定石18:社員個々の給料は上げるが、人件費の総額は下げよ そのために自社の労働生産性を正確につかめ
日本の賃金水準は、世界でも随一だ。日本の会社全体をマクロ的にみれば、これ以上賃金をあげる余力を失ってしまったように思える。世界一の賃金のために国際競争力を失ってしまったという悲鳴があちこちから聞こえてきそうだ。
しかし、それは評論家の言うことで、われわれ実務家が言うべきことではないのではないか。個々の会社のトップが社員に向かって、「もう今年から賃上げはできないよ、いやならヨソの会社か、なんなら賃上げが期待できる外国へ行って働いてほしい」などと言えるものだろうかc
社長の役割として、社員の生活向上の中心である給料はなんとしてでも上げていかなければならない。第一それができなければ、社長は自分の報酬だって将来上げていくことができないではないか。
では、どうすればいいか。人事や経理の担当部長なら、困った弱ったで済むかもしれないが、社長はそういうわけにはいかない。なんとしても、給料を上げても経営に影響のない方策を考え、知恵を絞るしかない。そこで社長には、ある意味では単純な、しかも過去のやり方にこだわらない発想が必要になってくる。
そのひとつの発想は、極端にいえば、社員個々の給料は上げるが人件費の総額は下げるような方策を考えられないかということだ。
改めて確認するが、社長は「最小の人件費で最大の利益を稼ぎ出す人」である。社員に対する「情と心」だけでは、経営できないのだ。そのためには、「今の事業を何人の社員でこなすと一番儲かるのか」を、社長として正確に知っておかなければならない。
ここでキーワードとなるのが「労働生産性」である。これまでのような、勘や成り行きで社員数を決めていたら、人件費総額をコントロールすることなど、夢のまた夢である。そこで人件費の面から現在の事業をになう最適人員数を決める最も有効な武器として「労働生産性」という指標を活用していくのである。
「労働生産性」とは、社員の平均数で年間付加価値を割ったもので、「社員一人当たり正味でいくら稼いだか」を示す指標である。したがって労働生産性の算出式は、第15表のとおり年間付加価値■平均社員数となる。ここで「平均社員数」とは、期首人員と期末人員を足して2で割った、その年度の平均人員数のことである。社員の生活向上や待遇改善を考えるとき、社員一人当たりの稼ぎを増やさないままに、人を増やし、給与を増やしていったら、会社は人件費倒産に追い込まれる。
つまり、社員の給与を上げていくには労働生性の向上が常に伴わなければならないということだ。この労働生産性を上げるには、①年間付加価値をアップするか、②平均社員数を減らすか、③あるいは、その両方を同時に実現する、しかない。そうでないと、「一人当たりの稼ぎ」は増えないのである。
先に、「中小企業の人件費については、少ない儲けを少ない人数で分けることが原則だ」と申しあげた。ご記憶いただいているだろうか。
これを前記の算式に当てはめてみると、(中小企業の労働生産性)=(少ない付加価値)■(少ない社員)ということになる。社員の待遇改善のために労働生産性を高めていこうとすれば、何としても儲けを増やし、しかも、人を増やさないことが肝心である。
これからの時代は、そう簡単に儲けを増やすことができそうもない。楽観的な増益予測で人を増やしていくこれまでのやり方では、人件費の改善どころか、手かせ足かせとなって会社の寿命を縮めかねない。読者の皆さんが、「経営の情」に厚ければ厚いほど、この冷たい「経営の理」を知っておかなければならないのである。
この算式を変形すれば、平均社員数=年間付加価値■労働生産性となり、社員の適正数は年間付加価値と労働生産性から自ずと決まるわけである。
ここではっきりさせておきたい。労働生産性のアップを無視して、社員の待遇改善も、増員も何もあったものではないということである。これが「経営の理」なのである。会社は、ボランティア組織ではない。会社は、自らの力で付加価値を稼いで、それを人件費という形で分配するのである。自助努力が企業経営の原則なのである。
つまり、労働生産性は、多くの会社にとって、「おまえの会社は儲けの割に人数が多すぎるよ」と教えてくれる指標でもある。今日の状況では「あなたの会社は、儲けの割に人数が少ないから、まだまだ人も増やせるし、給与も上げることができます」というような余裕のある会社は、残念ながらそうはないはずだ。過剰な社員を抱えていて、待遇改善を考えるなど、百害あって一利もないと知らなければならない。
社員の適正数は業績によって決まる、つまり、儲けが多ければ社員の数も増やせるし、待遇の改善もできる。当たり前のことだが、多くの社長が、この当たり前の理屈を忘れているのである。
社員の待遇改善を考えたいなら、まず会社の業績を上げることである。それも人の数を増やさずにという条件つきである。なぜなら、むやみに社員の数を増やして労働生産性を下げるのでは増益も意味をなさないからだ。そこで現在の事業を見直して、採算の悪い部門を切り捨て、その人員を将来性のある部門に投入し、人をあまり増やさずに高収益体質になるように手を打たなければならない。
一方、事業の収益性を無視して場当たり的に人員を増やしてきた会社は、過剰な人員を適正な数まで急いで減らさなければならない。右肩上がりの経済成長の中で水膨れになった人員をそのままにして、高収益体質にもっていくことは至難の業である。昨今の人員整理の嵐は、漫然と社員を増やしつづけてきた会社にとっては、新たな体勢に切り替わるための苦渋の選択なのである。
社員の適正数は労働生産性が決める。このことを社長として決して忘れないで欲しい。その上で、初めて社長の「情と心」を表す待遇改善ができるのだ。良いも悪いも、それが冷厳な掟である。
ここで、確認のために、既に何度か出てきた「付加価値」について触れておきたい。付加価値とは、会社が永続的に繁栄していくための根本エネルギーであり、企業が自ら生み出した価値のことで、大まかに言えば、「売上総利益」とほとんど同じである。
たとえば、売上1億円で、仕入れ原価6,000万円、売上総利益4,000万円とすると、売上の1億円は便宜上の数字で、他社の力6,000万円を借りて1億円となっているだけで4,000万円こそが自社が稼ぎ出した正味、すなわち付加価値だということになる。
付加価値と同じようなものを、業種によって、「売上総利益」「粗利益」「加工高」と名づけたりする。会計や経理の立場から言えば、それぞれ厳密な規定があるのだろうが、本書は専門書ではないので、それらをひとまとめにして「付加価値」と呼ぶことにする。
そして、会社の利益の源泉である付加価値の配分で、最も大きなウエイトを占めるのが人件費であり、中小企業では40〜50%にも達する。したがって、社長の実務としてまずやるべきは、自社の労働生産性を正確に把握することである。
そのためには、自社の決算書から付加価値額を抜き出して、その年の平均社員数で割ってみればいいだけである。ただし、単年度の労働生産性を見ただけでは、その数字が良いのか悪いのか、そして、その数字をどうすればよいのか、社長としての判断がつかない。直前期。直前2期…と、時系列に労働生産性を並べて、初めて判断がつく。
労働生産性に限らず、社長がつかむべき決算書の数字は、単年度の絶対額を見ただけでは何もわからない。決算書を年度ごとに並べて、ある項目の数字が傾向的にどうなっているかを把握して、初めて経営的な判断ができる。しかも、過去3年間くらいの数字だと、会社によっては傾向をほとんどつかめない場合があるので、過去5年間の数字を並べてほしい。さらに、より正確を期すには、1991年1月からの資料を作成した方がよい。なぜなら1991年4月から日本のバブルの崩壊が始まったからである。
バブル崩壊直前の荒稼ぎの真っ最中に、自社の社員は一人当たりどのくらい稼いでいたか、その後の落ち込みようと比較してみることは、非常に意義深いことだ。
1991年1月以降、自社の経営数字がどのように変化してきたかを見れば、バブル期の自社の経営のウイークポイントが一目瞭然となるはずだ。特に、労働生産性をいかに疎かにしてきたか、骨身にしみて実感できるに違いない。
