ジャパンソリューション
東日本大震災の発生以降、原子力発電所の事故により節電が日本の大きな課題となりました。家庭でもオフィスでも節電に取り組みましたが、頭を抱えていたのが小売業です。
店内の照明が暗ければどうしても活気に欠け、売り上げは減るからです。節電をしながら明るい売り場をどう作るか、という課題が突如として持ち上がったのです。
当時、日本の全電力の約30%が照明に使われており、これをLED化すれば15%の電力削減が見込まれました。
節電のためにLED化を図る企業や家庭はきっと増える、増やす義務があると考えました。
しかし、照明業界では安全を推進するためにLEDランプの新規格を定めており、それは既存の器具に取り付けられない蛍光管タイプでした。
これは業界都合でありユーザーインではないと考え、アイリスは設計を見直し、既存の器具に取り付けても安全なLEDランプを開発します。
ユーザーにとっては初期投資を抑えることができるので、特に小売業には大変喜ばれました。
震災から2カ月後の2011年5月、アイリスのLED照明の受注量は前年の3~5倍に達しました。
中国・大連工場で迅速に増産する瞬発力がなければ、とても対応できなかった量でした。その後、家庭用のシーリングライトの開発にも着手し、「省エネ大賞」を5年連続で6度、受賞することになります。
会社として、社会の要請にそこまで真正面から応えたことは初めてでした。このことを機に私は、アイリスの新しいあるべき姿を見いだしました。
「ホームソリューション」から、「ジャパンソリューション」へ──。
生活者の不満・不便の解決に加えて、日本の課題解決へと事業の幅を広げる方針を打ち出しました。
震災の後、全国各地から東北の地にたくさんの義援金、ボランティアの支援をいただき、何か社会にお返しをしたいという思いもありました。
以来、ジャパンソリューションという軸で、事業領域の幅を広げています。その一つが、既に本書でも触れているコメ事業です。東北の復興は、東北の強みを生かさなければ長続きしない。
東北のコメを全国ブランドにし、北海道から九州各地まで販売することを考え、2013年、仙台市の農業生産法人「舞台ファーム」と、精米事業の共同出資会社「舞台アグリイノベーション」を設立。
東北の農業、日本の農業を活性化するため、コメを低温精米・低温保存し、3合ずつに小分けしてパック詰めした商品を売り出しました。
開封後の品質劣化から解放され、この手法ならおいしさと鮮度を長期間保てるので、日本人のコメ消費量を上げることができると見込んでいます。
商品は、全国のスーパー、ホームセンター、コンビニ、外食チェーンなど幅広く導入を進めてきました。
アイリスには、メーカーベンダーによる需要創造と市場創造の仕組みがあるからできることです。
どんなコメ商品なら売れるかをユーザーインのアプローチで考えて開発し、その商品を問屋を通さずにダイレクトに小売店に届けるのです。
今後は、アイリスのグローバル拠点を生かして、コメを「輸出競争力のある、付加価値の高い商品」にしたい。
そのため、農業後継者に対して作付けなどの営農指導、コメの全量買い付け保証(契約栽培)、低価格での肥料販売などを、アイリスが直接、あるいは舞台アグリイノベーションを通じて展開しています。
日本のお家芸、家電産業を救う家電事業もジャパンソリューションの一環です。本格参入したのは2012年。
「アイリスが家電?」と驚く人も少なくなかったようですが、アイリスは以前より、ホームセンター向けの事務用品として、シュレッダーやラミネーターを開発していました。
LED照明事業を通じ、電源設計や電子部品を取り扱うノウハウも蓄積。
電気関係の技術者が社内に育ったこと、また、大抵の筺体はプラスチックで作られていることから、家電はチャレンジしがいのある事業と判断したのです。
そして何よりも、当時、多くの家電メーカーが韓国や台湾などの海外メーカーに押されて大苦戦をしていました。
数千名単位での人員削減や、家電事業そのものの売却などのニュースがメディアを賑わせ、優秀な技術者の失業や海外流出が社会問題となっていました。
ここに、アイリスならではのソリューションを提供できると思いました。私が考える家電メーカーの不調要因は、第一に組織の肥大化です。
売り上げ規模が数百億円から数千億円、そして兆円台に伸びていく中で、組織の論理が先に立ってしまい、生活者視点の製品開発を得意としていた日本の家電メーカーの動きが鈍くなったのだと思います。
リスクを取った製品開発ができず、横並びの製品ばかりになってしまった。
