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6章「創造的」に働く ──日々、創意工夫を重ねる

目次

あえて「人が通らない道」を歩く

「次にやりたいことは、わたしたちには決してできないと人から言われたものだ」 これは、ピューリッツァー賞という、ジャーナリスト最高の栄誉を受けた、アメリカの高名なジャーナリスト、 D・ハルバースタム氏が、その著書『ネクスト・センチュリー』で、わざわざ一章を割いて、京セラやその創業者である私について述べるときに引用した、私自身の言葉です。

京セラ創業以来、私はこのような気概を持って、新製品を開発し、また新しい事業に挑戦し続けてきたと彼は言うのです。

たしかに、私も自分自身がたどってきた人生を振り返るとき、誰でも知っているような「通い慣れた道」を歩いてきたことはなかったように思います。

昨日通った同じ道を今日も通ること、また他の人がすでに通っている道を歩むことが性に合わず、つねに誰も通ったことがないような、新しい道をあえて選んで、今日まで歩き続けてきました。

しかし、そのような道は人の通らない道であり、けっして平坦なものではありません。その様を、私はこのようにたとえています。

「道とも思えない、田んぼのあぜ道のようなぬかるみを歩いてきた。足を滑らせて田んぼに足を踏み外したり、突然、目の前に現れるカエルやヘビに驚いたりしながらも、一歩ずつ歩いていく。ふと横を見ると、舗装されたいい道があって、そこを車や人が通っていた。その道を歩けば、ずっと楽に歩けるのはわかっていた。しかし、私は自らの意志で、あえて人が通らない、ぬかるみの道をただひたすらに歩いてきた」

「舗装されたいい道」とは、「誰もが考えつき、実際に通る常識的な道」のことです。

そのような舗装された道を、人の後から歩いていっても意味はありません。先人の後塵ばかりを拝することになり、新しいことなど絶対にできるはずがないのです。また、人と同じことをいくらやっても、大きな成果を期待することは難しいでしょう。

大勢の人が歩いていった、何も残っていない道を歩くよりは、いくら歩きづらくても、新しい発見があり、大きな成果が期待できる道を歩こう。

私はいつもそう考えてきました。

実際に、そのような人の通らないぬかるみの道、いわば未踏の道こそが、苦労は伴うものの、想像もしないような、素晴らしい未来に通じていたのです。

「掃除一つ」でも人生は変わる

私は、京セラを創業してから今日まで、半世紀近い歴史の中で、ファインセラミックスの特性を活かした各種産業用部品に始まり、半導体用パッケージなどの各種電子部品、さらには太陽光発電システムから複写機、携帯電話などの機器に至るまで、幅広い事業分野へ挑戦し続けてきました。

また、まったくの異分野である通信事業やホテル事業も手がけてきました。それは、私がそれだけの幅広い技術力を持ち合わせていたからではありません。

日々、「つねに創造的な仕事をする」ということを、半世紀も絶え間なく続けてきた、その結果にすぎないのです。

毎日毎日、少しでも「創造的な仕事をする」ことを心がけていく。たとえ、その一日の進歩はわずかでも、十年もたてば、とてつもない大きな変化が生じるのです。

その例として、私がよく引き合いに出すのが、「掃除」です。

ほとんどの人が、イヤイヤ漫然と取り組んでいる掃除に、真正面から、真剣に、そして創造的に取り組んでいけば、どうなるでしょう。

たとえば、昨日までほうきで自分の職場を右から左へ掃いていたのを、今日は、四隅から真ん中へ向けて掃くようにしてみる。あるいは、ほうきだけではきれいにならないので、モップを使ってみる。

さらに、モップでもらちが明かないなら、多少お金はかかるが、上司に願い出て掃除機を買ってもらう。

掃除機を買えば一時的にコストはかかるが、長い目で見れば、手間や時間の削減にもつながっていくだろう。そして、その掃除機も自分で改良して、さらに効率化と質的向上をはかる。

このように掃除一つ取っても、その取り組み方によって、より早く、よりきれいにする工夫がいくらでも可能になってくるのです。

そして、そのような創意工夫を日々重ね、やがて一年もたてば、掃除のプロフェッショナルとして、そのノウハウが職場の仲間から高く評価されるようになることでしょう。

そうすれば、建物全体の清掃を任されるということにもなるかもしれません。さらには、ビル清掃を請け負う会社を設立して、その会社を発展させることさえ不可能ではありません。