そして、労働生産性が年々下がっていれば、人の用い方が悪いということである。つまり、稼ぎ出す付加価値に対して、過剰あるいは割高な人員を配置しているということだ。皆さんの会社では実際のところ、どのような傾向だろうか。
そこで第16表どおりに、自社の労働生産性の過去5年間の経過(できれば1991年の数字も)を算出し、実際の傾向をつかんでいただきたい。簡単な計算なので、ぜひ社長ご自身の手でやってみてほしい。
過去の労働生産性がもし次第に悪くなってきているのなら、社員の待遇改善を掲げる社長として労働生産性の現状維持はありえないから、それを毎年、着実に向上させていかなければならないということになる。
ここで、労働生産性のつかみ方と社長としての対応について、実例をあげながら簡単な実習をしてみよう。H工業は、私が主宰する経営塾の参加者で、主に東日本を商圏にするキッチン用品メーカーである。H社長は、過去3年売上が順調に伸びてきたことに安心しきって、問題の本質が何も見えていなかった。そこで作成してもらったのが、第17表である。この表の見方は、上が「過去の実績」、下が「今後の計画」となっている。下の数値は、H社長が実際に作った目標数値である。
このH工業は、直前3期の売上が47億5,200万円、直前2期が48億9,800万円、直前期が50億5,300万円であった。企業の業績が非常に低迷している昨今、直前3期から直前期まで売上が順調に増えつづけてきた珍しい会社である。
さらによく見ると、直前3期の付加価値は47億5,200万円の売上に対して16億3,800万円で、付加価値率は34・5%だった。それが直前2期になると、売上は48億9,800万円に増えたが、付加価値は15億4,300万円、付加価値率は31・5%に減っている。
直前期は、さらに売上が増えて50億5,300万円になったが、付加価値も付加価値率も、それぞれ14億8,100万円、29・3%と落ち込んでしまった。ところがH社長は、付加価値の額と率がともに年々落ちていることには気づいていたが、「こういうご時勢だからしょうがない、売上が伸びているからまあいいだろう」と考えていた。
だから売上が年々増えて50億円の大台が間近に見えてきたので、強気一本で社員を増やし続けた。直前3期首には124名だった社員が、直前3期末に3名増やして127名に、直前2期末に3名増やして130名に、さらに直前期末には5名増やして135名になった。
労働生産性を計算すると、直前3期が13,052,000円である(年間付加価値16億3,800万円十平均社員数125・5人)。言い換えれば、従業員一人当たり13,052,000円稼いでくれたわけである。
それが直前2期になると、売上は増えたが労働生産性は12,008,000円に下がっている。付加価値が下がって、社員数が増えているからである。直前期では、さらに付加価値が14億8,100万円に下がって、平均社員数は132・5人に増えている。したがつて、労働生産性は11,177,000円に落ちてしまった。
毎年100万円ずう社員の稼ぎが落ちているにも関わらず、給与を上げるといっても、所詮、無理である。このような状況で、待遇改善しようと考える社長自身が間違っている。
なぜなら、労働生産性が人件費の基本だからである。繰り返すが、会社は、ボランティア組織ではない。このような明々白々の失敗を、この社長が犯したのは、労働生産性の何たるかを全然わかっていなかったからである。
では、具体的にどうやって労働生産性を高めればよいか。先に、労働生産性を高めるには、①年間付加価値を増やす、②平均人員数を減らす、③その両方をやる、の3つの方法しかないと申しあげた。
そして、①に対するキーワードは、仕事の徹底的な見直し、つまり「事業の再構築=リストラ」であり、②のキーワードは、人の徹底的な見直し、つまり「組織の再構築=リストラ」と「人件費の変動費化」である。
社長は、自社の社員の生活向上を考え、同時に自社の事業の繁栄を願うならば、自社の「リストラクチャリング」と「人件費の変動費化」に強くならなければならないということである。引き続き、H社の事例で説明していこう。ふたたび第17表をご覧いただきたい。下段がH社長に提示してもらった今後5年間の計画である。「売上高」の欄に記載されている数字を見ると、直前期まで順調に伸びてきた売上が、初年度の計画では48億3,800万円に下がっている。
これには、意味がある。これからの時代、増収増益、つまり売上と同時に利益も伸ばすなどという教科書的な経営は、並大抵ではできない。同じ「増益」といっても、売上が減って減収になっても、何とか増益にこぎつける「減収増益」のケースがはるかに多くなる。言い換えれば、これからの社長は「売上を減らしても、利益を増やすやり方」に強くならなければいけない。
これまで、強気一本で成功を収めてきた社長なら、「そんなバカな。儲かる新規分野にドンドン進出して、人員を増やしていけば、多少のへこみ以上に売上も利益も増えていくに違いない。そうやって、社員を厚遇していくのが、社長たる者の野望だ」と、反論されるかもしれない。
お説もっともだが、本書で繰り返し述べたように、これからの厳しい経営環境の時代、特に資本力の弱い中小企業は、まず基礎体力をつけ、次に余力を十分に蓄えた上で、新規分野に進出すべきである。
これまでのように向こう見ずでやっていったら、必ず痛い目に遭うことになる。それは、野望でも何でもなく無謀に過ぎない。中小企業は、来るべきビッグチャンスに備えて、たった今から、足下を固めることが第一だ。
そのためには、儲からなくなってきている仕事は捨てる。そうしておいて、余った人員を有能な者から優先的に、利益率の高い商品とか、成長性の高い分野に重点的に配置していくべきである。事業の中身を根本的に再構築して、これからの時代にも儲かる体勢を整えることが大事である。
これこそ、本当の意味でのリストラクチャリング、すなわち、「我が社の仕事の構成内容と質」を徹底的に見直すことなのである。
儲けの薄い商品、成長率の低い分野で事業をつづけていても、会社の業績が伸びるわけがない。売上をすべて見直し、利益率の高いものをどんどん伸ばして、たとえ売上を減らしてでも、高収益体勢を再構築することが、労働生産性を高める第一の戦略である。要するに、前述の定石、「攻める経営」「守る経営」「捨てる経営」のことだ。
H社長の場合は、売上を減らすことによって利益を確保する決心をした。そこで50億円近く売り上げている商品の一つ一つを厳しく検討し、「これは、もっと伸ばす」「これは、捨てたほうがいい」という商品を決め、経営資源、特に人員の再配置について、徹底的な見直しを行ったのである。
その結果、直前期に29・3%まで落ち込んだ付加価値率を、商品構成を変え、売上を減らすことによって、初年度は32%まで回復を見込んでいる。つまり、売上は落ちるが、利益率の高い商品を全社員を挙げて重点的に売っていくことによって、付加価値の増加を図ろうという戦略である。
そして、初年度の売上48億3,800万円、付加価値率32%を出発点として、今後の付加価値計画を根本的に立て直していくことにした。つまり、これからますます価格競争が激烈化する時代、付加価値率は毎年0・5%ずつ下がっていくことを前提に、付加価値の計画を立て直したのだ。
まず年々の売上目標を決め、次に付加価値率もマイナス0・5%と厳しく見積もり、付加価値目標を出していった(付加価値=売上高×付加価値率)。
その結果、第17表を見ると、直前期に11,177,000円まで落ち込んだ労働生産性を初年度に11,509,000円、そして、あまり急激に上げることは無理かもしれないが、5年度には、少なくとも過去の最高額13,052,000円を超えて13,421,000円にしようという計画を立てたのである。
その計画の裏づけとして、付加価値率の高い商品を重点的に販売し、人の配置も根本的に見直すという、事業構造の大きな転換があったことを忘れてはならない。
さてH工業の社員の適正数は何人になるだろうか。5年度の付加価値の目標が17億8,500万円で、労働生産性の目標が13,421,000円だから、平均社員数は133人となる(年間付加価値17億8,500万円■労働生産性13,421,000円)。
逆に、133人の平均人員でやらないと、13,421,000円の労働生産性は得られなくなるから、この133人という枠の設定ができるのである。
