事業とは成長するべきであるという考えにしたがうなら、すべての事業は、いずれは「手ごろなサイズ」を超えて成長する運命にある。
「手ごろなサイズ」とは、経営者が事業をうまくコントロールできるかどうかの境目といえるだろう。
職人タイプの経営者にとっての「手ごろなサイズ」とは、自分でこなせる仕事の量によって決められる。
マネジャータイプにとっては、部下のマネジャーや職人タイプの人間を管理する能力によって決められる。
そして起業家タイプにとっては、自分の夢を実現するために何人のマネジャーを働かせることができるかによって決められる。
コントロールを失う瞬間
事業が成長するにしたがって、経営者の管理能力を超える瞬間は必ずやってくる。そうなれば、現場との接点をもつことが難しくなり、社内で何が起きているのかさえわからなくなる。
こんな状況に嫌気が差したあなたは、自分の得意な仕事に引きこもり、苦手な仕事を投げ出してしまう。
こうやって、マネジャーの役割は放棄され、他の誰か――例えばハリーーに、その責任が押し付けられてしまうのである。
この時点で、絶望は希望に変わる。なぜなら、ハリーならきっとうまくやってくれるからだ。もう心配はいらない―しかし職人タイプのハリーには、十分な指示を出すことが必要だ。
事業全体の長期的な計画や、その中でハリーが果たす役割を教えなければならないし、彼の仕事ぶりを評価する方法も伝えなければならない。
つまり、ハリーを効率よく働かせるためには、彼のマネジャーが必要なのである。
残念ながら、職人タイプの経営者はこの能力を持ち合わせていないために、事業が立ち行かなくなってしまうことになる。
「手ごろなサイズ」を超えて事業が拡大するにしたがつて、会社内部の混乱は加速しはじめる。それに対する解決方法は三通りに分けられる。
一つ目は幼年期に戻ること、二つ目は倒産に追い込まれること、そして三つ目は歯を食いしばってでも、これまでのペースで頑張ることである。
それぞれの選択肢について詳しく見ることにしよう。
事業を縮小して、幼年期へ戻る
事業が混乱しはじめると、たいていの職人タイプの経営者は「事業を縮小しよう」と考える。職人という性格を考えれば、予想通りの意思決定だといえるだろう。
職人タイプにとっては、事業を縮小することが、混乱から抜け出すのにいちばん簡単な方法なのである。すべての仕事を自分でやってしまえば、従業員に気を使う必要もなくなる。
要するに、事業がもっと単純だった幼年期に戻ってしまおうと考えるのだ。
さもなければ、増える一方の顧客に対応しきれないばかりか、借金も在庫も増えることになる。これまでにも数えきれないほどの職人タイプの経営者たちが、この意思決定を行ってきた。
従業員をクビにし、在庫を処分し、小さな事務所に引越し、すべての仕事を自分自身でこなしはじめる。こうしてあなたは、オーナー兼経営者兼シェフ兼洗い物係という立場に戻った。
一人で全部の仕事をこなさないといけないが、すべてを思い通りにできることに安心感を覚える。
「やっぱりこれがいいじゃないか―」職人タイプの経営者は、一人で仕事をしていたころの悩みを忘れて、この状態に大満足してしまうが、おわかりの通り、やはりこのままでは行き詰まるときがやってくる。
ある朝――それは「事業を縮小した」日から六週間後かもしれないし、六年後かもしれないが――避けられないことが起こる。
ベッドで目覚めると、妻(もしくは夫)が「どうしたの?何か調子悪そうだけど」と心配そうな表情を見せている。
「あんまり調子がよくないんだ」「どうして?」と聞かれて、あなたはこう答える。「簡単なことさ、もう仕事をしたくないんだ―」でも、わかりきったような答えが返ってくる。
「あなたがやらなかったら、誰がやるの?」こうして、厳しい現実から逃げられないことに気づかされる。
つまり、自分は会社を経営しているのではなく、大量の仕事を抱え込んでいるにすぎないという現実である。
これは最悪の状態ではないだろうか?・事業をやめたいと思っても、生活の手段がなくなってしまうので、やめることができない。休みたいと思っても、代わりがいないので休むこともできない。かといって事業を売り払おうとしても、誰も買ってくれない。こうやってあなたは、スモールビジネス経営者の悲哀を感じることになる。
ささやかな夢が消えたのと同時に、働く意欲も消えてしまった。もう窓磨きも床掃除もやる気が起きない。店にやつてきてくれるお客さんは、いろいろと注文をつけたがる面倒な人たちにしか見えないし、店で着る洋服にも無頓着になってきた。入り回の看板は色あせて、はがれている。でも、あなたは気にしようともしない。