一方、「たかが掃除」などと言って、創意工夫を怠り、漫然とただ続けているような人は、なんの進歩も発展もなく、一年後も相変わらず同じような毎日をだらだらと続けているに違いありません。

これは掃除に限ったことではありません。仕事や人生もまったく同じことです。

どんなに小さなことでも積極的に取り組み、問題意識を持って、現状に工夫、改良を加えていこうという気持ちを持って取り組んだ人とそうでない人とでは、長い間には驚くほどの差が生まれるのです。

それは、現状に飽きたらず、少しでもよくありたい、自分も日々向上していたいという、「思い」の差なのかもしれません。

毎日、少しの創意と工夫を上乗せして、今日は昨日よりもわずかなりとも前へ進む。

そのように、よりよくありたいという「思い」こそが、仕事や人生では何より大事であり、真の創造に近づく秘訣でもあるのです。

素人の力──「自由な発想」ができる

京セラをはじめ、任天堂、オムロン、村田製作所、ロームなど、京都の優良企業の多くが、もともとその分野では「素人」、もしくは「素人」同然の人物によって創業されています。

そもそも私の大学での専攻は有機化学でした。

無機化学であるファインセラミックスの研究に従事したのは、大学を卒業する直前のことであって、私もけっしてこの分野のエキスパートであったわけではありません。

ファミコンの成功によって大きく発展した任天堂も、もともとは花札やトランプをつくっていた会社で、会社を急成長させた三代目社長の山内溥氏にしても、ゲーム機のハードやソフトなどは過去につくったことなどなく、その分野ではまったくの「素人」と言っていいでしょう。

大手制御機器メーカーのオムロンも同様です。

戦後、創業者の立石一真氏が、アメリカではじめてマイクロスイッチを見て、「これからは制御系統部品が日本でも必要になる」と直感したのが始まりでした。

立石氏はそれまで、弱電用の部品をつくったことはなく、やはり「素人」として事業を始めたわけです。

電子部品メーカーの大手、村田製作所の創業者村田昭氏にしても、もともとは京都の東山、清水焼の古里と言われるところで仕事をしていた方です。

戦時中、軍から酸化チタンを使ったコンデンサをつくってほしいという要請を受け、新しいものにチャレンジしたことで、今日があるわけです。

ロームも特色のある電子部品メーカーですが、創業者の佐藤研一郎氏は、もともとは音楽を志した人で、学生時代にカーボン皮膜抵抗器を効率よく製造する技術を自分で確立し、それをベースに事業を始めたのが創業のきっかけでした。

その意味では、「素人」社長だったわけです。これらは偶然の一致ではありません。「素人でなければならない」明確な理由があるのです。

それは――「自由な発想ができる」ということです。「素人」は、既成の概念や慣習、慣例にとらわれず、つねに自由な発想ができる。それが新しいことに挑戦していくにあたって、最大のメリットとなるのです。

私がそれに気づいたのは、京セラを創業してから数年たったころのことでした。

先発で、京セラよりはるかに企業規模が大きい、日本有数のセラミックスメーカーから、ある製品を生産してほしいとの依頼があったときのことです。

当初は、「欧米のメーカーからファインセラミックスの注文が増えているので、自分たちだけではこなし切れない。だから、京セラにも製造をお願いしたい」というお話でしたが、よくよく聞いてみると、先方の狙いは、その製品の製造を通じて、京セラのファインセラミックス技術を吸収することでした。

私はきっぱりとお断りしたのですが、先方の社長がそのとき、正直にこんなことを言ったことを今もよく覚えています。

「わが社の研究所には、有名大学の窯業コースを出た優秀な研究者がたくさんいる。失礼な話だが、稲盛さんは地方大学の、それも有機化学出身と聞く。また、あなたの会社にドクターはほとんどいないという。なぜあなたの会社にできて、わが社にできないのか」 そのとき、私は気づいたのです。