第二に、シェア第一主義の営業展開をしたこと。
自社の強み、弱みに関係なく、自社が有する販路で流せる製品に絞って、品ぞろえを展開したほうが目先のリスクは少ないからです。これらの要因で、特徴のある製品が出にくくなったのです。
アイリスが家電事業に本格参入することで、家電の技術者たちの雇用・活躍の場を創出でき、そして、ユーザーインで独自性の高い製品を開発することにより、日本の家電業界を盛り上げることができれば、大きな社会貢献になると考えました。
ところが、予想に反して家電技術者の採用は困難を極めました。
家電メーカーの開発拠点は関西に多く、生活の基盤をアイリスの開発拠点のある宮城県に移すことをためらう人が多かったのです。
特に大手メーカーに勤めていた人ほど、まさか自社が他社に買収されたり、自分がリストラに遭ったりするとは考えておらず、関西に住宅を購入していました。
そこで「拠点に人を集める」のではなく、「人のいるところに拠点を作る」と発想を転換。大阪の中心地である心斎橋にR&Dセンターを設けました。
新拠点設立のニュースは新聞やテレビで大きく取り上げられ、大手電機メーカーやその下請け先で働く社員から応募が殺到しました。
こうして電子レンジや冷蔵庫、エアコンや洗濯機など、アイリスにはないノウハウを持つ多彩な人材を集めることができたのです。
R&Dセンター設立により、続々とユニークな製品が出てきました。
一例を挙げれば、「銘柄炊き炊飯ジャー」「サーキュレーター衣類乾燥機」など、ニッチですが斬新な発想の製品。
また、従来の白物家電の多くは4人以上の家族を想定していましたが、世帯数の6割を少人数世帯が占めるようになり、高齢者の独り暮らしも年々増えています。
業界最軽量の掃除機「超軽量コードレススティッククリーナー」や、2種類の料理をスペースを取らずに同時に作ることができる「両面ホットプレート」などのヒット商品は、そのような変化をユーザーインの視点で見つめる中で生まれました。
日本のメーカーだからこそ、日本の生活に合う製品を開発できるはず。今後も生活者のニーズに合う家電を開発し、家電産業復活のソリューションをアイリスは提供します。
ジャパンソリューションは、日本の課題に対して製品を通して解決することです。社会問題なので潜在市場は巨大ですが、その分、課題解決の難易度が高い。
このハードルを越えるには、需要創造と市場創造の両輪をしっかり回すことが不可欠。アイリスの強みを存分に生かすことができると考えています。
大連工場は日本国内工場の延長グローバル展開についても、アイリス流のマネジメントを生かしています。
経常利益の50%を投資に回すという目安に従い、海外での事業立ち上げにも積極的に資金を投じてきました。
経常利益の何倍もの資金は投じませんが、失敗しても本体にさほど影響が及ばない範囲で、しっかりリスクを取る。このスタンスを海外投資にも当てはめています。
1996年、中国・大連の輸出加工区に進出しました。翌年に大連工場が竣工すると、プランターや猫用トイレ、ホースリール、噴霧器などの生産が始まりました。
日本工場の延長でものづくりをし、国内工場との違いは通関業務と、コンテナ輸送のリードタイムが1週間余分にかかるだけです。
ただ当初は、現地社員500人に対し、日本から50人の技術者を派遣して、手取り足取り指導しながら生産をしましたが、なかなか品質が上がりません。
現地社員にしてみれば、植物を育てたり、ペットを飼う生活習慣があまりなかったため、品質に対する判断が理解できないのです。
また、日本語での説明も十分理解できませんでした。大連工場のコンセプトは、日本工場と同じものづくり、管理方式です。
コンピューターの言語も書類もすべて日本語。日本語の理解力が生産に大きく影響するのです。そこで、大連の社内で日本語教育を徹底。半年ごとに検定テストを実施し、日本語手当のインセンティブを高くしました。
宮城県・角田工場には中国人社員のために研修センターをつくり、毎年60人以上の社員を選抜し、半年間の日本語研修を行いました。
このように教育に力を入れてきたことで、問題を一つ一つ解決。ほどなくして、現地に任せる経営が可能になったのです。現在、約9600人の現地従業員に対し、日本人社員は技術者を中心に10人以下。グループ総経理や各事業部の責任者には中国人社員を登用しています。
海外で距離が離れているからこそ、ローカルの人を幹部に育てないと会社はうまく回らない。
そのために、朝礼の内容も時間差はあっても、海外のスタッフ全員に伝えていますし、プレゼン会議や幹部研修会も、テレビ会議で海外グループ会社の幹部にも参加してもらう。