初年度〜4年度も同様に計算すれば、H工業の定員枠が決まる。すなわち、定員枠は緻密な経営戦略からしか出てこない。これを逸脱して、いい加減に人を採用するから失敗するのである。労働生産性が上がって、初めて増員も社員の待遇改善もできる。労働生産性が下がっていながら、増員や待遇改善などという虫のいい話は、民間企業ではできない相談なのだ。これが事業経営の定石である。
定石19:社員のライフプラン(生活保障)は社長自らが描けこれこそ労使の信頼関係の基礎となる
社長さんに「社員の生活保障を考えていますか」と尋ねると、即座に「考えている」と、お答えになる。例外はほとんどない。単なる見栄ではなく、事実、考えていらっしゃると思う。続けて、「あなたの会社では、社員が何歳ぐらいになったら結婚できますか?」と聞くと、すぐに返事がない。
「何歳になったら子供を産めるようにしてやるつもりですか?」…即答される方はいない。「子供を何人までもてるような給与を払ってやるつもりですか?」…返事がない。子供が、短大まで行ける生活を保障するには、50歳でいくら払いますか?」…これまた返事がない。
中小企業の大多数の社長は、社員がかわいくて、生活保障をしてやりたい気持ちは山々なのだが、ことほど左様に具体性に欠ける。いくら回先だけで、「社員には、人並み以上の生活ができるようにしてやる」と威張ってみても、たとえば、結婚した場合の生活費を考慮して、給与面で具体的に裏づけてやらなければ何にもならない。社員の生活プランを、給与面から裏づけて社長がはっきり示してやりなさいということである。
たとえば、28歳で結婚できるようにしてやりたいなら、世間水準からいってこのくらいの給与ベースを払ってやれば28歳で結婚できる、子供は何歳になったら産めるようにしてやりたい、子供は幼稚園保育からできるようにしてやりたい、そうすると、その時々の生活費がいくらかかるか、具体的な金額を試算しなければならない。
同様に、子供は少なくとも3人までもてるようにしてやりたい、子供は全員、高等教育を受けられるようにしてやりたい、そうすると、家族の人員構成を見て、40歳ぐらいになったら年収でいくら払ってやればよいか、これもすぐに試算しなければならない。
あるいは、女子であろうと男子であろうと短大まで行かせてやりたい、そのため20歳まで扶養の義務があるとすれば、仮に30歳で子供ができて、その子が短大を卒業する時には50歳になるから、50歳の給与はこのくらいまで払ってやれば何とかなる、ということを裏づけて、初めて社長が社員の生活保障を真剣に考えていると言えるのである。数字の裏づけがなく、「社員の生活保障を考えている」と言ってみても、空しいだけである。
そのためには、社員の生活向上モデルとして自社なりの生活プランを設定し、各年齢に相応しい給与ベースを具体的な数字で保障してあげることが、社長の「情」を社員に伝える一番の先決事項である。
社員の生活プランを設定することは、あくまで社長の責任である。しかし、どのような生活プランにするか、その描き方は、社長の独善的な判断でやってはいけない。社員の代表を選び、労使が同じテーブルについて和気あいあいと考えていくべきモノである。
一方の大企業の給与制度は、立派な理屈や原則にもとづいて、人事部やコンサルタントなどの専門家がつくっている。また、それで上手くいっている。しかし、中小企業の給与制度は、専門家がつくるのではなく、あくまで基本は社長がつくるべきである。
そして、理屈や原則よりも社長の情や心が入った義理人情的な給与体系をつくることが、その基本である。多少、理屈からはずれていても、社員に「一所懸命、頑張ろう」というやる気を起こさせるような給与制度をつくって欲しいのである。
その「社員のやる気」に一番有効な武器は、自社なりの生活プランとそれに沿った給与制度なのである。給与をただ上げてやれば良いというものではない。社員は、いくら社長が苦心惨惰して給与を上げてやっても、面と向かって「ありがとうございました」などと言わない。
しかし、「社員の生活向上モデル」を社員に提示して、毎年毎年少しでもモデルに近づけていくなら、「社長は社員の生活向上について本当に考えてくれている」と身にしみて感じとってくれるものだ。決して口には出さないが、心中密かにモチベーションを高めていくものである。
社員のやる気を起こすようにするには、結局、社長がいかに社員の生活向上を真剣に考えているかということを、単なる情緒ではなく、具体的な数字に置き換えて、給与の額として示すことが決め手になる。
つまり、「我が社は、社員の生活プランにあわせ、年齢別に最低このくらいの年収を保障し、将来はもっと向上させてこのくらいの給与ベースにしたい」と、社長として「自社の給与のガイドライン」をはっきり示す。ここで初めて、社長の情が社員に明快に伝わるのだ。そこで登場するのが、第18表「社員の生活保障プラン」である。労使が納得ずくで決めた「生活プラン」を金額で具体的に裏づけ、「社員の年齢別の年収がいくらあればよいか」を設定するためにこの表をつくってみる。
まず表の構成を簡単に説明すると、縦の項目は年齢である。第18表には入社時の20歳から退職時の55歳までにしてあるが、これは自社の実態に合わせてアレンジしていただければ結構だ。
続いて横の項目は、社員本人と、その扶養家族、そして必要年間収入額を入れる欄を設けてある。たとえば、社員には28歳で結婚させてやりたい。少なくとも、この会社に入ったら28歳で結婚できるような給料を払ってやりたい。社長がそういう意思をもっていたら、縦の「28歳」と、横の「配偶者」が交わる欄に「結婚」と入れて、「必要年間収入額」は406万円と記す。
30歳になったら第一子を産めるようにしてやりたい。第一子が3歳になったら幼稚園に入る、6歳で小学校入学、12歳で卒業。その3年後に中学校卒業、さらに3年後に高校を卒業して、短大卒業の20歳で就職…という標準のプランを立てたら、社員は親として50歳まで養育費や学費を払わなければいけないから、その金額なども見積もって、必要年間収入額を記すのだ。また、第二子を産める生活を保障してやりたいと社長が思うなら、第二子のライフプランを第一子と同じ要領で設定し、社員の年収プランに組み込んでやればよい。
ちなみに、第18表の社員のライフプランの対象は「平均的社員」である。平均的社員とは、それぞれの会社の社員ほぼ6割が内包されているということである。6割とは、上位の人でもなければ下位の人でもない。また、足して2で割った人でもない。自分の会社の平均的な社員を思い浮かべるとわかりやすい。入社して定年までに課長になれる人は平均的社員とは言わないだろう。とすれば、退職するまで課長になれない人が平均的社員である。
平均的社員がすべて課長になったら、会社中、課長だらけになってしまう。それでは、会社が動かない。平均的社員とは、もう少し具体的に言えば、定年までに課長になれないが、係長ぐらいまでにはなれる人である。これが主任どまりになると、平均よりもやや低い人である。これが、いわゆる平均的社員のイメージである。第18表は、そういう平均的社員の給与ガイドラインを設定したものである。
当然、定年までに課長になり、あるいは部長にまでなり、さらには取締役にまでなるような有能な社員は、ガイドラインより上にいき、定年まで頑張っても主任どまりというような能力の人は、ラインより下回ることになる。
なお、能力に応じた給与の格差を具体的にどうつけるべきか、すなわち給与制度のつくり方については、説明が長くなりすぎ、「人件費総額のコントロール」という主題が見えなくなる恐れがあるため、省略させていただいた。
さて、それでは平均的な社員が結婚し、子供ができ、子供が短大に入り…とライフサイクルが変化していくのに合わせて、年齢別にどのくらいの金額を保証すれば良いのか。あまりにも現実とかけ離れた数字では困る。
そもそも、 社長は社員の生活向上を考えるときに、「社員の生活レベルが実際にどのようなものなのか」、よく実状をつかんでおかないといけない。ところが、社員の生活レベルについて、多くの社長がとんでもない錯覚をしているのだ。
私のセミナーで、参加の社長さんに、「あなたの会社では、30歳の妻帯者で子供が1人、アパート住まいの場合、給与がいくらくらいあればまあまあの生活ができると思いますか」と尋ねてみる。