「創造」というものは、「素人」がするもので、「専門家」がするものでないことを。新しいことができるのは、何ものにもとらわれない、冒険心の強い「素人」であり、その分野で経験を重ね、多くの前例や常識を備えた専門家ではない――その社長の話を聞きながら、そのような感想を抱いたことがまざまざと思い出されます。

ぜひ読者のみなさんも、自由な発想と強烈な願望を持って、新しいことにチャレンジしていただきたいと思います。

「新しい計画」を必ず成就させる

私は一九八二年の京セラの経営方針発表会の席上で、次のようなスローガンを発表しました。

「新しき計画の成就は、ただ不屈不撓の一心にあり。さらばひたむきにただ想え。気高く強く一筋に」 これは、積極思考を説いた哲人、中村天風さんの著書からお借りした一節です。

その意味は、新しい計画の実現を望むのであれば、どんなことがあろうとも、けっしてあきらめず、ただひたむきに気高く、強烈に思い描き続けることが大切であり、そうすればどんなに難しい目標であろうとも、必ず達成できるということです。

私が、この経営スローガンを通じて言いたかったことは、人間の「思い」には、ものごとを成就させる力があるということ。

とくにその「思い」が気高く美しく純粋で一筋なものであるなら、最大のパワーを発揮して、困難と思われる計画や目標も、必ず実現させていくということでした。

一般には、そのように人間の「思い」に素晴らしい力があるということがよく理解されていません。

そのために、新しい計画を立てたそばから、「市場環境が変わってしまうのではないか」とか、「予想もつかない障害に遭遇するかもしれない」とか、「失敗したらどうしよう」などと、すぐに余計な心配をし始めるのです。

しかし、そんな取り越し苦労をしたり、心に一抹の不安や危惧を抱いたりするだけで、「思い」が持つ力は大きく減衰してしまい、計画や目標を達成することができなくなってしまうことになるのです。

私は、このスローガンを掲げた二年後に、この人間の純粋な「思い」がいかに偉大なことを成し遂げるかということを、身をもって証明し、多くの方々の励みともなればと考え、第二電電(現 KDD I)の事業に乗り出しました。

一九八四年(昭和五十九年)、通信の自由化に伴い、京セラの他に二社が名乗りを挙げ、新電電は三社競合でスタートしました。

三社の中で、京セラを母体にした第二電電は、他の二社に比べて圧倒的に不利、という前評判でした。それは、経営者である私自身に電気通信事業の経験がないこと。京セラに通信技術の蓄積がないこと。

他の二社のように既存の鉄道路線や高速道路を利用してケーブルを引くことができないため、通信ルートを独自に開拓するなど、必要なインフラを一から構築していかなければならないこと。そして営業的にも親会社の企業規模が小さいために顧客の獲得が難しいこと、などが理由でした。

しかし、実際には、営業開始直後から「ないないづくしの不利な状況」の中でスタートした第二電電が、新電電三社中、もっとも優れた業績を上げ、先頭を走り続けたのです。

それは、第二電電が素人であっても、その事業にかける「思い」がどの通信会社よりも強く純粋なものであったからです。

そのような強烈で美しい願望さえあれば、必要な技術やノウハウは、後からいくらでも導入することができるのです。

私は、「通信料金を安価にすることで、情報化社会において国民に貢献する」という、純粋で大義名分のある目標を掲げ、第二電電の創業を決意しました。

また、その「思い」が本当に気高く純粋なものであるかどうかを、「動機善なりや、私心なかりしか」という言葉で、自らに厳しく問いただしました。

「第二電電をやりたい」ということが、「自分がもっと金持ちになりたい」とか「自分がもっと有名になりたい」という、私利私欲に発したものなのか、それとも「世のため人のため」という、私心のない善き心に発したものなのか、それを「動機善なりや、私心なかりしか」という言葉に込めて、何カ月も自分自身に問い続けたのです。

そして、「一切の私心はない」ということを確かめたうえで、第二電電の創業に踏み切りました。当時、京セラは中央では知名度が低く、売上も二千五百億円ほどしかありませんでした。

そんな地方中堅企業が、売上数兆円の国策会社である NTTと一戦を交えるわけですから、あまりに無謀であり、まるで風車に槍一本で立ち向かったドン・キホーテのようだと、世間は揶揄しました。