このようにして夢は失われ、山のような仕事だけが残ってしまった。毎日が単調でつらい作業の繰り返しである。この繰り返しに耐えきれなくなったとき、ついに看板を下ろすことを決意する。
もう心残りに思うことは何もない―これはもっともなことだ。あなたにとって、事業とは人生の希望だつた。しかし、今や希望は失われ、かなわない夢の墓場となってしまったのだから。
米国の中小企業局によれば、このようにして年間四十万以上の会社が廃業しているのである。
倒産へ向かう
「事業の縮小」以外にも他の選択肢がある。それはひたすら成長を続け、そのスピードゆえに空中分解してしまうというものである。
「事業の縮小」に比べれば、派手に見えるかもしれないが、意外にも痛みの少ない方法だと私は考えている。これまでに数えられないほど多くの会社が、倒産へと向かう運命をたどってきた。
共通するのは、起業家のような情熱をもった職人タイプの人間によつて立ち上げられたということである。
彼らはそろって、商品開発ばかりに注力し、事業全体のことを忘れてしまうために失敗してしまう。つまり、力を入れるポイントを間違えてしまうのである。
「倒産へ向かう」タイプの事業は、ハイテク時代の象徴でもある。
なぜなら、新しい技術が広がり、それにたずさわる人が急増したことで、いわば新世代の職人が起業を目指すようになったからである。
新世代の職人たちは、もてる技術を駆使して、次々と新商品を市場に投入し、成長を目指そうとする。
しかしながら、成長のスピードが速まるにつれて、社内では混乱が始まる。技術革新はあまりにも速く、じっくりと会社の将来を考える時間などない。
新製品への注文があまりにも多く、今の生産能力では処理できない。こうして事業は空中分解を始めるのである。
このタイプの事業で成長のカギを握るのは、運とスピードと技術力である。並の運とスピードと技術力があるからといつても、十分とはいえない。
なぜなら、もっと運がよくて、もっとスピードが速くて、もっと技術的に優れたライバルがどこかにいるからである。
さらに不幸なことに、このタイプの事業では異常なスピードでゲームが進められるので、態勢を立て直す時間さえとれない。
つまり、この種の事業とは一瞬の才能の輝きや強運が、勝敗を決めるレースのようなものなのである。
いわばハイテク版のロシアンルーレツトだと呼ぶこともできるだろう。しかし、ハイテク時代の職人たちは、危険なゲームの性質を知らないままに、次々とこの世界に飛び込んでくるのである。
青年期での生き残り競争
青年期のビジネスにとって最悪の選択肢は、青年期にとどまったまま生き延びてしまうことである。あなたはとても意志が固く、困難な状況にも決してくじけないと誓った。
毎日戦うような気持ちで、仕事を始める。こうなれば仕事は、ジャングルでのサバイバルレースのようなものだ。
事業を続けるためなら、手段を選んでいる場合ではない―ここまで党悟を決めれば、生き残ることも不可能ではない。
従業員やお客を冷たくあしらつてでも、家族や友人を怒鳴り散らしてでも、事業を存続させようとする。
しかし、いくらわめき散らしたところで、あなたが常に現場にいないかぎりは、事業は存続できないのであるc現在の事業規模を維持しようとすれば、いずれは必ず仕事に消耗してしまうことになる。
どんな仕事でも自分で対応しなければならないし、来る日も来る日も、同じ戦いが続くのである。しかし、どれだけ頑張っても、状況はいっこうに改善しない。
この状態をたとえれば、一つのシリンダーしか動かない十二気筒エンジンのようなものではないだろうか?たつた一人でせつせと仕事をして、十二個のシリンダーと同じだけの働きをしようとしている。
しかし、いくら頑張っても、十二個のシリンダーと同じ仕事はできないのである。あなたに経営者としての経験があるなら、きつとこの状態を理解できるだろう。
また、経営者の経験がなくても、そのうち理解できるようになるはずだ。なぜなら、スモールビジネスの大半は、幼年期と青年期にとどまったままだからである。
これは私の二十年の経験からいえることである。
もはや手に負えないほどの仕事を抱えていて、精神的にもぐったりとしている。こんな状況を避けるためには、ちゃんとよい方法があるのだ。
私の話にサラは気を悪くしたようだが、時間がたつにつれてなんとか気を取り直してくれたらしい。彼女は自分のお店がたどつてきた道のりを、ひとりでに話しはじめた。
「私の話かと思うほど、そっくりの話ね。私の場合は、事業を縮小したのよ。でも、何が起きたのかよくわかっていないというのが、正直なところなの」