読者の皆さんは、いくらと答えられるだろうか。その金額は、驚くほどバラつくのが通例である。中でも最も低い金額を回答した社長に、「低すぎませんか」と確認すると、「いやそんなことはない、私の息子が30歳で子供が1人と、まさにピッタリの例だが、うちの会社で働いていて、他の社員と同じ給与を払い、持別扱いはしていない。しかし、けっこう優雅な生活をしている」との回答である。
しかし、よく聞いてみると、実態は、親が買い与えた新居に住み、親の買ったポルシェやBMWを乗り回し、夏休みの海外旅行も親がかり、毎月の給与の使途は食費とレジャー交際費、残りが小遣い。 一方、同年齢の社員は、同じ給与からアパート代を払い、車のローンを払い、将来に家を買うための貯金をしているのである。
社長の子息の生活ぶりをボヤッと眺めて、他の社員も同じような暮らしぶりだと思われたら、社員がかわいそうだ。ところが、案外こういう社長も多いのである。中には、「俺の30歳の時は、3畳一間に4人で生活していたが、貧しいとは思わなかった。この給与で十分だ」などと、何十年も前の水準と比較する困った方もいらっしゃる。これは笑い話であるが、これから論を進めていくうえで、なかなか含蓄に富むので紹介しておく。私が塾長をつとめる社長塾での雑談の折に、「新婚所帯が住む家賃は、いくらくらいかな?」と聞いてみると、ある社長が、「15万円」と即答した。
正直言って、この感覚のズレには開いた国がふさがらなかった。私が聞いたのは、ホステスが住むマンションの相場ではない。この社長が答えたのは、多分、行きつけのクラブのホステスか誰かに聞いた相場であろう。これが、東京の銀座のホステスや、会社丸抱えで高級車を乗り回している社長の息子になると、家賃30万円のマンションに住んでいると言うかもしれない。いずれにしろ、別世界での話である。
平社員が、そんな高級マンションに住めるはずがない。こういう社長には、社員の生活の実態はわからない。社員の給与は、手取り20万円とか30万円しかない。15万円以上のマンションに住めるわけがないと考えるのが正常である。
しかし、「マンションの相場は、いくら」と聞くと、平気で15万円と答えるような感覚のずれた社長が大勢いらっしゃる。「そんな社長に社員の生活実態がわかるはずがない」と、私は声を大にして叫びたい。
どこの地域でも、自分の会社の社員が住んでいるマンションの家賃は、ホステスが住んでいるマンションの半分以下に違いない。失礼ながら、「世の社長方は、ホステスが住んでいるマンションにはしょっちゅう出入りしているようだが、どうも社員のマンションなんかには行ったことがないらしい」と、半分冗談、半分本気で言いたいのだ。
これでは、社員との血の通ったコミュニケーションなど結べるはずがない。自分の息子や娘、あるいはオーナー社長族の生活レベルに合わせ、独断で給与ベースを改善しても、ナンセンスなだけである。
では、どうすれば実態をつかむことができるか、参考資料として「家計調査報告」という資料をおすすめする。社員は、自分の給与が安いとかまあまあだと判断する基準を、身近に求めるものである。
たとえば隣の会社、向かいの会社と比較して、喜んだリガッカリしたりする。統計資料の全国平均だとか、同業界の全国相場をわざわぎ調べて比較するわけではない。したがって、社員の年間収入を見積もる場合、まず自社の所在する地域の実情をつかむことから始めるのだ。
幸いなことに、地域の給与や生計状態に関する「家計調査報告」は、都道府県庁へ行けば容易に入手できる。この資料の中から「成人男子年間食料費」「エングル係数」「消費性向」「世帯主収入比」「非消費支出率(税金、保険控除率)」など、自社または自社の支店や営業所の所在地における数字だけを抜き出して、社員の必要年間収入額を算出してみればいいのだ。
たとえば、第18表の右側は平成X年Y県の家計調査からこの5つの数字を抜き出したものだ。これを使って社員の年間必要収入額を計算してみよう。
《社員の必要年収額の計算》
①年間消費支出=食料費■エングル係数(=359,800÷0・221)=1,628,0 5 4 円
「エングル係数」は消費支出に占める食料費の割合で、生活水準を評価する一つのバロメーターである。すなわち、エングル係数が高ければ、支出に占める食料費が多いということで、食べることに追われていることになる。
つまり、エングル係数が高ければ生活水準が低く、逆に低ければ低いほど生活水準が高いことを示している。エングル係数は食料費■消費支出と算出するので、食料費■エングル係数だと、年間の消費支出が算出できる。
②年間可処分所得=消費支出■消費性向(=1,628,054■0。727)=2,239,414円
可処分所得とは、実収入から税金と社会保険料を引いた消費支出のことである。そして「消費性向」は、可処分所得のうち消費に向かう割合である。消費性向が低ければ低いほど、消費支出以外の貯金などに回る額が多いし、逆に消費性向が高ければ高いほど、可処分所得をほとんど消費してしまうことになる。
年間可処分所得の72・2%が消費支出1,628,054円なので、逆算すると、年間可処分所得は2,239,414円となるのだ。
③実収入=可処分所得■(11非消費支出率)(=2,239,414■0。849)=2,637,708円
「非消費支出率」とは、実収入に占める非消費支出の割合である。すなわち、税金や保険料のことであるが、そうすると、実収入に占める非消費支出の割合が15。1%だから、計算すると実収入は、2,637,708円となる。
④世帯主本人の収入=実収入×世帯主収入比(=2,637,708×0・857)=2,260,515円
「世帯主収入比」は、その世帯の実収入に対して、世帯主の収入が何%あるかということである。現在の経済情勢から一般的にみて、世帯主の収入自体の増加が望めないことから、世帯主以外の妻や子供が、積極的に収入の増加をはかろうとする傾向がますます顕著になっ
Y県の場合は、世帯主収入比が85。7%であるから、Y県の平均的な所得を実現するためには、成人男子の収入は税込で2,260,515円なければならないということである。言い換えれば、これだけの収入があればY県における成人男子として平均的な生活が保障されるわけである。
そこで、この金額をもとに、社員が結婚し、子供ができ、子供が短大に入り…とライフスタイルが変化していくのに合わせて、成人男性一人あたりの必要年間収入額2,260,515円を2倍にしたり3倍にしたりと、社長がいろいろ思案しながら、あるいは労使双方で和気あいあいと話し合いながら、金額を算出してみるのだ。
たとえば第18表の会社の場合は、結婚する28歳の必要年収は1・8倍の4,068,927円と設定した。というのも、結婚して2人になったら理論上は必要年収も2倍だが、実際は2倍までは増えずにだいたい1・8倍が実態であろうと考えたからだ。
そして、第一子ができて3人家族になる30歳の必要年収は1・9倍の4,294,979円と設定した。1・9倍の内訳は、社員本人が1、配偶者が0・8、新生児はミルク代やおむつ代などがかかるので0・1と見積もったので合計で1・9倍としたのだ。
この指標は別に法律で決めたものでもなければ、公の統計資料があるわけでもないので、前述したように、あくまで会社の労使の話し合いでワイワイと、「生まれたばかりで母乳で育てるなら、ゼロでいいのではないか」「いやいや、今は使い捨ての紙おむつが主流の時代なのだから、おむつ代がバカにならない。0・2倍くらいじゃないか」「それなら、間をとって0。1でどうだろう」「まあ、そんなところが妥当だな」…このように納得ずくで設定していけばよい。
この要領で、社員の定年までの毎年の必要年収を算出し、自社なりの「社員の生活向上モデル」を社長自らがつくることに意味があるのだ。冒頭で書いたように、社長ならば、社員に対して「何歳になったら結婚して、何歳になったら子供を産めるようにしてやりたい。その生活費がこれだけかかる。それを、当社の給与で十分にカバーしてあげたい」という具体的な証を示して欲しいということである。そういう社長の情と心を込めた給与ベースのガイドラインをつくることが、中小企業にとっては非常に重要なのである。