しかし、私は微塵も成功を疑っていませんでした。それは、人間の「思い」が持つ、素晴らしい力を信じていたからです。

二十世紀初頭にイギリスで活躍した啓蒙思想家ジェームズ・アレンは、このことをその著書『「原因」と「結果」の法則』で、次のように見事に表現しています。

「けがれた人間が敗北を恐れて踏み込もうとしない場所にも、清らかな人間は平気で足を踏み入れ、いとも簡単に勝利を手にしてしまうことが少なくありません。なぜならば、清らかな人間は、いつも自分のエネルギーを、より穏やかな心と、より明確で、より強力な目的意識によって導いているからです」

純粋で美しい思いを強く抱き、誰にも負けない努力を重ねることができれば、どんなに難しい目標も必ず実現することができる――それは、京セラや第二電電の成長発展の歴史が証明している、「真理」であろうと私は考えています。

「純粋で強烈な思いがあれば、必ず成功できる」――このことを信じ、ただひたすらに、美しく清い心を持って、誰にも負けない努力を重ねていけば、必ず新しいことを成し遂げていくことができるのです。

楽観的に構想し、悲観的に計画し、楽観的に実行する

新しいことを始めて、それを成功させていく人というのは、自分の未来を明るく描く楽天的な人間であることが多いものです。

「こういうことをひらめいた。今のままでは実現できる可能性は低いが、必死に努力すれば、必ず成功することができるはずだ。よし、やってみるか」――こうした楽天家のほうが、得てして成功に近いものなのです。

ですから、私は、困難が予想される新しい事業を進めるにあたって、あえて「おっちょこちょいな人間」を起用することがよくありました。

少しばかり単細胞でおっちょこちょいではあっても、「それはおもしろい、ぜひやりましょう」と無邪気に賛意を示して、その場ですぐに腕まくりでもしてくれるような人間に、私は新しい仕事のリーダー役を任せることが多くありました。それは、頭がいい人には悲観論者が多いからです。

なまじ鋭敏な頭脳を持っているがゆえに、よく先が見えて、実行する前からものごとの可否がおおよそ判断できてしまいます。

したがって新しいアイデアについても、「それは無理だ」とか「実現の可能性が低い」といったネガティブな判断を下すことも少なくありません。

つまり、悲観論者は先は見えるが、そのことが、ともすれば実行力や推進力を抑制することにつながりがちなのです。

一方、楽観論者はその反対で、先の見通しには暗いのですが、先へ進もうとする馬力があります。だから、プロジェクトの構想段階や立ち上げの時期には、楽観論者のそのものごとを前へ進める力を買って、彼に牽引役を任せるのです。

ただし、その構想を具体的に計画に移すときは、そのまま任せることは危険です。楽観論者はその馬力ゆえに、ときに暴走したり、道を誤ったりしがちだからです。

そこで、慎重で熟慮型のものがよく見える人間を副官につけて、あらゆるリスクを想定し、慎重かつ細心の注意を払って、実際の行動計画を立てていくのです。

しかし、そのままでもいけません。それでは、予想される困難や障害を前に、実行しようという勇気が湧いてきません。

計画をいざ実行する段になったら、再び楽観論に戻って、思い切って行動できるようにしなければならないのです。「楽観的に構想し、悲観的に計画し、楽観的に実行する」――これが新しいテーマに挑戦していく最良の方法だと、私は考えています。

イノベーションに至る「確かな地図」

ファインセラミックスのイノベーション(技術革新)における先駆者――。光栄なことに、私はそんな身に余る賞賛の言葉をいただくことがあります。

もし、そのような高い評価をいただけるとすれば、それは私のファインセラミックスにかける思いがひときわ強いものであったからだと考えています。

技術開発の分野において、革新的な発展を果たしていくためには、専門知識や蓄積された技術だけでは十分ではなく、仕事に対する強い思いがなければなりません。

とくに未知の分野を切り開いていくには、「なんとしても、このようなものをつくりたい」といった、強烈な思いが絶対に必要となるのです。

そのような強い思いがあるからこそ、未知の領域で遭遇する、いかなる困難に直面しようとも、それを克服して、仕事を進めていくことができ、その結果として、常識を超えた、画期的なイノベーションを成し遂げることができるのです。