「私の店にも、ハリーみたいな人がいたわ。エリザベスという名前だつたけどね。私が彼女を雇ったのは、事業を始めて六カ月たったころで、それから彼女は信じられないほど一生懸命に働いてくれたのよ。
経理の仕事をしてくれたし、パイを焼くのも手伝つてくれたし、開店前と閉店後には掃除までしてくれたの。
人手が必要になつたときには、従業員を三人も雇って、教育までしてくれたわ。
一年間で事業が拡大するにつれて、エリザベスに任せる仕事もどんどん広がっていったけど、嫌な顔一つせずに、私と同じくらい働いてくれた。
当然のように彼女はこの店や私のことを気に入つてくれていると思つていたし、私もそんな彼女が大好きだったのよ」「それなのに、ある朝―たしか六月十日水曜日の朝七時だったわ―電話をかけてきて、もうお店には行きませんと言うのよ―彼女はすでに別の仕事を見つけていて、私と一緒に働くことはできないって。私は彼女の言葉が信じられなかった。冗談だと思ったわ。私は笑って、エリザベス、冗談はよして―なたいなことを言ったの。そうしたら彼女はごめんなさいって言って、電話を切っちゃったのよ―」
「私はそこに立ちつくしたまま、泣いたわ。それから急に不安になってきたの。どうすればいいの?って、今まで感じたことのないような不安に、思わず寒気までしたわ。どうして信頼していた人が、急に赤の他人になってしまうわけ?私のいったいどこが悪かったの?私の勘違いだったの?・それとも、エリザベスともっと話をしておくべきだったのかしら?」
「でも、どれだけ私が傷ついていても、胃が痛くても、店を開ける準備をしないといけないでしょ?だから、オーブンからパイを取り出して、床掃除をして、というふうに仕事を始めるしかなかつた。それから私はわきめもふらずに走り続けてきたのよ。でも、彼女力雇った従業員たちもその後すぐにやめていったわ。正直いえば、私はエリザベスが一屋った従業員とはほとんど話をしていなかった.たぶん彼女たちはエリザベスの従業員だったんでしょうね」
「今から振り返ってみると、あのころ、どれくらい楽だったかがわかってきたの。従業員のことなんて考えずに、自分の仕事だけに没頭していたんだもの。
私がエリザベスに任せっきりだということに、従業員も気づいていたと思うのよ。だって、彼女がやめた後に、従業員は私を疑うような目で見るようになった気がするの。きっと私が一方的にエリザベスをやめさせたとでも思っているんじゃないかしら。残った従業員を引きとめようとしても、彼女がやめた後では、説得する言葉も見つからなかったわ」
「私はこのことで、ひどく落ち込んでしまったの。だから、エリザベスや他の従業員の代わりに誰かを雇おうという気がしなくなったし、雇おうと考えるだけでも恐ろしかつた。もう一度、自分の生活に他人を組み込むというリスクをとることは避けたかったのよ。それでまた、すべての仕事を自分でやるようになったわ。これが私にとっての『手ごろなサイズ』よ。これ以外に、何か解決方法があったのかしら?」サラは深いため息をついた。
私は答えた。
「すべてをやり直すんだ。でも今度は違う方法でね。それが泥沼から出るための唯一の方法なのさ」私たちの多くは、信頼していた人に失望させられた経験をもっている。
しかし実際は、自分自身の能力不足や注意不足、理解不足が原因なのである。
深い失望を味わつても、一緒に仕事をするためには信頼するほかないので、また人を信用するようになる。こうして同じ失敗を繰り返すことになるのである。
本当の信頼関係は「お互いをよく知ること」で築かれる。注意するべきなのは、「知ること」と「盲目的に信頼すること」は別問題だということだ。
「知る」ためには、「理解」しなければならないし、「理解」するためには、相手の人柄や行動パターン、もっている知識や興味の範囲を知らなければならない。
結局のところ、サラはエリザベスのことをよく知らないままに信じていたのだ。サラはただエリザベスを信じたいと思っていたのだろう。なぜなら、彼女を信じてしまえば、面倒な仕事をせずにすんだからである。
面倒な仕事とは、エリザベスとの役割分担を話し合って決めることである。つまり、サラは経営者の役割を果たし、エリザベスはその従業員となる。
そして、サラはエリザベスのために、いろいろな決まりごとをつくる。
サラはこの経営者の役割を面倒だと思っていたから、エリザベスを信じることで、すべてを運に任せることにしてしまった。
