小便が赤くなるほどの心配をしたことがあるか。それほどに熱心に社業に取り組んでいるか。その真剣さなくして、奇跡は起こらない。
松下
こういう話があったんですよ。
「松下さん、私はあなたのところと長いこと取引してる。親の代から取引してるんや。一所懸命やってるけども、どうもこのごろうまく儲からんのです。松下電器はうまく儲かってるのに、われわれが儲からんというのは、おかしいやありませんか」と言う。
それで私がね、「それはまことに相すまんが、あなたご自身、後を継いでもう二十何年かおやりになっている。そのあいだにただの一回でも、小便が赤くなったことありますか」と尋ねたんですね。
「ぼくは、自分では赤くなったことない。だけどぼくが奉公している時分に――ぼくは当時幸吉と呼ばれていました――幸吉、おまえが一人前になるためには、小便が赤くなるくらいにならないとあかんのや、そういうことを二、三べん経てこないことには一人前の商売人になれんぞということを、始終親方から聞いた。
それはどういうことかというと、商売で、心配で心配でたまらん、もうあすにでも自殺しようかというようなところまで追い込まれたら、小便が赤くなるという。
そういうようなことをしてきて初めて一人前の商売人になるんだと、ぼくは親方から聞いたことをいま思い出した。
だから尋ねるんやが、あなた、儲からん儲からんと言うけど、小便赤くなったことあるか」と尋ねたんですよ。
「そんなことはありません」と。
「そんなことで、あなた、文句言いなさんな。小便が赤くなるほど心配したり、商売に熱心になったりしても、なお儲からんというのやったら文句言いなさい。今は真剣にやっておらんのやないか。それで儲からんと言うても、こっちは知らんということや。だからあなた、そんなこと言うんやったら小便赤くなるまで、いっぺん勉強してください」という意味の話をしたんですよ。
そうしたら、奇跡が起こったんですよ。
その人が帰ってから全社員を集めて、「きのうは松下会長から小便赤くなったことはあるかという質問をされたんだ。考えてみると、小便が赤くなるまで心配したことないんだ。これでは絶対いかんと思うから、きょうから商売の方針を変える」と言うて、問屋ですから六時ごろにはみなしまうわけですが、いったんしまってから、二、三人の志ある店員をつれて、百五十軒の得意先を回ったんですよ。
今まで回ったことはないのです。回って、その小売屋さんの陳列の方法を、こうしたらどうですか、ああしたらどうですか、汚いから掃除しましょうというようなことを言うて、ずっと毎日回った。
そうしたら、しまいに小売屋さんが、「これはおれの店やから、おれがやるからもうほっといてくれ」と言ったというんですよ。
そして半期たったら、商いが倍になったというんです。そして、小売屋さんにも非常に活気が出て、利益があがるようになったんですな。
このあいだその人が、「あのときの話で、私は自分のやってたことを考えてみて、努力してなかったと思った。それで、こういうふうにやったところが、幸いにして商いが倍になって、集金がよくなった。もう非常にこれで安心しました」ということを、報告に来たんです。
これはたぶん小売店が同情したというか、感銘したんでしょうね。
私はやっぱり、その店主なりその社長なりがそこまでいけば、商売も増えてくるし、そこから知恵才覚というものも湧いてくるというような感じがしますな。
まあ、そういうことがあったんです。〔一九六五〕
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