たとえるなら、イノベーションとは、真っ暗闇の大海原を、羅針盤もない小さな船で漕ぎ出し、航海するようなものと言っていいでしょう。

そのような先が見えない状況の中でも、進路を誤ることなく、目的地にたどり着くために必要なのが、仕事に対する強い「思い」なのです。

灯台の明かりも、星さえもまったく見えず、進む方向を確認する術が何もない真っ暗闇の中では、どの方向に進めばいいのか、戸惑い迷うばかりです。怖くて一歩を踏み出すことさえなかなかできません。しかし、迷ったり手をこまねいていたりするばかりでは進歩がありません。

未踏の境地を開拓していくには、自分の心の中に羅針盤を持って、思い切って進んでいくことがどうしても必要となります。その心の羅針盤となるのが、信念にも似た強烈な思いなのです。

京セラは、ファインセラミックスの業界では最後発で、技術も設備も人材も十分ではなく、「思い」しか持ち合わせない状況からスタートしました。

しかし、京セラの発展は、思いさえあれば、またそれが強いものであれば、どんな不利な条件を覆しても、必ず目的地へたどり着けることを示しています。

もちろん、画期的なイノベーションが、たった一年や二年で簡単にできるというわけではありません。それどころか十年たっても、二十年たっても、思うような目標に到達できないこともあります。

しかし、そこであきらめてしまっては、新しいことなど何一つ成し遂げることはできません。

その強い思いは、成功するまで何があろうとあきらめず一歩ずつでも進み続け、日々創意工夫を積み重ねていく、そのような地道な取り組みに支えられていなければなりません。

ファインセラミックスの結晶技術をベースに開発を進めた太陽電池のビジネスは、その好例です。成功するまで三十年近くかかりましたが、現在では京セラの主力事業となっています。

言ってみれば、「なんとしても、こうしたい」という強い思いは、ものごとをなす起点であり、「こうあり続けたい」という、倦まずたゆまず努力と創意工夫を継続していく姿勢は、ものごとを実現させていく推進力となるのです。

一歩一歩地道に仕事をこなし、一段一段着実に実績を三年、五年、そして十年と積み重ねていく、そのまるで亀のような歩みを、「泥臭い」とか「とか「非効率」だと言って、退ける人もいるでしょう。

また、そのように一生懸命に、地味な努力と工夫を積み重ねている人自身も、「果たして、こんなことをしていて何になるんだろう」と不安に感じることがあるかもしれません。

しかし、私はそういう人たちにこそ言いたいのです。

日々のたゆまぬ努力と創意工夫こそ、イノベーションへ至る「確かな地図」であり、成功に至る「確実な道」であると――。

実際に、私自身がそうです。取り立てて高い学歴があったわけでもない。傑出した能力に恵まれたわけでもない。

ただ、仕事を好きになろうと努めて、無理矢理にファインセラミックスの研究に打ち込み、そのうちに本当にファインセラミックスが好きになり、いつのまにかのめり込んでいった。

そして、お客様からの要求に応じて、一心不乱に営々と努力と創意工夫を重ねてきたことで、経営する会社がファインセラミックス分野のトップメーカーに成長したのみならず、私自身もその分野のパイオニアとして、産官学のさまざまな分野から、高い評価をいただけるようになったのです。

はからずも、ファインセラミックス分野のイノベーターとして栄誉をいただくことになった私ですが、自分の人生を振り返り、すぐに頭に浮かぶのは、「日々の創意工夫こそが真の創造と成功を生む」という、あまりに平凡すぎるほどの教訓なのです。

たとえ、一日一日の努力と創意工夫はわずかなものであっても、それが一年、五年、十年と積み重なっていけば、その進歩は限りなく大きなものとなり、その結果として、驚くほど創造的で豊かな成果を手にすることができるのです。

エピローグ「人生・仕事の結果」 =「考え方 ×熱意 ×能力」

人間として「正しい考え方」を持つ

私の仕事観、そして人生観は、一つの「方程式」に表すことができます。それは、 人生・仕事の結果 =考え方 ×熱意 ×能力 というものです。なぜ、このような「方程式」にたどり着いたのでしょうか。