彼女は経営者としての責任を放棄し、一人の従業員としてパイを焼く仕事に引きこもり、エリザベスとの話し合いを避けるようになった。これが、エリザベスがやめる原因となったのである。
責められるべきは他の誰でもなく、自分自身だということをサラはよくわかっているようだった。もう彼女を責める必要はない。
私が次にするべきことは、もう一度挑戦するときにはどうすればよいのかをサラに伝えることだった。
「次に挑戦するときには、自分の事業は成長する運命にあるということを知っておかないとね。そうすれば、きみの仕事内容もずいぶんと変わるんじゃないかな?。これさえ知っていれば、今のところは十分だよ‐
「ところで、会社が大きいとか小さいとかって言うけど、その基準は何なんだろう?・従業員の数が基準かな?・六十人いれば大きいのかな?・百五十人でも小さいのかな?」「本当のことをいえば、数字の基準はあまり大切なことじゃないんだ。むしろ大切なのは、きみの事業がどれくらいの大きさまで成長する潜在的な能力をもっているのか、ということなんだよ」
「なぜなら、きみが事業を立ち上げたときから、将来どんな成長の壁に直面するのかある程度予測できるものなんだ。それは景気が悪いとか、資金が足りないという問題ではない。経営者に知識や経験や熱意が足りないことが、成長の壁となってしまうんだ」
「こう考えれば『事業を縮小する』というのは、事業が成長するときに感じる痛みや不安への反動のようなものだと思わないかい?・経営者が十分な準備をして、バランスをとりながら事業を成長させていれば、それに伴う痛みも不安も十分に予想できるはずだからね」
「もちろん、最初から成長の壁を予想するには、起業家としての心構えだけでは十分じやない。新しい能力や知識、感情的な豊かさを身につけることで、きみ自身が変わろうとする意思が必要なんだよ」
「成長の途中にある青年期の事業が困難に直面したとき、どんな対応をするかによつて経営者を二種類に分けることができる。ヨーロッパの『ドン・フアン』伝説に出てくる戦士のように、本当に勇敢な経営者なら、困難は『鉛』を『金』に変える機会だと考えるんだ。
でも、反対にこれまで通りに居心地がよくて安全な自分の世界に逃げ戻ろうとする臆病な経営者もいる。
こういう経営者は、触れたことのない『金』よりも、自分の手元にある『鉛』のほうがよいものだって思い込もうとする。
後悔するぐらいなら、何もしないほうがいいって考えるんだろうね」「『事業を縮小する』ことを選んだ会社は、経営者が変化を受け入れようとしなかったということなんだよ。
成長に伴う変化に戸惑った経営者は、安心して経営できる『手ごろなサイズ』まで戻ろうとする。
そして彼は何かいいことが起こるのを期待しながら、働き続けることになるんだ」「サミュエル・ベケットの『ゴドーを待ちながら』を読んだことはあるかい?この話の中でエストラゴンという浮浪者は、ゴドーがやってきて、みじめな状況から助けてくれるのを何日も待っているんだ。
でも待ちくたびれて、仲間のウラジーミルに向かって言う。
『このままじゃ、どうにもならないよ』それに対してウラジーミルはこう答えるんだ。
『それはおまえが決めたことだろう』ってね」「どんな事業にも選択肢は成長するか、縮小するかの二つしかない。
せっかく事業が大きくなっても、いろいろな問題が起きてくると、職人タイプの経営者はそれを解決することをあきらめて縮小させてしまう。せっかくつくりあげた会社なのにね。でも、これは自然な反応なんだ。
そして『事業を縮小する』会社は、死を迎えることになる。今すぐではなくても、いずれ消え去ることになってしまう。これ以外に、どうにもならないんだ」
「最後に残るのは深い失望感と借金だけで、人生がみじめに思えてくるんだ。こういう思いをするのは、経営者とその家族だけじゃない。
従業員とその家族も、お客さんも、取引先も、お金を貸していた銀行も、このスモールビジネスに関わっていた人すべてなんだ。
もし事業を立ち上げるときに違う方法を選んでいたなら、避けることができたんだよ。
職人タイプの経営者が起業したいという熱病にうなされていたときに、もっと視野を広げて、起業家的な方法で事業を立ち上げていたらね」「これまでにきみの事業で起きたことは、すべてとはいわないまでも、大部分は予測できたと思うんだ。
パイが大好評で事業が成長すること、エリザベスと彼女が雇った従業員に起きたこと、事業が成長するにしたがつて、きみにも高い能力が求められるようになり、責任も重くなるということや、投資するためのお金がもっと必要になることも予測できたはずなんだ」「要するに、すべてとはいわないまでも、きみはもっと多くのことを知っておくべきだったんだ。
