然に防ぐ「しくみ」をつくることが肝心です。
失敗した部下とその原因・改善策を考える
前述したようにディズニーには、ミスや失敗を未然に防ぐしくみがあります。しかし、それらのしくみがすべてのケースをカバーできるわけではありません。
たとえばマネジメントリーダーは、うまくやってくれるだろうと思って権限委譲や業務の割り振りをするわけですが、うまくいかないケースも出てきます。
そこで、できて当たり前のようなケースは別ですが、もしかすると失敗するかもしれない「ストレッチ目標(ワンランク上の目標)」にトライさせるようなケースでは、マネジ
メントリーダーは、「この結果責任は私がとるから、頑張りなさい。ただし、解決できない悩みが生じたら、すぐに相談しなさい」と部下に告げましょう。
すると、部下は、より積極的に任された仕事にトライすることができます。また、「悩んだときは、マネジメントリーダーに相談しよう」という気持ちになり、安心感を持つこともできます。
そして、部下がよい成果をあげられなかったり、失敗したりした場合は、「なぜ失敗したのか」「どうすれば成功するか」を部下と共に考えましょう。
すると、部下は、「信頼してくれたマネジメントリーダーのために、次こそは、よい結果を出そう」「私を守ってくれているんだ。
次の機会も、細心かつ大胆にチャレンジしてみよう」と思います。その姿勢が部下の成長につながることはいうまでもないでしょう。
また、このようにして育まれた部下との信頼関係は、生涯を通して継続するものです。
これほど、マネジメントリーダーにとって、というよりも1人の人間として喜ばしいことがあるでしょうか。
09部下のモチベーションを高める
正社員への道を拒み、アルバイトであり続けるキャストたち
東京ディズニーランドには、オープン前から現在まで勤務しているアルバイトのキャストが大勢います。いうまでもなく、そのようなキャストは大変優秀です。
ゲストに対してはもちろん、後輩のキャストにも高いホスピタリティを持つことにより、後輩のキャストからも大変慕われています。
上司もそれを十分承知して、再三にわたり、正社員への登用試験を受けるように進言しています。ただ、それでも彼らは、正社員になることを断ります。
「ゲストの笑顔と接していたい」「ゲストから〝ありがとう〟の言葉をいただける立場でいたい」「仲間(アルバイトキャスト)と一緒にディズニーを守りたい」「後輩の育つ姿を現場で見ていたい」という理由からです。
彼らの言葉に触れると、給料や名誉だけが仕事に対するモチベート(動機づけ)の要因ではないことを教えられます。
ポストやカネによるモチベーションは長続きしない
部下の仕事に対するモチベーションを継続させることは、マネジメントリーダーの大切な役割のひとつです。この本でご紹介するほとんどすべてのことが、部下のモチベーションの維持、さらにはアップに役立つはずです。
ですから、「モチベーションを維持・アップさせるのはこれだ」とひと言でいうことはできませんが、モチベーションの維持やアップに必要な基本中の基本について、ここで整理しておきましょう。
部下のモチベーションを高める要因には、「外部的要因」と「内部的要因」の2つがあります。
外部的要因は、昇進や賃金、休日、環境、人間関係などです。
これに対して、内部的要因は、嬉しいという気持ち、やる気、達成感など、文字どおり心の中に湧き上がるものです。
ただ、2つに分けられるとはいうものの、この両者は密接に結びついています。
というのも、外部的要因が内部的要因と結びつくことによって、モチベーションが高まるものだからです。
たとえば、定期昇給は、「もうすぐ給料が上がるぞ。よし頑張ろう」という内部的要因に結びつけることで、モチベーションをアップさせる効果があります。
ですから、ディズニーでも正社員だけでなく、アルバイトキャストへの昇給制度などに細心の注意を払います。しかし、昇給や昇進も、その当初は嬉しくてモチベーションも上がりますが、時間が経つにつれ、嬉しさも薄れ、モチベーションも下がっていきます。
また、机や椅子、パソコンなどを新調しても、モチベーションアップが期待できるのは最初だけです。つまり、外部的要因のなかでも昇給や昇格などによるモチベーションアップは、重要ではあるものの、一時的なことが多いのです。
人間関係がモチベーションを維持するカギ!
ただ、一時的な効果しか期待できない外部的要因のなかで例外がひとつあります。それは、人間関係です。たとえば、お互いに認める、褒めるといった人間関係は継続させることができます。
マネジメントリーダーが、部下の給料を簡単に上げることはできませんが、継続的に部下を認める、褒めることはできるはずです。
しかも、ストロークのところ(78ページ(※こちらを参照))でもご紹介したように、ストロークを繰り返せば繰り返すほどストロークの数が増えていく傾向があります。
当然、認められたり褒められたりすれば、人は誰でも嬉しく思い、モチベーションも上がり、そのようなストロークを継続して受ければ、モチベーションも高いまま維持されます。
よい人間関係が根づいた職場は変化に強い
ストロークを継続することにより、お互いを認め合うことができれば、当然、よい人間関係ができていき、やがて、それが職場の風土として根づいていきます。それを実現させているのがディズニーです。ディズニーのキャストがよく言います。
「理解してくれるリーダーや仲間と一緒にいたい」「リーダー、仲間からの期待に応えたい」ただ、人間関係がよいからといって、単なる仲良しクラブでは意味がありません。
仕事を通じてお互いを高め合うことのできるような、よい意味での人間関係の親密な職場では、当然、部下たちの仕事に対するモチベーションは上がり、生産性も高まります。
そして、最大のメリットは、よい人間関係が根づいた職場では、たとえ異動や退職でマネジメントリーダーが変わっても、たとえ大きな試練に見舞われても、社員の高いモチベーションや生産性が維持され続けることです。
その好例が、東京ディズニーランドにほかなりません。たとえば、前述したように、30年以上の歴史のなかで東京ディズニーランドは何度も試練に見舞われてきました。
キャストレベルでいえば、アルバイトの時給が下がったこともありました。当然、その間も、マネジメントリーダーは、3~6年で職場異動を繰り返してきました。
しかし、東京ディズニーランドのサービスレベルが落ちたことは一度もありません。逆に、何か問題があればそのつど改善され、サービスレベルはさらにアップし続けています。
その理由はもうおわかりでしょう。東京ディズニーランドの職場によい人間関係が風土として根づき、キャストのモチベーションが高いレベルで維持され続けているからです。
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