ただ、誤解がないようにあえて繰り返すが、ガイドラインはあくまでガイドラインで、すべての数字を、何が何でもそれに合わせなければならないということではない。そんなことは、できるはずがない。食料費でも税金・社会保険料でも、統計数字と実際とは若干違うかもしれないが、細かな精度は問題ではない。おおまかなくくりで構わないのである。
すなわち、社員の生活向上のための給与ガイドラインを、自分の会社が持っているか、持っていないか、これこそが一番肝心なのである。社員にとっては、給与は高ければ高いほどいいに決まっている。しかし、どのくらいまでの給与を払ってもらえるか、実は社長以上によく知っているものである。
確かに「こんな安月給ではやってられない」とか「安酒しか飲めない」と居酒屋でグチはこぼすけれども、 一方では会社の実態を一番よく知っていて、けなげに我慢するのもまた社員なのである。
だからこそ、社員が頑張ってくれているうちに、「今は安くて悪いが、みんなの給与のガイドラインをこのように設定した」「これをさらに10%底上げできるように目指そう」と、社長が具体的に社員の前に提示できれば、中小企業の賃金不満はそう問題にならないはずである。
ここまでを読んで、「そんなに簡単なはずがない」とおっしゃる読者に、ここでスター精密の例を少し紹介しておきたい。創業して社員が60人ぐらいになった頃に、会社主導のもとに労働組合をつくってもらった。その経緯は、こうである。
当時、名にし負う強い労働組合からオルグ(組合活動家)が入って、いろいろな圧力が加えられるようになった。そこで自前の組会をつくって、赤の他人に会社の命運を握られることを防ごうとしたのである。労使共通の目標ということで、「企業は永遠に発展する。社員の生活はたゆまず向上する」というスローガンをつくった。組合側も、扇動するだけのオルグを排除して、「安月給も労働条件の悪さも我慢しよう。社長と夢を共有しよう」と、積極的に協力してくれた。
正直に言って、当時の給与水準は、同一地域でかなり低かった。しかし、「社長として、君たちの生活向上を考え、給与の改善に本気で努力するから、君たちも努力して欲しい」という呼びかけに社員が呼応する形で、業績も給与も共に一歩一歩引き上げてきたのだ。古い話だが、石油ショックの時に日本の物価は36%も上がった。その時も、スローガン通りに36・5%のベースアップを歯を食いしばって実行した。社員の生活は「たゆまず」向上すると約束したからだ。そして「スローガンを守るかわりに、みんなも一生懸命に頑張って欲しい」と訴えることによって、何度も難局をくぐり抜けてきたのである。
「給与水準が低くて申しわけないが、今しばらく我慢して欲しい。こんな立派な人件費計画があるのだから、みんなで協力して高くするように頑張ろう」という社長の情と心が、社員に通じるかどうかが中小企業の賃金問題解決の大きなカギになる。
それにもかかわらず、社員とのコミュニケーションを本当に図ろうとする社長が少ないのは残念なことだ。今、私は、年間3回、それぞれ15社ぐらいの経営者を集めて、経営実務のコンサルティングをしているのだが、社員数が少ないのにコミュニケーション不足で、社長の情が社員に伝わっていない例が多いのである。
「たかだか社員50人くらいの会社で、どうしてもっと社員と話し合わないの?・朝礼でも何でも、社長の考えくらい話せるはずなのに、どうしてコミュニケーションを図らないの?」と、思わずこぼしてしまうことが多い。
僣越ながら言わせてもらえば、この頃の社長は何かとてつもなく偉くなってしまったような気がしてならない。多少、語弊はあるが、「社長」と呼ばせるほどの会社ではないトップまでが、仰々しく「社長」と呼ばせるから溝が深まってしまうのである。それ相応に、「おやじ」と呼ばせるようにしたらいかがだろう。それが中小企業の本来の姿だと思えて仕方がない。
定石20:人件費が社長の思いつきにならないために人件費係数を明確にせよ
これまでの説明で、「人件費総額の膨張がいつの間にか事業の手かせ足かせとなっていた」では済まされない時代となったことは、おわかりいただけたと思う。これからの社長は会社の人件費を明確な意図をもって管理しなければならない。つまり、社長は総額人件費を「会社が繁栄する方向」へ、意図的にコントロールする人でなければならない。そこで、社長は自社の人件費総額をコントロールするために、「人件費係数」を明確に把握する必要があるのだ。
前項で平均的社員の年齢別必要年間収入を把握するために、ライフプラン表の作成をご説明したが、これだけでは人件費総額をコントロールすることはできない。なぜなら、企業における人件費は、給与だけではないからだ。福利手当も賞与も退職金も法定福利費も厚生費も、当然のことながら人件費の中に含まれる。これらの要素を含めて、人件費の総額を、社長として把握しなければならないのだ。
そこで、給与のガイドラインとは別に、人件費総額について物差しとなるものを設定する。ここで登場するのが、「人件費係数」である。
人件費係数とは、人件費総額を月額給与総額で割ったもので、給与に換算して何力月分の人件費を社員の待遇のために支払っているかを示す指標である。
第20表をご覧いただきたい。この表は社員120人の建築資材卸売りK商事の平成X年度の人件費の内訳である。K商事を例に、人件費係数と人件費総額と月額給与との関係について説明しよう。
この会社の1年間の給与は472,320,000円で、福利手当が7,872,000円、賞与は157,440,000円、退職金が39,360,000円、法定福利費は68,880,000円、厚生費は8,266,000円で、ゆえに人件費の総額は754,138,000円であった。この人件費の内訳は、決算書に記載されている人件費の合計額と一致するはずである。
この会社の月額給与を算出すると、39,360,000円である。(472,320,000円■12=39,360,000円)
そうすると、賞与157,440,000円は、月額給与の4カ月分。(157,440,000円÷39,360,000円=4)また、福利手当7,872,000円は、月額給与の0。2カ月分。(7,872,000÷39,360,000=0・2)
退職金39,360,000円は、月額給与の1カ月分。(39,360,000円÷39,360,000円=1)法定福利費68,880,000円は、月額給与の1・75カ月分。(68,880,000円■39,360,000円=1・75)厚生費8,266,000円は、月額給与の0。21カ月分。(8,266,000円■39,360,000円=0。21)
これらに、月額給与12カ月分を加えたものが人件費係数であるから、この会社の人件費係数は19。16であったことが計算できる。
要するに、人件費係数19。16は、給与月額12カ月分の約1・6倍を人件費総額として支払っているということである。この事実に、社長としてまず目を向けて欲しい。初任給20万円の大卒を雇用したとして、会社が負担する人件費は、月額給与の1・6倍の32万円かかることになる。
ちなみに、世間水準の給与を前提にあえて言えば、合格ラインとしては、「19」前後だろう。なぜなら、給与の12と法定福利費の1・75の2つを合わせた13・75は既に決まっていて、退職金制度があればさらに1を足して14・75、それに賞与の最低3カ月分を足しただけで17・75になる。それ以外に、厚生費が全くないということは考えられないので、最低でも18カ月分、すなわち人件費係数18が必要となる。
ただし、「18」というのはあくまで目安であって、どのくらいの人件費係数が適当かは一概に言えない。というのも、会社によっては、給料に重点を置いて「賞与という不安定なもので支給するよりも、給料として安定的に支給してやりたい」というポリシーの社長もいる。その場合は、賞与額を基本給に加えて支給するから、給与額は世間の水準よりもかなり高くなるが、人件費係数は「18」を大幅に下回ることもありえるからだ。
逆に、「給料よりも、社員個々の成果、あるいは会社の業績によって、もっと成果配分を多くしたい」というのも、一つの経営のやり方だろう。その場合は、賞与の係数が多くなる。
さらに、「退職金なんか考える必要はない。退職金を給料の中に入れてやろう」という考えの社長もいれば、「やはり老後のことを考えると、退職金は、手厚くしてやりたい」、こういう考えの社長もいる。