サラ、これが経営者の仕事だよ。
きみがこの仕事をやらなきゃ、ほかには誰もやってくれない。
つまり、経営者の仕事は、自分自身と自分の事業が成長するための準備をすることなんだ。
事業が大きくなれば、それを支えるためにもっと強い仕組みをつくることを勉強しなきゃならない。
とても責任が重いように聞こえるけれど、成功するにはこれ以外に方法がないんだ
「具体的にいえば、いちばん効率的な仕事の進め方や、ライバルと差をつける方法や、会社としての目標も考えなきやならない。
ほかにも、どれくらいのスピードで売り上げを仲ばすのかも考えなきゃならない。
こんな問題を考えるのは、きみしかいないんだよ。
とても難しく思えるかもしれないけど、一つずつ、自分に問いかけながら解決していけばいいんだ。
例えば、どれくらいの投資が必要なのか?・何人で、どんな仕事を、どのようにするのか?・どんな専門的な能力が必要になるのか?一履った従業員が働くためには、どれくらいのスペースが必要なのか?」「もしかしたら、ときどきは間違えるかもしれないし、気が変わるかもしれない。
たいていはそうなると思うよっでも、そういう可能性も考えて、いくつかのパターンに分けて計画をつくっておけばいい。最高にうまくいった場合、最悪の場合のようにね」
「将来の構想を練るときに大切なのは、文章としてまとめることなんだ。他の人にもわかるようにはっきりと書きとめていなければ、せっかくの事業計画も存在しないのと同じことになる。
とはいっても、これまでに私が接してきた何千人ものスモールビジネスの経営者の中で、ちゃんと文章にまとめられた事業計画をもっている人はほんの一握りだったけどね。多くの人たちの事業計画は、紙にまとめられていないし、何も具体的に決まっていない状態だった」
「サラ、これは覚えておいたほうがいい。どんな計画でも、ないよりはましなんだ。きっちりと文章にまとめられた計画は、必ず実現するものなんだよ。文章にまとめることで、きみの頭と心の中でもやもやとしていた計画に、具体性をもたせることができる。こうやって計画が現実に変わっていくんだ。これが成熟期に入った会社の象徴なんだよ」
「私からすれば、普通の会社は運任せに経営されているように見えるけど、成熟期に入った会社は長期的なビジヨンをもっていて、それを中心に経営されている。
長期的なビジョンをもっていることこそが、起業家的な経営の方法なんだ。
会社がつくられたころから、この考え方で経営されてきたから、成長を続けることができるのさ」「ちょっと先走りすぎてしまったね。
でも、大切なのは、これまでにきみがやってきた方法とは全然違うやり方があるということなんだ。
つまり、職人タイプの経営者の大半が選ぶのとは全く違う方法で事業を始めることができるんだよ」ここまで聞いていたサラの日は輝きはじめていた。
「あなたの考え方には勇気づけられるわ。将来が真っ暗に思えていたけど、また光が差し込んできたみたい」
しかし、彼女が事業計画を練り直そうと思っても、すぐに難問が立ちふさがってしまったようだつた。
「でも、エリザベスをどうすればよかったのかしら?」「エリザベスをどうすればよいのか?」これは職人タイプの経営者の誰もが聞きたがる質問である。
彼らは、特定の人物がストレスの原因になっていて、その問題さえ解決すれば、他のすべての問題も氷解するように思っている。
そして、どうやらこの難問を簡単に解決する魔法のカギがあるとでも思っているらしいのである。
残念ながら、私は天才ではないが、魔法のカギがどこにもないことぐらいは知っている。ほんの不注意から、他の人の感情を傷つけてしまうなんてことはよくあることだ。
誰もが、こうすればよかった、と後悔する。これは避けられないことなのだ。私はサラの目を見て、静かに言った。
「サラ、本当の質問は、エリザベスに何をするべきかではなく、将来のエリザベスたちに何をするべきか、ということなんだ。
きみはできるだけのことをやった。エリザベスもそうだよ。
きみが考えるべきなのは、これからいつしょに働くことになる将来の従業員のための仕組みをつくることなんだ。
きみのお店に活気を取り戻すのは将来のエリザベスだからね。もう一度やり直す心の準備はできているかい?止サラは笑顔を見せた。
彼女の日は確信に満ちて輝いていた。
「私はいつでもいいわよ」「じゃあ成熟期について少し話そうか。なぜなら、そこにきみの未来があるんだ」
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