主体的に動く社員を何人育てられるかが、グローバル展開の勝負の分かれ目です。
中国はSPA展開からネット通販へ2000年代に入ると、中国の経済発展にさらに拍車がかかりました。
日本の高度経済成長期を思い起こさせる情景に、これからは中国の生活者の間で「より豊かに、より快適に過ごしたい」という思いが急速に高まると考えました。
そこで2003年、大連市の中心部に直営店「IRISlife(アイリスライフ)」の1号店を開店。アイリスブランドの製品を販売し、中国の人々に日本流のアメニティライフの提案を始めました。
日本と異なり、「SPA(製造小売業)」という業態で中国市場の開拓に乗り出したのは、2つの背景があります。
1つは、中国には、日本でのホームセンター業界のような確立した流通チャネルがほとんどなかったこと。
もう1つは、現地の中国工場がデパートメントファクトリーとして、プラスチックや金属、木など多種多様な素材の製品を取り扱っているので、小売店を展開したほうが、そのメリットを存分に生かせると考えたからです。
「ユニクロ」のような衣類、「ニトリ」のような家具など、業種を限定したSPAは日本でも前例がありますが、「アイリスライフ」のように収納用品やペット用品、園芸用品、家具、家電、照明まで、ありとあらゆるものを自前で品ぞろえするSPAは他に類を見ません。
アイリスの店を出した当時、中国の人にとっては高価でしたから、受け入れられるだろうかという不安はありました。
蓋を開けてみると、日本メーカーの製品に対する信頼は厚く、またマンションの建設ラッシュなどを追い風に、収納用品を中心に販売は好調に推移します。
北京、瀋陽、上海などの都市へと店舗網を年々拡大。2010年末には直営店とフランチャイズ店を合わせて160店舗体制を確立しました。
その後は、中国国内でのインターネットの急速な普及を受け、戦略を店舗展開からネット通販事業にシフトしました。
ネット通販市場は日本の約16倍に当たる約160兆円に達しており、今なおハイペースで拡大が続いています。
この流れををつかみ、2011年には中国国内向けの新工場として蘇州工場を立ち上げます。さらに2017年には広州工場、2021年には天津工場が稼働します。これらにより、中国全土への万全な商品供給体制が整います。
アイリスは、中国国内の流通やライフスタイルの変化にスピーディーに対応することで、中国の人たちから圧倒的な支持を受けるブランドになるために力を注いでいます。
物流の視点で海外拠点も選定アイリスのイノベーションの中核は、プラスチック成型によるイノベーションです。
これを武器に、日本だけでなく、米国、欧州、中国、韓国で事業展開、市場を創造しています。プラスチックの生活用品メーカーでは世界ナンバーワンの規模でしょう。一見ローテクの製品がイノベーションにつながる理由は物流にあります。
製造原価の中では、原材料費、人件費、光熱費が大きなコストですが、プラスチック収納ケースのような、かさが大きい製品は物流費がかかり、場合によっては人件費を上回ります。
そのためアイリスでは、国内に「選択と分散」の戦略で、9工場を展開してきたことは前述の通りです。
これは海外戦略においても同様で、1994年に進出した米国では現在4工場体制、1996年に進出した中国でも大連・蘇州・広州・天津の4拠点体制を整えており、大きなマーケットに対しては複数の拠点を持つようにしてきました。
米国ではウィスコンシン州、テキサス州、アリゾナ州、ペンシルベニア州に工場があります。
3番目のアリゾナ工場はロサンゼルス市から車で約8時間のサプライズ市にあり、隣のフェニックス市は米西海岸の一大物流拠点です。
ウォルマート、コストコ、アマゾンなど大手小売りの物流センターが集中しています。米国でも、物流の視点で工場の立地を決めているのです。欧州市場には、1998年にオランダに工場を設けました。
バブル崩壊後の価格競争でクリア収納ケースを米国に持っていったと話しましたが、実はその後、米国でもコピー商品がたくさん出てきたので、次にオランダに拠点を置いたのが、欧州進出の発端です。
コピー商品の乱立がアイリスの世界展開を後押ししたという意味で、この点も、ピンチがチャンスを生んだといえます。
海外の製造工場というのは、立ち上げてすぐに軌道に乗ることはまれです。3年、5年と歳月をかけて、社員の意識や技術が高くなるからです。