それは、中学受験、大学受験、そして就職試験と、ことごとく志望がかなわなかった私が、「自分のような平凡な人間が、素晴らしい人生を生きていこうと思うなら、いったい何が必要になるのだろう」ということを、働き始めたときから、いつも考えていたからです。

また、周りを見ると、仕事や人生で成功を重ねていく人もいれば、失敗してしまう人もいます。そうした人々を目にしながら、「なぜ、人生や仕事でうまくいく人と、うまくいかない人がいるのだろう。そこには何か法則のようなものがあるのだろうか」と考えてもいました。

そのようなことから、京セラを創業して間もなく、この方程式を思いつき、以来、それに従って、仕事に励み、人生を歩んできました。

また、自ら実践に努めるだけではなく、ことあるごとに従業員にも、その重要性を説き続けてきました。

この方程式は、「能力」、「熱意」、「考え方」という三つの要素から成り立っています。「能力」とは、知能や運動神経、あるいは健康などがこれにあたり、両親あるいは天から与えられたものです。

優れた資質を持って、この世に生を受けることは、長丁場の人生を生きるにあたって、最初から大きな資産を授けられたようなものです。

ただし、先天的なものであるために、個々人の意志や責任が及ぶものではありません。

この天賦の才とも言える「能力」を点数で表せば、個人差があり、「〇点」から「百点」まであります。この「能力」に「熱意」という要素が掛かってきます。

「熱意」とは、「努力」と言い換えることができます。

これも、やる気や覇気のまったくない、無気力で自堕落な人間から、人生や仕事に対して燃えるような情熱を抱き、懸命に努力を重ねる人間まで、やはり個人差があり、「〇点」から「百点」まであります。

ただし、この「熱意」は、自分の意志で決めることができます。私は、この「熱意」を最大限にしようと、誰にも負けない、際限のない努力を続けてきました。

京セラを創業してから今日に至るまで、「人の数倍努力してやっと人並みだ」と考え、全身全霊を上げ、昼夜を分かたず、仕事に打ち込んできました。この「能力」と「熱意」を点数で表してみます。

たとえば、健康で、頭脳も優秀で、「能力」が「九十点」という人がいるとします。

この有能な人物が、自らの才能を過信して、真面目に努力することを怠るならば、「熱意」は「三十点」ぐらいです。すると、「九十点の能力」に「三十点の熱意」を掛けるわけですから、結果は「二千七百点」となります。

一方、「自分はせいぜい平均より少し上という程度だから、能力は六十点ぐらいだろう。しかし、抜きん出た才能がないだけに、一生懸命努力しよう」と、情熱を燃やし、ひたすら努力を続ける人がいるとします。

その「熱意」を「九十点」とするなら、「六十点の能力」掛ける「九十点の熱意」で、「五千四百点」となります。

つまり、先ほどの有能な人物の結果と比べると、倍の結果を残すことができるわけです。

たとえ、平凡な能力しか持っていなくても、努力をひたむきに続ければ、能力の不足を補って、大きな成果を収めることも、けっして不可能ではないのです。

さらに、これに「考え方」が掛かってきます。私は、この「考え方」がもっとも大切であると考えています。

「能力」や「熱意」と違って、この「考え方」には、「マイナス百点」から「プラス百点」までの大きな振れ幅があると思うのです。

たとえば、自分の苦労を厭わず、「他に善かれかし」と願い、一生懸命に生きていくような「考え方」はプラスの「考え方」ですが、世をすね、人を妬み、まともな生き様を否定するような「考え方」は、マイナスの「考え方」だと私は考えています。

ならば、掛け算ですから、プラスの「考え方」を持っていれば、人生・仕事の結果は、さらに高いプラスの値となりますし、逆に少しでもマイナスの考え方を持っていたとすれば、一気にマイナス値となってしまうどころか、「能力」があればあるほど、「熱意」が強ければ強いほど、人生や仕事において、大きなマイナスという無残な結果を残すことにもなってしまうのです。

先ほどの例で言えば、「六十点の能力」と「九十点の熱意」の持ち主が、人間として正しく善い「九十点の考え方」の持ち主であれば、方程式の値は、六十掛ける九十掛ける九十で、四十八万六千点という、素晴らしく高いものとなります。