あとは、「法定福利費には一定の基準があるから、ここに社長のポリシーは入り込めないけれど、福利厚生費については現在のように豊かな時代には不要だ。とくに若い社員などは子供の頃から海外にもどんどん旅行しているだろうから、会社がいまさら旅行に連れて行ってやっても全然喜ばない。会社には老若男女、既婚者も独身者もいるのだから、全員が満足するような厚生費の使い方はむずかしい。であれば、いっそ、それだけのお金があれば給与に組み込んでやろう」という考えも最もである。
すなわち、どれが一番正しい人件費の配分かというようなルールはない。人件費項目のどこにウエイトを置くかは、それぞれの会社の事情によって違うから、総枠内でいかにバランス良く配分するかが社長の腕の見せどころである。
そこで、人件費係数の配分先については、あれもこれも一度に向上することなどできないのだから、今後5年の間に、社長がベストと考える項目に的を絞って、徐々に改善していくべきである。
そして大事なことは、毎年0。1でも0・2でも人件費係数を上げて、社員の処遇を高めていくことである。もし、ここしばらく人件費係数が下降しているようなら、社員に対して社長の役割を果たせていないということである。
年々、人件費係数が上がっていくことが、「悪いようにはしない」という社長の言葉の、具体的な裏づけなのである。
ただし、決して忘れてはならないのは、人件費係数が上がるということは、社員数が同じなら、人件費総額がもろにアップするというシビアな反面があるということだ。情に流されると、この当然の理が見失われてしまうので、社長としてくれぐれも注意していただきたい。
そこで自社の人件費係数を、社長として正確に押さえるために、第21表のように、自社の決算書の数字からここ5年間の人件費係数をはじき出して、どのような傾向を示しているかを算出してみればいい。皆さんの会社の実態はどうであろうか。
人件費係数に無関心だと、どうしても場当たり的になって、少し利益が出ると一気に賞与を増やしたり、逆に利益が少し減ると過度に減らしたりしてしまう。大体、中小企業の社長は、独断と偏見のかたまりみたいなものだ。過去数年の人件費係数を見てみれば、そのいい加減さがすぐにでも検証できるだろう。
しかし、こんな粗っぽい経営が許されたのは、経済が膨らみ続けていたこれまでの時代の話である。
売上も利益も右肩下がりのこれからは、「いかに最小の人件費で最大の利益を上げる」かを、企業生命をかけて争う時代である。
したがって、社員の待遇改善もいいが、人件費総額を人件費係数で具体的にコントロールしていかないと、経営コストに対する歯止めが効かなくなって、ますます企業競争力を失い、肝心の事業経営それ自体が難しくなってしまう。思いつき経営は、厳に慎むべきである。
だからこそ、人件費係数は経営の立場から社長方針として決定すべきもので、他者の介入を絶対に許してはならない。これが、社員のライフプランの決定過程と根本的に異なる点である。社員のライフプランは、労使協調のもとに、和気あいあいと決めれば良かった。しかし、人件費係数は、経営を与る最高責任者としての社長の魂の表現であり、全体の事業計画とリンクさせて人件費総額をコントロールする最大の武器でもある。
そこに、社長自身が人件費係数を決めなければならない所以がある。社員のライフプランは、時の状況によって多少上下させても構わないが、人件費係数だけは社長方針として決定した以上、何が何でも守りぬかなければならない。
そうしないと、社員の待遇改善も結構だが、肝心の人件費総額が野放しになり、収拾がつかなくなってしまう。したがって、社長として、そうとう腹を据えて人件費係数に取り組まなければならないのである。
定石21:これからは年功序列型賃金から能力型賃金へ移行する ただし、人件費の改革は時間をかけて着実におこなえ
これまで日本の会社のほとんど大部分が、いわゆる年功序列型処遇でやってきた。
今までの日本の給与というのは、新卒を採って会社で教育をして、だんだんと年功で基本給が上がる、年功序列型、教育指導型の給与体系であった。そして、基本給に役職手当、職務手当、家族手当などの諸手当がついて、これが給料全体になるというのが一般的な給与体系だろう。
戦後まだ給与水準の低い時代には、それが労使共に一番都合の良い制度であったし、実際に年功賃金が「奇跡の経済復興」を遂げた大きな要因であったことは事実だ。
しかし、日本が名だたる経済大国にまで発展すると、本書の冒頭で指摘したように、給与もいつの間にか世界最高となっていた。ただ、世界最高水準の給与という視点で見れば、40〜50歳以上の社員の中には、本人の仕事の成果と給与が合わない人たちが出てきているのも事実だ。すなわち、貰っている給与に値する仕事をしていないということである。
加えて、高齢者雇用安定法の改正後は、政府は60歳以下の定年を認めず、これをさらに65歳まで延長することが2013年までに義務化される。しかし、安易にこれに則り、定年制を延長してしまえば、企業は滅んでしまう。
そこで、大企業では確かに60歳までは雇用するが、早期退職制度を45歳頃から適用しはじめ、出向制度で中高年者を外に出してしまう。なおかつ、残った社員も55歳になると役職定年制で、 一切の役職から退いてもらうなどの厳しい対応をしている。
だから、現在の大企業の平均的な賃金カーブは55歳くらいから中折れして、そのまま定年を迎えるようなカタチになっている。さらに、定年以降の雇用延長にも厳しい姿勢をみせており、60歳になると一応退職金を払って、たとえば契約社員という名日で、給与を平均4割、シビアな会社になると5割下げて、65歳まで雇用を延長している。これが大企業の定年制延長の実態である。
あるいは、いわゆる成果主義とか能力給型の賃金制度には賛否両論あるが、大企業の多くが、今や何らかの形で成果主義に基づいた人事評価制度を運用している。すなわち、ビジネスがグローバル化する中で、年功型の給与体系の維持はもはや難しく、その人の職務能力によって給与を適正に査定され、それに相応しい給与を払うという、いわゆる能力給型が主流になる流れは、もはや止められないのだ。
ところが、中小企業の賃金カーブの多くは、いまでも55歳を過ぎても60歳まで順調に伸びている。60歳から65歳までもそのまま定年制を延長しているだけだ。これでは、人件費はかさむ一方で、本当にのんきな対応と言わぎるを得ない。
とはいえ、長年かけて築いてきた年功組織や年功処遇は、限界が見えたからといって、すぐに変えられるものではない。そこで、時間をかけて着実に実行していくということが、新しい人件費政策の定石ではなかろうかと思うのだ。
我が社でも、役職者に限っては55歳で役職から退いてもらうよう、「55歳役職定年制」を設けているが、その導入と運用は20年前から着実に進めてきたものだ。
我が社の賃金体系は、部長職や課長職についている人間は、56歳から給与が2割から3割減る。たとえば、55歳で給与55万円の課長は、56歳から定年退職するまで月額給与が38万円となるのだ。
ただし、この給与体系だけでは中高年社員のモチベーションが下がってしまうため、独自の早期退職者優遇制度を設けている。どういう制度かというと、45歳から55歳までの早期退職者に、かなり多額の退職金を支給している。具体的に言うと、45歳で勤続年数が20年以上の退職者には、退職金のほかに、25カ月分の給与と同額の特別退職金を支給している。最大で3,500万円ほどの退職金だ。
なぜここまでの優遇制度を設けたかといえば、社員の人生プランの選択に幅を設けてやりたいからだ。45歳といえば、気力体力ともに新しいことを始めるのに遅すぎるということはない。55歳で役職定年を迎えて賃金が下がることがあらかじめわかっている状況で、別の道を歩みたいという者にはできる限りの経済的援助をしてやりたいという思いから、55歳役職定年制の実施と同時に、この早期退職者優遇制度も始めたのである。
ただ、これまで早期退職者優遇制度に手を挙げた社員は年間3〜5名程度しかいない。また、65歳までの雇用延長を望む者も、じつは高齢者雇用安定法施行後の退職者20数名のうち、未だ2名のみである。