オランダでは、家族懇親会などを頻繁に開くことで、アイリスという会社に深くコミットメントしようというモチベーションを現地従業員に持ってもらう努力を続け、成長の原動力にしてきました。
欧州でもネット通販が拡大していることもあり、さすがにオランダだけでは能力の限界が来たため、2019年、欧州で2つ目となるフランス工場を竣工。
欧州の中でも、特にフランスの売り上げが大きく、消費地に近いパリ郊外に生産拠点を設けました。収納用品に加え、家電製品の販売を欧州では強化しています。
韓国には、ソウルオリンピックが開催された1988年に現地法人を設立しました。
設立当初は主にアイリスの金型調達の拠点でしたが、2003年に、中国・大連工場で生産した製品などを、韓国国内市場に販売するための物流センターを設立。
最近は韓国のネット通販市場の拡大を受け、大きく売り上げを伸ばしています。
2019年には韓国初の生産拠点、仁川工場を竣工し、家電・収納製品を作っています。これは韓国国内向けだけでなく、米国市場もにらんだものです。中国工場から米国への輸出には、米中貿易摩擦の影響で関税引き上げのリスクがあります。
韓国は米国や欧州とFTA(自由貿易協定)を締結しているため、国際情勢を見つつ、韓国からの輸出量を調整する戦略です。
マスクを現地生産・現地販売新型コロナを契機に、各社でグローバルサプライチェーンの見直しが始まっています。
今後は「現地生産・現地販売」の体制をどこまで整えられるかが、グローバル展開の勝負でしょう。
コロナの感染予防のため、マスクの需要が世界各国で急拡大し、中国政府が「マスク外交」を展開、大量のマスクを世界に供給しています。
しかし、各国とも「安心・安全商品」は自国生産を要望しており、アイリスではそれに応えるため、米国のウィスコンシン工場、フランス工場、韓国工場で2020年秋にマスクの生産がスタートします。
量産体制を確立している中国で作り、輸出したほうが効率的ではないかという見方もあるでしょうが、強いのはやはり「現地生産・現地販売」です。
こうした一連の戦略は、「選択と分散」をグローバルに加速しているといえるものです。世界に拠点は広げますが、今のところ開発を担当するのは日本です。海外でのユーザーイン開発はしていません。
一般市民の生活水準は米国や欧州、中国より、日本が一番高い。だから日本で売れているものが、世界で売れます。現地化は生産と販売だけで、日本で開発します。その代わり、工場などの拠点は世界にどんどんつくっていきます。
各国の情報をICジャーナルで共有世界各国に生産・販売拠点を広げてきたことは量的な拡大に加え、質的な進化ももたらします。
各工場で競い合っているロボットによる自動化ラインは、世界でも最先端のレベルを有していると思います。
中国の自動化チームで運用された自動化システムは、各国の工場で競い合いながら進化させています。
また、アイリスでは米欧中に拠点を分散させ、それぞれの拠点でしっかり人を育てているので、世界の情報がリアルタイムで入ります。
米国で起きていること、欧州で起きていること、中国・韓国で起きていること、アイリスでは各国の社員全員が、ICジャーナルを書きますから、世の中の経済環境、生活者の変化がつまびらかに分かります。
例えば、欧米と日本の仕事の取り組み方は大きく違います。ウイルス感染予防には「三密」を避けるしかありません。しかし、東京の現状は通勤においても企業の効率優先です。
また、男性中心の社会で構成されており、ダイバーシティを進めなければならないと考えます。そうしたことがICジャーナルを通して、ひしひしと伝わってきます。
人件費の安い国でまとめて生産して、そこから各国へ輸出する経営をしているような会社では、仮にICジャーナルのような仕組みがあったとしても、現地の本当の情報は分からないでしょう。
それぞれの国で主体的に動いているから、深いレベルの情報が入るのです。アイリスの場合、グローバル拠点は単なる生産拠点ではないのです。
いろいろな文化を持った各国の人たちが強い仲間意識を持ちながら、高いモチベーションでアイデアを出し、互いに切磋琢磨していく強固な組織になっているのです。
アイリスの経営理念の第三条は、「働く社員にとって良い会社を目指し、会社が良くなると社員が良くなり、社員が良くなると会社が良くなる仕組みづくり」。
ここでいう「働く社員」とは、日本で働く社員だけでなく、海外の拠点で働く社員ももちろん含みます。アイリスのグローバル展開が成功しているのは、この点をぶらしていないからです。
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