一方、「能力」と「熱意」の値が同じであっても、わずかなりとも否定的な考え方、たとえばマイナス一点の「考え方」の持ち主であっただけで、一転、マイナス五千四百点となってしまい、さらに反社会的なマイナス九十点という、たいへん悪い「考え方」の持ち主であれば、最終的にはマイナス四十八万六千点という、極めて悲惨な結果を、人生で招いてしまうことになるのです。

実際、最近のベンチャー経営者の中には、人並み外れた「能力」と、あふれるような「熱意」を持って、創業した会社を一躍上場させ、巨万の富を手にしたものの、社会の指弾を受け、表舞台から去っていった人がいました。

それは、「金で買えないものはない」とうそぶき、傍若無人の行動をとるなど、「考え方」が人間として正しいものでなかったからではないでしょうか。

私は、そのようなマイナスの「考え方」を改めない限り、いくらお金を持っていようとも、本当に幸せな人生を送ることはできないと考えています。

人生、または仕事の結果を最大にしようとするなら、正しい「考え方」を持つことがどうしても必要になってくるのです。

そして今、私は七十有余年にわたる自分の人生を振り返り、この「人生の方程式」が、仕事や人生の真実を的確に表現したものであり、よりよい人生を歩むための道しるべとなることを、みなさんに断言することができます。

読者のみなさんも、ぜひ正しい「考え方」を持ち、強い「熱意」で誰にも負けない努力を払い、持てる「能力」を最大限に活かし、仕事に真正面からあたるよう努めてください。

そうすれば、あなたの人生は必ず、豊かで実り多い、素晴らしいものとなっていくことが約束されているのです。

本書を結ぶにあたり、仕事や人生を実り多きものにしてくれる、正しい「考え方」をご紹介して、結びとしたいと思います。

つねに前向きで、建設的であること。みんなと一緒に仕事をしようと考える協調性を持っていること。明るい思いを抱いていること。肯定的であること。善意に満ちていること。思いやりがあって、優しいこと。真面目で、正直で、謙虚で、努力家であること。利己的ではなく、強欲ではないこと。「足るを知る」心を持っていること。そして、感謝の心を持っていること。

将来を担うべき、若い読者のみなさんが、このような「考え方」を持って一生懸命に働くことを通じて、素晴らしい人生を歩まれることを心から願っています。

著者紹介稲盛和夫(いなもり・かずお) 1932年、鹿児島県生まれ。

鹿児島大学工学部卒業。

59年、京都セラミック株式会社(現京セラ)を設立。

社長、会長を経て、 97年より名誉会長を務める。

84年には第二電電(現 KDD I)を設立、会長に就任。

2001年より最高顧問。

2010年、日本航空会長に就任。

2012年より名誉会長。

このほか、 84年に稲盛財団を設立し、「京都賞」を創設。

毎年、人類社会の進歩発展に功績のあった方々を顕彰している。

また、若手経営者のための経営塾「盛和塾」の塾長として、後進の育成に心血を注ぐ。

主な著書に『生き方』(サンマーク出版)、『稲盛和夫の実学』(日本経済新聞出版社)、『成功への情熱』(PHP研究所)、『人生の王道』(日経BP社)、『「成功」と「失敗」の法則』(致知出版社)などがある。

[KAZUO INAMORI Official site] URL: http:// www. kyocera. co. jp/ inamori/

本作品の全部あるいは一部を無断で複製・転載・配信・送信したり、ホームページ上に転載することを禁止します。

本作品の内容を無断で改変、改ざん等を行うことも禁止します。

また、有償・無償にかかわらず本作品を第三者に譲渡することはできません。

働き方──「なぜ働くのか」「いかに働くのか」電子版 発行日 2013年1月 1日 著 者 稲盛和夫 編集協力 京セラ株式会社秘書室経営研究部 発行人 押鐘太陽 発行所 三笠書房 〒 102- 0072 東京都千代田区飯田橋 3- 3- 1 03- 5226- 5731 http:// www. mikasashobo. co. jp 制 作 株式会社デジタルディレクターズ http:// d-directors. co. jp/ ( C) Kazuo Inamori ●三笠書房「働き方」(平成 21年4月 5日 第 1刷発行)に基づいて電子版は制作されました。

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