これは、早期退職者優遇制度のさらに20年前から実施している「持ち家制度」のお陰である。
我が社の賃金体系は、前の定石で述べたように、経営者自らが社員の生涯生活プランを立てて、それを実現できる給与体系になっている。たとえば、「28歳で結婚できるようにしてやりたいから、世間水準を考慮してこれくらいの給与ベースを払ってやろう」「子供は何歳になったら産めるようにしてやりたい」「少子化対策として、日本の経営者は少なくとも子供3人でも食べていけるような給料を支払うべきだ」「仮に30歳で子供ができて、少なくとも短大まで行かせてやりたい。その子が短大を卒業する頃には社員は50歳になるから、50歳の給与はこれくらいまで払ってやれば何とかなる」…という社員の生涯にわたる生活プランを立て、それに沿った給与制度を敷いているのだが、その中に「35歳で家を建てられるようにしてやる」というプランがある。
そのために、住宅財形貯蓄や銀行との提携による低金利融資を用意しており、社員のほぼ100%が、55歳までに住宅ローンの返済が終えられるようにしている。そうなると、いよいよ定年が近づく頃に住宅ローンにかかる分が不要になるため、60歳で定年を迎えてからも、再雇用で65歳まで働かなければ生活費に困る、というような社員は出てこないのだ。
このように、企業は年功序列や終身雇用という伝統的な賃金制度のなかで、経営環境の変化に合わせて、従来の賃金カーブを変えていかなければならない。年をとれば給与が自動的に上がる従来の年功序列型の賃金制度を完全に否定するわけではないが、これからは経済成長が1〜2%しかないことを前提に、企業経営や人件費総額を考えていかなければならないのだから、事業を拡大しても安易に人員を増やすことなど絶対に許されない。
人員の増加を労働生産性できっちり裏付けた上でなければ増員は認められないし、また、少ない原資の分け方にも相当の工夫を要する。
ゆえに、少ない原資を有効に配分するためには、従来のような一律の昇給ではなく、社員の利益貢献度によってメリハリをつけた公平な人件費の配分が望まれるのだ。
要するに、原資を稼ぎ出す社員には多く、原資を食いつぶすだけの社員には少なく配分せざるを得ない。そうすることによって、有能な社員のやる気をさらに高め、そこそこの社員にも発奮の機会を与え、常に生産性向上の好循環が回るようにすべきである。
これを社長は明確な意図をもって断行しなくては、会社の輝かしい未来はない。ゆえに、時間をかけて着実に、従来の賃金体系を抜本的に変えていってもらいたいのだ。
定石22:人件費は固定費ではない パート及パ中高齢者の雇用により、変動費化を考えよ
自社の労働生産性を高めるためには、「仕事と人のリストラ=事業構造の再構築」と共に、「人件費の変動費化」についても、社長として押さえるべき実務の定石を知っておいていただきたい。
社長は、労働生産性を高めるために、最近、どんどん増えてきている「新しい労働力」に、もっと目を向けるべきなのである。
ところが、多くの社長がこのことに無関心すぎるのは残念なことである。今の正社員の給与の半分ですむような労働力が、市場にいくらでも余っているのだ。たとえば、安くて有能なパートとか中高年齢者の労働力を、もっと積極的に活用すべきである。
また、人材派遣会社の台頭も著しい。在宅でできるような新しい外注のスタイルも、採用すべきである。特に、計算処理や文書の作成。デザイン・トレースなどの仕事は、専門の会社に依頼すると、簡単なものでも高くつくが、在宅勤務者なら安上がりですむ。今時の在宅勤務者は誰でもパソコンを持っているから、複雑な通信のやりとりも随時で簡単にできる。時代はどんどん変わっているのだ。
いずれも、単に給与を安く押えられるだけではなく経営コストとしての人件費を固定費から変動費に変えてくれるという有り難い効果がある。こうした効果に、社長としてもっと目を向けるべきである。これから先の不確定の時代、それだけ経営の機動性を増すことになるからだ。
現在、新しい形のアウトソーシングが、あらゆる分野で浸透しつつある。これまでは考えられなかった経理部門の外部委託にふみきる会社も出てきたぐらいだ。何も生産部門の海外移管や物流部門のアウトソーシングのように大がかりでなくとも、会社の仕事を見直して、「正社員でなくてもできる仕事」を積極的に外部委託するかパート社員に切り換え、「人件費の変動費化」という視点から、正社員と組み合わせて経営を行っていくことが、会社全体の人件費を下げるうえでの大きなポイントとなる。たとえば、我が社の例では、かつて213人いた女子社員を漸次パート化していって、5年後に96名まで減らしたことがある。その分、コストがぐ―んと下がり、付加価値の増加分を人や設備に再配分して、会社の勢いをさらに増した経験がある。
ヨソでこういう話をすると、「それはおたくのような細かい商品だから、女性パートでもいけるんだ。うちみたいな何トンもの大きなものを造っていると、パート化なんて、とてもとても」とすぐに反論が出る。
しかし、中国。大連の工作機器などを製造している我が社の工場には、女性作業員しかいない。これまでは危険で重くて男でもつらかった、10トンの金型の変更を女性がやっている。それは、女性でもできるようにと、クレーンやテーブルを工夫して、機械の力で重くて大きいものでも操作できるようにしてあるからだ。
仕事を単純化し、作業環境を変えていく、そうすることで、これまで常識ではパート化が考えられなかったものが、パート化できてしまうのだ。要するに、社長の執念の問題だと思う。
しかも、新しい労働の質の転換に積極的に取り組めるのが、中小企業の強みでもある。パー卜やその他の新しい労働力を積極的に活用して人件費の変動費化をはかろうとしても、大企業はそれらを簡単に採用できないのである。強力な労働組合があるからだ。
たとえば、パートを採用すると、それだけ相対的に組合員が減ってしまうから、パートは社員の10%までと労働組合が規制しているところがある。中小企業には、こんな規制を敷いている会社はほとんどない。
たとえば、私が指導している中堅の工作機械メーカIN社では、40%がパートならびに臨時雇用者である。N社の正社員は、「パートの安い人件費の上に、自分たちの待遇改善が保障されている」と、はっきり自覚している。
したがって、正社員がやめても、N社の幹部は、「正社員を補充してくれ」とは絶対に言わない。そのかわり、「ぜひ、パートを入れてください」と、社長に言ってくる。パートの方が人件費が安いからである。人件費が安いということは、それだけ業績が上がるということである。
業績が上がれば、労働生産性が上がり、自分たちの待遇改善のための原資が増える。そういうことを、N社の正社員はわかっている。本当に経営者みたいな感覚をしている社員が多い。語弊を覚悟であえて極端な物言いをすれば、他の社員がやめることを喜んでいる。それは、月給30万円の正社員がやめて、13万円のパートに切り換えれば、その分利益が増えるからである。
ところで、いま日本の世帯主以外の収入比率は20%近い。それはどういうことかと言えば、専業主婦がどんどん少なくなって、奥さんがパートで稼いでいるからだ。かつてのパートは、主婦が暇だから表へ出て、ちょっと働こうというような感じだった。あるいは、生活が豊かな人たちが、半分ボランティアみたいに働いたものである。それが、昨今では、主要な収入源の一つとして真剣に稼ぎだした。
その分、パートの質はどんどんよくなっている。先の工作機械メlヵlN社の例では、全社員が約100人で、そのうち正社員は60人、残りの40人がパートならびに中高年齢の契約社員である。
N社の場合には、既に20数年前から女子工社員の完全な代替としてパートの採用を始めた。今のようなにわかリストラではなく、早くから労働の質と構造を、人の面から徹底的に見直してきたのである。
繁忙期の単なる仕事の補充とか補助としてパートを採用するのではなく、初めから一人前の女子工社員に匹敵するような形で採用を行ってきた。女子30人くらいのうち、正社員が10人で、残りの20人がパートである。
N社の特色は、女子の場合、事務職はほとんどパートであり、逆に現場は短大卒の正社員が多いのである。 一般の会社では、現場に近い仕事がパートで、事務は正社員という形になっている。N社では逆に、経理から総務まで事務職はパートである。
そして、ここが実にユニークなのだが、パート採用の歴史が長いこともあって、パートにも年間4カ月のボーナスを支給している。パートであっても、誰かの扶養家族のままでいようという人には、到底勤められない。
4カ月分のボーナスをもらったら、被扶養限度をたちまちオーバーしてしまう。したがつて、N社では8時間勤務に満たないパートは一人もいない。6時間しか勤められないとか、被扶養からはずれるのが嫌だから年収の限度内しか働かない…などという人は、パートとして一切採用していない。
昔は、パートの初任年齢は45歳前後だったが、N社では、パートの初任平均年齢は38歳である。中には、20歳代のパートもいる。それは、結婚しても2〜3年は共稼ぎで貯金を増やそうという考えからである。とにかく、パートの初任平均年齢がどんどん若くなってきている。今、事務系のパートを募集したら、ほとんどの応募者がパソコンを使える。
さらに、N社の場合、年間4カ月のボーナスを払っても、女子正社員に比べると1時間当たりの給与は25%も安い。ボーナスを払わない一般の会社では、おそらく半分近くの給与になるはずである。これが、新卒よりもパートの女子に目を向ける本音の部分である。
昨今の相場では、高卒の女子を採用しても月給16万円は必要である。短大では、もう少し高い。とにかく、月給16万円にボーナス4カ月分をプラスすると、年間16カ月分払うことになるから256万円にものぼる。
一方、時給800円のパートを採用して、ボーナスを払わなければ、1日8時間、週40時間、月4週少々だから160余時間で計算すると、月給が約13万円、これに12を掛けても年間156万円、正社員の約60%である。
繰り返すが、時給800円のパートタイマーを採用すれば、月給16万円の新卒女子正社員を採用した場合の60%の給与ですむということである。ということは正社員の採用をパートに切り換えるだけで、原価は瞬間に40%減る。いろいろな合理化をめぐらしても、原価を40%下げることなど不可能である。
男子の中高年齢者についても、同じことが言える。第一線をリタイアした男子の中高年齢者ならば、月給17〜18万円くらい、正社員の約半分で十分に雇用することができる。運搬とか、倉庫管理とか、運転とかは、中高年齢者でも用が足りる。ということは、今の男子正社員の半分の給与で雇用できる労働力が、市場にいくらでも余っているということである。
なぜ世の多くの社長は、中高年齢者を積極的に雇用して、給与を半分にしないのかというのが、私の素朴な疑間である。そういえば、N社を訪問した経営者から、「御社は高齢者とおばさんばかりですね、とよく馬鹿にされる」と、内心では誇らしげに、N社長が言っていた。
確かに高齢者とおばさんばかりだが、経営の立場から言えば魅力の固まりなのである。この見解の相違は、どうにも仕方がない。お節介がましく、訪問者がさらに続けて言うには、「経理の仕事をパートのおばさんにやらせて、よく大丈夫ですね」…この辺の考え方が、N社長と一般社長とでは根本的に違う。
どんなに家柄が良くて頭が良い新卒の「お嬢さん」でも、何年後かに素性の悪い男と結婚したら、どう変身するかわからないのが世の常である。その点、N社では、パートの奥さんの夫の素性は事前に調査しているから、まず問題がない。夫が信用できる人物でなければ、採用しない。
夫が信用できる人物であれば、秘密保持についても安心できる。万一、パートが悪事を働けば、夫の地位や名誉にかかわってくる。新卒の女子正社員と既婚の女子パートのどちらが安心か…言うまでもなく、パートの方がよほど安心なのである。
N社長は、パート活用の歴史が長いこともあり、その質が相当に高いと自負していた。その上、年間4カ月のボーナスの実績が効いているから、応募者の中から選びに選び抜くことができる。
しかも、経理部門で働いているパートは、ほとんどが銀行出身者だという。昔の女子行員は相当に質が高かったらしい。数字に強いし、字も上手だ。比較的家柄もいいから、夫も信用できる人が多い。そういう人を選んでいけば、新卒女子の正社員採用など不合理の極みだとN社長も私も思っている。
パートの良い点を一般的にあげれば、特に主婦経験者は、経済観念に優れていることだろう。たとえば、 一般の事務用品とか、資材関係でも繰り返し購入する商品は、パートに買わせる方が断然安くあがる。日のつけどころが鋭く、交渉術に長けているから、値切り方がうまい。とても、男性の比ではない。
また、販売に関連して言えば、男性社員が開拓したお得意先の後を受けて、そこへ商品を毎月納める、あるいは、納品の幅を徐々に広げていくような繰り返して受注する仕事は、女性が最も得意とする分野である。ただし、新しいお客様を次々に開拓していくような仕事は、女性にはあまり向かないようだが。
女性の一番の特徴は、「ヒステリックな責任感」だと思う。これは、褒め言葉で、決してケナしているのではない。男性にない直情的な責任感がある。この点をわきまえて、女性のヒステリックな責任感をうまく活用すると、本当に良い仕事をしてくれる。
そういう意味で、パートは愛社精神のかたまりである。女子正社員とパートとどちらが愛社精神が高いかといえば、迷わず、パートの方がはるかに高いと言える。
ただ、N社でも、パートの戦力化を軌道に乗せるまでには、相当の紆余曲折があったのも事実である。
N社は、過去において、人員整理をしなければならないような大きな苦境に2回も追い込まれている。普通の会社だったら、クッションとしてパートを簡単に解雇したに違いない。パートとは、そもそも繁忙期の調整目的で採用しているものだからである。
しかし、N社長は、1名も解雇しなかった。そのかわり、パートを集めて、「会社の業績が悪いから、申し訳ないが1日休んでくれませんか。何としても人は切りたくない」とお願いした。今で言うところの「ワークシェアリング」である。
N社では、正社員にもパートにも週休2日制を導入して20数年たつから、その導入は相当に早かった。そういう事情があって、週5日間しか働かないパートに1日休んでもらうと、人件費はたちどころに20%安くなる。
つまり、週5日分の給与が4日分ですむから、単純計算で人件費が20%安くなるということである。週1日、それを3カ月続けて休んでもらうことによって、1人も解雇せずにすまそうという計画だった。この案をパートの全員が飲んでくれたが、不満でやめる人は1人もいなかったという。
ところが、3カ月たっても業績が十分に改善しなくて、さらにもう1日だけ休んでもらうことになった。その時の正直な感想を、N社長は次のように言っていた。
「さすがに、私は体裁が悪かった。 一所懸命に努力したが、どうにもならなかった。それで、申し訳ないが、もう1日休んでくださいと必死にお願いした。パートにとってみれば、週に3日の勤務になるから、大変な家計の圧迫になるわけである。それでも、私の誠意を汲み取ってくれた。本当に有り難かった」と。
そして、この時の苦しさと有り難さがいつまでも心に残っていたので、その2年後に、賃金カット分をボーナスの形でパートに返したという経緯がある。こういう具体的な行為が、パートと会社との信頼関係をよりいっそう強固なものにしているのだと思う。
「N社長は、景気が悪くなっても、私たちの首を切らずに守ってくれた」ということが、質の高いパートを採れる理由になっていることは事実である。
これからは、パートに対する考え方を根本的に変えなければならない。パートを繁忙期のクッションとして採用するとか、雑用に使うというだけでは、宝の持ち腐れになってしまう。パートの持てる才能をフルに生かすようなシステムを、N社の場会には、20余年かかって築いてきた。その間、ボーナスを徐々に増やしていって、やっと4カ月分払えるような形が出来上がったのである。
それでもまだ、正社員に比べると25〜30%も給与が低い。有能なパートを多く採用することによって、経営のコストが大幅に下がり、人件費が変動費になる。この2点が、ここでの大きなポイントである。
今日の明日というわけにはいかないだろうが、N社の事例を参考に、パートの戦力化を自社の人件費の定石として、ぜひ実践していただきたい。
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